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話題はいつだって噂から

 長い長い午前の授業を終えて、ようやく昼休みになった。

 LINEの送り主はレンだった。

 鉄心さんの計らいでスマホを購入したらしく、その報告だけだった。


 なんて間の悪いヤツ。


「朝から大騒ぎだったそうですね」


 リディルに設けられた食堂のテラスで、陽光にまぶしい金の髪を束ねた少女が優雅に紅茶を嗜みつつ微笑んだ。


「笑いごとじゃないよ。女子からは睨まれるし、みさきちゃんは愚図るしさ」

「天宮さんが失敗するなんていつものことじゃありませんか。特に女性関係では」

「人のこと女たらしみたいに言うのやめてくれないかな」

「だって本当のことですもの」

「あいにく彼女なんかできたことないよ。そんなヒマもないし」


 物心ついてからずっと綾音の付き人一筋だからね。色恋にかまけるような時間的な余裕なんてなかったさ。


「あら? 綾音さんとはいつ結納されるのですか? いつまでも待たせていたら心変わりしてしまいますよ」

「気色悪い冗談はよしてよ、メル」


 苦虫を噛み潰したような表情で綾音が不満を漏らす。

 そりゃあ嫌いな人間と結納だなんて、悪夢でも想像したくない気持ちはわかる。

 でも露骨にイヤがられるとそれなりに傷つくんだよ?


「ですけれど、お二人は生まれたころからずっといっしょに暮しているじゃありませんか。いまから別々の道を生きるなんて難しいんじゃありませんか?」


 メル――篠崎=メルティア=雪花もまた、ボクたちの幼馴染だ。

 それこそお互いの恥部は知り尽くしているわけで、当然、綾音がボクを嫌っているのも重々承知している。

 にもかかわらずこんなタチの悪いジョークを飛ばすのは、彼女の性格が見た目と正反対で真っ黒だからだ。


 陶磁のように白く滑らかな肌。

 深く澄んだ碧く宝石のように輝く瞳。

 金糸雀を連想させる絹糸のような長く美しい髪。

 嫋やかで繊細な手や、すらりと引き締まったプロポーション。

 どれもこれもが超一流の造形師が整えたように人間離れした美貌と、淑やかで気品ある優美な振る舞いが人気の彼女だが、親しい人間が相手だと容赦ない毒舌を発揮する。

 人間、見てくれに騙されてはいけないという典型例だろう。


「やめてったら。なんだったらコイツをあげるから、篠崎家の騎士を譲ってよ」


 さらりと酷い取引を開始した綾音も、見た目ではメルに後れをとることはないだろう。


 肩まで伸びた艶やかな栗色の髪は甘い香りがする。

 猫目がちな大きな瞳からは生来の気丈さと強さを感じる。

 女性らしく起伏に富んだ肢体は男子を誘惑するには十分な魅力がある。

 洗練された仕草と他者を圧倒する存在感は人の上に立つ者としての格を顕著に表している。

 ただし、身長は低い。


「いま失礼なこと考えたでしょ」

「いやらしい目をしていますね」

「考えてないし、してないから」


 そして鋭い。


 傍観者として似たような境遇の青少年を見かけたら即爆発してもらいたくもなるが、当事者となれば話は別だ。

 学生にとって安息の時間である昼休みですら、周囲の視線が集中していて居心地が悪い。

 いつだって内約がわかっていない人間は無責任に楽しむだけだ。

 いっそ遠巻きに眺めている誰かに立場を代わってもらいたい。そしてこの硬い空気にさらされてみてほしい。

 男子が期待しているような甘ったるい空気はどう転んだって味わえないからさ。


「そんなことより、週末のパーティーには来れるのかい?」


 話題を変更しないとイジられ続けるので、強引に話をすり替えてみる。


「逃げましたね」

「戦略的撤退だよ」

「屍ならどなたかが拾ってくださるんじゃありません? 死人が街を徘徊するような世の中ですし」

「!?」


 綾音がぴくりっと反応する。

 気にしていないふうを装ってはいるが、筋肉の強張りはごまかせない。


「メル……そういうのは」

「その話、どこまで信憑性があるのさ?」


 近頃まことしやかに囁かれている噂だ。

 なんでも死んだはずの人間が夜な夜な歩き回っているのを目撃したとか何とか。

 まだ夏には程遠いというのに、最近もっとも流行しているオカルト。


「どうでしょう。土葬が主流の国であれば性格のひねくれた騎士の能力かもしれませんけれど、この国では火葬で骨しか遺しませんからね」

「ねぇ、メル。聞いてる?」


 《騎士》の能力は千差万別ではあるが、限界はあるていど決まっている。

 《神剣》に選定されると、まず個人ごとの特徴に応じて能力が発現する。それは各人の想像力によって威力が確定してしまう。


 たとえば炎を放つ能力者Aがいたとする。

 Aは生物が個体で使役できる炎の最大温度が千度までだと無意識に思っていた場合、それ以上の温度を使用することはできない。


 同じように、Bという人物は炎を温度調整はできても自由に操作することはできないと考えていた場合、発熱の上限はAより勝るかもしれないが、炎の形状や軌道を操れなくなるパターンもある。


「そもそも人間が生き返るなんて本気で信じている人なんていないんじゃないかな」


 現実的な思考回路をしていればしているほど、能力は弱体化していく。

 アニメと現実の区別ができないような幼子ならともかく、小学生にもなれば現実を十分に理解し始める。

 年を重ねるほど、知識が増えていくほど、能力の威力は下がってくるのが一般的だ。


 《騎士》として素質を確認されるのは中学卒業間際。よほどの例外でもなければそこまで突飛な能力なんて発現しない。


「それにほら。そんなに突飛な能力者だったらもっと有名なんじゃないかな。どんな騎士か顔くらい割れてそうなもんだけど」

「そうですね。わたしも聞いたことがありませんし、残念です」

「そんなに肝を冷やしたいなら、こんど百物語でもやろうか? ロウソクもちゃんと百本用意してさ」

「名案ですね。綾音さんもいかがです? 有志を募って大々的にやりましょう」

「わ、私も!? ……そ、そうね、いい暇潰しになると思うわ……」


 ストローを摘まむ指が小刻みに震えている。

 強がってはみたものの、内心かなり後悔しているようだ。

 子供のころから怖い話とかお化け屋敷とか苦手だったからな~。


「じゃあメルの予定に合わせようか。会場はボクが用意するよ」

「わかりました。とびっきりの怪談を揃えておきますね」

「ほ、本気?」

「もちろんです。綾音さんも下調べはしておいてくださいね。百本目のロウソクは綾音さんにお任せします」


 胸の前で手を合わせて微笑を浮かべるメルが生き生きしている。完全に綾音で遊ぶつもりだな。


「そっ、そんなことよりパーティーの話よ!」


 思い出したように大げさなリアクションでホラーネタから逃げる綾音はちょっと涙目だ。


「廃病院で仮装大会でしたかしら?」

「そういうのはもういいから!」

「ふふふっ。綾音さんたらかわいい♪」

「いつまでたっても慣れないねー」

「ッ! アンタに言われるとなんかムカつく」


 涙をこらえながら睨まれると、なぜかボクが泣かせたみたいに感じる。調子に乗るのもここまでかな。


「新入生の歓迎パーティーだし、ボクが参加する必要はないよね」

「……ないわけがないでしょ」

「リディルの出資者も大勢集まりますし、わたしと綾音さんはいつもの挨拶がありますもの」


 騎士育成機関であるリディルは、私立高校と同じような仕組み経営が成り立っている。

 主な管理は龍ヶ崎家が取り仕切っているが、メルの実家である篠崎家や財界人がパイプを求めて投資を行っていたりもする。

 で、龍ヶ崎家令嬢である綾音はもちろん、メルもまた各家の顔として表舞台に立たされるわけだ。

 となれば当然ボクは綾音の護衛として会場入りしなければならない。


 正直なところ、ボクはお偉いさんがハイエナのごとく群がってくる現場が好きじゃない。

 最低限の礼節は叩き込まれているし、作法を堅苦しく思ったこともないのだが、どうにも他人を値踏みする視線や本音の見え透いた社交辞令というのが性に合わない。

 なにより綾音を利用するためにすり寄ってくる人物が多すぎて吐き気がする。


 ただ、綾音本人は龍ヶ崎家の息女としての役割をまっとうする責務があると自覚しているから、ボクがあれやこれやと口を出すわけにもいかないのだけれど……。


「天宮さん」

「うん?」

「怖いお顔をされています」

「……ごめん」

「かまいませんけれど、綾音さんのこととなるとすぐに本心が表に出ますね」


 この娘には敵わない。

 他人のウソを見抜くことに長けた綾音より、人の本性を見定めることができるメルのほうがよほど恐ろしい。

 いまさら隠し事をするような仲でもないのだから、バレたところで問題はないのだが……綾音の前でボクが綾音の心配をしていると口にしないでほしい。


「よけいな心配をする余裕があるなら、少しは自分の進退を心配したらどうなのよ」


 ほら、また怒られた。




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