再会しても戻らない理由
「久しぶり」
その声で、すぐにわかった。
振り返る前から、誰なのか。
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少しだけ迷ってから、振り向く。
やっぱり彼だった。
変わってないようで、少しだけ変わっている。
髪型とか、服装とか、そういうのじゃなくて——
たぶん、時間の分だけ。
「……久しぶり」
自然に返せたことに、少しだけ驚く。
もっと動揺すると思ってた。
もっと、揺れると思ってた。
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「元気だった?」
「うん、それなりに」
短い会話。
少しだけ沈黙。
前は、この沈黙が苦手だった。
何か話さなきゃって、焦って、
どうでもいいことを並べてた。
でも今は、何も思わない。
ただ静かに流れていく。
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「ちょっと時間ある?」
彼がそう言う。
少しだけ考えてから、頷いた。
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カフェに入る。
前に、よく行ってた店とは違う場所。
それだけで、少し安心する。
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「……あのときさ」
彼が口を開く。
その言葉の続きを、私は知っている気がした。
「ちゃんと向き合えてなかったと思う」
やっぱり、同じことを言う。
あのとき、何度も画面に並んでいた言葉。
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「今なら、ちゃんとできる気がする」
その一言に、ほんの少しだけ心が揺れる。
——ああ、ずるいな、と思う。
そういうタイミングで、そういうことを言うの。
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少しだけ間を置いて、答える。
「うん」
否定もしないし、肯定もしない。
ただ受け取る。
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彼は少し安心した顔をする。
「……もう一回、やり直せないかな」
まっすぐな言葉。
前の私なら、たぶん泣いてた。
嬉しくて、苦しくて、
すぐに頷いてたと思う。
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でも今は——
ゆっくりと息を吸って、吐く。
そして、ちゃんと彼を見る。
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「ごめんね」
その一言で、十分だった。
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彼の表情が止まる。
「……なんで?」
静かな声。
責めるわけでもなく、
ただ、理解できないという顔。
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少しだけ考える。
どう言えばいいのか。
どう言えば、この気持ちが伝わるのか。
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「好きだったよ」
過去形で言う。
それだけで、全部が伝わる気がした。
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「今も、少しは好きだと思う」
正直に言う。
嘘はつかない。
嫌いになったわけじゃないから。
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「じゃあ——」
彼が言いかける。
でも、その先は言わせない。
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「でもね」
言葉を重ねる。
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「戻りたいとは思わない」
はっきりと。
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彼が、何も言えなくなる。
その沈黙の中で、私は続ける。
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「一回ちゃんと終わったから」
「ちゃんと悩んで、ちゃんと決めたから」
「そのときの自分を、なかったことにしたくない」
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あの時間は、無駄じゃなかった。
苦しかったし、長かったけど、
全部、必要だった。
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「今なら、うまくやれるかもしれないって思うよ」
それは本音。
彼も変わっているし、
私も変わった。
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「でもそれって、“あのときの私”がいたからでしょ?」
静かに言う。
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「その私をなかったことにしてまで、戻りたくない」
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彼は下を向く。
何かを飲み込むみたいに。
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「……そっか」
それだけ言う。
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少しだけ、胸が痛む。
でも、それでいいと思う。
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店を出る。
外の空気は、前と同じようで、少し違う。
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「じゃあな」
彼が言う。
前と同じ言葉。
でも、もう違う意味。
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「うん。元気でね」
自然に笑える。
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背を向けて、歩き出す。
振り返らない。
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少しだけ、涙が出そうになる。
でも、こぼれない。
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あのときみたいに、
引き止めたいとは思わないから。
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たぶんこれが、答えなんだと思う。
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好きなままでも、戻らない理由。
それは——
ちゃんと終わらせた自分を、裏切らないため。




