4:魔法剣士爆誕
本来、王都から鉄の国へは馬車に揺られ三日は有するところなのだが、ミ姉の使う重力魔法の恩恵か、三人は一日で鉄の国の前まで辿り着いていた。まだ陽が落ち切っておらず、体力もまだ十分に残っているときたもんだ。ミ姉の魔法技術は底知れぬものなのだが、そんな事にレイが気が付くのはまだまだ先である。
「レー君は宿を取っといてくれる? 私とヴはちょっと調べものがあるから」
「うん、わかったよ」
簡単なやり取りだけすませ、鉄の国の西側にあるエリアで宿を探しておくことに決めた。また、上手く合流出来なかった場合はここに戻って来るとも付け加えておく。
鉄の国は地面が鉄で舗装されている。王都と違い、巨大な壁などで守ってはおらず、出入りも自由な国となっている。しかし、他の国と違う点は全てが鉄で作られているところだろうか。建物も鉄ならば、食器や服も鉄製ときたものだ。鉄技という方法で、鉄をグニャリと自由自在に造形できるとの事で、レイにとって鉄の国で見る物全てが新鮮であった。
二人の姉と別れ、宿屋を探していると客引きをしている店を丁度みつける。
「テッシュク、今日はまだ空いてますよー。そこのお兄さん、泊まってかない?」
「やだよ、他をあたってくれ」
「テッシュク、今日はまだ空いてますよー、ああ、そこのお嬢さんいかが?」
「ちょっとやめてよ」
何故か客寄せの女性から通行人は避けるように通り過ぎていく。その光景が不思議で、いつのまにか女性の目の前まで歩みを進めていた。
「あの、二部屋空いてますか?」
「テッシュク、今日はまだ……ん、君、今なんてった?」
何故か顔をググッと近づけて来る、その顔は尖った耳に鋭い眼、唇も薄く鼻はちょっと出っ張った感じ。要するに人ではなくエルフ族なのだが、レイはこの時まだ人種以外の存在が居る事をまだ知らない。
「ちょ、ちょっと近いです」
「アハハハハ、ごめんごめん。それで君、うちに泊まってくれるのかい!?」
「あ、はい。それにしても、何かあるんですかこの宿?」
「ん、ああ……単に私が嫌われてるだけよ、そんな事より宿の質は保障するよ!」
『ん、なんでこんな綺麗なお姉さんが嫌われてるんだろうか?』
そんな思いは口には出さず、宿屋テッシュクへと入ってみる。鉄製の扉をあけると、内装は驚くほど綺麗な作りになっていた。
「わぁ、外見は鉄むき出しなのに中はこうなってるんだ」
「へへん、凄いでしょ? お金かけてるんだから!」
「はい、思っていた以上です。でも、高いんじゃないですか……?」
恐る恐るレイは尋ねてみる、しかし予想に反した価格を提示され、二言返事で今夜の宿をここに決めたのだった。
「では、二部屋分の鍵ね。この鍵を扉の四角い部分にあてると扉が開くから、夕食はどうする? 地下に食堂もあるわよ」
「あ、それは姉と決めますので」
「そっ、それじゃごゆっくりー」
嬉しそうに再び外へ行き客引きを始める女性。それをよそに、レイは101号室へと入ってみる。壁紙は白色で、ベッドも大きなサイズのものが置かれている。なんだかんだで、丸一日移動を続けたのである。レイはまだ12歳で訓練もつんでない一般人なのだ、疲労感が一気に押し寄せベッドにそのまま飛び込み緩んだ声を漏らして寝転がる。
気が付くと、眠りについていたらしくシーツに涎染みをつけてしまっていた。しかしそれどころではなかった。レイは起き上がると、外から聞こえて来る悲鳴が気になり急いで外へと駆けつけた。すると、予想通りの光景が待ち受けていた。
「ヴ、今日は譲れませんわ」
「ミ姉さん、私も一切ゆずるつもりはなくてよ。いざ」
レイの目の前では、宿屋テッシュクの前に穴ぼこをいくつも作りながら、魔法と剣技で争っている姉たち二人の姿があった。
「ミ姉、ヴ姉、何やってんのさ!?」
「レー君、待っててね! 私が必ずレー君と同室になるんだから!」
「戯言を、レーは私と同室を選んだ。ミ姉は102で一人で寝たら良い」
何を言っているのだろう、レイは二人が言ってることを理解出来なかった。
「何を言ってるのヴ、あのベッドには私が一緒に」
「ミ姉の分からず屋、こうなれば」
「「勝負よ!」」
言い争いが一段落ついたのか、再び魔法と剣技の応酬が始まる。ミ姉が詠唱する魔法を、ヴ姉は難なくズバズバと剣で切り裂いていく。しかし、それも長くは続かなかった。
「ヴ、貴女は腕を上げました。姉として誇らしいです、でも譲れないのです、だから安らかにお休みなさい」
ミ姉は語ると、短く呪文を唱える。
「ブランシィル!」
途端、無差別にレイを除き全て人の体面がジワリと熱を持つ。間をあけず、大量の悲鳴があがる。
「くっ」
ヴ姉も例外ではなく、膝をつく。一瞬何をされたかわからなかったが、ミ姉は誇らしくネタばらしをする。
「この魔法はね、熱と水の混合魔法よ。斬ろうと思っても斬れないでしょ? そりゃ、体の水分を熱したのだから。ふふ、勝負ありね」
「ま、まだ……」
剣豪とまで言われるヴ姉はブランシィルの魔法により、剣を地面に落としていた。しかし、立ち上がる際に剣を拾わずに何かを語り出す。
「我が剣よ、忌まわしき敵を共に屠ろうぞ」
ヴ姉が剣豪といわれる由縁は、別に魔法を切り裂けるからではないのである。語り掛けるは剣そのもの、剣話が扱える事にある。
「イテマエ・ブラック」
そういうと、地面に落ちていた剣は砕け散り瞬間的にミの周囲を光が包む。剣の存在意義を全うさせる、奥義中の奥義。敵を斬る為に作られたその宿命を、魔力との融合により存在の消滅と共に使命を果たすその技は、因果を捻じ曲げない限り必ず相手に刃が届く、剣技の最終奥義である。普段剣を大量に持ち歩く訳は、これである。
「なっ、ヴ、貴女って子はぁぁぁ」
光に包まれ、やったかと自分の姉を凝視するヴ姉。しかし、光が収まると切傷一つ無い姿でミ姉がそこには立っていた。
「デコイか……」
ヴ姉は悔しそうに唇を噛む。対するミ姉も冷や汗を流す、流石に妹に斬られて死ぬなんて笑えないのである。
そんな二人の争いに、周辺を通りかかった鉄の国の住民達は巻き込まれ、悲鳴が上がり続けている。レイの視線の先には、足を怪我して蹲っている客引きの女性が視界に入った。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ア、アハハハ、アハハハハハハ」
どうやら、この騒動で気が動転しているのだろう。白目を剥いて笑い声を上げている、ここにきてレイはぷつり、と頭の中で何かが吹っ切れた音を確かに聞いたのである。
「ミ姉、ヴ姉、ちょっといいかな」
「レー君、私頑張るわ!」
「レー、私こそが」
「黙って二人とも!」
レイが叫ぶと、姉達が纏っていた戦意が消失する。
「レー、君?」
「怒ってる、のかな?」
恐る恐る二人が話しかけるが、レイはこたえない。代わりに、両腕を前に突き出すと、開かれた拳を握りしめる。
「やり過ぎだよお姉ちゃん?」
そういうと同時に、魔力で作られた巨大な棒が現れる。まだレイは戦闘訓練を受けておらず、魔法も剣技も何も習得していないのである。だが、これは姉達の日々の姿を見ている内に作り出せるようになった魔法剣なのである。
「僕がしっかりしないと、皆に迷惑がかかっちゃうんだね。やっとわかったよ、だから……」
ゆっくりと姉達に近づくレイ、いつもの優しい顔はどこへいったのか。目つきが鋭くなり、手には巨大な魔力の塊が握られている。それは一般人でも目視出来る程の濃度であり、既にそれは剣なのか棒なのか区別がつかなかった。
「悪い事をした二人には、おしおきだよ!」
そういうと、徐に両腕を顔の横まで振り上げると、斜めにそれを一気に振り下ろした。最初の犠牲者はミ姉である。
バシンッ、と冗談のような破裂音がしたかと思うと、ミ姉は飛び上がって前のめりに地面に倒れてしまう。そして両腕はお尻を庇うかのごとく、必死にお尻をさすり続ける。
その光景をみたヴ姉は構える、今のは一体何が起こったのだろうか? 剣豪と呼ばれるまでに成長したヴ姉ですら、今の現象が何だったのか理解が出来なかった。
「次はヴ姉だよ」
同じく、両腕を振り上げ一気に振り下ろす。しかし剣豪と呼ばれるヴは、その魔法の棒を防御しようと太刀筋に予備の剣を滑り込ませる。
「ひぎぃぃ」
確かにレイの魔法剣はヴの剣に阻まれた、が、レイの魔法剣はその対象を定め、振り下ろした瞬間に因果を結んでいたのだ。バシンッと強烈な破裂音がすると同時に、ヴ姉のお尻にレイの必殺の魔法剣が叩き込まれる。
「無駄だよヴ姉、しっかり対応してるから」
想像以上の痛みに、ヴ姉も前のめりに倒れ込み必死にお尻を両手でさすり始める。しかし、それで終わりでは無かった。
「次行くよ?」
その言葉を発せられた瞬間、二人の姉達は地面に向かって絶望の表情を見せたという。
「や、やーめーて」
誰の声だったのだろうか、何度となく続くお尻叩きの光景に、先ほどまでいたギャラリーは顔を真っ青にして早々と立ち去っていったのであった。静かになった宿屋テッシュク前では、乾いた笑い声をあげる客引きの女性と、姉達二人の絶望の声が響き渡るのであった。
ペン打というお尻叩き専用の魔法剣を操る、魔法剣士レイの誕生の瞬間であった。




