表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

02 賢者の図書館

 そこは、俺の住むコロネ村からほど近いコロネの森の最深部にあった。


「さすがにもう迷わなくなったな」


 ここを発見した時はそれはもう大変だった。もう八年前になるか。


 きっかけは森に薬草を採りに行ったことだった。薬草を採り終え、帰ろうとした時に熊に出会った。森のくまさんに出会ってしまったのだ。

 正式名称・ハウンドベア。発達した前足で獲物を一薙ぎし捕食する、肉食系のモンスターだ。黒いと白の体毛のそれはとてつもない威圧感を放っていた。



 逃げたとも。全力で。



 ただ、そんな類のモンスターは足が速いと相場は決まっている。


 ものすごい速さで迫ってくる狩熊(ハウンドベア)

 追いつかれる寸前、俺はさらに重大なことに気が付いた。――俺が走っていた場所には、もう足場がなかった。


 つまりは、そこは崖になっていて、俺はかなりの高度から転落したのだ。

 そこから先は記憶がない。


「あの時に最初で最後の主人公補正が発動しったてこった」


 気づけば、俺は草木が乱暴に生い茂り、蔓が巻き付き張り付き放題だった扉の前に倒れていた。

 その両開きの扉を開ければ、そこは外見――といっても扉だけだったが――とは裏腹に、きちんと管理されているかのような大図書館だった。


 そして、足元には何やら文字が彫ってあった。



『必要とせし者が発見せんことを。  ――――J・M・コロネ』




「ここの本も、八年もあればほとんど読み切れたか」


 八年間、毎日ここへ通い続けた。強くなれなくても、ステイタスは上がらなくても。

 どんなに死にそうになっても。


 そのおかげか、頭だけはよくなった。魔術に関する知識、戦闘に関する知識、道具製作アイテムメイクなど、様々な知識を手に入れることができた。


「風の精霊よ、我が魔力を糧として汝の力を貸し与えたまえ――『突風イサール』」


本に書いてある通りの呪文を詠唱したところ、無風だった室内に突風が巻き起こった。


「やっぱり、これは魔術の本か。呪文がびっしりと書かれているな……」


 本を読み終えて、元の場所へ戻した。


 それにしても、不思議だ。八年間、この場所は何一つ変わらない。一切ほこりをかぶっていない本と本棚。全ての本はまるでついさっき書かれたかのように綺麗だ。


 ――――まるで、この空間だけ時が止まっているかのように。


「それにこの名前……J・M・コロネって誰なんだよ」


 謎は一向に深まるばかりだった。




 ここへ来て何時間が経っただろうか。

 時間が経過するのも忘れ、俺は様々な書物を読み漁っていた。


「……帰るか」


 あっちの世界では、本なんて滅多に読まなかったのに、なぜだか今は早くここへ来て本を読んでいたいとすら思っている。


『君は、いったいどうやってここに来たんだい?』


 扉の手すりに手をかけた瞬間、背後から低い男性の声が聞こえた。


「――――っ!?」


 勢いよく振り返ったが、もちろん誰もいない。


 出入り口はここだけのはずだ。扉が開く音どころか、人の気配すらしなかったのに、なぜだ!?


『そう身構えることはない。私は君に危害を加える気はないよ。それに、君とは八年間もの付き合いじゃないか』


 ――八年間?


「……J・Ⅿ・コロネさん、ですか?」


『これは察しがいいな』


『君が初めてここへ来たときは、何事かと思ったよ。ここができて数百年経つが、少年が辿り着いたことはなかったよ』


「知識は、【天職】に関係なく蓄積されますから」


『君、【天職】は村人かな?』


「ええ、そうです」


 俺はただの虚空へ言葉を投げかけ続ける。


『――賢者』


「え?」


『私が生きている時、人々は私のことをそう呼んでいたよ。君なら私の領域へ達するまでにさほど時間はかからないだろう』


『ここは君のためにある。有効に使ってくれたまえ』


 それを最後に、もう声が聞こえることはなかった。


 賢者と同じ領域に達する? 何を言っているんだ。


 今度こそ俺は図書館を後にした。






 森から村の方向を見やれば、夕暮れのオレンジが大地を染めていた。


「日が暮れる前に帰らないと」


 アリシアに余計な心配をかけてしまう。






「――――え?」


 森から垣間見たオレンジ色は、夕焼けがもたらしたものではなかった。


 パキパキと音を立てて燃え盛る炎。


 村の入り口で、その光景を目の当たりにして、しかし俺は何も考えることができなかった。

 そのせいで、俺は背後から迫っていた存在に気が付かなかった。


 パキリと、小枝を踏んだ音がしたような気がして、ゆっくりと振り向いた先には――


「――――え?」


 刃物を振り下ろす緑と。


 どこからか噴き出している赤が。



 急激な脱力感に襲われて、俺はその場に倒れこんでしまった。



 耳を澄ませば、下卑た笑いが辺りを満たしているのが分かった。 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ