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「……待ってるだけ? いや、違う。ボクは必至で呼びかけているんだ」
「呼びかけている?」
「ああ、キミが気付かないだけで――」
「おはよう、お兄ちゃん。めずらしく一人で起きられたんだね」
六度目となる始業式の朝。
屈託のない笑顔を向けてくる妹に、おはよう、と返す。
妹が無事であることにほっとし、と同時に、もうしわけない気持ちでいっぱいになる。
毎朝毎朝、出来の悪い兄を起こしに来てくれて、しかも、ゴハンまで用意してくれて、家事も一人でこなしてくれて。
そんな出来た妹を、俺は、三度もむざむざ殺させてしまった。
一度目はふい討ちだった。
けど、二度目以降は、わかっていたはずだ。
この世界に異変が起こっていることが。
ヒロインが、なぜか殺されてしまうことが。
それなのに、俺は、妹も、それに他の子たちも、救うことができなかった。
それどころか前回は、あまりにもわけがわからなさすぎて、投げやりになっていた。
妹たちを救うことから逃げていた。
心底もうしわけないと思う。
ただ、偶然だけど、一つだけ、わかったこと。
それは、ヒロインたちを殺している犯人だ。
……いや、正確には犯『人』とは呼べないかもしれない。
アレは、人の姿をしていなかったから。
ヒロインたちを殺していたモノの正体は、化け物だった。
黒い、もやもやした化け物。
あいつが犯化け物に違いない。
そう思い、前回、あの化け物をどうにかしようとしたけれど、あれ以降、一度も会うことがなく、再び時をもどってしまった。
前回はやる気がないままスタートしてしまったけど、今回は違う。
最初から、やるべきことがわかっている。
前回の失敗を踏まえ、まずは、あの化け物に遭う方法を考えなければ。
「行ってらっしゃい、お兄ちゃん」
着替えをし、妹と一緒にメシを喰い、プロローグであるヒロインたちとの出会いを処理しながら、その一方で、俺はひたすら考えていた。
なぜ、前回はアレ以降、化け物に遭遇できなかったのか。
逆に言えば、なぜ、あの時は、化け物と遭遇したのか。
それをひたすら考え、俺の中で、あるアイディアがまとまりつつあった。
まず、化け物に遭遇したあと、俺はアレをヒロイン殺しの犯人だと断じ、倒すため、もう一度あの化け物に遭遇せんと、休みのたびに同じ場所に一人で向かった。
空振りに終わっても、なんどもなんども足を運んだ。
二か月ほど経ってあまりにもあらわれないから場所を変えてみた。
それでもやはり、化け物は出現しなかった。
俺は諦めず、休日の度に外出し、化け物を探し求めたが――
そうこうしている内に、ヒロインたちは殺されてゆき、三月を待たず、時は始業式の朝へともどっていた。
一方、化け物に遭遇したときの俺はというと、瀬戸亜麻美とデート中だった。
すべてを諦め、女の子とイチャイチャしようと不謹慎なことを考えていたから。
そう、女の子だ。
あの日、俺は、ヒロインとデート中だった。
それが、化け物に遭遇したときと、しなかったときの、大きな相違点。
ここで一つの仮説が成り立つ。
化け物に遭遇するためには、女の子とデート中でなければならないのでは?
こうして時をもどり、前回の自分の行動を冷静に分析してみると、そこに気付けた。
あの時は必至でそんなこと、考えもしなかった。
けど、今は、化け物にあうための条件は、女の子とデート中でなければならないのでは、と思えて仕方がない。
もちろんあくまで仮説だ。
この説では、化け物に遭うために女の子とデート中でなければならない必然性がまったく証明できてない。
だけど、単純に会った時と会わなかったときの違いを考えれば、あながち間違いでもないように思える。
それに、もし間違っていたら、その時はその時でまた考え直せばいい。
「よし、まずは仮説を検証してみるか」
五月初旬。
俺は努力の末、一人の女の子と仲良くなり、デートするまでにこぎつけた。
場所は、当然、あの時、あの化け物と出会った場所で。
「…………ビンゴっ!」
そして、俺は出会った。
ふたたび。
あの、憎き化け物に。
「いつでもきやがれ、化け物め」
俺は懐に忍ばせたハンマーをそっと右手で握りしめる。
この化け物に、リリや他の子たちは殺されたんだ。
ゆるしてなるものか。
時をもどれば蘇るとはいえ、殺されるときにヒロインたちが感じた恐怖や痛みは本物だ。
こいつは、俺の大好きなケイオス・ラブのヒロインたちをなんども殺し、苦しめたんだ。
ゆるさない。
絶対に。
化け物が近付いてくる。
……怖い。
怖い、が。
それでも、今度は前回とは違い、心の準備がある。
武器も用意している。
怖気づいたりなんてしない。
たとえ勝てなくても、一撃は喰らわせてみせる。
「コタロー?」
小山内稚魚が俺に不審げな声をかけてくるが、無視。
今はそれどころではない。
「ねぇ、コタローってばぁ!」
「うるさい、ちょっと黙ってろ!」
「は、はぁ? なんじゃその態度は~~! もうおまえなぞ知らん!」
稚魚センパイは怒って帰ってしまったが、それでいい。
化け物と戦うにはむしろ邪魔だ。
化け物は俺と少し距離を置き、立ち止まる。
そして、前回と同じように、縦に大きく伸びあがり、腕のようなものを振り上げる。
「………………?」
違和感。
前回は恐怖で気付かなかったが――
距離がある。
化け物と、俺の間には。
あの距離で腕を振り上げても、届くはずが、ない。
どういうことだ……?
武器を握りしめつつ小首をかしげる俺。
化け物は、そんな俺に構わず、振り上げた手を――振り下ろす。
……いや、その腕が、途中で、止まった。
一体どうしたと言うんだ。
腕は、完全に振り下ろされることなく、途中で止まっていた。
真上に伸ばした腕を、ちょうど九十度下ろしただけのような感じだ。
「………………?」
わけがわからない。
まず場所が遠い。
そして、攻撃するなら、下まで振り下ろすべきだろう。
一体あの化け物はなにを考えているのか。
冷静になってみると、化け物のあまりに不自然な行動に、思わず思考がそっちへ流れ、アクションがワンテンポ遅れた。
ダッシュで間合いをつめ、黒い影にハンマーを振り下ろすその前に。
「くそっ」
化け物は、前回と同様、霧散していた。
「……逃がしたか」
だがいい。
出現条件はわかった。
仮説である「女の子とこの場所をデート中にあの化け物は出現する」が、正しいと証明された。
また来週、化け物を出現させればいい。