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考察

 深枷レン。異世界からやってきたと主張する自称二十歳、男性。

 魔術師。身元不明。所属も不明。

 奇怪な能力を複数使いこなす《騎士》ならざる存在。

 その実力は未知数。

 身体能力は極上。

 剣術、体術、魔術のすべてに秀でる。

 知的識的頭脳の持ち主。倫理論理にも隙はない。ただし粗暴にして横暴。

 非常識ではなく常識の埒外にある者。


「この染色体が異常をきたすと生命維持にまで支障をきたして~」


 うさんくさい自己紹介のあとで実際に魔術をいくつか見せてもらった側としては、疑う余地もなくなった。

 《神剣》もなくあれだけ特殊な能力を使いこなすとなれば、それはもう魔法使いとか魔術師としか表現のしようがない。

 綾音ですら深枷レンの発言をウソだと断じなかった。

 それはつまり、彼の言葉は真実のみで構成されているということの証明だ。


 綾音にウソは通じない。彼女の固有能力は”真贋独歩”。ウソと真実を見極めることに関して綾音ほど精通している人間はいない。

 むかしから他人のウソには敏感な少女だ。騙すなんてことはまず不可能だろう。


「それじゃあ……ここまでで質問がある人はいますか~?」


 先日の校門での騒ぎはすぐに鉄心さんに耳に入ってしまった。

 彼の処遇をめぐっていくつかの団体が口を挟んできたが、そこは龍ヶ崎財閥の当主。鶴の一声で騒ぎを鎮圧した。

 問題はここからだ。


「続けますよ~。ここからが重要ですからね~」


 鉄心さんの考えがわからない。

 力を証明したとはいえ、魔術師を語るうさんくさい男を懐に迎え入れるとは……世界的な大財閥のトップが詳細のわからない人間を近くに置くのは危険すぎる。

 鉄心さん本人も優れた《騎士》とはいえ、命を狙われる可能性だってあるのに。

 それに綾音とも相性が悪い。

 己の正義に正直な綾音と、勝手気ままなレンが同じ空間にいて平穏に収まるわけがない。


「次の問題を~、天宮くんにお願いしますね~」


 ただでさえボクがそばにいるだけでも不機嫌な綾音が、さらに不快感を加速させるのは目に見えている。

 鉄心さんに対しても無礼極まりないのだ。その息女にも等しく乱暴な物言いが目立つ。

 彩音もいちいち言い返すからすぐに口ゲンカになる。

 いつかレンの逆鱗に触れれば、凶悪な牙が綾音の喉元を食い破るかもしれない。それどころか鉄心さんにも危害が及ぶだろう。

 そのような惨事は未然に防がなければならないし、彼の動向を監視しなければならないとなればボクの心労も積りに積もることは確定だ。


「あの……天宮くん?」


 たしかにレンの持つ知識と技術は魅力的だ。

 あの力を取り込めば《騎士》の領域を超えて、龍ヶ崎家はまた一つ上の段階へと発展するだろう。

 それにしたって突拍子もなさすぎる。


 レンが提示した要求は二つ。


 ひとつ、不自由のない生活を保証すること。

 ふたつ、行動に制限を設けないこと。


 反対に、鉄心さんが課した条件も二つ。


 ひとつ、別宅の一つを自由に使っていい代わりにこの世界にはない知識を提供すること。

 ふたつ、龍ヶ崎家にとって不利益となる行為は慎むこと。


 取り決めはたったこれだけ。書面もない口約束だけというぞんざいさだ。

 もちろんレンが約束を反故にすれば、龍ヶ崎の全騎士を投じてでも制裁を加えるつもりだろう。

 逆にレンは寝床を放棄すればどこへなりとも雲隠れできる。

 なんとも特別待遇が過ぎる。

 いったい何を考えてそんな甘い条件で手を打ったのかさっぱり理解できない。


「天宮くん、聞こえてませんか~?」


 しかも、彼の世話役――もとい監視役のお鉢はボクに回ってきた。

 そもそもボクは綾音の護衛だけでも手一杯だ。監視といってもザルすぎてほとんど意味をなさないんじゃないか?

 絶対数の少ない《騎士》を専属で深枷レンに付けることができないのもわかるけれど、負担が大きすぎて首が回らない。


「天宮く~ん」


 だいたい彼が裏切ったらどうするつもりだ?

 制裁するにしたって少なからず被害はでるだろう。

 もとよりボクはレンに勝てる気がしないし、下手をしたらほとんどいっしょにいる綾音を人質にとられるかもしれない。

 信用するにしたって不確定要素が多すぎる。

 綾音のウソを見抜く能力をアテにしすぎだ。ウソをつかなくても他人を欺く方法はいくらでもある。

 それに彼が人の言うことを利くような性格をしているとは思えない。

 暴走するのが前提の車を運転するみたいなものだ。まともに動いているうちは便利だが、タガが外れたら危険すぎて手元には置いておきたくない。


「コウ」

「え……?」


 綾音の呼びかけで我に返る。

 しんっ、と静まり返った教室。さっきまで小気味よく黒板を叩いていたチョークの音はしない。


「わたしの授業……そんなに、つまらなかったですか……」


 我らが担任は目に涙をためて悲しそうに肩を落としている。

 自分の世界に没頭していて授業をさっぱり聞いてなかった。


「スミマセン。えっと……なんでしたっけ?」

「やっぱり聞いてなかったんですね~!」


 マズい……これは非常にマズい。

 どうにか軌道修正しないと土下座するハメになる。


「ご、ごめん! ボケッとしてただけだから! みさきちゃんは悪くないから! 授業はわかりやすいし、他の教科より楽しいから!」

「ほんと、ですか~?」


 よしっ。このまま機嫌をよくしてもらう。

 教師になってまだ二年目の開成みさき女史は、天然気弱ドジッ娘として有名だ。機嫌を損ねれば自信をなくして授業を放棄しかねない。

 クラスメイトたちもそれを承知しているから、このまま授業が放棄されるかどうかハラハラして見守っているのは気のせいではないはずだ。


「ほんとですって。だからーえっとー」


 ティロリン♪

 鳴ってはいけない電子音。それが引き金になって、みさきちゃんの堤防は決壊した。


「ケータイはダメだって言ったじゃないですか~! つまらないからってゲームしてるなんて酷いです~!」

「ち、ちがうって!?」


 どうしてこのタイミングでLINEの通知がくるんだ!


「もういいです~! 反省するまでせんせぇいなくなりますから~! あぅっ!?」

「みさきちゃん!?」


 弁明するより早く教室を脱出しようとしたみさきちゃんが足をからませてコケた。

 情緒不安定+ドジッ娘のダブルパンチ。

 泣いて落ち込みまくる担任を何人もの女子がなぐさめ、男子からは批難と同情の視線をいただく。


「ちゃんと謝りなさいよ」


 綾音の叱責が耳に痛い

 次からは気をつけよう……。



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