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序章

 舞う花弁は墜ちることなくふわりと揺れ、この世界が閉じられたものであることを象徴する。

 風が吹く。

 揺れる木々がさざめいて、ただ一人、新緑と薄紅色に囲まれる少年の髪を撫でた。


「――――きたね」


 嘲笑するかのような呟きを遮る一条の銀光。

 大気を裂き、桜花を貫き、寸分たがわず少年の眉間を貫通したのは必殺の飛針。

 脳髄を刺された少年は、それでも微笑を崩さない。


 否。


 少年の姿かたちをしていた桜の花の塊がいっせいに崩れ落ち、自らの意思を持って中空を浮遊した。


「挨拶にしては乱暴すぎるんじゃないかな? キミたちはもう少し礼節をわきまえているものだと思っていたのだけど」


 あらぬ方向に、少年は移動していた。

 はたしてそれは本体なのか?

 そんな疑問も些末なこと。

 少年の分体を刺殺した青年が、皮肉に口角を釣り上げる。


「どうせテメェも本体じゃねぇんだろうが。ちっせえことでぐちぐちぬかすなよ」


 口元で揺れる紫煙がにおう。

 深緑に舞う紅色の桜花。鼻孔をくすぐる甘い香りに反して、人口の煙だけがこの現実離れした幻想の空間に現実味を含ませている。


「ウチらがここに来た理由。わざわざ説明するまでもないね」


 青年の前に妙齢の女が進む。

 膝まで届く長髪を後ろで一括りにまとめた長身の女は、縁なしのメガネをつっと動かし、レンズ越しに少年を見据えた。

 鋭い眼光は文字通り相手を射抜くためのもの。

 口答えしようものなら問答無用で叩き伏せる気迫まで孕んでいる。


「はて、何用なのかな?」


 にもかかわらず、少年はケラケラと(わら)う。


(よんばん)


 青年が懐から引き抜いた札を投げる。それは少年に向けてまっすぐ飛翔し、青年の命に従って鋼の飛針へと変化した。

 1体目を飛散させた死傷の棘は、ゆらゆらと揺らめく桜の隙間を縫って、少年の心臓を射抜こうとする。

 しかし、


「……脅しにもならないことをしないでもらえるかな。その程度でボクが死ぬことなんてないけれど、いちいち躰を作り直すのは面倒なんだ」


 浮遊していた花弁が1枚、少年の胸の前で停滞していた。その1枚の花が、頭蓋をも貫く飛針を受け止めている。


「それともキミたちは、このボクと命の取り合いをしにきたのかい?」


 風が逆巻く。

 ざわめく大気が数多の桜花を激しく波打たせる。

 少年の笑みも口調も、どれひとつ変わりはない。されど風が、空気が、木々が、なにより少年が使役する桜の1枚1枚が、雄弁に物語る。


 ――ここから先は殺し合いだ――


「アタイがそんな面倒なことするわけないっしょ。玩具が欲しいなら他をあたりな。ウチらはアンタが持ってるその本に用があるだけだし」

「いい加減、世界を閉じるのはやめにしようぜ」

「へぇ……よくコレが《閉じた世界》だと気づけたね」


 少年は手にした本を無造作に投げる。

 弧を描いたそれを青年が掴み取るが、渋い表情で少年を睨みつけた。


「鍵はどこだ?」


 厚手の表紙にはタイトルがなく、装丁もない。

 武骨で無機質な錠前が、まるで中身を逃がさないようにロックしていた。


「その中さ」

「あぁん?」

「《鍵》は世界の一部だ。だからその(せかい)の中にある」


 奇怪なことを平然と口にする少年は、こらえきれずに嗤う。

 不気味であり異質な少年の嘲弄を、青年と女は無感情に眺めるだけだ。


「開きたければ取りに行けばいいのさ。もっとも、その覚悟があれば、だけどね」


 人間が本の世界に入り込むなどできるはずもない。が、彼にはそれを可能とする術がある。

 ただし、閉じられた世界に踏み入れば、無事に出られる保障はない。


「行くに決まってんじゃん。さっさとウチらをブチこみな」


 にもかかわらず、女は迷うことなく選択した。

 同行する青年はめんどうくさそうに頭を掻いたが、反対はしない。


「……はぁ~、つまらない。どうしてキミたちはそんなにつまらないのかな」

「他人様の葛藤を酒の肴にするような変態に好かれなくてアタイはうれしいけどね」

「まぁいいや。キミたちみたいな人間がいるからボクの楽しみもより熟成されるわけだし。……いいよ、キミたちが足掻くさまを観察させてもらって、鬱屈を晴らすとするさ」


 少年が高らかに指を鳴らした。

 ふわふわと待っていた桜の花がいっせいに動く。

 規律正しく円を描き、薄紅色の魔法陣が2人の魔術師を包み込む。


「物わかりがいいんだな」

「ボクはどこかの誰かさんみたく意地悪じゃなくてね。観測者は物語に干渉しないのさ」


 桜が輝く。

 花弁の1枚1枚を淡い線が繋ぎとめ、ひときわ眩しく瞬いた。


「……運命が導くのなら……違うなぁ。命運が尽きなければ、また逢うこともあるかもね」


 パァン――――


 少年が叩いた手を放すと同時に花弁は地に落ちた。

 2人の魔術師は姿を消し、取り残された1冊の本だけが紅色に染まった地面に横たわっている。


「さて、キミたちはこの世界をどういうふうに彩ってくれるのかな……きゃは、きゃはははは!」


 嘲笑が木霊する。三日月のように裂けた口からこぼれる嗤声は風に揺れる木々のざわめきさえも塗りつぶし、生まれる前のセカイに未知なる愉悦を溢れさせていく。



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