冒険者になる下準備(1)
開いていただきありがとうございます。
―――ピピピッピピピッピピピッ……
アラームの音が聞こえ、僕はゆっくりと瞼を開けていく。
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。
未だにアラームもなっているので音を止めるべく音の方に手を伸ばす。
ぐぐぐっと体を伸ばしほっと一息つく。
木々の風に揺らめく音、木漏れ日の光、未だに鳴り止まぬアラーム音、人の温かい体温、爽やかで気持ちのいい朝が―――
「ハァハァ……寝ぼけて時計と間違ってあたしの頭を叩くなんて、カワイイ……ハァハァ……それにしても、猫のきぐるみパジャマ姿の狐白しゃま……ハァハァ……いい……!」
―――やって来て欲しかった。
でも来なかったよ……。
「ひにょああああぁぁぁあぁあぁ!?」
変態さん、もとい朱音ちゃんが顔を赤くし、頬を蒸気させながらとろんとした目で僕を見ていた。
それに驚いて大声を上げてしまったので―――
「何事です!?」
―――バンッ!
部屋の外に偶々居たのだろう、長髪を靡かせながらメイドさんが驚くべき速さで部屋に入ってきた。
メイドさんが部屋の中で僕ともう一人の人物を視認すると、この部屋への侵入者である変態さ……こほん、朱音ちゃんへと近付き『ハリセン』を一閃した。
「ひにゃん!」
―――スパンッッッ!
良い音を醸し出しながら振り抜かれた。
しかもそのハリセンはいつの間にかメイドの手の中から無くなっている。
ハリセンに打ち抜かれた朱音ちゃんは前のめりにベッドの上で倒れていた。
……パンツ見えてるよ? というか、なんでパジャマのズボン穿いてないの!?
周りをきょろきょろと見回すとベッドの近くに茜ちゃんの物と思われるパジャマ(下)が脱ぎ捨てられていた。
「何をしているんですか、朱音お嬢様? 狐白様、おはようございます」
「ふぁ、ふぁい、何でもないでございますぅ……」
「お、おはようございます。助かりました」
「いえいえ、メイドの勤めでございますから。―――朱音お嬢様、そろそろ御自分のお部屋に戻り御支度なさってくださいませ?」
「ひぃっ、りょ、了解でございますっ!」
メイドさんが無表情の圧力で退室を促すのが怖かったのか、朱音はシュタッと敬礼のポーズをベッドの上でペタリと座ったまま行い、その後脱兎のごとく部屋を飛び出していった。
「……な、何だったんですか今のは?」
「朱音様です」
「いえ、それは分かっているんですが……まさかいつもの光景ですか?」
「そうでしたら、私は自分の良心を深く傷付けながら精一杯の調きょ……こほん、をしております」
「……」
「……冗談です」
「あ、あははは。ちなみに何処までが?」
「―――さて、朝食の準備もできていますので着替えたらお呼びください。服はそこのクローゼット内の物をお召しください。着替え終わったらお教えいただければ、食堂まで案内いたしますので」
「え、無視っ!?」
何処までが冗談なのか言わずにメイドさんは部屋から出ていってしまった。
数分間の出来事だったけど、すごかったなぁ……と言うか、メイドさんがお嬢様の頭をひっぱたいて良いんですか?
「うん着替えよう。僕は何も見ていない、見ていないんだぞー……さて、ここのクローゼット内の服は何でも着て良いって言われたし、何があるのかな?」
クローゼットの扉を開き中にある服を吟味する。
クローゼットの中にはなんでもあった。
いったい何着あるんだろうか。
二百は超えてそうだね。
このクローゼットそんなに入るようには見えないのに。
と言うか一番奥は何処……?
「うーん、昨日のに似たこれでいっかな」
昨日の夜にお風呂場から部屋までの間に着た服と似たものを選んだ。
あと最後に何気なしに見つけたもこもこ帽子を被る。
……むぅ、耳があるから被りにくいな。
後で獣人用の帽子を探そうかな。
あればいいけどね。
一旦被った帽子は再びクローゼットの中に戻した。
あれ、もこもこ帽子が置いてあったところに違う帽子が置いてある?
重なってたのかな? でも、他の帽子は一つずつ置かれてるよね。
うーん……まいいか。
「メイドさーん。着替え終わりましたよー」
「では、食堂へ参りましょう」
僕の言葉を聞きドアを開けたメイドさんが「こっちこっち」と手招きをする。
僕はメイドさんの後について部屋を出て、食堂へと向かった。
はぐれたら絶対に迷う自信がある。
そんな自信なんていらないのに。
でも広いし同じような部屋の扉が並んでいるのだ、うん、迷子になるな。
しかもメイドさんの足は意外と速い。
付いていくのに必死だっ。
縮んだ背の所為なのか!?
なんか悔しい……辛い現実に直面したよ。
そうこうしている内に食堂へと着いた様だ。
「おや、狐白君おはよう」
「おはよう、狐白ちゃん」
食堂では森之宮ファミリーのパパさんとママさんが挨拶をしてきた。
相変わらずパパさんはダンディで、ママさんは美人だった。
柔らかそうにふわふわとした金髪に空色の瞳の持ち主の静音さんはいったい何歳なんだろう?
かなり若く見えるけど、二人の大きな娘を持つママさんだしなぁ。
「あ、おはようございます。泊めてくださったり、お風呂を貸してもらったり、ご飯まで頂けるとは……本当にありがとうございます」
「いいのよ。困った時はお互い様だから……(それ以外もだけどね、ふふっ)」
「? そう言っていただけると気が楽です。―――ところで鈴音さんと……朱音ちゃんは?」
「鈴音は朝が弱くてなぁ、まだ寝てると思うぞ。朱音は君の部屋に侵入した罰として調きょ……ごほん、矯せ……ごほんごほん、朝の特訓を山城に頼んでおいたよ」
―――何か不穏な言葉が聞こえたような気がするが気のせいだろう。
気のせいだ、うん、そうしよう。
朱音ちゃんが僕の部屋にいたことは筒抜けだったようだ。
というより、あのメイドさんが報告したのだろうか。
いつの間に?
……どこからか「いいいぃぃぃやあああぁぁぁだあああぁぁぁっ」「ふぉーっふぉっふぉ!」という声が聞こえてくる。
山城さんがハッスルしてるようだね。
片方は涙声で心からの悲鳴のようだけど。
山城さんもいったい何歳なんだろう?
「……ごほん。今日はこの後鈴音と町巡りかな? 楽しんでおいで」
「私も一緒に行きたいけど、所用があるから娘たちに任せてあるわ。何かあったら娘たちを頼ってね?」
「わかりました。何から何までありがとうございます」
パパさんママさんと話しているとガチャリ……と食堂の扉が開かれ、少女が入って来た。
「―――ふわぁ。むにゅむにゅ……おはようございまひゅ。お父様、お母様、狐白さん」
鈴音さんが目を擦りながら眠たそうに食堂へと入って来た。
食堂にいた僕たちもそれぞれの挨拶の仕方で言葉を返す。
まだ眠たそうな鈴音さんは席に着いてからも左右にふらふらと揺れている。
「うにゅ~。ふわわわわ」
「鈴音さんまだ眠たそうですね。大丈夫ですか?」
「んーあー、大丈夫ですよー」
そういう本人は欠伸をしながら大丈夫というが、やはり左右にふらふらと揺れている。
「―――鈴音お嬢様、おはようございます。おねむですか?」
「ひゃ、ひゃい、大丈夫です! おはようございます!」
先程朱音ちゃんをハリセンでひっぱたいたメイドさんがいつの間にか鈴音さんの後ろに立って、鈴音さんに挨拶をしていた。
対する鈴音さんはまどろみタイムを放り捨て、今までの眠気が嘘かのように背筋をピンと伸ばし、ハキハキと挨拶をしている。
あのメイドさんに何があるというのだろうか。
いやいや、考えるのはやめよう。
確か好奇心は猫をも殺す、とか言うしね。
それに聞くのが怖いし……まあ、これが本音ですとも。
「―――こほん。ええと、今日の予定ですが、はじめにFAGでFA登録を行います。その後、FAG内の武器屋、防具屋、道具屋の順に回ります。その後はFAGの外ででも狐白さんが気になった場所やお店をいろいろと立ち寄りながら帰ってきましょう」
メイドさんとのやり取りが恥ずかしかったのか、頬を赤く染めたあと一度可愛らしい咳払いをしてから今日の予定を話してくれた。
髪の毛があちこちに跳ねているが、言わぬが花……さ。
「スキとか武器や防具って何が僕に合うのかなぁ」
「むぅ、そうですね……」
「―――ふむ」
「ひょわっ」
吃驚した! いつの間に僕の後ろにいるんだ、このメイドさんは……心臓に悪いなあ!
「……何故驚くのでしょうか?」
「い、いえ、なんでもありませんよ?」
「そうですか? まぁ、いいでしょう。……私が見るに狐白様は運動がお苦手の様に感じます」
「よくわかりましたね。僕、かなりの運動音痴で……」
「運動音痴……? 運動はお苦手と思っている様には感じますが、そこまでには思えませんね。まぁ、本人がそう言うならそうとして置きましょう。まぁ、そう言う事ですので、近接系はパスした方がよろしいかと」
ほほう、なるほど。
まぁ、あのゲームでも僕は支援魔法使いだったしね。
でも、銀狐族って確か運動神経抜群だったはずなんだけどなぁ。
そこら辺は僕自身のスペックかな。
「むぅ……私何も役に立ってません」
「適材適所ですよ、鈴音お嬢様」
「むむむむむ」
「ふふふ、此処は私の仕事です」
「むむむぅ……はあ、もういいです、いいですとも。さあ、聞く事はもう何も無いでしょうし、早速行きましょう!」
鈴音さんが無理矢理話を進めると、メイドさんが一瞬ニヤリという不敵な表情をする。
鈴音さんも朱音ちゃんもこのメイドさんには敵わないんだろうな……本当に何者なんだこのメイドさんは。
そうこうして僕たちは席を立ち食堂を後にした。
しかし、僕と鈴音さんの後をメイドさんも足音を殺して付いてくる。
「ん? あれ、メイドさんも一緒に行くんですか?」
「ええ。皆さまの護衛として、ですけれど。―――ちなみに私の名前は水無椎奈です。呼び方はお好きなようにどうぞ」
メイドさんの名前を知りました。
ばばーん! ……調子に乗りました。
この家の庭へ行く間にいろいろ聞いていると、いくつかの事がことがわかった。
この世界には種族ごとに固有スキルと言う物があるらしい。
この固有スキル、人によって持っている数は違うが、最大でも3つだと言う事。
しかし、大体は1つだけだと言う事。
ステータスと固有スキルでは無い方のスキルはレベル制で、Lv.100まであるらしいと言う事。
ただし、スキルはレベルの総計が500までなので、5つのスキルに絞ってレベルを上げる特化型―――不器用または脳筋とも言う―――の人と、多くのスキルを取って何でもこなせるバランス型―――器用貧乏とも言う―――の人に分かれるらしい。
FAGランクは色で分けられている事などだった。
後は追々説明するらしい。
なるほど、微妙にあのゲームとは違うらしい。
あのゲームは、固有では無いスキルはレベルの総計が1000までだったし、ステータスもレベルの総計が500までで且つ、Lv.100にできるステータスは3つまでとルールや上限が決まっていた。
他にもFAGランクはA、B、Cなどアルファベットで分けられていたし、武器や防具も中世らしい物だった。
「―――武器や防具も今やファッション性にも力を注いでいます。選ぶ時はいろんな種類あるので大変ですよ」
「「「へぇー」」」
僕と鈴音さん、いつの間にか来ていた朱音ちゃんの声が重なる。
……武器や防具は近代的、と言うより近未来的……なのかな?
うん、楽しみだね。
「―――って、なんで二人も知らなかったかのような声を出すんですか?」
「あたしは忘れてたんだよっ」
「私は……余りそう言う物にこだわりませんので」
「まあ、気に入った物を買えばいいと思いますよ。皆さんもそのようにしているようですから。―――さてまた話し込んでしまいましたね、全員そろったので今度こそ参りましょうか」
「では、まずはFAGですね」
「僕のFA登録かー。楽しみだなー」
「わーいっ。レッツゴー!」
朱音ちゃんがサイドポニーの長髪とスカートを翻しながら走って行ってしまった。
「はやくはやくーっ」
朱音ちゃんが遠くで手を振りながら僕たちを急かす。
鈴音さんはやれやれというような表情をしながら歩いて行く。
椎奈さんと僕も二人に遅れないようにしながら付いて行った。
歩いて行くのもいいね。
いい天気だし。
この時僕は、豪邸の玄関から門までの距離がどれ程あるか、ということを忘れていた。
誤字脱字などがありましたら宜しくお願いします。