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エピローグ:救世主は一人じゃない

   エピローグ


 で、それからどうなったかと言うと――。


 結局大輔は、ブラスターホームランには失敗した。


 なにしろあの巨大隕石を、ホームランどころか木端微塵に爆砕してしまったのだ。どうやって、などと訊かないで欲しい。とにかく例のハンマー投げスイングをしたら隕石が爆発した、僕に理解できるのはそこまでである。


 これにより隕石の破片の大半は地球への軌道から逸れ、残った破片も、大輔が「葬らん! 葬らん!」とアホみたいにくるくる回るごとにまとめて粉砕され、ついでに到達寸前だった各国の迎撃核ミサイルもことごとく叩き落とされた。


 そして全天は人類観測史上最大の流星雨によって白く染まり、幻想的を通り越して悪い夢のような一夜が明けて――。


 地球は、救世主DAISUKEによって救われた。


 救われちゃったのである。




 それから約半年が過ぎた。


 僕らはいつもの大輔の狭っ苦しい部屋で、お正月特番を観ながらの酒宴を繰り広げていた。


 揃った顔もいつもの面子、すなわちタカちゃんと大輔の尾瀬兄弟、竜也、僕、そして僕の妻となったカオリである。


 僕とカオリは帰国してすぐに結婚した。残りの人生をくれてやると言ってしまったし、カオリの人生も貰ってしまったので仕方がない。仕方がないが、何故か考えが読まれてしまうせいで早くも尻に敷かれつつあるのはどうにかしたいと考える今日この頃である。


 そんな僕らに触発されたのか、竜也は「結婚もいいかも知れないね」と、現在同業他社の女性と結婚を前提にした交際をしていて、僕の恐ろしい疑惑を払拭してくれた。


 タカちゃんは相変わらずのマイペースで、ことあるごとにその大物ぶりを発揮している。


 そして大輔は。


「イサムううう。俺、またフラれたよううう」


 早くも酔っ払って泣き言を言うこいつの頭を、僕はぺちんと叩いた。


「だからお前はもうちょっとカッコ良くキメろといつも言ってるだろうが。なんだあの、愛と正義のスーパー戦士、月に代わりて成敗す! ってのは」


「なにって、聖羅(せいら)無雲(むうん)じゃないか。カッコいいだろ」


「誰が特撮ヒーローをそのまんまパクれと言ったか。しかも言葉が通じないガイジン相手に。いつの間にあんなコスプレまで用意してたんだ」


「あ、あたしが作ったの。いい出来だったでしょ」


 旨そうに日本酒を呑みながら、しれっとカオリが言った。


「出来が良すぎて非現実感が爆増したわ! 犯罪者たちどころか人質まで凝固してたぞ」


 今日も大輔はお隣の国で起きた銀行立て籠り事件の現場まで文字通り飛んで行って、目眩がするようなパフォーマンスのあげくに犯人たちを一網打尽にして帰ってきたところである。


 鍋が置かれたカセットコンロの火でスルメをあぶりながら、タカちゃんが面白そうに言った。


「いやー、しかしアレには笑ったな。解放された人質の女の子、手を差しのべた大輔からも必死で逃げるんだもんな。あんなカッコウしてりゃ当然だが」


 世界が平穏になった今でも、時々あのトゲトゲ・アーマーで遊んでいるあんたが言うこっちゃないと思うが。


「うーん、聖羅・無雲は駄目か。じゃあ次はドーキンシズ・デビルでいくかな」


「だから特撮から離れろと言っている。どこに行っても爆笑で迎えられる救世主ってなんなんだ」


 僕は本気のチョップを大輔の頭に入れた。


 名実共に本物の救世主、ヒーローとなった大輔は、西に事件あれば飛んで解決し、東に事故があればこれも飛んで行って人命救助をしている。


 今や世界一の有名人で、ノーベル平和賞は確実だとの評判だ。


 ……が、所詮大輔は大輔。こいつはやっぱり馬鹿で、そのせいでちっともモテなくて、童貞のままだ。季節は新春だが、この調子では春は遠い。


 ちなみに何かあるごとに大輔に出動要請をしてくるのは、例の「救世主と生きる会」で、主にジョジョコさんが連絡をしてくる。何故か大輔本人ではなく僕に。


 大輔の頭の出来を考えれば賢明な判断と言えなくもないが、僕は別にこいつのマネージャーでもなければブリーダーでもないので、できれば早急に専任の者をつけて貰いたいところだ。


 近頃は救世主を動かしたければ僕に連絡すれば良いという認識が世間に広がりつつあるようで、ただでさえ「救世主様に土下座をさせた男」として有名になってしまっているのに、安穏な生活を望む僕としては迷惑極まりない。


 まあ、それに巻き込まれているカオリも何だかんだで楽しんでいるようなので、もうしばらくはこのままでもいいかな、と思わなくはないけれど。


 そうそうジョジョコさんと言えば、薄々そんな気はしていたが、バーライロ・フルーベ卿(宇宙名)を始めとした会員のほぼ全員が、大輔ほどの異常さではないものの、やっぱり何か特殊な力を持っているらしい。


 ということは、そこに所属している間黒センセイと、彼に素質があると明言された僕も……。


 タカちゃんの予想に反して力を持つ条件に童貞あるいは処女であるかどうかは関係ないようだが、センセイがどう思うかはともかく、僕にそんな力はいらない。


 僕に愛と涙と感動のバイオレンスな人生は必要ないのだ。


「あれ、イサム。着信してるよ。ジョジョコさんだ」


 竜也がこたつ布団の上でかすかな振動音を立てる僕のスマホを取り上げた。


「げ、またか。言っとくけど今すぐは駄目だぞ。大輔が酔っ払ってて使い物にならん」


 ジョジョコさんの能力は未来予知。普段の生活では何も読めないが、巻き起こる事象の規模が大きくなるほど正確な予知を勝手にしてしまうらしい。


 僕は竜也からスマホを受け取って通話ボタンを押した。あとでみんなに説明するのが面倒なのでスピーカー設定にする。


「はい、イサムです。明けましておめでとうございますジョジョコさん。また何か起きるんですか? 大輔はいま酔っ払っているので、すぐに出動というわけにはいかないんですが」


 新年の挨拶もそこそこに、まずはこちらの都合を伝えると、ジョジョコさんのいつになく暗い声が僕の耳を打った。


『イサム様、大変です。今から三日後に、日本海溝で永い眠りについていた原初の巨人が目覚めます』


「原初の巨人? 何の冗談ですか」


『冗談ではありません。本当です。本当なのです。放っておくと一週間で世界は滅びます。火の七日間です』


 どう考えても冗談にしか聞こえないが、ジョジョコさんは天然ボケのツッコミ気質というややこしい人なので、少なくともこういう冗談は言わない。


「まあ、大輔みたいなヤツもいるくらいですし、信じます。で、そいつはそんなに危険なんですか? 大輔が相手でも?」


『救世主様なら多少の時間はかかるものの、勝てるでしょう。しかし』


 ジョジョコさんの声色が深刻さを増した。


『巨人の復活の二分後に、南極で次元の裂け目ができて、さらにその四十秒後にアリゾナ上空に宇宙海賊がワープアウトしてきます』


 ……は?


「次元の裂け目? うちうかいぞく?」


 僕は自分の耳を疑った。周りを見ると、ろくに話を聞いていない大輔を除いた全員が信じられないといった顔をしている。


『信じられないかと思いますが、本当なのです! 救世主様ならそれぞれに個別対処はできますが、しかしこれらはほぼ同時に起きて、そのどれもが極めて短時間で人類に壊滅的な被害をもたらします! どうしようもありません!』


 もはやジョジョコさんの声は悲鳴に近い。


『かくなる上は我が会の総力を上げて救世主様がいらっしゃるまでの間の時間稼ぎをしたく存じますが、大輔様にはことに当たる順番を決めていただきたいのです』


「時間稼ぎって、そんなことできるんですか」


『我々の力は救世主様の足元にも及ばないので、気休めにもなりませんが、やるしかありません。いかがでしょう、性格的に大輔様には決断が難しいと思われますので、イサム様がお決めになられてはくださいませんか』


「ち、ちょっと待って下さい、僕にそんなこと決められるわけないでしょう。おい大輔、お前も話を聞け! まずはそれぞれの詳細な情報を――」


 ことの重大さが分かっているのか分かっていないのか、いまだ惚けた顔で宙を眺めている大輔の頭をもう一度引っ叩く。


 それでやっとこちらに視線をよこした大輔は、うへへーと笑ってから、いつかみたいにふいに何かを思いついたかのような顔をした。


「なあ、イサム」


「なんだよ!」


 こいつは馬鹿だが、それを補ってありあまる力と使命感を持っている。その大輔が何か思いついたのなら、僕らはそれが一見どれだけ馬鹿馬鹿しくとも全力で手助けするのみだ。


 この半年、僕らはずっとそうしてきた。そう、いまや僕らはチームなのだ。救世主は一人じゃない。


 ――果たして僕らの期待を一身に背負った大輔は、この期に及んで緊張感のまるでない間延びしたトーンで、これから巻き起こる災厄よりもさらに最悪な、まさに悪夢としか言い様のないことを口走った。


「なんか俺、増殖(ふえ)られる気がする」

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