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11 その日――救世主とはなるものではなく、なっているものだ1

   5


 その日の二十二時に台北を発った飛行機は、イギリスはロンドンのヒースローに翌日二十三時に到着した。実際の飛行時間は十七時間ほどだが、時差があるためこの時間になる。


 巨大隕石が墜ちてくるのは、ドイツ現地時間で深夜の三時過ぎ。タイムリミットまで、あと四時間である。


「皆さま、お待ちしておりました。時間がありません、こちらへ」


 ゲートを抜けると、約束通りにジョジョコさんが待ち構えていて、すぐを僕たちを誘導して歩き始めた。


 これはどういうことかと言うと、台湾でタカちゃんたち三人がかりの策略によって僕とカオリが買い出しに出た直後に、なんと竜也のスマホに大輔から電話がかかってきたらしいのだ。


 なんとか連絡を取れないか四苦八苦していたところへの、あまりにもタイミングの良すぎる電話。しかもかけてきた当人には特に用事はないらしく、では何故と訊いてみれば「何となく呼ばれたような気がした」とお気楽に答えたという。全くわけが分からないが、大輔らしいと言えば大輔らしいと言えなくもない。


 そして電話を代わったタカちゃんが、ただちにお前以外の話の分かる人を出せと命令してジョジョコさんに事情を説明したところ、ではヒースローでお待ちしていますと即答してくれたとのことだ。


 ゆったりと歩いているように見えるのに、とんでもないスピードで進むジョジョコさんの後を、急ぎ足で追う。


 どう見ても一般客が入ってはいけない所にまで侵入しているが、竜也がフルーベ卿は絶対にカタギではないと言っていたことを思い出したので、深く考えないことにする。


 やがて広大な飛行場の一角に到着してそこに駐機しているヘリコプターを見たとき、竜也が「げ」と情けない声を上げた。


「やっぱりドラッヘか!」


 そう、日本の尾瀬家にも乗りつけてきた、あのヘンなカタチのヘリコプター、フォッケ・アハゲリスFa223、通称ドラッヘである。


「この人数を一度に運べる機体が他にありませんので。早くお乗りください」


 問答無用で押し込められると同時に、すぐさま離陸する。


「あの、ジョジョコさん。このドラッヘって、レプリカかなんかですよね」


 持ち前の爽やかさを発揮することもなく不安げに質問する竜也に、ジョジョコさんはすまし顔のままで答えた。


「フルーベ卿はそのような中途半端はなさいません。入手経路は言えませんが、正真正銘、百パーセント純正の、本物です」


 はい、どうやって手に入れたかなんて、聞きたくもないです。


「要するに骨董品じゃないですか。大丈夫なんですか?」


「我が会の整備は完璧です。時間がないので少し無理をする必要はありますが、私が同乗しているからには墜落などさせませんし、必ず間に合わせます」


 とはいえそのジョジョコさんが操縦しているわけでもなく、その自信の根拠は何だと訊いてみたいような気もする。しかし護られているからとか、それが運命だからだ――などと返ってきたら面倒なので、おとなしく黙っていることにした。


 それに、竜也の態度から察するに色々と不安要素はありそうだが、どのみちここから先は全てを任せるしかないのだ。


「まあ、そう心配するな竜也。古い機械なら尾瀬家秘伝のジーザスでなんとかなる」


 さすがはタカちゃん、自分のチョップ(ジーザス)ではブラウン管テレビですらロクに直せたことがないのに、無根拠かつ無尽蔵の自信をもって言い切るあたり、大物だ。


 いや待てよ、もしかしたらこのジョジョコさん、大輔並みのジーザスの使い手かも知れないぞ。そうか、自信の根拠はこれなのだ。


 空中で制御を失った骨董ヘリコプターを、チョップ一発で回復させるジョジョコさん。これぞ救世主DAISUKEの思し召しだ!


 わは、わはは。わはははははは。


 右隣に座ったカオリが、ジト目で僕を睨む。


「イサム、またつまんないコト考えてるでしょ」


 またバレた。


「分かるか。まあ、もう僕らにできることはないし、どっしり構えるさ」


「余裕あるじゃない」


 まあね、と僕は答えた。


「こういう心持ちは、お前が教えてくれたんだろ。大丈夫、きっと間に合うさ」


「……うん」


 カオリが手を繋いできた。カオリの指より一回り大きいリングが、僕の手に違和感を与えてくる。あれから改めておじさんの店でさんざん捜したものの、結局カオリの指にぴったりなやつは見つからなかったのだ。


 その違和感を愛おしく思いながら、強く握り返す。


 あと数時間で、世界の終わりがやってくる。


 僕たちの目的は、それまでに大輔に会うこと、たったそれだけだ。しかもそれで世界が救われるわけではない。しかしそれは僕たちにとって、この世で最後の、なによりも大切なことなのだ。


 馬鹿大輔、待ってろよ。


 いま僕たちが行く。


   ◇   ◇   ◇


「皆さま、お疲れ様でした。間もなく到着します。時間がないのでこのまま直接会場に着陸し、幼馴染みとの再会のコーナーに移らせていただきます」


 ヒースローを発って数時間、手元の端末で本部と連絡をとっていたらしいジョジョコさんが、ふいにそう告げた。


「え、出るの? コレに?」


 僕は「救世主と生きる会」提供の日本語タイトル名「救世主DAISUKE、巨大隕石をブラスターホームラン!」を視聴していたモニターからジョジョコさんに視線を移した。当然ですよと言わんばかりのその表情には、どんな抵抗も無駄だと思わせられる妙な迫力があった。


 一時間くらい前から始まったその番組では、総合司会をつとめるバーライロ・フルーベ卿(しつこいようだが宇宙名)の、何故かドイツ語ではなく関西弁で語られる長い長い挨拶だか漫談に始まり、有名アーティストによるライヴ演奏を経て、今は大輔本人による「正しいブラスターホームランの打ち方講座」がフルーベ卿の進行によって行われている。


 正しいも何も、相変わらずのヘンなスイングで、超満員の会場は爆笑の渦だ。


 あんたら、もうじきアレが墜ちてくるって、分かってる?


 いや、これでいいのか。いまや救世主の名をほしいままにしている大輔だが、ヤツが本当にブラスターホームランできると信じている人は、会場に詰めかけている観客たちのなかでさえ一割にも満たないだろう。


 それでも、ほぼやけくそとはいえ、人々はこうして笑っている。それを目の当たりにすると、フルーベ卿のやっていることはそれほど悪くも馬鹿馬鹿しくもないような気がした。


 しかし、今からアレのど真ん中に立つのか……。


 タイミングよく外部からの遠景となった画面を見つめる。恐らくこのドラッヘからのものだろう。


 森閑な郊外に突如として出現する、不夜城のごとき野外特設会場。煌々と明かりを照らす何基もの照明塔、冗談のように馬鹿でかいLEDモニター。完全平面構造で単純な作りには違いないが、準備期間や整地、設備の設置時間を考えると、よくこんなものを三週間かそこらで作ったものだと思う。


『さあ、ここでサプライズイベントでっせ! なんと救世主様の幼馴染みであるご友人様がたが、遠路はるばる日本から、急遽会場に駆けつけてくれました! あれや、あのヘリコプターに乗ったはります!』


 フルーベ卿の口上に合わせてステージと観客席の照明が閉じられ、代わりに照射された幾条ものスポットライトに照らされながら会場に接近するドラッヘを、カメラがとらえる。


「うわあ。コレに乗ってんのって、僕らだよな。なんか緊張してきた」


 モニターを見つめながら言うと、タカちゃんがいつものように豪快に笑った。


「一番手はイサム、お前だ」


「え、なんで。兄弟なんだから、最初はタカちゃんだろ」


「なに言ってんだ、フルーベ卿はご友人って言っただろ」


「じゃあ竜也でもいいじゃないか。その、初めから大輔を追いかけてくるつもりだったとか言ってたし、それに……」


 否定も肯定もされなかったある疑惑が、僕の脳裡をかすめる。恐いのであまり深く考えたくはない。


「いや、一番手はやっぱりイサムだよ」


 竜也が優しげに微笑んだ。


「大輔が連れて行かれそうになったとき、お前は誰よりも早く怒った。あの時おれは、ああ、やっぱりイサムには敵わないなって思ったんだ。だから一番最初に大輔に会う権利があるのは、やっぱりお前なんだよ」


 竜也、お前……。自分の気持ちを後回しにしてまで。


「……そうか、分かった。まず僕から降りる」


 ヘリは既に着陸している。ゆっくりと開かれる搭乗口を、自分の目とモニター越しに見る。


『まずは一人目、平野勇さん!』


 こちらの会話を元に会場へ指示を送っているらしいジョジョコさんの視線を受けて、僕はスポットライトが降り注ぐ中へ身を躍らせた。


 急激な光量変化についていけず目を細める僕の耳に、フルーベ卿のとんでもないムチャ振りが炸裂する。


『ほいでは、さっそく見せていただきましょう、一発芸「発情期のマントヒヒ」!』


「……うぇっ? は、発情期のマントヒヒ!」


 何だか分からないままに、勢いに乗せられて顔を作る。マントヒヒの顔なんてよく覚えちゃいないし、はっきり言ってただの変顔だ。


 たちまち巻き起こる、会場全体を揺るがす大爆笑。


 ……おい……。確かこの番組って、全世界同時生中継とか言ってなかったか。なんちゅう恥をかかせやがるか。


 いや、まあいい。こんな僕でも、人々に笑顔をもたらすことができた。だから笑われるくらいは何でもない。


 しかし、だ。


「あーっひゃっひゃっひゃっ! あのフルーベ卿のことだから、絶対になんかムチャ振りしてくると思ったんだよなーっ!」


「あ、やっぱりタカちゃんもそう思ってた? いやー、やっぱりイサムを最初にして正解だったねー」


 背中から聞こえてくる声に、僕のこめかみがこの世の終わりのような音を立てて引きつった。


 てめえら、嵌めやがったな! 何が「一番最初に大輔に会う権利があるのは、やっぱりお前なんだよ」だ。許さん、絶対に許さん!


 このままヘリに戻って大暴れしてやろうかと思ったが、大輔が嬉しそうに駆け寄って来たので、仕方なく相手をする。ちくしょう、大輔に感謝しろよ、お前ら。


「イサム、本当に来てくれたんだ!」


「ああ、まあ、なんとなくな。分かってると思うけど、みんなもいるぞ」


 あまりにも嬉しそうな大輔に毒気を抜かれて気恥ずかしくなった僕は、頬を掻きながらドラッヘを振り返った。


「あ、カオリちゃんまで。そうか、イサムが連れて来てくれたのか。ありがとうイサム! よーし、絶対にブラスターホームランして、いいとこ見せるぞー!」


 あ、やべ。そう言えば大輔はカオリのことを気に入ってたんだった。


 マズい。こっちに来んなカオリ!


「やっほー大ちゃん。来たよ!」


 フルーベ卿の紹介と共に両手を振りながらやって来るカオリを見て、大輔の顔色が変わった。


「あれ、カオリちゃん、その指環……」


 続いて視線が注がれる、頬を掻いていた僕の左手に填められたリング。


「え。まさか、お前たち?」


「えへへー。お陰さまで、二日前からつき合ってます」


「そ、そんな……」


 幸せそうに言うカオリの前で、大輔が膝からくずれ落ちた。


「え、どうしちゃったの大ちゃんっ?」


 何も知らないカオリが慌てた。


「酷いよ、イサム……。こんなとこにまで来て、見せつけるか普通?」


 イヤ……ごめん。なんかごめん。ホントごめん。


「おー、さっそくの大輔の構えか」


「やっぱりこうなるよね」


 後ろからタカちゃんと竜也がやって来た。


「てめえら、またしても。分かってたんなら言ってくれよ!」


 そしたら僕はもう幸せになれたから、最後の数分くらいはこいつのために隠してたのに。


「せっかくの幸せモードのお前に水を差すのもどうかと思ってさ。こいつが大輔の構えなのはいつものことだし」


 いや、確かに浮かれて大輔に気を回さなかったのは僕の責任だけどさ。今回ばかりはさすがだとは言わんぞタカちゃん。


『土下座っ? 救世主様が、土下座を!』


 そしてマイクに乗って響き渡る、遠目に眺めていたフルーベ卿の驚愕に満ちた声。


『日本でのことといい、イサムはん、あんたいったい何者や!』


「ち、違う違う違う! これは土下座させてるわけじゃなくて、大輔の構えで!」


 戦きながら近付いてくるフルーベ卿に必死の弁解をするが、そもそもフルーベ卿は「大輔の構え」を知らない。


『ううむ、さすがはフィシューくんの弟子と言ったところやろか。大した力はなさそうやのに、もしや強力な精神支配を?』


 すみませんが、フルーベ卿。そーゆーことをマイクに乗せて言うのはやめてくれませんか。さっきまで笑い転げていた観客が、すっかり静かになっちゃってるじゃないですか。


 なおも弁解を続けようとした僕の声に被せるように、いつものタカちゃんのわははという笑い声がした。


「ご安心くださいフルーベ卿。ウチの大輔は大輔なので、これくらいならすぐに立ち直ります」


 そう言って、未だ大輔の構えなままの弟を引き起こす。


「ほら立て、大輔。お前にはブラスターホームランでモテモテになる野望があるんだろう? ならばカオリはイサムにくれてやれ」


「そうか……そうだね兄ちゃん!」


 たちまち大輔の瞳に燃え上がる、熱き炎。


 くそう、たった一言で立ち直らせるとは。やっぱりさすがだ、タカちゃん。


「俺にはまだ……やれることがあるんだ!」


 大輔の、ボロボロに傷付き挫けそうになりながらも土壇場で大切なことを思い出して立ち上がるアニメ・ヒーローのような、やけに男前な笑み。


 だが忘れてはならない。こいつの地球を救うという使命感を支えているのは、下心の炎だ。


 そしてそのピンクがかった炎は、ものの見事に大輔を暴走させた。


「フルーベ卿! 今からブラスターホームランします! 俺のバットを!」

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