アルコイリスと七色の樹液 17章
ソウリュウとエナの二人は次の試合をするに当たってシラツユの所にルールの説明を聞きに行った。エナは王女だし、ソウリュウはソウリュウ一家の頭だから、『チーム』と『ライフ・ライン』のメンバーは他の虫が行こうとしたのだが、エナ王女とソウリュウは偉い偉くないという差別を嫌ってシラツユの所へ向かったのである。ミヤマは体に染みついた臭いを葉っぱにすりすりしている。エナとソウリュウの二人はシラツユの所から皆の所まで帰ってきた。ソウリュウとエナは仕事を遺漏なくこなしてくることに成功していた。
ミヤマは葉っぱに体をすりすりさせながら他の皆と一緒にエナとソウリュウの話を聞くことにした。ミヤマのにおいはそれ程までに強烈だったのである。第4試合は上記の通りに玉入れさせないである。
第4試合はミヤマとソウリュウが出場した先程の第三試合と同様にして三回戦に分かれている。ただし、玉を籠に入れるという点ではどれも共通している。玉入れさせないは玉入れの応用である。
ここではその第4試合の中の第一戦の説明をさせてもらうことにする。といっても、説明はそんなに難しいものではなくて選手は凸凹な地面で籠に玉をいれればいいのである。
サポーターはその時に敵の選手が投げる球をストッパーで叩き落としてもいいという所が普通の玉入れとの相違点である。エナとソウリュウによる説明が終わったら、試合はすぐさま開始である。
この第4試合の選手はエナとトリュウであり、サポーターはアマギとドンリュウである。玉入れのフィールドは直径が80センチのサークル状になっている。選手とサポーター以外のテンリたちの4人はフィールドの外で試合を観戦することができる。選手のエナとトリュウはすでに高さが26センチのかごの前に立っている。アマギとドンリュウはそれぞれ相手選手の前でストッパー・パネルを構えている。
試合に使用される籠は6つある。エナは青の籠に入れてトリュウは赤のかごに玉を入れるということである。今回の場合の試合の制限時間は5分である。エナとトリュウの二人はミヤマによる『ファイア!』という掛け声によって玉入れを開始した。アマギとドンリュウはそれぞれ玉入れさせないを開始した。
「さあ!始まりました!わたくしは実況のミヤマです。エナ王女VSトリュウくんの一戦です。注目の一戦ですね。この勝負はどのような試合展開を見せるのでしょうか?どうでしょう?解説のテンちゃんさん」ミヤマはこれも演技の一環としてすっかりと実況者を気取っている。
「両者はどちらも実力者だから、この試合は接戦になると思うよ。トリュウくんは豪快だけど、エナ王女はお上品な投げ方だね」テンリは柔軟性のある所を見せつけながら発言をした。
トリュウは確かに俄か解説者のテンリの言う通りにオーバー・スローだが、エナはアンダー・スローで玉入れに挑戦をしている。トリュウとエナの今の所の形勢は五分といった所である。
「おれはそろそろ見せ場を作るとしましょうか。虫は第三試合で若様の活躍を見た後ではどうしてもあのような姿に憧れてしまいますからね」トリュウはそう言うとソウリュウの活躍を思い出して羽を広げてダンク・シュートを披露した。事件はそして起きた。トリュウは勢い余って籠を倒してしまった。トリュウは慌てて籠を置き直したが、零れてしまったいくつかの玉は依然としてそのままである。
「トリュウは見事にやっちゃったな。まあ、気にすることはない。トリュウはトリュウのペースで地道に玉を入れて行けば、それでいいんだ。第三試合のおれみたいにして派手さはなくてもこの勝負は制することができるかもしれないからな」ソウリュウは横から口を挟んだ。トリュウはその言葉に対して従順に頷いた。
ソウリュウはサポーターでもないのにも関わらず、トリュウに対してはアドバイスを送っているが、第4試合ではそれが許されている。トリュウはさっきダンク・シュートをする時に羽を広げていたが、選手だけは羽を広げることが許されている。もしも、サポーターが空を飛んでよければ、サポーターはストッパー・パネルで籠に蓋をしてしまうこともできてしまうからである。試合はそうなると均衡してしまうからである。
「ソウリュウは何気なく効果的なアドバイスを送ったな。それでは実況という立場を離れておれもエナ王女へ助言をしてあげよう。ふー!ふー!エナ王女!この勝負に勝てば『スリー・マウンテン』の皆はエナ王女の魅力の虜になってエナ王女の所に求婚しにくるかもしれないぞ!憎いねえ!よっ!色女!」ミヤマは酔っ払いのオヤジみたいなことを言っている。隣のテンリは大人しく沈黙を守っている。
「そんな。求婚だなんてあり得ないに決まっております。ミヤマ様は恥ずかしいことをおっしゃらないで下さい」頬を赤らめているエナはそう言うと照れ隠しとしてミヤマに対して5つの玉を投げつけた。
全ての玉はミヤマに直撃して二本足で立っていたミヤマは『ぶへっ!』と言って仰向けに倒れた。こういう時は『チーン』という言葉がお似合いである。テンリはここでようやく沈黙を解いた。
「わあ!すごい!エナ王女の投球はスピードと切れとコントロールのいずれもが一級品だったね。エナ王女はまだまだこれだけの元気が残っているのなら、これからのエナ王女の活躍は十分に期待できそうだね。ミヤくんは大丈夫?」テンリはなぜか独自の解説を加えてからミヤマのことを気づかった。
ミヤマは幸いにも無事である。ミヤマはまた実況を初めてテンリの方は解説を担当することになった。その間のソウリュウとナイは無言だった。ソウリュウは高みの見物を決め込んでいる。
「サポーターは意外と楽じゃないんだな。サポーターは飛んじゃいけないから『急撃のスペクトル』を使えないし、多分『進撃のブロー』と『迎撃のブレイズ』をやっても無意味だろうからな。でも、おれは選手として第一試合で『チーム』の皆に迷惑をかけたから、ここでは挽回をしてやる!トリュウくんには悪いけど、おれはそろそろ本気を出させてもらうぞ!」アマギはそう言うと自分の実力の真骨頂を発揮した。アマギは見事な反射神経によってジャンプをしながら選手のトリュウが投げた玉をストッパー・パネルで叩き落とした。これには『チーム』の皆も大盛り上がりである。テンリは特にアマギの活躍を大いに喜んでいる。
アマギはその後もすばやい動きでトリュウが投げた10個以上の玉を叩き落とした。サポーターの飛行はNGだが、ジャンプをすることはセーフになるというのがこの試合でのルールである。
「これはまずい。おれはこのままではいつまで経っても玉を籠に入れられない。おれはなんらかの作戦を考えないといけないな。アマギくんはやはり絶対に敵に回したくない虫だ。かくなる上は・・・・ん?」トリュウは不思議そうにした。アマギはよく見ると横になってぐったりとしてしまっている。
アマギはがんばりすぎて腕が疲れてしまったのである。それはこの『運動の地』における第一試合でがんばったことや『トライアングルの戦い』での疲労も関係してないとは言い切れない。アマギはそれでもすぐに起き上がると自分の仕事を再開した。しかし、アマギの動きは心なしか従来よりも緩慢になってしまっているように見受けられる。アマギは苦労をしているのである。ミヤマはここで痛烈な批評をした。
「って、動きがのろくなるならば、プラスとマイナスはゼロじゃん!アマには相も変わらずに計画性がないんだな。いやいや。実況は公平にしていないといけないな。もしも、アマはこの戦いが終わるまでこの状態ならば、トリュウくんは比較的に玉を入れやすい状態になりそうですが、テンちゃんさんはこれについてどう思われますか?」ミヤマは真剣な顔で聞いた。自分のチームにも関わることなので、ミヤマは気にかけている。
「アマくんは大丈夫だよ。その心配はいらないよ。サポーターのアマくんは並外れた体力の持ち主だから、しばらくは力をセーブしていれば、アマくんはまた元のような体の切れが戻ってくるはずだからね」テンリは解説をした。テンリとアマギの関係は古くからのものだけあってテンリの予感は的中した。アマギは間もなく今までと同じくらいに運動量を戻すことに成功した。さすがはテンリとアマギの仲である。
「うむ。おいどんはアマギどんと同じく試合に負けている身なので、今度はサポーターとしていい所を見せなくてはいけないでごわす。エナ王女はおいどんのこの動きをとくとご覧あれでごわす」トリュウのサポーターを務めているドンリュウはそう言うと飛び跳ねてエナの玉入れを妨害し始めた。独創性の全くない先程のアマギの二番煎じである。ミヤマはそれを白けた目で見ている。テンリはノー・コメントである。
しかし、ドンリュウは体が重いので『ドシン!ドシン!』とアマギほどには軽快な動きを見せている訳ではない。ドンリュウは挙句の果てに凸凹の地面に足を取られて派手にすっ転んだ。
「うわー!ドンリュウは我が愛弟子ながらも随分とやっちゃっているなあ。アマギくんのまねをしているだけでも恥ずかしいっていうのにも関わらず、その上で転んじゃったら、ドンリュウは最悪だな。でも、大丈夫だ。ドンリュウはどんなに大恥をかいたとしても、おれはドンリュウの味方だ。虫は他の虫に迷惑をかけていないのだとしたら、そんなことはどんなに大恥をかいたって気にしないでいいんだ。しかし、凸凹な地面は厄介だな。ん?そうか!その手があったか!おい!ドンリュウはエナ王女に対して迫りくるドンリュウをやるんだ!」ソウリュウは奇妙なアドバイスを送った。テンリとミヤマの二人は不思議そうにしている。
しかし、さすがは統率力のあるソウリュウ一家である。ドンリュウはしっかりと今のソウリュウのアドバイスを理解することができた。ドンリュウはどんどんとエナ王女に向かって行った。
テンリとエナはなにが起こるのかとドンリュウを注視している。ドンリュウはまるで変態だなと思いながらもミヤマの方もテンリと同じシーンを見ている。エナはやがて近づいてくるドンリュウから逃げようとして足をもつれさせてしまった。エナはすてんと転んでしまった。ドンリュウにもそんなつもりではなかったから、ドンリュウはエナに対してしっかりと謝罪をしようとしたが、それはできなかった。
「きゃー!私は皆さまの前で転ぶという大失態を演じてしまいました!私はドンリュウ様のせいで恥ずかしい所を見られてしまったではないですか!」頬を赤らめたエナはそう言うとドンリュウに向かって7つの玉をお見舞いした。巨体のドンリュウは『うおおおお!』と言ってよろけてから結局は倒れてしまった。これは『悪事は身に返る』の好例である。ソウリュウはそれを見て苦笑をしている。
「わあ!すごい!これは全く無駄のない動きと急所をピンポイントにつく技術の二つが融合したから、小柄なエナ王女でもきっと大柄なドンさんを倒すことができたんだね。ドンさんは確かにお気の毒だけど、実況のミヤくんに付け足すことはある?」解説のテンリはテンポよく聞いた。
「ああ。エナ王女には怒りの力という名のもう一つのパワーが・・・・っていうか、試合内容とは全く関係ないのにも関わらず、テンちゃんは解説してくれるなんて親切だな。まあ、おれはテンちゃんのそういうところが好きなんだけど」ミヤマはしみじみとした口調で言った。ソウリュウはするとテンリの所にやってきて愛の告白をしたが、うざったいので、ミヤマはテンリのことを持ち上げてソウリュウから距離を置くことにした。
気の毒というか、自業自得というか、エナによって撃沈されたドンリュウはその後に復帰を果たした。指示を出したソウリュウとそれを実行したドンリュウはきちんと謝ったので、礼儀正しい性格のエナの方もドンリュウへの粗相を謝ってこの事態は丸く収まった。終わりよければ全てよしである。
この戦いはいよいよクライマックスである。選手であるエナとトリュウはコンスタントに籠に玉を入れている。サポーターのアマギとドンリュウはこまめに玉を叩き落としている。選手とサポーターの4匹は皆が一生懸命である。アイディア・マンのテンリはそんな中でいよいよ最後の手段を使うことにした。
「アマくん!ストッパーにたくさんの玉を置いて!アマくんはトリュウくんの玉入れの妨害はその間できなくなるけど、空を飛べるエナ王女はストッパーに乗っている玉を入れれば、それはきっと大量得点に繋がるはずだよ。ぼくの作戦に納得できなければ、アマくんはしなくてもいいけどね」テンリは控えめに言った。
しかし、テンリがしてくれた提案を拒否するアマギではない。アマギはしっかりとエナに確認を取るとストッパーに玉を乗せ始めた。アマギはそしてエナの所に多くの玉を乗せたストッパーを持って行った。
エナは流れ作業のまま空を飛んでストッパーの上の玉を籠に入れた。この戦いの終わりを告げるブザーはちょうどその時に鳴った。選手のエナとトリュウは大人しく玉入れを中止した。
「よっしゃー!トリュウとエナ王女はよくがんばった!あとは籠に入った玉の数を数えるだけだ!おれは直々に数を数えるとしよう!」ソウリュウはテンリに対していい所を見せようとして大張り切りである。
「本当に大丈夫か?不正はしないでくれよ。ソウリュウはただでさえ存在が不正なんだから、確認くらいはしっかりと頼むぞ」アマギは茶々を入れた。毒舌だが、アマギはもちろん冗談を言っている。
「つまり、若様は普通の虫のレベルを超えているとアマギくんは言っているのでしょう。若様はさすがに桁外れのお方です」トリュウは弟子としてソウリュウのことをフォローしておいた。ソウリュウはトリュウの玉を出してテンリはエナの玉を出すことになった。テンリとの共同作業なので、ソウリュウは大喜びである。ミヤマはカウントの声を上げてトリュウとエナの玉はどちらの方が多いのかを皆で確認した。結果はエナが21個でトリュウは19個だった。僅差だが、エナは三つ差で見事に勝利を収めた。
「よし!『チーム』の勝ちだ!さすがはエナ王女だな!決める時は決める!エナ王女はやっぱりおれの見込んだだけのことはあるな。エナ王女ならば、おれはやってくれると思っていたんだよ」ミヤマは褒めた。
「いいえ。そのお言葉は大変ありがたいと思いますが、この結果はテンリ様の最後の作戦のおかげだと思います。テンリ様は私のことを救って下さって誠にありがとうございます」エナは謝意を表した。
「どういたしまして」テンリは言った。「でも、ぼくは大したことじゃないと思うよ。エナ王女はだってがんばったから、ぼくの作戦は生きたんだものね」テンリは相変わらずの腰の低さである。
「くー!惜しかったな!実はおれもそれを考えていたんですよ。最後のストッパーに玉を乗せて籠に入れる作戦が勝負に大きな影響を与えたならば、トリュウさんは本当に惜しかったです。でも、おれはテンリさんに先を越されてしまって自粛しちゃったんです。ああ。惜しかった」ナイは残念そうである。
「うわー!ナイどんはこの上なく嘘っぽいでごわす。ナイどんはよく他の虫のパクリをするから、ナイどんのセリフは鵜呑みにはできないでごわす。ナイどんはしかも自分の手柄を謙虚に話すテンリどんとは偉い違いでごわす。ナイどんはまだまだでごわす」ドンリュウはしみじみとした口調で言った。さっきのナイのセリフは確かにリップ・サービスである。ナイははったりを言っていたというのが真相だった。
どうしても皆の前で自分をよく見せようとしてしまう辺りはドンリュウの言う通りにもう少しだけナイには成長する余地があるのかもしれない。しかし、それは得てしてよくあることである。
第4試合はエナが一勝してトリュウはエナを追いかける立場になった。次は第4試合の第二戦である。もしも、エナは次を取れば、第4試合は三番勝負だから『チーム』は一勝をしたことになる。第4試合の第二戦の説明に入る。第二戦はサポーターが籠を背負って選手はその籠に玉を入れればいいのである。そこには少しばかり複雑な要素も加味されている。玉入れの籠はサポーターが動かしていいのである。
制限時間は10分だが、選手はその間に5回ルーレットを回してズバリと数字を当てることができれば、その選手はスペシャルな特典を得ることができる。それでは試合の開始である。選手のエナとトリュウは『位置について・よーい・どん!』という徒競走のようなミヤマのかけ声によって球を投げ始めた。サポーターのアマギとドンリュウは選手から逃げ回ることになった。ドンリュウはドタバタとしている。
「さあ!始まりました。注目の一戦です。最初の二分間はルーレットも関係なく試合は続けられます。解説のテンちゃんさん。今回は普通の状態で玉を多く入れておくというのもやはり勝利に繋がるのでしょうか?」ミヤマは相も変わらずにこの試合の実況者を演じている。話を振られたテンリは応えた。
「うん。ちりも積もれば山となるからね。選手はきっと今の内にがんばっておけば、その努力はあとで報われることになると思うよ。今の所のエナ王女とトリュウくんはがんばっているから、今回は接戦になることが予想されるね」俄か解説者のテンリは真剣に言った。実況のミヤマは真剣に頷いている。
隣にいるソウリュウはテンリを誇らしく思っている。ナイは自分もテンリとミヤマの話の輪に入るタイミングを窺っている。同じシーンを見ていても虫が違えば、思っていることは十人十色である。
「今回も羽を広げられないならば『急撃のスペクトル』は使えないな。でも、運動量ならば、おれは簡単には負けないぞ。籠に入れられる玉は最小限にしてやる!」籠を背負ったアマギはそう言うとちょこまかとそこらじゅうを走り始めた。こうすれば、相手選手のトリュウは的が絞りづらくなってくる。ソウリュウとナイからはそれを受けるとトリュウに向かって励ましの声が飛んできた。トリュウはそれで気合いが入った。
「おれは若様とナイくんの期待を背負っているのだからな。おれはがんばらないといけない。しかし、今回は相手が悪すぎる。対戦相手はキリシマを打ち負かす程の身体能力を持ったアマギくんが相手なんて運が悪いとしか言いようがない。そうだ。おれはいいことを考えたぞ!」トリュウはそう言うと二つの玉を持って上空に飛んだ。サポーターは今回も飛行できないが、選手は飛行が禁じられていない。トリュウは上空から球を投げた。しかし、一球は籠に入ったが、もう一球はサポーターのアマギに当たってしまった。
トリュウはすかさずにアマギに対して謝った。トリュウはわざとやった訳ではないし、アマギも短気ではないので、アマギはすんなりと我慢をすることにした。トリュウはその作戦をやめて再び地上から玉入れをすることにした。アマギに当ててしまうというだけではなくて飛行する前に何度も地上で玉を補充しないといけないので、この作戦は非効率的だということに気づいたのである。
その頃の籠を背負ったドンリュウは玉を入れられないようにエナからドタバタと逃げ回っていた。力持ちではあるが、ドンリュウは実の所を言うと瞬発力や俊敏性には自信がないのである。
「うむ。比較する相手を間違っているかもしれないでごわすが、おいどんはさすがにアマギどんのようにはいかないでごわす。しかし、一度は試合で負けているので、おいどんはがんばらなければならないでごわす。そうでごわす。今回ばかりは若様から授かった知恵の『迫りくるドンリュウ』がもしかすると許されるかもしれないでごわす。それ!」今まで逃げ回っていたドンリュウはそう言うと反転してエナに向かって一心不乱に突撃をした。しかし、それは途中までだった。志は半ばである。結果は第一戦と同じだった。
ドンリュウはエナの玉による猛攻撃によってまたもや撃沈した。エナはその上で倒れているドンリュウを見るとここぞとばかりにドンリュウの籠に玉を入れまくった。ドンリュウはそれに気づくと起き上がって再びエナから逃げ回ることにした。実況のミヤマはそれを見るとコメントを発した。
「ドンさんは笑わせてくれるな。というか、ドンさんは学習能力がないだけか。エナ王女はそれにしても容赦なく倒れているドンさんに玉を入れるなんて抜け目がありませんね。今のは大きなボーナス・チャンスだったのではありませんか?解説のテンちゃんさん」ミヤマは機嫌よく問いかけた。
「うん。そうだね。ドンさんの作戦を逆手に取る辺りは実況のミヤくんの言う通りにエナ王女の判断能力の高さが窺えるね。ルーレットの時間はそろそろだよ」テンリは試合時間を示す電光掲示板を見て指摘をした。試合が開始してから二分が経ったので、この試合は一時的に中断された。
ルールは簡単である。選手のエナとトリュウはまず一~三の数字を選ぶことになる。もしも、ルーレットでその数字が出れば、その選手か、あるいはそのチームにはボーナス特典が与えられる。
エナとトリュウは揃って『二』を選択した。選択する数字は被ってしまってもOKなのである。テンリは代表としてルーレットを回した。その結果は驚くべきことにも『二』だった。
エナとトリュウはしょっぱなから運のよさを見せつけた。この時間の特典はなんなのかというと、ギャラリーの一人は試合に参加できるというとってもスペシャルなものである。
改めて参加する虫はずっと飛行をしていなければいけない。新参者の虫はそれだと玉が補充できないと思うかもしれないが、その参加資格を得た虫は玉がしこたまに入った『ポシェット・ケース』を背負うことになるので、その心配は無用である。誰を参加させるかは選手に選択権がある。
『ライフ・ライン』のトリュウはソウリュウを指名した。もう一人の仲間の観客であるナイは遠慮をしたのである。トリュウはその一方でエースでもあるリーダーのソウリュウの能力の高さを買った。
「相手はソウリュウか。となると、おれたちもちゃんとした虫を選ばないといけないな。エナ王女は考えるまでもないな。新たな参加者はテンちゃんにした方がいいと・・・・」アマギは言いかけた。
「おれはいよいよ出番か!くー!あの時のことが脳裏によぎるぜ!第三試合での敗北だよ。おれはずっとあの時の敗北に飲み込まれていたんだが、今になってこうして再戦のチャンスを与えられた以上はなんとしてもおれは挽回して見せる!おれは皆を驚嘆させて見せるさ!任せておいてくれ!」ミヤマは言った。
「まあ、私はまだ指名をしていないのにも関わらず、ミヤマ様はやる気が満々なのですね。私はとなるとミヤマ様の元気を一点買いするべきなのでしょうか?テンリ様はミヤマ様が試合に出場してしまってもよろしいですか?」とても律儀な性格のエナはテンリに対してきちんと確認を取った。
「うん。ぼくは別にいいよ。身体能力はミヤくんの方が圧倒的にぼくよりも上だからね。ミヤくんはきっと大活躍をすると思うよ。ミヤくんはがんばってね」テンリは元気づけた。ミヤマはすると『おー!』という雄叫びを上げた。テンリはやさしいから、ミヤマに対して役を譲ったということは明々白々だが、ミヤマは自分でも言っていた通りに第三試合での屈辱を晴らしてやりたいという気持ちがあったので、アマギはその結論には口を挟まなかった。試合はミヤマとソウリュウが加入してすぐに開始された。
ミヤマとソウリュウが試合に参加できる制限時間は二分間である。二分が経ったならば、選手のエナとトリュウはまたルーレットをすることになる。ナイはちゃっかりとミヤマのお株を取っている。
「さあ!始まりましたよ。このボーナス・タイムでより多くの玉を入れたチームは試合を有利に進めることができそうです。ソウリュウさんとミヤマさんは実力者ですから、激戦は必至ですね。見どころはどこにあるのでしょうか?解説のテンリさん」ナイは調子に乗って勝手に実況を演じている。
「新たな参加者のミヤくんとソウリュウくんの活躍に期待するのはもちろんだけど、ぼくはサポーターの二人の動きにも注目した方がいいんじゃないかと思うよ。玉を入れようとする虫さんは地上にも上空にもいるから、サポーターのアマくんとドンさんにはその二つを考慮した動きが求められるはずだからね」テンリはまじめに解説をした。しかし、テンリが考えている程にミヤマとソウリュウがまじめではないことがわかるのはそう先の話ではない。今はミヤマもソウリュウも真剣に玉入れをしている。今は折角のボーナス・チャンスなので、ミヤマとソウリュウはそれなりに活躍できている。暗雲が立ち込めるのはこれからである。
「仕事は中々楽なじゃないけど、志願した以上はおれも男を見せないとな。それにしても、コツコツとではなくててドカンと玉を入れるいい方法はないかな?玉はポシェットを下にしても出てこないしな。そうだ!おれはいいことを考えついたぞ!おれはサポーターのドンさんに玉を当ててKOさせればいいんだな!よっしゃー!そうとわかったら、ドンさんには悪いけど、おれは早速・・・・ぶへ!」ミヤマは不意に声を上げた。
それもそのはずである。ソウリュウはミヤマに向かって玉を投げてきたのである。とはいっても、ソウリュウは手元が狂ったという訳ではなくて今のは明らかにわざとである。
「ふっふっふ、ミヤマくんは考えが甘いよ。ドンリュウはいくらミヤマくんが玉を当てたって倒れないだろうし、若様であるおれは弟子が玉を当てられて黙っているとでも思ったのかい?人生は山あり谷ありだ!」ソウリュウはそう言うとまたもやミヤマに向かって球を投げた。しかし、今度のミヤマはその玉を避けた。そればかりか、ミヤマはソウリュウに対して玉をお返しした。ミヤマVSソウリュウの玉投げ合戦はこうして始まった。ミヤマとソウリュウの両者は完全に楽しんでいる。アマギはここでつっこみを入れた。
「って、アホか!ミヤとソウリュウはそんな所で遊んでないで仕事をしろよ!ダメだ。やつらは聞いちゃいない」アマギは諦めの境地になった。不まじめなアマギにそう思われたら、ミヤマとソウリュウはおしまいである。サポーターのドンリュウと観客のナイとトリュウはソウリュウのやりたいようにしてもらって構わないと思っているし、エナはミヤマだけが仕事をしていないのならば、それはまずいが、相手のソウリュウはミヤマと一緒になってふざけているので、とりあえずは放置をしている。残りのボーナス・タイムはミヤマとソウリュウが全く役に立つことなく終了してしまったというのが落ちである。
次のルーレットはそれでもしっかりと行われた。とはいっても、エナとトリュウの二人は番号を外してしまったので、次の二分間は通常の玉入れが行われた。ここでは時間を早送りする。
今は試合が開始してから6分が経っている。つまり、今度は三回目のルーレットが行われる。エナは結果的に番号を外したが、トリュウは見事に番号を当てて見せた。今日のトリュウは運がいいのである。
「よし!トリュウはでかしたぞ!さっきはミヤマくんに付き合っておれもふざけていたが、今度はふざけようがない。次の二分は一気に玉を入れまくって『チーム』に差をつけさせるんだ!」ソウリュウは言った。
「おれは若様の仰せのままに致します。おれはこの二分で勝負を決めるつもりで挑みますので、若様はご安心下さい。それではアマギくんには重りをつけさせてもらおうか」今回のトリュウは余裕がたっぷりである。
今回のトリュウはルーレットで番号を当てられたので、相手のチームの選手か、あるいはサポーターに対して重りをつけることができる。本来は選手のエナに対して重りをつけた方が効果的だが、紳士的なトリュウは女性のエナに気を使った。アマギは重りをつけてもらった。試合はするとすぐさま再開である。
「私はアマギ様が重りをつけている分をカバーするためにがんばろうと思います。この試合はやはり選手が主本です。アマギ様は体を痛めない程度にサポートをお願いを致します」エナは一生懸命に玉を投げながら言った。今回は『チーム』がピンチなので、テンリとミヤマは実況と解説という立場を忘れてエナとアマギに対して声援を送っている。しかし、アマギはそれに反して意外にも余裕綽々だった。
「エナ王女の気使いとテンちゃんとミヤの応援はうれしいけど、おれは別に今までと変わらないぞ。この程度の重りならば、おれは今まで通りの動きができるもんな。よっ!」アマギはそう言うとトリュウの投げた玉を軽やかにジャンプして叩き落とした。観客のソウリュウとナイは唖然としている。
「なるほど。アマギどんは鍛え方が違うのでごわすな。おいどんはただでさえも重い体をしているから、これではアマギどんが重りをつけたことによってタイになったようなものでごわす。しかし、アマギどんの体はいつまで持つかは見ものでごわす。おそらくはその内にアマギどんもよたってくるはずでごわす」ドンリュウは期待をしている。しかし、アマギは結果的にダウンすることはなかった。
重りをつけている二分間のアマギは普段と変わりのない動きを見せ続けた。これこそは『オープニングの戦い』や『シンフォニーの戦い』などを乗り越えてきた歴戦の勇者の本当の姿である。テンリはそれを見てアマギのことを何度も褒めたので、ソウリュウはアマギのことを嫉妬したくらいである。ソウリュウは心からテンリを気に入っている。二分が経過したので、エナとトリュウは再びルーレットにチャレンジした。今度はトリュウが外してエナは数字を当てた。エナにはどんな特典が与えられるのかというと『フライ・シール』の使用が許可される。一度は話に出ているが『フライ・シール』とは羽を使わなくても、『フライ・シール』を背中に貼れば、その虫は自由に飛び回れるようになるという代物である。つまり『フライ・シール』をつけた虫は飛んでも疲れないし、その上に虫が自分で飛ぶよりもよっぽど早く飛行が可能になる。エナは『フライ・シール』を貼ってもらった。試合はするとまたもやすぐさま再開である。
トリュウは球を投げてアマギはそれを阻止するというのは通常の通りだが、エナは一計を案じた。『フライ・シール』のおかげで高速移動が可能になったので、エナは一気に4つの玉を持つと飛行をして上空から玉を籠に入れることにした。効率は確かによさそうである。トリュウは感心をしている。
「なるほど。さすがは王女ざまですね。エナ王女は考えることが豪勢です。この方法は確かに『フライ・シール』を効果的に使うにはベストなのかもしれませんね。それにしても、気の毒な虫さんもよく見るといらっしゃいますよ。エナ王女は直接的に玉を籠に入れるから、玉入れを阻止する立場のドンリュウさんは完全に手持ち無沙汰です。どうでしょう?これからのドンリュウさんの動きを解説のテンリさんはどのように読みますか?」ナイは聞いた。まじめなテンリはそれを受けると返答を考え込んだ。
「っていうか、ナイくんはおれの仕事をちゃっかりと取ったな!ドンさんはこれからどうするかって?そんなことは決まっているじゃないか。ドンさんはもはやこの二分間『ぼけー』とつっ立ているしかないよ。エナ王女はついにやりましたな。エナ王女はこれで『スリー・マウンテン』の心もわし掴みに・・・・ぶへ!」ミヤマは無様な声を上げた。エナからは恒例の玉が飛んできたからである。テンリは心配そうにしてミヤマの所に駆け寄ったが、ソウリュウはおもしろそうにして笑い転げている。
「ミヤマさんは凝りませんね。さっき『迫りくる』ドンリュウさんを笑いものにしていましたが、ミヤマさんも本当に凝りませんね。解説のテンリさんはどう思いますか?」ナイは冷静に聞いた。
「ミヤくんはわざとボケをかましてエナ王女の闘志に火をつけているんじゃないかなあ。ミヤくんはサポーターじゃなくてもサポートをするなんてすごい虫さんだね」テンリはまじめに解説をしている。何の計画性もなく本気でバカなことをしているミヤマはそれを聞くと恥ずかしそうにしている。ナイはそれを見ると笑っている。それはそれで愉快なので、一応は結構なことである。
ソウリュウはテンリのことをなでなでしていたかと思えば、今度は『むぎゅっ!』と抱きしめた。邪悪な気迫を察したアマギはソウリュウに向かって玉を投げつけたが、反射神経のいいソウリュウはテンリを持ったままそれをひょいと避けた。しかし、自分はここで躍起になってソウリュウに玉を当てようとすれば、さっきのミヤマとソウリュウの玉投げ合戦の二の舞になると気づいたので、アマギはサポーターとしての役割に戻ることにした。試合はそんなこんなで始まってから10分が経過した。
競技はあくまでもこれにて終了である。試合は終わってもルーレットを当てれば、選手はボーナスとして玉を5つも加算することができる。つまり、試合の結果はここで左右されることもあり得る。
「おれの番はいよいよ回ってきたか。今まではテンちゃんがルーレットを回してくれていたけど、今度はおれがやろう。おれは実の所を言うとカジノ王の栄誉を欲しいままにする男なんだ。おれはきっとエナ王女に福を呼び込ませてみせる。ああ。いかさまはもちろんしないから『ライフ・ライン』にしても、それは別に構わないだろう?」ミヤマは幾分か尊大な心持ちで聞いた。ソウリュウは代表してそれについて応じた。
「ああ。おれたちは別にそれでいいよ。ルーレットは誰が回しても同じだと思っていたけど、もしも、貧乏神に取りつかれているミヤマくんが回してくれるのならば、おれ達には福が回ってきそうな気がするものな」ソウリュウは言った。ミヤマはそれを受けてもスルーしている。選手のエナとトリュウは番号を選んだ。エナとトリュウはここで同じ数字を選ぶことはできない。二人で同じ数字を選んで二人が5つの玉をサービスされても、それではルーレットをやった意味がなくなってしまうからである。ルーレットの結果はやがて出た。この大一番において見事に数字を当てたのは『ライフ・ライン』のトリュウの方だった。
「おい!カジノ王は誰だよ!予想はしていたけど、ミヤは本当に運に見放されているな!これならば、ルーレットはテンちゃんに回してもらえばよかったよ。まあ、すんだことだから、ミヤは気にすることないぞ」アマギは一応のフォローをした。アマギは実際にこの結果を重要視していない。テンリとナイは衆人環視の下で不正のないように籠に入った玉を数えた。エナはその結果として27個でトリュウは23個だということがわかった。しかし、トリュウにはボーナスとして5つの玉が加算される。先程のルーレットの恩恵である。
「つまり、エナ王女は27個でトリュウは28個でごわす。結果的にはボーナスの玉が勝敗を決めることになってしまったでごわすが、ルールはルールでごわす。仕方がないでごわす」ドンリュウは言った。ミヤマはすっかりとパニック状態に陥ってしまっている。テンリはそんなミヤマが気の毒そうである。
「そうですね。でも、トリュウさんとドンリュウさんはがんばったから、結果はこのようになったんです。運も実力の内と言いますからね。大事なのは内容よりも結果ですよ」ナイは優越感に浸っている。トリュウとドンリュウは似たような心境である。少しは『チーム』を気の毒に思っているとはいっても、ソウリュウは首の皮が繋がった安堵感で心が満たされている。ミヤマは『ライフ・ライン』にとっての救世主である。
「あの、ごめん。エナ王女とアマは一生懸命にやったのにも関わらず、おれは全てをダメにしちゃったよ。おれとしてはルーレットをうまくできる気でいたんだけど、おれの実力はしょせんこんなものだ。ああ。さらばだ。『チーム』の栄光よ」ミヤマは完全に悲嘆に暮れてしまっている。
「あの、ミヤマ様はもう私達が負けたみたいな言い方をされていますが、勝負はまだ終わっておりません。第4試合はこれでタイになっただけです。つまり、次の一戦に勝てば、今回の敗北は帳消しになります。ルーレットなんてものはどうなるか、誰にもわからないものですから、私はミヤマ様のせいだとは少しも思っておりません。私達は気持ちを切り替えて次もがんばりましょう」エナは明るく言った。
アマギとテンリはその案に乗っかった。やさしいので、その後のテンリとアマギはエナと同様にしてミヤマのことを励ましてあげたということは言うまでもないかもしれない。ミヤマはという訳で気持ちを楽にすることができた。ミヤマは感謝感激である。テンリはミヤマが元気になってくれてほっとしている。
『運動の地』での戦いは佳境を迎えている。もしも『ライフ・ライン』が次を取れば、その時点で『ライフ・ライン』の勝利は確定する。もしも『チーム』が次を取れば、延長の第5試合が開かれることになる。いずれにしても、第三戦は重要なゲームになってくる。それでは第三戦のルールを説明する。
競技は今回も玉入れだが、今までとは違う特徴が4つもある。一つ目は制限時間がこの戦いで最長の15分間であることがそうである。二つ目は選手が『魔法の枝』をつけて試合に望めることである。ミヤマはテティからもらっているから、一度は話には出たが、選手のエナとトリュウは『魔法の枝』によって競技をしながらも体力を回復できる。第三戦はこれによってより一層のおもしろみが増してくる。
続いての特徴はフィールドの外に置かれたものを自由に使ってもいい点である。その数は30を超えているが、役に立つものもあれば、全く役に立ちそうにないものまでもが混じっている。
ものはフィールドの外にあるので、ギャラリーもそれらを物色していいし、そればかりか、ギャラリーは選手やサポーターに対して『これを使ってみよう』という風な助言をすることが認められている。
最後の特徴は玉を入れるための籠がオートで移動することである。サポーターはなおかつストッパー・パネルで玉入れを妨害できるので、選手が玉を籠に入れることは今まで以上に難しくなっている。競技の説明は以上だが、現在『チーム』のメンバーは作戦会議をしている。その輪の中心にいるのはキャプテンを自称しているミヤマではなくてテンリである。テンリはある一つの秘策を練っていた。
「おーい!『ライフ・ライン』の皆!おれたちは一つの提案をしていいか?トリュウくんは今まで印籠をぶら下げて競技をしてきたよな?だから、第三戦では選手のエナ王女も印籠をぶら下げたいって言うんだ。ソウリュウたちはエナ王女が印籠を使うことを許可してくれないか?」アマギは話し合いを終えると『チーム』のメンバーを代表して問いかけた。これは重要なことなので、テンリは固唾を呑んで見守っている。
「印籠?一体そんなものをぶら下げて何の役に立つのかは知らないけど、それはもちろんOKだよ。トリュウはそうだろう?ソウリュウ一家たるものは広い心を持っていなくてはならないものな。それはおれの教えの一つでもある」ソウリュウは男らしく粋な所を見せた。トリュウは従順だった。
「はい。そうですね。おれはいつでも若様に追随します。いつかはおれも若様のような心の広い男になりたいですからね。まあ、試合に印籠を持ち込むなんてことは心の広い虫じゃなくても許可してしまいそうなものですけどね」トリュウは些か尊大な態度である。ソウリュウは満足そうにしている。
「ありがとうございます。印籠がそばにあれば、私は安心して試合に臨むことができそうな気が致します。それでは『チーム』の皆ざまはご覧になっていて下さい。私は精一杯にがんばろうと思います」エナはそう言うと『チーム』のメンバーに激励されて試合が行われるフィールドに足を踏み入れた。
エナとトリュウはすでに腕に『魔法の枝』をつけている。準備は整ったので、試合は開始された。エナとトリュウは動く籠を追いかけながら玉入れをしている。サポーターのドンリュウはエナの玉入れを妨害しているが、アマギだけは席を外している。アマギは仕事をサボっている訳ではなくて予ねてから目をつけていたストレッチャーを引っ張り出してきている。アマギはストレッチャーを押して勢いをつけたかと思うとそのストレッチャーの上に飛び乗った。テンリはそんなアマギのことをキラキラした瞳で見つめている。
「よっしゃー!やってやるぞ!これに乗っていれば、おれは高い所から玉入れを妨害できるから、これはきっと役に立つはずだ!ひゃっほー!」アマギはストレッチャーの上で完全に乗り乗りである。
しかし、アマギはイージー・ミスを犯していた。籠はオートで動いているのだから、カーブのできないストレッチャーでは籠を追いかけるのには無理がある。ミヤマは嫌な予感がを抱いている。
アマギはそれでも諦めずに『進撃のブロー』で強引な軌道修正を試みた。ストレッチャーはその結果として勢い余って籠を通過してしまったが、アマギは『ひゃっほー!』と言って楽しそうである。
「ちょっと待てー!一人だけは試合のフィールドの中におかしなやつが混じっているぞ!おれは他の虫を注意できる立場じゃないってことはわかっているけど、アマはまじめにやれよ!今のアマは『チーム』の命運をかけて戦っているんだぞ!見ろよ!テンちゃんは悲しくなってしくしくと泣いているじゃないか!」ミヤマはそう言うと期待を込めてテンリの方を見た。ミヤマはテンリに対してアイ・コンタクトをした。
当然と言うべきか、泣いていなかったが、テンリは話を合わせるために泣きまねをした。単純なアマギはするとそれを本当に泣いていると誤解してストレッチャーを投げ出してまじめに仕事を始めた。
「アマギさんはやっと本格的に始動しましたか。しかし、これは大きいですよ。『ライフ・ライン』はすでに開始してから一分で優勢に立ちましたからね。これは楽勝かもしれません。さてと、おれもそろそろ役に立ちそうなグッズを物色してくるとしますか」ナイはそう言うと様々なアイテムが置かれている場所へと足を向けた。ナイはすぐに役に立ちそうなものを見つけた。ナイは意外にも目敏かった。
ただし、それはナイが思っているだけであって今の所は本当にそうなのかはわからない。ナイはサポーターのドンリュウのことを呼んである作戦を伝授した。なぜか、ドンリュウは選手のトリュウにラケットのグリップを握らせてナイの作戦は始まった。部外者のテンリとミヤマは興味が深々である。
「なるほどでごわす。玉は手で投げても籠の高さまで上がらないことがあるから、おいどんは玉を投げてトリュウはその玉をラケットで打てば、作戦としてはそれなりに玉も高く上がるという寸法でごわすな。ナイどんは時々いいことを言うでごわす。ん?」ドンリュウは不可解そうにしている。トリュウはさっきからショットを打っているのだが、玉は一向に籠に入っていない。ナイは先程から気難しい顔をしている。
「うぐぐ」トリュウは唸っている。「折角のナイくんの提案だが、おれにはテニスの才能がないらしい。かくなる上はあの作戦だ。作戦Dだ!」トリュウはそう言うと玉を抱えていきなりダンク・シュートを試みた。作戦Dの『D』はダンク・シュートだったのである。しかし、トリュウには哀れな結末が待っていた。
籠は第一戦と同じく90度に傾いて倒れてしまったる。これまでに入れた玉の大半は零れ落ちて籠は元に戻った。相手の籠を倒して籠から玉を出してしまうという行為は反則なのである。トリュウは発案者のナイに断りを入れてラケットでの玉入れを止めた。ソウリュウはそれをずっと黙認し続けている。
トリュウは通常の玉入れを再開した。ドンリュウはとなるとエナの玉入れを妨害する仕事に戻った訳である。結局の所はドタバタしていただけで元通りである。ナイはがっくりと落胆をしてしまった。
「あーあ、アマギさんの遊び分は今のによってチャラになってしまいましたね。『ライフ・ライン』はアマギさんの行動とはどっこいどっこいのことをしてしまいました。元はと言えば、変な提案をしたおれが悪いんですが、アイテムはひょっとすると使わない方がいいっていうことなのでしょうか?」ナイは思案している。
「いや。そんなはずはないと思うぞ。おれたちはもっと頭を使えば、アイテムは有効的に使えるはずだ。探せば、掘り出し物はきっと見つかる。おれは一丁いいアイテムを探してみるとするか」ソウリュウはそう言うと数々のアイテムを物色し始めた。その間のテンリとミヤマの二人は実況と解説をしていた。
ソウリュウは掘り出し物らしきものを見つけた。それはビーカーのことである。トリュウはソウリュウからビーカーを受け取った。ビーカーは人間界のものと同じくらいのサイズなので、ソウリュウの考えた作戦はこのビーカーに玉を入れて一気に玉を籠に入れるというごく簡単なものである。
トリュウは玉を入れ終えるとサポーターのドンリュウと一緒に玉の入ったビーカーを持ち上げて一気に玉を籠に入れた。これはものすごく豪快な荒業である。ミヤマは目を瞠っている。
「よし!この策は中々いいじゃないか。でも、待てよ。これは本当に効率的か?ビーカーを持ち上げるのは大変だし、その間のサポーターのドンリュウはエナ王女の玉入れの妨害をできないもんな。よし!この作戦はもう一度だけにしておこう。トリュウとドンリュウはそれでいいか?」ソウリュウは確認をした。トリュウとドンリュウは当然のことながら同意をした。見事なまでのソウリュウの統率力である。
その頃のテンリはフラスコという掘り出し物を見つけていた。大きさは虫に見入った大きさだが、それはただのフラスコではなくて中には『ソーサリー・フォース』が入っている。テンリはそばにあった大きさが約80センチのマネキン人形に『ソーサリー・フォース』をかけた。テンリはうれしそうにしている。
「よし。もしも、よかったら、マネキンくんはアマくんと一緒に玉入れの妨害をしてくれる?たくさんの玉入れを妨害してくれたら、マネキンくんは自由に遊んでもいいよ。もしも、必要なら、ぼくはもちろん一緒に遊ぶからね」テンリはやさしく言った。マネキンはすると嬉々として頷いた。テンリはすでに『ソーサリー・フォース』で動く大玉でものとの付き合い方を熟知している。『チーム』にはとにかくサポーターとしてマネキン人形が加入した訳である。命を吹き込まれたとはいっても、元はものなので、マネキンの試合への参加は反則にはならない。試合に参加したマネキンはすごかった。ラケットを持ったマネキンはアクロバットな動きでアマギと一緒にトリュウの玉の全てを跳ね飛ばして見せた。これには選手のトリュウだけではなくて思わず観客のソウリュウとナイも感心してしまった。それはサポーターのドンリュウとて同じことだった。
「うおー!あのマネキンは中々やるでごわす!しかし、バカではないから、おいどんはきちんと学習をするでごわす!きゃー!マネキンどん!格好いいでごわすー!とっても素敵でごわすー!」ドンリュウは女の声まねをした。アマギとミヤマは『おえー!』という顔をしていたが、次の瞬間には信じ難いことが起きた。マネキンは『ライフ・ライン』サイドにあっさりと鞍替えをしてしまったのである。
エナの投げた玉はマネキンによって大抵が弾き飛ばされてしまうことになった。テンリはすかさずにマネキンを『チーム』サイドに引き込もうとして遊びの約束を思い出させたが、ドンリュウはすぐに女の声を出してマネキンを『ライフ・ライン』サイドに引き戻した。マネキンの性別は男だったのである。
「ったく、あいつはなんていう尻軽なマネキンだ。テンちゃんはせっかくやさしくしてくれたっていうのにも関わらず、あのマネキンは些か生意気だな。まあ、そんなことは別にいいや。こちらにも策がない訳じゃないんだ。それではエナ王女にはお色気作戦をやってもらうとしよう。おーい!エナ王女は今からおれのまねをしてくれ!うふーん!ちょっとだけよーんってな感じで・・・・ぶほ!」二本足で立っていたはずのミヤマは撃沈した。ミヤマにはお決まりの玉がエナから三つも飛んできたのである。テンリは心配そうにしてミヤマの所に駆け寄ったが、ミヤマは幸いにもすぐに立ち上がれた。ミヤマはやはり三枚目である。
エナはそうこうしている間にも必死に玉入れの仕事に戻っている。エナの疲れは『魔法の枝』のおかげで薄いが、ドンリュウとマネキンは玉入れを妨害するので、エナはとても大変である。
「私達の『チーム』にはもう後がないのですから、私はこの勝負には必ず勝たなければなりません。私は私の前にがんばって下さった三人のためにも負ける訳にはいかないのです。どうしても、どいて下さらないのならば、私は王女という立場を捨ててでも、がむしゃらにマネキンさまと戦います」エナは玉入れをしながらも高らかに宣言をした。次の瞬間にはそして信じられないことが起きた。エナにはそんなつもりはなかったが、今のセリフは泣き落としの効果を発揮した。マネキンは今のエナのセリフに感動して『チーム』サイドに戻ってきてトリュウの玉入れをアマギと一緒に妨害してくれるようになったのである。
マネキンはそうなるともうドンリュウが女の声まねをしても靡かなかった。とはいっても、マネキンは30秒くらいすると『ソーサリー・フォース』の効果が切れて動かなくなってしまった。テンリはマネキンを速やかにフィールドの外に出すと約束の通りにミヤマに教わりながらマネキンと一緒にダンスの遊びをした。ソウリュウはその内にテンリの踊りに誘われてダンスを一緒に踊り出した。
試合はそっちのけにしてしまっていたが、テンリたちはダンス・タイムを30秒で終わりにした。、観客の4匹はまた観戦をしたり、アイテムを物色したりする作業に戻って行った。
その後のミヤマはオーデコロンをつけまくって相手を寄せつけないという案を絞り出した。何も考えていないので、アマギは素直にそれを実践したが、これは失敗に終わった。アマギは自分がくさいだけであって選手のトリュウは我慢して試合を続けることができた。ミヤマとアマギはがっかりである。
アイディアは『ライフ・ライン』のナイも案出をした。それというのはタンスで動く玉入れの籠を固定しようとしたのである。しかし、それも結果的には失敗に終わってしまった。
トリュウとドンリュウは二人でタンスを運ぼうとしたのだが、タンスは重すぎて時間がかかりそうだったので、それならば、ナイは普通に試合に望んだ方がいいと思ったのである。
「使えるものと使えないものの二つのアイテムがごっちゃになっているとはいっても、現在は『チーム』も『ライフ・ライン』も持て余している感じがあります!しかし、諦めてはいけません!この中のアイテムには試合を有利に進めることができるなにかはあるはずです!とナレーションをしてからの、あれはなんだ?」ミヤマは相手の選手とサポーターの気をそらそうとして不意に大きな声を出した。
しかし、このミヤマの奥の手は逆効果だった。トリュウとドンリュウは目を反らさなかったが『チーム』のサポーターであるアマギはミヤマの指さした方向を熱心に見つめている。アマギはやはり単純である。
「お空には雲が浮いているね。イワシ雲もあるね。そうか。ミヤくんはあれのことを言ったんだね」素直なテンリは感心をしている。ミヤマはそれを受けると申し訳ない気持ちになってしまった。アマギはすでにトリュウの玉入れの妨害の仕事に戻っている。アマギはミヤマに騙されて悔しそうにしている。
その後のテンリを始めとした観客の4匹は有効的なグッズの物色に本腰を入れた。テンリはそしてついにミヤマとも相談をした結果としてよさそうなものを見つけた。テンリはエナに対して話しかけた。
「玉入れをしながらでいいから、エナ王女は聞いてくれる?ぼくはピンセットを見つけたんだよ。もしも、よかったら、エナ王女はこれでトリュウくんの入れた玉を籠から出しちゃうっていう作戦をやってみたら、どうかな?」テンリは提案をした。籠の中のものを素手で取るという行為は禁止されているが、それを逆手に取ると、物を使えば、相手の玉を取り出すことは可能という訳である。エナは寛容だった。
「それはとてもよさそうな提案だと思います。アマギさまは空を飛べないことになっていらっしゃるので、やるのは私しかいませんね」エナはそう言うと玉入れを一旦やめてテンリからしっかりとピンセットを受け取った。選手が玉入れをしている籠を体で覆ってしまうことは反則だが、籠はいくつもあるので、エナはトリュウの使っていない籠からピンセットで玉を取り出すことにした。ミヤマは内心でしめしめと思っている。
試合に参加しているトリュウとドンリュウはまずいことになったと危惧しているが、なにやら『ライフ・ライン』のソウリュウとナイはそうこうしている間にも密談をしていた。
「なんでしょうね?このボタンはドクロ・マークがついているなんてあんまり穏やかではありません。まさかとはおもいますけど、これを押すと、このあたりには毒ガスが噴出されるんじゃないですか?それはちょっと怖いですよ」ナイは臆病風に吹かれている。種々雑多なものをごそごそしていたら、ソウリュウは偶然にも物の山から一つのボタンを発見したのである。テンリとミヤマはソウリュウの声に敏感に反応をしている。
「まあ、今までの例から言えば、おれたちは命の危険にさらされることはないだろう。という訳だ。気になるから、独断と偏見で行っちゃえ!」ソウリュウはそう言うとドクロ・マークのボタンを押した。
驚くべき事態はすると起きた。試合をしているフィールドではマグニチュード7の地震が発生したのである。二本足で立っていたので、アマギとトリュウとドンリュウは一斉に倒れ込んでしまった。
エナは空中にいたから、影響は受けなかったが、玉入れの籠は違った。全ての籠は倒れて今までの時間帯でエナとトリュウが入れた玉も籠からポロポロと出て行ってしまった。籠は揺れが収まると何事もなかったかのようにして起き上がってやがて元に戻った。ソウリュウは呆然として立ち尽くしている。
「揺れはやっと終わったか。震動はそれにしてもすごかったな。籠の中はしかも今の揺れでスカスカになっちゃったな。それはトリュウくんの方も同じなんだから、問題はないけどな。よし!おれは仕事に戻ろう!」アマギはそう言うと二本足で立ち上がってストッパー・パネルを構えた。
「まさか、このボタンがあんなことを引き起こすとは思いもしていなかった。すまん。折角のトリュウの努力を無駄にしてしまったな」ソウリュウはきちんと謙虚な姿勢を見せた。
「いえ。いえ。それはアマギくんも言っていた通りにエナ王女も同じですから、戦況には特に大きな変化があったとは思えません。事態はおれとエナ王女の入っている玉の数が変化したにすぎません。おれのやることはこれからも変わりませんしね」トリュウはそう言うとラスト・スパートとして玉を投げまくった。
実は先程のボタンには二つの利用方法があった。一つは明らかに自分のチームが負けている時に相手の玉を大量に外に出してしまうという作戦である。二つ目は状況が五分の時に相手の玉の方が多く外に出ることに賭けるという作戦である。いずれにしても、あのボタンを押すということは一か八かのロシアン・ルーレットのような危険な博打だった。つまり、あのドクロのボタンはギャンブルである。
エナはトリュウの入れた一つの籠からピンセットで玉を空にするとラスト・スパートとして玉入れに本腰を入れることにした。タイム・アップの時はいよいよやってきた。
試合は終了したので、テンリとナイは籠に入った玉の数を数える作業に立候補した。玉入れの結果は衆人監視の下で不正が行われることはなく出た。エナの玉は23個でトリュウの方が24個である。ほんのわずかな差が結果を大きく左右した。『ライフ・ライン』のメンバー」は一斉に顔をほころばせた。
「やりましたね!トリュウさん!一つ差であろうとも、勝ちは勝ちです!この勝利はしかもただの勝利ではありません!対戦成績は三勝一敗という訳で『ライフ・ライン』の勝利を意味します。ソウリュウ一家はやっぱり最高ですね」ナイは感動をしてこの上なく勝利を喜んでいる。トリュウはそれに応じた。
「それは言わずもがなだよ。しかし、今の戦いの結果はおれだけがもたらした訳ではありません。若様は例のボタンを押して下さったから、おれは勝てたんです。あの時は偶然にもおれの玉よりもエナ王女の玉の方が多く籠から出て行ってしまったという訳ですね」トリュウはしみじみとした口調で言った。
「あの、盛り上がっていらっしゃる所を申し訳ないのですが、試合はまだ終わっておりません。『ライフ・ライン』の皆さまは私がこの試合の最初にお願いした内容を覚えていらっしゃいますか?私はこの試合で印籠を使ってもいいことになっておりました。私は今こそその印籠を使わせて頂きたいと思います」エナはそう言うと空になった自分の籠の方へ歩み寄って行った。エナの挙措は実に凛としている。
『ライフ・ライン』の4匹は不思議そうにしているが、事情を知っている『チーム』のメンバーは余裕の表情である。エナはやがて籠の中に印籠を入れてそれに触れた。印籠はすると三つの玉になった。ミヤマは逆転を確信してすでに拳を突き上げている。ドンリュウはすると自問自答をすることになった。
「なんでごわす?印籠が玉に・・・・いや。そうでごわしたか。その印籠は『魔法の葉』だったのでごわすな?おいどんたちはまんまとしてやられたでごわす」ドンリュウはがっくりときてしまっている。
『魔法の葉』は食べ物にもなるが、その他の用途としては分割もできてしまうのである。ただし、三つになった『魔法の葉』は離れた所に持って行ってしまうと、元の一枚の『魔法の葉』に戻ってしまうという仕組みになっている。さすがは魔法界とも言われるりんし共和国のグッズである。
「そういうことだよ。試合の結果はこれでエナ王女が26個でトリュウくんが24個だ。つまり、おれたちの勝ちだ。心が広いから、ソウリュウたちはもちろんこれを反則だとか、いちゃもんをつけないよな?」ミヤマは聞いた。自分の手柄という訳ではないが、現在のミヤマはふんぞり返っている。
「ああ。もちろんだ。エナ王女に印籠を使ってもいいと言った以上は男に二言はない。しかし、おれたちは見事に一杯を食わされたな。あれは誰の発案なんだ?もしかしてだけど、発案者はテンちゃんかな?」ソウリュウは聞いた。アマギはすると我が意を得たりと言わんばかりにしてそれに応じて見せた。
「おお。ソウリュウはよくわかったな。テンちゃんはなんといったっておれたちを代表するアイディア・マンだからな。テンちゃんは偉い!」アマギはそう言うとテンリのことをなでなでした。ソウリュウはそうなると同じようにしようとしたが、アマギは近づいてきたソウリュウのことを手で追っ払った。
「今日はたまたま作戦が成功しただけだよ。それに、選手のエナ王女とサポーターのアマくんはよくがんばったものね」テンリは仲間を持ち上げることを忘れなかった。その想いはしっかりと伝わった。エナとアマギはそのために素直な気持ちでがんばった甲斐があったなと思えるようになった。
アマギとエナは自分の指示の通りによくやったとその上にミヤマはおどけて見せたので、今の『チーム』の勢いは上々である。『チーム』はようするにチーム・ワークが抜群にいいのである。
しかし『ライフ・ライン』にしても沈み込んでいる訳ではなくかった。ソウリュウとナイは試合に出場したトリュウとドンリュウに対して労いの声をかけてあげた。トリュウはソウリュウ一家の先輩としてナイにいい所を見せられずにがっかりしていたが、試合はまだ終わった訳ではないと言ってソウリュウはトリュウのことを励ました。それこそはソウリュウのやさしさである。トリュウは随分と気持ちが楽になった。
今の『チーム』と『ライフ・ライン』の対戦成績は確かに2対2の同点なので、これからは延長の第5戦が開催されることになる。そこではトリュウの活躍の場も与えられることになる。
次の試合に勝ったチームは泣いても笑ってもこの『運動の地』における大会の勝者になる。この場の8匹の皆は誰もが真剣に試合に望むつもりである。ただし、テンリは楽しむことも忘れないようにしている。
『チーム』と『ライフ・ライン』の第5試合は全員リレーである。今回はテンリとソウリュウが一緒にシラツユの所に第5試合の説明を聞きに行った。アマギはちなみにこの組み合わせに反感を覚えていた。
テンリの前ではでれでれとしていそうだが、ソウリュウはテンリに対していい所を見せようとして以外にもシラツユの前ではきっちりとしていた。テンリとソウリュウが皆の所に帰ってくると全員でリレーの行われる場所にとても便利な『サークル・ワープ』で移った。アマギはテンリが無事でほっとしている。
ここでは全員リレーの説明をしておくことにする。といっても、全員リレーはそんなに難しいものではなくてバトンには小さなビーチ・ボールが使われて選手としてチームの全員が競技に参加することになる。
選手の一人一人は400メートルのグラウンドを100メートルずつを進むことになる。小さいとはいっても、ビーチ・ボールを持たないといけないので、選手は飛行をしてもいいことになっている。
何回かは乗り物に乗らなければならない時もあるので、その時に飛んだら、その選手は反則になってしまうルールである。今回のリレーは乗り物という単語が出てきた通り、ただ、走ったり、飛んだりしていればいいだけでなくて所々に罠や試練が選手を待ち構えている。そこは今までの形式と同じ部分である。
テンリとソウリュウはそのようにして皆にルールを話した。両チームのメンバーはいよいよ出場する選手の順番を決めることになった。こちらは『チーム』の作戦会議の模様である。
「皆はおれに一番をやらせてくれ!第一試合ではへまをしたけど、今度は絶対にへまはやらない!おれは必ずリードをして次の虫にバトンをつなぐから、おれにチャンスをくれ!」アマギは主張をした。
「ああ。おれはいいと思うよ。第一試合は確かにアマの言う通りに悔しい結果になったけど、事実上は身体能力の高さにおいてアマはおれたちのエースだもんな。最初にリードをしておくのも悪くはない。となると、アンカーも大事になってくるな。でも、そこはやっぱりテンちゃんかな。第二試合ではあの巨体のドンさんを打ち負かしての勝利を収めているから、実績は十分にあることだしな。テンちゃんはもしかして嫌かい?」ミヤマは自称『チーム』のリーダーとしてテンリの意向を確認した。テンリはちゅうちょしてから答えた。
「ううん。ぼくは嫌じゃないよ。アンカーになるのは少し緊張するけど、ぼくはそれ以前の皆が『ライフ・ライン』に差をつけてくれているって信じているからね。エナ王女はそれでもいい?もしも、選べるなら、エナ王女は二番手と三番手のどっちがいいかな?」テンリは心配りを忘れなかった。
「アマギさまとテンリさまの順番は私もそれでいいと思います。私の順番はできれば二番目がいいと思っております。私は一生懸命に競技に望むつもりですが、もしも、私がへまをやらかしてしまっても、ミヤマさまが後ろに控えていらっしゃれば、ミヤマさまはきっと挽回して下さると思うからです」エナは力説した。
ミヤマはそれを受けるとエナによって信頼をされて大喜びをした上でエナの提案に賛成をしたので『チーム』の出場者の順番はついに決まった。『ライフ・ライン』の方も出場者の順番が決まったので、ここではそれを照らし合わせておくことにする。第一走者はアマギとソウリュウである。第二走者はエナとドンリュウである。第三走者はミヤマとトリュウである。第4試合はテンリとナイである。
エースのソウリュウを頭に置いて第一試合で活躍をしたナイをアンカーにするあたりは『チーム』も『ライフ・ライン』と同じようなことを考えていたという訳である。待ちに待った第5試合はいよいよ開始されることになった。アマギとソウリュウ以外の面々はすでに自分がバトンを受け取る所で待機をしている。
アマギとソウリュウは『スリー・ツー・ワン・ゴー!』というカー・レースのようなソウリュウのかけ声によって一斉にスタートをした。アマギとソウリュウはバトン代わりのボールを持ちながら飛行をして前に驀進している。現在のアマギとソウリュウの両者はこの上なく真剣である。
アマギとソウリュウはどちらも身体能力が高いので、最初のイベントにきた時はアマギとソウリュウにはほとんど差が開いていなかった。最初のイベントは綱渡りである。綱は一人に二本あるので、虫ならば、真ん中の二本の足でボールを持って前と後ろの4本で綱を渡れるようになっている。
綱から落ちてしまうと、その選手はスクリューによって切り刻まれると見せかけて回転しているプロペラの動く絵の上に落ちるだけである。落下したら、落下した所からやり直さないといけないので、選手は落下しないに越したことはないのである。サポーターはいなくてもさすがのアマギでもそれには気づいている。
「よし!おれはいいことを考えたぞ!このステージを乗り切りことは造作もないが、おれにとってはそれだと味気がない。そこでだ。おれはアマギくんに提案があるんだが、色んな綱渡りの方法をするっていうのはどうだろう?例えば、こんな感じだよ」ソウリュウはそう言うとサルみたいなことをやり出した。ソウリュウは前の二本の足で綱を掴んで後ろの足でボールを掴んで前進をし出したのである。
「おお。それはいいな。それじゃあ、おれはソウリュウよりもすごい技を披露するぞとおれが言うと思ったか?よし!おれはソウリュウがふざけている間にどんどんと先に行こう!リードはできる時にしておくに越したことはないもんな。それじゃあな。ソウリュウ」アマギはそう言うと綱渡りのスピードを格段にアップさせた。アマギの身体能力にはやはり計り知れないものがある。ソウリュウはきょとんとしている。
「なんだ?今回は遊ぶことしか頭にないようなアマギくんがまじめだ。アマギくんはよっぽど第一試合でナイくんに負けたことが堪えているんだな?しかし、おれはソウリュウ一家の頭だ。おれはそんなにも大きくアマギくんにリードされてたまるかっていうんだ!」ソウリュウは意気込んでいる。ソウリュウはすでにサルのまねをやめてアマギと同じく正攻法で綱を渡ることにしている。しかし、終わってみれば、アマギはこの綱渡りでソウリュウをリードすることに成功した。ソウリュウにはそれでも焦りは見られない。
戦闘の時でさえも、そうなのだから、強心臓はやはりソウリュウの売りの一つなのである。アマギは綱渡りからしばらく飛行をしているとやがて次のイベントに遭遇することになった。
アマギはトンネルに入ると中が柔らかい土でできていることに気づいたが、ここではそれがまさしくポイントだった。トンネルは高さが低いが、アマギは二本足で走っていると土の中からなんとゾンビのロボットが現れた。一体ならば、なんてことはないが、その数はなんと35体である。
トンネルは狭いので、アマギはゾンビによって足止めをされることになった。ソウリュウはトンネルに入るとアマギと一緒にゾンビの餌食になった。ソウリュウは遠慮なく悪態をつき始めた。
「うわ!このむさ苦しい上に汚いロボットはなんだ?おれはせっかくアマギくんの背中が見える地点まできたというのにもかかわらず、ゾンビもどきはべたべたと体をつかみやがって!ここをうまく脱出する方法はなにかないか?でも、見た所はアマギくんにも手の打ちようがないみたいだから、差は幸いにもつけられなくてすみそうだな」ソウリュウはゾンビに体を押しつけられながら冷静に分析をした。天井はコンクリートでできているトンネルでは声がよく響くので、ソウリュウの今のセリフはアマギにも届いていた。
「ソウリュウはなんだか余裕だな。今は確かにピンチだけど、おれはちょうどいいことを考えついたんだ。ソウリュウが余裕をかましていられるのは今の内だぞ。今回のおれは一味も二味も違うんだ。作戦の開始だ」アマギはそう言うと何体ものゾンビに掴まれている体を捩りなんとかして『進撃のブロー』を炸裂させた。三体のゾンビはその結果として風圧で弾け飛んだ。アマギにまとわりついていたゾンビは恐れをなして離れたので、アマギは自由になったが「よし」と言い、それだけでは終わらせなかった。
「ゾンビの皆はおれの強さがわかったな。それじゃあ、おれに倒されたくないゾンビはあそこにいるソウリュウを足止めしておいてくれ。そうすれば、おれは絶対にゾンビには手を出さないぞ。よし! よし! さすがは知的なロボットだ」アマギは一斉にソウリュウの方に向かうゾンビを眺めながら言った。アマギは自分に向かってくるゾンビが皆無だということがわかると先に進むことにした。
「ちくしょう」ソウリュウは悪態をついた「今日のアマギくんはいつになく策略家だな。くそっ! 腐臭はするし、うっとうしいし、なんということだ。それなら、おれもアマギくんと同様にして強いということを誇示するしかないな」ソウリュウはそう言うと『突撃のウェーブ』を使おうとした。それは妥当な判断である。
しかし、ゾンビはそれをさせてくれなかった。ソウリュウはもはや大勢のゾンビにもみくちゃにされており空を飛ぶことができなかった。現在のソウリュウは大ピンチである。
快調なペースで飛行していたアマギは次の難関にぶつかることになった。次のイベントもトンネルの中で行われるのだが、今回はゾンビではなくレーザー光線がアマギの行く手を阻んでいた。しかし、アマギは少しも怯むことがなかった。アマギは『急撃のスペクトル』で的確にレーザーの当たらない場所ばかりを通っていたからである。アマギは自身の快進撃に嬉々として十二分に納得をしている。
「ソウリュウはやってこないし、この調子で行けば、おれはどうやらリードしてエナ王女にバトンのボールを渡せそうだ。ん? うわ!」アマギは「やべ」と言い動揺している。アマギの優れた動体視力をもってしても避けきれないレーザーがあったのである。これは油断大敵というやつである。アマギは慌てふためいている。
「うわー! 大変だ! 焼ける! 焦げる! あれ? 焦げてない。それより、これはどういうことだ? 一体」アマギは自分の持っているボールを見て不思議そうにしている。それもそのはずである。
アマギの持っていたボールはどんどんと巨大化していったからである。というよりも、正確に言うと、アマギの方が『スモール・レーザー』のせいで小さくなってしまったのである。
「よくわからないけど、おれはラッキーかもな。これ以上は小さくなったおかげでレーザーに当たりにくくなったし、ボールは元の大きさなのにも関わらず、おれはボールを軽々と持ち運べるもんな!」アマギはいつでもポジティブ思考である。アマギは『スモール・レーザー』によって小さくなっても、力はそのままの状態なのである。アマギは『びゅん!びゅん!』と快足を飛ばしてこのステージをクリアすることになった。
ソウリュウはアマギがこのステージの半分くらいを進んでいた時にゾンビの腐臭を漂わせてようやくこの場にやってきた。結局はソウリュウもゾンビを蹴散らして今に至っている。
「ここはレーザーだらけだな。しかし、おれの昔の仕事は泥棒だ。このくらいの猪口才なトラップに引っかかりはすまい」ソウリュウはそう言うとこそ泥よろしく慎重にレーザーを掻い潜ることにした。しかし、それはクオーターまでだった。ソウリュウは右肩にレーザーを接触させてしまった。
「やばい!おれの肩は無事か?ん?ふっふっふ、やはり、そうだったか」ソウリュウは一人でほくそ笑んでいる。ソウリュウに当たったレーザーはレーザー・ポインターだったからである。
今までの『運動の地』のシステムを勘案すると、導き出される答えは一つである。この地は虫を本当の危険にはさらさないように配慮がなされている。ソウリュウはそれを勘定に入れていたのである。
ただし、アマギが偶然にも当たってしまった『スモール・レーザー』も中には混じっている。ソウリュウは一カ所だけこの部屋に布が円形にひかれていることに気がついた。
「あれは一体なんだ?あれもまたトラップか?しかし、希望の光になるかもしれないから、一応は確かめておくとしよう」ソウリュウはそう言うとレーザーを無視して一直線に布の元へ向かってその布を払い退けた。そこではマンホールを見受けることができた。なんの作戦がある訳でもないが、ソウリュウはマンホールの中に入ってみることにした。言うなれば、男は度胸で女は愛嬌というやつである。
アマギVSソウリュウのリレーはその結果として衝撃の結末を迎える。アマギはいよいよバトン・タッチの場所にまでやってきた。アマギは全力で飛んでいる。アマギは皆の見える場所にまでやってきている。
「よっしゃー!ソウリュウは後ろに見えもしない!アマの身体能力はやっぱりずば抜けているんだな?アマはナイスだ!」ミヤマはアマギのことを大絶賛した。テンリはそこで冷静な指摘をした。
「というか、ミヤくんはアマくんの体が小さくなっていることにはつっこまないんだね。それはボケをボケで返すミヤくんの高等技術がなせる技だね」テンリは感心している。アマギの体が小さくなったことはアマギ自身が後で話したし、小さくなってから5分後には元に戻ったので、その点についてはなんら問題はない。
先に言われてしまわれたから、あえて言わなかったが、アマギを賛辞する気持ちはテンリもミヤマと同じである。アマギは次の走者であるエナに対してそんな感じでバトン・タッチを行った。
「アマギさまのリードは決して無駄には致しません。私もリードをしてこちらに帰ってこようと思います」エナはそう言いながら先に進むことにした。事件が起きたのはその時である。影も形もなかったはずのソウリュウはバトン・タッチをする直前の場所に地面から躍り出てきた。ナイは驚嘆している。
「うわー!びっくりしたー!でも、ソウリュウさんはさすがです!ここまでの差をつけられたら、おれはもう万事が休すかと思いましたが、ソウリュウさんはしっかりと作戦を立てておられたのですね?おれは感動しました!」ナイは確かにすっかりと感動した様子である。
とはいっても、実際のホールに入った理由は『おそらくは近道なんだろう』という適当な意志に従ってソウリュウは一か八かで穴に入っただけだった。強運の持ち主であるソウリュウは本当に近道を経てこの場所までやってくることに成功した。話を戻すと、ソウリュウは次の走者であるドンリュウに対してバトン代わりのボールを手渡した。現時点のエナとドンリュウの差は40センチくらいある。
「エースのおれがこの様じゃあ、格好はつかないが、あとは頼んだぞ!ドンリュウは自信と誇りを持ってレースに挑むんだ!」ソウリュウは激励をした。ドンリュウはすると元気100倍で先に進んで行った。
先に進んでいたエナは泉にやってきたのだが、そこでは異常な光景を目にすることになった。そこは泉なのにも関わらず、その泉には海みたいにして波がある。エナはたった一人で思考を巡らせている。
「私はこのまま泉を飛び越えてもよろしいのでしょうか?私には罠が仕掛けられているにおいがプンプンするのですが」エナは慎重である。何事も落ち着いて行動を取るようにという教えは母のイヨから受けたものである。エナは泉の上を慎重に越えようとしたが、それはダメだった。
急に両横から大津波がきたので、エナはそれに飲み込まれてしまった。ただし、エナは津波に流されずにすんだ。その代り、ボールはまんまと大津波に持って行かれる羽目になってしまった。
「まあ、私はどうしたらよろしいのでしょうか?私は大切なボールをなくしてしまいました。私はボールを急いで探さないとなりません」エナは独り言をつぶやいている。泉の中からは不意に精霊が現れた。
「あなたの落とされたボールは金の玉ですか?銀の玉ですか?」精霊はとても穏やかな口調で聞いた。精霊は右手に金の玉を持って左手には銀の玉を持っている。適応能力は高いので、エナは即答をした。
「私の落としてしまったボールはゴム・ボールでございます。金ピカや銀ピカには見慣れているので、私はそのようなものにひかれるということはございません」エナは丁寧に言った。
エナの住んでいる城は上記の通りに部屋自体が金ピカだったり、銀ピカだったりするので、エナは本当に金や銀に見慣れている。そこら辺はさすがに一国の王女といった所である。
「あなたは正直者ですね。それではこの二つを差し上げましょう」精霊は言った。
「それは大変にありがたいお言葉ですが、ボールは一つだけで結構なので、どちらか、一つを頂戴させて頂きます」エナはまたもや丁寧な口調で言って見せた。エナはその結果として精霊から金ピカのボールをもらって先に進むことにした。エナはまた一歩のリードをした訳である。エナはとりあえず喜んでいる。
ドンリュウはそうこうしている内にもエナと同じ状況に置かれることになった。ドンリュウはエナと同様にしてバトン代わりのボールを波にさらわれて行きづまってしまった。
「これはまたなんという不運でごわす。エナ王女は一体全体このピンチをどう切り抜けたので・・・・」ドンリュウは言いかけるとまたもや金と銀のボールを持った精霊が現れてドンリュウにもエナと同じ質問をした。
「そりゃあ、落としたのはもちろん銀のボールでごわす。若様はいぶし銀だから、その銀のボールをプレゼントすれば、おいどんはきっと若様に喜んでもらえるでごわす。おいどんは若様の喜ぶ顔が見たいでごわす」ドンリュウはすっかりとでれでれしている。ドンリュウは堂々と嘘をついている。
「あなたは正直者ではありません。しかし、その動機はすばらしいものです。目的はいつも手段を正当化する訳ではありませんが、あなたにはこの特別なボールを進呈することに致します」精霊はそう言うとドンリュウに対して金でも銀でもない重々しい機械仕掛けのボールを渡した。ドンリュウは喜んでそれを受け取った。
ドンリュウは精霊に対してきちんとお礼を言ってこの場を離れた。しかし、ドンリュウには一つだけ気になることがあった。今もらったボールにはボタンがついていたのである。
ボタンがあったら、押してみたくなるのというのは人情なので、ドンリュウはスイッチを押した。そうすると、とんでもない事態は起きた。ドンリュウのボールはエンジンが始動して爆走を始めた。ボールはしかもレースのコースから真逆に向かって爆走し始めた。これは大変な事態である。
「これはなんでごわすか?おいどんの嘘をついた代償でごわすか?おいどんはもはや踏んだり、蹴ったりでごわす!」ドンリュウはそう言いながらも暴走するボールの元に文字通りに飛んで行った。エナとドンリュウの差は広がる一方である。ドンリュウは焦りまくりである。ドンリュウは完全にテンパっている。
その頃のエナはどうしていたかというと、エナは順調にレースを快走して次の試練の場所までやってきていた。今度の試練はオフロードである。下は砂利道で上は草木が生い茂る完全な密林という訳である。エナはここを通過しなければ、前に進むことは許されないことになっている。
「まあ、私はこのような原始的な光景を初めて拝見を致しました。私はこういう所もあるということを知れただけでお勉強になりました。それでは突入してみましょう」エナはそう言うとボールを掴んでイバラの道を進み始めた。しかし、失礼を承知で言うと、エナは滅茶苦茶にゆっくりである。
お嬢さま育ちのエナにとっては相当にこのジャングルには苦労をしいられている。ドンリュウはそうこうしている内にこの場にやってきた。どうしてあれ程までに差をつけられていたのにも関わらず、ドンリュウはもうやってこれたのかというと、ジェット噴射していたボールは『ソーサリー・フォース』の力を借りて動けるようになったものなので、この場合はご主人さまのドンリュウに迷惑をかけていることに気づいて謝罪のためにぺこりとお辞儀をしてボールがドンリュウの所に帰ってきてくれたのである。
そればかりか、ボールはドンリュウを乗せてこのジャングルまで特急で運んでくれたという按配である。ドンリュウはその結果としてなんのちゅうちょもなくジャングルに突入した。
「おら!おら!おらー!おいどんはただ単に体がでかいだけではないでごわす!体は丈夫だから、こんなものは屁のかっぱでごわす!」ドンリュウは豪語している。このままではドンリュウがエナを追い抜くのは時間の問題なので、ドンリュウはあっという間にエナの先へ進んで行ってしまった。
「まあ、私はあのような乗り物があるなんて思いも致しませんでした。私もさっきの精霊さまからあのようなものを頂きたかったです。しかし、それはもはや後の祭りですね」エナは達観している。お淑やかなエナは途中からドンリュウの作ってくれた獣道をついて行くので精一杯の状態に追い込まれてしまった。今度はエナの方が追い抜かれてドンリュウに差をつけられる番である。ただし、エナは平常心を維持している。
次の障害物の説明である。道は相も変わらずにオフロードだが、今度は下が凸凹している。そのスタート場所には二台のオープン・カーが置かれている。次はこれに乗って障害物を突破しろという訳である。ドンリュウは車に乗り込んでボールを助手席に乗せた。ボールにかかっていた魔法はすでに解けているので、今では普通のボールとドンリュウのボールは特に変わった所はなくなっている。
「ボールどんはここまで連れてきてくれてありがとうでごわす。今度はおれがいい夢を見せてやるぜ。それじゃあ、行くぜ!ベイビー!」ドンリュウはそう言うとアクセルを踏み込んだ。エンジンはすでにかかっていたので、ドンリュウの車は走り出した訳だが、そのハンドルさばきは見事なものだった。ドンリュウの取り柄の一つとしては豪快という特徴があるからである。エナはその内に遅れてこの場にやってきてのろのろ運転で車を発進させた。エナは車の運転を非常に怖がっているのである。
「まあ、ドンリュウさまはなんて熟練したハンドルさばきなんでしょう。それに、ベイビーがどうとかおっしゃっておりましたが、ドンリュウさまはハンドルを握ると人格の変わるタイプの虫さんだったのですね」エナは自分なりに一生懸命に運転をしながら独り言をつぶやいている。
時は進んだ。ドンリュウは最後に大玉転がしでできなかったドリフトを格好よく決めてこのステージをクリアした。そのドリフトは他の皆に見せられないのがもったいないくらいである。
「カー・レースはここまでかでごわす。さあ、おいどんたちはぐずぐずしていないで急ぐでごわす!ベイビー!」ドンリュウはそう言うと助手席のボールを手にしてゴール地点に向かって飛んで行った。
ボールにはシートベルトがなされていたので、下はどんなに凸凹していても、ボールは落下したり、跳ねたりすることはなかったのである。ドンリュウは今やボールのことを相棒だと思い込んでいる。
悪戦苦闘していたエナは50秒も遅れてカー・レースのゴールにやってきた。しかし、エナはここですんなりとはいかずにそこでは事件が勃発した。エナの車はあまりにも高い岩に乗り上げてしまったので、エナは車もろとも吹き飛んでしまった。しかし、機転の利くエナは飛んでいる車から緊急脱出をした。木は周りにないから、延焼の心配はなかったが、車は岩石に激突して大爆発をした上で大炎上した。
「まあ、これは大変です!私はこんなことになるなんて予想外です。これはおそらく設計者さまのミスですのね。でも、私も悪いことをしてしまったのですから、お車は父上に弁償させてもらいましょう」エナはそう言うとゴールに向かって羽を広げた。エナはちらりと燃え盛っている自動車を振り返った。
お嬢さま育ちだから、少しは普通の虫とずれている所もあるが、エナは自分の過ちを認識できるあたりは育ちのよさも表している。一国の王女でも、エナには謙虚な所もあるということである。
その頃のドンリュウはついに次の走者であるトリュウの近くにまでやってきた。テンリやアマギたちの皆はすでにドンリュウの姿を認識している。ナイはドンリュウに対しておべんちゃらを口にした。
「さすがはドンリュウさんです。最初は引き離されていたのにも関わらず、今度は逆にエナ王女を突き放していますものね。ああ。おれは別にソウリュウさんを非難している訳ではありませんよ」ナイは言った。
「ああ。ナイくんの性格はわかっているし、言いたいことはわかるから、おれはナイくんに悪意がないのもよくわかるよ。ドンリュウはあっぱれだ!」ソウリュウは惜しげもなく褒め称えた。
「ありがたきお言葉でごわす。それではしっかりとおいどんのリードを守ってくれでごわす。トリュウ」ドンリュウは言った。トリュウはという訳でドンリュウからバトン代わりのボールをしかと受け取った。エナは二メートル遅れて次の走者であるミヤマの前にやってきた。エナは恐縮そうにしている。
「私はアマギさまのリードを守れなくて誠に申し訳ありません。今回は精霊が出てきたり、密林に迷い込んだり、大爆発したりで大変だったのです。しかし、それは言い訳にもなりません」エナはそう言いながらもミヤマに対してボールを渡してレーンから外れた。エナはこれにてお役ごめんである。
「このレースはそんなにも過酷なんだね。でも、それを乗り越えてここまで帰ってこれたんだから、エナ王女は立派だよ。それに、エナ王女は心配しないでね。ミヤくんはきっとリードを逆転してくれるよ」テンリは穏やかな口調で言った。ミヤマはやる時はやる男だとテンリは信じ込んでいる。
「まあ、おれのミヤに対する期待度は低いけど、テンちゃんはそう言うのなら、とりあえずはおれもミヤを信じてやるとするか」アマギは中々柔軟性のある所を見せつけた。エナはそれで少し気が楽になった。
現在のトリュウはというと、音楽室の中ですっかりと眠りこけていた。室内ではBGMとして眠ってしまう魔法の協奏曲が流れている。ミヤマはやがてトリュウの元に追いついてしまった。『ライフ・ライン』にとってはまさかの展開である。ミヤマは慎重な態度を崩さずにトリュウのことを見た。
「なんだい?トリュウくんは寝ているのかい?しまった!この音のせいか!おれも眠くなってきた。仕方ない。ここはところてんダンスでやり過ごそう」ミヤマはトリュウを起こさないようにするために小声でそう言うと『プルン!プルン!』した自作のダンスで眠気を吹き飛ばした。ミヤマは元からアマギとは真逆で催眠術みたいなものに洗脳されないタイプの虫なのである。『チーム』は一旦『ライフ・ライン』をリードすることに成功した。ミヤマは作戦が成功して内心でしめしめと思っている。
ミヤマはトリュウが熟睡している内に次のステージへやってきた。ミヤマはすると機械のアームでCTスキャンのようなものにかけられることになった。ここでのミヤマは成す術なしである。
「なんだい?まさかとは思うけど、この機械はおれをサイボーグにしようっていう魂胆じゃないだろうな?」ミヤマは恐怖心で一杯である。ミヤマはけったいなマシンから出てくるとすぐに体の状態を確認したが、以上は特に見られなかった。ミヤマは先へ進もうとしたが、異形のロボットはミヤマの行く手を遮った。
「これはなんだい?おれじゃないか」ミヤマはびっくりしている。ミヤマの行く手を阻んでいたのは確かにミヤマにそっくりなロボットだった。一応は挨拶をしてから、ミヤマは素通りしようとしたが、ミヤマのロボットは俊敏な動きでミヤマ本人のことを攻撃してきた。しかし、ミヤマは『トライアングルの戦い』で身につけた俊敏性でその攻撃をぎりぎりでかわして見せた。ミヤマはこの刹那に状況を把握した。
「なるほど。ここではこの障害を乗り切ればいいのか。つまり、おれは自分のコピーに打ち勝てばいいという訳だな。やってやろうじゃないか!どんとこい!」ミヤマは気合いを入れ直した。しかし、その後のミヤマは苦戦をしいられることになった。ロボットはミヤマの必殺技である『大車輪』や『回転木馬』といった技までもコピーしいるので、ミヤマはロボットを倒すためには相当にいい戦い方をしないと倒せなくなっている。
安眠状態だったトリュウはミヤマがそうこうしている内に目を覚ましてミヤマと全く同じ体験をして戦闘に入った。決着はそうかと思うと一瞬でついた。トリュウは平和主義者なので、トリュウのロボットの戦闘能力が低くてドングリの背比べだったので、本人はあっさりと自分のコピー・ロボットに勝ってしまった。
「えー!トリュウくんはすごいな!おれはこんなに悪戦苦闘しているのにも関わらず、トリュウくんはあっさりとこの難関を通過しちゃったよ!トリュウくんはそんなに強いとは知らなかったよ」ミヤマはおったまげている。トリュウは気取ることをせずに正直なことをしっかりと口にした。
「いやいや。そこはおれが弱すぎるだけだからね。そんなことは別にどうだっていいや。それじゃあ、お先に失礼しまーす」トリュウはそう言うと次のステージへ向けて飛んで行ってしまった。
問題はそうなるとミヤマの方である。ミヤマは試行錯誤の末にいよいよ自分自身のコピーと戦うことをやめた。ミヤマはもちろん腹に一物を持っている。ミヤマはロボットに対して話を持ちかけた。
「よし!こうしよう!ダンスを踊って演技をしたら、おれたちはどっちの方がよりうまいかどうかで白黒をつけないかい?」ミヤマは問いかけた。ミヤマのコピーはすると大人しくなった。
ロボットは本物のミヤマの意見を取り入れてくれたのである。ミヤマは30秒だけダンスを踊って最後にダンディーな低音で『お前が好きだ』という迫真の演技を終えた。次はミヤマのコピーの番になると、本物のミヤマは一目散に次のステージへと向かった。そんなことをすれば、ロボットは怒りだすかなと思ったが、自分は今までの戦いで性格までコピーされているということに気づいたので、ミヤマは賭けに出た。ミヤマが正式にテンリとアマギの仲間になった時もそうだったが、ミヤマは踊り出すと周りが見えなくなるので、今回はそれを逆手に取った。ミヤマはなんにしても見事に自分のコピーに勝利した。あっぱれといった所である。
その頃のトリュウは次のステージにやってきていた。そこには大きな船とボートの二つが川の手前の方に安置されていた。このあたりは静寂に包まれている。トリュウはここで頭をフル回転させている。
「ボートか、もしくはでかい船でこの川を渡れというのだな。セオリーなら、普通の虫は当然のことながら船を選ぶが、なにか、裏がありそうだな。しかし、迷っている時間はない。ええい!ままよ!おれはでかい船で行ってやる!」トリュウはそう言うと錨を外して船を進行させることにした。
こちらから向こう岸までは約三メートルである。ミヤマは数秒後にこの場に到着したが、船はトリュウが使っていて仕方がないので、ミヤマは残っていたボートを漕ぎ出した。
トリュウの乗っている船はミヤマの所からも見えるので、ミヤマはとても悔しい思いをしている。一方のトリュウは船長になった気分である。異変はそして起きた。川では不意に大渦が発生してトリュウの船を巻き込んでしまった。ミヤマはもちろんだが、トリュウはそれ以上に驚愕している。
「うわー!まずいことになった!船は大破しないだろうな?がんばれ!船!というか、おれはどうすればいいんだ?おれは目も回ってきたぞ!」トリュウは完全にパニックを起こしている。
ミヤマは対岸の火事だと思い込んで高みの見物をしながらトリュウを追い抜こうとした時にミヤマの乗っているボートまでも別の大渦に巻き込まれた。ミヤマのボートはしかもトリュウと違って大破した。ミヤマとトリュウはどちらも大ピンチである。ミヤマは川に投げ出されて呆気に取られている。
「なんだと?船もボートもなかったら、おれは一体どうすればいいっていうんだい?飛ぶのはもちろんNGだろうから、ここはやむを得ない!おれはオールと木片でゴールを目指すとする・・・・今度はなんだい?」ミヤマは船外に目をやった。そこにはスタートから行く先までの適度な波が発生していた。大渦はラッキーなことにもその代わりとしてなくてそこだけは完全に凪の状態に戻っていた。
「しめた!これなら、おれは行ける!運は我に味方したな!よーし!やってやるぞー!」ミヤマは勢い込んでいる。なにをしようとしているのかというと、ミヤマはボートの大きな木片をサーフ・ボードにしてサーフィンをしようとしている。それは『浜辺の地』で経験ずみのものだから、初心者よりはミヤマの方がこなれている。これは災い転じて福となるというやつである。トリュウはミヤマのことを見て目を瞠っている。
「あの木片さばきはなんなんだ?あれははどこで学んだ技術だ?本当はミヤマくんってすごい虫さんだったんだな。って『本当は』は余計か。それよりも、おれの船の具合はどうだ?これはもうすごい災難だな」トリュウは船を進めながらも愚痴をこぼしている。トリュウの船は何度も岩礁にぶつかったので、船底はボロボロで水漏れまでしている。大渦の勢いはそれでも弱まってきているので、トリュウはがんばってその後も航海を続けてゴールの岸まで辿り着くことに成功した。トリュウはようやくほっと一息をついた。
それはミヤマが岸のゴールに辿り着く二分あとの話である。ということは必然的に次の走者であるテンリにミヤマがバトンのボールを託す時間もそれくらいの差だったということである。
「やったな!ミヤ!おれはミヤがこんなに大活躍をするなんて思いもしていなかったぞ!おれはそもそも普段から何も考えてないけど」アマギはおどけている。ミヤマはがっくりときている。
「私は『ライフ・ライン』にリードをされてしまってミヤマさまにバトンを渡したのにも関わらず、追いつくどころか、追い越してしまうなんて大変にすばらしいです。ミヤマさまは私のミスを帳消しにして下さって誠にありがとうございます」一国の王女であるエナは非常にうれしそうである。
「いやー!そんなことはないよ。それじゃあ、あとは頼んだぞ!テンちゃん」ミヤマはそう言うとアンカーのテンリに対してバトン代わりのボールをテンリの持つスプーンの上に乗せた。
ここでは注目するべき点がある。アンカーはこの地のリレーのルールとしてボールを手に持って飛ぶのではなくてスプーンにボールを乗せて前へ進むのである。トリュウはその約50秒あとにテイク・オーバー・ゾーンにやってきた。テンリはミヤマからかなりのリードをもらったのである。
「すみません。おれはとんでもないポカをしてしまいました。若様」トリュウは息を切らしながらも自分の不甲斐なさをしっかりと反省している。トリュウは同時に次の走者のナイに対しても申し訳なく思っている。
「トリュウは気にするな。トリュウが一生懸命にがんばったのは見なくてもわかるし、おそらくはミヤマくんだって総力を上げてリレーに取り組んでいたんだろう」ソウリュウは度量の広さを見せた。
「そうでごわす。トリュウが恥じることはないでごわす。あとはナイどんに望みを託すのみでごわす。がんばるでごわす。ナイどん」ドンリュウはどんと構えて勢いをつけた。
『ライフ・ライン』の方もついにアンカーのナイにまで順番が回ってきた。ナイはスプーンにボールを乗せると自信に満ち溢れた顔でリレーをスタートさせた。ナイにとっては第一回戦でアマギに勝利したことがよっぽどの自信になっている。ソウリュウはとりあえずナイを信じることにしている。
テンリは最初の関門にやってきていた。そこにはカップに入っているパイナップルとマンゴーのゼリーが紐でつるされていた。そのどちらを食べるかは早い者勝ちでこの二つのゼリーを一人一つずつ食べて食べ終わったら、その選手は先に進んでもいいというのがこのステージのルールである。
すでにパイナップルのゼリーを食べ始めているが、テンリは何分にも小食なので、この試練には相当な苦戦をしいられている。ナイはテンリが半分くらいのゼリーを食べ終わった頃にこの場にやってきて状況を理解してマンゴーのゼリーを食べ始めることにした。ナイはしょっぱなからテンションが上げ上げである。
「見よ!この動き!チョウのように舞ってハチのように刺す!おれは一気呵成で行きますよ!」ナイは大張り切りである。ナイは本当にチョウのように舞っているので、それが無駄な動きであることは否めなそうな感じだが、テンリとナイは結果的に同じくらいのタイミングでこのステージをクリアした。ナイはテンリとは対照的にやせの大食いというやつだったのである。ナイはしたり顔をしてテンリと並走をしている。
「今のはおいしいゼリーだったな。でも、ぼくは随分と遅れを取っちゃったな。折角の皆で作ってくれたリードなんだから、ぼくはがんばらなくちゃ」テンリは意気込んでいる。とはいっても、お腹はたった今の食事で一杯になったので、テンリの動きは少しだけ鈍ってしまっている。
次のステージである。今度は進行方向とは逆に動く歩道である。選手はもちろん飛んでしまったら、アウトなので、テンリとナイはしっかりとスプーンにボールを乗せたまま歩行をしなければならない。
「わあ!この揺れはすごい!ぼくはボールを落とさないようにするのが大変だ。落としたら、最後だ。ボールはスタート地点にまで戻っちゃうものね」テンリは一歩だけ動く歩道に足を踏み入れながら言った。描写をすっ飛ばしてしまったが、ナイはすでにテンリよりもそれなりにリードしている。
「テンリさんは悪戦苦闘しているみたいだし、ここは正念場だな。テンリさんは焦って無理をなさらないで下さいよ。おれもそうですけど」ナイは自分の後ろにいるテンリに対して気遣った。ナイは極悪集団の革命軍に入ってはいたが、人並みのやさしさは最初から持ち合わせていたのである。
「ありがとう。ナイくんはやさしいね。ん?なんだ?なんだ?」テンリは戸惑っている。それもそのはずである。反対方向に動く歩道は段々とスピード・アップしてきたからである。
発想力のあるテンリはコンセントを抜くためのプラグを探したが、そのようなものはなかった。この動く歩道は実際問題として節足帝国で作られた代物なので、スイッチは簡単には消せない代物なのである。
「うわわー!うひょー!おれは難易度が上がってますますテンションが上がってきましたよー!申し訳ありませんが、お先に失礼致します!テンリさん」ナイはそう言うとスプーンとボールを抱いて横になってゴロゴロと転がり出した。というか、動く歩道とナイの転がるスピードは一緒なので、ナイはもはやその場で現状維持しているだけである。動く歩道はかなりの速度になり、テンリはその内にちょっとずつ転がっているナイに追いついて追い抜いてしまった。スピードはマックスを過ぎると徐々に元のスピードに戻って行った。歩く歩道は元からそういう構成になっていたのである。ナイは自分の横を通り過ぎるテンリのことを見送った。
「なんですと!これじゃあ、まるっきし『ウサギとカメ』じゃないですか!転がるのは秘策かと思っていましたが、この策はとんでもなく裏目に出てしまいましたね。おれは地道にがんばっていた方がましでした。しかし、おれは諦めませんよ。テンリさんに追いついて追い越せだ!」ナイは闘志を燃やしている。
転がるよりは歩いた方が早いということがわかったので、ナイは進行方法を元に戻して必死に早歩きをしている。この関門はクリアしたので、次は三つ目の難所である。テンリはすでに最後尾の二本の足にマジック・テープを取りつけている。これからは所々にあるこのマジック・テープのパイル状を避けて歩かなくてはならない。準備は終了したので、テンリはマジック・テープだらけの地面を歩き始めた。
「うーん。ぼくはうまく避ける方法を考えていると、時間は経つし、考えないと、たくさんのマジック・テープに足を取られちゃうから、このステージは難しいなあ」テンリは独り言を呟いている。
テンリはがんばって前進を続けていたのだが、先程のステージにおいてへまをしてしまったはずのナイはようやくこの場に登場した。テンリはそれには気づいた。ナイは自分の顔を叩いて気合いを入れ直した。
「おれは随分とテンリさんに差をつけられていますね。でも、おれは巻き返しますよ。今度は絶対安全保証つきの作戦を考え出しましたからね」ナイはそう言うとマジックテープを後ろの両足にくっつけた。ナイは独特な前進の仕方を始めた。ナイはボールの乗ったスプーンを体に乗せて前の4本の足だけで歩行を始めた。
マジック・テープは後ろの二本の足についているので、こうすれば、ナイはどこを歩いたとしても足を取られることはなくなるという曲芸である。ナイはそんなこんなでテンリのことを事もなげに追い越して行ってしまった。ナイの作戦は成功である。テンリは掛け値なしでナイの策について驚きの表情を見せた。
「わあ!すごい!ナイくんは早食いだったし、その上に力持ちだったんだね?って、ぼくは感心している場合じゃないね。これからは挽回をしていかないと」テンリはそう言うと必死になってマジック・テープの地獄を抜け出すことにした。テンリはがんばっている。しかし、ナイは悠々とテンリとの差をつけた。
三つ目の弊害はこうしてテンリがリードされることになった訳だが、競技はまだ一つ残っているので、ナイはこのままゴール・テープを駆け抜けるとは限らない。油断はここでも大敵である。
ファイナル・ステージは砂塵の吹き荒れる砂漠である。砂塵は濃度が高いので、ほとんど前は見渡すことができない状態になっている。オアシスはちなみにここには設けられてはいない。
ナイはスプーンに器用にボールを乗せたままこのエリアにやってきた。ナイはそのまま一直線に砂漠と砂塵の中に飛び込んだ。しかし、ナイはスプーンの上のボールを落とさないようにゆっくりとしか前に進めていない。テンリは遅れてこのステージにやってきてお腹とスプーンでボールを守って突撃をした。ナイはそれを確認して目から鱗が落ちた。ナイはアイディア・マンのテンリの行動について感心をしている。
「そうか。このステージはそうやって進むものだったんですか。おれってやっぱりバカだなあ。まあ、この際はなんでもいいや。そのテンリさんのアイディアは頂きでーす」ナイはそう言うと自分もテンリと同じ姿勢でボールを運ぶことにした。ナイはこうして突撃を繰り返しているとナイにはアクシデントが起きた。柔らかいとはいっても、壁があったので、ナイはそれにぶつかってしまった。実はこのエリアには要所要所に壁があってナイやテンリの行く先を阻んでいたのである。ナイはもんどりを打ってひっくり返りそうになっている。
「痛たー!なんたるこの仕打ち!だけど、おれは負けませんよ!七転び八起きです!おれは猪突猛進あるのみだー!」ナイはそう言うと起き上がって再び前進を始めた。ナイはすさまじい執念である。
後ろでその様子を見ていたテンリは自分も気をつけようとして注意深く飛行することにした。目はアマギと同じくテンリも割といい方である。しかし、それが逆によくなかったのか、テンリの方にもアクシデントが発生した。目を見開いて飛んでいたので、テンリは少しだけ右目に黄砂が入ってしまった。ただし、テンリは目をやられてもフラフラしたまま前進することを決してやめなかった。
このボールは自分のチーム・メイトのがんばりがこもっているので、とてもじゃないが、やさしいテンリはこの程度のことで挫折するような玉ではない。テンリはやはりがんばり屋さんなのである。
結論を言うと、ナイは何度も壁にぶつかったし、最後まで壁を避け続けたとはいっても、テンリはフラフラだったので、このステージはナイの方がわずかにリードをして幕切れとなった。あとは直線のコースを走るだけである。この戦いはついに終幕の時が近づいてきている。ナイは会心の笑みを浮かべた。
「よし!よし!このまま行けば、おれの勝利はほぼ決定ですね!テンリさんには申し訳ありませんが、この戦いは『ライフ・ライン』の辛勝です!」ナイはすっかりと安心している。それは意外と的を射ている。テンリは今までの戦いで相当に疲れているが、一方のナイはまだまだ体力に余裕がある。ナイとテンリの差はぐんぐんと広がって行った。運命的な声はすぐ近くからその瞬間にこの場に響いてきた。
「がんばれー!テンリくん!がんばれー!飛ばせー!飛ばすんだー!最後まで諦めちゃダメだー!テンリくんはやれば、できる子だ!テンリくんは今まで色んな困難を乗り越えてここまで来たんだ!それはこれからもできないはずはないよ!テンリくんはやれば、必ずできる子だ!」そう言ってテンリと並走しているのは『マイルド・ソルジャー』のミラノである。返事はできなかったが、テンリはこくんと頷いて飛行のスピードを速めた。砂塵の時には50センチだった差はするとどんどんと縮んで行った。テンリとナイはゴールの60センチ手前で並んだ。テンリとナイはアマギやソウリュウといった面々にもすでにゴールから見えるようになった。事件はそして起きるべくして起きた。ナイと同じペースで飛んでいたテンリは失速して最悪なことにもストップしてしまった。勝って兜の緒を締めろと言うが、ナイはすでに快哉を叫んだ。
「よっしゃー!勝利の女神は『ライフ・ライン』に微笑んでくれたみたいですね!おれはやりましたよ!皆さ・・・・ん?」ナイはゴールの直前に不思議なものを見ることになった。
テンリのボールはなぜかナイの横を通過してゴール・インをした。それはテンリがスプーンを使って投げたからだが、ナイはキツネにつままれたような顔をしている。ミヤマは瞬時に事態を把握した。
「そうか。そういうことか。テンちゃんはよくやったぞ!」ミヤマはそう言うとテンリの元へ急いで駆け寄った。意味がわかったので、エナはミヤマと同様にしてテンリの元へ歩き出した。今の所はこの状況の意味がわかっていないのはアマギとドンリュウとナイの三名だけである。ソウリュウは説明をすることにした。
「おれはナイくんに警告しておくべきだったな。この試合は相手よりも先にボールを持ってゴールを通過した者が勝者とは限らないんだ。つまり、ボールが通過した時点でその虫の勝利は決まるんだ。ルール上では選手本人がゴールを通過する必要はないということにもなっているからな。テンちゃんはそれに気づいたなんてさすがだ。テンちゃんはおれの見込み通りの男の子だったな」ソウリュウはしみじみと言った。
ナイとドンリュウの二人は開いた口が塞がらない状態である。テンリはスプーンを使った見事なウイニング・ショットを放ったということである。アマギはここに来てようやく口を開いた。
「よーし!おれにもやっと状況が飲み込めたぞ!テンちゃんはよくがんばったな!この勝利はしかもただの勝利じゃないぞ!『運動の地』における『ライフ・ライン』との戦いはおれたちの勝ちだ!『チーム』の大勝利だ!」アマギは勝ち鬨を上げた。テンリとミヤマとエナは同様にして歓声を上げて喜びを表現した。
トリュウとドンリュウとナイはその隣でがっくりときていたが、ソウリュウだけは二本足で立って拍手をしている。ソウリュウは敗者になっても勝者のことを褒め称えるだけの度量の広さを持っている。トリュウとドンリュウとナイの三匹はそれを見るとソウリュウのまねをし始めた。
「ソウリュウくんたちは一緒になって祝福してくれてありがとうね。ぼくたちは真剣勝負をしていたけど、試合が終わったら、皆は仲良しだものね」テンリはやさしい笑顔を浮かべている。
「まあ、ソウリュウさまの挙措はすばらしいですが、その想いに応えるテンリさまもとってもすばらしいのですね」エナは一国の王女としてしっかりと品格のある所を見せた。テンリはここである提案をした。
「ねえ。試合ではここにくるまでに大切な虫さんと出会ったから、ぼくはその虫さんに会いに行ってもいいかなあ?ぼくはもちろんすぐに戻ってくるよ」テンリは皆に対して聞いた。
テンリははミラノのことを言っている。テンリの質問の答えは全員一致でOKである。この場の者は皆が寛容なのである。ただし、アマギとソウリュウはテンリの後ろにくっついて行くことにした。
アマギの場合は親友のテンリがお世話になった虫にお礼を言いたいからだが、ソウリュウの場合は完全に嫉妬である。テンリとアマギとソウリュウの三匹はやがてミヤマたちの5匹を置いてミラノのいる所にまでやってきた。ミラノはまだ先程いた所に佇んでいた。
「そうか。テンちゃんの大切な虫さんっていうのはミラノさんのことを言っていたのか。なんだか、会うのは久しぶりだなあ。ミラノさんは今日もテンちゃんにやさしくしてくれたんだよな?どうもありがと・・・・」アマギは邪魔が入ったせいでセリフを最後まで言うことができなかった。
「うちのテンちゃんがお世話になっています。おはつにお目にかかります。おれはソウリュウです。ミラノさんはテンちゃんと一体どういったご関係ですか?」ソウリュウはまるで親のようにして聞いた。
「おい!ソウリュウはテンちゃんのお父さんか!探りの入れ方はしかも完全に変態だぞ!あくまでも、テンちゃんの保護者はおれだからな」アマギは抗議をした。ソウリュウはなにかを言い返そうとしたが、厄介そうなので、ミラノは中に割って入ることにした。確かに厄介なので、テンリはその方が助かる。
「心が綺麗だから、テンリくんは皆から愛されているんだね。ぼくはソウリュウさんとお会いするのは初めてですが、噂はかねがね聞いています。ソウリュウさんは噂の通りに愉快で陽気な性格みたいですね。ソウリュウさんはその上に格好いい。ぼくはテンリくんとは『トライアングルの戦い』で知り合いました。ぼくは『トライアングルの戦い』で意識不明のアマギくんを護送していたら、ぼくが流れ弾に当たってしまってミッションをクリアできなかったのですが、テンリくんはやさしいから、ぼくのその行動に感謝の気持ちを持ってくれているのです。テンリくんはさらに『マイルド・ソルジャー』を辞めようとするぼくの心を救ってくれたんです。テンリくんはぼくのことを大切な虫と言ってくれているみたいですが、本当はテンリくんがぼくの大切な虫さんなんです。今回のゲームでテンリくんを助けたのはほんのちょっとの恩返しです。おそらくはわかってもらえたと思うけど、テンリくんはぼくの暗号を理解できたかな?」ミラノは平静な顔つきのまま聞いた。
「うん。理解はできたよ。ミラノさんはぼくに対してあの時『飛ばせ!』っていう荒っぽい言葉を使ってくれたよね?だから、それには意味があった。その意味はぼくがスピードを飛ばすんじゃなくてボールを飛ばせって言ってくれていたんだよね?」テンリは賢い所を見せた。ソウリュウはこの話を聞いて感心をしている。
「ご名答だよ。さすがはテンリくんだね。ぼくの思いに気づいてくれてありがとう。だとしたら、勝敗の結果は聞くまでもないね」ミラノは少しばかりうれしそうな顔をしている。アマギは言った。
「うん。『運動の地』での大会の勝者はおれとテンちゃんのチームの勝ちだ。おれだったら、そんな意味は理解できなかったけど、ミラノさんはいいアドバイスをテンちゃんにしてくれてありがとうな」
「くそー!おれのセリフはアマギくんに全て横取りされた。おれからもとにかくお礼を言うよ。ミラノさんは色とありがとう。ミラノさんはやさしい虫さんみたいだから、おれはまたミラノさんともどこかで会えたらいいな。ミラノさんはお一人でここにいらっしゃったのですか?」ソウリュウは興味本位で聞いた。
「はい。かなり『運動の地』ではハードなメニューをこなさないといけない所もあるので、ぼくは時々ここにきて一人で武者修行をしているのです」ミラノは礼儀正しく答えた。
「そうなんだ。ぼくは努力家のミラノさんが好きだよ」テンリは言った。テンリはどんな時でもまっすぐな気持ちを直球で伝えることができる。アマギはそんなテンリのことを見てにっこりとしている。
「まあ、おれよりは下だろうけどな。とにかくだ。ミラノくんをあまりにもお引き止めしておくのもよくないから、おれたちはそろそろ退散しよう」ソウリュウはそう言うと回れ右をした。強がってはいるが、テンリはミラノのことを好きといったので、ソウリュウは焼きもちを焼いてしまっている。
「お心遣いをありがとう。ぼくは皆とお話ができてうれしかったよ。皆は気をつけて帰ってね。バイバイ」ミラノは別れの挨拶をした。テンリは『バイバイ』と返してアマギは『またな』と言った。ソウリュウは後ろ向きのまま手を振ってミラノとお別れをすることにした。ミラノは笑顔で三匹を見送った。
テンリがスプーンの球を投げるという発想はミラノがアドバイスをしなくても、実の所は実現していた。第二試合でのテンリの大玉は爆走してテンリよりも早く大玉がゴールしてもドンリュウに勝つことができたからである。ミラノと別れたテンリたちの三匹は再びミヤマたちの5匹の所に帰ってきた。その間のミヤマは一人でトーク・ショーをしていた。エナは5匹の中でも特に真剣にミヤマの話を聞いてあげていた。
「ただいま!お待たせしてごめんね。でも『運動の地』は楽しい所だったね」テンリは帰ってくるとおしゃべりな他の誰よりも最初に口を開いた。ミヤマは必然的におしゃべりを中断した。
「そうだな。おれはまだ遊び足りないけど、皆と一緒にここにこれてよかったよ。もしも、機会があれば、おれはまたこの『運動の地』にきたいな」アマギはテンリの意見に乗っかった。
「ナノちゃんへのお土産話は一杯あるしな。危険あり、魔法のグッズありだしって、あれ?おれはなにかを忘れているような気がする」ミヤマは必死にそのなにかを思い出そうとしている。
「忘れている?自分で言うのもなんだけど、おれは頭が切れる方だが、おれたちは別にミスを犯した覚えはないぞ。なにがあったのか、おれの見ていない所では知らないけど」ソウリュウは言った。
「ソウリュウさまはわたくしが『魔法の箱』を持ってきているということをご存じないのですから、ソウリュウさまがおわかりになれないのは当然のことです。ミヤマさまはよくお気づきになられましたね」エナは言った。テンリは気を聞かせて『ポシェット・ケース』から『魔法の箱』を出している。
「確か『魔法の箱』は幻覚を見せるグッズでしたね。エナ王女は一体おれたちになにを見せて頂けるのですか?」ナイは問うた。それに関しては他の面々も興味が深々である。
「百聞は一見に如かずです。私はもったいぶらずに今すぐにお見せ致します」エナはそう言うと早速『魔法の箱』の蓋を開けた。この辺り一帯ではすると信じられないことが起きた。降雪が始まってエナたちのいる近辺だけに細氷という現象が起きた。
「すげー!綺麗だな!ん?でも、味はしないぞ。これはやっぱり幻覚だからか?」アマギは不思議そうにしている。ソウリュウはその隣で密かに必死になって笑いをこらえている。
「アマギさんはそれ以前に得体のしれないものを口に入れない方がいいんじゃないですか?まあ、そこらへんがアマギさんの大物たる由縁なのかもしれませんが」ナイは一人で納得をしている。
「うーん。ナイくんの言うこの得体のしれないものは雪じゃないかなあ?だけど、雪はふわふわのイメージを持っていたけど、どちらかと言えば、これは氷だね」テンリは推測した。
「確かにそうだ。おれは人間界で本物の雪を見たことはあるが、それとは違うみたいだな。テンちゃんはさすがにお利口さんだな。エナ王女は説明をして下さってもよろしいですか?」ソウリュウは聞いた。
「もちろんです。これはダイヤモンド・ダストと言って氷の結晶が大気中に浮遊しているのです」エナは解説を加ええてくれた。しかし、アマギはよく理解できていない。一方のドンリュウは瞬時に理解をした。
「なるほどでごわす。テンリどんと若様はやはりいい所をついていたのでごわす。それにしても、常夏の甲虫王国でこのようなものが見られるとは今でも信じがたいくらいでごわす」ドンリュウはすっかりと関心をしてしまっている。もっとも、それはテンリやミヤマやナイも同じである。
「大変にすばらしいものを拝見させて頂きました。ありがとうございます。エナ王女」トリュウは他の皆の分も込めて礼儀正しくもきちんとお礼を言った。エナはすると意外そうにした。
「あら、私はトリュウさまに勘違いをさせてしまったみたいですね。私は今からダイヤモンド・ダストをやめて雪を降らせるので、これからは皆さんで雪遊びを致しませんか?」エナは提案をした。
「やる!やる!おれはやりたいぞ!あれ?でも、雪遊びってなんだ?雪遊びはもしかして降ってくる雪を多く集めた虫が勝ちの遊びか?」知能レベルの低いアマギは妙なことを言っている。
「いや。降ってくる雪を集めるのは無理だ。幻覚とはいっても、触れれば、降ってくる雪は解けるはずだからな」ソウリュウは中々聡明な所を見せつけた。テンリはここで推測を述べた。
「それじゃあ、雪遊びは積もった雪で遊ぶってことかなあ?だとしたら、雪遊びは人形が作れたり、お家を作ったりもできそうだね」テンリはソウリュウに負けじと賢い所を見せた。
「そう。それだよ。テンちゃん。人形は雪だるまが定番なんだ。お家のことはかまくらというんだ。テンちゃんはやっぱりお利口さんだな。テンちゃんは食べちゃいたいくらいにかわいいから、おれはテンちゃんを食べちゃおう」ソウリュウはそう言うとテンリに向かって行って抱きつこうとした。
しかし、アマギからは『進撃のブロー』が飛んできたので、ソウリュウはなんとかしてそれを避けて自粛した。ソウリュウとアマギの戦いは本気だから、それはそれは恐ろしいものである。
滑稽なことだが、エナはダイヤモンド・ダストを雪に変えながらソウリュウによってかわいがられているテンリを密かに羨んでいる所は味噌である。それについては誰も気がついていない。
雪は10センチくらいも積もった。そのため、最初は話し合いの結果として無礼講の雪投げをすることになった。アマギはすでにテンションがマックスである。ミヤマは同じく大はしゃぎである。
「ほほう。おれはエナ王女にも雪をぶつけてもいいのか。それなら、おれは本当にやっちゃいますよ!くらえ!エナ王女!積年の恨み!」ミヤマはそう言うと二本足で立ったままエナに対して4つの雪の玉を連続して投げつけた。エナはすると左手を上方に向けた。ミヤマは不可解そうにしていたが、エナの前方にはすると雪の壁ができてミヤマの攻撃はその全てがその壁に阻まれることになった。エナは上から下へと右手を動かした。木にたまっていた大量の雪はするとミヤマの頭の上に降ってきた。
「あはは、ミヤマは相も変わらずに踏んだり、蹴ったりだな。エナ王女はしかも最強か?」アマギは笑いながらも的確な指摘をした。その隣ではテンリがミヤマのことを心配している。
「確か、今のエナ王女は最強のはずだ。『魔法の箱』は開けた者がマスターになり、その後は幻覚を見せられた者がそのマスターに圧倒されることになるはずだ」ソウリュウはしたり顔で解説をした。
アマギは以前にリュウホウが『魔法の箱』で『セブン・ハート』を使っていたことを思い出した。テンリたちの8匹はとにかく雪合戦を開始した。雪は幻覚だから、冷たくはなかった。
この遊びのマスターで王女でもあるエナはやりたい放題である。エナは吹雪を起こしたり、最後には雪崩を起こして他の7匹を圧倒した。乱暴だが、ここでのヒロインは他でもなくエナである。
しかし、エナには悪気はなくて最初から最後まで他の7匹も楽しそうにしていた。夢中になってたくさん遊んで日は暮れてきたので、テンリたちの8匹は今日の遊びをおしまいにすることにした。
「いやー!今日は色々あって楽しかったなあ。なんだか、おれはエナ王女にこてんぱんにされた記憶が強烈に残っているような気がするけど」ミヤマは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「おれはミヤマさんと付き合いは短いですけど、ミヤマさんはそういう星の元に生まれてこられたんじゃないですか?ミヤマさんは何をやっても笑われたり、逆に笑わせたりっていう」ナイはフォローをした。
「それはうらやましいでごわす。おいどんは鈍いだけで他の虫を笑わせるのは不得意でごわす」ドンリュウは言った。楽しいことがあった後とはいっても、ドンリュウはちょっぴりと沈み込んでしまっている。
「いや。十分だよ。ドンリュウは『迫りくるドンリュウ』とか言ってきちんと今日も笑いを取っていたじゃないか」ドンリュウとは仲のいいトリュウはドンリュウのことを庇った。アマギは「あはは」と笑った。
「あれは確かにおもしろかったな。もっとも、今日はずっと楽しいことだらけで最高の日だったけど」アマギは律儀にお礼を言った。「エナ王女は雪を降らせて楽しませてくれてありがとうな」
「いいえ」エナは謙虚である。「とんでもないです。こちらこそ一緒に遊んでくれてありがとうございました。今日は思い出に残るすばらしい一日でした」エナにとっては今日が一番はしゃぎ回った日だったのである。
「ぼくもそうだよ。話は変わっちゃうけど、ソウリュウくん達は国宝を盗んだんだよね?」テンリはソウリュウに対して兼ねてから聞きたかったことを尋ねた。「ソウリュウくんはそこから色々あって国宝をゴールデン国王に返還したって聞いたけど、国宝って結局はなんだったの?」
「うーん」ソウリュウは唸った。「それは難しい質問だな。ショシュンさんとジュンヨンくんからは口止めされているが、おれの大好きなテンちゃんからの質問なのだしたら、これはもう答えない訳にはいかないだろう」ソウリュウはそう言うと国宝がなんなのか、今まではどうして公表されなかったのかをあっさりと説明した。
「まあ」ソウリュウは言った。「説明はざっとこんなところだ。お別れの時間がそろそろ近づいてきたな。テンちゃんが『平穏の地』に住んでいることは知っているんだ。おれ達はまた何度でも会えるだろう。おれは顔が広いんだ。『平穏の地』にだって他の虫から『サークル・ワープ』を借りていつでも行ける。おっと」ソウリュウは思い出した。「テンちゃん達はその前に『極上の地』を目指しているんだったな? おれは皆の旅が無事に達成されることを祈っているよ」ソウリュウはおふざけは一切なしで真面目な顔をしたまま言った。ミヤマはそれを善意として受け止めることにした。ミヤマは「時折」と口を開いた。
「ソウリュウはいいことを言うよな。だけど、ソウリュウは顔が広いとはいっても、まさか、敬遠はされていないよな? ソウリュウは散々『トライアングルの戦い』の前に下らない選挙演説みたいなことをしていたから、おれは不安だよ」ミヤマはちょっと辛口である。しかし、ミヤマは真面目にソウリュウのことを心配している。ドンリュウは気を取り直しソウリュウのことをフォローすることにした。
「それは大丈夫でごわす。世の中にはたくさんのやさしい虫さんがいるから、若様の性格のよさはちゃんと皆が認めているでごわす。おいどんとトリュウとナイどんはその最たるものでごわす」ドンリュウは胸を張っている。ドンリュウはそれ程までにソウリュウのことを尊敬しているという訳である。
「それじゃあ、寂しいけど、ソウリュウ一家の皆とは束の間のお別れだね」テンリは純粋である。「今日は色々とぼく達によくしてくれてどうもありがとう」テンリは丁寧にお礼を言うのを忘れなかった。
「いやー!」ソウリュウは照れている。「おれ達は当然のことをしたまで」ソウリュウは喋りながらテンリのところへ行き抱きつこうとしたが「うおー!」と声を上げた。
アマギは『レンクス・ファイア』の炎でテンリとソウリュウの間に仕切りを作ったからである。これは今となってはもはやいつものパターンである。しかし、アマギは本当にソウリュウを倒そうとした訳ではない。
アマギはテンリとソウリュウの間にまだ30センチ以上もある時に炎を出したからである。なによりも、テンリにも『ダブル・ハート』が当たったら一大事である。
今日の運動会はこれにて閉幕である。ソウリュウ一家は軽い足取りで本拠地に戻った。シラツユにお礼を言うと、テンリとアマギとミヤマとエナの4匹は城に帰って行った。アマギはいついかなる時でも勝気な性格をしているので、ソウリュウ一家に勝利して浮き浮きだし、勝敗にはこだわらないテンリもテンリで充実した顔をして城へ帰って行った。ミヤマとエナは同様に満足そうである。
これは零れ話だが、甲虫王国の国宝はなんなのか、それはいずれ国の至るところで表沙汰になる。原因はおしゃべりなミヤマがうっかりと色々な虫に話してしまったことや普段から何も考えていないアマギが他の虫に対して口を滑らせて話してしまったことの二つである。
それを知ると、ソウリュウはまずかったかなと思ったが、国宝を隠そうとしたオーカーが自分の先祖なのだとしたら、オーカーはきっと許してくれるだろうという結論に至った。ソウリュウは能天気なのである。
次の日である。次の日とはすなわちテンリたちの4匹による冒険の新たな門出の日である。今日は弟であるアマギの旅立ちの日なので、兄のランギはテンリたちの見送りに来てくれている。
ただし、今はテンリとアマギとシナノの三匹しか外に集合していない。ミヤマはなぜか消失してしまっていた。つまり、新たなる冒険は出鼻からトラブルが発生してしまっている。
ランギはゴールデン国王を通じて城の中のどこかにミヤマがいないかどうか、調べてもらったが、ミヤマはそれでも見当たらなかった。実に摩訶不思議な事件である。シナノは「おかしい」と呟いた。
「ミヤくんは嫌気がさして私達の元を去って行ったとは考えられないし、もしも、城の中にいないのなら、ミヤくんは外のどこへ行ったのかしら? テンちゃんとアマくんがミヤくんのことを最後に見たのはいつだった?」シナノは知的にミヤマの行方を追っている。「その時はどんな様子だった?」
「ぼくとアマくんがミヤくんを最後に見たのは寝る前だよ。ちゃんと『おやすみ』も言って普段と変わったところはなかったよ。ぼくとアマくんが起きてからミヤくんがいなかったということはアマくんとぼくが熟睡している間にミヤくんはいなくなっちゃったということになるね」テンリは冷静になってシナノと問答をした。
「シナノちゃんとテンリくんは論理的に考えてしっかりしているな。うちの弟とは大違いだ。しかし、すまないな。声かけは今『秘密の地』にも行き渡っているから、ミヤマくんは直に見つかるといいのだが」ランギは戦闘に強いだけではなくしっかりと仕事もこなすことのできる逸材なのである。
「今のラン兄ちゃんはちらっとおれのことをバカにしたな? だったら、おれもナノちゃんとテンちゃんみたいに論理的に考えてみるとしよう。もし、ミヤが見つからなかったら、出発は明日に延期しよう。それでも、見つからなかったら、ミヤはお亡くなりになられたんだ。ご愁傷様です。ミヤは誰かに暗殺されたのだとしたら、犯人がいるはずだ。って」アマギは不意に「うわー!」と言ってひっくり返った。なぜか、ミヤマはアマギの体の下から湧き出てきたからである。これにはさすがのテンリとシナノもびっくりである。
「はあ」ミヤマは吐息をついた。「おれはやっと解放された。おれはもう少しで死んでいるところだったよ」ミヤマはすっかりとげっそりしてしまっている。それを聞くと、ランギは少しばかり心配になった。それはテンリも同様である。テンリは「えー!と声を上げた。
「ミヤくんは死んじゃうところだったの? ミヤくんはどんな修羅場を潜り抜けてきたの? 一体」テンリは過敏に反応している。ただし、アマギはあまり動じていない。アマギは完全に楽観視している。
「まさかとは思うが、ミヤマくんは革命軍の残党の人質として誘拐されていたとか、そういう話か?」ランギは質問した。そのことはランギがずっと心配し続けていたことだった。
「それはないと思うぞ」アマギは茶々を入れた。「ミヤには人質の価値はないからな」アマギはすでに起き上がっている。アマギは全く以ってミヤマのことを心配していない。ミヤマは「そうそう」と頷いた。
「おれなんかは屁の役にも経たないから、人質としての価値はないさ。って」ミヤマは続けた。
「あるわ!」ミヤマはつっこんだ。「おれだって『トライアングルの戦い』で活躍していたし、こんなにも皆に愛されているじゃないか! アマはそれを忘れないでくれよ」ミヤマはどさくさに紛れて図々しいことを言っている。シナノは半ば無視して「それで?」と話を促した。
「話を戻らせてもらうけど、ミヤくんは今までどこで何をしていたの? 私達は皆が心配していたのよ」シナノは聞いた。ミヤマはすると真面目な顔になって事の顛末を話し始めた。
これは昨夜のことである。アマギとテンリと同じ部屋で寝ていたら、ミヤマは何者かによって『サークル・ワープ』で『平穏の地』へと連れて行かれてしまった。
強制送還されたミヤマは寝ぼけ眼で状況を窺うと自分はおじいちゃんとおばあちゃん連中に取り囲まれているということに気がついた。このおじじとおばばの連中は久しぶりの登場だが、ミヤマが手を焼かされ引っ越しを決意した大元たちである。ミヤマは自分のファンであるじいさまとばあさまの一団によって「今夜はオール・ナイト・フィーバーだぜー!」と言われ『トライアングルの戦い』での活躍を祝福されなぜか真夜中にダンスを披露させられていた。ミヤマにとっては傍迷惑なことこの上なしである。だから、ミヤマは疲れ切っているのである。アマギは「あっはっは」と爆笑している。
「ミヤは存在自体がおもしろいやつだな」アマギはミヤマの話を聞き終えると能天気に言った。「皆は心配してたけど、ミヤのことだから、おれはどうせそんなことだろうと思っていたよ」
「笑いを取れるところは確かにミヤくんのすごいところだけど、嫌々なところはかわいそうだね。ミヤくんにとっては運動会の後の出来事だし」テンリはきちんとした心配りを見せた。
「なんにしても」シナノは同様に気を配った。「ミヤくんは無事でよかった。精神衛生上は無事と言ってもいいのか、わからないけどね。ミヤくんは寝不足だから、旅の続きは明日からにする?」シナノは問いかけた。テンリとアマギはどちらでもよさげである。ミヤマは「ああ」と応じた。
「その点は大丈夫だよ。一夜くらいなら、おれは徹夜しても大丈夫だからな」ミヤマは突如として変なことを言い出した。「おれはそれよりも竜が見たい」竜とはなんのことなのか、テンリとアマギとシナノはわかりかねた。しかし、たった一匹だけは会話の輪の中に入ってはいなかったが、意味の通じた虫がいた。
「わかった」ランギは了承した。「おれは皆の旅の景気づけに登り竜を見せよう」ランギはそう言うと天空に向かって突然『ギャラクシー・ソウル』を放った。この場には雷の刃と炎の体を持つ竜が出現した。
「すげー!」アマギは興奮している。「ラン兄ちゃんはこんなこともできたのか! おれはドラゴンなんて初めて見たぞ!」アマギは天に上る竜をどこまでも見上げた。
脳あるタカは爪を隠すというが、ランギは弟にも竜を見せたことがなかったのである。
「オウギャクを倒した奥義は確か今の技だったはずね」シナノは言った。「私もすごいびっくりした」
コメントは特に何もしなかったが、テンリは目をキラキラさせて竜を眺めていた。
「そうなんだよ。おれは噂を聞いた時からずっと見せてもらいたいと思っていたんだ。ランギさんは本当にありがとうございます」ミヤマはお礼を言った。ミヤマは十分に満足することができた。
「いや」ランギは落ち着いている。「大したことじゃないから、例には及ばない。それじゃあ、おれは皆がアルコイリスに無事に辿り着けることを祈っている。おれは口下手だから、皆にはそれしか言えないが、革命軍の残党もいる。もしもの話だが」ランギはアマギの方を見てから言った。「襲撃を受けた時は頼んだぞ」ランギは真面目な顔をしている。アマギは「うん」と頷き笑顔になった。
「任せてくれ」アマギは自信満々である。「おれは何があっても皆を助ける」アマギは笑顔を崩さない。なんといっても『トライアングルの戦い』で成長したことも自信を持てるようになった要因の一つである。
「アマくんはやっぱりやさしいね」テンリは評価した。「ランギお兄ちゃんは竜とやさしい言葉をありがとう」テンリは「また会える日までバイバーイ!」と言うと他の三匹と一緒に次の地に向けて出発した。
ランギはテンリたちの新たな門出を暖かい目で見送った。テンリたち一行は二日後に『宮殿の地』から『遊戯の地』に到着した。そこでは意外な虫と遭遇することになった。その男は「イエ~イ!」と言った。
「お久しぶりにお会いできてうれしいで~す。おれはずっと待っていた甲斐がありまし~た。皆さんはお元気そうなので、なによりで~す」男は言った。特徴的なしゃべり方でわかるかもしれないが、テンリたちが遭遇したのは好事家のセンダイだった。アマギは「おお」と言葉を漏らした。
「本当に久しぶりだな。センダイくんも元気そうだな。でも」アマギは珍しくもきちんと筋の通った質問をした。「センダイくんはなんでおれ達がここへ来ることがわかったんだ?」
「口を挟んで悪いけど『宮殿の地』からアルコイリスを目指すとして寄り道をしなければ、私達はここを通ることになると予測したんじゃないかしら? センダイくんはどうして私達のことを待っていてくれていたの?」シナノは淀みなく話を進行させた。センダイはそれに応じた。
「シナノさ~んはさすがに頭の回転が速いです~ね。おれがこの場所に皆さ~んがやって来ると予測した理由はそのとおりで~す。要件はあと二つあります~が『シャイニング』のことがテンリさん達だということがわかったので、おれは国を救って下さったお礼を直接に言わせてほしかったので~す。『トライアングルの戦い』での活躍はすばらしかったで~す。おめでとうございま~す」センダイは丁寧にお礼を言った。「どうもありがとうございま~す」センダイの要件の一つはこれで満たされたことになった。
「センダイくんはやっぱりやさしいな。センダイくんはわざわざおれたちのことを何日も待ってくれていたんだろう? それじゃあ」ミヤマは直球勝負で聞いた。「もう一つの要件っていうのはなんだい?」
「皆さんはせっかく『遊戯の地』にいらっしゃったので、その件は少しだけ遊んでからお話させてもらいま~す。例えば、この地においてはこんなこともできま~す」センダイはそう言うとミヤマに向かってレーザー・ビームを放った。ミヤマの姿はすると見当たらなくなってしまった。テンリは「わー!」と言った。
「ミヤくんは消えちゃった! ミヤくんは死んじゃった訳じゃないよね? ミヤくんはどこへ行っちゃったの?」テンリはびっくりしてしまっている。しかし、アマギには全く動じた様子はない。
「おれはどこにも行ってないよ」ミヤマは言った。「おれはずっとここにいるよ」
目には見えないが、どこからか、ミヤマの声はしている。よく目を凝らしてみると、テンリとシナノは小さくなったミヤマの姿を発見した。ミヤマはニッコリして手を振った。
「あのレーザーはやっぱりすごいな!」アマギは飄々としている。「ミヤがアイラちゃんみたいになってる。まあ、存在感はいつものミヤと変わらないけど」アマギは意外と毒舌である。
『運動の地』では自分がこのレーザーを浴びていたが、アマギは他の皆に詳細を話していなかったのである。ミヤマは「そうか」と得心が行った様子である。
「あの時のアマはこうやって小さくなっていたんだな。ありがちだな。それにしても、これはおもしろいな。でも、おれは踏み潰されそうで怖い。って」ミヤマは「あれ?」と不思議そうにした。ミヤマは飛び回っている時に割と太い枝に触れたのだが、その枝はかなり遠くに飛んで行ってしまったのである。
「へ~い」センダイはノリノリで説明した。「ミヤマさ~んはお気づきになられました~か? 『スモール・レーザー』のすごいところは体が小さくなっても力は大きい時のままということなので~す」
「そうだったのか。それじゃあ、アマに提案だけど、アマは今のおれと真剣勝負をしないかい?勝負の方法は戦いだ。もちろん」ミヤマは言った。アマギとミヤマの対決は久しぶりである。
「うん」アマギはいとも簡単に答えた。「おれは別にいいぞ」
これは見ものなので、テンリとシナノも注目している。テンリの「レディー・ファイト!」という描け声でアマギVSミヤマの勝負は始まった。ミヤマはどこにいるのか、わからないので、アマギはミヤマの出方を待った。ミヤマはすると先手を打ってきた。
木の枝が浮いたかと思ったら、ミヤマは思いっきりアマギの角と体に打撃を与え自分自身も体当たりをした。それを受けると、アマギはふらついた。今のダメージはさすがのアマギでも大きかった。
ミヤマの『大車輪』はそこへ炸裂した。つまり、小さなミヤマはアマギがふらついているのをいいことにアマギの角をつかみ前転の要領で一回転しアマギを投げ飛ばして見せたのである。
このまま倒されたら、アマギの負けだが、そうはならなかった。そればかりか、アマギは体勢を立て直し自分の角についていたミヤマを見据えて角を素早く動かした。ミヤマはそれによって振り払われてしまったが、激しいアマギの攻撃は全てミヤマにかわされてしまっている。
チョウのようにひらりと舞うミヤマに手こずっていても埒が明かないので、アマギは少しミヤマから距離を置きミヤマのことを『急撃のスペクトル』の残像で取り囲んだ。
アマギはミヤマの後ろから角を振り下ろしたが、ミヤマはそれを自分の顎でブロックした。ただし、次の瞬間には勝負がついていた。アマギはまたもやミヤマの後ろに回り込んでいた。アマギはするとミヤマのことを角で右へ払った。勝負はこれにて終了である。アマギの打撃は強力なので、ミヤマは哀れなことにもあっさりと地面へ落下して行ってしまった。それを見ると、センダイはアマギとミヤマの健闘を称えた、
「へ~い」センダイは拍手した。「すばらしいで~す。かの有名な『シャイニング』の戦いを生で見られるとはおれも相当な幸せ者で~す。ミヤマさ~んは大丈夫で~すか?」センダイは「今『スモール・レーザー』で元の大きさに戻しま~す」と言うともう一度『スモール・レーザー』をミヤマに向かって使用した。
ミヤマはその結果として元のサイズに戻った。この『スモール・レーザー』の光線は放っておいても、元の大きさには戻るが、このようにしても元の大きさには戻れるようにできている。
「やれやれ」ミヤマは吐息をついた。「おれは自分でケンカを売っておいてなんだけど、アマに勝てるはずはなかったな。アマは手を抜いてあれだもんな」ミヤマは達観した様子である。テンリはそれを微笑ましく見つめている。ミヤマはアマギのことを尊敬していると再確認できたからである。
「ミヤは別に落ち込むことはないぞ」アマギはフォローした。「最初は『セブン・ハート』なんて使わなくても勝てるかと思っていたけど、本気とまではいかなくても真剣にやっていなければ、おれはミヤに負けていたかもしれないもんな。どっちにしろ、いい勝負だったよ」アマギはきちんとお礼を言った。「ありがとう」
「アマくんとミヤくんは戦ったら、すごく強いから、ぼくたちはこれからの旅も安心できるね」テンリは素直にアマギとミヤマの二匹のことを賛辞した。「アマくんとミヤくんはよくがんばったね」
「そうね」シナノは賛同した。「私なんて二人の動きが早すぎて見えなかったくらいだった。見たところ『スモール・レーザー』以外にも遊び道具はあるけど」シナノは聞いた。「センダイくんのオススメはある?」
「へ~い」センダイは応じた。「それはもちろんありま~す。例えば『マグネット・ベルト』なんかもおもしろいで~す」センダイはそう言うとベルトを腰に巻き傍にあった30センチくらいのトンネルへ向かってトンネルの中の壁を上り出して見せた。これにはテンリたちの4匹もびっくりである。
「すごい!」テンリは感心している。「木を登るのは簡単だけど、つるつるで爪を引っかけるところがないのに、センダイくんは登ってる! 磁石みたいだから『マグネット・ベルト』っていうんだね?」
センダイはさらに逆さになって天井も歩き出したので、テンリたちの4匹は大いに驚いた。
「へ~い!」センダイは陽気である。「これらはまだまだ『遊戯の地』の序の口ですが、今はとりあえずこんな感じで皆さんも遊んでみます~か?」センダイは提案した。
テンリたちの4匹はすると嬉々として『マグネット・ベルト』で遊びまくった。テンリたちはまだ全員が10代なのである。テンリはやがてあることに気がついた。
「ねえ」テンリは呼びかけた。「確かに『マグネット・ベルト』は忍者の道具としても役に立つけど、ぼくたちはイワミさんにもこれを使ってもらったら、どうかなあ?」テンリは十分に楽しみながらも提案した。
「おお」ミヤマは感心した。「テンちゃんはさすがにアイディア・マンだな。ただ、これにはナノちゃんとセンダイくんに説明が必要だな」ミヤマはそう言うとネコのイワミという女性についての話をした。
イワミはテンリの父であるテンリュウと面識があったので、テンリはイワミのことをよく知っている。『危険の地』というところにいたテンリとアマギとミヤマは以前にそのおかげで命拾いしていた。『マグネット・ベルト』はどこで出てくるのかというと、イワミの夢は高い木に登ることなのである。つまり『マグネット・ベルト』を使えば、イワミの夢は叶うという訳である。話を聞き終えると、シナノは納得した。
「なるほど」シナノは言った。「それなら、イワミさんも安心して木に登れそうね。でも」シナノはきちんとした気遣いを見せた。「センダイくんにはその前にもう一つの要件があったのよね?」シナノは細やかな配慮ができる女の子である。センダイはそれに応じた。
「へ~い!」センダイは明るい調子で言った。「さすがはシナノさ~んで~す。シナノさ~んはちゃんと覚えていてくれたのです~ね?ありがとうございま~す。用件は簡単なことで~す。『芸術の地』はリニューアル・オープンしたので、おれはぜひとも『シャイニング』の皆さんにも見て頂こうと思ったので~す」
「そうか。それじゃあ、次はこうしよう」ミヤマは言った。「テンちゃんとアマは『危険の地』に行ってイワミさんの夢を叶えるんだ。おれとナノちゃんはセンダイくんに『芸術の地』に連れて行ってもらおう」
「そうね。『危険の地』に私がついて行ったら、敵襲を受けた時の邪魔になるだけだろうし、その方が効率的かもしれない」シナノはさすがの判断能力を見せた。アマギは一流のアスリートの如くすでに『危険の地』に入るに当たっての準備を始めている。アマギは敵襲を受けた時のことを想定している。
「イエ~ス!」センダイは言った。「おれも了承しまし~た。『危険の地』は文字のとおり危険だから『スモール・レーザー』を使ってこっそりとネコさんに会いに行くのも一つの手ではありません~か?」センダイは聞いた。テンリは「それはいいことだね」と前向きに評価した。
「それじゃあ」テンリは頼んだ。「センダイくんは『スモール・レーザー』でぼくのことを小さくしてくれる?」
センダイはそのとおりにした。テンリを守れる自信はあるし、そんじゃそこらの動物にもさらさら負ける不安のないアマギはそのままの姿で『危険の地』に行くことにした。
テンリとアマギの二人が小さかったら、イワミはどこにアマギとテンリがいるのか、わからないということも十分に考えられるからでもある。それはシナノも気づいたことである。
「よっしゃ!」ミヤマは気合を入れた。「万事はこれで解決だ。アマはしっかりとテンちゃんを守ってくれよ。アマとテンちゃんは必ず生きて帰ってきてくれよ」ミヤマはしっかりと仲間の心配をしてくれている。
「うん」テンリは首肯した。「ミヤくんは心配してくれてどうもありがとう。センダイくんはいてくれるから、大丈夫だとは思うけど、ミヤくんとナノちゃんも気をつけて行ってきてね。それじゃあ」テンリは「またね」と言うと『危険の地』に繋がる『サークル・ワープ』に入って行った。アマギはそれに続いた。ミヤマ・サイドはセンダイを先頭にして別の『サークル・ワープ』にて『芸術の地』へ向かった。
こちらはテンリ・サイドである。今は『スモール・レーザー』の効果が切れた時のためにアマギが『ポシェット・ケース』をつけてその中に『スモール・レーザー』を入れて歩いている。テンリは言うまでもなくおっかなびっくりだが、アマギは意気揚々としている。アマギは何も考えていないのである。
「それにしても」アマギは二足歩行している。「おれ達はすぐにイワミさんに会えるといいんだけどな。居場所がわからないんじゃあ、無駄足を踏んでばっかりっていう可能性もあるよな?」アマギは聞いた。「テンちゃんはそう思わないか?」アマギに話を振られると、テンリは「うん」と応じた。
「そうだね」「テンリは続けた。「イワミさんはましてやたまに『危険の地』を出ることもあるから、それだったら、タイミングは最悪だね。でも、やさしそうな動物さんがいたら、ぼくたちはその動物さんに話を聞いてみようね」テンリは言った。テンリとアマギはそうしながらも目を皿のようにしてあたりを見回している。
「そうするか」アマギは笑顔である。「テンちゃんの考えることはやっぱりやさしいな」その数分後にアマギの笑顔は消えることになる。それは絶対に会いたくない相手と会ってしまうからである。
「そういや」アマギはふと思い出したようにして言った。「おれとテンちゃんとミヤの三人で『危険の地』にきた時はすごい大変な目にあったよな? ヘビとか、タカとかと戦ったし」
「うーん」テンリはやんわりと言った。「ぼくたちは確かに大変な目にはあったけど、アマくんはヘビとタカじゃなくてカエルとカラスと戦ったんだよ」テンリはしっかりと訂正した。アマギの記憶力はやはり非常に低い。アマギは気に留める様子もなく「あはは」と笑った。
「そうだったっけ」アマギはいい加減である。「おれはやっぱり記憶力が悪いから」アマギは「危ない!」といい咄嗟に『急撃のスペクトル』で前方からの敵襲を避けた。アマギはさすがの俊敏性である。
「どこかで見たことのある顔だと思ったら、いつかの三人組の一人じゃないカー!」現れたのはちょうどテンリとアマギが話題にしていたオスのカラスである。「あの時の恨みは今も忘れていないぞカー!」
一応は紹介しておくと、このカラスはカラス丸というのが本名である。カラス丸には幸いにもまだ気づかれていないので、テンリはその間にこっそりと横に退いた。アマギは臨戦態勢に入った。
「まったく」アマギはため息をついた。「おれ達がいくら話をしていたからいってご本人が現れなくてもいいだろう」アマギは余裕である。「まあ、今のおれなら、前回みたいな小細工をしなくても負ける気はしないけど」アマギには微塵も動揺が見られない。「秘密の地」にてキリシマを倒しショシュンとランギから戦闘の教えを受けたからこそのアマギのこの自信である。一度はかわされたが、カラス丸は再びアマギを襲った。しかし、攻撃はそれもかわされそのまた次の攻撃もかわされてしまった。
「なんだカー?」カラス丸はたった三回の攻撃をしただけですでに焦れてきている。「おれの攻撃はなぜかわされているんだカー? これじゃあ、埒が明かないじゃないカー!」カラス丸は短気なのである。
「おれはなんで避けられるかって?」アマギは聞き返した。「それはカラスに無駄な動きが多くてスピードが遅いからだよ」アマギは相も変わらずに余裕綽々である。しかし、その言葉はカラス丸の怒りを爆発させた。
カラス丸は今までとは桁違いのスピードでアマギを攻撃しそれを避けようとするアマギを当てずっぽうでついに捕らえた。アマギの方はそのカラスの嘴を自分の角で防御した。
アマギは本気を出すことにした。アマギは『進撃のブロー』でカラス丸を正面から攻撃した。カラス丸はなんとかしてそれをギリギリのところで避けた。まさか、鎌風が飛んでくるとは思っていなかったので、カラス丸は驚きである。カラス丸はそれでも怯むことなく大口を開けてすぐさまアマギのことを食べようとした。
アマギはそれを避けまたもや『進撃のブロー』を放った。今度はカラスの翼に鎌風をかすらせた。アマギVSカラス丸の戦いは一進一退で続いて行った。虫のアマギはカラスを相手にしているのである。
小さくなっているテンリはアマギの邪魔にならないようドキドキしながらもきちんとアマギを見守っている。アマギのことは十二分に信頼しているが、そんなことはなければいいとはいえ、逃げた方がいいと思ったら、テンリにはいつでもその声かけをする準備がきちんとできている。
その頃のミヤマとシナノは何事もなく『芸術の地』にやって来ていた。せっかくなので、センダイはギターを持ってきて陽気に歌と演奏をミヤマとシナノのために披露してくれた。
ミヤマとシナノはそのおかげですっかりとリラックスすることができている。いつもそうだが、センダイは楽しそうにして歌うので、なんだか、見ている方も楽しくなってくるのである。
センダイは根っからの遊び人である。遊ぶことの重要性を教えてくれるというのがこのセンダイという虫なのである。だからこそ、この地のマスターであるサシマもセンダイを気に入っている。
「イエ~イ!」センダイは言った。「ミヤマさ~んとシナノさ~んはありがとうございまし~た。それではこの『芸術の地』において本物のアートというものをお見せしましょ~う」センダイはそう言うと歩き出した。ミヤマとシナノはその後ろに続いた。センダイとミヤマとシナノの三匹はやがて大きな建物に到着した。
「へ~い!」センダイは陽気に言った。「ご覧下さ~い! この『芸術の地』には新たに美術館が建築されたので~す。この中には選りすぐりの作品が展示されているので~す。早速にご覧になって下さ~い」
ミヤマたちの三匹は美術館の中に入って行った。ミヤマとシナノはワクワクしている。そこにあったのは人物画や風景画ではなくアーティスティックな絵だった。そこにはそういったものが順路にそって飾られていた。シナノはしげしげと観察している。ミヤマはしたり顔で「はは~ん」と言った。
「これは見る虫が見れば、すばらしいけど、わからない虫が見れば、全く理解できないというやつだな。おれも描いて飾ってもらおう」ミヤマは「腕がなるぜ!」と言わんばかりである。
センダイは本当にペンと紙を持ってきてくれた。センダイはやさしいのである。
「ミヤくんは野心家ね」シナノは間を持たせた。「私にはどれも描けそうもないけど、こういう絵を描く虫さんはすでにある作品を見てそれに刺激を受けてそれを真似て描いているのかしら?」
「シナノさ~んはさすがに着眼点がすばらしいで~す。確かにできあがった他の虫さんの絵を見て自分も描いてみようとする虫さんもいま~す。しかし、こういうものがあるとは知らずに思い浮かんだものをさらさらと描きあっという間にアートを生み虫さんも少なくはありませ~ん。それはもはや天才と言ってもいいかとおれは思いま~す」センダイは論評をした。ミヤマは「確かに」と口を挟んできた。
「おれも半ばその中の一人だから、絵はもうできあがったよ。おれの作品を見てくれるかい?」ミヤマは「ほら」と言うと自分の絵を見せた。その絵はぐちゃぐちゃすぎてもはや何が描かれているのかすらもよくわからなかった。ミヤマは前回『芸術の地』を訪れた時のようにして絵の下手さを露呈した。
「誰もつっこむ虫さんがいないから、私はあえてつっこませてもらうけど、これはアートというよりもペンを適当に動かしてできただけの絵のように見えるのは私だけかしら?」シナノは酷評をした。
「え?」ミヤマは意外そうである。「そうかい? まあ、ナノちゃんがそう言うんだから、それは真っ当な考えかもしれないな。まさかとは思うけど、センダイくんもそう思うかい?」ミヤマは軽い調子で聞いてみることにした。センダイは「そうです~ね」と考え込んだ。
「難しいところですが、この絵にはミヤマさ~んの心意気がこもっているので、おれとしてはぜひともこの美術館に飾らせてもらいたいで~す」センダイはすごく親切なことを言っている。
今や甲虫王国で有名な『シャイニング』のメンバーの一人が描いたというだけでミヤマの描いた絵はそれなりにプレミアものになるのである。センダイはそういう訳でミヤマから絵を譲り受けて順路に沿って再び歩き出した。ミヤマとシナノはそのあとに続いた。ミヤマはここで「あれ?」と異変に気づいた。
「ここらへんは絵が飾られていないけど、これはどういうことだい? しかも」ミヤマは遠くを見渡しながら言った。「見たところ、この先は遥か向こうまで何もない廊下が続いているじゃないか」
「それは確かにそのとおりで~す。ですが、少し先へ進めば、おもしろいことが待っています~よ。こうご期待というやつで~す」センダイは動じることなく明るく言った。ミヤマはそれに応じた。
「そうなのかい? それなら」ミヤマは二本足で立ち拳で自分の掌を叩いた。「ナノちゃんには悪いけど、おれは切り込み隊長として下見をしてくるとしよう!」ミヤマは好奇心を刺激されている。
シナノはなんとなく懐疑心を抱いている。しかし、ミヤマはシナノからしっかりと許可を貰うと羽を広げて先へ進んで行った。そうかと思えば、ミヤマは「ぐへー!」という声を出してそのまま落とし穴に入ってトランポリンの上で「ポヨン・ポヨン!」と飛び跳ねることになった。シナノは「え?」と言った。
「どういうこと? ミヤくんにケガはないかしら? ミヤくんは心配だけど、そういうことね。これはトリック・アート(トロンプ・ルイユ)というものね」シナノはすばらしい思考能力を発揮した。
センダイはシナノの博覧強記ぶりに驚いた。シナノとセンダイはやがてトランポリンの上で飛び跳ねているミヤマのところにやって来た。ミヤマはなんとなくバツが悪そうである。
「トランポリンがあるとはいえ、ミヤマさ~んはご無事です~か? おれがついつい余計なことを言ってしまったせいで申し訳ありませ~ん」センダイは責任感を持ってしっかりと謝罪の言葉を口にした。
「いや」ミヤマは取り成した。「別にいいよ。おれは自業自得だし、こういうのには『運動の地』で慣れたから、ケガも特にしていないし」ミヤマは「やれやれ」という様子である。「それにしても、騙し絵とはやられたな」ミヤマとシナノは騙されていたが、先程の場所からはもっと先へ行けるように見えるが、本当はミヤマが突進して行った先は奥行きがあるように見えるだけのただの壁だった。
シナノとセンダイの二人はミヤマのいる地下室に入ることにした。そこには階段がある訳ではなかったので、シナノとセンダイの二人は羽を使って地下に舞い降りた。
「トロンプ・ルイユとは深いもので騙し絵の中にも種類があるので~す。ミヤマさ~んの騙されてしまった先程の絵は3Dアートというもので~す。これなんかもまた3Dアートで~す」センダイは地下に入ってから間もなくして最初の絵を指さしながら説明してくれた。シナノはそれを見て「そのようね」と言った。
「初めは私も騙されてこの作品は絵じゃないのかと思った」シナノは感心している。ミヤマはまじまじと観察しているが、問題になっている絵は確かに浮き上がって見える。
どんなトリックを使ったのかというと、額縁も手描きになっているので、その上に書かれた虫は飛び出して見えるのである。センダイはミヤマとシナノの反応に満足そうである。
ほとんどアートとは無縁だったシナノとミヤマには驚きの連続である。そのため、いつもこの館内をお客さんに案内する時のセンダイは満足そうにしている。センダイは幼心の持ち主なのである。
『芸術の地』はとにかくそれ程までにパワー・アップしているのである。ミヤマとシナノはやがてそのことについてこれからも十二分に知ることになる。センダイにとっては思う壺である。
その頃のテンリ・サイドではアマギVSカラス丸の戦いが佳境に入っていた。高速移動で動くアマギとカラス丸の戦いは一進一退が段々とアマギの方が優勢になって来ていた。
「勝って兜の緒を締めろ」というが、アマギは十分に勝利への手ごたえを感じてきている。しかし、アマギにとってはここにきてとんでもないトラブルが発生することになってしまった。
なんと『スモール・レーザー』の効果が切れ、テンリは元の大きさに戻ってしまったのである。アマギはともかくテンリもアマギの戦いに夢中でそのことを忘れてしまっていた。
「およ?」カラス丸は言った。「もう一匹はいつの間に現れたんだカー? だが、あっちの方が弱そうだから、あっちを先に片づけるとするカー!」カラス丸はそう言うとテンリの元へ向かった。
アマギはそれを許す訳もなくカラス丸に対して『進撃のブロー』を放ったが、カラス丸はそれをひらりと避けて見せた。カラス丸は意外と戦闘能力が高いのである。
「アマくんは『スモール・レーザー』をお願い!」テンリは懇願した。「ぼくはアマくんの戦いの邪魔をしてごめんね」テンリはそう言いながらもカラス丸から離れアマギの近くへと飛んで行った。しかし、それは遅かった。テンリはカラス丸の嘴で薙ぎ払われてしまった。テンリはあっけなく吹き飛ばされた。
「やっぱり、そうカー! こっちはザコだカー! 早速に食ってや」カラス丸は「なんだカー?」と言って不思議そうな顔をした。アマギはテンリにもう一度『スモール・レーザー』を使用したので、テンリはまたもや元のミニ・サイズになることができた。カラス丸はキツネにつままれたような顔をしている。
「あー! ちくしょう! どういう訳か、わからないが、逃げられたカー!」カラス丸は鬼の形相になった。「おれはもう怒りの限界だカー!おれの堪忍袋の緒は切れたカー! おれはなんとしてでもカブトムシを食ってやるカー!」カラス丸はそう言うとアマギの元へ飛行した。空を飛んでいたアマギは急に下降を始め静かに地面に降り立った。カラス丸はもしやアマギにも体力の限界がきたのかと思った。カラス丸は大いに喜びアマギのところへ向かったが、勝負はすでにその時点でついていた。テンリはその時を確かに見届けた。
アマギは何も疲れたから、地面に降り立ったのではなかった。着地したのは最初から角を地面にこすりカラス丸に対して新技である『レンクス・ファイア』という炎の刃を使用するためだったのである。
「今までは手を抜いてやっていたけど、カラスの負けは戦闘の意志のないやさしいテンちゃんを傷つけた時点で決まっていたんだよ。カラスはまだ抵抗するようなら、抵抗してもいいけど、本気を出せば、おれはもっと強いぞ!」アマギは炎を必死に消そうとしているカラス丸に対して聞いた。「どうする?」
「わかったカー!」カラス丸は急に低姿勢になった。「熱ちち! 認めてやるカー! おれの負けだカー! おれは白旗を振ってやるカー! だから、止めはもう刺さないでくれないカー!」
「アマくんはやさしいから、これ以上の抵抗をしなければ、カラスくんには本当に何もしないよテンリはアマギの傍で隠れながら親友であるアマギに対して形式的に「ね?」と確認を求めた。アマギは「ああ」と応じた。「でも、おれはテンちゃんを守り切ってあげられなくってごめんな」アマギは戦闘中とは違って明らかに弱々しい声になっている。「おれはテンちゃんにケガを負わせちゃったかな?」
「ううん」テンリは平気である。「ケガはしてないよ。アマくんは心配してくれてありがとう。でも、ぼくの方こそアマくんの戦いの邪魔をしちゃってごめんね。折角の機会だから一応は聞かせてもらうけど、カラスくんはイワミさんっていうネコさんのことを知ってる?」テンリは聞いた。「イワミさんはメスのネコさんだよ」テンリに聞かれると、カラスは一度「そんなやつは知らないカー」と答えた。
「いや」カラス丸は訂正した。「知っているカー! もし、よかったら、おれはお詫びの印としてイワミさんのところへ連れて行ってあげてもいいカー!」カラス丸は申し出た。「どうするカー?」
「よし」アマギは即決した。「それじゃあ、イワミさんの居場所を教えてくれよ。なんだ。カラスにもいいところはあるじゃん。カラスは早速に案内してくれ」アマギは一応の牽制球を投げておくことにした。「言っておくけど、不意打ちしようとしたら、カラスには倍返しで攻撃が帰ってくるから、そこのところは肝に銘じておいてくれよ」アマギに言われると、カラス丸は「わかっているカー!」と応じた。
「まったく」カラス丸は吐息をついた。「呆れるカー! お前は高がカブトムシのくせしてどんだけ強いんだカー! おれは信頼されていないみたいだが、仁義は通すカラス丸だカー!」カラス丸は胸を張っている。
テンリとアマギの二匹は倒したカラスに連れられてイワミのいるという場所へ向かった。カラス丸はテンリがいなくなったり不意に現れたりする理由を聞いてきたが一応はアマギの提案でそれは秘密にしておくことにした。ここはやはり「勝って兜の緒を締めろ」という訳である。
テンリたち一行はやがて目的地に到着したが、そこにいたのはネコのイワミでなく巨大なイノシシだった。カラス丸とそのイーノーというイノシシは旧知の仲というおまけつきである。
カラス丸はテンリとアマギをまんまと騙しイーノーによってテンリとアマギの二匹をやっつけてもらおうとしていたのである。テンリとアマギにとっては絶体絶命の危機である。
騙しと言えば、3Dアートだけではなくメタモルフォーシスや隠し絵やタイリング・アートといったように他にも多彩な種類が存在している。そのいくつかはこれからセンダイが紹介してくれることになる。『芸術の地』の職人により『芸術の地』にできた美術館は新たに作られたものであり上記のとおり地下にまでアートな作品が飾られている。実のところ、この建物は二階建てになっている。
じっくりと芸術作品を見られるので『芸術の地』は今や観光スポットとして人気が急上昇中である。それはミヤマとシナノの感嘆ぶりを見ても納得できることである。センダイは説明している。
「こちらの作品はメタモルフォーシスと呼ばれるもので~す」センダイは言った。「普通にみると意味が不明ですが、斜めから見ると意味のあるものが浮かび上がってゆくことになるので~す」
「なるほど」シナノはあえて正面から見て横に引き延ばされたネコの顔の絵を見ながら得心している。「狭い廊下の壁に大きな絵を描く時にわざと引き延ばして描くと斜めから見て普通に見えるということね」
人間界にて車の走る路面に字を書く時に運転手は常に斜めから路面を見ているので、このメタモルフォーシスはその場合にも使われている。ミヤマは二本足で立ち腕組みしている。
「世の中には色々と考える虫や人がいるんだな」ミヤマは白々しいことを言って偉そうにしている。「この発想はアーティストのおれにもなかったよ。さてと、次の作品を見せてもらうことにするか」
次にミヤマたちのやって来たところは隠し絵のコーナーである。今までの作品に負けず劣らず隠し絵もなんとも妙趣に富む作品群である。つまり、隠し絵はどれも立派な大作なのである。
「へ~い!」センダイは得意げになって説明している。「続いてご紹介させて頂くのは隠し絵で~す。隠し絵は名前のとおり一つの絵の中にもう一つ別の絵が隠されているものを言いま~す」
「すごい」シナノはすっかりと感激している。「この絵はお魚にも見えるし、女の人にも見える。これが隠し絵ね。噂には聞いていたけど、実際に見るのは初めて」
隠し絵には他にも男の人が前を向いているようにも見えるし、横を向いているようにも見えるというものも展示されている。ミヤマは不意に「おや?」と言い出した。
「これはなんだい?」ミヤマは訝しんでいる。「ただの三角形に見えるけど、これもアートなのかい?」ミヤマとは少し離れた場所にいたシナノもその絵を見に行った。
「もちろんで~す。これは黒い正四角形の絵を正三角形の角の位置に置きま~す。そして」センダイは説明した。「白い正四角形をじっと見ていると、本当は黒い小さな四角形の位置に正三角形の角が置かれているだけなのにも関わらず、三角形の全体像が見えてくるというものなので~す」
「つまり、線がないところに線があるように見せる一種の隠し絵という訳ね」シナノはまたもや大いに感じ入っている。「これもすごく興味深い絵ね」シナノだけではなくミヤマも感心している。
センダイはその後もミヤマとシナノを先導した。ミヤマとシナノは『芸術の地』の美術館をたっぷりと堪能させてもらった。ミヤマとシナノはセンダイに対して深くお礼を言った。
外に出てみると、センダイはミヤマとシナノを次の新スポットに案内してくれようとしたが、それは叶わなかった。なぜなら、この『芸術の地』のマスターであるサシマはセンダイに仕事の話を持ちかけて来たからである。センダイはやはり『芸術の地』の人気者なのである。
センダイはミヤマとシナノが『芸術の地』に来てくれたお礼を言った。ミヤマとシナノはセンダイが色々な親切をしてくれたことのお礼を言った。センダイはミヤマとシナノとお別れした。短い間ではあったが、ミヤマとシナノはセンダイによって美術館を案内してもらって大満足である。