表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/19

アルコイリスと七色の樹液 8章

今日のヒリュウは遠征をしてみることにしていた。ヒリュウの飛行練習はだいぶ捗っているので、ヒリュウが再びテンリたちと出会っても合わせる顔がないというようなことはない。ヒリュウの高所恐怖症は毎日の度重なる訓練の成果によって治りつつある。今のヒリュウは実際のところ地上から50センチほどの上を飛行して遠征をしている。ヒリュウは帰りがけなんの気なしに『浜辺の地』を訪れることにした。海には依然としてずらりと海賊船が並んでいる。ヒリュウはそれを見て独り言を呟いている。

「んー!」ヒリュウはなんとなく言ってみた。「中々ええ眺めやな。夏の海が似合う小粋でクールな男になってみたいもんや」ヒリュウには別に自分を格好よく見せようというつもりはない。

ヴァイキング船の船室から「ぱたん!」とドアを閉めて二足歩行をしているアスカが姿を見せた。割と地獄耳な方なので、アスカはヒリュウの独り言をしっかりと聞いていた。

「キザなことを言う男だな」アスカは話しかけて来た。「海と一緒になっていて比較的に君も絵になっている方だと私は思うぞ」アスカという女性は少し性格はきつくてもやさしさを持ち合わせている。

「そうかいな? それは大きにありがとう。わいはヒリュウや」ヒリュウは聞いてみた。「あんたは?」

「私はアスカだ」アスカは力強く答えた。「この『浜辺の地』を拠点にして女海賊をやっている」

「この海賊船は格好ええな」ヒリュウは褒めた。「こんなんに乗って航海するのはさぞかし気持ちええやろな」

「確かにそうだな」アスカは問いかけた。「ヒリュウくんは筏も格好いいと思うか?」

「ん?」ヒリュウは疑問を投げかけた。「筏はそこそこやな。この解答は不合格やろか?」

「いや」アスカは否定した。「そんなことはない。十分に合格だ。以前『筏は海賊船に入れたくない』という意見を述べた虫がいたものだから、少し気になって聞いてみただけだ」アスカはミヤマを思い出しているのである。もっとも、ヒリュウはそんなことを知るわけもなく「そうかいな」と受け流した。

「せやった」ヒリュウは思い出した。「わいは風の噂で革命軍の傘下の海賊が壊滅しそうやっていう話を聞いたけど、アスカさんは壊滅する方とさせた方のどっちの海賊なん」ヒリュウは聞いた。

「後者だ」アスカは断言した。「私は革命軍の下っ端ではないし下っ端になりたいとも思わない」

「せやったら、アスカさんに対して恐怖で恐れ戦く必要はなさそうやな?壊滅する方は散々の悪事を働いていたそうやから、自業自得っていうことやな?せやけど、アスカさんも負けん気の強そうな女性やな?どうして、海賊団同士で潰し合いなんかしたん?アスカさんは短気だから、癇癪でも起こしたん?後で食べようと思って取って置いたゼリーをケンカしている内に第三者である向こう側の海賊に横取りされたとか?これは『漁夫の利』やな」ヒリュウはアスカのことをからかって笑顔である。

「それは私をバカにしているのか?」アスカは殺気を見せながら凄んで見せた。

「いやいや!冗談やって!アスカさんはまじで怖いで!もっと笑顔で行こうやないけ!」

「貴重なご意見をありがとう。私達はシナノくんという誘拐されたメスの虫さんを救出するために(向こうの海賊団)ファルコン海賊団のことを敵に回すことになったんだ」アスカは説明をした。

「なるほどな。せやったら、涙なしには語れない美談っていうことやな?けっこうやないか。アスカさんは怖いけど、一本の筋の通ったすばらしいメスのカブトムシさんやな?」ヒリュウは褒めた。

「そこまでストレートに褒めてもらえたのはテンリくん以来だな」アスカは感想を漏らした。

「え?何やて?」ヒリュウは『テンリ』というワードに反応をしている。

「いや。すまない。こっちの事情だから、何でもないんだ」アスカは受け流そうとした。

「いやいや。そうやなくって。わいもテンちゃんのことを知っているんねん。ということはテンちゃん達はわいと別れた後にここに来たんかいな?」ヒリュウは独り言みたいにして呟いた。

「ヒリュウくんと別れた後かどうかは定かではないが、確かに彼等はここに来たぞ」

「テンちゃん。アマちゃん。ミヤちゃん。この三匹やろう?」ヒリュウは確認をした。

「その通りだ。『オープニングの戦い』によって結果的に彼等はシナノくんという新たな仲間を加えることになったから、終わりよければ、全てよしとも言えるが、一つ間違えれば、大惨事になるところだった。あの件では私も深く後悔している」アスカは沈んだ口調で言った。

「せやったんか。革命軍のトップであるオウギャクに狙われているっていう虫さんがおるらしいけど、その俄か海賊っていうのはテンちゃん達のことなん?」

「遺憾ながらその通りだ。ヒリュウくんの友達をこんな目にあわせてしまって申し訳ない」

「いや。ええんよ。アスカさんはベストを尽くしたんやろう?しかし、これは考えものやな。テンちゃん達はわいの恩人やから、何とかして助けてあげることができれば、ええんやけどな」

「類は友を呼ぶと言うが、テンリくん達はいい友達を持ったものだな」アスカは言った。しかし、ヒリュウはもう上の空で生返事しか返せなくなってしまっている。

今のヒリュウはある情景を思い浮かべている。それはテンリ達には何の得にもならないのにも関わらずにヒリュウの骨折を『魔法の杖』で治してもらった時のことである。

「話を聞かせてくれて大きにありがとう。アスカさんと会えてよかったで。機会があれば、また、会いにきてもええか?」しばらく『ぼー』としていたヒリュウは帰り際に聞いた。

「もちろんだ。それは口説き文句か?」アスカは威圧感のある声で言った。

「アスカさんは冗談まで押しが強くて怖いんやな。アスカさんは確かに魅力的な女性やけど、わいはそんなにも軟派な男ちゃうんやで。ほな、さいなら」ヒリュウはそう言うと羽を広げることをせずにハイキングのつもりで歩いて自分の家に帰って行った。アスカはそれを見送りながら考え事をした。ヒリュウはテンリ達に恩返しをしようとしているみたいだが、アスカの方もテンリ達を助けてあげたいと思ったのである。

 確かに人間界に行くというのを言い出したのはテンリ達の方だが、結果的に許可を与えて『オープニングの戦い』に巻き込んでしまったのは自分のせいだとアスカは思っている。

アスカはそのお詫びをするためにもテンリ達を助けたいと考えている。という訳で、その後のアスカもテンリ達のことを大いに助けてくれることになる。


 ここは『玩具の地』という場所である。カリーは折り紙でバラの花を作ろうとしてせっせと作業を行っている。その折り紙はテンリとアスカが人間界のコンビニで購入したものである。カリーはそんなことを知る由もない。甲虫王国の人気スポットの一つである『玩具の地』の物は誰もが自由に使って遊んでいいことになっているのである。今のカリーは集中して折り紙を折っているので、下界の情報をシャット・ダウンしている。しかし、ペリカンのキヨセは少しするとそこを通りかかることになった。

「もし、そこのノーブルな青年よ」社交的なキヨセはカリーに対して話しかけた。

「はい!はい!ぼくのことだね?ノーブルとは高貴なさまだ。ふふふ、うつくしいぼくにこそふさわしい呼び名だ。中々お目が高いご老体だ。はじめまして。ぼくはうつくしいカリー。以後、よろしく。あなたは?」カリーはノーブルと言われて上機嫌である。さっきまで折り紙に集中していたが、カリーは自分の褒め言葉を聞くと敏感に反応できる男なのである。

「はじめまして。余はキヨセじゃ。気軽にキヨじいと呼んでおくれ」キヨセは人懐っこく言った。

「それでは、キヨじい。あなたはここで何をなさっているのかな?確かにここには水溜まりもあるが、見たところあまりペリカンの生息地としては相応しくないようだ」カリーは言った。

「うむ。確かにその通りじゃ。余は友人を訪ねてきたのじゃ。ベイという名のゲンゴロウの男じゃ。あちらにいたのをカリー殿もお見受けしているのではないかな?」キヨセは右前方を指した。

「なるほど。確かに見かけたよ。しかも、見受けただけじゃなくてぼくのファンになってくれないかとお願いしたところだったんだ。幸い快い返事が返ってきたのだけれどね。そのお友達のキヨじいも気のいい方のようだ。類は友を呼ぶというところかな?どうかな?一つ提案をさせてもらうとキヨじいもぼくの舞を見て下さらないかな?」カリーは厳粛な態度で聞いた。

「ほほう、舞か。それでは、余は喜んで拝見するとしよう」キヨセはうれしそうにして言った。

「それでは、早速、始めさせて頂こう」カリーはそう言うと舞を舞い始めた。

ファンを自分から積極的に作って行くカリーの厚かましさは健在である。しかし、その生気の溢れるガッツとフット・ワークの軽さはカリーの最大の魅力である。

カリーは舞を終えると上空から降りてきた。自分に酔うと文字の通りに舞い上がってしまうという悪癖は直っていないのである。しかし、キヨセは特にそれを気にしなかった。

「眩いばかりの体であれをやられるとつい見とれてしまうな?いや。実によい見世物じゃ。余もカリー殿のファンになりたくなったぞ」キヨセはカリーに対して明るく言った。

「それはありがとう。キヨじいは今日できた5人目のファンだよ。ふふふ、スターへの道のりもそう遠くはないな。ゴールが見えてきたような気がする」カリーは自信満々で言った。

ただし、注意しないといけないこともある。自意識過剰から二匹はファンになったつもりもない生き物を自分のファンになったと勘違いしてカリーは勘定に入れてしまっている。

「ギブ・アンド・テイクだと勘違いしてもらっては困るが、カリー殿は何かおもしろい話を持ち合わせてはいないかな?」キヨセはテンリとシナノの忠告に忠実に従って話題を変えた。キヨセはここにきてようやくカリーに話しかけた理由を思い出したのである。

「おもしろい話ねえ。ないこともない。キヨじいは『動物の地』の出身なのかな?」カリーは聞いた。カリーは確かに自分でも言っている通りすごくおもしろい話を持っている。

「その通りじゃ。余は生まれも育ちも『動物の地』じゃ」キヨセは単純に答えた。

「この話は身近に感じてもらえるかもしれないな」カリーはそう言うとタンバと一緒に『動物の地』まで行ってフンコロガシの幼虫の命を救った話をとうとうと打ち明け始めた。

キヨセはその武勇伝について身を乗り出して注意深く聞いている。『口八丁、手八丁』なので、カリーはおしゃべりしながら折り紙も折っていたら話が終ると同時にバラの花も完成した。

「実におもしろいお話を聞かせてくれてありがとう。余は折り紙にも驚いた!カリー殿は折り紙もうまいのだな?まさしく天才的じゃ」キヨセはバラの折り紙を見ながら最上級の褒め言葉を述べた。

「ありがとう。キヨじい。だけど、うつくしいぼくはスターとアーティストで二足の草鞋を履くつもりはないんだ」カリーはざっくばらんに言った。カリーはゼネラリストではなくてスターのスペシャリストになりたいので、あくまでも折り紙の作成は趣味に過ぎないのである。

「そうか。そうか。いや。とんだ邪魔をしてしまって申し訳ない」キヨセは返答した。

「いや。そんなことはないよ。ぼくはキヨじいと会えてよかった。うつくしいぼくはファンを自分よりも大切にする。それはうつくしいぼくのスローガンなんだ」カリーは軽やかに言った。

「それでは、カリー殿にまた会える時を余は楽しみにしておこう。さようなら」

「さよなら。キヨじい」カリーはそう言うと次は折り紙で何を折ろうかと考え始めた。カリーはペーパー・クラフトの分野については手連の大家なのである。

その後のカリーは折り紙でツルやラッコを作ると通りすがりの虫達に次々とプレゼントをした。その際のカリーは自分のファンになってくれるようにお願いをして相変わらずの厚かましさを発揮した。

カリーは自分が大好きだし自信も十分に持っているのである。ただし、カリーの折り紙の完成度の高さとキラキラしたルックスの両方が調和して意外にもかなり他の虫達からの評判はよいものだった。


続いては『監獄の地』で起こったストーリーである。事件はキリシマの脱獄から始まった。キリシマは食事を運んできたトレスノコギリクワガタの看守をのしてしまってどこかへと行方をくらませたのである。キリシマは体長およそ130ミリのコーカサスオオカブト(キロンオオカブト)である。コーカサスオオカブトはアトラスオオカブトと酷似しているが、中央の角の突起でちゃんと区別することができるようになっている。看守達は『監獄の地』における初めての大失態を避けるために方々を捜索して回った。

看守達は案外すぐにキリシマを発見することができた。最もこれが事態を好転させるという訳ではなくてそれが何を意味するのかはすぐに看守達も理解することができた。

オウギャクとは体長およそ160ミリのネプチューンオオカブトである。オウギャクは数々の傷害事件や暴行事件を起こしている。そのため、オウギャクの横暴さと悪行は甲虫王国において口づてに広まっている。オウギャクはそういう経緯があって今や最上級の危険人物として指名手配されている。そんなオウギャクがこれから自首しにきたとなれば、甲虫王国ではビッグ・ニュースになるのは間違いない。オウギャクは事実『監獄の地』に自分から足を運んできた。しかし、オウギャクにはある企みがある。オウギャクは何も自首をしにきたのではない。オウギャクのそばには腹心のショウカクが控えている。ショウカクはカンターミヤマクワガタで体長は約90ミリである。どちらかと言えば、大柄だが、戦闘におけるショウカクの最大の売りは瞬発力である。ショウカクは『セブン・ハート』の中でも『急撃のスペクトル』というものを得意としてこの技についてだけ言えば、甲虫王国におけるナンバー・ワンの腕前であると謳われている。『急撃のスペクトル』というのは超高速移動によって残像を見せるという技である。その敏捷さはショウカクの実力を支える要因ファクターだと言っても過言ではない。オウギャクとショウカクの二人は『監獄の地』にやってきた。オウギャクとショウカクの出現に気づいた看守達は動揺の声を漏らし始めた。

「オウギャク!ショウカクまで!一体、何のつもりなんだ?自首をしにきたのか?」

「オウギャクが『監獄の地』に来るという話はデマじゃなかったのか?」

副看守長のレンダイは部下によって呼ばれてこの場にやってきた。レンダイにも革命軍の思惑は皆目わからなかったが、その様子から只事ではないということは察することができた。

「皆さん!そんなことを言っている場合ではありません!最悪のシナリオを予想して下さい!彼等が素直に出頭してきたとは到底ぼくには思えません!全員が戦闘体勢に入って下さい!」副看守長のレンダイは事態を把握することができずに悠長なことを言っている部下達に対して一喝した。

「ザコの一掃はおれっちがやっておきます。オウさんは計画の通り直接にキリさんのところへどうぞ」ショウカクは全く動揺した様子もなく慇懃な態度のまま言った。

「わかっている。ここはショウカクに任せた」オウギャクは低音で言った。オウギャクはすぐにショウカクと別れることにした。直々にオウギャクからこの場を任されたショウカクは鬼神のように圧倒的な実力で看守達を薙ぎ倒して行った。ショウカクは驚くべきことにも『セブン・ハート』を使ってすらいない。本気を出さなくてもレベルが高いので、ショウカクは格の違いを見せつけているという訳である。

 ショウカクはとても計算高い一面も備えている。ショウカクはこれから『監獄の地』の主力と戦うことを予測して力の加減を調節アジャストしているのである。


最強クラスの実力を持つキリシマは看守達を相手取って暴れ回っていた。キリシマは多くの看守のことを蹴散らしながら凶悪犯の牢屋の閂を次々と外して行った。

内側のキリシマと外側のオウギャクとショウカクの三匹で『監獄の地』をパニックに陥らせて助け出した凶悪犯達を自分達の味方に抱き込むことこそがこの三匹の狙いだったのである。

この場には騒ぎを聞きつけた看守長のシラキがやってきた。キリシマは問答無用でシラキに向かって『進撃のブロー』を繰り出すとキリシマVSシラキの戦いは始まった。

 

レンダイはこの事件の影武者であるオウギャクを逃がしてしまったことを後悔したが、看守長のシラキにオウギャクの対応は任せることにした。レンダイはシラキを信じているのである。今は目の前の光景を見ているとレンダイにはそんなことを考えている場合ではないことがよくわかった。次々と看守達がショウカクによって倒されて行っているのである。一旦は部下達を退かせてレンダイはショウカクと対峙していた。レンダイは飛び切りに責任感の強い男なのである。レンダイは羽を広げるとふわりと飛んで言った。

「落ち着いて話を聞くこともできないようですね?それならば、私も容赦はしませんよ。この地の副看守長として相手になります。食らえ!」レンダイはそう言うと『突撃のウェーブ』でショウカクに突進した。周りにいる他の看守達はそれを受けると大歓声を上げている。しかし、ショウカクは簡単にレンダイからの衝撃波を避けてレンダイに向って『進撃のブロー』を放った。後ろ向きになっていたので、レンダイはそれを避けきれずに風圧で地面に叩き付けられてしまった。レンダイは本気を出すことを決心して不屈の闘志を持って立ち上がった。レンダイVSショウカクの戦いはすでに始まっている。

「副看守長のレンダイの噂は予々と聞いているが、大したことはなさそうだ。『監獄の地』の番人がこの程度とはこの国も終わりだ。やはり、この国の実権はオウさんに任せた方がいい。レンダイの奥義はあまりにもぬるすぎる。おれっちが本物の『突撃のウェーブ』を見せてやろう」ショウカクは含み笑いをした。ショウカクの性格は凶悪ではないが、その代わりに陰日向がないことで有名なのである。

「それならば、もう一度だ!」レンダイはそう言うと再び諦めずに『突撃のウェーブ』で攻撃を仕かけた。周りにいる6匹の看守達はその戦況を静かに見守っている。

「ふん。何度やっても同じだ!」ショウカクはそう言うと空を飛んで高速移動によって残像を作り出した。これが『急撃のスペクトル』である。レンダイの攻撃はその残像に向かって直撃した。

「よし!やったか?」レンダイは攻撃を終えると怖々と言った。

「まずい!レンダイさん!後ろです!」部下の一人はレンダイに対して声がをかけた。レンダイが先程に攻撃していたのは全てが残像に過ぎなかったので、ショウカクは無傷である。

「もう、手遅れだ!これが本物の奥義というものだ!」すでにレンダイの後ろに回り込んでいたショウカクはそう言うと『突撃のウェーブ』で攻撃を加えた。レンダイはそれを直に受けて墜落した。

レンダイは『ぐわー!くそっ!』と言うと派手に後方へと吹き飛んでしまった。確かにショウカクの言う通り『突撃のウェーブ』の質もショウカクの物の方がレンダイの物よりも上回っている。レンダイは戦闘不能になってしまった。レンダイVSショウカクの一戦はショウカクの完勝である。ショウカクはレンダイが倒れているのを横目にして襲い来る看守達を軽くあしらいながら『監獄の地』の先へ進んで行った。

さすがに革命軍の象徴的シンボリックな虫だと噂されるだけあってショウカクの実力は本物である。副看守長のレンダイが弱すぎるという訳では決してない。


オウギャクとキリシマを一度に相手取って戦っていたが、シラキは健闘も虚しく敗北していた。さすがにこの二人を相手にしてしまってはシラキにも勝ち目は薄かったのである。

オウシャクとキリシマは作戦の通りに合流できたが、二人には特に喜んだ様子は見られない。それが当然だと思っている向きもあるが、心を乱さないというのはこの二人の共通点なのである。

プリミティブなところもオウギャクとキリシマだが、それは意図的にしているのであっていざとなったらこの二人はあらゆることに気を配ることができるのである。

「ウィライザーの件はどうする?ボスが自分から出向かなくていいのか?」キリシマはぴくりとも動かないシラキを横にして聞いた。キリシマの様子は余裕綽々という感じである。

「構わないだろう。ショウカクなら何とかする」オウギャクは落ち着いて言った。

その後のオウギャクはキリシマと共に凶悪犯を次から次へと釈放して行った。平和を愛する一般の国民からとってみれば、この二人の行動は恐るべきものである。

オウギャク達のおかげで脱獄に成功した虫の中にはフィックスという男もいた。詳しくは後に述べるが、フィックスは実力も個性パーソナリティーも強烈な虫である。

ここまでは全てが計画の通りに進んでいるが、オウギャクとキリシマは油断をしなかった。まだ、どんな事態が起きるかはわからないので、この二人は集中力を持続させているのである。


暴君と呼ばれるウィライザーの入った牢屋の前にショウカクはやってきた。ウィライザーを革命軍に引き入れることは革命軍が『監獄の地』を襲撃した中でも重要な位置を占めてくる。キリシマが捕まることやオウギャクが囮になってショウカクがウィライザーの元へ行くといった計画は誰か一人がプレゼンテーションしたのではなくて幾らかの虫で決定したことである。オウギャクは部下の声もしっかりと聞き入れる虫だということである。もしかしたら、ウィライザーはルサンチマンの状態で聞きわけがない可能性もあるが、ショウカクという男はそういうことに直面してもあしらえる程の話術を持っている。

「お前にとって悪いようにはしない。おれっち達に力を貸してくれないか?ウィライザーも革命軍の勢力については知っているだろう?」ショウカクはウィライザーに対して話しかけた。

「くくく、しゃばではそういう組織がのさばっているらしいな?確かにここで一生を終えるよりはおもしろそうだ。ここから出してくれるというのならおれは手を貸そう」ウィライザーは言った。

「そうか。物分かりのいいやつで助かった。ありがたい。これで同盟の締結は完了だ。オウギャクさんもすぐ近くにいる。お前が仲間入りしてくれたと聞けば喜ぶだろう」ショウカクはそう言うとウィライザーを檻から解き放った。ウィライザーはショウカクに対して攻撃を加えようとした。

しかし、ショウカクは恐るべき反射神経によってそれを『急激のスペクトル』で避けた。ショウカクは『迎撃のブレイズ』で反撃したが、ウィライザーはそれを避けた。

「くくく、なるほど」ウィライザーは危うく燃え上がりそうになって言った。

「おい!何の冗談だ?おれっちが気に食わないっていうのか?有名な話によれば、お前は気に入らないやつを暴力で黙らせるそうじゃないか!どうなんだ?」ショウカクは鋭い目でウィライザーを見た。

「くくく、そんなことはない。どれだけ強いのかを試してみただけだ」ウィライザーは言った。

「一筋縄では行かない性格だろうとは思っていたが、案の定はこう来るのか。おれっちは心が広いから、許してやるが、オウギャクさんとキリシマさんの前でそんな無礼は働くなよ。二人はお前のことを高く買っているんだ。革命が成功した暁にはウィライザーには特上のポストをやるってな」

「くくく、それは楽しみなことだ」ウィライザーは不敵な笑みを浮かべた。『監獄の地』はオウギャクとキリシマとショウカクのたった三匹によって取り返しのつかない大混乱となってしまった。彼等は多くの囚人達を引き連れて逃げ帰ってしまったのである。囚人が檻に挟まった事件はこの脱獄のフェスティバルを待ちきれなかった者による仕業だったのである。別に支障はないと思っていたので、キリシマは少し情報を漏らしていたのである。一つだけよかったことと言えば、テンリ達が連れてきたシーサーは脱獄できなかった。シーサーは凶悪犯としてカウントされなかったからである。革命軍の三強の内の一人であるルークには死亡説が流れている。これが定説にもなっている。しかし、革命軍はこの一件によってウィライザーという大物と他にも多くの実力者を仲間に入れた。これはルークの穴を埋めて余りある程の強大な勢力である。

革命軍はこれによってレボリューションの成功率をぐんと上げた。この事件は後に後世にまで『ワースト・シチュエーション』として語り継がれることになる。


 テンリは郷愁ノスタルジアに捕らわれていた。テンリがそのことを口にするとアマギも同じようにしてノスタルジーを感じることがあると言っている。長らく旅をしていると楽しいこともあるが、こればかりは仕方のないことだとは言っても家族と会えなくなるというのはマイナスの要素になってしまう。

 テンリは寂しがり屋なところもあるから、家族と会えなくなるといかにも悲しみそうだが、アマギも上述の通りに意外とそれは一緒なのである。今のアマギはその想いを切実に口にしている。

「ラン兄ちゃんは殺されても死なないようなストロングな虫だから心配ないけど、おれはパパとママとは久しぶりに会いたいな。テンちゃんはやっぱりミナちゃんが心配か?」

「うん。そうかな」テンリは憂慮して言った。しかし、テンリも寒心に堪えないという程に思い悩んでいる訳ではない。アマギはテンリの妹であるミナとは何度も会ったことがある。ミヤマはそれを聞いているとあたかも本気のようにしてこんなことを言い出した。

「おれも家族が心配だよ。今頃は家族が風邪をこじらせて生死をさ迷っていたり、大事故に見舞われて足が千切れて歩行困難になっていたり、考え出したら怖くて夜も眠れないよ」

「おいおい!ミヤはそんなにマイナス思考じゃないし、神経質な性格でもないだろう?あれ?それよりも、おれはミヤのパパとママのことをよく知らないけど、生きているのか?」アマギは聞いた。

「生きているよ。これ以上はない程に健在だよ」ミヤマは軽い口調で答えた。

「ねえ。ミヤくん。ナノちゃんを不安にさせたらダメだよ」テンリは容喙した。

「そうだった。ナノちゃんこそがおれ達の中で最もつらい境遇に置かれいているんだもんな?ナノちゃんは故郷で友達のチヒロちゃんと生き別れてもうずいぶんとパパとママとも会っていないんだもんな?ナノちゃん。ごめん。さっきのは無責任なブラック・ジョークだったな?」ミヤマは言った。

「いいえ。全然、平気よ」シナノは本心から言った。シナノは強い心を持っているのである。

「ナノちゃんのパパとママはお城の近くに住んでいるんだよな?よーし!それじゃあ、こっからのおれ達は全速力でお城を目指すか!」アマギはいつもの通りに元気印がたっぷりである。

アマギの言う通りだとすれば、シナノにとってみれば、誘拐事件後のアフター・ケアもばっちりである。画竜点睛を欠いていたテンリ達はシナノの加入によって完璧に近づいた訳である。

「アマくん。あんまり、気負わないでね?私は皆と一緒にいられる時もすごく大事だと思うの。だから、私は皆とどこに寄り道をしたとしてもそれがパパとママの元への最短ルートだと思うの」やさしい性格のシナノは気を使わせてしまうことに無関心な訳はない。

「あはは、ナノちゃんを旅の仲間に入れたのは正解だったな?」アマギは笑顔になった。

「おれは?おれはどうなんだい?」ミヤマが興奮気味に聞いた。アマギは『知らない』と言って冷たくあしらった。アマギは遊び心によってミヤマのことを揶揄しているのである。

「えー!冷たいな!あたしはもうアマちゃんとは口をきいてあげない!」ミヤマは夫婦が別居を決めた時のようなことを言い出した。ミヤマはぷりぷりしてそっぽを向いている。

「ミヤと出会えて不正解な訳ないだろう?大正解だよ!」アマギは仕方なく口を開いた。

「そうだね?ぼくも皆と会えてうれしいよ」テンリはこの話を締め括った。

 テンリ達の一行は家庭的アット・ホームな雰囲気で旅を続けることになった。ただし、テンリ達の一行は訳があってアルコイリスへ北上せずに西へ寄り道することにした。誰を自分達の仲間に加えるかはオプショナルだが、心の広いテンリは基本的に選り好みをしない。それでも、テンリとアマギの二人がミヤマとシナノに出会えて行動を共にすることになったのは運命的な出会いなので、テンリ達の4匹は皆がそれを大切にしている。テンリ達の4匹のパイプはとても頑丈で途切れることは決してあり得ないのである。

その後のテンリ達の一行は三種類の樹液を『魔法の器』で調合してくれる虫が何匹もいる甲虫王国の名スポットにやってきた。ここは『調合の地』という場所である。ここではあちらこちらで調合された樹液の試食が行われている。テンリ達の一行はその調合された樹液を賞味するために一旦の寄り道をすることにしたのである。テンリ達の一行は一番近くにいたロックという名のオスのドウイロクワガタに調合を頼むことにした。ロックという名のあんちゃんは体長が約31ミリである。

調合中のロックはDJのようにしてラップを聞かせてくれるいかした虫だった。ロックはコフキクワガタの親子に樹液を差し出すと次はテンリ達に対しても話しかけてきた。

「へーい!あんちゃん達!乗っているかーい?おれの名前はーロック♪おれの元には一種類の樹液があるからー後二種類の樹液をここにー持ってきてくれたらー樹液を調合してあげちゃぜー♪チェケラー♪」ロックはいつものことながら今もテンションがマックスの状態である。

「うん。わかったぞ。それにしても、面倒くさいしゃべり方だなー」アマギは言った。

「それを言ったらおしまいだよ!確かにそうだけど!」ミヤマはつっこみを入れた。

「いや。いいっすよ。自分は普通のしゃべり方をしますから」ロックは簡単に折れた。

「って、切り換え早いな!せっかくフォローしてあげたのにどっちでもいいのかい!」ミヤマはまたつっこみを入れた。ミヤマとロックの二人はどちらもお笑い系の虫なのである。

「ここに持ってくる樹液はどんな木のものでもいいの?」テンリは真面目な話をすることにした。

「はい。今ここにはオニグルミの木の樹液があるんでそれ以外なら何でもOKっすよ。チェケラー♪」ロックは格好いいポーズを決めながらも説明をした。

「近くで採取する?遠くのものがいいかしら?」シナノは穏やかに聞いた。

「言い忘れてたんすけど、この辺は皆さんがもう採取ずみで樹液は出てないっすよ。申し訳ないっすけど、どこかの遠くに取りに行ってもらってもいいすか?チェケラー♪」ロックは口を挟んだ。

「よし!わかったぞ!がんばって皆で取ってこよう!ところで、さっきからロックさんが言っている『チェケラー♪』っていうのはどういう意味なんだ?」アマギは素朴な疑問を口にした。

「気になっちゃう感じっすか?『チェケラー♪』は要チェックっていう意味っす。がちでそんな感じっす」ロックはなんとなく得意げな顔をしながら真顔で言った。

「皆のためにただで樹液を作ってあげるんだから、ロックさんは偉いね?たまに面倒くさいなって思っちゃう時とかってないのかなあ?」テンリはまた真面目な話をした。

「うまい!その質問はうまいっす!よくぞ、聞いてくれやしたっす!おれのやっていることは確かに義務じゃないっすけど、みんなの喜ぶ顔が見たい!それだけが原動力になっているんっす!はっきり言って面倒な時はないっす!調合を教えてくれた親方にも義理を果たせるし、これは死ぬまで続けたいって思っているんっす!そんな感じっす!」ロックはさらりとすごいことを言った。

「ロックさんは本当に偉いな」ミヤマは相槌を打った。テンリもそれに同意した。

「そうだね?尊敬しちゃうね?樹液はどうやって採取すればいいのかなあ?」

「それは簡単っすよ。これで行っちゃって下さい。チェケラー♪」ロックはそう言うとテンリとアマギに対して一つずつ樹液を採取するためのアンプルと刷毛を手渡した。それらは本来なら腰に巻きつけて持ち運びする。しかし、ポシェットを持っているので、これをポシェットに入れようか、どうしようかと迷ったが、テンリは結局のところそれを携行することにした。その後は効率的に別々の場所から樹液を採取するためにテンリ達は二手にわかれることにした。同じ樹液を採取してしまう可能性は少ない。甲虫王国には同じ土地の中でも種々雑多な木が生えているからである。集合場所はロックのところである。

「別に競争をしている訳じゃないから、ゆっくりやろうね?」今回はミヤマとペアを組むことになったテンリはもう片方のペアであるアマギとシナノに対してやさしく言った。

「そうだな。ゆっくりとのんびりと行こう!きっと、おいしい樹液を取ってくるよ!」アマギは答えた。

「それでは、皆さん。チェケラー♪」ロックはたっぷりと気合を込めて言った。

「ロックさんはとりあえずそれが言いたいだけなのかよ!」ミヤマはつっこみを入れた。

 テンリ・チームとアマギ・チームはそれぞれの道を進んで別れて行ってしまった。テンリの言っていた通りに焦る必要はないので、今回はすごく気楽な旅である。

 ロックはテンリ達の4匹を見送ると再び仕事に戻ることにした。来る日も来る日も無償で働くというのは決して楽なことではないが、ロックはこの仕事が大好きなのである。

 今のロックはテンリ達にじっくりと樹液を味わってもらいたいという思いを抱いている。ロックという男はただ単に熱意があるだけではなくてやさしい性格をしているのである。


ロックの元を離れてから5分後の話である。テンリとミヤマはここまで黙々と歩いていた。お目当ての樹液はまだ見つけられないが、テンリとミヤマは注意深く森を観察している。

叔父のウンリュウからは以前に二つの樹液を調合したものを食べさせてもらったことはあるが、そんなテンリにとってもロックの作ってくれる樹液は大いに魅力的である。

その思いはミヤマも同じである。アルコイリスに興味を魅かれていることからもわかる通りにそれ程に食い意地が張っている訳ではないが、ミヤマも人並みに美食が好きなのである。

「色んな苦難を超えてここまできたな。テンちゃんが思うここまでのベスト・シーンは何かあるかい?」ミヤマは久しぶりに沈黙を破ってテンリに対して話しかけた。

「うん。ぼくはヒリュウくんのケガを治してあげた時かな。あの時はこんなぼくにでも誰かの役に立てたんだって思うとすごくうれしい気持ちになれたからね」テンリは答えた。

「なるほどな。テンちゃんはやっぱりやさしさの権化なんだな?おれはというとやっぱりあれかな?サクラちゃんに蹴り飛ばされてアスカさんに投げ飛ばされたことだな。もう二度とあの戦慄の体験はしたくないけど、あれはあれで少しおれを成長させてくれた気がするよ」

「そうなんだ。ミヤくんは物事を吸収して勉強するのがうまいね?ぼくにはもう一つ印象的だったことがあるんだよ。それはシーサーのおじさんと戦ったことなんだよ。ぼくにも顎があるから、少しは戦えるんだなって思えて少し自信になったからね。だけど、ぼくはもうあんな体験はしたくないな」

「おれ達は顎を失うともう戦えないもんな?命がけの戦いなんて好き好んでやるもんじゃないよ。だけど、大丈夫だよ。今度からはおれがテンちゃんを守るよ。だからと言ってテンちゃんが顎を失ってもいいっていうことじゃないよ」ミヤマはテンリのことをしっかりと思いやって言った。

「うん。ありがとう。ミヤくん。これからの旅も元気に無傷でいられるといいね?この辺の木に樹液が出ていないかどうかを調べてみる?」テンリは問いかけた。

「そうしようか」ミヤマはそう言うとテンリと共に羽を広げて樹液探しを開始した。

 今のミヤマは自分でも言っていた通りにテンリのことを守る気が満々である。とはいっても『樹液の地』はそれ程に治安が悪くないので、結果的に二人はここで危険な目には合わずにすむことになる。

 その後のテンリとミヤマはしっかりと樹液を採取することに成功する。テンリとミヤマの二匹は大喜びをして浮ついた気持ちのままロックのところに帰って行った。

 いつもは何かとトラブルに巻き込まれがちなテンリ達だが、たまにはこうやってすんなりと行くこともあるのである。人生には何事もうまく行く時だってあるという訳である。


 少し話を先取りしてしまったが、アマギ・サイドの話についてを話すためにここでは時間を巻き戻すことにする。これはアマギとシナノが旅に出てから6分後の出来事である。アマギはせかせかと飛び回って樹液の出ている木を探し回っている。食い意地が張っているので、アマギはゆっくりと探すと言っておきながら少し気が急いてしまっている。しかし、お目当ての樹液は今のところ見当たらなかった。一応はシナノの方も辺りを見回しながら歩いている。シナノは頃合いを見計らって助言をした。

「アマくん。ここで探していてもいいけど、この辺にはまだないんじゃないかしら?」

「そうか?ここはまださっきの場所と近いもんな?」アマギはそう言うと素直に地上に降りてきた。アマギとシナノの二匹はしばらく無言で歩くことにした。アマギ達は急にアクシデントに見舞われることになった。アマギの上にドンリュウという名のメキシコゾウカブトが降ってきたのである。ドンリュウは体長が約110ミリもある巨大なオスである。アマギはそれ相当の衝撃を受けて『痛て!何事だ?』と声を上げた。

「これは申し訳ないでごわす。かたじけないでごわす」ドンリュウはアマギの上から転がり落ちると鈍重に言った。ドンリュウは本当に申し訳なさそうにしている。

「アマくん。大丈夫?潰れてない?」シナノはアマギを心配して聞いた。

「潰れてはいないぞ。しかし、何をしていたらおれの上に落ちてくるようなことになるんだ?」単純に疑問に思ったアマギは聞いた。頑丈なアマギは本当にケガの一つもしていないのである。

「カブトムシどんが無事でよかったでごわす。連れと逸れてしまったので、おいどんは暇つぶしをしていたのでごわす。『発表の地』というところである芸を披露しようとしているから、おいどんはそれの練習をしていたのでごわす」ドンリュウは弁解の意味も込めて説明をした。

「それはどんな芸なのかしら?」シナノは話を促した。

「それは飛行をして飛行を止める。当然、落下するでごわす。しかし、地面すれすれのところで再び羽を広げて落下を防ぐという技でごわす。今はそれを失敗してしまったのでごわす。無理をしてまで身につけるような芸ではないでごわす。両手もあれば、角もある。虫は5体満足ならば、それでいいでごわす。申し遅れたでごわすが、おいどんはドンリュウでごわす」ドンリュウは名乗ったので、アマギとシナノの二人も自己紹介をしておくことにした。アマギとシナノは礼儀が正しいのである。

「ドンさんは風体と態度がどっしりしているけど、見かけからしてどこかの集団の棟梁かなんかなのか?」アマギはとりあえずドンリュウと立ち話をすることにした。

「おいどんはその逆でごわす。おいどんはある集団のナンバー・スリーでごわす」ドンリュウは幾分か胸を張りながら言った。ドンリュウはそのことを誇りに思っているのである。

「ある集団って革命軍か?」アマギがそう聞くとドンリュウはそれを否定した。

「そんな粗暴なものではないでごわす。おいどんが所属しているのは大泥棒の一家でごわす」

「そこまではっきりと明言されると清々しい」シナノは口を挟んだ。

「おいどん達がやっていることは義賊に近いのでごわす」ドンリュウは弁解をした。

「ふーん。そうだったのか。義賊っていうのは何だ?」アマギはとんちんかんに聞いた。

「お金持ちから金品を盗んで貧民に分け与える泥棒のことよ」シナノは説明をした。

「ふーん。それじゃあ、ドンさんはいいやつなのかな?」アマギはどうでもよさそうにして言った。

「機会があれば、その詳細は若様の口から直接に聞いてほしいでごわす。おいどんが先程に言っていた連れというのは若様のことなのでごわす。ん?アマギどんとシナノどんはソウリュウの若様の名を知らないのでごわすか?」ドンリュウは恐る恐るといった感じで聞いた。

「私は知らない。ソウリュウさんは有名なのかしら?」シナノは悪気もなく聞いた。

「おれも知らないぞ。物知りのナノちゃんが知らないっていうことは人間界に伝わる程の有名人ではないんじゃないか?たぶん、そんな感じだな」アマギは納得している。

「ぐぬぬ、おいどんは口惜しいでごわす。シナノどんは察するに人間界の出身なのでごわすな?これも一重にトリュウのやつがもう少し宣伝しないからでごわす」ドンリュウは愚痴を言った。

「宣伝って何だ?ソウリュウはそんなことを部下にさせるのか?」アマギは聞いた。

「この地にいれば、それも後程に若様の口から聞けるはずでごわす。おいどんは若様に相応しい清涼な武器を探していたところなのでごわす。アマギどんとシナノどんは何かそのような武器を知らないでごわすか?」ドンリュウは聞いた。ドンリュウはいつでもソウリュウへの気遣いを忘れないのである。

「武器?そういえば、クナイがあるぞ」アマギにしては素早い答えである。

「クナイとは忍者の武器でごわすな?どうすべきでごわすか」ドンリュウは口籠もった。

「いいことを考えた!その前にドンさんはよくこの地に来るのか?」アマギは明快に聞いた。

「もちでごわす。ここは若様を含めたおいどん達のホームみたいなものでごわす」ドンリュウは自信ありげに言った。ソウリュウは調合された樹液がとても気に入っているのである。

「それじゃあ、こうしよう!ドンさんはおいしい樹液の出る木をおれ達に教えてくれ!そしたらクナイをドンさんにやるよ!忍者教室に入った証はバッジがあれば事足りるからな!」アマギは言った。

「今の私達は『魔法の器』で調合してもらう樹液を探しているの」シナノは補足の説明をした。

「お安いご用でごわす。おいどんが謹んでお教えしえしようでごわす。ついて来るでごわす」ドンリュウはそう言うと歩き出した。ドンリュウは話がまとまってすっかりと上機嫌である。アマギとシナノも意気揚々としてドンリュウについて行くことにした。自分のプランが実行に移されることになってドンリュウに負けないくらいにアマギも上機嫌である。泥棒を自称している点は胡散くさいが、ドンリュウはそれ程に悪人には見えないし、そばには頼りになるアマギもいるので、今はシナノもドンリュウのことを信用している。

樹液を採取するための道を歩いている途中にドンリュウに対して今の自分達はアルコイリスへの旅路であって到着を待ち焦がれているのであるという旨をアマギは嬉々として語った。


 テンリとミヤマの二人はアキレニの樹液を採取してアマギとシナノの二人はヤシャブシの樹液を採取してロックのところに帰ってきた。全員が無事な姿である。ロックは集まったアキレニとヤシャブシとオニグルミの三つの樹液を使って調合を始めてくれている。今はたまたま他に客がいなかった。

アマギはテンリの持っているポシェットの中のクナイを譲り渡さないといけないので、ドンリュウもこの場についてきている。ドンリュウは人見知りしないタイプである。アマギはテンリとミヤマに対してドンリュウのことを紹介した。シナノの方は逆にテンリとミヤマのことをドンリュウにも紹介してあげた。

「ドンさんは大きいから、鉞を担いだ金太郎みたいだね?」テンリは歓声を上げた。

「それならば、おれもどこかで聞いたことがある話だぞ!」アマギはそう言うと説明を求めてシナノの方を向いた。博識なシナノはその要望に応えてあげることにした。

「金太郎は人間界の発祥のお話に出てくる登場人物よ。彼は怪力の持ち主でクマやシカやサルといった動物をお友達としているの。金太郎は山姥の子供だとも言われている」シナノは言った。

「ナノちゃんは人間界にいたとは言ってもさすがだな!」ミヤマは感心をした。

「それはおいどんがモデルなのではないだろうかでごわす?」ドンリュウは言った。

「それはないと思う」ミヤマは右手を振りながら言下に否定した。

「そうでごわすか?おいどんは若様の人気に肖っておいどん自身も有名人なんでごわす。こんなことも可能でごわす。やあ!」ドンリュウはロックに対して言った。

「やあ!どうもっす!」ロックはいつもの通りに気さくな感じで返事を返した。

「おお!すごいなー!ロックさんはドンさんのことを知っているのか?」アマギは思わず感嘆の声を漏らした。ソウリュウは確かに有名人であるということにもなりそうだからである。

「知らねっす!誰っすか?」ロックは軽い調子で突飛なことを言い出した。

「って、おい!知らなかったのかよ!」ミヤマは生きのいいつっこみを入れた。

「いやいや!普通は親しげに『やあ!』って言われたら知り合いだったかなって思っちゃうもんっすよ」ロックはマイ・ペースな感じを崩すこともなく言った。正論と言えば正論である。

「トリュウのやつめ!返す返すも手抜かりでごわす」ドンリュウは落ち込んでしまった。

「ん?ドンさんはさっき若様って言ってたっすよね?それはソウリュウさんのことっすか?ここらで若様と呼ばれているのはソウリュウさんくらいっすからね?」ロックは言った。

「ロックどん。あなたもやはり知っていたでごわすか?」ドンリュウは俄かに活気づいた。

「ソウリュウさんのことは確かに知っているっすけど、あのソウリュウさんの演説はなんとかならないんっすかね?あれは騒音妨害以外の何物でもないと思うんっすよ。おれはあれを何回も聞かされているんで飽き飽きしているんっすよ。ドンさんが代わりにおれの貴重な時間を返してくれないっすかね?」ロックは歯に衣着せることもなく嫌という程の苦情を捲くし立てた。

「おいどんは口惜しいでごわす」ドンリュウは頭を抱えてしまった。

「あはは、完全に嫌われているな?だけど、おれは逆にソウリュウがどんなやつなのかを知りたくて会ってみたくなったよ」アマギによって明るい口調でそう言われるとドンリュウは少し持ち直した。

「さっぱりとしていてあっさりとしていてこってりとしたスマートな男前が若様でごわす」

「こってりってなんだよ!ソウリュウを食べると味が濃厚なのかい?」ミヤマは確かに最もな指摘をした。テンリはなんとなく口を挟めずに静かに話を聞いている。

「最近は若様の英雄の資質が軽んじられてばかりでごわす。しかし、若様はどんな辛酸を舐めてもどんな逆境に立たされても世間の皆をあっと言わせてくれるとおいどんは信じているでごわす」ドンリュウはショックを受けながらも誓いを述べた。シナノは合いの手を入れた。

「ドンさんはソウリュウさんに対してそれ程に尊敬の念を抱いているのね?」

「もちろんでごわす。おいどんは若様に厚恩があるのでごわす」ドンリュウは本気で言った。

「そうなのかい?訳ありっていう感じだな?」ミヤマは興味を魅かれている。

「おいどんの話を聞いてもらいたいでごわす。昔のおいどんは節足帝国のロボットと戦って勝ったことがあったのでごわす」ドンリュウはソウリュウとの思い出を話し始めた。

「え?ぼくとナノちゃんはボイジャー准将っていうロボットと会って話をしたことがあるけど、とんでもなく強かったよ」テンリは主張した。しかし、ミヤマはそれに異を唱えた。

「え?あれは本当に強いのかい?おれにはそうは見えなかったけど」ボイジャーがバッテリー切れした姿しか見ていないから、ミヤマはそう思ってしまうのである。シナノはその誤解を解いてあげることにした。ミヤマもそれを受けるとロボットの実力を認めることにした。

「今のシナノどんとテンリどんが言っていた通りにただのカブトムシがロボットと真っ向から戦って勝てる見込みはないでごわす。おいどんは体こそ大きいが『セブン・ハート』を使える訳でもないのでごわす。しかし、おいどんはその戦いに勝利したのでごわす。おいどんは他の仲間達から『あれは八百長だ!』と言われて仲間外れになったでごわす」ドンリュウは幾分か悲しげにして言った。

「ふーん。それはひどい話だな?これってそんなに悲壮な話なのか?」アマギは苦情を言いたそうである。感情移入をしているアマギはすっかりと憤り嘆いている。

「続きを聞かせてもらおうね?アマくん」テンリはやさしく宥めた。ドンリュウは話を続けた。

「これは後で判明したことでごわすが、ロボットとの戦いは八百長だったのでごわす」

「え?ドンさんはやっぱり悪いやつなのか?」単純なアマギは言った。

「いや。まだ、わからないじゃないか。ドンさん。アマの言うことは無視してくれて構わないよ。アマは思考回路が単純なだけで別に他意はないから」ミヤマはアマギのことを軽くかわした。

「アマギどんがそう思うのも無理はないでごわす。事実はそれに騙された者もたくさんいたからでごわす。八百長を申し込んだのはおいどんではなくておいどんを恨んでいる連中だったのでごわす。彼等はおいどんのガキ大将ぶりを日頃から快く思っていなかったから、おいどんを罠にかけることにしたのでごわす。おいどんは彼等の思惑の通りに一人ぼっちになったでごわす。おいどんが毎日一人ぼっちの暮らしをしていたら若様はおいどんのところにきて『お友達になってほしい』と言ってくれたのでごわす。おいどんは今や皆の嫌われ者だから、その友達になれば、若様まで嫌われてしまうのではないかと思ったので、おいどんはそれを口にしたでごわす。若様は『おれは正義を貫き通すためならどれだけの虫に嫌われようが構わない』と言ってくれたのでごわす。おいどんは澄み切った若様の心の清らかさに心を打たれて一生を若様に追従することに決めたのでごわす」ドンリュウは青空を見上げながら言った。

「ソウリュウっていいやつなんだな?」アマギがそう言うとシナノも同意した。

「本当ね?会ったことはないけど、ソウリュウさんって虫を引きつける魅力を持っているみたい」

「うおー!おれはあのソウリュウさんがそんな人格のできた虫だったなんて知らなかったっす!いやー!感動したっす!おれはソウリュウさんをちょっと見直したっす!応援したくなったっす!おれはこの話を聞いたことを境にもっとできた虫になろうと思い始めてきましたっす!」ロックはパーフェクトなまでに自分の世界に入り込んでしまっている。ロックはもうずいぶんと長い間テンリ達の樹液の調合をする手を休めてしまっている。しかし、ロックは自分が調合師であることを思い出して『魔法の器』を使って美味な樹液を作り始めた。ロックがリズミカルに歌を口ずさむとミヤマはそれに合わせて即興のダンスを踊り出した。

「宮本さん!乗りがいいっすね?」ロックは楽しげなミヤマを見て言った。

「いやー!それ程でもないよ!って、宮本さんって誰だよ!」ミヤマはつっこみを入れた。

「ミヤマクワガタだから、宮本さんっすよ。けっこう、行けていませんか?」ロックは聞いた。

「そうでもないと思う。しかも、何ていう安直なネーミングだよ!」ミヤマは言った。

「本当はミヤマっていう名前なんだぞ。ロックさん」アマギはちゃっかりと教えてあげた。

「なるへそっす!おれもさっきちらっと聞いていたかもしれないっすね?って、そっちの方がよっぽど安直じゃないっすか!」ロックはつっこんだ。アマギは可笑しそうにしている。

「って、おれが知るかい!苦情ならおれの両親に言ってくれ!ロックさんも長くこの仕事をやっていると変な客も来たりするのかい?」ミヤマは穏やかな口調で世間話を始めた。

「そうっすね。来ますよクレーマーが来たりするっす!」ロックは世間話をする口調で言った。

「どんなクレームをつけてくるの?」興味がわいたテンリは聞いた。

「樹液を落として砂がついているぞって言われたり、この辺には樹液がないじゃないかって言われたりしたことがあったっす。とんだ言いがかりっすね?それぐらいならば、まだ、かわいいもんっすよ。ひどいのは実力行使で『樹液を調合しろ!』なんて言われたこともあるんす。おれはあんまり体が大きくないしたまたま周りにも虫がいなかったので、その時は命令に従うしかなかったんすよ」ロックは苦々しく言った。

「なるほどでごわす。柄の悪いやつもいるもんでごわすな?おいどんはそんな連中を好きになれないでごわす」ドンリュウが相槌を打つとロックはちゃんと作業をしながら言った。

「確かにそうっすね?皆さんも知っている連中っすよ。あいつらっす。革命軍の幹部として知られているやつらっす。ちまたじゃ有名なコンゴウとヒュウガっていう若造の・・・・」ロックがそこまで言うと突然に不穏なことにもこの近くで『きゃー!』という女性の悲鳴が響き渡った。

「ん?何事っすかね?」ロックがそう言うとドンリュウはのそのそと場所を移動した。

「噂をすれば、影が差すっていうやつでごわす。ご本人共が現われたようでごわす」ドンリュウは厳しい顔つきで言った。ロックはそれを聞くと少し嫌な顔をした。

確かにドンリュウの言う通りに隣のエリアにはコンゴウとヒュウガが姿を現している。コンゴウとヒュウガの二人は女性のことを攻撃して列をずる込みしていた。

調合師であるヨハシという名の中年男のコリドンマルカブトはたじたじになってしまっている。ヨハシは体長が約17ミリとかなり小柄である。そんなヨハシも勇気を奮い起して言った。

「割り込みはいけませんが、お話だけは聞きましょう。調合には樹液が二種類は必要なんです。樹液はどんな物をお持ちですかな?」ヨハシは穏やかに聞いた。

「樹液はない!鋭利な角と顎が幾つかあるんだが、それで勘弁してくれるか?」コンゴウは平淡な口調で言った。コンゴウとヒュウガは武力行使も厭わない意向である。コンゴウとヒュウガの二人は『ワースト・シチュエーション』事件を祝うための樹液を確保しにきたのである。ロックは樹液の調合を終えて樹液を小型の容器に4つ移し替えてお客さんのテンリ達に対してそれを渡した。しかし、アマギはもうこの場にいなかった。向こう見ずなアマギはコンゴウとヒュウガの前に立ちはだかっていた。アマギは全く動じていない。

「よう!久しぶりだな!コンゴウとヒュウガはおれ達のことを覚えているか?」アマギはニコニコして言った。仕方がないので、テンリ達の他の三匹も恐る恐るといった感じでアマギの元にやってきた。

「お前らは『アブスタクル』か?以前に一度だけ会ったな?」コンゴウは答えた。

「あれだけのことをやってよくおれ達の前に姿を現せるものだな?」ヒュウガは付言した。

「『アブなんとか』っていうのは何だ?」アマギはヒュウガの話を碌に聞いてはいない。

「テンリどん達がそうだったのでごわすか。『アブスタクル』というのは革命軍にとっての邪魔者のことでごわす。正確に言えば、革命軍の傘下の海賊を壊滅に追いやった数匹の虫達のことを指すそうでごわす」いつの間にかこちらにやってきていたドンリュウはアマギの質問に対して答えてくれた。

「ドンさんはよく知っているのね?」シナノに褒められるとドンリュウは照れた。

「おいどんというよりも若様が情報通なだけなのでごわす」

「おれ達が初めて会った時のことを覚えているか?おれ達がムツくんを探していたらコンゴウとヒュウガの二人が目撃情報を教えてくれたんだよな?あの時はありがとう」アマギはお礼を言った。

「あれは偶然だ。おれ達はお前らを助けたつもりはない」ヒュウガは切り捨てた。頭が切れるヒュウガはすぐにアマギの言っている意味を理解することができた。

「そうなの?だけど、偶然でもなんでもいいから、よかったらぼくの調合してもらった樹液をムツくん探しのお礼にプレゼントしてもいい?」テンリはここで口を挟んだ。

「言ったはずだ。おれ達は一切感謝されるようなことはしていない。どちらにしてもおれ達は生憎他の虫から物乞いする程に落ちぶれちゃいない」ヒュウガは鋭く言い放った。

「だけど、シーサーのおっさんの悪行を止めに入ってくれたのはコンゴウとヒュウガの二人なんだろう?それについて言えば、感謝されてもいいことじゃないのかい?」ミヤマは口を開いた。

「シーサー?そんなやつも確かにいたな。それもおれ達の知ったことではない。オウギャクさんから『目障りだから、黙らせろ』と言われただけだ。誰かを助けた訳じゃない」ヒュウガの口調は冷たい。

「また、こうして出会うなんて奇遇だな?コンゴウとヒュウガもアルコイリスを目指しているのか?」アマギは今も笑顔である。しかし、コンゴウはその笑みを掻き消すようなことを言った。

「アルコイルスに行くのがお前らの夢か?幼いな。男ならもっとでかい夢を持て!それぐらいの気概もないのなら生きている価値はない!おい!樹液は他で調達しよう!」コンゴウは呼びかけた。

インテリジェンスが自慢のヒュウガは何も言わずにコンゴウの後に続くことにした。コンゴウとヒュウガの二人は去りかけたが、ドンリュウは突然にその二匹を呼び止めた。

「おい!待つでごわす!やりたい放題!言いたい放題!おいどんの堪忍袋の緒は切れたでごわす!おいどんと果し合いをしろ!その捻じ曲がった根性を叩き直してやるでごわす!拒否はしないでごわすな?それぐらいの気概を持っていないといけないのだろう?」ドンリュウは怒りを露わにした。

コンゴウとヒュウガの二人は殺気を見せてドンリュウに対して真っ向から対峙しようとした。今にもケンカが始まりそうな様子である。しかし、アマギはそれをさせなかった。

「ドンさん。いいよ。ケンカをする程のことじゃない」アマギは軽い調子で言った。

「アマギどん。尻込みしたのでごわすか?アルコイリスの夢をバカにされたのでごわすよ」ドンリュウは反論をした。ドンリュウはテンリ達のために怒ってくれているのである。

「ドンさん。ぼく達は怒ってないから、怒りを沈めて」テンリは口添えした。ドンリュウはそれを受けると渋々と引き下がった。ドンリュウは元々やさしい性格をしているのである。

「一つだけ言っておこう!お前ら『アブスタクル』とおれ達は敵同士だ!慣れ合う訳には行かない!今は戦う時期ではないだけだ!そこのでかぶつの願い通りに次に会った時は戦う運命にある!それを忘れるな!」コンゴウは去り際に言い放った。ドンリュウは悔しさを必死に押さえつけている。

「ひやひやさせられたよ。アマにしてはよくケンカに突っ走らなかったな?」ミヤマはコンゴウとヒュウガの二匹が行ってしまうと急に気が抜けたようになってしまった。

「まあな。意見の相違が激しすぎて怒る気にもならなかったんだよ」アマギはゆったりと落ち着いている。ケンカは確かに強いが、アマギはケンカっ早い性格をしている訳ではないのである。

「そうだね?それぞれ、虫の夢は違っていたっていいんだものね?」テンリも同調した。

「夢の大小は関係ない。私もそう思う」シナノがそう言うことによってこの場は満場一致になった。

ただし、ドンリュウだけは取り残されてしまって少し恥ずかしそうである。この深刻なムードをぶち壊すようにして不意によく通るバリトンの声が聞こえてきた。

「気に入ったよ!君達!ふっふっふ、パン・パカ・パーン!」フリルの飾りをつけているオスのマンディブラリスフタマタクワガタはそう言って二足歩行でやってきた。彼はソウリュウである。ソウリュウは体長が約114ミリもある。それもそのはずである。この種はクワガタの中で二番目に大きい種類なのである。

 世界で一番に大きいカブトムシはヘラクレスオオカブトで甲虫王国の国王であるゴールデンがこれに該当する。世界で一番に大きいクワガタはギラファノコギリクワガタで生死の行方がわからなくなっている革命軍のルークがこの種類である。ルークは体長が118ミリなのである。

「何だ?変なのが出てきたぞ!ピエロかなんかなのかな?」アマギはいかにも興ざめだと言わんばかりにして言った。それについて言えば、ミヤマも同意見である。

「おお!若様!ついにおいでなすったでごわすな?」ドンリュウは呟いた。

「え?若様?あれがソウリュウなのか?」アマギは聞き返した。ソウリュウのそばにはオスのミラビリスヒラタクワガタが控えている。手ぐすねを引いている彼は体長が約55ミリで名をトリュウと言う。

「はい!はい!はい!皆さん!お待ちかね!始まりますよー!」トリュウは言った。

「何が始まるの?楽しみだね?」テンリはワクワクしながら聞いた。ソウリュウ達の三匹はそれに応える形で格好よくポーズを決めた。ソウリュウは『あやかり者のソウリュウ!』と言ってトリュウは『したたか者のトリュウ!』という決めゼリフを順番に言い出した。

「うっかり者のドンリュウ!三匹を合わせて大泥棒のソウリュウ一家でごわす!」ドンリュウは最後に格好よく締めた。テンリはヒーローを目の当たりにしたかのようにして感動している。

「やっていることがカイくんとケンくんと同レベルだな?」アマギは冷やかした。しかし、この意味はミヤマにしかわからなかった。ドンリュウは『うっかり者』でいいのだろうかとミヤマは疑問に思った。テンリとシナノもそれを思ったが、卑しくも自分で言っていることなので、テンリとシナノの二匹はスルーをすることにした。ドンリュウは自虐的なギャグを言っているだけなのである。

「おれのことは誰もが知っている」ソウリュウがそう言うとミヤマはつっこみを入れた。

「って、それじゃあ、どうして、自己紹介をしたんだよ!それ以前に、おれ達はここに来るまで知らなかったぞ!」ミヤマにそう言われてもソウリュウはわざと聞こえない振りをした。トリュウは慌てて言った。

「それはともかくとして若様に気に入られるなんて君達は最高にラッキーでハッピーだな?」

「おれ達を知らない虫さんがいたら困るので、誰かおれ達の説明をしてくれないかな?」ソウリュウはそう言った。しかし、誰も申し出てこなかった。ここにはテンリ達の4匹とソウリュウ達の三匹の他には5匹の虫がいる。その5匹の中に入っていたロックがこちらにやってきて申し出た。

「はい!はい!誰でもいいっていうのならば、おれがやっちゃってもいいっすか?」

「もちろんだよ。それでは、よろしくお願いします」ソウリュウは厳粛に言った。

「ソウリュウ一家と言えば『甲虫王国における秘蔵の大秘宝を取る!取る!取ってやる!』と言いながら宣伝活動だけは熱心にやる!『工夫をして取る!取る!取ってやる!』と言いながら何も考えていない!その上『あの国宝は元は自分の家系のものだったのだ!』というはったりを利かすも根拠はなし!爽やかで愉快で皆の人気者でお馴染みの何も取ったことのない彼等は自称大泥棒のソウリュウ一味だ!」ロックは場違いな程に感情を盛り上げさせている。興奮しているロックは普段の口調ではなくなってしまっている。テンリはそれを聞くと再び目を輝かせている。しかし、ミヤマは白けている。

「説明はよくわかったけど、ロックさんは何でそんなに詳しいのかしら?」シナノは聞いた。

「トリュウさんが来る日も来る日も選挙演説みたいにして同じセリフを同じ場所で繰り返しているから、覚えちゃったんっすよ。今までは耳にたこができる思いだったんすけど、ドンリュウさんの話を聞いた今はそうでもないっすね。事情はそんな感じっす」ロックは言葉を結んだ。

「ふっふっふ、アピール・ポイントをまとめてあげよう。その一は大秘宝を取る!その二は誰もがあっと驚くうまいやり方で取る!その三は国宝が我が家系の物である!以上だ!」ソウリュウは言った。

「若様は誰からも一目を置かれている大物なんだ。国宝を守る警備兵が若様の名を聞けば、思わず、ちびっちゃうくらいなんだ!」トリュウは得々として語っている。これは口先ばかりで実意のないおべんちゃらとは違う。トリュウは本当にソウリュウに敬服している。ただし、ミヤマとシナノはトリュウの言うことを完全には信じていない。事実、トリュウの言葉にはかなりの誇張が含まれている。名前の上がらなかったテンリとアマギは本当にソウリュウをすごい虫だと信じ込んでしまっている。

 国王軍と革命軍に続く第三勢力とはソウリュウ一家のことなのである。ソウリュウ一家は革命軍が武力行使に出たらそのどさくさに紛れて王国の宝物を略奪しようと企んでいるのである。簡単に言えば、ソウリュウ一家は便乗犯になろうとしているのである。

甲虫王国の大秘宝が何なのかには諸説ある。第一には不老不死の薬というものである。第二には大きな黄金の鐘というものである。第三には大きなダイヤモンドというものである。果ては他国との同盟の印であるとも言われている。国宝は故があって一般人には見せてもらえないからである。

ソウリュウ一家は自分達で泥棒を自認して公表しているのだから、王国の兵士である『マイルド・ソルジャー』からは当然『宝は渡さないぞ!』という気運が高まっている。

ソウリュウは自分の首を自分で締めているのである。あるいはハードルを上げてしまっているのである。しかし、ソウリュウはそれこそを狙っている。ソウリュウはお祭り男だからである。そもそも、密かに悪事を企むのはソウリュウの柄には合ってはいないのである。

「若様は一度だけ客としてお城に招かれたこともあるので、偵察はばっちりなのでごわす」ドンリュウは話を継いだ。単純なテンリとアマギはそれを受けるとすっかりと感心している。

とはいってもソウリュウは年に一回行われるオープン・ハウスのようなイベントに参加しただけなのである。お城は立派な城郭を持っていて『綺麗』と『美しい』と『大きい』という三拍子がそろっているので、見物しに虫が毎年どっとやって来るのである。『宮殿の地』は名スポットなのである。

甲虫王国の城は巨城で名城でもあるという訳である。しかし、城の開放は一週間もやっているので、長蛇の列に辛抱強く並んでいれば、ほぼ間違いなく観覧はできる。甲虫王国の宝は『花弁の間』というところに所蔵されているが、上記の通りに見ることはできない。城は5階建てだが、中には階段がない。大抵の甲虫は飛ぶことができるので、特に必要ではないからである。ただし、一応スロープは存在する。

「そういう訳で今後とも誇り高きみんなの英雄であるソウリュウ若様をどうぞよろしくというお話でありました。それでは、皆さん。お話を終ります」トリュウは話をまとめた。ソウリュウ達はいつの間にかちゃかりと自分達のペースに持ち込んでいたのである。ロックとヨハシは職場に戻ってその他の三匹の虫も散会して再び樹液を調合してもらうために列に並び始めた。テンリ達の4匹はまだこの場に留まっている。

「おれ達はしっかりと見ていたよ。先程のコンゴウとヒュウガとのやりとりをね。やつらはとんでもないごろつきだ。適当にあしらっておけばいい。おれもそう思うよ」トリュウはテンリ達の4匹に対して行った。トリュウもドンリュウと同様にしてテンリ達の味方をしてくれているのである。

「トリュウの言う通りだよ。日誌があれば、書きたいものだ。今日のおれは気骨な虫さん達を見たってね。運命の神よ!素敵な出会いをありがとう!」ソウリュウは神に感謝をした。柔弱な男子ではないが、信仰心が強いので、ソウリュウはいつも神様に健康を祈っているのである。アマギは無神論者である。

アマギは神の意向とは関係なく生き物は自由に生きていると思っている。ただし、都合のいい時には神を登場させることもあるので、アマギは確固たる信念を持っている訳ではなくて別に神はいてもいなくてもどっちでもいい派である。いい加減なアマギは頓着せずにソウリュウのフリルの腰巻を注視すると言った。

「その飾りは何なんだ?女々しいから、ソウリュウとはアンバランスだな?」

「よく聞いてくれた!これは今は亡きおれの母親が・・・・」ソウリュウは言いかけた。

「そういえば、ドンさんにクナイを上げないといけないんだった!」アマギはそう言うとテンリに対して事情を話そうとして体の向きを変えた。トリュウはすかさずにつっこみを入れた。

「ちょっと!ちょっと!申し訳ないんだけど、質問した以上は聞いてあげてくれませんかね?若様。失礼しました。お話を続けて下さい」お付きの虫であるトリュウは何とかして取り繕うとしている。

「聞いてないみたいだけど」ソウリュウは自信なさそうにして小声で言った。自由奔放なアマギはテンリによってポシェトから自分のクナイを出してもらっている。

「おれがアマの代わりに話を聞くよ」ミヤマがそう言うとシナノも前に進み出た。

「ありがとう。しかし、この話はいいんだ。少し重すぎるからね」ソウリュウは応えた。

「その飾りは母の形見みたいなものなんだろう?」ミヤマは核心を突いた。

「そうなんだ。察しがいいね?それなら少し話をさせてもらおう。今のおれは母親の遺言に沿って行動をしているんだ。『王国の宝は元々は我が家系のものだった』という遺言にね。おれは母親の墓前に宝を持って行って見せてやりたいんだ」ソウリュウは語っている。

「ソウリュウくんはお母さん思いなのね?」シナノは相槌を打った。

「おれが生まれて間もなくしておれの父は亡くなったんだ。おれは母子家庭で育った。そういう訳で母親にはよくしてあげたいんだよ。だけど、今のおれは少しも寂しくないんだ。おれにはトリュウとドンリュウという家族同然の同志がいるからね」ソウリュウは一息をついた。

「ドンリュウもそうだが、おれも若様には恩があるんだよ」トリュウは言葉を挟んだ。

「皆はやさしそうでいいチームだね?」テンリはソウリュウのところへ歩きながら言った。

テンリはすでにドンリュウに対してクナイを渡し終わったのである。ドンリュウはソウリュウに対してそのクナイを手渡した。ソウリュウは二本足で立ってクナイを弄くり回している。

フリルを付けてクナイを振り回して『パン・パカ・パーン!』とやれば、ソウリュウは十分にコメディアンとしてやっていけそうだと密かに思ったが、ソウリュウは至って真面目な顔をしているので、ミヤマも茶化すのは止めておいた。ミヤマはアマギと違って遠慮深いのである。

トリュウはテンリ達の後ろに置いてあった容器に歩み寄った。その容器にはロックに調合してもらったテンリ達の樹液が入っている。トリュウは当たり前の如く言った。

「そうそう。これは若様にくれるんだったね?ありがたくもらっておくよ」

「って、おい!おれ達は誰も上げたつもりはないんだけど!」ミヤマは当然のことながら反論をした。

「それはトリュウのしゃれみたいなものだよ。言っただろう?トリュウは『したたか者』なんだ。トリュウはおれのためによくやってくれる。ドンリュウは時々このずんぐりむっくりした容貌から鈍いやつだという者もいるけど、ドンリュウは『三尺下がって師の影を踏まず』っていうのを忠実に実行してくれているだけなんだ。そろそろ。おれ達は行こうか。最後にこれだけは言わせてもらおう。やりたいことがあるというのはとてもグレートなことだ。皆はアルコイリスを目指しているんだよな?おれはちゃんちゃんばらばらするのが好きじゃないこともあるが、おれが君達の立場でコンゴウとヒュウガにあんなことを言われていてもおれは皆と同じ態度を取ったと思う。おれ達も陰ながら皆のことを応援しているよ。自信を持ってこれからも旅を続けるといい。そうだ。知っているかもしれないが、もう一つ言わせてくれ。革命軍は君達のことを『アブスタクル』と呼んでいるが、国王軍は君達のことを『シャイニング』と呼ぶ。君達は光り輝いているっていうことだよ。これは国王軍の虫から聞いたことだから、嘘じゃない。あらよっと!」ソウリュウはそう言うと木に向かってクナイを放り投げた。しかし、クナイはてんで見当違いな明後日の方向へと飛んで行ってしまった。ソウリュウは見事なまでのノー・コンなピッチャーなのである。ソウリュウは『しくじったな!』と言うと平泳ぎをするようにして両手で空をかいてクナイの飛んで行った方へと自分も飛んで行った。トリュウとドンリュウもそれを真似て後に続いた。ソウリュウ一家というのは一風変わったトリオなのである。テンリ達の4匹の『シャイニング』も個性的な集団だが、ソウリュウ一家もそれに負けず劣らずなのである。

「皆とはまた会えるといいね?元気でね!バイバーイ!」テンリは最後に挨拶をした。

 その後のテンリ達はロックに作ってもらった特製の樹液を賞味した。コンゴウとヒュウガはトラブルを起こしたり、ソウリュウ一家は宣伝活動をやったりしていたが、テンリ達はやっと一段落である。

「うまい!これはうまいぞ!こんなにうまいもの初めて食べたよ!」アマギは驚嘆している。

「うまうまだね?ゼリーもおいしいと思っていたけど、これはそれ以上だね?」テンリは言った。

「本当だ!これを食べたらもう他のものは食べられなくなるな?」ミヤマは切り返した。

「アルコイリスの七色の樹液はこれ以上っていう評判よ。七色の樹液は甲虫にとっての全ての食べ物の中でも最高の味みたいだものね?それにしてもこれも本当においしい」シナノは言った。

テンリ達の一行は食事を終えると容器を返してロックに対してお礼を言いに行った。お客さんはいなくなっていたので、今のロックは歌のレッスンをしているところだった。

「朝が来て起きてー占いでーキー・ワードを調べたらー催し物だったのでー他国との友好を祝賀するパーティーに出ようとしたよー♪そしたら間違ってー♪魔窟にきてしまいー呪いをかけられたよー♪だけど、だけどもそれはあと30年でお前は死ぬっていう呪いだったからー80のおじいさんはー喜んじゃったよー♪OK!チェケラー♪」ロックはそう言うと格好よくポーズを決めた。今のロックは周りが完全に見えていない状態である。ミヤマとシナノはそんなロックを見て苦笑いを浮かべている。

「だいぶ、陶酔しているな?夢見心地の時間を奪ったらかわいそうだから、このまま行くか?」アマギはテンリ達の他の三匹に対してそう言ったが、ロックは耳聡く次のように返してきた。

「いや。おれは切り替えが早いのが取り柄っすから、別にいいっすよ。樹液を調合する時は手を動かして口を利いて足で踏ん張るっていう感じで羽以外の体の全てを使うのがおれのポリシーなんすよね。そんな感じっす。何の話でしたっけ?そうそう。もうお帰りになっちゃう感じなんすよね?容器はそこに置きっぱなしにしておいてもらって構わないっすよ。皆さんはこれからアルコイリスに行くことを楽しみにされているんっすよね?おれの作った樹液よりも七色の樹液は遥か上を行くうまさっすから、期待は裏切られないと思いますよ。世の中にはコンゴウとヒュウガみたいな変なやつもいますけど、皆さんはそういうやつらを無視してもっと高みを目指して下さい。おれも樹液の調合師を夢見た頃があったから、わかるんすけど、夢の大小なんて関係ないと思いますよ。自分の選んだ夢は他人にとやかく言われる筋合いはないと思います。おれはあんまり語彙力も豊富じゃないんでかけてあげられる言葉はこのくらいっす。皆さんは最後まで諦めずに旅を続けて下さい」ロックはこの上なく真面目な顔をしている。

「うん。わかった。ありがとう。ロックさん」テンリはお礼を言った。ミヤマは驚いている。

「ちゃらちゃらとしたロックさんからそんな感動的な言葉をもらえるとは思わなかったよ」

「ロックさんの作ってくれた樹液はとってもおいしかった。私達もロックさんを応援しているから、これからもがんばってね?」シナノは励ました。ロックはそれを受けると照れくさくなってしまった。

「あざっす!おれは鋭意がんばっちゃうっす!それじゃあ、さよならっす!」ロックは言った。

「おう!それじゃあな!また会えるといいな?樹液をありがとう!」アマギは最後の締めとして陽気な口調で言った。アマギもテンリ達の他の三匹に続いて歩き始めた。テンリ達は旅を再開した。ロックの先程の言葉はテンリ達の一行にとって大きな励みになっていた。それは夢に関する話である。

確実に言えることがある。例えどんな大きな夢を抱いたとしても例え他の人にとってはどんなに小さな夢を抱いたとしても人の夢を笑う資格なんて誰にもないのである。

虫を10匹以上傷つけるといった邪悪な夢はともかく基本的に虫や人はどんな夢を抱いたとしてもそれは個人の自由だから、誰が何と言おうと関係はないのである。

真剣に夢を語っている虫や人に対してバカにしたらいけないのである。夢を見つけることに成功してその夢に向かって突き進むことはとても尊いことだからである。


 話は変わる。今のイワミは『食物の地』へとやって来ていた。『食物の地』と言えば、栗のトグラ・悪者のアルキデス・忍者になったサクラといった面々が住んでいるところである。『食物の地』は甲虫王国の人気スポットだから、イワミはここに来るまで何匹もの虫と擦れ違ったが、ここは食べ物が豊富なので、虫達はあまりネコのイワミを怖がらない。今のイワミは口にクルミを銜えている。イワミはイガを避けて栗の木の前に来るとクルミを下に落とした。そのクルミはここに来るまでにイワミが拾ってきたものである。

「トグラくん!私よ!イワミよ!」イワミは栗の木を仰ぎ見て呼びかけた。イワミはテンリ達と一緒にトグラと知り合ってから三回コンスタントにここに来てトグラと会っている。今日の両者は5度目の顔合わせである。栗のトグラはその内に木の上の方から『ぼとり!』と落ちてきた。トグラは驚かせた虫によって時々上空へ運んでもらって寛いでいるのである。トグラは元気そうにして言った。

「やあ!こんにちは!イワミさん!今日も来てくれたんだね?ぼくはびっくりしたよ」

「こんにちは。今日の私はトグラくんのお友達を連れてきたのよ。ほら、クルミちゃんよ」イワミはそう言うとクルミを転がしてトグラに見せた。トグラはうれしそうにして言った。

「本当だ!ありがとう!ぼくは思わず目をぱちくりさせちゃったよ。これでぼくにも話し相手がいてくれるようになったね?ぼくはちっくりと寂しかったんだよ」トグラはおどけて見せた。

「喜んでくれたみたいでよかった。トグラくんはやっぱりやさしいわね?」イワミは言った。

「ううん。そんなことはないよ。ちょっと待ってね?少々の準備が必要なんだよ」トグラはそう言うと後ろ向きになって振り向くと低い声で社交的ソーシャルに言った。

「やあ!はじめまして!クルミちゃん!ぼくはトグラだよ。じっくりとお話をして仲良くなろうね?」

「今のトグラくんは何をしていたの?」イワミは口を挟んだ。

「つらつくりを直していたんだよ。ちょっとだけメイクが落ちちゃったからね」トグラは気恥しそうにして言った。栗のトグラが化粧をしているはずはないので、それは冗談である。

「トグラくんはお上手ね?甲虫王国では近々革命軍が武装蜂起するんじゃないかっていう話を聞いたことはある?」イワミは真剣な口調になってトグラに対して聞いた。

「うん。それなら知っているよ。いつもの通りに昨日ここを通りかかったアベックをびっくりさせてやったんだけど、その虫さん達がとっくりとその話をしていたからね。だけど、笑っちゃうよ。男性の方の虫さんが『アキコ!お前はおれが必ず守る!』って言うと女性の方が『何て頼もしいのかしら!』なんてぬっくりと言っていたんだよ。ぼくはこの三文芝居みたいなものを見せられてびっくりして閉口しちゃったよ。やるのは別にいいけど、そういうことは他でやってくれってむっくりと起き上がってよっぽど言ってやりたかったよ。話が脱線しちゃったね?革命が起きたら世の中はどうなっちゃうのかな?」今ではすっかりと甲虫王国に馴染んできているトグラは聞いた。トグラは世情にきちんと興味を抱いている。

「私はネコでトグラくんはくりだから、特にどうこうなる訳じゃないと思うけど、虫さんの生活はひっくり返っちゃうんじゃないかってテンちゃんのお父さんのテンリュウさんが言っていたわ」

「ひっくり返るなんてイワミさんも言うね?ごめん。ごめん。話をまた脱線させちゃったね?軌道を修正しないといけないね?虫さんの生活はよりよくなるのかな?それとも悪くなるのかな?」

「悪くなるそうよ。テンリュウさんによると革命が成功すれば、怖い話なんだけど、国民は事実上圧政の下で虐げられた生活を送らなければならないそうなの」イワミは深刻に言った。

「それはむくりこくりだ。これは非道なさまを言う言葉なんだけどね。それはともかくとしてそんなことになったらテンくん達が心配だね?」トグラはふざけながらも気遣いを見せた。

「本当にそうね?革命軍が実権を握ることがないようにゴールデン国王様とその従臣達に期待したいわね?私はこれで失礼しようかしら」目的をすでに果たし終えたイワミは頃合いを見計らって言った。イワミはトグラと革命軍についての情報交換をしたかったのである。

「うん。ぼくも革命が起こらないことを願うようにするよ。帰る時もイワミさんはイガに気をつけてね?刺さるとちくりと痛いもんね?それじゃあ、バイバイ!」トグラはお別れの言葉を口にした。

「うん。またね」イワミはそう言うと自分の家がある『危険の地』への帰途についた。

 イワミには家に帰ると仕事が待っている。その仕事とは食料の調達である。とはいってもトカゲやカエルを追いかけまわす訳ではなくて『危険の地』には人間界へと続く通路があるので、イワミはそこから人間界に入ってネズミが人間の家に悪戯をしないように監視する仕事を請け負っているのである。馴染みの人間はそのご褒美としてイワミに対してキャット・フードを進呈してくれるのである。

飲み物は昆虫界の『危険の地』にもある。不思議なことにある場所には天然のミルクが湧き出てくる泉が存在しているのである。昆虫界は人間界とは違うのである。

中には『危険の地』には昆虫を食べようとする極悪人もいるが、イワミは今まで食料に不自由をしたことはない。イワミはそれに関してとても恵まれた境遇だなと思っている。

最もイワミは仕事の方も決して疎かにはしない。しかし、ネズミと仲良くなったので、最近のイワミは悪いネズミを血眼になって探す必要はなくなっている。


アスカはクスキと共に『浜辺の地』に帰り着いた。二匹は今まで人間界へと航海していたのである。今日の収穫はクスキのコネクションを使って手に入れた5つのゼリーである。

帰りはフグのマルモリに船を押してもらったので、快速で帰ることができた。柄が悪くても根はやさしいので、マルモリはアスカに命令されても異を唱えることはないのである。

サイジョウはこの近くにいるが、クーとソーはここにはいない。現在のクーとソーの二匹は参勤交代のようにして王国から強制収集を受けているのである。現在のクーとソーの二匹は城の近くにある『秘密の地』という場所にいる。不吉にも革命軍が決起する可能性が高まったからである。

ソーとクーは革命軍が『監獄の地』で『ワースト・シチュエーション』事件を起こしてから間もなく呼び出されて『マイルド・ソルジャー』の間でも厳戒態勢が引かれるようになった。

『秘密の地』というのは普段から『マイルド・ソルジャー』が屯営と駐屯をしている場所のことで名前の通りに一般人は基本的に足を踏み入れてはいけない場所である。

「よし!これで一仕事は終わりだ!今回も無事に帰って来られて何よりだ。クーとソーも元気にやっているといいが」アスカはゼリーを船から全て下ろすと少し心配そうにしている。

「大丈夫よん。あの二人なら心配いらないわ。むしろ、あたしが心配なのはテンリちゃん達の方だわ。アマギちゃんは確かに強いけど、あたしは『アブスタクル』なんていう言葉を聞くとそれだけで寒気を覚えちゃうわ。国王軍の間で『シャイニング』とも呼ばれているっていうことは少しの救いなんだけどん」オカマのクスキはやさしい気遣いを見せながら言った。

「そうだな。どうか、皆には無事でいてもらいたいものだ。それにしても大変な時代になったものだな?私はこういう不安定な情勢を見ているとオーカーとボストークのいた時代を連想してしまう」

「そうよねえ。私も同感だわ。だけど、今の時代にも英雄はいるわ。それも三人も」

「ショシュン・ジュンヨン・ランギの三人か。彼等は確かに頼りがいのある今の時代のヒーローだと言ってしまっても過言ではないな。ほぼ間違いなく『スリー・マウンテン』の彼等の動向が革命軍との決戦の行方を左右するだろう」アスカは遠い目をして断言をした。

「それもそうね?オウギャクキリシマ・ウィライザーといった革命軍の主力とはおそらく彼等とゴールデン国王が対決することになるだろうものね」クスキはしみじみとした口調で言った。

ただし、クスキにとってもそれは他人事ではない。クーとソーが戦闘の準備のために駆り出されている通りに時期によってはクスキも戦闘に加わらなければならない可能性もあるのである。

 クスキはそのことを拳々服膺としている。それはアスカとて同様である。サイジョウはここで森の方からやってきた。サイジョウはアスカとクスキに労いの言葉をかけた。

「二人共おかえりなさい。お疲れさまでした。今回も大収穫だったみたいだな?二人共が健全な状態で帰ってこられてよかったよ。二人は今まで何の話をしていたのかな?」

「革命軍と国王軍についてのお話よん」クスキがそう答えるとサイジョウはすぐに言った。

「今はどこもかしこもその話題でもちきりだな?考えたくはないが、革命が成功すると具体的にどこがどうなるかはオウギャクが実際に実権を握ってみないとわからない。しかし、体の小さな種類の虫が軽んじられることは確かだろう。逆に体の大きい者は反乱を防ぐために行動に規制がかかるかもしれない。どちらにしても迷惑な話だね。我々にとってはこのままの生活を続けさせてもらいたい。革命が成功すれば、ぼく達も今の生活が続けていられるかどうかはわからない」サイジョウは無念そうにしている。

「その通りね?オウギャクの一番にやりたいことは王国の支配よん。あたしは体の大きな虫が無理やり徴兵制度によって鍛えられる可能性もあると聞いたこともあるわ。オウギャクは他国へも進出しようっていう腹なのよね?その過程で鎖国をする可能性もあるわね?」クスキは嫌そうにして言った。

「革命が起これば、どうなってしまうことやら。精神的にしても身体的にしても弱者や強者の分け隔てもなく誰もが胸を張って生きていられる。甲虫王国はいつまでもそんな国であってほしいものだな?」海賊でも平和主義者でもあるサイジョウは穏やかな口調で言った。

「その通りだ。それに越したことはない。私達も遅かれ早かれ国王様から呼び出される時が来るだろう。私達もその時に最善を尽くすとしよう」アスカはこの話を締め括った。

アスカは国王軍VS革命軍の総力戦において存分に力を発揮する予定である。そんな戦いは無論しないに越したことはないが、力を持っている以上はアスカにも戦う意思はある。

とは言ってもアスカだけではなくて『西の海賊』の他の4匹もそれは同じである。しかし『西の海賊』の5匹は革命軍との戦闘よりも先に重大な天下分け目の戦いを行うことになる。

それは『オープニングの戦い』から呼び起されたものだが、同時に自分達の立場を揺るがす戦いにもなるので『西の海賊』は真っ向から真剣な態度で問題にぶつかって行くことになる。


ルリは目を覚ますと地中にある迷路のような道筋を辿って地上に顔を出した。アイラやルリの家はアリのムカサの助言を受けてより広くより住みやすくなったのである。

それも一重にテンリとアマギのおかげなので『群小の地』の虫達は大いに感謝している。家が広くなったので、ルリは特に引っ越しをしたみたいだと言って大喜びをしている。

突風とまでは行かないが、風が吹いているので、外では少し砂埃が舞っている。ルリは羽を広げて高い木の枝に止まった。そこではアイラがすやすやと眠っている。

「アイラ!まだ、眠いかもしれないけど、がんばって起きるある!」ルリは声をかけた。

「うーん?がんばって起きれば、いいことでも何かあるの?」眠そうなアイラは聞いた。

「もちろんある。アイラは忘れてしてしまったのあるか?今は朝あるよ。確かに風は強いけど、そこそこ、今日はいい天気ある。今日は何をする日か覚えているあるか?」ルリは聞いた。

「うーん?ルリがべっぴんさんにでも変身するの?整形手術?」アイラは不可解なことを言った。

「それはどういう意味あるか?私はブス女だと言いたいのあるか?」ルリはふくれて見せた。

「違うの。違うの。ルリはかわいらしい女の子よ。そうか!わかった!」アイラは言った。

「思い出したあるか?今日は・・・・」ルリは途中までしか言えなかった。

「ルリの冷え症が治るんだ!よかったね?これで雨乞いみたいにして毎年の暖冬が来ることを祈らなくてすむようになったものね?お供えものを用意しなくっちゃ!何にしようか?」アイラは聞いた。

「って、違うある!私は冷え症じゃないある!アイラの寝起きには手を焼かされるある。今日は私とアイラの二人で『樹液の地』に行く予定あるよ」ルリは非常に呆れながら言った。

一度は話に出た通りにアイラは朝が弱いのである。アイラは寝ぼけたまま風に飛ばされそうになった。アイラはテンリ達に感化されて積極的アグレッシブな気持ちを持つようになってルリを遠征に誘っていたのである。刺激の好きなルリはそうなるとアイラの意見に対して大賛成をした。

 アイラはたっぷりと30分後に本調子を取り戻した。アイラは両親に旅立ちの挨拶をするとルリと共に『樹液の地』に向けて出発した。ルリは歩き出しながら話を切り出した。

「私は遠征にはパパとママとしかしたことがない箱入り娘だから、やっぱり少し不安ある。井の中の蛙じゃないあるが、体も小さいから、その不安も増幅されるようある」ルリは心配そうである。

「ルリ。体が小さいっていう劣等感をうちが気にしているのは知っているでしょ?いいのよ。うちらはうちらでなんとかやっていけているんだから、一々そんなことを気にしていたら疲れちゃうじゃない。世の中にはうちらみたいな体の小さい虫を見下すような虫ばかりじゃないんだもの。何もそんなことだけで恐れることはないのよ」アイラはルリへの思いやりを持って言った。

テンリ達との出会いも幾らかアイラに自信を与えてくれている。テンリ達は誰一人としてアイラの体が小さいことをバカにするようなことを口にしなかったからである。これは繰り返しになるが、二匹の体長はどちらも10ミリ程である。ルリは吹っ切れたようにして言った。

「それもそうある。私は気が高ぶって必要以上に神経質になってしまっていたある。だけど、今はナーバスになっていても仕方のない時期ある。何て言ったって革命が起きるかもしれないそうある。アイラは聞いているあるか?革命軍の親玉であるオウギャクとその相棒のキリシマは体の小さい者を蔑む性格らしいある。ということは必然的に彼等がこの国の実権を握れば、私達には居場所がなくなって国外追放されるかもしれないあるよ」ルリはせっせと歩きながらも難しい顔をしている。

「大丈夫よ。何と言ってもうちは豪華絢爛なアイラちゃんなんだから」アイラは言った。

「アイラ節が出たある。私は真面目な話をしているっていうのにアイラは楽観的ある。そこがアイラのいいところある」ルリは今のは皮肉ではなくて単純にアイラのことを褒めた。

「そうは言ってもさすがのうちだって危険が目前に迫ってくれば、危機感を持つのよ。だけど、まだ、実感がなさすぎるのよね。入ってくる情報も少ないし、果たして信じていいのかもわからないし。統治されそうになったらルリはいつもの『あちょー!』をやればいいんじゃないの?」

「それは私のことをバカにしているのあるか?」ルリは急に怖い顔になって聞いた。

「冗談よ。うちはルリのことをけなしたりしないわ。うちはルリの友達だからね。綺麗なお花だ!」アイラはそう言うとふらふらと紫色のフデリンドウの方へと近づいて行った。

「できれば、私達の住んでいるところに植えかえられたらいいあるな?」ルリはアイラを見て言った。

「そうね。だけど、うちはお花さんとたまに出会えるだけでいいのよ」アイラは浮き浮きして言った。

実は昨日もう一度お花のピフィはアイラ達を訪ねて来てくれたのである。アイラは憧れのピフィとお話をできて今も恍惚とした心持ちである。しかも、当分の間は甲虫王国に滞在することにしているので、ピフィは近々またアイラのところへと会いに来てくれることになっている。

「もしも、革命が成功したらアイラはどうするあるか?」ルリはアイラと共に歩き出しながらシリアスな態度で話を戻すことにした。アイラも気がすむまでお花を眺めたのである。

「その時になってみないとわからないわよ。ルリはさっき体の小さい者は蔑まれるって言っていたけど、うちらは小さすぎてオウギャクとかいう虫さんの眼中にないかもよ」

「そうあるか?それにしてもプライドの高いアイラが自虐的な冗談を言うなんて珍しいあるな?」

「それ程に不確定な将来にびくついていたらバカらしいっていうことよ」アイラは言い切った。

「それもそうある。アイラは『樹液の地』から帰ってきたら少し肝っ玉が座るようになったある。アイラはリュウホウとか言う悪者とも対峙してきたからかもしれないある」

「あるいはテンリくん達がうちを成長させてくれたのかもね?」アイラはそう言って茶目っ気たっぷりに苦笑した。アイラもテンリ達との出会いは大いに喜ばしく思っているのである。

 旅をして成長をすることがあるということに気づいたので、もしかしたら自分も今回の旅で一回り大きくなれるのではないだろうかとルリは密かに期待を抱いている。その後のアイラとルリの二人は無事に『樹液の地』に到着することができた。ルリはポラールとミラージュの樹液を吸って余りのおいしさにびっくり仰天した。『樹液の地』にピフィはいなかったが、ウンリュウはいたので、アイラとルリはウンリュウにも顔を見せるとウンリュウは樹液を調合してくれた。ルリはそれを賞味するとまたびっくり仰天をした。

 世の中にはおいしいものが一杯あるということにも気づいたし、ウンリュウという知り合いも増えて初めての長旅も経験して今回の旅はルリにとっては実りあるものになった。


一切の疑う余地もなくテンリとアマギとミヤマとシナノの4匹は深い愛情を持っていてやさしい性格の虫である。その中でもずば抜けたやさしさを持つのはテンリである。

テンリは神経質でデリカシーのある男の子なので、誰かと会話をしたら後でその会話を頭の中で繰り返して自分は相手を傷つけたり、不愉快な思いにさせたりしなかっただろうかとしばしば考えることがある。その行為自体は自分の悪いところを反省するという点ですばらしいことである。

しかし、それは同時にテンリのウィーク・ポイントでもある。もしも、会話で納得できないことを言ってしまうとテンリはそれをいつまでもくよくよと思い悩んでしまうからである。仮にそういうことがなかったとしてもいつも繊細に考え込んでいると疲れ果ててしまうからである。テンリのこの特性は両刃の剣なのである。何もテンリに限った話ではないが、嫌な記憶というものを完全に頭からデリートすることは難しいのである。しかし、それに歯止めをかけてくれるのがテンリの無二の親友のアマギである。テンリは豪放なアマギを見ていると些事に拘ることがバカらしく思えてくるのである。

アマギは逆にテンリを見るともっと自分も他の虫にやさしくしてあげようと思うので、この二匹はお互いにとってのいい影響を与えることのできる最高のコンビネーションなのである。

最近のテンリは繊細な性格も相まってある一つの物語を創作していた。テンリはクリエイティブな想像も大好きなのである。テンリは皆にもそれを聞いてもらおうと思った。

「皆は架空の物語が好きかなあ?」テンリは歩きながら話を切り出した。

「おれは好きだよ。昔ママに童話を聞かせてもらった時の記憶を思い出すからな」ミヤマは言った。

「私も好きよ。物語は楽しいものね?テンちゃんは?」シナノは話を振った。

「ぼくも好きだよ。あのね。あんまり長くはないんだけど、ぼくも一つだけ物語を作ってみたんだよ」テンリは恥ずかしげである。テンリはやはりかなりの謙虚さを持ち合わせている。

「えー!本当かー?それはすごいな!聞かせてくれ!テンちゃん!皆も聞きたいって言っているぞ!」アマギは早くも完全に乗り気である。ミヤマはそれに対して反応した。

「おれとナノちゃんはまだ何も言っていないんだけど・・・・アマは相変もわらずに強引だな?」

「ミヤくんは聞きたくないの?」シナノは悪戯っぽく聞いた。

「いや。無条件で聞きたいよ。聞かせてくれるかい?テンちゃん」ミヤマは言った。

「うん。おもしろいかどうかはわからないけど、聞いてくれる?」テンリは再確認した。

「もちろんだよ。テンちゃんが話してくれるならどんな話でもおもしろいよ。その前にナノちゃんに補足事項を説明しておこう」ミヤマは愉快そうな様子でおしゃべりをしている。

「補足事項?作者の紹介みたいなものかしら?」シナノは案の定聞き返した。

「その通りだよ。テンちゃんはアイディア・マンなんだ。これは一度ナノちゃんにも話したことだけど、ある時はカラスとの対決法を考えたり、ある時は忍者の『五車の術』っていうのを考えたりしたんだよ」ミヤマがそのようにしてテンリの想像力イマジネーションを売り出すとアマギも負けじとアイラと一緒にテンリがすばらしい物語を創作した時のことを話した。

「そうだったの。テンちゃんはすごいのね?」シナノは話を聞くとあけすけに感心した。

「ぼくはそんなにすごくないよ。その証拠にぼくは皆に助けられてばっかりだよ。それよりね。ぼくのお話にはナノちゃんの宝物と同じお馬さんが出てくるんだよ」テンリは言った。

「そうなの?何色かしら?ひょっとして白馬?」シナノは調子を合わせた。

「ううん。ウマはウマでもシマウマさんだよ」テンリは秘密を明かした。

「あれか!島にいるウマか!中々いいなー!」アマギは得心顔である。

「アマくんの言うそれはアイルランド・ホースのことよ。そうじゃなくてテンちゃんが言ったのはストライプ・ホースのことよ。縞模様のウマのことよ」シナノは訂正した。

「そうなのか?あるいは空想上の生物かと思ったけど、違うのか?」アマギは拍子抜けした感じで言った。話の内容がぐだぐだなので、ミヤマは少し呆れてしまっている。

「話を聞かせてくれるかい?テンちゃん」ミヤマはもう待ちきれないといった様子である。

「うん。いいよ。それじゃあ、お話を始めるよ」テンリはそう言うと話を始めた。

ウマが『動物の地』にいることは一度話に出たが、甲虫王国では小学校で動物の絵を見せられて動物の種類についても勉強をするので、テンリとミヤマはシマウマを知っていたのである。アマギは知らなかったが、シマウマは甲虫王国において割とお馴染みの動物のはずなのである。いい加減の塊みたいなアマギは小学校で習ったことをほぼ忘れているのである。今のアマギは期待感で胸が一杯である。ミヤマとシナノの二人もテンリの話を喜んで聞いている。しばし、以下はテンリの語った物語の大略である。


ある所にシマちゃんという一匹のオスのシマウマがいました。シマちゃんはとても繊細で傷つきやすい性格をしています。しかし、ものは言いようです。繊細だからこそ他の動物が考えないようなことにも気づけるといういい面もあるのです。繊細さはシマちゃんの長所でもあるのです。

草原を闊歩する今日のシマちゃんは格別ご機嫌です。前日にシマちゃんはパパから早口言葉というものを教わって大層それを気に入ったからです。今もシマちゃんは歩きながらお気に入りの早口言葉を口ずさんでいます。シマちゃんは『なま麦・なま米・なま卵』という言葉がうまく言えるかどうかというだけではなくて不思議な呪文みたいな所も気に入っているのです。シマちゃんが歩いていると手持ち無沙汰にして木陰で休んでいるオスのシカくんがいました。シカくんとは初対面でしたが、シマちゃんは皆にも早口言葉を知ってもらおうと思ってシカくんに対して話しかけてみました。しかし、シカくんは聞こえなかったのかシマちゃんの方を向いてくれません。シマちゃんはもう一度シカくんに対して少し大きな声で話しかけてみました。今度のシカくんはシマちゃんの方を振り返ってこんなことを言いました。

「お前は誰だ?他人なんだから、話しかけないでくれるか?」シカくんはぶっきらぼうです。

シカくんのそのセリフを聞いたシマちゃんはものすごく落ち込んでしまいました。自分は間違ったことをしてしまったのだと思ってシマちゃんはしょんぼりしてしまったのです。

更に追い打ちをかけるような思わぬ事態が起こりました。立派な鬣を持ったオスのライオンさんが怖い顔をしてこちらを睨んできているのです。まさしく泣き面に蜂です。シマちゃんは襲われてしまうと思って恐怖で思わず目をつぶってしまいました。ライオンさんはうなり声をあげて飛びかかって押し倒しました。

しかし、ライオンさんが押し倒したのはシマちゃんではありませんでした。ライオンさんを見た途端に畏怖の念にかられて一目散に逃げようとしていたシカくんの方だったのです。しまちゃんはそれでもまだドキドキしています。ライオンさんはシカくんを抑えつけながら言いました。

「おい!シカ!他人だとか知人だとかは関係ないんだぞ!この世にいる全ての生き物は皆が生まれてきた時点で友達なんだ!自分の知り合いじゃないからと言って冷たくされた気分はどうだ?」

シカくんは恐怖で身をすくめながら考えました。そうです。知らない動物とは関わり合いになりたくないからといって冷たく接して例え知り合いだけにはやさしく接していたとしてもそれは単なる『井の中の蛙』にすぎないのです。シカくんは身をもってそれに気づいたのです。シカくんは言いました。

「ごめんよ。シマウマくん。今さらだけど、どんな話があったのかを聞かせてくれるかい?」

「うん。シカくんとライオンさんは早口言葉を知っている?」シマちゃんは聞きました。

「いいや。どんなものかな?」ライオンさんはシカくんから身を離しながら聞きました。心から反省しているシカくんはライオンさんから逃げ出すような真似はしませんでした。

「なま麦・なま米・なま卵って言うのだよ」シマちゃんは緊張しながらも言いました。

「私は全く知らなかった。うん。これは中々おもしろいものだ」ライオンさんは早口言葉を繰り返してから言いました。ライオンさんは見かけと違って穏やかな性格をしているのです。

「本当だ!これはおもしろいや!」シカくんは少し恥ずかしげに早口言葉を言った後に言いました。こうして少しだけシマちゃんとシカくんとライオンさんは心を通じ合うことができるようになったのです。ライオンさんはシカくんのひねくれていた考え方を正してくれたのです。

自分がやられて嫌なことを他人にしないのは当然のことです。しかし、時にはそれだけではいけない時もあります。世の中にはシマちゃんのようにして繊細な心の持ち主もいるのです。

自分が言われてもなんとも思わない言葉も動物によっては鋭い刃物で突き刺されたように心を痛めてしまうことがあるのです。そのことを忘れてしまってはいけないのです。

自分の物差しだけで他人を計ろうとはせずに場合によっては言葉を選ばないといけない時があるのです。相手の立場に立って物事を考えることが本当の思いやりというものなのです。

シマちゃんの住むこの島には弱肉強食という言葉が存在しません。ここは肉食動物と草食動物の皆が兼愛を尊びながら仲良く暮らすアニマル・アイランドなのです。


テンリはやさしい性格をしていることもあってこの話によって皆にもやさしい気持ちの大切さを知ってもらいたいと思ったので、今のような作品の仕上がりになったのである。

 とは言っても別に他の三匹がやさしくないということを言っているのではなくて皆というのは『シャイニング』の三匹だけではなくて甲虫王国の皆という意味である。

テンリは最後に『めでたし・めでたし』と言って話を結んだ。テンリはエンターテイナーとして話を語っていたが、実は皆が満足してくれるかどうかと不安だった。

「すごい!おもしろくて起承転結もしっかりできているしいいお話ね?シマちゃんがストライプ・ホースでありながらアイルランド・ホースだったっていうちょっとしたサプライズもあったものね?アマくんはどうしたの?」シナノはわなわなと小刻みに体を揺らしているアマギを見て聞いた。

「うおー!感動したー!」アマギは爆発せんばかりの大声を上げた。

「わ!びっくりした!だけど、おれもだよ」ミヤマはアマギの意見に同意した。

「ライオンさんのモデルはアマくんなんだよ」テンリは恥ずかしげにして言った。もしかしたら気づいたかもしれないが、シマちゃんのモデルになったのはテンリ自身である。

「そうなのかー?よし!決めた!おれはテンちゃんになる!」アマギは無茶を言った。

「いや!それは訳がわからんぞ!どういう論理だよ!」ミヤマはお得意のつっこみを入れた。

「うおー!シマちゃん!よかったなー!」アマギは相も変わらずに大声で感動をしている。

「変なスイッチが入っちゃったみたいね?」シナノはアマギを見て言った。テンリ達の一行はこの話から二時間後『調合の地』を出てから6日後に『芸術の地』という場所に到着した。

芸術は幾つかに分類ができる。戯曲や随筆といった文芸・工芸や陶芸といった美術・演奏や指揮といった音楽・能や狂言といった総合芸術・茶道や香道といったその他の芸術に分類できるのである。

 今のテンリ達の前にはお絵描きをするためのホワイト・ボードが置いてある。これは誰もが自由に使っていいものである。好奇心が旺盛なアマギは興味津々である。

「こんにちは!私はアリサよ!私はここで芸術家を発掘するのを生業としているの。あなた達はアートな作品を作ってみたことはある?」体長25ミリ程のメスのハビロミツノヒナカブトがやってきてテンリ達に対して話しかけてきた。アリサは『芸術の地』のスタッフなのである。

「うん。あるぞ!テンちゃんは物語を考えたんだ!」アマギは逸早く返事をした。

「本当?よかったら私にも聞かせてくれる?」アリサはすぐに言った。

「うん。おもしろいかどうかは自信がないんだけどね」テンリはそう言うと先程のシマちゃんが出てくる話をアリサにも話した。アリサはそれを聞き終えると感嘆して言った。

「おもしろくて訓示的なお話ね?甲虫王国の皆にも聞かせてあげたい。よかったら私と一緒にこの地のマスターと会ってくれないかしら?このお話を聞けば、マスターもきっと喜ぶと思うの」

「うん。いいよ。そしたらぼくの物語はみんなに聞いてもらえるようになるの?」テンリはうれしそうな様子を見せながら聞いた。アリサはすぐに首肯をした。

「ええ。その通りよ。噺家の虫さんが色んなところでお話しを皆に伝えてくれるのよ。著作権は守ってくれるから、お話をする前には誰の作品かをしっかりと口にしてくれる」

「それは少し恥ずかしいけど、そんなことになったらうれしいな」テンリは言った。

「それじゃあ、決まりね?私についてきてくれる?向こうへ着いたら詩も聞かせてあげられると思うから、楽しみにしていてね?」アリサはそう言ったが、アマギはホワイト・ボードを指さして言った。

「ちょっと待ってくれ!おれは絵を描いてみたいから、ここで少し待機しているよ」

「うん。それじゃあ、ぼくだけで行ってくるね?」テンリは提案した。

「待って!私は詩に興味があるから、テンちゃんに同行させて」シナノは申し出た。

「それじゃあ、おれもついて行こう!シーサーのおっさんみたいなのがいたら大変だもんな?」ミヤマは言った。シーサーの一件はミヤマにけっこう大きな衝撃を与えた事件だったのである。

「ぼくは大丈夫だよ。ミヤくんはアマくんの描いた絵を見てあげてくれる?せっかく絵を描いても見てくれる虫さんがいなければ、アマくんも残念に思っちゃうだろうからね」テンリは平気そうである。

「確かにそうかもな。ここの治安はいいのかな?」ミヤマは聞いた。

「ええ。『平穏の地』に負けず劣らずにここは犯罪とは無縁の地よ」アリサは淀みなく答えた。

「そうなのかい?それなら安心してもよさそうだ。おれ達もお絵かきの用事がすんだならテンちゃんとナノちゃんのところに行くよ。テンちゃんとナノちゃんは少し先で待っていてくれるかい?」ミヤマは聞いた。テンリとシナノはその申し出を快く受け入れた。

「私達の行き先はここを直進するだけだから、後から来るお二人さんが迷うことはないと思う。それでは行きましょう」アリサはそう言うとテンリとシナノの二人を連れて歩き出した。

 アマギはテンリとシナノの二人が行ってしまうと黙々と絵を描き始めた。本来のアマギは集中力が持続する方ではないが、今日は珍しくお絵描きに没頭している。折角なので、ミヤマもお絵かきを始めている。アマギとミヤマの二人がいるここには5つのホワイト・ボードがある。虫には指がないので、アマギとミヤマは両手で挟んでペンを持っている。アマギはホワイト・ボード一杯に絵を描き切った。

「よっしゃー!できた!ものすごいのが完成したぞ!」アマギは大きな声を上げた。

「どれどれ?見せてくれるかい?」ミヤマはアマギの作品の方へ歩いて行きながら聞いた。

アマギが描いたホワイト・ボードにはただ真ん丸を描いただけのお月様や太陽などが描かれていた。それさえも線が曲がっていたので、ミヤマにはそれが月やら太陽やらが書かれているということを認知するのにも時間がかかった。ミヤマは段々と笑えてきてしまった。

「はっはっは、これは絵じゃなくて図じゃないか!ただの円さえも手がぶるぶる震えているな?全く以ってレベルの低い絵だ。さてはアマには絵心というものがないんだな?」

「なんだよ!それじゃあ、ミヤは一体どんなすばらしい絵を描いたんだよ!」アマギは言った。

「見るかい?いやー!見て驚かないでくれよ。おれのアーティストとしての才能はどうやら開花したみたいなんだよ。おれもこんな調子ならアリサさんにアーティストとしてスカウトされるかもな。これがおれの力作・大作・超傑作だ!そら!とくとご覧あれ!」ミヤマはそう言うとアマギをボードの前に導いた。そこには戯画カリカチュアと言っても差し支えがなさそうなものが書かれていた。棒人間・棒虫・棒馬が賑やかに描かれていたのである。ミヤマが言うには魔人も描かれているのだが、それはゾンビにしか見えないものまである。素材がむずかし過ぎるので、魔人を描こうとしたのはチョイス・ミスだったのかもしれない。

「あはは、なんだよ!これ!おれと五十歩百歩じゃないか!」アマギは笑い転げている。確かにアマギの言う通りにこれではとてもミヤマが伯楽の一顧とはなりそうもない。

「ガーン!まあ、虫にはそれぞれの感性の違いによって様々な感想を持つものだからな。そういうこともあるわな。それよりもさっきから気になっていたんだけど、これは何だい?」ミヤマはそう言うと再びアマギの描いたボードの前に移動した。ミヤマはアマギのボードの右端にあるものを指さした。そこにはぐねぐねした太い棒の上にアフロのようなものが書かれている。

「えー!これを見て何かわからないのかー?」アマギは驚いてしまった。

「強いて言えば、木かな?」ミヤマは真面目に考えた末にようやく答えを導き出した。

「うん。そうなんだよ。『幻想の地』にはこんな木もあるだろう?」アマギは聞いた。

「あるかもしれないけど、おれにはこれが故意じゃなくて手がぶるぶる震えていただけにしか見えないんだけど・・・・他の絵との関連もあるし」ミヤマは完全に白けてしまっている。

「あはは、まあ、何でもいいよ」アマギは笑いながら雲烟過眼に言った。『芸術の地』でわかったことと言えば、アマギとミヤマには絵の才能がないということである。

一生懸命なアマギとミヤマをバカにしてしまってはいけない。努力すればよくなること・努力しても結果が才能に左右されてしまうこと・人や虫にはそういうこともあるから、才能がある人は才能のない人を見下さないように注意しないといけないのである。アマギは戦闘力が高いくてミヤマは他人を笑わせることに長けているので、二人は才能のありとなしについて若くしてそれなりの正しい考え方は持っているのである。


 アリサはアマギとミヤマの二人が絵を描いている頃にテンリとシナノに対して『ワースト・シチュエーション』事件の顛末を話してくれていた。テンリとシナノはそれを聞くと一様に驚いた。

 テンリとシナノの二匹はお世話になった副看守長のレンダイの身を心配したが、アリサはレンダイの命に別状はないという事実を口にした。この事件で負傷者は数多く出たが、死亡するものは幸いにもゼロだったのである。革命軍は残虐だが、無意味な殺戮をする程に愚かではなかったという訳である。

左遷させられたり、辞職したりすることはなくてケガが治って体調も回復したならば、看守長のシラキと副看守長のレンダイはまた職務に戻る予定になっている。

テンリとシナノの二人は『ワースト・シチュエーション』の話が一段落すると数々の建造物を見て圧倒されていた。『芸術の地』には大工によって塔や橋が作り出されているのである。

「ここでは船も作られているのよ。船がなかったら海賊はやっていけないから、ここの船大工は特に『西の海賊』達とも懇意にしているのよ」アリサは歩きながら説明をした。

「え?『西の海賊』?」シナノは聞き返した。アリサはそれを受けて続けた。

「そうよ。サイジョウとアスカとクスキとクーとソーという名前だけでも聞いたことはない?」

「聞いたことはあるよ。ぼく達は実際に会ったこともあるよ。あの格好のいい船はここで作られていたんだね?『芸術の地』はすごいんだね?」テンリはすっかりと感心している。

「そう言ってもらえると船大工さんも喜んでくれそうね?ここではぶきっちょな虫さんでも大工に弟子入りができるのよ。人間は報酬をもらって働くそうだけど、ここで働く虫さんはそうじゃない。ここでは上司と部下の関係もないの。やりたい虫がボランティア感覚でやる。もしも、飽きちゃったら止めてもいい。中には大工の仕事に対して情熱を燃やしている虫さんもいるけどね。だけど、それはかなりレアなケースなのよ」アリサは幾分か得意げになって話をしている。シナノは畏まって話を聞いている。

「のびのびしているのはよさそうだね?」テンリは相槌を打った。アリサは話を続けた。

「そうね。人間みたいにして仕事を辞めたからって生活の心配をすることはないものね?『芸術の地』でも大工さんがいなくなったら折角の技術が伝えられなくなる。そうならないためにもここではどんな虫さんでも受け入れているの。はみ出し者を作らない。ちょっと素敵でしょう?」

「そうだね?これならやってみようかなっていう虫さんもたくさんきそうだね?最近の忍者教室には虫さんが来ないって言っていたけど、ここではそんなことはないの?」テンリは聞いた。

「ええ。幸いなことにもね。遠路を遥々とたくさんの虫さんが毎年この地にやってきてくれるのよ。強いて言えば、女性が少ないっていうのが少し問題視されているんだけどね。やることは力仕事だけじゃないし、無理は言わないから、本当は女性も大歓迎なのにね。そうだ。あなたはどう?興味は少し沸いた?」アリサによって話を振られるとシナノは答え(アンサー)を返した。

「ええ。私は気が向いたらきてみたい。見学だけでもいいのかしら?」

「ええ。もちろんよ。よかったら今も少し見せてもらう?」アリサは提案した。

「やったー!そうさせてもらおうよ!ナノちゃん」テンリは興奮気味になって聞いた。

「ええ。そうさせてもらいましょう。楽しみね?」シナノは快諾をした。

テンリとシナノはアリサの先導によって少し寄り道をして船の造船所を訪れることになった。親切なアリサは施設の説明も買って出てくれた。造船所は物々しくて素人のテンリにはよくわからないものだらけだったが、そのスケールと独特の格好よさは同伴のシナノと一緒に十分に味わうことができた。造船所にやってくる時は気軽でも実際に作業に入ったら皆が真剣な顔になって船作りに勤しむ虫が多い。冷やかしでこの『芸術の地』にやってくる虫はおよそ皆無なのである。


 今もアマギはお絵かきをしていた。しかし、描いているものは四角・三角・ひし形・台形といったものでミヤマの言う通りにこれは絵ではなくて単なる図である。

ミヤマも絵を描いているが、いい加減に自分には絵の才能がないと思い始めていた。アマギもミヤマもぐだぐだになってきた辺りでアマギとミヤマの近くからギターの音色が聞こえてきた。

体長が90ミリ程の大柄なオスのスマトラオオヒラタクワガタはギターを体にかけてアマギとミヤマの二人のところにやってきた。センダイという名の彼はギターの音に合わせて言った。

「ボンジュ~ル!アミ~ゴ~!おれの名はセンダ~イ!遊び人・道楽者・放蕩者というこれらの全てはおれのことを指す言葉なので~す!よろしくで~す!」センダイはすでに乗り乗りである。

「おれはアマギだ!よろしく!それにしても楽しげだなー!ギターをもっと弾いてくれ!」

「OKで~す!みんな、楽しく行きましょう~ね!」センダイはギターをかき鳴らしている。

「おれはミヤマだ!そうだ!楽しく行こう!」ミヤマはギターの音色に合わせてダンスを踊り始めた。

「本当に楽しくなってきた!やれやれ!もっとやれー!」アマギは囃し立てた。

この場のボルテージは上がってきている。アマギとミヤマもそうだが、センダイのフレンドリーさも一級品なのである。センダイは自作の曲を終えるとミヤマのダンスを見て最後に言った。

「ん~!トレビア~ン!最高で~す。これからアマギさ~んとミヤマさ~んをモデルにして絵を描いてもいいで~すか?」センダイはホワイト・ボードを指して聞いた。

「うん。いいぞ!格好よく描いてくれ!」アマギがそう言うとミヤマも同意した。センダイはさらさらと絵を描き始めた。センダイがデッサンを描き終えるとアマギとミヤマは唖然とした。センダイの絵は写真のようにうまかったのである。アマギは絵を前にして感嘆の声を上げた。

「すげー!そっくりだ!どっからどう見てもおれとミヤだ!センダイくんはすごいなー!」

「確かにさすがのおれでもこれには敵わないな。センダイくんはひょっとして甲虫王国きってのジーニアスなのかい?」ミヤマが聞くとセンダイは調子のいい返事を返してきた。

「そこまで行くかはわかりませんが、ミヤマさ~んの評価はすごくうれしいもので~す。自分で言うのもなんですが、遊びに関してだけならおれはかなり多才なので~す」

「もっと何かやってくれ!音楽・絵画ときたら次は何だ?」アマギは乗り乗りで聞いた。

「OKで~す。お次は演劇をお見せしましょう!」センダイはきっぱりと決断を下した。

 劇と言えば『劇団の地』でも行われているが、センダイは芸術として自分のできるレパートリーの中に含めている。センダイはちゃんと『劇団の地』に視察も行ったのである。

テンリの作ったシマちゃんの話でもそうだったが、架空の話は好きな方なので、アマギとミヤマの二人もセンダイのやってくれる劇もすごく楽しみにしている。センダイは一人で何役もこなして劇を開始した。センダイは中々の役者である。題目は『アルマジロ夫妻の災難』である。以下はその大まかな概略である。


 この話は動物が擬人化されて恰も人間のようにして生活を送っている。動物はしゃべることもできてしまうのである。アルマジロ宅において盗難事件が発生した。盗まれたものはゴールドとシルバーの置物が一つずつである。レッサーパンダ警部は現場に足を踏み入れた。

レッサーパンダ警部は一通り現場を見て回ると最後に犯人が侵入したと思われる窓ガラスの前までやってきた。そこは置物が盗まれた場所とはずいぶんと離れていた。そこでは窓ガラスが粉々に割れていて下にはハンマーが落ちている。レッサーパンダ警部は独り言を呟いた。

「うむ。犯人はここからハンマーで窓を破って侵入した訳だな?しかし、妙だな。行きの足跡はあるが、帰りの足跡がない。ということは帰りはどこか他の場所から逃走したということか?」レッサーパンダ警部が眉間に皺を寄せているとピグミーマーモセット巡査はこちらにやって来た。

「レッサー警部!お疲れさまです!現場はもうご覧になられましたか?」ピグミー巡査は聞いた。

「うむ。ピグミー巡査よ。犯人はこの窓ガラスから入って帰りはどこか他の場所から逃げたのかな?」

「そのようです。アルマジロのご夫妻が返ってきたら玄関のドアの鍵が開いていたそうです。しかし、ドアの前には番犬の代わりに大きなピューマを飼っているのです。もしも、犯人が玄関から出たのならただではすまなかったでしょう。命からがら逃げおおせてもボロボロのはずです」

「うむ。この事件の経過を教えてくれるか?」レッサーパンダ警部は聞いた。

「はい。盗まれたものはアルマジロの旦那さんが奥さんにせびられて先月に購入した物です。ここだけの話ですが、アルマジロの奥さんはどうやら豪華な暮らしが好きで浪費家なんだそうです。旦那さんの方はそれで呆れてしまっているようです」ピグミー巡査は声を潜めた。

「うむ。それは旦那さんも大変そうだな?」レッサーパンダ警部は同情をした。

「はい。全くその通りです。隣の家には人間が住んでいるそうなんですが・・・・」ピグミーマーモセット巡査は割られた窓ガラスの向かいの家を指さして説明をした。

「うむ。それでは人間がガラスの割れた音を聞いているかもしれないな?」レッサー警部は口を挟んだ。

「そうなんです。彼は・・・・失礼しました。向かいに住んでいる人間は現在無職の男性なんです。その彼は窓ガラスが割れる『ガシャーン!』といった音を聞いてそれまではうたた寝をしていたそうなんですが、それで目を覚まして垣根越しにこちらを覗き込んだそうなんです。彼は慌てて通報をしに行ったそうです。ここが興味深い点なのですが、その彼は電話を取りに行く前には置物はまだそこにあったというんです。彼の言うことを信じるのならば、通報をしに行っている間に置物は盗まれたということになります」ピグミーマーモセット巡査は難しい顔をした。現場では未だに鑑識が動き回っている。

「うむ。犯人は中々の早業師だな?ピグミー巡査は『彼の言うことを信じるならば』と言ったな?それには何かの理由でもあるのか?」レッサーパンダ警部は問いかけた。

「こういう偏見はいけませんが、人間の彼は前科者なんです。彼にはどうやら盗癖があるようでその上にお金に困ってもいるので、万引きの常習犯だったそうなんです。ただし、今はずいぶんと大人しくしているようです」ピグミーマーモセット巡査は中立な立場になって言った。

「うむ。目撃者はいなかったのか?」レッサーパンダ警部は再び聞いた。

「犯行があってから間もなくしてこの家からカッコウが逃げ出してくるのを見たというコモンリスザルがいます。そのコモンリスザルは人間の家を訪ねていたのですが、帰り道を歩いていて忘れ物をしたのを思い出したので、取りに戻ってみたらたまたま不審人物カッコウを見かけたという訳です。今のところ一番に怪しいのはカッコウですね?」ピグミーマーモセット巡査は見解を述べた。

「うむ。そのカッコウは余所の動物の家から出てきた理由をどのように説明しているんだ?」

「カッコウは窓ガラスが割れているのをいいことに盗みを働こうとしていたと言っています。しかし、盗んだのは自分ではないとも言い張っています。盗もうにも置物はすでに盗まれた後だったとも証言しています。カッコウによれば、盗みに入るのは初めてで『やるぞ!』と思ってみたら気が引けてしまったそうなんです。カッコウは少し魔が差しただけだと言っています」ピグミーマーモセット巡査は言った。

「うーむ。この事件はどうもデジャ・ビュのようなものを覚えて仕方がない。何かが引っかかる」レッサーパンダ警部はそう言うと難しい顔をして考え込んでしまった。

事態は次の日に急展開を迎えた。盗まれた置物は現場の向かいに住む人間の家から発見されることになったのである。しかし、人間の男性は断固として容疑を否認している。

「よし!謎は解けたぞ!ピグミー巡査!外出の準備だ!この事件は模倣犯によるものだったんだ!犯人を捕まえに行くぞ!」レッサーパンダ警部は知らせを警察署で聞くと閃きを覚えて声も高々に言った。

「はい!わかりました!」ピグミーマーモセット巡査は忠実に上司の後を追った。

 レッサーパンダ警部とピグミーマーモセット巡査の二人は真犯人の逮捕に成功した。盗まれた置物を持っていたにも関わらず人間は犯人ではなかったのである。

 事件の関係者をまとめると盗みのために被害者の家に侵入していたのがカッコウでそのカッコウを目撃したのがコモンリスザルで被害者の隣に住むのが人間といった構図である。

 レッサーパンダ警部は何をヒントにしてこの事件を解決に導いたのかと言うとアルマジロの夫妻の隣に住む人間の家から盗品が出てきたことを重要視したのである。


 劇と言うから一体どんな劇をセンダイは見せてくれるのかと思っていたらちょっとした刑事ドラマだったので、少し意外にも思ったが、ミヤマは十分に楽しみことができた。

 アマギも楽しみことができた。ただし、アマギにはレッサーパンダとピグミーマーモセットがどういう動物なのかはわからなかった。レッサーパンダ(小熊猫・ショウパンダ)とは体長が約60センチで全体としてアライグマに似ている動物である。ピグミーマーモセットとは霊長類で最小の生き物をである。ピグミーマーモセットは生活のリズムが規則正しくて樹皮に傷をつけて樹液を食べる。

 今まで飄々とたった一人で見事な劇を続けていたセンダイは劇が終わると改まってアマギとミヤマというお客さんの二人に対して次のように呼びけかけてきた。

「おれの演じる劇はこんな感じですが、事件の犯人はおわかりになりました~か?」

「え?ということはこれはおれ達が謎を解くのかい?」ミヤマは驚きを露わにした。

「はい。実はそうなんで~す。トレビア~ン!」センダイはあっけらかんと言った。

「仕方ない。せっかく劇を見せてもらったんだから、少し考えるか。うーん。ん?」ミヤマはアマギを見て不可解そうにした。アマギはすっかりと眠りの世界へと意識が飛んでしまっている。

「おい!アマ!いつから寝ているんだよ!」ミヤマはそう言うとアマギを揺り起こした。

「ん?寝てたか?いつからって?自分で答えを考えろって言われてからだよ。おれはこういうのが不得意なんだよ。ミヤが代わりに謎を解いてくれ」アマギは諦めが早いのである。

「わかったよ。犯人はアルマジロの旦那さんだ。彼は妻の浪費癖をどうにかしたかった。それで『こんなものを持っていてもいいことはないぞ!』っていう警告を示すために自作自演をした。この推理はどうだい?」ミヤマは幾分か得意げな顔になって聞いた。アマギは欠伸をしている。

「は~い。お答えをありがとうございま~す。しかし、そう考えるとおかしな点がありま~す?どうして、アルマジロの夫は盗まれた置物とは離れた場所の窓ガラスを割ったのでしょう?普通に考えれば、盗品のすぐ隣にある窓ガラスを割りたくなりま~す」センダイは反論をした。

「うむ。それもそうか」ミヤマはレッサーパンダ警部のもの真似をして頷いた。

「あてずっぽうでもいいの~で、アマギさ~んにも何かいい案はありません~か?」センダイは聞いた。センダイは暇そうにしていたアマギにも一応は話を振ってくれた。

「うーん。考えてみるか。そうだ!人間の家に盗んだものがあったのなら人間が犯人だ!よし!それで決まりだ!」アマギは快刀乱麻を断つようにして一人で勝手に決断をしている。

「しかし、警察は人間の家の家宅捜索の令状は取れないはずで~す。人間が怪しいという証拠がないからで~す。ということは人間は自分から盗品を警察に差し出したということで~す。これは些か犯人の行動としては不自然すぎま~す」センダイは理詰めで言った。

「そうか?犯人はカッコウだ!カッコウはアルマジロの家から出てきたんだし、それを否定もしてない!よし!決めた!カッコウが犯人だ!」アマギはあっさりと意見を変えた。

「いや。おれは違うと思うな。もしも、カッコウが犯人だとしたらどうやって隣の人間の家に盗んだ物を隠すんだい?人間に見つかったら一発でアウトだぞ。そんな危険を・・・・わかったぞ!犯人はカッコウを見つけたっていうコモンリスザルだ!どうだい?センダイくん」ミヤマは言った。

「トレビア~ン!正解で~す!アミ~ゴ~!ミヤ~マ!お察しの通りに登場人物の中で人間の家に入り込んで盗んだ物を人間に気づかれずに隠せるのはコモンリスザルのみで~す。コモンリスザルは人間の家に入ったことがあって侵入経路を考え出すこともできる立場にいたからで~す。コモンリスザルは尚且つ人間が在宅中だということを知り得たからで~す。コモンリスザルは窓ガラスを割った後に人間が見に来ることを予想して身を隠していたので~す。アルマジロの隣に住む人間と友達なのであれば、少しはアルマジロがどんな暮らしをしているかも知ることができま~す。コモンリスザルはどこから逃げたのかという問題もありま~す。コモンリスザルは少なくとも玄関から出たのではありませ~ん。もしも、そんなことをすれば、ピューマにボロ雑巾のようにされていたでしょう。コモンリスザルは行きも帰りも同じ場所を通って行き来をしたので~す。それでは、どうして、足跡は行きのものしかなかったのでしょう?その答えはコモンリスザルが帰りはジャンプをしたからなので~す。コモンリスザルがカッコウの住居侵入を見たのはおそらく偶然ではないでしょう。コモンリスザルは友達の家に盗んだものを返すと早々にこの場を後にしようとした。しかし、コモンリスザルはそこでカッコウの住居侵入を発見したので~す。コモンリスザルはこれを使えると考えてカッコウが出て来るまでわざわざ家の前で待っていたのでしょう。そうすれば、全ての罪をカッコウが被ってくれると考えたので~す。これが事件の一部始終なので~す。それを裏づける事実もありま~す。それはレッサーパンダ警部も言っていま~す。以前に友達の家の隣に盗みに入って一旦は盗んだ物を友達の家に隠すという犯罪が発生したことがあったので~す。レッサーパンダ警部はこれをよく覚えていたということだったので~す。コモンリスザルはそれを参考にして犯行に及んでいたので~す」センダイは長い説明を終えた。

 アマギは再びミヤマによって揺り起こされることになった。アマギにとってみれば、センダイの説明はあまりにも難しすぎて思わず眠ってしまったのである。

 普段は相当におちゃらけているが、意外と論理的に物事を捉えることができる男の子なので、ミヤマはセンダイの説明は理解できてその説明も楽しむことができた。

 ミヤマを楽しませることはできたが、アマギは眠ってしまったから、センダイはそれを反省材料として受け入れることにした。センダイは向上心のある男なのである。


 テンリとシナノの二人は造船所の見学を終えるとアリサに連れられてこの地のマスターに会うことになった。マスターというのは老年のサシマという男性である。

サシマは体長が約38ミリのラトレイユコガシラクワガタである。サシマはここ『芸術の地』において支配人ディレクターなので、芸術への想いは甲虫王国で誰にも負けてはない。

サシマの周りにはボディー・ガードを兼ねた噺家である三匹のクワガタが控えている。テンリはアリサに促されて早速サシマに対してシマちゃんのお話をした。

テンリはそれが終わると引き続いてアマギとアイラと一緒に作ったドラゴンのお話も話した。ドラゴンの話を聞くのは初めてだったので、シナノとアリサは興味深く話に聞き入った。

「ふむ。どちらも中々おもしろいものだ。シマちゃんのお話は他の虫を感化するようだし、ドラゴンのお話はサスペンスのようだ。どちらも感動的でよろしい。テンリくん。この作品にタイトルはあるのかね?」サシマはテンリの二つの話を聞き終えると感心しながら聞いた。

「ううん。タイトルはないよ。タイトルはあった方がいいのかなあ?」テンリは聞いた。

「ふむ。できれば、あった方がいいな。今すぐに考えられるかな?」サシマはやさしく聞いた。

「うん。それじゃあ、考えるよ。ナノちゃんも一緒に考えてくれる?」テンリは助けを求めた。

「ええ。もちろんよ。私でもいいのなら喜んで」シナノは笑顔で言った。悩んだ末にシマちゃんの話は『ガラスの心』・ドラゴンの話は『千載一遇のチャンス』ということで決定した。

前者はテンリで後者はシナノが考案をした。虫の心は時によってとても脆いものでもあるから『氷の心』と『ガラスの心』とで迷ったのだが、別に冷たいものではないので、テンリは『ガラスの心』をチョイスしたのである。とにもかくにもこの二作品はそのような題名で登録された。と言ってもパソコンや原稿用紙に書き込んだ訳ではなくてサシマのそばにいた三匹の虫が頭の中に記憶したのである。

これからはその噺家の三匹が色々な所でテンリのお話を広めて行ってくれるという訳である。その三匹は早速お話を広めるために旅に出ることになった。テンリだけはでなくて『千載一遇のチャンス』はアマギとアイラの名前も告げた上で語り継がれることになる。シナノは頃合いを見計らって言った。

「ここにくれば、アリサさんは詩を聞かせてもらえるって言っていたけど・・・・」

「そうだった。詩を暗記している虫さんを呼んでくるから、待っていてくれる?」アリサにそう言われるとテンリとシナノの二人は当然のことながら快諾をした。

 アリサは幾許もなく新たに三匹のクワガタを引き連れてこの場に戻ってきた。どんな時でも『芸術の地』のお客さんが楽しめるように詩を覚えている虫は待機しているのである。

 テンリは詩を聞くのなんて初めてである。確かに詩がどういうものなのかの漠然としたイメージは持っているが、これからは本物の詩を聞けるので、テンリは楽しみなのである。

シナノは以前に自分でも詩を作ったことがある。以下は例の三匹が口にした感傷的センチメンタルなポエムである。順番に表題は『夢』→『和』→『希望』である。


大きな夢を持とうよ ぼくも 君も 皆 色んな夢があるね? だけど 皆 同じ 光に満ちているね? ぼく達も 夢を追いかけて 努力をしたなら どんなにすてきな未来がぼくらを待っている?

誰が何を言ったって 君は君の道を進んで そうすれば 必ず 君の夢にも 立派な花が咲く

信じ続けていれば 君の期待に夢は きっと 応えてくれる


やさしさの温もりは皆を幸せにして 一人から 皆へ そっと伝わって行く

悲しみの涙も うれしさの涙へ やさしさは減らないし 増加しかしない

それは揺るぎのない事実だと思う そのぼくの考え 間違ってはいないはずだよね?

やさしさが世界を包んだのなら やがて 一つの和になって 緩まない

それでいて どんな人でも 受け入れてくれる


君が歩いてきた道は きっと 無駄にはならない

うれしいことも つらいことも 同じようにして続いて行く

ならば 時に うまく行かないこともあるのは当然だね?

だって 虫は 皆 完璧じゃないし ロボットでもない

もし 悲しい感情が押し寄せてきたのならば 思い出してほしい

悲しい顔も いつかは きっと 喜びに満ち溢れる

だって 世界は闇だけじゃない 光は君を包む 幸福になってゆく


 テンリとシナノは以上のポエムを聞いてしみじみとした風情を味わった。どれもやさしさのある詩だったので、やさしい性格のテンリにとってはよく共感することができた。テンリとシナノの二匹には驚くことがあった。最初の『夢』という作品を作ったのはカリーだったのである。カリーは月下推敲をして詩文を作ったのである。夢を題材にするなんて自分自身が大スターを目指しているので、カリーらしいと言えば、カリーらしい作品である。アリサに呼ばれて詩を口にしてくれた三匹の虫達は元いたところに帰って行った。テンリとシナノはその時に十分に感謝の気持ちを伝えることを忘れなかった。

「カリーくんって体の色が綺麗なオスのタマムシくんのことなの?」テンリは確認をした。

「お知り合いなの?その通りよ。彼はここでファンを募集していたの」アリサは答えた。

「それなら間違いないね?あのカリーくんなのか。カリーくんはすごいね?」テンリは賞賛をした。

「本当ね?実はカリーくんってシックな感性を持っているのね?」シナノは言った。

「彼も確かにそれなりに魅力的だけど、私としてはアメーバさんの方がいいかな」アリサは不可解な言葉を口にした。テンリとシナノの二匹はアリサの話によってアリサの意外な一面を知ることになった。

アリサは気持ちの悪いものオタクだったのである。アリサはニュウドウカジカやアホロヤテトカゲが大好きなのである。シナノは恍惚エクスタシーの状態のアリサからそれがどんなものかを聞くと思わず仰け反ってしまった。ニュウドウカジカとは体長およそ60センチの深海魚で、筋肉がとても少なくて水よりも密度が少ないゼラチン状の物質で体が構成されている生き物のことである。

 アホロヤテトカゲとはトカゲなのに前足のあるミミズみたいな生き物でうねうねと動いてピンク色をしている。どちらも気味が悪いことは請け合いである。

「ふむ。とにかく二人にも楽しんでもらえてよかったよ。しかし、プロの詩人が作った訳ではないので、出来不出来には目をつぶっておくんなせえ。重要なのは誰がどのようにして物事を感じて捉えているかということなのですからな」サシマがそう言うとアリサは話を引き継いだ。

「ここ『芸術の地』ではどれが最も優れているのかといった争いはしないのよ。どんな作品にもケチをつけたがる虫さんはいるけど、作品の一つ一つには制作者の努力と想いが籠っているでしょう?私達はそれを大事に尊重しているの。どの作品が頂点に立っているか?なんていう議論はこの地ではあえてしないの。『芸術の地』ではあくまでも楽しむことが第一の目的だからね」

「そうなんだ。それはいいね?ぼくも争いは嫌いだから、ここのルールは気に入ったよ。どんな虫さんにも必ず固有の輝きがあるのと同じでどんな作品にも煌めくものはあるものね?」テンリは言った。

「テンちゃんは中々いいこと言う。もしかしたらそういう想いで物語を考えているから、テンちゃんはやさしさの滲み出た作品が作れるのかもしれない」シナノは思慮深く言った。

「そうかなあ?だけど、褒めてくれてありがとう」テンリは謙虚にお礼を言った。

 テンリの考えた『ガラスの心』は甲虫王国の色んな所で伝わって行くことになるが、今のシナノのようにして、褒めてもらえるならば、発表をしたかいがあったなと、テンリは思った。

 人間界には批評家というものもいるが、やはり、一生懸命に作った作品は誰でも褒めてもらいたいものなのでけなすことだけではなくて他人の作品のいい所は見つけてあげるべきなのである。

 自分が他人よりも優れた作品を作れるからと言って他人の作品を見下してばかりいるのではなくて謙虚な心を持ってこそ自分の作品の評価もしてもらえるようになるのである。


アマギとミヤマの二人はテンリとシナノに追いつくために歩いていた。二人に絵の才能は結局なさそうだったが、アマギとミヤマは十分にお絵かきタイムを楽しむことができた。

センダイはアマギとミヤマの追いかけている二匹がマスター・サシマの所にいるということを聞くと親切にもサシマのいる所へと誘導してくれると申し出てくれた。

今はセンダイが先頭に立って案内をしてくれている。センダイはギターをホワイト・ボードのあった所に置いてきている。ギターはセンダイの所有物ではないので、他の虫がギターを使えるように配慮して置いてきたのである。アマギは今までの事柄を思い出して話を切り出した。

「それにしてもセンダイくんは多才なんだな?遊び人を自認することだけはあるよ」

「ありがとうございま~す。おれは『芸術の地』においてマスター・サシマからも認められて天然記念物みたいなものなので~す。しかし、おれはマスターに認められたからといってこの地の王者になったとは自惚れるようなことはしませ~ん。この地ではスポーツと違って勝ち負けを決するようなことはしないので~す」好事家ディレッタントのセンダイが言葉を切るとアマギは合いの手を入れた。

「ふーん。そうなのか?この地はよさそうなところだな?おれはここが・・・・」

「伏せろ!殺されます~よ!」センダイは行き成り大きな声で注意を促した。ミヤマは『え?何?何?』と言って混乱している。アマギの方は真面目な顔になって身構えている。

「というのは冗談で~す」センダイは晴れやかな笑顔を浮かべながら言った。

「って、冗談かよ!センダイくんの冗談は何の前触れもないから、びびっちゃうよ。せっかくの仄々とした雰囲気も壊れちゃったよ」ミヤマは今ので草臥れてしまったようである。

「すみませ~ん。おれは何分にも遊び人なので~す。おれは最近『玩具の地』へも行き来をしているので、そちらの方でも会えたらよろしくお願いしま~す」センダイは言った。

「よし!わかったよ。そこでもセンダイくんと会えるといいな?それにしても『玩具の地』か。おれも聞いたことはあるけど、そこはここからどのくらい離れているんだい?」ミヤマは問いかけた。

「今歩いている方向のすぐ先で~す。『芸術の地』と『玩具の地』は隣接しているので~す」

「そうなのか?それは楽しみだな?アルコイリスへの通過点だ」アマギは明るく言った。

「トレビア~ン!アマギさ~んとミヤマさ~んはアルコイリスを目指しているので~すか?大変にすばらしいことで~す」やさしい性格の持ち主であるセンダイは手放しで褒めてくれた。

 その後もセンダイを先頭にした三匹が歩いて行くと虫にとっては大きな全長一メートル程の橋が見えてきた。アマギはその橋の尊く厳かな様を見て思わず声を上げた。

「すげー!橋だ!おれは橋なんて初めて見たよ。これはかなり頑丈そうだな?」

「どちらが頑丈なのかをアマギさ~んは勝負してみま~すか?力の差は歴然としているはずで~す。この橋は何と言ってもゾウが乗っても大丈夫なので~す」センダイは自信ありげにして言った。

「そうなのかい?それは確かにすごいことだな」ミヤマはすっかりと感心している。

「というのはオーバーなので~すが」センダイは戯けた素振りを見せた。

「そうなのかい?今のも冗談だったのかい?思わず信じちゃったよ。だけど、これはそれを信じたくなる程に立派だな?思ったんだけど、この橋は別に水路の上に架けられているっていう訳でもないけど、意味は何かあるのかい?」ミヤマは実用的な観点から質問をした。

「答えはイエスで~す。これは建造物として見て楽しむだけのものなので~す。しかし、幾つかは実用化されているものもあるので~す。中には全長が5メートル程のものもあって100年近く使い古されているものもあるので~す。甲虫王国史上で最強の橋として『イターナル・ブリッジ』というその橋は『動物の地』に作られているので~す」センダイをは説明をしてくれた。

「ふーん。そうなのか?」アマギはあんまり興味がなさそうにして気のない返事をしている。しかし、それならば、アマギはペリカンのキヨセもその橋を使ったことがあるのかなとぼんやりと考えた。

 アマギとミヤマの二人は引き続いてナビゲーターのセンダイに案内されて造船所へとやってきた。すっかりと社会科見学の状態である。センダイはバス・ガールのようにして得意気に説明をしてくれた。

「見ての通りにここでは船が作られていま~す。ここで作られるものは基本的に王国から海賊行為を認められたクルーへ贈与されま~す。贈与というからにはロハで~す」

「そうなのかい?中々の太っ腹だな?国に海賊行為を認められていない海賊も船を持っているけど、それはどういうことなんだい?」ミヤマは疑問を呈した。センダイは答えた。

「それには厄介な理由がありま~す。ゼリーのような甘いエサに釣られて『無法の地』において専属の船大工としてここで技術を培った幾らかの虫さんがサポートしてしまうからなので~す。最も利用したい者には利用させてやるという男気から無償で作ってしまうものもいま~す。ただし、艦隊を組める程の数はないはずで~す。しかし、今のファルコン海賊団は壊滅状態に追いやられているので、最近は一般人が襲撃される心配をする必要はないので~す」センダイの口調は気楽なものである。

「それもそうだな」アマギは軽く受け流した。その辺の事情は重々承知しているからである。おしゃべりなミヤマはセンダイに対して『オープニングの戦い』に自分も参戦したことを打ち明け出した。それを聞かされたセンダイは大いにびっくりした。ミヤマは別に自慢をしたかったからではなくてただ単に口が滑っただけだったのだが、センダイは『シャイニング』のことを大いに褒めてくれたので、アマギとミヤマも悪い気はしなかった。アマギとミヤマは『芸術の地』において橋や造船所を見学できてすっかりと満足している。ミヤマは特に13歳にして社会勉強をすることが大好きなのである。


芸術は長くも人生は短しという言葉がある。虫の一生は短くとも優れた芸術作品は作者の死後にいつまでも残るという意味である。サシマはそう言ってテンリの業績を褒め称えてくれた。テンリもサシマの話を誠実に謹聴している。テンリは一杯『芸術の地』で勉強ができている。

上述の通りにすでに詩を歌ってくれた三匹はここにはいない。ここにはテンリとシナノの二匹の他にはマスター・サシマとアリサの二人がいるだけである。サシマの話が一段落ついた頃にアマギとミヤマとセンダイの三匹はこの場に到着した。センダイはテンリとシナノに対して速やかに自己紹介をしてもう一度だけ演劇をやって見せてくれた。謎解きはシナノがやってのけた。シナノによる推理の組み立てはとても見事なものだった。人間に換算すれば、シナノは12歳の才女なのである。

「トレビア~ン!シナノさ~んはミヤマさ~んに負けず劣らずに頭がいいで~す。驚きまし~た」センダイはシナノによる圧巻の推理力を目の当たりにしてとても愉快そうである。

「アマくんは他にも一杯いいところがあるから、いじけなくても大丈夫だよ」テンリは慰めてあげた。『芸術の地』において良い所なしのアマギはいじけてひっくり返ってしまっていたのである。

「ありがとう。テンちゃん」アマギは少し持ち直した。テンリとアマギは仲良しコンビである。

「センダイくん。悪いが、ゆっくりでいいので、ギターを取ってきてくれるかね?センダイくんのギターの演奏を聴きたいという家族連れが三組もきているんだよ。お披露目してくれるかね?」サシマは忘れてはいけない事情を口にした。センダイは『芸術の地』の人気者なのである。

「もちろんで~す!それではギターを取ってきましょう。アミ~ゴ!アミ~!また会いましょう!おれは皆さんと会えてうれしかったで~す!」センダイは鷹揚な仕草で言った。『アミーゴ』とは男性の友達を指して『アミ』とは異性の友達のことを指すのである。

「うん。またな。忙しそうだけど、体を壊さないように気をつけてな」アマギは返事をした。マスター・サシマはセンダイが去ってしまうと慌ただしく行動に移ることにした。

「私もお客さんのところへ行かねばなるまい。テンリくんと他の皆もこの地を今後ともどうぞよろしく頼みます。気が向いたらまた遊びにきて下さい。私達はいつでも大歓迎をします。それでは私も失礼しよう」サシマはそう言うと仕事場へと行ってしまった。

「よし!それじゃあ、おれ達も出発するか!」ミヤマは景気よく宣告した。

「テンリくんだけじゃなくて皆は何か芸術作品を創造したら是非ともここに足を運んでね?」アリサは口を挟んだ。『芸術の地』にリピーターを呼び込むのもアリサの仕事の一つなのである。

「そういえば、ミヤが・・・・」アマギには皆まで言わせずにミヤマは口を挟んだ。

「わー!さあ!行こうではないか!諸君!あの夕陽に向かってレッツ・ゴー!」ミヤマはそう言うと先発で出発してしまった。アリサは呆然としてしまっている。

「あはは、まあ、あれは無視しちゃっていいぞ!アリサさん」アマギは笑いながら言った。

「アリサさん。ぼくのお世話をしてくれてありがとう」テンリは律儀にお礼を言った。

「いいえ。どういたしまして」アリサはやさしい笑みを浮かべた。

「アルコイリスを目指しているので、私達は行きます」シナノは言った。

「ええ。気をつけてね?さようなら」アリサにそう言われるとシナノも仲間の後を追いかけた。新たな旅の幕開けである。アマギはシナノが追いつくとこんな話をしていた。

「そうなんだよ。ミヤの描いた絵はすごいんだよ。あんな悪い意味で風変わりな絵は中々見られないぞ。テンちゃんとナノちゃんにも見せてあげたかったな」アマギは忍び笑いをしている。

ミヤマはこの話を聞き流してあげることにした。しかし、これはミヤマがアマギよりも年上だからというよりも絵に関していえば、ドングリの背比べなので、ミヤマは反論できないだけである。

「テンちゃんとナノちゃんは詩を聞けたのかい?」ミヤマは話題を変えた。

「ええ。すごく素敵な詩を聞かせてもらった。それにカリーくんの詩もあったの」シナノはそう言うと思い出せる限りの範囲でカリーの詩をアマギとミヤマにも聞かせてあげることにした。

 テンリはそれを終えるとアマギとミヤマの二人に対して忘れてはいけない重要な告白をした。テンリは『ワースト・シチュエーション』事件について話をしたのである。

話を聞いたアマギとミヤマの二匹もレンダイのことを気使ったが、アマギはその上で自分達も気を引き締めようと主張した。これには他の三匹も目から鱗が落ちる思いで賛同した。

革命軍に余裕ができれば『アブスタクル』と呼ばれているテンリ達に刺客を送ってくる可能性も十分に考えられるからである。こんな調子でテンリ達の旅は続いて行った。


次の話はテンリ達の一行が『芸術の地』を5日かけて通り抜けて『玩具の地』に足を踏み入れてからのものである。その間には幸いにも革命軍から刺客が送られてくることはなかった。テンリ達は驚嘆することになった。テンリ達は再びあの男と邂逅することになったのである。それは道楽ディレッタンディズムの男のセンダイである。センダイはここ『玩具の地』の入り口において粘土をこねこねしてテンリ達を待ち構えていたのである。センダイは『シャイニング』の4匹のことを割と気に入っている。

「トレビア~ン!ボンジュ~ル!アミ~ゴ~!アミ~!」センダイは乗り乗りである。

「おお!また会ったな!センダイくん。おれ達は別に寄り道をしていた訳でもないのにセンダイくんはどうしておれ達より早くここに到着しているんだ?」アマギは当然の疑問を口にした。

「そもそも『芸術の地』と『玩具の地』では密接に関連する事柄があるので、この二つの場所には『サークル・ワープ』で繋がれているので~す。おれはあそこからワープしてきた訳なので~す。しかし、皆さんはアルコイリスを目指しているようなので、歩いた方がいいのかと思ってそのことを隠していたので~す。もしかしてダメでした~か?」センダイは明るく問いかけた。

「いや。そんなことはないよ」ミヤマは答えた。センダイは話を続けた。

「それではこの先を行くとラジコン・カーがあるのですが、予定はどうします~か?」

「よし!決めた!そこに行こう!」アマギはそう言うと飛んで行ってしまった。

「早い!おれ達の意見は一切も聞かないのかよ!」ミヤマはつっこみを入れた。

「いいよ。ミヤくん。ぼくもラジコンが見てみたいよ」テンリは穏やかである。

「そうかい?それならおれ達も行こう!」ミヤマはそう言うと飛んで行ってしまった。

「おれは粘土を捏ねる遊びを教えたかったのです~が」センダイは細々と言った。

「それなら私が教えてもらってもいいかしら?」シナノは申し出た。

「OKで~す!喜んでエスコートしましょう!」センダイは理解を得られてうれしそうである。

「ぼくも行ってきてもいい?ナノちゃん」ミヤマはすでに先に行ってしまったが、かろうじて今の話を聞いていたので、テンリは急いでこちらに戻ってくると一応の確認を取った。

「ええ。もちろん。私は大丈夫よ。心配しないで」シナノは理解を示した。

「それじゃあ、センダイくん。ナノちゃんをよろしくね?」飛行中のテンリは言った。

「任せて下さ~い。シナノさ~んは死んでもお守り致しま~す」センダイからオーバーにそう言われるとテンリも安心してアマギとミヤマの後を追いかけることにした。

 センダイが『シャイニング』を好いているようにしてテンリの方もセンダイのことを信頼している。短い付き合いでもテンリは虫の性格を正確に捉えることのできる能力を持っているのである。


ラジコン・カーは沢にいるベイという名のゲンゴロウに管理されている。ベイの体は扁平な楕円形で緑色の光沢を帯びた黒色をしている。また、ゲンゴロウの幼虫は鋭い牙を持っている。

沢は沼と同じくらいの大きさだが、泥水はそれ程にはない水溜まりである。ベイというオスのゲンゴロウの前にはラジコン・カーがずらりと並んでいるので、アマギも当然ここにやってきた。

テンリとミヤマはもちろんだが、無知なアマギでもラジコン・カーがどんなものなのかは聞いたことがあった。アマギは遊びに関してだけは知識がある。

「なあ!おじちゃん!このラジコンで遊んでもいいのか?」アマギはむっつりとしたベイに対して話しかけた。アマギはいつもの通りに物怖じをしてはいない。ベイは返答をした。

「ああ。しかし、注意事項がいくつかある。使用するのはそちだけかね?」

「いや。他にもいるぞ」アマギがそう言うとミヤマとテンリもやってきた。

テンリはシナノがいない理由を述べておいた。センダイなら信用できるという意見でアマギとミヤマも合意した。ベイは気を取り直して自己紹介を終えると三匹に対して訓示を垂れた。

「遠くに行きすぎないこと・乱暴に扱わないこと・コントロールは慎重に行うこと・これは遊びではないということをきちんと守って節制して使用して頂くとありがたい」

「最初の三つは理解できたけど、4つ目は何なんだ?これは遊びじゃないのか?」アマギは当然の疑問を口にした。テンリとミヤマの二匹も同じく不思議そうな顔をしている。

「いかん。いかん。私はどうも硬派でいけないな。前言を撤回しよう。これはもちろん遊びだから、十分に楽しんでくれたまえ。『玩具の地』は楽しんでなんぼだ。私からは以上だ。操作は簡単なので、ここにある物はご自由に使ってくれて構わない」ベイは事務的な口調で言った。

「わーい!ありがとう!どれで遊ぼうか?」テンリが聞くとアマギにはすでに目をつけていた物があった。アマギは一直線に戦車の方へと歩き出した。

「よし!まずはこれで遊ぼう!」アマギは決断をした。ミヤマはコントローラーを手にした。ラジコン・カーは人間界と同じくらいの大きさだが、コントローラーは昆虫用に超ミニ・サイズになっている。ミヤマは戦車を指導した。アマギは戦車の上に乗っていて楽しそうである。

「おお!これはいいな!テンちゃんもここに来るといいよ!」アマギによってそう言われるとテンリは自分も戦車の上に飛んで行った。ラジコンの操作は相変もわらずにミヤマがしている。

「本当だね?これはアマル号といい勝負だね?」テンリは感想を述べた。

「あはは、おれに気を使わなくてもいいよ。こっちの方が断然に乗り心地はいいよ。だけど、これは少しのろのろしすぎているな?もっとスピーディーなものはないのかな?」アマギは聞いた。

「もっとスリルを楽しみたいのならスポーツ・カーに乗るといい。あちらにはカラー・コーンもあるので、それをうまく避けて走行させるのも中々おもしろいものだ」ベイは助言をした。

 テンリ達の三匹は戦車を使って遊び終えると続いてベイの助言の通りにすることに決めた。特にリスキーなことが大好きなアマギはとてもそれを楽しみにしている。ラジコンのバリエーションとして他にはヘリコプターもそこでは見受けられた。これらはどれも節足帝国において製造されたものである。

 その後のテンリ達の三匹はベイのいた所から随分と離れてカラー・コーンのある場所までやってきた。ここに来る途中までにラジコンの滑らかな走りを見てアマギには思うことがあった。

「これに乗ってアルコイリスまで行けたらいいのにな?」アマギは発案をした。

「本当だね?」テンリはそう言ったが、ミヤマは一応の反対意見を出してみた。

「いや。センダイくんがあえておれ達にワープできるっていうことを教えなかったみたいにして自分の足で歩いてゴールに着いた方が達成感はあるんじゃないのかい?」

「一理あるな。ミヤは一時だけ歩くのが面倒でおれの引っ張っているふとんに居座って楽しようとしていたけれど、何か考え方が変わったな?」アマギは中々鋭い指摘をした。

「旅の醍醐味は変わり行く景色を眺めて足をフル活動するっていうことにあるんだって最近になって気づいたんだよ。大した成長だろう?」ミヤマはいかにも得意げな顔をしながら答えた。

「うん。そうだね?ミヤくんは偉いね?」テンリは褒め称えた。

「自画自賛する所は従来のミヤらしいけどな」アマギは少しドライである。

 雑談を終えるとテンリ→アマギ→ミヤマの順で10個のカラー・コーンを避けてスポーツ・カーをじぐざぐと走らせることにした。一回目の挑戦でテンリとミヤマは3個のカラー・コーンを倒しただけだったが、アマギが倒したカラー・コーンの数はコンプリートに近かった。

 それから少しするとテンリが車に乗ってミヤマが操縦をしていると事件は起きた。悪い方のイベントである。アマギという名のトラブル・メーカーの存在は大きい。テンリ達の一行が段々とベイの所から離れて行くとアマギはけん玉を発見してそれを取りに行こうとした。しかし、ラジコンはその時にまさににアマギの歩いている所にアクセル全開で向かって行ってしまった。操縦士のミヤマは即座にハンドルを左に切った。

アマギへの追突は間一髪で避けられたが、これは問題のある対処法だった。今度はラジコンがラジコンを操作している張本人のミヤマの所につっこんできてしまった。

ミヤマは反射神経を駆使して右に転がって逃げた。ラジコンの上に乗っていたテンリは羽を広げて飛んで脱出したが、ラジコンは全速力で木に正面衝突してしまった。ドスーン!

「しまった!これはまずいことをやらかしちゃったぞ!」ミヤマは絶望している。

「ごめん!おれのせいだ!おれが不用意に飛び出したのが悪かった!」アマギは素直に謝った。テンリは怖々とラジコンに近づいて素早くラジコンの車体を点検すると言った。

「大丈夫だよ。ラジコンはどこも凹んでないよ。見た所は傷もついてないみたいだよ。よかったね?あれ?ミヤくんはラジコンのコントローラーをどうしたの?」

ほっとしたのも束の間である。テンリによってそう言われて初めて気づいたが、ミヤマは逃げることに必死になっていてコントローラーを投げ捨てていたのである。投げ捨てられたコントローラーはラジコンと木の間に挟まって操縦する棒が折れてぺしゃんこになってしまっていた。

「何てこった!おれ達はこれがバレたらきっとベイさんの忍法でひどい目にあわされるぞ!どうにかしてこの事実を隠匿しないと!知恵を貸してくれるかい?テンちゃん」ミヤマは問うた。

「うん。知恵を貸してあげたいけど、すでに手遅れだよ。アマくんはコントローラーを持ってベイさんに謝りに行っちゃったからね」テンリは少しばかり悲しそうにして言った。アマギはミヤマの後ろにいたので、ミヤマはそのことについて全く気づかなかったのである。

「何だって!こんな時にもアマが持っている『思い立ったが吉日』の精神が如実に出たか!アマはバカ正直だから、困るんだよ!アマは堅固な肉体を持っているからいいけど、ひ弱な肉体のおれの身にもなってもらいたいものだな。おれは忍法を食らったら一発でやられる自信があるよ」ミヤマは愚痴をしゃべった。

「ぼくもそうだけど、やっちゃったものはしょうがないよ。素直に謝ろうよ。だけど、ミヤくんの言う通りだね?ぼく達はどんな処分を受けるのかと思うと少し怖いね?ぼく達はブラック・リストに乗せられてもう二度と『玩具の地』に入れてもらえなくなっちゃうのかなあ?」テンリは不安を口にした。

「そうかもしれないけど、それならば、まだいい方だよ。テンちゃん。おれが最も恐れているのはひょっとしたら体罰かもしれないっていうことなんだよ。どうか!神のご加護を!アーメン」ミヤマはそう言うと十字を切って渋々とテンリに続いてベイの所へと向かった。

運ぶ術がないので、ラジコンは止むなくほったらかしにしておくことにした。ラジコン自体は壊れてはいないが、直るのかどうかはテンリにはさっぱりとわからなかった。

先程のミヤマはラジコンの故障を隠蔽しようとしていたが、あれの半分は冗談だったので、ベイに対して謝りに行くことは口で言う程には嫌がっているという訳ではない。

 テンリはやさしすぎるから、ミヤマの隠蔽を手伝おうとしていたが、話があのまま進んでいれば、結局の所は謝りに行くのが一番だという結論を出すつもりだったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ