表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/19

アルコイリスと七色の樹液 9章

その頃のシナノはセンダイ先生に教わって粘土で果物を作っていた。とても謹厳実直なシナノは良き生徒である。センダイもそれを満足そうにしている。もしも、ここにミヤマがいれば、巻きグソでも作りかねないし、アマギがいれば、訳のわからない物を作り上げてセンダイを困らせただろうから、センダイにとっては幸いなのかもしれない。シナノはリンゴとナシを作っていた。とは言っても両者には決定的な違いはない。ようは気分の問題である。シナノは二本足で立てないので、これでもシナノにとっては苦心の作である。

「トレビア~ン!シナノさ~んは中々呑み込みが早いで~す!最初は簡単なものから作るのが常道とは言ってもシナノさ~んの作品はトレビア~ンに値しま~す。それではおれも熟練した腕前をシナノさ~んにご覧に入れましょう!」センダイ先生は自信満々な様子である。

「それは楽しみ。何を作ってくれるのかしら?」シナノは期待に満ちた瞳をして聞いた。

「それは見てのお楽しみで~す」センダイは秘密めかした。センダイはすぐに仕事に取りかかった。

センダイはシナノにも作業を手伝ってもらうことにしてシナノは細長い足を作ってあげた。数分後に出来上がったのはシナノの等身大の粘土細工だった。

「驚いた!センダイくんには才能があるのね?」シナノは完成度の高さに感心した。

「ありがとうございま~す。おれは遊び人なので、遊んでばかりいるので~す。自分で言うのも何ですが、そうすると粘土を作る腕も次第に上達してきたので~す。それでは本物のシナノさ~んは見ていて下さ~い。おれはこれから奇術をお見せしま~す。この粘土で出来たシナノさ~んがムーブメントを見せてくれるので~す。ちちんぷいぷい。それ~!」センダイはそう言うと沈黙をした。シナノは何と言えばいいのかとわからなくなってしまった。粘土は当然のことながら一ミリも動かないので、この場の雰囲気は気まずくなってしまいそうだったので、センダイは種明かしをすることにした。

「これは冗談なんですけど、ははは、つまらなすぎて笑えま~す!」

「そうね。だけど、私はこういう冗談は好きよ。ユーモアがあるものね?」シナノはやさしく言った。

「トレビア~ン!ありがとうございま~す!恩に切りま~す!おれもそう言ってもらえると遊び人の冥利に尽きま~す!シナノさ~んはやさしい方で~す!」センダイはチアフルに言った。

しかし、先程のシナノは何も言わなかったので、自分はもしかしてシナノの気を害してしまったのではないだろうかと思ってセンダイは怯えていた。センダイという男は挑戦的な野心と一緒に細々としたことにも注意を傾けることができる性格を併せ持っている。センダイは繊細な心を持つ芸術家なのである。

センダイは段々とシナノと打ち解けることができるようになってきた。相手の性格を知らないと時に怖いこともあるが、話せばわかり合えることもあるのである。


 故意の場合は謝らなければいけないが、過失の場合でも粗相をしてしまったら謝ることに越したことはない。謝れない虫は心が狭いのである。

 心が狭い虫には本当の意味で慕ってくれる虫は現れない。重大な過失をしてしまっていたら話がややこしくなってくるが、普通の過失ならば、謝れば大抵は許してもらえるのである。

テンリ達は全員で謝ってラジコンのコントローラーを破壊してしまったことによるテンリ達の処分は決まった。ベイ裁判長は次のようにして判決を下した。

「昨今の我輩は博愛主義者なのだ。他の虫さんを苦しめるようなことはさせたくない。それでも罰は受けてもらわなければならない。よって三匹合わせて石拾いを100個というペナルティーでこの件は目を瞑ることにする。これで承諾して頂きたい。これはできればでいいのだが、なるべく土を平らにするということもしてもらえるとありがたい」ベイは厳粛な口調で言った。

「えー!100年もかかるじゃないか!」アマギは適当なことを言っている。

「なんでだよ!一年に一個の計算かよ!」ミヤマはつっこみを入れた。

「そちは不服なのかね?」ベイは詰問口調になって聞いた。

「いや。今のはジョ-クだ。わかった。罰はちゃんと受けるよ」アマギは言った。

「やれやれ。ベイさんは雰囲気とは違ってサディストじゃなくてよかったよ。おれはどうやらベイさんの性格を見誤っていたみたいだな」ミヤマは安心したようである。

「石はあれで拾ってくるの?」テンリはそう言うとすぐそばの手押し車を指さした。その隣にはしこたま石が積み上げられている。石はそこに持ってくればいいのである。

「その通りだ。手押し車は5台もある。三人で一気に仕事を片づけてくれたまえ」ベイは言った。

どうして石を拾ったり土をならしたりするのかというとラジコン・カーがスムーズに走行できるようにするためである。テンリとミヤマは納得をした。アマギは提案をした。

「よし!それじゃあ、今日一日で一番に多くの石を拾った虫はご飯をたくさん食べていいことにしよう!」

「それだけなのかい?しょぼくないかい?」ミヤマは聞き返した。

「それが一番に手軽で無難だろう?」アマギは少しも動じていない。

「いや。それ以前に誰がどのくらい樹液を吸おうが構わないと思うんだけど・・・・」

「ミヤにしてはよく気づいたな。おれも今そう言おうとしていたんだよ」

「って、このぐだぐだな会話は何なんだ?アマの意見は常にしょうもない上に碌でもない。然るに耳を傾けるだけ無駄である。以上」ミヤマは結論を出した。テンリは口を挟んだ。

「ぼく達は焦らないで自分のペースで少しずつ石を拾おうね?」

「そうだな。ほらな?テンちゃんはいいことを言うだろう?」アマギは得意気である。

「そうだけど、なんでそれでアマが威張るのかはよくわからない」ミヤマは言った。

「あはは、まあ、なんでもいいじゃん。よし!それじゃあ、おれは行ってくるよ!」アマギは言った。

「うん。ぼくも行ってくるね」テンリはそう言うと手押し車を押して石拾いに出発した。テンリはアマギとは別の所へと向かった。ミヤマは二匹を見送るとベイに向き直った。

「なあ。ベイさん。ベイさんはもしかしてここをたった一人で管理しているのかい?」

「ああ。そうだとも。時々は助っ人もきてくれるがね」ベイは平坦な口調で言った。

「なるほど。それは本当の本当なのかい?」ミヤマは半信半疑である。

「ああ。本当だ。そちは何が言いたいのかね?」ベイは聞き返した。

「例えば、おれが『こんなことはやっていられるか!』って言って逃走したらどうなるんだい?ゲンゴロウは水陸両用じゃないから、ベイさんは水上から地上にやって来られないだろう?」

「我輩がどうするのかはやってみればわかることだ。やってみればどうかね?」

「それではお言葉に甘えてさようなら」ミヤマはそう言うと挑発に乗ってエスケープした。これは本気ではなくてミヤマは堅物なベイをおちよくっているだけである。

しかし、融通が聞かないところがあるベイはそれを真に受けてしまった。ベイにはいつでも真面目すぎる嫌いがある。ベイはビジネス・ライクに言った。

「それではいでよ!我輩のよき友よ!『口寄せの術』!」ベイが忍法を使うと突然にこの場にはペリカンのキヨセが召喚された。キヨセとはテンリも知り合いのあのキヨセである。

「どわー!どでかいのが出てきた!」ミヤマはちらっと後ろを振り返ると思わず絶叫をした。

「これでそちは納得したかね?」ベイが聞くと止むを得ずにミヤマは肯定をした。

「ああ。わかったよ。おれはもう狡猾なことを考えないよ。いざ!石ころ集めへ!行ってきまーす!」ミヤマはそう言うと逃げるようにして手押し車を押してそそくさと去ってしまった。テンリとアマギとシナノはキヨセと知り合いだが、ミヤマだけは唯一キヨセと面識がないのである。

「すまんね。問題はもう解決してしまったようだ」ベイはキヨセに対して話しかけた。

「そうか。しかし、余は気にしていないぞ。ちょうど暇を持てあましていたのじゃ。それに実際そういう経験が乏しいので、余はあまりごたごたに巻き込まれることが苦手なのじゃ」

「それでも我輩とは『口寄せの術』の契約を結んでくれているのだな?感謝せねばならないな?」ベイは謙虚な口調で言った。昨今のベイは昔よりも高飛車ではなくなったのである。

「いや。いや。余とベイは古くからの知人じゃ。水臭いことを言うでない」

「なるほど。我輩はよき友を持ったものだ。キヨセはもう帰るのかね?」

「いや。せっかくきたのじゃ。もう少しだけここにいよう。構わないかな?」

「もちろんだとも。今は実にユニークな三匹の虫さん達がいるんだ。彼等に会ってみるのもまた一興だ」ベイはテンリ達のことを指して言った。ベイはテンリ達が嫌いではないのである。

「それでは助言に従おう」キヨセはそう言うとテンリ達が帰ってくるのを待つことにした。

 現時点ではベイの言う三匹がテンリ達のことだと気づいていないが、キヨセがそれを知れば大喜びすることは間違いない。テンリ達はキヨセからも好印象を勝ち得ているのである。

『口寄せの術』は契約を結んだ虫を呼び出すことはできるが、元の場所に返してあげることはできない。この両者は絶対的な信頼感がないとやって行けないのである。

例えば、キヨセが忙しい時であってもベイに呼び出されてしまう可能性もあるからである。ベイの忍者としてのレベルは『上忍の下』である。これはカリーと同じランクである。


 その頃のアマギは二つの石を拾い上げると、早くも仕事をサボることにしていた。アマギは元気が一杯なくせに真面目な仕事をすることに向いていない性格をしているのである。

とは言ってもアマギはテンリとミヤマの二人に事後処理を任せてしまう程に薄情者ではない。アマギは少しサボったら仕事を再開するつもりである。そのくらいの分別はアマギにもある。

先程にけん玉を発見していたので、アマギはそれを使って遊んでみようと思い立った。アマギは現場に行ってみた。そこにはすでにアマギの知っている先客がいた。

「ソウリュウもここに遊びにきたのか?」アマギは呼びかけた。

「ああ。その通りだよ」ソウリュウはアマギの方を向いて答えた。ソウリュウはスタイリッシュに身につけているゴムのフリルにアマギから譲り受けたクナイを挟んで腰につけている。

「おれにもけん玉で一緒に遊ばしてくれないか?」アマギは笑顔になって聞いた。

「もちろんだよ。君は『シャイニング』の・・・・」ソウリュウは言い淀んだ。

「おれはアマギだ。あれ?トリュウとドンさんの二人は一緒じゃないのか?」

「よく聞いてくれた!おれはやさしい男だからm引き止めなかったが、トリュウは友人に会いに行ってドンリュウは里帰りをしてしまったんだよ。全く『ワースト・シチュエーション』事件があってからいつ革命が起こるかもしれないのに参ってしまうよ。もしも、革命が起きたらその騒ぎを利用した盗みのチャンスを棒に振ってしまうことになる」ソウリュウは呆れてしまっている。

「それは神様が『盗みはよくないよ』って教えてくれているんじゃないのか?」アマギは聞いた。

「とんでもない。おれの意向を妨げているのは実際問題に神様じゃなくてトリュウとドンリュウだよ。とは言っても心配はいらないはずだ。おれは強運の持ち主なんだよ。それよりもアマギくんの方こそどうしたっていうんだい?仲間に見捨てられたのかな?それならおれが拾ってあげても構わないよ」

「おれは幸い見捨てられていないぞ。ソウリュウの気持ちはうれしいけどな。ソウリュウはおれ達の後を付けてきたんじゃないだろうな?」アマギは疑わしそうである。

「ふっふっふ、笑わせてくれるね?笑止千万だよ。このおれが君達の尻を追いかけていたって?実に下らない話だ。それを言うのなら神出鬼没の大泥棒とでも呼んでくれたまえ」ソウリュウは暴慢である。

「ふーん。そうか。それにしてもソウリュウはちょっと傲慢だな」アマギは苦情を述べた。

「いや。失礼した。傲慢無礼に聞こえたのなら謝るよ。ごめん。それではおれのけん球の才能を見せてあげようか。おれの知名度をもってすれば、こんなことはお茶の子さいさいなんだよ」ソウリュウはそう言うと二本足で立ってけん玉を両手で挟んでけん玉にチャレンジした。

しかし、10回やっても一回も玉は穴に入らなかった。ソウリュウはリハーサルでうまく行っても本番に弱いタイプなのである。アマギはソウリュウの様子をじっと見つめて言った。

「いや。知名度は確実に関係ないと思うぞ。それに全く成功していないじゃん」

「こんなはずではなかったんだ。以前は三回に一回は入っていたんだけどな。おかしいな。わかったぞ!さては穴に球が入らないように細工がなされているんだな?よし!アマギくん!君もやってみたまえ!」ソウリュウはそう言うとアマギに対してけん玉を押しつけた。

アマギはソウリュウに対して一発でけん玉を成功させて見せた。しかし、これはアマギの才能によるものではなくて紛ぐれの中の紛ぐれである。アマギはその後もトライし続けたが、けん玉はもう二度と穴に入ることはなかった。アマギはソウリュウと違って本番には強いのである。

「全く入らないから、これはつまらない遊びだな?」アマギは飽きてしまった。

「そうだよ。そうだよ。これには小細工がなされているに決まっているんだ。これはきっと不良品なんだ。うん。間違いない」ソウリュウはまだ諦めずに責任転嫁をしようとしている。

「他にも何かおもしろい遊びはないのか?もしも、ここにセンダイくんがいたら教えてくれたかもしれないのにな」アマギはけん玉を止めて気分転換をするようにして言った。

「センダイくん?おれも知っているよ。彼はここ『玩具の地』で少しばかり有名だからね。おれも負けてはいないはずだけどね。アマギくん。次は銃撃戦をやってみないか?」

「どんぱちか?よし!それをやろう!」アマギが説明を聞かない所は相変わらずである。

アマギとソウリュウの二匹は少し歩くとやってきた所にはビー・ビー弾入りの超小型ピストルが安置されていた。ガンマンを自称するソウリュウは説明を始めた。

「アマギくん。おれ達はこれから早撃ちで勝負をするんだ。おれとアマギくんはお互いに背中合わせからスタートをして10歩を歩いたら振り向いて相手に対して銃を発砲する。いいね?」

「うん。わかった。それならおれも聞いたことがあるぞ」アマギは納得をした。

アマギとソウリュウの両者は背中合わせになって二本足で立って歩き始めた。二匹は真ん中の手でコンパクトな銃を持って上の片方の手で引き金を引くのである。

時は満ちた。アマギとソウリュウの両者は振り向き様に発砲した。発砲はソウリュウの方がわずかに早かった。しかし、ソウリュウの撃った弾はアマギの頭上の30センチ上を飛んで行ってしまった。アマギの打った弾は地面に直撃した。アマギは楽しげにして言った。

「あはは、これはひどいな?どうやったらここまで下手くそにできるのかはおれでも不思議だよ。おれに負けず劣らずにソウリュウも下手くそだったな?下手くそグランプリがあれば、おれ達はきっと優勝を狙えるぞ!まあ、楽しんだから、おれは何でもいいや。あれ?どうしたんだ?」アマギは不思議そうである。ソウリュウは仰向けに倒れこんでしまっているのである。

「いい戦いだったな。だけど、おれの方が少し早かった。それにも関わらずにおれにも弾が当たったということはコンマ何秒かの差だったんだな?おれに悔いはない。さよなら。ブラザー」ソウリュウは息を切らして言った。ソウリュウは完全に自分の世界に入り込んでいる。

「え?何を言っているんだ?弾は当たっていないじゃん」アマギは真実を口にした。

「アマギくん。アマギくん。当たったんだよ。弾は直撃したんだ」ソウリュウは必死である。

「いや。おれは当たってないと・・・・」アマギは途中までしか言えなかった。

「当たったんだ!当たったんだ!当たったんだよー!ほら!アマギくんも倒れて!」アマギはソウリュウの熱気に押されて仕方なく納得して形式的に仰向けに倒れた。

「よし!わかった!当たったことにしよう!だけど、本当は当たってないよな?」

「って、全く納得してくれてないじゃん!おれには一つわかったことがある。ここには不良品が多いということだ。このピストルにもきっと性能に問題があるんだろう。しかし、おれはやさしい男なんだ。決して文句を並べ立てたりはしない。どうだい?格好いいだろう?」

「いや。さっきの醜態を見せられてそう聞かれても・・・・」アマギは白けている。

「ふっふっふ、まあ、いいだろう。おれは正直者が好きなんだ。アマギくんとも友好を持てたことだし、何もかも大満足だ。パン・パカ・パーン!」ソウリュウはよくわからないことを言って話をまとめた。

ソウリュウは心の中でスポット・ライトを浴びている。どうして浴びているのかは謎である。一つ言えることがあるとすれば、ソウリュウはお祭り男だということである。

しかし、けん玉もできなくてビー・ビー弾の銃でも狙ったところに打てなくてもアマギとソウリュウのようにして明るく笑い飛ばすことができれば、人生は楽しいのである。

どんな虫や人にもできないことはあるのだから、そのことばかりを気にして暗くなるのではなくて結果的にできなくてもその過程で楽しむことができたならそれはそれでいいことなのである。


 テンリは石を6個も持ってベイの所に帰ってきた。テンリは与えられた仕事はきっちりこなすというのがモットーなのである。テンリは誠実な性格をしている。

 今はラジコンのコントローラーを壊してしまった罰として仕事をしているが、何がテンリをそこまでしてまじめにさせるかと言えば、それはテンリのやさしさでもある。

アマギとミヤマの二人はまだ成果を上げていないが、テンリに割り当てられた仕事アサインメントは捗っているので、ベイは満足げである。テンリはキヨセを発見した。

「あれ?キヨおじいちゃんだ!久しぶりだね?」テンリはうれしそうにしている。

「本当にその通りじゃ。ラジコンを壊してしまったというのはテンリ殿達のことだったのだな?」キヨセは意外そうにしている。テンリ達はキヨセの想像と違ってやんちゃなのである。

「おや?君達はキヨセと知り合いだったのか。我輩にもそれは驚きだ」ベイは口を挟んだ。

「ということはベイさんとキヨおじいちゃんも知り合いなんだね?キヨおじいちゃんはもしかしてベイさんに会いにきたの?」テンリは予想を交えながら聞いた。

「大体はその通りじゃ」キヨセは答えた。ベイは舐めてもらっては困ると言わんばかりにして自らの忍法について話し始めた。ベイはそれが終ると最後に言った。

「我輩には強力なバックがついているので、ちょっとやそっとではびくともしないのだよ」

「うん。そうだね?キヨおじいちゃんは反抗的な虫さんを丸呑みにしちゃうの?それはホラー並に怖いことだね?」テンリは不安そうにしている。キヨセは思わず笑ってしまった。

「余はそんなことはせぬ。余はどうやらテンリ殿を怯えさせてしまったようじゃ。大丈夫じゃ。余は基本的に威圧感を与えて相手にプレッシャーをかけるだけじゃ。危害は与えない」

「そうなんだ。それはよかった。キヨおじいちゃんはやさしい鳥さんだものね?」テンリは安堵した。

「今のテンリ殿は石を拾っているそうだな?余は暇なのじゃ。お手伝いでもしようかな?余の提案はどうじゃ?」虫助けの好きなキヨセはテンリに対して申し出てくれた。

「手伝ってくれるの?ぼくはうれしいな。だけど、キヨおじいちゃんはどうやって石を運ぶの?口の中に入れるのかなあ?それって少し痛そうだよね?」テンリは心配そうにしている。

「心配は無用じゃ。そこには風呂敷があるので、余はコウノトリが人間の赤子を運ぶようにしてそれに石を包んで運ぶつもりじゃ。こうすれば、一度に何個もの石を運べる。テンリ殿達の役に立てると思うぞ。仕事のスピードが倍増することは間違いなしじゃ」キヨセは言った。

「ありがとう。それじゃあ、キヨおじいちゃんも一緒に石を拾いに行こう!」テンリは言った。

「そうだな。それではベイよ。何かあれば、すぐに余を呼び出しておくれ」キヨセは告げた。

「わかったよ。我輩は手を拱いているだけですまないな」ベイは恐縮した。

「そんなことは全く構わないよ。それじゃあ、行ってくるね!」テンリはそう言うとキヨセと共に歩き出した。その後はテンリが二つの石を手押し車に入れるとキヨセは話を切り出した。

「テンリ殿。少し物騒な話になってしまうが、この甲虫王国には今まで無法者によって組織されたファルコン海賊団というものがいたことを知っているかな?」キヨセは聞いた。

「うん。知っているよ。だけど『今まで』っていうことはどういう意味なの?」テンリは聞いた。

「噂によれば、無法者の海賊団は解散したそうなのじゃ。何と言ったかな?そうじゃ。ハヤブサとノートンじゃ。この二匹は『オープニングの戦い』の後に対立してその下に付く者も二分されたそうじゃ。ノートンの方に付いた者達は明らかに数が少なかったが、この者達は腹いせにあの有名な『西の海賊』達と一戦を交えたようじゃ。元はと言えば『西の海賊』のせいでノートン達はこんな目に合っているからなのだろう。理不尽と言えば、理不尽な理屈じゃ」キヨセはここで一度だけ言葉を切った。

「うん。『西の海賊』と言えば、アスカさんやサイジョウさん達のことよだね?」

「その通りじゃ。テンリ殿も知っておるのだな?その戦いは『無法の地』にいるノートン達によって引き起こされたので、世に『ローレスの戦い』と呼ばれているそうじゃ」

「そうなんだ。ぼく達は『西の海賊』の皆とは実際に会ったことがあるんだよ。聞くのは少し怖いけど『ローレスの戦い』の結果はどうなったの?」テンリはおっかなびっくりである。

「勝者はサイジョウ殿が率いる『西の海賊』じゃ。ノートンの側の数がいくら少ないと言っても都合10匹はいたはずじゃ。だから『西の海賊』もかなりの苦戦をしいられたことは間違いないだろう。それでも勝利できたのはその時の『西の海賊』が偶然にもフル・メンバーだったからだそうじゃ。悪いことはできないものじゃ。悪事をすれば、それ相当のはねっ返りを受けることになるのじゃ」

「そうだね?無法者の海賊は色々やったけど、結局はその全部が実を結ばなかったものね?」

「その通りじゃ。ノートン達は『監獄の地』に収容されているようじゃ。これは『ワースト・シチュエーション』事件よりも後の話だから、彼等は誰も脱獄していないようじゃ。これで無法者の海賊はこの王国から消え去ったという訳じゃ。結構なことじゃ」キヨセはしみじみと言った。

 オウギャクからも革命軍に招待する声がかけられていたのだが、ノートンはそれにも関わらずに『西の海賊』に挑んだ結果としてドロップ・アウトすることになったのである。

「そうだね。もう片方のハヤブサっていう虫さんはその後どうなったのかなあ?」テンリは聞いた。元ファルコン海賊団の船長のハヤブサの動向は重要である。

「そうだったな?その話はまだだった」テンリは少し離れたところまで石を拾いに行ってしまったので、キヨセは一度言葉を切った。キヨセはテンリが返ってくると再び話を始めた。

「ハヤブサという虫とその部下達の約20名は革命軍へと鞍替えしたそうじゃ」

「そうなんだ。油断はそれならまだできないね?」テンリは抜け目なく言った。

「全く以ってその通りじゃ。余はテンリ殿とシナノ殿の助言を受けて色々な生き物に話を聞いて回ったのだが、その成果を聞いてはくれないかな?」キヨセは話を変えた。

「うん。喜んで」テンリは作業を止めて話を聞く態勢を取った。キヨセも本腰を入れて話し始めた。

「余は4人兄弟の三男坊なのじゃ。アカセとタカセという兄とヒナセという妹がおるのじゃ。おもしろい話を聞かせてくれたのはヒナセじゃ。これが世に言う『灯台下暗し』じゃ。妹はもうヒナじゃないのにヒナセじゃ。少し不憫な名前なのじゃ。それではお聞かせしよう」キヨセはテンリによって話を聞いてもらうことになった。テンリからしてみれば、キヨセによって話を聞かせてもらうという気分である。

 テンリとキヨセの二人に共通しているところがあるとすれば、どちらも謙虚な生き物であるという所である。テンリとキヨセは普段から譲り合いができるのである。

テンリはキヨセというペリカンに対して聞き手としても語り手としても高評価を与えている。以下はキヨセの語ったヒナセに関する物語の概要である。


 ヒナセは童心に戻りたいと思った。ヒナセはそれだけではなくて子供に交じって遊びたいと願った。とは言ってもそれはヒナセが子供っぽい性格だからではない。ヒナセは子供の頃から自分の意見というものをうまく言えずにもじもじしてしまう所があった。となれば、今の自分より年下の子供に交じれば、知識も経験も他の子供のペリカンに優越しているはずなので、ヒナセは意見を述べられるようになるのではないかと考えたのである。しかし、人間に換算すれば、今のキヨセは70歳である。ということは今のヒナセは60代のおばさんである。これでは子供として子供に交じって遊ぶことは無謀というにもおこがましい。

ヒナセはそれでも奇跡を信じて夢を捨てなかった。問題はただ子供に交じればいいということではなくて頭脳は大人で見かけは子供ではないといけないということである。

「うーん。何やら難しくてよくわからないな。ヒナセには孫がいないから、久しぶりに子供の面倒を見てみたいということなのかな?」アカセは聞いた。ヒナセは長兄のアカセに対して勇気を出して事情を説明させてもらったのである。アカセは話自体は真面目に聞いてくれていた。

「いいえ。違うの。私は同年代の子と一緒にいても自分の意見を主張できるようになりたいの。今までもダメだったのだから、今更ダメかしら?」ヒナセは少し悲観的になっている。

「いいや。そんなことはないんじゃないか?よし!わかった!おれの孫と遊んでみるといい!明後日は内の息子と一緒に孫が遊びに来るはずなんだ。それでいいだろう?」アカセは聞いた。ヒナセは押し切られて『ええ』と言って曖昧に頷いた。ヒナセは自分も子供にならなければならないはずなのだが、ヒナセにはこのようにして他人の意見を否定できない所がある。後日のヒナセはアカセの孫である4才のペリカンと遊んだ。その結果は当然と言うべきか、ヒナセは4才のペリカンをリードして遊んであげることができた。しかし、それはヒナセの希望を満足させてはくれなかった。

ヒナセがやりたいのは同年代かそれ以上の年代の生き物に対して同等の立場から物が言えるようになりたいのである。その後のヒナセは悶々として時を過ごしたが、今度は2番目の兄であるタカセに相談してみることにした。三人目の兄のキヨセは上記の通りに放浪の旅に出ている。

「なんだ。そんな簡単なことか。神妙な顔をして『悩んでいることがあるの』なんて言うから、何事かと思ったよ。これで問題は万事解決だな」タカセはヒナセの話を聞き終えると主張をした。

「私は何をすればいいのかしら?」ヒナセは不安げである。

「言っただろう?簡単なことだよ。ヒナセは小さくなればいいんだよ」タカセにそう言われるとヒナセはきょとんとした。しかし、タカセの言っている意味はその後にヒナセも理解することができた。タカセは体が半分以下になれる『スモール・レーザー』というものを持ってきた。それは節足帝国の発明品である。ヒナセはかくして小さくなった。小さくなったヒナセは小さい子供達が集まる遊び場にやってきた。

今のヒナセはどう見ても4才から5才のサイズになっているので、周囲にはすぐに溶け込むことができた。しかし、そこでは率先して周囲の皆を引っ張っていくことはできなかった。

自分の意見を主張できなかったのである。ヒナセは何とかして皆の気を引こうとしても空回りしてしまっていた。日はそうこうする内に陰って帰宅する時間になってしまった。

「ヒナセちゃんはお利口さんよね?皆の意見に合わせてくれるんだものね?」あるペリカンの母親は肩を落としてしょんぼりとしてヒナセが帰ろうとすると不意に言った。

「他人に合わせることができるのはやさしさがある証拠よ」別のペリカンの母親は言った。

「だけど、ぼく達はもうちょっとヒナセちゃんのお話を聞いてあげればよかったかな?」子供達の中では一番の年長のペリカンは最後に言った。他の子供達もそれに同意している。

「ううん。いいのよ」ヒナセはそう答えるとタカセの元へ帰って元の大きさに戻してもらった。

「何だかうれしそうじゃないか。何かいいことでもあったのかい?いや。聞くまでもないか。ヒナセは自分の意見を率直に言えたのかな?」タカセは興味津々で聞いた。

「ううん。結局は言えなかったの。だけど、わかったことがあるの」ヒナセは答えた。

「そうか。ぼくがそれを当ててみようか?他人に意見を合わせることができるっていうことはすばらしいということがわかったんだろう?」タカセは核心をついた。

「ええ。タカセ兄さんはわかっていたの?」ヒナセは不思議そうである。

「もちろんだよ。ぼくはずっとヒナセのそういうところを尊敬しているからね。だけど、ヒナセはぼくが口で言ってもきっと納得しないと思っていたんだよ」次兄のタカセはすまなそうにした。

「それだけじゃない。他の生き物がちゃんと一人一人の意見を聞いてあげることやそれに時間がかかっても辛抱強く待っていてあげることは重要なことなんだよ」長兄のアカセは口を挟んだ。

「話が違うな。アカセ兄さんはヒナセの言っていることがわからなかったんじゃないのかい?ぼくに相談をしにきた時にヒナセはそう言っていたよ」タカセは訝しんでいる。

「うん。最初は確かにわからなかったよ。だけど、今言った通りに他人の意見というものはちゃんと聞かなければならないものだ。おれもヒナセの言ったことをよく考えてみたらその意味を理解することができたよ。おれはそれ以前に何ぶん暇人なのでな」アカセは答えた。

「ありがとう。アカセ兄さん。タカセ兄さん。気づくのがすごく遅れてしまったけど、私はこの年になって初めて自分の性格が好きになれたみたい」ヒナセは胸が一杯になっている。アカセとタカセの二人はとてもうれしそうな顔をした。とても仲がいいので、キヨセも入れたこのペリカンの兄弟は助け合うことができるのである。大切なのはどんな生き物の意見も尊重されて然るべきだということである。更に重要なことはどんな個性の持ち主でも軽蔑の対象にしてはならないということである。

例えば、ヒナセのようにして自分の意見がはっきりと言えない生き物がいたとしてもそれは個性であって罪ではない。自分の個性を否定されるのは誰だって嫌なのだから、他人に言われて嫌なことは自分も他人に対しては決して言ってはいけないのである。


 その頃のシナノはセンダイによって案内されてシャボン玉の遊び方を習っていた。シャボン玉で遊ぶことなんて初めてなので、シナノは清新フレッシュな気持ちである。

ここのシャボン玉は息を吹きかけるタイプのものではなくてラケットのような形をしたものから作り出すタイプである。シナノは何度もやっているとシャボン玉をうまく作り出せるようになってきた。二本足で立てないシナノは石に体をのっけて前の二本の手を使って器用にシャボン玉を作り出している。この『玩具の地』で使われているシャボン玉は触ることのできるものである。泡が固まるようにできているからである。

「おれはこれからシャボン玉の中に入ってみたいと思いま~す」センダイは言った。

「それは楽しみね?」シナノは純粋な好奇心を持って反応した。

「というのは冗談で~す。こういうのには飽きてきました~か?」

「いいえ。別にそんなことはない」シナノは平常心で言った。センダイはこれでも必死でシナノをおもしろがらせようとしているので、シナノはそれに気づいてあげることができている。

ここにある物は確かに大きさが足りないが、世の中には本当に人や虫が入れるシャボン玉が存在する。センダイはおかしみを含んだ口調で言った。

「おれは正直に言ってこういう冗談を言うのはやめようと思っているので~す。本当に危険な時でも『また冗談か』って思われたら一大事ですか~ら」センダイは真面目な顔をした。

「そうかしら?だけど、それならオオカミ少年と同じね?」シナノは知的である。

「というのも冗談なので~す。おれは全然そんなことを気にしない性格なので~す」

「センダイくんは明るい性格だものね?私もセンダイくんのそういうところを見習わないと」

「いや~。恐縮で~す。どうしておれが遊び人になったのかを話してもいいです~か?」

「ええ。ぜひとも聞かせて」シナノは同意した。センダイはシャボン玉を作り続けながら話を始めた。以下はセンダイが話してくれた短い話である。小学生の頃のセンダイはネズミの騎士ナイトが活躍する物語を母から聞いた。それはハヤテという名の一匹の小さなネズミが弱小国で強くなるための修行をするという場面から始まった。どうして強くならないといけないかというと隣国がハヤテの住む国を隷属させようとしているからである。しかし、自分だけ強くなってもこの国を救えないと思ったハヤテは他のネズミにも自分の戦術を教えることにした。ハヤテは戦闘において卓越した能力を持っていたのである。

しかし、中々ハヤテの思い通りには行かずにまごまごしている内にハヤテの国は大国の支配下にされてしまった。恐れていた事態が発生した。ハヤテの住む国の人民は譲渡や売買の対象にされるようになってしまったのである。ようは国民が奴隷になってしまったのである。ハヤテはそれでも諦めなかった。

ハヤテは密かに特訓を続けてある時に自分が先頭に立って予め作っておいた仲間の奴隷達と反乱を起こした。それは成功した。ハヤテはこのようにして一躍に時のネズミとなって自国での発言権も強めることになった。強く印象に残っている話なので、センダイはすらすらと以上のことをしゃべり終えた。シナノは真剣にその話を聞いていた。センダイは注意事項を付け足しておくことにした。

「これは童話なので、諦めなければ、いつかは必ず大逆転できるという簡単な話なので~す」

「一寸法師のようなお話ね?だけど、結論がまだ見えない」シナノは鋭い所をついた。

「はい。そうなので~す。おれはこの話を聞いてからいつかは自分も強くなって困っている虫さんを助けてあげたいと思うようになりまし~た。おれも強くなるための特訓を始めまし~た。特訓の成果を見せる時はその後にやってきまし~た。おれが小学校の6年生の時にある教師がトウマという名の虫さんを苛めていたので~す。話を聞けば、トウマくんはその教師の初恋の相手の息子だというので~す。その教師は自分の恋が実を結ばなかった腹いせをしていたので~す。おれは散々その教師に対して苛めを止めるように忠告したのですが、聞き入れてもらえなかったので、おれは戦う道を選びまし~た」センダイは平素の口調でさらっとすごいことを言った。以前のセンダイは今よりもずっとやんちゃだったのである。

「先生に対して殴りこみに行ったの?センダイくんってすごい勇気があるのね?」

「いや~。褒められたもんじゃないんですけ~ど。結局は教師と互角に渡り合って戦いはドローになりまし~た。ただし、教師はこれに懲りて苛めを止めると言ってくれまし~た。その約束は確かに一見すると果たされまし~た。その教師は話が一段落するとこんなことを言い出しまし~た。実はトウマくんも裏で悪いことをしているというので~す。おれはそれからトウマくんを注意深く観察するようになりまし~た。しかし、何も悪いことはしていないようでし~た。そんなある日におれの所に一匹のクラス・メートが相談を持ちかけてきまし~た。それはトウマくんが裏で苛めをやっているというので~す。その話を相談しに来た虫さんも被害者だというので~す。おれは止むを得ずにトウマくんと話し合いまし~た。しかし、トウマくんは白を切り通しまし~た。しかし、おれは段々とこの話がきな臭いと思い始めて色々な虫さんから話を聞いて回りまし~た。全てのからくりは判明しまし~た。トウマくんが裏で苛めをしているという話はでっち上げだったので~す。あの悪い教師が生徒を使っておれにトウマくんをやっつけさせようとしていたので~す。それがわかった時は当然ですが、おれはトウマくんをやっつけなくてほっとしまし~た。それと同時に暴力はよくないことだと思いまし~た。余程のことがない限りはもう戦うのは止めようとおれは思ったので~す。父はそんな折に『玩具の地』から折り紙を持ってきてくれまし~た。おれはその遊びに熱中しまし~た。一度は疑ってしまった罪滅ぼしとしてトウマくんにも折り紙のおもしろさを体感してもらいまし~た。トウマくんは幸いにもこの遊びを楽しんでくれたので~す。おれは遊びを通してトウマくんと心の交流を持つことができたので~す。おれはそこで再び思いまし~た。実はおれが母から聞いたハヤテという名のネズミの話には最後の落ちがあったので~す。それはハヤテの提案によってこれから争いをする時はスポーツで決着をつけることにしようということになったので~す。外交問題で話がこじれたならば、人間界で行われるというあの世に名高いオリンピックのような大会で白黒つけることになったので~す。暴力とはとても醜いものなので、どうせ争いをやるのならば、おれも遊びで勝負をしようと決めたので~す」センダイはようやく長い話を終えた。センダイは心地の良いそよ風に吹かれながらも満足そうである。

「素敵なお話ね?私もいつも平和にいざこざを解決できたらいいと思う。皆がセンダイくんみたいな考えを持っていればいいのにね?痛い!」シナノは突然に悲鳴を上げた。

「どうしまし~た?シナノさ~ん!大変だ!ドクタ~!誰か来て下さ~い!」センダイはすっかりと取り乱してしまった。シナノは突然にっこりと笑った。

「ていうのは冗談なの」シナノは恥ずかしそうにしながら打ち明けた。センダイは体を強張らせてからどっと笑った。センダイは同時に少しうれしい気持ちになっている。

「いや~。やられまし~た。シナノさ~んは大した女優で~す。アマギさ~ん達にも是非これをやってみるといいで~す。大爆笑させることは間違いなしで~す」

「そうかしら?だけど、慣れないことしたら恥ずかしくなっちゃったみたい」

「そうです~か?誰だ?今シナノさ~んのことをじっと見つめている不審な男がいたので~す」

「それは本当かしら?」シナノは相当に疑わしそうな顔をしながら聞いた。

「これも冗談で~す。他人に迷惑さえかけなければ、虫は何をやったっていいんで~す。これこそがフリーダムのトレビア~ンなので~す」センダイは断言をした。小学生の時のエピソードによる戦いを嫌うという所からもわかる通りに遊び人という枠だけでなくてセンダイはやさしい虫という風にカテゴライズすることもできる。センダイ確固たる信念を持ってあえては遊んでばかりいるのだということがわかったから、先程のシナノは柄にもないおふざけに身を投じることにしたのである。

 穏やかな性格のセンダイはそんなシナノのようにして自分の話を聞くことによって厭戦の思考を皆が持ってくれるといいなと常日頃から思っているのである。


ずいぶんと遊べたので、アマギは再び石拾いを決行することにしていた。これは罰ゲームではなくてペナルティなので、軽々しくキャンセルできないということをさすがのアマギでも重々承知している。アマギはベイに対して苦情のような交渉ネゴシエーションをする気もない。アマギは自分の否をきちんと認めることができるので、ベースは素直な男の子なのである。それに石を拾うことくらいはアマギにしても難しい作業ではない。ソウリュウは興味津々でアマギの作業を見ていたので、アマギはソウリュウに対して事情を話してあげていた。ソウリュウは意外にも気前よく次のようにして言ってくれた。

「わかった。おれもそれを手伝おう!おれはもうアマギくん達とお友達だからな。当然だ」

「本当か?ソウリュウはいいやつだな?見直したよ」アマギはこだわりなく言った。

「おいおい!言ってくれるね?見直すっていうことは元々おれの評価は地に落ちていたっていうことか?」ソウリュウは余裕を感じられるような口調で問いかけた。

「ごめん。口が滑った。だけど、ソウリュウって少し図々しいところがあるよな?おれと同じで不器用だし」悪気はなくとも何ぶんアマギは正直すぎるのである。

「ちょっと待ったー!どうやら気づいてないみたいだから、教えてあげるけど、アマギくんはまた口が滑っているよ!しかも、見直した後の評価がそれか!それじゃあ、ダメ男の典型じゃないか!おれはやさ男の典型のはずだよ。まあ、いいや。おれは小さいことにはこだわらない男でもあるんだ」ソウリュウは明るく言った。ソウリュウはしゃべりながらもアマギの後を歩いている。

「よし!それじゃあ、次から手伝ってくれ!」アマギは一つの石を拾い上げるときっぱりと言った。

「もちろんだよ。義を見てせざるは勇なきなりっていうからね。ん?今『次から』って言ったのかな?」意外と能天気な所もあるソウリュウは不思議そうにしている。

「うん。そうだよ。これを見てくれよ」アマギは手押し車を指さした。車には石が満タンになっている。ソウリュウが石を拾っても入れる所はもうないのである。

「しまった!おしゃべりに夢中になっていたら手伝うのを忘れていた!」ソウリュウは声を上げた。

「ソウリュウってうっかり者なんだな?ごめん。また不名誉なことを言っちゃったよ。ん?帰り道はどっちだ?わからなくなっちゃったよ。ソウリュウはゲンゴロウのベイさんがいるところを知っているか?」方向音痴な上にいい加減でもあるアマギは助けを求めた。

「ベイさん?いや。知らないな。おれはこの地に不案内なんだよ。予め言っておくが『ソウリュウは役立たずだな』とか言わないでくれよ。おれは意外と打たれ強くないんだよ」

「あはは、そんなことは言わないよ。それじゃあ、適当に歩くとするか!その内に辿り着けるだろう」アマギはそう言うと手押し車を押して歩き出した。ソウリュウも颯爽とその後に続いた。

「ソウリュウは国宝を盗み出したいんだよな?」アマギは話を始めた。

「そうだよ。その国宝を母親の墓前に持って行くつもりなんだ」ソウリュウは明快に答えた。

「こんなことはないだろうけど、もしも、革命が成功したらどうするつもりなんだ?仮に宝を盗み出したとしてもオウギャクはきっとソウリュウ達を殺しに来るぞ」

「本当に宝にそれだけの値打ちがあるのならね。だけど、大丈夫だよ。おれは強いからね」

「もしも、革命が成功しなかったらどうするんだ?殺し屋を送ってきたりするようなことはないと思うけど、ゴールデン国王様も黙っていないんじゃないか?」

「そのことか。それなら安心してくれ。おれは現在の国王様を倒そうなんて考えていないよ。そんなことをすれば、誰が革命軍なのかがわからないからね」ソウリュウはあっさりと言った。

「ふーん。宝はきちんと返却をするのか?」アマギは何の気なしに聞いた。

「もちろんだよ。用がすめば、返してあげるつもりだよ。トリュウは友人を訪ねていると言ったが、その友人っていうのは国王軍の主力の一人のジュンヨンなんだ。友人の友人は友人だ。友人を困らせることはできない。おれはゴールデン国王様を尊敬しているし、好いてもいるんだ。実は国王様に不義理を立てることはおれの本望じゃないんだよ」ソウリュウはしたり顔をしている。

「ふーん。ソウリュウはいいやつだな。おれはちょっとだけどソウリュウを応援したくなったよ。盗みはいけないことだから、あくまでもちょっとだけな」アマギは素直である。

「ありがとう。アマギくん。アマギくんはおれのことを貶してもくれたが、褒めてもくれたね?他の虫を褒めてあげた虫はその虫自身も褒められるべきである。おれはいつでもそう思っているんだ。衣食が足りて礼節を知るとは言うが、他人を褒めるにはそれだけでは足りない。他人を褒められるということは心が清らかな証拠だ。アマギくんは他の虫に愛されて他の虫を愛することのできるやさしい虫さんだとおれはお見受けした。当たっているだろう?いいね?パン・パカ・パーンっていう気分だよ」

「ソウリュウはいいことを言うんだな?それにしても何かそれに意味はあるのか?」

「パン・パカ・パーンのことかな?意味は別にないよ。これは単なるおれの口癖なんだ」ソウリュウはけろりとして言った。アマギもそれを不快に思った訳ではない。先程から暴言を吐きまくっているが、ソウリュウのことが嫌いな訳ではないし、心が広そうだからこそ、アマギはソウリュウに対して言いたいことを言っているのである。アマギとソウリュウは迷子として『玩具の地』を歩き回ることにした。アマギは迷子を恥だとは思わないし、ソウリュウも特にそのことを気にはしない。

 時にレトロなおもちゃを発見することができるので、アマギとソウリュウも退屈することはない。これからトラブルに巻き込まれるアマギとソウリュウの二人は尚更である。


 その頃のアマギとソウリュウのすぐ近くではオオフタマタクワガタとクロツヤクビボソクワガタが歩いていた。どちらもその二匹はオスで順番に名はマターとヤックと言う。

ヤックとマターは平の革命軍である。しかし、そうは言ってもヤックとマターという二人はいつでも昇進の好機を窺っている野心家でもある。ヤックとマターと言えば『育児の地』において幼虫を動物に食べさせてその動物を革命軍に引き込もうとしてアンタエウスとクルビデンスという『森の守護者』に阻まれていた虫達である。あれは別に上からの命令ではなかったので、今のヤックとマターはその作戦を諦めている。

「おれ達のボスのオウギャクさんはすごいな?『ワースト・シチュエーション』事件での囚人達も傘下のファルコン海賊共も簡単に手なずけちまったものな?これならば、革命は間違いなく成功するだろう。おれも士気が高揚してきたよ。これからの甲虫王国の行く末を想像するとぞくぞくするな?」マターはゆっくりと歩きながら口を開いた。今のマターは意気揚々としている。

「確かにそうだな。しかし、問題もある」ヤックは語調を落として言った。

「問題だって?何のことだ?相棒よ」大らかな性格のマターは聞いた。

「考えてもみてくれよ。確かに俯瞰すれば、仲間が増えるのはいいことだ。しかし、一個人から見たらどうだ?優秀な人材ばっかりそろっちまったらおれ達みたいな平社員は埋もれていく一方だ」

「それはそうだが、かといってヤックには何かいい手があるのか?」マターは聞いた。

「ああ。おれはずっと考えていたんだよ。革命が起こるまでの今この期間は言ってみれば、一時の猶予を与えられているようなもんなんだ。今の内に手柄を打ち立てればいいだけの話なんだ。革命を起こせば、国王軍の主力はおそらく革命軍の主力とぶつかるだろう?だから、今がチャンスなんだ。タイム・イズ・マネーっていうやつだ」ヤックは太陽の日差しを浴びながら思慮深く言った。

「しかし、そう簡単に事は運ぶものなのか?ん?」マターは言葉を切った。近くで話し声が聞こえてきたので、そちらを向くとマターの視線の先にはアマギとソウリュウがいた。

「おい!あれは『アブスタクル』とソウリュウじゃないか?」ヤックは思わず声を上げた。

「そうだ。うん。そうだ。おい!どうする?」マターは少し動揺してしまっている。

「どうするって?やるしかないだろう!これは天の配剤だ!行くぞ!」ヤックは駆け出した。

「貴様ら!悪いがくたばれー!」マターはそう言いながら突撃をした。

「えー?どうして行き成りくたばらないといけないんだよ!嫌に決まっているだろう!」アマギは余裕がたっぷりである。アマギはいつもの通りにちょっとやそっとでは物事に動じることはない。

アマギにはマターが戦闘の担当をしてソウリュウにはヤックの方が襲いかかってきた。ソウリュウはトリッキーな行動に出た。ソウリュウはわざわざクロスをしてアマギに向かってくるマターの体を挟むとそのまま横に払ってマター共々にヤックを弾き飛ばした。

「まだまだ!諦めるな!勝利を信じる者は報われる!これがオウギャクさんの教えだ!」マターはそう言って起き上がると再びアマギに対して組みついた。マターは自分達を鼓舞している。ヤックは『もちろんだ!うおー!』と言うとソウリュウに対して攻撃を開始した。

「君達はおれと出会ったのが運の尽きだな?アン・ラッキーだったな?」ソウリュウは攻撃を受け流しながら言った。ソウリュウはアマギと同様にして余裕である。アマギはマターを持ち上げて羽を広げると前方に飛びながら木に向かってマターを放り投げた。マターは『ぐわっ!』という悲痛な声を上げた。アマギとマターの実力差は火を見るより明らかである。アマギの方が圧倒的に強いのである。

「何だよ。これじゃあ、おれは弱い者を苛めてるみたいじゃないか。しかも、どうして戦わないといけないのかも全然わかないぞ。謎だ。まだ向かってくるのか?」ホバリングを止めて地上に降りてきていたアマギは言った。マターは雄叫びを上げてアマギに突っ込んできた。

その頃のソウリュウはというとヤックの必死の攻撃をイージーにかわしながら顎でヤックのことを横に払った。ヤックはあっけなく吹き飛ばされてしまった。アマギもそこにちょうどマターを横へ放り投げていたので、ゲリラ部隊のマターとヤックは激突してしまった。

マターとヤックは順番に『うえっ!』とか『ぐえっ!』という声を上げて大人しくなってしまった。まさに瞬殺である。ヤックとマターはアマギとソウリュウによって天誅を加えられたのである。

「おれ達はけっこういいコンビかもしれないな」ソウリュウは取り澄ましている。

「そうか?それよりもおれはどうしてこの二匹と戦わないといけなかったんだ?単なる腕試しか?それならそうと言ってくれればいいのにな」アマギは明るい口調で言った。

「いや。腕試しじゃないだろう。彼等はたぶん革命軍だ。さしずめ『シャイニング』のアマギくんを討伐して手柄でも立てようとしたんだろう」ソウリュウがそう言うので、アマギは二匹に対して確認した。マターは肯定の意を表したので、アマギは納得をしてから話を続けた。

「あれ?だけど、どうしてソウリュウまで標的にされたんだ?おれのとばっちりか?」

「いや。違うだろう。実はおれも革命軍のターゲットなんだよ。泥棒を自称するおれは革命軍にとって目障りなんだろう」ソウリュウがそう言うとアマギには思い出すことがあった。

「そうか。そういえば、シーサーのおっさんも同じ理由で威嚇されていたな。まあ、何でもいいや。ベイさんの所に戻ろう」アマギはいつでも元気が横溢である。

「おい!おれ達の処分はどうするんだ?おれ達を『監獄の地』へ送らなくていいのか?遠慮はいらない!覚悟はできている。煮るなり、焼くなり、好きにしてくれ」マターは弱々しく言った。

「おれは全く気にしていないから、別にいいよ。だけど、おれ達にもうアタックしてこないでくれるか?それだけはお願いするよ。それじゃあ、元気でな」アマギはライトに言った。

「悪かったね?もしも、オウギャクに会ったら『おれはあんたの思惑通りには動かない』とでも言っておいてくれ」勇ましく爽やかにそう言ったが、ソウリュウは少しすると態度を軟化させた。

「何てこった!アマギくんに先を越されちゃったよ!『おれは全く気にしていないから』っておれが言おうとしていたんだよ!いいとこ取りで抜けがけするなんてひどいじゃないか!アマギくん!」

「そうか?ソウリュウも言ってもいいぞ。おれは許す」アマギは寛大である。

「わかった!ありがとう!って、二回も同じことを言ったらおれはまるでバカみたいじゃないか!」

「あはは、まあ、何でもいいじゃん」アマギは相変もわらずに相当に適当である。

「アマギくんと一緒にいると何やらおれにまでアバウトな性格が移っちゃいそうだよ」

「そうか?それはよかったな」アマギは適当な発言をしている。

「いや。よかったのやら悪かったのやらおれには判断ができないよ」ソウリュウは困惑している。その間のヤックとマターは野球のディレード・スチールをやられたみたいにしてきょとんとしていた。マターはアマギとソウリュウの二匹が視界から消えるとヤックに対して話しかけた。

「勢いはよかったが、終わってみれば、この様だ。笑っちゃうな?」

「しかも何のお咎めもなしとくる」ヤックは完全に脱力してしまっている。

「おれ達は一体何なんだろうな?他の虫に対してでかい顔をするために生きているのか?それなら今その生きがいは粉砕した。虚しいな」ヤックの方もしょんぼりしている。

「他の虫に対して難くせをつけて受け入れない。おれ達はちっぽけな存在だ」

「それに引きかえて今のあいつらはどうだ?こんなおれ達に対しても『元気でな』とか『悪かったね』だとよ。虫としての度量が違う。なあ。ヤック」マターはある提案をしようとした。

「ああ・わかっている」ヤックはそう言うとマターと共に歩き出した。

マターとヤックの二人が自ら『監獄の地』に出頭して逮捕されるのは少し先の話である。アマギとソウリュウの人望は小悪党の二匹の心を救って見事に更生させてみせたのである。

今のアマギとソウリュウのようにして例え意図していなくてもやさしさを日頃から心がけていれば、世界を洗浄することだって決して不可能なことではないのである。

一人がやさしさを大事にしたって世界は変わらないと思うかもしれないが、そんなことは決してない。この大きな世界を構成しているのは一人一人の虫や人だからである。


 改めて言うまでもないかもしれないが、ミヤマは無類のおしゃべりである。ミヤマはそのおしゃべり癖が高じてシナノに対して今の状況を話したくなってしまった。ミヤマは石を拾いながらシナノの所に向かうことにした。シナノはどうしているかなという幾らかの興味もあったミヤマは偵察もすることにした。

ただし、ミヤマはシナノにも石拾いを手伝わせる気は毛頭ない。シナノは二足歩行ができないので、手伝うことはそもそもできない。シナノはせめて一つの石を持って飛行するのが一杯一杯である。ミヤマはシナノを見かけるとシナノに対してのべつ幕なしに話しかけた。

「やあ!ナノちゃん!楽しそうだな!早速だけど、聞いてくれるかい?トラブル・メーカーのアマはまた問題を引き起こしてくれたんだよ。おれがラジコンを操作していたら運も悪くアマがそこに飛び出しちゃったんだよ。びっくりだろう?」ミヤマはその後も5分間くらい一人でしゃべりまくった。途中で全く関係ない話もおりまぜて最後はもう石がたまったので、ベイの所に帰らなければならないという話で結びとした。ミヤマとしては欲求を満たして大満足である。しかし、ミヤマはここであることに気がついた。

「そういえば、センダイくんはどうしたんだい?帰っちゃったのかな?ナノちゃんはそれにしても具合でも悪いのかい?体が変色しているじゃないか。粘土みたいだな。まさか!」

 ミヤマはここで驚愕の事実に気がついた。ミヤマが今まで話しかけていたのはセンダイが作ったシナノそっくりの粘土だったのである。ミヤマは一人で大騒ぎをした。

「何てこった!恥さらしもいい所だよ!誰かに見られていなかっただろうな?」

 その後のミヤマは誰にも見られていなくてほっとすると一度はベイのところへ戻って石を所定の位置に持って行った。ミヤマはベイに感謝されると再びシナノを探すことにした。

もしも、何か悪いことでもあって場所を移動したのだとしたら一大事だからである。しかし、ミヤマのその予感は外れた。ミヤマがシナノのことを発見するとシャボン玉を眺めて当のシナノはご満悦だった。そのシャボン玉を作っているのはセンダイである。

「ミヤくん。その手押し車はどうしたの?」シナノは話しかけてきてくれた。

「色々なことがあったんだよ。それよりも本物だー!本物のナノちゃんだ!」ミヤマは万歳三唱をした。

「え?ミヤくんは一体どうしたの?」シナノは困惑してしまった。

「いや。いや。こっちの事情だから、気にしないでいいよ」ミヤマは安心して言った。ミヤマは同時にこの時程に話し相手がいてくれることをありがたいと思ったことはないなと思った。

一方的におしゃべりをするのもいいが、口を挟んでくれる虫がいることは幸せなことである。そういう意味では聞き手には敬意を表さなければならないものなのである。

「ここは危ないから、逃げて!」シナノによって行き成りそう言われるとミヤマはポカンとした。

「え?何?何?もしかしてここにもペリカンが現れたりするのかい?」

「いや~!これはシナノさ~んの冗談で~す!おれの真似をしてくれたので~す!」センダイはシャボン玉を作りながらも説明をした。センダイはシナノに真似をしてもらって大満足である。

「ごめんなさい。ミヤくん。おもしろくなかったかしら?」シナノは恐縮そうにした。

「いや。そんなことはないよ。とてもおもしろいよ」ミヤマは精一杯のスマイルを浮かべながら言った。

「ん~?何かわざとらしくないです~か?」センダイはミヤマをじろじろと見た。

「いや。そんなことはないよ。ナノちゃんはセンダイくんから教えを受けてパワー・アップをしたみたいだな?うん。おれにもよくわかるよ。そうそう。聞いてくれよ。ナノちゃんとセンダイくん」ミヤマはそう言うとラジコンに纏わる話を繰り返した。ミヤマはただでさえ弁舌が滑らかなのに二度目の話なので、すらすらと話は進んで行った。シナノは事の顛末に驚いた。

「それではミヤマさ~んは忙しいのです~か?」センダイは全部の聞き終えると聞いた。

「いや。そうでもないよ。やさしいテンちゃんは『ぼく達はマイ・ペースで石を拾おう』って言ってくれたからな」ミヤマは穏やかに言った。内心ではミヤマも一緒に遊びたいのである。

「それならミヤくんも少しだけシャボン玉で遊びましょう!」シナノは提案をした。

 ミヤマはそれを拒まずに遊んでみることにした。ミヤマは話を聞いてもらいたかっただけなのにも関わらずにお持て成しまでしてもらってミイラ取りがミイラになったようなものである。

 ミヤマはシャボン玉が触れるという事実を知るとシャボン玉をくっつけて山を作ってその上に乗っかって『パン!パン!』と割ってしまう遊びを考案した。シナノは楽しそうにしてミヤマのことを見ている。さすがのセンダイもこの斬新なアイディアにはびっくりして恐れ入った。

「そのようにしてシャボン玉を葬ってしまうなんて驚きで~す」センダイは言った。

「葬るってちょっと虫聞きが悪くないかい?」ミヤマはそう言ったが、センダイは軽く受け流した。

「おれとしたことが失言でし~た。すみませ~ん」センダイは謝った。

実の所はミヤマに対してセンダイはジェラシーを感じてしまっているのである。センダイは生粋の遊び人だからである。そのセンダイは話を変えることにした。とは言ってもこれには悪意はなくてもっと重要な問題があったのである。センダイはミゼラブルを嘆いた。

「シナノさ~んはそのとばっちりを受けているようですが、大丈夫です~か?」センダイは最もな指摘をした。ミヤマはシナノの方を見るとシナノが割れたシャボン玉の液体でべたべたになってしまっていた。シナノにはとんだとばっちりである。ミヤマはそれを受けて慌てふためいた。

「わー!ごめん!ナノちゃん!こんなことになるとは思わなかったんだよ!」

「気にしないで大丈夫よ。これはすぐに落ちると思う」シナノは楽観的である。

「おれの方も申し訳ないで~す」センダイの方までなぜか謝っている。

「センダイくんが謝ることはないよ。悪いのはおれだよ」ミヤマは罪を認めた。

「いや~!おれはそろそろ『芸術の地』へ戻らないといけないのですが、おれがついていながら最後にこんな大失態をしてしまって申し訳ないで~す。すみませ~ん。しかし、おれはアミ~ゴとアミ~に遊びをお教えできてとてもうれしかったで~す!本当にトレビア~ンで~す!この地ではアマギさ~んとテンリさ~んに遊びのレクチャーをしてあげられませんでしたが、お二人も楽しむことができていればと思いま~す。お二人にもよろしくお伝え下さ~い!」センダイは流暢な口調で言った。

「ああ。わかったよ。ちゃんと伝えておくよ」ミヤマはハキハキと頷いた。

「ミヤマさ~んはベイさ~んの所への帰り道はわかります~か?」センダイは聞いた。

「ああ。ばっちりだよ。センダイくんはワープして帰るのかい?」ミヤマは聞いた。

「その通りで~す。『サークル・ワープ』はおれの相棒みたいなもので~す。それではおれは失礼させてもらいま~す。おれと遊んでくれてありがとうございまし~た」

「いいえ。こちらこそありがとう」シナノは謙虚な姿勢で言った。

「機会があれば、また会おうな」ミヤマはそう言ってセンダイを送り出した。

 センダイは『芸術の地』に帰って行ってしまった。センダイは『シャイニング』に対して最後まで親切にしてくれたことからもわかる通りにかなりやさしい虫なのである。その後のシナノとミヤマの二人はベイの所に向かうことにした。ミヤマは石を拾いながら歩くようにした。その時はシナノも羽を使って少し手伝ってくれた。しかし、自身の仕事の進みが悪いことを深く反省してもっとこれからは真剣に取り組むことにしようとミヤマは人知れず決心していた。ミヤマは意外と真面目なのである。


テンリはキヨセから話を聞かせてもらうとお礼を言って少しばかりのコメントをした。どちらかと言えば、他人の目を気にしてしまいがちなテンリはヒナセに共感することができた。

キヨセはそれを終えると風呂敷に幾つもの石を包んで先にベイの所に羽ばたいて行ってしまった。キヨセは老人とは言っても中々職務熱心なペリカンなのである。

テンリは徒歩で着実にベイの所に戻って行った。ポシェットの中に拡大縮小のできる『魔法の地図』を持っているテンリは道に迷うことはない。テンリは目的地に到着すると所定の位置に石を置いた。ベイはしっかりとその数を数えている。テンリはそれを見ると聞いた。

「ねえ。ベイさん。今さらだけど、ベイさんはどうしてキヨおじいちゃんの持ってきた石も数の内に入れてくれるの?キヨおじいちゃんは何も悪いことはしていないよ。ぼく達は数の内に入れてくれた方がうれしいけどね」テンリはとことん真面目なクワガタなのである。

「我輩は博愛主義を掲げているからだよ。他に理由はない」ベイは言った。ベイは融通が利かない所があっても人一倍のやさしさを持ち合わせている。これはキヨセとの交流が大きな影響を及ぼしている。

 キヨセは一気に20個ぐらいの石を運んでいるので、快調なペースで仕事は進んで持ってこなければならない石の数は後50個程である。今のテンリ達はちょうど折り返し地点にいる。

テンリは他の二匹の虫の動向をベイに聞いた。アマギは一度も運んで来ていなくてミヤマは一回だけやって来ただけだという答えベイからは返ってきた。テンリは二回だけ運んで来ただけだが、今の所はテンリの働きぶりが首位である。しかし、テンリはアマギとミヤマに文句を言うことはない。

テンリは自分自身も含めてアマギとミヤマにも思うままに動いてくれていいと思っているのである。テンリは寛大なのである。テンリはキヨセに対して話しかけた。

「それにしてもアマくんはまだ一回も運べていないなんて何かあったのかなあ?」

「その可能性もなきにしもあらずじゃ。ここはそれ程に物騒ではないが、無事であってほしいな?」

「テンリくんは彼の肩を持つとはよっぽど彼のことを信頼しているのだな?」ベイは口を挟んだ。

「うん。アマくんもぼくのことを信頼してくれるからね」テンリはきっぱりと言った。

「それは余にとってもそれはうらやましい限りじゃ」キヨセは相槌を打った。

「だけど、キヨおじいちゃんとベイさんも仲良しだよね?」テンリは話を振った。

「その通りじゃ。しかし、余とベイの出会いは少しばかり険悪なものだったのじゃ。昔々の話だが、ベイは『動物の地』で忍法の修行をしていたのじゃ。余は幸か不幸かベイのその忍法の実験台になってしまったのじゃ。あのクナイを影に当てる忍法は何と言ったかな?」キヨセは問いかけた。

「あれは『影縫いの術』だよ」ベイは答えた。テンリも知っている術である。

「そうだったな。実は最近に聞いたばかりなのだが、余はどうやら忘れっぽくなってきてしまっているようじゃ。それはともかくとしてベイによって余は『影縫いの術』の実験台にされてしまったのじゃ。すぐに忍法は解いてくれたのだが、ベイは余に対して『そちはにぶいな』と言ったのじゃ。これを受けた余のベイに対する第一印象は無礼者という感じだった。余はそれで少しカチンときたが、同時に実直な物言いは気に入ってベイの修行を見学させてもらうことにしたのじゃ。余とベイはそれ以来というもの妙に気が合って友達同士になったのじゃ。今のベイは丸くなってそんなことないが、余にとってはこの上なくベイとの出会いは不愉快なものだったのじゃ」キヨセは話を締め括った。

「あの時のことは確かに本当に申し訳ないと思っているよ。あれは我輩の若気の至りだったのだ。それは40年も昔の話だ」ベイは言った。甲虫王国のカブトムシやクワガタが長生きだという話は出たが、それは昆虫界に住む動物も一緒なのである。テンリは大人しく話を聞いている。

「余は全く気にしておらんよ。余は根に持つタイプではないのじゃ」キヨセはやさしい口調で言った。今でも硬派なところはあるが、昔のベイは更に難し屋だったのである。

「そうだったんだ。二人は珍しい出会いのケースだったんだね?あれ?だけど、キヨおじいちゃんもおもしろい体験をしているみたいだね?」テンリは言った。上述の通りにどうしてキヨセが他の虫からおもしろい話を聞いて回っているのかというと自分の体験談にはそういう話がないからなのである。

「いや。いや。言葉を返してしまうようだが、そんなことはないのじゃ。これは大した話ではない。このような話は忍者の身近にはごろごろと転がっているのじゃ」キヨセはやんわりと否定した。

「そうなのかなあ?だけど、そう言われてみると案外そうなのかもしれないね?」テンリは頷いた。テンリはミヤマも以前に同じような体験をしていたことを思い出したのである。あの時のミヤマはムラサメというオサムシによって『影縫いの術』の実験台にされてしまっていた。

 キヨセとベイが思い出話に花を咲かせてテンリがそれを横で聞いているとミヤマとシナノはこの場にやってきた。二匹はテンリに対してセンダイが『芸術の地』に帰ってしまった旨を伝えた。

「お二人さんは今までセンダイくんから遊びを教わっていたのだな?それは結構なことだ。センダイくんは中々のユニークな虫さんだからな」ベイは言った。

「ベイさんはセンダイくんを知っているんだね?キヨおじいちゃんもそうなの?」テンリは聞いた。

「うむ。余もベイから名を聞いたことはあるぞ。ただし、まだ会ったことはない」キヨセは答えた。

「えー!テンちゃんは妙に寛いでいるなと思っていたらペリカンと友達になったのかい?すごいな!テンちゃんはネコのイワミさんとも知り合いになっていたし、それはテンちゃんのオリジナルなやさしさが成せる所業なのかい?」ミヤマはびっくり仰天してしまっている。

「ううん。そんなに大したものじゃないよ」テンリは照れてしまった。

「もしかしたらって思っていたけど、ミヤマくんが見たペリカンっていうのはキヨセさんのことだったのね?キヨセさんのことなら私も知っているのよ。こんにちは」シナノは挨拶をした。

「こんにちは。余はシナノ殿にも会えてうれしいぞ。元気そうで何よりじゃ」キヨセは答えた。

「すごい!ナノちゃんまで?いつの間に交友関係を広げていたんだい?」ミヤマは聞いた。

「確かミヤくんがカリーくんとタンバくんと一緒にいた時だよ」テンリは答えた。

「あの時かい?やあ!はじめまして!おれはミヤマ!ペリカンのキヨセさんといったかな?キヨセさんは横綱クラスの鳥だな?威風堂々としていてさっきのおれは思わず命の危険を感じたよ」ミヤマは冗談交じりで言った。とは言ってもキヨセは凶暴なのではないかとミヤマが思ったのは本当である。

「余はミヤマ殿を恐がらせてしまったようじゃ。しかし、余は危険人物ではないから、安心しておくれ。ミヤマ殿は中々のユーモアのある虫さんみたいじゃ」キヨセは言った。

「いやー!それ程でもないよ!」ミヤマはそう言いながらも石を所定の場所に持って行った。

ベイによるカウントはそれによって58個となった。テンリはその時にミヤマの手押し車には折り紙が乗っているのを発見した。折り紙といってもすでにバラの花の完成形である。

「あれ?その折り紙はどうしたの?もしかしてミヤくんが折ったの?」テンリは聞いた。

「これのことかい?これは違うんだよ。ナノちゃんを探していたら偶然に見つけたんだよ。うまくできているだろう?誰が作ったんだろうな?」ミヤマは疑問を呈した。

「それならば、余はその問いに答えることができるぞ。それはカリー殿が作ったのじゃ」キヨセは自信満々に言った。ミヤマは折り紙で作られたバラの花を見降ろして言った。

「カリーくん?カリーくんは詩も作っていたよな?カリーくんってひょっとして多才なのかな?」

「うん。きっとそうなんだね?それよりもキヨおじいちゃんもカリーくんと会ったことがあるの?」テンリが聞くとさして意外でもなさそうにしてキヨセは答えた。

「うむ。会ったことがあるぞ。先程にカリー殿とタンバ殿の話が出たが、テンリ殿達も会ったことがあるのだな?そうじゃ。それでは彼等にまつわるエピソードを聞いてはくれぬかな?余はタンバ殿には会ったことがないが、つい最近にカリー殿からおもしろい話を聞いておるのじゃ」

「ええ。それなら是非とも聞きたい」シナノがそう言うとテンリもその話に乗った。

「ぼくにも聞かせてくれる?それを聞いたらカリーくんのファンになりたくなるのかなあ?」

「うむ。その可能性はなきにしもあらずじゃ」キヨセは重々しく言った。テンリはミヤマに対してキヨセが他の生き物からおもしろい話を聞いて回っているという話を話してあげた。ミヤマはそれがテンリとシナノのアドバイスだと知ると驚いた。実際にキヨセは聞き上手な一面を発揮して今の所はその作戦は成功しているということを知るとミヤマはテンリとシナノのことを大いに褒めた。

キヨセはそれを終えると話し始めた。段々と慣れてきたとは言ってもテンリ達のためにもキヨセは気合いを入れて話をしている。以下はそのエピソードである。


 これはカリーとタンバがテンリ達と別れてからの話である。カリーは道々ファンを募集することもなく歩いていた。話をしてタンバとの交友を深めるためというのもその理由である。

そうでなくても『影分身』によってフンコロガシの幼虫を二匹も持っているので、今のカリーは手一杯なのである。カリーはしっかりとやる時はやる男なのである。

カリーとタンバの二匹は厳粛な態度で旅を続けていたかいもあってついに『動物の地』に到着した。ノルマの達成はいよいよ間近となった訳である。タンバはすでに感動で胸が一杯である。

「この子達がいつでもご飯を食べられる所まで連れていってあげようか。あわよくば、事の原因を作ったこの子達の両親にも会いたいね?」カリーはタンバに対して穏やかに言った。

「そうだね?だけど、この子達を両親につき返しても今さら子育てをするとは思えないよ。きっと育児放棄をされちゃうよ」タンバは恰も憎々しそうにして言った。

「それもそうだね?しかし、親の顔もわからないで育っていくなんてすごく不憫だよ」

「大丈夫だよ。ぼくちんが大きくなるまで責任を持って親代わりに面倒を見てあげるから」

「いいね。うつくしい発言だね?うつくしいぼくもちょくちょくと足を運ぶようにするよ」

「ありがとう。カリーくんはやさしい虫さんだね?」タンバは心の底から褒めた。

「タンバくんはうれしいことを言ってくれるね?ぼくは確かにうつくしいとやさしいの二本柱を大切にして大スターになるつもりだからね」カリーは尊大さ十分に言った。

 その後は少しだけ歩くとカリーとタンバの前には変な物体が出現した。この変な物体との出会いがカリーとタンバの二人を恐怖の体験に引き込む切っ掛けとなる。

「え?一体これは何だ?」カリーは不思議そうにして疑問を投げかけた。

「スライムだよ。ちょっとかわいいね?」タンバは茶目っ気を出して言った。黄緑色のスライムはサイズが10センチぐらいである。この場は他のところよりも暗くて闇に包まれている。カリーとタンバの想像を超える事態が起きた。そのスライムは生きていたのである。スライムはそれだけではなくてタンバに襲いかかってきた。ねばねばとした物体はタンバを包んで行った。

「わー!やっぱり全然かわいくない!助けて!カリーくん!う!息が・・・・」タンバは今にも窒息しそうである。タンバは行き成りの事態の急変によってすでにパニック状態である。

「少し我慢していてくれ!タンバくん!うつくしい者は強い!強いと言えば、ぼくのこと!ぼくはそれ故にうつくしいんだ!今すぐに助ける!」カリーは意味不明の三段論法を駆使した。

カリーは『火炎の術』というものをスライムの横に使用して見せた。そこにあった木の葉は激しく燃え上がった。しかし、スライムはそれを見ても動じてはいない。

「くそっ!どうすればいいんだ?タンバくんごと燃やすわけにもいかないし!仕方がない!かくなる上は白兵戦だ!」カリーはそう言うとフンコロガシの幼虫を下に置いた。

『影分身』のカリーも含めた5匹のカリーは木の枝を持ってスライムを切りつけた。次の瞬間には信じがたいことが起きた。スライムは爆発して激しい炎を上げたのである。バン!

「わー!」タンバはまさかの事態によって目が飛び出す程にびっくりしている。

「おのれ!後少しだったのに!覚えていろ!」スライムはそのような言葉を残して消えてしまった。この場を包んでいた闇は消えて明るくなった。相当にミステリアスである。

「大丈夫かい?タンバくん!」カリーは少し落ち着きを取り戻すと聞いた。

「うん。何とか大丈夫だよ。ありがとう」タンバは息を整えながら言った。最後の爆発と炎は不思議なことに全く熱くもなんともなかったのである。だから、タンバは火傷をしなかった。

「うつくしいぼくがついてながら全く以って面目がない。しかし、あれは何だったんだろう?さっぱりと訳がわからない。タンバくんにはわかるかい?」カリーは問いかけた。

「ううん。ぼくちんにもわからないよ。キツネにつままれた感じだね?さっきは少し苦しかったけど、今はどこも何ともないから、旅を続けようか?」タンバは提案をした。

「うん。そうしよう。今のことは忘れてミッションを遂行しよう」カリーはそう言うとフンコロガシの幼虫を5匹で持ち上げてタンバと一緒に歩き出した。

「そういえばね。豆知識なんだけど、甲虫王国のタマオシコガネは倉庫をつくるんだよ」タンバは今の出来事を振り払うかのようにして全く別の話題を口にした。

「倉庫?それは興味深いね?察するにパールを所蔵するためのものなのかな?」

「うん。そうだよ。ストックしておくと何かと便利だからね?だけど、問題は時々それをキリンさんが踏み潰しちゃうことなんだよ。キリンさんは背が高いからね。つい下の方をよく見ないで歩いちゃうことがあるんだね」タンバは中々のユニークな話題を提供している。

「なるほど。キリンさんはスマートだが、そういうところはだらしがないんだね?ちょっと酷評してしまったが、別にうつくしいぼくはキリンさんが嫌いな訳じゃないんだよ。うつくしいぼくは調和の取れた関係を好むんだ。はっきりと言っていざこざは嫌いなんだよ」

「カリーくんはしっかりと自分の世界観を持っているんだね?偉いね?ん?何か前にいるよ」

「またスライムじゃないだろうね?さしものうつくしいぼくでもさっきみたいなのはごめんこうむるよ」カリーは消極的である。それでも一応はカリーも気を引き締めている。

「スライムじゃないみたいだよ。あれは魚だ」タンバは前方を注視して言った。

「魚?どうして陸にいるんだろう?あべこべじゃないか」カリーは前方の魚を見て言った。

「そうか。あれはムツゴロウだよ。ムツゴロウは水陸両生の魚なんだよ」タンバはこの非常事態でも博学な所を見せつけた。ムツゴロウの体色は青みがかった灰色で背びれには比較的に長い棘がある。ムツゴロウは胸びれに吸盤があってそれで這って陸を歩くのである。

 カリーとタンバは先程の件があっただけに気味悪そうにしてムツゴロウを通過しようとした。ムツゴロウはぴくりと動いたので、カリーは挨拶だけはしておくことにした。

「はじめまして!ムツゴロウさん!うつくしいぼくはカリーだ!こちらはタンバくんだ!よろしく!さようなら」カリーはそう言うとそそくさと歩き出した。ムツゴロウはカリーとタンバが早足でムツゴロウを通過すると背を向けたタンバに攻撃を仕掛けてきた。ムツゴロウは水鉄砲のようにして口から勢いよく水を吐き出したのである。二足歩行をしていたタンバは『わー!』と言うと弾き飛ばされてしまった。

「何だ?大丈夫かい?タンバくん!」カリーは心配そうにして問うた。

「わーん!ぼくちんはやられてばっかりだ!ぼくちんは大丈夫だよ!カリーくんはそれよりも幼虫くん達を守ってあげて!」タンバは地面に叩きつけられながらもやさしい所を見せた。

「ラジャー!しかし、うつくしいぼくはタンバくんだって見捨てはしないよ。立てるかい?急いで逃げるんだ!タンバくん!」カリーはそう言うとタンバと共に走り出した。

 カリーは逃げ切れることを強く願った。ムツゴロウはずんずんと近づいてきてジャンプをするとカリーとタンバの前に回り込んできた。タンバは『わーん!もうダメだー!』と言って絶叫をしている。

「諦めるでない!タンバくん!うつくしいぼくが何とかする!ぼくはそれ故にうつくしいんだ!」カリーは乗り乗りだが、タンバにはそれにつっこみを入れる余裕もない。

しかし、ムツゴロウはカリーのその意気込みを無残にも打ち砕いて見せた。ムツゴロウは口から火を吹いたのである。カリーとタンバはとっさに横に飛び退いた。カリーは唖然としている。

「えー!もう何でもありなのかよ!とにかく逃げよう!行くぞ!タンバくん!」カリーは言った。タンバは『もうダメだー!』と泣き言を言いながらもカリーの後に続いた。カリーとタンバVSファイア・ムツゴロウとのリアルな鬼ごっこはこのようにして始まった。

「そうだ!いいことを考えた!タンバくん!刃物を探すんだ!そうすれば、ぼくが何とかして見せる!なぜかって?ぼくはうつくしいからだ。それ以外に理由はない」カリーは走り回りながら呼びかけた。

「それにしてもカリーくんはこんな時まで平常心でいられるなんてすごい心力だね?だけど、刃物なんてその辺に落っこちているものじゃないよ」タンバは正論を述べた。

「それもそうだ。うつくしいぼくも今そう思っていたんだよ。ぼく達はどこに向かっているんだ?この際は何でもいいか。食らえ!『火炎の術』だ!」カリーはそう言うとムツゴロウの手前に炎を出した。ファイア・ムツゴロウはそれに対抗して炎を吐き出してきた。

「わー!熱ちち!カリーくん!熱ち!もしかしたらあんまりこっちから攻撃をして挑発しない方がいいのかもしれないよ」タンバは悲鳴を上げながらも状況を冷静に分析した。

「そのようだね。ごめん。悪いことをした。しかし、どうやってこれを振り切ろうか?」

「いいことを考えた!このままゾウさんのいる所まで走って行って助けてもらおうよ!ぼくちんには助けてくれそうな知り合いのゾウさんがいるんだよ」タンバは提案した。タンバはまるで優秀なマネージャーのようである。ムツゴロウの吐く炎の火力はアップしている。

「熱ちち!タンバくん!ナイス・アイディアだ!よし!それで行こう!ん?」カリーは走りながらも言葉に詰まった。前方にはふさふさした飾り付きのクナイが落ちていたのである。

「カリーくん!もしかしてあれこそが・・・・」タンバは呼びかけた。

「そうだよ。あれこそがうつくしいぼくの探していたものだ!」カリーはそう言うとクナイを拾い上げてそれをムツゴロウの影に向かって突き刺した。これは『影縫いの術』である。

ムツゴロウは身動きが取れなくなってしまった。ムツゴロウはじたばたしているが、カリーの忍法の腕前は確かなので、どうやっても術を解くことはできない。

「やれやれ。これでようやく一安心だね?明けない夜はないっていうところか。それでは早速だが、ムツゴロウくんへの尋問を開始しよう。君はどうしてこのうつくしいぼくを狙うんだね?ぼくがうつくしいからなのかな?そこの所はどうなんだい?」カリーは詰め寄った。

今までは生きた心地がしなかったカリーも今では元気を取り戻している。しかし、カリーは何だか変てこなことを聞いているので、タンバは口を挟んだ。

「ねえ。スライムくんとはどんな繋がりがあるの?火を吹けるのは何でなの?」

 冷や汗をかいてはいるが、ムツゴロウは黙秘権を行使して中々口を割らなかった。驚いたことにもムツゴロウではなくてムツゴロウの影に刺さっているクナイが返事をした。

「これはおいら達の妖術なんだよ」ふさふさの飾り付きのクナイは主張した。

「えー!クナイがしゃべったー!ありえないだろう!このクナイは節足帝国の発明品なのかい?しかし、これ以上の驚きはもうないだろう。安心して何でも話してくれ」カリーは促した。

「それもそうだね?ぼくちんも同意見だよ」タンバは同意した。

「そうか。それならそうさせてもらおう」クナイはそう言うと突然にキツネに変化した。カリーとタンバは『えー!』とか『わー!』という絶叫を口にして驚きすぎて気絶してしまった。

 その後にカリーとタンバが目を覚ますとこんこんと鳴くキツネと腹がポンポコなタヌキが二人の視界に入ってきた。ただし、カリーとタンバは長い時間を眠っていた訳ではない。

「よし!ようやく起きたか!へへん!おいらの勝ちだい!」キツネは得意げに言った。

「くそー!今一歩だったのになー!本当に惜しかった!」タヌキは悔しがっている。

「あれ?一体ぼく達は何をしていたんだっけ?そうだ。確かクナイがキツネになってムツゴロウが火を吹いたんだった。あれは夢か?幻か?」カリーは不思議そうにして発言をした。

「それにしては何だかおかしいよ。ぼくちんも同じ夢を見ていたみたいだもの」タンバは口を挟んだ。カリーもタンバもさっきの事態が現実のものだとは思えないのである。

「夢ではない。現実だ。あれはわしらの妖術だ」タヌキは説明をしてくれた。

「となるとあのムツゴロウは・・・・」カリーは少し沈黙すると考えをまとめて言い淀んだ。

「わしが化けていたのだ」タヌキは腹を『ぽん!』と叩いている。タンバは言った。

「ぼくちん達はタヌキとキツネの化かし合いに巻き込まれていただけっていうこと?」

「その通りだよ。君はタンバくんと言ったね?タンバくんが『キツネにつままれたみたいだ』って言った時はひやりとしたよ。『みたい』じゃなくて君達は実際に化かされていたんだよ。スライムはおいらの方が化けていたんだ。爆発して炎が上がった時があったけど、あれは熱くなかっただろう?あれは狐火だったんだよ」キツネの方も丁寧に説明をしてくれた。カリーは語を継いだ。

「なるほど。それでうつくしいぼくの使ったクナイにはしっぽがあったんだな?納得だよ。しかし、変じゃないか?キツネくんはどうしてクナイに化けてぼくに手を貸してくれたんだい?」

「ゾウさんのいる所に行かれたら困るからだよ。それにその後にクナイがしゃべたり、そのクナイがキツネになったりすれば、君達を気絶させられるんじゃないかと思ったんだよ」勝者のキツネは言った。

「わしらはどちらがカリーくんとタンバくんをびっくりさせて気絶させることができるかどうかを競っていたんだ。無断で協力させてもらっちゃって悪かったね?」タヌキは素直に謝った。

「いや。別にうつくしいぼくは構わないよ。散々と怖い思いをしたが、うつくしいぼくは心もうつくしいんだ。うつくしいからこそ心も広いんだ」カリーは大っぴらに切り返した。

「ぼくちんも気にしていないよ。何度も心臓が止まりそうになったけどね」タンバは言った。

「それではわしらはそのお詫びをするとしよう。話を聞いていれば、君達にはどうやら目的地があるそうじゃないか。わしらがそこまで運んで差し上げよう」タヌキは親切な申し出をした。

「おいら達は気球にも化けられるんだ。それでどうだい?」キツネは問いかけた。

「それは願ってもないことだよ。よろしく頼みます」カリーは慇懃な調子で言った。

「うん。そうだね?ぼくちんからもお願いします」タンバもこの話に乗った。

「それでは決まりだね?」キツネはそう言うとタヌキと共に気球バルーンに化けて見せた。

カリーとタンバは幼虫と一緒に気球に乗り込んでフンコロガシの巣へと飛び立って行った。その道中はかの有名な『イターナル・ブリッジ』も見れてカリーとタンバも大満足である。

この『動物の地』において話に出てきたタヌキとキツネはやって来た虫をよく化かして遊んでいるが、二匹は今の話のようにしてしっかりとそのお詫びをする律儀な動物なのである。

この束の間の大冒険はカリーとタンバにとって大きなバック・ボーンになることは間違いない。この冒険はそういう意味でも意義のあるものだったという訳である。


 テンリとミヤマとシナノとベイの4匹は行儀よくキヨセの話に傾聴していた。カリーの話をしっかりと聞いていたキヨセは見事にその様子を描写することができた。テンリは話の内容をしっかりと理解することができた。その上に中々おもしろい話だったので、テンリは十分にエキサイトすることができた。

 キヨセのこういった話を聞くのは初めてだが、ベイはキヨセという名の友人の意外な一面を垣間見て内心では感心をしている。ベイも無論その話を楽しめた。

「あれからのカリーとタンバくんはすごい冒険をしていたんだな?この話を聞いたらおれ達も負けていられないなって思えてくるよ」キヨセの話を聞いてからの第一声はミヤマである。

「本当だよ。すごくためになるお話を聞かせてもらった」ミヤマの後方から声がした。

「わー!びっくりした!」ミヤマはそう言って振り返った。そこにはソウリュウがいた。

「あれ?話の途中でアマくんが石を置きに来ていたのは知っていたけど、ソウリュウくんもここに来ていたんだね?ぼくは気づかなかったよ。まるで忍者みたいだね?」テンリは褒めた。

「いや。それ程でもないよ。しかし、一応はおれもクナイを持っているからね。忍者の端くれなんだ」ソウリュウは少しばかり得意げな様子である。ミヤマは口を挟んだ。

「忍者かどうかはともかくとしておれは全く気づかなかったよ。アマも来ていたのかい?」

「うん。来ていたよ。だけど、熱心に石拾いをしていたから、ぼくは話しかけなかったんだよ」テンリは事情を打ち明けた。テンリはアマギの熱心さに感心をしている。

「おれとアマギくんはちょっくらと諍いに巻き込まれていたんだ。それにしてもペリカンのご老人の話は実によかったよ。おれ達がこれから行う盗みに関しても通じる所がある。特に他の虫を煙に巻くなんていう所はね」ソウリュウは誇らしげにしている。

「気に入ってもらえて余は満足じゃ。それにしてもソウリュウ殿はかっぱらいをする予定なのかな?」キヨセによってそう聞かれるとソウリュウはそれに対して答えた。

「そうなんだよ。かっぱらいって言われると何か響きが悪いけどね」ソウリュウは笑みを浮かべている。

「ソウリュウくんは国宝の奪取を狙っているんだよ」テンリは教えてあげた。

「それはすごい!ただし、応援をしていいのかどうかはわからないな」キヨセは考え込んでしまった。

「おれは逆境を乗り越えることのできる男なんだ。多少なりとも風当たりが強いぐらいではおれの意志はへし折れたりしないよ」ソウリュウは自分を誇った。テンリはまた褒めた。

「ぼくにはちょっと考えられない話だから、そういう意味ではソウリュウくんは偉大だね?」

「いいことを言うね?君はかわいいね?名前は?」ソウリュウは聞いた。

「ぼくはテンリだよ。よろしくね」テンリは特に気取ることもなく自己紹介をした。

「テンちゃんはそれ以前にかっさらいのことを褒めたらダメだよ。ソウリュウには予め厳しく忠告をしておくけど、テンちゃんは皆のものだぞ」ミヤマは口を挟んだ。

「そんなことは知るか!おれはテンちゃんが気に入ったから、おれはテンちゃんをおれのペットにすることにしたんだ。ほうら!よしよし!」ソウリュウはテンリをいい子いい子するとテンリの下に潜り込んだ。

「あー!変態だ!おれのテンちゃんに何をやっているんだよ!」ミヤマは憤怒の形相を見せた。

「見てわからないの?スキン・シップだよ。しかも『おれのテンちゃん』とは聞き捨てならないな。テンちゃんはもうおれのペットになったんだ。誰にも渡さないよ。そういえば、君の名前は?」

「おれはミヤマだよ。それよりもテンちゃんから離れろ!ソウリュウ!病原菌が移る!」ミヤマは騒いでいる。ソウリュウは『あかんべえ』と言うとテンリを小脇に抱えた。

「テンちゃんが人気なのはいいことなんだけど、男同士でこの会話って何なのかしら?」今までミヤマとソウリュウのやり取りを黙って見ていたシナノはキヨセに対して問いかけた。

「うむ。これはわかる者にはわかるが、わからない者には全くわからないものじゃ。余はちなみに前者かもしれん。余もテンリ殿は好きなのじゃ」キヨセはしみじみとした口調で言った。沢では何とかベイがホモ・セクシャルという言葉を吞み込んでいた。ベイはキヨセのいう区分の後者に値するのである。

ただし、ミヤマとソウリュウは同性愛者という訳ではない。別に一喝した訳ではないが、ベイは石拾いのことを思い出させた。ミヤマはそれを受けるとびしっとして仕事を開始した。

ミヤマは泣く泣くテンリのことをソウリュウに任せることにした。石拾いをしなくてもいいのにも関わらずに手伝ってくれているので、ソウリュウにはミヤマよりも今は分がある。アマギは職務熱心なサラリーマンのようにして今も猛烈に立ち働いている。少しばかり面倒臭がりな所があるとは言ってもやる気になりさえすれば、アマギは十分に活力的なのである。キヨセはもう十分に働いてくれたので、お役ごめんになっていた。今のキヨセはベイのいる沢の前においてシナノと井戸端会議を開いている。

「シナノ殿。皆は旅をしているようだが、それには何か目的があるのかな?いやはや。今頃になってこんなことを聞いてしまって申し訳がない」キヨセはのほほんとした口調で話を切り出した。

「いいえ。そんな心配はしないでいいのよ。今の私達はアルコイリスを目指しているの。個人的にはその途中で私は生き別れたパパとママの所に会いに行きたいの」シナノは答えた。

「そうであったか。それではシナノ殿がご父母に会えるように余もお祈りをしよう。巡り合いの神よ!シナノ殿にお力を下され!ん?何?何?喜んでおくれ!シナノ殿は日頃の行いがよいから、神様もお力になってくれるそうじゃ。これで一安心じゃ」キヨセは言った。

「ありがとう。キヨセさんは神様と交信できるのね?驚いた」シナノは話に乗った。

「余は実に愉快じゃ。何にしても会いたいと強く願う気持ちはきっと実を結ぶものじゃ。少しばかり無責任に聞こえてしまうかもしれないが、これは年長者からの助言じゃ」

「ええ。私もそれを肝に銘じておくことにする」シナノは純粋な口調で言った。

「シナノ殿は素直だから、夢はきっと叶うはずじゃ。神様はしっかりと皆を見守ってくれているのじゃ。シナノ殿は『発表の地』という所を知っておるかな?」

「いいえ。私は人間界の出身なの。だから、私にはまだ昆虫界の土地勘がないの」

「そうであったか。それでは先程までの話もちと重みが違ってくるな。余は『発表の地』というところが好きなのじゃ。そこは割と有名だし、ここからはアルコイリスへの通過点じゃ」

「詳しくはどういうところなのかと知らないけど、そういえば、私も名前だけなら聞いたことはある」シナノは記憶の糸を手繰った。ドンリュウと会った時にドンリュウは『発表の地』で披露する芸を磨いていたということをシナノは思い出したのである。シナノは記憶力がいいのである。

「以前にその『発表の地』において虫はどれだけ空腹に耐えられるかという問題に取り組んだ者があったのだが、結果はいかばかりだったとシナノ殿は思うかな?」キヨセは問いかけた。

「ただの私の予想だけど、5日ぐらいかしら?」シナノは思ったことを口にした。

「うむ。実の所を言えば、この問題の正解は約30分だったのじゃ」キヨセは意外なことを言った。

「え?それってどういうことなのかしら?」シナノは興味をひかれた。

「その虫さんはメスのカブトムシだったのだが、姉と口論をして負けるとあっという間に自棄食いをしてしまったのじゃ。『発表の地』ではどんな見世物にも皆が注目するのだが、その時は余も含めた多くの生き物はがっかりとしたものじゃ。しかし、唯一興味深かったことと言えば、口論の内容がどの樹液がおいしいのかというものだったことじゃ。その際はアルコイリスを除いてじゃ。これは後日談として知ったことだが、元はと言えば、姉の方がこの話を持ち出したそうじゃ。これには食欲をそそってチャレンジを中止させようという目的があったのじゃ。皆の晒し者になってまでこんなことはして欲しくないという姉の打算と思惑があったのじゃ。挑戦者の妹の方ももしかしたらそんな姉の気持ちに気づいたのかもしれないな」キヨセは昔を思い出しながらしみじみと語った。天候も今日は穏やかである。

「何にしても『発表の地』ではドラマが生まれるっていうことね?」シナノは話をまとめた。

「その通りじゃ。だから『発表の地』へ行くのも楽しみにしておるとよい。話は前後してしまうが、余はシナノ殿達のことを孫のように思っておるのじゃ。本当はシナノ殿が心細い思いをしないようにお守りでも送れたらいいのだが、余は生憎そういうものを持ち合わせていないのじゃ」

「いいえ。とんでもない。それじゃあ、私達はキヨセさんのことを祖父だと思っていいのかしら?」

「うむ。よい響きじゃ。余は皆と別れてもいつでもシナノ殿達のことを見守っておるぞ。旅の平安無事を祈っておる。差し出がましいかもしれないが、余はシナノ殿達のジイジじゃ。少なくとも気持ちの上ではそう思っておる。何かつらいことがあった時は余のことを思い出しておくれ。キヨじいはいつでも皆の味方なのじゃ」キヨセはやさしい口調になって言った。キヨセは微笑んでいる。

「わかった。皆には私から伝えておくことにする。ありがとう。ジイジ」シナノは笑顔で言った。キヨセはそれによって自分で言っておきながら年がいもなくどぎまぎしてしまった。しかし、内心では思いが伝わってキヨセは喜んでいる。テンリとシナノによって人生の道しるべを作ってもらったからというのも一つの理由だが、キヨセはやさしいペリカンなので、やさしい生き物に対してはやさしく接することを心がけているのである。独身の生活を続けていてもあまり寂しいと思ったことはないが、キヨセはそれでも70歳を過ぎると孫くらいの小さな生き物に対して思わず猫かわいがりをしてしまうのである。


 その頃のテンリはソウリュウと一緒に石拾いをしていた。アマギとミヤマに負けないようにテンリは気合いを入れて仕事に取り組んでいる。テンリは真面目だからである。テンリとアマギの二人は何だかんだ言っても同じくらいにたくさんの石を集めている。テンリはアマギの熱意に感化されている部分もある。

現在はソウリュウも手押し車を押しているが、ソウリュウは神経の半分以上をテンリへの説得に浪費している。ソウリュウは神妙な顔をしてこんなことを言っている。

「テンちゃんはどうしておれのペットにならないんだい?これにはちょっと無理があるとしてもせめて舎弟にもなってくれないのかな?コメツキムシのコメちゃんもテンちゃんはおれと協定を結んだ方がいいと思うだろう?『うん。ぼくもそう思うよ。テンちゃんは大人しく若様の言うことを聞いた方がいいよ。若様はいつでも正しい道を教えてくれるんだ』とコメちゃん。ほらね?そう言っているよ。コメちゃんにここまで言わせちゃったらもう従うしかないよね?」ソウリュウは一人芝居をしている。

「だけど、コメちゃんには実体がないから、コメちゃんはどこにいるのかもわからないよ」

「そんなことはないよ。テンちゃんは話をはぐらかそうとしているな?それはいけないよ。しかし、わかったよ。子分みたいな地位がいやなら同等の地位にしてあげよう。それでいいだろう?」

「うん。いいよ。だけど、ぼくはアマくん達と一緒にアルコイリスへ行きたいし、ソウリュウくんは国宝を盗み出したくて今は目的が違うから、それがすんだらね?」テンリは言った。

「やれやれ。わかったよ。テンちゃんは用がすんだら足繁くおれの所に来てくれるね?もしも、そうしてくれなければ、おれはテンちゃんを監禁しちゃうよ。いいね?」

「うん。わかったよ。だけど、ぼくの住んでいる所はここから離れているから、ソウリュウくんもぼくの所に会いにきてね?」テンリはいつものやさしい口調で提案をした。

「もちろんだよ。ついでにトリュウとドンリュウも連れて行くかもしれないよ」

「うん。いいよ。それは楽しみだね?」テンリは表向きだけではなくて心からのセリフを述べた。

「同感だよ。それはいいとして今しばらくおれはテンちゃん達と同行させてもらえるかな?」

「つまり『玩具の地』を抜けてもっていうこと?」テンリは一応の確認をした。

「ああ。そうだよ。しばらくはおれがテンちゃんのパトロンになってあげようと思っているんだ」

「もちろん。いいよ。皆も喜ぶよ。ソウリュウくんは一緒に来てくれるなんてやさしいね?」

「かわゆい。食べちゃいたい」ソウリュウは何やらにやけている。

「何を気色の悪い笑みを浮かべているんだ?ソウリュウ」この声の主はアマギである。アマギはいつの間に

かテンリ達のそばに来ていたのである。ソウリュウは真面目な顔になって切り返した。

「アマギくんは相も変わらずに失敬だな?アマギくんだってテンちゃんと一緒にいたらおれと同じ気持ちになるんじゃないのか?そこの所はどうなんだ?」ソウリュウは問い詰めた。

「さあな。それよりもソウリュウは今『テンちゃん』って言ったか?ソウリュウはいつからそんなにテンちゃんと親密になったんだ?おれは許可をしてないぞ」アマギは言った。

「許可?そんなの知らないね。おれ達はずっと昔から仲良しだよ。ねえ?」ソウリュウは聞いた。

「うんって言いたいところだけど、本当にそうだったけ?」テンリは当然の疑問を呈した。ソウリュウはテンリに寄り添った。アマギはそれに対して過剰な反応をした。

「あー!こんにゃろう!おれのテンちゃんにべたべたと寄りつくな!この変態!」

「変態?おれは成虫になっても姿を変えたりはしないよ」ソウリュウは自然界の掟を講釈した。アマギは頭の中は疑問符を浮かべた。アマギは難しいことを言われると議論ができなくなってしまうのである。ソウリュウは勝ち誇った顔をしている。テンリは止むを得ずに口を挟むことにした。

「ねえ。アマくん。アマくんはさっきキヨおじいちゃんのお話を聞かずにきちんとお仕事をしていたよね?アマくんは偉いね?そういうことは中々できることじゃないよね?」

「いやー!おれはだいぶ仕事をサボったからな。それの罪滅ぼしだよ。それにしても驚いたな。キヨじいはいつからいたんだ?何かの目的があってここに来たのかな?」アマギは聞いた。テンリはキヨセがやって来ることになった経緯を話してあげた。テンリは最後にソウリュウも旅についてくることになったということも話した。アマギはソウリュウの件に関しては無表情で話を聞いていた。

「アルコイリスへの道からは少し外れるが、おれは樹齢500年のどでかい木のある有名な待ち合わせスポットでトリュウとドンリュウと待ち合わせているんだ。しかし、おれは今アルコイリスから外れるとは言ったが、途中までは行き先が同じなんだよ」ソウリュウは話を補遺した。

「それなら一緒に行った方がいいね?ぼく達は『魔法の地図』を持っているしね?」テンリは言った。ソウリュウは『よし!決まりだ!』と言うとアマギはそれに待ったをかけた。

「いやいや。テンちゃんはともかくとしても残りのおれらはまだ何も言っていないぞ」

「そんなことは聞かなくてもわかっているじゃないか。当然『イエス』だろう?あの若様と旅ができるんだよ。この貴重な大チャンスを逃す術はないだろう」ソウリュウは自信が満々である。

「どう考えてみても生粋の『いや』だろう」アマギは面白可笑しく答えた。

「いやって!冷たいな!『いや』なんていやーん!」ソウリュウはふざけている。

「下らないな。果てしなく下らないな。だけど、ソウリュウの一匹ぐらいは家来にしてやるよ。皆も石が溜まったみたいだから、ベイさんの所に帰ろう!」アマギは歩き出した。

ソウリュウは文句を言いたそうにしていたが、結局は受け流すことにした。意外とソウリュウは大人なのである。テンリを含めた三匹は手押し車を押して無言で歩いて行った。

 今すぐにではないとは言ってもテンリをソウリュウ一家に抱き込むことに成功したので、ソウリュウはもう大満足である。ソウリュウはそれ程にテンリを気に入ったのである。

 ただし、アマギはその事実を知ると憤慨した。しかし、テンリはアマギを宥めたので、テンリは幽霊部員みたいにして名目だけソウリュウ一家になることでアマギは妥協をした。


テンリ達は奮闘の末に100個の石を拾うことに成功した。皆はあれから無駄口を叩かずに仕事に励んだので、かなりのハイ・ペースでどんどんと石は集められて行ったのである。テンリとアマギだけではなくてミヤマも本気を出したので、この三匹は結果的に仲良く同じくらいの石を拾い集めた。最もこの三匹は拾った石の数を比べたりはしなかった。井戸端会議を開いていたシナノとキヨセの二人もさして待たされることはなかった。アマギはようやくベイのカウント・ダウンを聞き終えると大喜びした。

「よっしゃー!終わったー!これで肩の荷が下りたよ!」アマギはガッツ・ポーズをした。

その時にアマギには忍び寄る影があった。ソウリュウは石拾いの途中で拾った投げ縄をちゃっかりとアマギの角に引っかけた。ソウリュウはそのままアマギを持ち上げようとした。しかし、ソウリュウは逆に『うわー!』と言ってアマギに引っぱられて『ぐえ!』と言ってミヤマと激突をした。

「アマくんもミヤくんも大丈夫?」テンリは突然の事態に驚きながらも心配をした。

「大丈夫だよ。しかし、何なんだ?息をつく間もないじゃないか!」ミヤマは苦情を述べた。

「悪かった。ごめん。いや。そうでもないか。おれは悪くないんだった。全てはアマギくんが悪いんだ」ソウリュウは得意の責任転嫁を始めた。ミヤマは半信半疑である。今度はアマギがミヤマの顎を投げ縄で捕まえた。アマギはミヤマを釣るし上げた。ミヤマは空中でブラブラしている。

「おいおい!何をやっているんだよ!」ミヤマは怒気を含んだ口調で言った。

「大漁だ!ミヤが釣れたぞ!」アマギは完全に楽しんでいる。ただし、ミヤマはかわいそうなので、その後はアマギもすぐにミヤマを地上に下ろしてあげた。アマギは力持ちなのである。

「アマもソウリュウもわざわざおれで遊ばないでもらいたい。よし!決めた!おれをこれから投げ縄で引っかけた者は膝かっくんの刑に処す!以後よろしく!」ミヤマは怒りを静めている。

「しょぼい!果てしなく刑がしょぼいよ!ミヤマくん」ソウリュウはつっこみを入れた。どうして罰がしょぼいのかというとミヤマはもうおちゃらけているだけだからである。

「ごめん。ミヤは不愉快だったか?」アマギは我に返ると謝ることにした。

「いや。そんなことはないよ。謝ってくれたから、アマは許す」ミヤマはそう言うとソウリュウを睨みつけた。ミヤマは怒ってはいなくても一応ソウリュウからも謝罪の言葉を求めたのである。

「ごめんよ。ミヤマくん。悪気はなかったんだ」ソウリュウも勢いに押されて謝った。

「よしとしよう。このくらいに周りが元気だとおれもハッスルした気分になれるからな」ミヤマはすっかりと機嫌を取り直している。テンリはそれに気づくと安堵した。

 その後のテンリはミヤマとシナノにもソウリュウがしばらく同行するという旨を伝えた。二匹は当然のことながらそれを承知した。ソウリュウとはまだ話したことがなかったシナノは改めてここで自己紹介をしておいた。テンリ達はそれが終るといよいよ旅立ちの時である。テンリはベイに対して声をかけた。

「ペナルティは本当に石拾いだけでよかったのかなあ?ベイさんはラジコンの製造者に怒られるようなことはないのかなあ?もしそうならぼくが代りに謝るよ。だから、遠慮せずにそう言ってね?」

「お気使いをありがとう。しかし、大丈夫だよ。製造者は心の広い虫さんなんだ。吾輩は怒られることはないだろう。見てもらえば、あっという間にコントローラーも直してもらえるよ。新しく作り直す場合でさえも然りだ。節足帝国の技術はそれ程に卓越しているということだよ」ベイは事情を打ち明けた。

「ラジコンは木に衝突した所に置きっぱなしだけど、持って来なくてもいいのか?」アマギは素朴な疑問を口にした。今のキヨセは皆のやり取りを無言で聞いている。

「そのことか。あれはそのままで構わないよ。コントローラーさえ直ってしまえば、ラジコンは簡単にまた動かすことができるんだ。何も心配はいらない」ベイはやさしい口調になって言った。

「ベイさんはいい虫さんだな?また遊びに来てもいいのかい?」ミヤマは聞いた。

「もちろんだ。我輩はいつでも待っているよ」ベイは親切に言った。

「ありがとう。それじゃあ、ぼく達はもう行くね?迷惑をかけてごめんなさい。バイバーイ!」テンリは恒例のお別れの言葉を述べた。ソウリュウも隣で手を振っている。

「よし!キヨじいもまた会おうな!」アマギもお別れの言葉を述べた。

「うむ!また会おうぞ!シナノ殿は皆へのメッセージをよろしく頼むぞ!」キヨセは言った。

「ええ。しっかり伝えておく。さようなら。ジイジ」シナノは力強く言った。

「メッセージって何だい?ジイジ?」ミヤマは不思議そうにしている。その後のシナノは歩きながらキヨセは皆の祖父代わりになっていつでも見守ってくれているというメッセージを伝えた。テンリ達それを聞くとは大いに喜んだ。心の支えが増えたからである。しかし、一番に感動したのはソウリュウだった。自分はキヨセの孫になった訳ではないのにも関わらず、ソウリュウは男泣きを始めた。

ソウリュウは両親を早くに亡くしていたので、実はおじいちゃんっ子でもあったのである。それ故に赤の他人が祖父になってくれるという話は強い信頼関係によって生まれてくることだと感じ入ってしまって必要以上に感動してしまったのである。テンリ達の一行はとにもかくにもこうしてソウリュウという一時の旅の仲間を引き連れて改めてアルコイリスを目指すことになった。


 ソウリュウ一家の一員であるトリュウとソウリュウの出会いは10年前にまで遡る。当時のトリュウは17歳でソウリュウは19歳だった。一番に老けていそうだが、現在のドンリュウは25歳なので、ソウリュウ一家の中ではドンリュウが一番に若いのである。

 トリュウの父親はトリュウが17歳の時に大ケガをした。トリュウの父親は台風が直撃している時に羽を広げて飛行をしていたら石が飛んできてそれに羽を剥がされてしまったのである。

トリュウの父はこうして空を飛ぶことができなくなってしまった。しかし、人間界ではいざ知らず、昆虫界ではそれで泣き寝入りすることはない。甲虫王国では『医療の地』にどんな大ケガでも立ち処に治してしまう『魔法の杖』というものがあるからである。トリュウは父のケガを治療するべく『医療の地』へと旅立つことにした。しかし、トリュウの家族は元々『玩具の地』で暮らしていたので、テンリ達の旅からもわかるようにして『医療の地』に向かうということはとても長い旅路になる。トリュウはそれでも出発をした。

 最初の内は熱帯低気圧のせいで前に進むだけでも困難だったが、トリュウはその壁を乗り越えた。トリュウは何匹もの虫と出会う中で『医療の地』では芸を披露しなければならないということを知った。口は確かに達者だが、何分それだけでは心細かったので、トリュウは途中であるクワガタと懇意になって『医療の地』へと同行してもらうことにした。トリュウはやがて目的地に到着した。トリュウは一応『医療の地』で得意のトークを披露したが、魔法の力は中々ビンに堪らなかったので『旅は道連れ世は情け』ということで同行してもらっていたジュノンというオスのクワガタに芸を披露してもらうことにした。

ジュノンは物心ついてから食事を取る時以外に竹馬を下りたことがないという兵だった。ジュノンの芸はとても評価が高くて魔法の力は見る見る内に溜まって行った。トリュウはかくて『魔法の杖』を手に入れることができた。トリュウは大喜びである。その後のトリュウはジュノンに対して厚くお礼を述べてジュノンとお別れをした。トリュウは意気揚々と帰路についた。帰り道はとても順調なものだった。ある事件が起きるまではである。あの事件とは『芸術の地』に足を踏み入れてゴール間近の時にトリュウが5匹の強盗に襲われたことである。彼等の狙いは当然『魔法の杖』である。彼等の実力は本物だった。

その強盗団は途轍もなく強かった。トリュウはそれでもボロボロになるまで戦った。最後には体に傷を負ってトリュウ自身にも『魔法の杖』が必要になってしまった。勝負は初めから見えていた。トリュウの惨敗である。トリュウは泣きながら『杖を返してくれ』と頼んだが、強盗の連中はバカにしたように笑い返すだけだった。ソウリュウはそこに現れた。ソウリュウは話の内容と痛めつけられたトリュウの姿を見てすぐに事態を了解した。ソウリュウは逃げずに強盗の5匹に対して戦いを挑んだ。

ソウリュウの強さは強力な強盗団を圧倒した。しかし、強盗団は旗色が悪くなり始めると尻尾を巻いて逃走し始めた。トリュウの『魔法の杖』はまだ強盗の手中のままである。

ソウリュウはトリュウにここで待っているように言うと強盗団の追跡を始めた。ボロボロになったトリュウには彗星の如く現れたソウリュウの勝利を祈ることしかできなかった。

 ソウリュウは数分後にトリュウの元に戻ってきた。しかし、ソウリュウの手に『魔法の杖』はなかった。ソウリュウは強盗を執拗に追いかけて制裁を加えたのだが、それはすでに遅かった。『魔法の杖』は使用されてしまっていたのである。『魔法の杖』は話に一度出た通りに一回ぽっきりしか使えない。ソウリュウは何度もお詫びをしたが、トリュウはそんなことを気にしなかった。ソウリュウに謝ってもらう筋合いはないからである。自分自身もケガを負ってしまっているが、トリュウが特に気にしていたのは自分の帰りを待つ父親のことや芸ができる親切な虫をまた見つけなければならないということだった。

各地を転々としているジュノンは所在がつかめないのである。ソウリュウは事情を知りたがったので、トリュウは洗いざらい事情を打ち明けることにした。ソウリュウはトリュウに対して家に帰るように促した。あまりにも帰りが遅いと家族が心配するし、トリュウの家はもう目と鼻の先だったからである。それはソウリュウのやさしさである。結局はその助言に従うことにして奮闘してくれたことにお礼を言うとトリュウはソウリュウと別れた。その後のトリュウは心の傷が癒えてくると再び父のために旅に出ることにした。トリュウはあの強盗団に遭遇した場所にやってきた時に信じられない光景を目の当たりにした。

ソウリュウは『魔法の杖』を二つ手にしてこちらへやって来ていたのである。それらは無論トリュウとトリュウの父親のためのものである。驚いたトリュウはすぐに気になることを口にした。『医療の地』でどのような芸を披露して『魔法の杖』を手に入れたのかということをである。ソウリュウはそれに対して『セブン・ハート』を披露したのだと答えた。確かに『セブン・ハート』でもそれは可能である。

しかし、この証言は嘘である。トリュウは後になってソウリュウが『セブン・ハート』の使い手ではないと知ることになるからである。事の真相はどうだったのかはソウリュウがついにトリュウに明かさなかった事実だが、ソウリュウは10時間もかけて一人でコントをやっていたのである。

ソウリュウは別にお笑い芸人でもなくてその才能がある訳でもないので、そんなにもの時間がかかってしまったのである。ましてや必要な『魔法の杖』は一つではなくて二つだったからである。

 トリュウとその父親はとにもかくにもこのようにしてケガを治癒することができた。トリュウはソウリュウを若様と呼んでソウリュウを尊敬するようになった。

 ソウリュウはどうして赤の他人のトリュウのためにそこまでしてくれるのかは当然の疑問である。トリュウがそれを聞くとソウリュウは次のようにして答えた。

「おれは別に特別なことをしてはいないよ。自分に助けられる虫がいるなら助ける。これ以外に理由なんていらない。おれは正義の味方ではないかもしれないけど、心を持った虫だからね」

 話は現在に戻る。今のトリュウは同級生のジュンヨンと密会をしている。ジュンヨンは体長70ミリ程のサンボンヅノカブトである。ジュンヨンは飛び抜けて大きな体をしている訳ではなくてもその代わりに優れた俊敏性を持ち合わせている。ジュンヨンは上記している通りにその卓越した戦闘能力から『スリー・マウンテン』の一人として国民から崇められている。先程は密会と表現したが、トリュウはわざわざジュンヨンをソウリュウ一家の回し者にするために密談をしに来た訳ではない。

トリュウはジュンヨンに国王を背信させるつもりはないのである。しかし、友情を確かめ合ってそれを深めるためにやってきたと言いつつも、あわよくば、国宝の秘密に迫ってやろうという腹積もりもトリュウにはないと言ったら嘘になる。国王に信頼されているジュンヨンはトリュウが知りたい情報を多々知っている。しかし、その中には下手に口に出してはいけないものもある。

「世間では『革命!革命!』と騒がれているが、正直な所『マイルド・ソルジャー』はそれをどう受け止めているんだい?」トリュウはジュンヨンに対して無難な話から入ることにした。

「色々だよ。やる気満々な者もいれば、口にこそ出さないが、戦いなんて起こらないに越したことはないっていう悲観的な者もいるよ」ジュンヨンはこの上なく落ち着いた口調で言った。

「なるほど。当のジュンヨンはどうなんだい?」トリュウは聞いた。

「ぼくはやろうっていうならいつでも受けて立つつもりだよ。本当はやりたくないとは言ってもぼくは戦闘に自信がない訳ではないからね。これはここだけの話にしてくれよ。ぼくがこんなことを言ったなんて知れたら兵士達の士気に関わってくるからね」ジュンヨンは用心深く発言をした。

「戦場において士気というものは大切らしいからな。ジュンヨンは戦いたいと戦いたくないの折衷案に立っているんだな?しかし、確かに三強の内の一人がこれでは皆も拍子抜けしちゃうだろうな?とは言ってもわかっているよ。こんなことは誰にも言ったりはしない。若様にもだよ」

「ありがとう。若様といえば、ソウリュウくんは今どうしている?」ジュンヨンは聞いた。

「さあ?どうだろう?おれの予想を言えば、ちょっと怒っているんじゃないかな?今こうしておれがジュンヨンと会っているのも強行突破でやってきたみたいなものだからね」

「ソウリュウくんはトリュウの一生の恩人なんだろう?大切にしてあげないといけないよ」

「わかっているよ。おれはいつでも若様を尊敬している。好意も寄せている。おれの若様に対する信頼感も絶対的だよ。何と言ってもおれは一生を若様の下で尽くすと決めているからな」

「そうか。ところでトリュウはそろそろ焦れて来たんじゃないのかな?」

「何の話だい?」トリュウは核心を突かれて少し慌ててしまった。

「トリュウがこの時期にぼくに会いに来たっていうことは国宝について少しでも情報を得たいからなんだろう?ましてやソウリュウくんの反対を押し切って会いに来たぐらいだからね?トリュウの宣伝のおかげで『マイルド・ソルジャー』の皆はソウリュウくんのことを知っているよ。こんなにも自分で警戒をさせておいて一体どうするつもりなのかは見物だね?」ジュンヨンは余裕のある口ぶりで言った。

「見ていてくれよ。若様は皆のど肝を抜く方法で国宝を盗んで見せる」

「それにしてもどうやってあんなにも大きい物を持ち運ぶつもりなのかな?」

「若様はもちろんそれが特大の隕石だろうが何だろうが持ち帰って・・・・え?大きいの?」

「さあ?どうかな?」ジュンヨンはくすくすと笑いながら冗談めかして言った。

「我が友のジュンヨンよ。君はいつからそんなに性格がひねくれたんだい?」

「ひねくれてはいないよ。ぼくだって冗談の一つくらいは言うんだよ」

「宝はともかく大きくないんだな?取り急ぎ『ポシェット・ケース』か『バルーン・ケース』を用意しないといけないのかと思ってひやひやしたよ。計画は万全でないといけないからな」

「トリュウとしてはそうだろうね?それじゃあ、特別にもう一つだけ情報を教えてあげようか?国宝はオーカーとボストークの時代にお城にやって来たんだ。これもオフ・レコで頼むよ」

「もちろんだ。口外するつもりはないけど、それは何か重要なことなのかい?」

「断言はできないけど、場合によってはね」ジュンヨンは秘密めかした。今のジュンヨンの情報に関することは後に大きな波紋を呼ぶことになる。しかし、それはソウリュウだけではなくてジュンヨンさえも驚かせる結果になる。その後のトリュウとジュンヨンは雑談を交わして別れた。トリュウとジュンヨンの二人が密談を交わしている間は幸いにもまだ革命軍も行動に出るようなことはなかった。

 トリュウは国宝を盗む側・ジュンヨンは国宝を守る側と相反する立場に立っている二人でも今までのやり取りからもわかる通りにその友情に皹が入るようなことは決してないのである。


 ここは『樹液の地』である。今『魔法の器』で使う樹液を採取してウンリュウは自分の家へ帰ってきた。ウンリュウは驚いた。『魔法の器』の前でアマミマルバネクワガタとジェルゲンセンヒメゾウカブトが議論を白熱させていたのである。前者はネムロで後者はシェールという名前である。

ネムロはウンリュウの知り合いで初老の男性の体長は約50ミリである。シェールの方はウンリュウの見知らぬカブトムシで中年の男性で体長は約45ミリである。

 ウンリュウが二匹から事情を聞くと次のようなことが判明した。シェールという中年の男性はウンリュウのいない間に勝手に『魔法の器』を無断で借用していたのである。シェールが言うにはそれは今回が初めてではなくて以前にも何度か利用させてもらったことがあると言っている。今日はそこにウンリュウの知人であるネムロがその現場を目撃してしまったという訳である。

 シェールは『盗んだ訳ではないのだから、いいではないか』と主張をしている。ネムロの方は他人の物を許可なく使用するのはけしからんと主張をして止め処なく二人は言い争いをしている。

 本当は小言を言うような性格ではなくて温和な人物なのだが、今のネムロはウンリュウのために戦ってくれているのである。ウンリュウはより一層に困惑をしてしまった。結局はネムロに対して自分のためを思ってくれるのはうれしいが、寛容な性格のウンリュウは済んだことを掘り返すのは自分の本望ではないと宥めることにした。ウンリュウは更に仲直りの印として先程に採取してきた二つの樹液を使って『魔法の器』で樹液を調合してネムロとシェールに対してそれを食べさせてあげることにした。

ウンリュウは円満解決を望んでいたのである。ウンリュウは相当にやさしい虫なのである。自分達はもう顔見知りになったので、ウンリュウはシェールに対してまた来てくれて構わないということを話した。シェールはとてもすまなそうにして何度も謝罪をした後にウンリュウに対して恩義を感じるようになった。ネムロの方もそれで納得をした。ウンリュウはシェールを許すというのならば、ネムロもそれに口出しをする権利はないと思ったのである。ピフィはそこにやって来た。ネムロとシェーマンは動いてしゃべっている花を見て揃ってきょとんとした。しかし、ピフィは節足帝国の友人であるとウンリュウによって説明されると納得をして邪魔しては悪いということでネムロとシェールの二匹は連れ立って帰ることにした。

ネムロとシェールは帰り際には仲良く話し合いながら帰って行った。どこまでも平行線に見えてもわかり合おうとする気持ちがあれば、虫と虫の関係はきっと親密なものに成り得るのである。

ピフィネムロとシェールを見送るとその二人については聞いてきた。ウンリュウはそれについての説明をしてあげた。ピフィはその話を聞き終えると感心をした。

「ウンリュウ様はおやさしいことでございます。あたくしは改めてウンリュウ様をすばらいしい方だと認識させて頂きました。あたくしもウンリュウ様に見習いたいものでございます。しかし、あたくしが急に現われてご迷惑ではございませんでしたか?」ピフィは聞いた。

「いや。そんなことはないよ。話の切りはちょうどいい所だったからね。それよりも遅ればせながらおかえりなさい。ぼくは元気にしていたけど、ピフィさんは?」ウンリュウは聞いた。

「はい。あたくしも元気でございます」ピフィはしおらしく言った。

ピフィは今まで甲虫王国を観光してそうしながらもついでに革命軍についての情報収集を三日間をかけて行っていたのである。ウンリュウは礼儀正しくコメントをした。

「ピフィさんが元気に帰って来られてよかったよ。しかし、こんなことを言ったらいけないのかもしれないけど、甲虫王国はあんまり代わり映えのしない景色ばかりじゃなかったかな?」

「いいえ。そんなことはございません。同じように見えても全く同じ景色というものはないものでございます。何よりも多くの虫さん達にお会いできたのは至上の喜びでございます」

「それはよかったよ。そういえば、ピフィさんはここを出発する時にぼくのために革命軍について少し調べてきてくれると言ってくれていたよね?」ウンリュウは確認した。

「はい。申し上げました。しかし、恥ずかしながら大した情報は得られなかったのでございます」

「ピフィさんはそれで少し気を落としているんだね?だけど、そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。情報収集というものは意外と難しいものだからね」ウンリュウは慰めた。

「そう言ってもらえるとあたくしもほっと致します。手に入った目ぼしい情報と言えば、革命が成功した訳ではないのにも関わらず、クラーツ様とセリケウス様という革命軍の方々の横行が些か目に余るそうでございます。話によれば、彼等は『森の守護者』狩りなるものをしているそうなのでございます」ピフィは相も変わらずに上品な口調で説明をした。ピフィはいつでも優美である。

「そうなのか。ぼくもそれは知らなかったよ。いや。十分な情報だよ。ピフィさんには全く気落ちする理由はないよ。クラーツとセリケウスと言えば、革命軍の強力な幹部だね?」

「クラーツ様の方は確か『ワースト・シチュエーション』事件で脱獄した虫さんだというお話でございました。ウンリュウ様はそれをご存知でございましたか?」ピフィは問いかけた。

「いや。ぼくもそこまでは把握していなかったよ。クラーツはいつの間にか捕まっていたんだね?」

「はい。クラーツ様という方はどうやら女癖が悪いらしく女性を無理やりに誘拐しようとした所を『森の守護者』に現行犯で逮捕されたというお話でございました」ピフィは言った。

「クラーツはおそらくその時のことを根に持っているから『森の守護者』を次々に打ち取ろうとしているんだね?セリケウスはそのクラーツの相方だね?この二人はコンビを組んで悪事をすることで有名だ。その二人は今どこにいるのかはわかっているのかな?」

「ええ。ここからだと『玩具の地』とお城の間で勢力を伸ばしているそうでございます」

「それはまずいな」ウンリュウは悪い想像をして急に暗い顔になった。

「ウンリュウ様もそう思われますか?あたくしもそう思いました。テンリ様を初めとした『シャイニング』の皆様はひょっとしたらそのお二方と鉢合わせしてしまう可能性があるのではございませんか?」

「うん。旅の途中『玩具の地』と『芸術の地』で小休止を取っていたとしたらテンくん達は今頃その辺りを歩いているかもしれない。これが普通の虫さんならばいい。問題はテンくん達が革命軍に『アブスタクル』と呼ばれていることだよ。厄介事に巻き込まれなければいいのだけど」

「しかし『シャイニング』の皆様は強運の持ち主でございます。今までも平和にやり過ごしていたのですから、これからもすんなりとスルーできていることをお祈り致しましょう」ピフィは言った。

「うん。そうだね。今のぼくらにはそれしかできない」ウンリュウは暗い表情のまま頷いた。

テンリのことを幼虫の頃から知っているウンリュウは思いやりも一入なのである。とは言ってもウンリュウはテンリだけでなくて他の三匹の心配もしている。世界中の皆の平穏無事を祈っている生粋の平和主義者だからというのもあるが『シャイニング』にはやさしくしてもらったので、ピフィは尚更テンリ達が心配なのである。しかし、何事もなく『シャイニング』の皆にはクラーツとセリケウスの二人をやり過ごして欲しいというウンリュウとピフィのこの願いは無残にも打ち砕かれることになる。


 カイラクエンとケンロクエンは下校をすると秘密基地に足を運んでいた。およそ一週間毎に階級は入れ替えをするので、今週のカイラクエンは大尉でケンロクエンは中尉である。

この基地父のエサンにしかは教えないということにしていたのだが、秘密とは名ばかりでかなり大っぴらにでんと場所を占有しているので、この場所はかなりの数の虫に知られてしまっている。

カイラクエン達はアマギ達にも自分達から教えてしまっているので、ここはすでに秘密でも何でもなくなってしまっている。しかし、カイラクエンとケンロクエンは揃ってここを秘密基地と称している。滅多にケンカもしない二人は何だかんだ言っても仲良しな兄弟なのである。

「カイ大尉はどうするでありんすか?ぼくはやられっぱなしでは腹の虫が収まらないでありんす」弟のケンロクエンは兄のカイラクエンに対してすっかりとくつろいだ様子で話を切り出した。

「ん?何の話をしているのでありますか?さっぱりとわからないであります」カイラクエンは言った。

「ぼくは革命が成功した時の話をしているのでありんす。ぼくだって革命軍によって自由を束縛されるぐらいならば、ちょっとぐらいは抵抗したいのでありんす」ケンロクエンは主張をした。

「ケン中尉はいつになく気力に満ちているでありますな?しかし、新政府が樹立されたとしてもおれ達みたいな平凡な虫が抵抗したって新政府にとっては痛くも痒くもないはずであります」

「そんなことはわかっているけど、ぼくは怖い世の中になるのが嫌なのでありんす。話によれば、革命軍のオウギャクは恐怖政治をするのも目的の一つらしいのでありんす」ケンロクエンは言った。

「恐怖政治とは何でありますか?」兄のカイラクエンは不思議そうにしている。

「反乱を起こされないようにするために未然に革命を計りそうな虫さんを消してしまうというその名の通りにとても怖い政策らしいのでありんす」ケンロクエンは説明をした。

「なるほど。納得であります。自分達だって革命で権力を握ったくせに他人にはそれをやらせないつもりなのでありますな?それにしても学校の先生もそんなことは言っていなかったのにも関わらず、ケン中尉は一体全体いつそんな情報を仕入れたのでありますか?」カイラクエンは聞いた。

「カイ大尉がハイエナと戦っている時にぼくはその話を父上から聞いたのでありんす」

「あの時でありますな?」兄のカイラクエンは訳知り顔で頷いた。

 カイラクエンはテンリ達が去った後に一人で鍾乳洞に向かっっていた。スズメによって秘密を口止めされていることもあって自分は怖いので、ケンロクエンは行きたくないと主張をした。

しかし、一度はパワー・ストーンを手に入れることができたのだから、もう一回ぐらいは自分にだってできると過信をして兄のカイラクエンは洞窟に向かった。カイラクエンはアバン・ギャルドの成果は上々だと判断したのである。ただし、その作戦は失敗に終わった。

勇敢なことにもハイエナと戦ったのだが、カイラクエン惜敗をして後ちょっとの所ではパワー・ストーンを手に入れることができなかったということになっている。

本当のことを言えば、あの鍾乳洞にはハイエナの代わりにスズメがいるだけなので、これはまっ赤な嘘である。実際はスズメの声を聞いてそれをハイエナだと誤認してカイラクエンは尻ごみして帰ってきてしまっただけである。それでもやさしさを持ち合わせているので、内部事情を知っているケンロクエンは話を合わせておいている。これこそは兄弟愛というものである。

「よし!わかった!それではおれが戦いのリードをするから、ケン中尉は援護を頼むであります!おれは革命が成功したら反乱因子になるであります!」カイラクエンは兄上としての威厳を見せた。

「わーい!それでこそカイ大尉でありんす!」弟のケンロクエンは無邪気に喜んだ。

 その頃のボイジャーは同じく『奇岩の地』においてシンドウを訪れていた。この二人はロボットと樹木という異色のコンビだが、なんとなく気が合って友人同士になったのである。シンドウは立派な木でボイジャーは馬力のあるロボットだから、双方は相当な力持ちだという点で共通している。乱暴者ではない所も然りである。今週のボイジャーの階級は少尉である。カイラクエンとケンロクエンと血が繋がっている訳でもないのにも関わらず、ボイジャーは同じようなことをシンドウに話しかけている。

「拙者は恥ずかしながら革命が成功したら玉砕を覚悟で一揆でも起こすつもりなのです。その時はどうぞ止めないで下さい。拙者はこの平和な王国を守りたいのです」ボイジャーは真面目な顔をしている。

「そう言われてしまっては止めにくいでおます。わてもなんなら手を貸しましょか?」

「とんでもない。滅相もないです。シンドウさんまで危険な目に合わせることはできません」

「すんまへん。つい調子に乗ってしまいました。しかし、わての立場から言わせてもらえば、ボイジャーはんも同じおます。ボイジャーはんが危険な目に合っている所なんてわては見ていられないでおます。今ではすっかりとわてとボイジャーはんは友達同士でおます」シンドウはやさしく言った。

「今のセリフは泣けますね?確かにそう言ってもらえると拙者もうれしいのですが、革命が成功すれば、拙者はおそらくオウギャクの手下になるように説得されます。自分で言うのもなんですが、拙者はロボットなので、強いですからね。もし、それを拒否すれば、拙者に行き場はなくなります。そうなってしまうと国外に逃げ出す手もありますが、血の繋がりはないとは言っても拙者は二人の兄と両親のいる甲虫王国が大好きです。だから、拙者には戦う道しか残されていないのです」ボイジャーは言った。

「そうでっか。しかし、わてもその思いは同じでおます。わても甲虫王国が好きでその国の市民が苦しんでいる所も見たくもなくて想像したくもありまへん。わてにも戦うしか道は残されていないのでおます。一人よりも二人の方がちっとは心強いでっしゃろ?」シンドウは聞いた。

「シンドウさん。ありがとう。それではいざとなったら二人だけの一揆をやってやりましょう!命尽きるまで暴れてやりましょうよ!」ボイジャーは意気込んでいる。甲虫王国の国民は慷慨してばかりではないのである。最もボイジャーは甲虫ではなくてあくまでもロボットである。

「そうでまんな。わてもやる気はそれなりにあるでおます。しかし、その前に現在の国王軍を信じることも大切でおます」シンドウはそう言うとやさしい目をしてにっこりと微笑んだ。ボイジャーとシンドウの会話からもわかる通りに革命の成功を快く思わない甲虫王国の国民は多い。

オウギャクの率いる現在の革命軍はそれ程に暴力的なのである。ジュンヨンのようにして本当は戦いなんてしたくないという者も中にはいるが、大抵の『マイルド・ソルジャー』は甲虫王国の国民の期待を背負って気負っている。甲虫王国は果たして革命の成功によってブラックアウトするかどうかは今は全くわからないが、いつの日にかは革命軍が決起することは間違いのない事実である。


 テンリ達とソウリュウの旅は順調に進んでいた。今は一行が『玩具の地』を抜けてから6日が経過している。ここは『偉人の地』という場所である。ここは名前の通りに有名人の出生地である。

 その有名人である初代国王がこの地で誕生したことから、その名がつけられている。それだけでなくて甲虫王国の歴史ヒストリーにおいて重要人物であるオーカーやジークフリードといった面々もこの地で生誕している。ここはそういう点で『偉人の地』であって偉大な地なのである。ジークフリードとは体長130ミリ程の茶色をしたゾウカブトのことで約1000年前にりんし共和国から脱獄したケルベロスを打ち取ったことで有名である。ケルベロスというのは三つの頭と蛇の尾をもつ犬の怪物のことである。

そういった面々以外にも有名な大臣や『マイルド・ソルジャー』の多くはこの地で誕生しているという前例を見受けることができる。最近の例では『スリー・マウンテン』のジュンヨンの出生地がこの地だということは有名である。最も近年ではそのような旧例に肖ってわざわざこの地で出産をする母親も少なくないので、余計にこの地では著名人が出るという傾向が強くなっている。

テンリ達の旅が順調とは言ってもその途中では不思議なことも一つあった。何度か虫と擦れ違う時があったのだが、彼等はテンリ達を見ると飛んで逃げたり、早歩きになったりするのである。その傾向は一匹だけで歩いている虫程に強かった。ミヤマは一度たまたま通りかかったメスのヒストリオノコギリクワガタに対して話しかけようとしたのだが、彼女もテンリ達を見ると恐怖に身を震わせてどこかに行ってしまった。とても摩訶不思議な現象である。その謎は未だに解明が成されてはいないままである。

「わかった!どうしておれ達が皆から避けられているのかの答えはついにわかったぞ!」アマギは痺れを切らして歩きながら発言をした。アマギは珍しく考えを巡らせていたのである。

「よっしゃ!おれがそれを当ててあげよう!疫病神のおれがいるからだ。アマギくんはそう言いたいんだろう?」ソウリュウは自虐的である。アマギは気楽に切り返した。

「なーんだ。自分でも自覚していたのか。だけど、落ち込むなよ。少しずつなら改善していけるよ」

「一部の虫達には若様と呼ばれているのにも関わらず、それはごく一部なんだな?大部分の虫にとってはバカ様なんだな?かわいそうに」ミヤマが毀誉褒貶を嘆いた。ソウリュウはしんみりとした。

「うん。うん。同情してくれるか。おれは同意が得られてうれしいよ。って、おい!誰がバカ様だ!おれは見知らぬ虫から初対面なのに嫌われているっていうのか?それならその理由は何だ?」

「怖い。臭い。気持ちが悪い」アマギは答えた。ミヤマは大爆笑をしている。

「おいおい!その不可解な3Kは何だよ!テンちゃん」ソウリュウは甘え出した。

「ぼくはソウリュウくんは格好いいと思うよ」テンリに続いてシナノも加勢をした。

「私もソウリュウくんが見た目だけで他の虫さんから避けられる謂れはないと思う」

「ありがとう。まともなのはテンちゃんとナノちゃんだけだな」ソウリュウはしみじみと言った。

「墓穴を掘ったな。ソウリュウもおれ達と同じくまともじゃない組の一員だ」ミヤマは茶化した。

「なんてことだ!それは大変な珍事だ!」ソウリュウはおちゃらけている。

「真面目な話だけど、おれ達が今まで旅をしていてこんなことはなかったのにソウリュウが同行するとこうなったっていうことは関連性があるんじゃないか?」これはアマギのセリフである。

「アマが珍しく理知的なことを言っているよ。ソウリュウはこれについてどう弁解するつもりなんだい?」ミヤマは容赦なく問いかけた。ソウリュウはそれに対して攻撃的な姿勢を見せた。

「ふん。そんなことは知らないね。おれとテンちゃんとナノちゃんの三人が罪人を二人連行しているんじゃないかと思われているんじゃないのかな?結論はどうせそんなことだよ」

「ケンカ腰はダメだよ。ソウリュウくん」テンリ遠慮気味に注意をしておいた。

「そうだよねー!ダメだよねー!ごめんねー!」ソウリュウはでれでれしている。

「大丈夫だよ。テンちゃん。おれ達はこれぐらいで気を害したりはしないよ」アマギは言った。

「おれも同じだよ。右に同じ」ミヤマも中々寛大な一面を覗かせた。

「二人共やさしいものね?偉いね?」テンリはアマギとミヤマを褒めた。

「くそー!どさくさまぎれにポイントを稼いだな!」ソウリュウは悔しそうである。

「今度また虫さんを見つけてできることなら逃げられる前にその理由を教えてもらいましょう!このままじゃあ、不思議だものね?」シナノは真剣な口調で話題を元に戻した。

「うん。そうだね。それが一番いいかもしれないね」テンリは納得をした。

 長いスパンで見れば、その内に自然に謎が解ける可能性はあるかもしれないが、そうは言っても訳もわからずに虫に避けられているというのはテンリ達の全員が穏やかな気持ちではいられないのである。

 その後にテンリ達の一行が歩いていて次に出会った虫は何だか様子がおかしかった。出会った虫はフィートという名のオスのコフキホソクワガタなのだが、フィートは二本足で立ったまま硬直している。これは比喩ではなくてフィートは本当に固まってしまっているのである。

「なあ!おじさん!おれ達は皆から避けられているんだけど、やっぱり、ソウリュウのせいなのかなあ?あれ?だけど、おじさんはどうしておれ達のことを見ても逃げないんだ?」アマギはフィートに対して話しかけている。しかし、フィートからの応答はない。ミヤマはこんなことを言い出した。

「まさかとは思うけど、これは置物なんじゃないのかい?本当に生きている虫かい?」

「よし!こういうよくわからない事態はおれに任せてくれ!おれは場慣れをしているんだ!」ソウリュウはそう言うと二本足で立って体当たりする構えになった。テンリは不安そうである。

フィートは置物ではなくて単なる浮かりひょんなのではないだろうかとシナノは感じた。ソウリュウはそんな折にフィートに体当たりを決行した。しかし、それは成功しなかった。

「見す見すと幼気な志学の娘を奪われてたまるかー!」フィートは叫び出した。

「うわー!何の話だー?」ソウリュウはびっくりして転倒してしまった。

「おじさんには何か悩んでいることがあるの?」テンリは冷静に聞いた。

「ん?君達はいつからいたんだい?悩んでいること?そうなんだよ。ちょっとね」フィートは秘密めかして言った。フィートが何かに悩んでいるのは事実である。シナノは鋭い質問をした。

「私達はここに来てから他の虫さんに避けられてばっかりなんだけど、それと関係はあるのかしら?」

「避けられている?ん?君達はまさか・・・・何者だ?」フィートは身構えた。

「おれ達は旅をしているだけの虫だけど、何か問題でもあるのか?」アマギは聞いた。

「旅をしている?それでは革命軍ではないんだね?」フィートは確認をした。ミヤマは安心させた。

「それはそうだよ。こんな間抜けな奴はきっと革命軍にいないだろう?」そう言ってミヤマが指さしたのはソウリュウである。ソウリュウは未だに転倒したまま起き上がっていなかった。

「どうもはじめまして間抜けな奴ことソウリュウです」ソウリュウは咳払いをした。

「ソウリュウ?あのソウリュウくんか?申し遅れたが、私はフィートだ。以後よろしく」フィートは礼儀正しく名乗り出た。フィートは危険人物ではないのである。

「ぼくはテンリだよ。フィートさんはソウリュウくんを知っているの?」テンリは聞いた。

「ああ。知っているよ。ソウリュウくんは革命軍を倒してくれるそうだからね」フィートは期待に満ちた顔を向けた。当のソウリュウはきょとんとしている。ソウリュウは恐る恐る口を開いた。

「いや。おれは確かそんなことをするとは一言も言っていないんですけど」

「そんなバカな!我らの英雄がそんな及び腰だなんて!あれは嘘だったのか?そんな!それじゃあ、私と一緒にも戦ってはくれないのかい?」フィートはすごく悲しそうな顔をしている。

「はい。申し訳ありません」ソウリュウは返事をした。ミヤマは口を挟んだ。

「いや。本人はこんなこと言っているけど、照れているだけでやる時はやってくれるよ。それじゃあ、がんばれよ!ソウリュウ!さようなら」去りゆくミヤマのことをソウリュウは引っ捕まえた。

「待て!待て!待てー!ミヤマくんは面倒事をおれに押し付けて逃げるつもりか?トリュウの宣伝がよじれてこじれてどうやらおれは革命軍と戦うことになっているようだ。しかし、わかった。困っているフィートさんを見捨てる訳には行かない。ソウリュウ一家の三匹でやってやろうじゃないか!」

「それ以前に勝手にテンちゃんのことを巻き込むなよ」ミヤマは主張をした。

「いやいや。三匹っておれと君とアマギくんのことだからね」ソウリュウは動じていない。

「ありがとう。私と一緒に戦ってくれるのか。さすがはソウリュウ一家だ」フィートはすっかりと感動している。ただし、この先はどんな展開になるのだろうかとテンリは不安そうである。

「いや。おれとミヤは違う・・・・」思考回路の単純なアマギは冷静に指摘をしようとした。

「違わない。違わない。さあ!いざ!決戦の舞台へ!」ソウリュウは勝手に盛り上がっている。

「話を割って悪いんだけど、私達が避けられているのは革命軍と間違われているからなのかしら?」シナノは聞いた。フィートはそれに対して真剣な顔で頷いた。

「うん。その通りだよ。ここいらに住む虫は皆が今ぐんぐんと勢力を伸ばしているクラーツとセリケウスのことを怖がっているんだ」フィートは難しそうな顔をして真相を口にした。

シナノはそれを受けると納得をした。テンリ達は団体だから、他の虫からすれば、革命軍が徒党を組んで歩いているように見えたのである。フィートはヒート・アップして話を続けた。

「しかし、私は彼等と戦わなければならない!そう!これは私の使命なんだ!聖戦なんだ!」

「よーし!それじゃあ、やってやるぞー!」アマギは完全に乗り気になった。

しかし、ミヤマは完全に気が引けてしまっている。ミヤマもクラーツとセリケウスの二人の悪評ぐらいは知っているからである。クラーツとセリケウスと言えば、革命軍の支部においてダブルの隊長として名を馳せてその実力も革命軍ではトップ・クラスに君臨しているのである。

「善は急げです。フィートさん。案内をして下さい」ミヤマの気を知らないソウリュウは戦うことを前提に話を進めている。テンリとシナノはソウリュウがやるというのならグレー・ゾーンである。

「フィートさんはどうして革命軍と戦わないといけないの?」テンリは聞いた。

「そうだった。それを知らないとな。うっかりしていたよ」ソウリュウは照れ笑いを浮かべた。

「切っ掛けは私の娘であるリンリンの体調不良から始まった。あれが全ての間違いを引き起こすことになるとは当時の私には思いもよらなかった」フィートは遠い目をしている。フィートは革命軍と対立しなければならない理由を述べ始めた。アマギ以外の4匹は真剣になってフィートの話に耳を傾けることになった。どうしてアマギはいい加減に話を聞いているのかというとフィートが困っているというのならば、理由を聞くことなく助けてあげるのは当然のことだと思っているからである。

ただし、残りのテンリ達にしたって少なからずは話を聞かなくてもフィートを助けてあげたい気持ちを持っている。戦闘において実力者のソウリュウは特にそうである。


 クラーツは体長71ミリ程のクラーツミヤマクワガタである。普通の虫がその名を聞けば、震え上がる程の悪者としてクラーツは甲虫王国でよく知られている。その汚名と実際には寸分の違いもない。上記の通りに戦闘の実力もあるから、余計に困りものなのである。革命軍のツー・トップであるオウギャクとキリシマは共に暴力的な性格をしているが、余程のことがない限り大抵は一般人には手を出さない。

抽象的な話だが、オウギャクとキリシマの二人は自分達の道を行く上で邪魔になると判断した者にしか基本的には戦いを挑まないのである。しかし、クラーツはそうではない。クラーツは戦意のない一般人にまで暴虐の限りを尽くしている。それでも脱獄してからはオウギャクによってあまり派手な振る舞いはしないようにと釘を刺されているので、クラーツは大人しくしている方なのである。

ただし、今回のクラーツは脱獄の祝いとして一悶着を起こそうという腹である。今、クラーツのそばには約20匹の部下が控えている。部下の強さは玉石混淆である。

「セリケウスの奴はもう行動に出ているのか?」クラーツは自分の部下に対して聞いた。

「へい!出ています!しかし、セリケウス様はいつものことながらマイ・ペースなので、道草をしたり、居眠りをしたりしていて時間がかかる可能性もありますぜ」ホライズンという名の部下は言った。

「そうか。しかし、奴はおれの一番の同志だ。それぐらいは許容範囲内だ。セリケウスならば、しくじることもないだろう。それにしてもリンリンちゃんとおれってお似合いだと思わないか?そこの所はどうよ?ぐへへ」クラーツは妄想モードに入って本性を現した。

「もちろん。そう思いやす。すぐに披露宴をあげやすか?」ホライズンは聞いた。クラーツはちゃきちゃきの江戸っ子のようにして『やらいでか!』と答えた。クラーツはリンリンとの馴れ初めを思い出してみることにした。あの日のリンリンは父のフィートと一緒に森を散策していた。

フィートとリンリンは普段は滅多に行かないような所にも足を伸ばしてとても気持ちよく歩いていた。太陽からの直射日光も鋭く照り返していた。その暑さたるや昆虫とは言っても日傘が必要なくらいだった。アクシデントはそんな訳で起きた。リンリンは目眩と倦怠感を訴えて歩けなくなってしまったのである。フィートはこの症状からすぐにリンリンは日射病になってしまったのだと気づいた。しかし、フィートはそれに気づいても狼狽えているだけだった。フィートは臨機応変な対応をするのが苦手なのである。フィートはそれでも父親として精一杯に考えてせめてリンリンを扇いであげようと思った。

その時に突然にリンリンのいる所だけが日陰になった。大きな葉っぱを手にしてクラーツが立っていたのである。クラーツは部下の一匹とも一緒だったので、その部下にもリンリンを葉っぱで扇がせた。クラーツとリンリンはこうして空想的な出会いを遂げた。

 その後のクラーツはリンリンをデートに誘った。リンリンは少々迷ったが、自分のことを助けてくれたので、結局はそれに応じることにした。そのデートの時にもアクシデントは起きた。

三匹の愚連隊がリンリンに絡んで来たのである。クラーツはそれを止めさせようとした。野郎共の一匹はその内にクラーツに攻撃を仕掛けてきた。クラーツは反撃に転じた。

 その後のクラーツはさすがの実力を見せつけて三匹の野郎共を相手にして見事に勝利ビクトリーを手にした。クラーツはリンリンから『あなたってなんて強いのかしら!素敵!』的な発言を期待した。そこまでは行かなくてもリンリンは似たような反応を見せたので、クラーツは満足をした。

 クラーツはこのようにしてリンリンのハートを射止めた。ただし、先程に出てきた三匹の野郎共とは全員がクラーツの部下である。とんだ茶番を演じていたという訳である。クラーツは自分が革命軍であるということを隠していた。クラーツは仮にリンリンから『革命軍を止めて欲しい』と言われても止める気はさらさらない。クラーツにはそもそも妻が三人もいる。クラーツはリンリンを第4の妻にしようとしていたのである。クラーツの正妻は他にいるということである。甲虫王国は一夫多妻制ではない。これはクラーツが勝手にやっていることである。クラーツはとんでもない食わせ者だったのである。

クラーツはリンリンと共にバラ色の生活を送るようになった。リンリンはすっかりと騙されてしまっていたのである。しかし、そんな日々は長くは続かなかった。

話は現在に戻る。革命軍支部の隊長であるクラーツは憤慨していた。しかし、その理由は公的なものではなくてかなり私的なものである。リンリンの父であるフィートが娘の結婚に反対しているからである。

最近のリンリンはそのせいで姿を消してしまったのである。リンリンはクラーツから身を隠しているのである。野郎共を蹴散らした時にヒーローを装っていたということがバレてクラーツは革命軍であって尚且つ妻を三人も養っているということもバレてしまったからである。今まではネコを被っていたが、化けの皮が剥がれてクラーツの本性は剥き出しになってしまったのである。

ただし、それは自業自得の感は免れない。ヒーローを装った時はたまたまそれを見ていた虫が野郎共とはクラーツの部下であるということをリンリンに対して暴露をした。リンリンの従弟(フィートの甥)にはリンリンとクラーツが一緒にいる所を見られてクラーツには妻がいるということを暴露されたのである。

やっていることがやっていることなのだから、これは立派なもう利己主義者エゴイストだが、クラーツにとっては十分に憤慨する理由に足るのである。クラーツはすごく自己中心的なのである。クラーツはそれでもリンリンを妻にすることを諦めなかった。部下に徹底的にリンリンを探し出させた。クラーツは恋文ラブ・レターの代わりとして部下にリンリンへのプロポーズの言葉を伝言してもらった。

リンリンからの返答は『ごめんなさい』だった。しかし、気を使った部下は事実を捻じ曲げてクラーツに対して『もちろん』と返した。今のクラーツはかくしてリンリンと婚約するためにセリケウスにリンリンを向いに行ってもらっている。相変わらずの強引さである。しかし、クラーツにも悩みはあった。それは先に述べたリンリンの父であるフィートが娘の結婚に反対しているということである。

リンリンが結婚を拒否しようとしていることは知らないが、こっちの方は噂としてクラーツの耳にも入ってきているのである。クラーツはフィートを暗殺する計画を立てることも視野に入れている。

そんなことを本気で考えること自体がリンリンから拒絶される元になっているのだが、クラーツはそんなことを考えるようなことはしない。哀れと言えば、哀れな男である。

「噂によれば、リンリンちゃんは父親から革命軍とは性悪なものだと吹き込まれているようだな?それは確かに当たらずと言えども遠からずかもしれない。一部の虫にとっては大当たりといっても間違いではないだろう。しかし、リンリンちゃんがおれの妻になりさえすれば、そんなことは気にしないで済むんだ。その上に快適な毎日を過ごすことができるようになるはずだ。革命が成功すれば、尚更のはずだ。それなのにも関わらず、父親の方はどうだ?偏った見方しかしようとしてない。なんという嘆かわしいことだ。そう思うだろう?」クラーツは理不尽な苛立ちを覚えてホライズンに対して話しかけた。

「へい!あの親父さんは偏屈で偏見だと思いますぜ!」ホライズンは言った。

 クラーツはそれを受けると満足げに頷いた。どう考えてみても理不尽な願望を持っていることになるが、クラーツは今までそれが正しいと思って生きてきている悪人なのである。

 それは『監獄の地』に収容されても変わらなかったクラーツの悪の性である。その上に捕まっても脱獄ができたクラーツは更に思い上がりを強めてしまったのである。

 このまま行けば、クラーツは革命の成功後に重要な地位まで手に入れられる気でいるので、クラーツの討伐は『森の守護者』や『スリー・マウンテン』の悩みの種の一つなのである。


 テンリ達の一行はフィートから諸々の事情を聞くとリンリンをクラーツに奪われないようにするために行動に出ることにしていた。テンリ達は全員が悪の芽を摘むことで同意したのである。

フィートとソウリュウとミヤマの三匹はクラーツを討ち取って『森の守護者』に身柄を引き渡すことにした。フィートはソウリュウが一緒になってくれて安心しきっている。

ミヤマは少し嫌がったが、ソウリュウは無理やりにミヤマを自分達のチームに引き入れた。ただし、ソウリュウも無責任ではなくて『命の保証はおれがしてやる』と言って男気を見せた。

残りのアマギとテンリとシナノの三匹はリンリンの元へ行ってリンリンを護衛をすることになった。最近は革命軍にリンリンの場所を感づかれているので、テンリ達の三匹はもしもの場合に備えるのである。戦闘が得意ではないテンリとシナノを戦場から遠ざけてアマギはこの二匹も護衛するという目的もある。そういう意味ではアマギも責任重大である。アマギにはそれでもその責任を背負えるだけの実力は十分に持ち合わせている。テンリとシナノもアマギへの信頼感は絶対的である。それはミヤマも同意見である。

一行はすでに二手に分かれている。こちらはミヤマ・サイドである。事態を甘く見ているソウリュウはおちゃらけている。ソウリュウは平気そうにして言った。

「大丈夫ですよ。フィートさん。クラーツにはリンリンちゃんを渡しはしません。クラーツとセリケウスを倒してパン・パカ・パーンの時はやってきます!」ソウリュウはハイ・テンションである。

「うん。そうだな。さすがはソウリュウ一家の頭領だ。私もすごく勇気づけられたよ」フィートは素直に答えた。フィートはそうは言っても緊張していてかちんこちんになっている。

「あの有名なクラーツとセリケウスを一緒に相手にするなんて革命軍を舐めているにも程があると思うんだけど、ソウリュウは本気でやるつもりなのかい?」ミヤマは聞いた。

「往生際が悪いよ。おれらは誰だ?そうだ!ソウリュウ一家だ!男一匹!やると言ったらやるしかないんだよ!そうだろう?ミヤマくん」ソウリュウは鼓舞をした。ミヤマには合点は行かない様子である。

「おれはソウリュウ一家じゃないけどな。ソウリュウは本当に強いのかい?」

「強いよ。アマギくんよりも多分強いと思うよ。君だってソウリュウ一家のメンバーじゃないか。やけに及び腰だけど、ミヤマくんはそんなに弱いのか?」ソウリュウは聞いた。

「おれはそこそこかな。予め言っておくけど、おれはクラーツにしてもセリケウスにしてもどっちかと一騎打ちをして勝てる自信はないよ。そこの所はよろしく頼むよ」ミヤマは忠告をした。

「わかっているよ。ミヤマくんとフィートさんには取り巻きの連中の相手を頼んだ。おれはクラーツとセリケウスを倒す!それでいいね?」ソウリュウが確認をした。フィートは口を挟んだ。

「いや!待ってくれ!ソウリュウくん!私にもクラーツと戦わせてくれ!元々はソウリュウくん達に会わなければ、私だけで殴り込みにいっていたはずなんだ!私の気持ちもどうか汲んでくれ!」

「OKです。わかりました。クラーツとセリケウスはおれとフィートさんで倒しましょう!」ソウリュウは言った。ソウリュウは少しも怯んだ様子を見せてはいない。

「そんなに自信満々っていうことはフィートさんも強いのかい?」ミヤマは問いかけた。

「いや。私は普段は強くないよ。しかし、娘のためを思えば、ふつふつと沸き上がってくるこのパワー!どうにも抑えがたいこのエネルギー!私の眠っていた力が解放されて行く感じを信じてくれ!」フィートは答えた。フィートはまたもやヒート・アップしてしまっている。

「ああ。わかったよ」ミヤマは一応の返事をしておいた。しかし、ミヤマは内心で『それは本当かよ!』とつっこみを入れていた。いくら何でも娘のことを思ったからって行き成り強くなる訳はないからである。ただし、ミヤマにもフィートの意気込みだけは感じ取ることができた。フィートは話を続けた。

「苦しんでいる時に手を差し伸べてくれたことには感謝をする。しかし、クラーツというあの男はあの時点ですでに邪な下心を持っていたのだ!そうとわかった今では私はクラーツを許さない!リンリンを誑かしおって!私には全く考えられないことだ!私と細君との関係とは大違いだ!」

「フィートさんと奥さんはどういう経緯でご結婚を?」ソウリュウは話の流れからして聞いた。一応はミヤマも話に耳を傾けている。フィートは渋い顔をして答えた。

「私は細君とお見合いで結婚をしたんだよ。細君は私の愛した唯一の女性なんだ。それはこれからもずっと変わらない。だから、私は愛娘のリンリンのことも大切にしてあげたいんだ」

「なるほど。フィートさんは清純なんだな?おれも見習おう。一人の女性だけを愛し続けるなんて格好いいな?おれの未来のお嫁さんはどんな虫さんなんだろう?」ミヤマは想像を膨らませた。

「いや。ミヤマくんにはそういう虫さんは現れないと思うよ」ソウリュウは水をさした。

「それはひどくない?ソウリュウはさらっとひどいことを言うな?」ミヤマはショックを受けている。

「はい。はい。そうですね。ミヤマくんにはとてもすばらしいお嫁さんがやってくることでしょうね?よござんした」すっかりとリラックス状態のソウリュウは適当な感じで言った。

「それは全くうれしくないお言葉だよ!セリフが棒読みじゃないか!ソウリュウはどうなんだよ!ソウリュウはもう結婚をしているのかい?」ミヤマは反撃のつもりで質問をした。

「いや。結婚はしていないよ。おれは一生を独身を貫き通すつもりなんだ。おれは元々が孤独な性格なんだ。だけど、おれは結構もてもてなんだよ」ソウリュウは小自慢をしている。

「それなのに結婚しないなんて昔に何かあったのかい?」ミヤマは問いかけた。

「いや。別に何もないよ。おれは孤高の戦士なんだ。それだけの理由だよ」

「孤高の戦士なんてそういうことは普通は自分で言わないだろう。少しは格好いいなと思わないでもないけどな。そういえば、フィートさんの奥さん(リンリンちゃんのお母さん)はクラーツについてどう言っているんだい?フィートさん」ミヤマは何の気なしに聞いた。

「ああ。そのことか。細君はいないよ。彼女はもう・・・・」フィートは言い淀んだ。

「え?まさか!すでに亡くなっているなんて・・・・」ミヤマは暗い顔をしながら言った。

「いや。彼女は旅行に行っているだけだよ」フィートはあっけらかんと答えて見せた。

「って、生きているのかよ!紛らわしいな!」ミヤマはペースを崩されてしまっている。

「ミヤマくんは甘いよ。おれはフィートさんの奥さんは生きていると思っていたよ」ソウリュウの方は振り回されているミヤマとは打って変わって超然としている。

「え?どうしてだい?ソウリュウには予知能力でもあるというのかい?」ミヤマは聞いた。

「いや。そうじゃない。単なる勘だよ」ソウリュウはあっけらかんと答えて見せた。

「勘かよ!根拠が薄弱だな!全く自慢できることじゃないよ!そんなことはおれでもできるよ!」

「やかましいミヤマくんは放っておきましょう。奥さんはどこまで行ってしまっているのですか?」ソウリュウによって邪険にされるとミヤマは憎悪の目をソウリュウに向けた。しかし、ミヤマはすぐに気を取り直してフィートの話に耳を傾けることにした。フィートは話し始めた。

「現在の細君はまくし公国まで行っているよ。彼女は妹(私から見れば、義理の妹)と一緒に一ヶ月程の長旅に出てしまっているんだ。それは私とリンリンがクラーツと出会う前だから、細君はこのことを何も知らないんだ。しかし、私は細君の旅行中は何があってもリンリンを守り通してみせると細君に対して誓ったんだ。それなのにリンリンをクラーツのような男に奪われる訳にはいかないんだ」

 この場は尚一層に重苦しいムードに包まれた。ハネルニーネという名のメスのハワイハネナシクワガタはそれをかき消すようにしてこちらに息を切らせてやって来た。ハネルニーネは体長が約10ミリで今は緊迫した面持ちである。ハネルニーネは早口に捲くし立てた。

「ああ!こんな所で逞しい男性に会えるなんて思ってもいなかった!私は何て運がいいのかしら?私はハネルニーネと言います。惨めなこの私のことをどうか助けて下さらないかしら?」

「この忙しい時に?今すぐに助けが必要なのかな?」ソウリュウは聞いた。

「ええ。私は命を狙われているの。生命の危機に立たされているんです」ハネルニーネは言った。

「生命の危機?本当かい?それは一大事だ!」ミヤマはびっくりしてしまっている。

「ああ!あなたは私のことを理解してくれるのね?あなたは何てやさしい方なのかしら?あなたは私と一緒にきて下さらない?」ハネルニーネはミヤマに対して婀娜っぽい流し目を送った。ミヤマはそれを受けるとたじろいでしまった。ソウリュウはきっぱりと決断した。

「よし!ミヤマくんは行ってあげなさい!おれは許可をする!ミヤマくんは元々戦力外みたいなものだったのだからね」ソウリュウは真顔で言った。フィートは意外そうにしている。

「戦力外だったのかい?それはひどいな!それはショックだよ」ミヤマはしょんぼりとしている。

「いや。今のは冗談だよ。ミヤマくんはこの機会を利用して逃げちゃおうなんて思わないことだよ。おれはミヤマくんが逃げ出したらミヤマくんを監禁しちゃうよ。おれだってミヤマくんなんて監禁したくないんだから、しっかりと頼むよ。用がすんだらおれ達を助けに来てくれないと困るんだからね?ミヤマくんは実際の所おれ達の強大な戦力なんだから」ソウリュウは真剣な顔で言った。

「わかったよ。用がすめば、おれも必ず駆けつけるよ。信用してくれ」ミヤマは断言をした。

「信用しよう。そういうことでいいですか?フィートさん」ソウリュウは聞いた。

「うん。止むを得ない選択だ。ミヤマくんはゆっくりと私達の所に来てくれていいからね?私達は私達で何とかしておくよ。こちらのことは心配ご無用だよ」フィートは強がって見せた。

「ありがとう。それじゃあ、おれは行ってくるよ」ミヤマは決意を込めて言った。

「ああ!あなたは何て頼もしいのかしら?」ハネルニーネはそう言うと先に歩き出した。

ミヤマは自信なさそうにしてハネルニーネに続いて歩き出した。ミヤマは一人だけで大丈夫だろうかとソウリュウは思ったが、結局はソウリュウもミヤマを信じることにした。

ソウリュウはそもそもハネルニーネという女性からどこか胡散臭い所を感じ取っている。この後のミヤマには確かにハネルニーネに関連して過酷な運命が待っている。

ソウリュウとフィートの二人はミヤマとハネルニーネの二人のことを見送ると改めて気を引き締めて自信に満ちた面持ちで決戦の場へと向かって行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ