永遠に願ったトゥルーエンド~12月の奇跡~
――私を、せめてもう一度あの人の傍に連れていってください
灰色の空を見上げるとひらひらと雪が顔に落ちて溶けた。息を吐くと白くなった。十二月の終わりともなると洒落にもならない寒さで、完全防備で外に出てもつま先から頭まで凍ってしまいそうだ。
十二月二十四日――世間はクリスマスイヴでリア充達が「寒いねー」「寒いならほら、俺のポケットに手入れとけよ」「きゃっ、あったかぁい」だなんて言ってイチャつく日。これは僕の前を通り過ぎた痛々しい男女のカップルのやりとりなのだった。ケッ。
僕はクリスマスが一番嫌いだ。それは、街に溢れるリア充や呑気なクリスマスソングが原因ではなく。もちろんそれもあるけれど……一番の原因は僕が今まで生きてきた中で一番の辛い思い出がクリスマスに起こったから。僕は去年のこの日、大切な人を亡くしてしまった。あんなに愛しかった彼女はもう傍にはいない。夢島永遠先輩。僕は彼女を失った去年の冬から時が止まったまま前に進めずにいる。この先、永遠先輩を忘れることは出来ないだろう。
永遠先輩は去年、交通事故で亡くなった。あの日、雪の影響で電車が遅延し、僕は二十分程待ち合わせに遅れることになってしまった。先輩に電話しても繋がらなくて、仕方なくメールを送った。そのままメールが返ってくることはなくて、嫌な予感がして急いで待ち合わせ場所に行くと救急車が囲っていて、先輩が運ばれていった。子供が赤信号で走り出すのを見ていた先輩は道路に突っ込んで子供を庇って死んでしまったと聞いた。それを知った時先輩らしいなと笑ってしまった。そうして、先輩が亡くなって僕は独りになった。僕が居なければ今この瞬間生きていたはずだった先輩。僕が先輩をデートに誘ったりしなければ、僕が先輩を好きにならなければ先輩は生きていられたんだ。今更後悔してもどうにもならないけど毎日のように考えてしまうことだった。
そしてあのクリスマスからちょうど一年、僕は永遠先輩と会う約束をしていた場所にいる。ここは商店街の近くにある広場で、ベンチに座っている。先輩はもうこの世に居ない人となった。来るはずがないのに僕は先輩を待っている。
「お待たせ。ごめんね、遅れちゃって」
「あ、すみません、人違いです、待ち合わせとかしてないんで――え……」
「一年も待たせちゃったね……久しぶり、ユウくん」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには、黒のコートに赤チェックのマフラーを巻いた見知った美少女が居た。信じられない人物にただただ絶句するしかなかった。彼女はそんな僕を見て静かに微笑を浮かべている。
「と、永遠先輩……なんで……」
僕は、夢でも見ているのだろうか。確かに先輩は死んだ。僕は葬儀にも出たし、お墓参りにも行った。死んだのだ。今ここにいるはずがない。そしたらこの永遠先輩に似た彼女は何者なんだ? 彼女は妄想の先輩で、ついに僕はやばいやつになってしまったのか?
「どうしたのそんなにイヤらしく見つめて……そんな熱視線、照れちゃうなあ」
と言って永遠先輩(?)は両手を頬に当て体をくねらせた。腰まである艶やかな黒髪のロングヘアがさらりと揺れる。永遠先輩の髪はロングヘアの一部が細く三つ編みになっており、それらは赤いリボンでまとめられている。
「すみません、僕ちょっと疲れてるみたいで……えっと、あなたは誰ですか?」
「夢島永遠、十七歳ですっ!」
いえーいって感じで顔の横でピースを作る永遠先輩。だめだ、僕は疲れて幻覚が見えている。さっさと帰って寝るべきなのかもしれない。
「ユウくんが考えてることわかるよ、私がいるわけがないって思ってるんだよね」
「えっと……僕が妄想した永遠先輩が実体化したと思ってます」
「あははっ、なにそれ、ユウくん私で妄想してるのー? きもーい」
「……うっ、ですよね、きもいですよね」
妄想なのか夢なのかそれとも本物なのか分からないが永遠先輩にきもいと言われてしまった……いや、実際きもいんだけど、好きな人に言われるきもいは傷つく。
「あのね、一緒に来て欲しいところがあるんだ」
永遠先輩に連れられて辿りついた先はこの街で一番高台にある公園だった。この公園は僕たちが学校帰りによく遊んだ公園で小さな街の全てが見渡せる絶景スポットだった。
長い階段を上った先にある公園で、階段を上らないと辿りつけない場所にあるため昔から人は全然来なかった。今も僕たち以外は誰もいなく閑散としている。もう空はすっかり夜に染まっている時間で、街を見下ろすとネオンの明かりがきらきらと輝いて綺麗だ。公園はブランコ、ベンチ、砂場、シーソーしかない、設備としては小さな公園だ。しかし規模は小さくなく、面積の半分は大樹が占めている。
この大樹は古くからある。この街で、大きな願い事を叶えてくれるという言い伝えがあった。実際その願いが叶った人はいるのだろうか? そんな話は聞いたことはないけれど過去に願いが叶った人がいるからこそそんな言い伝えが出来たのだろう。何千年も前からこの場所にあるこの大樹、木は大きくずっしりとしていて、近くにいると神秘的なオーラを感じ圧倒される。
「あのね、私が今ここに居られるのはこの木のおかげなの。この街の言い伝えでこの大樹が願いを叶えてくれるんだ。ユウくんもこの街の人間なら知ってるよね」
「はい、ばあちゃんからよく聞かされていました。有名ですよね」
「こんなお別れは悲しすぎるから、死ぬ間際に私はこの木に願ったの。ユウくんにもう一度会うまで私は死ぬことが出来そうになかったから。この世界から私がいなくなった後のユウくんのことが心残りだったんだ。そしたら、今日私はこの公園に居た。最初は戸惑ったんだけど、どうやら私は今日のこの日だけ生き返ったんだと思ったの」
「……それじゃあ、永遠先輩は僕がよく知る先輩本物で、でも、今日だけしか生きられなくて、明日になればいなくなるっていうことですか……」
「うん、残念だけどそうなるかな。私は本来ならここに存在してはいけない人間だから。でも、私はこんな奇跡起こっただけでも幸せだよ」
「……そうですね、こんな奇跡本当にあるんですね。では……」
僕は大木の前に立ち、両手を合わせ頭を下げ目を閉じた。
「? ユウくん何してるの?」
「この木に永遠先輩の願いを叶えてくれてありがとう、先輩ともう一度合わせてくれてありがとう、最高のクリスマスプレゼントをありがとうございますって感謝してます」
「そっか。じゃあ私も……」
そう言って先輩も同じように木を拝んだ。こうして二人で木に感謝して感謝して感謝しまくって、心からの感謝をたくさん伝えた。
「……ねえ、ユウくん」
「なんですか?」
「一年越しになっちゃったけど、去年ユウくんがやりたかったこと全部しようよ」
永遠先輩はくるりと回って笑顔でそう言った。僕はその仕草に見惚れてしまった。
「今が六時――で私が消えちゃうまで半分しかないけど、リミットまで楽しまないかな?」
「はい、僕もそう考えてました。永遠先輩と過ごしたいって」
「えへへっ、よかった! じゃあ、行こっか」
永遠先輩が手を差し出してくれた。僕はその手を取りぎゅっと繋いだ。先輩の手は小さくてすべすべもちもちしていて、温かかった。僕は街中でイチャついていたカップルを思い出し――
「きゃっ、あったかぁい」
「……きもいよユウくん」
蔑む視線と本日二度目のきもいを頂いてしまった。だって本当に温かいし……。
長い階段を降り、公園から街に戻ってきた僕たちは商店街に立ち寄った。この時期には天井がシャンデリアのように電飾が飾り付けられていたり、サンタやハートなどの電飾のオブジェが置かれていたりしてきらきらと眩しい。先刻は疎ましく思ったこのイルミネーションも、隣に大切な彼女がいるとこんなにも違う景色が広がるのかと感動している。
「こんにちはー! クリスマスケーキの試食会やってまーす! そこのカップルさん、お一つどうですか?」
「ユウくん、ユウくん! ケーキ美味しそうだよ~食べたいよ~!」
「そう、ですね……じゃあ一つホールで下さい」
「ユウくん太っ腹! ありがとーっ、大好き!」
……勢いでケーキを買ってしまったけど、どこで食べればいいんだろうか。後のことを考えていなかった。
「……先輩、これどこで食べます?」
「どこって……うーん、そうだねえ、私の家は家族がいるし、私が帰ってきたらビックリして倒れるだろうからなしだね、ここはユウくんの家かなあ」
「あー、はい了解です――って、ええっ!?」
驚く僕を見るきょとんとした顔の永遠先輩、そんな顔も可愛いけどっ!!!
そんなわけで、見事流れで聖夜に彼女を家に連れ込むことに成功したわけだけど――なんで今日に限って家族全員居ないんだよ……こんなの間違いがあったって知らないからな。
「んーっ、このケーキおいし~! 生クリームが甘くてサイコ~!」
「そ、それは良かったです……」
そんな僕の気も知らないでこの人は呑気にケーキ頬張ってるし……警戒心がないのか男として見られてないのかそれとも誘ってるのか。いや、ないな。ただケーキ食べたいだけだ。
……それにしても、この人は本当に美味しそうにケーキを食べている。口の横にクリームが付いてしまっているけれど気づかないでばくばく頬張っているし。ホールごと渡したら僕の分など考えずに一人で三分の二は食べている。先輩は昔から甘いものには目がなくて、学校の帰りに喫茶店やファミレスに寄るとパフェだったりケーキだったり砂糖まみれの甘いものを頼んでいた。まるで恋しているような目で愛おしそうにパフェを見つめ大切に一口一口を食べ美味しそうに顔ほころばせる。それらに嫉妬してしまうほど。そんな先輩を見るのが好きだった。当時と変わらない先輩を見ていると懐かしい気持ちが蘇ってくる。あ、いつの間にか髪にもついている。どうやったら髪にクリームがつくんだ……。
「んむ? どうしたの? 見つめてきて……ハッ……もしかして私の顔って変!?」
「いや、ただ先輩はかわいいなって思って」
生クリームが顔にも髪にもついているけど言わないでおいた。その方が面白い。それに、クリームつけている先輩はなんというか間抜けで可愛い。
「か、かわいいっ……って、ユウくんにそんなの言われたの初めてなんだけどっ!」
「言いませんでしたっけ? 僕は常に先輩かわいいって思ってたんですけどね」
「にょわっ! また言った! この一年で何があったのユウくんっ」
「ははっ、去年の僕は好きな女の子に可愛いとか好きとかの一言も言えないヘタレだったんですよ」
「……私がいない間他に好きな人とか彼女とかいなかった、よね?」
「そんなものいませんよ、僕には先輩だけです、ずっと先輩だけ好きで、この先も先輩以外は考えられません、先輩可愛い、好きです、先輩大好き」
「はわっ、そんな恥ずかしい台詞を真顔で言えるなんて……じゃあ、私のどこが一番可愛い?」
「そうですねえ……先輩の可愛いところは山ほどあって順番とかつけられないんですが、クリームつけてるのに気付かないとこですね、はい鏡」
「ぎゃーっ、髪にも口にもクリームがついてるっ! 言ってよっ、ユウくんの意地悪っ!」
鏡を受け取って自分の顔を見た先輩が大きな声をあげて怒ってくる。そんな先輩の反応が可愛くて堪らない。顔を真っ赤にして照れる先輩、嫉妬して妬いている先輩、きもいと虫けらのような目で見てくる先輩、ケーキに夢中な先輩。今日のどの先輩を切り取っても可愛い、愛しいという気持ちが溢れてくる。
だけど、先輩が存在できるのは今日までで、明日になれば先輩はいなくなる。その事実が胸を締め付ける。先輩はなんでもう僕の傍に居てくれないのだろう。僕は先輩が居なければ何も出来ないクソ野郎で、先輩のいない世界になんて生きている意味がないのに。そんなことを考えていると永遠先輩は真剣な目で見つめてきた。
「ユウくん、……ううん、悠人くん。私のこと、これからもずっと好きでいてね」
先輩が僕のことをユウくんではなく悠人くんと呼ぶのはいつも真剣な話をするときだった。突然の名前呼びにドキッとする。先輩のこういうところがずるいと思う。
「そんなの、当たり前ですよ」
「えへ……よかった、安心した。……あのね、お願い。このままずっと私のことをぎゅっと抱きしめていて――……」
「は、はい」
言われるままに先輩を抱きしめた。先輩は胸に顔をうずめてきて、すごいかわいいし、いい匂いするし、髪ふわってして柔らかいし……というか、この状況は……これなんてエロゲ……じゃなくて、こんなん理性が耐えられそうにないんだけど。
「せ、先輩! 抱きしめるだけなんてそんなの出来そうにないです。先輩に触れてもいいですか?」
「えっ、えと……うん……じゃなくて、仕方ないなあっ、特別だからね」
「あはは、なんで急にツンデレなんですか、可愛いなあもう」
そんなことを言っておきながら泣きそうになってしまっていた。先輩と居られる最後の日で、先輩が居なくなる前に先輩を覚えておきたいと思ったから。そして僕たちは沢山唇を合わせ、飽くことなくお互いを重ね合わせた――
朝起きたら隣に永遠先輩はいなくて、昨日のことすべてが夢で妄想だったんじゃないかと思った。けれど、昨日の先輩の香りも、仕草も忘れることは出来なくて、夢じゃないことは僕が一番覚えている。思い出すとあたたかいものが胸にこみあげてきて、永遠先輩がいないという現実にわんわんと泣いた。どれだけ嫌だと願ってもこうして朝は巡ってきて眩しい光で僕を照らす。
「……起きよう」
泣いたら吹っ切れてすっきりした。いつまでもめそめそしていてはかっこ悪い。こんな男じゃ永遠先輩に合わせる顔がない。顔をあげた僕の目に飛び込んできたのは手紙だった。
「ん……これ、手紙?」
枕元に置かれていたのは桃色の封筒だった。中を開いて目を通すと永遠先輩の筆跡だった。
『ユウくんへ 私の人生は短くても充実していました。だから、私が死んだことをユウくんが悔いる必要はないんだよ。ユウくんとまたこうして過ごすことが出来てとても楽しかったよ。私はすごく幸せです。ありがとう。そして、ばいばい。貴方を愛しています』と、綺麗な筆圧でそう書かれていた。手紙を読んだ僕はまた泣きそうになり、ぐっと涙を抑えた。
僕は成長するためにも前を向いて歩かなければならない。泣いていてはいけない。辛くても日々を生きよう。僕らの見守ってくれるこの街の木に感謝して――