とっても幸せな王子
朝の王立学園は、たくさんの馬車で混み合う。
その雑踏の中でも、王家の紋章を付けた僕の馬車は警備の意味もあって奥まった場所で空間を開けて停車する事が出来る。
僕が護衛に守られて馬車を降りると、男爵令嬢のマデリンが駆け寄って来た。
「殿下ぁ、おはようございまぁすぅ。会えない間、さみしかったですぅ」
と、僕の腕に絡みつく。胸が腕に当たっているのだが、僕は諌めるほど心が狭くないので、黙って一緒に教室へ向かう。
いつも、教室には既に私の婚約者である公爵令嬢のエレオノーラがいる。
四年前に私の婚約者となったエレオノーラはマデリンと違ってスレンダーな体つきで、とても頭が良くて上品な話し方をする女性だ。
私がマデリンと一緒に教室に入って来るのを見て、いつも切なそうに目を逸らす。僕は、エレオノーラの寂しそうな顔を見るのが好きだ。
そう、思っていたのだが……。
「おはようございます、殿下! 今日も朝からマデリン様を侍らせて、エロオヤジみたいですわね!」
「え、エレオノーラ……?」
らしからぬ元気な挨拶をされた。
「そうだ、エレオノーラ。昨日頼んだ仕事は済ませてくれたかな?」
「ああ、昨日やっておいたみたいですけど、よく見たらあれ、殿下の公務ですよね。何で私がやってたんでしょう?」
何でって、いつもエレオノーラが喜ぶからやらせてあげたのに。
「あれは城外持ち出し禁止のはずなので、とりあえず宰相に届けておきました」
えっ? あの口うるさい宰相に……?
エレオノーラの不可思議な対応に戸惑いつつ授業を受けて、昼休みになったのでマデリンとエレオノーラを昼食に誘う。
「せっかくですが、王族専用サロンでマデリン様と張り合いつつ殿下をおだてながら食べても、全然食べた気がしないから遠慮します。食堂でボッチ飯の方が気が楽ですわ」
食堂には、ぼっちめしという凄いメニューがあるのか。
「エレオノーラ、そんな話し方をするのだな」
「あー、すみません。今までは殿下をお慕いしてたもので、必死で殿下の好みに擬態してましたわ。好きで無くなったらもう無理しなくていいかなと」
「好きじゃないのか……?」
昨日まであんなに僕を好きだったのに!
「はい、今日起きたらさっぱりお慕いする気持ちがどっかに行ってしまって」
何でそんな酷い事を楽しそうに言うんだ。
それならこっちも言うぞ。エレオノーラが一番悲しい顔をする言葉を!
「貴様とは婚約破棄だ!」
「はい! 今まで婚約破棄を拒否してご迷惑をおかけしました。それでは、そういう事で」
……あれ?
王族専用サロンで昼食を前に頭を抱える僕に、マデリンが気の毒そうに言う。
「殿下。恋の炎が燃え尽きてしまったら、それはもう二度と燃える事はありませんのよ」
「嫌だ……」
ずっと僕の婚約者だったのに。僕の事が大好きだったのに。
「僕の事が好きじゃないなんて嫌だ!」
「ふう……。それほどエレオノーラ様を思っていらっしゃるのですね」
マデリンの寂しそうな声に我に帰る。
「す、すまない、マデリン」
「いいんです。私が殿下と結ばれるはず無いもの。つーか、王妃なんてなりたくないし。愛妾あたりでラッキー、っと、いえ何でも」
マデリンは、しばらく食事に集中した後に切り出した。
「エレオノーラ様に魅了の魔法をかけちゃったらどうでしょう?」
「精神干渉の魔法は禁忌だぞ!」
「禁止なのは平民が使う事でしょう? 殿下は王子様じゃないですか。偉いんです!」
「そういうものか……?」
その日は、どうやってエレオノーラに魅了の魔法をかけるかを考えているうちに終わった。
次の日、僕は遅刻して学園に行った。
馬車には魔法局の一番若い魔法師が同乗している。
魅了の魔法を使う者など知らない僕は、正攻法で魔法局の魔法師に頼む事にした。一番若い魔法師に禁忌の魔法を使ってみないかと誘うと、彼はその誘惑に抗えなかった。
学園に着くと丁度授業が終わったようで、慌てて魔法師を連れて教室に向かう。
タイミング良く、エレオノーラが廊下に出て来た所だった。
魔法師に「あの女性だ」と囁くと、彼は50センチくらいの杖を取り出して何か呟きながら円を描くようにクルクル回し出す。回転が早くなった所で「ハッ!」と、エレオノーラに杖を向けた。
「……あれ?」
魔法師がおかしな顔をしている。
「どうかしたのか?」
「効かない……。殿下、エレオノーラ様は既に他の者によって魅了の魔法をかけられています」
「そうか!」
「あっ、お待ちください!」
僕はエレオノーラの元へ向かった。
「エレオノーラ! 僕は優しいから昨日の態度は許してあげるぞ!」
「はあ……」
遠慮しているな。奥ゆかしい。
僕はエレオノーラを抱きしめようとするが、両手を突っ張って拒まれた。
「お戯れはおやめください!」
これは淑女の形式美だなと更に力を込めようとすると、後ろから魔法師にべりっと引き剥がされた。
「殿下! 話はちゃんと最後まで聞いてください! ご存知とは思いますが、魅了の魔法というのは、相手に恋をさせる魔法なのです」
「うん、知ってる」
「魔法をかけられた人はかけた人を好きになりますが、その後好きになった相手に失望したり幻滅したりする事があるわけです。そのたびに魔法の力で沈んだ心を恋心へと持ち上げるのです」
「なるほど」
「ところが、殿下は婚約した四年の間にあまりに何度も何度もやらかしたため、恋心に持ち上げる魔法が使い果たされてしまったのです。エレオノーラ様は、もう二度と殿下を好きになる事はありません」
「僕は何もやらかしてないぞ?」
「無意識ですか!」
何を驚いているんだろう。
「魅了の魔法を凌駕するとは、あなたは脅威の無能です!」
褒められているのは分かるが、何を言ってるのかよく分からない。
それより仕事をしろ!
エレオノーラを魅了しないといけないのに、エレオノーラはこっちを見て睨んでるじゃないか。
エレオノーラが一歩近づいた。
「殿下、魅了って何の事です……?」
初めて、笑顔が怖いと思った。
あの後、教師たちに城に連れ帰られた僕は部屋に軟禁となった。
一週間後、部屋に宰相が訪れた。
「あなたの父上の退位が決まりました」
へえ、お父様が王様を辞めるんだ。
「公爵令嬢への魅了の魔法だけでも大問題なのに、他にも精神干渉の魔法を使っていた余罪がゴロゴロ出てきまして。他国の大使にまで使っていたのが知られたら国際問題ですよ」
宰相がこめかみを押さえる。
お父様が王様を辞めるって事は僕が王様になるのかと思ったら、エレオノーラが女王になると決まったそうだ。
「あの優秀さを手放すのは惜しいので、彼女が王妃になれる男性を次の国王に……と思ったのですが、王家の血を引いて彼女と年齢的に釣り合ってフリーな男性というのがいなくって。ならば、エレオノーラ様も王家の血を引いてますし、彼女に女王になってもらって優秀な男性を王配に迎えるのもいいか、となりまして」
「ふうん、じゃあ王配でもいいよ」
僕の妥協案は無視された。
「殿下は、元国王ご夫妻と共に離宮に移っていただきます」
「マデリンに手紙を書けるかな。離宮に行くと知らせないと」
「あの娘なら、学園を退学いたしました。縁談が決まったそうです」
「そっかぁ、美人だから皆ほっとかないか」
宰相は、離宮に持って行く物を纏めるように言って帰った。
そして今日、僕とお父様とお母様は城から出て行く。
馬車に揺られながら、僕は生まれて初めての引越しにわくわくしていた。




