素質
生活保護なんて、自分とは一切無縁の制度だと思っていたさ。大学生の頃に、生活保護の制度を詳しく知ったときも全く関心が無く、「ああ、可哀想な人間のための制度なんだな」くらいに思っていた。その「可哀想な人間」に、まさか俺がなってしまうなんて思いもよらなかった。
元々、俺は精神病を患っていた。自分の思考に異常なものを感じて、最初に病院へ行ったのが高校1年生、16歳のときだった。そのときは何やらよく解らない苦味の強い薬を1錠、朝と夜に飲みなさいと髭面でやたらと偉そうなおっさんに処方され、しかしそれを服用しても別段良くもならず悪くもならずで、複数回の通院はせずに放っておいた。しかし、俺も大学に進学し、それなりにアルバイトというものをしながらの生活を送るようになる。そして、社会でのストレス、というには大したものではなかったのかもしれないと今では思うが、そのストレスが原因で劇的な悪化を見せた。
朝の起きぬけに、グラスに一杯の麦茶を注ぐ、しかしそのグラスを持つ手がぶるぶると震えるんだ。最初は、どうしてこんなにも震えているのだろうと軽く気にする程度だったが、それが毎日続くにつれて得たいの知れない不安を抱くようになった。その頃、俺は住み込みで新聞配達のアルバイトをしていた。夜中1時、所謂25時、その時間になると俺の部屋に設置された警報機のような装置が、下の階に住むババアによってボタンを押される。すると、けたたましい音が2階にある俺の部屋にブザー音が鳴り響き、目覚める毎日が続いていた。まるで囚人だぜ。ボタンひとつで俺の起床時間を掌握できるんだからな、ババアも毎日楽しかったに違いない、若い男を征服している感覚で胸が一杯だったろうからな。
その警報機が奏でる悪魔の音が耳から離れなくなり、やがて毎日の生活の中で幻聴が聞こえ始め、そして誰の声か解りはしないが「コロセコロセ」と俺の耳に囁くんだ。誰を「コロセ」ばいいのか解りはしない、しかし手段も目的も知っている、刃が研ぎ澄まされた鋭利なもので人間の首を一刀両断にしてやればいいんだろう、簡単な仕事だ、そう思っていた。でも、俺はその簡単な仕事を成し遂げはしなかった、正解だった。仕事を完遂していたら、俺は今頃どこかの病院に閉じ込められていたか、刑務所にでもいたか、どうなっていたか、まあ普通の生活なんて送れるわけがなかった。まあ、そんなこんなで、流石にやばいと思った俺は精神病院に逃げ込んださ。そうしたら、重度の鬱病だと診断された。意外とも思わなかった、驚きもしなかった、焦りもしなかった、悲しくもなかった、そのときの俺は既に感情を全て失っていた。
その頃から、俺は精神病疾患を持っているのだと自覚しながら、しかし生きていくために社会のルールに則って就職というものをした。しかし、すぐに病状が悪化して自己都合の退職を続けて定職に就くことが出来ずにいた。気付いたら、あっという間に30歳を過ぎていた。時間が過ぎるのは、あまりにも早かった。定職に就けずに日雇いのアルバイトをしながらなんとか生きていた、一人暮らし、誰も頼れる身内なんていやしない。飯を食うには働くしかなかったんだ、とにかく現金が必要だった。
しかし、その頃の俺の精神は限界に近づきつつあり、ある日薬を切らしてしまったことがあった。何度か薬を貰いに病院に行かなければならないと思ってはいたが、それよりも現金を掴むことの方が有意義に感じていた。病気を舐めきっていたね。そしたら突如、体全体の震えがが止まらなくなり、一切動けなくなった。無論、仕事なんて出来るはずもない。俺は、半分死んだ状態で床に伏せたまま、眠り続けた。しかし、腹は減るんだ、飯が食いたかった。でもな、現金が無いとこの日本では飯を食うことは出来ないんだ、だから食べなかった。
どうして、こんなに苦しい思いをしているんだろうと頭を抱えたね、この現代で白い米を食べることが出来ないなんてどうかしている。動けず、死の一歩手前だったと思う。携帯電話で、知り合いの国会議員に電話をした、助けてくれと。この電話から、俺の生活保護ライフが始まるとは思いもしなかった。