5:お尻は守る場所
結局、宿屋テッシュク前で出来た穴ぼこは全てミ姉の魔力で塞ぎ、ヴ姉は周辺の人々へ謝って回り、落ち着いた頃には完全に夜中となっていた。
「ミ姉、ヴ姉、ご飯どうしよう?」
レイがそう聞くと、二人の姉達はお尻を未だにさすりながらお尻を少し突き出したような姿勢でこたえる。
「レー君、今夜はこのテッシュクで食べちゃいましょう」
「レー、私もその意見に賛成だ」
二人は単に、歩き回る余力が残ってなかっただけなのだが、レイは姉達の希望だと思い、テッシュク地下にある食堂へと移動する。
「あ、あのテーブル席にしない?」
椅子の無いカウンター席も、テーブル席もガラガラで選び放題な状態の中、一番奥の角っこの席を指さすレイ。しかし、この時無邪気な少年の心をこれ程までに恨んだことは無いだろう。二人の姉たちは必死に抗議をする。
「レー、君……カウンター席も風情があって良いんじゃないかしら」
「レー、私も今日はカウンターが凄く輝いてみえる」
「ミ姉、ヴ姉はやくー」
二人の意見が耳に届く前にレイはテーブル席に辿り着き、エル字型になった壁沿いにつならる椅子へと着席してしまっていた。そんな無邪気に喜んで端っこを抑える少年を、弟を溺愛する二人の姉達が御せるはずも無く。
「ひっ」
「あっ」
目に一粒の大玉涙を浮かべ、二人はお尻を庇いながらそっと着席する。椅子に接触した瞬間、痛さの余りに変な声が出ているがメニューを見るのに必死なレイはそんな事には気が付かない。
「俺、これ食べてみたい!」
そんな夜ご飯の時間を過ごし、結局101号室へはレイが、102号室へは姉達二人が泊まる事となった。そんな102号室では、二人が密会をしていた。
「ヴ、貴女レイがあんな魔法剣を扱えると知ってた? 私は嬉しいわ、レー君凄くかっこよかった」
「ミ姉、私も今日初めてあんなの見たわ。レー、いつの間にか大人」
「そうね、でも次は私がレー君と一緒に寝ますからね」
「ばーか、レーは私の方が良いに決まってるの」
「良い度胸じゃない」
「ふん、いつまでもミ姉に負けないよ?」
そんな会話をする二人だが、二人で寝るには少し狭いベッドで、お互い打つ向けになって顔だけ横に向け、お尻を突き上げているという情けない格好で言い争っている。更に、服の布地が擦れるだけでもお尻が痛む為、寝間着の上だけを着て、胸元までたくし上げているという状態である。まさに異常な光景である。
「……こんな格好で威勢を張っても格好つかないわね、それにしてもこの痛みは危ないわ」
「ええ、ミ姉が治癒魔法使い続けても効果が出てないのだもの、これはえげつない」
真っ赤に染まる二つのお尻は、自然と翌朝腫れが引きレイの魔法剣の恐ろしさを再確認したのであった。
「おはよう、今日はどうする?」
そんな二人の姉に挨拶するのはレイである。朝から食堂で朝食を取り、この後の行動を確認しているところだ。何しろレイは王都での生活以外何も知らなく、自宅で家事をしていただけなのだからこんな旅暮らしで何をして良いのか全くわからないのであった。
「そうね、仕事を探してくるからレー君はお留守番しててくれる?」
「レー、私もミと一緒に探してくる」
「うん、わかったよ! それにしても、ここのご飯美味しいね」
何が違うのかと少し悩んでいると、どうやら水の国が近いから美味しい水が手に入りやすいのだとか料理を運んできた同い年くらいの男の子に教えてもらった。そんな会話を交わしながら、朝食を終わらせたギ家一行はレイはお留守番、ミ、ヴの二人は仕事探しという事で別行動を開始する。
「ミ姉、この鉄の国で仕事と言えば鍛冶」
「そうね、王都に納品されてた武具を取り扱ってたお店が確かこの先にあるはずだわ」
二人は王都で防衛隊を勤めていたので、勿論武具が何処で作られているかは知っていた。そして、辿り着いたのはエクスと書かれた鉄の看板のある店である。鉄の国の中央付近に位置し、中央に近づくほど街並みに使用されている鉄の量も増えていった。分厚い鉄の扉を、コンコンとノックしてみる。
「すいません、ギ家のミと申します、誰か居ませんか」
ミ姉がそう言い、尋ねてみるも中からは反応が一切無い。基本的に四角い鍵をあてねばあかないようになっている扉なので、勝手にエクスの中に入る事もかなわないのである。
「ミ姉、私に任せて」
そういうと、先ほどよりも大きな声でミと同じくノックをし、尋ねてみる。すると、今度は中から反応が返って来る。
「おう、なんだい白昼からよぅ」
扉が開かれると、中からタオルを頭に巻いた男性が出てくる。服は耐熱を持つドラゴン皮で作られた衣服を纏っていた。色が赤色なので、人目でドラゴン皮だと理解するも、少し派手である。
「すいません、鍛冶の仕事がしたいのですが」
「がっはっは、若い姉ちゃん達がかい? からかうのはよしてくれ」
「私は鍛冶の心得があります、姉のミは魔法が得意なのでお役に立つでしょう」
「はぁ、心得だって? ん、でも魔法が得意ってんならそうだな、ちょっとこっちへこい」
そういうと、二人をエクスの中へと案内する。地上部分には様々な鉄製品が置かれている。剣や盾、鎧やフライパン、その他諸々。しかし、その全ては何もない部屋の隅へ乱雑にかさばる様に放り捨てられていた。
「そうだな、この出来損ないに火をいれてみ? 叩き直せる程の高温が出せるなら、考えてやろう。後、お前は鍛冶の心得があるんだろう、この中で一番出来の良いのを目利きしてみな」
どうせ二人とも口だけだろう、とたかをくくって腕組みをしながら二人の姿を見る主人。しかし、その主人の予想に反した事態が発生する。
「それじゃ、少し弱めですが熱してみます」
そういうと、ミ姉が握っていた刀身に熱が付与されていく。そして次第には鉄がぶくぶくと音をたて溶け始めてしまった。
「あっ、すいません……」
慌ててやり過ぎたかと思い、続いて氷魔法で溶けた鉄を一瞬で凝固させてしまった。
「お、おい嬢ちゃん、今のは……」
そう尋ねようとしたら、次は部屋の隅で鉄くずたちに向かって話しをしているではないか。気になって、そちらに視線を寄せると先ほどまでガラクタだった作品達の質が1段階、いやそんなレベルではなく数段階も質を上げていた。
「お、おい嬢ちゃん、今のは……」
自然と先ほどと同じ言葉を発してしまう。鉄と会話し、その潜在能力を引き出す。あれは噂に聞く剣話なのではないか、と思い至る。
「あの、このフライパンが一番出来が良いと思います。魔法反射も兼ね備えているなんて、不思議な業物ですね」
主人は驚く、試しにフライパンに細工をしてみたのだが、あまりに出来が良すぎて熱までも反射してしまうのである。おかげで使い物にならなく、この物置場に放置していた一品である。それをまさか見抜いてしまうとは、言葉も出ない。
「あの、それで私達はここでお世話になりたいのですが……」
二人は主人に詰め寄る、主人はそんな二人は何者なんだと少しだけ恐怖に感じつつも、二言返事で受け入れる決意をする。
「わーったよ、お前等うちで働きな。しかし見習いからだ、それでいいな?」
「「はいっ!」」
二つの元気良い声が狭い部屋に響き渡り、作業場の地下室へと移動していったのだった。
そして数日後、更なる事件が舞い降りて来る。
「ミ姉、ヴ姉、二人とも鍛冶師になったんだよね! 俺も姉ちゃん達みたいに鍛冶師になりたい!」
そんな事を言いだしたのである。勿論、二人の姉達は顔を会わせてアイコンタクトで会話をすませる。
「レー君、今日も留守番お願いね」
「レー、今日も宜しく」
「うん、いってらっしゃい!」
そんなレイの元気良い声に送られ、二人は宿屋テッシュクを出る。そしてすぐに二人の姉達は会議に入る。
「ヴ、これは大問題です」
「ミ姉、それは私も同意」
二人はやっと主人に受け入れられ、銘入りの作品まで作らせてもらえるようになっていた。しかし、鍛冶師の仕事はそう簡単な物ではないのである。高温に熱された鉄を叩き、冷やし、まぁ簡単にいうと危険な作業が沢山あるのだ。
ミもヴも、才能の元に難なくこなしてしまっている。そんな二人を見ただけで、鍛冶師になりたいと言いだしたレイを何とかせねばと思い至。それもそのはず、溺愛する弟があんなに危険な仕事をしたら、もし火傷をしてしまったら? もし鉄を叩く工程で指でも叩いてしまったら? もし鉄を運んでる最中に足に物でも落としてしまったら。それ以外にもレイに襲い掛かる危険が多い仕事なのである、兎に角そんな仕事に就きたいと言い出したレイを何とかせねば、と二人は真剣な顔つきで、頷きあう。言葉はもう必要ない、レイに危険な目にあってほしくないのである。
その夜、二人は101号室へと伺い、レイに向かって真剣な話しがあると口火を切る。
「何? 明日も鍛冶屋の仕事だから早く寝ないと?」
「レー君、その事なんだけどね」
ミが言い難そうにしていたので、ヴがすっと深く息を吸い込み割り込む。
「レー、私達は仕事を辞めて来た」
「えっ?」
「レー君、ごめんね?」
「えっ、えっ……?」
二人の姉達は、顔の前で両手を合わせるとゴメン! と必死に謝ってみせる。しかし、以前の様に冷静なレイでは無かった。
「また、また仕事辞めちゃったの? あれ、俺も鍛冶師になりたかったのに、もしかして……」
「やめときなさい、鍛冶師なんて。危険よ、ダメよ、絶対許しません!」
「そうよレー、あの仕事は危険」
「ミ姉、ヴ姉、もしかして俺の為に辞めちゃったの? エクスでも今、大人気なんだよね、ミ姉とヴ姉の作品。それなのになんで……」
この鉄の国に来た日に聞いた、どこか懐かしい音が頭の中で聞こえて来る。ぷつり、と。
次の瞬間、ミとヴの絶望した顔ははっきりとレイは見る事が出来た。初めての時も、こんな顔をしていたのかな、とどこか他人事のような感想と共に、手に握られた魔法剣、ペン打を両手持ちしてみせる。
「姉ちゃん達の、ばかー!」
正面から振り下ろされたはずの二つのペン打は、因果の元に二人のお尻を盛大な音をたてブルンッと二つの肉の塊が震える程に弾いてみせた。弟が危険な仕事に就くくらいなら、これくらいの痛み何でもない、と歯を食いしばってみせるが、二発目のペン打に姉達の悲鳴は鉄の国中に響き渡るのであった。
「あひぃぃぃぃ」
「あ゛あ゛っ」
一晩経てば痛みがひく事ペン打ではあるが、翌朝二人の姉達は起き上がる気力がなかったという。




