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第十一章 キズクチは俺の背中で楽しげに笑う

 ハッピーエンドには、未だ遠い。


 静菜ちゃんとヒーローのラヴシーン。

 それを機に運ばれる静菜ちゃんと、意識を断つヒーロー。

 無理も無い、と思わず笑う。

 兵団の放つ雷毒(らいどく)を大量に喰らって、おまけのついでに気魄だけで兵団をビビらせると言う大技だ、そりゃそんだけ、はしゃげばそーなるに決まってますよ、ヒーロー?

「うむ。相も変わらずヒーローしてますね、ヒーロー?」

 とても良いモノが見れた。とても面白いモノが見れた。

 弱くて強いマイフレンドは今日も元気に遺憾なくヒーローっぷりを発揮しておっさんを楽しませてくれました。ぐっじょ、ヒーロー! 良い気魄でした!

「それに引き換え……」

 何ですか? あの連中は? ちっとも楽しめ無い。集団暴行は、まぁ許容範囲です。おーけーおーけー弱者の特権ですからね、責めません。ですが……

「流石に意識の無い相手の骨折ろうとするとか……ねぇ?」

 正義を気取りたいなら騎士道精神位持てってんですよ、全く。

「ま、愚痴ってもしかたありません! 見物料の支払いをさせて貰いますよ、ヒーロー?」

 シャォン、聞きなれた音に手に馴染んだ感触。愛刀に鳴き声を上げさせ――

「喰らって見ると良いよ、三下、おっさん必殺のぉぉぉ――投げっ!」

 ……もしかしておっさんにはネーミングセンスが無いのでしょうか? やっべ、今度、みのさん辺りに思いっ切り電話して相談してみましょうかね?

「っ! 何だ、オイ? しっかりしろ、オイ!」

「お、命中したみたいですね。良かったで――」

 腕を組んで、うんうん、と頷き結果を見ていると――


「何者だ、姿を見せろ!」


 ……凄いセリフが聞こえて来てしまいましたよ?

「……」

 何、あれ? 良いね、良いね、良いですよ。中々面白いじゃないですか、兵団の新人研修プラン? あんなにときめくセリフが聞けるとは――いやはや、おっさん素直にびっくりですよ?

「んんっ、え、え~と……人は言う! 天に星が有る様に! たこやきにマヨネーズがかかっているように、悪有る所に正義ありとっ!」

「ふざけやがって! お前はいったい何者だ!」

「……」

 すげー兵団すげー。

「思春期の少年少女の心の化身、おっさんただいま参上! 異端審問兵団、それ以上のヒーローに対するオイタは今の総理が許してもっ、このおっさんが許しません! とうっ!」

「なッ! お、お前は――キズクチっ! 馬鹿な! お前はもう死んだはずだ!」

「……」

 やー本当に良いリアクションするね、君。ちょっと殺すの戸惑っちゃいそうですよ?


    ■□■□■□


 桜崎病院のベッド、そこで目を覚ました俺は――

「何してんだ、てめぇ?」

 ざくり、目覚めに一発。枕元に置かれた相棒で見舞客の胸を刺した。

「……」

「……」

「……だから何してんだよ、てめぇ?」

 もう一回、今度は頭にさくり。それでも生きてる不思議生物なので問題なし。

「え、え~と、何ですこれ? 異文化交流? ヒーローの産まれた所では見舞客をこうやって歓迎するんですか?」

「あぁ、うん。そうなんだ、まぁ異なった習慣だと思って諦めてもう一回刺されてくれ」

「いやいやいやっ! 平気で嘘吐かないで下さい、ヒーロー! おっさんじゃなきゃ死んでます! 事件に発展してます!」

 死なないんだから良いだろ。と、言うかだな――

「本当に何してんだよ?」

 今度は腕にさくり。

「……クエスチョンマークの代わりに刺さないで下さい。おっさんは、見舞客ですよ見舞客! ほら、お土産のフルーツバスケット!」

「空じゃねーか」

「とても美味しかったデス!」

 ぴっ、と親指を立てるキズクチ。

「……」

「ちょ、怖い! 怖いです! 無言で刺さないで下さいヒーロー! おっさんは命の恩人ですよ! 兵団からヒーローを助けてここに運んだんですから! もっと敬うよーに!」

「……」

 その言葉に、歯車が、ネジが回る。

 ぎち、ぎちり、がきん。

 噛み合い、噛み合い、フラッシュバック。

 深呼吸を、一回。馬鹿な思考を破棄。

 枕元の見慣れたケイタイを開き、時刻及び日時の確認。

 八月十二日の午後八時。

 眠っていた――訂正、倒れていた時間は凡そ丸一日。

 身体チェック。身体の傷。これまた怖い事に痛みは無し。唯、カルテに眼を通す限り、完全に塞がった分けでは無いらしいので注意が必要。

 現状、大まかに把握。行動に支障無しと判断。よって――

「……助かった、ありがとう」

 行動を開始。

 パイプ椅子に置いてあった着替えに素早く袖を通し、相棒も定位置に装着。

「ほぅ、相変わらずの切り替えの早さだ。おっさんはヒーローのそんな所が大好きです!」

 けらけら、カラカラ、笑い声。

「で、ヒーローこれからどーすんの? 兵団の言う事聞いて負けるの? それで――」

「静菜もろとも死体になるのか、ってか? ……は、ごめんだね」

 俺だけなら何回でも死んでやる。だが、静菜に関しては話が違う。アイツはもう少し人生を楽しむべきだ。

 未だに考えは変わらない。誰かを守れるとは思わない、助けられるとは思わない。

 それでも、それでも、だ。

“助けてくれて、ありがとう。嬉しかったよ――さよなら、御影”

 あの言葉が、嬉しかった。

 助けたつもりは無くとも、そう言って笑ってくれたのが嬉しかった。

 そして、口惜しかった。

 諦めた笑顔でそれを言われた事が、最後に『さよなら』なんて言葉を付けたされた事が。

 だから、策を練り、不意を突き、第三大隊とやらを全員始末してやる。静菜を無事に連れ戻してやる。……は、やばいね。キズクチがヒーロー、ヒーロー連呼するからすっかりその気になってるよ、俺。

「ん~不思議ですよ、ヒーロー? 何で静菜ちゃんの為にそこまでするんですか? もしやぞっこんラヴ?」

「……」

 掛けられる声、返さない返事。そして――


「否定しないんですね、ヒーロー?」

「肯定もしてないぞ、キズクチ?」


 軽口交わし、大爆笑を背中に受け、片手を振ってさようなら。

 さぁ、また《鵺》に戻ろうか、御影十郎。


    ■□■□■□


 銀色のドアノブに手を掛け、外へ。結果。湿度を伴った嫌な暑さと――

「行くの? 十くん」

 表情を消した姉さんが俺を出迎えた。

「私、言ったよね? お願いしたよね? 危ない事は止めて、って」

 懇願。あぁ、この人は本気で俺の事を心配してくれるんだな。自分から光を奪った俺なんかの事を。

「何で? どうして十くんが行くの? 三ちゃんの部署に任せれば良いじゃない。十くんが危ない事、しなくても――」

「駄目だ。多分」

 でも、そんな優しい言葉を拒絶する。

「間違いなく静菜は死ぬ。俺が行かなければ静菜は絶対に死ぬ」

 それは、駄目だ。

 多分、静菜を死なせちゃ駄目だ。また、俺は背負う事になる。悲劇のヒーローを気取らなくてはならなくなる。

 それは止めて欲しい。これ以上何か持たされたら潰れちまう。

「どうしても、行くの?」

 伺う様な声。

「あぁ、男の子は面倒な事にやらなくては成らない時があるらしいからね」

「それが、今?」

「ん、多分ね」

 その返事に、姉さんは満足した様に、何かを諦めた様に呟いた『そう』と。

「……十くん、お姉ちゃんは十くんに色々な事を教えてきたね?」

「――あぁ」

 静かなその言葉に頷く。その通りだ、姉さんは俺に色々な事を教えてくれた。

「《鵺》の技術、一般的な教養、その他にも色々、お姉ちゃんは十くんに教えてきた」

「……」

 そう。俺の根本を支えるものは全てそうやって形作られた。

 姉さんが居なかったらとっくの昔に死んでいただろう。《鵺》として生きれずに、表の社会に馴染めずに、そして何より人の温もりを知らずに、俺は死んでいただろう。

「それが――」

「色々な事を教えたけどね」

 どうした? と続けようとした言葉を遮り姉さんが俺の瞳を覗き込む。

 光りの無い瞳、景色を映す事のないその瞳を合わせる様にしながら、覗き込む。


「私は十くんに『諦める』なんて事を教えたつもりは無いよ」


 強い言葉。大きくない声、それでも深くに響く声。俺の内側を揺すりながら、姉さんは言い聞かせる様にゆっくり告げる。

「だから、いってらっしゃい十くん。君は君が思ってるよりずっと強い子だから大丈夫。諦めないで。静菜ちゃんは未だ助けられるから」

 その笑顔に、一瞬、泣きそうになった。

 迷惑以外掛けてこなかった自分にそんな言葉を掛けてくれる姉さんに、成長した俺の姿を見て貰えない事が今ほど口惜しいと思った事は無かった。

「……いって……きます」

 だから、せめて声だけでも届きます様に。そんな気持ちを込めて大声を張り上げた。


    ■□■□■□


「あ、もしもしユリアちゃん? 私、葛八。今日、お店開いてる? そう、じゃ、行くね。ん? 嫌な事? ううん、違うよ、寂しいけど……嬉しい事があったの。十くんがね、私のとこから居なくなっちゃったの……うん、そうだね、うん。……ありがと」


    ■□■□■□


 母は優しかった。

 父も優しかった。

 セリアーナ・ウェルウィはそんな両親が大好きだった。

 そんな両親と暮らす日常が大好きだった。

 何気ない落書きを褒めて貰うのが大好きだった。

 母の手伝いをして褒めて貰うのが大好きだった。

 父の肩を叩いて、喜んで貰うのが大好きだった。

 何も要らない。今あるものだけで十分に楽しく輝く生活。

 そんな生活が一変したのは何でも無い、普通の日。

 幼いセリアが祖母の家にお使いに行った日、家に帰った彼女を両親が迎えた。


 変わり果てた姿で。


 赤、赤、赤。

 母の純白のエプロンも、父のスーツも、二人の身体も、赤、赤、赤。

 その日、彼女の日常は。宝物は幻の様に消えて無くなった。

 さて、不幸な幸せの話をしよう。

 セリアの両親を殺したのは、異端者だった。

 セリアには異端者の素質が有った。

 セリアの祖母は異端者だった。


 砂時計の砂は落下する。落下したら戻らない。転がる、墜ちる、落下する。


 運命に背かされる様にセリアーナ・ウェルウィは異端者となった。

 一人でも多くの人を救う為に。

 一人でも自分の様な存在を減らす為に。

 セリアーナ。ウェルウィは正義の味方になった。

 その身に宿した不思議な力は第五元素(エーテル)器官。祖母が受け継いだ異端の知識の結晶体。セリアはその不可視の器官、第五元素(エーテル)で構成された『手』と『目』をその身に宿した。


 砂時計の砂は落下する。落下したら戻らない。転がる、墜ちる、落下する。


 その身に宿した異端の力で、セリアは異端審問兵団に入団した。

 一人でも多くの人を救う為に。

 一人でも自分の様な存在を減らす為に。

 セリアーナ。ウェルウィは正義の味方になった。

 正義の、味方になった。……はずだった。

 幼い者が強いと言う事ほど不幸な事は無い。

 セリアが赴くのは最前線。こころの基礎が出来ていない、殺人を常としてこなかった少女が赴くのは最前線。

 見た、見た、見た。

 握った、握った、潰した。

 その身に新たに宿った『目』で惨劇を見て『手』で惨劇を潰した。


 ――正義とは何ですか?


 芽生える疑問。血の異端と言うだけで狩られて行く同年代の子供。


 ――正義とは何ですか?


 赦してはいけない異端者、キズクチを利用する兵団。


 ――正義とは何ですか?


 疑問が目を曇らせ、手を鈍らせる。

 疑問が心中を渦巻き、何が何だか分からなくなる。

 瞳を、上げれば一人の少年。

 迷い、それでも自分のしたい事の為に歩き続けられる少年。

「ジュウロウ、貴方にとって――正義とは何ですか?」

 思わず口から出た疑問。返されたのは――


「ん~今は静菜の笑顔?」


 割と恥ずかしい答えだった。でも、

「なるほど、その正義ならわたしも共感できそうです」


    ■□■□■□


 穴があったら埋まりたい。埋まって死んじゃいたい。

 何て言った、今? 静菜の笑顔が正義? 駄目だ、何か色々と駄目だ。

「それ、セイナに聞かせたら告白と取られますよね?」

「……」

 しかもポロリ、と漏らしたのが兵団所属の性悪シスターさん。最悪なヤツに最大の弱みを丁寧にラッピングしてプレゼント。

「……」

 や、凹んでる場合じゃない。御影十郎。無かった事にしよう、御影十郎。そうだ、何事も無かったかの様に話題を転換すれば――

「主は言いました。『何故かここにレコーダーが有り、オレは金が欲しいんだが』……と」

 このシスター恐喝してきやがった。そんなものに屈する俺だと思うなよ!

「相変わらず、声だけは可愛いな、セリア」

「失礼ですね。顔も可愛いとネットで評判ですよ」

「……何だよ、ネットって?」

「金髪美少女ロリロリシスターとして一部でブレイク中です」

「……」

 外見だけじゃなく中身も見ましょう全国のお兄ちゃん達。コイツは劇薬です。

「で、どうします?」

「……お幾らでしょう?」

「お幾ら? あぁ、これですか。レコーダーはあってもさっきのは録音してませんよ? ジュウロウは簡単に騙されるんですね、何も考えてない証拠です。まだ風船の方が中身が詰まってるんでしょうね」

 うふふ、と優雅にセリアちゃん。全国のお兄ちゃん、これが奴の本性です。

「って、じゃぁどうするって何だ?」

「三文芝居の台本、わたしの登場シーンはあるんですか? と聞いてるんですよ、熱血バトルマニアのジュウロウ?」

「は、」

 予想外の申し出に思わず口角が持ち上がる。つまり、それは――

「ギャラは安い割にキツイぞ?」

「主は言いました。『落胆は期待から産まれる。だからバカと御影十郎には何も期待するな』……と。わたしにとって兵団のこの行動は悪ですのでタダで結構です」

 セリアーナ・ウェルウィと言う名の邪神信仰者が兵団を裏切ると言う事なのだから。


    ■□■□■□


 唯で死ぬ気は無い。

 だから準備が必要だ。

 早い方が良い。

 だから急ぐ必要があった。

 指定されたのは、隣町の取り壊されたデパート、そこの地下駐車場が俺と兵団に取っての巌流島。

 出来る限りの準備を出来る限り迅速に。

 そうして、太陽が昇りかける頃に俺が辿り着いた灰色の決戦場では――

「は、パーティならそう言っといてくれよ、普段着で来ちゃったじゃないか」

 大観衆が待ち受けていた。……と、言っても人の姿は殆ど無い。ありとあらゆる場所から無数の視線だけが集まっているのだ。

 来る途中にセリアから聞いた通り、キズクチを倒した俺を倒して宣伝に使うつもりらしい。

 つまり、この視線は兵団の身内とパトロンは勿論の事、兵団の驚異を知らしめる為に普通の異端者達も含んでいると言う事だろう。

 こうしないと保てない驚異。は、いよいよ傾きが激しくなって来たんじゃないか、兵団。

「少し早いですな、御影十郎殿?」

 そう声を掛けて来た甲冑の盾には十字架。第三大隊の隊長様だ。

「五分前集合を心掛けるタイプなんでね……静菜は?」

 射抜くような視線、低くなる声音。それを受けた隊長さんが指示した先に――

「ほれ、どろーつーだよ」

「お、ここで来ますか? おっさんもですよ、っと!」

「む。ならばもう一つ出すよ」

「ぬあっ! 隠し持っていたのか! だが、赤なら手はあります! 自ら喰らうが良い! スキップ!」

「二人だからの、ぬしに返るだけだよ」

「ぐはっ! 何て策略! だが甘いですよ、静菜ちゃん。虎の子のドロー4!」

「……色は?」

「赤……黄……青……緑……やっぱ、青……む! 揺らいだ! 驚愕しろ、おっさん脅威の洞察力! 青!」

「どろーふぉー」

「色、かんけぇーねぇぇぇっ!」

 ウノが行なわれていた。

 現状静菜が圧倒的に優勢。手札は二枚で、キズクチが『もう、十五連敗……いや、未だです。こっから逆転を……』とか言いながらカードを十四枚引いている。無理だ。諦めろ……じゃなくて。

「え、え~と……」

 何、アレ? 隊長さんに説明を求めてみるが――

「な、何をしているんだ、貴様ら!」

 隊長さんにとっても予想外な出来事だったらしい。そりゃそーである。兵団が人質の暇つぶしにウノを行う何て面白い事が有っていいわけがない。

「む、御影がおるよ。全く、ぬしの方が早く助けに来るとはどう言う事なのだ? 全く、これだから御影は……」

「いやいや、ヒーローは色々と小細工をしてたんですよ、静菜ちゃんの為に、静菜ちゃんにたいするラヴパワーを原動力に!」

「らぶぱわー?」

 首を傾げる静菜ちゃん。意味が分かっていないらしい。良かった、本当に良かった。

「何をしていると聞いておるのだ!」

 と、放置されていた隊長さんがヒステリックに大絶叫。

「何って……景品の奪取ですよ? ヒーローが来たんだからもう静菜ちゃんのお仕事はお終いでしょ? それともアレですか? 静菜ちゃん人質にとってヒーローを負かすつもりだったんですか? やーそれは駄目でしょ! パトロンの皆さんの中には誇り高い貴族様もいるんですから、そんな下種なマネしちゃ拙いですよ! 違いますか、異端審問兵団(正義の軍団さん)?」

「……」

 うわ、酷い。何が酷いかって? そのパトロンの貴族様がたにはっきり聞こえる様に大声で言うキズクチが酷い。

「だがの、キズクチ。御影がちゃんと負けてもわしは死ぬそうだよ? 先程の、ほれ、そこの隊長殿が()うておったのだよ」

 更に追い打ち掛ける静菜はもっと酷い。見ろよ、隊長さん真っ青だ。

「そ、そんな事は無いっ! おのれ、御影十郎、この様な小細工で我々が止まると思うなよ! 総員、掛かれ! あの恥知らずの卑怯者に断罪をくれてやれ!」

 応える様に咆哮。びりびりと柱を震わせる程に響くのは良いが――説得力ねーのである。

「は、」

 無様だね、零れる笑いに背中を押され、地面に三本目の足を下ろす。

 キズクチのお陰で静菜救出の手間が省けた。さぁ、て。それじゃセリアの仕込みが終わるまで精々生き延びましょうかね。


    ■□■□■□


「ってわけで静菜ちゃんは逃げ~ヒーローは頑張れ~そしておっさんは」

 シャォン、と一振り。愛剣を眼前の平隊員Aの甲冑の間に差し込み、中で撓らせ肉を掻き混ぜる。真っ赤に染まりあっさりKO。やーもうちっと粘ってほしいものですね?

「静菜ちゃんの護衛っぽいね、流れとか空気的に……」

 慣れない事だが、まぁしゃーないです。割と面白いし、ヒーローに感謝されるし悪いことだらけでも無いです!

「キズクチよ、何故わしを助けるのだ? わしに惚れたのか? 残念だがの、わしには――」

「ヒーローが居るってんでしょ? 安心して下さい、静菜ちゃん、おっさんの本命はどっちかと言えばヒーローです! ……かっこ、除く性的な意味、かっこ閉じる」

「む、では恋敵かの?」

「くはは! そうなるかもしれませんね!」

 笑いながら、突き出された突撃槍を喰い止める。そのまま出来た口で槍を噛み砕き、また甲冑の隙間に剣を差し込みミンチ作成。

 う~ん、少し拙いですね。おっさんは攻撃力が高くないので大量に捌けません! ヒーローは(むじな)を駆使して上手い事やってるってのに、これじゃその内――

「ほら、こんな風に静菜ちゃんがピンチになってしまいますよ?」

 ――……ん? アレ、拙くないですか、コレ?

「ちょ、やめたまえ、ちみ達! 静菜ちゃんに何かあったらおっさんがヒーローに怒られるんですから!」

 あ、拙い。これ、間にあわ――

「貫殺・(むじな)っ!」

 音も無く貫き透す衝撃波、串刺しにされた平隊員の数、実に八人。ス○イムなら合体してキングになれる数をヒーローが一気に貫き殺す。

 痛いんですよ、アレ。心臓とかに撃ち込まれると本当にキツイのです!

「やーそれにしても……」

「……無事だな、静菜?」

「お陰さまでの、ありがとう御影」


    ■□■□■□


「やっぱアレだね? ちゅーした以上、ヒーローは静菜ちゃんを見捨てられないってやつですかね?」

 いきなり、この状況で、何を、言い出しますか、このキズクチは。と言うか――

「アレ、ノーカン」

 目の前で×。……十くんね~まだちゅーしたことないの~。さぁ、漂え俺の純粋オーラ。

「む。御影、何故数えんのだ?」

「……」

 現在逃走真っ只中の白いのからの不満。良いから逃げて下さい。次の手が打てません。

「俺のファーストキスは二十歳の誕生日に、どっかの遊園地の見晴らしの良い場所ですると言うプランが有るんだよ、だからノーカン」

「って、何の少女マンガですか、ヒーロー?」

「……うわ」

 キズクチが呆れ、静菜が引いてるが……良いじゃないか。本当のファーストキスなんて軽いのからディープな奴まで身内に奪われた以上、夢見たってさ。

「さて、馬鹿はこれ位にして、どうします、ヒーロー?」

 お前にだけは馬鹿呼ばわりされたく無かったよ、キズクチ。

「静菜はこのまま逃げろ、出口が近いだろ?」

「兵団の残党や追撃は考えないで良いんですか、ヒーロー?」

 あーそれなら……

「三がこの近くを偶然散歩してるらしいから……ね?」

「ほぅ、ではわしは偶然、月島と会えば良いのかの?」

 そ、です。偶然、オフの三が偶然散歩中に偶然知り合いである静菜と出会ってしまうのです。そこでもし、偶然兵団が追って来ても偶然、三が撃退するのです。……全部、偶然。

「ほぅ、そう言う事ならおっさんは残りましょうかね、偶然あったら捕まりそうですんで!」

「は、かも――なっ!」

 跳躍、静菜を逃がす為に通路を塞ごうとする隊員の懐に飛び込み、(むじな)を撃ち込んだ。

 さぁ、これで――

「道は造ったぞ、残るなんて我儘は言うなよ、静菜?」

「む、自分が足手まといになる事くらいわかるのだよ。では、の御影――」


「ちゃんと帰ってくるのだよ」


    ■□■□■□


「さて、ヒーロー、ダンスパーティの始まりです。準備はおーけーですか? ノリが悪かったら置いてきますよ?」

「は、お前こそ不協和音を鳴らすなよ、手に持った楽器で精々良い音鳴らしてくれ」

 は、と笑う/くはは、と笑う

 眼前には無数の甲冑、キズクチに/ヒーロー に背中を預け、剣を正眼に構える

「信頼の証です、ヒーロー。おっさんの背中は任せました」

「任しとけ」

 隙を見て襲ってやるさ/あ、ヒーロー裏切る気だ

「は、」/「くははは!」

 キズクチの考えが分かる/ヒーローの考えが伝わる


 ――まるで、先日の殺し合いのクライマックスの様に――


 構えは影歩、三足歩行/流す様に構え、カモン、と挑発


 ――さぁ、まるっきり信頼できない強敵(友)に背中を預けて殺し合いを始めよう――


    ■□■□■□


 痛くも痒くも、何んとも無い。

 斬られても刺されても痛くない。

 やー軽い。軽すぎですよ? 兵団諸君? ヒーローを見習いましょう、良いお手本です。魂を込めて攻撃を撃ち込んでますからね、ヒーローは!

「っ、この悪党が!」

「くはは! ほざきますね、兵団諸君? おっさんが悪党なら君達は小悪党、おっさんが大悪党なら君達は悪党ですよ?」

「何を――、?、、、」

 何か言おうとしたBくんの顔面のスリットから剣をざっくり、黙らせる。

 やーうっかりしてました。こいつら全員自分が正義だと思ってるんでしたね!

「ま、ま、クールに聞きましょうよ、悪党の先輩からのアドバイスです二流ども」

「……」

 しゃべれば刺されると判断したのか、無言。うむ、馬鹿では無いようですね、良かった、良かった。それならアドバイスのしがいも有るってもんです!

「正義にしろ、悪にしろ、二流と一流の違いを分けるのは何だと思いますか? え? 分かるわけない? やーちったぁ考えて下さい。答えは美学の有無です。てな分けでレッスンワン! 美学を持とう!」

「ふ。ふざけるなッ! 貴様の、貴様の行動の何処に美学がある! 言ってみろ!」

 お、優秀な生徒もいるじゃないですか。

「良い所に気がつきました! レッスンツー、超一流と一流の違いです! ――答えから言いますとね、これまた美学の有無です!」

「は?」

「分かりませんか? だから君達は二流なんですよ、見てみな、おっさんを。混沌として定まらないからこその悪の超一流、そして見てみなヒーローを。自身のやる事の為に手段を選ばないからこそ正義の超一流だ!」

 言って、指さすは十字傷を負った青年。ヒーロー。

 それしか出来ないと言う凡庸性の無さが最高だ。

 芸術の域まで達した技術が最高だ。

 それを内包する未熟な精神が、定まらず揺ら揺ら揺れる心がこれまた良い。

 この出会いに感謝しますよ、ヒーロー。おっさんは当分退屈しないで済みそうだ――……って、ヒーロー、君はもう少し手段を選んで下さい。


    ■□■□■□


「恥ずかしく、無いのか?」

 貫き殺した人の山。その上に立つ俺にそんな声が掛けられた。

 声の主は隊長さん。流石に隊長さんだけあって先程から上手く避けられ、俺の担当範囲では数少ないノ―ダメージマンだ。……キズクチの方に行って欲しかった。

「何が?」

 それは置いといて、恥ずかしくないのか? の意味を問いただす。別に俺は恥じるような事はやっちゃいない。

「悪の、キズクチの力を借りる事だ!」

 あぁ、それか。

「全然」

「な――っッ!」

 絶句する隊長さん。

 は、笑えてくるね、正義の味方さん? 自分達の正義の為には平気で罪の無い静菜を消そうとして、アピールの為に俺を消そうとして、自分が不利になったらそれかよ?

 自分に力が有るのはオッケーで、敵に力が有るのは許せない? 大富豪とかやらない方が良いよ、お前。だいたい――

「俺はね、隊長さん。手段を選べるほど強くないんだ」

「だからと言って――!」

「でもな、どっかの馬鹿ども――静菜を攫った連中には一泡吹かせてやりたいって言う我儘なんだよ」

 だから、別にキズクチが手を貸すと言うんなら喜んで借りる。そして、この戦いが無事に終わったら元の敵同士に戻る。

 だいたい、アイツ、アイちゃんのお父さんを喰い殺してるんだから、明確な敵なのだ。

「私はな……貴様の様な奴が許せない。何故その力を、覚悟を正義の為に使わない」

「や、ただ、たんにアンタと俺のやりたい事が違うだけだろ?」

 さぁ、もう、良いだろう。ポケットのケイタイがタイミング良くコールを三回。セリアの仕込みが終わった合図。

「悪いが週末に祭りの準備と本番があるんでね、そろそろ終わりにしようか?」

「ふん、そう簡単に行くと――」

「は、」

 笑う。馬鹿にした様に、挑発する様に、笑う。

「アンタ、何聞いてたんだ? 俺は手段を選ばない。さて、問の一だ。俺はキズクチを見た時どんな反応だった? 驚いていただろ? つまり――」

「……キズクチは、イレギュラー?」

 正解、と頷く。


「じゃ、問の二だ。――本命は、何だろうね?」


 ふぃ、っと天井を指差す。

 それを合図に爆音、爆音、爆音。そして、ヒビ、ヒビ、ヒビ。

 セリアが仕掛けた仕掛けが作動し、まるで毛細血管の様に地下駐車場の天井にヒビが入る。

「こ、んな……馬鹿なっ! これでは貴様も……」

 崩壊、倒壊、全壊、ガラガラからから。

 石礫、砂塵、ほこり、それらに覆われ不確かな視界の中――


「いやいや、生憎と『諦め方』を習って無いんでね、逃げ道位、用意してます」


 動転する隊長さんに挑発の言葉を投げ、崩落する天井に向かって一気に駈け出した。


 ……キズクチはラスボスのがえがったのかもしれん。あ、次、というかラストは一時間後です。

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