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03 分岐

 ――あれ? なんだ、これ。体に力が入らない……。


「――――ぐあッ!?」


 腹部を蹴られ、強引に仰向けにさせられた。

 そして初めて、俺を蹴った者の正体が分かった。


 ゴブリン。

 緑色の肌、黄色くくすんだ瞳。ただでさえ子供ほどの身長しかないのに、猫背がさらに小柄に見せている。右手には血の滴る、錆の目立つ蛮刀。


 ゴブリンは醜い顔に下卑た笑いを浮かべている。


「ぁ、ぁぁあ……」


 上手く声を発声することができない。空気が胸から上がってこない。


「――――っ!?」


 首を起こし、自身の胴体を確認すれば、俺の胸には一文字の線がはしっていた。

 おそらく、肺までとどいているのだろう。


 視界の隅で、ゴブリンが蛮刀を振りかぶったのが見えた。とどめを刺そうとしているのか。


 痛みがないわけじゃない。しかし、不思議なことにその痛みがどんどん遠ざかっていく。それとは逆に、こんな状況なのにひどく眠たい。


 ――――この感覚、どこかで……。


 振り下ろされる蛮刀の速度がやけに遅い。まるでスローモーションだ。


 ああ、そうか。これは死ぬときの――――







 いつまでたっても、刃が届かない。


 閉じていた瞳を開くと、緑色の蛮刀を握った腕が宙を舞っていた。

 続いて、上半身、首とものすごい速さで飛んでいく。


「ぁいぃぁ……?」


 絞り出した声も、とても小さいものだった。


「ハルト!? 待ってて、いま治してあげるから!」


 そう言うと、アリシアは俺の胸に両手を当てた。その瞬間、アリシアの両手が緑色の光に包まれた。

 先ほどまで溢れ出して止まらなかった血液が、ぱっくりと開いていた傷口がふさがっていく。


「ッアリシア! 後ろッ!」


 治癒魔法を施していたアリシアの背後に、蛮刀を振りかぶったゴブリンがまさにそれを振り下ろそうとしていた。


「――――っ」


 アリシアが振り返ったと同時に振り下ろされた蛮刀を、しかしアリシアはそれを素手で受け止めた。

 そして、次の瞬間にはそれを握力のみで砕いていた。


『ニョギッ!?』


 ゴブリンの驚きの声は、空中で発せられた。


「ハルト、逃げて!」


「逃げるって、どこに逃げればいいのさ!? それにナーガは!? アリシアはどうするのさ!?」


 動けない俺を背にかばうような形で、アリシアは立ち上がり、燃えている村の方向を見据えている。


「ゴブリンの集団が村を襲ってきた。数は数百」


「いくら【天職】が騎士だからって、いくら相手がゴブリンだからといって、数が多すぎる! 君も一緒に逃げよう! 安全な場所があるんだ!」


 アリシアは微動だにせず、同じ方向を見据えている。


「アリシア!」


「――来た」


 アリシアが見据える先、揺らめく炎の中からおびただしい数のゴブリンの影が見えた。


「ハルトには、指一本触れさせないから。安心して」


 俺に微笑みかけ、そう言うと、彼女は風をまとって疾走していった。











「――あああああああああああああああああああああああああああああ!」


 斬る。斬る。力任せに、後先考えずにぶった斬る。


 ゴブリンの首を、肩を、腕を、腹を、脚を。


 斬った。


 斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って斬って――斬った。


 己のステイタスのすべてをもって。


 ――――【勇者】である、アリシア=ファーイズのステイタスをもってして。


「ああああああああああああああ――ごぅっ……お、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 腹に、肩に、腕に、脚に。減ってゆくゴブリンの数と比例して、アリシアの傷が増えていく。


 なんとか生き延びた他の村人も、絶望を忘れて鬼のような、しかし女神のように美しい一人の少女を見つめている。


「――――っ!?」


 血だまりに足を滑らせ、一瞬体勢を崩した。

 彼女の圧倒的なステイタスをもってしても、数百のゴブリンの数はなかなか減らない。その一瞬の間に数十もの剣戟が叩き込まれる。


 体中から血液が噴き出す中、アリシアはひたすら剣を振るった。剣が折れれば、落ちている蛮刀を拾い。ひたすら、全力で。


 ただ一人の少年を守るために。











「……も、もうやめてくれよ……」


 俺の目からは涙が止まらなかった。

 金色の髪の毛を赤色に染め、命を削りながらゴブリンを屠る少女を見つめ、俺はそう言うことしかできなかった。


「モンスターに村が襲われるなんてありふれたことだ。そんなありふれたことのために君が命を落とす必要はないッ!」


 なおもアリシアはまた一体ゴブリンを屠り、身体に刻まれる傷を増やす。


「誰か……誰か助けてくれよ! 神様ぁ! なあ、助けてくれよぉ……」











 アリシアがついに膝をついたとき、熱線がアリシアの周囲を包み込んだ。

 これまでよりも激しい悲鳴が鳴り響いた。


 ――ドラゴン。

 この世界の頂点に君臨する最強の生物。


 しかし、ここはドラゴンの生息地ではない。

 つまり、



「――っ騎士だ……!」



 村人の誰かが歓喜の声を上げた。これで助かった、と――――。


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