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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

この雲の下の人々は

作者: 続木乃音



 二対の塔の麓で、森が赤く染まっている。

 もとより葉の色は紅ばかりだったが、今はよりいっそう赤く染まっている。

 その中からは悲痛な叫び声と、ごおうと焼けつく炎の音に、煙臭い火の粉がパチパチパチリ。

 犯人は空へ逃げていった。翼と言葉を持った彼ら空人(そらびと)に、地人(ちびと)達は反抗を許されない。


(いくらなんでも酷すぎる、な)


 内心で毒づきながら、まだ火の届いていない辺りの森を歩く。

 向かう先は……もう戻れない、か。

 今回は流石に運が悪かった。ああも燃え広がってしまえば、火事場泥棒すらできない。

 もう一度だけ、灰となりゆく町を振り返ってから、燃え盛る炎に背を向けた。


「ふぅ……」


 やるせなさに小さく溜息。

 また一文無しに逆戻りだ。盗賊まがいの仕事ばかりしていたので、バチが当たったのかもしれない。いや、命があるだけまだいいほうか。

 生憎、仲間といえる者はいなかったが、あの町の協力者を失ったことはかなり大きな痛手だった。まあ、その中でも優秀といえる協力者は、あの炎から逃げ出すなんてことくらい、片手間でやってのけているだろう。


「チィ……」


 ふと、鳴き声が耳について、立ち止まり足元に目を向ける。するとそこには一羽の小鳥が転がっていた。

 海のように青い小鳥だった。けれども、どこかの国の伝承のような、幸せは微塵も感じられない。

 なにしろ翼が折れてしまっているのだ。これでは飛ぶことはできない。


「……………………」

「チチ?」


 ほんの気まぐれで、小鳥を拾ってみた。

 なんとなく、この鳥が飛ぶ姿を見たくなったのだ。



□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



「……! ……!!」


 シュビッ! シュビビビッ! と勢いよく、屈強な男が身振り手振りをとばしてくる。


「はぁぁぁ……。……、…………」


 わざとらしく溜息を吐いてから、私はさっと身振りを返す。

 意味は『割に合わない。帰れ』だ。


「…………んー!」


 すると男は何を血迷ったのか、その場で土下座をしやがった。

 おい、お前何をやっている。ここは酒場だぞ。公共の場所だぞ。馬鹿なのか?


 慌ててそいつを立ち上がらせた。そして、『倍の報酬(ギャラ)なら考えよう』と伝える。

 男は顔を苦渋の青に染めた。

 無理もない。元々男はかなりの金額を提示していた。それこそ、古代の魔法道具(マジックアイテム)が購入できる程に。

 倍なんぞに吊り上げれば、法外どころか無法者も真っ青だ。この男は無法者ではないので、濃紺といっても過言ではない程に青ざめている。


 ちょんちょんと男の額をつつく。身振りで『諦める?』と伝える。

 男の瞳が揺れた。今にも涙が溢れてきそうだ。

 なんか居たたまれなくなったというか、ここで泣かれても困るというか、元よりこの提案は後々するつもりだったのもあって、『なんなら分割払いでもいい。逃げないと約束できるならな』と手を動かした。


 男は驚いたように見つめてくる。

 サササと焦ったように、分割払いの詳細をねだってくるので、私は投げやりに伝えてやった。

 月当たりの支払いで、三十年払い。どちらかの死亡、失踪があれば、その場で契約はなかったことに。

 かなり良心的だと、少なくとも私は思っている。

 その内十五年分を男は既に用意してあるのだろうし、特に契約破棄については、逃げてしまえばそこで終了だ。もちろんその場合報復はさせて貰う。面倒臭いけど、しないでおいて舐められるのも困るのだ。

 そもそも、私は衣食住が揃えられればそれでいいのに。後はたまーに魔法道具が買えればいい。今は前者には困ってないし、後者に備える貯金もある。

 男は感激したのか、「んー!」と叫びだして土下座する。

 いや、だから、それやめろって。馬鹿なのか?


 私は逃げるようにその場を離れた。

 店主の親父さんにジュース代を払って、早速依頼へ向かおうとする。

 会計を済ませポーチに財布を入れていると、親父さんが何故かサムズアップしてきた。首を傾げると、親父さんは身振りを飛ばしてくる。

 意味はこうだ。


『一度下げてから上げることで、より自分をいい人だと思わせる。法外のさらに法外のあの値段を、勢いで飲ませちまった。そして逃げてもいいという契約内容で、逆に逃げられないようプレッシャーで縛り付ける。まあ、あの依頼内容を成功すれば、依頼人も逃げやしないだろうさ』


 いや、無駄に長いうえに、見事に的外れなんだけど……。

 え? 私、そんなド悪党に見えてたの?

 というか、ちゃっかり依頼内容とか見てるんじゃねーよ。


『さすがだな。赤顔さんよ』


 うっわ、恥ずかしい。ただでさえ噂が広まりにくい世の中なのに、なんで親父さんにまでその呼び方が広まってるんだ。

 私は顔が熱くなるのを必死にこらえ、ニコリと愛想笑いをしながら、親指を地面へ向けた。

 意味は『地獄に落ちろ♪』だ。



□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



 カランコロンとベルを鳴らしながら店を出て、外の空気を胸いっぱい吸った。田舎町の赤葉の香る瑞々しい空気は、肺にたまった酒の匂いを浄化してくれる。

 空を見上げると、いつも通り雲に覆われた空の中で、くるくると青い小鳥が飛んでいた。小鳥は私に気がつくと、こちらにやって来て肩に止まってくる。


「ピーヒュイ」


 口笛を鳴らしてみせると、「チチチ」と嬉しそうに羽を揺らす。

 私が歩き出すと、チーちゃんは肩から飛び立ち先導してくれる。よくできた小鳥だ。

 しかし、私が行こうとしているのは逆方向だった。チーちゃん、まだ帰らないよ。

 今向かう先は依頼の場所。郊外の赤い森の中にある塔だ。高い塔は、この場所からでもよく見える。


「ちー」


 単音でチーちゃんを呼ぶと、パタパタとこちらに飛んできた。塔を指差すと、チーちゃんは一度そちらにくちばしを向けてから、こてん首を傾げる。


「チー?」


 私が短く首を縦に降ると、チーちゃんは塔の方向へ先導してくれた。本当に、よくできた小鳥だ。


 私は心の中でこいつをチーちゃんと呼んでいるが、当のチーちゃんはそれを知らない。知ることは、おそらくないだろう。

 言葉のないこの世界で、名前なんて意味を持たないのだ。


 かつて、まだ空が青かった頃。

 地人(ちびと)はまだ言葉を持っていた。

 羽がなく土の上で暮らす地人達、羽を持ち雲の上で暮らす空人(そらびと)達。地人が畑を耕し作物を育てれば、空人は雲を動かし雨を降らしたりと、大昔は仲良く共生していた。


 しかし、ある日空人が暗黙の了解を破り、空を雲で埋め尽くしてしまった。

 地人は怒り狂った。太陽を、月を、星をを返せ、と。

 それでも空人は無反応だ。文句を言おうにも、空にいられては使者も送れない。

 地人達は考えた。ならば、こちらから空へ行ってしまおうと。

地人は天まで届く塔を建設し始める。一本の巨大な太陽の塔、二本で対となる月の塔、世界各地に数多の星の塔。

 だが、空人はそれを邪魔してきた。

 空を飛び回り、魔法で地人を攻撃し、建設途中の塔を折る。特に太陽の塔は激しく攻撃された。地人も黙っているわけがなく、空人を魔法や対空バリスタで攻撃する。

 そうして、地人と空人の大戦争へと発展していった。戦争は世界各地に傷痕をつけながら、酷く長引いた。


 終戦は、空人が雲の上でじっくり用意していた大魔法により、あっさりとやってきた。

 それは魔法ではなく、もはや呪い。

 地人から『永遠に言葉を奪い続ける呪い』だった。

 言葉を発しても、届くことなく消えてしまう。文字を書いても、書いたそばから消えてしまう。いずれ言葉は忘れ去られて、地人の文明から消えてしまう。

 パニックになった地人は、もはや塔どころではなかった。空人は塔さえ建てられなければいいと、そのほとんどが雲の上へ戻り、ゆっくりと傷を癒していく。


 地人は長い年月をかけて、言葉のない世界に馴染んでいき、各地を復興していった。

 言葉と認識されない単音を上手く活用したり、身振り手振りだけで意思を疎通できるようにしたり、文字ではない絵や記号で物を記すようにした。

 一番地人が嘆いたことは、もう魔法が使えないということだった。魔法を使うには、言葉が必要不可欠なのだ。

 そして現代、塔の建設は禁忌とされている。



□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



「チチチ」


 チーちゃんが呼ぶので何事かと思ったら、いつの間にか目的地に辿り着いていた。この森では時折獣や魔物が現れるのだが、今回はどうやら出くわさなかったらしい。


 赤葉の森の中に、どっしりとそびえ立つ大きな一本の塔。星の塔――見るのはいつぶりだろうか。

 といっても前に見た星の塔は、今目の前にある塔ではない。しかし、現存している星の塔のほとんどは量産型設計の構造なので、姿形にあまり変わりはない。

 チーちゃんとは、ここで一度お別れだ。小鳥には危険があるかもしれない。口笛を鳴らして合図すると、チーちゃんは手の平に乗ってくる。

 手乗りチーちゃんの首に私とお揃いのお守りをかけると、チーちゃんは「チチ!」とさえずってから、素直にそこらへんの木の上へ飛んでいった。よくできた小鳥は、しっかりお留守番もできるのだ。


 ポーチから赤い仮面を取り出し、顔につける。私が赤顔と呼ばれる理由はおそらくこれだろう。

 血のように真っ赤で悪趣味な仮面――もちろんただの仮面ではない。古代の魔法道具(マジックアイテム)と呼ばれる超高級品だ。

 地人から魔法は失われたが、効果が永久的に続く一部の魔法は、現代にも残っているものがある。

 魔法道具もその一例で、道具に未だ魔法がかかっている物だ。それは魔法の使えない現代人にとって、目を血眼にしてまで欲しい超希少品(レアアイテム)

 この仮面――私は『友愛の仮面』と呼んでいる――はひょんなことで手に入れた物。かかっている魔法は『身につけた者を仲間だと錯覚させる魔法』だ。この効果、実はかなり使い所が多く、いつも活用させてもらっている。


 仮面をつけると、少しだけ視界が悪くなる。だが、それもすぐに慣れる。

 さあ、仕事の時間だ。

 塔の入り口の大扉を開けて、中に侵入する。

 第一層はシンプルな構造だ。高く、広い空洞。ランプと対空人のバリスタくらいしか、壁を飾る物はない。高所にいくつかある四角い空洞は、空気の入れ替えの為の窓だ。

 二つの階段が壁に沿いながら、円を描き上に向かっている。観光目的ならアレを登って、未完成の塔の頂上から景色を一望するところだが、今回の目的は違う。


 依頼者の男は、塔に向かった娘が消えたと言っていた。魔物に食われたんじゃないのか、と質問したら、それはないと返された。

 というのも、娘と共に塔へ行った若い男が帰ってきているのだ。ボロボロの姿、満身創痍で。

 「星塔でーと、か。ムカつく」と思ったが、わざわざ身振りにはしなかった。若い男、塔を指差してからすぐに倒れちゃったみたいだし、今も目を覚ましていないみたいだし。

 ともかく、娘は塔で行方不明になったらしい。死んでいるんじゃないか、今も塔にいるのか、と質問したら、間違いないと返された。何とも、独自のルートでそこまでは調べがついてるようだ。

 私は面倒臭かったので、その筋肉を活かして自分で行ったら? と促してみた。すると既に行っていたそうだ。しかし、発見はできなかった。でも、塔の中にいるのはわかっている。そこで塔に詳しい人物を探しているうちに、私へと辿り着いたようだ。


 正直、その判断は正解だったと思う。

 私は何度か他の塔に忍び込んだことがあるし、量産型の構造はほぼ完璧に頭に入っている。これは自慢だが、最奥部とやらに忍び込んで、財宝を盗み取ったこともある。

 それに、塔に篭って女性を誘拐するようなヤツは、大抵めちゃくちゃ強かったりする。それこそ、若い男がどのくらいの強さかはわからないが、死にかけで帰ってくるくらいには。

 その点、私にはある程度の強さはある。筋肉は無いし、腕とかは自分でも驚くほどにプニプニだけど、ほとんどの地人には余裕で勝てる。魔法の力は偉大なのだ。


 魔法道具の仮面の位置を直し、塔のある地点へと向かう。それは片方の階段の付け根、の裏側。陰になっている場所。

 ガコンと壁の一点を押すと、ごごうと重厚な音を立てながら、地面が開いた。この先は地下だ。シェルターとしても使われる。

 そして、地下には捕虜を入れる部屋があるはずだ。生きているのなら、そこに入れられている可能性が高い。

 私はとんとんと階段を降りて行った。



□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



 いた。彼女だ。間違いないだろう。

 予想が外れることもなく、捕虜用の牢屋にいる彼女を発見した。こんこんと格子をノックして、彼女に手を振ってみる。


「…………!」


 彼女は目を見開いた。まあ、仮面の効果で私は『自分と同じく捕まった人』に見えているだろうし、その人が格子の外にいるのだから、むしろ驚かないほうがおかしいだろう。

 『逃げるよ』と、身振りで伝える。彼女はますます目を開く。あんな目を、皿のようだというのだろうか。


 ポーチから二本セットの針金を取り出す。

 これも古代の魔法道具だ。鍵穴に入れて回すと『解錠する魔法』が発動する物。鍵穴という縛りはあるものの、よく活用させて貰っている。ちなみに、これはとある街の露店で安売りされていた。あのときはめちゃくちゃラッキー! と躍り狂った。

 ここの牢屋にも鍵穴がある。堂々と針金を差し込みクルリと回す。音もなく、魔法はつつがなく発動した。

 扉を開けて、彼女にもう一度『逃げるよ』と伝える。彼女は『古代の魔法道具!?』と身振りを返してきた。そんな暇はないだろうに。

 軽く頷きだけ返して、『ほら、早く』と伝える。彼女は恐る恐る牢屋からでてきた。


 あくまでも、堂々と。彼女を引き連れ地下を歩く。

 見つかるとかは心配していない。仮面の効果があるので、『ぐへへ。ちょいとあっしにも貸してもらうでやんす』とか伝えればいい。

 この女性が誘拐された理由ははっきりとはわからないが、若い男は逃げきれているのだし、まあ、おそらくそういうことだろう。

 彼女、ちょっと傷だらけだし。心にも傷を負ってないといいけど。そこは依頼の内に入っちゃいない、か。


「……………………」


 地上への階段が見えてきた。

 さて、ここからが勝負だ。

 振り向き、彼女に『走れる?』と問う。彼女は小さく縦に首を振った。


「ん!」


 駆ける。駆ける。駆ける。

 彼女の手を引いて、階段を駆け上る。

 少しでも速く、バレないように。バレても逃げきれるように、速く速く速く。

 いくら仲間と思われるとはいえ、逃がすところを見られてしまってはまずい。最悪、裏切りだと思われる。そうなれば仮面の効果はない。


 そして階段を上りきる。隠されたボタンを勢いで押す。ごごうと地下が閉じられていく。

 駆ける。駆ける。駆ける。

 まだまだ油断はできない。せめて、森を抜けるまで。

 塔の入り口へとまっしぐらに。速く、速く、速く速く速く。


 そして、あと少しで塔から出ようというときに……。


ごぉぉぉぉぉん!!!


「あ…………!」


 爆風が、私達を吹き飛ばした。


「くっ!」


 受け身を取る。彼女は……無事だ。

 膝を擦りむいてしまっているようだが、それだけで済んでいる。


 爆風の原因を探るべく、辺りを観察する。やけに視界が開けると思ったら、仮面が外れてしまっていた。

 慌てて落ちている超希少品(レアアイテム)を取り戻そうとして、先にそれを拾われた。


「なんだぁ? この仮面、魔法道具かぁ?」


 茶髪の男だ。男はまじまじと手に取った仮面を見つめながら、口を動かしている(・・・・・・・・)


「ほぉぅ。さしずめ『敵対心を削ぐ魔法』てところかぁ? 可愛い可愛い地人(ちびと)ちゃんよぉ。道具に頼っちまって、悪い子だよなぁ? まぁ、聞こえちゃいないんだがよぉ」


 ニヤニヤと嗤う茶髪の男。

 その背中からは、茶黒い羽(・・・・)が生えていた。


「ちっ」


(見つかった。それもよりによって空人(そらびと)、か。……面倒臭い)


 茶羽の男が仮面をあらぬ方向へ投げる。仮面は茶羽の向こうの壁にぶつかり、カツンと音を立てて落ちた。

 あの、それ、高級品なんですけど……。あの程度の衝撃じゃ壊れやしないけど、傷がついてたらいやだな。


「んぅ? お前、今ぁ……」


 茶羽が何かを言う。


「舌打ちしたのかぁ?」


 その額には青筋が浮かんでいた。

 お怒りですか。さいですか。勘弁してくださいよ、まったくもう。

 私は次に男が取る行動を予想し、素早く移動できるように備える。その予想は当たっていたようで、男が魔力を言葉に込めた。


「『イカズチよ! ヤツを滅ぼしたまえ!』」


 瞬間――電光。石火はない。

 バチバチと雷電の矢が一撃飛んでくる。

 予め準備していたおかげで、ワンツーステップで回避できた。


「ちぃっ!『イカズチよ!』『イカズチよ!』」


 口の動きが全て同じだ。どうやらバリエーションはないらしい。

 トン、回避。トントン、回避。ここでスッとバックして、錯乱させながらトン、回避回避。

 まだまだ余裕はある。ヤツの魔力はどうだ。

 見ると、額に脂汗。若干焦っているようだ。


「ちょこまかとぉ! 『イカヅチよ!』 逃げてんじゃぁ! 『イカヅチよ!』 ねぇ! 『イカヅチよ!』」


 トン、トトトン、と塔の中を走り回り、トントントンと、回避し続ける。私はそろそろこちらから仕掛けるべきかと、ポーチの中身を思案する。トン。

 しかし、ふと、茶羽の表情が変わった。


「はっ♪」


 勝ち誇ったような笑み。

 何事だ? それともただの馬鹿なのか?


「それぇ! 『イカズチよ! ヤツに滅びを!』」


 それをトン――回避しようとして、キュッ――急ブレーキ。しまったと後悔しても、もう遅い。

 そうか。ここには彼女(守るべき対象)がいた。それがヤツの攻撃対象に入り得ることも、私はすっかり忘れていた。


(しくった……。私としたことが……)


「死に晒せぇ!」


 ジリジリバジリと大騒音。

 雷が、私に、降り注ぐ。



□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



『地に堕ちた鳥がどうなるか知っていますか?』


 死にまーす!


『いいえ。違います』


 死なないの?


『言葉は大事にしないと駄目ですよ。死ぬ死ね死のうは言葉を浪費してしまいます』


 はーい! わかりましたー!

 それで、鳥さんはどうなるの?


『地に堕とされると、まずは羽をもがれます』


 かわいそう……。だれがそんなことをするの?


『他でもない、仲間でございます』


 ……なんで?


『私にはわかりかねます』


 ねえ。鳥さんは大丈夫なの?

 翼がなくちゃ飛べないよね。

 翼ってまた生えるの?


『はい。努力さえあれば、稀にですが』


 そーなんだ! やったね!


『しかし、逃げ出せないよう印をつけられるので、再び飛ぶことは叶わないでしょう』


 え……。しるし?


『はい。その印がある限り、家畜同然の扱いを受けるのです』



□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



「は……。なんでぇ……」


 口をパクパクとさせる茶羽。


「なんで生きてんだよぉ! お前ぇ!」


 茶羽が吠えた。

 案外こいつはバカだったのかもしれない。あの規模の魔法に直撃して生きているのなら――魔法で防いだしかないだろう。

 ずっと前にお守りにかけた魔法(・・・・・)。それはなんてことない、単純な魔法――『1度だけ災難を身代わりさせる魔法』だ。今もポーチの中には、事切れたお守りがあるだろう。

 人生何が起こるかわからない。

 突然魔物が背後から噛みついてくることも、唐突な天変地異が死を運んでくることだって、ざらにある。

 『保険は常に用意しておくべきです』と、これは私の先生に教わったことだ。


 彼女の安否を確認する。よかった、無事だ。

 うまく私が盾になれたようだ。いや、お守りが盾になってくれたといったほうが、正しいかもしれない。彼女の死イコール信用の死イコール食費の消滅イコール大災害なわけだし、何はともあれ結果オーライだ。


「…………!?」


 目と目があった彼女が、声もなく驚愕した。

 無理もないだろう。

 茶羽の魔法攻撃の余波で、私の顔を覆っていた隠匿魔法が崩れてしまった。さすがのお守りも、そこまでは守ってくれなかったようだ。

 だから、今は見えてしまっている。


 ――右頬に忌々しい、奴隷の証の刻印が。


 私は口に人差し指を当てて、『内緒にして』と伝える。彼女は怯えてビクリと震えてから、コクコクと頷いた。

 しまった。ついつい睨んじゃった。怖がらせて、ごめんね。


「どういうことだぁ!」


 茶羽が何かを言うのを無視して、私は魔法の展開に入る。


「『偉大なる大地よ。頼む、今日だけは心を曲げてくれ』」


 地面に魔法がかかる。ぐにゃりと歪曲して(おう)(とつ)を作る。

 私はちょいと思い通りに曲がるように魔力で操作する。彼女の近くの地面は、彼女を覆い守るように。茶羽の近くの地面は、ヤツを転ばせるように。私の近くの地面は、あまり曲がらないように。

 右頬がジキリと痛んだ。血が流れる。

 本来奴隷に魔法は使えない。刻印が魔力を感知すると、そこを中心に痛みがやってくるのだ。刺されるより痛く、焼かれるより熱い、酷く苦しい痛み。でも、とっくの昔に慣れていた。


「ははは。そうか、お前はぁ……」

「はぁ……。皆まで言わなくていいよ」


 魔法――言葉を使っているのだから、私の出自に気がつかないほうが可笑しいだろう。それをわざわざ口に出すのは、野暮というやつだ。


「堕ちた出来損ないがぁ! 子供(ガキ)くさい喋り方しやがってぇ!」


 失敬な。私だって好きでこんな喋り方してる訳じゃない。ただ……これしか言葉を知らないだけだ。


「ひとつだけ、言っておくけどさ」

「『イカズチよ! ヤツを滅ぼしたまえ!』」


 茶羽が乱暴に雷を飛ばしてくる。私は地面をずらしながら落ち着いて避けた。後ろのほうで雷が霧散する。大丈夫、彼女は大地が守ってくれている。


「魔法は大事に唱えないと駄目だよ。あなたのそれは――言葉を浪費してる」


 魔法とは本来、魔力を持って自然や物に語りかけ、願いに応えてもらうものだ。

 だから、ぞんざいな言葉を使ってはいけない。しかし、堅苦しくしすぎてもいけない。時にはうたうように軽やかに、時には恋し口説くように大袈裟に、時には友を頼るように不敵に、時には背中を押すように力強く、気持ちを込めてしっかりと唱えるのだ。


「『ああ。空よ、(いかづち)よ。我が敵を滅ぼしてはくれまいか』」


 茶羽のお気に入りの雷の魔法。ヤツは根本的に間違っている。

 雷は撃つものではない。空から降らすものだ。屋内じゃ遮蔽物があるって? それは魔力で非実体化させるだけ。


「『壁よ、床よ、天井よ、隔てる全ての物共(ものども)よ! 微かでもいい……。道を開けて!』」

「させるかぁ! 『イカヅチぃ!』」


 未だに蠢き歪み曲がる大地が、ヤツの魔法を防いでくれる。

 フッと思わず溢してしまう。『大地を歪曲させる魔法』は一ヶ月くらい魔力を貯めた状態で、狭い範囲にしか使えない代わりに、一日はその場を思い通りにできる正真正銘大魔法なのだ。実はほとんどの空人が使えなかったりする。何故なら、彼等は大地を知らないから。

 雷の通る道だけが、ピンポイントで非実体化された。頬がズクリと痛み、出血が増える。構わずに魔法を実行させる。


「が、がががああああああぁ」


 閃光の後に雷鳴。目を痛めないように簡易的な魔防(バリア)を張る。雷様がようやく落ちてきたようだ。けっこう時間がかかったな。

 もしかすると彼の魔法は、彼なりに短縮しようと工夫したものなのかもしれない。まあ、粗末なことに変わりはないが。


「こ、こんなはずじゃぁ」


 茶羽が倒れる。直撃したのにまだ生きているのは、雷の魔法を使うことで、いくばか体が適応しているのかもしれない。

 というか、簡易でも魔防(バリア)張るくらいはしようよ。やる気ないの? まあ、張っても例の『弾道を開けさせる魔法』とかでこじ開けたんだけどさ。


「『根付き闘志よ、今(とどろ)いて。さあ()て、さあ撃て、さあ放て!』」


 私は止めを差すことにする。

 語りかけたのはこの塔に深く根付いた闘志。

 ――すなわち、かつて大戦で幾千の敵を討ったバリスタ砲。

 彼等は私に応えてくれた。弾は魔法で物質化され、既に装填までされている。そして揃ってその先を茶羽へ向けた。


「や、やめろぉ! やめろやめろやめろおおおおぉ!」


 『敵は根絶しにしましょう』先生の言葉だ。

 その教えに乗っ取って、私は手を天へ振り上げる。

 『ただし、敵を見誤らないように』先生はそうもいった。

 多分、こいつは敵でいいだろう。そうでなければ、一体何だというのか。

 私は迷いなど振り切って、手を思いっきり下げる。そう、合言葉は……。


「『一斉発射(ファイヤ)ああああ!!!』」

「う。うぅう! ぅうがああああああああぁぁ」


 矢が一斉に降り注ぐ。見苦しく血生臭い光景だが、ずっと前に慣れている。

 ただ、彼女はそれを見ないように、そっと地面を歪曲させた。できればあまり、私みたいにはなって欲しくない。

 ヤツの死体が転がる。地面を平らに戻すついでに、死体をその場に埋めてしまう。手を合わせる? 私はそんなことはしない。

 さっと血の滴る頬を拭い、ふぅと疲れに溜息を吐いてから、ニコリと愛想笑いを決め込んで、ビシッと親指を地面へ向けた。

 意味は……いうまでもないだろう。



□ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □ ◼️ □



「あ……。ああ…………!」

「おおおお! おお……!!!!」


 親子の感動の再開。

 甘ったるいが、水を差す気にはならない。わざわざ差さなくとも、涙やら鼻水やらでびちょびちょだし。後ろでは親父さんがタオルを用意していた。えらくサービスの効いた店だ。


「おおぅ……! おおおぅ……!」


腐肉ドラゴンみたいな声を出しながら、鼻水まみれの屈強な男が握手を求めてくる。

私は手をひらひらと振って、それを遠慮させて貰った。だって、なんか汚いし。

代わりに、『約束、破るなよ』と身振りで伝える。男はおうおうと目を拭いながら、ブンブンと大袈裟に頷いた。ちょ、鼻水飛ぶから、やめろ。馬鹿なのか?


親父さんにジュース代を支払って、いつものように逆方向に親指を立て合う。

店を出る直前に、包帯まみれの人とすれ違った。やがて店内の腐肉ドラゴンの声が、若い男一人分増える。


カランコロンとドアを鳴らす。仕事を終えた達成感で、いつもより美味しい空気を吸い込んだ。

頬の痛みはまだ抜けないが、3日も立てばきっと忘れるだろう。

今は辺りに人はいない。

いてもどうせ聞こえやしない。

だから今日は、もう少しだけ話そうか。


「ねえ。チーちゃんはさ」

「チ?」


もっとも話し相手なんて、こいつくらいしかいないんだけどさ。


「青い空とか緑の森とか……見てみたい?」

「………………チッ?」


チーちゃんはこてんと首を傾げた。「チチチチチチチ?」と首を下げすぎて、ついにはコロリと転がった。

愛くるしさに、思わず吹き出してしまう。

そのまま、あははと笑ってみた。チーちゃんが「チチチー!」と合わせてくるので、私はさらに笑った。

大きな声を出しているのに、笑い声は言葉とされるのか、誰も気づけやしなかった。


「ま。なんかどーでもいい、か」


見えやしない太陽を願うより、今は明日を願って生きていこう。




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