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 足がかりはつかめた。

 これまではなにをしていいかわからなかったが、「敵」が動き出したことで、やるべきことは見えてきた。

 手紙の差出人はマウントを取ったつもりかもしれないが、行動に移す、ということは、それだけリスクを冒す、ということだ。

 殺人鬼であるかもしれない何者かは、廃病院を待ちあわせ場所に指定してきた。

 しかも、その期日は、半年ほど先のこと。

 なら、今の内に廃病院へ行って、調べておくか。

 もしかしたらそこに、何かあるかもしれない。

 無駄骨に終わるかもしれないが、今は、少しでも、謎を解く手掛かりが欲しい。


 そう思い、手紙を受け取った週の土曜日、俺は、一人、廃病院へとやってきた。

 暗雲立ち込める上空をカラスが旋回する、昼でもなお、不気味な場所。

 入口は堅く閉ざされていたが、割れた窓からカンタンに中へ侵入することが出来た。

 中へ入ると、とたん、不気味さが増す。

 昼でも明かりのついていない大きな建物は薄暗い。

 懐中電灯を持ってきてよかった。

 右手に明りを、左手に入口に書かれていた案内板の見取り図を書きうつした紙を持ち、病院内の探索を開始する。

 朽ち果ててはいたが、今すぐ倒壊する、というほどでもなかった。

 四階建てのそこを、たっぷり一時間以上かけて探索したが、誰の姿もなかった。

 浮浪者も住み着いてはいないらしい。

 人がいた痕跡がない。

 もう長く、人の手が入っていない建物であることは明らかだ。

 手紙の差出人が潜んでいるかもとおっかなびっくりだったが、そんなことはなかったぜ。


 こんなところに呼び出して、何をするつもりなのか。


 今はなんてことのない、どこにでもある――かどうかは知らないが――極々フツーの廃病院に思える。

 十月になったら、なにかここであるのだろうか?


「…………………」


 まぁ、いい。

 とりあえず今日は、それで引き上げることにした。

 ここには定期的に来るようにした方がいいかもしれないな……そう思いながら。

 あるいは、犯人とばったり、なんてことになるかもしれない。

 そうしたら、俺はきっと死ぬほどビビッちゃうんだろうが……だが、その方が手っ取り早い。

 犯人と偶然遭遇する方が、怖くはあるけど、真相解明のただ一点に置いては、この上ない僥倖なのだから。









 瀬戸亜麻美せとあまみ

 現役高校生ながら、同時に、尼僧でもある少女。

 尼なので、当然髪はなく、剃りあげている。

 なんか僧侶が着るような着物を着て、尼が被るなんか知らんけど白い帽子みたいなのを被っている。

 学校でもどこでもその格好だが、軽く突っ込む者はいても、激しくツッコミを入れる者はいない。

 やはりカオス。

 わずか十歳のときに出家したと言う彼女は、神に仕えるだけあって、物腰穏やかで、馬鹿丁寧な口調で話していた。

 けれどお茶目な一面もあって、


「髪の毛は毎日剃っておりますが、下の毛は一度も剃ったことはございません――まだ、生えておりませんので」


 なんてことを馬鹿丁寧に言ったりもする。

 パイパン亜麻美ちゃんだ。

 また、事あるごとに、


「私の夫は天におわす偉大な主です。色恋沙汰に興味はありません」


 と発言するわりに、意外とあっさり主人公と恋に落ち、エンディングとなる三月では、それまでの姿とは打って変わり、長い黒髪にセーラー服姿を見せ、多くのプレイヤーに「だ……誰だよ」と突っ込ませた。

 しかも、確かにその前日までは坊主頭だったはずなのに。

 呆気にとられ、カツラなのか、と問うた主人公に、彼女は、


「いえ、奇跡です。奇跡が起き、一晩でこのようになりました」


 とか言いだしてやはりカオス。

 べつにふざけている風でもなく。

 まさにカオス。

 色々と無茶苦茶なキャラだったけど、それでもやはり、俺は彼女を愛していた。


「私は主の妻でしたが………………鈴代小太郎さん、あなたに、寝取られちゃいました❤ 責任とってくださいね……?」


 はにかみながら言ったエンディングでのそのセリフは忘れない。

 聞く人によってはアホ臭いセリフだろうが、それでも彼女の言葉は、俺の心を揺さぶった。

 めっちゃキュンと来た。

 愛していた。

 なのに。


 六月某日。

 彼女は殺された。

 死体となって、俺の前にあらわれた。

 まだ六月なのに。

 俺の仮説は、ここでも豪快に否定された。

 攻略するしないは関係なく、また、エンディングすらも関係なかった。


 なぜか、殺される。

 俺がなにかしても、しなくても。

 なぜか、ヒロインたちが、殺されてゆく――




 そして七月。

 外国人の父と日本人の母を持つハーフの少女、ユミコ・ジョンソンが殺された。

 俺はただ、涙する事しか出来なかった。

 例の廃病院には足しげく通っていたが、そこでなにかを見つけることも誰かに出会うこともなく、ただ、時は無情に流れてゆく。







 八月某日。

 家に帰ると、妹が殺されていた。

 刺殺だ。

 またもや腹を刺されていた。


「………………」


 悲しみや、怒りは感じたけど、それ以上に、どうしようもないほどの無力感が俺を苛んだ。

 わかっていたハズなのに。

 こうなることは。

 ずっと前からわかっていたハズなのに。

 けれど、止められなかった。

 どうしろというんだ。

 ヒロインたちが、正体不明の何者かに狙われているんだ。

 それを、どう防げというんだ。


 リリの死は、ショックじゃない、と言えば嘘になるけれど。

 大丈夫だ、ループすればリリも他のヒロインも生き返る。

 そんな思いが、俺の中に確かに存在していた。

 妹や他の女の子たちの死を現実として悲しむ一方で、ヒロインたちの死を、フィクションとしての死、とも捉えていた。


 リリの死を止められなかったことは悲しいし、悔しい。

 だけど、死を止めるだけじゃダメなんだ。

 誰が、なぜ、殺すのか。

 その根本的な原因を解決してやらないことには、この、殺戮の連鎖は止まらない。


 だから、リリ、ごめん。

 今回は、お前のために、泣いてやれそうにはない。


 リリは死んだ。

 前回と前々々回に比べれば、だいぶ早い死だ。

 他のヒロインも殺されている。

 そこに一体どんな変化があったのかはわからないが……妹の死が早まったことによる変化は、確実に存在していた。

 それすなわち――


 リリの死体を、どうするか?


 ということ。

 普通に考えれば、警察を呼び、葬式を執り行うのだろう。

 だが、それでいいのか?

 この世界がゲームだと知っているのは俺だけだが、間違いなくこの世界はゲームなのだ。

 ゲーム世界で葬式を執り行うことに、一体なんの意味がある?

 また、ループすれば妹は復活するのだ。

 それに、警察。

 これまで二人のヒロインが殺されているが、警察の捜査は、まるで進展している様子がない。


 おそらくだが、この世界のケーサツは、犯人を捕まえることはできない。

 それができるのは、この世界をメタ視点で見ることの出来る、この俺のみだろう。

 根拠はないが、そう思う。


 結局。

 ケーサツにも叔母にも連絡することはせず、リリの死体は綺麗にして、部屋へ寝かせておくことにした。

 うしろめたい気持ちがないわけではないが、ケーサツに通報したり葬儀を執り行ったりすることに、たいした意味を見いだせなかった。


 俺が心配したのはリリの死体が腐敗することだったが――


 一週間が過ぎても、一か月が過ぎても、リリの死体は死んだときのままだった。


 まるで、眠っているかのように、腐敗することなく、綺麗に死に続けていた。

 やはりこの世界はゲームなんだと、強く思い知らされた。

 どこかうしろぐらい気持ちも、いくらか緩和されたような気がした。


 ……いや、ただ、縋っていただけなんだろうな、俺は……






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