Le Mat
初投稿です、何かと至らぬ点はございますが誤字脱字、感想、批評は喜んで受け付けております
1万数千年前、中東地域の森林は深い森に覆われていたという、平地には花が咲き、鳥が歌う人類生誕の地に相応しい楽園であったであろう。
しかし急激な気温の上昇と雨量の減少により砂漠化したエデンの園に残された唯一の面影はアラビア語で‘大河’と‘急流’を意味するチグリス河とユーフラテス河のみである。
楽園が滅び去った後、‘大河’と‘急流’の狭間にギリシャ語で‘河の間’という意のメソポタミア文明が誕生した。北方から突如出現した民族系統不明のシュメール人が作り出したこの文明は、高い技術で後世に様々な物を残し、紀元前2000年頃に鉄器を駆使しメソポタミアを支配したスキタイ人にとって代わられた。
その2500年後アラビア半島の商業都市、メッカで最後にして最大のナビー(預言者)が誕生する。ムハンマドと呼ばれたその預言者は40歳で神の啓示を受け、その後632年に没するまでの12年間で26回信徒を率いて戦い、勝利しイスラム王朝の礎を築いた。
バグダートはそのムハンマドの叔父、イブン・アブドゥルムッタリブを祖とするアッパース朝によって建設された都である。今でこそオスマン・トルコ帝国の支配下にあり規模も往年の物とは程遠いが、モンゴル帝国に蹂躙されるまでの500年の間、この古都は中東随一の栄華を誇っていた。
「ところで少佐、バグダードの名前の由来を知っていますか?」
ふと隣を歩くロシア人が話しかける
「いや、知らないな大尉」
「ペルシャ語で神の贈り物という意味なんですよ、少佐」
大尉と呼ばれたロシア人がしたり顔で少佐と呼ばれたロシア人に蘊蓄を語る
「贈り物か、確かに‘あれ’はギルガメシュからの贈り物かもしれんな」
「私達にとってはでしょう、少佐」
大尉は顔を顰めた
「今は、だな」
仄暗い闇の底から1人2人と次々と兵士が浮かび上がる、いずれも軍服を着ており帝政ロシア軍の階級章を着けていた。
「そういえば少佐、バグダートは一時期、マディーナ・アッ=サラームと呼ばれていたのですよ」
「それがどうした」
「意味は何だと思いますか?」
「さあ、何だろうな」
「アラビア語で‘平安の都’ですよ」
「皮肉だな」
少佐と呼ばれた人物はそっと呟いた
「ええ、皮肉ですね」
大尉と呼ばれた人物がそっと答える。
またしばらく歩くと少尉の階級章を着けたロシア人が暗闇からふと二人の前に現れた
「少佐、大尉、駐屯地が見えます!」
前方を見ると荒涼とした山地の中にぽつりと明るい光が灯っている。
ワッハーブ派マフディー教団軍バグダート駐屯地、この場所が帝政ロシア軍、第1トルキスタン歩兵旅団18歩兵連隊、第一猟兵中隊の長い旅の出発点だった。