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「……それは話せば長くなるが、かいつまんで言えば、キミが主人公だからだよ」

「主人公?」

「そう。キミがこの物語の主人公だ。だから――」









「ちょうどいいところに来たな」


 五月。

 学校の、その廊下にて。

 幼い声が、俺を呼び止める。


「おい、コタロー、こっちだ。手伝え」


 小山内稚魚。

 俺よりも一つ先輩、けれど、どう見ても園児にしか見えない彼女が、廊下の掲示板に、ポスターを張らんと奮闘中。必死に背伸びをする姿がなんとも愛くるしい。キュン死に出来るぜ。


 ……ああ、知ってるさ。

 俺を誰だと思ってるだ。

 どんだけモテないと思ってるだ。

 モテない俺はギャルゲにはまり、そして、中でもケイオス・ラブにはどハマりした。

 そんな俺が、このイベントを知らないわけがない。

 昼休みに起こる、ちょっとしたイベントだが、この時の選択しだいで稚魚センパイの好感度が大幅に変化する。

 好感度をあげるための選択は、当然、こころよく彼女を手伝うことだ。

 俺はそれを知っている。

 だから、彼女に、言ってやった。


「すいません、急いでるんで」


 きっぱりと。

 まさか断られるとは思っていなかったのだろう。

 稚魚センパイ、頭から湯気を吹きだし檄オコぷんぷん。


「な、なんじゃその態度は! わらわはセンパイじゃぞ!」


 怒ってる癖に悲しいほど迫力がないのがまた愛らしい。


「すいません」


 もう一度あやまり、俺はその場をあとにした。


「こ、コタロー! もう遊んであげないのじゃぞ~~~~!」


 可愛らしい負けおしみ的発言が俺を追いかけてくるも、それは俺の足を止められない。








 聖子の首つり死体を目撃し、失意の中、俺は願った。

 時をもどしてくれ、と。

 もういちどチャンスをくれ、と。

 そうすれば、今度こそ、誰も死なない未来を作り出してみせる、と。

 そしてそれは叶った。

 ふたたび俺は、始業式の朝へと戻ってきた。

 それを成したのが神様だろうが悪魔だろうが、どうでもいい。

 とにかく俺は、またヒロインのみんなが平和に暮らしているこの時間に帰ってこれたことに安堵した。

 安堵し、そして、考えた。

 どうすれば誰も死なない未来へとたどり着けるのか、と。


 その答えが、今の、稚魚センパイに対する態度だ。


 一回目の時は、リリのルートに入り、最終日のエンディング間近で、リリが首を吊ってしまった。

 二回目の時は、聖子ルートに入り、同じく最終日のエンディング間近で、聖子が首を吊った。


 ……どんなに間の抜けた阿呆でも思うことだろう。


 ひょっとして、ヒロインのルートに入ると、そのヒロインが最終日に首を吊るのでは――と。


 その理由はともかくとして、そのルールには、度し難いほどの馬鹿でもない限り辿り着くだろうし、そして俺は、幸運なことに、そこまで馬鹿ではなかった。


 ヒロインを攻略すると、そのヒロインが首を吊る。


 それは仮説にすぎないが、現状では、もっとも信頼し得る説だ。

 ならば。

 俺のすることは。


 ヒロインとのフラグを折ること。

 折って、折って、折りまくること。

 ぽきぽきと。そりゃもう、ぽっきぽきぽっきぽきと。


 俺がフラグクラッシャーになることで、俺の愛したケイオス・ラブのヒロインたちが無事でいられるのなら、こんな安いことはない。


 嫌われるのは辛いけど、傷付けるのは心苦しいけど。


 それでも俺は成し遂げ見せる。

 なってみせるさ。

 俺はなる。

 伝説の、フラグクラッシャーに。


 ……なんてね。





 六月。

 放課後。

 俺はどう見てもペンギンのキグルミにしか見えない、けれどペソギソ星からやってきたプリンセスだという不思議生物ことペソ山ペソ子に呼び出された。

 人のまったく寄り付かない旧体育館裏で、そいつは待ち受けていた。

 愛らしいペンギン姿のあんちくしょう。


「お前今度の日曜、ペソ子に付き合うペソ」


 相変わらず傲岸不遜だな、コイツは。


「ペソギソ星の姉妹星でパーティがあるペソ。みんなツガイで来るペソ。仕方がないからお前を一緒に連れてってやるペソ。ありがたく思うペソ。カンチガイするなペソ。お前のことなんて何とも思ってないペソ」


 そうか、俺はお前のことが大好きだけどな。

 ……とは、口が裂けても言えない。

 いや、口が裂けたらそんなこと言ってる場合じゃねぇな。


「悪いけど、用事があるんだ」


 稚魚センパイの時と同じように、俺はそっけなく言った。


「な、なんだとぉ! コタローの癖にペソ子の誘いを断るとは……ナマイキペソ!」


 ――ばっこーん。


 ペソ子のペソギソパンチで俺は豪快に宙を舞った。

 ミーはスカイをベリージャイロでフライなう。

 どしんっ。

 地面にめり込む。


「勝手にするペソ! もうお前なんか話しかけてやらないペソ!」


 ぷりぷり怒って、ペソ子は去っていった。

 痛ひ……すごく痛ひ………心が。

 だがこれでいい。







 七月。

 究極の陰キャ、陰キャオブ陰キャ、暗野クララと廊下でばったり。


「………………」

「………………」


 わかってる。

 素直に言葉にできないんだ。

 こうして見つめ合ってしまうとね。


「………………」

「………………」


 沈黙が辛い。

 けど無言を貫き通す。

 話しかけてしまうと好感度があがってしまうからね。


「………………」

「………………」


 どうすればいいか。

 答えは沈黙。

 なにも話さないのが、好感度を下げることになるから。


 すたすたすた。


 やがて、クララは俺から視線を外し、去っていった。

 その後ろ姿がいつも以上に寂しげに見えたのは――俺の気のせいではないだろう、決して。

 なぜなら俺は、彼女が寂しがり屋で、本当は人とのつながりを求めていることを知っているから。






「監督に言われちゃった。お前の演技はうわべだけだって。心がこもってないって。それっぽくしただけの、中身のない薄っぺらい演技なんだって」


 八月某日。

 現役高校生にして人気声優である七色声のイベントに突入。

 もちろん、イベントを起こしたくて起こしてるわけじゃない。

 ゲームの仕様上なのかなんなのか、どうしてもイベントが起こってしまうのだ。

 可能なら、誰とも合わず、会話せず、ただこの一年を終えたいと思っているのだが、この世界が、それを俺に許さない。

 彼女たちを守るため、彼女たちに辛くあたらなければならないのだ。


「でも……しょうがないよね? 私、恋なんてまだ、したことないもん。恋するヒロインの気持ちなんてわかるわけないじゃない!」


 とあるアニメでヒロインの一人を演じている――という設定だ。

 実際にはそのアニメがなんなのか、彼女が演じているのはどういうキャラなのか、といったものは示されない。

 このイベントをうまく進めれば、声の好感度が大幅にあがり、ふたりの距離はぐっと縮まる。

 縮ませてなるものか。

 なにせ俺は、フラグクラッシャー。

 誰とも結ばれない。

 今回の俺が選ぶのは、そんな未来だ。


「だから、ねぇ、鈴代くん」


 膝を抱えて芝生の上にすわった声が、熱に浮かされたような瞳で、俺を見あげてくる。


「私の恋人になってくれないかな? あ、も、もちろん本物の恋人じゃなくって、フリでいいんだけど、フリで……」


 アセアセと、言い訳めいたことを捲し立てる。


「一緒に登下校したり、日曜日におでかけしたり、お昼ごはんを食べたり……そうすることで、少しは恋するヒロインの気持ちがわかるかなぁ、なんて」


 声の表情は希望に満ちている。

 きっと、俺のことが好きなんだろう。

 ……いや、違う。

 俺ではなく、このゲームの本当の主人公、鈴代小太郎のことが。

 べつに彼女と結ばれるのが俺じゃなくても構わない。

 鈴代小太郎でも。この子をしあわせにしてくれるなら。

 けど……


「断る」

「えっ……?」


 声の顔が、絶望に染まる。


「悪いけど、俺にもいろいろあってね。他をあたってくれないかな?」

「………………」


 気まずげに、彼女は視線を逸らした。

 耐えがたい沈黙がしばらく流れ。

 やがて。


「そ、そうだよね、迷惑だよね。私なんかじゃ……」


 取り繕うようにそう言って。


「……じゃあ、また……」


 彼女は、去って行った。

 寂しそうな後ろ姿を見送りながら、拳を握りしめる。

 くそっ。

 俺だってこんなことしたくないんだ。

 ごめん、声。ほかのみんなも、ごめん……

 







 九月。


「あら、タロちゃんじゃない」


 街中で、メガ姉にばったり出くわす。


「あ、そうだ、タロちゃん。今度、タロちゃんちに、おかし作りにおじゃましてもいいかなぁ? ひさしぶりにお姉ちゃんがおいしいお菓子をつくってあげるよ!」

「ごめん」


 即答。


「え?」

「ごめん。俺、甘いモノ、苦手なんだ」


 メガ姉は、理解できない、と言ったふうに目をぱちくり。


「で、でもでも、昔はお姉ちゃんのお菓子、大好きだったよね?」


 首を振る。


「違う。好きじゃない。メガ姉に悪いと思って、好きなふりをしていただけ」

「そ、そんな……」


 やめてくれ、メガ姉。

 そんな、世界の終りのような顔をして、俺を見ないでくれ。


「……あ、でもでも、べつにお菓子じゃなくってもいいよね! なにかタロちゃんの好きなものを……」


 なおも食い下がってくるメガ姉。

 俺はきっぱり否定する。


「やめてくれ。悪いけど、俺ももう、高二だし、あまりべったりされたくない」

「………………」


 今にも泣き出しそうな瞳。


「メガ姉もさ、いい年なんだから、年下にばかり構ってないで、同年代の男とでも付き合ってみればどうなの? いい加減、みっともないよ」


 なるべく感情を殺して、ゲームの中の主人公のセリフを、そっくりそのままトレースする。

 そうすることで、言い訳をする。

 これは俺の言葉じゃないんだ、と。

 これは鈴代小太郎の言葉なんだと。

 だから俺はなにも悪くないんだと。

 彼女たちを傷つけているのは鈴代小太郎なんだと。

 俺はそう、自分に言い訳する。

 自分を騙そうとする。


 馬鹿みたいだろ?

 自分で自分に騙される馬鹿が、そうそういるわけないのにさ。

 他人を騙すことは出来ても、自分を騙すことは出来ないんだから。


「酷い……タロちゃん……」


 メガ姉は、涙を流しながら、走り去っていった。


「………………」


 これでいい。








 ――のか?









 辛い。

 ケイオス・ラブは一番好きなゲームだ。

 好きなゲームは、当然、やりつくしたくなる。

 全部のイベントを見て、全部のセリフを聞いておきたくなる。

 だから俺は、ゲーム内で一度、すべての展開をコンプしたし、すべての選択肢を選び、その後の会話もチェック済みだ。

 当然、稚魚やペソ子やクララや声やメガ姉を傷つけるシーンも、一度は見てる。

 それでも、やっぱり、辛い。

 画面を通してですら辛かったのに、面と向かって酷いことを言って、彼女たちを傷つけて、辛くないわけがないんだ。

 胸がチクチクと痛む。

 だが、それでも。









 十月。

 街中で、只野とばったり。


「お、こんなところで奇遇だねぇ。そうだ、小太郎、今度の日曜日、」

「断る」

「えええええええええええええええええええ!? まだなにも言ってないのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 去りゆく俺の背中を、只野の悲痛な叫びが追いかけて来ていた。

 胸は、痛まなかった。





 そして、十一月になった。

 ヒロインの個別ルートへの分岐が始まる、十一月に――






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