La Papesse 後編
前編から続けてアレン少佐編です、今回はアレン少佐の視点となっております
まだ短く至らぬ点もございますが御指摘、ご批判等喜んで受け付けておりますのでどうかよろしくお願い致します
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「貴様らは何を・・・」
私がマフディーに再び意識が向いたのは彼が私の足に纏わり付き呪詛の言葉を発したからであった。
「聞きたいか、ムスリム」
私は膝を曲げ足にしがみつくサンジャルの額に銃口を突きつける
「我々はもう負けられない、今この時も、そしてしてこれからも」
そのためのイシュタルだ、そう嘯くとサンジャルは諦めが悪く私を睨みつけた
その一瞬後、彼の頭部は鉛の弾丸により弾け飛んだ
「アレン少佐、貴君は極東で戦争を体験したのか?」
服に着いた血を拭っているとカザコフが近づいて来た
「ああ、鴨緑江ではクロキ、黒溝台ではオク、沙河・奉天ではアキヤマの率いる隊と戦った」
貴君は、と聞くとカザコフは少し顔を背ける
「私は旅順で従軍牧師をしていた」
「旅順か・・・」
人の肉と血で出来た魔女の鍋、両軍合わせて11万人もの死傷者を出したその要塞の名は私達ロシア軍人にとって特別な意味を持っている。
「そうだ、その旅順だ、そもそも私の曽祖父も従軍牧師で祖国戦争に巻き込まれモスクワで命を落とした」
それが我々‘東方の博士’が出来た経緯の始まりだった、そう言うとカザコフは乾いた笑いを発した。
「ユーリ、貴君は何故この争いに加わった」
「母なる金の鷲の為、という答えではご不満かね」
おどける様に第三官房の使者は答えた
「どの道このままジリ貧でこの帝国の最後を見届ける位なら、この国の為に何かやってみたいと思う事は自然な事だろう」
普段口数の少ない壮年のエージェントの意外にも熱い愛国心に私は少々面食らった。
宿舎の外では相も変わらず血腥い臭いを生産している
「この争い・・・これが終われば我々は負けない」
私はそう小さく呟いて不安と一年前の悪夢を振り払うべく近くの椅子に座る
極寒の極東の大河で次々と命を失った者、敵軍の陣地を超えられず縦横無人に動き回る機関銃に命を削り取られた者、背後からなされるがままに砲弾を撃ち込まれ四肢どころかその体の原型さえ留めていなかった者、様々な部下の死体が脳内に再現され私は少し吐き気を覚えた。
「おい、大丈夫か」
カザコフの言葉で私は無理やり私に戻る
「次は勝とう・・・」
私は呻くように呟いた
「ああ、そうだな」
最後にモシン・ナガンの一際大きな銃声が響くと教団軍側の抵抗は止んだ
「少佐、教団軍の排除を確認しました」
第二小隊のサルマン大尉が宿舎に入り私に話しかける
「よし大尉、イシュタルに服を着させてやれ」
外に出ると私の部下達が整列していた、イシュタルの輸送を目的するこの部隊は極東の数多の戦場で文字通り刃の下を潜って来た歩兵のみで構成されている。
「少佐!教団軍は全滅、我が軍はスミノフ少尉とカラマーゾフ軍曹が戦死致しました」
私はその少尉と軍曹の顔を思い出し哀悼を示そうとしたが生憎何も思い出せなかった、恐らく元々将軍の麾下には居なかった者だったのだろう
「少佐!これからどうなさいますか」
アレクセイ大尉が命令を求める、隣には西洋風の白いドレスを着て白い帽子を被ったイシュタルが立っていた。
「傾聴!」
その時500人の精鋭達の視線が私に注がれる、恐らくこの中隊がモスクワに帰還する頃には小隊程度の規模を保っていれば良い方であろう。それでもなお、イシュタルの力を手に入れ母国を救済する為に我々はありとあらゆる障害を撃破し殲滅し蹂躙しなければならない。
「我々はこれよりバグダートを離脱!フーゼスターンからマーザンダラーンを抜けヒヴァ・ハン国へと脱出する!」
水を打った様な静けさが中隊を支配する、この時ばかりは普段口数の多いカザコフも神妙な態度だった。
「我々の目の前には七つの海を制覇した巨大な雌獅子が待ち構えている!その雌獅子は喜々として貴君らの肉を貪りその血を啜るだろう、しかしその血肉は、我々の死にかけた鷲に新たな血を注ぎ、肉を植え付ける!我々はもう負けられない、今この時も!そしてしてこれからも!!」
一瞬の静けさが場を支配した後、兵士の中から誰とも無くypaaaa(帝政ロシア万歳)!(!)の声が出る、まるでこの先に待ち構えている獅子を威嚇するかの様に。
「第一猟兵中隊、移動するぞ!」
アレクセイの横で密かにイシュタルがほくそ笑む、金(第一)の(猟兵)鷲(中隊)達の長い長い戦いが今、始まった。