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第五章 鵺は真夏の地下通路で影の真似をする

 ――人間には無駄が多い。だからこそ人間には無限の可能性があるんだよ、十


 昔、兄の一人に言われたこの言葉。

 成程、道理だ。無駄が多く、完成しないからこそ産まれる可能性。

 例えばナイフに人間並みの思考を与えても人間ほどの可能性は生まれない。ナイフは最早一つの到達地点に達し、無駄が無いから、可能性が産まれる遊びが無いから、産まれない。

 ――でも、それが良い!

 幼い自分が返したその言葉。今も変わらずに辿り着くその結論。

 無限だか何だか知らないが、可能性などと言う不確かなモノに何を託す? そんなモノに託す位ならば、俺には未だやれる事がある。だから――

 特化しろ。

 己の成したい事の為に、己の成したい事だけの為に。

 特化しろ、特化しろ。

 痩せ細る様に余裕と呼ばれる無駄を剃り落とし、可能性と言う名の多様性を放棄しろ。

 特化しろ、特化しろ、特化しろ。

 たった一つの用途を行う道具と化す為に思考に指向と嗜好を与えろ。


 即ち――


 殺せ/殺す 蹂躙しろ/蹂躙する 強奪しろ/強奪する

 眼前のモノを殺せ。生を蹂躙しろ。命を強奪しろ。

「――ほぉぅ~……良いね。いや、最高だ、ヒーロー? 完全にスイッチオン、思考と嗜好、双方共におっさん好みの好青年に変貌を遂げた見たいですね?」

 ケタけたケタ、ケラけらケラ。聞くな、応じるな、対話をするな。

 これより、この身は異端狩りの為だけに作成された殺異道具。

 狩る為に特化した肉体、狩る為に特化した精神。

 模す、真似る、模倣する。

 吐き出された熱く、白い息を散らすように身体を沈め、逆手でナイフを握る。鉤爪を模した右手と両足を地面に着け前傾姿勢の三足歩行。

 地に触れた右手から駆け上がる激痛に心地良さすら感じながら真似るは人外、模すは獣。

「……――なるへそ、読めた。繋がったぜ、見切ったぜ、ヒーロー。いや、久々だ。ソイツを見るのは、ソイツが使える奴と()り合うのは……本当に久々だ」

 始めてみるその光景。ゆっくり、柳が風に靡く様な柔らかさでキズクチが動き、構える。

 左半身、撓る刀身を右手に握り、身体で隠すように背後に流しキズクチが柔らかく構える。

 関係無い。構えようが、構えまいが、最早関係ない。

 身体の中心から供給される熱に身を任せ、思考を氷海に投げ込む。そして――

「ヒーロー、お前、《鵺》だろう?」

 スタートの、合図を聞いた。

 走る/駆け抜ける/疾走する

 蜥蜴(とかげ)の様に低く、ただ、低く。キズクチの膝より下に自身の世界を限定し、その世界の中を三足歩行で駆け抜ける。

 足で地面を蹴る、自身を前に跳ばす。

 速く、速く、速く。出せる最高速でもって地を駆ける。

 右の五指が地面に刺さる。バランスを取り、方向を決定づける。

 痛み、痛み、激痛。固まり掛けの傷口が再度開かれ、生暖かい液体が指を伝い床に付着。

 シャォォオン、と泣き声。聞きなれた鳴き声。

 嘶く光刃、それは闇をも裂くかもしれない。だが、闇は裂けても――影には届かない。

 滑る。限られた高さに区切った自身の世界の中を、滑る。

 それは決して速くない。キズクチの予想できる俺の速さの中の速さ。だから、その動きだけは丁寧に、馬鹿みたいに丁寧に体躯を操る。

 腕を伸ばし/地面を掴み/身体を引き寄せ/刹那の間に世界を拡張

 剣の下を潜り、剣の上から現れる。

 それは、教本の様な回避運動。ここしかないと言う位置で、ここしかないと言うタイミングを以って、これしか有り得ないと言う動きを用いた一切の無駄が無い回避運動。

 避けた刃は俺の髪すら散らせない。

 避けた刃など最早彼方後方。

 間合いは近距離、俺とキズクチ、第壱種異端者にのみ許された戦場、そして――

 ここまで近ければ剣よりナイフの勝る戦場、即ち俺の戦場!

「ふっ!」

 鋭く吐き出す呼吸に乗せ、左手のナイフを振り抜く、射抜く。下から上へ、起き上がる際の反動そのままに狙ったのは、キズクチの首。

 ぱしゅ、とやけに軽い音に遅れ、噴水の様に鮮血が噴き出す。小さな傷だが上手く動脈を切ったらしい。

 赤い血と暗い地下通路、黒と赤のコントラストの中でキズクチと俺の視線が間近で絡み合う。

 俺の瞳にキズクチが映り、サングラス越しのキズクチの瞳に俺が映る。

 俺はキズクチを斬った、キズクチは俺に斬られた。

 対に成る様なこの関係。だが、互いの瞳は同様に物語る。


 ――だからどうした?


「は、」

 斬った俺は斬ったから何だ? という思いから。

「くははっ!」

 斬られたキズクチは斬られたから何だ? という思いから。

 瞳を交差させ、軽い笑いと共に擦れ違った。

 ったーん、と通路に足音を反響させ、急停止。

 音が高らかに響き続ける中、ゆっくり振り返る。キズクチがコートの中から肉を取り出し、首に宛がっているのが見えた。くちゃくちゃと咀嚼音。全く、何時の間にコートにそんなもんを仕込んだんだ?

「速い、いや――巧いじゃないですか、ヒーロー? 流石は《鵺》と褒める所ですかね?」

 けたケタけた。もう傷が治ったらしい。本当に羨ましい体質だ。こちとら、ボロボロの身体を酷使して自身の持てる最高技術で以ってあの傷を付けたと言うのに……。

 確認の為、右手を軽く動かす。激痛。

 (ましら)の応用で名を影歩(えいほ)。赤に(まみ)れ、ボロキレに成ったこの右手を極限まで酷使する歩法であり、俺が先程切った切り札。

 万全の状態でも使用を控える技術だ。正直この手で使うのは遠慮したい。でも、けれども、効果はあった。

 だからこれから先、この手でその札を切り続けなければ成らない。この赤い手で……。

「……は、」

 だから、どうした。

 もう一度心の中で繰り返すこの言葉。

 俺は許せない。静菜を笑ったキズクチを許せない。

 理由はそれだけ、ただそれだけ。完全な個人の感情でもってキズクチに対する八つ当たり。

 でも、けど、俺みたいなもんにはそれ位の小さい理由で向う方が性に合っている気がする。

 迷い躊躇い一切無し。誰かを守ったり助けたりするのではなく、八つ当たりの為に腰を落とし、右手をゆっくり地面に着け、構えは再度三足歩行、構えは影歩。そして――


「――灰は、灰に。塵は……塵に。お前……はただ、の肉塊にな、りやがれ……キズ、クチ」


 途切れ途切れの呼吸に混ぜるようにして挑発の言葉を口にした。


    ■□■□■□


 倉坂駅周辺の地下通路入り口。――そこに、辿り付ける者は限られていた。

 ヒトの街で有りながら、ヒトを選ぶその空間。街中に出来たその空白にて――

 一人の少女が瞳を優しげに伏せ、その光景を見る。

「……」

 少女の名はセリアーナ・ウェルウィ。分類されるのは第弐種(遠距離型)知識異端。

 彼女は見る。その身に宿した異端の知識の結晶、第五元素(エーテル)器官を、不可視の眼球を用いて薄汚れた地下通路の内部を。

「どういう、ことですかミワ?」

 そして、今、その天使の様な可愛らしい顔には驚きの色が浮かんでいた。

 彼女が見ている光景は御影十郎とキズクチ、二人の殺し合い。第壱種異端者どうしの喰らい合い。確かに表側では驚愕に値する光景だが裏側、異端者の間ではそこまで驚く事でも無い光景。現に、兵団に属するセリアはもう何度も異端者同士の殺し合いを見ている。

 だが、今、彼女はどうしても驚かずには居られなかった。それは――

「……主語抜いて話さないでよ……って言いたい所だけど、まぁ私も聞きたいわよ『どういうこと』って、ね」

「……これ、センパイも出来るんですか?」

 セリアと共にこの場に立つ残りの二人、月島三和と斎藤カンジも同じだった。

 特殊人為災害対策属す彼女達の仕事は一般人、即ち表側に暮らす人々に害をなす異端者を始末する事だ。

 つまり、今回の事件ほど彼女達の仕事に相応しいモノは無い。

 相手は異端者の中でも更に異端の食人鬼、キズクチ。

 始末する事に何らんも躊躇も抱く必要がない外道中の外道。

 だが、そんな相手まで数メートルと迫ったこの場所で彼女達は立ち尽くしていた。

 一つに、これから相手にするモノに対する恐怖から。

 玉の様に浮かぶ汗、真夏だと言うのに気を抜くと奥歯が鳴り出しそうな寒気。生物としての、弱者としての本能が告げる。――死ぬぞ、と。ここに居れば、ここより進めば死ぬぞ、と告げる。

 だが、繰り返そう。

 今回の相手ほど彼女達の仕事の対象として相応しいモノは居ない、と。

 恐怖は押し潰される。義務と言うなの重石と、プライドと言う鉄塊に。

 仕事である以上発生する義務と、誇りを持って当たっているからこそ存在するプライドが恐怖など塗りつぶす。これこそが人。本能を凌駕する思考を持つが故の人。

 だから、彼女達が立ち止まる本当の理由はもう一方――

「どういうことです、ミワ? 貴女達は、《鵺》とはキズクチ相手に戦える存在なのですか?」

 すっ、と音も無く瞳を開いたセリアの疑問だった。

「……」

 その問いに無言で応じる三和は、十郎が死んだとは思っていないし、思っていなかった。

 彼が逃亡に徹すれば、だだっ広いだけの荒野でもない限り追いつけるモノの方が少ないのだから、死んでいるとは思って居なかった。

 だが、戦っているとも思っていなかった。

「あの子は……何やってんのかしらね?」

 思わず漏れる半笑い。ソレは不可能なはずなのだ。御影十郎と月島三和の異端者の特性からしてキズクチと正面から向かい合う事は、不可能なはずなのだ。

 《鵺》と呼ばれる集団がある。否、あった。

 五年前に消滅したその集団に月島三和と御影十郎は所属していた。兄弟として、十一人居る当代の《鵺》の一員として所属していた。

 だからこそ、分かる。同じ技術異端、且つ同じ技術を修めた身として月島三和にはそれが不可能だとわかる。

 《鵺》は決して弱くない。寧ろ《鵺》の名は裏の世界では有名だ。知名度ではキズクチと兵団に引けを取っていない――つまり、異端者達の間では一般常識とされる位に有名だ。

 だが『だからキズクチと正面から互角に戦えるか?』と、問われたら、答えはノー。

 第壱種(近接型)に分類されるとは言え、彼らの得意とするのは暗殺。

 そう、猿の顔、狸の胴、手足は虎、尾は蛇と言う異端の獣、鵺の名を冠する事から貫殺・(ましら)、貫殺・(むじな)、貫殺・蛇、そして虎気(こき)の四つを扱う彼ら《鵺》は異端者専門の暗殺集団だった。

 土台を整え、準備を整え、不意を突く。

 闇に紛れ、光を目眩ましに、虚を突く。

 それらを主体にする《鵺》と、単独で正面からの戦闘を主体とするキズクチでは強さの種類が違う。

 そして、今回、運命の名を冠する天秤が傾いたのはキズクチの側。自分の領域に持ち込んでも勝てるか危うい相手であるキズクチに対し、用意された舞台までもがキズクチの側。

 敵う分けがない。兄弟の中でもそれ程強くない末弟が敵う分けが、戦い続けられる訳がない。月島三和はそう思っていた。

 だが、戦っている。戦い続けている。

 末の弟は日の届かぬ薄暗い地下通路で今、全力で生きている。

「……ふぅ~ん……『おかえり』で良いのかしらね、十?」

「ミワ?」

「センパイ?」

 思わず三和の口角が持ち上がる。

 その事実が、ある事件から周囲に流され続けて来た彼が久々に感情で行動しているが嬉しくて、月島三和は思わず微笑んでしまう。だが――その微笑みは続かない。

「セリア、カンジ、十が時間稼いでる間にどうにか次の一手を考えるわよ」

「……見捨てる。そう言う、事ですねミワ?」

 一気に空気を変える、引き締める一言。

 勝てない。戦えても、御影十郎はキズクチに絶対に勝てないのだ。

 問題の一つに、スタミナ。不死であるキズクチと、血脈異端でも無い技術異端である十郎にはスタミナに、生命力に差が有り過ぎる。

 どれほど十郎がキズクチを傷付け様が、キズクチには大したダメージにならない。それに対して、十郎の方はその度に体力を使う事になる。更に、十郎にはキズクチの攻撃が確実に効くのだ。

 ワンサイドゲーム。穴の開いた柄杓(ひしゃく)を使ってバケツの水を空にする様な作業。御影十郎とキズクチの戦いとはそう言うものだ。

 だから、三和は考える。

 弟が決め手とならない以上、自身がその決め手を打たねば成らないから。

 三和には、いや、カンジにもセリアにもプライドがある。表に害をなす異端者を狩る異端者であると言うプライドが。

 一方的に自身の正義(ルール)を押し付ける存在。そう認識され、事実、そうである兵団と特殊人為災害対策課は異端者の間では忌諱される存在だ。

 だが、彼女達はそんな仕事に誇りを持っている。その正義で救われる人が、ものがある以上、立派な仕事だと考えているから。

 故に、彼女達はキズクチの様に裏表を関係無く飛び回る存在を野放しにはしておけない。

 故に、彼女達はキズクチをここで無力化しなければならない。


 ――そこに、どんな犠牲を払っても。


 そう、故に、彼女達は考慮しない。

 御影十郎が時間を稼いだ結果、どうなるかと言う事を、考慮しない。

 生きようが、死のうが、構わない。欲しいのはキズクチを無力化できたと言う結果のみ。

 『結果として助かれば儲けもの』。それが彼女達の御影十郎の安否に対する考えだ。

 だが――


「すまぬがの、少しどいて欲しいのだよ? わしはこの奥に居る(うつ)け共に用があるからの」


 彼女は、違った。


    ■□■□■□


 切り結ぶ事、数回。

 その度にキズクチは新たな口を持ち、その度に俺の体力が削られる中で――

「ん~妙だ、やっぱり妙ですよ? ヒーロー」

 胸に出来た口に肉を食わせながらしみじみ、と言った口調でキズクチがそんな事を言い出した。何が妙なんだ? お前の体質がか? だとしたら漸く気が付いてくれて嬉しいよ。かなり深く突き刺して振り抜いたにも関わらず、あっさり傷を塞げるその体質は異常すぎる。

「良いかいヒーロー。おっさんは《鵺》とやりあうのは始めてじゃないんですよ。ヒーローの先代や、先々代、更に前、それとヒーローの同世代、確か三番と五番だったかな? まぁ、兎に角一通りやりあった事があるのですよ。お、びびりました? おっさんは伊達に二百年以上生きてないんです!」

 残念。キズクチが引っ掛かりを覚えたのは自身の身体で無く、俺の事らしい。頼むから不思議に思ってくれ、その不思議ボディ。

 と、言うか三はコイツとやり合ってたのか? なのに何のアドバイスも無しと言うのは(いささ)かどうかと思いますよ、三お姉ちゃん? お陰で俺の身体はボロボロだ。

 まぁ、三の事だ。下手な先入観を与えたくなかったのだろうとは思うが……。

「……それ…で……」

 結論付け、擦れ声で先を促す。

 喋って後悔。喋るだけで辛かった。呼吸が苦しい。身体中が悲鳴を上げてる。それに、今の所何とか食らい付いているがスタミナに差が在りすぎる。

 こっちは息も絶え絶え、タンポポの綿毛も吹き飛ばせるか微妙なラインだと言うのに、ケタケラ笑う眼前の異端者はフルマラソンに参加が出来そうな位元気だ。肉を食う際に体力の回復でもしてるのか? ゲームのキャラじゃないんだから勘弁して欲しい。

「あぁ、うん。その歴代の誰と比べてもヒーローは弱い。断言するなら、スペック最低! 速度は遅い、一撃は軽い! ――……でもなぁ~歴代で一番てこずってんのもヒーローなのです! なぁ、タネあるんだろ? 修学旅行の夜にやる『なぁ、お前の好きな子誰だよ?』みたいなノリでおっさんと嬉し恥ずかのトークを決め込もうぜ!」

 びっ、とサムズアップ、ついでウィンク。そんなキズクチの言葉に――

「は、」

 笑ってしまった。腹が引きつり、痛みが奔るが、ついつい笑ってしまった。

 まさか歴代最低とは……兄弟たちの中で身体スペックが最低だと言う事は知ってたが、まさか先代の中にも俺より弱い奴が居ないとはね、ショックだ。不貞寝したい。

「――簡単…だ……」

「お? 何? どんな秘密なんよ? アレだね、おっさん的希望としては少年漫画のノリでもって『静菜ちゃんに対する愛の力、言うなればラヴ・パワー』とかを希望します!」

 ねぇよ。そんなもん。有っても言わねぇよ、そんな恥ずかしいパワー。

「……だ」

「ん? 悪い、聞こえんかった。わんすもぁぷりーず、ヒーロー」

「……繰り……返……し……だ」

 才能が無いのは知っていた。上の兄弟達どころか、唯一の年下の妹にも俺の総合的な身体能力は及ばないんだから。

 遅い、軽い、ついでのおまけに覚えも悪い。

 他の兄弟が五回で十の結果を得る中で、唯一人、十回は繰り返さなければ覚えれなかった。……は、我が事ながら情けない。泣きたくなってきたよ。でも、それでも、だからこそ――

「……唯、繰り返した……だけ、だ……」

「はぁ? 繰り返し?」

 そう、只管(ひたすら)に繰り返した。

 例えば他の兄弟が五回で十の完成度を得たのなら、十五回は繰り返し、せめて十五の結果を得た。

 馬鹿みたいに繰り返した。一つの動作を最低でも万はこなした。

 兄弟達に片っ端から勝負を挑み実戦での勘を磨いた。毎回負けて、ボロボロにされても次の日にはまた挑んだ。

 才能が無いから出来た。プライドなんて無かったから繰り返せた。負けても挑めた。

「……速いのが…良いか?」

「んあ?」

 だったら九を紹介してやる。アイツは俺達の代では最速だ。

「……一撃の、重さが……重要か?」

「おい、ヒーロー?」

 だったら、五が一番だ。もう()り合ったらしいがな。

「それとも――才能、豊かなのが……お好み…か?」

「……」

 ならば妹の十一を紹介しましょうか、一番若いし、才能に溢れてるぞ。

「……で、ヒーローの評価はどんなんだ?」

 左半身、柳のように風を受け、右手に握った剣を身体で隠す。恐ろしいまでの自然体、されど恐ろしいまでの戦闘態勢。俺の様子を警戒する様にキズクチが再度構えを取る。

 それを見て自分の口角が持ち上がるのを理解した。俺は、笑っている。今、笑っている。

 自分が他の兄弟に勝っていると言えるのは僅かに一つ。繰り返し、繰り返したお陰で得たものは一つ。犬歯を見せ付ける様に不適に笑い告げる。


「最も、巧いと…書いて――最巧(さいこう)。兄弟達の……俺に対する、評価……だ……」


 己の誇り、己の全て、唯一の武器はこの磨きぬいた異端の技術だ、と。

 忘れるな、御影十郎。この身は技で異端と成った第壱種技術異端者。

 勘違いするな、御影十郎。この身に宿った武器は速さでも力でも才でもない。

 そう、キズクチ、お前が血の異端と言うなら、この身は技の異端。

 血が圧倒的な身体能力と潜在能力で迫る以上、それで競うなど愚の骨頂。技の異端であるのならば、技で勝負を掛ければ良い。技で凌駕すれば良い。

「ははっ! 良いね、最高ですよ、ヒーロー? 最高傑作でなく最巧(さいこう)傑作って分けですか? やーおっさん静菜ちゃん追っ掛けて来て大っ正解でしたね! ヒーローとこうして遊べるんですから!」

 ケラけらケラと、カラからカラと、耳障りな笑い声。

 どうやらキズクチは本気で俺との戦いを楽しんでいるらしい。俺との出会いが嬉しくて、楽しくて仕方がないらしい。……は、奇遇だな、キズクチ。珍しく同意見だ。

“悪かったよ、御影。恩返しは……出来そうに無いよ”

 浮かんだのは一人の少女。自己を犠牲に他者を優先できる少女。姉さんとの共通点は殆ど無いくせに、根本的な部分で重なる少女。そして、キズクチが『爆笑もの』と称した少女。

 怒りが、腹の底から込み上げて来る。

 俺もお前に会えて嬉しいよ。一切の躊躇も加減も無く八つ当たりしても全く良心が痛まない相手ってのは中々居ないもんだからな。

 奔る感情に身を任せ、地に右手を置き、走り出す。

 地を蹴る/地を掴む

 二つを同時に行う異端の技術、影歩を用い低く走り出し、速く駆け寄る。

 普通に走っても、兄弟の中で俺は八番目。身体の造りが人間である割りには中々の速度だが、異端者達の世界、眼前のキズクチの様に、身体の造りが人間では無い様な奴等が多い世界では果てしなく頼りない速度。だが――

「っ! 本当に厄介ですね、ヒーロー?」

 キズクチは影歩に対応出来ない。

 人間は慣れる生き物だ。

 キズクチを人間と呼ぶのには若干の抵抗があるが、奴も人の形をしている以上、慣れるのだろう。

 だから、対応できない。俺の動きに、影歩に、対応できない。

 有り得ない軌跡で迫る俺に対応できない。経験を積んでしまっているから予測してしまい対応できな――

「ですがね、攻めが単調になってますよ、ヒーロー? その技術の異常さは認めますがね、繰り返されれば対応策も浮かびます!」

 シャォン、と聞きなれた鳴き声。勢い良く振られ、撓ったキズクチの剣が斬ったのは俺――では無く、薄汚れた地下通路に張られたタイル。

「――っッ!」

 砕けたタイルが飛礫と化し腕に、体に突き刺さってくる。一瞬の躊躇、停滞。

「止まったね、ヒーロー? そんじゃついでに地獄辺りに堕ちてみましょう!」

 その一瞬を狙い澄ました様に放たれるのは地をなぞる様な水面蹴り。前に出したキズクチの右足が駒の足と化し、遠心力の乗った左が俺を刈り取ろうと迫ってくる。

 は、良いセンスだなクソ野郎。こう来たか、こう来たんですか? 『良くがんばりました』この評価をくれてやる。だがな『大変良くできました』はあげれない。

 地に触れた三本目の足、右腕。影歩の為のそれを使う。

 肘を折る/溜めを作る/弾く

 即席型。肩から先のタメだけで放った技法は貫殺・(むじな)……もどき。

 本来、敵に撃ち込む衝撃をタイルに撃ち込み、敵を貫く為の技で跳ぶ。

 迫る天井、見下ろせるキズクチ、そして俺を掴んで放さない重力。引かれ、当然の様に訪れる落下運動の中、

「上、ですか? 早い判断は流石です! でもね、それはミスですっ!」

 声と、斜めに払われた刃を見た。

 迫り/斬られ/死ぬ

 空中と言う無防備な状況では避けられるはずの無いその一撃を――

「って、アレ?」

 避ける。

 タネは単純、答えは簡単。天井を食い破る俺の三本目の足が、右手がその答え。

 影歩は影を真似たものだ。影が伸びるのは地面だけでは無い。壁にも伸びるし、天井にも伸びる。故に影歩は床も壁も天井も等価に扱う。

 それが、その応用力の高さこそが影歩の強さ。(むじな)と蛇にも発展形はあるが、これこそが俺が影歩を選んだ理由。他の発展形程の華は無く、習得も極めて困難な影歩を選んだ理由。

 ま、選んだのがこれで正解だったな。俺とキズクチでは戦うステージが違うのだ。ならば、相手のステージでなく、自分のステージで戦わなければならない。その為に、正面から暗殺する為に、不意を、虚を突くのにこれ程適した技術を、俺は知らない。

「……ミ、スは、お前み、たいだな……キズクチ?」

 蝙蝠の様に両足を天井に着ける。そのまま骨が軋むほどに強く天井を掴み、体を引き寄せ、バネを溜め――跳んだ。

 天井から床への跳躍。、その過程、左手で逆手に握った相棒で切り裂こうと落ちる最中――


「抉ってやると()いのだよ、御影」


 声が聞こえた/歯車が噛み合った

 瞬時の、刹那の、コンマの判断。

 キズクチに到達する迄の僅かな間、相棒を放棄し、左手で象る。鉤爪を、貫殺の型の一つ、(ましら)を、象る。

「がッ――っヅ!!!」

 喰い込み、減り込み、()ぎ、抉る。

 突き刺さった五指に這う様に肉が纏わり付き、キズクチの顔面に五本の溝を、縦に走る細長い口を造り出す。

 着地/同時/跳躍

 後方に、声のした方向に勢い良く跳び下がり、肉の纏わり付いた左手を振るう、結果。

 ちゃっ、と何か柔らかかく、且つ、湿り気を帯びたモノが俺の指から汚らしい地下通路のタイルに叩き付けられた。

「くははっ! くははははははっ! ――……ランキング更新のお知らせです、ヒーローっ! 番外。ヒーローはもう順位なんてもんを飛び越えました! アレです、強敵と書いて友と呼び合う様な――言うなればライバル? 見たいな感じになりました!」

 そのまま視界を上げて、見るのは一人の異端者。顔面に、新たに出来た口に肉を食わせているバケモノ。

「まさかその歩法ををそこまで使いこなせるとは、おっさん素直にびっくりだ。今まで戦った奴にはソレの真似事すら出来ない奴の方が多かったんだぜ? それに加え――その判断の速度は流石です!」

 狂った様に笑い続けるキズクチ。その声音が、低く、重く沈み込み――


「そう、思いませんか、静菜ちゃん?」


 俺の背後に向かって投げられた。


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