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アルコイリスと七色の樹液 5章

テンリ達の三匹と『西の海賊』VSファルコン海賊団の今回の一戦はこれから引き起こされる様々な出来事の引き金として後に『オープニングの戦い』と呼ばれるようになる。同時にこの『オープニングの戦い』は甲虫王国の多くの国民の耳目を引くことになる。

 『オープニングの戦い』は誘拐と言う禁忌を犯したファルコン海賊団に対して『西の海賊』の一味によって手痛い制裁が加えられたので、その意味でも意義深いものなのである。

 緊張しっぱなしだったテンリは『オープニングの戦い』の終焉によってようやく少しだけ気持ちが楽になった。もちろん、最高の形で勝負に勝ったからである。当然、明るいのはテンリの気持ちだけではない。シナノやセトやニーヤの三匹を救出する以前のグルーミーな雰囲気と比べて今のテンリ達の一行の乗る船は明るいムードに包まれている。特に陽気なミヤマは喜びのダンスを踊っていた程である。

「あんな切り札を持っていたなんて驚いたな。アマギくん」サイジョウは甲斐甲斐しく言った。これは『進撃のブロー』のことを言っている。現在のこの船室には合計7匹が揃っている。名を連ねれば、テンリ達の三匹に加えてシナノとアスカとサイジョウとニーヤの7匹である。現在、負傷をしているクーとセトや付き添いのクスキとソーの4匹は別室にいる。

「確かに私も驚いた。私達にも教えてくれていなかったということは敵を欺くのならば、まずは味方からっていうことだったのか?」アスカは聞いた。ミヤマも聞き耳を立てている。

「いや。おれには別にそんな深い考えはなかったぞ」アマギはあっさりと言った。

「ぼくは知っているよ。アマくんはお兄ちゃんからあんまり口外しないように口止めされているんだよ」テンリは解説をした。ミヤマはアマギに兄がいることを今になって初めて知った。

アマギの兄であるランギは朴訥な性格だが、『セブン・ハート』を使って無闇やたらに他の虫を威嚇するようなことだけはしないようにアマギに対して忠告しているのである。天空海闊なアマギはその教えを忠実に守っているという訳である。『医療の地』で披露しようか、迷っていたアマギの奥の手というのは『進撃のブロー』のことだったのである。ミヤマはすっきりしなかった部分が完全に晴れた。

「なるほど。テンちゃんが言っていた意味がわかった。アマが本気を出すと船が滅茶苦茶になるっていうのは比喩じゃなかったのか。テンちゃんが見た『セブン・ハート』っていうのはアマの奥義だったんだな?」ミヤマは遠い目をしながらすっかりと感心している様子である。

「うん。そうだよ」テンリは答えた。隣にいるシナノもちゃんと話に追いつけている。

「自分の奥義を自慢しないなんて粋ないい師匠だな?ところで、君は浮かない顔をしているが、大丈夫なのか?具合でも悪いのか?」アスカはニーヤの方を見て言った。

「あんまりにも唐突な出来事だったので、ぼくはまだドキドキしているんです。具合は悪くないので、大丈夫です」小心者のニーヤは少しおどおどしながらもちゃんと主張した。

「そうか。それはよかった。ケガはしていないみたいだけど、シナノくんも大丈夫か?」アスカは聞いた。面倒見のいいサイジョウもずっとそのことについては気にしていたのである。

「ええ。大丈夫。あの、助けてくれて本当にどうもありがとう」シナノはお礼を言った。

「ありがとうございました」ニーヤもお礼を述べた。テンリはやさしく微笑んでいる。

「どういたしまして。だけど、ぼく達は当然のことをしただけだよ。なんと言っても同業者の悪行に目をつぶっているなんてことはできない」サイジョウは相当な男伊達を見せてくれた。

 シナノやセトやニーヤの三匹に対して『西の海賊』とは何者なのか、どうして『西の海賊』は三匹の救出を決意したのか、そういったことはサイジョウによってすでに説明されている。

「ところで、おれ達からは一つ提案があるんだけど、聞いてくれるかい?ナノちゃん」ミヤマは聞いた。ミヤマとアマギとテンリにはここに来るまでにある一つの考えを提起していたのである。

「ええ。どんなことでも言ってくれていいと思う。何かしら?」シナノは軽い気持ちで聞いた。

「立ち入ったことを聞くけど、ナノちゃんは甲虫王国にいるパパとママを探すために今回の旅に出た訳だけれど、だいたいでも、どこかに当てはあるのかい?」ミヤマは慎重な口調で聞いた。

「いいえ。今のところは何もない」シナノは答えた。すると、アマギはにっこりとした。

「そっか。それじゃあ、おれ達と一緒にアルコイリスを目指そう!」アマギは提案した。アマギはいつでも直球勝負なので、相手の意向を打診するような器用なまねはできない。シナノは『え?一緒に?』と言って少し戸惑いの表情を見せながら聞き返した。

「おいおい!順を追って説明させてくれよ!アマ!ようするに、アルコイリスを目指しながら、ナノちゃんは情報収集をしたらどうかなって、おれ達は思ったんだよ」ミヤマはちゃんと説明をした。

「ナノちゃんもきてくれたら、みんなはうれしいんだよ」テンリはやさしく言った。

「それじゃあ、私も一緒にアルコイリスまでお供させて」シナノは照れくさそうにしている。アマギは『やったー!』と言うと角でミヤマを持ち上げてそのまま上方へ投げ出した。

「うわー!おいおい!無茶するなよ!」ミヤマは行き成り胴上げされて絶叫した。

「わーい!旅の仲間が増えたー!」テンリは満面の笑みを浮かべながらシナノの仲間入りを祝福した。アスカとサイジョウとニーヤの三匹もムードにつられて笑顔である。

「まだ、何があるかはわからないから、そろそろ、ぼくは見張りに行かなくちゃいけないな。この航海で食糧が底を突くようなことはないだろうが、みんなはなるべく節約をするように心がけてくれるとありがたい」サイジョウは少し歓喜の瞬間が収まると歩き出しながら言った。ミヤマは『へい!船長!』と言っておどけて見せた。他の者達もちゃんと同意した。シナノが誘拐された時の海戦で奪われた食料は取り返さなかったのである。せっかく『オープニングの戦い』に勝利しても食事パーティーは開けないので、サイジョウは申し訳なく思っている。しかし、食いしん坊なアマギでもちゃんと我慢ができている。

「ぼくは相棒のセトを見に行かなくちゃ!ぼくよりもセトは怖い思いをして自尊心を傷つけられちゃっていると思うから、うまく立ち直ってくれるといいんだけど」ニーヤはサイジョウが退場すると言った。ミヤマはセトの恐怖の経験について少し思いを馳せた。

「そうだな。確かにそれは一大事だ」アスカは真剣な口調で言った。

「それじゃあ、出しゃばるようだけど、ぼくも付き合うよ」テンリは言った。

 テンリとニーヤの二匹はセトのところへと向かった。セトは心も体もボロボロなので、この後、テンリのやさしさに触れることによって少し気持ちが楽になる。

どんな経験をしていてもこの世の中に価値のない虫というのはいない。どんな時も忘れていてはいけないのは自分が生まれてきたことは奇跡だということである。誰もが輝きを放って誇りを持って生き続けることは他人から何をとやかく言われてもどうこうするものではない。肝心なのは命というものが何物にも代えがたく大切なものだということだからである。テンリはそれについて十分にわかっているのである。

帰路は往路と違ってタコに船を引っ張ってもらうことをしなかったので、出航から帰航まではたっぷりと二日間かかることになった。帰港したのは早朝だった。同時に『浜辺の地』への入港はテンリ達の4匹と『西の海賊』という戦友同士のお別れの時でもある。サイジョウやクーやソーの三匹はさばさばとしていたが、それでも、テンリ達の4匹に会えたことについてちゃんと十分に喜びに感じてくれていた。クーのケガについて言えば、幸いほぼ『浜辺の地』に帰り着く頃には完治していた。

アスカはテンリ達の4匹に対してまたいつか会いにくるように勧めてくれた。それだけではなくて、アスカはテンリ達の4匹の一路平安も願ってくれた。オカマのクスキに関して言えば、心底、テンリ達の4匹とのお別れを悲しんでくれた。やっぱり、見かけはオスだったとしてもクスキの心は女子なのである。

短い期間ではあったが『西の海賊』の5匹はテンリ達の4匹を同胞として認めてくれた。テンリ達の4匹の方もその思いは同じである。セトとニーヤの二匹は最後までしきりに恐縮していたが、テンリ達の三匹はやさしくそれを取り成した。ただし、セトの傷は意外と深くて全治に一週間はかかるかもしれない。

それでも、セトの命に別状はなくて大事には至らなかったのは不幸中の幸いである。しかも、みんなから励ましの言葉をもらったので、セトの心の傷も時間が癒してくれるかもしれない。

テンリ達の4匹は『西の海賊』とセトとニーヤといった面々とお別れをした。それによって、テンリ達の4匹のにわか海賊の冒険は幕を閉じた。


人間界から昆虫界に移住してくる者が感じる一種のカルチャー・ショックと言えば、今までは夜型の生活をしていたのにも関わらず周りの虫がみんな昼型であることである。

人間界にいる昆虫も潜在能力として体内時計を変更することができるので、自らも昼型に直すことは可能なのだが、それには個人差もあるし、少々の時間を要することになる。

体内時計を調整しなければならないということについて言えば、新たに昆虫界にやってきたシナノもまたそうである。長い時間を起きていると、眠たくなってしまうので、時々、シナノはテンリ達の他の三匹に対して申し訳ないと思いながらも休憩を申し出ている。そんな時はテンリ達の他の三匹も一緒にシエスタなんかをしたりしている。シナノのせいで中々前に進めなくてもテンリ達の三匹に文句はない。

荷物は従来と同様にしてアマギが木の皮のふとんを引っ張って運んでいる。内容について言えば、一つの栗と三つのクナイと三つの下忍のバッジと二つの桜貝と『魔法の地図』とシナノの宝物であるお馬さんの人形が一つである。割と荷物はたくさんある。アマギは荷物が転げ落ちないようにできるだけ平坦な道を選んで歩いているが、時たま、でこぼこに遭遇して荷物が落ちてしまうこともある。しかし、それは栗が三つあった時よりはずいぶんと回数が減っているので、アマギはよしとしている。早く節足帝国の何でも入るポシェットをゲットするに越したことはないのだが、力持ちのアマギの活躍によって今のところは何とかなっている。

今はアスカ達の7匹と別れてから三日が経過している。テンリ達の4匹は青天の中で鼻高々に歩を進めている。現在はすでに昼時なので、テンリ達の4匹は朝ご飯をハンの木の樹液ですませている。今は睡魔に負けずにちゃんとシナノもみんなと同行をしている。

「そういえば、三人共、テンちゃん達は本当に仲良しよね?前から少し気になっていたんだけど、元々、みんなは小学校でも同級生だったのかしら?」シナノは話を切り出した。

「いや。おれは違うよ。旅の途中で困っているテンちゃんとアマを見つけて助けてあげたらどうしても一緒についてきて欲しいって泣きわめきながらテンちゃんとアマが言うから、おれも二人を見捨てることができずに同行することになったんだよ」ミヤマはしてやったりと言う顔で答えた。

「確かについてきて欲しいっていうようなことは言ったかもしれないけど、泣いてはいないぞ」アマギは反論した。とはいえ、もちろん、ミヤマはリップ・サービスを口にしただけである。

「ミヤくんはぼく達の虫探しを手伝ってくれたんだよ」テンリは柔和な口調で言った。

「そうなんだ。その虫さんは見つかったの?」シナノは興味本位で聞いてみた。

「ああ、見つかったよ。まあ、おれもその過程で一役買ってやったんだけどな。おれがいれば、見つからないはずはないっていう虫もいたりいなかったりするくらいだから」ミヤマは得意気である。ミヤマは相変わらず厚かましいリップ・サービスを続けている。

「でも、ミヤくんとナノちゃんと一緒にアルコイリスを目指せるようになって本当によかったな。ぼくはうれしいよ。もちろん、アマくんもそうだよね?」テンリはうれしげにして問うた。アマギは『そうだな』と言って頷いた。アマギはテンリがうれしそうなのを見て自分もうれしそうである。

「それじゃあ、テンちゃんとアマくんが出会ったのにはどんな経緯があったの?」シナノは聞いた。

「けっこう色々とあったぞ。おれが生まれて初めてしたケンカもその頃だったんだけど、惨敗だったんだ。でも、テンちゃんと出会ったおかげでおれも強い心とやさしい心がどういうものなのかっていうのがわかった気がするんだ」アマギは昔を懐かしむようにして明るく言った。

「あら、アマくんがケンカで負けていたなんて意外な話ね?あんなに強いのにも関わらず、アマくんは負けちゃったなんてやっぱり虫は成長するものね?」シナノはまじめな顔で言った。

「そういうことなのかもな。でも、それなら、ぜひとも、聞きたい話だな」ミヤマは興味津々である。

「テンちゃんは嫌かもしれないぞ。なあ?テンちゃん」アマギは問いかけた。

「ううん。別に嫌じゃないよ。もう、昔のことだからね」テンリは力強く言った。

「そうか?それはよかった。それじゃあ、ナノちゃんも聞きたいのかな?」アマギは聞いた。

「ええ。聞きたい。私も興味津々よ。できることなら聞かせてくれる?」シナノは聞いた。アマギは『うん。わかった』と言って従順に頷いた。テンリ達の4匹は譲り合いの精神を大事にしているので、基本的に話し合いによってすったもんだすることはない。アマギは歩きながらテンリとの出会いついて話し始めた。その話においてクローズ・アップされるのはテンリの苦境とそれを受けたアマギの反応である。

テンリは嫌かもしれないというアマギの言葉によって聞きたいような聞きたくないような気持ちになって、ミヤマとシナノの二匹は大いに興味をそそられている。然程に長い話ではないが、以下はアマギの話のアウト・ラインである。以下の文章はアマギの話よりも詳しく描写している部分もある。


 これはテンリとアマギが小学校一年生の時の話である。当時、テンリは昼休みというものが大嫌いだった。オスの同級生の一人によって無理やり決闘をさせられるからである。

そのけしからん小僧の名はシャンデスと言って虫の種類はスペキオシスシカクワガタであり、テンリとの体格差は20ミリ程あった。もちろん、テンリの方が小さいのである。

その上、決闘というのは名ばかりであってやさしい性格のテンリには戦意が全くないので、テンリはいつでもシャンデスによって一方的に痛めつけられるだけだった。

そんなある日、アマギは一人で色々なところを散策して冒険気分で歩き回っていた。すると、アマギは偶然にもシャンデスによるテンリへの暴行の現場を発見することになった。

「そんなところで何をやっているんだ?チャンバラか?本気は出さないから、おれも入れてくれないか?」何も知らないアマギは二匹に対してニコニコ顔で呼びかけた。

シャンデスは自分よりも更に20ミリも大きな体をしているアマギを見て惶懼して何も言わずにテンリへの暴行を止めてすごすごと引き下がって行った。当然、不思議に思ったので、アマギはこの場に残っているテンリに対して訳を聞いてみることにした。しかし、アマギは真実を中々話そうとしないテンリからただならぬ事態を察した。アマギは昔から鈍感なところもあったが、好奇心がそうさせたのである。

「おれは正義の味方だから、何でも話していいんだぞ!困っている虫を見つけたら助けるのが正義の味方の役割なんだ!きっと、おれは役に立つぞ!」アマギは太陽のような笑顔で言った。

テンリはアマギの真っ直ぐな気持ちから出た訴えを信頼してみることにした。アマギはありのままの事実を知るとシャンデスの横暴な振る舞いに対して怒り心頭に発して義憤を覚えることになった。テンリに対して翌日もまだシャンデスがそれを続ける気ならば、アマギは必ずシャンデスのことをやっつける旨を伝えた。

 いかにアバウトな性格をしたアマギでもこの場をいい加減な態度でうやむやにすることなんて到底できっこなかったのである。アマギは正義感が強い男の子なのである。

迎えた翌日である。シャンデスはテンリに対して懲りることなく有無を言わせずに決闘を申し込んできた。しかし、場所は前日と同じだったので、それを陰で聞いていたアマギにも簡単に尾行することができた。アマギは現場に到着すると一気に躍り出た。しかし、そこにはアマギの予想だにしなかった光景が広がっていた。アマギからの進撃を予想していたので、シャンデスはその場に仲間を4匹も連れてきていたのである。

その中でもボスと呼ばれるのはムーレンという名のオスのモーレンカンプオオカブトである。この種のカブトムシはボルネオオオカブトとも呼ばれて三本の立派な角を持っている。

ムーレンはアマギとテンリよりも上級生であり、アマギよりも20ミリも大きい約100ミリの図体を誇っている。そこそこ大きいアマギにとってもムーレンは巨大なのである。

それでも、アマギはムーレン達の5匹に対して絶対に挫けることのない真っ直ぐな信念の下に敢闘した。しかし、それもわずか5秒間だけの淡い夢にすぎなかった。アマギは5対1という不利な状況において徹底的に痛めつけられてリンチにあってしまった。人生初のアマギのケンカは大敗北に終わってムーレンやシャンデスと言った悪者の5匹は去ってしまって後にはサイレント状態においてテンリとアマギだけが残った。

成す術もなくそれを見つめることしかできなかったテンリはアマギのボロボロになった姿を見て涙を流して何度も何度も謝った。アマギも約束を守れなかったことを何度も何度も謝った。

結局、テンリとアマギの二匹は先生にその一部始終を説明してテンリに対する決闘事件はなくなった。しかし、アマギはテンリの涙を見て気づいたことがあった。それというのは強くならないと守るべきものも守れない時があるということである。アマギは臥薪嘗胆の心意気を忘れなることなくムーレン達の5匹に対してリベンジを挑むことを誓った。その際にアマギが頼ったのはアマギよりも6歳年上の兄である。

ランギという名のアマギの兄は戦闘に関しては卓越した戦闘センスを持っていたので、当時から天才とまで謳われていた。そればかりか、現在のランギは甲虫王国の軍隊に入隊して軍人として三本の指に入る程の逸材として重宝されている。アマギはそんな戦闘の天才であるランギという兄に鍛えてもらうことによって苦汁を嘗める幾多の試練を乗り越えて行った。

その二年後である。ムーレン達の例の5匹はアマギとテンリが三年生になった時に先生にも手に負えない程の悪童としてその学校で悪名を轟かせていた。

アマギはある日の放課後にそんな悪童達を雪辱の場所に呼び出して、もしも、自分が勝ったら二度と悪さをしないということを誓わせて再び1対5のリスキーな戦いを開始することにした。アマギの申し出によって証人としてテンリもその場に同席していた。しかし、テンリはいざとなったら証人という立場に留まることなく自分も戦う気でいた。アマギは二年前と同じく不屈の闘志で戦った。しかし、二年前と違ったのは次々と敵をなぎ倒して行くまさに一騎当千という表現がぴったりのアマギの勇姿である。

アマギは戦闘のテクニックだけではなくて戦闘の心構えもランギから教わっていた。アマギは戦いながらも兄から習ったケンカの極意を思い出していた。それは後ろには一歩も下がらない勇気凛々たる心意気である。それでも、アマギの攻撃を全てかわしてアマギの覇気にも怯まずに最後まで果敢に敵対してきた虫がただ一匹だけいた。それは不良集団のボスであるムーレンである。シャンデスを含めた4匹が戦闘不能になって倒れたせいもあって静寂の中で一騎打ちとなった両者は一斉に組みつくべく突撃をした。

アマギVSムーレンの一戦は激しい打ちあいの末に先に捕らえられたのはアマギだった。アマギはムーレンによって前からがっちりと挟み込まれた思い切り上空へ投げ飛ばされた。

アマギは宙に浮いたままムーレンによって体の裏側に強力な突きの一撃を食らってしまった。それでも、アマギはすぐに形成を立て直すと再びムーレンに組みついた。

しかし、アマギはムーレンによって今度も軽く横に弾き飛ばされてしまった。アマギは劣勢に立たされてもそれを利用して瞬時にムーレンの横に移動するとそのままムーレンを挟み込んだ。

アマギは『うおりゃー!』と言うとそのままムーレンを持ち上げて更にバク転の要領で後方に回転して地面に叩きつけた。それはムーレンの大きな怒りを買った。

「おれの仲間を倒して少しおれにダメージを与えたからといって調子に乗るなよ!そろそろ、おれの本気を見せてやる!」ムーレンはそう言うと素早く起き上がってアマギに対して鋭い突きの応酬を繰り返した。アマギはその全てを受け続けることはできなかったので、防戦一方だったが、三歩程あえて後退すると襲いくるムーレンに向かってアマギの方も本気を出すことにした。

「お前らの悪行もこの戦いもこれで終わりだ!『進撃のブロー』!」アマギはそう言うと勢いよく角を振った。アマギの角からは鋭いかまいたちが放たれることになった。

練習でも100回やって一度しかできていなかった大技だったにも関わらずに見事にアマギはこの危急存亡の瞬間に成功させた。虫は他の虫を守ろうとする時に本当のやさしさと強さを発揮できるものなのである。ムーレンはこれによってノック・ダウンしてしまった。

ムーレンやシャンデスといった悪童達の行いは粛然としたものになって以後は小学校を卒業するまでアマギの言いつけの通りに問題を起こすようなことはなくなった。もちろん、アマギは大手を振るって新たなボスになったり、その立場を利用して悪行を行ったりするようなことはなかった。そればかりか、ほんの一部の虫しか、ムーレンを初めとした悪童達を黙らせたのがアマギだということは知らないままになった。

その後、アマギはテンリとの仲を深めることになって一緒に修行という名のトレーニングをして今では完全に『進撃のブロー』をマスターすることができている。

テンリはシナノが誘拐されそうになった時に必死になってプリートと戦っていたが、それはアマギがやられている時に何もできなかった自分を反省していたからだったのである。


 アマギには記憶力というものがほとんど欠如しているので、今までテンリにも助けてもらって話をしていたが、アマギにとってみれば、十分にこれは御の字の働きである。

 とはいえ、アマギにしたって心臓に毛が生えている訳ではないので、細かく描写はしたが、ムーレン達との戦闘シーンは簡単にすませてその部分の細部デティールはテンリが話をしてあげた。

 テンリはシャンデスによって決闘を挑まれて一度は心に傷を負ったが、アマギが自分の仇を取ってくれたし、今では時もその傷を癒してくれることになった。

「すごい!テンちゃんとアマくんには壮絶な過去があったのね?びっくりした!」話を聞き終えると、シナノは感動したようにして言った。しかし、アマギは何でもなさそうにしている。

「そうか?おれはテンちゃんのことを思ってやっただけなんだけどな」

「さっき、アマくんは本当の強さとやさしさをぼくから教えてもらったって言っていたけど、教えてもらったのはぼくの方だったんだよ」テンリは教え諭すようにして言った。

「そうか?別におれは大したことはしていないような気がするけどな。おれはあくまでも当然のことをしたまでだよ」アマギは軽く受け流した。ミヤマは黙ってその話を聞いている。

「ううん。そんなことはないよ。思っていても行動に移すのが難しいことはあるもの」テンリは言った。テンリはアマギの行動力についていつでも一目置いている。

「それじゃあ、二人で教えっこをしたのね?」シナノはやさしい口調で言った。シナノはテンリとアマギの二人がお互いに尊敬しあえる仲間なのだと認識することにした。

「いやー。男と男の友情はいいものだな?でも、おれがその場にいなかったっていうのがただ一つの汚点だな」ようやく口を開いたかと思えば、ミヤマはかなり図々しいことを言っている。

「あら、それじゃあ、ミヤくんならどうしていたかしら?」シナノは聞いた。

「当然、テンちゃんが苦しんでいるのを見ていたらおれも手を差し伸べていたよ。アマと一緒に戦う道を選んだだろうな。おれは曲ったことが大嫌いな正義感の溢れる男なんだよ」ミヤマはそう言いながらまるでシャッター・チャンスでも作っているかのようにして二本足でポーズを決めている。突然、近くから『うんこ♪うんこ♪』という男の子の声が聞こえてきた。ミヤマにとっては感動的なセリフを言ったつもりだったのだが、寝耳に水なセリフによって水を差されることになってしまった。テンリ達の4匹はせっかくいい話の余韻に浸っていたのにも関わらず一気に現実の世界に引き戻されてしまった形である。

テンリ達の4匹の前にはフンの球が転がってきた。そして、今、止まった。もちろん、フンは一人の男の子が押している。フンは狐狸のそれによるミックスである。

そう説明すると、もしかしたら、他国民の虫は『危険の地』から命からがらやっとそのフンを手に入れたものなのかと思うかもしれないが、実際はそうではない。

甲虫王国の『動物の地』という場所にはウマやウシやゾウが存在するのである。そこに住む動物達は余程のことがない限り、昆虫に対して害を与るようなことはしない。

フンを後肢で押していたのはそれとは対照的にきれいな緑色をしたオスのタマオシコガネである。タマオシコガネにはフンゴロガシやスカラベといった別称もある。タマオシコガネは獣糞を球にして後肢で運搬してそれを地中に埋めて食料にする。タマオシコガネは大昔の人間界において護符として象られてミイラの心臓の上に置かれたとも言われている。それによって復活が祈願されていたという訳である。

そんなタマオシコガネの中でも今のテンリ達の4匹の目の前に現れたのは体長が約18ミリのアズレウスタマオシコガネである。タンバという名の彼はきれいな青色をしている。

「やあ!こんにちは!ぼくちんはタンバだよ!見ての通り、タマオシコガネさ!もう、ぼくちんはみんなのお友達だよね?それじゃあ、早速、うんこ押し相撲を始めようか!」聞かれてもいないのにつらつらと自己紹介を始めたかと思えば、タンバはいかにも敬遠したくなるようなことを言い出した。

「おお、それはよさそうだな!よし!やろう!」アマギはワクワクした顔で言った。

「やるの?まあ、やるっていうのなら別におれはいいんだけど」ミヤマは空々しく言った。

「そうか?よし!本人の許可も下りたぞ!早速やろう!」アマギは喜んでいる。

「ちょっと待てー!その言い方だとおれがやるみたいじゃないか!」ミヤマはすかさずつっこみを入れた。テ

ンリとタンバは楽しそうにしてそのやり取りを眺めている。

「えー?何でだー?やっぱり、うんこだからなのか?」アマギは驚きの表情を見せた。

「いや。うんこだからっていうのもあるけど・・・・うーん。やっぱり、うんこだからかな」ミヤマはなぜか本気で悩み出している。テンリはミヤマを静かに見守ってあげることにしている。

「うんこはみんながするんだから、うんこをバカにしちゃいけないぞ!」アマギは主張した。

「そうだよ。うんこを食べる虫だっているんだから」タンバは口を挟んだ。

「うんこはありがたいものだぞ。ミヤマだってうんこをするじゃ・・・・」アマギは言いかけた。

「あの、議論の途中だけど、私にも発言させてもらっていいかしら?」シナノは挙手をしながら慎み深げに聞いた。アマギとタンバの二匹はそれを了承した。

「その、それの名前は何とかならないのかしら?」シナノはフンを指さして言った。

「ああ、そっか。何回も『うんこ!うんこ!』って言っていると下品だもんね?」テンリは納得した。

シナノは同意を得られてテンリに対してうれしそうな顔を見せた。そもそも、シナノが甲虫王国にきて初めての出来事がうんこ談議というのはちょっと酷な話である。

「それなら、ぼくちんは『スーパー・ボール』がいいと思います」タンバは先陣を切って発言した。

「いいや。おれは頭文字のイニシャルを取って『U』なんていうのが味わい深いと思うな。味わいは大事だろう?テンちゃん議長の意見はいかに?」ミヤマはテンリに対して話を振った。

「ぼくはどっちでもいいと思うから、まだ、意見を述べてないアマくんに決めさせてあげようね?」決定権を行き成り渡されたテンリは戸惑っていたが、決定権をアマギに譲渡することにした。

「よし!それじゃあ、間を取って『パール』にしよう!決定だ!」アマギは主張した。

「って、おいおい!『スーパー・ボール』と『U』のどこをどう取ったらパールになるんだよ!絶対にそれはアマの意見だろ!」ミヤマは反論したが、タンバは柔軟な対応をして見せた。

「ぼくちんはそれでもいいよ。よーし!決まりだ!これから、うんこはパールと呼ぼう!」

「名前が決まってよかったね?ナノちゃん」テンリはうれしそうにしている。

「ええ。本当ね。ありがとう」シナノはそうは言っておいたが、せめてまだフンの方がよかったような気がしていた。ご承知の通り、パールとは真珠という意味があるからである。

アマギは知らないのだが、真珠が聞いたら激昂しそうな扱いである。それ以前に、どうして、これ程にうんこの話で議論が過熱するのか、シナノは理解に苦しんでいる。

「それじゃあ、勝負だ!」タンバは二本足で立ち上がってポーズを決めながら言った。

「お、これはミヤマもやるしかないぞ!このうんこはさっきまでのうんこじゃないんだぞ!もう、今はパールだぞ!」アマギはフンを指さしながらミヤマの士気を鼓舞した。そのアマギの熱き思いが伝わったのか、ミヤマはやる気を出した。ミヤマはタンバのまねをして二本足で立ってポーズを決めながら次のように言った。

「よっしゃー!こうなりゃやけくそだ!名前が採用されなかったやけくそだ!」

という訳で、ミヤマVSタンバのドリーム・マッチが実現することになった。テンリとアマギはワクワクしているし、成り行き上、一応、シナノも楽しみにしている。

今のタンバはうんこ押し相撲なるものにおいて9連勝中である。試合のルールは簡単である。まず、フンの三倍くらいある円がフィールドになる。

その半分ずつをミヤマとタンバの両選手が陣取る。後は二人でフンをどんどんと押して行って先に相手選手の半円の外に持っていった方が勝ちという訳である。

そういったタンバの説明が終ると次は役割分担である。審判員のアマギとテンリは円の両サイドから試合を見守ることになった。さしずめ、細やかなギャラリーはシナノだけである。

ただし、これから、観客が増える見込みもないし、シナノは内心でばっちい競技だなと思っている。そんなシナノとは正反対にして乗り乗りのアマギの合図に合わせて試合は始まった。

「うおー!出しきらなくちゃ!思い出さなくちゃ!今日のこの日のために今日のこの戦いのために血の滲むような特訓を重ねてきたんだ!」暑苦しいこと、この上ない口調でミヤマは叫び出した。

「いやー。だいぶ、行っちゃっているなー」アマギは気合十分のミヤマに対して茶々を入れた。

「ぼくちんのコード・ネームはラブ・アンド・ピース!パールを押し続けてきて50年まだまだ若い者には負けらていられんどー!」タンバも意気込みを述べた。タンバの年齢は12歳である。ミヤマとタンバはそんなことを言っている間にも必死にフンを押している。

「タンバくんも類似した世界に行っちゃっているよ」テンリはタンバを見ながら言った。

ミヤマとタンバの二人がやっていることはかなり下品ではあるが、さっきのアマギとテンリの続け様のつっこみに対してはシナノも笑顔になっている。アマギはミヤマとタンバが『うぐぐ』とか『うぬぬ』とか言ってお互い死力を尽くして踏ん張っている中で口を開いた。

「勝負の行方はさて置いてミヤもタンバくんも気張りすぎてパールを出さないでくれよ」

「今のアマくんのセリフで最悪のシーンが最高潮に達したような気がしたのは私だけかしら?」もはや、シナノはやけっぱちの冗談しか言えなくなってしまっている。

よしんば、他の虫を傷つけてしまいそうなことが頭をよぎってしまっても自粛できるのはアマギの美点である。しかし、それ以外については思ったことをすぐに口に出してしまう。そんなところはアマギの欠点なのかもしれない。とはいえ、他人を傷つけなければ、何でもいいのである。

その後も相撲を取っているミヤマとタンバの二匹は必死に踏ん張った。どちらも譲らずにいよいよ持久戦に突入するのではないかとテンリが思い始めた矢先に通りすがりのスジクワガタの親子の会話によってこの戦いの勝負の行方は決することになった。問題のクワガタの母親はジェシカと言って娘はジェシーと言う。その親子は当事者達のことを遠目に見つめていたが、話声は当事者まで十分に聞こえる距離を歩いていた。

「ママ!あそこで玉転がしをやっているよ!見に行こう!」娘のジェシーは言った。

「ダメよ。あの虫さん達は臭いんだから」母親のジェシカは反論をした。

「どうして?何が臭いの?」娘のジェシーは無邪気に聞いた。娘のジェシーに対する返答に困っていたが、少しすると、母親のジェシカはどう説明するかの決心がついた。

「あのミヤマクワガタさんは体臭がきつそうでしょ?」ジェシカは説明をした。

「あ、そうか。確かにそんな感じだものね?」ジェシーはそう言うとミヤマとタンバの二人には目もくれずに母親のジェシカと共にこの場を去って行ってしまった。

体臭がきついらしいミヤマはどうなったかというと今の親子の話を聞いていて脱力してばっちいことにもタンバの押すフンの下敷きになってしまった。フンはそのままミヤマの側のラインを超えて行ってしまった。タンバはうんこ押し相撲なるものに勝利して記念すべき10連勝を達成した。タンバは『我が一生に悔いはなし!』と言って二本足で立ったまま両腕を大きく広げた。

「おーい!大丈夫か?ミヤ!」アマギはひっくり返って動かなくなってしまったミヤマに対して気遣って言葉をかけた。テンリも当然のことながら心配そうにしてミヤマを見つめている。

「ああ、はいほーふ」ミヤマは入れ歯が抜けた老人みたいな口調で答えた。

「大丈夫じゃないみたいね?さっきの親子の会話もかなりの精神的ダメージに繋がっているのかもしれないけど、ずっと、がんばっている姿は私達が見守っていたのよ。だから、そんなことは気にしないで」シナノはやさしい言葉をかけた。ミヤマはそれを受けると少し持ち直した。

「うん。ミヤくんには必ず近い内にいいことがあるよ」テンリはシナノの言葉を補強した。

「それにしても、ぼくちんがあれ程に苦戦したのは初めてだよ。いい勝負だったね?さあ、ぼくちんに掴まって!ブラザー!」タンバはそう言うとミヤマに対して手を差し伸べて助け起こした。

「みんながそう言ってくれるならがんばったかいがあったよ。よーし!おれは元気100倍だ!」ミヤマはみんなのおかげですぐに立ち直ることができた。

例え、他の虫には笑止千万に見えたとしても、必死にやっている姿は見る虫が見れば、必ず格好いいものなのである。しかも、それはどんなことをしていても同じである。真剣に取り組んでいることはミヤマのようにしてバカにされてしまっても続けていていいのである。

「よし!それじゃあ、心機一転して旅を続けるか!ところで、これから、タンバくんはどこに行くつもりなんだい?」ミヤマの質問した。タンバは誇らしげに答えた。

「ぼくちんは重要な特命を帯びているから『育児の地』に行くんだよ!」

「確か『育児の地』って私達のこれから向かうところじゃなかったかしら?」シナノの言葉を聞くと、テンリは早速ふとんの上の『魔法の地図』を手に取ってみた。

「うん。やっぱり、ナノちゃんの言う通りだね?ぼく達も次はタンバくんと同じところに行くみたいだよ。偶然だね?」テンリはしっかりと『魔法の地図』で場所を確認した後に言った。

「そうなのか?よし!それじゃあ、タンバくんも一緒に行こう!」アマギはニコニコしている。

「本当?ぼくちんも一緒でいいの?」タンバの問うた。テンリは答えた。

「うん。いいよ。タンバくんも一緒ならより一層に旅が楽しくなりそうだものね?」

「それじゃあ、ぼくちんはお言葉に甘えさせてもらうよ。方角はこっちで合っているのかな?」タンバは聞いた。タンバは今まであやふやなままで旅を続けてきていたのである。

「ええ。間違いないと思う」シナノは答えた。シナノはテンリから『魔法の地図』を受け取っていたのである。気の早いアマギはずんずんと先頭を歩いて行っている。テンリ達の4匹にタンバを加えた一行は『育児の地』へ向けて再出発をした。旅に仲間ができたので、タンバはうれしくて心強そうでもある。

「特命ねえ。タンバくんは一体どんな特命を帯びているんだい?」ミヤマは歩き出してから早々に口を開いた。今のタンバはフンを後ろ足で転がしながら歩いている。

「さっき、言っていたもんね?それを聞かせてくれる?」テンリは興味津々で聞いた。

「うん。もちろんだよ」タンバは了解した。タンバは話を始めた。

『育児の地』というところは周りに甲虫王国において保安官のような役割を果たす『森の守護者』がひっきりなしに巡回しているので、特に安全な場所である。

『育児の地』という以上、その理由は察しがつくかもしれないが、甲虫の卵や幼虫や蛹といったものがいるからである。特に幼虫時の栄養状態の優劣によって角や顎の大きさが決定されるカブトムシとクワガタを例にとってみるとわかりやすいかもしれない。『育児の地』にはカブトムシやクワガタの幼虫の糧である腐植土が無数にあって生木や腐食の進んでいない枯木は食べないので、比較的に多く腐食の進んだ枯れ木が存在している。他の昆虫に対して寄生するハチの幼虫を寄生蜂(寄生バチ)と言うが、幼虫が寄生されるようなことにはならないように条約によってまくし公国からやってくるウマノオバチやアカスジツチバチといった幼虫は『育児の地』への立ち入りが禁止されている。幼虫の安全の確保を徹底するために他にも同じくまくし公国からやってくるアリや『危険の地』に住むイノシシやモグラも『育児の地』への立ち入りは禁止されている。元来、人間界では細菌やウイルス等が多い地中で幼虫のような柔らかい体で生き延びるのは不可能であると考えられていたのだが、非常に免疫力が高いので、幼虫は病害に冒されずにすんでいる。

ただし、乾燥には非常に弱いので、『育児の地』では定期的に水が供給されている。そんな風にして幼虫にとって様々なメリットがある『育児の地』だが、ミヤマが幼虫時代を『食物の地』で暮らしていた例があるようにしてみんながここで産卵をする訳ではない。例えば、コメツキムシの幼虫はカブトムシの幼虫の天敵なので、カブトムシの幼虫を守るためにもここで育てることはできないという例もある。あくまでも、甲虫王国における大抵の虫にとって『育児の地』は産卵に適した場所であるというだけの話である。

ここからが本題になるが、タマオシコガネの幼虫もこの『育児の地』に住むのには適さない。タマオシコガネの幼虫の食物は遠く離れた『動物の地』で得られる動物のフンだからである。タンバはそんな場所でフンコロガシの幼虫を二匹も発見した。その後、タンバは周りの虫から話を聞いている内にその二匹の幼虫が捨て子であるという結論に至った。タンバはその二匹の幼虫に対して深く同情してここで満を持して勇敢なるオスの端くれとして立ち上がってその幼虫の二匹を育てることにしたのである。

今のタンバが転がしているフンは単なる遊び道具などではなくて二匹の幼虫の命を繋ぐ大切な食糧なのである。そのため、テンリ達の4匹はタンバを称賛することになった。

テンリ達の4匹がそんな話を聞いてから歩くこと約一時間が経過すると、タンバは二本足でフンの上に乗ってサーカスの玉乗りを披露していた。そして、事件は起きた。

「おいおい!タンバくん!ちょっとスピードを出しすぎじゃないのかい?」ミヤマはかなり加速のついたフンを見ながら危機意識を持って言った。テンリも少し不安そうである。

「大丈夫!大丈夫!ぼくちんは曲芸師なんだよ!それじゃあ、ぼくちんは少し先でみんなを待っているからね!」タンバはそう言うとそのままゴロゴロとフンを転がして遠くまで行ってしまった。

「あんな調子で本当に大丈夫なのかしら?」シナノは危惧するように言った。

「まあ、大切な食糧なんだから、タンバくんも引き際くらいは心得て・・・・」アマギは言いかけた。その時にタンバの向かった方角でかすかに鈍い音がしたのである。どしゃっ!

「わーん!大変だー!」少し先からタンバの悲嘆に暮れた声も聞こえてきた。

「嫌な予感がするから、見てくるよ!」ミヤマはそう言うと羽を広げてタンバの元へ飛んで行った。

「何だろうな?何かあったのかな?」アマギの反応はかなり鈍い。

「十中八九の確率でパールが粉砕したんじゃないかしら?」シナノはアマギに対して言った。

「えー!本当かー?確かにそれは大変な事態だ!」アマギはようやく、事態を把握した。

「ぼくもそんな気がしていたんだけど、やっぱり、そうなのかなあ?」テンリはコメントした。テンリ達の三匹もミヤマに続いてタンバのところへ追いついた。やはり、イチョウの木の前ではタンバの乗っていたフンが粉々に砕け散っていた。ミヤマとシナノの悪い予感は的中である。

「わーん!スピードを出し過ぎたら止まらなくなって木にぶつかっちゃったよー!大変だ!どうしよう?」タンバはパニック状態になりながら泣き出してしまっている。

「私達が何とかしてあげるから、泣かないで!タンバくん!」シナノは慰めた。

「そうだよ。だから、みんな、虫は一人ぼっちじゃないんだよ」テンリはタンバを宥めた。今のテンリは旅立ちの前夜に父のテンリュウから言われた言葉を思い出している。

「ナノちゃんとテンちゃんの言う通りだよ。なんとかなるって!おれなんか、生まれてから数え切れない程に失敗をしているけど、何とかなっているんだぞ!」アマギは明るい笑顔で言った。

「アマがそのセリフを言うと妙に説得力があるような気がするのはおれだけかな?まあ、でも、わざとじゃないんだから、やり直せない失敗はないはずだよ。なあ?アマ。それで、どうするつもりなんだい?アマには何かいい考えがあるんだろう?」ミヤマはアマギに対して詰問した。

「ええと、どうするか?テンちゃん」アマギは早速テンリに頼り出した。

「おいおい!格好のいいことを言っていたくせに他人任せかよ!」ミヤマはつっこんだ。タンバはアマギとミヤマのボケとつっこみによって少し笑顔になった。さっきのミヤマは場を和ませようとしてわざとアマギに話を振っていたのである。ミヤマは気遣いのできるクワガタなのである。

「ねえ。まだ、よく見ると持ち運びができそうなサイズのものもあるよ。とりあえず、これだけでも、ぼく達で運ぼうよ!」テンリは先程から黙って考えていた策を口にした。

確かに木っ端微塵に砕け散ってしまっているものもあるが、フンは完全に壊滅した訳ではなくてテンリの言う通りいくらかは持ち運びのできそうなサイズのものも残っている。

「そうね。タンバくんはその間に新しいものを持ってきてくれないかしら?そうすれば、今のところは幼虫の空腹をしのげるかもしれない」シナノは機転を利かせて提案をした。

「いいねー!うつくしいねー!実にいいねー!」突然、シナノの言葉に対してタンバが返事をする前に他の虫が話に割り込んできた。声は男性の声である。アマギは自分達が歩いてきた方向に振りむいて目を向けながら『誰だ?』と言って誰何した。テンリとミヤマとシナノも不可思議そうにしている。

「ぼくはカリーだよ!うつくしいカリーさ!」男性の声は言った。テンリとシナノも振り返るとそこには先程まではいなかった輝かしい体をしたオスのタマムシがいた。カリーの体は紡錘形で体長は約40ミリである。体色は金属光沢のある金緑色で金紫色の二条の縦線がある。そのうつくしさ故にタマムシは人間界では装飾用にされることもある。タマムシの種数はウバタマムシやクロタマムシ等5000種にも上る。タマムシはヤマトタマムシとも言うが、ダンゴムシの別称でもあるので、注意が必要である。

「途中から話は聞かせてもらっていたよ。うつくしいこのぼくが実に哀れだが、うつくしい心を持った君達に手を貸そうじゃないか!どんなに絶望していても必ず光は差すものさ!そして、うつくしいこのぼくこそが希望の光なんだ!」カリーはフンの欠片を手にしながら格好をつけて言った。

しかし、ミヤマにはどうもカリーがこの状況の役には立ってくれそうにもないように思えた。やたらとプライドが高い虫に向かって『今の君が手に持っているのはフンなんだよ』と直球勝負を挑んでも乱闘騒ぎになるのが目に見えているからである。結局、ミヤマは事実を隠蔽することにした。

「おれ達はここに落ちているパールを『育児の地』に持って行かないといけないんだよ。粉々に砕け散っちゃっているんだけど、カリーくんならどうにかできないかい?」ミヤマは聞いた。

「ふむ。パールねえ。中々うつくしい響きじゃないか。どうやら、この仕事はうつくしいこのぼくにこそふさわしいみたいだね?確かにうつくしいこのぼくならば、なんとか、できなくもない」カリーはそう言いながらも二本足で立ってフンをこねくり回している。

「いや。それはうんこ・・・・」すかさずに発言をしようとしたが、アマギは途中で遮られた。

「うんこ・・・・うん。こねこねしているのは楽しいのかい?」ミヤマは瞬時にごまかした。テンリはそこにミヤマに対してこそこそ話を持ちかけてきた。ミヤマはそれに応じている。

「何だ?今のクワガタくんの言葉の繋がりがおかしくなかったかい?カブトムシくんは何と言おうとしたんだ?うんってまさか!」不信感に捕らわれたカリーはさすがに何かに思い当たった。

「ねえ。カリーくん。ぼく達は確かにそれをパールって呼んでいるけど、本当はそれは動物のフンなんだよ。だましちゃってごめんね」素直なテンリは正直に謝った。

「そんなバカな!うつくしいぼくはてっきりとカブトムシくんが運向上のアイテムって言おうとしたのかと思ったよ」カリーはそう言うとショックで背中から後ろに倒れてしまった。

先程、ミヤマはテンリによって事実を教えてあげた方がいいと説得されていたにも関わらずもう少しでカリーを騙せたのにという悪意ある残念な気持ちが芽生えてしまっていた。

「うんこの命名をしたのはおれだぞ!中々いいだろう?ところで、どうやって、パールを持ち運ぶんだ?カリー」アマギは無邪気に聞いた。アマギは完全に空気が読めていないようなので、さすがのミヤマもアマギの鈍感さに対して今は失笑を禁じ得ない。テンリとシナノは無表情である。

「動物のフンとうつくしいぼく!ふふふ、それこそ、月とすっぽん!天と地!提灯に釣鐘の関係と同じだ!」カリーは言った。もはや、今のカリーはやけくそ気味である。

「それじゃあ、ぼく達のことを助けてくれないの?」テンリは弱々しく聞いた。

「うん。ごめん。立つ鳥は跡を濁さずだ!それでは、諸君!さようなら!」カリーは言った。

「ちょっと待てー!立つ鳥は跡を濁さずの言葉の意味がカリーくんはわかっていないだろう?後始末はきちんとすることを言うんだぞ!」ミヤマはそう言って去り行くカリーを引き止めた。

「いいんだよ。ミヤマくん。ぼくちんはそんなに強制してまでカリーくんのお世話になりたくないよ。カリーくんに申し訳ない」タンバは悲しげな口調で言った。すると、カリーは一瞬だけ迷ったような素振りを見せた。カリーという男はうつくしい言動には弱い。

「ねえ。カリーくん。さっき、何とかできなくもないって言っていたよね?それなら、せめて、その方法だけでも教えてくれないかしら?お願い」シナノは必死に訴えかけた。

「はい。わかりました。教えるだけじゃあ、不憫だから、うつくしいぼくがやってあげましょう!ふふふ、みんなは大船に乗った気持ちでいるといい!」カリーは二枚目を気取って素早く応えた。

「おいおい!この変わり身の早さは何なんだ?そういうキャラなのか?それとも、男女差別なのか?」ミヤマは今や『腕が鳴るぜ』と言わんばかりのカリーを眺めながら呟いた。

「それで、どうするつもりなんだ?」アマギはカリーに対して聞いた。プログレッシブな考え方の持ち主なので、カリーがどんなことをやろうとしているのか、アマギはとても楽しみなのである。

「もしかして、一杯、カリーくんのお友達を連れて来てくれるの?」テンリは憶測を述べた。

「ふふふ、その必要はないさ!うつくしいぼくはいつでもうつくしいんだからね!」よく意味のわからないことを言いながらも英断をした以上、早速、カリーは行動に移ることにした。カリーによる『影分身!』というかけ声と共に辺りには20匹のカリーで一杯になった。

「おー!すげー!もしかして、カリーってすごいやつだったのか?」アマギは驚きの声を上げた。

「ふふふ、君は少し気づくのが遅いよ」カリーは妙に気取った口振りで言った。

「でも、本当にぼくちんのためにパールを持ち運んでくれるの?」タンバは不安そうにしている。

「ん?ああ、もちろんだとも」カリーはそう言うとちらっとシナノの方を振り向いた。

「どうもありがとう。カリーくん」シナノは愛想笑いを浮かべながら言った。

 カリーは別にシナノに一目惚れした訳ではない。女性とはうつくしいものという考え方を持っているので、カリーには女性に弱いという一面があるだけである。テンリ達の4匹とタンバと20匹のカリーは『育児の地』を目指して歩き始めた。甲虫王国ではカブトムシとクワガタ以外の甲虫に忍術が使えるというのは常識である。しかし、あくまでも、それは才能があるというだけの話である。そのため、生まれついて誰もが使えるという訳ではない。では、どうすればいいのかというと『忍者の地』に行って中忍ランクの修行を終えることによって、虫は初めて忍術が使えるようになる。タンバは発想力がないから今まで『影分身』を使わなかったのではなくて忍者教室に通っていないので、正確に言うならば、使えなかったのである。しかも、一度、話に出た通り、忍者教室に通う虫は少なくなってきているので、別にそれは珍しいことではない。

カリー曰くカリーは『上忍の下』のライセンスの持ち主である。となると、忍者教室の二人の先生であるエンザンやユイの一つ下ではあるが、カリーはかなりの実力者である。

一応、シナノは情報収集をするために聞いてみたが、タンバもカリーもシナノの両親の行方については有力な情報を持ち合わせていないようだった。


テンリ達の一行はカリーによる獅子奮迅の活躍によって動物のフンを持ったままいよいよ『育児の地』という場所に到達した。テンリは無事に到着できて一安心である。

宝石を彷彿とさせるカリーは『影分身』によって自分の姿を客観的に見られるようになったので、ここまで自分に対してうっとりとしながらテンリ達の他の5匹と歩を進めてきた。ミヤマはそんなことで恍惚としているカリーを見てカリーは大した自信家だなと思った。

テンリ達の一行がフンコロガシの幼虫の場所を目指して少し歩いていると右側の方で不穏な動きが見られた。詳細はわからないが、女性の声で『きゃー!』という悲鳴が聞こえたかと思えば、今度は男性の声で『きたぞー!』という怒鳴り声が聞こえてきた。

「どうやら、来たみたいだぞ!」アマギは逸早く耳聡い反応した。

「本当だね?ぼくにも聞こえたよ」テンリは言った。口には出さなかったが、ミヤマとカリーとタンバの三匹にも聞こえている。ミヤマは何かの事件かなと思っている。

「でも、一体、何が来たっていうのかしら?」シナノは当然の疑問を口にした。

「さあ、なんだろうな?そうだ。行ってみれば、一番、早いぞ!」アマギは提案した。結果的に言えば、アマギのこの案は半分が採用された。アマギとテンリとシナノの三匹は声のした方へと向かってそれ以外のミヤマ達の三匹は取り急ぎフンコロガシの幼虫の元へと向かって行くことになった。テンリ達の一行は二手にわかれたのである。『魔法の地図』によるとアルコイリスへの道に近いのは後者なので、テンリ・サイドも何が起きたのかを調べ終わったらミヤマ・サイドの元へ行くように約束を交わした。

ついに『育児の地』に到着して安堵したのも束の間、早速、テンリは物憂げな情勢の元へと向かうことになったが、アマギとシナノが一緒なので、今は怖いもの知らずである。


テンリ・サイドの三匹が声のした方へ向って行くと少し前に見かけたスジクワガタの親子が見受けられた。悲鳴を上げていたのは母親のジェシカだったのである。

アンタエウスとクルビデンスという名の『森の守護者』はジェシカとジェシーの親子を守るようにして立ちはだかっている。とはいえ、正確には幼虫を守っているのである。今のジェシカとジェシーの二人の後ろにはジェシーの妹である幼虫が一匹いるからである。カブトムシやクワガタの幼虫の足は成虫と同じく6本である。ジェシーの妹である幼虫はすやすやと寝息を立てて眠っている。

アンタエウスとクルビデンスという『森の守護者』の二匹はヤックとマターという二人の悪者と対峙していた。しかし、テンリ達の三匹がやってくる頃にはヤックとマターの二匹はすごすごと退散して行くところだった。テンリは安堵しているが、アマギは不謹慎ながらも事件が収束してしまってがっかりしている。

アンタエウス(通称はアンタ)という名のアンタエウスオオクワガタは年かさで体長は80ミリ程である。クルビデンスという名のクルビデンスオオクワガタは若者である。

アンタエウスとクルビデンスはミヤマと一緒でクワガタの種類がそのまま名前になっているコンビなのである。ミヤマだけではなくてこういうネームのつけ方は昆虫界でも割と多い。

アンタエウスとクルビデンスは二匹共が背中に緑色のペンキをつけている。その背中のグリーンのペンキが『森の守護者』であるという証拠なのである。

「おお、『森の守護者』って中々いいなー!格好いいなー!」アマギはアンタエウスとクルビデンスの二匹が『森の守護者』であるということが判明すると元気を出して言った。

「それじゃあ、アマくんもやってみる?ぼく達はもう少しここにいるよ。ね?ナノちゃん」テンリは聞いた。それはとても魅力的な提案に思えたので、アマギは瞳をキラキラさせ出した。

「ええ。そうね。アマくんも少しパトロールしてみたら?」シナノは勧めた。

「よーし!それじゃあ、異常がないかどうか、行ってくる!」アマギは意気込んだ。アマギはテンリによって荷物の紐をほどいてもらうと早速じゅっくうに飛んで行った。

テンリはアマギを見送ってしまうと母親のジェシカを見た。人間だったならば、ジェシカは土下座せんばかりに平身低頭して『森の守護者』に対してお礼を言っている。

「ねえ。どうして、さっきの虫さん達は幼虫を襲いにきていたの?幼虫に何かの恨みでもあったのかな?それとも、襲いにきた訳じゃないのかなあ?」テンリはジェシカのお礼の言葉が一段落すると早速『森の守護者』の二人に対していつもの通りの友好的な口調で聞いた。

「うん。その通りだよ。やつらは襲いにきた訳じゃないんだ。やつらは幼虫をさらいにきたんだよ」『森の守護者』としては後輩であるクルビデンスは親切な口調で答えてくれた。

 先輩のアンタエウスも難しい顔をしている。すぐに説明があるが、アンタエウスとクルビデンスの二匹はずいぶんと先程のヤックとマターに手を焼かされている。

 もちろん、自分の娘である幼虫を狙われているとなれば、最近は母親のジェシカとてヤックとマターという悪者達によってずいぶんと気を揉まされている。

 見るからにして穏やかな話ではなさそうだが、テンリとシナノはヤックとマターのこの一件について野次馬根性から大いに興味を惹かれることになった。


 ミヤマとカリーとタンバの三匹はタマオシコガネの幼虫の元へとやって来ていた。タンバの話にあった通り、幼虫は二匹だけだった。幼虫は両者共にオスだった。

幼虫はフンを食べながら涙を零している。幼虫はとてもお腹が空いていたのである。餓死寸前とまでは行かないまでも食料がなければ、幼虫は危ないところだったのである。

ミヤマ達の三匹はそういう意味で命の恩人だと言ってしまっても過言ではない。今のミヤマとタンバは二つの小さな命を救えたことについて喜びに浸っている。

「なんだって?うつくしいぼくのファン・クラブに入る?うん。そうだろう。そうだろう。どうせ、入るのなら早い内の方がいいものね?しかし、参っちゃうな。やっぱり、どうしても、うつくしいぼくは他の虫を引きつけてしまう魅力があるみたいだね?いやいや。これはいつものことなんだけどね」カリーは幼虫の食事風景を見ながらタマオシコガネの幼虫に対して話しかけている。ただし、幼虫は言語能力がないので、カリーは勝手に決めつけているだけである。しかも、おしゃべりなミヤマを差し置いてずっと先程からしゃべっているのはカリーだけである。当のミヤマはカリーの自己陶酔ぶりに対して唖然としてしまっている。

「下々の諸君!うつくしいぼくはね!行く行くはスターの座を射止て最終的には大スターにまで登りつめるつもりなのさ!ふふふ、うつくしいぼくにはうつくしい広大な未来が開けているという訳だよ!」完全に自分に酔いしれているカリーは満足げな口調で言った。

「へー。でっかい夢だなー!」ミヤマは久しぶりに口を挟んだ。そんなにも大きな夢を持っているということに関していえば、ミヤマはカリーに対して尊敬の念を抱いている。ミヤマは大きな心によって『下々』と言われたことついて無視することにした。

「それじゃあ、ぼくちんはカリーくんを応援するよ」タンバは発言をした。

「うん。ありがとう。応援してくれる虫さんは一匹でも多い方がいい。心強いからね。そういえば、タンバくん。君もぼくのファン・クラブに入るかい?いや。むしろ、入るよね?」カリーは問い正した。

「おいおい!それは誘導尋問だぞ!」ミヤマは取り成した。しかし、タンバはそれを否定した。

「ううん。いいんだよ。ミヤマくん。ぼくちんはカリーくんに大恩があるから、もちろん、ファンになるよ。なんだか、カリーくんはビッグになりそうな風格も兼ねそろえているしね」

「そうかい?おれはタンバくんがいいのなら別にいいんだけど」ミヤマは言った。

「いやー。うつくしい心を持ったタンバくんにもファンになってもらっちゃってうつくしいこのぼくも鼻が高いよ。これでまた一段とスターへの階段を上がったかな?」カリーは満足げである。

「一つだけ疑問なんだけど、ファンになったらどんな特典があるんだい?」ミヤマは聞いた。

「いや。特にそういうのは設けていないよ。ファンか、ファンじゃないかも心の問題さ!それを証明する手立てはない。そう。大切なのは心の問題なのさ!」カリーは軽やかなステップを踏んで言った。

 カリーは他の虫を凌駕するために見た目だけではなくて心もうつくしくしていようと決めているのである。大スターに登りつめるにはそういった些細なことも必要になってくる。

 カリーはそういった計画立案プランニングによって身も心もうつくしい虫になりたいと願っている。無論、カリーは願っているだけではなくて努力もしている。うつくしく生きていくということは正しく生きて行くということにも繋がってくるので、カリーはとてもピュアな性格の持ち主でもあるという訳である。


その頃、アマギは森に問題はないかどうかを『鵜の目、鷹の目』で確認しながら速度を抑え気味にして空中を飛んでいた。アマギの心はすっかりと『森の守護者』である。控えめに言っても難しいことには対処できそうにないが、花より団子の精神の下、アマギならば、柔軟性は売りにしてもよさそうである。アマギは迷子探しもするし、話し相手にでもなるつもりである。今のアマギはトラブルを大歓迎の状態である。

アマギは同時に索敵もしている。もしも、悪い虫がいたならば、現在のアマギは『森の守護者』もどきとして退治してやろうと考えている。

「トラブルは何かないかな?ん?うわっ!」アマギはそう言うと脇見をしてしまっていたので、木に正面衝突してしまった。アマギはそのまま真っ逆さまに地上へ落ちて下にいたクワガタの幼虫を下敷きにしてしまった。幸か、不幸か、幼虫の親はたまたま席を外している。

「うわー!大変だ!証拠を隠滅しなくちゃ!」アマギはそう言うと幼虫を『しゃきっ!』とさせた。しかし、幼虫はすぐに『ぐにゃっ!』となってしまった。当然といえば、当然である。

「わー!ごめん!でも、死んでないみたいだから、よかったよ!」アマギは幼虫に特に外傷も見られないのを確認すると少しほっとした。アマギは我に返って向かって左の光景を眺めた。

アマギは何もぼんやりしていただけで木にぶつかった訳ではない。アマギはこの場にそぐわない光景を目の当たりにしてつい前方不注意になってしまったのである。

「もし。何をしておるのかな?お困りのようなら手をお貸ししましょうか?」ある生物はこちらにやって来てアマギに話しかけてきた。アマギが見た奇観にはある生物がいたのである。

「いや。大丈夫だよ。ありがとう」アマギは平静を装ってそう答えたが、実際はあっけに取られていた。虫助けをしようとして逆に手を差し伸べられるようなことになるとは何とも皮肉な話である。

しかし、それ以前に『森の守護者』ならば、アマギはこういう輩を退治しないといけないのだろうかと考えている。アマギは気を取り直して質問することにした。まず、この生物が危険因子かどうかを確かめるのが先決だと思ったからである。アマギにしてはよく考えた方である。

「ところで、じいちゃんは何ていう種類の鳥なんだ?」アマギは聞いてみた。

「余はペリカンじゃ」老人の鳥は屈託なく答えた。アマギが見てびっくりした生物とはカッショクペリカンだったのである。クラシカルな彼の名はキヨセと言う。その名の通り、キヨセは真っ白々ではなくて黒味を帯びた茶色をしている。とはいえ、クチバシだけは黄色をしていて全長は1メートルもある。ペリカンには他にもハイイロペリカンやモモイロペリカン等といったようにして7種類が存在する。

キヨセというペリカンは貴族のような気高い志を持っているペリカンである。アンティークな雰囲気を醸し出しているのがキヨセの最大の魅力である。

「ペリカンか。聞いたことがあるようなないような鳥だな。いい鳥か、悪い鳥かで言ったらどっちなんだ?二択問題だから、あんまり、難しくないぞ」アマギはいい加減に言った。

「はっはっは、貴君はおもしろいことを言うのだな。余はいい鳥じゃ。常日頃から他の生き物にやさしくしてあげることを心がけておる。しかし、貴君はそう言って信じてくれるのか?」

「うん。信じる。だって、普通、悪いやつは悪いって言うんじゃないか?」アマギは屈託ない口調で言った。キヨセはアマギのシンプル・マインドに触れて笑い出してしまった。

「はっはっは、それはわからないだろう。偽善者という言葉があるようにね。しかし、貴君がよい虫さんであることは事実のようだ。余は気に入ったぞ」キヨセは言った。やはり、キヨセは猛禽ではない。キヨセは人間ならば、古希を迎えているお年寄りである。

 テンリもそうだが、アマギと話をすると心が浄化される時がある。ここだけの話、テンリとアマギはこの力によってこれからも背徳者や人生の迷い虫の心を救うことになる。

 もちろん、テンリにしろ、アマギにしろ、二人共、奸智に長けているから、意図的にそうしている訳ではなくて無意識の内にそういった結果を生み出すことになる。

 ただし、愛で世界を救えるかと聞かれれば、テンリとアマギは二人共『イエス』と答えるし、できるだけ、やさしく他人と接しようということはちゃんと心がけている。


カブトムシとクワガタは卵→幼虫→前蛹→蛹→成虫といったようにして完全変態を行う。しかし、人間界でも昆虫界でもメスは一度に産卵する訳ではない。

人間界のメスの産卵について言えば、二度、三度と数回に渡って計20~30個が産卵される。ただし、好条件の飼育下では多くて50個もの卵が生み出されることもある。

昆虫界では一個ずつしか基本的に卵は生まれない。それでも、その後の成長においては何も弊害がないので、ほぼ確実に生まれた一匹は大人に成長して行くことになる。

カブトムシの卵は直径2~3ミリ程度で最初は硬く楕円形をしているが、数日が経つと直径は4ミリ程になって丸く膨らんで柔らかくなってくる。その卵は二週間程で孵化する。幼虫になると卵の殻は自らが食べて養分とする。カブトムシの幼虫の見分け方はいくつかある。例えば、大きな顎や頭のすぐ近くに足が生えていること、体の両脇に9つの気門があること、全体に細かい毛が生えていること、頭が真っ黒なこと、そういったものが目印になる。カブトムシの幼虫は孵化の直後で7~8ミリ程である。その後、一カ月程度で体長は10ミリ程になる。幼虫は蛹になるために体からの分泌液やフンといった不要な排泄物を用いて壁を作って空間を作る。これは蛹室と言って成虫になるまではここで育って行くことになる。

普通、カブトムシの蛹室は横方向に作られるものだが、ヤマトカブトムシという種類のカブトムシだけは例外として縦方向に蛹室を作るという変わった種類である。幼虫は前蛹という蛹になる前の形態になって三回目の脱皮で蛹になる。昆虫界ではありえないが、蛹の時に蛹室にミミズが入ってくると、蛹は死んでしまう。カブトムシとクワガタは大まかに言ってそのようにして成長して行くことになる。

話に合った通り、多くのカブトムシやクワガタムシといった甲虫が育って行くことになるここ『育児の地』において、現在は甲虫王国における独自のトラブルが起きていた。

「簡単に言えば、さっきのやつらは革命軍の手先だよ。名前はヤックとマターと言うらしいのだけど、どうして、幼虫を攫おうとしたのかというと『危険の地』に行って幼虫を差し出して捕食者である動物に恩を売ってその見返りとして味方となってもらって来たるべき戦いに備えようとしているんだ」先輩のアンタエウスは言った。今のテンリとシナノの二匹は聞き手になっている。

「確かにそうすれば、戦いはかなり有利に進められるようになるでしょうね?でも・・・・」シナノは言い淀んだが、シナノが何を言おうとしたのかはテンリにもちゃんとわかった。

「うん。虫の風上にも置けないような行為だ」クルビデンスはシナノの言葉の後を引き取った。

「でも、これで諦めたのかなあ?また、来るんじゃないかなあ?」テンリは聞いた。

「諦めないだろうね。言い忘れていたけど、やつらが現われたのは今日が初めてじゃないんだ。一度、三日前にも来ているんだ。前回は『魔法の葉』を使って化かしたんだが、無意味だったみたいだな」テンリは先輩のアンタエウスの説明を受けると残念そうにしている。

『魔法の葉』というのは何でも好きなものに変化することができる代物である。今の話の場合、アンタエウスは『魔法の葉』をクワガタの幼虫に変化させたのである。

どうして、マターとヤックという革命軍の手先が嘘を看破したのかというと賢いからというよりも『魔法の葉』は一定の時間が経つと元の通りになってしまうからである。

マターとヤックという二人が喜び勇んでどんちゃん騒ぎをしていたら自分達のゲットしたはずの幼虫がただの葉っぱになってしまったという訳だったのである。


一方、ミヤマ・サイドでも事態は滞留している訳ではなかった。すぐにわかることになるが、これから、ミヤマ・サイドでは華やかな雰囲気に包まれることになる。

しかし、カリーはその前に雑学を披露することにした。カリーはミヤマとタンバに対して人間界のテーピングやインクといったような普通の虫は知らないことを話して聞かせたのである。シナノはかなりの博識だが、カリーもそれに負けないくらいに博識なのである。しかも、シナノもそうだが、カリーの知識はジャンルを問わない。ミヤマとタンバの二人はしきりに感心していたが、カリーのすごいところはまだまだある。

「それでは、この旅のフィナーレとしてうつくしいぼくの、うつくしいぼくによる、うつくしい君達のための舞をお見せしよう!」カリーは二本足で立ち上がると徐に切り出した。

「何だってー!ちょっと待ってくれよ!カリーくんは舞を舞うのかい?」ミヤマは思わず驚いて口を開いた。ミヤマからしてみれば、最前のカリーのセリフは聞き捨てならないセリフである。

「その通りだよ。ミヤマくんには何かご不満でもあるのかい?」カリーは優雅な口調で聞いた。

「実は、おれもダンスを踊るんだ!よーし!それじゃあ、おれとカリーくんのどっちの芸が心に響くか、勝負しようじゃないか!判定してくれるかい?タンバくん!」ミヤマは問いかけた。

「うん。ミヤマくんのご要望とあれば、もちろんだよ!」タンバは元気よく答えた。

こうして、ミヤマとカリーの二匹によって舞と踊りの共演である舞踊が始まった。早速、ミヤマはコサック・ダンスをお披露目することにした。ミヤマのダンスは全てが我流なのだが、ミヤマの踊れるダンスのレパートリーは豊富なのである。やろうと思えば、ミヤマはジャズ・ダンスだって踊ってしまう。

ミヤマは突然のライバルの出現に対して闘志を燃やしている。そのライバルであるカリーはカリーで乱舞をしている。タンバと幼虫はそんな二人を眩しそうに眺めている。


アマギはペリカンを初めて見たが、とりあえず、鳥として改めてキヨセを捉えることにした。アマギはこんなにも大きな鳥がいるということを知らなかったのである。アマギは鳥とは小さい生き物だという風にして十把一絡げにしてはいけないと考えを改めることにした。アマギは少し利口になったという訳である。

 上述の通り、キヨセはアマギのことを気に入ったので、今は割と上機嫌である。アマギはそういう事情もあって今もカッショクペリカンのキヨセと会話を続行している。

「余はキヨセと言うのだが、貴君の名前は?」キヨセはアマギに対して聞いた。

「おれはアマギだ!よろしく!キヨじいはここで何をしているんだ?」アマギは聞いた。

「余は自分探しの旅の真っただ中じゃ。この年で自分探しな等とは笑ってしまうだろう?」

「いや。別に。世の中には色んな生き物がいていいと思うぞ」アマギは正論を述べた。

「そうか?やはり、アマギ殿はやさしい虫さんとお見受けした。一人旅とはいえ、食料の持ち運びができないから、日帰り旅行じゃ。それでも、この次は『危険の地』に行ってみようと思っているのじゃ」

「えー!それは止めた方がいいんじゃないか?いいこともあったけど、おれ達はひどい目にあったぞ!」

「そうか?しかし、余にとっては然程に危険ではないはずじゃ」キヨセは自信を覗かせた。

「それもそうか。キヨじいは何と言っても虫じゃなくてこんなに大きな鳥だもんな?それなら、安心だ。ところで、キヨじいには何か困っていることはないか?」アマギは聞いた。

「うむ。あるぞ。アマギ殿が解決してくれるのかな?」キヨセは聞いてみた。

「うん。できることならな。おれは自称『森の守護者』なんだ!」アマギは胸を張った。

 今のアマギには不安というものが全く見られない。普通の虫ならば、少し緊張してしまうようなことであっても、アマギはあっけらかんとしている男なのである。それは自信があるからというだけではなくてただ単にアマギが何も考えてないだけの話である。しかし、そういった心境はアマギの強みでもある。

 考えすぎたり、迷ったりすると、段々と追い込まれて行ってしまって人や虫は弱くなることもあるから、案外、無心でいることは時に強さという言葉に結びつくものなのである。


『一寸、先は闇』と言うが、それでも、虫や人がいつもびくびくしていなくてもいいのは悪いことばかりではなくて楽しいことやうれしいことが待っている場合もあるからである。

変わりばえのしない日常を送っていたとしてもその吉事は誰にでも訪れてくる可能性があるので、暗いことが続いた後は期待してもいいのかもしれない。シナノは海賊に誘拐されるという凶事に遭遇してしまったが、そんなシナノにはもうすぐ吉報が知らされることになる。

テンリは落ち葉の下から不意に出てきて幼虫に顔を見せると『ばあ!』と言った。母親のジェシカはついさっきまで二本足で立って娘である幼虫に高い高いをしていたので、テンリも幼虫と遊んであげたくなったのである。幼虫はそれを見ると『きゃっ!きゃっ!』と笑顔を見せて喜びを表現した。

今のジェシカはテンリによって幼虫の娘のお守りをしてもらって恐縮そうにしている。シナノは多弁な娘のジェシーの話し相手をしてあげている。

「そろそろ、私も『森の守護者』としては年貢の納め時なんだ。世代交代というやつだな。寄る年波には敵わない。革命が起きる時までこの職業に就いていることはないだろう。だが、だからこそ、一日一日を丁寧に生きて行かなくちゃならないんだ。だからこそ、大切な幼虫の命を危うくさせることはできないんだ」先輩のアンタエウスは幼虫を横目に見ながら言った。

「アンタさんのその強い意志は後輩組のぼく達が確実に引き継ぎをする」クルビデンスは噛みしめるようにして言った。クルビデンスはかなり責任感の強い男なのである。今ではシナノとジェシーもおしゃべりを止めて二人の『森の守護者』の話に耳を傾けている。幼虫と遊んでいたテンリもちゃんと話を聞いている。

「それじゃあ、そろそろ、巡回を再開しようか」アンタエウスは後輩に対して呼びかけた。テンリは『ちょっと待って!』と言って制止した。シナノはそれを受けると話を引き継いだ。

「あの、娘を探しているヒメオオクワガタの夫婦の話を聞いたことはないかしら?」

「ヒメオオクワガタのかい?うーん。どうかな?」アンタエウスは唸っている。

「あった!あった!そんな話があったじゃないですか!先輩!人間界から来たご夫婦が国王様のところへ娘の安否について情報があったらぜひ教えてほしいっていうことで」クルビデンスは言った。

「ああ、あれか!すっかりと失念しちまっていたよ。そうだったな。国王様からも我々に情報を提供するように、言われていたんだった。となると、もしや、君がその・・・・」アンタエウスは言い淀んだ。

「ええ。たぶん、私がその娘だと思います」シナノは慎重な態度で答えた。

「わーい!よかったね?ナノちゃん!今のナノちゃんがどうしているのか、パパとママも心配だったんだね?」テンリは飛び上がりそうな勢いで歓声を上げた。テンリは自分のことのようにしてうれしいのである。

 シナノの両親は甲虫王国の王様にお願いしてもしも人間界でシナノの目撃情報が得られれば、教えてもらえるようにお願いをしていたという訳である。 アンタエウスとクルビデンスはペテン師ではないので、詭計を巡らせている訳もなくて、今のところはシナノの父と母の居場所について完全にそれで間違いはない。

 甲虫王国のお城は『宮殿の地』というところにある。ここ『育児の地』からその『宮殿の地』という場所まで最短ルートで目指すとすれば、5つ目の土地である。あくまでも、それは最短ルートでの話なので、これからも、テンリ達の4匹は寄り道をする可能性はなきにしもあらずであるが、当然、それについて特にシナノの方にも異論はない。なんにせよ、シナノの両親の居場所がわかっただけでも大収穫である。

シナノだけではなくてテンリまでアンタエウスとクルビデンスの二匹に対して情報を提供してくれたことについて深くお礼を言った。最も、それを受けると、むしろ、気のやさしいアンタエウスとクルビンデスの二人は恐縮してしまった。シナノは甲虫王国にやってきていたので、アンタエウスは必ずそのことについて王様に伝えるということを約束してくれた。


その頃、キヨセはアマギに対して話して聞かせていた。『森の守護者』もどきとして真剣に仕事をこなそうとしているので、アマギは厳粛そうな顔つきでひたむきにその話を聞いている。

シナノのような怜悧な頭脳の持ち主ではないが、とりあえず、アマギは一切そんなことを考えることをせずに猛勇な心を持って問題に対処しようと思っている。

ただし、本当に気合いでなんとかなるものなのか、まだ、それは現時点ではわからない。とはいえ、アマギはそんなことも考えてはいない。今もキヨセの話は続いている。

「子宝に恵まれて子供は8羽もいるのじゃ。さすがにそんなにいると面倒をみるのも容易じゃない。そんなある日、まだ、泳ぎが得意じゃない息子を連れて大きな湖に散歩に出かけたのじゃ。しばらく湖の周りを歩いているとぴちぴちのギャルのペリカンがあちこちを見てこちらへ向ってくるところだった。瞬時に迷子になったのではないかと思って彼女に話しかけてみるとズバリじゃ。でれでれと道を教えている時に事件は起きたのじゃ。そのギャルが息子を指さしてこう言うのじゃ。『大変!溺れている!』とな。だから、必死になって救出しにかかったが、息子はもう少しで溺れ死ぬところだったのじゃ。なんとか、一命は取り留めたもののこれがきっかけで道を教えてあげたのだから、感謝されてもいいはずだったギャルからは白い目で見られて息子からは軽蔑されて上さんからは完全に信頼を失墜させることになってしまったのじゃ。とまあ、余にはそういう親戚がいるという話じゃ」キヨセは少し長い話を終えてようやく一息をついた。

「ふーん。大変そうだな。って、えー!今の他人の話だったのかー!てっきりとキヨじいの身の上話をしゃべっているのかと思ったよ!意外な展開だな!」アマギは驚きの意を表した。アマギは基本的にどっしりと構えているので、アマギが動揺のリアクションをするのは珍しいことである。

「余は独身貴族じゃ。よって、子供もいないのじゃ」キヨセは白々しく言った。

 とはいえ、別に好悪の激しくないアマギにとってみれば、それはどうでもいいのだが、まだ、キヨセの話の先が読めないので、アマギは腐心することになりそうな雰囲気である。

ところがどっこい、アマギはそんなことも考えてはいないので、今もお気楽ムードのままである。アマギの無神経なところはけっこう役に立つという訳である。

そんなアマギみたいにして世の中には能天気な虫ばかりならば、悩み事も少なくなりそうなものだが、クシロも以前に言っていた通り、色んな虫がいてこそ世の中はおもしろいのである。


 タンバは空を見上げていた。しかし、タンバはお日さまや積雲を眺めている訳ではない。カリーを見上げているのである。ただし、カリーの心の営門に土足で入るのは気が引けてしまったので、タンバは不可解に思いながらも上空のカリーを眺めている。

ミヤマはすでにダンスを終えているが、まだ、カリーは続けている。だから、ミヤマはカリーには何か他人にはわからない独自の世界観があるのかなと思っている。

カリーの舞はかなりうまいので、見ているタンバが思わず拝礼したくなる程の腕前である。ただし、ミヤマのダンスと同様にしてカリーの舞も我流である。

「おーい!そんな上空で何をしているんだい?カリーくん!」ミヤマは空を見上げながら言った。

「もしかして、何か見つかったのー?」タンバも声を張り上げた。ミヤマとタンバの二匹の声を聞いて我に返ったカリーは地上に降りてきた。ミヤマとタンバはカリーのことをきょとんとした顔で見つめている。カリーはしっかりと自分の舞の咀嚼を終えるとやや恥ずかしげな口調で言った。

「いやー!悪い!悪い!うつくしいぼくは自分に酔ってしまうと周りが見えなくなってしまう性分なんだよ。ついつい、文字の通り、舞い上がってしまったという訳さ」

「って、なんだ!そりゃ!」ミヤマはつっこみを入れた。しかも、自分に酔っているのはいつもではないだろうかと思ったが、とりあえず、ミヤマはそれを口にしないでおいた。

「ところで、タンバくんはおれとカリーくんのどっちの方が様になっていたと思うかい?」ミヤマは聞いた。ミヤマはさっきからずっとそのことばかりが気になっていたのである。

「うーん。どっちもすごくうまかったから、甲乙をつけがたいな。でも、ぼくちんは結論を出さないとダメかな?どっちもいいっていう答えじゃいけないかな?」タンバは遠慮がちに聞いた。

「ふふふ、それでいいとも。タンバくんは心がきれいだから、負けた方の虫の心を傷つけるのが嫌なんだよね?うつくしいぼくもその気持ちはよくわかるよ。実際、ミヤマくんのダンスも顔に似合わずに中々うまかったからね。うつくしいぼくともいい勝負だったよ」カリーは言った。

「そうかい?それはうれしいな。って、顔に似合わずってどういう意味だよ!それはともかくとしてタンバくんには酷なことを言っちゃったみたいだな。ごめん」ミヤマは低い姿勢で謝った。

「ううん。いいんだよ。ぼくちんこそ決められないでごめんね。ん?あ、見て!見て!」タンバは幼虫を指さしながら言った。ミヤマとカリーは同時に目を向けた。

二匹の幼虫は体を動かして踊りと舞を必死にまねようとしていた。ミヤマとカリーとタンバの三匹はかわいらしいイミテーションを見て和やかな気持ちになった。

何かとうつくしいことを好むカリーとて人気を取られる心配なんかすることもなく今は心の底から楽しそうにして二匹の幼虫の些か不器用な踊りを眺めている。

しばらくの間、観客のようにして二匹の幼虫の踊りのステージを囲んで、時に応援しながら、時に自分達も踊りながら、ミヤマ達の三匹は飽きることなく眺めていた。


 その頃、アマギはキヨセから二つ目のエピソードを聞かされていた。キヨセは少し寂しげにして語り手を演じているみたいだが、その話の概略は次のようなものである。

下流の川で泳いでいると『どんぶらこ!どんぶらこ!』と上流から一つの木の実がこちらへ向ってきた。しかし、それに気づかずに大口を開けているとあろうことかそれを丸のみにしてしまった。

これは大変だということになって大慌てで吐き出そうとしたが、それは叶わなかった。食中毒になるのではと顔を青ざめさせていると上流の方からオスのアライグマが流れてきた。というよりも、アライグマは泳いできた。アライグマは泳ぎが得意なのである。アライグマは『危険の地』からきたと言う。蛇足になるが、アライグマはカニやザリガニや魚といったものでは飽き足らずに昆虫まで食べてしまうのである。

そのアライグマは木の実の行方について聞いてきた。正直に呑み込んでしまったというと、アライグマは寛容にも許してくれた。そればかりか、アライグマは次のように言った。

木の実の賞味期限は切れていないし、十分に自分が洗ったから、食中毒にはなりっこないと、アライグマは言ったのである。しかし、そういうアライグマと別れてからもなんとなくその日は釈然としない気持ちで過ごした。すると、翌日、悩み過ぎのせいか、高熱を出してしまった。

まさしく『弱り目に祟り目』である。吐き気をもよおしてしまい、とうとう、こらえきれずに吐いた。人間ではないのだが「人間は万事において塞翁が馬」という諺もある。

嘔吐物の中に昨日のみ込んでしまった木の実が含まれていたのである。これにて一件落着という訳である。やはりと言うべきか、この話の落ちはキヨセ自身のものではなく友人についての話だったという訳である。しかし、今度はアマギもさすがに驚きはしなかった。

「やれやれ」キヨセは汗を拭いた。「長い話を聞かせてしまったが、どうじゃ?」

「ええと」アマギは正直に答えた。「人事だからかもしれないけど、今のはけっこうおもしろい話だったぞ」

「はっはっは」キヨセは笑った「余が何を考えているか、さっぱりとわからないという顔をしておるな」

「うん」アマギはまた正直に答えた。「確かに全くわからないな」

「それでは答えを教えよう」キヨセはもったいぶった「簡単に言えば、余も皆に自慢できるようなアクシデントに遭遇したいのじゃ。余の生活ぶりときたら、毎日平々凡々極まりないのじゃ。相談というのはうまいこと余の安全運転の運命を変動させトラブル・メーカーの気質にしてほしいのじゃ」

 やることは明確になったので、アマギは心の中で自分に自分で発破をかけやる気モードに入った。アマギはいよいよ本気を出すという訳である。しかし、そんなアマギとは対照的に、この後のアマギはシビアな時間を過ごす羽目になる。キヨセは「奇貨はおくべし」と言わんばかりにしてアマギに全てを打ち明けたので、アマギはどのような反応を見せるかと純粋な気持ちで楽しみにしている。

 アマギは確かに壮士ではあるが、今はまだ会って間もないので、キヨセは当然のことながらアマギという男の子が考え事を不得意としているということを知らない。


ジェシカとジェシーの親子はまだテンリとシナノの二人のところにいる。というよりも、テンリとシナノはアマギのことを待っているので、この二人がジェシカとジェシーのところにいると言った方が正理なのかもしれない。今のジェシーは自分の妹に対して話しかけている。テンリは木から落ちてくる葉っぱを顎でキャッチしている。これはテンリとアマギが小学生の頃に編み出した退屈しのぎの遊びである。

名づけて『キャッチ・ザ・フューチャー』である。これはテンリが適当に名づけただけであって特に深い意味がある訳ではない。今のテンリは遊びながら退屈しのぎをしているという訳である。

「アマくんはどこまで行っちゃったのかなあ?」テンリは少しだけ心配そうにしている。

「たぶん、すぐに、帰ってくるところにいるとは思うけど、アマくんはあんなにも息巻いていたんだから、きっと、今頃は大活躍しているんじゃないかしら?」シナノは推測を述べた。

「うん。アマくんのことだから、きっと、そうだよね?」テンリはうれしそうにしている。

 普段、明るくて豪気に構えているアマギだから、相棒のテンリにしてもまさか『森の守護者』ごっこくらいのことで苦しんでいるアマギを想像することはできないのである。

 テンリは心配性な一面もあるから、ほんのちょっとの不安もあるが、やっぱり、気持ちの大半はアマギならば、どんな困難も乗り越えられるだろうという風に考えている。

 アマギは人間界に行ってきた時も無事だったし『オープニングの戦い』でも文句なしの活躍をしていたので、元々、高かったアマギに対する今のテンリの信頼感はマックスの状態になっている。テンリはアマギを心配することによって基本的に心が沈むことはない。テンリとアマギの友情は益々深まったという訳である。


 甲虫王国には首都というものが存在しない。必然的に辺鄙な土地というものもなさそうだが、実際はそうではない。甲虫王国には暮らしやすいところ、何もないところ、その二つがあるので、辺鄙な土地というものもいくつか存在している。幼虫の父親や母親にとって『育児の地』は聖地のような扱いを受けているが、それ以外の虫にとっては特に可もなく不可もないので、結局のところ『育児の地』は人口密度が高くもなくて低くもない。『育児の地』はノーマルな地という訳である。今はアマギとキヨセのいるところには二人以外は誰もいない。最も、今のアマギは一生懸命なので、ほとんど周りは見えていない。

「アマギ殿。余の話を聞いておったか?」キヨセは聞いた。アマギは落ちてくる葉っぱを角で払いのけて遊んでいる。『キャッチ・ザ・フューチャー』をしているが、今のアマギは何も考えていない訳ではない。アマギは『むむむ』と言って唸りながら先程に提示されたキヨセの問題について深く考え込んでいる。

「うむ。アマギ殿。やはり、余のリクエストは難しいか?」キヨセは心配そうにしている。

自分で言い出したこととはいえ、アマギは苦しんでいるようなので、キヨセはアマギに対して憐憫の情を抱くようになってしまった。キヨセはやさしい性格をしているのである。

アマギは『うーん!うーん!』と言ってキヨセの言葉も受け流してしまって今にも考え過ぎで熱を出してしまいそうである。しかし、そんなアマギにもついにインスピレーションが浮かんだ。

「そうだ!テンちゃんとナノちゃんに相談してみよう!虫には誰にでもできること、できないことがあるんだから、聞いてみよう!」アマギは急に元気になった。キヨセはそれを見ると小首を傾げているので、アマギは早速そんなキヨセに対して自分の考えの説明を始めることにした。アイディア・マンのテンリと頭脳派のシナノ、その二人に頼めば、ほぼ間違いなく問題に対処してくれるだろうとすでにアマギは安心しきっている。ただし、自分自身がトラブル・メーカーとはいえ、どうやって、テンリとシナノという能才の持ち主がキヨセをトラブル・メーカーにするのか、アマギにはとんと見当もつかない。

 しかも、それはキヨセも同意見なので、アマギの話を聞いても不安と期待が入り混じった微妙な心境のままである。それでも、キヨセはアマギを信じることにした。


アマギがキヨセを連れてテンリとシナノの元へ帰還すると、少し騒ぎになった。ようやく帰ってきたアマギの後ろに巨大なペリカンが出現したからである。

母親のジェシカはキヨセを一目見ると食べられてしまうと危惧して先程までいた二匹の『森の守護者』を大急ぎで呼びに行こうとした。もう、彼等はどこかへ行ってしまっているのである。

ただし、予告をしておくと、その後、テンリ達の一行はクルビデンスという『森の守護者』にお世話になることになる。とはいえ、それはもうすぐではなくてけっこう先の話である。アマギはまるでキヨセの侍従であるかのようにしてジェシカの興奮ぶりを制止した。キヨセは昆虫を食べないし、アマギはそんなに凶暴な性格ではないと説諭した。アマギはキヨセを紹介したので、テンリとシナノもキヨセに対して自己紹介をした。

「どうだった?『森の守護者』は大変だった?」テンリはアマギに対して話しかけた。

「うん。想像以上に大変だったよ。『森の守護者』はすごいんだな?」アマギは吐息をついた。

「それじゃあ、あんまり、無理しないようにね」シナノはやさしく言った。

「うん。もう『森の守護者』ごっこは止めにしよう!」アマギはきっぱりと言った。自分に無理なことは無理だと認めることができるので、アマギは慢心することがないのである。

「そうだね。それじゃあ、ぼく達は無理しないように『森の観察者』とか『森の視察者』ぐらいに留めておこうね?」テンリはアマギのことを庇うようにして簡単な提案をした。

「それはいいな!さすがはテンちゃんだ!ナイス・アイディアだ!そうしよう!でも、まだ『森の守護者』を止めたらダメなんだった!」アマギはそう言うとキヨセの方を見た。

「キヨセさんはどんな問題を抱えているのかしら?それとも、何か別件の話があるのかしら?」シナノは聞いた。アマギはそれに対して答えた。キヨセも一緒になって説明をした。

キヨセにとってはうらやましい知人のエピソード、キヨセ自身も何かそういう個性を発揮できるようなアクシデントに遭遇したいという悩みについて、アマギとキヨセは話した。

「そっか。それなら、簡単だよ」テンリは一部始終を聞き終えると言った。

「ほほう、簡単かな?テンリ殿」キヨセは聞き返した。性格が落ち着いているので、表には出さないが、キヨセはテンリのセリフに対して胸の内が踊るような心境である。

アマギも興味津々で耳を傾けている。テンリに相談しておきながらもトラブルに巻き込まれたいなんてアマギには解決しがたい問題に思えてならないからである。

「ぼくは思うんだけど、何も自分が事件の渦中にいなくてもいいんじゃないかなあ?他の動物さんとか、虫さんから聞いた話を披露すればいいんだよ。だって、キヨおじいちゃんの話はおもしろかったよ。ナレーションも上手だったものね?」テンリは気楽に言った。

「そうね。テンちゃんの言う通りかもしれない。キヨセさんは個性を発揮したいって言うけど、キヨセさんは今のままでも十分に個性的だと思う。私はキヨセさんと会って間もないのにもうそう感じ始めているんだから、間違いないと思う」シナノは理路整然と思ったことを口にした。

「ああ、そうだよ。ちゃんと他人の話を記憶しているんだから、キヨじいは聞き上手でもあるんだし、そうするといいんじゃないか?」アマギは言った。問題を解決できそうな感じなので、アマギは内心でほっとしている。テンリとアマギとシナノはキヨセの反応を待った。

「うーむ。そういう考え方もあったか。なんだか、余は自信が出てきたようじゃ。ありがとう」キヨセは心根からうれしそうである。キヨセはこれを期にして自分探しの旅を止めてみてアメージング・ストーリーの発掘に取りかかることを密かに決意した。今がキヨセの分岐点である。

「ぼくとナノちゃんのアドバイスが少しでも役に立ったのならよかった。あれ?でも、これってどっちかと言えば『森の守護者』のお仕事というよりもクシロさんの身上相談みたいだね?クシロさんっていうのはここに来るまでにあったオオクワガタさんのことだよ」テンリは言った。テンリは事情を知らないシナノに向けて最後のセリフを言ったのである。親切なテンリらしい発言である。

「ああ、本当だ。相談になっているな。どこで間違えたんだろうな?まあ、何でもいいけどな」アマギは大胆に言った。強いて言えば、初めから路線がずれていたのかもしれない。突然、そばにいた母親のジェシカは『クシロさん。身上相談』と小さく呟いた。娘のジェーシーも聞き耳を立てている。

「どうかしたんですか?」至極、シナノは丁寧な口調になって聞いた。

「あの、私の亭主はノシロというんだけど、たぶん、そのクシロさんっていうのはノシロの兄だと思います」母親のジェシカは教え諭すようにして言った。ジェシカから見れば、クシロは義理の兄に当たり、娘のジェシーから見れば、クシロは叔父ということになる。

「へー。そうなのか。偶然だな」アマギは言葉とは裏腹にどうでもよさそうにして言った。

「あの、こうして、出会ったのも何かの縁ですから、もしも、また、誰かに悩みを相談したくなったらこちらに来て下さい。義兄のクシロを紹介します」ジェシカはキヨセの方を向いて言った。

「本当ですか?これは至れり尽くせりじゃ。どうもありがとう」キヨセは丁寧にお礼を言った。

 自分の人生はこれでいいのだろうか、自分は年相応の経験をしていないのではないだろうか、キヨセは今までそういった凡百の迷いを抱いていた。しかし、テンリの助言によって問題に光明が差したので、今はとても安らかな気持ちになれている。若者に対して年寄りが人生相談をするなんてあべこべな気もするかもしれないが、仮に自分一人では解決できない問題があれば、他人に聞いてみるといいのである。

 誰にでも聞いてみれば、曙光が兆す可能性はなきにしもあらずである。それは恥ずかしいことかもしれないが『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』というやつである。


その後、テンリ達の三匹はペリカンのキヨセとスジクワガタの親子と別れてミヤマ・サイドのところへやってきた。すると、舞踏会ダンス・パーティーがそこでは催されていた。

ミヤマとカリーだけでなくてタンバと二匹の幼虫も見よう見まねで踊っていたのである。みんな、楽しそうなので、シナノは思わず微笑ましく思ってしまった。

相変わらず自分に酔いしれているので、スタイリッシュなカリーは地に足をつけずに宙を浮いて舞を舞っている。アマギはその中でもミヤマに目を止めると言った。

「あれ?なんとなくだけど、もしかして、ミヤのダンスは上達してきているんじゃないか?」

「うん。そうだね?前よりも磨きがかかってきてるよ」テンリは同意した。

「そうかい?いやー!うれしいな!ついにテンちゃんだけではなくてアマにもおれのダンスのよさがわかったか!何て言ったって行く行くはスターの座を射止めるのがおれの夢だからな!」ミヤマは言った。

「うーん。それはちょっと調子に乗りすぎじゃないか?」アマギはまじめな顔で考え込んだ。

「そもそも、それはうつくしいぼくのセリフのまるっきりパクリじゃないか」カリーは言った。

ミヤマのダンスがランク・アップしているのには理由がある。ミヤマは皆が寝静まった頃に健気にも一匹だけ離れてダンスの練習をして切磋琢磨しているのである。どうして、そんなにダンスを踊ることに熱心なのかとミヤマにそう聞いたとするならば『ただ、好きだから』という答えが返ってくる。『好きこそ、物の上手なれ』というやつである。しかし、この頃、ミヤマが寝不足になるようなことは全くない。ミヤマは人間界から来た夜型のシナノの生活リズムに合わせて昼間にも睡眠を取っているからである。最も、ミヤマはそうじゃなかったとしてもダンスの訓練には余念がない。テンリは一方でカリーの舞のうまさも褒めた。すると、カリーは舞を止めてテンリにも自分のファンになるように進めてきた。アマギはそれを聞くと言った。

「普通、ファンになるのに自分で勧誘するものなのか?恩着せがましくないか?」

「ま、まあ。そう固いことは言わずにお手柔らかに」カリーはへどもどになってしまった。痛いところを突かれてしまったからである。しかし、テンリはカリーのファンになった。

舞踏会を終えると、いよいよ、テンリ達の4匹には新たな旅の出発の時がやってきた。短い間だったとはいえ、色んなことがあった『育児の地』とはお別れをしなければならない。

「タンバくんはこれからもここにパールを持って来ることになるの?」テンリは聞いた。

「ううん。そうじゃないんだよ。カリーくんが『影分身』を使って『動物の地』まで幼虫くんを二匹とも連れて行ってくれるんだよ」タンバは明るい表情で言った。

「乗り掛かった船だ。最後まで付き合うのがぼくの義務だろう。それに、タンバくんのうつくしい行動にも心を打たれたからね。正直に言って目頭が熱くなる思いさ。これこそ、うつくしいぼくにふさわしい役割だと思うしね。そもそも、タンバくんがここに一々パールを運搬していたらタンバくんは疲れてしまうだろうし、幼虫にとっても健康によくないだろうからね」カリーは言った。という訳で、カリーはタンバと共に『動物の地』を目指すことになった。テンリはタンバとカリーの行動を何度も褒め称えた。確かにカリーとタンバの行動は胸を張ってもいいことである。アマギとミヤマはタンバとカリーと再会できることを切に願った。カリーは少しシナノとの別れを渋っているようだったが、最後は爽やかにこの場を後にした。

テンリ達の4匹の長旅はカリーとタンバの二匹と別れると再開した。テンリは他の三匹と一緒に歩き出しながら早速アマギとミヤマに対してシナノの両親についての情報を伝えた。詳しく聞いたところによると今のシナノの両親は王様の住む城の近くに住んでいるらしいのである。『魔法の地図』で確かめてみたところ、お城はアルコイリスまでの道中にあるということだったので、シナノもテンリ達の三匹と同行することには変わりがなかった。とはいっても、もしも、アルコイリスの道中でなければ、テンリ達の三匹もシナノに付き合うつもりだった。テンリ達の4匹はすでに仲良しな仲間だからである。

テンリ達の4匹はこの日もがんばってできるだけ『前へ!前へ!』と歩を進めてアルコイリスに向かって前進して行った。この日の夕食はミズナラの木の樹液ですませることになった。これからの話はカリーとタンバと別れた日から4日後の出来事である。


 テンリ達の4匹は『オープニングの戦い』を乗り越えて、その後、少しだけ、アマギは頭を悩ますこともあったが、大体において『育児の地』でも穏やかに過ごすことができた。

 しかし、まだまだ、旅は続くので、これから、もしかしたら、苛烈な局面が待っているかもしれないし、楽しいことや厄介なことにも巻き込まれる可能性もある。アマギは相変わらず木の幹のふとんを引っ張って歩いている。そのことに関して言えば、アマギの皆に対する貢献ぶりは中々高いものなのかもしれない。

テンリはそんなふとんの上の荷物のそのまた上に乗っかっていた。もちろん、アマギから許可を得ている。というよりも、アマギがテンリに対してそれを提案したのである。アマギはテンリが自分の子供のようにかわいいのである。とはいえ、アマギもテンリも10歳である。ミヤマは13歳である。

「楽ちんだね?今度はナノちゃんに変わってあげてもいい?」テンリは楽しそうな口調で聞いた。

「うん。もう、テンちゃんがいいのならおれは別にいいぞ!」アマギは答えた。

「やったね?ナノちゃん!いいって!」テンリはそう言うと荷物の上から地面に飛び降りた。

「それじゃあ、少しだけ」シナノはそう言うと飛んで荷物の上まで登った。

「それじゃあ、おれも少しだけ」ミヤマはそう言うとアマギの体の上に二本足で乗っかった。

「おお、アマル号からの見晴らしは中々いいもんだなー!ん?うわ!」ミヤマは思わず声を上げた。アマギは体を振ってミヤマを体の上から落とそうとしたからである。

「おいおい!何でだよ!アマ!」ミヤマは派手にすっ転びながらも苦情を述べた。アマギは『重量オーバーだよ!』と言って一言で切り捨てた。言語道断だと言わんばかりである。しかし、ミヤマも本気で言った訳ではないので、これもまた、一家団欒のような和やかな光景の一つである。

約5分、歩いて行くと、シナノは気を使って荷物の上から降りた。テンリ達の一行はしばらく無言で歩を前へ進めて行った。ミヤマはある行動に出た。テンリは『アマくん。重くない?』とアマギへの心遣いから心配そうにして聞いた。シナノはそれを微笑ましく見守っている。

「いや。重い。となると、やっぱりか」アマギはそう言うと面倒くさそうに立ち止まってから後ろを振り向いた。案の定、そこには荷物の上に乗っているミヤマを発見することができた。

「おい!ミヤ!重いと思ったらまたか!」アマギは表情を変えずに言った。

「いいじゃないか。別に。アマはそんなに心の狭い虫じゃないだろう?」ミヤマは聞いた。

「うん。まあ、ケチをつけていてもしょうがないから、別にいいけど、できれば、少しにしてくれよ」アマギは主張した。テンリとシナノは無言でそのやり取りを聞いている。

「わかった。わかった。それにしても、今日のアマは何か暗くないかい?もしかして、カリーとの別れが尾を引いているんじゃないだろうな?」ミヤマは苦笑いを浮かべて聞いた。

「おもしろくないぞ。どうせなら、もっと、うまい冗談を言ってくれよ」アマギは言った。自分でも気づいていないのだが、ここ数日は退屈な日が続いていたので、アマギはなんとなくだれてしまっているのである。アマギは気分屋なのである。テンリとシナノにはそういった傾向が全く見られない。

「しょうがないな。それじゃあ・・・・」ミヤマは途中までしか言うことができなかった。

「うらみ。晴らさでー!うらんでやるー!呪ってやるー!」端なくもどこからか、あやかしの声が聞こえてきた。かなりか細い声なので、テンリは空耳かと思った程である。

「今のは何だ?ミヤの冗談か?全然、おもしろくないぞ」アマギは安らかである。

「今のセリフはミヤくんが言ったんじゃないよね?」テンリは聞いた。

「もちろんだよ。あんな下らないことはさすがのおれでも言わないよ」ミヤマは返事をした。

「ちょっと止まりましょう!幽霊かもしれない!」シナノは面妖なことを言い出した。

「えー!本当か?幽霊ー?おれは初めて見たよ!」アマギはうれしそうである。

「いや!まだ、見てないだろう!」ミヤマは鋭いつっこみを入れた。

テンリは幽霊という単語を聞くとまだ昼間なのにも関わらず少しだけ怖くなってしまった。もっと、掘り下げて言えば、テンリは祟られてしまうのではないかと恐れたのである。

テンリ達の4匹の後ろの方でモグラ叩きのモグラのようにして次々と虫が飛び出してきた。というよりも『雨後のたけのこ』のようにして『にょき!にょき!』と飛び出してきたといった方が正確かもしれない。出てきた順番に説明すると次のようになる。一匹目はメタリックなブルーとグリーンに輝く体色を持つ約10ミリのメスのコルリクワガタである。二匹目はおよそ10ミリのメスのタカネルリクワガタである。三匹目は約6ミリのチビクロマルカブトで彼はオスなのに角がない。4匹目は約5ミリのオスのマダラクワガタで彼には小さくても顎がちゃんとある。初めから地面にいたのは世界最小のクワガタである約5ミリのオスのティミドゥスマダラクワガタである。『呪ってやるー!』と言っていたのはミドルスという名の彼だった。

テンリは怖がっていたが『幽霊の正体、見たり、枯れ尾花』というやつである。小さかったから気づかなかっただけで怖がる必要はどこにもなかったという訳である。

重要なのは今現れた虫達が並外れてミニ・サイズであるということである。彼等の中で一番小さい者はテンリ達の中で最も大きいアマギの16分の1のサイズである。ここは小さな虫達が集落を形成しているので『群小の地』と呼ばれている。ここが『群小の地』であることはシナノが地図で確認ずみだった。

二匹目に現れたルリという名のタカネルリクワガタはアマギに向かって突進してアマギに激突した。当のアマギは全く気にしていないが、テンリは何事かと思って驚いている。ルリは『あちょー!』と言っている。ルリは行動も発言も相当にトリッキーなのである。ミヤマは『あちょー?』と何の気なしに上の空で機械的に繰り返した。テンリとシナノの二人は今のところ閉口してしまっている。

「どうしてくれるある!この落とし前をどう取ってくれるある!」ルリは憤怒の意を込めた。

あまりにも、変化が激しかったので、テンリ達の4匹は呆然としている。幽霊が出た訳ではないこと、ルリが個性的なことを省いて、テンリは最初に口を開くことになった。

「ええと、落とし前っていうことはぼく達が何かまずいことをやっちゃったの?」

「自覚症状がないあるか?これを見るある!」ルリはそう言うとアマギから飛び降りた。

ルリは他の仲間の虫達がいる方へ歩いて行くと穴を指さした。その穴は直径が10ミリにも満たないので、テンリ達は一瞬はぐらかされているのかと思った程である。

しかし、もっと、テンリ達の4匹は近づいて行って目を凝らして見ると確かに穴があることを確認することができた。小さい体の彼等はまくし公国のアリの巣を参与にして土の中に家を作っているのである。その穴をよく見ると土が入ってしまっているようである。ルリは穴を埋めてしまった真犯人こそテンリ達の4匹であると言いたかったのである。確かにそれは事実みたいなので、テンリは申し訳なく思った。

「わかったぞ!これはミヤのせいだ!」アマギは大発見をしたと言わんばかりの大声を出した。

「え?何でだい?おれは何か特別なことをやっていたかい?」ミヤマは不思議そうにしている。

「ふとんに乗っていたから、アマくんはそう言いたいのかしら?」シナノは推理した。

「うん。よくわかったな。ナノちゃん。そういうことなんだよ」アマギは同意した。

「あの、それじゃあ、この落とし前をおれがつけろとか言うんじゃないだろうな?」ミヤマは聞いた。

「そうある!あんたが落とし前をつけるある!」ルリは我が意を得たりといった様子である。ミヤマは『えー?』と驚いた後に絶句してしまった。ミヤマは助けを求めてテンリの後ろに隠れた。

「ミヤくん。ぼくも助けてあげるから、大丈夫だよ」テンリはやさしく言った。

「うおー!泣ける!ありがとう!テンちゃん!」ミヤマは最上級の感謝を込めて喜んだ。

「もちろん、私も協力する。ミヤくんも悪気はなかったんだものね?」シナノは言った。

「そうなんだよ。ありがとう。さすがはナノちゃんだ!」また、ミヤマは感激している。

「テンちゃんとナノちゃんを味方につけるとは卑劣だな」アマギは言った。しかし、もちろん、これは冗談である。だから、アマギはすぐに持ち前の明るさを発揮した。

「よーし!それじゃあ、ちょっと待っていてくれ!おれがすぐに穴を掘り直すよ!」

「あー!ちょっと待つある!そんなことをしたらダメある!」ルリは止めに入った。

「どうして?穴が埋まったんなら掘ればいいんじゃないのか?」アマギはシンプルに聞いた。

「それはそうあるが、そんなに大きい穴じゃなくてもいいある!そもそも、掘った土で今ある穴を埋められたんじゃ目も当てられないある!」ルリは主張した。もしも、アマギが穴を掘れば、当然、ルリにとっては大きすぎるし、他の穴を埋めてしまう可能性もあるという訳である。

「ふーん。そういうものなのかな?それじゃあ、どうするか」アマギはどうでもよさそうにして言った。アマギは投げやりになっている訳ではなくて、これは他の三匹への信頼度が態度に表れているのである。どうすればいいか、テンリはアマギの代わりに真剣に考えることにした。

その後、白熱する議論の結果、おわびとしてミニ・サイズの彼等を『樹液の地』まで案内するということで話は決着した。『樹液の地』はこの先にあるアルコイリスへの通過点である。

これはテンリの意見である。テンリ達の4匹のようにして普通のサイズの昆虫ならば、一歩ですむところを彼等のようなサイズの昆虫の場合は5歩も6歩も歩かないといけないし、飛ぶにしても体力を消耗してしまうので、ミニ・サイズの彼等は遠出が大変なのである。

ただし、穴の管理と修復のために招待するのは一匹だけということで落ち着いた。その一匹の選出方法についてはミニ・サイズの彼等が決定することになった。ミニ・サイズの彼等はいそいそと地面に何かを書き出した。テンリ達の4匹が無言でそれを見守っているとすぐに何を書いているのか、わかるようになった。ミニ・サイズの彼等は公平を期するためにせっせと阿弥陀くじを作成していたのである。

大きな阿弥陀くじを作り終えると、実際にその線に一匹ずつが歩いて行った。栄誉あるご招待にあずかったのは最初に飛び出してきたアイラという名のメスのコルリクワガタだった。

「やりー!うちはくじ運が強いのよ!それじゃあ、みんな!後は頼んだわよ!」アイラは言った。

「おう!大船に乗ったつもりで任しといてくれ!」オスのミドルスは胸を張って言った。アイラは早速アマギの上に乗っかった。アイラとルリ以外のミニ・サイズの面々はそれぞれ四散して行った。テンリは仕事熱心な虫さん達に対して感心の念を抱いた。後は出発するのみなので、テンリ達の4匹はアイラを『樹液の地』にエスコートするべく歩き出そうしたが、ルリはそこに口を挟んだ。

「ちょっと待つある!まだ、肝心な問題が解決していないままある!」ルリは強気である。

「何だ?まだ、問題なんてあったのか?知らなかったな」アマギは能天気に言った。

「あんた達が本当に『樹液の地』に行く証拠があるのあるか?」ルリは問いつめた。

「あるぞ!だって、アルコイリスに行く通り道だからな」アマギは答えた。

「それは当てにならないある!誘拐するつもりかもしれないある!それに、本当に『樹液の地』に行ったとしてもアイラを送りに帰ってくる保証はないある!」ルリは妥協をするつもりがない。

「やれやれ。どうやら、おれ達は信用されてないみたいだな」ミヤマは言った。

「それなら、こうしましょう。私達は荷物をここに預けておくことにする。そうすれば、この荷物を引き取るために、また、私達はここに戻ってこないといけないでしょう?」シナノは聞いた。この話の合理性を認めざるを得なかったので、さすがのルリも妥協することになった。テンリ達の4匹は結局のところ地図とふとん以外は置いて行くことにした。シナノは宝物であるお馬さんも置いて行くことにした。

テンリ達の他の三匹は持って行くべきだと主張したのだが、シナノは意志の強さを示したかったのである。扇動アジテーションをされた部分もあるような気がするかもしれないが、アイラを含めたテンリ達の5匹は楽しい旅を再び開始することになった。


 テンリ達の4匹とアイラはミクロの世界『群小の地』を脱出するために今も歩いている。とはいっても、テンリ達の一行は『群小の地』を脱出したがっていた訳ではない。あくまでも、成り行き上、早く抜け出して『樹液の地』に向かった方が得というだけの話である。多くの中から白羽の矢が立ったアイラは小さくてかわいらしい女の子である。ただし、アイラには気の強い一面もあるので、ちゃんと悪い虫に対しては言いたいことを言って時には凄味を利かすこともある。とはいっても、普段のアイラは落ち着きのある女の子である。

 しかも、虫の性格とは難しいものなので、後でわかることになるが、アイラは気が強いだけではなくて本当に追いつめられると、ただ、恐怖に怖れおののくだけになってしまうことになる。

「だいたい、体格差を作ってしまったこと自体が神様のミス・テイクなんだわ!それだから、体格差を認めただけで自分の方が有利なんだと錯覚するようなやつがいるのよ!ふん!小さいからって何よ!大きさなんて関係ないわ!大事なのは心よ!見た目じゃない!そう!見た目じゃないのよ!体の大きさで虫の価値が決まるなんて思っていたら大間違いよ!だから、うちは差別をする虫が大っ嫌いなのよ!それに・・・・」アマギの上にいるアイラの長い口舌に対して、ミヤマは口を挟むことにした。

「あの、おれの記憶が確かなら誰もアイラちゃんが小さいとか言った覚えがないんだけど・・・・」

「ああ、そのことね。うちは会った虫のみんなに対してそういうことを言っているだけだから、それは気にしないでいいのよ。私は自称ちっちゃい虫クラブの部長なの」アイラは誇らしげである。

「でも、体の大きさは関係ない。私もそう思う」シナノは慰撫するようにして言った。テンリは『ぼくも同じだよ』と言ったので、アマギとミヤマもそれに同意した。

「ふーん。あなた達はうちらの家を破壊した割りにいいことを言うのね?どうやら、根っからの悪者っていう訳ではないみたいね。よく見れば、人相もそれ程に悪くないし、ちょっとイメージを書き直さなくちゃね?」アイラは言った。アイラにはちゃんと柔軟性というものがある。

「まあ、そもそも、破壊したくて破壊したんじゃないからな。でも、小さいからこその利点もあるぞ!アイラちゃんは現におれの上に乗っているけど、軽いから、楽だぞ!」アマギは言った。

「本当かい?それじゃあ、おれがふとんに乗っても大丈夫かい?」ミヤマは聞いた。

「別にいいけど、自分の足で歩いた方がいいぞ!少しは歩かないと足腰が弱くなって死ぬぞ!」アマギはかなり物騒なことを言った。しかし、アイラはそれを受けても無表情である。

「途中まではまともな説教なのに後半はふざけているな。でも、アマの言いたいことはわかったよ」ミヤマはそう言うと今までの通りに自分で歩くことを決定した。

「アイラちゃんはいつも穴の中で暮らしているの?パパやママも一緒なの?」テンリは聞いた。

「ええ。どっちもその通りよ。さっきは顔を見せなかったけれど、パパもママも一緒に暮らしているの。うちは5歳の時にあの共同住宅に引っ越してきたのよ。パパが散歩をしている時に穴の中で生活をすることを最初に考えた発起人にスカウトされたの」アイラはここで一息をついた。発起人とは『呪ってやるー!』と言っていた中年男のミドルスのことである。アイラは話を続けた。

「でも、穴の中で生活していたみんなはびっくりしたでしょうね?今でこそ女の子もいくらか一緒に住んでいるけど、当時は女の子っていう華がなかったからね。うちらが来る前はおばさんだけの紅一点の状態だったらしいもの。そこにアイラちゃんっていう女の子もついて来たんだもの。今ではうちは穴の中でのマドンナなのよ」アイラは図々しくも自分に酔いしれている。

「なんだか、アイラちゃんはカリーくんみたいなことを言うな」ミヤマは口を挟んだ。

「え?カリーくんを知っているの?」アイラは聞いた。テンリはそれに対して答えた。

「うん。知っているよ。もしかして、アイラちゃんはカリーくんのファンなの?」

「まさか、そんな訳ないでしょ?」アイラは当然のようにして短く答えた。

「どうして『まさか』なんだ?」今度はアマギが話を合わせながら聞いた。

「カリーくんは自分のファンを募集してうちらの穴を訪ねてきていたけど、うちはナルシストがタイプじゃないんだもの。まあ、うちと一緒に暮らしているおばちゃん連中はけっこうカリーくんのファンになっていたけどね。シナノちゃんはどうなの?シナノちゃんもカリーくんに会ったことはあるんでしょ?」シナノはアイラにそう聞かれても迷うことなくすぐに答えた。

「ええ。会ったことはある。カリーくんをどう思うかって聞かれたら自分に自信を持っているのはすごく素敵なことだなって思う」シナノは完全な優等生の解答をした。ミヤマはシナノの切り返し方に内心では感心をした。アイラは納得の表情を見せている。会話はしばらく途切れた。

「あれ?アイラちゃんがいないよ!」テンリはアマギの方を見ると言った。

「あら、本当ね!どこへ行っちゃったのかしら?」シナノも気づいた様子である。

「ここよ!ここ!」アイラの声はなぜかふとんの下から聞こえてきた。

アイラはふとんの下から這い出てきた。アイラはふとんの下敷きになる程に小さいことをバカにされないかと怖い顔をしてみんなを睨みつけたが、誰もそれについては何も言わなかった。

アイラにとって小柄なことはコンプレックスなので、ついそれに関連することには神経質になってしまうのである。アイラは繊細な心の持ち主でもあるという訳である。

「しっかりと掴まってないとダメだぞ!」アマギは再び自分の上に飛んで登ったアイラに対して注意した。しかし、再び、アイラはアマギの背中から離れた。とはいえ、今度は落下したのではない。

アイラはタンポポの咲いているところまで自分で飛んで行ったのである。今のアイラはタンポポの花に顔を突っ込んでいる。テンリ達の4匹は歩くのを止めてアイラの行動を見守った。

「一体、今のアイラちゃんは何をやっているんだい?」ミヤマは聞いた。

「もしかしたら、それは毒キノコかもしれないぞ!」アマギは警告した。

「あのね。美少女戦士のアイラちゃんが毒キノコとタンポポを間違えるようなまねをすると思う?戦士のアイラちゃんはそういうことをしないの!」アイラは顔を花から離して主張した。

「あはは、冗談だよ。ちょっと意地悪を言っちゃたな。ごめん」アマギは謝った。

「それ以前に世界は広しと言ってもキノコとタンポポの見分けがつかないのはアマぐらいのものだろう!」ミヤマは言った。アマギはそう言われても全く気を害した様子を見せずに受け流した。シナノはアマギとミヤマの愉快な談話について密かに微笑ましく思っている。

「話を戻させてもらうけど、今のアイラちゃんは結局のところ何をしているの?もしかして、ハチさんとか、ちょうちょさんみたいにして蜜を吸っているの?」テンリは聞いた。

「いいえ。香りを楽しんでいるのよ」アイラはそう答えたので、テンリは納得した。

もしも、嗅覚がなければ、自己の食性に反応したり、毒性の有無を判別したり、メスのフェロモンを感じたりできなくなってしまうので、昆虫は触角がその役割を果たしているのである。

「よし!それじゃあ、一つだけ、切り取って持って行くか?」アマギは提案した。

「あら、それはお花さんがかわいそうじゃないかしら?」シナノは聞いた。

「ああ、それもそうか。花だって、生きているんだもんな?」アマギはあっさりと引き下がった。アイラはアマギの背中に戻って、また、テンリ達の一行は歩き始めることになった。

「ところで、あの木の幹は持ってくる必要があったのかしら?」アイラは後ろ向きになって聞いた。テンリは『うん。あったよ』とあっさりと答えると説明を始めた。テンリは旅を始めてからまもなく今向かっている『樹液の地』にいる孫のズイカクに対してサセボという老人から木の幹であるふとんをプレゼントしてくれるように依頼されていることについて詳しく話をした。アイラは一通りの話を聞き終えると言った。

「なるほどね。あれはふとんなのね?よく考えるものね?でも、うちだって、負けてはいないのよ。うちは体が小さいから、高い木の上の葉っぱとか、枝の上で眠りに就くこともあるのよ。これは寝相が悪いと落っこちちゃうから、とっても刺激的なの。後、もう一つ、うちは狭い木の隙間にも入れるから、そこでも眠りに就いたりするの。ねえ。中々いいでしょう?」アイラは問いかけた。

「うん。そうだね。確かにそれはよさそうだね?」テンリは素直な気持ちで同意した。

「本当だな。うらやましいな。おれも木の上で寝てみようかな?」アマギは期待を膨らませている。

「やめた方がいいぞ!アマならほぼ間違いなく落下するだろうからな」ミヤマは言った。その後、テンリ達の一行はたまに会話を交わしながらもどんどんと歩を進めて行って途中にあったオニグルミという木で夕飯の樹液を吸うと一旦この日は眠りに就くことになった。

アイラはテンリがふとんを敷くのを見るとそれに対抗して細い木の割れ目に入り込んで眠った。チャレンジャーなので、アマギは木の高いところで眠ろうとしたのだが、眠ってから5秒後には見事に落下して行った。アマギは並外れて寝相が悪いのである。アマギは結局のところ変な寝方を諦めて地面で眠ることにした。いつもの通り、ミヤマとシナノの二匹はそれぞれ土に潜って眠ることにした。テンリ達の一行は安らかに骨休めをすることになった。今のところ、冷厳という感じとはかけ離れた雰囲気なので、今日はアイラとも知り合いになれたことだし、テンリの心の中について言えば、特に安らかな気持ちである。


昆虫界には人間界に存在しない樹液の出る木が三つある。それこそがアルコイリスとポラールとミラージュの三つである。アルコイリスは虹をモチーフにしていて『極上の地』という一ヶ所だけに存在する。一度、話に合った通り、甲虫王国には100を超える地名が存在するが、概ね『極上の地』は甲虫王国のコアな部分に位置している。ポラールは極光オーロラをモデルにしている。ミラージュは蜃気楼をモデルにしている。ポラールとミラージュは『樹液の地』だけに存在する。

テンリ達の一行は丸一日後のお昼に『樹液の地』に到着した。ポラールとミラージュだけではなくてそこでは人間界にも存在する樹液の出る木がいくつも見受けることができる。

例えば、モミの木やタブの木やエゴの木やシラカシといったものがそうである。ただし、まだまだ、それだけではなくて『樹液の地』には他にもたくさんの木が見受けられる。

しかし、まだ、テンリ達の一行は足を止めたりはしない。どうせならば、テンリ達の一行はここでしか味わうことのできないポラールとミラージュの樹液を吸おうとしている。

テンリ達の一行は一杯の樹液を食べるために意図的に今日の朝食を抜いてここまで歩いている。テンリ達の一行は今も休まずにせっせと歩いているが、花が好きなので、アイラは最前と同じようにして花を見つける度に立ち止って鑑賞したり、香りを楽しんだりしている。

「そういえば、アイラちゃんは何のお花が好きなの?」テンリは興味本位で聞いた。

「うちはお花ならみんな好きだけど、特にヒマワリが好きよ。はっきりしていてきれいだし、なんとなく誇らしげなところが好きなの。ああ、お花とお話しできればいいのになあ!もしも、できるのならば、うちはお礼が言いたい!心を和やかにさせてくれてありがとうって!」アイラは言った。

「アイラちゃんは純真無垢な女の子なのね?」シナノは言った。

「そうだね?ぼくもお礼が言いたい!」ミヤマはメガネを押し上げるような仕草をしながら言った。

「というか、普段、ミヤは自分のことを『ぼく』って言わないだろう!」アマギは指摘した。

「ああ、バレた?」ミヤマはアマギの鋭い指摘に対して悪びれもせずに言った。いつものことだが、ミヤマは今日もふざけている。ミヤマはおふざけが大好きなのである。

「お花をバカにすると女神のアイラちゃんが天罰を下しちゃうわよ!」アイラは言った。

「ああ、悪かったよ。でも、ぼくはお花をバカにしたつもりはないよ」ミヤマは『まあまあ』と言わんばかりにして言った。しかし、結局は『ぼく』と言っているので、ミヤマはあまり反省をしてはいない。

「あのね。うちはりんし共和国に行くのが夢なんだ。シナノちゃんも魔女に憧れたりしない?」アイラはアマギの背中に乗ったまま気を取り直して新しい話題を提供した。

「私も憧れる時はある。魔法が使えれば、何かと便利だものね?」シナノは答えた。

「やっぱり、そうだよね?うちはシナノちゃんとは気が合うかも。りんし共和国には何と言ってもお花畑があるのよ。うちは想像するだけで楽しい気分になれちゃうな!」アイラは楽しげである。

「うちもそう!考えただけでわくわくしちゃうわ!」ミヤマはそう言うと何らかの反応を待ってみたが、結局は誰も笑わずに黙殺されたので、ミヤマはしょんぼりとしてしまった。

「ミヤくん。ぼくは今みたいな冗談が好きだよ」テンリは気を使って言った。

「ありがとう。でも、大丈夫!おれは立ち直りが早いから!」ミヤマは元気を取り戻した。テンリはミヤマの気持ちのコントロールのうまさについて褒めてあげた。その後、ミヤマは立ち直ったことの証拠として儀典にでも従うようにしてきっちりした態度を取るようになった。ただし、意訳すると、ミヤマはまじめになったみたいだが、少しすると、また、普段の通り、冗談を言うようになった。その方がミヤマらしいと言えば、ミヤマらしいかもしれない。立ち直りの早さに関連したことだが、今のミヤマはアマギと出会ったことによってアマギのような精強は心の持ち主になりたいと思うようになっている。

テンリ達の一行がその後も並進して歩いて行くと直径が10センチ程の箱の前にオスのトカラノコギリクワガタが立ち止まっていた。リュウホウという名の彼の体長は約60ミリである。面従腹背を得意としているので、このリュウホウという男は腹黒い一面もある虫である。

「へい!そこの小さな彼女!ぼくの名前はリュウホウ!よろしく!早速だけど、この箱の中に何が入っているか、気にならない?」リュウホウはアイラを見て不意に話しかけてきた。アイラは取りつく島もなくあっさりと『いいえ。別に』と言った。まさしくけんもほろろである。アイラはナルシストとナンパが何よりも嫌いな女の子なのである。リュウホウはそれを受けると呆気に取られてしまった。今度はターゲットをシナノにしようかどうしようか、リュウホウが迷っているとある人物はアイラと違う反応を見せた。

「おれは気になるぞ!開けてもいいのか?」アマギはすでに興味津々である。

「え?まあ、もちろん、君でもOKだよ」リュウホウはしどろもどろになりながらも答えた。アイラに冷たくされてしまったので、リュウホウは少し自分のペースを取り乱している。

「何だろうな?びっくり箱かな?」アマギはそう言うと箱に手をかけた。テンリ達の他の4匹もその箱に注目している。あまり、興味はなかったが、アマギが目の前で箱を開けようとしているので、アイラも一応ちゃんと箱に目を向けている。マトリョーシカというのはこけしからヒントを得て作られた人形であり、中から段々と小さい人形が出てくるというものである。しかし、アマギが今まさしく開けているのはそれの箱バージョンである。箱の中には箱があり、また、その箱の中には箱があるといった案配である。何度も箱を開ける作業を繰り返すと最後には一センチの立方体の箱が出てきて結局そこで終わりになってしまった。アマギは細かい作業ができない不器用というやつなので、途中からはテンリが代わりに箱を開けて行った。シナノは最後まで無表情だったが、ミヤマは途中で退屈してしまった。

「なーんだ。結局は箱しか出てこないのか。悪徳な手口だな」ミヤマはだるそうにして言った。

「そうか?けっこうおもしろかったじゃん!こんな小さな箱にもっと小さな箱がつまっているんだ!中々の独創的なアイディアだな?」単純で子供っぽい性格のアマギは楽天的に言った。

「最終的には箱しかなかったけど、何か別のものが出てこないかと思ってぼくもおもしろかったよ」テンリも加勢した。ただし、どちらかと言えば、シナノとアイラはミヤマと同意見である。

「まあ、楽しんでくれた虫さんもいたみたいでよかったよ。引き止めたりして悪かったね」リュウホウは落ち着いた口調で言った。テンリ達の一行はリュウホウと別れた。テンリ達の一行は何事もなかったようにして歩みを始めた。リュウホウはそれを見送りながらもある邪悪な理由によって笑みを浮かべている。

「それにしても、さっきのリュウホウとか言うクワガタは妙な趣味を持っているものだな。アマとテンちゃんに言われてみれば、確かにおもしろいところもあったかなとは思うけど、何と言うか、さっきのクワガタはおれ達の反応を楽しんでいるようには見えなかったけどな」ミヤマは言った。

「あのリュウホウって言う虫さんは楽しんでもいないのに、どうして、あんなことをしているのか、それがミヤくんには不思議に思えるっていうことかしら?」シナノは論点を要約した。

「そういうことだよ。ナノちゃんはさすがに呑み込みが早いな」ミヤマは頷いている。

「でも、もしかしたら、リュウホウくんは密かに楽しんでいたのかもしれないよ。表情とか、言葉では表に出さなかっただけなのかもしれないよ」純粋な心の持ち主のテンリは言った。

「うーん。ひょっとしたら、そういうことなのかもな」ミヤマは了承した。この話はここでお仕舞になった。しかし、ミヤマと同意見なので、シナノはずっと釈然としない思いを抱えている。シナノは頭がよくて疑い深いところもある。テンリ達の一行は黙々と歩いて行ってどんどんと前へ進んで行った。

アマギはアイラが口を開こうとした矢先に突然に飛び出した。必然的にアイラは弾き飛ばされた。アイラは後方に向かってひっくり返りながら『きゃー!何事?』と言って悲鳴を上げた。

「おいおい!本当に何事なんだい?」ミヤマは心配そうにしている。

もしも、今までの通りにふとんの上に荷物が一杯あったならば、アマギは宙に浮かんだので、今の衝撃でバラバラになっていたはずである。しかし、実際はそうならなかった。

アマギはポラールの木を見て条件反射的に飛び出してしまったのである。食い意地が張っているので、アマギはすぐに樹液の甘い香りに誘われてしまうのである。

「ごめん!アイラちゃん!ケガはないか?」アマギは飛ぶのを止めて地面に着地をすると聞いた。

「ええ。一応、体にケガはないけど、今のは精神的ダメージが大きすぎてもうダメ!びっくりしすぎ!倒れそう!」アイラは虫の息で言った。アマギは謝り続けたので、アイラは気持ちを静めて許してくれた。しかし、アイラは同じ失敗を繰り返さないように言った。

「ねえ。アマギくんの上は怖いから、これからはシナノちゃんの上に乗せてくれない?」

「ええ。喜んで。アイラちゃんは何と言っても軽いものね?」シナノは間髪を入れずに言った。テンリは木の幹のふとんから落ちた荷物を拾おうとして『あれ?荷物がない!』と声を上げた。

「テンちゃん。ほとんどの荷物はアイラちゃんの家においてきたじゃないか。だから、ないのは当然だよ」ミヤマはやさしく言った。しかし、テンリは納得できなかった。

「うん。そうだよね?でも、よく思い出してもらいたいんだけど、確か『魔法の地図』は持ってきたはずでしょ?それなのに『魔法の地図』までなくなっているよ」テンリは断固として主張した。

「本当ね。テンちゃんの言う通りみたい。落としてきちゃったのかしら?」シナノは言った。

「となると、もしかして、おれのせいなのかな?」アマギは慎み深く言った。

「うん。だろうね。ぼくはアマのせいだと思うよ」一度、ミヤマは頷いた。

「あら、ミヤくんってけっこう陰湿ね?」シナノは少し敬遠するようにして言った。

「確かに陰険ね。ミヤマくんの魂胆はわかっているのよ。うちらの家の穴を埋めた時にアマギくんに責任をなすりつけられたから、今になって復讐しているんでしょう?」アイラは聞いた。

「ミヤくんは復讐じゃなくて冗談を言ったんだよね?」テンリはやさしい口調で言った。

「あ、ああ。そうなんだよ。テンちゃんは読心術の心得があるな。おれの気持ちがよくわかっている」ミヤマは同意した。しかし、ミヤマは急所を突かれて内心でどぎまぎしている。

「まあ、ミヤの心境はさて置いてアイラちゃんを送る時に来た道を引き返すんだから、その時にきっと『魔法の地図』は落っこちているから、その時に拾えばいいよ」アマギは明るい口調で言った。アマギという男の子は皆目『魔法の地図』を誰かに拾われてしまっているのではないだろうかといった暗いことは考えない。ここまで来て引き返すのは面倒なので、他の皆も『魔法の地図』の得喪は運を天に任せることにした。

その後、テンリ達の一行はポラールの木の樹液を賞味することにした。その際、まだ、ミラージュの木の樹液も味わう予定なので、食べ過ぎないように全員が注意をした。全員が味見を終えると、今度はミラージュの木を探すために、一旦、テンリ達の一行は地上に降りてきた。

「あれ?アイラちゃんはどこだい?」ミヤマは辺りを見渡しながら聞いた。アイラはミヤマの足の下で『踏んでる!踏んでる!』と絶叫した。ミヤマは慌てて足をどかした。

「あはは、アイラちゃんを踏んづけておいて気づかないなんてミヤはドジだなあ!」アマギは言った。アイラはおそらく無事だろうと思っているので、アマギは笑っている。

「アイラちゃん。生きてる?」シナノは大げさに聞いた。アイラも大げさに答えた。

「ぎりぎりで生きてる!でも、もう、ミヤマくんの半径5センチ未満には近づいてあげないんだから、覚悟しなさい!」アイラはぷりぷりしているので、ミヤマは恐縮そうにしている。

「それじゃあ、アイラちゃんは踏んだり蹴ったりでかわいそうだから、ぼくはアイラちゃんにやさしくしてあげるよ」テンリはいつもの通りに他人を思いやる気持ちを持って言った。

「テンリくん。そうして!そうして!」アイラはここぞとばかりに念を押した。

「うん。わかったよ。それにしても、ズイくんはどこにもいないね?けっこう『樹液の地』は広いみたいだから、ひょっとしたら、探すのは大変なのかもしれないね?」テンリは不安そうにしている。

「そうかもしれないけど、一日中歩いていれば、きっと、その内に見つかるよ」アマギは気楽に言った。しかし、アマギのこのいい加減な予言は後々に当たることになる。

テンリ達の一行はミラージュの木とズイカクの両方の捜索を続けることになった。しかし、テンリ達の一行がそうしているとそれよりも先にテンリの馴染みの虫が発見されることになった。

「あ、ウンリュウ叔父さんだ!」テンリはある一人の男性を見つけると言った。

「おお、テンくんじゃないか!」ウンリュウはテンリに気づくと喜びの声を上げた。

テンリのゆかりの虫とは叔父のことだった。ウンリュウは『樹液の地』に居住している。ウンリュウはテンリの父であるテンリュウの弟に当たる。ウンリュウは体長が約45ミリで種類はアカアシクワガタである。ウンリュウは名前の通りに脚の下と腹面が赤みがかっているのが特徴的である。ウンリュウの兄であるテンリュウは54ミリの割と大きいコクワガタなので、ウンリュウより9ミリも大きいことになる。

「元気だったかい?テンくん」ウンリュウはさばさばとした口調で聞いた。

「うん。ぼくは元気だよ。ここにいるみんなも元気なんだよ。叔父さんは?」テンリは聞いた。

「うん。ぼくはいつでも元気だよ。紹介が遅れてしまったが、ぼくはテンくんの叔父のウンリュウです。よろしく」ウンリュウは丁寧な口調で言った。皆はそれをきちんとした態度で受け止めた。

「これから、皆はどこかへ行く途中だったのかい?」ウンリュウは問いかけた。

「うん。今のおれ達はミラージュの木を探していたんだ!」アマギは答えた。

「それなら、この道をずっと真っ直ぐに行けば見つかるよ」ウンリュウはテンリ達の一行の進行方向から見て左側を指さしながら答えた。テンリ達の一行の問題の一つはこれで解消した。

「そうなのか?教えてくれてありがとう」アマギは律儀にお礼を言った。

「いいえ。そのくらいは何でもないよ」ウンリュウは鷹揚な口調で言った。

「ぼく達は本当なら『魔法の地図』を持っていたんだけど、途中で落としてきちゃったんだよ」テンリは思い出したことを口にした。ミヤマとシナノは黙ってそれを聞いている。

「それは災難だったね?」ウンリュウはそう言ってから少し難しい顔をした。

「ねえ。おじさん。この地に住んでいるらしいんだけど、ズイカクっていう虫さんを知っている?」アイラは歯切れよく聞いた。説明が遅れてしまったが、せっかくなので、アイラはテンリ達の4匹に対してズイカク探しに関して善意から全面的に協力する旨を伝えている。

「ズイカクくん!この土地でその名を知らない虫さんはいないよ」ウンリュウはすぐに答えた。

「え?ズイくんって言う虫さんはそんなに有名な虫さんなのかい?それは驚いたな!」ミヤマは言った。ミヤマは自称ダンサーというパフォーマーとして少しジェラシーを感じてしまっている。しかし、ウンリュウが次に口にした言葉はミヤマの予想を遥かに超えたものだった。

「ズイカクくん。彼はこの地における盗賊グループのリーダーなんだよ」ウンリュウは言った。ミヤマは思わぬ変報に対して『え?』と言ってから絶句してしまった。

「何よ!それ!うちはそんなことを聞いてないよ!テンリくん達の知り合いのサセボさんって言ったかしら?もしかして、その虫さんって元やくざか何かなの?」アイラは聞いた。

「そんなことはないぞ!サセボじいちゃんは難しいことを言う虫だけど、どう考えても根はやさしい虫だぞ!」アマギは言い切った。アマギにとってみれば、サセボと極悪人という組み合わせは結びつかないのである。無論、テンリにしてもそんなドッキングはもっての外である。

「でも、アマくんとテンちゃんが頼みごとを聞き入れるくらいなら私にはサセボさんが素行の悪い虫さんだとは思えない。あくまでも、私見だけど」シナノは加勢してくれた。

「確かにおれもそれには同意するしかなさそうだよ。ズイくんって言うのがサセボじいちゃんの知らない間にぐれたっていうことなのかな?」ミヤマは憶測を述べてみた。

「とりあえず、今のところはそう考えるしかなさそうね」アイラはミヤマに対して同調した。しかし、テンリとアマギの二匹にとってはそれすらも受け入れがたい話である。

「目に移るものが真実でない場合があるのと同じようにして入ってくる情報の正確さもいつも信憑性が高いとは思えない。ぼくは知った風な口振りでズイカクくんは盗賊グループのリーダーだと言ったけど、ぼくはズイカクくんと会ったこともないし、盗賊の一団による被害にもあったことがないからね。テンくん達は『魔法の地図』をなくしてしまったと言っていたね?ここに来る途中で何かのトラブルとかには遭遇しなかったかい?」ウンリュウは奇妙なことを聞いた。テンリは不思議そうにしている。

「トラブルはなかったけど、訳のわからない箱を見せつけられたよ」ミヤマは答えた。

「やっぱりか。どうやら、みんなの『魔法の地図』は落としたのではなくて奪われたみたいだね?皆が箱に気を奪われている最中におそらくこれ幸いと隠れていた虫が『魔法の地図』を持って行ってしまったんだろう。あくまでも、ぼくの憶測だけど」ウンリュウは主張した。

「なるほど。そうだったのか。これであの時のリュウホウって言うクワガタがおれ達の反応を見ておもしろがるようなことをしなかった理由がわかったな」ミヤマは妙にドライな口調で言った。

「どうする?皆はすぐにズイカクくんという虫さんを追うのかい?もしも、急ぎでないのならこんな時にはそぐわないけど、特別サービスのプレゼントをあげられるんだけど」ウンリュウは遠慮気味に言った。テンリはそれを受けると考え込んだ。しかし、アイラはすぐに反応を示した。

「それは何の種も仕掛けもないの?もっと言えば、あなたは盗賊の一員ではないの?」

「え?あはは、まさか、疑われるとは思わなかったよ。でも、その心境はよくわかるよ。ぼくは正真正銘に真心からプレゼントをしたいと思っているんだよ」ウンリュウは穏やかに言った。

テンリ達の一行は少し考えた結果の末にウンリュウの好意に甘えることにした。『魔法の地図』は減るものではないし、この問題は後回しにすることにしたのである。ウンリュウのプレゼントとは樹液である。

しかし、これはただの樹液ではなくて『魔法の器』で二種類の樹液を調合した美味なる樹液だった。二種類の樹液を調合するのは誰にでもできる作業だが、三種類を混ぜ合わせるには職人技が必要になる。

甲虫王国でもそれをできるのは一桁しかいないが、ウンリュウが調合したアカシデとイヌシデの樹液もえも言われぬ程のおいしさだった。テンリもウンリュウの調合する樹液を食すのは初めてである。

アマギは食事を終えると草むらに行って仰向けになってごろ寝をしながら『極楽!極楽!幸せだなー!』と言った。今のアマギはやる気のスイッチが完全にオフの状態である。

「食べてすぐ寝ると牛になるぞ!まあ、今ぐらいはリラックスしていてもいいか。でも、これもテンちゃんがウンリュウのおじさんと親戚だったおかげだな」ミヤマがそう言うと、テンリは応えた。

「間違ってないけど、ぼくは何もしてないから、ウンリュウ叔父さんのおかげだよ」

「ウンリュウさん。ありがとう」シナノは皆の気持ちを代弁してお礼を言った。

「いやー。『魔法の器』を持っていれば、誰にでもできることなんだけど、皆が満足してくれたみたいでよかったよ。夢心地でいるのに現実問題に引き戻して悪いけど、大事なことだから、聞かせてもらうと皆はこれからズイカクくんという虫さんを探すつもりなのかい?」ウンリュウは聞いた。

「ええ。そうしましょう!やられっぱなしじゃあ、うちは気に食わない性格なの!」アイラは高飛車に言った。アイラは勝ち気な性格なのである。しかも、誰もそれに反論はしなかった。アイラの言う通り、テンリ達の一行のこれからの行動は元々そういうつもりだったのである。テンリとアマギの二匹にとってみれば、例え、ズイカクがどんな悪者だったとしてもサセボから預かっているふとんをズイカクに渡すという義理は果たさなければならない。テンリ達の一行はウンリュウに対してまたここに顔を見せにくるかもしれないという旨を伝えるとズイカク探しに向けて出発することになった。ウンリュウは別れ際に言った。

「重複になるけど、悪い噂しか、ぼくはズイカクくんという虫さんからは聞いたことがない。もしかしたら、ズイカクくんと接触するというのは危険が伴うのことなのかもしれない。それでも、皆は探すというんだね?」ウンリュウは心の底から心配をしてくれている。

「うん。ぼくには頼りになる仲間もいることだしね」テンリは逸早く答えた。

「そうだね?確かにテンくんも含めた皆はしっかりしているようだから、ぼくもそれを引き留めたりはしないけど、くれぐれも気をつけるんだよ」ウンリュウは言った。

「うん。わかった。心配してくれてありがとう。それじゃあ、行ってくるよ!」アマギはそう言うとテンリ達の他の4匹と共に新たなる冒険に向けて第一歩を踏み出すことになった。

テンリ達の一行はウンリュウに教えられた通りに進んで行くとミラージュの木までやってきた。しかし、まだ、樹液はお預けである。まずはズイカクを探すのが先決である。

効率的にズイカクを探すために少しの話し合いの結果、テンリ達の一行はこのミラージュの木を待ち合わせ場所にして二組に分散することになった。その組み合わせはAチームがテンリとミヤマであり、Bチームはアマギとシナノとアイラといった感じである。アマギはテンリの面倒を見ることについて少し吸着したいような気持ちだったが、分別はちゃんとあるので、気を取り直すとシナノとアイラという女子の二人の面倒を見るという大役に闘志を燃やすことにした。アマギは一々と些事にこだわらないという訳である。

ウンリュウも言っていた通り、今回の冒険は危険を伴うものかもしれないので、ミヤマはアマギに対してテンリのことを守るという約束をしてそれを反故にしないようにするために気を引き締めることにした。本人に言わせるのならば『男ミヤマの魂の誓い』である。別れてしまえば、逐次、人間のようにしてスマホで連絡を取り合うことはできないが、テンリ・サイドとアマギ・サイドはお互いを信じることにした。


 時計の針を進める。テンリ達の一行が二組にわかれてからちょうど今は二時間が経過している。皆、予想していたことではあるが、ズイカクの捜索は長期戦になってしまった。

アマギ・サイドはここまでの聞き込みによって賊情をキャッチすることができた。盗賊のグループのメンバーは二匹以上の不特定多数の集まりだということが判明していた。

今のアマギはズイカクに渡すためにふとんを引いて歩いている。シナノは許可をもらってそのふとんの上に乗っかってそのシナノの上にはアイラが乗っかっている。アイラは言った。

「シナノちゃんには悪いけど、こうしていると女王様になった気分になっちゃった!」

「女王様になるのはいいけど、ズイくんがいたらちゃんと教えてくれよ!」アマギは言った。

「え?アマギくんは何か投げやりね?どうしたの?」アイラは聞いた。

「どうもしてないけど、そりゃあ、そうだぞ!ズイくんはティティウスシロカブトっていう虫らしいだろう?でも、自慢じゃないけど、おれはティティウスシロカブトを見たことがないから、ズイくんを見ても判別できないんだよ」アマギはいかにもお手上げだという感じで言った。

「そうだったんだ。捜索を始めてからかなり時間が経っているのにアマギくんって何か拍子抜けすることを言ってくれるのね?シナノちゃんもまさか同じなの?」アイラは聞いた。

「ええ。実はそうなの。私の住んでいたところにはティティウスシロカブトはいなかったから、見たことはない。でも、ぼんやりとしたイメージならある」シナノは自信を覗かせた。

「そうなんだ。さすがはシナノちゃんね?」アイラは心底から感心した様子である。

「ナノちゃんはいつも頭脳面でも頼りになるもんな?」アマギは囃し立てた。

「でも、結局はアイラちゃん頼みね?うちは最後の砦としてがんばらなくちゃ!」アイラは意気込んだ。アイラは意外と他の虫に頼られることが嫌いではないタイプの女の子である。もう、小学校を卒業しているので、アイラは大体の昆虫の種類は把握している。聞き込みは総裁として頭脳派のシナノが話の主導権を握ることになる。ただし、荷駄ではないが、シナノとアイラの二人を陸送して活躍していることからもわかる通りにこれまた『セブン・ハート』を使えるアマギの力は必要になってくるのである。

 アマギのケンカの強さについて言えば、テンリだけではなくてミヤマでさえも崇敬している程だから、緊急事態においてもしもの時にはアマギがいれば心強いのである。


 テンリとミヤマのチームも抜け目なくこれまでに何度か聞き込みを行っていた。その結果としてたまたまとはいえ、多くの情報を聞き出すことに成功していた。ズイカクは盗賊グループのリーダーとしてこの地では有名であるということがわかった。一度、標的として狙って盗みに成功したらズイカクの牛耳っている盗賊団は基本的にはその標的とはもう二度と顔を合わせることはしないようである。

お礼参りを恐れる教師のようにしていつも周囲に気を配っていてかつての獲物がいたらすぐにその盗賊団は避けるようなのである。ということは、ズイカクをドンとした盗賊団は一度獲物にした虫の顔は絶対に忘れないということでもあって中々賢い一面もあるということである。テンリとミヤマは盗賊が現れたという場所も発見していた。その時の被害者は盗賊に砂時計を見せられたと言う。砂時計とは虫にとってかなり珍しいものなので、確かに視線を釘づけにされても不思議ではない。その隙に相棒の盗賊が被害者の横に置いてあったグッズを拝借するという訳なので、基本的にはテンリ達があった被害と同じ手口が使われるという訳である。テンリとミヤマの二匹はそんな感じでいくらかの聞き込みを終えると今も休まずに歩いている。

現在はミヤマの愉快なコーナーのお時間である。テンリは黙ってミヤマのことを見守っている。ミヤマは二本足で立ちながら右側を見て『み、水!誰か!水をくれ!』と言った。これはパターンの一である。次はパターンの二である。ミヤマはテンリが歩いている左側を見た。

「ダメだ!テンちゃん!寝たら死ぬぞ!まだ、諦めちゃダメだ!生きるんだ!ぼく達は生きなくちゃいけない!ぼく達には輝かしい未来が待っているんだ!」ミヤマはそう言うとテンリの方を見た。

「ミヤくん。その内にいいことがあるよ!」とりあえず、テンリは思いつきを言ってみた。

「ははは、切り返しがうまいな!テンちゃん!」至極、ミヤマは愉快そうである。ミヤマは何をしていたのかというと演技の練習をしていたのである。パターンの一は砂漠において、パターンの二は山奥において、遭難した時の場合を熱演していたのである。ミヤマのシミュレーションはこれによってばっちりになったという訳である。いつ、それを活用するのかと、もしも、ミヤマがそう聞かれたとしてもまともな解答を持ち合わせてはいないというのが悲しくも動かしがたい事実である。

人に迷惑を与えないで自分がそれなりに楽しければ、それでいいとミヤマは思っている。ただし、さっきのは役者というよりもミヤマはコメディアンだなと、テンリは思っている。テンリ・サイドはこんなぐうたらな状態でズイカクの捜索を続けている。


 また、話は先に進む。更に二時間後の話である。また、一つ、シナノの聞き込みの活躍によってアマギ・サイドでは情報をゲットすることに成功していた。盗賊の被害にあった者が仕返しをするために執拗に盗賊の動向を調べるとついに盗賊の本拠地を探し当て乗り込むことに成功したという話である。いくら『樹液の地』が広いと言っても虱つぶしにして何日も歩いていれば、本拠地を見つけ出すことは造作もないのである。

問題になってくるのはその先の話である。早速、その乗り込んだ虫が文句を言おうとすると盗賊によって『セブン・ハート』を見せつけられたというのである。

結局のところ、それ程に腕に自信のなかったその虫は泣き寝入りすることになってしまった。確かに『セブン・ハート』を使われてしまえば、威圧の効果は抜群である。

「ねえ。最初はあっさりと事がすむのかと思っていたけど、うちらのやっていることって何か危険な匂いがプンプンね?」アイラは前述の話を聞き終えて少しすると言った。

「もしかして、アイラちゃんは逃げ出したくなったのか?」アマギは聞いた。

「まさか。うちは愛と勇気を持ち合わせたアイラちゃんよ。それに、うちとシナノちゃんはかわいいから、攻撃を加えられたりしないに決まっているわ!ね?シナノちゃん」アイラは気丈に言った。

「アイラちゃんはともかくとして、私はどうかしら?」シナノは謙虚な姿勢で答えた。

「まあ、どっちにしてもよくわからない理論だな」アマギは適当に言った。

「でも、アマギくんこそ気をつけた方がいいわよ」アイラは注意を与えた。

「大丈夫!おれは強いから!」アマギはにっこりして言った。シナノは誠実な口調で話題を変えた。

「アイラちゃん。危険かもしれないっていう話を聞いたのに付き合ってくれてありがとう」

「ああ、確かにそれは本当だな。アイラちゃんは別に関係しなくてもいいんだもんな?本当なら今頃のアイラちゃんは帰宅している頃だもんな?ありがとう。アイラちゃん」アマギはお礼を言った。

「いいの。いいの。うちはけっこうこういうスリル好きなんだ!それよりも、一つ考えがあるんだけど、聞いてくれない?」アイラは聞いた。当然、アマギとシナノはそれを肯定した。

アイラはある考えを話し始めた。大げさだが、アマギはそれを聞くとアイラが天神でもあるかのようにして尊大に称えてその意見に同意した。当然、シナノもそうなるとその意見に同意した。知識量もさることながら頭のよさにも定評のあるシナノが同意したのだから、ほぼこの計画に間違いはない。

アイラの提案というのは門閥家には理解しがたいような卑しい心を逆手に取ったものである。しかし、この後、アイラは自分でした提案によって驚愕の事態に巻き込まれることになる。


その頃のテンリ・サイドである。テンリに対して見せていたさっきの演技は末流なこと、この上ないような気がしたので、ミヤマは少し反省をしていた。

かといって、何もしないでいるというのも閑居なので、テンリとミヤマの二匹はテンリの提案によってしばらく自分達の知っている人間の食べ物を列挙する遊びをしていた。

チーズやレバーやザクロといったようにしてマニアックなものまでも出てきたが、やがて、行きづまってしまった。そのため、ミヤマは真剣な話をすることにした。

「なあ。テンちゃん。変なことを聞くようだけど、ズイくんは本当に悪者だと思うかい?」ミヤマはやや厳しい顔つきで言った。今のミヤマはテンリと同じく6足歩行をしている。

「うーん。どうかな?よく虫さんの話を聞いてそれを受け入れるのは大切なことだと思うけど、このことに関して言えば、ぼくはまだ結論を出せないでいるよ」テンリは答えた。

「そうだな。おれもどっちに転んでも対応できるように中立的な立場でいるよ。確かウンリュウのおじさんも入ってくる情報の正確さはいつも信憑性が高いとは思えないって言っていたよな?あ!」ミヤマは行き成り大声を上げた。ミヤマはズイカクを発見したのかと思って、テンリはミヤマを見た。しかし、それは大違いだった。ミヤマは躓いて壮大にゴロゴロと転がっているだけだった。ただし、テンリはミヤマが何をやっているのかを聞かないでいた。これもまた、ミヤマのおふざけであるということが自明のことだったからである。

「くそー!やられちまったよ!」ミヤマは息を切らしながらそう言うとテンリの方を見た。

「ぼくもやられちゃったよ!」テンリはゆっくりと横向きになって裏返しになると言った。

「ははは、つまらないギャグに付き合ってくれてありがとう。テンちゃん」ミヤマは本当にうれしそうにしている。ミヤマは先程に反省していたことについてすでに忘れたのである。いいことなのか、悪いことなのか、判断は難しいが、テンリ・サイドには相も変わらずに緊張感が全くない。ミヤマには特にその傾向が強い。

とはいえ、テンリにしたってずっと緊張していたら苦しくなってきてしまうので、一応、今はミヤマの下らないギャグでさえもテンリの心を救ってくれている。

確かに戦いに関することでも心強いが、ミヤマは精神的な助けになってくれるという意味でもアマギがテンリにくれた餞別と言ってしまってもいいのかもしれない。


 アマギ・サイドは数時間前にリュウホウがいた場所の近くに戻ってきていた。アマギ達の一行はまさしくそこであのリュウホウを発見することができた。しかし、そばに『魔法の地図』は見当たらなかった。とはいっても、今のところ、それを認識できたのはアマギだけである。まだ、それ程に近づいていないからである。それでも、アマギが発見できたのはとびきりアマギの視力がいいからである。テンリも視力は悪くないが、この場合、アマギの視力のよさは金塊のようにして貴重である。

「へー!すごいな!アイラちゃんのまぐれが当たったぞ!」アマギは言った。

「あのね。うちはあてずっぽうでここに来ることを提案した訳じゃないのよ!犯人は現場に戻るって言うでしょう?」まだ、リュウホウに声が聞こえるような距離ではないが、アイラは囁くような声で言った。今は5メートルくらい、アマギ達の三匹はリュウホウと距離がある。

「アイラちゃん。冴えてる」シナノは賛辞の言葉を送った。そのため、アイラは少し自慢げである。アマギ達の三匹はそろりそろりとリュウホウに近づいて行った。しかし、アマギ達の三匹には盗賊グループの一員が一度だました相手には敏感に反応して逃げ去ってしまうという情報が入っていなかった。リュウホウは敏感に気配を察して逃げ出そうとした。しかし、アマギの反応は『真剣、白刃取り』をするが如く早かった。アマギはリュウホウが羽を広げる前に飛びついた。ふとんを引っ張っているというハンデもお構いなしである。アマギはリュウホウをつかみながら元気よく『よっしゃー!捕まえたー!』と言った。

「何だ?君達は?一体、何のつもりなんだ?」リュウホウは喚いた。

「何だじゃないでしょう!この盗賊男!」早速、強気なアイラは毒づいた。

「何だって?盗賊?そんな証拠がどこにあるんだ?ちょっと君!そろそろ、離してくれないか?」リュウホウは未だに自分を掴んでいるアマギに対して迷惑そうにして言った。

「逃げないだろうな?」アマギはしっかりとリュウホウを掴んだまま聞いた。

「逃げる必要性がない」アマギはリュウホウがそう言うとリュウホウを開放した。リュウホウは羽を広げて逃げようとした。しかし、アマギはすぐにリュウホウを捕まえた。

「おい!リュウホウ!不毛なやり取りは止めにしないか?」アマギは言った。

「だから、ぼくが盗賊だって言う証拠がどこにあるんだ?」リュウホウはひるんでいない。

「あら、逃げ出そうとしたっていうことは証拠にならないのかしら?」シナノは聞いた。

リュウホウはそれを受けると完全に沈黙してしまった。自分の無駄な行為が化けの皮を剥がすことになってしまったので、リュウホウはそのことを悔んでいる。

「あなたは往生際が悪いわよ!さっさと白状しなさい!あなたが『魔法の地図』を盗ったんでしょう?あなたは盗賊団のメンバーなんでしょう?」アイラは質問攻めにした。

「ふん!仕方なかったんだよ!ぼくはズイカクに脅されてやむを得ずにあんな茶番を演じさせられたんだ!悪の根源はズイカクなんだ!言ってみれば、ぼくだって被害者なんだよ!事実、君達の『魔法の地図』を奪って行ったのはズイカクなんだ!誓ってそれに嘘はない!」リュウホウは主張した。

「ごたくはいいから、早く『魔法の地図』を返してよ!」アイラは促した。

「そうだぞ!あるいは、ズイくんのいる場所に案内してくれてもいいんだぞ!」アマギは言った。

「やれやれ。わかったよ。悪かった。それじゃあ、どうか、ぼくについて来てくれ。『魔法の地図』がある場所まで案内する」リュウホウはそう言うとゆっくりと歩き出した。

アマギ達の三匹は何も言わずにリュウホウについて行くことにした。アマギとアイラは何の疑いも持ってはいないが、シナノだけは警戒心を持っている。リュウホウにはある算段があるということも事実である。アマギ達の三匹がリュウホウについて行ったとしても事態は難渋する可能性が高いという訳である。

油断大敵というのは昔から伝わる口碑だが、その言葉は今のアマギ達の三匹にとって重要な意味を持ってくる。最も、アマギを相手にするのならば、リュウホウとてそれは同じである。


テンリ・サイドである。今のところ、テンリとミヤマは行軍のようにして堂々と道を闊歩している。こちらは相も変わらずに未だに緊張感が抜けている。しかし、ある一つの発見をしていたのも事実である。当てのない行旅の結果、テンリとミヤマの二匹は地面に樹液が点々としている不思議な光景を発見した。

とはいえ、これがズイカクと何らかの関係があるのかどうか、それは全くの不明である。ミヤマは樹液をじっと見つめている。ミヤマは食べてみようかどうしようかを迷っている。

「もしかすると、ばっちいかもしれないよ」テンリはミヤマのことを見て言った。

「そうかい?それじゃあ、食べるのは止めるよ。『色気より食い気』って言うけど、おれはそれ程に食い意地が張っていないからな。でも、どうする?この樹液を辿ってみるかい?」ミヤマは聞いた。

テンリはミヤマに対して『うん。そうする』と頷いた。テンリとミヤマの二匹は樹液の道しるべを辿りながら歩き出した。一応、捜索に進展があったので、テンリは内心で喜んでいる。

「それにしても、一体、これは何なんだろうな?」ミヤマは問いかけた。

「樹液を入れる器に穴が開いているんじゃないかな?」テンリは推測を述べた。

「さすがはテンちゃんだ!いい推理だな!しかし、そうなると、ズイくんとは別に関係ないかもしれないな?」今はまじめな顔をしながら、ミヤマはけっこうまじめなことを言っている。

「今のところ、当てがないんだから、それでもいいよ」テンリは気楽に言った。

「それもそうだな。ああ、早くこの仕事を切り上げてミラージュの樹液が食べたいなあ」ミヤマは少しぼやいている。結局、ミヤマの話は食事のことに行き着いている。テンリとミヤマの二匹が樹液を辿って行くと草むらに突入した。樹液の道しるべは途切れてしまっている。テンリとミヤマの二匹は少し考えた末に草むらを強行突破することにした。すると、突然、先頭にいたミヤマは落下して行った。

ミヤマは猛烈に落下しながらも『どわー!何でー?』と絶叫している。テンリは『わあ!とにかく飛んで!飛んで!ミヤくん!』と大声で呼びかけた。今までミヤマの後ろを歩いていたテンリは落下する前で踏み留まっている。ミヤマはテンリに言われて慌てて羽を出した。そのため、ミヤマはパラシュートを広げたようにして無事に落下の速度を落とすことに成功した。テンリもようやく一安心である。どうして、ミヤマが急降下したのかというと草むらの先には地割れによってできた大きな溝があったからである。

その深さは二メートルにまで及んでいた。谷の幅は約一メートルもあるので、虫にとっては峡谷とは呼べない広さという訳である。テンリは心配そうにして自身もその谷の方へと羽を広げて飛んで行った。見たところ、ミヤマにケガはないし、事実、ミヤマはどこにも体をぶつけたりはしていなかった。

「いやー!死ぬかと思ったよ!」ミヤマはテンリが降りてくると言った。

「うん。確かにけっこう危ないところだったね?」テンリは話を合わせた。

「テンちゃんのアドバイスのおかげだよ。テンちゃんは命の恩人だよ」ミヤマは称賛した。

「ううん。ちょっとそれは大げさすぎるよ」テンリは恥ずかしそうにしている。

テンリとミヤマの二匹は天険の地であるこの谷を少し探検してみることにした。その谷は左右に広がっていたので、ミヤマは適当に選択した。テンリとミヤマの二匹はやってきた方角から見て右方向に進んでみることにした。ただし、道普請なんてされていないので、道は凸凹している。

どうして、こんな探検をしてみるのかというとテンリとミヤマの二匹から見れば、断定はできないが、この谷はいかにも盗賊グループのアジトっぽいと思ったからである。


 アマギ達の三匹はリュウホウによって徴発された『魔法の地図』を取り戻すためにリュウホウに連れられてとある場所へやってきていた。今のリュウホウはスダシイの木の前で立ち止まっている。

 もしかしたら、リュウホウはここに来るまでに罠を仕掛けてくるかもしれないとシナノに言われていたので、義侠心のあるアマギはシナノとアイラを守る気で満々である。

この場に『魔法の地図』はどこにも見当たらない。ただし、この場には小型の壺が一つ見受けられた。しかも、アマギのことを弱小の士卒だと思っているので、リュウホウは少し冷然としている。

「約束が違うんじゃないかしら?『魔法の地図』はどこ?」シナノは聞いた。

「それについてはこれを見てから改めて発言してもらえるとありがたい」リュウホウは言った。

「何よ!つまらないものだったら承知しないわよ!」アイラは批判的に言った。

性格が子供っぽいので、アマギは見世物がなんなのかとワクワクしながら待っている。リュウホウは徐にそばにあった壷の蓋を開けた。それによって辺りには仄かなストロベリーの香りが漂った。シナノは先程からずっと警戒心を剥き出しにしている。元々、気が長い方ではないので、アイラは何かを言おうとしたが、リュウホウはその前にそれを遮るかのようにして行動を起こした。リュウホウは少し羽を広げて飛んだ。

リュウホウはアマギ達の三匹を見渡すとトルネードのように回転してスダシイの木に向かって強烈な突きを繰り出した。スダシイの木には直径も深さも5センチくらいの大きな穴が開いた。リュウホウの突きはそれ程の威力を持っているという訳である。アイラはそれを見るとびっくりしすぎて貧血を起こしそうになってしまっている。アマギとシナノはそろってまじめな顔つきをしている。

「知らないのかもしれないから、一応、教えてあげよう。今のは『セブン・ハート』の一つである『衝撃のスタッブ』だ!ぼくはもう一つ『電撃のサンダーボルト』の使い手でもある。言いたいことはあるかな?」リュウホウは皆の反応を楽しそうに見つめながら爽快な顔で言った。

「あるぞ!『魔法の地図』を返してくれ!」アマギは全く臆することなく壮快に言った。

「ちょっと!アマギくん!あれを見たでしょう?今日のところは大人しく帰りましょうよ!」アイラはびくびくしながら言った。アイラはシナノにも加勢を頼もうとして振り向いた。今のアイラはシナノの上には乗ってはいない。しかし、シナノはアイラの予想外のことを口にした。

「あなたがどんなに強くても盗賊をしていいことにはならない。違うかしら?」

「そうだぞ!おれ達はそれぐらいでひるむような虫じゃない!おれはリュウホウなんて別に怖くないしな!」アマギは言った。ただし、アイラだけは一刻も早くこの場を離れたそうである。

「残念だよ。ぼくは無駄な殺生はしたくなかったんだ。しかし、大人の対応ができない君達が悪いんだよ。さっきも言った通り、ぼくは悪くない。悪いのは君達だ。ぼくに殺生を命じているズイカクだ。一匹ずつ、殺して行くとしよう」リュウホウは殺気を見せた。アマギはそれを受けると真剣な顔になった。リュウホウはアマギのことを弱者だと思って今も舐めているが、ご存じの通り、実際のアマギはかなりの勇将である。

甲虫王国は常夏だから、あり得ないが、アイラはリュウホウの殺気に触れると雪が降って積雪でもしているかのようにして恐怖で寒気を覚えている。

一方、シナノは黙然としている。もちろん、リュウホウと戦っても勝てるから、落ち着いているのではなくてアマギのことを信頼しているから、シナノは動じないでいられるのである。

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