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 初めてこの世界に来たとき、俺は、天国に来たと思った。

 いるかどうかもわからない神様に最大限の感謝を捧げた。

 今では全く逆の気分だ。

 こんな辛い思いをするのなら、最初から、こんな世界、こなければよかった。

 大好きな……あれほど夢中になったヒロインたちを傷つけなければならないのなら、最初から、こんな世界、こられなければよかったのに。

 今は、たぶんいるんだろう悪魔を、呪い殺したい気分だ。









「ひさしぶりね……小太郎……くん」


 ずいぶんと元気のない声が、廊下にて、窓の外の景色を眺めていた俺の背中に降ってくる。

 振り返るとそこに、見るからに不健康そうな少女。

 ヒロインの一人、翁屋おきなや舞衣まい


 白髪のロングヘアー。目の色はブラウン。

 学校の中だというのに入院着をきている。

 その表情は酷く疲れ切っており、目の下にはクマができている。


「翁屋……来てたのか」

「来てた……というか、さっきね……」


 まぁそうだろう。

 同じクラスなのに、今の今まで見かけなかったのだから。

 翁屋舞衣。

 彼女は初菜恋と同じくレアキャラだ。

 といっても、舞衣の場合、病気で入退院を繰り返している、というキチンとした理由がある。

 彼女は何らかの病を患っていて、常に苦しそうにしている。

 何の病かは最後までわからない(たぶんライターはなにも考えてない)が、とにかく病で年がら年じゅう苦しんでいることは間違いなく。

 分岐選択をあやまると、初菜恋と同様、二度と出現しなくなる。

 舞衣の場合は、長期入院となるのだが。

 密かに主人公に好意を寄せていた彼女は、主人公に冷たくされたことで精神までも患い、ずっと入院することになるのだ。

 これまた重い。

 一人のヒロインをしあわせにするということは、ほかのヒロインを不幸にするのと同義なのか――

 みたいな書き込みをネットで見たような気もするが、まぁ、言わんとすることはわかる。

 ギャルゲーの主人公が結ばれるのは、一回に付き一人のヒロインだけだ。

 じゃあ選ばれなかったヒロインは、その影で、どんな人生を送ってるんだよ――

 という数々のギャルゲーがぶん投げて来た問いかけに対するアンチテーゼなのかもしれない。

 いや、知らんけど。


 とにかく、今この場面は翁屋舞衣の分岐選択で。

 この選択をあやまれば、舞衣は長期入院を強いられる。

 つまり、苦しむんだ、病で。

 主人公が舞衣を受けいれた場合は、じょじょに快方に向かっていく。

 つまり、ここで舞衣を付き放すということは、彼女を病気で苦しめる、と言うことと同義。

 重い、あまりに重い。

 それでも俺は。


「けほけほっ……まだ、ちょっと辛いけど……小太郎くんに会いたくて……きちゃった……」


 苦しげな表情で、だけど、微笑んで見せる。


「……メイワク……かな?」

「ああ。迷惑だ」


 うっすらとだが、希望を抱いていた舞衣のその表情が、完全に色をなくした。


「………………………けほっ、けほっ、ごほっ、ごほっ、おげええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」


 盛大に吐瀉。

 ゲーム画面を通してでも引いたのに、現実でこれを見せられるとドン引きするしかない。


 ざわざわ


 騒ぎを聞きつけた野次馬共があつまってくる。


「おい、どうした、翁屋!」


 教師が廊下に倒れた舞衣を抱き起す。


「救急車だ、だれか、救急車を呼べ!」


 やがて、誰かが呼んだ救急車がやってきて。

 舞衣は、いずこかへと運ばれて行った。

 これが、舞衣とのわかれ。

 あとはもう、生きているのか死んでいるのか、俺にも主人公にも、知る由のないことだ。








 年が明けた。

 さいわい、あの二人以外、分岐イベントは発生しなかった。

 十一月下旬から十二月にかけてしか分岐イベントは発生しないから、もう安心だ。

 これで誰とも結ばれることなく、一年を終えられる。

 これで、大丈夫なはずだ。

 誰も死なないハズだ。

 そのために、俺はここまで頑張って来たんだから。

 大丈夫………………




「お兄ちゃん、大丈夫?」


 夕食の席で、リリが心配げに声をかけてくる。


「なにが?」

「なにがって……すごくつらそうだよ?」

「そうか? べつにそんなことはないけどな」

「………………」


 リリの余計な追及を避けるため、わざとそっけなく言った。

 けれど内心、俺はリリのその心遣いが嬉しかった。

 これは、ゲームのイベントでもなんでもない。

 主人公とリリの会話をなぞったわけでもなんでもなく、だからこの会話は、間違いなくリリと俺だけのものなんだ。

 そのことが、この辛い状況にあって、唯一の、俺の心の慰めだった。








 ヒロインたちともほとんど絡まず、味気ない二か月が過ぎて行った。

 一体何をやっているんだ俺は、と、ふと思わなくもない。

 せっかく憧れのギャルゲーの世界に入れたのに、なにが悲しくて、ヒロインを傷つけて、避けて、一人で過ごさなきゃならないんだ。

 これじゃあ、現実にいたころとなんら変わらない。


 ……いや、これでいいんだ。

 こうすることこそが、誰も不幸な人間を生み出さないための、最良の方法なのだから……






 そう思う一方で、折に触れ、考える。

 俺がフラグを折ったヒロインふたりのことを。

 初菜恋と翁屋舞衣。

 彼女たちは、どこでなにをしているのだろう。

 ふたりのことを思うと、心が痛む。

 ……けど、言ってもあれは、ゲーム内のイベントだ。

 ゲームに組み込まれたものだ。

 対して、リリや聖子の首つりは、けっしてゲーム内のイベントなんかじゃあない。

『この世界』のみで起こったことだ。

 なら、俺は、それを止めなきゃならない。

 なんの因果かギャルゲーの主人公になった俺には、ヒロインたちをしあわせにする義務があるんだ。

 だれも、殺してなどなるものか。

 首をつらせてなどなるものか。


 俺のやってきたことは正しいと自負している。

 けどその一方で、酷く罪悪感を覚えているのもまた事実。

 あれはしかたのないことなんだと思いつつ、もっとうまく立ち回れなかったのかとも思わなくもない。

 俺がもっと優秀だったら。

 俺がもっと、頭がよかったら、あるいは――


「………いや、やめよう」


 そんな仮定に意味はない。

 やれるだけのことはやった。

 あとは、ただ、その結果が出るのを待つのみだ。





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