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01 そして村人に

 後に知ったことだけれど、この世界には【天職】というものがあるらしく、ステイタスの上限、上昇に大きな影響を与えるのだそうだ。

 もちろん、あの場で【天職】に影響を与えられる【特殊能力スキル】を選ばなかった俺の【天職】は村人。ごくごくありふれた最下層だ。


 そんな最下層ですくすく成長すること十五年。


 そんなわけで、俺は今日も農作業にいそしむ。


「ハルト、今日はもう上がっていいぞ! 助かったよ」


「わかった。続き、頑張って」


 太陽の高さが一番高くなったころ、親父にそう言われ、今日の俺の作業は終了した。

 農民の子供といっても、幼いころから一日中農作業をさせられるわけではなかったらしい。たいていは昼前まで。長くても昼過ぎくらいまでに家には帰れた。

 おそらく、親父としては俺は手伝いくらいの感覚なんだろう。


「さて、と」


 帰り道の途中、大きな木の木陰に腰かけた。

 そして母から持たされていた弁当を広げた。


「あ、ハルト。いま帰り?」


 おにぎりにかぶりつこうとしていた時、後ろから声をかけられ、その動作を中断した。

 少しの不満を視線に乗せながら声のした方向を見やると、一人の少女が立っていた。


「なんだ、アリシアか」


「悪かったわね、私で」


 くせのない、真っすぐな金髪。透き通るような白い肌。少しつり上がった深い青の瞳。その青よりも美しい色を、俺はいまだかつて見たことがない。

 身長はあまり高くないが、細い体つきが実身長より高く見せる。体の線は細いのに、不思議とか弱さは感じられない。


「で、俺に何か用か? ちなみに俺はこれから昼飯を食う」


「そんなの見ればわかるわよ。私もお昼ご飯を食べようとしていたところなの」


「昼飯を食うだけなら、なんでこっちまで来たんだよ。ここと真逆じゃないか、アリシアのいつも修練しているところは」


 そう。アリシアが修練している場所は村の南入り口近くの広間。そしてここは北入り口の近く。


「だって、ハルトは毎日ここでお昼ご飯食べてるじゃない」


「そうだけど、それとアリシアがここまで足を運ぶことは関係ないだろ?」


「――――……はぁ。まあいいわ。とりあえずご一緒してもいいかしら?」


「ああ、そりゃもちろん」


 そう言うと、アリシアは俺の隣に腰かけた。


 間近で見ると、彼女の青く、大きな瞳に吸い込まれそうになる。


「前から思ってたんだけど、その堅苦しいしゃべり方よしてくれよ。俺まで堅苦しくなりそうだ」


「そう言っていても、実際には全く堅苦しくなっていないじゃない」


「そうだけどさー。騎士だか何だか知らないけど、無理してないか?」


「…………」


 アリシアの【天職】は騎士。

 そこそこ上級の【天職】で、ステイタスの上昇も著しい。彼女が腰に下げている剣が、その何よりの証拠だ。


 そして俺の記憶だと、教会で【天職】を神から聞く【神託】の後からアリシアの態度は不自然になった。


「まあ、騎士ってのは品格ってヤツを身につけなきゃいけないんだろうけど、子供なんだからもっと自由にすればいいのに」


「ハルトが自由すぎるだけよ。毎日家に帰ったらすぐにどこかへ出かけて……夜遅くまで帰ってこない時もあるし、ボロボロになって帰って来る時もあるし、血だらけで帰ってきたときは本当に心配したんだからね!? ――って何笑ってるのよ!」


「いや、今のアリシア昔みたいだったなーって。やっぱり俺はそっていのアリシアの方が好きだぜ?」


 俺が言うと、しばらくアリシアは虚を突かれたような顔のまま固まった。


 そして少しずつ赤くなっていって――


「何言ってるのよ!? ――――す、す、す、好きとかそういうことを、そんな簡単に!」


「アリシアッ!? どうしたんだ急に!?」


「――――もうっ!」


 ――爆発した。


 厳密には、俺の顔面に彼女の裏拳が炸裂した。


「むぅうお……っ!?」


 さらに裏拳をくらった衝撃で勢いよく後ろの木の幹に後頭部を撃ちつけた。



 前と後ろからの猛烈な痛みに、俺は意識を手放した。






 気づけば、景色が変わっていた。

いや、場所自体は変わっていなかったが俺の頭部の位置が変わっていた。


 後頭部には意識を手放すほどの衝撃の代わりに、今は柔らかい何かの感触がある。


「アリシア……?」


「――ハルトッ! よかった、目が覚めたんだね!?」


「あ、ああ。なんとかな」


「……ごめんなさい。私、つい……ステイタスも私の方が全然上なのに……」


「気にしないでいいよ、大丈夫だったんだから」


 今にも泣きだしてしまいそうなアリシアに、俺は笑いかけながらそう言った。

 昔はよくこんな顔してたっけな、なんて思いながら。


「ほら、いつもの堅苦しいアリシアはどうしたんだよ?」


 小ばかにしたような口調で俺が言うと、もうっと言ってそっぽを向いたが、すぐに控えめな声が聞こえた。


「やっぱり、ハルトといる時が一番私が私でいられるわ。先生から剣を教わってる時よりも、お父さんやお母さんといる時よりも、ナーガと一緒の時よりも、ハルトと一緒にいる時が一番楽しいわ」


 ナーガとは、この村の同い年三人のうちの一人だ。俺、アリシア、そしてナーガ。

 ナーガの【天職】も騎士だったため、この世代で一番喧嘩が弱いのは俺ってことになる。

 小さいころは三人いつも一緒にいたけれど、王都から剣を教える騎士(アリシアが先生と呼んでいた人物)が来てからは三人で何かをする機会は減ってしまった。


「そう言ってもらえると、気を失った甲斐があったよ。でも、おばさんとおじさんよりは嘘だろ」


「そうかもしれないわ」


「あっさり否定されるのも釈然としないな……」


 人間には神から与えられた定めを全うする義務がある。

 俺は村人。アリシアとナーガは騎士。


 この三人も、いずれは散り散りになってしまうだろう。だから、一日一日を大事にしようと、そう思った。


「主人公になんて、なれるわけなかったんだよ……」


「? ハルト、何か言った?」


「いんや、別に何も言ってないぜ?」


 思わず言葉に出してしまっていた。

 アリシアは少し不思議そうな表情をしていたが、すぐに割り切ったのかいつもの表情に戻った。


「じゃあ、私は戻るね。……また、どこかへ行くんでしょ? 気を付けるのよ」


「ああ。ナーガによろしく言っといてくれ」


 アリシアは頷くと踵を返し、やがて俺の視界から姿を消した。



「…………」



 この世界は、ある意味、前の世界よりも残酷なのかもしれない。

 決められたレールの上を強制的に走らされる。これがお前の運命だ、と。そして走る速度も決められていて、走行距離すら決められている。


 あっちの世界でも、努力は必ずしも実るわけではなかった。しかし、可能性はあった。だから俺は自分の可能性を一番に信じ、どんな時もそれを曲げなかった。



「でもさ……この世界に、この今の俺に、可能性なんてものがあるんだろうか……」



 ただ、それでも自分のできることを。


 それを心の中で繰り返し、すっかり重くなってしまった足を引きずり、家に帰ることなく俺はある場所へ向かった。

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