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アルコイリスと七色の樹液 6章

その頃のお気楽コンビの話である。テンリとミヤマの二匹は相も変わらずに当てどはなくても谷の沿道を歩行している。しかも、この二人の朋友はかなりの仲良しである。

そのため、二本足で立って変質者を丸出し、バカを丸出しのしっちゃかめっちゃかなダンスを踊りながらミヤマが歩いていても、テンリはそれを黙認してくれている。ただし、テンリ以外には誰も見学者はいない。けっこう、長いこと、ここまで歩いて来たのだが、テンリとミヤマの二匹は一度も誰とも擦れ違うことはなかった。まだまだ、道は続いていて、谷は地平線スカイ・ラインを見受けることもできる。ダンスを終えた変質者まる出しのミヤマはテンリを自分の上に二本足で立たせて歩くことにしている。

「ミヤちゃん号の乗り心地はどうだい?」ミヤマは聞いた。

「中々いいよ。でも、重くない?」テンリはいつもの通りのやさしい気遣いを見せた。

「ああ、大丈夫!大丈夫!心配はいらないよ!」ミヤマは気楽に言った。

「あの、君達は誰だべ?」突然、前の方からカブトムシが飛んできた。

ミヤマは『うわー!』と言いながら驚いてしまってテンリ諸共に将棋倒しになった。飛んできたカブトムシはこれ以上に近寄れない程にミヤマに急接近してきたのである。ミヤマにはカブトムシの顔がどアップでミヤマの視界に入ってきたのである。ミヤマは起き上がりながら言った。

「やれやれ。よくわからないけど、ひどい目にあった。いや。それよりも、ごめん!テンちゃん!」

「ううん。大丈夫!大丈夫!」テンリは起き上がりながら言った。わかりづらいかもしれないが、テンリは先程のミヤマのセリフと引っかけたユーモラスな受け答えをしたつもりである。

ミヤマは飛んできたカブトムシの方に向き直った。今のミヤマは別に怒っている訳ではないが、そのカブトムシが怖そうな虫だったら嫌だなという考えが頭をよぎったのである。

「ん?うわー!え?うわー!」ミヤマはカブトムシを二度見すると無駄に二回も絶叫している。

「今度は何事なの?」テンリは聞いた。まったく持って落ち着きのないことである。

「君はズイくんじゃないか?」ミヤマはズバリと指摘をした。

「んだ!確かにおらはズイカクだべ!」ティティウスシロカブトは答えた。目の前に極悪非道な盗賊団のリーダーが現れたので、少し、ミヤマはパニック状態になってしまっている。ただし、そんなミヤマとてテンリを守らなければならないということは忘れていない。ミヤマは必死に気を落ち着けようとしている。

 テンリはミヤマよりも落ち着いている。テンリには一つの腹案があるから、今のところ、テンリは然程に盗賊団のリーダーであるズイカクを見ても怖がってはいない。ズイカクは多くの部下を徴募して自分達を痛めつけるのかもしれないと、少しだけだが、テンリはミヤマと同様にしてちゃんと危機感も持っている。


 リュウホウはアマギ達の三匹という敵の殲滅を狙っている。今のリュウホウは浮かび上がって『電撃のサンダーボルト』の体勢に入った。しかし、まだ、アマギはそれをじっと見つめている。『電撃のサンダーボルト』というのも破壊力は十分な大技である。『電撃のサンダーボルト』とは上から下にいる敵に向かって回転しながら突っ込むのだが、自分は敵にぶつかる直前で回避してその代りに小さな雷が相手を捕らえる。

それを食らった相手は戦闘不能になってしばらく痺れて動けなくなる。『セブン・ハート』の例に漏れることなく当たれば、しばらくは歩くこともできなくなる。早速、リュウホウはシナノに向かって『電撃のサンダーボルト』を繰り出すべく降下を始めた。しかし、標的になっているシナノは動きを取ろうとしない。

「きゃー!早く逃げなくちゃ!誰か!助けてー!」アイラは騒ぎ出してしまった。アイラはシナノが横死をしてしまうと思ってとうとうヒステリーを起こす一歩手前まで来てしまっている。

アマギはその時に動き出した。出師の時はいよいよやってきた。アマギはリュウホウに向かって『進撃のブロー』を繰り出した。ただし、アマギの繰り出した鎌風はリュウホウには直撃しなかった。アマギはわざと攻撃を外したのである。それでも、風圧を受けてシナノに対する攻撃は大きくそれることになった。アマギの鎌風はスダシイの木の表面を切り刻んだ。風圧によって志半ばで弾き飛ばされることになったリュウホウはゴロゴロと地面を転がって行った。アイラは今の出来事が信じられないと言った様子で硬直してしまっている。すでにヒステリーを起こしているようなものなので、アイラは状況を冷静に見つめられないのである。

「どうだ?おれと一戦をやる気になったか?」アマギは些か憂鬱そうにして声を張り上げた。

「ちょっ、ちょっと待ってよ!アマギくんも『セブン・ハート』の使い手だったの?早くそれを言ってよね!シナノちゃんがやられちゃうのかと思ってシナノちゃんだけじゃなくてうちの方まで息の根が止まりそうになったんだから!」アイラは少し冷静さを取り戻しながら言った。

「ごめん。そういえば、そうだったな。でも、あんまり、口にしたらいけないことになっているんだよ」アマギは言った。やはり、アマギは金科玉条さながらにして兄の言いつけを何よりも大切にしているのである。それが自分を鍛えてくれた兄に対する最低限の礼儀だと思っているからである。

「助けてくれて本当にありがとう。アマくん」シナノはお礼を言った。

「ああ、別にいいよ。それより、おれの方こそありがとうだよ。ナノちゃんはおれを信用してくれたんだからな。リュウホウはどうするんだ?まだ、ケンカをしたいのか?やるなら相手になるぞ!」アマギはそう言いながらも力強い足取りでリュウホウに近づいて行った。リュウホウは『ひょえー!ごめんなさい!ごめんなさい!』と言って拍子抜けするような反応を見せた。

命あっての物種ということをモットーにしているから、リュウホウはこのようにして生命の危機に立たされると異常な程に自己防衛をするようになる男なのである。

リュウホウはこれ以上何も惹起をしそうにないので、アイラは安堵した。アイラはそれと同時に散々自分を怖がらせたリュウホウに対して多少の怒りを覚えた。反徒の如く自分に対して牙を向けてきたリュウホウだが、アマギは大して怒っていない。リュウホウは小物だということがアマギにはわかったからである。


 ズイカクと遭遇したテンリとミヤマはというと唖然としていた。行き成りに出現したカブトムシをズイカクであるとミヤマは言い当てたもののズイカクがカブトムシと言っていいのかどうかの判別できないからである。カブトムシなので、当然、ズイカクには角がある。ズイカクはティティウスシロカブトなので、長い角の両側に元々短い角があるが、問題はクワガタにしかないはずの顎までついているということである。

しかも、ズイカクの顎は重そうなので、見た限りではとても剽悍な動きはできそうにない。ズイカクは今のところずっと黙っていて仲間を呼ぶような気配も見られない。

「ええと、色々と言いたいことがあるけど、まず、聞かせてもらえるのならば、ズイくんはカブトムシなのかい?クワガタなのかい?」ミヤマは当惑しながらも勇気を出して聞いた。

「おらはカブトムシだべ」ズイカクは言った。テンリはそれを受けると閃きを口にした。

「そうか!わかったよ!その顎は新感覚のファッションなんだ!違うかなあ?」

「うんにゃ。違うだべ。でも、そうだったらどんなにいいことか・・・・」ズイカクは言い淀んだ。

「よくわからないけど、ズイくんにも色々な訳がありそうだな?とりあえず、ストレートな質問で悪いんだけど、ズイくんは盗賊団のボスなのかい?」ミヤマは聞いた。

「んだ。おらはボスだべ」あまり、ズイカクは威厳もなくあっさりと肯定した。

「ふーん。そうなのか」ミヤマは一応納得したような素振りを見せたが、ミヤマの内心はなんとなく釈然としていなかった。盗賊団のボスと言ったらもうちょっと悪そうで堂々としているようなイメージがあったからである。しかし、どちらかと言えば、今、目の前にいるズイカクはやさしそうでおどおどとしている。

「ねえ。ズイくんって無理やりに盗賊をやらされているんでしょ?」テンリは聞いた。

「ああ、そういう可能性もあるのか。そうなのかい?」ミヤマは聞いた。

「いや。それは、その、何というか・・・・」ズイカクは口ごもってしまった。しかし、ミヤマはこの反応によってテンリの発言が図星であるということを確信することができた。

「テンちゃんは盗賊の話を聞いた時からそう疑っていたのかい?」ミヤマは聞いた。

「うん。ぼんやりとだし、ただの勘だったんだけどね」テンリは謙虚に言った。

「そうなのか。テンちゃんはすごいな」ミヤマは深く感心している。

テンリにしろ、ミヤマにしろ、まだ、わからないことはいくつもある。盗賊団のリーダであるズイカクが無理矢理に盗賊をやらされているという点は大きな謎である。

「あの、まだ、おらは何も言ってないんだけんど・・・・」また、ズイカクは言い淀んだ。

「ああ、ズイくんは別に何も心配しなくていいよ。おれとテンちゃんはズイくんの味方なんだ。もしも、問題があるなら一緒に解決しよう!」ミヤマは明るく言った。

「そうだね。ぼくはサセボおじいちゃんの知り合いでもあるんだよ。そうだった。サセボおじいちゃんは元気だよ。ぼくはそう伝えておいてねって言われていたんだよ」テンリは言った。

「じいちゃんと知り合いだべか?だから、おらの名前を知っていただな?じいちゃんは元気だべか?それはよかったべ。それなら、これを見てほしいだべ」ズイカクはそう言うと行き成り後ろ歩きを始めた。テンリとミヤマは無言でそれを見つめている。結局、それだけでズイカクの芸は終了した。

おもしろみがないという虫もいるかもしれないが、これはズイカクの特技である。しかし、ズイカクはこれを見せると得てして冷たい目で見られてしまうこともある。

だからこそ、ズイカクはこれをおもしろいと言ってくれるかどうかで信用できる虫かを判断することにしている。ようするに、リトマス試験紙みたいなものである。

「ズイくんは後ろを見てないのに上手に歩けるんだね?」テンリは言った。

「確かに後ろ歩きを芸として発表するなんて着眼点がいいな!」ミヤマは言った。

「あの、これはおもしろいだべか?」ズイカクは恐る恐るといった様子で聞いた。

「うん。中々おもしろいよ」テンリは言った。ミヤマも同意した。

「ありがとうだべ。おらはすんごくうれしいだべ」ズイカクは心底うれしそうにしている。

「それじゃあ、まず、ズイくんに顎がある理由を教えてくれるかい?」ミヤマは聞いた。

「これは強そうに見せかけるために無理やりつけられたものだべ。粘土だから、すぐに取れるけんど、取ったら怒られるんだべ」ズイカクは声を震わせて言った。テンリは深くズイカクに同情をしている。粘土は『玩具の地』という場所で手に入る。ミヤマはすっかりとズイカクに同情して言った。

「ふーん。盗賊のボスなのに怒られるなんてずいぶんとひどい話だな。ズイくんは世間では盗賊として名を知られているけど、実際はそんなことがないっていうことだろう?」

「いや。間違ってはいないだべ。おらは実際に盗みを働いているだべ。事実、君達の『魔法の地図』を盗んだのもおらだべ。でも、ここに来てもらうために樹液を垂らしたのもおらだべ」ズイカクは慎重に言った。ズイカクはテンリとミヤマなら自分を助けてくれるのではないだろうかと考えたのである。

「盗賊のグループには何匹ぐらいメンバーがいるの?」テンリは聞いた。

「ずいぶんと少数だべ。おらを入れても二匹だべ」ズイカクはもじもじしながら答えた。

「となると、そのもう一匹が諸悪の根源っていう訳だな?ああ、そういえば、おれ達はその虫と会っているんだったな。それはリュウホウっていう名前の虫かい?」ミヤマは一応の確認をした。

「んだ。その通りだべ。リュウホウくんも盗賊だべ」ズイカクは遠慮気味に答えた。

「よーし!それじゃあ、おれがリュウホウを捕まえて取っちめてやる!」ミヤマは意気込んだ。

「ミヤくんはやる気が満々だね?」テンリはマンガなら炎を出していそうなミヤマを見て言った。

「燃えてきたぜー!今、そのリュウホウはどこにいるんだい?」ミヤマは聞いた。

「カモになりそうな虫を探しに出ているはずだべ。もう、おらは盗みはやりたくないんだべ。君達はおらを助けてくれるのだべか?」ズイカクは不安そうにしながらも聞いた。

「もちろんだよ。そうそう。サセボおじいちゃんからプレゼントもあるんだよ。それじゃあ、どうしようか?リュウホウくんをここで待つ?アマくん達と合流する?」テンリは問いかけた。

「うーん。それは些か難しい問題だな。そういえば、確認しておかないといけないな。リュウホウはざっくばらんに言って戦ったら強いのかい?」ミヤマは質問をした。

「んだ。リュウホウくんはある意味では強い男だべ」ズイカクは落ち着いて言った。

「よし!それじゃあ、おれ達はアマ達と合流しよう!」ミヤマは決心した。

「あれ?ミヤくんは急に逃げ腰になったね?」テンリは鋭い指摘をした。

「バレた?いや。リュウホウは正直に言っておれだけで倒せる相手かどうかの自信がないんだよ」ミヤマは恥も外聞もなく打ち明けた。ミヤマは意外と慎重派なのである。

「ぼくもそうだよ。それじゃあ、待ち合わせ場所に行こうか!ぼく達と一緒に行けば、リュウホウくんが獲物を見つけても今日はズイくんが盗みをしなくてもよくなるからね?」テンリは明るい口調である。

しかし、ズイカクは初め谷を出るのを躊躇していた。そもそも、ズイカクは体の倍以上もある粘土の顎を他の虫にからかわれてしまったことがあったので、また、からかわれると怖いと思っていつも谷の中で暮らしていてあまり盗みを働きに行く時以外は外に出ないのである。

テンリとミヤマはズイカクに対して単純に粘土を外せばいいと言ったのだが、リュウホウに見つかったら怖いので、ズイカクは外すのを拒んでいた。テンリとミヤマの二匹は一計を案じることにして、結局は自分達も角をつけることにした。そうすれば、皆が仲間になるからである。かくして、ズイカクは外に出る決心をつけた。三匹はミラージュの木に向けてまずは谷から脱出して脱出すると大地を歩き始めた。


 リュウホウは『樹液の地』に赴任してからのことを回顧した。ここでは色んな虫を騙してきたが、ここまで追いつめられたのは初めてなので、リュウホウは少しばかり苛立っている。

 その上、今のズイカクはテンリとミヤマに対して内応しているので、事実、これから知ることになるが、それを知ったならば、リュウホウは大いに驚くことは間違いない。

それを知った時にアマギを筆頭にしたアイラとシナノ達もリュウホウの悪事を咎め立てすることは間違いない。リュウホウもついに年貢の納め時という訳である。

「頼む!どうか!命だけはご勘弁を!この通りだ!」リュウホウは両手を合わせて懇願した。

「ふん!全く!今になって命乞いするなんて本当に見苦しいわね!」アイラは高圧的な上にふてぶてしく言った。シナノは少しアイラの反応がおかしかった。

アイラはついさっきまで『きゃー!きゃー!』と黄色い声を上げて喚いていたくせにアマギが『セブン・ハート』の使い手であるとわかると急に強気になりだしたからである。

「ねえ。あなたは本当に『セブン・ハート』を使えるの?」シナノはリュウホウに対して聞いた。

「え?リュウホウは実際に使っていたぞ!ナノちゃん」アマギは指摘した。

「ちょっと!あなた!そこのところはどうなのよ!」アイラはよくわからないまま聞いた。

「本当のことを言えば、許してくれるのかい?」リュウホウは弱腰である。

「うん。まあ、とりあえず、命は奪わないぞ」アマギは慈悲の心を見せた。

「わかった。本当のことを言うよ。ぼくは確かに『セブン・ハート』なんて使えないんだ」リュウホウは弱々しく言った。現在のリュウホウは何としても助かりたい一心である。

「そうなの?でも、使っていたじゃない。あれはどう見ても本物みたいだったわよ」アイラはリュウホウに対して反論を述べた。シナノはすでに事情を把握している。

「あれは全て『魔法の壺』を使って見せていた幻覚なんだよ」リュウホウは辛抱強く言った。

「幻覚?そうだったのか!それなら確かに辻褄は合うな」アマギは言った。アマギは同時にリュウホウが壺のふたを開けた時にストロベリーの香りに包まれたことを思い出した。あの時からアマギ達は魔法にかけられていたということである。しかも、よく見たら先程『衝撃のスタッブ』で開いたはずの穴は消えている。シナノはそれを不審に思って今のような話を持ち出したのである。

「何でもいいけど『魔法の地図』を返してくれないか?それと、盗賊仲間のズイくんと会わせてくれ!話がしたいんだ!」アマギはリュウホウのトリックついてはどうでもよさそうにして言った。

「わかった!地図は返す!でも、ズイカクに会わせることはできない!やつにぼくの失態を知られたら消されかねない!わかるだろう?ぼくの命がかかっているんだ!」リュウホウはあたかも自分が弱者であるかのようにして言った。言わずもがなかも知れないが、上下関係で上に立っているのはリュウホウであって下にいるのはズイカクである。まだ、アマギ達はそのことに気づいていない。

「どうする?ナノちゃん」アマギは自分よりも賢いシナノに対して意見を求めた。

「仕方ないから、地図を返してもらったらテンちゃん達と合流しましょう!もしかすると、テンちゃんとミヤくんはズイくんを発見しているかもしれない」シナノは意見を述べた。

「さすがはシナノちゃん!いい考えね!そうしましょう!」アイラは乗り気である。

「よし!それじゃあ、地図のある場所まで案内してくれ!」アマギは頼み込んだ。リュウホウはそれを受けるとだるそうにして渋々と案内を開始した。まだ、いくらかはリュウホウの中にも負けを認めたくないという気持ちがあるからである。普段、ズイカクに対して威張ってばかりで今のような使用人のような扱いにも慣れていないので、そのこともあって益々リュウホウの機嫌がよろしくはない。

リュウホウは猜疑心の塊だし、異常な程に負けず嫌いだし、相当に傲慢だし、根性のねじ曲がった三拍子が無駄に全て揃っている根っからの悪人という訳である。


 アマギ達の三匹は『魔法の地図』を取り戻すとミラージュの木にやってきた。もう、その時には夕方になっていた。そばには罪人であるリュウホウを連行している。

まだ、リュウホウを開放しないのはズイカクの居場所を吐かせようとしているからである。しかし、その必要はなくなった。先に集合場所にいたテンリとミヤマの二匹がズイカクを伴っていたからである。

テンリ達の5匹は烏合の衆ではないので、しっかりと再集合を果たすことができた。テンリはリュウホウがいたことも去ることながらアマギ達の三匹と再会できて大喜びである。

ズイカクを見てもそれがズイカクとは判断できないでいたが、アマギはシナノに教えられてやっと歓喜の声を上げてテンリとミヤマのの功績を褒めた。アマギはそれを終えると言った。

「ところで、ミヤはさっきから一体何をやっているんだ?」アマギは不思議そうにしている。

「ぐ、ぐう!ぐうの音も出ないっていうから、これはダメなのか。な、何か!何でもいい!食べ物を・・・・はあ!はあ!はあ!う、うぐぐ!」ミヤマはそんなことを口走っている。

「これはね。飢餓に苦しむ一般市民を演じているんだよ。ぼくは退屈しないから、いいけど、今日のミヤくんはずっと気分がハイのままなんだよ」テンリは解説をしてくれた。

「テンリくんはさぞかしおもしろかったでしょうね?」アイラは若干の皮肉アイロニーを込めた。

「いや。いや。おもしろかったのはテンちゃんだけじゃないぞ!おれもテンちゃんと一緒でおもしろかったぞ!」ミヤマはすかさず取り繕った。ミヤマもやさしい心の持ち主なのである。

「気を使ってくれてありがとう。ミヤくん」テンリはうれしそうな顔をしている。

「ところで、テンちゃんとミヤのその角は何なんだ?ズイくんも顎をつけているみたいだな?」アマギはテンリとミヤマをじろじろと見ながら言った。シナノとアイラも不思議そうにしている。

ズイカクはこの粘土を無理やりつけさせられているということ、自分達はそれをまねているのだということ、テンリとミヤマはそういったことを説明した。

「あなたは絵に描いたような悪者ね?」アイラは話を聞くとリュウホウを睨みつけて言った。リュウホウは黙り込んでいる。アマギもアイラと同様にして義憤にかられている。

「いや。でも、これはこれで格好いいだろう?」ミヤマは能天気に言った。

「うん。ぼく達は付け角と付け顎の仲間だもんね?」テンリは問いかけた。

「あー!それじゃあ、おれもその仲間に入れてくれ!おれもテンちゃんと仲間になりたいぞ!」アマギはそう言うとミヤマの粘土を取り上げてテンリに対して自分にもつけてくれるように頼んだ。ズイカクはテンリ達の三匹がワイワイやっているのを見てずいぶんと救われたような気持ちになれた。

アマギはへんてこりんな顎をつけて何のなしにズイカクに自慢しているのだが、それもズイカク自身を励ましてくれているように感じたからである。

「そろそろ、本題に入ってもいいかしら?」シナノは話が一段落すると満を持して聞いた。

「そうだ。そうしよう!」アマギは囃し立てた。シナノはアマギに勢いづけられてズイカクについてのいくつかの質問をした。テンリとミヤマはできるだけ明確にそれに答えて行った。ズイカクが盗賊であることは事実だが、それは無理じいさせられているだけあるということ、ズイカクはテンリ達に助けてもらいたいということ、テンリとミヤマの二匹はそういったことを話した。やはり、ズイカクは悪者ではなかったので、アマギは安堵している。シナノの方も『魔法の地図』を見せて一通りの事情を説明した。テンリとアマギの両グループの話を総合すると、リュウホウは今までズイカクこそが悪者だと主張して世間にもそう流布させていたということになる。しかし、それは全くの事実無根だった。ここ『樹液の地』の盗賊グループの真のリーダーはリュウホウだったのである。隠されていた真相が明らかになってリュウホウこそが黒幕だったということがわかった。以上の事実の確認が終わるとズイカクを除いたテンリ達の一行は一様にリュウホウを見た。

リュウホウは必死になって目をそらした。リュウホウは内心でこうなった要因の一つでもあるズイカクをいびりたがっている。しかし、もしも、こんなところで騒動を勃発させたらアマギによってどんな仕打ちをされるかはわかったものじゃないので、今は大人しくせざるを得ない。

「こいつが悪の根源っていう訳か。やっちゃうかい?アマ」ミヤマは嫌味たっぷりで軽蔑するようにして言った。今のリュウホウは自分の構築してきた嘘がバレて少しふてくされている。

「ご自由にどうぞ。その代わり『セブン・ハート』で応戦されるかもしれないぞ」アマギは言った。ミヤマは『え?』と言ってミヤマの顔はすっかりと青ざめてしまった。しかし、アマギはすぐにネタばらしをした。

「あはは、ちょっとおちょくってみただけだよ。『セブン・ハート』は単なる幻覚でしか見せられないみたいだぞ。早速、リュウホウを『監獄の地』に放り込むか?」

「どうか!それだけはご勘弁を!お代官さま!それだけは!」リュウホウは誰かが答える前にすぐに話に割って入ると馴れ馴れしい態度で行き成りアマギに縋りついてきた。

「相も変わらずに見苦しいったらありゃしないわね。あなたみたいな虫は牢屋に入って頭を冷やしてきなさい!」アイラは断定的に言った。今度のリュウホウはアイラの前で突っ伏した。

「どうか!それだけはご勘弁を!お姫さま!それだけは!」リュウホウにそう言われて悪い気はしなかったが、かといって、アイラはそれで気をよくする程に単細胞ではない。

「どうでもいいけど、それはさっきのセリフの二番煎じじゃないか。リュウホウは本当に反省しているのかい?リュウホウは『監獄の地』に連れて行かれたくないのならどうやって反省の色を示すつもりなんだい?考えはあるのかい?」ミヤマは関心をそそられて聞いてた。

「そりゃあ、もちろん。今まで盗んだ品物は持ち主を探して返すことにするし、今後はズイカクくんにも一切の悪事をやらせたり、使いっぱしりのようなことをさせたりはしないと約束するよ」リュウホウは言った。口だけはうまいので、リュウホウの言葉はすらすらと出てくる。

「なるほど。でも、信じられるかい?」ミヤマは皆に対して聞いた。

「難しいけど、信じようよ!もしも、それを守っていなければ、アルコイリスの帰り道で改めてリュウホウくんを『監獄の地』に連れて行こうよ!」テンリは天空海闊である。

「薄々と感づいていたけど、テンリくんってすっごいやさしいのね?」アイラは感銘を受けている。

「それじゃあ、彼は恩赦っていうことにする?」シナノは話の決着をつけるようにして聞いた。アマギとミヤマは納得の意を表した。テンリ達の一同は肝心のズイカクに目を向けた。

「おらは・・・・その、夢があるから、それを叶えられるならそれでいいだべ」多少つっかえつっかえになってしまっているが、ズイカクはちゃんと言いたいことを言った。

「そっか。ズイくんの夢っていうのは何なの?」テンリはすかさずに聞いた。

「あの、その、忍者になることだべ」ズイカクは恥ずかしそうにしながら答えた。

「へー。そうなのか。立派な夢だな。実は、おれ達は忍者教室に入会したんだよ。おもしろいところだから、ぜひとも、ズイくんも行くといいよ」ミヤマは明るい口調で推薦した。

「うん。そうだな。しかも、先生達も皆がやさしいぞ!」アマギは言った。

「そうだべか?おらは楽しみだべ」ズイカクはうれしそうである。

「イバラさんに会ったら『ぼく達は元気にしているよ!』って言ってくれる?」テンリは聞いた。

「イバラさんだべ?わかったべ」ズイカクは快く申し入れを受け入れた。

「ふっふっふ、はっはっは、実に、おもしろい」ミヤマは不敵な笑みを浮かべ始めた。

「何だ?ついに行っちゃったか?」アマギは真剣な顔で心配している。

「ぼくはねえ。ズイくん。誰の下にも幸福というものはやって来るのだと思うよ。でも、時にそれは遅すぎたり、少なすぎたりする。しかし、肝心なのは負けないことだから、それでもいいんだ!どんな困難もどんな障害にもそれを乗り越えることができなければ、それでもいいんだよ!大切なのはそれを乗り越えようとする気持ちなんだ!結果が全てではないんだよ!どんなゴールに行きついたとしてもそこまでに辿った過程プロセスこそが重宝されてしかるべきものなんだよ!」ミヤマは格好をつけて長々と言った。ミヤマは迫真の演技をやってのけたのである。一世一代の大一番のようである。

ただし、ズイカクの傷を逆なでしないかどうか、シナノはひやひやしていた。ミヤマは確かにいいことを言っているかもしれない。しかし、ズイカクの境遇と照らしてみると少しピントがずれている。ミヤマは困難を乗り越えられなくてもいいと言ったが、ズイカクは現に乗り越えている。ようするに、的外れなのである。しかし、ズイカクはミヤマのセリフに感動したみたいである。

「んだ。わかったべ。おらはそのありがたい言葉を胸にこれからもがんばるべ」

「うん。うん。その気持ちだよ。ズイくんにならやれる!自信を持って何事もチャレンジだ!」ミヤマは相も変わらずに先生風を吹かせながら言った。テンリはミヤマを頼もしそうにして見ている。

「話は終わったか?」アマギは体をひっくり返して寝ころびながら聞いた。

「おいおい!何てことだ!ミヤ教の教祖さまの話を今までそんな態度で聞いていたのかい?」ミヤマはびっくりしている。テンリはどういう反応を取るべきかと少し困惑気味である。

「ミヤはいつから教祖になったんだよ!それよりも、ズイくん。サセボじいちゃんからのプレゼントだぞ!」アマギはそう言うと起き上がって木の幹のふとんを差し出した。テンリは使い方を説明するために幹の側面を上にしてその中に入った。テンリは中でうつ伏せになったり、仰向けになったりして見せた。ズイカクは感心している。

テンリがそれを終えると、今度はミヤマが盛り上がった幹に飛び乗った。ズイカクはどんな説明が待っているのかと楽しそうにしている。事件はミヤマがこれは敷きぶとんとしても使えるのだと主張しようとした時に起きた。ふとんが真っ二つに折れてしまったのである。バキ!

「うおー!おいおい!ふとんが見事に潰れたぞー!」アマギは声の限り叫んだ。ミヤマはふとんをぺしゃんこにしながら『オー・マイ・ガー!』と言って愕然としている。

「ふん!ざまあみろ!」リュウホウはブラックな笑みを浮かべながら『ぼそっ』と呟いた。

「何だって?むかー!こいつは性格が悪いな!」ミヤマは遠慮なく批判した。

「うちらは十分に知っていたけどね」アイラはやれやれという感じで言った。

ここで言う『うちら』というのはアイラと一緒にズイカクを捜索していたアマギとシナノのことを指している。そんなことよりも、ふとんの問題の方が今は大事である。

「どうしよう?ごめんね。ズイくん」やさしいシナノは心配そうにしている。ミヤマは『本当にごめん』と謝った。しかし、全然、ズイカクは気にしてはいない様子である。

「いんや。謝ることはないだべ。もう、おらはみんなから助けてもらっただけで十分だべ。おらは寝具を一つすでに持っているだべ。葉っぱを丸めて枕を作るだべ。これはおらが案出したんだべ。おとんとおかんはこれを名案だと言ってくれただけんど、皆はどう思うだべか?」ズイカクは聞いた。

「へー。確かにそれは名案だな。ズイくんはユニークだな」アマギは感心している。

「あのー。そろそろ、ぼくは行ってもいいのかな?」リュウホウは怖々と口を挟んだ。

「ん?ああ、別にいいぞ」アマギは答えた。今の今までリュウホウの存在を完全に忘れていたので、とりあえず、アマギは適当に返事をしておいただけである。

「もう、ズイくんに命令するなよ!」ミヤマは去り行くリュウホウに向かって最後に言った。

 リュウホウは武官のようにして見た感じはきっちりとした態度で家に帰って行った。これにてズイカクとリュウホウの徒党も解散という訳である。リュウホウはズイカクという仲間がいなくなった以上はさっきも言っていた通り『樹液の地』においてまた盗賊として攪乱させるつもりは本当にない。

 リュウホウは現時点では反省したというよりも保身を最優先にした結果である。言ってみれば、リュウホウは一人だと心細くて何もできない男なのである。


 その後、ズイカクもこの場を後にすることになった。ズイカクはこれを期に『忍者の地』の近くに引っ越しをする予定なので、もう、リュウホウとは会わないかもしれない。

ズイカクは塩やコショウや砂糖といった物をくれると言ったのだが、荷物になるので、テンリ達の5匹はそれを丁重に辞退しようとした。ところが、調味料が何に使われるのかということを知ると好意に甘えることにした。調味料はウンリュウが持っていた『魔法の器』で作る樹液の隠し味として使用すると一層の旨みが引き出されるのである。テンリとアマギだけはズイカクの住みかだった場所へ行って調味料を受け取った。もちろん、ズイカクの持っている三つの調味料は盗品ではない。

調味料はそれ程に量が多くないので、テンリ達はアマギが引っ張るふとんの片割れに乗せて運ぶことにした。ズイカクはそれが終ると晴れて粘土を取り去ってテンリとアマギの二匹に対して大いなる恩のお礼を言ってお気に入りの枕を持って『忍者の地』へ向けて旅立って行った。

アマギとテンリの二匹はミヤマ達が待っているミラージュの木のところまで戻ってきた。もう、今日は遅いので、テンリ達の一行はここで一泊することにした。

「別にミヤを責めるつもりはないけど、ふとんがなくなったことには参ったな」アマギはのんびりとした口調で言った。アマギは確かにミヤマのミスを怒っている訳ではない。

ふとんはアイラの家の荷物をここまで持って来るために必要なので、本来ならば『群小の地』に到着するまでの間、アマギはズイカクにふとんをレンタルさせてもらう予定だったのである。

「もう、そのことについては『ごめん』としか言いようがないよ」ミヤマは恐縮そうにしている。

「いいんだよ。ミヤくん。ぼくはもう一つのふとんを見つけたから」テンリは元気づけた。

「ズイくんから調味料をもらう時にふとんを見つけたの?」シナノは聞いた。

「ううん。違うよ。あ、正確には見つけていないんだった。たぶん、見つけたっていう方が正確かな」テンリは考え考え言った。ミヤマはそれを受けると期待を持つようになった。

「それってどういう意味なの?」アイラはテンリの微妙な言い回しを不思議そうにしている。

「たぶん、ウンリュウ叔父さんがふとんを持っているっていう意味だよ」テンリは明るい口調で言った。どうして、テンリにはそんなことがわかるのかというと元々木の幹をふとんにするという発想はテンリュウとウンリュウの兄弟が考え出したものだからである。

「ふーん。そうなのか。それじゃあ、明日、調味料と交換でふとんを貸してもらうか?いや。ウンリュウのおじさんなら交換じゃなくても貸してくれるかな?」アマギは聞いた。

「うん。たぶんね」テンリは答えた。シナノは頃合いを見て話題を変えることにした。

「それじゃあ、アマくんはウンリュウさんにふとんを貸してもらったらアイラちゃんをお家まで送って行くっていうことにしていいかしら?」シナノは話の主導権を握って言った。

「うん。いいぞ!でも、他の皆はどうするんだ?」アマギは聞いた。

「私達は『雑貨の地』に行ってポシェットを手に入れるつもりなの。『雑貨の地』は少しアルコイリスへの道を外れるから、その方が効率的でしょう?」シナノは問いかけた。シナノは『雑貨の地』に『ポシェット・ケース』があるということについてテンリ達から又聞きをしていたのである。

「ああ、そうか。やっぱり、ナノちゃんは頭がいいな。テンちゃんはこっちのチームに入れてくれないか?おれは別にどっちでもいいんだけど、そうすれば、アイラちゃんを送った後、おれは独りぼっちにならなくてもすむからな」アマギは珍しく先のことまで考えている。

「ええ。私は構わないけど・・・・」シナノはそう言うとテンリの方を見た。

「ぼくもそれでいいよ。それじゃあ、明日からの予定はこれで完璧だね?」テンリは即答した。テンリ達の5匹は贅沢にもこの日はミラージュの木の樹液を夕飯としてこの場所を拠点として眠りに就いた。

テンリにとっては今日も有意義な一日だった。今日はミヤマと二人で冒険をしてミヤマによって笑わせてもらったり、ハラハラさせてもらったりしたので、テンリはそのことについてとても楽しくて意義深いことだとも思っている。しかし、テンリは今日の中で最も意義深かったのは兵卒のようにしてこき使われていたズイカクをリュウホウから解放することに成功したことだと思っている。もう、テンリはズイカクと仲良しだと思っているし、ズイカクはリュウホウとも仲直りできれば、ベストだとも思っている。ズイカクにしてみれば、もっと『肝胆、相照らす』ことのできる仲間が増えれば、当然、それに越したことはない。


 翌日、昨日の時点で予定は決まっていたので、テンリ達の一行は騒擾することもなく機敏な動きでスケジュールの通りに動くことにした。テンリとアマギの二匹はアイラをお家に送るためにミヤマとシナノにお別れをすると小さなアイラを連れて旅に出発した。

しかし、昨夜の話で出ていた通り、テンリ達の三匹はウンリュウからふとんを貸してもらうためにウンリュウを探すことにした。とはいっても、これには大した時間を使うようなことにはならなかった。昨日、見かけた場所の近くでウンリュウを発見することができたのである。

ズイカクは確かに盗賊だという巷説に惑わされてしまっている部分もあるが、ウンリュウはテンリ達の5匹が無事であることについて密かにお祈りをしてくれていた。

「ウンリュウ叔父さん!おはよう!」まず、テンリはウンリュウに対して話しかけた。

「おはよう!テンくん!皆もおはよう!おや?よく見ると少し今日は仲間が少ないね?」ウンリュウは不思議そうにしている。ウンリュウのそばには『魔法の器』がある。

「うん。そうなんだよ」アマギは答えた。テンリは自分達が二手にわかれている理由を説明した。テンリは持っていたふとんが粉砕した旨を伝えると最後に言った。

「それでね。アイラちゃんのお家に預けてある荷物を運ぶためにふとんを貸してもらえないかなあ?」

「そういうことならば、お安いご用だよ。ぜひ、持って行って構わないよ」ウンリュウは答えた。

「ありがとう!さすがはテンちゃんの叔父さんだな!物わかりがいい!それじゃあ、荷物を持って帰ってきたらすぐにふとんを返しにくるよ!」アマギは請け負った。

「いや。ここまで戻って来るのは大変だから、ふとんは皆にあげるよ。また、ぼくは新しいものを見つけるから、何ら問題はないよ」ウンリュウは親切なことを口にした。

「あのね。ウンリュウ叔父さん。ぼく達はアルコイリスを目指しているから、また、ここを通りかからないといけないんだよ」テンリはここで言い忘れていたことを思い出した。

「ああ、そうだったのか。それじゃあ、そういうことになるね。でも、ぼくはテンくんにふとんをプレゼントするよ。旅立ちのお祝いとしてね。いらないかな?」ウンリュウは伺いを立てた。

「ううん。もちろん、ほしいよ。ありがとう。それじゃあ、ぼくも後で何かのお返しをするね?ウンリュウ叔父さんはぼく達が帰ってくるのを楽しみにしていてね?」テンリは言った。

「なあ。ウンリュウのおじさん。また『魔法の器』で作った樹液を食べさせてくれないか?残り物でもいいんだ。残り物には福があるって言うからな」アマギは口を挟んだ。

「もちろん。食べさせてあげるよ。やっぱり、調合された樹液はおいしいものね?ただし、残り物ではないから、安心してね?」ウンリュウはそう言うと樹液の調合を始めた。

テンリはウンリュウに対して昨日の内にズイカクからもらった調味料をプレゼントした。樹液を食べさせてもらったお礼である。ウンリュウはそれを受けると大喜びした。

テンリ達の三匹はアマギが樹液を堪能するとウンリュウに連れられてふとんのある場所まで向かって行った。ウンリュウは盗まれないようにするためにふとんを隠していたのである。今日、アイラは一度も会話に加わっていないが、朝が弱いので、まだ、アイラは寝ぼけているのである。そのアイラの朝の弱さたるやかなりの一級品である。テンリとアマギは歩いて行く道々にウンリュウに対してズイカクにまつわるエピソードを話して聞かせた。ウンリュウは万事が解決した旨を聞くとテンリ達を褒めてくれた。

ウンリュウはズイカクの汚名を晴らすべく『樹液の地』に住む他の皆にもズイカクは悪くなかったということを説得してくれると言ってくれた。ウンリュウはズイカクの名誉をかけてそのように尽力してくれると約束してくれたのである。テンリとアマギの二匹はウンリュウからふとんを受け取るとアイラを連れてアイラのお家である『群小の地』に向けて意気揚々と再出発することになった。


 ミヤマとシナノの二匹は何でも入るポシェットを入手すべく『雑貨の地』を目指して歩いている。シナノと二人で旅をするのは初めてなので、ミヤマは少し気分が高揚している。ミヤマはそんな中でシナノに対してトグラという生きた栗から聞いた情報を内達していた。端的に言えば、『雑貨の地』で物を欲するのならば、水が必要になるということを話していたのである。ミヤマは二本足で立って後ろ歩きをしながらそれを得意げに語っている。シナノはそれに反発することもなく大人しくミヤマの話を聞いていた。

「確かにミヤくんのおかげで事情はよくわかったけど、そう簡単にその場で水なんて手に入れられるものなのかしら?」シナノはミヤマの話を聞き終えると危ぶむような口調で聞いた。

「大丈夫だと思うよ。『眠れる獅子』ことミヤちゃんが目覚める時は何かが起こるんだからな」ミヤマは自信を持っている。ただし、特にそれについて根拠がある訳ではない。

「そう。それじゃあ、ミヤくんに期待をしていいのね?」シナノは聞いた。

「あたぼうよ!大いに期待しちゃってくれ!ナノちゃん!ん?うわ!」ミヤマはそう言うと前を見て歩いていなかったので、落ちていた枯れ枝に足を取られて豪快にひっくり返った。

「ふふふ、本当に何かが起きたみたいね?」シナノはおもしろそうにして言った。ミヤマは『ははは、そうみたい』と言ってばつが悪そうな顔をしている。今のはしょぼい事件だが、これからの旅も何が起きるかはわからないので、ミヤマは未発の事態に備えてシナノを守るためにここで気を引き締め直すことにした。

 ミヤマにしても事件が頻発するとは思っていないので、あくまでも、リラックスしている部分もある。というか、結局のところ、ミヤマはすぐに気を抜くようになった。ミヤマはふざけていないと気のすまない男なのである。どちらかと言えば、シナノの方が危険はないかどうかとちゃんと留意しているくらいである。


今回のアイラはアマギではなくてテンリの背中に乗って移動をしている。アイラはアマギの上に乗っかっていると碌なことがないということを学習したからである。もう、アイラは完全に目を覚ましている。上記の通り、相当に朝に弱いアイラだが、そんなアイラにしてみれば、割と今日は早く立ち直った方である。アマギはウンリュウからもらったふとんを運んでいる。

今までの通り、ふとんに開けた小さな穴に紐を通してそれをアマギの角に結んで運んでいるのである。ふとんの上には『魔法の地図』が乗っかっている。テンリはがんばってアイラを運んであげている。

「ちょっと!キュートなプリティー・ウーマンのアイラちゃんを運搬しているんだから、もっと、うれしそうな顔をしてよ!」アイラは少しテンリの方を見て苦情を述べてきた。

「うーん。やっぱり、そうかなあ」テンリはまじめに考え込んでしまった。

「テンちゃんは否定してもいいんだぞ!アイラちゃんの言うことはジョークみたいなものだからな」アマギはテンリを気遣った。アイラはアマギをきっと鋭く睨みつけた。

「そうだ。暇だから、しりとりをしないか?」アマギはあっけらかんとしている。

「稚拙ね。アマギくんは考えることが幼稚なのね?」アイラは手厳しく言った。

「でも、しりとりっておもしろいよ」テンリはすかさずにアマギをフォローした。

「うちはもっとおもしろいゲームを知っているよ」アイラは胸を張って言った。

「ふーん。そうなのか。それは一体どんなゲームなんだ?」アマギは聞いた。

「その名も一行作文よ。一人ずつ一つの文章を考えて皆で一つの物語を作って行くの。うちはこれをパパとママとよくやるのよ。中々高尚な趣味でしょう?」アイラは高飛車に言った。

「そうだね。それじゃあ、ぼくから始めてもいい?」テンリは早くも乗り気になっている。

「もちろん。ご自由にどうぞ」アイラはテンリに対して快く許可を与えた。

「その日は朝から雨と風が吹きすさぶ悪天候だった」テンリは話を始めた。

「おお、うまいな!テンちゃん!おれは鼻が高いよ!」アマギは心底から感心をしている。

「って、どうして、アマギくんが得意気になるのよ!別にいいけど、それじゃあ、次はうちの番ね?ここは架空の生き物が生息する人や虫は誰も知らない秘境である」アイラは話の続きを述べた。

「おお、アイラちゃんもうまいな!」また、純粋なアマギは囃し立てた。

「ありがとう。アマギくん。続きは?」アイラは話の先を促した。

「うーん。それじゃあ、ドラゴンは言った」アマギはすぐに考えついたことを口にした。

「最近、ペガサスの姿を見ないな」テンリは間髪入れずに言った。テンリは早くもこのゲームを気に入ってすっかりと夢中になっている。テンリは空想が好きなのである。

「おお、うまいなー!さすがはテンちゃんだ!」また、アマギは口を挟んだ。

「わかった!わかった!アマギくんは一々褒めなくてもいいの!それじゃあ、ドラゴンとペガサスは竹馬の仲なのである」アイラはすぐに言った。次はアマギの番である。

「ペガサスは言った」アマギは短い文章を作った。アイラの方こそすぐに言った。

「ちょっと待った!アマギくん!それはおかしいでしょう?この場にペガサスは登場していない設定なのよ!ドラゴンは『最近、ペガサスを見ないな』って言っていたじゃない!それとも、ドラゴンはめくらなの?そういうことなの?だから、ドラゴンが気づかなかっただけで実はペガサスは目の前にいたの?そもそも、これはコメディーだったの?」アイラは一気に早口でまくし立てた。

「あはは、そうだったけ?それじゃあ、こうしよう!ユニコーンは言った」アマギは言い直した。

アイラは何とか言いたいことを呑み込んだ。単純なアマギにはここまでの情報によると『~が言った』という一パターンしか考えられないらしいのである。しかし、アイラは結局それを許容することにした。アイラは一行作文なるもののプロを自認しているので、雰囲気の醸成は自分だけでもできると思っているのである。

ただし、アイラはテンリには期待している。テンリはこのゲームについて疲倦することなく楽しむことにしている。その後も物語は展開されて行った。


 ミヤマは旅を開始してからずっと先鋒として先頭を歩いている。しかし、ミヤマはシナノを隷下だと思っている訳もなく男らしいところを見せたいと思っているだけである。

 ミヤマはアマギ程に戦闘能力が優れているとは自分でも思っていないが『オープニングの戦い』でもそうであったようにして少なくとも勇気というものは持っている。

 そういう点ではシナノはミヤマを頼りにしているし、意外とシナノの方は人情の機微にも通じているので、何かとこの二人のコンビもバランスはよく取れている。

「顔を上げなさい!お譲ちゃん!ぼくはポシェットが欲しいだけなんだ!君のハートを奪うつもりはなかったよ!それじゃあ、元気でね!君の瞳にチェック・メイト!」ミヤマはそう言って妄想という名の演技を虚無的ニヒルに終えるとすぐさま二足歩行から6足歩行に切り替えた。妄想ということは今までミヤマは一人でぶつぶつと言っていただけに過ぎない。恥ずかしいから、シナノは他人のふりをしている。しかし、ミヤマはすれ違う虫に白い目で見られても全く気にしていない。ミヤマはシナノに対して話しかけた。

「ところで、ナノちゃん。本当は寄り道なんてしたくないんじゃないのかい?」

「あら、急にまじめな話になるのね?」シナノは心底から意外そうにしている。

「役者はオンとオフの切り替えが大事だからな」ミヤマは割と図々しいことを言っている。

「そうね。そうかもしれない。でも、私は寄り道していても構わないの。皆と一緒にいられると楽しいし、恩もあるから。でも、恩がなくっても同行させてもらったと思う。私もアルコイリスまで皆と一緒に行きたいから」シナノはシックな調子で言った。シナノがテンリ達の三匹に対して持っている恩と言うのは海賊に攫われた時のことを言っている。シナノはそのことを一生の恩だと思っている。

「そうなのかい?パパとママと出会えても一緒に来てくれるのかい?」ミヤマは聞いた。

「ええ。もし、皆がお荷物じゃないって言ってくれるのなら」シナノは謙虚である。

「そんなことは誰も言わないよ。そうか。ナノちゃんもアルコイリスまで行ってくれるのか。アマとテンちゃんもきっとこの話を聞いたら喜ぶよ」ミヤマは明るく言った。シナノは頭がよくて知識も豊富だし、応変の能力も高いので、ミヤマはこれからもシナノが旅の仲間として一緒にいてくれるならとにかく心強いのである。理由はそれだけではなくて、シナノは性格もいいので、ミヤマはシナノを気に入っている。最も、テンリとアマギとてその思いは一緒である。余程の事件が暴発しない限り、テンリ達のオスの三匹とシナノはアルコイリスまで一緒に行動をすることになる。無論、シナノもそれを喜んでいる。


テンリ達の三匹はその頃も一行作文を続けていた。あまりこれを得意としていないが、それでも、アマギは二度もファイン・プレーをやってのけていた。しかし、アマギが行きづまったらテンリが代わりに助勢をしている。というよりも、どちらかと言えば、アマギは自分の番が来ても8割方をテンリに文章を考えてもらっている。小さい頃からやっているだけあって中々アイラの文章は様になっている。

アイラは想像力もあって文章を作る能力も割と高いという訳である。アマギはこの一行作文について上記の通りパスをしている時もあるが、基本的に討議をするようなことはしないので、話は流れるようにして作られて行っている。この一行作文というものは自分が思いもしなかった展開を他の虫が現出させる時があるので、とっさの判断によってそれに話を合わせる時は少し難しいこともある。

話はどんどんと苛烈になってくるので、アマギは段々と興奮するようになってくる。以下はテンリ達の三匹のハーモニーによる作品のあらましである。


 雪女の宝物であるクリスタルが盗まれた。犯人はハーピーであるらしい。ハーピーとは上半身が人間の女性で下半身は鳥という伝説の生物のことである。しかし、雪女がクリスタルを取り戻すには大きな決意が必要となる。ハーピーはマフィアのボスであるミノタウロスの色なのである。

ミノタウロスとは上半身が牛で下半身が人間の怪物のことである。雪女は途方に暮れてしまった。雪女のクリスタルは先祖代々から伝わる由緒正しき家宝なので、他人に譲ってしまう訳には行かないのである。

どうしようかと雪女がおろおろしている時に手を差し伸べてくれたのは隣人のペガサスだった。ペガサスはクリスタルを奪い返しに行ってくれると言うのである。

ペガサスは勇敢にもクリスタルを奪取すべく大いなる冒険に出発することになった。ドラゴンは以上の話をユニコーンから聞いた。最近、ペガサスを見かけないのは冒険に出ていたからなのである。アイラが一度だけ言っていた通りドラゴンとペガサスは親友である。とても巨大で強そうな見かけをしているが、ドラゴンは気が弱くてやさしい心の持ち主である。それなので、ドラゴンは諍いというものが嫌いである。しかし、親友のペガサスが危ない目にあっているということを知っているにも関わらず自分は何もしないという事実はドラゴンの罪悪感を生み出した。ドラゴンは情報を与えてくれたユニコーンに対してお礼を言うとペガサスを助けるべく意を決して立ち上がった。雨は不吉な兆しを裏づけるかのようにしてまだ降り続いている。

 その頃のペガサスの置かれている状況である。結論から言えば、この事件はハーピーとだけのいざこざではなかった。やはり、マフィアのミノタウロスも一枚を噛んでいた。

ミノタウロスは向かってくるペガサスに対して数々の刺客を送ってきた。ペガサスはメデューサに石にされかけたり、雪男に殴り倒されそうになったりした。しかし、ペガサスは迫りくる敵を自慢の翼を使って見事にかわしてその難関を突破して行った。現在はそんなペガサスもこれ以上ない程の窮地に追い込まれていた。今のペガサスの前にはバシリスクが立ちはだかっている。バシリスクというのはトカゲとヘビとニワトリが混血したような姿をしていてトサカを持つ怪物のことである。バシリスクは息を吹きかけたり、睨んだりするだけで人を殺すことができる。そこに我らがヒーローのドラゴンがペガサスに追いついた。

しかし、ドラゴンは何の役にも立たなかった。ドラゴンはあたかも強そうな体格をしているのにも関わらずまごまごしているだけで一向に何もしないのである。ドラゴンはケンカというものを生まれてこのかた一度もしたことがない。仕方がないので、ドラゴンはバシリスクVSペガサスの戦いを端っこに行って傍観することにした。ドラゴンはペガサスの情勢が不利になると小声で応援歌を歌ったり、チア・リーダみたいなことをしたりした。しかし、ドラゴンの願かけもむなしくペガサスはやられてしまった。バシリスクは続いてドラゴンに襲いかかってきた。ドラゴンは怖くなって後ろ向きになった。

すると、奇跡は起きた。ドラゴンのどでかいしっぽがバシリスクをぶっ叩いて完全に打ち負かしてしまったのである。何が起きたのかとさっぱり訳がわからなかったが、ドラゴンはとりあえずバシリスクに謝った。ドラゴンはペガサスを気遣った。幸いペガサスの命に別状はなかった。

しかし、ペガサスもこれ以上の無茶は禁物である。かくして、ペガサスはこれから先の旅をドラゴンに託した。ドラゴンは明らかに挙動不審のまま冒険を再開した。

 その後、ドラゴンは特に何も起こらずに敵の要塞までやって来ることができた。大ボスのミノタウロスはドラゴンに向かって手下の悪鬼達に防塁越しに爆弾を投下させ始めた。ドラゴンはそんなミノタウロスの愚策によって爆発でボロボロになりながらも話し合いをしようと言って全く反撃にでる素振りを見せなかった。ドラゴンは止むを得ずに逃げることにした。ミノタウロスはその時に逃げ惑うドラゴンに対して衝撃の事実を打ち明けた。ミノタウロスの標的は端からドラゴンだったと言うのである。ミノタウロスは世界征服をたくらんでいたのだが、いかにも強そうなドラゴンはそうなってくると邪魔になる。

ドラゴンは性格から言ってもミノタウロスの手下にはなりそうもない。そのため、まずはドラゴンの親友のペガサスをだしに使ってドラゴンを芋づる式におびき出していたのである。

ペガサスの窮状を教えてくれたユニコーンもミノタウロスの共謀者だったのである。ドラゴンがそんな話を聞かされながら逃げ回っているとまたもや奇跡は起きた。さっきの奇跡もこっちの奇跡も苦しまぎれにアマギが考えたものである。ドラゴンのところにはフェアリー・ランドから遥々とエルフがやってきた。エルフとは小妖精のことである。エルフはドラゴンの善行を知ってドラゴンの願いを一つ叶えてくれると言う。

藁にも縋る思いだったので、ドラゴンはすぐに願い事を口にした。ドラゴンは世界中の生き物の邪悪な心を消し去ってくれと頼んだ。エルフはすぐに了承した。エルフは仲間の妖精を呼んで世界を神秘的ミスティックな光で包み込んだ。ミノタウロスは清らかな心を取り戻してマフィアは瓦解した。

ハーピーは雪女に対してクリスタルを返却したし、そればかりか、両者は仲良しになった。雪女とハーピーの二人は人魚を入れた三人でよく女子会を開くようになった。こだわりを持って、この一文はアイラが付け加えたものである。ドラゴンとペガサスの信頼関係はより強固なものになった。ユニコーンも心を入れ替えてドラゴンに謝罪した。ユニコーンはドラゴンとお友達になった。このようにして気が弱くてやさしいドラゴンの勇気ある行動は世界を平和にしたのである。


 アマギは自分も少しは参加して自分も少しは卓見を出せたのではないかと思ってテンリとアイラのアイディアとオーバー・ラップした以上の作品について大満足している。

 テンリも今までの作品のことを思い返してみるとアマギと同様にして大満足の様子である。往時を追懐してみてもここまでの創作活動をしたのはテンリも初めてである。

アイラは話を作り終えると人心を収攬しているかのようにしてうっとりしていた。しかし、アイラはメルヘン・チックなムードから我に返るとやや興奮気味の口調で言った。

「ねえ。うちらって天才なんじゃないかしら?この話はすごくおもしろいと思うんだけど・・・・」

「おもしろかったよ。いやー!それにしても大変だったなー!」アマギは言った。

「確かに大変だったけど、アマギくんはほとんど聞いているだけだったじゃない!ほぼうちとテンリくんで作り上げたようなものよ!」アイラは手厳しい。

「でも、アマくんの作った文章はスパイスみたいな役割を果たしていたよ」テンリは口を挟んだ。

「そうかしら?っていうか、テンリくんは作家みたいな文学的なことを言うようになったわね?うちは途中で思ったんだけど、テンリくんの想像力ってすごいのね?うちはびっくりしすぎて腰を抜かすところだったのよ。テンリくんはすごすぎ!」アイラは言った。

「そうか?いやー!照れるなー!」アマギはうれしそうになっている。

「だから、どうして、アマギくんが照れるのよ!」アイラはつっこみを入れた。

「そりゃあ、おれはテンちゃんの保護者みたいなものだからな」アマギは胸を張って言った。アイラは『そうなの?』と聞いた。テンリはそれを受けると恥ずかしそうにして言った。

「うん。そうかもしれない。アマくんはいつもぼくのことを守ってくれるからね」

「そうだぞ!おれは何があってもテンちゃんを守るんだ!」アマギは豪語した。

 確かにアマギの言う通り例えテンリの味方が寡少だったとしてもそればかりか世界中の虫を敵に回したとしてもアマギは絶対にテンリの味方をしてくれる。とはいえ、テンリはアマギの心を掌握していても決して大きな態度を取ることはなくて逆にテンリの方こそいつでもアマギの味方でいてあげようと密かに思い続けている。テンリとアマギの仲が険悪になったことは一度もない。アイラはそんな仲のいいテンリとアマギの二人に対して純粋に尊敬の念を抱くようになった。


 時刻は先に進んで4時間後のお話である。ミヤマとシナノの二人はようやく『雑貨の地』に到着し。入口には夥しい数のボトルが用意されていたので、ミヤマとシナノもすぐにここが目的地であるということに気づくことができた。ボトルは水を入れるための物である。

そこには側面が凹んだ大きな丘がある。凹みは大きく抉られているので、そこに商品が貯蔵されている。ミヤマとシナノ以外にもお客さんや従業員はたくさんいるが、ミヤマは一匹で『どやどや!やいのやいの!』と押しかけた。しかし、シナノはミヤマを黙らせた。丘の上には常時『森の守護者』が警備しているので、下手な動きはできない。シナノとミヤマは結局すぐ近くにいたオスのヤエヤママルバネクワガタにこの地のルールを聞かせてもらうことにした。サイトという名の彼は体長が69ミリ程のこの雑貨店の従業員の一員である。サイトの説明によるとこの地のアイテムをゲットしたいのならば、今いるところに水を運んでくればいいということである。水を手に入れる方法は4つある。

その詳報をピック・アップしてみると一つ目は井戸から地下水を汲み上げる方法である。しかし、これは井戸がある場所まで行くのに一週間かかるという難点がある。二つ目は貯水庫から水をもらうという方法である。しかし、利用者が多くて今は雨水がたまっていないので、サイト曰くこれもペケである。

三つ目は埋め立て地から湧き水を無理やり掘り出すという方法である。ただし、これにはかなりの時間がかかる上に場所によっては何年かけても水が出てこない可能性もなきにしもあらずである。

最後の4つ目は『動物の地』にも繋がる河川にダムがあるので、そこから水をもらってくるという手段である。場所もそれ程に遠くないので、一番てっとり早いのはこの4つ目である。サイトから以上の話を聞くと、ミヤマはマシンガン・トークで値切ったり、へ理屈をこねたりし始めた。

「なあ。サイトくん。せめてこの容器の半分で勘弁してくれないかい?もちろん、ロハでとは言わないよ。その代りとしてダンスを披露させてもらうよ。サイトくんはひょっとしたらおれのダンスを見ると負けてくれるどころか、この『雑貨の地』の物を全てあげちゃいたいっていう気になるかもしれないよ。そういう例外が認められないっていうのなら物々交換っていう手はどうだい?栗とポシェットの交換なんてどうだい?この栗っていうやつは『食物の地』でしか手に入らないレア中のレアなものなんだよ。それでも嫌だとしたならば・・・・」ミヤマは言いかけた。シナノによって遮られたからである。

「ミヤくん。ダメよ。彼は困っているでしょう?」シナノはミヤマが息つぎをしている間にすかさずに口を挟んだ。シナノの指摘はいかにも言い得て妙である。

気がやさしいので、サイトはミヤマの話を否定することもできずにただただうろたえていたのである。ミヤマは渋々と引き下がった。シナノのセリフは鶴の一声だったのである。

「ええと、先程にポシェットっていう単語が出てきたけど、君達が欲しいのは『ポシェト・ケース』のことなのかな?」サイトはミヤマに威圧されながらも遠慮がちに聞いた。

「ええ。たぶん。そうだと思う」シナノは答えた。すると、サイトは情報を提供してくれた。

何でも入るケースのシリーズには二つの種類がある。一つ目は『バルーン・ケース』というものである。これは風船型の入れ物であってふわふわと浮くので、腕に巻きつけて持ち歩くものである。袋にはチャックがついていて出し入れできるようになっている。

もう一つは『ポシェット・ケース』と言ってこちらは背中につける入れ物である。以前に栗のトグラが言っていたのはこれのことだったのである。この『ポシェット・ケース』は紐の長さを調節できるので、大抵の虫には装着が可能である。これらは虫専用なので、人間から見れば、どちらも米粒みたいなものなのである。節足帝国の技術が使われているので、どちらも機能性は優れている。

「ナノちゃんはどっちの方がいいと思うかい?」ミヤマは一通りの話を聞くと話しかけた。

「答えはちょっと保留にさせてくれる?その前に『バルーン・ケース』っていうのは手を放すと空に飛んで行ってしまうものなのかしら?」シナノはサイトに対して聞いた。

「うん。その通りだよ。そこが厄介な点なんだよね。でも、あっという間に空に消えちゃう訳ではないから、手を放してしまったことに気づいたら飛んで取ってくればいいんだけどね。それに、全然『バルーン・ケース』は重みがないっていう利点もあるんだよ」サイトは説明をした。

「そう。でも、どちらかと言えば、安全なポシェット型がいいんじゃないかしら?ポシェトには重みがあると言っても中に入っている分の重さがある訳じゃないんでしょう?」シナノは問いかけた。

「うん。もちろんだよ。ポシェトの重みはポシェットの分の重みがあるだけだよ」サイトは答えた。

「よし!決まりだ!おれも『ポシェット・ケース』でいいと思う!風船じゃなくて元からポシェットを手に入れるためにここまで来たんだしな!」ミヤマは言った。

「これが水を入れるボトルと『雑貨の地』の簡単な地図だよ」サイトはミヤマとシナノに対して事務的に必要な物を手渡しながら言った。サイトは割と親切な従業員なのである。シナノは『どうもありがとう』と丁寧にお礼を言った。ボトルは台車にすっぽりとはまっているので、持ち歩く必要はない。ボトルの中には水を汲み上げるためのポンプも入っている。今のミヤマは台車を押してシナノは地図で場所を確認している。

「お気をつけて行って来て下さい。ぼくはお待ちしております」サイトは言った。

「ああ、ありがとう。サイトくんには色々と迷惑をかけてすまなかったね。ごめん。さて、やっぱり、目的地は手ごろなダムにするかい?」ミヤマはシナノと一緒に歩き出しながら聞いた。

「ええ。そうね。その方がいいと思う。そうしましょう」シナノは同意した。

ミヤマとシナノによるウォーター・ハンティングは幕を開けた。手順はわかってもまだ何があるかはわからないので、油断は禁物である。とはいっても、道路を開削するところから始めるような羽目にはならないが、打ち明けてしまうとこれから少しミヤマには酷な運命が待ち受けている。

 それでも、今のミヤマは目的地も決まって意気揚々としている。殺伐とはしていないが、ミヤマは波に乗っているので、悪者を征伐してしまおうというくらいに気が大きくなっている。そんなミヤマは脆弱そうにしているよりはいいのではないかと自己分析をしている。


 その頃、アイラは全身全霊を込めてクリエーターとして物語を作成したせいで完全燃焼していた。今のアイラはテンリの上でだるそうにしてぐったりとしている。アイラはしばらく議論を沸騰させることができそうにない。言ってみれば、寝起きの状態に近い。テンリは自分の上でアイラを休ませてあげている。

しかし、アマギはアイラとは打って変わってけろりとしていて元気が一杯である。例えば、アマギは行き成りに敵が大挙して押しかけてきても追っ払えるくらいに元気である。

「なあ。テンちゃんとアイラちゃんは天狗って知っているか?」アマギは晴れやかに聞いた。

「うん。ぼくは知っているよ。妖怪のことだよね?」テンリは確認した。

「そうなんだよ。おれ達が作った物語には出てこなかったけど、天狗っていうのは顔が赤くて鼻が高くて翼があるんだぞ!」アマギは些か自慢げになって説明をした。

「後、神通力が使えて羽うちわを持っているんだよね?」テンリは補足した。

「ふーん。そうなのか。それは知らなかったよ。天狗と会ったことがあるおれよりもテンちゃんの方が詳しいな。テンちゃんは物知りだな。おれは鼻が高いよ」アマギは気楽に言った。

「わかった!アマくんは天狗になっているんだね?うまい!」テンリは褒めた。

「いやー。それ程でもないよ。でも、うれしいな」アマギは陽気な口調で照れた。

言うまでもないかもしれないが、アマギが今のような気の利いたセリフを吐ける訳もなくてあれは単なる偶然である。しかし、テンリはすっかりと青眼でアマギを見つめている。

「っていうか!アマギくんって天狗と会ったことがあるの?」アイラは口を挟んだ。

「あるぞ!夢の中で」アマギは即答した。アイラは腰砕けになりそうになっている。

「何よ!それ!もう、びっくりさせないでよ!テンリくんも信じているみたいだったから、うちもすっかりと騙されちゃったじゃない!」アイラは何事も信じやすい性格をしている。

「そうか?それはごめん。でも、天狗に会ってみたいな。ん?もしかして、あれはズイくんじゃないか?」アマギがそう言うとテンリとアイラの二人も前方を注視した。ズイカクは確かに6足歩行をしてこちらに向ってきていた。6足歩行ということはズイカクがお気に入りの枕を持っていないということである。ズイカクは訳があって枕をなくしてしまったのである。テンリはズイカクの目の前にくると不審そうにして聞いた。

「どうしたの?お家に何かの忘れ物をしちゃったから、ズイくんは引き返しているの?」

「いんや。違うだべ。リュウホウくんが追いかけてきたから、おらは怖くなって逃げてきたんだべ。どうにかこうにかと振り払うことはできたけんど、枕を落として道を外れて迷子になってしまったんだべ」ズイカクは息を切らして早口で言った。ズイカクは『樹液の地』に戻りたかった訳ではなかったのである。

「そうだったのか。それじゃあ、おれ達と『忍者の地』の途中まで一緒に行こう!おれ達は地図を持っているし、リュウホウが現われても対抗できるからいいだろう?」アマギはやさしい口調で聞いた。

「ありがとうだべ」ズイカクはそう言いながら『ぱっ!』と顔を明るくした。

「いいの。いいの。それにしても、あの男はまたズイカクくんを追いかけてくるなんて一体何のつもりかしら?反省したんじゃなかったのかしら?」アイラは疑問を呈している。

「そうだね。できれば、リュウホウくんに会わない方がいいのかもしれないけど、もし、会ったらその時に詳しい事情を聞いてみようね?」テンリはリュウホウを気遣って殊勝にも言った。

「テンリくんってやさしすぎ!あの男はきっとまたズイカクくんをいじめようとしているに違いないわ!あの男は反省っていう言葉を知らないのかしら?」アイラは呟いている。

「まあ、どっちでもいいよ。もし、ズイくんにまた難癖をつけてくるようならおれが懲らしめてやるから。ズイくんの枕もその辺に転がっているかもしれないしな」アマギは頓着せずに言った。アマギの性格はどこまで行っても豪放磊落なのである。以前、アイラの家で幽霊が出たのかもしれないという話になった時に大喜びしていたが、怪談だろうが、怪火だろうが、アマギはいつでも何でも大歓迎なのである。

 とはいえ、今はズイカクが怖がっているので、できれば、リュウホウの来襲を受けない方がいいということくらいならば、単純なアマギでもちゃんと理解できている。

 リュウホウはズイカクを再び手下にしようとしている可能性が濃厚だとアイラは思っているが、それとは打って変わってテンリには別の可能性も考えの内に入れている。


 時刻は進んで一時間後の話である。今のシナノは小脇に地図を抱えて歩いている。人間界の出身だから、シナノは練習をしたとしても二足歩行はできないのである。そのため、ミヤマはシナノを丁重に取り扱っている。今のミヤマはその証拠としてボトルの乗った台車を押しながら専使として二足歩行をしている。

ミヤマは『樹液の地』でテンリと旅をしていた時のようにしてシナノを手厚く応接しようと心掛けている。ミヤマはお笑い芸人のようなソウルの持ち主なのである。

「今頃になって思ったんだけど、わざわざ、ボトルをもらわないで係員の振りをしてポシェットを失敬した方がよかったんじゃないかな?あそこはけっこう混雑していたからできたかもしれないだろう?」ミヤマはそろそろと話を始めた。平然と言っているが、その内容はけっこう邪悪である。

「ミヤくんは悪知恵が働くのね?でも、悪の道に入りこんだらダメよ」シナノは言った。

「そうだよな。ごめん。ところで、道はこれで合っているのかい?まさかとは思うけど、堂々巡りするようなことはないかな?」ミヤマはそう聞きながら一旦歩みを止めた。

シナノは地図を開いて確認した。『雑貨の地』は所々の木には番号が書いてあるので、それを確認すればいいようにはなっている。シナノは地図を元のように戻した。

「ええ。大丈夫よ。今のところはミヤくんのその心配はないみたい」シナノはそう言うとまたミヤマと一緒に歩き始めた。当然、シナノを信頼しているので、ミヤマは安堵している。

「よーし!それじゃあ、最速で水をゲットしよう!おれ達よりも先に出発した虫よりも速くゴールしよう!これは下克上っていうやつだ!」ミヤマは血気に逸って言った。

「レースじゃないんだけど、早く片づけば、それに超したことはないものね?」シナノは言った。

「うん。そういうことだよ」ミヤマはシナノにも理解してもらえて晴れ晴れとしている。

「どいた!どいたー!ミヤ様のおとーりだー!」ミヤマは調子に乗ってそんなことを言い出した。今のミヤマはクラリネットを鳴らすちんどん屋のような騒がしい状態である。後で詳しい事情はわかるが、ミヤマには本当に『ミヤ様』と言われてちやほやされた時期もあった。

「ん?この紐は何だい?」ミヤマはそう言うと落ち着きを取り戻して台車から離れて行った。シナノも不思議そうにしている。ミヤマは木からぶら下がっている紐の下まで移動した。突然『スクランブル♪スクランブル♪』という男の子の声が聞こえてきた。消防署のすべり棒のような要領で木にひっかけてある紐から約45ミリのオスのチョウセンヒラタクワガタがするすると降りてきた。彼は名をテティと言う。ミヤマは『うわ!』と言うとテティの下敷きになった。テティは気力十分に言った。

「やあ!ぼくちゃんはテティだよ!困っていることがあるのならぼくちゃんにお任せあれ!」

「はい!今のおれは困っています!」ミヤマは挙手をしながらぼそぼそと言った。

「どうしたの?ぼくちんに何でも言ってごらん!」やはり、テティは気合十分である。

「足をどけてもらえるとありがたいんだけど・・・・」ミヤマは小声で言った。

テティは『ごめん!ごめん!』と言うとミヤマの上から退いた。テティは今までミヤマを踏みつぶしていたことに気づかなかったのである。テティはかなりの天然である。

「うむ。かたじけないでござる」ミヤマはなぜか侍を気取っている。言うまでもないのかもしれないが、テティに、負けず、劣らず、ミヤマもかなりの道化である。

「あの、あなたは私達の水探しに協力してくれるの?」シナノは聞いた。

「うん。ぼくちゃんはみんなの味方なのです。でも、ちょっと待っていてね!」テティはそう言うと木の上に飛んで行ってしまった。ミヤマとシナノはじっとテティの動向を見守ることにした。テティはお尻を下にして木の幹の上を滑り落ちてきた。テティはさっきと同じことを言い出した。

テティは『スクランブル♪スクランブル♪』と言って乗り乗りである。途中で木の幹が剥がれたが、テティはお構いなく下までくるとそのまま羽をひらげて見事に地面に着地した。

テティは期待のこもった瞳をしてミヤマとシナノの方を見た。ミヤマは止むを得ずに拍手をすることにした。二本足では立てないので、シナノは心の中で拍手を送ることにした。

「てへ、やっぱり、登場シーンって重要だものね?まだ、名前を聞いていなかったね?ええと、ミヤマクワガタの君は?」テティはオスにしてはかなり高い声で言った。

「おれはミヤマだよ。よろしく」ミヤマは特に気取ることもなく普通に名乗った。

「こちろこそよろしく!なるほど!ミヤマクワガタだから、ミヤマくんか!って、なんでやねん!そんな適当なネーミングの仕方でええんかい!」テティはそう言うと苦笑いのままミヤマを見た。

「そうそう。おれはミヤマクワガタのミヤマです。って、ふざけるなー!そんな訳あるかー!」ミヤマは自虐的に切り返した。シナノはまたぞろ他人の振りをし出した。

本当に恥ずかしいからではなくてどんな対応をすればいいのか、よくわからないので、シナノはわざとこのような行動をとっている。シナノなりの一種のジョークである。

「いや。ごめん。ナノちゃん。ついつい調子に乗っちゃったよ」ミヤマは頼りなさげに言った。

「うふふ、いいのよ。おもしろかったもの。私はシナノ。よろしくね」シナノはテティに向きなおると親しみ深げに言った。シナノはテティに好印象を持っている。

「うん。ミヤマっちとシナノっちだね?こちらこそよろしく!それじゃあ、早速、水を探しに行こうか!ぼくちゃんについて来てね?ふん♪ふん♪ふふん♪」テティは鼻歌交じりに案内を開始した。

ミヤマとシナノはテティに連れられて改めて水探しに奔走することになった。とりあえず、旅の仲間が増えたので、ミヤマとシナノは少し安堵している。今はテンリとアマギの使者としてここにいるようなものなので、ミヤマはここいらでまた気合いを入れ直してはりきっておふざけをしようとなぜか変な決心をしている。

しかし、ミヤマにとっては思わぬライバルの出現である。ミヤマに負けないくらいに愉快な虫なので、テティはその内にバカな怒声を上げてミヤマとシナノを笑わせ出した。


 テンリ達の三匹はズイカクを加えて歩き続けていた。アイラは相変わらず花を見かけるとうっとりと見惚れている。テンリはズイカクに対して解説を加えてちゃんと立ち止まってテンリ達の他の三匹もアイラの気がすむまで待ってあげている。テンリとアマギはその必要はないと言ったのだが、それでも、あたかもその二人の門人のようにして恐縮しているので、ズイカクはずっと低い姿勢のままである。

今のアマギはルートから外れて木の根元のところまで歩いて行くと二本足で立ち上がった。アマギは不意に両手でがっしりと根っこを掴んでひっこ抜こうとして声を上げた。

「うおー!ぐぬぬ!はあ。やっぱり、ダメか」アマギはそう言ってすぐに諦めた。アマギはテンリ達の他の三匹の方に戻って行ってまた歩き出した。アイラは呆気に取られている。

「ねえ。あまりにもバカらしくてもしかしたら聞いたらいけないのかもしれないけど、今のアマギくんは一体何をしようとしていたの?」アイラは恐る恐るといった様子で聞いた。

「リュウホウが襲撃してくるかもしれないから、ウォーミング・アップをしていたんだよ。しかし、やってみるとさすがに木の根っこは引き抜けないもんだな」アマギは残念そうである。

「うちにはやってみなくても明白なことに思えるんだけど・・・・」アイラは遠慮がちに言った。

「あはは、やっぱり、そうなのか。おれもそんな気がしていたんだよ」アマギは堂々と言った。

「でも、そういうアマくんのチャレンジ精神は立派だよね?」テンリは真心からよいしょした。

「もしかすると、そうなのかもね」アイラは投げ遣りになっている。

 確かにアマギによって虚仮にされてしまったので、リュウホウはひょっとすると捲土重来を期しているかもしれず、警戒心を持つことはいいことなのかもしれない。

「おらは木の根っこをひっこ抜いた虫を見たことあるだべ。自分の10倍くらいある根っこを振り回して暴れていたべ」ズイカクは不意に口を挟んだ。

「アマギくんの発想がそのまま生かされているのね?うちは当ててみようか?それは盗賊男のリュウホウが『魔法の壺』を使ってやったんでしょう?」アイラは自信たっぷりに言った。

「んだ。そのとおりだべ」ズイカクは無表情で答えた。テンリは意外そうにしている。

「そうなんだ。リュウホウくんが持っていたあの『魔法の壺』は『セブン・ハート』だけじゃなくてそんな幻覚も見せられるんだね?あれ?」テンリは異変を察して不審そうな声を出した。

「え?まさか」アイラはそう言うと後ろを振り向いた。というよりも、テンリの上に乗っかっているので、アイラはテンリが振り向くのと同時に自動的に後ろ向きになった。

奸物のリュウホウはテンリ達の4匹の後ろから羽の音を響かせて案の定やってきた。しかし、リュウホウは右手に白旗を掲げている。ただし、アイラは用心深かった。

「信用できないわ!きっと油断させておいてズイカクくんに攻撃を仕かけてくるつもりよ!」

「そうかなあ?どうしよう?アマくん」テンリは幾分か不安そうである。

「大丈夫だよ!おれが皆を守る!」アマギは精神的にゆったりとしている。今のアマギは無心だし、一度はリュウホウと戦って勝っているので、全然、今のアマギは何とも思っていない。

「すぐに牢獄へ連れて行っちゃって!」アイラはアマギのことを勇気づけた。

「よし!わかった!すぐに行動に移ろう!」アマギはやる気満々である。リュウホウはテンリ達の4匹の目の前に来ると羽をしまって地面に着地した。ズイカクは緊張気味である。

「よし!それじゃあ『監獄の地』に行こう!」アマギは躊躇わずに言った。

「えー!ぼくの話は聞いてくれないんですかー?これを見てよ!これ!白旗だよ!白旗は戦意がなくて降伏するっていう意味のはずだよ!」リュウホウはびっくりしながらも必死に主張した。

「そんな都合のいいこと言ってもあなたなんてもう信用できないわ!」アイラは強気である。しかし、アイラは言葉とは裏腹にしてアマギの後ろに隠れている。やはり、アイラは小心者なのである。

「違うんだ!ぼくは本当に反省しているんだよ!確かに今までは強い者が弱い者を虐げるのは当然だと思っていたよ!でも、それは間違いだった!本物の『セブン・ハート』を見せられてぼくが弱い者の立場になってやっと気がついたんだ!『強きを挫き、弱気を助く』という精神の意味もぼくには理解できるようになったんだ!今までそれと反対のことをしていたぼくは愚の骨頂であるどころか、自分自身がある意味では哀れな弱者だということを証明していたようなものなんだ!昨日はちゃんと謝らなかったから、だから、心の底から謝りたくてついて来たんだ!嘘じゃない!本当だよ!ズイカクくん!今まで本当にごめんよ」リュウホウは本当に心を込めて言葉を紡いでいる。この場は少し沈黙した。テンリとズイカクは真剣な顔をしている。リュウホウは本気なのかどうかと慎重な態度でテンリとズイカクの二匹は頭の中で吟味している。

「なるほど。改心したっていう訳ね?その気持ちは絶対に忘れちゃダメよ」一番すみっこにいるのにも関わらずなぜかこの場の主導権を握っているアイラはアマギの後ろから少しやさしい口調になって言った。リュウホウは小さくなってその言葉の意味を必死に噛みしめている。

「まさかとは思うけど、口先だけじゃないだろうな?本当はまたズイくんを子分にしようとしたんだけど、おれ達がいたから、止めにしたんじゃないのか?」アマギは一応確認をした。確かにアマギの言う通りリュウホウは口がうまい男なので、そう簡単に口車に乗るのは危険である。

「違う!金輪際そんなことはない!それじゃあ、これを見てくれ!」リュウホウはそう言うと突然に二本足で立って少し離れた場所に行った。リュウホウはテンリ達の4匹のところにダッシュをしながらヘッド・スライディングを披露した。ズイカクは思わずはっとしている。

「見てくれって言うから見たけど、これが何なの?」アイラは当惑している。

「ぼくとズイカクくんは幼馴染なんだ!昔は対等な立場に立っていて仲良しだったんだ!ぼくはその時の気持ちを思い出したんだ!小さい頃に二人で披露しあったズイカクくんの後ろ歩きとぼくのスライディングを思い出したんだ!だから、もう、ズイカクくんに意地悪をするようなことは絶対にしない!もう、会えなくなるかもしれないから、最後にそれだけを言いたかったんだ!」リュウホウはついつい早口になりながらも一気に言った。リュウホウは相変わらず真剣な顔をしている。

「ぼくはリュウホウくんのことを信じるよ」テンリは真摯な気持ちで言った。

「テンちゃんがそう言うのなら信じてもよさそうだな。おれも信じることにしよう!どうする?ズイくんはもうリュウホウと会うのは止めにするか?」アマギはまだ慎重な態度を見せた。

「いんや。また、会いにきてほしいだべ」ズイカクは控えめな口調で言った。

「ありがとう。ありがとう。ズイカクくん。今まで本当にごめん」リュウホウは心から謝罪の言葉を述べた。リュウホウの瞳からはうれしくて悲しい涙が零れ落ちた。

 リュウホウはズイカクと結成していた盗賊団の解散によって心から今までの行動を反省してそればかりかテンリ達の一行の行動について尊崇するまでに至っている。

 テンリ達の一行の行動はズイカクに対する思いやりに満ちていたので、自分の行いは益々醜く見えてリュウホウは子供の頃の純粋だった気持ちを思い出したのである。

 子供の頃から他の虫を軽侮の目で見ていた訳ではなかったので、リュウホウはそれを思い出すと自分の行ってきた悪事について呻吟する程に悔やむようになったのである。

 これからのリュウホウは悲憤慷慨しているだけでなくて更生するために努力を始めることになる。テンリはそんなリュウホウを密かに応援してくれている。


 テティは『ぼくちゃん』という一人称を頻用するとても明るくて元気な男の子である。テティはアマギと同じく単身でもどこにでも行けるくらいに怖いもの知らずでもある。

 もしも、テティが人間で代筆を頼まれたならば、文章を全く書き換えておもしろおかしくしてしまう程にユーモアもあるって暴走もしてしまうような性格をしている。

 怖いもの知らずて暴走もするが、テティは少し夜郎自大とは違う。確かにいつでも堂々としているが、やさしいので、テティは基本的に不遜な態度は取らない。

テティは今も『フン♪フン♪フフン♪』とハミングをして上機嫌である。ミヤマとシナノの二匹はテティに遅れないようについて歩いている。テティは鼻歌を止めた。

「例え、ぼくちゃんはどんな手段を使ってでもミヤマっちとシナノっちに水を供給してあげるから、安心してね?例え、やりが降ろうと!オノが降ろうと!例え、火の中!水の中!てへ!水の中に潜ることはないかもしれないね?ぼくちゃんはドジっ子だね?」テティは心の底から照れている。とはいっても、火の中に入ることもおそらくないのではないのだろうかとミヤマは心の中で思った。

「少し気になっていたんだけど、テティくんはいつもこの『雑貨の地』でこんなことをしているのかい?」ミヤマはテティの明るさに負けないくらいに元気な声で聞いた。

「ううん。実は今日が初めてなんだよ。てへ!ぼくちゃんはまだアマチュアなんだ。でも、ぼくちゃんは力一杯にがんばるからね?」テティの寛闊な言葉を発した。シナノは素直に言った。

「それは心強い!テティくんは頼りになりそうだものね?どうもありがとう。テティくん」

「てへ!いいんだよ。ぼくちゃんはミヤマっちとシナノっちの味方だからね?」もう、テティは役目を果たしたかのような顔つきで言った。明るい性格のテティは大抵誰とでも感覚フィーリングが合うのだが、特にミヤマとシナノの二人からはベリー・グッドな印象を受けている。

「ところで、今のおれ達はどこへ向かっているんだい?」ミヤマは話題を変えた。

「埋立地だよ。そこへ行ってぼくちゃんの知っている穴場を掘るとおもしろいように水が『ぶしゅー』って湧いて出てくるんだよ!」テティはリーズナブルな説明をした。ミヤマは納得した。

「ふーん。そうなのか。それならダム行きは止めてテティくんに従うよ」

「そうね。確かに蛇の道は蛇だものね?その方がいいかもしれない」シナノは同意した。ミヤマとシナノの二匹はすでにテティを信頼している。テティは思いがけなく少し暗い口調で言った。

「ぼくちゃんはね。力持ちなんだよ。ぼくちゃんのパパは何て言ったって現役の『森の守護者』なんだよ。だから、多少はその潜在能力がぼくちゃんに遺伝しているはずなんだよ。マウンテン・ゴリラでもツキノワグマでもサーベル・タイガーでも何でもござれだよ。ぼくちゃんはどんな敵に遭遇しても屈しないんだよ」テティは少し暗い口調のままホラを吹いている。ミヤマは敏感にそれを察知した。

「テティくんはたくましいのね?」シナノがそう言うとテティは頬を赤らめてちょっぴりと照れた。

その後、ミヤマ・サイドは暗くなるまで歩き続けてイタヤの木で樹液を吸うと夜話としてテティはデラックスな野望を語った。テティはフェリー・ボートに乗って人間界へ行ってそこでトランペットの音を聞きたいと語ったのである。テティにとってはまさしく夢のような話である。

人間界へ行ったことのあるミヤマはそれを聞くと息巻いて人間界での体験談を明かした。テティはその事実を知ると驚いたが、シナノは人間界の出身であると聞くともっと驚いて『オープニングの戦い』について聞くと目玉が飛び出る程に驚いた。テティはこれ以上に驚けない程である。テティは目を輝かせている。

ミヤマは人間界で見たプレハブ住宅や神社の話をした。ミヤマは話していて少しバンカラすぎるかなと思ったが、テティはそれさえも喜んで聞いてくれた。

テティはいつも騒がしいのにも関わらず、この時ばかりはセレモニーにでも出席しているかのようにして大人しく話を聞いていた。借りてきたネコのようとはまさしくこのことである。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。ミヤマ達の三匹は眠りに就いた。


翌日のテンリ・サイドの話である。テンリ達の4匹の皆はリュウホウと別れてからユリの木を拠点にしてそこを居留地として床に就いていた。アマギはキュウリではなくてトロピカル・フルーツをカッパと一緒に食べるという夢を見た。そのカッパはミヤマの父親として登場していた。

アマギは想像力が乏しいのにも関わらず、アマギが見る夢だけはやたらと空想的なのである。アマギは寝坊をして最後に目を覚ました。テンリとアイラは話し合いをしていた。

その内容はズイカクがいなくなってしまったというものである。今朝のアイラは珍しく朝から元気である。テンリは目覚めたばかりのアマギに対して聞いた。

「アマくん。どうしよう?ズイくんは一体どこに行っちゃたのかなあ?心配だね?」

「うーん。まさかとは思うけど、リュウホウに連れ去られたんじゃないだろうな」アマギは落ち着いた口調で言った。とはいえ、この可能性は少ないだろうとアマギも考えている。

「そういうバッド・エンドみたいな想像はやめましょう。それに皆があの男を信用することでこの話は決着がついたんだから、もう、問題は解決ずみでしょう?ズイカクくんはひょっとしたら夢遊病者なのかもしれないわ。寝ている内に無意識のままどこかにふらふらと歩いて行っちゃったのかもしれないでしょう?」空想の大好きなアイラは少しユニークなことを言った。

「あはは、そんな虫がいるのか?おれは初めて聞いたよ。そうか。ズイくんは寝ぼけてどっかに行っちゃったのか。ズイくんも大変な癖を持っているんだな」アマギは勝手に納得している。

「アマくん。アマくん。まだ、そうと決まった訳じゃないよ」テンリは慌てて取り成した。

「どこに行ったのかはさっぱりわからないけど、歩いていたらその内にばったりと遭遇するかもしれないぞ!」アマギはのんびりと言った。テンリとアイラは言い返さなかった。

テンリ達の一行は謎は謎のまま朝食を終えるとまたアイラの家を目指して歩き出した。ズイカクの失踪という思わぬ病弊が露出したので、テンリは少しもやもやした気分である。

アマギは従前と変わらずに能天気に歩いている。しかし、それはズイカクの心配をしていないのではなくてリュウホウに連れ去られた線は薄いと思っているからである。

ズイカクはリュウホウに連れ去られたとはアイラも思いたくないというのが本心である。激しい兵馬をまたもや演じることも嫌だが、アイラはリュウホウを信じているからである。


 ミヤマ・サイドは朝食を取り終えてもう旅を再開していた。テティは社交辞令ではなくて本心からミヤマによっておもしろい虫だと言われると気をよくした。

今のテティは気分が絶好調である。テティは手ぶらなので、ミヤマとシナノの二匹の先を飛んでいる。シナノはいつものようにして静謐にその後を追っている。

テティは今も木の周りの大きな枝を上手に避けて縦横無尽に飛び交っている。テティは本当に元気が一杯なので、最近はさすがのミヤマも押され気味である。

「おーい!こっち!こっち!ミヤマっち!シナノっち!」テティは大声で言った。

「今、行くよ!待っていてくれ!」ミヤマはそう言うと心持ち台車を押すスピードを速めた。シナノも少し早歩きになった。テティは急にミヤマとシナノの前に着地すると二本足で立った。

「えっへん!ここから先は有料です!」テティは幾分か緊張気味に言った。ミヤマは『え?』というまぬけな声を上げた。シナノはどういうことなのかと不審そうな顔をしている。

「てへ!なーんちゃって!嘘だよー!」テティはすぐに相好を崩した。

「よかった。それにしても、おもしろさで言ったらミヤくんの右に出る者はいないと思っていたけど、テティくんも負けていないのね?」シナノはほっとしながらも賛辞の言葉を送った。

「てへ!そうかな?ぼくちゃんの方が今は優勢かな?」テティは聞いた。

「おっと!それは聞き捨てならないな!これは負けていられないぞ!ほれ!これでどうだ!」ミヤマはそう言うと羽を広げて逆立ちした。そして、ミヤマはボトルの上で腕立て伏せのようなことをし出した。

ミヤマは筋肉がムキムキのマッチョだと言いたいのである。ミヤマは羽をしまってボトルの中に顔を突っ込んだので、ミヤマはそのまま体ごとすっぽりとボトルの中に入ってしまった。

ミヤマは『一球入魂!』と魂を込めて叫んだ。ここまで来たら何でもありである。あまりにも意味不明すぎるので、シナノは仕方なく今や恒例になっているしかとを始めた。

「ははは、おもしろーい!」テティはミヤマの見世物を大いに喜んだ。ミヤマはボトルから体を引き抜くと何事もなかったかのようにしてまたテティとシナノと共に歩き出した。

「さあ!ミヤマっち!手をあげろ!」テティは少しするとギャングのような口調で言った。ミヤマは『へーい!』と言うとヒッチ・ハイクするような気軽さで片手を上げた。テティは相も変わらずに凄みを利かせて『物をよこしな!』と言った。シナノは黙ってミヤマとテティのやり取りを見守っている。

「物って?いや。それ以前におれは怖がった方がいいのかな?」ミヤマは気楽に言った。

「てへ!ごめんね。別にいいんだよ。悪者が苦手だから、ぼくちゃんはいざ悪者になろうと思っても中々なれないや」テティは大層恥ずかしげに照れている。

「そうなんだ。でも、それはいいことだと思うけど・・・・」シナノは意見を述べた。

「てへ!ありがとう。シナノっち。シナノっちはやさしい虫さんなんだね?そうそう。ミヤマっちは物をよこしてくれる?」テティは二本足で立ってミヤマの方を向くと聞いた。

「もしかして、さっきから言っている物っていうのはこれのことかい?」ミヤマは台車を指さして聞いた。テティは首肯したので、ミヤマはテティに台車を押してもらうことにした。

「テティくんは本当にお利口さんだな」ミヤマは6足歩行になってから言った。

「てへ!全然そんなことはないよ。言ったでしょ?ぼくちゃんはミヤマっちとシナノっちの味方だって」テティは少し気取った感じを見せながらも今も地面を横行している。

 ミヤマ・サイドはこんな風にして和やかな雰囲気で旅を続けている。テティという強烈な個性の持ち主がいるおかげで難治でさえも逃げて行ってしまう感じである。普段からそうだが、テティは大兵を率いているかのようにして自信満々である。ミヤマとシナノの二人と一緒だということもテティを元気にしている。

 命令を受けた訳ではないから、復命する必要はないし、ミヤマとシナノもまだ気づいてはいないが、テティがミヤマとシナノの二人と旅を始めたことにはある理由がある。


 テンリ・サイドでは依然としてズイカクの消息は消えたままである。アイラはズイカクの夢遊病説を唱えていたが、アイラ自身その可能性は低いのではないだろうかと思っている。

リュウホウに限らずに仮に誰かに連れ去られたのでなければ、ズイカクは自分でいなくなったことになるので、ズイカクは怒っているのだろうかとテンリは心配である。

アマギはズイカクの失踪について一番に楽観視をしている。自分自身が児戯は大好きなので、アマギはズイカクもきっと遊びに歩いているのではないかと思っているのである。

「ねえ。ズイカクくんはひょっとしてひょっとすると神隠しにあったんじゃないかしら?」アイラはテンリの上に乗ったまま話を持ちかけた。やはり、アイラは空想好きなところがある。

「もしかしたら、そうかもな。ところで、神隠しって何だ?」アマギは聞いた。

「アマギくんは相変わらずとんちんかんね。神隠しっていうのは急に行方不明になることよ。ドロンしちゃうとも言うわね」アイラは幾分か得意げになりながらも説明をした。

「それは天狗のせいだとされているんだよね?」テンリは言い足した。

「へー。そうなのか」アマギは感心している。アイラもそこまでは知らなかった。

「ひょっとして、アマギくんとテンリくんが天狗について話していたから、本物が登場しちゃったんじゃないでしょうね?」アイラは少しばかり物騒なことを口にしている。

「別に天狗の悪口は言ってないから、ズイくんは無事だな」アマギは気楽に言った。

「うん。そうだといいね」とりあえず、テンリはアマギに調子を合わせた。

アマギとテンリの言葉の正しさは間もなく裏づけられることになった。ズイカクはテンリ達の一行が歩を進めていると意外なことにも左側からやってきたのである。

「おーい!皆!おらだべ!行き成りいなくなっちゃってごめんだべ!」ズイカクはテンリ達の三匹に対して声を出して呼びかけた。ズイカクはなくしたはずの枕を持っている。

「おお、ズイくん!別にいいよ!ズイくんが無事でよかったよ!あれ?」アマギは異常な光景を目にして言葉につまった。ズイカクの後には花があったのである。『あった』というのは間違った言い方かもしれない。生きているので、花が『いた』という表現が正しい。その花は植木鉢ではなくてプランターに入っている。しかし、花は端っこに一輪しかないので、やや不格好というそしりを免れないので、そういうところは玉に瑕である。その花は端っこにいて端っこの方向を向いてプランターごと『パカッ!パカッ!』と歩いているので、上半身が人で下半身が馬のケンタウロスに少しだけ似ていなくもない。

「はじめまして。皆さん。あたくしはピフィでございます。以後、お見知りおきを」花は優雅な身のこなしと優美な口調で言った。ピフィは上品な花なのである。

「はじめまして。ぼくはテンリだよ」テンリは早速やさしい口調で自己紹介をした。

「おれはアマギだ!ふーん。おもしろいな。花なのに生きているのか。きれいだな」アマギは言った。

「おほほ、アマギ様はご冗談がお上手でございます」ピフィは照れ方も雅やかである。アイラは訳がわからなくて絶句している。テンリとアマギの二匹は生きた栗のトグラと出会ったことがあるので、耐性ができているが、このようなことについては初見のアイラにはびっくりするような珍事なのである。

最初はズイカクもびっくりしたのである。最も、トグラの時もそうだったようにしてアマギとテンリの二匹は何が起きても大抵のことはすんなりと受け入れてしまう。例えば、見たこともないぬんちゃくがしゃべろうが、ゴルフのクラブが歌を高らかに歌い上げようが、テンリとアマギの二匹は見たものをすぐに受け入れる程に単純なのである。しかし、いいことなのかどうか、それは少し微妙な問題である。

ピフィの花の種類はガーベラ(アフリカ・タンポポ)である。ピフィは顔が黄色で周りの花びらは淡紅色をしている。花びらが重ならないものを一重咲きと言って花びらが重なるものを八重咲きと言うが、ガーベラにはその両方が存在していてピフィは一重咲きである。ピフィは栗のトグラと同じ要領で節足帝国から命を授けられた奇跡ミラクルの生き物である。

「ああ、何て可憐なお姿!何て素敵なお名前!どうして、ピフィさんはピフィさんなんでしょう?うちはマグマを飛び越えてブーケを手にした気分になっちゃった!」アイラはショックから立ち直るとそんなことを言い出した。花好きのアイラにとってはたまらない展開なのである。

「おらはアイラちゃんの言っている意味が半分も理解できないだべ」ズイカクは戸惑っている。

正確に比喩をすると、アイラはバージン・ロードを歩いているような浮き浮き感を感じているといったような按配である。テンリは先程のセリフについて同調した。

「ズイくんだけじゃないよ。それにしても、アイラちゃんはミヤくんみたいなことを言うね?」

「ああ!ピフィさんとアイラちゃん!素敵なお花のピフィさんとプリンセス・アイラちゃん!もう、最高!はあ!もう、ダメ!」アイラはそう言うとはしゃぎ過ぎてダウンしてしまった。

「うーん。おらは今のアイラちゃんのセリフもよく意味がわからなかったべ。やっぱり、おらはあんまりおつむがよくないだべ」ズイカクは残念そうにしながら落ち込んでしまった。

「いや。そんなことはないぞ。しかし、アイラちゃんはカリー化まで進んできたな。これは重病だな。危篤だな」アマギはおもしろがっている。テンリは義理がたくもズイカクに対してカリーのことを教えてあげた。アイラは夢から覚醒するとやや不機嫌そうにした。

「ちょっと!アマギくんとテンリくん!不要な比較をしないでくれる?うちは唯一無二のスペシャル・アイラちゃんなんだからね!そこのところを取り違えないでよね!」アイラは気迫十分で言った。ズイカクはアイラの勢いに押されて今の言い草についてのコメントは避けた。

「あの、おらが昨日いなくなった理由を話してもいいだべか?」ズイカクは聞いた。

「うん。いいぞ!聞かせてくれ!ズイくん」アマギはやさしく答えた。ズイカクは話し出した。

「昨日の夜の話だべ。おらがトイレに起きたらピフィさんがいたんだべ。だけんど、名前は後になって知ったべ。おらは別にピフィさんと知り合いだった訳ではないだべ。生きている花なんて初めて見たから、驚いたけんど、きっと、アイラちゃんも会ってみたいって言うだろうから、話しかけようとしただべ。すると、ピフィさんは恥ずかしがり屋さんで逃げてしまっただべ。おらは必死で追いかけたんだべ。その後、やっと、ピフィさんに追い付けて皆にもあってほしいと説得したべ。やっと、ピフィさんが折れてくれたけども帰り道がわからなくなってしまったんだべ。それで少し皆の元に帰って来るのが遅れてしまったんだべ。でも、そのおかげでなくしたはずの枕を見つけることができたんだべ。おらは説明が下手でごめんだべ」ズイカクは素直に謝った。ズイカクの話している間はアマギもしっかりと話を聞いていた。

「ううん。下手じゃないよ。ぼくにはよくわかったよ」テンリはズイカクを補い助けた。

「そうだったのね。ごめんなさい。ズイカクくん。うちはてっきりとズイカクくんが夢遊病者なのかと思っちゃったのよ。勝手な想像をしちゃったみたいね」アイラは痛ましくも暗い口調で言った。

「いんや。それぐらいは何でもないだべ」ズイカクはやさしい口調で言った。

「それよりも、どうして、アイラちゃんはさっきからピフィさんの方を見ないんだ?」アマギは素朴な疑問を口にした。アイラはピフィからわざと視線を外してそっぽを向いている。

「恥ずかしくって眩しくってとても顔見せできないわよ!」アイラは頬を赤らめて言った。

「おほほ、アイラ様も恥ずかしがり屋さんなのでございますね?あたくしと一緒ではございませんか」ピフィはアイラに対して親近感を覚えている。

 アイラはそれを受けると喜びでテンションがマックスになっている。アイラは神聖な依代か何かと間違えているのではないだろうかという程にピフィのことを神聖視している。

 決然たる態度でピフィを追いかけたことによってアイラはうれしそうにしているので、少しは恩返しができたのではないだろうかと思ってズイカクもうれしそうにしている。

 テンリとアマギも花と会話ができるようになって喜んでいるし、最近は晴雨がはっきりしているが、今日はポカポカな陽気なので、今は万事において皆の気分がいい。


 ミヤマ・サイドでは目的地に到着していた。甲虫王国には士民のような格差はないし、普段は働く必要もないのだが、今のミヤマは労働者として働く気が満々である。

 テンリとアマギから頼まれているという事実が兵糧になっているので、ミヤマとしては責任感を持って今回の旅に挑んでいるのである。シナノもミヤマに期待を持っている。

若干どこも足場は湿っている。ここを掘れば、場合によっては水がしこたま出てくるという訳である。テティは空を飛んでいたのだが、突然、木の枝をミヤマの真横に突き刺した。ミヤマはびっくりして思わず『わ!なんだい?』と声を上げた。テティはすぐに素直に謝った。

「ごめん!ごめん!さて、これで場所を特定しようね?」テティはそう言うと木の枝から手を離した。

木の枝はテティから見て斜め左方向に向かって倒れた。テティはそれを見届けると斜め左方向を歩き出した。当然、不安になってきたミヤマは聞いた。

「あのー。水の出る場所をそんないい加減な方法で決めて本当にいいのかい?」

「うん。大丈夫だよ。この辺が水のよく出るスポットだからね。ぼくちゃんはここで大当たりを出した虫さんを見たことがあるんだよ。てへ!でも、正確な場所は忘れちゃったんだ」テティはそう言って恥ずかしそうにした。ミヤマはこれ以上文句を言うことをしなかった。

「それじゃあ、がんばって根気よく穴を掘りましょう!」シナノは明るく言った。

ミヤマとテティの二人は顎を使って『ざっく!ざっく!』と手あたりしだい穴を掘り始めた。ミヤマだけではなくてテティも今回は大いに意欲を見せている。

そばにはミニ・サイズのスコップがあるが、二本足で立てないので、シナノは仕方なくミヤマとテティの二匹の仕事ぶりを見守ることにしている。当然、ミヤマとテティはシナノのことを責めるようなことはしなかった。それどころか、シナノを待たせたらいけないと思ってより一層に穴掘りの仕事に励んで行った。ちなみに、シャベルとスコップは呼び方が違うだけで基本的には同じものを指す。

時間は約30分が経過した。体力に自信がある訳でもないし、自信がない訳でもないが、ミヤマは少し疲れてきた頃である。テティも「ふう」と溜息を吐き少しお疲れである。

「中々そう簡単にはいかないか。でも、おれは負けないぞ」ミヤマは言った。テティは「たあ!」と言いながらミヤマに対してタックルをして来た。

「おお」ミヤマは好意的に言った。「テティくんはまだ割と元気一杯だな」

「あら」シナノは口を挟んだ。「ミヤくんに触ったら、ダメよ。テティくんも泥だらけになっちゃう」

「そうだよ。って」ミヤマは思わず大声を上げた。「あー! いつの間にやら水が出ている。やったぞ」

 穴掘りに夢中になっていたので、ミヤマは今までそれに気づかなかったのである。今のミヤマはそのせいでぬかるみの中で泥だらけになっている。

「この際はもう面倒くさいから、泥水でもいいんじゃないかな」ミヤマは無責任な口調で言った。

「ダメだよ。ぼくちゃんたちはあくまでも清水を追い求めているんだよ。『初心は忘るべからず』だよ!」テティは反論した。テティには意外と真面目なところがある。

「それもそうだな。このくらいでへばっていたら、ミヤちゃんの名が廃るな。よーし」ミヤマはやる気を取り戻した。「突破口は見えたんだ。もう一息やってやるぞー!」

 ミヤマとテティの二匹は水が出てきたところを重点的にして穴を掘り始めた。それは些か泥だらけになってしまう作業だが、浚渫よりは楽なものである。

その後はおしゃべりなはずのミヤマは黙々と穴を掘り続けることにした。今のミヤマは霊位に向かっているみたいだが、ミヤマもやる時はやる男なのである。そんなミヤマに感化されてテティでさえも無駄口は叩かなくなった。シナノはそんな二人を頼もしく思い拝跪したい程に感動するようになった。


会ったばかりなのにも関わらず、アイラはすでにピフィを大好きになっている。アイラはピフィのことを慰霊でもするかのようにしてやさしい気持ちになれている。

テンリは確かにピフィが祭壇のような神聖な雰囲気を持っていることについて同意見ではある。ピフィは上品でやさしさもあり腰が低いのである。

テンリたちの4匹はピフィの話を聞いているがためにまだ全員が立ち止まっている。ピフィは話をするのが好きだし、なにより、上品でうつくしい声音で話をするのである。

「現在のあたくしは『樹液の地』という場所にいる恩人と旧交を温めたいと思っている次第なのでございます。その方はあたくしのようなへんちきりんな存在にも普通の生き物と同じように接して下さいました。そればかりか、甲虫王国の案内と説明までして下さったのでございます。あたくしは今まで故郷の節足帝国に帰っていたので、友人とは彼此と三年ぶりの再会なのでございます」ピフィは説明した。

「そうなのか。それはピフィさんも楽しみだな。でも、おれたちも当然のことながらピフィさんを普通の虫さんと同じように接するぞ」アマギは相槌を打ちながらもやさしいところを見せつけた。

「それはそれは誠にありがとうございます。あたくしは感謝・感激でございます」ピフィはやっぱり上品に言った。アイラはピフィに対して戸惑いがちに言った。

「あの、よろしければ、ピフィさんはうちと一緒にうちのお家まできてくれませんか? あの、うちの皆にもピフィさんを紹介させてもらいたいんです。もちろん」アイラはどぎまぎしている。「お急ぎなら、けっこうですけれど、あの、その・・・・」

「あはは」アマギはアイラを冷やかした。「アイラちゃんは緊張しすぎだよ」

テンリはピフィに対し簡潔かつ丁寧に自分達の置かれている状況と事情を説明することにした。ピフィはそれを聞き終えると綺麗な言葉使いで言った。

「承知致しました。あたくしは急ぎではないので、アイラさまとお供を致します。それが終わりましたら、テンリさまとアマギさまとご一緒に『樹液の地』までご同行させて頂きます。このような素敵な出会いを提供して下さいましたズイカクさまには厚くお礼を申し上げます。ありがとうございます」

「いんや」ズイカクはたじたじになって言った。「おらはそんなに大したことはしていないだべ」ズイカクはピフィの優美さにすっかりと圧倒されてしまっている。

テンリたち一行は再びアイラの家を目指して歩き始めた。一行には期せずしてアイラやズイカクやピフィといったようにかなりの個性的な生き物が揃ってしまった。

「そうでございました。あたくしは恥ずかしながらつい最近にケンカというものをしてしまって幾分か取り乱してしまったのでございます」ピフィは話を切り出した。

「ふーん」アマギは言った。「そうなのか。おれはしょっちゅうしているような気がするけどな」

「ピフィさんはアマギくん程に野蛮じゃないんだから一緒にしないでほしいわ。でも、あの、やさしいピフィさんは誰とケンカしちゃったんですか? 一体」アイラは恐る恐る聞いた。

「お花とケンカしてしまったのでございます」ピフィはすぐに答えてくれた。

「そっか。節足帝国を出て甲虫王国にくる前にピフィさんと同じでお話のできるお花とケンカしちゃったんだね。それだと、少し後味が悪いね」テンリは無念そうにしている。

「おほほ」ピフィは笑んだ。「これは失礼致しました。あたくしの説明不足でございます。ケンカしたのはこの甲虫王国においてなのでございます」ピフィはあっけらかんとしている。アイラは驚いた。

「え? あの、ピフィさん以外にもこの近くに喋れるお花はいるのですか?」

「おほほ」ピフィは上品に笑った。「これはこれはまたまた説明不足でございました。あたくしはどうも舌足らずでいけません。あたくしは喋れないお花と口論してしまったのでございます」ピフィはあっさりと言って退けた。心と心の交流なので、テンリはパントマイムを想像した。それはすごくシュールな光景である。

「へえ」アマギは言った。「すごいな。ピフィさんは生きていないお花とも会話ができるのか?」

「あたくしには残念ながらそのような能力はございません」ピフィはきっぱりと言った。となると、ピフィの話から導き出される答えはピフィによる一対0の会話である。さらに簡単に言えば、ものに話しかけているだけの単なる独り言である。しかし、アマギはそれを聞いても「あはは」と愉快そうである。

「なーんだ。そうなのか。でも、すごいな。おれもやってみようかな?」

アマギは嫌味でそんなことを言っている訳ではない。性格が単純なので、アマギは本気でそう言っているのである。テンリとアイラもピフィに嫌悪感は抱いていない。

「ピフィさんは何についてケンカしてしまったのだべ?」ズイカクは久しぶりに発言した。

「本当にもうお恥ずかしい話なのですが、スキューバ・ダイビングとスカイ・ダイビングのどちらの方が面白いかについてでございます。あたくしは鳥さんのように空中を舞うスカイ・ダイビングの方が面白いと思ったのでございますが、対話相手のカーネーションさまはそうではないとおっしゃっているような気が致しましたのです」ピフィは割とものすごいことを言っている。

「うちはピフィさんと同意見よ」アイラは言い張った。アイラは洗脳されてしまったかのようにピフィに対して傾倒している。アイラはそれ程にお花が好きなのである。

 スキューバ・ダイビングとは水中呼吸装置アクアラングを用いた潜水法である。アクアラングとは圧縮機コンプレッサーにより高気圧をつめたボンベつきの潜水具のことである。

 素潜りはスキン・ダイビングと呼ばれるが、こっちの場合も無防備という訳ではなく口に銜えるシュノーケルや足ひれ(フィン)などはつけてもいいのである。

 スカイ・ダイビングとは飛行機から降下したあとパラシュートを開き目標地点に着地するというスポーツである。実は甲虫王国でも『玩具の地』でこれを体験できる。

低空までパラシュートを開かずに自由落下することはクリーフォールと呼ばれる。金属製の枠に布を張った翼の下にぶら下がって滑空するものをハング・グライダーと言うが、それとパラシュートをミックスした用語としてパラ・グライダーというものもある。そのパラ・グライダーというのはかまぼこ状のパラシュートを使い山の斜面を駆け降りるスポーツである。これは飛行方向をコントロールすることもできる。

アイラはテンリたちの他の三匹にも意見を聞くとピフィとアイラを入れて三対二でスカイ・ダイビングが当選した。その理由は以下のとおりである。自分が飛べるのだから、どう考えてもスキューバ・ダイビングの方がいいというのは単純なアマギの意見である。空を飛べない生き物の気持ちになってみるとスカイ・ダイビングの方がいいというのは多感なテンリの意見である。海が好きだし、ズイカクは潜水夫フロッグ・マンの気持ちになってみてスキューバ・ダイビングに一票を投じた。

「そうだ」アマギは話が一段落すると名案を口にした。「アイラちゃんはピフィさんのプランターに乗せてもらったらいいんじゃないか?」アマギはアイラとピフィを仲良しにさせようとしている。

「そんなことできる訳ないじゃない。無理に決まっているでしょう」アイラは否定した。

「そうなのかなあ?」テンリは親切心を出して聞いた。「ピフィさんは嫌かなあ?」

「いいえ」ピフィは上品さを崩すことなく親切に言った。「そんなことはございませんよ。アイラさまは特にお体が小さいので、あたくしとしても全く問題はございません」

「そうか?」アマギは自分もうれしそうである。「アイラちゃんはよかったな」

「んだ。もし、アイラちゃんがそうしてくれれば、おらはそれでこそアイラちゃんにピフィさんを会わせた甲斐があったことになるかもしれないだべ」ズイカクはアイラを後押しした。アイラはそういった強烈なプッシュを受けると意を決しピフィのプランターの上に羽を広げ乗っかった。しかし、それは約三秒間だけだった。

「きゃー!」アイラは顔を真っ赤にしプランターから飛び出してしまった「恥ずかしいー!」アイラはピフィに慣れるには結構な時間がかかりそうである。

折角の気遣いを無下にしてしまったので、アイラは祭器を投げ出してしまったかのような申し訳なさを感じている。ただし、ピフィは全く気にしてはいない。

テンリとアマギとズイカクの三匹はそれを微笑ましく思っている。テンリは特に有名な虫で尊敬する虫がいるので、少しはその気持ちが理解できるのである。

すでにアイラに慕われているということに気づいているので、すっかりと恐縮してしまっているが、ピフィはそれをうれしく思いつつアイラに対しては意を持っている。


 シナノの期待を一身に背負っているミヤマは死にもの狂いで穴を掘っていた。その暑苦しさはぎゅうぎゅうづめでちゃんこ鍋を食べている力士の如しである。テティは割とクールである。今まではずっと黙っていたので、今は時々雑談を交わすこともあるが、テティはミヤマとシナノのためにがんばってくれている。

シナノは何もできなくて少し申し訳なさそうにしている。ミヤマは少し湿っている地面に見切りをつけ場所を移動した。すると、テティはそれを制止した。

「そっちはダメだよ。赤外線センサーが張り巡らされているよ」テティは言った。

「そうだったのか。危ない。危ない。テティくんのおかげで命拾いしたよ。それなら、他の場所で・・・・って」ミヤマは見事に乗りつっこみを決めて見せた。「どういう状況だよ!」

「うふふ」シナノは破顔した。「ミヤくんとテティくんはすっかりと意気投合したみたいね」

「えっへん。ぼくちゃんとミヤマっちはもう阿吽の呼吸だね。てへ」テティは笑んだ。「それはちょっと調子に乗りすぎかな?」テティは「わー!」と言うと慌ただしく再びミヤマに対しタックルを食らわせた。

「うわ! なあ。おれはもしかしたら間違っているのかもしれないけど、テティくんは会った時からずっと無理して空元気を出しているんじゃないのかい?」ミヤマは真剣に聞いた。

 テティは「え?」と言い聞き返した。テティには思い当る事項があった。

「おれの思い違いかな? やっぱり」ミヤマは穴を掘りながら言った。テティは動きを止め沈黙してした。シナノはそれを見るとやさしい口調で言った。

「無理をしているのなら、テティくんは肩の荷を下ろしていいのよ。私達では力になれないのかもしれないけど、話してみたら、楽になるかもしれない。そうすれば、無理して明るくする必要はなくなるかもしれないでしょう?」シナノは真剣な顔をしている。ミヤマはテティが「実は」と言うとまた冗談が飛び出すのではないかと思ったが、実際はそうならなかった。テティが語り出した話はこっけいなんかではなくとても深刻な話だった。一度はテティも言っていたとおり、エドウィンという名のテティの父親は『森の守護者』である。そのエドウィンはパトロールをしていると革命軍の頭領であるオウギャクとその相棒であるキリシマを発見した。この出会いはエドウィンの運命を大きく左右することになる。このシーンを見ると『森の守護者』として討伐することはできなくてもなにか革命軍の秘密を掴めるのではないかと考えたので、エドウィンは物陰に潜んで話を聞いていた。すると、話を聞くのに夢中になっていたエドウィンは後ろから迫りくる敵に気づかなかった。背後からは革命軍の幹部であるショウカクが迫ってきてエドウィンをオウギャクの前に引っ張り出した。

革命軍のメンバーとしてはオール・スターが集合した訳である。特に内情を知られた訳ではなかったが、オウギャクは暴力的な性格をしているためエドウィンを攻撃した。エドウィンは殺されそうになり死を覚悟した。しかし、運命の神様はエドウィンを救済した。エドウィンは騒ぎを聞きつけて助けに来たグリースという名の『森の守護者』の仲間に支えられ命からがら家まで帰って来ることができた。

エドウィンの体はそれでもボロボロであり長期の療養が不可避なことであることが判明した。しかも、気を失っていたエドウィンは眼を覚ますと記憶を失っていた。一緒に暮らしているテティはあの手この手を使い父に自分を認識してもらおうとしたが、全ては空振りに終わってしまった。テティの母親は生まれつき病弱で寝たきりでテティは一人っ子である。テティは孤独と無力感に苛まれることになってしまった。以上のエドウィンが記憶喪失になってしまった事件は一週間前の話である。

幾分かは個人的パーソナルな問題だし、ミヤマとシナノには気を使っていたので、テティは今までそのことについて口を噤でいたのである。テティはそれでもその話を誰かに聞いてもらいたかったのである。

「それじゃあ」ミヤマは一通りの話を聞き終えると落ち着いて口を開いた。「パパとママがそんなことになってもなおテティくんが元気でいようと思ったのはどうしてなんだい?」

「ぼくちゃんが元気にしていれば、ママはパパも元気になってくれるって言ってくれたから」テティはそう言うと涙ぐんでしまった。テティはずっと泣くのを我慢していたのである。

「確かにテティくんが元気にしていることはテティくんのパパの本望でもあると思う」シナノは慰めるように言った。「だから、私もテティくんは間違ったことをしてはいないと思う」

「そうだよ。それどころか、テティくんはおれたちのことも助けてくれようとしているじゃないか。テティくんはやさしいから、パパもきっとまた記憶を取り戻してくれるよ。おれもそれをお祈りする」ミヤマは厳粛な気持ちで言った。今のミヤマはテティの気持ちになって考えている。

「ミヤマっちとシナノっちはやさしい言葉をかけてくれてありがとう」テティは涙を拭って言った。普通は自分にとって大切な虫が苦境に陥っているのなら、自分も落ち込んでしまうこともある。しかし、母にも言われているとはいえ、テティの場合は違っている。元々の性格が明るいからという側面もあるが、もし、自分が元気にしていれば、父親もきっとそれに感化されて元気になってくれるとテティは信じている。テティはそうして自分らしくしていれば、父親の記憶を取り戻すための役にも立つのではないかとも思っている。

 テティは話の種を作るために虫助けをしようと思い立った。自分が元気であることも示すことができ「情けは虫のためならず」とも言うからである。


テンリたち一行はアイラの家がある『群小の地』に到着した。テンリとアマギにとっての長い旅はいよいよ折り返し地点に到着したという訳である。アイラにとってみれば、旅はこれにて終了ということを意味するので、アイラは感慨深く感じている。アイラは今回の旅で十分に楽しむことができた。

テンリとアマギの二匹にとって『群小の地』への到着はズイカクとのお別れの時でもある。ズイカクは感動で胸を一杯にし感慨無量で「なんといっても」と切り出した。

「今のおらがこうしていられるのは皆のおかげだべさ。本当にありがとうだべ」ズイカクはお辞儀した。「おらは口下手だから、感謝の気持ちをうまく述べられないけど、この恩は一生忘れないだべ」

「うんうん」アイラは頷いた。どうか、これからはもっともっと幸せになってね。ズイカクくんには幸せになる権利も義務も両方あるんだからね」アイラは目頭が熱くなるような思いで言った。

「そうだな。おれもうまいことは言えないけど、ズイくんに会えてよかったよ。いつかはまた会おうな」アマギは言った。ズイカクは一度だけ頷きくるりと後ろ向きになった。

「元気でね。気をつけてね。バイバーイ」テンリはズイカクへの明るいお別れの言葉とは裏腹に少し悲しそうである。「あーあ、ズイくんとだけじゃなくてこれでアイラちゃんともお別れだね」

 ルリはそんな折に穴から出てきて「あちょー!」と言うと羽を広げアマギに突進してきた。

「おお」アマギは楽しそうに言った。「出たな。あちょーちゃんとは久しぶりだな」

「誰が『あちょーちゃん』ある。私にだってちゃんとルリっていう綺麗な名前があるね。アイラは無事だったあるか? 心配したあるよ」ルリはアイラの方へと向かって行った。

「うちは大丈夫よ。ほぼテンリくんたちは無害な虫さんだったから」アイラはそう言うとルリの手を取った。アイラは生きて帰ってきたので、ルリは安心した顔になっている。

「ん?」アマギは不思議そうにしている。「ほぼっていうのはどういう意味なんだ?」

「どういう意味だろうね。わからないね」テンリは答えた。しかし、テンリにはこの意味がわかっている。アイラはアマギの背中から吹き飛ばされたりミヤマに踏みつけられたりしたことを暗に非難しているのである。ルリはテンリとアマギの二匹を見ると明るい口調で言った。

「あんたたちのことを少し見直したある。アイラは行きよりも生き生きとした表情になって帰ってきたある。感謝するある」ルリにそう言われると少しテンリとアマギは照れた。

「これからは忙しくなるあるよ。ムカサさんが来るある。今はまだ三日あるけど、私達にとっては大仕事ある。砂糖のある場所はアイラも知っているあるな? アイラも旅の疲れを癒したら、手伝ってほしいある」ルリはアイラに向き直り真剣な口調で話を続けた。

「ええ」アイラは自信満々で首肯した。「もちろんよ。うちもがんばるから、任せておいて」

「ムカサさんって誰のこと?」テンリは聞いた。「アイラちゃんたちはどんな大仕事をするの?」

「ムカサさんっていうのはうちらの家をよりよくしてくれるオスのアリさんのことよ。うちらはそのムカサさんをおもてなしするために砂糖をプレゼントとして提供するの。うちらは小さいから、砂糖を運ぶのも大仕事になるっていう訳よ」アイラはそう言って説明をした。

アリは行列を作る時に道しるべのフェロモンを出し仲間に道を教えている。アリはお尻から蟻酸という酸っぱい匂いのガスを出して戦うが、特にクロクサアリという種類のアリは体が黒くちょっと山椒くさいので、その名がつけられている。クロヤマアリには女王アリや働きアリはいるが、兵隊のアリはいないので、往々にしてサムライアリの奴隷として死ぬまで働き続けることがある。アリの種類にはこのように個性は豊かだが、ムカサはその中でもクロオオアリという種類である。クロオオアリは日当たりのいい乾いた地面に巣を作る。テンリが「アマくん」と言うとそれだけでアマギはテンリの言いたいことを理解した。

「よし」アマギは即断即決した。「それじゃあ、おれたちも手伝おう」

「それはなんともとてもすばらしい提案ある。本当あるか?」ルリは聞き返した。

「うん」テンリは元気よく言った。「本当だよ。アイラちゃんはズイくん捜しを手伝ってくれたんだから、ぼくたちが今度はアイラちゃんを手伝えば、貸し借りはそれでなしになるものね」

「うん」今のアマギは自信を覗かせ完全に乗り気である。「そうだな。この布団に砂糖を乗せていけば、おれなら一気にアリの10人前くらいは持って来れるぞ」

「それは頼もしいある。ぜひ、お願いするある」ルリは低姿勢になった。

「よし」アマギは気合を入れた。「それなら、すぐに出発しよう! ピフィさんも一緒にくるか?」

「あたくしはこちらで待たせて頂くことにします。このあたりにはたくさんのお花が咲いているので、お知り合いになりたいのでございます」ピフィは優雅に言った。ルリは愕然とした。

ルリは今までピフィのことを生きていない花だと認識していたのである。その当たり前の事実が根底からくつがえされた今となってはルリはびっくりしてしまった。

「花がどうしてしゃべっているある?」ルリは聞いた。「アイラの友達あるか?」

アイラはそれを受けると自信満々でルリに対しピフィのことを紹介した。その間のテンリとアマギはアイラに花を持たせてあげるために黙ってそれを聞いていた。

「あの、ピフィさんをお待たせしてしまいすみません。ごめんなさい。あの、うちは決して忘れていた訳ではないんです」アイラは話が終るとピフィに対してまたもや支離滅裂な口調になって言った。

「いいえ」ピフィは寛大である。「とんでもないです。あたくしはなんとも思ってはおりません」

「ところで」アイラは聞いた。「ピフィさんはお水が欲しくないですか?」

「ええ」ピフィは上品な口調で言った。「アイラさまはさすがによくお気づきになられます。あたくしは確かに少し乾燥していてお水が欲しいと思い始めていた頃だったのでございます」

 アイラはそれを聞くと力持ちのアマギに雨水を溜めたタライをひきずって持って来てもらった。普段から花を愛するアイラは葉っぱに水を包み付近の花に水やりをやっているのである。じょうろのようにはいかないが、今回はアマギがアイラの代行を務めピフィに水やりを行った。アマギとテンリとアイラの三匹はそれを終えるとアイラの家の虫たちへのピフィの紹介はルリに任せ砂糖をゲットするべく新たな行李に出た。

ルリは会ったこともないムカサのため一肌を脱いでくれるテンリとアマギの二匹に対し自分でも言っていたとおりテンリとアマギのイメージを好意的に捉えるようになっている。


ミヤマ・サイドでは場が暗黒に包まれたような暗いムードで穴掘りが続いていた。ミヤマとシナノの二人はテティの父のことを思っているので、しばらくは会話が途切れていた。

その暗さたるや夜中に蝋燭の火だけが灯る部屋においてネガティブな人の低音で学校の怪談を聞かされているが如しである。この場は相当に空気が重くなっている。

しかし、ミヤマはそんな暗い雰囲気をいつまでも持ち続けているのはつらくなってきた。ミヤマはそもそも暗い雰囲気をいつまでも続けておくような玉ではない。ミヤマは「なあ」とテティに言った。

「おれは思うんだけど、人生は元々浮き沈みのあるものなんだと思うよ。時にその波が激しいこともあるけど、楽あれば、苦ありだよ。今はどんなにつらくても生きていれば、大逆転のチャンスは必ず生まれるんじゃないかな? おれはきっとそうだと思うよ」ミヤマは作業を一旦中止して口を開いた。

 ミヤマはあまり他の虫を慰めるのが得意な方ではない。

「うん」テティはお礼を言った。「ありがとう」テティも今は作業を中断している。

「捨てる神あれば、拾う神あり」シナノは褒め称えた。「ミヤくんはいいこと言う」

「いやー」ミヤマは場違いにも照れた。「それ程でもないよ。それじゃあ、穴掘りを再開しよう」ミヤマはそう言うと穴掘りを始めた。テティもそれを見ると同じようにして作業を開始した。

「そうだ。おれがテンちゃんとアマと一緒に『危険の地』でカラスと勝負して見事にビクトリーを収めた時の話を聞かないかい?」ミヤマは景気づけのために再び口を開いた。

「ええ」シナノはこの話に乗った。「ぜひ、聞かせて」

 テティもその話を聞きたがった。まず、ミヤマはテティに対しアマギとテンリのことを説明した。ミヤマはそのあとシナノとテティの二匹に対し明らかに脚色されたとわかるストーリーを話して聞かせた。

 テティはそれを聞き終えると笑顔になり自身のワシとの戦いの話を始めた。これもまた単なる創作である。ミヤマとテティの二匹による法螺吹き合戦はここから始まった。

しかし、テティにはもう空元気を出している様子は見られなくなった。ミヤマは続いてサメと戦った時の話をし一方のテティの方はクジラと戦った時の話を披露した。シナノはおかしそうにしてそれを聞いていた。ミヤマはそれを終えて穴を掘りながら大笑いをしていると異変を察した。

「ん? あれはなんだ? なにか、来たぞ」ミヤマは不思議そうにしている。シナノとテティもミヤマの視線の先を見た。そこにはカタツムリ(デンデンムシ・マイマイツブリ・カギュウ)がいた。

カタツムリには約2万種もの種類が存在する。たった今に現れたカタツムリは中年の男性だが、そのカタツムリはエドウィンの古くからの友人である。テティ自身もそのカタツムリと懇意な間柄である。

「はあ、はあ、ようやくテティくんを見つけることができたよ。おやじさんの記憶はついに戻ったぞ」カタツムリは渦巻き状の殻を背負ってこちらへやって来るとのろのろと言った。テティはそれを聞くと思わず「え?」と聞き返した。カタツムリはさらに説明を加えた。

「今から半日前の話だよ。私がここに来るまでに半日を費やしてしまったんだ。私は歩くのが遅いものでな。いや。本当に伝達が遅れて申し訳ない」カタツムリは恐縮そうにしている。

というか、それは伝達係の選択を間違ったのではないだろうかとミヤマは思ったが、それは言うと失礼なので、口には出さなかった。なんにしろ、テティにとってはこれ以上ない程の吉報である。

「申し訳ないのだけど、テティくんには用事ができてしまったので、今日はここで帰らせてもらってもいいかな?」カタツムリはミヤマとシナノの方を見るとゆっくりと言った。

「ええ」シナノは自分もうれしそうである。「もちろんです。テティくんはよかったね」

「でも、ぼくちゃんはまだ水をゲットできていないよ」テティは義理堅く言った。

「大丈夫だよ。あとはおれがなんとかするからさ」ミヤマは太鼓判を押した。

「おや? 君たちは水が欲しかったのかね? それなら、ここからだと歩いて10分くらいのところにダムがあるから、そちらで汲んで来るのが一番いいんじゃないのかな?」カタツムリは口を挟んだ。

「なるほど。なるほど。そうなのか。おれは全く知らなかったな。って」ミヤマはすっかりと驚愕してしまっている。「なんだとー! そんな簡単な方法がそんな近くにあったのかい?」

「てへ」テティは申し訳なさそうにしている。「ぼくちゃんは苦労して水を手に入れた方が充実感を味わえていいと思ってこっちの場所を紹介しちゃったんだ。ごめんね」

「いや」ミヤマはテティを宥めた。「別にいいよ。おれたちとテティくんの仲じゃないか」

 シナノも当たり前のようにテティの気持ちを察してあげた。テティは父が体を痛め記憶を失うという突然の事態に直面し、本当は虫が怖くなりとても寂しい思いをしていたのである。

 テティは心の拠り所が欲しくて愛に飢えていた。テティは決して悪意を持ってミヤマとシナノの二人のことをを駕御していた訳ではないのである。

「なんにせよ」ミヤマはテティに対してやさしく言った。「おれたちはいつまでも友達だよ。今度はテンちゃんとアマも連れてきてテティくんに会いに来てもいいかい?」

「うん」テティは言った。「もちろんだよ。ミヤマっちとシナノっちは本当にどうもありがとう。ぼくちゃんは二人に会えて本当によかったよ。ぼくちゃんは二人のおかげで気持ちが折れなくてすんだんだものね」テティはやはりやさしい性格をしている。そのため、テティは感謝の気持ちを忘れてはいない。

「いやー」ミヤマは照れている。「大したことは全然できなかったんだけどな」

「テティくんは元気でね。パパにはやさしくしてあげてね。一杯」シナノはお別れの言葉を述べた。テティはそれに納得するとカタツムリをつかんで羽を広げてお家へと直行した。

ミヤマはそれを見送ると再び穴掘りを始めた。しかし、シナノはそれを見ても意外に思わなかった。ミヤマは気がすむまで穴を掘ることにしたのである。

確かにさっきのカタツムリの話によれば、ダムへ行くと簡単に水は手に入るが、ミヤマはもうしばらくはテティと一緒にがんばった穴掘りを続けてみたいと思っている。

ミヤマはテティに対し、大したことはできなかったと言っていたが、虫は時に一人でいたい時もあるが、時には誰かが一緒にいてくれるだけで心が休まる場合もある。


 テンリ・サイドではすでに角砂糖を10個もゲットしていた。しかし、そんなにたくさんの砂糖をムカサという一匹のアリだけで食べつくしてしまうという訳ではない。

アイラのお家を見にきてくれるのはムカサだけではなくいつもムカサを入れ5匹くらいの団体で見に来てくれるのである。ということは余分にいくらかの砂糖が必要になってくる。

今のアマギは砂糖の乗った布団を引いて歩いている。アイラは今までのとおりテンリの上に乗せてもらっている。今のテンリたちの三匹はアイラの家への帰り道である。

「アイラちゃんはよかったな。万事はこれで解決だ」ほくほく顔のアマギは上機嫌に言った。

「アリさんの接待の準備はこれで万端だね」テンリもうれしそうにしている。

「ええ」アイラは言った。「そうね。ムカサさんたちとのギブ・アンド・テイクの取引はこれで成立するわ。テンリくんとアマギくんはありがとうね。でも、うまく行き過ぎて少し怖いぐらいね。これにてキューティー・アイラちゃんの一世一代の大冒険も幕が下りる訳ね」

 しかし、アイラの運命はそうは簡単に幕を下ろさせてはくれなかった。テンリとアマギの二匹が歩いていると突然にテンリたちの上にだけ雹が降って来た。

「え? なんだ? これはなんなんだ? 痛て! 痛て!」アマギは訳もわからず言った。

「きゃー!」アイラはパニックになっている。「テンリくんはちょっと止めてよ」

 テンリはアイラにそう言われても狼狽えてしまうだけである。アマギにいたってはましてそれに輪をかけた意味不明の状態である。テンリはアマギと同様「痛て!」と言った。

「どうすればいいんだろうね。ぼくにはわからないよ」

 そうこうする内に降ってくる雹のせいで角砂糖は粉状になって行った。アマギは堪えきれずに羽を広げ上空の様子を見てみることにした。粉状になった砂糖は当然のことながら布団からバラバラと落ちて行ってしまった。アマギはそれに気づき慌てて飛ぶのを止めたが、それはすでに遅かった。全ての砂糖は地面に落ちてしまっていたのである。こうなってしまっては砂糖を元に戻すのは容易ではない。

「きゃー!」アイラは悲鳴を上げた。「アマギくんはなんてことしてくれるのよ。旅はせっかく順風満帆に来ていたのにー! 痛いし、悲しいし、最悪よー! うちはもうアマギくんにトラブル・メーカーの栄誉を授与したくなってきちゃった」自棄くそ気味のアイラは投げやりになっている。

「本当か?」アマギはこんな時にもお気楽である。「うれしいなー! あはは」

「っていうか、褒めてない!」アイラはアマギに対してぴしゃりと言った。

雹は降りやんだ。テンリは粉々になった砂糖を掻き集めてがんばって布団の上に戻す作業を始めた。アイラは呆然としている。アマギはそれを見るとテンリに対し「ごめん」と素直に謝った。

「おれは余計なことをしちゃったな。タンバくんのパールが粉砕した時みたいにカリーが現われてくれたらいいんだけど、まあ、人生はそんなにうまくは行かないか」

「そうだね」テンリは能天気な発言にも否定することなく相槌を打った。アイラは突然「あー!」と声を上げた。テンリは一時的に作業を中断した。

「え?」アマギは聞いた。「本当にカリーがいたのか?」

「違うの。ちょうちょの魔女さんがいたの。まさか、こんなところで会えるなんてうちはラッキー・ガールなのかもー!」アイラは砂糖のことを忘れすでに舞い上がっている。

「わからないぞ。ラッキー・ボーイはテンちゃんなのかもしれないぞ」アマギは言った。

「っていうか、そこは否定しないでよね」アイラは不服を申し立てた。

「おれも本物のチョウを見たのは初めてだ。ひらひらしていて綺麗だな」アマギはアイラの指摘について全く気にした様子もなく気持ちを切り替えて言った。

「二人はちょっと待っていてくれる? うちは少しだけ挨拶してくる。魔女さまにはひょっとしたらここに来てもらうこともできるかもしれないから、二人とも期待していてね」アイラはそう言うと木の上へと向って飛んで行った。アイラはすぐにチョウのいる場所に到達した。そこにはスケルトンのトリバネアゲハとグラディアトールメンガタクワガタがいた。名前は順番にマナとミカである。マナとミカはどちらも妙齢の女性である。ミカは約35ミリで体色はオレンジである。マナは外交官ではないが、りんし共和国の『マジック・アイテム』を管理するキャリア・ウーマンである。りんし共和国から『マジック・アイテム』を甲虫王国に輸入する時には関税はかからないし、場合によっては対価を必要としないこともある。ただし、今は友人のミカを訪ねてきているだけなので、マナは完全にプライベートである。

「あら」マナはアイラを見ると挨拶をしてくれた。「こんにちは」

「こんにちは」アイラは緊張している。「うちはアイラです。ちょうちょさんとお近づきになりたくて挨拶をさせてもらいに来ました」今のアイラは盤石な構えではない。

「はじめまして」女史は言った。「私はマナよ。アイラちゃんはわざわざ私に会いにきてくれたなんて素敵だわ。どうもありがとう。アイラちゃんは今までどこにいたの?」マナは世間話のようにして聞いた。

「ちょうどこの木の真下です」アイラは偽ることなく正直に答えた。

「それはごめんあそばせ」マナは問いかけた。「雹が降ってきていたでしょう?」

「はい。ですが、大丈夫でした。それはやっぱりマナさんの魔法だったんですか?」アイラは聞いた。

「ええ」マナは首肯した。「確かにある意味ではそうよ。今『魔法の箱』の使い方についてミカに説明をしていたところだったの。ああ。ミカっていうのはこの子のことよ」マナはミカを指さすと一旦そこで言葉を切った。『魔法の箱』は蓋を開けると局地的にサイクロンやハリケーンを呼んだり大雨や大雪を降らせたりといったようにして天候を操ることができる。その用途は様々で武器や鑑賞や乾燥予防といったものとして重宝されている。アイラはマナの話を聞くと「あの」と切り出した。

「私はケガをしたりはしなかったのですけど、雹のせいで角砂糖が粉々になってしまったんです。マナさんなら、なんとかできませんか?」アイラは畏まって聞いた。

「あら」マナは楚々と口に手を当てた。「そうだったのね。私なら、確かに角砂糖を元に戻すのは造作もないことよ。それではミカはちょっと待っていてくれる?」マナはそう言ってミカから許可をもらうと早速アイラと共にテンリとアマギの元へと飛んで行った。アイラは内心で大興奮している。

その頃のテンリは砂糖を掻き集める作業に悪戦苦闘していた。マナはそこにアイラと一緒にやってくると自己紹介し『魔法の箱』についての説明とお詫びをした。アマギは「ふーん」と納得した。

「まるで『魔法の箱』はパンドラの箱みたいなものだな」アマギは生半可な知識を動員した。

「ええ」マナは答えた。「使い方次第ではそう言うこともできるわね」マナはテンリに対し避けているようにお願いした。テンリは逆らうことなくそのとおりにした。マナは砂糖に向き直ると「レドモ」という呪文を唱えた。砂糖はビデオ・テープの巻き戻しのようにして徐々に元の固形に戻って行き、やがては完璧に修復された。これこそは胡散臭い瞞着やイカサマではない正真正銘の魔法である。

「きゃー!」アイラは歓声を上げた。「すごい! さすが、マナお姉さまって素敵」

「おお」アマギもすっかりと感心させられている。「マナさんは確かに大したものだな」

「本当だね」テンリも惜しみなくマナを称賛した。「マナさんは偉大な魔法使いだね」

「この呪文は基本中の基本だから、なんてことはないのよ。足止めさせちゃって本当にごめんなさい。アイラちゃんはわざわざ私に会いにきてくれたのよね? 困ったことがあれば、アイラちゃんはまたここに来てくれる? いいえ」マナは言った。「仮に用はなくても是非とも近い内に遊びに来てちょうだい。歓迎するわ。私は少なくとも5日間はこのあたりにいる予定なの」

 マナはアイラに対し好印象を持っている。テンリは敏感にそれを察した。

「はい」アイラは緊張気味に返事をした。「ありがとうございます」

「それではまた会いましょう」マナはそう言うと元いた場所に帰ってしまった。

テンリは角砂糖をアマギの引っ張っている布団に乗せた。テンリはそれを終えるとアマギと共に夢見心地のアイラを連れまたアイラの家へと歩き始めた。

魔法使いの魔法を見たのは初めてなので、感動はしているものの、基本は二人ともなんでも受け入れてしまうタイプの虫なので、テンリとアマギはあまり驚いてはいない。

テンリとアマギはそれでも魔法を見れたことについては喜んでいる。寄り道をすれば、時にはいいこともあるので、寄り道でさえも経験しておいても損はないのである。


ミヤマは結局のところ穴掘りでボトルの半分ほどの水を確保できたが、もう半分はダムに行き水を補給することになった。しかし、大切なのはその努力である。シナノは道中でメスのネブトクワガタにダムへの道を尋ねた。すると、彼女は親切な虫であるらしく他にも情報を与えてくれた。ダムはビーバーの一家が管理しているので、エサになる木の葉を献上すれば、話はスムーズに進んで行くというのである。

ミヤマはそれを聞くとボトルにありったけの木の葉を詰め込んで持って行くことにした。ミヤマとシナノの二匹はやがて目的地に到着した。カタツムリは徒歩10分と言っていたが、実際は5分足らずで到着した。カタツムリという生き物はやはり歩みが遅いのである。

ビーバーの家族は100メートルにもなる巨大なダムを形成していた。家族構成は親子三代の大家族である。ビーバーは水中に巣の入り口を作り敵が入れないようにしている。その入り口は干上がらないようにしなければならない。そのため、ビーバーはいつも入り口が水中に隠れているようにして水位を調整するためダムを作る。ビーバーの息子はミヤマが恭しく木の葉を渡すと快く水を譲ってくれた。ビーバーの家族は皆が気のやさしい動物だったので、ミヤマとシナノはその点で大いに助かった。

その後のミヤマとシナノの二匹はポシェットを受け取りにった。すぐに『雑貨の地』の従業員であるサイトは気づいてくれて手続きを取り計らってくれた。ミヤマとシナノの二人は『雑貨の地』の地図を返却し少々待っているとついにポシェットを手にすることができた。水はヒリュウが持っていたものと同じ『サークル・ワープ』で移動するのである。二人の旅はこれにてめでたくハッピー・エンドである。ミヤマとシナノは色々と世話になったサイトに対し最後にお礼を言うことも忘れなかった。

今のミヤマはとんとん拍子で話は進んでシナノと共に爽快な気持ちで『樹液の地』へと向かっている。その爽快さたるや一つだけ買った宝くじが大当たりしそのままの勢いを利用してトランポリンでジャンプをしたら、今度はその跳躍力がギネス・ブックに認定されたが如しである。今のミヤマはとにかくなんのわだかまりもなくいい気分である。ミヤマは二本足で立ちポシェットを「ブン・ブン」と振り回しダンシングに夢中になっている。ミヤマは最後にジャケットでも羽織るかのようにしてポシェットを格好よく装着した。とはいえ、ポシェットを背負うミヤマはランドセルを背負った人間の小学生みたいである。

「ぷはー!」お調子者のミヤマはこんなことを言い出した。「このために生きているんだー!」

「できれば、ポシェットは丁重に扱ってね」シナノは注意した。ミヤマはすぐ「御意」とそれに従った。

「それにしても、清々しいなー!」ミヤマは「よっ!」と言うと小石を蹴飛ばした。小石は木にぶつかり跳ね返って見事にミヤマに直撃し、ミヤマは「痛て!」と声を上げた。

「ミヤくんは大丈夫だった?」シナノは笑いを堪えながらミヤマを気遣った。

「OKだよ。問題はなしさ。ん? これはなんだい?」ミヤマは不審そうな声を出した。そこには木の幹が立てかけられていた。木の幹の皮は10センチくらいで一つだけがぽつんと置かれている。

「確信は持てないけど、誰かしらがこれで縄張りの区画をはっきりさせているんじゃないかしら? 縄張り意識は行き過ぎるとよくない結果を招きかねないんだけど。それは甲虫王国の歴史が証明している」シナノは通人の顔で言った。物知りなシナノは甲虫王国の歴史にも詳しいのである。

「そうだよな。生き物はやっぱり譲り合いの気持ちが大切だもんな」ミヤマはシナノと共に縄張りの壁をとおり過ぎながら少し真面目な顔になって考え深げに言った。

「ええ」シナノはやさしい口調で言った。「本当にミヤくんの言うとおりね」

 オウギャクを頭とする現在の革命軍はそれと似たり寄ったりなことを踏襲しようとしている。もし、革命軍による決起が成功したなら、身分の低い虫は肩身の狭い思いをしなくてはならなくなってしまうのである。この国の革命軍には悪者が多いのである。革命軍が表立った行動を取るのはもう少し先の話である。しかし、それを裏返して見てみるなら、いつかは必ず革命軍が国王軍に戦いを挑むことになるという訳である。

とはいえ、今のミヤマとシナノにとってみれば、それも関係のないことである。二匹はそれよりもここを縄張りにしている虫がいるなら、今はその虫について要注意すべきである。


ピフィはテンリたちの三匹がアイラのお家に帰ってくるとルリの紹介によってすっかりと人気者となっていた。花が喋るのも珍しいし、なにより、ピフィは優美だからである。

テンリたちの三匹が帰ってきてもそっちのけでピフィが持て囃されているくらいである。ピフィが人気なら、アイラは別にそれでもよかった。しかし、ピフィはテンリたちの三匹に気づくとすぐに皆の注意をテンリたちに移してくれた。ピフィはテンリたちの三匹に対し労いの言葉をかけてくれた。

「お疲れさまでございます。お砂糖も入手できたようでなによりでございます」

「ああ」アマギはフランクに言った。「そうだな。ピフィさんは待ったか?」

「いいえ」ピフィは否定した。「こちらの皆さま方はあたくしのことをとても気分よく待遇して下さいましたので、待ち時間はあっという間でございました。皆さま方とはせっかくお知り合いになれましたが『樹液の地』へと参りましょう」ピフィはテンリとアマギに対し上品に行動を促した。

「あの、よかったら、ピフィさんはまたここにいらっしゃって下さい。そして」アイラは声を震わせている。「どうか、うちらのことを忘れないで下さい」アイラはピフィとの別れが残念でならないのである。

「もちろんでございます。あたくしは決してアイラさまたちのことを忘れたりは致しません。あたくしはまた訪れてもいいとおっしゃって下さるなら、今度はゆっくりと訪問させて頂きます」

「ピフィさんは性格の悪いお花じゃなくてよかったな」アマギは口を挟んだ。

「失礼ね。お花の性格は皆いいのよ。あの、もちろん」アイラはピフィに対し取り繕うようにして言った。「ピフィさんはその中でも飛び抜けてやさしいお花ですけど」

「おれたちはそろそろ行くとするか。それじゃあ、アイラちゃんと他の皆もまたな」アマギはやさしい口調でそう言うと体の向きを変えた。アマギはすでに次の旅に向けて頭を切り替えている。テンリも「バイバーイ!」と言いお別れをした。ピフィも丁寧にお辞儀をすると体の向きを変えた。

「うちは皆と一緒に旅ができて楽しかったよ。二人もまた来てねー!」アイラは言った。

「砂糖を持ってきてくれてどうもありがとうある」ルリは最後に感謝の気持ちを口にした。他のミニ・サイズの虫の面々もテンリたちの三人に対してお礼を口にしてくれている。

テンリとアマギとピフィの三人は壮大なお別れの言葉と盛大なお礼の言葉を受け壮行されることになった。テンリたち一行はこうして『群小の地』をあとにした。

「ピフィさんに寿命はあるのか?」アマギは約10分くらい歩いたあたりで口を開いた。

「いいえ」ピフィは穏やかに答えた。「寿命はございません。あたくしは恥ずかしながら不老不死でございます。ただし、不慮の事故や事件で潰れてしまったり、ちぎれてしまったりすると死んでしまいます」

「すげー!」アマギは感心している。「仙人みたいだな」

「本当だね」テンリも同じような反応を見せた。「仙人は霞しか食べないらしいけど、ピフィさんもお水だけで生きていけるものね。話は変わるけど、ピフィさんはトグラくんっていう栗の男の子を知っている?」

「いいえ」ピフィはパカパカと歩行しながら言った。「あたくしは残念ながらそのような方は存じ上げてはございません。しかし、生きている栗さんとなら、あたくしも節足帝国で擦れ違っているかもしれません。もし、そうなのであれば『袖が触れ合うも多生の縁』でございます」

「そっか。『縁は異なもの味なもの』っていうのもあるものね。ピフィさんが『樹液の地』で会いたい虫さんはなんていう虫さんなの?」テンリは答えを予想しながら聞いた。

「ウンリュウさまというお方でございます」ピフィはテンリの予想のとおりの名前を口にした。

「え?」アマギには全くの予想外だった。「ウンリュウのおじさんなのか?」

「アマギさまはウンリュウさまをご存知でいらっしゃいますか?」ピフィは聞いた。

「うん」アマギは秘密を明かした。「ウンリュウのおじさんはテンちゃんの伯父貴なんだ」

「まあ」ピフィは少なからず驚きながらも上品さを崩さずに言った。「そうでございましたか。それでしたなら、テンリさまのおっしゃるとおり『縁は異なもの味なもの』でございます」

 確かにピフィの知り合いはテンリの叔父だったが、ピフィもトグラのことは知らなかったので、昆虫界と言うところは広いようで狭いし、狭いようで広い不思議なところなのである。

 昆虫界を一周することは無理ではないが、二カ月や三ケ月で一周できてしまう程には狭くはない。時間のかかるのには別の理由もある。例えば、りんし共和国の『マジック・アイテム』や節足帝国の自動車のようなその土地でしか見られないようなものも昆虫界には盛りだくさんだからである。


 ミヤマ・サイドでは途中まで特にアクシデントに見舞われることもなく悠々自適に歩いていた。ミヤマは二つ目の縄張りを示す木の幹を発見すると過ちを正すようにわざわざその木の幹を踏み倒してからそこを通過することにした。ミヤマはシナノの意見に共感しこの区分について少し不愉快に思っている。

その不愉快さたるや次の日に遠足を控えているので、てるてる坊主を作ったのにも関わらず、朝になって起きてみたら、ゲリラ豪雨が降っていたが如しである。乱入者はそんな時にやってきた。乱入者というのはビショップと言う名のモーニッケノコギリクワガタである。

ビショップは体長が59ミリほどで大顎の発達がよく体色は黄色をしている。自称『森の守護者』のビショップは試験をしに来た。名前は格好よくて強そうだが、ビショップの中身はお笑い系である。

ビショップは何を試験しようというのかと言うとミヤマとシナノの性格をチャックしに来たのである。仮に性格が悪ければ、ビショップはここをとおってはいけないと言っている。

ここというのは木の幹が立てかけてあったところのことである。縄張りの木の幹を立てかけていたのはビショップであり、ビショップは自分の陣地を悪者にはとおさないことにしているのである。

シナノはこれまでの『雑貨の地』での経緯を説明しようとしたが、ミヤマはその前に進み出て「この顔はどう見ても善人だろう?」と言ったので、ミヤマは確かにいい面構えだとビショップは評した。ミヤマとビショップは波長が合ったみたいである。それでも、ミヤマはまだ善人かどうかは確実ではないので、ビショップは鉄人レース(トライアスロン)にも匹敵するという戦いによりミヤマのことを白黒つけることにした。

 それはしりとり・にらめっこ・腕相撲といった三つの競技を同時に行う対戦型の新感覚ゲームである。ミヤマVSビショップの戦いはこうして始まった。

 これに勝ったからといってミヤマは善人なのかどうかはわからないような気もするが、ミヤマとビショップは完全に乗り気なので、シナノは仕方なく二人を放任することにした。

ミヤマとビショップの二匹は腕相撲をしながらにらめっことしりとりを始めた。しりとりは文章でもよく以下はミヤマ→ビショップの順のしりとりである。

自分は教頭のハゲ頭を見ると乱反射によって希望の光を見出しちゃうんですよね→ネコの鼻毛のダイブ・ショーよ→よく見てもフォントって本当に綺麗だい→息の臭いスピーカーか→カンガルーはパステル・カラーが好きなのか否かは誰にもわかりませ・・・・ブッ! あ! 屁が出た! すいまへ!

ビショップは最初こそ優勢だったが、ミヤマは必死に笑いを堪え「すいまへ」によりビショップを笑わせることに成功し見事に勝利を手にすることに成功した。

ビショップは勝手にキング・オブ・コメディアンの称号をミヤマに与え善人がどうのこうのと言うのはうやむやのままミヤマとシナノは先へ進むことを許された。これではまるでテティのようだが、ビショップは誰かしら構ってくれる虫を探していただけだったのである。シナノはミヤマのことを大いに褒めた。ミヤマはシナノと一緒に歩きながら突然にくすくすと笑い出した。これは思い出し笑いをしているのである。

「実はちょっと笑える話があるんだけど、そんなに長い話ではないから、ナノちゃんは帰る道々に聞いてくれるかい? そんなに退屈な話ではないと思うんだよ。たぶん」ミヤマは提案した。

「ええ」シナノは了承した。「もちろんよ。聞かせてくれる? 早速」

「OK」ミヤマは応じた。「これはおれがライラックの木のある『食物の地』っていうところの近くに引っ越してくる前の話なんだ。思えば、この引っ越しが運命の出会いを招く引き金になったんだ。おれはそのあとすぐにテンちゃんとアマに会うことになったんだよ。この二人と出会わなければ、ナノちゃんとも顔を合わせることはなかったかもしれないな」ミヤマはしみじみとした感情を抱きながら言った。

「それ程に思い入れのある引っ越しだったという訳ね?」シナノは確認した。

「そういうことだったんだよ」ミヤマはそう言うとシナノと一緒に歩きながら小話を始めた。

 自分でも「笑える話」と言うとおり、こけおどし(ブラフ)などではなくこれから紹介することになるミヤマの話はそれなりに滑稽な話である。そのため、ミヤマはさっき思い出し笑いをしていたのである。

 シナノは割と聞き上手な方である。シナノは時々相槌を打ってくれるので、ミヤマはそれに感謝しつつも気分よく笑話をすることができる。これからの話はミヤマがテンリとアマギに出会う前のものでありミヤマの虫のよさとおもしろさが窺える内容になっている。以下はその内容である。


 引っ越す前のミヤマは当時『平穏の地』にあるカエデの木をマイ・ホームとしていた。その木には間に挟まるのに絶妙な隙間があったので、ミヤマはそこで眠りに就くことを日課としていた。

 そんなある日の早朝のことである。その日は暇だったので、ミヤマはなんとなく家の前でストレッチをしているとオスのショーネマンコシラクワガタが忙しく辺りを見回しながらやって来た。彼は体長がおよそ22ミリという小柄で名をショーマンと言った。ショーマンとの出会いはミヤマにとってその後の人生を少し違ったものに変えることになる。ミヤマは「やあ」と気さくに声をかけた。

「はじめまして」ミヤマは名乗り出た。「おれはミヤマだよ。ここいらは初めてかい? どこかに行きたいのなら、おれは教えてあげることができるかもしれないよ」ミヤマは先手を取ってショーマンに対して話しかけた。ショーマンは「ああ!」と言い笑顔になった。

「これはこれはすみませんね。私はショーマンと言います。それではこのあたりで一番おいしい樹液が出る木を教えて頂けると非常にありがたいのですが」ショーマンは申し出た。

「それなら、おれの家の木の樹液が一番だよ」ミヤマは太鼓判を押した。

「うーん」ショーマンはカエデの木を仰ぎながら少し考えた末に独り言のようにぶつぶつと言った。「さすがに他人のうちでは失礼だよなあ」今のショーマンは悩んでいる。

「ええと」ミヤマは聞いた。「ショーマンさんは引っ越すところを探しているのかい?」

「いえいえ」ショーマンは答えた。「実はそうではないのです。今の私はピクニックの下見に来ているのです。とりあえず、今の段階では私を入れた5匹の男女で訪ねようと思っているのですが」

「へえ」ミヤマは納得した。「そうだったのか。全員で5匹かい? それなら、うちの木とその両隣りの木を拠点にしたら、どうだい? おれは別にそれで構わないよ」

 ミヤマは足長おじさんのようにして寛大に言った。ショーマンは「え?」と意外そうにした。

「本当ですか? ミヤマさんはせっかくそうおっしゃってくれているのなら、私もお言葉に甘えさせて頂きます。いやー!」ショーマンは喜んでいる。「親切な方に巡り合えて本当によかったですよ」

「いやいや」ミヤマは取り成した。「それ程でもないよ。ピクニックはいつ決行なんだい?」

「三日後です。どうか、その時はよしなにお願いします」ショーマンは言った。

「OK」ミヤマは言った。「まあ、ショーマンさんは大船に乗ったつもりでいてくれて構わないよ。ピクニックの当日はそこいらでは決して見ることのできない幻のパフォーマンスも見てもらうようになると思うよ。ああ。愉快だ。愉快だ。ははは」ミヤマはやはり足長おじさんぶりを示して見せた。

 ショーマンはその三日後に4匹のカブトムシとクワガタを引き連れミヤマの家にやって来た。当日はおもてなしをするために今か今かと待っていたのだが、ミヤマはやってきた4匹の虫を見ると思わず目を瞠ってしまった。ミヤマはこんなはずではなかった。ミヤマには得意のダンスを披露することにより女の子に持て囃されたいという願望という名の下心があったのだが、その目論見は見事に外れた。といってしまうと、それでは失礼だが、ショーマンが連れてきたのは全員がよぼよぼのおじいさんとおばあさんだったのである。

「いやー!」ショーマンは気楽にしている。「その節はどうもです。今日はいいお天気ですね。絶好のピクニック日和です。おや? ミヤマさんは大丈夫ですか? 体調でも悪いのですか? ミヤマさんはもしかして私達のことを緊張して待ってくれていたんですか?」ショーマンはミヤマが内心でショックを受けているとは露ほども知らない。ミヤマは顔を蒼白にし「いやいや」と言った。

「大丈夫だよ。全てはこっちの事情だからさ」ミヤマは内心「とほほ」と言っている。

その後はショーマンの監視の下でおじいさんとおばあさんのピクニックは気持ちよく進んで行った。ミヤマは予定のとおり自棄くそでダンスを披露することにした。お婆の一人はその内にミヤマのダンスを見ながら「きゃー!」とか「ミヤさま!」とか「色男だわ!」といったことを言い出した。

「ちょいと」もう片方のお婆は言った。「あんたはいい年して何を騒いでいるのよ」

 ショーマンが連れてきたのはお婆が二匹でお爺が二匹だった。彼等は老夫婦ではない。ショーマンは身寄りのない者たちを寂しさから遠ざけるため甲虫王国から無償で雇われているとても親切な虫さんだったのである。先にミヤマのファンになった方のお婆は「いいじゃないのよ」と反論した。

「なにかに熱中できるっていうことは長生きに繋がるのよ。それこそはいつまでも若々しくいられる要因じゃないのさ」お婆は胸を張っている。一方のお婆は「あら」と口に手を当てた。

「確かにそう言われてみるとそうかもしれないわね。それじゃあ、あたしも遠慮なくやらせてもらおうかしら?」もう片方のお婆は言った。お婆の黄色い声は「きゃー!」とか「ミヤさま!」とデュエットになり、この日のミヤマは結局のところヘトヘトになるまで踊らされることになった。ミヤマは頼まれたら、断れない性格なのである。ミヤマは実のところ年増のマダム・キラーだったのである。

ミヤマ自身は別によかったのだが、ここにはミヤマに対し、まあ、女性からは黄色い声を頂いたのだから、よかったではないかという慰めをかけてくれる相手はどこにもいなかった。

「いやー!」ショーマンは帰り際にさっぱりとした口調で言った。「今日はミヤマさんのおかげで大盛況でしたね。ピクニックは間違いなく大成功です。ミヤマさんは本当にありがとうございました」

「これくらいはどうってことはないよ。ショーマンさんはまた来たくなったら、その時はいつでも来てもいいんだよ」疲れ切っているミヤマはどうにかして言葉を絞り出した。ミヤマはそれでも親切である。

「わかりました。それでは我々はこれで失礼致します」ショーマンはそう言うと4匹の老人を連れて帰って行った。ミヤマも長かった一日がようやく終わって一安心である。ただし、その後のミヤマは先程に口にした社交辞令を悔いることになるとはこの時点では夢にも思っていなかった。ショーマンと4匹の老人はその5日後に再びミヤマの家にやってきた。事情はよくわからないが、ミヤマは唖然としてしまった。

「いやー!」ショーマンは申し訳なさそうにして言った。「ご無沙汰しております」

「いえいえ」ミヤマは恐る恐る聞いた。「今日はどういったご用件でしょうか?」

「いえね。皆さんはミヤマさんとこのあたりの木の樹液をすっかりと気に入ってしまったみたいで集団移住することにしたんですよ」ショーマンはさっぱりとした口調で言った。4匹の老人は過ごしやすい住まいを探していたので、ある意味では全員が難民だったのである。

「ああ。そうなんだ。なるほど。って」ミヤマは絶望的に聞き返した。「ここに住むの?」

「はい。こちらです。ミヤマさんはまた来たくなったら来てもいいとおっしゃって下さいましたからね。いやー! それにしても、ミヤマさんの親切さには頭が上がりませんよ。ははは」ショーマンは清々しい笑顔を浮かべた。「さあ、ミヤマさんも歓迎して下さるようですよ。皆さん」

 お婆の二匹はすかさず怒涛のような言葉を「ミヤさま」に浴びせかけて行った。ミヤマは顔が引きつっている。「ローマは一日にして成らず」と言うが、ショーマンはあっさりと新たな老人ホームを建設することに成功した。ミヤマはしばらく唖然呆然の体である。この日はミヤマの13歳の誕生日だったので、ショーマンを初めとした面々は大いにお祝いをしてくれたし、ミヤマはこの日からおじいさんの一匹と共同でカエデの木を使用収益することになった。ミヤマの住居不可侵の権利は侵害されたということである。

 ミヤマはこの日を境にしてショーマンと共に老人の話し相手になったり介護してあげたりするようになった。ミヤマはやはり親切な虫なのである。ミヤマと同居していない方のおじいさんは同日に何度も同じ昔話を繰り返すので、ミヤマは実に参ってしまった。

ミヤマはおばあさんのために来る日も来る日もダンスを踊らされることになった。最初は単なる下心だったものがこのような事態を呼び起こすことになったとは全く以って高くついたものである。

とはいえ、ミヤマは4匹の老人からおもしろい虫であるといういいレッテルを張られたので、ミヤマはよくも悪くも少しこのあたりの『平穏の地』では名を知られるようになった。ミヤマはやがていつでも自身の出生地に足を運べるようにするために引っ越しを決意した。4匹の老人は揃ってお別れを悲しんだが、ミヤマの引っ越し先は同じ『平穏の地』の中だったので、老人たちはミヤマともう二度と会えなくなる訳ではなかった。ミヤマは逃げ出しているような後ろめたさと格闘し引っ越しをすることにした。

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