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第七章 雪女は真夏の病室で俺に職を紹介される

 やれると思った、出来ると思った、過信していた。

 分不相応の思考回路、未熟を未熟と思えない精神的な未熟さ。

 そんな子供のツケを払うのは――


“大丈夫だよ、十くん。お姉ちゃんがココに残るから”


 何時だって、優しい年長者だ。


    ■□■□■□


 嫌な、夢から逃れる様に目を開けると、見慣れた天井が見えた。

 古びているが、綺麗に掃除され丁寧に使われている事が一目で分かる清潔感の溢れる部屋。当然、未来のゴミ屋敷と名高い御影探偵事務所では無い。

 温かみのある無機質な空間、鼻に付く消毒の匂い。俺が怪我する度に毎回世話に成っている病院、桜崎(さくらざき)病院だった。腕は確かだが、裏側で世間では認められていない医療技術を平然と駆使する異端者の医者で、保険も利かないブラックでジャックな感じが漂う病院だ。

「……は、」

 最悪だ。ここに運んだのは三か? 職務上見殺しに出来なかったにしても、本当に余計な事をしてくれたもんだ。

 人生にも繰り返しと言うモノがあるらしい。

 ズタボロに傷つき、治療されて尚も呼吸の度に痛む身体、それを飲み込み、それでも余りある圧倒的な無力感と口惜しさ。

 また、助けられた。

 また、俺は日常を送れる。

 俺を助けてくれた姉さんは光を失い、日常を失った。

 俺を助けた静菜は真っ赤にそまり、日常を送る権利を、命を失った。

 まただ。また、こうなった。

 自己犠牲、それに助けられ、俺は日常に帰って来た。ただいま。愛しい、愛しいくそ野郎(日常生活)。

「は、」

 笑える。神って奴が存在するんなら俺を生かして何をさせたいんだろうね? 勇者様か? 悪いね、そいつは無理だ。お前がたっぷりトラウマ植えつけてくれたお陰でもう二度と他人の為に戦わないと誓っちまったからな、他を当たれ。

「……さて」

 良いや、切り替えよう。

 どうでも良い。そう思い込むのは得意技だろ、御影十郎。会ったばかりの他人の死なんかさっさと忘れて家に帰って造りかけのプラモを完成させようぜ、御影十郎。

「…………さて、と」

 平気だ、平気。血の繋がった姉が自分のせいで失明した時だってあっさりと日常に戻ってきたんだろ? 他人なら尚更早く切り替えれるさ。

「……………さ、て………………と…………………」

 知ったこっちゃ無い、覚えてない。

 自分を庇って死んだ自己犠牲大好きなマゾ女の事……なんて……微塵も、僅かも……知ったこっちゃ無いし……覚、えても……い、な、い―――


「わ、けがッ―――――――――――――あるかぁあぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 知ってる。覚えてる。

 アイツの真っ白に輝く笑顔を知ってる。氷細工の様に脆くなった弱い表情も覚えてる。

 自分を捨てて他人を取れる少女を、村を守る為に自分を捨てれる少女を――……如月静菜の事を俺は知ってるし、覚えてる。

「……な……んでッ」

 視界が歪む。白い包帯と白いシーツ、それらに赤い斑点が生まれる程に強く拳を握る。

「……なんで、なんでッ」

 アイツが死ななきゃいけない? いけなかった? 俺で良いだろ! 良かっただろ!

 慟哭する、むせび泣く。

 悔しかった、口惜しかった。

 何もできなかった自分が、繰り返した自分が、悔しくて、口惜しくて、許せなかった。

 何が最巧傑作だ。肩書きだけで何の役にも立っちゃいない。姉さんから光を奪い、今度は静菜から世界を奪った。最悪だ。

「どうしたのだ、御影? 傷が痛むのかの?」

 首を横に振る。傷の痛みなど、どうでも良い。それよりも泣きたい。大声で世界を罵りたい。行き場のない感情を、何処かに叩き付けたい。

「む、では何故(なにゆえ)泣いておるのだ? 御影は男の子なのだから泣いては駄目だよ」

 だって、理不尽じゃないか。静菜は生贄として育って来たんだぞ? 殺される事を前提に生きて来たんだぞ? 悲しいじゃないか、そんなの。

 俺は生まれてから十四年間、《鵺》として暮らしていた。一般的な幸せからは遠かったと言う自覚はあるが、その時ですら兄弟達が居てくれて、それなりに幸せだった。

 それに、この五年、御影の家に引き取られてからは更に楽しんで暮せた。毎日バカやって、楽しく、可笑しく暮らしてこれた。

 殺す技術を持つ俺が、だ。

 殺した事がある俺が、だ。

 そんな俺が楽しんで暮せたなら静菜はもっと、もっと楽しんで、幸せになって良いはずだ。

「……もしかして、御影はわし――で、なくて親しい娘が死んだことが悲しいのかの?」

 頷く。アイツは、もっと生きて楽しむべきだった。絶対に。俺なんかほっといて逃げれば良かったんだ。

「も、もしかして……もしかして、だよ? み、御影は、その娘の事を()いておったのかの?」

 俺が、静菜を? は、そうだな。もしかしたら――


「………………………………………はい、待った」


 頭痛をこらえながら、勢い良く音源、右側を向き、マウスクロー。期待に目を輝かせる白い奴のほっぺを、ぐに、っと掴んでタコの様な口に。

「そこで、何を、してますか、この、悪霊」

「……ふぃ(ちっ)、きずふぃふぉっふぉふぁ(気付きおったか)」

 うわ、舌打ちしたよ、この白い悪霊。このまま除霊してやろうか?

「ふぉふぇ(ほれ)、ふぁふぁすのふぁよ(放すのだよ)、みふぁげ(御影)」

「……」

 どこの毛だよ『みふぁげ』って? ぐにぐにぐに。何となく腹が立ったので頬を挟んだ右手を動かしてみる。あ、結構柔らかい。

「ふ、ふぁーっ!」

「威嚇するな。放してやるが事情は説明しろよ? 何でお前が生きてるのか、とか」

 コクコクコク。三回首が振られたのは縦。それを見て、手を放してやると――

「痛いではないか、この空けっ!」

「っぐぁ!」

 ハイキック。爪先がこめかみに突き刺さり、ぐり~ん、と身体が強制的に回転させられる。……何で着物でハイキックが出来るんだ、この不思議生物?

「全く、これだから御影は! 感動の再会なのだからの、もう少し雰囲気と言うものに気を使うものだよ」

 スイマセン、静菜ちゃん。再会していきなりですが、アナタのハイキックのお陰でまた別れる事になりそうです。

 キズクチからは特に脳に対する攻撃を受けて無いはずなのに、脳が痛い。グラグラする。

「ほれ、何時までそうしておるのだ? はよぅ起きるのだよ」

「……」

 オニか。お前は。視線に込めるそんな気持ち。

「事情は知りたくないのかの? わしが生きてる理由とか」

「あー……是非説明してくれ」

 普通、人間、胸まで剣が喰い込んだらちゃんと死ななきゃいけない。なのに静菜はピンピンしている。俺の方が明らかに重症だ。……や、俺の手が突然変異起こして幽霊触れる様になって無い事が前提だけど。

「簡単だよ、わしがの、御影側の異端者では無くキズクチ側の異端者だと言うことだよ」

 無言。やや自嘲気味に語る静菜にどうぞ、と先を促す。

「わしはの、御影。不死の異端者だよ。キズクチが肉を食べて傷を癒す様に――」

 すっ、と伸ばされた手が握ったのは果物ナイフ。そのまま、躊躇せずに、白い肌に、すっ、と赤い線を引く。

「って、何やってんだ!」

「騒ぐでないよ、御影。大人しく見ておるのだよ」

 次に取り出したのは、雪――では無く砕かれた氷。それを傷に静菜が宛がい。

「……成程」

 静菜の言う事が理解できた。

 消えた傷、消えた氷。まるでキズクチが肉を食って治す様に傷を消す静菜。

雪身同体(せつしんどうたい)。雪を己の身体とし、己の身体を雪とする体質だよ。この身体はの、文字通り雪で出来ているのだよ。――……さて、どうかの、人間? 驚いたかの?」

 見下す目線、俺を生物としての下位に位置付けた視線。そして、僅かに、脅えを含んだ視線。は、これはこれは……随分と可愛らしいじゃないですか?

「二番煎じともなるとインパクトが薄いな、お嬢さん?」

 明るく、茶化すような声音。何をびびってんのかね、コイツは? この程度で俺がお前をバケモノ扱いすると思ってんのか? ……は、俺はキズクチと強敵と書いて友と呼ぶ仲だぞ? その程度でびびるか。

「……御影……」

「……んぁ?」

「怖くは、無いのか?」

「何だ? びびらせる事が目的だったのか? なら鼻からスギ花粉吸引して見せてくれ、くしゃみせずに」

 思いっ切りびびるから。そして思いっ切り引いてやるから。

 軽口を叩きながら、静菜に背を向ける様にベッドの左側から起き上がる。

「……」

 やばいね、まずいね。、やばいね。唇が歪む。本気の本気で笑えてくる。良いとこあるじゃないか、神様。

 嬉しい。湧き出てくるその感情が恥ずかしい。それでも、静菜が生きていてくれるってのが堪らなく嬉しい。

「さて、とカルテ、カルテ~っと」

 照れ隠しのついでに、入院した時のルーチンワークを開始。

「? 御影、何を探しておるのだ?」

「ん~あ、あった! コレだ、コレ」

 言って、静菜に見せるのは一枚のクリップボード。毎回目が覚めると直ぐに脱走する不良患者に対する院長の苦肉の策。診断結果と請求額を纏めた紙の挟まったクリップボード。

 それに目を通して、


『病名・馬鹿、死んでも治らない不治の病。

 虎気(こき)が無ければ死んでたぞ、この悪ガキが。その異端の技術に感謝しておけ。右手の方は三日は動かすな、他は好きにしろ。代金はクーポン十五枚。

                   追伸・葛八(くずは)が会いたがってたからそのまま寝てろ』


 驚愕。何てこった。俺は不治の病に侵されていたらしい。

「ふむ、事実だよ」

 その通りだよ、と頷く白い奴。ウルサイヨ。

 ま、正直、そっちの不治の病の方はさほど困りそうに無いから良い。最後の一文も見なかった事にするから良い。問題は、右手と治療費だ。

 三日も動かせないのは色々と厳しいし、十五枚は高いと思う。と、言うかそんなに残ってなかったと思う。

「あ、やっぱりだ。十一枚足んない」

 机に戻し、カルテを捲ってみると、そこには手描きのウサギさんとクマさんが可愛らしい手製のクーポン券が四枚あった。通称、桜崎クーポン。

「それは?」

「俺、さ……公園のハトって食って良いのか真剣に考える時が有るんだ。――……そんな十郎君の為に創られたこのクーポン! 桜崎病院の仕事を手伝うと貰え、治療費の代わりになる優れものです!」

「ほぅ。その、なんだ……御影?」

「……何も、言うな」

 同情した様な口調の静菜ちゃん。同情するならメシ食わせろ。

 因みに、このクーポン一枚約十万相当、この前ネットオークションに出てた。どうやら俺専用だったのが好評で正式に制度として取り入れられたらしい。

 さて、どうしたものか。まともに払う事など俺に出来る分けが無いのは明らかな金額である。どこかに一枚位落ちていないかと、周囲を見回してみたところ――

「……」

 千羽鶴が目に入った。何故か全部が黒い折鶴だ。呪われそうだと思うのは俺だけでは無いだろう……って、違う! コイツ黒い鶴かと思ったら全身にメッセージ書かれてる!

 耳の無い法一さんも真っ青な折鶴を良く見てみれば『十くんが早く良くなりますように』とのお言葉が丸っこくて可愛い字で全身に書かれていた。これは、もう、なんか……ごめんよ、折鶴。俺のせいでこんな不気味な姿に。

「それならの、先程、桜崎が持って来たのだよ、弟思いの良い姉だよ」

「……弟に言わせれば弟思い過ぎて怖いんだよ」

 眼が見えないのに器用なものだ。

「そういや今日、何日だ?」

 妙な感心をしながら、静菜に尋ねる。どうにも腹が減っている。点滴を打たれていない事からそこまでの時間は経っていない事は分かるが、俺はどれ位ダウンしていたんだろう? そして、その間、付きっ切りでいてくれたとしたら静菜はどれ位、俺の傍らに居てくれたのだろう?

「葉月の五日だよ。御影とわしが出会ってからはまる二日と言ったところだよ」

 成程、それ程長い間ではないが――そんだけ経ってんなら腹も減るはずだ。元気もなくなるはずだ。そして良くそんな短時間であのケガをここまで治したな、凄いぞ俺。いや、どっちかと言えば桜崎病院?

「……帰りにラーメン食ってこ」

 あ、駄目だ。財布がまだ空だ。仕方ないここの冷蔵庫から何か拝借していこう。

 そうと決まれば行動開始。左手でどうにか読める程度に『残りはツケで』とカルテに書き込み、冷蔵庫の中身を想像する。この際贅沢は言わない。キャベツとマヨネーズで十分です。

「うん、まぁ、読める? よな?」

 正直微妙なラインの仕上がりだが、まぁ良いや。待ってろキャベツ。今すぐお前の瑞々しいその肢体に(かぶ)り付いてやるよ。

「で、お前は何しに来たんだ?」

 はやる気持ちを抑えながらのそんな何でも無い様な問。だが、この質問は俺にとっては何でも無い様なものでも、白い奴にとってはそうでは無かったらしい。

「……う、む」

 言葉を濁し、目を伏せる静菜。何かを言おうと口を開きかけ、閉じる。その動作を繰り返す事、数回。吹き込む生暖かい風がカーテンと静菜の長髪を勢い良く煽り――

「それなのだがの、礼と……別れを告げに来たよ」

 目の前の少女は言い難そうにそんな事を言った。

「助けてくれて有難う。そんなケガをしてまで助けてくれた御影のことは忘れぬよ」

 重ね、固く握られた拳を、そのか細い声を震わせ静菜が言う。

「わしは、もう……村に帰るからの、すまぬが恩は返せぬ」

 俺でも分かる真っ赤な嘘を、泣きそうな声で、言う。

「……」

 あぁ、滑稽だ。

 戻れる分けが、無い。

 受け入れられる分けが、無い。

 静菜の村の事は詳しくしらない。だが、簡単な推察なら俺にも出来る。

 生贄を続けて居た様な村だ。正常なはずが無い。

 静菜の喋り方に加え、兵団が見過ごしてきた様な村だ。隔離されているのだろう。

 つまり、村の基準は正常で無く、外界から隔離されているので何をされても表に出ず、問題にならない。

 ほら、戻れるわけが無い。生贄として差し出された静菜が戻って受け入れられる分けが無い。存続の為に差し出した生贄、それが戻ってきたら、それは即ち――

 村を守る、守っていたバケモノとの契約終了の証だ。

 受け入れられる分けが無い。もう一度、同族として迎えて貰えるわけがない。

「……」

 さて、どうする御影十郎? 恩返しが出来ないと項垂れる少女にどう言う対応を取る、御影十郎? 恐らくこの後、誰にも頼れずに不慣れな“こっち”の世界で生きて行く少女に何と声をかける、御影十郎?

「は、」

 決まってる、簡単だ。恩が有るのはこっちもだ。命がけで助けて貰ったのは俺だ。

 だから、だからこれはそんなんじゃない。守るとか助けるとかそう言うものじゃない。

「……静菜」

「む? どうかしたかの、御影」

「最後に恩を返して行け」

「それは、構わぬが……」

 良し、良い子だ。良い返事だ。戸惑い気味ながらも返されたその回答に満足気に口角を持ち上げながら続ける。

「何、簡単だ。ポスターの作成とそれを貼ってくれるだけで良い。ほら、この手じゃちょっと……な?」

「まぁ、確かにの」

 静菜が視線を向けるのは絶対安静を言い渡され、包帯で巻かれた俺の右腕。

「内容は……そうだな~『当方、右手が暫く使えません。その間だけでも世話をしてくれる人募集!』って感じで頼む」

「え?」

 驚いたような声、まん丸に見開かれた瞳。そしてしばらしの()、空欄、ブランク。

 自分で言ったその言葉が恥ずかし過ぎてジワジワと蝕み出した頃、

「……御、影?」

 ようやく静菜が俺の言わんとする事を汲み取り俺を見つめて来た。

「ん? 何でお前は涙で瞳をこんもりさせてるんだ? あ、給料は要相談って書――」

「御影~っ!」

「痛い! 痛いって抱きつくな! 俺ケガ人! しかも重傷に分類されるケガ人!」

 ぎゅうぎゅう、ぎりぎり、白い奴に抱き締められる。まぁ、アレだ。三からの報酬にキズクチの賞金も出るだろうし、きっと二人分の生活費位なら何とかなっ――

「こうまで予想通りだとほんに可愛いの、御影は!」

「……」

 …………ホワッツ? 何と言いましたか? この小娘は? 予想通り?

「凄いの、桜崎は。こう言えば御影はわしの保護を申し出ると言うておったが……本当に成ったよ」

 むふふ~と抱きついたまま見上げてくるのは、悪い笑み。あぁ、何か、オチが見えてきた。姉さん舐めてた、俺。

「静菜、質問。俺が言い出さなかったらどうする気だった?」

「む? 院長殿がの『娘に成らないか?』と、言うてくれておったよ? まぁ、だがその必要は無さそうだよ、宜しく頼むよ、御影」

「……却下。訂正。やっぱ俺、一人で平気」

「聞こえぬよ。さぁ、そうと決まれば案内するのだよ、御影! ぬしの家に!」

 ぱっ、と離れてくるっとターン。

 月光を浴び、静菜の白い髪が銀光の軌跡を俺の目に残して――それに負けない輝く様な笑顔。受けて、自然頬が緩むのを感じた。

 そんな感じに病院の廊下で有るにもかかわらずはしゃぎ回り、ついでに愛嬌を振り撒く静菜を見て決意を二つ。

「ほれ、御影! 何をグズグズしておるのだ、はよう来るのだよ!」

 こんだけ喜んでるなら……まぁ、良いか。難しい事は後で考えるとして成る様に成りやがれ、ファッキンジャップ! と言う諦めの決意。そして――


 もう絶対に行き倒れの白い奴は助けない! と、言う人生の指針たる決意を俺は胸に抱いたのだった、まる。


    ■□■□■□


 ハッピーエンドには、未だ遠い。


 気が付いた。

 だから静菜に我が家の地図とカギを渡し、さっそく着替えを取りに行ってもらった。

 本来なら目が覚めたら退院するのが常の行動パターンなのだが、着替えを取りに行くと言う名目で静菜を遠ざけ、桜崎病院の人気の無い、見晴らしのいい中庭のベンチに移動した。

 仰ぐ様に空を見て星を眺めながら待つ事、三分弱。

「出て来い。生憎と本調子じゃないんでね、夜風にはあまり当たりたく無いんだよ」

 一向に反応が無いので、こちらからファーストアプローチを。

「……気が付いていたのですか、流石。と、言うべきなのでしょうか?」

 投げかけた先、暗闇から現れたのは、明るい金髪の小柄な少女。一瞬言葉を失う程に可愛らしい姿、それに相応しい柔らかい声の白いローブを纏った少女。

 この時間帯に外を出歩いていたら間違い無く補導される年齢だが――お仲間だ。さして問題も無く一般の警官位やり過ごせるのだろう。

「本当に感心してるなら言ってくれ、そうで無いなら言わないで良い」

「では、言いません。……寧ろ気付くのが遅い位ですし」

 ……本音が零れ落ちてますよ、お嬢さん?

 外見通りの内面では無さそうだ。初対面の人間に暴言を浴びせれる位には良い性格してるらしい。

「で、兵団さん、キズクチはどうなってる?」

「キズクチはこの付近の支部に護送しました。生首の状態で」

「それはそれは――」

 もう二度と出て来ないように厳重に管理しといて下さい。あのバケモノ。

「さて、自己紹介がまだでしたね。わたしはセリアーナ・ウェルウィ、お察しの通り兵団でシスターをやってます。どうぞ気軽にセリア様、とお呼び下さい」

 優雅に瞼を綴じ、ふわりとスカートの端を摘まんでの可憐な礼。……と、言うか気軽でそれなんだ。気軽で『様』付けなんだ。

「で、セリア様、俺に何のご用でしょう? キズクチの賞金でも持って来てくれたんですか?」

 予想はできている。だが、あえて正解(ストライク)に投げずに的外れな質問を(ボール球を)。

「……役者ですね、ジュウロウ? 賞金はいずれ貴方の口座に振り込まれます。わたしがここに来たのは血族異端について、です」

「は、」

 やっぱりか。何とも仕事熱心じゃないですか、セリアちゃん?

 兵団の掲げる正義。その中の一つに、血族異端は問答無用で狩ると言うものがある。後天的で無く、先天的にその身に宿った異端。成程、絶好の獲物だ。血族異端を一言で表せば『異常さ、ここに極まれり』って奴だしな。

 ソレを狩る事で大義名分、自分達が異端の知識と技術を学ぶ事への言い訳も立つ。

 つまり、セリアが今、ここに居る理由は――

「担当直入に言います。キサラギセイナを始末させて下さい」

 と、言うモノだ。

「……何の罪も無いのにか?」

「――……血に、罪があります」

 は、良く言う。それこそ無罪だろうが。思わず鉤爪を象りそうになる両手を理性で制御。未だだ、未だ実力行使に移す段階ではない。それに、このシスターさんは……浮いている。

 兵団の考えに染まりきれていない。先程、明らかな戸惑いが有った。

「どうしますか、ジュウロウ? わたしを……殺しますか?」

 頭の良い子だ。優しい子だ。静菜を殺したくは無い。だが、見つけた以上、自分が兵団である以上、殺さなければ成らない。

 その葛藤からくるこの質問。罪の無い者にナイフを向ける以上、自分にナイフを向けられる覚悟も持つ。本当に良い子だ。その考え方であの正義集団にいる事はさぞかし大変なんだろうね。そんな彼女の問に対する俺の答えは――

「いいや」

 ノー。殺せばどうなる? 次が来るだけだ。だったら、未だセリアの方が話が通じる分だけマシ。だから、その選択肢は無い。

「知ってたか、セリア?」

「? 何を、ですか?」

 だから、代わりに良い事を教えてやる。

「当代の《鵺》の十番目はな、絵に描いた様な少年漫画の主人公タイプ――熱血バトルマニアらしいぞ? あれだ『俺は強い奴と戦いたい!』って奴」

「……ミワから聞いた印象と随分違いますね。甲斐性貯金やる気に覇気、次いでのおまけに前向きな姿勢、全部纏めて無し。有るのは食欲だけだと聞いてますが?」

 あの行き遅れ眼鏡め。タンスの角に小指強打したらえぇ。

「実際、わたしも見て『あぁ、その通りだな』と、思いましたし」

 天使の様に、にっこり、笑顔。

 この金髪シスターめ、浴びてたシャワーが突然冷水になったらえぇ。

「で、その使い古されたタイプの性格の持ち主がどうかしたんですか?」

「……乗ってくれるのか?」

「女の子に乗るとか言わないで下さい、いやらしいです」

 や、いやらしく捉えたお前がいやらしいよ?

「その十番目な、何でもキズクチと勝手にやり合って退(しりぞ)けたらしいぞ? 何の目的も無く、その性格から勝手に戦って、な」

「……発見して、その性格が災いして行き成り襲い掛かった、と? そこには何の理由も――例えばキズクチが追っていた少女の影は無かった、と?」

「あぁ、強いと見れば戦わずにいられない体質らしいしな、別におかしくないだろ?」

「いえ、それをおかしいと思えないのは脳に欠陥を抱えたジュウロウ位です。貴方はセイナを逃がす為に戦っ――」

 何か言おうとするセリアの唇に人差し指を当て、彼女の空の様に澄んだ青い瞳に自分の瞳を合わせる。

 大きく、軽く、息を吸い込み――


「真実なんてどうでも良い。『茶番に付き合え』俺はそう言ってるんだよ。セリアーナ」


 カードを切った。

「……」

 沈黙。驚いた様に瞳が大きくなり、何かを探る様に俺の目を奥深くまで覗き込む。

「主は言いました。『真実を捻じ曲げる者は道化以外の何者でも無い、もっとも愚かで恥ずべき行為だ』……と」

「その主に教えてやれ。『人生を楽しく生きるにはたまに道化にでもならなきゃ、やってらんねー』ってな」

 暫し、間。俺とセリアは互いに互いの心理と真意を伺い合い――


「……わかりました。『わたしは何も見ていない』。たまには道化を演じるのも一興です」

「そうしてくれると俺も熱血バトルマニアを演じる気になれる」


 三文芝居の舞台に、上がった。


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