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12 その日――救世主とはなるものではなく、なっているものだ2

『おお、やりまっか大輔はん! ジョジョコ! バットやバットや、バット持ってこんかい!』


 フルーベ卿が、そこはかとない昭和臭を撒き散らしながら盛り上がった。雄々しく小指を立てた手でマイクを握りしめ、冴え渡る関西弁でアナウンスする。


『みなさま、お待たせしました! ついに救世主様がブラスターホームランなさいます。まずは我が会が総力を上げて中継に成功した、現在の隕石の様子を見とくんなはれ!』


 フルーベ卿の言葉とともに、巨大モニターが小さな天体を映し出した。


 え、なにこれ、本物? まさか。


 いやそれ以前に、まだ墜ちてきてもいないこいつを、どうやってブラスターホームランするんだ。


 僕と同じ感想を持ったのか、観客席の反応は薄い。


 そりゃまあ、いまバットを振ったところで、主審が三才児でも誤審などありえない壮絶なブラスター空振りするだけなのだから、当たり前だ。


 などと考えているうちに、あっという間に大輔愛用のバットが用意され、僕たちから数歩離れた所で大輔が夜空を睨んで構えに入った。


 おーい、ちょっと待て大輔。それはハズす。色んな意味でハズすぞ!


「行くぞ巨大隕石め! ッブラスタァァァアア!」


 ダメだ、もう止められない。


「ホームラ……わあ!」


 果たして大輔は、いつものハンマー投げのようなスイングから、途中ですっぽ抜けて本当にハンマー投げのようにバットを放り出し、あろうことかコケた。


『ぶっ。ぶははははは!』


 オンマイク全開の大音量で放出されるフルーベ卿の笑い声、そしてそれをさらに上回る、観客席から巻き起こった地を揺るがす大爆笑。


 大輔……。お前もしかして、天才か。


「あたた……ほ、ホームラン!」


 その爆笑の嵐のなか、かこんと間抜けな音を立てて地面に落ちたバットに向かって、大輔が腰をさすりながら右手を差しのべた――その瞬間。


 弾かれたようにバットが夜空に消えていった。


 直後に上空から轟く、凄まじい爆音。


 とっさに僕の脳裏をよぎったのは、物体が音速を越えたときに発生するソニック・ブームという現象だった。


 何だ今のは。何が起きた?


『ぶはははは! さすが! さすがや大輔はん!』


 気がつくと、静まり返った会場の中で、フルーベ卿だけが変わらずに大笑いしていた。


 僕はバットが落ちていた所と夜空を交互に眺めた。いま、確かにそこにあったはずのバットが、空に、飛んで――。


 んなアホな。


 いくら大輔が常識はずれだからといって、こんな常識はずれな現象まで巻き起こしてしまったら、ほとんどが冗談で構成されているこいつの要素から「常識」が完璧になくなってしまう。


 完全無欠の総天然冗談男・大輔になってしまう。


 ……あれ、意外と違和感がないな。


 いやいやいやいや、だから違うってば。落ち着け、僕。


「で、首尾はどうやジョジョコ。見たところ変化はなさそうやが」


 やっとマイクを下ろしたフルーベ卿の質問に、手元の端末を睨んでいたジョジョコさんが顔を上げた。


「申し訳ありませんフルーベ卿、対象が小さすぎて追えませんでした。現在、隕石に変化はありません」


「まあ、そやろな。大輔はん?」


 大輔が空を見て、あ、と言った。


「貫通……しちゃいました。やっぱり普通のバットじゃ無理なのかなあ。そうだフルーベ卿、あの山を一つ貰ってもいいですか」


 きょろきょろと遠くを見回して、虚空に向かって指を差す。あの山も何も、会場以外の場所は暗闇に包まれていて何も見えない。


「へ、そりゃかまいまへんが……。あれでどないしはりますのん」


「いやあ、あれを使えばブラスターホームランできるかなって。……ほい」


 と、大輔が手をのばした瞬間に地面が揺れた。


「あ、しまった。下の部分を切らなきゃ地震になるな」


「お待ちください救世主様。あの山に人はいませんが、まだたくさんの動植物が生きているのです。それにあれをぶつけると砕け散った破片が地球に降り注いで、むしろ危険です」


 残った腕で水平チョップでも打ちそうな構えをとった大輔を、慌てたようにジョジョコさんが止めた。


「あ、そうか。破片はともかく山には色んな動物がいるよね。止めてくれてありがとうジョジョコさん」


「恐れ入ります」


「でも。く……じゃあ、じゃあどうすれば! やっぱりイサムの言った通りぶっ壊すしかないのか」


「ちょっと待て」


 突然名前を出されて、僕はやっと放心状態から回復した。目の前で起きた現象に納得のいく結論がでないままに続けられる異常な会話に、脳がそれ以上考えることを拒否していたのだ。


「僕の言う通りって何だよ。異常な寸劇に僕を巻き込まないでくれ」


「え? 巻き込むも何も、イサムが言ったんじゃないか。ブラスターホームランやるならやれ、いっそぶっ壊せって」


 ……なに?


 僕はまじまじと大輔を見た。きょとんとした顔で、不思議そうに僕を見ている。こいつが嘘をつくときは明らさまな挙動不審になるので、どうやら本当らしい……んだけど。


「それ、僕が言ったのか?」


「言ったよ! もしかして覚えてないの?」


 大輔の話から察するに、それはこいつが突然ブラスターホームランするとか言い出した、あの夜のことだろう。そして、あの頃の拗ねた僕なら……酔った勢いで……言いかねない、かな……。


「えーと、ごめん。全然、覚えてない」


「ええー。イサムがやれって言ったから、今まで頑張ってトレーニングしてきたのに! そりゃないよ」


「ううっ、すまん」


 え、てことは何か? この馬鹿げた茶番のきっかけは、もしかして、……僕?


 僕は頭を抱えた。なんてこったなんてこった。なんてこったい!


 いやいや待て、大輔をその気にさせたのは僕かも知れないが、かといってそれはバットが飛んで行った説明にはならない。


「それは悪かったけど、じゃあさっきのは何の演出だ? あのバットはどういう仕掛けだよ!」


「仕掛けって?」


「飛んでったろうが! 糸でもついてたのか?」


「なに言ってんだよ、糸で引っ張ったくらいじゃあの隕石まで届かないだろ。それじゃブラスターホームランできない」


「いや、あのな」


 駄目だ、会話が噛み合わない。


「イサム、認めたくないのはわかるけど、見たまんまを受け入れた方がいいかも知れないよ。大輔、他に何ができる? 例えば空を飛んだり……そうだ、イサムを宙に浮かせられるか?」


 笑いをこらえるような顔の竜也に質問された大輔は、ちょっと考えるような仕草をしてから、たぶん、と答えた。


「たぶんっておま、て言うか何で僕なん――うわあ!」


 言い切らないうちから、僕の体が宙に浮いた。続いて大輔も浮かび上がり、客席がどよめく中を一気に上昇する。呼吸が困難なほどの風圧が唐突に収まったときには、足下にずいぶん小さくなってしまった会場が白く輝いていた。


 なんてことだ。夜の闇が七分に、会場の光が三分。闇が七分に光が三分だ!


 耳の奥がツンと痛む。どれだけの高度なのか考えたくもないが、これはまぎれもなく現実だ。


「おおー。初めてやってみたけど、飛ぶのって気持ちいいねー」


「分かった、分かったから下ろせ!」


 どうやら大輔が本当に馬鹿げた力を持っているのは力ずくで納得させられたが、その大輔に身を任せるのは勘弁してもらいたい。こいつなら、ついうっかり僕を落としかねない。


「え、もう? じゃあ、帰るか」


 そこから急降下。自由落下ではない、動力――動力なんてどこにもないけど、動力降下である。しかも生身で。怖いなんてもんじゃない。


 上昇時には困難だった呼吸が完全に詰まり、ついでに心臓まで停止するかと思ったとき、僕はふわりと地面に下ろされた。


 あまりの恐怖に、不本意極まりないが大輔の構えで荒い息をつく僕の背中を、駆け寄ったカオリがさする。


 大輔がおろおろと申し訳なさそうにそれに倣った。


「あれ、怖かった? ごめんよ」


「……らだ……」


「ん、なに?」


 僕はがばと立ちあがり、大輔の胸ぐらをつかんだ。


「いつからこんな馬鹿げた力を持ってんだっ? 嫌んなるくらい長い付き合いだけど、始めて知ったぞ僕は!」


「いつから? さあ、いつだろ? ……あれ、いつからだ?」


「わてらが迎えに行くちょうど一週間くらい前ですわ、大輔はんが天から力を授かったのは」


 困った顔の大輔に変わって、フルーベ卿が答えた。


「何やおかしいなとは思てましたけど、ひょっとしてみなさん、いやみなさんどころか大輔はんまで、その、知らんかったんでっか?」


 フルーベ卿が来る一週間前って、大輔の三十才の誕生日で――やっぱりあの夜じゃないか!


「ああー、そうそう、それくらいの日かな? ああ、だからブラスターホームランできるような気がしたのかあ!」


「気がしたのかーじゃねえよ! お前の中二妄想すら超越した力を持ったのに無自覚かよ。いや待てよ」


 僕は記憶を探る。


「もしかして、その次の日にバット抱えてコイツを抑えているうちにィとか言ってたのは、まさか本当に暴走しようとする自分の力を抑えてたってのか」


「ああ、あったねそんなこと。なんかパーンってなりそうだったんだよ」


 パーンてなるってなんだよ。その時もほとんど自覚がなかったのか。馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、まさかここまで馬鹿か?


 言い知れぬ脱力感に襲われていると、珍しく静かだったタカちゃんが、老賢者の眼差しで腕を組んだ。


「ふむ、大体読めた。イサム、こいつは風邪を引いたことがない。何故だか解るか?」


「まさか、馬鹿だから風邪を引かないとか言うんじゃないだろうね」


「違う。馬鹿だから風邪に気付かないんだ。気付かないから風邪を引いたことにならぶはっ。駄目だもう我慢できん!」


 タカちゃんはそう言って、腹を抱えて大笑いしだした。


「つまり馬鹿だから今回も気付かなかったんだよ、こいつは! そのくせカオリの指輪には気付くんだ! ひーっ、ひーっ。は、腹が痛い腹が痛い!」


 そんなミもフタもない要約をした上で笑うか。あんた、本当に大物だな!


「あ、あの」


 笑いすぎて酸欠にでもなったのか、「お、おぐえっふ」か何か言いながら断末魔のような痙攣を始めたタカちゃんを信じられないモノでも見るかのように眺めていたジョジョコさんが、控えめに意見した。


「盛り上がっているところ、大変申し訳ないのですが……。そろそろ隕石が各国の核ミサイルの射程に入ります。放射線の影響を考えるなら、先にあれをどうにかした方がよいのでは」


「あ、しまった。どうやって打ち返すかまだ考えてないのに! しょうがないなあ、やるだけやってみるか……」


 大輔が新しいバットをジョジョコさんから受け取り、僕らから数歩離れて夜空を仰ぎ見た。……って、やっぱりバットを持つんかい。


 なんかもう、もはやどういう反応をすればいいのかも分からない。


「じゃあ改めて、行くぞー!」


 大輔がバットを構える。


「必殺! ブラスター・de・葬らん!」


 意味分からん! て言うか名前が変わっとるぞ。


 そして大輔は、やっぱりハンマー投げのような間抜けなスイングをした。

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