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「……お兄ちゃん、今日もずっと家にいるの?」

「ああ。出かける気にはなれなくってね」

「そう……お兄ちゃんがそれでいいなら、私はなにも言わないけど」

「ありがとう、リリ。心配してくれて。でも、大丈夫だ。何も心配はいらないから」

「うん………」


 三月。

 耐えに耐え、とうとう俺はこの日を迎えた。

 女の子を袖にしまくり、孤独に耐え、ようやく、エンディングの日を迎えた。

 今日、俺がこれまでやってきたことの結果がでる。

 俺は本当にこのケイオス・ラブの世界が大好きなんだ。

 ヒロイン全員が大好きなんだ。

 だから、彼女たちが死ぬ姿なんて見たくない。

 その想いで、今日まで耐えてきた。

 それも、もう、終わる。


 朝食を終えると、部屋にこもった。

 いつこの世界が終わるかわからない。

 だが、今日で終わることは、ケイオス・ラブからしても、これまで過ごした日々からしても、まず、間違いない。

 時は、今日を越えることはない。


 けど、今日のいつ終わるのかはわからない。

 だから、今日は一日、部屋にこもっていよう。

 今さら外出したってむなしいだけだ。

 女の子と仲良くなるのが目的のギャルゲーの世界で、女の子たちを傷つけ、一人でいることを選んだんだ。

 今さらこの世界で行くところもなければやることもない。


 あとはただ、座して、終焉を待つのみ。






 ……

 …………

 ………………


 どれくらい時が流れたのか。

 しん、としずまりかえっている。

 ただ時を刻む針の音だが、やけに大きく響いている。


 ふと思う。

 これからどうなるんだろう、と。

 俺の愛したヒロインたちがみな無事なのはほぼ確定として。

 この世界は、どうなるんだろう。

 終わってしまうのか。

 俺は、元の世界にもどってしまうのか。


「………………」


 可能なら、この世界にずっと留まっていたい。

 けど、この世界は、なにかおかしい。

 死ぬはずのないヒロインたちが死んでいく。

 なにかが、おかしい。

 狂っている。

 本来のケイオス・ラブの世界ではない。


 そして。


 この世界を狂わせているそもそもの原因は…………この俺かも知れないのだ。

 ケイオス・ラブの世界に混入した異分子、それは、俺自身にほかならない。

 ほかのだれでもなく、俺自身の存在が、この世界を狂わせているのかもしれない。


 なら、俺が元の世界にもどることは、むしろ喜ばしいことだ。

 それでこの世界に平和が訪れるなら、俺は喜んで元の世界に帰るよ。


 元の、糞みたいな現実に。


 それはちょっと嫌だけど。

 日曜日の夜のように憂鬱だけど。

 まぁ、いい。

 耐えられるさ。

 どこかでヒロインたちがしあわせに暮らしていると思えば、孤独な現実にも耐えられる。


 だから問題は、現実にもどることじゃあない。


 ちゃんと現実にもどれるのか、ということだ。


 ……というのもこのケイオス・ラブ。

 他の多くのギャルゲーがそうであるように、女の子と仲良くなり、エンディングを見ることを最大の目標としている。

 そしてその目標を達成しない主人公には、キツイペナルティがあたえられるのだ。

 誰とも結ばれないエンディングは、実にキビシーエンディングとなる。

 何パターンかあって、それがランダムに選択されるわけだけど。

 失踪だったり。事故に巻き込まれて重体だったり。病気で長期入院をしたり。某国の工作員に拉致られたり、自殺をにおわせるようなシーンが表示されたり。

 ……エトセトラエトセトラ。


 とにかく、容赦ない。

 とにかく、えげつない。

 女の子と結ばれないだけでこれだよ。

 まさにカオス。やはりカオス。


 ……ま、でも、俺がどうなっても、女の子たちが無事ならそれでいいわけで。


 望むのは、今回で、この世界が終わってくれることだ。

 このループが、ここで、終了してくれること。

 それが俺のなによりの望み。

 

 それが可能なら、他にはもう望まない。


 どうか、神様。


 今回で、この世界を終わらせてください。










 ………………

 …………

 ………


 ぐぅ。


 ……腹減った。

 動かなくても腹は減る。

 ゲーム世界でも、ここは確かに現実なのだから。

 今何時だろう。

 時計を見ようと体を動かす。

 ずっと膝を抱えて座っていたから体の節々が痛む。


 午後六時ちょっと過ぎ。


 まだか。

 この時間になっても、まだ世界は終わらないか。

 いつ終わるかはわからないが、最後にメシくらい喰ってもバチはあたらないだろう。

 最後の晩餐だ。

 ファイナルベントーだ。


 普段リリが夕食を用意するのが七時ごろだけど、今日は晩飯はいいと事前に告げて置いた。

 そのころにはこの世界にはいないつもりだったから。

 が、もしかしたら、七時を過ぎてもまだこの世界にいるかもしれない。

 ……ま、いいけどな。


 立ち上がり、廊下に出、階段を下り、一階、キッチンへ。


 戸棚を漁り、買い置きのカップメンを取り出す。


「へへ、これこれ」


 カップメン――それは、この世界に来るまでの、俺の主食。

 とくに好きとかじゃなく、金銭的問題と圧倒的料理スキルのなさで重宝していたものだけど、この世界に来てからは、ほとんど食べてない。

 ありがたいことにリリがきっちり三食用意してくれて、カップメンを食べようとすると栄養が偏るとかなんとか言って怒られるのだ。

 だからこれは本当に非常用のもので、こうしてカップメンを食べるのもずいぶんとひさしぶりになる。


 じょぼぼぼぼぼ


 お湯を入れながら、思う。

 この世界に来てからの俺は、本当に恵まれていたんだと。

 毎日のように喰っていたカップメンが懐かしくなるほどの食生活をしていたのだから。


「ありがとな、リリ」


 ここで言ってもしょうがないのだが、自然とそんな言葉が口から漏れた。

 そういやリリはどうしてるだろう。

 家にいるのか、それとも出かけているのか。

 いるなら、最後に一度、顔を見て起きたい。

 俺の望みが叶うなら、もう二度と、リリには会えなくなるのだから。


 箸でカップメンに蓋をすると、まず玄関に向かう。

 靴はあった。家の中にいるらしい。

 リビングに向かうと、ドア越しに、テレビの音が聞こえてくる。

 どうやら中にいるらしい。


「リリ……」


 声をかけながらドアを開ける。


「リリ?」


 そこにリリはいなかった。

 ただ、見る者のいないテレビだけが、番組を垂れ流している。


「トイレか?」


 トレイに向かう。


「リリ、いるか?」


 デリカシーがないな、と思いながらも、トレイのドアをノック。

 返事は…………………なかった。

 念のためドアを開けてみるも、そこにリリはいなかった。


「おかしいな」


 リリがテレビを付けっぱなしにしたままどこか行くなんて。

 二階だろうか?

 階段をあがり、俺のとなりのリリの部屋のドアをノックする。


「リリ、いるか?」


 ……しかし返事はない。

 おいおい、どこ行ったんだよ。

 いやな予感がする。

 靴はある。

 テレビは付けっぱなしになっている。

 けれど、リリは、俺の妹は、トレイにも部屋にもいない。


「リリ、どこだ、リリ?」


 妹の名を呼びながら、家じゅうを探してまわる。

 けれど妹の姿はどこにもなく。

 俺は、リビングへともどってきた。


 ……嫌な予感がする……嫌な予感しか、しない。


 部屋を見まわす。

 テレビに向かって、ソファが置かれている。

 俺が立っている入口からは、ちょうどその裏は死角となっている。


「リリ……?」


 いるわけがない。

 そう思いながらも、ソファに近づきながらも、どこかで俺は確信していた。

 ソファの裏に、リリがいるのだと。


「リリ!」


 そして、リリはいた。

 リリはそこにいた。

 倒れていた。

 服の、腹の部分を真っ赤に染めて。

 苦悶の表情を浮かべ、倒れていた。


「リリ……なんで……」


 脈を取る。心臓の鼓動を確認する。口と鼻に手を当てる。

 リリは……すでにこと切れていた。


 また、リリは死んでしまった。


 俺はなにかを間違えたのか?

 ただしい道を進んできた。

 そのつもりだった。

 けど現実は、酷く冷たくここにある。


 リリは死んだ。

 ……殺された?


 腹を刺されているらしい。

 けれど、近くに、凶器となるようなものはない。

 これじゃあ自殺かどうか判断できない。

 前回リリが死んだときは、首つり、つまり、自殺だった。

 ……いや、本当にそうか?

 自殺に見せかけた他殺だったのでは?


 俺は警察でもなんでもない。

 だから、自殺か他殺かなんて区別がつかない。

 あるいは首つりは、犯人の細工により、そう見せかけられていただけかもしれない。

 犯人――がいる?


 ヒロインとのエンディングを迎えようとすると、そのヒロインが自殺する。


 それが、前回までの二回の経験を元に、だした結論。


 けれど、今回はそれを避けるため行動して来たんだ。

 誰のルートにも入ってないし、今回のリリの死は、首つりではない。

 凶器もないし、腹を刺されているので、自殺とも考えにくい。

 絶対ではないが、他殺、と考えた方がしっくりくる。


 いるのか?

 殺人犯が。

 この世界に――


 けど、なぜだ。

 殺人犯がいるとして、なぜ、ヒロインを殺していく?

 俺の大切な人たちを、なぜ、殺していくんだ?


 くそっ、なぜだ、なぜなんだよ、なぜ殺すんだよっ。


 理由がわからない。

 見当もつかない。


 呪いかなにかだと思っていた。

 エンディングを迎えようとするとヒロインが首を吊るという類の、呪いかなにかだと。

 けど、今目の前にある現実が「それは違う」と、はっきり俺に告げて来ている。


 俺は、なにか、根本的に思い違いをしていたのかもしれない。

 それは、最悪の想像。

 俺が何をどう選択しようが、最後には、ヒロインたちは死ぬようになっている……?


「時を、戻らなければならない」


 もう一度。


 このままリリを死んだままにはしておけない。

 もう一度、時間をもどしてくれ。

 今度こそは、リリも、ほかの子も、全員、救ってみせるから。






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