17
とある九月の日曜日。
俺はあてどもなく散歩していた。
犯人の手掛かりは未だ得られないし、こんな状況でヒロインたちとのんきに遊びにでかける気にもならない。
かといって、家にはリリの死体があるから、どこか居心地の悪さを感じる。
そんなわけで、俺は外へ出た。
目的もなく歩き続けた俺は、ふと、そこで足を止める。
そこは、幼いころ、俺とリリがよく遊び場にしていた、人のあまり寄り付かない場所だ。
……いや、俺と、ではない。
主人公とリリが、だ。
そして実際にそのシーンが描かれるのではなく、あくまでそーゆーことがあった、と語られただけだ。
実際に、この俺とリリが遊び場にしていたわけではない。
それでもなんとなく、俺はそこに足を向けた。
なにかを期待していたわけじゃない。
ただ、ありもしないノスタルジーを感じたかっただけかもしれない。
あるいは、センチメンタルになっていただけなのか。
とにかく今は、少しでも、リリとのつながりが欲しかった。
それを感じさせるものを、感じたかった。
足を踏み入れ、しかし、すぐに俺は後悔することになる。
「……………なんで……こんな場所にも…………」
――死体。
転がっていた。
見覚えのあるキャラ。
ケイオス・ラブのヒロインの一人。
夜座倭燐堕。
金髪ロングの髪は天然ではなく染められたもので、根元は地毛の黒が覗いている。
目の色はブラウン。
黒のジャージにサンダル履き。
どう見てもヤンキーだが、見た目通り、ヤンキーだ。
ほとんど学校に来ないレアキャラで、彼女を攻略するめには、休み時間や放課後に、セーブ&ロードでひたすら出現場所である体育館裏を選択しなければならない。
これまでは出現しなかったが、今回は、偶然彼女と出くわしていた。
ちょっとしたカンチガイからボコられて、それをきっかけに、主人公と燐堕は仲良くなっていく。
最初、主人公は、燐堕を苦手に思っていて。
燐堕の方も、主人公をなまっちょろいもやしだと馬鹿にしていた。
けど、話してみると意外に気があうことがわかり、ふたりは次第に距離を縮めてゆく。
ヤンキーで学校にもほとんど来ないから、当然のように彼女はクラスで孤立しているが、主人公と親しくなることで、じょじょにクラスに溶け込んでゆくのだ。
初めは暴力的でつっけんどんだった彼女が、年が明けるころには、主人公に対してはべったりあまえてくる様が、オタク心をくすぐった。
このキャラも、デレる前とデレた後でファンが二分するが、俺はどっちも好きだよ。
暴力的な燐堕も甘えん坊で子供っぽい燐堕も、どっちも燐堕だしね。
当時、その二面性に、激しいときめきを覚えたものだ。
そのリンダが……この世界では、碌に言葉も交わさぬうちに、殺されてしまった。
なんなんだ、なんなんだよ一体。
なんでこんなことをするんだ。
なぜ、俺を苦しめるんだ。
殺されないようにと、ヒロインたちから極力距離をおいても、なお、姿の見えない何者かは、ヒロインたちを殺してまわる。
なんなんだ、一体。
なにが目的なんだ。
俺に、一体どんな恨みがあるっていうんだよ…………!
それに、まるで先回りしているかのように、死体が放置されていた。
一体犯人は何者なんだ。
やはり、俺と同じように、外の世界から来た者なんだろうか…………?
解決の糸口は見つからないまま、ただ時だけが無情にも流れてゆき。
そして、約束の日になった。
差出人不明の手紙で指定されていた日付が、今日だ。
「リリ、行ってくるよ」
リリの部屋のドアを開け、声をかける。
リリは、腐るでもなく、イキナリ起き上がって襲ってくるでもなく。
ただ、そこに、眠るように死んでいた。
指定された廃病院に着いたのは、八時半をまわったころだった。
夜九時を指定されたが、九時ジャストである必要はないだろう。
俺は、左手に懐中電灯、右手は手ぶらで廃病院へと入って行った。
ズボンのポケットには、レンチが入っている。
最初は金属バットにしようと思ったけど、それじゃあ懐中電灯が使えないし、なにより、俺を呼び出した相手に丸見えだ。
レンチなら、いざという時まで隠しておける。
俺はこのレンチで、呼び出した人間を殺すつもりだった。
もちろん、ここにあらわれた何者かが、ヒロインたちを殺している犯人だと確信するに至ったあとの話だけど。
そんなことは多分ありえないと思うが、俺を呼び出した者が犯人ではないと確信すれば、もちろん、殺さない。
その場合、その何者かは、俺の協力者である可能性が高い。
犯人ではなく、ゲームのイベントにもないのに、この俺を呼び出すんだからな。
そこにはそれ相応の理由があるはずだ。
そしてその理由と言えば、今現在、進行系で起こっている、ヒロインたちの連続殺人しかありえないのだから。
「……にしても」
つぶやく。
「どこへ行けばいいんだ?」
指定場所は、この廃病院。
廃病院、っつても、広すぎんよ。
今の今までなにも考えなかった自分自身にも小首をかしげるが、なぜ、差出人は廃病院のどこどこ、みたいな指定をしなかった。
廃病院つっても結構な広さでしょうがああああああああああああああああああ!
……と、内心グチりながら、俺はガレキを踏みつけ、夜の不気味な廃病院を進む。
恐怖をゴマかすためだ。
犯人かも知れない人間に、人気のない場所で、人気のない時間、一人で会うことの恐怖は相当なものだったし。
それに加え、ここ、何か出るんじゃね? みたいな気持ちもあった。
だって、ほら、病院だし。
病院と言えば病気を治療する場所だが、逆説的に言えば、人が多く亡くなる場所でもある。
そんな場所で幽霊話が出るのは至極当然の話で。
だから俺はちょっと、怖かった。
もちろん、犯人かも知れない人間と幽霊、どっちが怖いかと言えば、そりゃ、生きている人間だけど。
人間だろうが幽霊だろうが、なにが出て来ても対応できるよう、ズボンのポッケに入れたレンチをあいた右手で撫でさすりながら、俺は一歩一歩、気配をさぐりつつ、進んだ。
一階から、一つ一つ、部屋を確かめていく。
人の姿がないことに、安堵と恐怖を覚える。
犯人の姿がないことに安心するが、いずれ犯人とあわなきゃならないのだ。
姿がない、ということは、この不気味な廃病院をさらにまわらなければならない、ということで。
とにかく、俺は、複雑だった。
一階、二階、三階、と見てまわり。
最上階である、四階。
階段をあがって来てから、四回目にあけた部屋。
ガレキの散らばる部屋。
そこに、なにかが転がっていた。
「………………っ」
息を飲む。
あるいはそれを、俺は心のどこかで予感していたのかもしれない。
――呼び出された先の廃病院。
そこで俺を待っていたのは、連続殺人の犯人などではなく。
その憐れな犠牲者となった、翁屋舞衣の、凌辱の限りを尽くされた亡骸だった。