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「……いや、忘れているだけなんだ。キミは知っているはずだ」

「知っている? 俺が?」

「ああ、知っている、だってキミは――」






 ホラーを題材にした映画やゲームで、暗闇から怪物が出るぞ出るぞと思っていて、そして実際出て来たとしても驚いてしまうように。

 それを見たとき、俺は心臓が止まりそうなほど驚愕した。


 十月。

 そろそろ肌寒くなってくる季節。

 熱い缶コーヒーが恋しくなってくる季節。

 深夜、九時すぎ。

 人里離れた山の中腹にある、すっかりすたれた廃病院。

 まるで人気のないそこで。

 陰鬱で暗鬱で憂鬱なそこで。

 しんっ、と物音一つしない、静まり返ったそこで。

 とあるキャラのイベントとして作中、一度しか登場しないその場所で。


 俺は、その死体を発見した。


 彼女――そう、彼女だ――は、自分が殺されるなんてこと、想像だにしていなかったに違いない。

 そうでなきゃ、こんなに絶望と無念と驚愕と恐怖をその顔に張り付けてこと切れているわけがないんだ。


 懐中電灯の明りが照らす彼女は、見るも無残な姿だった。


 一体彼女がなにをしたというのか。

 そこにあるのはただの死体じゃない。

 人としての尊厳を著しく奪われた死体だ。

 損壊がひどい。

 その死体は、凌辱されつくしていた。


 ただ……なんだろう……

 あるいはそれは、「何者か」に見せつけるためだろうか――?


 顔は。

 顔だけは。

 彼女の顔だけは。

 首から上だけは。

 一目でそれとわかるよう、一切の悪意が感じられなかった。

 ……いや、あるいは、それこそが最大の悪意なのかもしれない。

 一目でその死体が誰なのかを「何者か」に伝えるための……


「何者か」は、この俺しか考えられないじゃあないか。


 あらためて、顔だけは綺麗な死体を見る。

 白髪のロングヘアー。目の色はブラウン。

 オドロキ、見開かれた目の下には、くっきりとしたクマが。


 ヒロインの一人、翁屋舞衣だ。


 舞衣が、何者かによって、そこで、殺されていた。







「また、か………また、もどってきたのか」


 胸に抱いていたハズの妹の亡骸の感触がふいに消え、俺は時間がふたたびもどったことを知る。

 また、ループした。

 始業式の日に、ゲームの開始地点に、もどされてしまった。

 妹は、この世界では当然生きているだろう。

 それを嬉しいと思う反面、これからまたヒロインの誰かが殺されるんだろうという絶望もある。

 うんざりだ。

 もうこんなことはうんざりだ。

 終わらせたい。

 ヒロインが最終日に死ぬ、という呪いを解き、この世界から、一刻も早く解放されたい。

 それが、たぶん、俺にとっても、彼女たちにとっても、しあわせなことだと思うから。






 かつて、俺は誓った。

 妹や、それに、ほかのヒロインたちを絶対に守って見せると。

 だが、その具体的な方法はいまだ見つけられないでいる。

 俺の想いは本物だと思う。

 心の底から彼女たちを死なせたくないと思っている。

 けれど。

 その方法がわからない。

 攻略してもダメ。しなくてもダメ。

 なら、俺は、一体この世界でなにをすればいいんだ…………


 悲観と途方に暮れていた俺に。

 ある日、手紙が届いた。

 四月下旬のことだ。


 今までこんなことはなかった。

 この世界で俺に手紙が届いたことはない。

 つまり……それ自体が異常なことだった。

 今まで起きなかったことが、起きたのだ。

 これは一体なんだろう。

 この手紙は……

 俺にとって希望なのか、それとも、さらなる絶望なのか。


 差出人の名前も住所もなく。

 それどころか、俺の名前……鈴代小太郎のほかにはなにも書かれていなかった。

 ふつうに考えれば直接投かんしたことになる。

 そして、肝心の俺の名前も、定規かなにかを使って書いたのだろう、妙にカクカクしている。

 筆跡で特定されないための処置だろうか。

 そう思うと、これは、よからぬ手紙のようにも思える。

 けど……仮にそうだとしても、この手紙が悪意に塗れていたとしても、何かが起こらなければ、進展はない。

 推理小説だってそうだ。

 人が殺されることは不幸だが、その度に、事件は解決に近づいて行くのだ。

 それと同じように、この悪意が、あるいは俺を導いてくれるかもしれないと思っていた。

 それを期待していた。

 期待しながら封を切り、便箋を取り出した。

 折りたたまれていたそれを開いたとたん、ぞっとした。



 お 前 を 許 さ な い



 切り貼りの文字。

 ドラマやマンガなどでしかお目にかかったことのない、雑誌や新聞などの文字を切りぬき、張り付けた不揃いの文字が、そこに、踊っていた。


「………………」


 お前を許さない――?


 その「お前」が差しているのは一体だれだ。

 ゲーム内の主人公である鈴代小太郎か。

 それとも、鈴代小太郎としてこの世界で生きている、この俺なのか。


 ……俺はこのケイオス・ラブを熟知している。

 語弊を恐れずに言えば、開発者より詳しいと思っている。

 それぐらい、このゲームに、どっぷりとつかった。

 世界で一番このゲームにハマったのは、間違いなくこの俺だと断言できる。


 そんな俺が断言しよう。


 鈴代小太郎に、敵は、いない。


 鈴代小太郎は優しいだけが取り柄の良いヤツ、ってわけではないが、それでも、恨みを買うような男ではない。

 そりゃ、ギャルゲーの主人公だからして、なんだかんだ言ってもモテモテで、同性からの嫉妬は買うタイプだけど……それでも、人から恨まれるほどじゃあない。

 なにより、作中で、こんなイベントはない。

 開発者のインタビューを全て読んだが、没イベントとしてもなかったハズだ。

 インタビューではいくつか没になったイベントがある、と言及されていたが、こんなイベントがあるとは言及されていない。

 なのになぜこんなことが起こるかは、俺ごときにはわからないが………


 とにかく、この手紙の差出人の恨みの対象が、ゲーム内の主人公、鈴代小太郎ではないことは、ほぼ間違いないだろう。

 つまり、消去法で、恨みを買っているのは、主人公・鈴代小太郎としてこの世界に存在しているこの俺、ということになる。


「………………」


 だが待て。

 俺は人から恨みを買うような人間ではない。

 人畜無害で、大人しく、同級生たちからその存在すら認識されていたかどうかあやしいほど影の薄い学生時代を過ごしていた。

 誰かに恨みを抱くことはあっても、誰かから恨みを抱かれることは、ない。

 ………………ない、ハズだ。

 俺みたいな目立たない人間が、一体だれから恨みを買うっていうんだ。

 考えられない。

 憎まれっ子世にはばかるって言うじゃないか。

 世にはばからない俺は、逆説的に、憎まれっ子ではない、ってことになる。


「……………」


 しばし思考に耽ってみたが、思い当たる過去はない。

 まず間違いなく、どの時代、どの時点でも、俺は恨みを抱く側で、抱かれる側ではなかった。

 下級生にすら馬鹿にされていた俺が、そもそも人から恨みを買うわけがないんだ。


 なのに、俺にこうして脅迫状まがいの手紙が届く。

 これは明らかに矛盾している。


「………………」


 昔、ある人が言っていた。

 こんな時は、発想を逆転させるのよ、と。


 つまり――

 なぜ恨みを買うような人間ではない俺に恨みを抱いている人間がいるのか――

 ではなく。

 俺に恨みを抱くような人間は、どんな人間なのか――

 を考えればいいのか?


 俺に恨みを抱くような人間……


 ふと、思い当たる。

 なんてことのない、日陰者の俺ではあるが、それでも、一度だけ、輝いたことがある。

 それが、今のこの状況だ。

 

 いるのか?

 ゲーム世界に入り、主人公として暮らしている俺を、恨む者が――?

 するとそれは、この世界の住人ではなく、俺と同じ世界からやってきた人間、ということになる。

 そうでなければ、主人公として暮らしている俺を、恨むことは出来ない。


 なら――この手紙の差出人の正体は、俺と同じように現実世界からこの世界に来て、けれど、主人公にはなれなかった何者か――


 なるのか?

 そういうことに?


「……………」


 わからない。

 俺に考えられるのはそこまだ。

 真相にたどりつくには、圧倒的に手掛かりが足りなかった。


 今はそれより、二枚目の手紙に目を通すか。

 二枚目には、やはり同じ切り貼りした文字で、しかし脅迫ではなく、とある日時にとある場所へ来い、というものだった。

 来ない場合、どうなっても知らない、というような趣旨のことが書かれてある。

 日付は十月某日。時刻は九時。

 場所は……ゲーム中、一回だけ登場したことのある廃病院だ。

 あるキャラとのイベントで使われただけの場所。

 

 一体それになんの意味があるのか。

 わからない。

 それはわからないが……この手紙によって、ある一つの事実が判明した。


 それは、この世界に、俺を恨む人間が、間違いなく存在している、ということだ。


 そしてその何者かは、リリや聖子を殺したかもしれない人物である可能性が、非情に高い。







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