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第九章 雪女は真夏の喫茶店で紅くなる

「喫茶『(なごみ)』……ねぇ?」

 ぴらぴら、ひらひら。右手の中で俺の動きに翻弄されるのは長方形の紙、チケット。何でも我が円町商店街に最近出来た喫茶店らしく、この券を渡すとドーナツが貰えるらしい。

「……」

 さて、考えろ御影十郎。このチケットの使い道を。

 パターンA・欲望に従う。暑いよ、熱いよ? 咽、渇いたし今すぐこれ使おうよ。

 パターンB・耐える。有効期限が書いてないのだ。いざと言う時の為に取っとく。

 ま、考えるまでも無い。今は静菜もいるのだ。金銭感覚いかれ気味のあの白いのとの共同生活に加え、今までの食生活から考えると――今、使うべきだ。

 後先考えられる人間が貧困に喘ぐ分け無いのである。静菜に見付かったらアイツに使われそうなのである。

 そんな分けで、ルートを変更。真っ直ぐ我が家に向かわずにその喫茶店に行く事にしたのだが――

「ん?」

 行き成り左足に背後から何かがタックルしてきた。

 道を歩けば背後からタックルを食らう。すげぇや、今のこの国はここまで荒んでいるのか。どうする、どうなる日本の未来。

「って、馬鹿やってる場合じゃないか。何だ?」

「う?」

 見下ろせばそこには俺の腰の高さ位の女の子がしがみ付いていた。

 あどけない顔で見上げてくるのは一向に構わないが、しがみ付かれるこっちにすれば知り合いに見られたくない状況である。

 絶対あだ名が付く。不名誉な。

「ん~カッコいいお兄さんに抱き付きたくなる気持ちは分からんでもないがな、俺はお前位の年齢の子にトキメク趣味は無いんだ。そして、そういう事をされると俺の色々なモノが凄い勢いで減ってくのだよお嬢さん? あんだすた~ん?」

 社会的信用とかが。そりゃもう『どく』状態で毒の沼に居るとらクエの主人公並みの勢いで減ってく。……因みにとらクエとはタイガークエストの略である。Vが好きです。

 さて、そんな御影さん家の十郎くんの言葉に対する女の子の反応は――

「……うぁ」

「……」

 ヘイ、ガール! 何故に泣きそうですか? 何故に涙を溜めてますか? 何か俺に恨みがあるのですか? いや、顔に傷が有るしで人相が良くないのは自覚してるよ? でも、この状況は止めて欲しい。下手したら俺は国家権力に攫われる。

 そんな事になったら俺の知り合いが――

『いつかの、やると思っておったよ』

 ……心配してくれそうに無い。

 頭に浮かんだ白い奴は目線にモザイク入れて楽しそうに俺を貶めていた。アノ野郎。

「あの、お嬢様? なんだか知らないけど謝りますから泣かないで下さいませ、ね?」

 やや高音、あやす様に優しく声をかけては見るが――

「うぁ~」

 こうかはない。女の子は俺のジーパンに顔をくっつけて泣き出した。

「あぁ、もう、何がなんだか……」

 神よ、俺がそんなに嫌いか。ゴメン、祈るから助けて。

 ここの所やたらと祈る機会が多くなってきた神様に心の中で十字を一つ。

「って、今度は何?」

 ぐいぐい、くいくい。エイメン、とかやってる俺に軽いが確かな負荷。しがみ付いた女の子は俺を何処かに連れて行きたいらしくその小さな身体に宿った全体重で以って俺を引っ張っていた。

「ちょ、ちょっとお嬢様? 一体ワタクシめにいかようでせうか?」

「……ぅう~」

 うりゅ。

「分かった! ごめん。お兄ちゃんが悪かった! 大人しく付いてくから泣かないで!」

 その一言に満足げに微笑みアロハの端を引っ張り出す女の子。

 中々に可愛らしいが……ふと、違和感。この子、どっかで見たような――

 引っ掛かる。気になる。この子には見覚えがある気がする。思い出せない。だが、最近この子に会った覚えがある。

 疑問符、疑問符、疑問符。無数に浮かぶ?マーク。

 そんな風に思考の海に潜り込む俺に掛けられたのは――

「……ここ」

 そんな可愛らしい声と、

「よういらっしゃったの、お客人」

 何時もよりも礼儀正しいものの、何か最近聞きなれた声だった。

 うん。と、言うかね?

「――……紅いな、おい」

 紅かった。


    ■□■□■□


 避暑地の別荘の様な感じの家、そこの半分を改造して店舗にした店。店先の黒板には白、赤、黄、そして授業で使われると軽い殺意を覚える緑、と色取り取りのチョークで本日のランチのメニューが書かれたアットホーム感漂う喫茶店。

 これは奇跡か偶然か、連れられた先は俺の目的地である『和』だった。……まぁ、それは良い。問題は目の前の人物だ。この店の従業員と思われる人物だ。

「む、客かと思えばアイか。コレ、紛らわしい真似をするでないよ、笑顔を振り撒くのも疲れるのだよ」

「う。うぁ、うぁあ」

 そう、問題はアイちゃん――あぁ、見覚えが有る筈だ――を指先で突く紅い奴だ。軽く幼児虐待である。涙ぐんだアイちゃんを見下ろし楽しげにカラカラと笑っている。

「……」

 さて、軽い疑問だ、命題だ、質問だ。もしも知り合いがヒラヒラのフリフリ。メイド服と言う普段見かける事は先ず無い、非日常的な格好をしていたとしたらどう言った反応を示せば良いのだろうか? 似合うよ? 可愛いよ? いや、それよりも、

「何、やってるんだ?」

 訝しげに頭大丈夫? と訊いてやる。多分コレが正解。

「む、何だ。あまりに見慣れた顔でお客と判断出来なかったよ。御影、よう来たの」

 営業スマイル。キラキラと周囲に輝きが見えそうな勢いのそれを振り撒き、そんな事を言って来るのは、真夏の暑さで頭が可哀相な事になった白い奴改め紅い奴。

 さて、その格好だが――メイド服である。先程も言ったとおり。

 ノーマル。や、どういうのが普通かは分からないが、メイド服と言われてうっすら思い浮かぶ奴。日本の特定産業の為に改竄されたそれを纏って静菜は愛想良く笑っていた。

 そして紅かった。何度でも言うが紅かった。

 俺の頭の中のメイド服は白黒なのに対し、静菜のは紅黒だった。白い部分が全部暗めの紅に成っているのである。……あぁ、色彩って大事だね。白黒で無くて紅黒ってだけで一気にいかがわしく見えるよ。

「む、あんまりジロジロ見ると料金を取るよ御影。それと、ほれ……ぬしにはの……他に、何か言う事がある……――はずだよ?」

 後半声を小さくし何か言いたげにもじもじする紅いの。何だその恋する女の子っぽい行動? アレか? 『センパイ、私の格好変じゃないですか?』って奴か?

「――……あ~」

 困ったように頬を掻き、何も無いのに視線を斜め上に移動させる。

 白い壁紙、高い天井でクルクル回る俺には用途の分からないプロペラ、大きな食器棚。オープンしたばかりなだけあってどれもが未だ新しく、綺麗だった。

「……」

 俺の行動を期待を込めた眼差しで見てくる紅いの。

「何で紅いねん?」

 そんな彼女に敢えてボール玉を投げれる俺が居た。

「……――」

 表情を消す静菜ちゃん。

 俺の手をそっと握る静菜ちゃん。

 たん、と地面を蹴ってくるっと回って――

「いだ! いだぃ! いだだだだだだだだだっ! 極まってる! 間接、極まってる!」

 まるで凶悪犯の様に押さえつけられた。

 あぁ、床が冷たい。腕が痛い。周囲の客からの視線が痛い。冷たくて痛くて痛い。

「ほれ、わしの髪は白だろう? 白に白だと目立たぬから――と言う店主殿の配慮だよ。どうかの? わしは気に入っておるがの、見られるのは未だなれぬよ」

 ほふぅ、と片手を頬に当て悩ましげに静菜ちゃん。

 成程、男性客の何人かは控え目に静菜に視線を送っている。俺もこんな風に間接を極められ、床に倒されていない状況ならば多少は見惚れたかもしれない。と、言うか……。

「良いからっ! この状況では質問の答えは良いからっ! 早く解ほ――いだぃ! ほんとに痛い! 泣く! 今年で二十歳の良い年した男が公衆の面前で泣いてしまうぅ」

 ――数分後。『もう、お婿に行けない』とすすり泣く俺の頭をアイちゃんが優しく撫でてくれた。


    ■□■□■□


 大切な何かが静菜の関節技で砕かれてから十分、アイちゃんに慰められて更に五分。可憐な女の子に公衆の面前で泣かされ幼女に慰められた結果、御影十郎の社会的な地位が大暴落。そんな気分のブラックフライデー、

「え~それじゃ。被告人、前へ」

 注文したアイスコーヒーにストローを差し込みながら第一回御影家裁判を開始。被告人は白くて紅くて性格の悪い女。

 如月静菜。第参種異端者の同居人である。

「む。何故わしが被告人なのだ? 被告人と言うのなら財政難にも関わらず珈琲を飲もうとしておった御影の方だよ」

 不満そうにドーナツを齧りながら静菜――って待った。何でお前が俺のドーナツ食ってんの? それ、俺の。俺がユリアさんから貰ったチケットが変化したドーナッツ……駄目だ。普通に食ってる。普通に俺のコーヒーも飲んでる。

「……お前は一体ここで何をしてるんだ?」

「見て分からんかの? 御影は本当におばかさんだよ」

「最初はアルバイトかと思ったが客のモノに手を付けてる時点で分かんなくなった」

 コスプレか? コスプレなのかコノヤロー! ……良く似合ってます。

「わかっておるではないか。そのあるばいとだよ」

「へ~。店長さぁん、この店員クビにして下さい。客のコーヒー勤務中に飲んでます」

 奥。店主が居ると思われる場所に向かって大きな声。

「はぁ~少しでも生活費の足しに成るかと思って始めたのだがの……仕方がないよ」

「でも真面目な良い子なのでやっぱりこのまま雇ってやって下さい!」

 再度、奥。店主が居ると思われる場所に向かって大きな声。

「って、待った。静菜、お前、身分証明書なんて無いだろ? どうやって雇ってもらったんだ?」

 当然の疑問。静菜は完全閉鎖の村出身で、個人的予想ではあるが、多分戸籍も無い。そんなのを雇って良いのか、この店?

「あぁ、それなら――ほれ」

「ここ、アイのうち」

 ばんざーい、と小さな女の子を見せてくる静菜。

「……え~とつまり」

 幼女を脅迫もしくは人質に取り不法労働に乗り出した。

「この犯罪者っ!」

 きしゃー、と吼えて机を叩く。

 何てことだ、この紅いのは俺の食事を素麺漬けにするだけでなくこんな犯罪にまで手を染めていたのか。

「わけがわからぬよ、御影。わしはアイに頼んで働かせてもらっておるだけだよ。店主殿もの、ほれ、キズクチの件での、お礼だと言っておったよ」

 あぁ、成程。異端者絡みであると言う報告はされていないだろうが、一応犯人が捕まった事位は伝えられているのだろう。そして第三者、俺の助力が会った事も。

 あ~アイちゃんがここに俺を連れてきた理由も何と無く予想が付いた。多分、お礼のつもりなのだろう。

「だからの、問題ないのだよ。御影は安心してわしのこの格好に興奮して夜な夜な息を荒げると良いよ」

「ゆーちゃんもね、喜んでるよ?」

「……まぁ、迷惑かけてないなら好きにしろ。あと、静菜黙れ」

 小さいのと紅いのが協力して説得に当たって来たが、もうとやかく言うつもりは無い。

 不法労働には何ら変わりないが、脅迫とかしてないなら別に良い。十郎くんも法律無視して生きてる部分があるのです。主に銃刀法とか。

 一息。心配事が解消され、漸く静菜からコーヒーを奪い返して飲む。

「って、再度待った。静菜さん、貴女は重要な事を忘れています」

 そして気が付くもう一つの心配事。

「む、御影は先程から文句が多いよ。わしの事が好きで人に見せるのも嫌だと言う気持ちもわかるがの、もう少し大人になるのだよ」

「三流のギャグ飛ばしてないで黙れ逃亡者」

「む」

 何か喚きだした白い珍獣を黙らせる。そう、逃亡者だ。静菜は血族異端であり、この街にはそう言うのを許さない組織の教会があり、シスターさんも居る。いくら裏で話を付けたとはいえ、見つかればそれなりの対処を――

「あの、そこの店員さん、注文良いですか? お客を待たせるのはどうかと思いますよ? 胸に栄養与えるから鈍くなって髪も白くなるんですよ、この若白髪」

 ……何か、これまた最近聞いた声が静菜を呼んでいた。

「……これは、失礼したの。あまりに小さくて見えなかったよ。金髪ちび子」

 頭の血管ピキピキさせながらそちらに向かう静菜。ちなみに向かう先にはテディベアを抱えた金髪の小柄な少女が居る。可愛いのだが、何故か脳が可愛いと認めない少女だ。

「ふふふ、何て失礼な店員かしら? 隕石が直撃して死ねば良いのに」

「お客人に、かの? わしも同意見だよ」

 そして談笑。うふふ、あはは、笑ってるけど笑ってない。クーラーで冷えた店内の室温を体感的に更に下げるコールドスマイルを交し合う二人。……怖い。

「……アイちゃん」

「う?」

「あの金髪シスターは良く来るの?」

 遅れてやって来た恐怖の大王も逃げ出しそうな二人を眺めつつ、アイちゃんに質問。

「ん!」

 カクン。残念、首が振られた方向は縦でした。

 拙いな、やばいな、めんどくさいな。裏で取引をしたと言っても、流石に現行犯では弁解もフォローも出来ない。

 どうする? どうするべきだ? 騒ぎを起こし、その間に静菜を逃がし――

「で、注文はどうするのだ?」

「紅茶を、ホットでお願いします」

「って、待った! そこの二人、待った!」

 人が必死で対応を考えているのに、何を和やか(?)に注文を取ってますか、このダブルお嬢様。

「御影、うるさいよ。他のお客人に迷惑だから黙るのだよ」

「ナンパですか? 主は言いました。『鏡見て自分の容姿に絶望して三回位転生してから一昨日きやがれこのブタがッ!』……と」

「……」

 うりゅ。

「あ、御影が凹んだよ。床に四つん這いになって、満塁弾を喰らった投手みたいになっておるよ」

「本当、良い眺めですね、そのまま地面とか舐めだすと面白いのに」

 からから、ケラケラ。

「お兄ちゃん、大丈夫? どこかいたいの? アイ、ばんそうこうもってるよ?」

 ロリコンと蔑みたければ蔑めば良い。俺はアイちゃんが大好きです。

「……何、十ちゃん? その格好はアタシに対する挑戦? 『俺の後ろの穴を好きにしろ!』と言うメッセージ? オーケィ。わかったわ、優しくするから――」

「――っ」

 腰に手が、当てられた。

 寒気が、した。

(むじな)ぁっ!」

「ぶばッッ!」

 一瞬で起き上がり、確かな手応えを相手の顔面の中心にめり込ませる。情け、手加減、一切無し。当たり所次第では死んでくれるその一撃を――

「もぅ、十ちゃんったらぁ! このわ・ん・ぱ・く・さ・ん!」

 突如現れた巨漢――と、言うかユリアさんは鼻血も出さずに堪えて見せたのだった。

「な、な、なぁーっ!」

「……店主殿、御影がの『何でお前がここに!』と、言っておるよ」

「あら、凄い。静菜ちゃんこの十ちゃんの言ってる事分かるの?」

「まぁ、愛故にの」

 ふん、と胸を反らす静菜の背後でガタガタ、ぶるぶる。怖い。ユリアさん、怖い。

「ジュウロウと言うよりは着信中のセルラーですね。ふふっ、このチキンが。お前がびびっても可愛くねーんだよ」

 うっさい。ばーか、ばーか、洗濯板! 幼獣ぺたごん! お前の胸は可愛すぎるんだよ、幼くて。

「……マスター。私、手伝いましょうか?」

 無断で人の心を読み、感情の消えた笑顔と言う実に器用な表情を浮かべるセリア。

 うわぃ、なんて素敵な笑顔だろう。キミはボクのエンジェルさ。……だから止めて。

 ぶるぶる、ガタガタ。セリアが本気でユリアさんに協力した未来を想像し、震度7で震える。が、有り難い事にユリアさんは本気で俺を狙っている分けでは無いらしく――

「まぁ、おふざけはこの程度にして、静菜ちゃんお仕事戻って。初日だからってアタシは優しくないわよ? それと十ちゃん達は静かにね。元気なのはアタシ、大好きだけど営業妨害はダ・メ・よ」

 そんな事を言ってカウンターでセリアの注文を淹れ始めたのだった。……生きてて良かった。無事でよかった。


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