比べなくなった理由
「最近、いい感じの人いるんだよね」
そう言ったとき、
自分の声が思っていたより自然で、少し驚いた。
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「へえ、どんな人?」
友達が興味深そうに身を乗り出す。
少し考える。
どんな人、か。
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「……普通の人」
そう答えると、笑われた。
「なにそれ」
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でも、それが一番しっくりきた。
特別にかっこいいわけでも、
ドラマみたいな出会いがあったわけでもない。
ただ、気づいたら一緒にいて、
気づいたら会話が続いている。
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無理をしなくていい人。
ちゃんと、同じ温度でいられる人。
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それだけで、十分だった。
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帰り道、一人で歩きながら思い出す。
前の恋のこと。
忘れたわけじゃない。
ちゃんと覚えている。
好きだったことも、苦しかったことも、
全部、ちゃんと。
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ふと、気づく。
あの人と、この人を——
比べていない。
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前なら、きっとしていた。
どっちが優しいか。
どっちが楽しいか。
どっちが好きか。
無意識に並べて、測って、
どこかで答えを出そうとしていたと思う。
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でも今は、違う。
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あの人は、あのときの私の中にいる。
この人は、今の私の隣にいる。
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同じ場所に置いていない。
だから、比べようがない。
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立ち止まる。
少しだけ空を見上げる。
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あの恋は、間違いじゃなかった。
ちゃんと好きで、ちゃんと悩んで、
ちゃんと終わらせた。
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だからこそ、今がある。
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もし、あのとき無理に戻っていたら。
もし、あの時間をごまかしていたら。
きっと今でも、どこかで比べていたと思う。
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「……そっか」
小さく呟く。
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終わらせたから、比べなくていい。
ちゃんと終わったから、次に進める。
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スマホが震える。
『今日、少しだけ電話できる?』
新しい名前。
少しだけ笑う。
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「うん、いいよ」
短く返す。
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それだけで、十分だった。
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好きの形は、きっと一つじゃない。
でも今の私は、
“比べない恋”を選べている。
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それはきっと、忘れたからじゃない。
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ちゃんと終わらせたから。




