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アルコイリスと七色の樹液 16章

アマギとナイの二匹はすでに羽を広げて猛スピードで前へ向かって飛行している。アシスタントのテンリとソウリュウは飛行をしてアマギとナイについて行っている。楽天家オプティミストのアマギと厭世家ペシミストのナイといったようにして全く違ったものの考え方をする両者だが、どのようにして問題に対処するのかは重要になってくる。そこにはもちろんサポータのテンリとソウリュウも密接に関連してくることになる。アマギとナイの二匹は第一の関門の前にやってきた。第一の関門は障害物競走にありがちな麻袋に入って前へ進むという競技である。これは中々のもどかしい気持ちになる競技である。

ナイは早速『すぽっ!』と麻袋の中に入ると着実に前へ向かって進み出した。麻袋で進む距離は三メートルである。ナイは今も暑苦しい程に真剣な顔で競技に挑んでいる。

不器用なので、麻袋に入るくらいのことで時間がかかってしまったが、アマギはようやく『ぴょん!ぴょん!』と飛び跳ねて少しずつ前へ進み出した。テンリはそんなアマギに対して声をかけた。

「アマくん。落ち着いてね。アマくんはイライラせずに確実に一歩一歩を進めば、それだけでいいからね。ナイくんとの差は一メートルぐらいできちゃったけど、多分だけど、ここでは下手な小細工はいらないとぼくは思うよ」テンリはアマギの上を飛行しながらできるだけやさしい言葉を使ってアマギのことを励ました。

「うん。わかった。テンちゃんがそう言うんだから、間違いはないな」アマギは麻袋ごと飛び跳ねながら言った。実際に気の長いアマギには焦りというものは微塵も見られない。テンリのことを絶対的に信頼しているので、アマギは素直にテンリの言うことを聞いてくれている。

「ナイくん。おれはいいことを考えたぞ。もしかしたら、飛び跳ねるよりも、ナイくんは転がった方が早いかもしれない。ナイくんはちょっとやってみてくれ。ものは試しだ」ソウリュウは指示を出した。

「はい。了解しました。ソウリュウさんの言うことならば、おそらくは成功しますよ!やってみます!」ナイはそう言いながらも横向きになってゴロゴロと地面を転がり出した。

 ナイは進行方向は大きくずれてその内に壁に突き当たってしまった。その結果としてアマギのことをリードしていたにも関わらず、ナイは楽々とアマギによって追い抜かされてしまった。

 アマギの『よっしゃ!』という声を聞いて呆然としていたが、ソウリュウはすぐにナイに対して謝ることを忘れなかった。ナイは当然の如く自分の師匠であるソウリュウのことを責めるようなことはしなかった。ナイはそれ程にソウリュウのことを尊敬しているのである。ソウリュウはナイとソウリュウが出会った時にフィートという虫のためにクラーツという革命軍を相手にして見事に勝利を収めていたので、ナイはそれに感銘を受けて革命軍を止めた。ソウリュウが革命軍に将来性はないと言ったら、革命軍は本当に壊滅したので、ナイはそういった諸々の事情によってソウリュウに対して敬意を示すようになったのである。

ナイに革命軍をやめたらどうかと言ってくれたのはソウリュウだし、ナイはその助言に従ったことによって革命軍が敗北を喫した『トライアングルの戦い』に参加しなくてすんだのである。

ナイはそのためにソウリュウのことを恩人だとも思うようになっている。ソウリュウという男はナイにとって雲の上の虫と言ってしまっても過言ではない。ナイは起き上がると今度は転がることなくジャンプをして麻袋に入ったまま前進をすることにした。今はもうナイとソウリュウがいる所からアマギとテンリの姿は見えなくなってしまったので、第一のステージはアマギの逆転による勝利である。

「すまないな。ナイくん。おれのせいでアマギくんにリードをされてしまった。しかしだ。心配する必要はない。巻き返しのチャンスはまだまだあるし、おれはとっておきの秘策も持っているんだ。おれ達は焦らずに行こう」肝の座った男であるソウリュウは特に自分自身も焦ってはいない。

「了解です。今のおれはソウリュウさんの弟子ですから、ソウリュウさんのことは信頼しています。おれはソウリュウさんの期待に応えられるように精一杯にがんばります」ナイは決意を新たにした。

 ナイは地道に前に進んでようやく障害物競走の第二ラウンドの場所までやってくることになった。障害物競走の二つ目の試練は天井の降下である。とはいえ『運動の地』に遊びにきた虫を圧死させる訳にもいかないので、圧力はそれ程に強くない。しかし、選手の虫が前へ進めなくなるくらいの強さはある。

 現在のアマギは天井と床に挟まれて身動きが取れなくなってしまっていた。サポーターはこのステージにおいて横にある通用路を通ることになる。このステージの距離は約8メートルもある。アマギは三メートル程の所で挟まっていた。テンリは必死になってこの試練の打開策を見つけようとしている。

「おお。やるな!ナイくんだけにナイスだ!その調子だ!一気にアマギくんに追いついて追い越せだ!リードは広げられる時に広げておくことに越したことはない」ソウリュウはナイに対して誰にでもできるようなアドバイスを送っている。ナイは従順にそのアドバイスを聞き入れている。

 テンリは特に説明をしなかったし、身動きの取れないアマギはソウリュウが何のことを言っているのか、最初はわからなかったが、その意味はアマギにもわかるようになった。

 アマギは天井と床に挟まっているから、カブトムシのアマギよりも体の薄いクワガタのナイはとことこと確実に前進して行ってそのままの勢いでアマギのことを追い抜いてしまった。

「お先に失礼しますよ。『運動の地』ではパワーだけが求められる訳ではないっていうことですね。運も実力の内っていうやつです」ナイはいつになく得意げになっている。

「くそっ!確かに一理はあるけど、かといってここでリードを大きくされるのは困る。どうにかしないといけないな。お!」アマギはそう言うと少しだけ足を前に踏み出すことに成功した。

 天井は少し上がったからである。ここの天井は定期的にゆっくりと上下するようになっている。アマギは天井が完全に上がると前方に走り出した。テンリはここで相棒に対して忠告をした。

「アマくん!アマくんはこのまま行くともしかするとさっきみたいにして天井と床に挟まれちゃうかもしれないよね?だから、そうならないための作戦があるよ。もう少し先に行くと木材があるから、アマくんは試しにそれを立ててみて!」テンリはアマギと同様にして通用口を走りながらも必死に訴えかけた。

「うん。わかった。テンちゃんの言うことなら、おれは何でも聞くぞ」アマギは二つ返事で応諾をした。テンリはするとうれしそうな顔をした。テンリとアマギの信頼関係はやはり厚い。

スタートから6メートルくらい行った所にある床には横になった大きな木材があったので、力持ちのアマギはそれを縦にした。状況はするとテンリの目論見の通りになった。天井の降下は止まることになった。木材は家具のつっぱり棒のような役割を果たしてくれているのである。

アマギはテンリに対して称賛の言葉を送るとナイとの差を縮めるために羽を広げて猛スピードで前進を始めた。アマギはめげていないが、、この第二ラウンドはナイの完勝である。

アマギは障害物競走の第三のステージに到着した。そこでは振り子やメトロノームのようにしてとても大きなハンマーが右から左へ左から右へとゆらゆらしていて選手の行く手を阻んでいた。アマギはこの格好のいい仕掛けに対して少し興奮気味である。テンリは不覚ながらも同様である。

ハンマーは5つもあるので、今のナイは二つ目のハンマーの前で前進する機会を狙っている所だった。ソウリュウはこの状況を打開するいい策が思い浮かばずに苦しんでいる。

テンリのアドバイスを受けるまでもなくアマギにはある一つの作戦があったので、アマギは早速それを実行に移すことにした。それはテンリも感心する作戦である。アマギは『急撃のスペクトル』という覚えたての移動方法によってハンマーを見事にかわすことに成功した。テンリはアマギに対して賛辞の言葉を述べた。益々気をよくしたアマギは二つ目のハンマーも『急撃のスペクトル』でかわした。

「よっしゃー!ナイくんを追い越したぞ!この調子で一気に進んでやる。おれはこの競技を制覇したぞ!そう言えば、ナイくんはまだ・・・・って、うわー!」アマギは後ろを振り向くと驚いた。

 ナイはちゃっかりとアマギの上に乗っていたので、アマギと一緒に二つ目のハンマーを避けていた。テンリは途中でそれに気づいたが、何分にも声をかける暇はなかったのである。

「どうも」ナイは言った。「おじゃましています。いやー!『急撃のスペクトル』ってすごいんですね。おれは実体験をさせてもらいましたが、まるで風になったような気分でしたよ。確かに『セブン・ハート』はすごい!アマギさんはすごい!あっぱれです。本当にすごい!」ナイはアマギを褒めまくった。

「って、褒め殺しにしようたってそうはいかないぞ!これは反則じゃないか!おい!ナイくんは潔くおれの上から降りろ!」アマギはそう言うと体を振ったが、ナイはアマギに対して必死の形相でしがみついて離れないでいる。テンリはどうすればいいのかと途方に暮れてしまっている。

「ふっふっふ、アマギくんは全く何をやっているんだい?男たるものがそれくらいのことを許してあげられないでどうするんだ?アマギくん。心の広い虫になりたまえ。ねえ?テンちゃんもそう思うよね?」ソウリュウは急に甘い声を出し始めた。アマギはそのために完全に白けている。

「うーん。アマくんの言い分にも一理はあるけど、ここは確かにナイくんの作戦勝ちと言ってしまってもいいのかもしれないね。ぼくはあくまでもアマくんの敵じゃなくて味方だからね」テンリにそう言われてしまうとさすがのアマギも強硬に反論することはできない。アマギは仕方なくナイを頭に乗せたまま『急撃のスペクトル』で先へ進むことにした。アマギとナイは仲良くハンマーの試練を乗り越えた。賛否両論はあるかもしれないが、第三ラウンドはアマギとナイの引き分け(ドロー)で終了した。

 アマギとナイの二匹は障害物競走の第4のステージにやってきた。次の試練は平均台と弓矢である。どういうことかと言うと、ここでは二本足で平均台を渡ってそうしながらも飛んでくる矢に耐えたり、あるいは避けたりすればいいという訳である。アマギとナイはすでに平均台を渡り始めているが、体の大きいアマギは矢が当たりまくっているし、体の小さいナイの方は矢の衝撃で落下しまくっている。

 矢の先端は吸盤なので、痛くはないが、当たるとよく体にくっついてしまうものである。そのため、邪魔なので、アマギは一々吸盤を取って先に進むことにしている。平均台の下は深さが三メートルの空洞になっているので、落下したら、早く羽を広げないとタイム・ロスになってしまう。当然と言えば、当然なのかもしれないが、落下したならば、落下したところから再スタートしなければならないというのがルールである。

「くそっ!おれはアマギさん程に体が丈夫じゃないから、恥ずかしながら矢が当たる度に平均台から落下してしまいます!いい作戦はなにかありませんか?ソウリュウさん」ナイは落下した地点から再び平均台に戻ってその地点から前進を始めながら聞いた。ナイは律儀なのである。

「うーん。麻袋の件もあるし、下手な小細工は命取りになるかもしれない。しかし、あえて言わせてもらえるのならば、平均台の裏側を歩くっていうのはどうだろう?」ソウリュウは提案した。

 ナイは早速それを実践した。ナイは矢が当たらないように平均台の下に体をぶら下げて移動をることにした。しかし、ナイは滑ってしまって中々前に進めなかった。ソウリュウはしかめっ面をした。

「この作戦はどうやらダメみたいだな。だとすれば、ナイくんはセオリーの通りにがんばってくれ。ん?おいおい。ちょっと待ってくれよ。アマギくん。それは反則だよ」ソウリュウは指摘をした。

アマギは何をしたのかというと『急撃のスペクトル』によって前に進んだのである。アマギにはそれをしたって定期的に矢が直撃してしまっている。テンリは沈黙を守っている。

「ああ。ごめん。これじゃあ、平均台を渡っていないから、確かにダメか。それじゃあ、おれはさっきの所に戻ろう。しかし、ダメージは少ないけど、この矢はそろそろ鬱陶しくなってきたな。テンちゃんはどうしたらいいと思う?」アマギは少し平均台を戻りながら聞いた。

「有効かどうかはわからないけど、右からの矢と左からの矢が出てくる時には時間差があるから、アマくんは角で払いのけてみたらどうかなあ?もしかしたら、アマくんはそれをやると前に進めなくなっちゃうかもしれないけど」今回は謙虚なテンリらしく控えめな提案をした。

「いや。わからないぞ。案を出してくれてありがとう。おれは早速やってみるぞ!」アマギはそう言うと右からの矢を角で払いのけた。しかし、アマギはその拍子に初めての落下をしてしまった。

 二本足で立っているから、アマギは角を使うために腰をかがめるとバランスが崩れてしまうのである。平均台は6本足では歩けない程に狭い。となると、この平均台ではさっきのソウリュウとナイが相談していた裏技も同様にしてできないようになっている。テンリはほんの少しがっかりとしている。

「やっぱり、ダメだったね。それじゃあ、案はもう一つあるんだけど、今のアマくんについている矢を取ってそれを左右の手で振り回してみたらどうかなあ?もしかしたら、アマくんは飛んでくる矢を払い落とせるかもしれないよ」テンリは提案をした。アマギは合点承知した。アマギは心からテンリを信頼している。

 アマギは二本の右手で一本の矢を掴んで二本の左手でも一本の矢を掴むと両手をシェイクし始めた。矢はその結果として見事にアマギに当たらなくなった。アマギはその方法によってこのステージを完全に攻略した。ソウリュウは途中でアマギのこの裏技に気づくとそれをまねるようにとナイに対してアドバイスをしたので、ナイは忠実にその通りにした。テンリとアマギは仕方なくそれを容認してあげた。

 実は平均台においてテンリが考案した矢を持った手をバタバタさせる作戦はバランスがとりやすくなるという利点も兼ねそろえていたので、その後のアマギは一度も落下をしなかった。

 若干とはいっても、今はアマギがリードしたままでこの第4ラウンドはアマギの勝利に終わった。アマギとナイの二人は続いて第5ステージにやってきた。第5ステージの障害物は網である。

 ここでは長さが三メートルの網の下をくぐればいいのである。アマギは網の中に入ったが、すぐに後ろからきたナイによって追い越されることになってしまった。テンリはすぐに状況を把握した。

 アマギはカブトムシだから、角は網に引っかかってしまって中々前に進むことができないのだが、ナイはクワガタだから、顎はあんまり網に引っかかりづらいのである。

「うーん。ナイくんに追い抜かれたのはいいとしても実にまどろっこしい障害物だな。でも、イライラしたらいけないから、おれはおれで少しずつ気長に進むか。あれ?でも、テンちゃんにはなにかいいアイディアはあるか?」アマギは引っかかった角を網から取り外しながらも意見を求めた。

「うん。案はあるよ。角を上にするから、網に引っかかっちゃうんだよ。、アマくんは体を裏側にして角を下にしたらどうかなあ?そうすれば、アマくんは一気に進めるかもしれないよ」テンリは助言をした。

「そうだな。さすがはテンちゃんだ」アマギはそう言うと体を反転させた。アマギは逆さになったまま前進を開始した。アマギの角はテンリの思惑の通りに網に引っかからなくなってアマギはスムーズな前進を実現することができた。今のナイはそれでもアマギの一メートルも先の網を潜っている最中である。

「よーし!いいぞ!おれにはナイくんが勝利に勝つための奥の手があるが、それは使わないに越したことはないものだ。それはそもそも接戦でないと使えないものだしな。今の所は特に言うことはないから、ナイくんはその調子で行くんだ!このままいけば、ナイくんは必ず勝てるぞ!」ソウリュウは鼓舞をした。

「わっかりました。おれはソウリュウさんに背中を押してもらったおかげで自信がつきました。おれはソウリュウさんの期待に応えるためにも必ず勝ちます!よし!抜けた!」ナイはそう言いながらも心中でガッツ・ポーズをしている。ナイはこのステージの障害物である網を抜けたので、この第5ラウンドはナイの勝利によって幕を閉じた。後方のアマギはそれでも尚も平常心のままである。

 ナイはいよいよ第6の試練に直面した。6番目の競技とは氷の壁である。その氷の壁を破壊して前へ進めばいいという訳である。とはいっても、それは素手で壊すのでもないし、壁は然程に厚くもない。

 ナイは大砲に球をつめて豪快に発射した。その玉は見事に氷の壁を壊したが、玉は小さくて必然的に壁に開いた穴も小さいので、ナイは再び大砲に球をつめ始めた。大砲の玉は全部で三つしかないので、その貴重な玉は効率的に使わなければならない。ソウリュウは考え深げな顔をしている。

 この場にはそうこうしている内にアマギとテンリの二匹が姿を現した。アマギはナイと同様にしていそいそと大砲に球をつめてそれが終わると大砲を派手にぶっ放した。

 少し時間を早送りするとアマギとナイには悲惨な結果が待っていた。アマギとナイは揃いも揃って三つの玉を別々の箇所に放ってしまったために確かに氷の壁に穴は開いているが、穴は小さすぎて通り抜けができなくなってしまった。しかし、アマギとナイの反応は全くの正反対だった。

「うーん。これはまずい。こんなことになるなんて『運動の地』の主催者も想定をしていなかったんじゃないか?おれと同じくナイくんも足止めされていることは救いだけど、大丈夫だ。おれにはテンちゃんがついているんだ。テンちゃんはどうしたらいいと思う?シラツユさんの所に行ってわざわざ玉を貰いに行く訳には行かないよな?」アマギは余裕で聞いた。全てはテンリに対する絶対的な信頼感がそうさせている。

「うん。そうだね。ぼくにはこの問題の解決法は思い浮かんでいるよ。もしかしたら、ナイくんにはできないことだけどね。壁は氷なんだから、アマくんは『ダブル・ハート』の新技を使って少しずつでも氷を溶かせばいいんだよ」テンリは斬新なアイディアを口にした。テンリはいつでもアマギの知恵袋である。

「そうか。それもそうだな。教えてくれてありがとう。それじゃあ、行くぞ!」アマギはそう言うと『レンクス・ファイア』を使った。つまり、アマギは角から炎の刃を出した。

 その炎は氷を溶かした。アマギの体はそれでもまだ氷の壁を通り抜けできそうもなかったので、アマギはもう一度『レンクス・ファイア』を使った。今度はアマギでも通り抜けできそうなくらいに穴は大きくなっってくれた。アマギはこれにてこのステージをクリアである。アマギは嬉々としている。

あまりにも格好がいいので、ナイは思わず見とれてしまっている。アマギとテンリの二人はそんなナイを尻目にして次のステージに向かって行ってしまった。第6ラウンドはアマギの勝利である。

「ソウリュウさんはどうしたらいいと思いますか?おれは『セブン・ハート』なんて使えないので、絶体絶命です。いっそのこと、ずるをしますか?今なら、誰も見ていないから、おれはソウリュウさんと同じルートで氷の上を通過しちゃいますよ」ナイは幾分か邪悪な企みを口にした。

「いや。それはダメだよ。公明正大なソウリュウ一家たるものはいつでも虫として正しい行いをしなくてはならないんだ。ナイくんはそれを覚えておくといい。まあ、安心しろ。おれには案が一つある。テンちゃんのようにしてそれ程に鮮やかなものではないが、なんとか、この場は取り繕えるかもしれない。この氷の壁を上から見ると、壁というよりも板と言った方が正しいくらいに薄いものなんだ。それを踏まえた上で事態を冷静に分析すると、大砲の玉でこの場を通過できなかった場合は本来ならば、こうするべきだと思うんだ。百聞は一見に如かずだ。やってみよう!」ソウリュウはそう言うとナイを持ち上げて大砲にセットした。ソウリュウはナイを大砲の玉に見立てて氷の壁もろとも板を粉砕しようという作戦である。

 最初のナイは当然のことながら抵抗を覚えたが、尊敬するソウリュウの言うことなので、腹を括ってソウリュウを着火するとナイという名の玉は発射された。氷は『ガシャーン!と音を立てて割れた。

 ナイは『あが!あが!』と言って倒れ込んでしまっているが、見事に氷の壁を突き破って次のステージへのキップを手に入れることに成功した。当のナイは瀕死の重傷かと思われたが、びっくりしただけで命には別状がない。ケガもなかったので、ナイはまだドキドキしながらもソウリュウと一緒に次のステージに向かうことにした。その際のソウリュウはナイを気遣うことを忘れなかった。

ナイとソウリュウの二人は障害物競走の第7ステージにやってきた。次の競技は巨大迷路である。この場合のサポーターは上から見ているので、どこへ行くかの指示を出して選手はそれに従って順路を進んでいいという訳である。この迷路では親切なことにも所々に正しい道には赤いテープが地面に貼られている。 

ナイは迷路に足を踏み入れることになった。ソウリュウは指示を出し始めた。ソウリュウの頭の回転は速いはずなのだが、今は少しテンパってしまっているので、ナイに対して申し訳ないと思いながらも何度かのミスをしてしまっている。アマギとテンリのコンビは順風満帆である。テンリもそんなにすぐには順路を決定できないので、わからない時はとりあえずアマギに自由に動いてもらうことにしている。

「おれはいいことを考えたぞ!テンちゃんは見ていてくれ!行くぞ!」アマギはそう言うと左の壁に向かって『進撃のブロー』を放った。しかし、壁はそれでも崩れなかった。

 アマギはテンリに対して大見得を切ってしまったので、引き下がることはせずに今度は右の壁に向かって『進撃のブロー』を使った。右の壁はすると見事に破壊されたので、アマギは嬉々としてそこを通過することにした。その道は本当に近道になるのだろうかとテンリが難しい顔をして考えていると、次の瞬間にはテンリにとってもアマギにとっても信じがたいことが起きた。それはソウリュウとて同じである。

 アマギはなんとこの迷路の振出しに戻ってしまったのである。テンリは振出しまで飛行することにした。アマギは何が何だかよくわからずに辺りをきょろきょろと見回している。

「アマギくんの身には何が起きたんだ?いや。アマギくんはずるをしようとしたから、おそらくは罰が当たったんだな。おれ達はまさかの大逆転だ。そう言えば、ナイくんには見えないと思うけど、アマギくんは振出しに戻ったんだよ。ああ。ナイくん。次は右だよ」ソウリュウは指示を出した。

「はい。了解しました。さっきはすごい音がしましたが、アマギさんは察するに『セブン・ハート』を使いましたね?『セブン・ハート』が使えないで悔しい思いをしたことは多々ありますが『セブン・ハート』を使えないで喜んだのは初めてですよ。長い人生では何が起こるかはわかったものじゃありませんね。なーんて余裕をかましていると、おれも足元をすくわれるかもしれないから、気を引き締めるとしましょう」ナイはそう言うと真剣な態度で迷路に挑むことにした。今回のナイはいつになくまじめである。

 アマギはテンリの的確な指示によって快調なペースで迷路の5分の2まで行っていたのだが、悪知恵を働かせたが故に一からスタートする羽目になってしまった。アマギは残念無念である。

 この迷路のからくりについて少しの解説を加えておくことにする。『セブン・ハート』によってずるはできないようにするために少し意地悪なような気もするが、この迷路は近道になる壁は壊せずに遠回りになる道は壊せるようになっている。これは製作者の手の込んだ遊び心による細工である。

遠回りになる道には行けるのかというと必ずしもそうではなくてさっきのアマギのようにして『サークル・ワープ』によって振出しまでワープさせられてしまう場合もある。

それこそはこの迷路の裏に隠された仕掛けなので、基本的に裏技は使えないようになっている。あくまでも基本的にはである。それにはテンリも気づいた。さすがは思慮の深いテンリである。

どういうことかというと、壊せるのならば、遠回りであり、壊せないのならば、近道になるとわかっているので、一々それを確かめれば、少しは効率的に前に進めるのである。

しかし、それをやると、話がややこしくなってくるし『セブン・ハート』を連発すると疲れるし、壁を破壊したら、もったいないので、テンリはそれをやろうとは思わない。

「本当にごめん。テンちゃん。テンちゃんの折角の指示のおかげでリードを不動のものにしていたのにも関わらず、おれはとんでもないポカをしちゃったよ。勝負はまだ諦めてないけど、もしも、この戦いに負けるようなことがあったら、それは間違いなく全部がおれのせいだよ」アマギは弱音を吐いた。

「大丈夫だよ。アマくんには逆境をはねのける力があるんだから、そんな弱気なことは言わないでね。この勝負はきっと最後まで縺れ込むよ。残りの競技はまだ三つもあるものね。そこは左だよ」テンリは意に介した様子もなく指示を出し続けている。アマギはその指示に従いながら元気を出すことにした。

 アマギはミスをした時に自分だけが被害を被ったのならば、あっけらかんとしているが、他の虫に迷惑をかけてしまったのなら、少しはしょんぼりしてしまうこともある。

 普段のアマギは鈍感そうに見えてもそのくらいの気遣いはできる程にやさしい性格をしているという訳である。アマギは基本的に思いやりのある虫なのである。それはテンリも重々承知をしている。

 アマギはようやく迷路の5分の2のあたりに差しかかっているが、ナイとソウリュウの二人はすでに次のステージに進んでしまっている。第7ラウンドはナイの逆転勝利という訳である。ここまでのアマギとナイの戦歴は三勝三敗一分けである。つまり、ナイはアマギといい勝負を演じているという訳である。


 選手でもなくてサポータでもないミヤマたちの4匹の現在の状況を見てみることにする。こちらは少々手持ち無沙汰だが、見えない仲間に対しての声援はそれでも聞こえてくる。

 ミヤマとトリュウとドンリュウの三匹は応援合戦で勝利したチームの方が勝利するという不可解な理屈をつけて今までは散々に声を張り上げていた。皆が疲れてそれを止めるまではそのために当然と言えば、当然なのかもしれないが、エナにとってはいい迷惑だった。ようはこの場が騒がしかったのである。

 ミヤマたちの三匹の応援合戦が終わると果たしてアマギとナイのどちらは勝つことになるのかについてミヤマたちの4匹の間では少々の話題になっている。エナはようやく人心地がつけるようになった。

「おいどんは『ライフ・ライン』のメンバーだから、本当はナイどんに勝ってもらいたいでごわすが、今回は何分にも相手が悪いので、勝利を期待するのはナイどんでごわすが、勝負に勝てそうだと予想するのはアマギどんの方でごわす。例え、アマギどんに負けてしまっても、ナイどんにはいい経験になるから、それはそれでいいことでごわす」ドンリュウは穏やかな口振りで言った。しかし、トリュウはそれに反論をした。

「おいおい。ドンリュウは肝心なことを忘れているよ。今のナイくんには若様がついているんだよ。若様はいくら相手がアマギくんと言えども負けるはずはない。おれ達の若様は『トライアングルの戦い』でのウィライザーの討伐や『栄光あるイリュージョン』作戦での国宝の奪取のようにして決める時はびしっと決める。そういう男だよ」トリュウはまじめくさった顔をして断固として主張をした。

「今回の試合は事実上ではアマギ様とソウリュウ様の戦いと呼んでしまってもよろしいのでしょうか?私もソウリュウ様を応援したい気持ちはありますが、勝つのはアマギ様ではないかと思っております。アマギ様は歴戦の勇者ですもの。例え、ソウリュウ様がついているナイ様が相手でも、アマギ様ならば、退けることはできるような気が致します。これはあくまでも私の愚行ではありますが」エナは言った。ソウリュウのファンでもあるが、エナはそれには流されずにちゃんと自分の考えを口にした。

「理由は一味も二味も違うけど、おれはエナ王女と同意見だな。皆は大切なキャストを忘れているよ。ナイくんにソウリュウがついているというのならば、アマにはテンちゃんがついているんだから、それを重要視すべきだよ。アイディア・マンだから、テンちゃんはきっとどんな時でも優れた問題の解決法を見つけてくれるはずだよ。アマはテンちゃんの言うことなら、聞くだろうし、となれば、おれ達『チーム』にしてみれば、完璧な布陣という訳だよ。アマはアクシデントでもない限りは勝つと思うな」ミヤマは断言した。エナはそれを受けるとしみじみとした顔で頷いている。アマギには三票が入り、ナイには一票が入ったので、後は結果を待つだけになった。しばらくすると、その答えが判明する瞬間はやってきた。

 地下から地上に向かう坂道にアマギとナイの姿が見えてきたのである。10センチくらいリードをしているのはナイである。迷路を抜けてからのことを説明しておくと、アマギとナイはとび箱→ハードル→縄ばしごといった三つの競技を潜り抜けて今に至る。今のアマギとナイは両者共に一生懸命に飛行をしている。

 最前に上げた三つの競技ではアマギの方がナイよりも分があったが、迷路でのアマギのチョンボが響いているので、アマギは未だにナイのことを抜けないでいる。飛行してゴールへ向かうナイとアマギの差はぐんぐんと縮まっているので、このまま行けば、アマギは逆転勝利をしそうな勢いである。ミヤマたちの観客の4匹は選手の二人に対して口々にエールを送っている。それには上品なエナも応援に加わっている。

「がんばれ!がんばれ!アマくん!アマくんは最強だ!」テンリは一生懸命に声を大にしてアマギを鼓舞している。単純なアマギはそのために益々の気合いが入っている。アマギにはまだ余裕が残っている。

「はあ。はあ。おれはもうダメだ。おれはもう勝てません」前方にいるナイは弱音を吐いた。

「よっしゃー!抜いたー!おれの勝ちだ!」アマギはここぞとばかりに勝鬨を上げた。

 アマギは確かに自身の言う通りにゴールの30センチ手前でナイのことを抜き去った。アマギはゴールを駆け抜けそうになったが、あの男はその時に不穏なことにも動き出した。

「待て!待て!待てい!勝負っていうのはゲタを履くまでわからないものだ!この勝負はナイくんの勝ちだ!」ソウリュウはそう言うとナイに向かっていきなり『突撃のウェーブ』を繰り出した。

 ナイはその結果としてゴール・インが目前のアマギを抜いてゴールに向かって吹き飛んでアマギよりも速くゴールを通り抜けることに成功した。第一試合の障害物競走の勝者はアマギではなくてナイだったという訳である。初戦からまさかの展開である。アマギのサポーターのテンリは呆気に取られている。

「って、ちょっと待てー!今のは反則だろう!ナイくんは後ろにいたから、おれは見てなかったけど、ソウリュウは気配から察するに『セブン・ハート』を使っただろう?それじゃあ、ソウリュウの反則によって今のはおれの勝ちだ!」一応はゴールを通過しながらもアマギは主張をした。

「ふっふっふ、アマギくんは甘いな。アマギくんはテンちゃんとトリュウが説明してくれたサポーターのルールをよく思い出してみるべきだよ。あの時の二人はサポータが手を出すことを禁じていたんだ。今のおれは手を出していないから、反則ではないという訳だよ。ふっふっふ、おれはちゃんとそこまで勘定に入れて行動をしていたのさ」ソウリュウは自信が満々である。ソウリュウはふんぞり返っている。

「うわー!ソウリュウって恐ろしく悪知恵の働くやつだな。確かに反論はできないから、正論なのかもしれないけど、なにか、エナ王女には言いたいことはあるかい?」ミヤマは聞いた。

「いいえ。私はソウリュウ様に対して特に言いたいことはありません。勝負は接戦だったので、アマギ様とテンリ様はよくがんばったのだと思います。私はチーム・メイトとして誇らしく思っております。アマギ様とテンリ様はお疲れさまでした」エナは心からの労いの言葉をかけた。テンリはそれに応えた。

「ありがとう。ぼくはエナ王女からそう言ってもらえただけでもがんばった甲斐があったよ。だけど、ぼくの力不足のせいもあって負けちゃったんだから、アマくんには申し訳ないことをしちゃったね。ごめんね。ナイくんはさっきから動きを見せていないけど、大丈夫かな?ナイくんはケガをしちゃったのかな?」テンリは今も『あが!あが!』と言っているナイに対して気遣いを見せた。

「いや。テンリさんに心配してもらえたことはうれしく思いますが、おれは大丈夫です。ただ、おれはびっくりしすぎて危うくショック死する所でした。ソウリュウさんも手加減してくれたのでしょうしね。よっしゃー!勝ったー!」ナイは不意に二本足で立ち上がるとガッツ・ポーズを取った。ただし、ミヤマはそれを見ると妙に痛々しいなという感想をひそかに持った。アマギは歯噛みをして悔しがっている。

 ソウリュウは『突撃のウェーブ』で風だけを送り込んでいたのである。『監獄の地』の副看守長のレンダイは以前にも変質者のシーサーに対して手加減をして『突撃のウェーブ』を繰り出していたが、ソウリュウがさっきナイに対してやっていたのはそれと同じことだったのである。

 何が言いたいのかというと『突撃のウェーブ』という技はただの突風から虫を気絶させる程の烈風まで自由にコントロールすることのできる便利な技だったという訳である。

「よし!よし!でかしたぞ!ナイくん!若様の助力があったとはいっても、勝ちは勝ちだ。ナイくんは見事に『ライフ・ライン』の後続のおれ達に勢いを与えてくれたよ。あとはおれ達に任せてくれ。とはいっても、ナイくんは次にサポーターの役目が入っているんだったな」トリュウは思い出したようにして言った。

「うむ。その通りでごわす。次はおいどんの試合でナイどんはおいどんのパートナーを務めてもらうことになるでごわす。ナイどんのことはおいどんも頼りにしているでごわすが、おいどんはできるだけナイどんの手を煩わせることなくがんばってみるでごわす。それではおいどんの試合場に行くでごわす!」ドンリュウはすでに完全に乗り乗りである。今のドンリュウはナイの勝利に感化されて浮ついた気持ちになっている。とはいっても、それは『ライフ・ライン』の皆に共通していることでもある。

 『運動の地』における『チーム』VS『ライフ・ライン』の第一試合はアマギを破って、ナイが勝利を掴んだことによって波乱の幕開けを迎えることになった。まさしくまさかの展開である。

 正直に言ってほぼ間違いなくアマギは勝つだろうとミヤマは確信をしていたのだが、それはしょせん捕らぬタヌキの皮算用だったので、少なからず、びっくりはしている。

 テンリとミヤマとエナといった後続の三人が全勝しなければ、この戦いに勝てなくなってしまったので、早くも『チーム』は追い込まれた状態になってしまっている。ミヤマはそれを深く受け止めている。

 ナイの大金星によって『ライフ・ライン』としてはエースのソウリュウが勝って後続のトリュウとドンリュウのどちらかが勝利を収めればいいという計算になる。ソウリュウはそれを楽観視している。

 しかし、ナイがアマギに勝ったようにして今回の体育祭では何が起きるのかはわかったものではない。そのため、一概にソウリュウが勝つことを確信してしまってはいけない。油断は大敵である。


 『チーム』VS『ライフ・ライン』の団体戦も次は二試合目である。繰り返しになるが、選手はテンリとドンリュウであり、競技は大玉ころがしということになっている。テンリのサポーターはミヤマであり、ドンリュウのサポータはナイである。ドンリュウは人一倍の張り切りようである。

 今回はミヤマとドンリュウの二人がシラツユの所に行ってルールの説明と競技場の場所を聞いて帰ってくると、テンリたちの8匹は大玉ころがしの競技場にやってきた。

 今回は地下ではなくて地上だが、大玉を転がしながら大体20メートルの距離を選手は往復することになるので、戦況がどうなっているのかは途中からギャラリーは確認をすることができなくなってしまう。ギャラリーはゴールで待っていないといけないのである。大玉ころがしと言っても、ただ、大玉を転がして行けばいいのではなくて選手の行く手には様々な試練が待ち受けている。となると、さっきの障害物競走に似ているようだが、確かにそのような要素も含まれていることについて否定はできない。

「まだ出番ではないので、私は祈ることしかできませんが、テンリ様とミヤマ様のご武運はしっかりと祈っております。私はどんな結果になってもテンリ様をあたたかく向かい入れるつもりですので、テンリ様はベストを尽くすことだけを考えて競技に挑んで頂ければと思っております。アマギ様からも何かおっしゃりたいことはありますか?」エナはチームの結束力を強めるために聞いた。

「うん。言いたいことは少しあるぞ。テンちゃんはさっきおれのサポーターをしていたことを忘れて大玉を転がしてもいいんだぞ。やさしいから、テンちゃんはもしかするとさっきのことを気にしすぎちゃっているかもしれないけど、おれは全く気にしていないから、テンちゃんは自分を信じるんだぞ。いざとなったら、サポーターのミヤじゃなくて自分を信じるんだぞ」アマギは真剣な顔をして必死に訴えかけた。

「そうそう。アマは中々のいいアドバイスをするな。って、おい!どんなアドバイスだよ!おれへの信頼感はゼロか!全くな。冗談も程々にしてもらわにゃあ、困るよ」ミヤマはしみじみと言った。

「ふむ。どうやら『チーム』はお笑い系で行くみたいだな。だったら『ライフ・ライン』はまじめ系で行こうではないか。なにか、あったら、ドンリュウはナイくんを頼るんだよ。今こそはソウリュウ一家の団結力が試される時だ。第一試合は若様とナイくんのチーム・プレーの勝利だったものな。そうですよね?若様」従順なトリュウは聞いた。ドンリュウとナイもそうりゅうのありがたいお言葉を待っている。

「うん。その通りだ。おれから言っておきたいことは次の一言に尽きる。ナイくん。ドンリュウ。がんばってちょんまげ!」突然、ソウリュウはおちゃらけ出した。ソウリュウ一家の三匹はそれを受けると一斉に大爆笑をした。テンリは楽しそうな顔をしているが、ミヤマは完全に冷笑している。

 まじめも大事だし、お笑いも大事だということをソウリュウは言いたかったのである。まじめ派を提唱していたトリュウはその甲斐あって少し考えを訂正してドンリュウとナイもリラックスすることができた。ソウリュウは満足そうな顔をしている。ドンリュウとナイはあんなので一層の気合いが注入されている。

 ここまでは相当にぐだぐだな感じだったが、試合の開始の時はやってきたので、選手のテンリとドンリュウはすでに気を引き締めている。ここからは皆がいよいよまじめモードである。

テンリとドンリュウはすでにスタート地点に立って大玉の前で待機している。今回のスタートの合図はミヤマが買って出たので、ミヤマは一時的に皆を黙らせることにした。

この場は『しーん』とした所でミヤマの『レディー・ファイト!』というまるで格闘技みたいな合図によってテンリとドンリュウはあるスイッチを入れて大玉を転がしてスタートをした。

サポーターのミヤマとナイは飛行をしながらテンリとドンリュウのすぐ上にくっついている。最初の一メートルは何事もなく少しだけドンリュウはテンリのことをリードした。

テンリとドンリュウの二人は最初のトラップの地点までやってきた。テンリとドンリュウは出発前にスイッチを押したので、前方には始動している超大型の扇風機があった。

扇風機から放たれる超強力な風圧によってテンリだけではなくて体の大きいドンリュウでさえもほんの少しずつしか大玉を転がすことはできなくなってしまった。

「よーし!おれはここでアドバイザーとしてテンちゃんにいいことを言ってあげよう!こういう時は気合いだー!気合いだー!元気は一杯♪うんこはもりもり♪がんばれ♪がんばれ♪テンちゃん♪ふんばれ♪ふんばれ♪テンちゃん♪」ミヤマは即興でテンリの応援歌を歌い出してしまった。

 しかし、ミヤマは暑苦しいだけでうるさいこと、この上ないという見方もできるかもしれない。応援してもらっているので、がんばっているが、テンリは中々前に進めてない。どうせならば、テンリは解決法を色々と考えてみることにした。テンリにはその結果として天啓が舞い降りた。それは一か八かの賭けでもある。

「ミヤくん。がんばるにはがんばるけど、ぼくは一時的に戦線を離脱させてね。ぼくはすぐに帰ってくるからね」テンリはそう言うと大玉を残して自分だけ羽を広げて前へ飛んで行ってしまった。

 このテンリの行動に対してはミヤマだけではなくてナイとドンリュウも不思議そうにしている。テンリは大玉から離れてしまったから、テンリの大玉は風圧によってころころと後退をしてドンリュウとの差が開いてしまっている。ただし、それはテンリも織り込みずみである。テンリを信じているので、ミヤマは特に文句を言わなかった。テンリとミヤマは間もなくそれが正解だったということが判明することになった。

 テンリは自分の分の大型の扇風機のコンセントを抜いてしまったので、風は収まってしまった。この試合を制するにはそのくらいの柔軟性があると大いに役に立つのである。

 さっき自分の分と言った通りに扇風機はテンリの前に一台あってドンリュウの前にも一台あるので、ドンリュウは依然として風圧のせいでのろのろと前進を続けている。

 テンリはミヤマから賛辞の言葉を受けながら元の位置に戻ってぐんぐんとドンリュウとの差を縮めて行くことに成功した。ドンリュウは大いに慌てている。ナイはここで発案をした。

「よし!おれもいいことを考えました!ここは大玉を置いて扇風機の所に行ってコンセントを抜くんですよ!打開策はこれしかありません!ドンリュウさん!早速やってみましょう!」上空のナイは言った。

「って、したり顔で説明しているでごわすが、まるっきり、テンリどんの作戦をそのまま言っているだけではないでごわすか!しかし、ナイどんがそう言うならば、ものは試しでごわす。おいどんはやってみることにするでごわす」ドンリュウはそう言うと羽を広げて自分の大玉から離れた。

 テンリはその間にも前進を続けているので、ついにドンリュウと並んでそうかと思えば、テンリはドンリュウのことを追い抜くことに成功した。ミヤマはそれを確認すると大いに喜んだ。

 ドンリュウの作戦が成功すれば、逆転のチャンスは舞い込んでくるので、サポータのナイは全く動じていなかった。ただし、現実はそんなに甘くなかった。それはナイにとっての思わぬ逆風だった。

 テンリは小さいから、空気抵抗は少なくてすんだのだが、どでかい体のドンリュウはもろに風圧を受けてしまって歯痒い思いをしながらも中々前に進むことができていない。

 10秒はその後も踏ん張ってみたが、ドンリュウは半分しか進めていないので、これはどう考えても割に合わないと判断して結局は大玉の所に帰ってきてしまった。骨折り損の草臥れ儲けである。

「これでは仕方ありませんね。もう一つの秘策を使うとしましょう。ドンリュウさんは思い切って少し進路を左にして下さい。テンリさんの通った道をドンリュウさんも通るのです。この方法だと、前にはテンリさんがいるから、テンリさんのことは絶対に追い抜けませんが、背に腹は代えられません」ナイは内緒話をするようにして小声で言った。反則になってもおかしくないので、ナイは小声なのである。

「うむ。ナイどんはよくもそんな姑息な手を思いつくでごわす。しかし、おいどんはわかったでごわす。おいどんは言う通りにするでごわす。ナイどん。お主も悪よのう」ドンリュウは決めゼリフを吐いた。ドンリュウはそうしながらも大玉を転がしてテンリのレーンに移ることにした。

 ミヤマはそれに気づいても特に何も言わなかった。テンリのリードはすでに確固たるものなので、ミヤマはいわゆる武士の情けとでも言うべき恩恵を与えてあげることにしたのである。

 第一の関門はテンリの勝利で終わった。テンリとドンリュウは最初にスイッチを押していたが、ドンリュウの方の扇風機はしばらくすると自動的にオフになった。第二の関門に来た時にはテンリとドンリュウの差はあってないようなものになってしまっていた。体が大きくてパワーもあるので、トラブルさえなければ、ドンリュウはテンリよりもずっと早く大玉を転がすことができるのである。

 状況はそんな感じである。第二の試練はアリ地獄のバンカーである。うまくかわせば、そこかしこにある穴に大玉を入れなくてすむのだが、一騒動はそんな中で起きた。今のナイはドンリュウに対して耳打ちをしている。そのことに気づいたので、ミヤマは少しの警戒心を持って明らかに怪訝そうな顔をしている。

「やはり、ナイどん。お主も悪よのう。それでは参るでごわす。あー!手が滑ったでごわす!」ドンリュウはそう言うと勢いよく大玉を転がした。ドンリュウの大玉はその結果としてテンリの大玉にぶつかってナイの計画の通りにテンリの大玉は見事にバンカーに入ってしまった。ミヤマは激怒をした。

「あー!あんにゃろう!もしも、テンちゃんに何かあったら、どうするんだ?おれからはドンさんとナイくんにペナルティを与えてやる!くらえ!」ミヤマはそう言うとドンリュウの大玉を蹴っ飛ばしてドンリュウの前にあったバンカーにドンリュウの大玉を放り込んだ。ここはもはや無法地帯さながらである。

「うおー!ミヤマどん!それは反則でごわす!しかし、このくらいの罰は仕方ないかもしれないでごわす。ごめんでごわす。テンリどんはおいどんに言われたくないかもしれないでごわすが、それではバンカーからの脱出を一緒にがんばろうでごわす」ドンリュウは戦友に対して言った。

「うん。そうだね。戦いには色んな戦略があるから、ぼくは気にしていないよ。それにしても、大玉は中々外に出せないね。もしかしたら、ぼくはここで脱落しちゃうのかなあ?」テンリは悲しそうな顔をしてそう言いながらも必死になってバンカーで大玉を外に転がり出そうとしている。

 テンリは当然だが、この仕事は力持ちのドンリュウでさえも相当に苦戦をしている。ナイはそんな選手の二人を見て何度も謝ったので、テンリとドンリュウはそれを許している。

「テンちゃんなら、こんな状況はどんなに大変でも乗り切れるはずだ!テンちゃんは心の目で事態を捉えて感じるんだ!テンちゃんはそして闘志を燃やせ!その熱き思いを大玉にぶつけるんだ!さすれば、道は開ける!うおー!」ミヤマは踏ん張っている。ミヤマの熱意の強さにはドンリュウとナイも驚いている。

上空で喚いているだけなので、ミヤマはテンリの役に立っているのかどうかはあまりよくわからない。というか、テンリは素直にミヤマの言葉を受け入れているが、ミヤマは些か役立たずなので、ドンリュウとナイの二人は苦笑を禁じ得ないでいる。ただし、相手のサポーターが役立たずなことはドンリュウにとっては好都合である。ミヤマの言う通りに別に心の目で見た訳ではないが、テンリは一つの活路を見出した。ベンチみたいにしてテンリの横には二つの角張った石の上に板が渡されている。

テンリはその板を手に取ると大玉の所に持って行って大玉の下に差し入れた。テンリはミヤマも予想していた通りに大玉の乗っていない方に向けて思いっきり板に飛び乗った。

大玉はその結果として浮き上がってバンカーを抜け出して行った。かつてはヒリュウが飛行練習する時にも使っていたが、テンリはいわゆる梃子の原理というやつを利用したのである。

「すごいぞ!テンちゃん!さすがは『チーム』のアイディア・マンだ!おれのアドバイスは聞いたみたいだな!それじゃあ、テンちゃんは先に行っておいてくれ!」ミヤマは少しばかり奇妙な懇願をした。

ミヤマはなぜ一緒にこないのかとテンリは不思議そうにしながらも同意をして大玉を転がして先へ行ってしまった。第二ラウンドもテンリの勝利という訳である。ミヤマはなぜここに残ったのかというと、二つのやることが残っているからである。さっきのテンリとミヤマの会話によってテンリがバンカーを抜け出したことはわかったが、大玉の影になっていたので、テンリはなぜバンカーを抜け出せたのか、ドンリュウにはその理由はわかっていない。ドンリュウは今も一生懸命に大玉を押し込んでいる。

しかし、一部始終を知っているナイは行動に出た。ナイはドンリュウによって梃子の原理を使ってもらうために近くにあった板へ向かって上空から猛然と突き進んで行った。

「そうはさせるか!変身!オートメーション・ミヤちゃん!」ミヤマは不可解なことを口にした。ナイはすると何事かと思ってミヤマの方を見た。それはナイの命取りになってしまう結果を呼んだ。

 高速で板に突っ込んでいたので、ナイはよそ見をしてしまったが故に勢いよく板に真っ正面からぶつかって問題の板を『バキッ!』と割ってしまった。ミヤマはにやりとほくそ笑んでいる。

「うおー!ナイどんは一体どうしたのでごわすか?ナイどんは板を割ってしまたでごわす!ナイどんは無事でごわすか?」ドンリュウは必死になって大玉を押し出そうとしながらもナイの心配をした。

「あが!あが!はい。おれはなんとか無事みたいです。しかし、板は使いものになりそうもありません。ミヤマさんは卑怯ですよ。結局は変身しなかったじゃありませんか。あれは完全な詐欺ですよ。って、ミヤマさんはすでにいない!くそー!こうなったら、テンリさんの使っていたものを再利用させてもらうしか残る術は・・・・って、板がない!なんという悪賢さ!ミヤマさんは板を持って行っちゃったんですね?うーむ。敵ながら、ミヤマさんは天晴れです」ナイはそう言うと板を持って消えたミヤマの方をしみじみと眺めた。

ドンリュウに板を使わせない事とテンリの板を持ち逃げする事の二つがミヤマのやるべきことだったのである。ここには使うことのできる板はその二つ限りしか存在していない。

ドンリュウはナイの不可解な行動について聞いたので、ナイは正々堂々とその理由を説明した。しかし、大らかな性格をしているので、ドンリュウはそれについて特に気にはしなかった。少しだけ申し訳なさそうにしていたナイは安堵することができた。結局はドンリュウが自分の大玉をバンカーから脱出させるためにはかなりの時間を要することになった。結果的には抜け出すことはできたという訳である。

しばらくの間のテンリは大玉を転がし続けた。今はドンリュウもバンカーから大玉を脱出させているが、テンリは二メートルくらいドンリュウをリードしている。しかし、テンリは安心をしていない。

テンリは第三の試練に立ち向かうことになった。ルートにはなぜか赤い絨毯がひかれているので、現在のテンリはその上で大玉を転がしている。テンリは用心深く周囲に気を配った。

両サイドには噴射口があったのだが、そこからはテンリの大玉に向かって光の気体が噴出された。これには上空を飛行していたテンリのサポーターであるミヤマもびっくりである。

「わあー!今度は何だろう?何もなければいいんだけど、そんな訳はないよね?わあ!やっぱり、そうだった!」テンリは驚いている。光の気体を浴びた大玉は自分の意志でバウンドを始めた。しゃべることはできないが、テンリの大玉には生命が与えられたという訳である。ミヤマはテンリと同様の反応を示している。

 どうしてそんなことになったのかと言うと、さっきの気体は簡単に言えば『ソーサリー・フォース』だったからである。『ソーサリー・フォース』と言えば、かつて『医療の地』においてミヤマやキラやイバラといった面々が芸をすることによって得ていたあの魔法の力のことである。

 実は『ソーサリー・フォース』というものには魔法使いの力を強めるだけではなくて今のようにして物に生命を与えるという神秘の力を持ち合わせていたのである。テンリはそれを今になって知った。

 テンリの大玉は『ボヨン!ボヨン!』と暴れているので、テンリは自分の大玉を手に負えなくなってしまった。ドンリュウはテンリがそうこうしている内にこの場にやってきてしまった。

 しかし、ドンリュウは自分の大玉にすんなりと『ソーサリー・フォース』を浴びせることにはならずにテンリの大玉はドンリュウの所に行ってドンリュウのことを不意に襲った。

「え?あれはなんなんだい?テンちゃんの大玉はドンさんに恨みでもあったのかな?ああ。そうか。そう言えば、恨みはあったな。テンちゃんの大玉がバンカーに入るきっかけを作ったのはドンさんだものな。あの時のドンさんは自分の大玉をテンちゃんの大玉にぶつけていたものな。納得だ」ミヤマはテンリの大玉の襲撃を受けて踏み潰されているドンリュウを見ながらしみじみとした口調で言った。

「でも、ぼくの大玉くんが先へ進んでくれなければ、ぼくも前に進めないよ。どうしようか?そうだ!大玉くん。ぼくはおもしろいお話を聞かせてあげるから、大玉くんは帰ってきて!」テンリは誘いをかけた。ドンリュウをぎったんぎったんにしていた大玉はするとテンリの所に帰ってきてくれた。

 テンリは大玉に対して『ガラスの心』という話を聞かせながら歩くことになった。大玉はテンリが転がさなくても自分で転がって行ってくれている。テンリの手際は見事なので、ミヤマはテンリのことを称賛してくれている。結果的にはこのステージもテンリの勝利で終わることになった。

 ドンリュウは大玉に踏みつぶされて虫の息になりながらもなんとかして自分の大玉を『ソーサリー・フォース』が噴射される所まで持って行くことに成功した。ドンリュウは疲弊している。

 一騒動はドンリュウの大玉にも『ソーサリー・フォース』が振りかかるとまた起きた。あろうことか、ドンリュウの大玉もドンリュウを踏み潰し始めた。ドンリュウは踏んだり蹴ったりである。

「あれれ?これは一体全体どういうことですか?ああ。そうか。バンカーの前ではテンリさんの大玉に当てるためにドンリュウさんに投げ飛ばされてその後もミヤマさんに蹴り飛ばされたから、ドンリュウさんの大玉さんは怒っている訳ですね。大玉さんは色々と大変なんですね」ナイは平然としている。

「って、ナイどんはしみじみと語っている場合ではないでごわす!というか、本来ならば、ミヤマどんが背負うべき責任までも、おいどんは背負っているのでごわすか?なんと言うことでごわす。これはしかもどうしたらいいのでごわすか?ん?大玉どんは止まったでごわす。ふー!やれやれ。大玉どんは気がすんだのでごわすな?」ドンリュウはようやく一息つくことができて心からうれしそうな顔をしている。

「でも、大玉さんの気がまたいつ変わるのかはわかりませんよ。となれば、さっきのテンリさんのようにして今の内に大玉さんを手懐けるっていうのはどうですか?大玉さんの気を窺うっていうのも変な話ですが、その方がこれからの保険になります」ナイは珍しく最もなことを言っている。

「うむ。それは確かにそうでごわす。ナイどんは時々いいことを言うでごわす。それではでごわす。おいどんはこれから愛の接吻をしてあげるから、大玉どんは大人しくするで・・・・って、うおー!」ドンリュウは大声を出した。それもそのはずである。大玉は『おえー!気持ちが悪い!』と言わんばかりにして逃走してしまったのである。上空のナイはそれを見ると大爆笑してしまっている。ナイにとっては対岸の火事である。

 しばらくは呆然としていたが、ドンリュウは我に返ると自分の大玉を追いかけることにしたのである。ナイはすでに真剣な顔になっている。ナイはここであることに気がついた。

ドンリュウの大玉は幸いにも順路に沿って逃走していたので、考えようによっては相当にドンリュウはラッキーなのである。ドンリュウは大玉を転がさなくても楽々と前に進むことができているからである。ドンリュウはそれに気づくとうれしそうにした。ドンリュウは基本的に単純なのである。

時間を少し早送りにする。テンリの大玉は大人しくなって今のテンリと大玉は折り返し地点を通過した所である。テンリはこのレースにおいて半分を制覇したという訳である。テンリは大玉が大人しくなっても話を聞かせながら前に進んでいる。テンリは大玉のことを友達だと思っているからである。

ドンリュウはもう少しで中間地点に到着する頃である。ドンリュウの方の大玉はすでに大人しくなっているので、ドンリュウは自分の手で一所懸命に大玉を転がしている。

「よーし!折り返し地点はおいどんの腕の見せどころでごわす!ナイどんはおいどんの神技・ドリフトをとくとご覧あれでごわす!」ドンリュウはそう言うとかなりの高速で折り返し地点に突っ込んで行った。

お約束と言うべきか、ドンリュウの大玉は大きくコースを外れて行ってしまった。ドンリュウは慌てて自分の手元から離れて行ってしまった大玉を追った。ナイはびっくり仰天してしまっている。

「うおー!ドンリュウさんはやっちゃいましたね?その意気ごみはすばらしいのですが、ドンリュウさんは些かさっきからそれが空回りしてしまっている感が拭えませんね。おれだって大して役には立てていないので、他の虫のことは言えないんですけどね。見た所はとりあえず試練がなければ、ドンリュウさんの方がテンリさんよりも大玉を転がすのはどうやら早いみたいだから、何もない時は落ち着いて行きましょう。割と平常心でいることは重要なことですよ」ナイは慌てん坊のドンリュウに対して的確なアドバイスをした。

「うむ。それもそうでごわす。さすがは若様に見込まれた男だけあってナイどんは地味にいいことを言うでごわす。これからのおいどんはという訳で落ち着いて巻き返しを目指すでごわす。勝負はまだまだこれからでごわす」ドンリュウはそう言うとしっかりと気を引き締め直した。ナイは満足げである。

 ドンリュウはすでに大玉を正規のルートに戻しているので、現在はドンリュウも帰路についている。大玉ころがしはいよいよ後半戦に入っている。一方のテンリは少しずつ着実に前に進んでいる。役に立っているのかどうかはわからないが、ミヤマはさっきからテンリに対して闘魂を注入してあげている。

「よっしゃー!南京錠!オー!イエス!魚市場!オー!イエス!この戦いには絶対に勝ってやるぞ!テンちゃん!オ・レ!」ミヤマは意味不明なことを言っている。ミヤマはさっきからずっとこの調子である。

 テンリでなければ『黙っていろ!』と言われそうだが、テンリは気合いを入れてもらえてミヤマに対してお礼を言っている程である。テンリはとびきりにやさしいのである。ミヤマは人間界の知っている言葉を口にしてテンリと一緒にがんばっている。テンリとミヤマの二人はやがて次のステージにやってきた。次は一体どんな困難だろうかとミヤマは探りを入れようとしたが、事態はいきなりに窮迫したものになってしまった。

「テンちゃん!なにかは発射しそうだ!」ミヤマは前を見ながらまじめな顔で言った。テンリは咄嗟に大玉を左に移動させた。事件はそして起こった。あろうことか、大玉を庇ったことによってテンリには矢が突き刺さってしまった。普通に考えるならば、矢の先端は大玉をパンクさせるために飛んできたとがっているはずである。だから、ミヤマはこの光景を目撃すると完全に青ざめてしまっている。

「わー!テンちゃんは重傷だ!まさかとは思うけど、死んじゃってはいないよな?ええと、こういう時はどうすればいいんだろう?おれはとりあえず死者蘇生のダンスを踊るべきか?いやいや。ここはやっぱり『魔法の杖』の出番だ。シラツユさんのところへ行けばきっと・・・・あれ?」ミヤマは不思議そうにしている。

テンリは起き上がると自分の体に刺さった矢を引っこ抜いて平然としている。テンリは重傷を負った訳ではなかったということである。テンリはとても穏やかな口調でミヤマに対して語りかけた。

「ミヤくんは心配をしてくれてありがとう。アマくんが障害物競走をしている時もそうだったけど、この矢の先端は吸盤でできているみたいだよ。お騒がせをしてごめんね」テンリはそう言うと大玉を転がし始めた。テンリは黒くて矢も黒いから、ミヤマは矢の先端が吸盤ではないと思ったというだけの話だったのである。後ろにはいよいよドンリュウとナイの二人が見えてきた。ミヤマはそれを認めながら言った。

「いや。テンちゃんが謝ることはないよ。騒いでいたのはむしろおれだから、おれの方こそごめん。そう言えば、矢はこの先にも10個以上も発射されそうなんだよ。おれはそこで提案なんだけど、さっきみたいにして大玉を庇うとテンちゃんに当たっちゃうから、テンちゃんは羽を広げて上から大玉を転がすっていうのはどうだい?」テンリのサポーターであるミヤマは上空を飛行しながらアドバイスをした。

「うん。それはよさそうだね。そうすれば、ミヤくんに言ってもらわなくても、ぼくにも矢の発射口が見えるものね」テンリはそう言いながらもすでに上から大玉を転がしている。テンリは素直なのである。

 テンリはそれでも大玉に二つの矢を当ててしまったが、ミヤマの作戦は概ね成功した。自分はさっきまであんまり役に立っていないのではないかと心配していたので、ミヤマはこれによってようやく少し気を楽にすることができた。ミヤマはミヤマなりにあれでもがんばっていたのである。

 ドンリュウはすでに矢の飛んでくる地域に突入しているが、今は矢なんてものにもあらずといった感じで驀進を続けている。ドンリュウは相も変わらずに大雑把な性格をしているのである。

 ドンリュウはなんらかの解決策を見つけた訳でもなくて大玉に矢が突き刺さっても構うもんかと言わんばかりにして大玉を転がし続けている。ドンリュウの大玉はその内に矢が邪魔をしてそれ以上は転がらなくなってしまった。今のドンリュウは全ての矢を引っこ抜くために立ち止っている。

「うーむ。力技ではやはりやっていけないようでごわす。さてと、おいどんはどうすべきでごわすか?おいどんは矢に当たらないように大玉を持ち上げて運べばよさそうでごわすが、それでは大玉ころがしではなくて大玉持ち上げになってしまうでごわす。ずるはいけないから、ナイどんにはなんらかの妙案はあるでごわすか?」ドンリュウはそう聞きながらもとりあえず大玉ころがしを再開している。

「おれはまたテンリさんの作戦を盗み見ちゃったんですけど、おれもバカじゃありませんから、二番煎じではなくて一つの案を提出させてもらいます。簡単な話です。ドンリュウさんには全力を出してもらいます。おそらくは超高速で回転している大玉ならば、大玉は矢も弾き飛ばしてしまうはずです」ナイは自信を持って言い切った。ナイ自身も興奮気味に踏ん張っている。ドンリュウは合点承知をした。

「なるほどでごわす。結局は力技でもいいのでごわすな。任せてくれでごわす。おいどんは無駄に体が大きい訳ではないのでごわす。おいどんのパワーをとくと見てくれでごわす!うおー!」ドンリュウはそう言うと大玉に向かって体当たりをした。ドンリュウは大玉に勢いがついた所でお相撲さんのようにして大玉に対して張り手と突っ張りの雨を降らせることにした。ナイはその迫力に驚愕をしている。

 そのすさまじさたるや零細企業が三日で一流企業に伸し上がったかのようなものである。勢いはそのくらいにすごいので、その後はドンリュウの大玉には矢が突き刺さることがなくなった。

 眠れる獅子のドンリュウはついに起きたので、勢いはこの矢のステージが終わっても尚も留まることを知らなかった。ドンリュウはどんどんとテンリとの距離をつめて行った。

 この試合は最後のステージである上り坂と下り坂に到着した頃にはテンリとドンリュウにほとんど差はなくなっていた。土壇場におけるドンリュウの脅威の追い上げである。


 『運動の地』では毎日が体育祭のようなものだが、一般的な体育祭とは違う所もある。それというのも『運動の地』では観客がいない場合もあるという所のことである。それは大きな違いである。

 第三者が選手とサポータについて行くこともできるが、それによって選手の集中力をそいだり、不正の温床になったりするために『運動の地』では基本的に観客は外へ追いやられる。

 今のアマギはやきもきしている。アマギにしてみれば、テンリはそれでも一生懸命に競技に挑んでいるであろうことは見なくてもわかることである。アマギはテンリのがんばり屋さんの気質をよく知っている。

例え、テンリが勝負に負けてしまっても、大きな心で許してあげることはできるが、テンリの保護者を自認しているので、アマギはどうしてもこんなケースには不安になってしまうのである。

「今頃のテンちゃんはどうしているかな?おれは虫を待つのは苦手じゃないけど、今回は例外だな。テンちゃんはケガをしていなければいいんだけどな。ナイくんとドンさんはしかも悪そうだから、テンちゃんに対してなにかの危害を加えていなければいいんだけどな」アマギはそわそわしながら言った。

「ふっふっふ、アマギくんはバカを言っちゃいけないよ。ドンリュウはおっとりしているし、ナイくんはチキンだ。その二人はどう考えてもテンちゃんに対して危害を加えるとは思えない。ドンリュウとナイくんはそれでもテンちゃんに対して危害を加えるようなことがあったら、二人はそれこそ破門だよ。まあ、心配はいらない。テンちゃんは勝利をしてパン・パカ・パーンのゴールが待っているに違いない」ソウリュウは自信を持って言った。ソウリュウは愛弟子の勝利を信じることよりもテンリが好きなのである。

「ソウリュウ様はテンリ様の勝利を期待されているのですね?それなら、私もソウリュウ様と同意見です。もしも、ドンリュウ様とナイ様が怖い方でもテンリ様にはミヤマ様がついているので、アマギ様は心配をしなくてもよろしいのではないでしょうか?」エナは最もらしいことを言った。

「確かにそうですね。エナ王女からもお墨つきを頂けたならば、間違いはないでしょう。無論。おれは初めからドンリュウとナイくんがテンリくんに悪さをするとは思っていませんでしたがね。おや?ミヤマくんとナイくんの二人の姿が見えませんでしたか?」トリュウは指摘をした。他の三匹はすると一斉に坂を見た。

 今のテンリとドンリュウの二人は確かに最後のステージである坂道にいる。上りと下りの坂は5つもあって段々と傾斜が高くなって行くようにできている。まさに心臓破りの坂である。

今のテンリは三つ目の坂であり、ドンリュウは二つ目の坂にいる。テンリはすでにくたくたの状態だが、ドンリュウはそれとは打って変わってまだまだ元気が一杯の様子である。

「行けますよ!ドンリュウさん!テンリさんとの差は着実に縮まってきています!このまま行けば、劇的な大逆転です!『ライフ・ライン』の二勝目です!」ナイはドンリュウを鼓舞した。

「うむ。気は少しばかり早いような気もするでごわすが、ナイどんはおいどんに勇気をつけてくれようとしてくれていることはよくわかったでごわす。だからこそ、おいどんはがんばるでごわす!ラスト・スパートでごわす!どうりゃー!」ドンリュウはそう言うと最後の力を振り絞った。それを見ると役目を果たせたので、サポーターのナイは益々大喜びをするようになった。ナイはドンリュウの勝利を確信している。

 テンリはドンリュウとは違って上述の通りにすでにへとへとである。元々体力のある方ではないので、テンリは相当にこの坂で体力を消耗させられてしまっている。テンリは息づかいが荒くなっている。

 ミヤマだけではなくてアマギやソウリュウの声援も聞こえてきたので、今のテンリは精一杯にがんばっている。ここはテンリの踏ん張りどころというやつである。ようはテンリの正念場である。

「疲れてきちゃったけど、もう少しだから、ぼくはがんばらないとね。皆は応援してくれているから、ぼくは最後まで勝負を諦めないよ。今の所はこのステージの攻略法は正攻法しかないものね」テンリはそう言うと三つ目の坂の頂上から勢いよく大玉を転がして自分も羽を広げてその後に続いた。

 下り坂では大玉に勢いをつけるというこの作戦はドンリュウの方も使っている。これはテンリのものを見てまねたのではなくてドンリュウの方にも同じ案が浮かんできたのである。テンリは一生懸命にがんばっているが、少しばかり早送りをしてしまうと、テンリとドンリュウはいよいよ土壇場の5つ目の上り坂で並んでしまった。このままのペースで行けば、ほぼ間違いなくドンリュウの逆転勝利は目に見えている。

「ちくしょう!なんてこった!キャプテンのおれがついていながらテンちゃんが負けるなんてことがあっていいはずはない!テンちゃんはここまでずっとがんばってきっていうのに!誰か!誰か!助けてくれー!ヘルプ!テンちゃん!」やけくそ状態になっているミヤマはもはや一人で喚いている。

 ドンリュウは勝利を確信してゴールに向かって最後の坂の上から大玉を転がそうとした。テンリにとっての幸運の奇跡はなんとその時にミヤマの願いをかなえる形で起きた。

 テンリの大玉は自分の意志で坂を上り始めた。それはかなりの高速だったので、テンリの大玉はすでに下り坂を転がっていたドンリュウの大玉を抜き去ってそのままゴール・テープをかけ抜けて見せた。全てはあまりにも高速で一瞬の出来事だった。選手のドンリュウとサポーターのナイは呆然としている。

 しかし、落ち着いている暇はなかった。暴走しているテンリの大玉はものすごい速さでエナに向かって行った。エナは突然の事態に直面して固まってしまっている。アマギはそんな中で行動に出た。

「なんだか、よくわからないけど、うおりゃー!」アマギはそう言うと『急撃のスペクトル』でエナの前に躍り出て自分の角でテンリの大玉を左の方に進路を変更させることに成功した。

 エナはその結果として救われたが、二本足で立っていたソウリュウは『ふげー!』と言ってテンリの大玉によってぺしゃんこにされてしまった。トリュウは相当にびっくりしている。

「やった!何が起きたのかはよくわからないけど、この勝負は逆転されてまた逆転したことによってテンちゃんの勝利だ!よっしゃー!よくやったぞ!テンちゃん!これにて『チーム』と『ライフ・ライン』の勝敗はタイだ!」ミヤマは一人で大騒ぎをしている。気持ちの上ではアマギも同意見である。

「それは確かに本当に喜ばしいことではありますが、ソウリュウ様はご無事なのでしょうか?私はアマギ様のおかげで命拾いを致しました。誠にありがとうございます」エナは律儀にお礼を言った。

「いや。別にそれ程のことはしていないよ。ごめんな。ソウリュウ。咄嗟だったから、大玉はよく考えないで弾き飛ばしちゃったよ。右に弾き飛ばしていれば、ソウリュウも無事だったのにな。まあ、ソウリュウは鉄人だから、このくらいはなんてことないだろう?」アマギは煽てるようにして言った。

「まあね。アマギくんはそれにしてもこういう時に限っておれを褒めてくれるんだね。アマギくんは謝ってくれたし、おれは実際にほとんどダメージを受けていないから、別にいいんだけど、この第二試合は最後の最後まで激戦だったな。おれは観ていないけど、途中経過の苛烈さは想像できるよ。なによりも、最後はテンちゃんの勝利だ!うれしいぴょん!」ソウリュウは柄にもなくその場で飛び跳ねた。

アマギとミヤマの二人は完全にソウリュウを白い目で見ているが、ソウリュウは気にしていない。ソウリュウはあまりにもうれしすぎて我を忘れてしまっている。今のソウリュウの箍は外れてしまっている。

「まあ、若様はとにかくさすがです。若様は小さいことを気にしない男ですね。テンリくんが勝利したことはいいとしても、おれはテンリくんがあんなに大玉を早く転がせるなんて驚いたよ。テンリくんは滅茶苦茶な力持ちだったんだな。虫は見かけによらないという訳か」トリュウは意外そうにしている。しかし、テンリの親友であるアマギでさえも、それについて言えば、全くの同意見である。

「いや。あれはおそらくテンリさんの怪力ではありません。大玉はあの様子だとほぼ100パーセントの確率で自分で転がっていましたから、テンリさんの大玉はまだ『ソーサリー・フォース』の余力があったので、それが発動したのだと思います。テンリさんは大玉に対してやさしくしていましたからね。中々の感動的なお話ですね」ナイはしみじみとした口調で言った。ドンリュウは同様にして感じ入っている。

 試合中のテンリは自分の大玉に対して話を聞かせてあげたり、大玉を庇って自分が矢の標的にされたりしていた。つまり、ものであっても大事にすることに越したことはないという訳である。

「そうか。やっぱり、そうなんだね。ぼくは大玉くんにはお礼を言わないとね?だけど、これって反則なのかなあ?ぼくの力で勝った訳じゃないものね?ドンさんはどう思う?」まじめなテンリは聞いた。さすがはやさしさを売りにしているだけあってテンリは勝負事でもこうである。アマギは感心をしている。

「うむ。おいどんはテンリどんの大勝利だと思うでごわす。些かは偶然っぽいでごわすが、大玉にやさしくするというのも勝負のかけ引きの一つでごわす。この勝負はおいどんの完敗でごわす。自分で言うのもなんでごわすが、おいどんとテンリどんは一生懸命にやったから、いい勝負だったでごわす」ドンリュウはそう言うとテンリの所に歩み寄ってテンリに対して握手を求めてきた。テンリはスポーツ・マン・シップに乗っ取って素直にそれに応じることにした。これにて『チーム』は初勝利を上げた。これによって先程のミヤマも言っていたが『チーム』と『ライフ・ライン』の対戦成績は一勝一敗のタイになった。

 ミヤマはソウリュウに対して真っ先にドンリュウとナイの悪行をちくった。悪行というのはドンリュウがテンリの大玉に向かって自分の大玉をぶつけてきたことを言っている。

 ミヤマによって『お宅はどういう教育をしているのよ!』と言われてしまったので、ソウリュウは止むを得ずにドンリュウとナイに対して虫としての生き方について述べることにした。

 テンリは大玉にお礼を言うとアマギとエナの二人によって歓声つきの出迎えを受けることになった。テンリのことは大好きなので、アマギはこれ以上ない程に感極まっている。

 ソウリュウという名の侵入者はミヤマも含めた『チーム』のメンバーが喜んでいるとテンリを祝おうとしてやってきたので、アマギは追っ払ったが、テンリはそれでもソウリュウの祝言をしっかりと受け取った。テンリは皆に褒められてうれしいのである。ミヤマはサポーターとしての役割を果たして誇らしげである。

 ソウリュウは『ライフ・ライン』の所に戻ると今度はドンリュウとナイのことを褒め称えた。ドンリュウは勝負に負けてしまったが、よくがんばったであろうことは察することができるので、ソウリュウはドンリュウとナイのことを責めたり、なじったりするようなことはしなかった。

 ソウリュウは自分の弟子を褒めて伸ばすタイプの師匠なのである。トリュウはそれに追随してドンリュウとナイに対してやさしい言葉をかけてあげることにした。これこそはソウリュウ一家である。

 ドンリュウとナイは感動をしてこれからもがんばって生きて行くことを決心した。ただし、ドンリュウは第4のコンペティションでトリュウのサポーターを務めることになるが、ナイはこれにてお役ごめんなので、これからは応援に精を出そうとすでに気持ちを切り替えている。

 今の対戦成績はタイなので、次の試合で勝った方は必然的に勝利に王手をかけることになる。まだまだ『チーム』VS『ライフ・ライン』の戦いにも目を離すことはできない。


 次の第三試合は綱引きである。対戦カードはミヤマVSソウリュウになっている。サポータはそれぞれエナとトリュウの二人が登録されている。選手は共にキャプテンがぶつかり合う訳である。

 テンリたちの8匹は綱引きの行われる競技場まで『サークル・ワープ』でやってきた。今回はナイとアマギの二人がシラツユの所に行って競技の説明を受けることになった。

 アマギにはいい加減な所があるので、ミヤマはしっかりと話を聞いてきて欲しいという旨をナイに対して忘れずに伝えた。別にアマギを信用していない訳ではないが、ナイは丁重にシラツユの話を聞いてテンリたちの他の6匹の元にアマギと一緒に帰ってきた。ナイはそつなく仕事をこなしてきた。

 例によって例の如く今回の綱引きもスタンダードなものではなくて特別な要素が加味されている。第三試合ではミヤマとソウリュウの二人には様々な試練が待ち受けている。

最初に言っておかないといけないのは綱引きは三回戦が行われて先に二勝した方が勝者となる。スタンダードなのは第一戦だけである。第二戦は借り物競走の要素が加味されている。第三戦は障害物競走と大玉ころがしの二つの競技の要素が加味されている。第三試合は少しばかり複雑なのである。

まずは綱引きの第一戦である。綱引きの試合場はフェンスで囲まれているので、テンリを初めとした観客の4匹はその外で見物していないといけない。つまり、観客の見物は許可されている。

「君が勝つだって?はっ!笑わせてくれる!君くらいの虫なんていくらでもいる!君はしょせんザコに過ぎない!ザコは勝とうがどうしようが、誰も喜びはしないんだよ!くっ!いいえ!そんなことはないわ!この世の中で敵だけしか存在しない虫はいないものよ!あなたはあなたらしくしていれば、それでいいのよ!ありがとう!天使さん!おれはがんばるよ!うおー!燃えてきたー!」ミヤマは気張っている。

「っていうか、あれはなんですか?ミヤマさんは大丈夫ですか?なんだか、行ってはいけない領域まで行ってしまっているような気がするのはおれだけでしょうか?」ナイは呆然としている。

「あはは、いつものことだけど、初見のナイくんは確かにびっくりしてもしょうがないかもな。こういう時はやさしいから、テンちゃんはいつも解説をしてくれるんだぞ」アマギは話を振った。

「ううん。別にやさしいからっていう訳でもないけど、今回のミヤくんは逆境を乗り越える物語の主人公を演じることにしたんだよ」テンリはミヤマの意図を汲むのがうまい。

「まあ、テンリ様はミヤマ様のお考えがよくおわかりになるのですね?私はミヤマ様の独特の気合いの入れ方も嫌いではありません。私はミヤマ様のサポーターとして精一杯にがんばろうと気持ちを新たにすることができました」エナは相も変わらずに上品な口調で言った。エナは滅多にぶれることがない。

「エナ王女はさすがに寛大ですね?それでは若様のサポーターとしておれもなにかをしなくてはいけませんね?ドン!ドン!若様!ドン!」トリュウはそう言いながらドンリュウのでかい腹を叩いている。

 ただし、ドンリュウのお腹は太鼓ではないので、寂しいことにも無音である。トリュウはただ単に口で『ドン!ドン!』と言っているだけである。苦しまぎれのトリュウの一策である。

「うむ。おいどんの腹にこんな使い道があったとは知らなかったでごわす。さてはて?若様はこれで元気が出たでごわすか?」ドンリュウは目一杯に腹を突き出しながら問いかけた。

「まあ、そこそこね。なんだか、寒いコントを見せられているような気がしないでもないけど、トリュウとドンリュウの気持ちはうれしいから、オール・OKだ。さてと、元気は出たことだし、早速だけど、エース・若様の戦いは開幕だ!」爽やかなソウリュウは高らかに熱意のある宣言をした。

ミヤマとソウリュウとサポーターの二匹は試合の行われるフェンスの中に格好をつけて入場した。観客のテンリたちは盛大に選手を送り出すことにした。ミヤマは自分に酔いしれている。

ミヤマとソウリュウの二人はサポーターの力を借りて体に綱をしっかりと結びつけてもらった。試合はすぐに開始である。ミヤマとソウリュウの二人はトリュウによる『はっけよーい・のこった!』という相撲のようなかけ声によって地面でがんばり始めた。第一戦はスタンダードな綱引きである。

ミヤマとソウリュウの二人を繋ぐ綱の真ん中には白色の印がついているので、それを自分の陣地に引き寄せることができたならば、その選手がその時点で勝利を収めるという訳である。

ソウリュウは体が大きくて力持ちだが、ミヤマの方も負けずに『シンフォニーの戦い』と『トライアングルの戦い』を経験してパワー・アップしているので、今はどちらも一歩も譲らない大熱戦である。

「フレー!フレー!若様!若様はいつもいいことをしているから、この勝負はきっと勝てます。言うまでもないかもしれませんが、どうか、若様は誇りを持って下さい。若様のことだから、若様はこの勝負に勝って『ライフ・ライン』のメンバーを幸せにしてくれると信じています」上空のトリュウは言った。

「トリュウ様は褒めて褒めてソウリュウ様を波に乗らせる作戦なのですね?だとしたら、私もなにかをしなくてはいけませんね。どうか、ミヤマ様は持ち味を出してがんばって下さい。私もそうですが『チーム』の皆様もミヤマ様のことを必死になって応援をして下さっていますよ」エナは言った。

「ありがとう。エナ王女からはいい言葉をもらったんだから、おれは益々元気が出たよ。ん?おれの持ち味を出す?それならば、これはどうだ!カッター・ナイフの三段跳び!ホースとポンプの未来予想!とどめだ!三角帽子!」ミヤマは相も変わらずに下らないことを言いまくっている。

「やれやれ。ミヤマくんはその程度のギャグでおれを笑わせようなんて甘いな。仕方ないから、おれは手本を見せてあげよう。ビニール・シートの上の若様!」ソウリュウは高らかに公言をした。

 ミヤマとエナは陽気なソウリュウとは違って完全に白け切っている。今のソウリュウのギャグはどう考えてもミヤマのさっきのギャクと同じか、あるいはそれよりも次元が低いからである。

 トリュウだけはソウリュウに気を使って一人で大爆笑をしている。自分のギャグは不発だったということに気がついたので、ソウリュウは恥ずかしくなってしまっている。

「まあ、前座はこのくらいにしてそろそろ決着をつけるとしようか。ミヤマくんには悪いが、この勝負はやる前からおれが勝つことがわかりきっていたんだ。行くぞ!ミヤマくん!」ソウリュウは呼びかけた。エナはものすごく心配そうな顔をして戦況を見つめている。ミヤマは嫌な予感を抱いている。

 ミヤマは身構えたが、ソウリュウの力はその途端に抜けた。ミヤマは一気に自分の所に綱を引っ張ろうとしたが、ミヤマにはとてもじゃないが、そんな芸当はできなかった。

 次の瞬間のミヤマはぶっ飛んでいた。トリュウはしてやったりという顔をしているが、ミヤマはあまりにもかわいそうなので、チーム・メイトのエナは絶句してしまっている。

 何が起きたのかと言うと、ソウリュウは『突撃のウェーブ』を使ったのである。一回は羽を広げるためにさっきのソウリュウの力は弱まっていたのである。ミヤマは成す術もなく吹き飛んだ。第三試合の第一戦はソウリュウの圧勝である。ソウリュウは初めから『セブン・ハート』を使うつもりだったのである。

「ミヤマ様は大丈夫ですか?おケガはありませんか?」エナはそう言いながらミヤマの所に駆け寄った。エナはなんだかんだいってもミヤマのことが嫌いな訳ではないのである。

「うぐ!おれはどうやらもうダメみたいだ。エナ王女はテンちゃんとアマとナノちゃんの皆に対して伝えておいてくれるかい?『愛しているぜ』ってな」ミヤマはそう言うと生気を失った。

「くっさ!今のおれはおれの人生の中でも最もくさいセリフを聞いた気がするよ。おれは確かに『セブン・ハート』を使ったことを悪かったと思っているよ。ごめん。ただ、さっきのはナイくんに当てた時と同じようにして手を抜いていたから、ミヤマくんは重傷ではないはずだ。ミヤマくんは中々の演技派みたいだけど、嘘だっていうことはおれにはバレバレだな」ソウリュウは言い切った。ソウリュウはさばさばとしている。

「そうでしたか。まあ、おれはミヤマくんが無事でほっとしたよ。若様が試合に勝ってもケガ人が出てしまったら、後味は悪いし、うれしさは激減してしまうからね。それでは他の皆にもきちんと『ライフ・ライン』の勝利を宣言したら、早速ですが、第二戦に入るとしましょう」トリュウはてきぱきと言った。

 フェンス越しに見ていたとはいっても『ライフ・ライン』の勝利が宣言されると、ソウリュウ一家のドンリュウとナイの二人はソウリュウの勝利について小躍りをして大喜びをすることになった。

 テンリはミヤマの体を気遣ったが、ミヤマはやはり無事だった。アマギはミヤマに対して『敗北を気にすることはない』とやさしい言葉をかけてあげた。どうにかこうにか、ミヤマはそれによって名誉挽回と汚名返上をするために雪辱に燃える男と化した。ミヤマはいつになく気持ちを高ぶらせている。

 選手とサポーターの4匹は次に試合を行うために隣の試合場に移ることになった。部外者の4匹は先程と同じようにしてフェンス越しに戦いを観覧することになった。この第三試合は競技の説明の前に言っておくと三回戦しかないので、先に二つ取った方が勝利を収める。ソウリュウはあと一つを取れば勝ちだし、次を落とせば、逆の立場のミヤマは敗北が決定してしまうので、ミヤマにはもはや後がないことになる。

第二戦の競技の説明に入ることにする。詳しく聞かないと、これは全く綱引きではないのかと思うかもしれないが、言ってみれば、今回の試合はシャトル・ラン式の借り物競走である。

選手は最初に垂れ下がっている綱を引くので、一応は綱引きではある。選手がその綱を引くとガラス越しに4色で構成されている漢字の一文字が書かれた札が上がってくる。選手はその文字と同じものをブロックで作ればいいという訳である。作品を作る場所から見てブロックはそばではなくて左右の離れた所にある。だから、シャトル・ラン式だと言ったのである。作業場からブロックのある場所まではそれぞれ三メートルも離れているので、選手にはかなりの運動量が求められる。色は赤と青のブロックが右側にあり、黄と緑のブロックは左側にある。ルールの説明はこのくらいにしておくことにする。

ミヤマとソウリュウの二人は自分たちがブロックで作るものを決定することになった。ブロックで作る文字は『上・中・下・山・川』の5種類である。一番に簡単そうなのは『川』である。一番に難しそうなのはやはり『中』かもしれない。選手はすでに選択の時点で勝負を有利にするか、否かは決まってしまう。

「よし!いい文字が当たりますようにという願いを込めてダンスを踊ろうか!ソウリュウもどうだい?これはテンちゃんも大好きな振りつけだよ」ミヤマはそう言いながらもすでに踊り出している。

 ソウリュウは『テンちゃん』という言葉を聞くと目の色を変えてミヤマのダンスをまねし出した。ソウリュウの弟子のトリュウはミヤマのまねをするソウリュウのまねを始めた。

もっとも『テンちゃんも大好き』というのはミヤマの口から出まかせである。ミヤマたちのことを遠目に見ている部外者のテンリたちは一様に不思議そうな顔をしている。エナは横から口を挟んだ。

「ミヤマ様は『上』です。ソウリュウ様は『下』ということで決まりです」エナは不意に不思議なことを言い出した。ダンスをしていたミヤマとソウリュウとトリュウの三匹は踊りを止めた。エナは綱を引っ張ってソウリュウとミヤマの作るものを勝手に決めてしまっていた。エナは自由奔放である。

「えー!これは綱引きなのにも関わらず、サポーターのエナ王女は綱を引いちゃったのかい?」ミヤマは驚きを隠そうともしていない。ただし、それはソウリュウとトリュウも同じである。

「申し訳ありません。見るに忍びない不気味なダンスを見せられてあまりにも手持ち無沙汰だったので、私はつい引いててしまいました。お許し下さい」エナは恐縮してしまっている。

「って、エナ王女は滅茶苦茶に素直ですね。素直すぎて怖い!」トリュウは感想を漏らした。

「まあまあ、ミヤマくんもトリュウも落ち着くんだ。別にエナ王女が何を言おうが何をしようが動じることはない。男たるもの、女性の我がままを聞いてあげることができないといけないものだよ。おれはエナ王女の決めてくれた『下』を作るとしよう。さあ!第二戦の開幕だ!」ソウリュウはそう言うとブロックのある場所まで飛んで行った。トリュウはその後に続いている。ミヤマは慌てふためいている。

「って、おい!ソウリュウは自分のペースで勝手に試合を始めるなよ!ソウリュウは相も変わらずにしょうがないやつだな」ミヤマはそう言いながらもすでにブロックのある所に移動をしている。

 ソウリュウは公然とフライングをしていたが、心は広い方なので、ミヤマはそれを許容してあげることにした。ソウリュウは自分のチーム・メイトであるエナの暴走を許してくれたから、ミヤマもソウリュウを許してあげたという側面がない訳ではない。エナはちゃんと自分と握手をしてくれたから、ソウリュウはエナを許してあげたという側面もある。これこそはギブ・アンド・テイクというものである。

 出だしの早かったソウリュウはブロックの所にすでにやってきている。ソウリュウは赤と青のブロックの所にやってきているが、なんのブロックが必要なのかはしっかりと頭に入っている。

「運ぶものはブロックです。となると、若様はブロックをくっつければ、一気に4個くらいは運ぶことができます。おれのこの作戦はいかがでしょう?」トリュウはソウリュウに対して恭しく聞いた。

「それはナイスだ。重くなるから、スピードは落ちるかもしれないが、おれはちょうどその方がいいかなと思っていたんだ。必要なブロックは三つくらいしか記憶をしていないが、余分に持って行ったら、悪いというルールはないしな。それでは行くぞ!」ソウリュウはそう言うと欲張って5個もブロックを持って作業場に戻って行った。割と頭は切れるし、無類の力持ちなので、ソウリュウはこのゲームには打ってつけの能力を持っている。ソウリュウは早くも勝てそうな予感を抱いている。今のソウリュウは肩で風を切っている。

 ミヤマは黄と緑のブロックの所にやってきている。ミヤマはとんでもないチョンボをしてしまった。ミヤマは何色をいくつ持って帰ればいいのかを覚えないでここまできてしまった。どちらかと言えば、粗忽者ではないので、ミヤマにしては珍しいミスである。エナはそれについてのコメントをした。

「ソウリュウ様のペースに乗せられてしまったのですから、それは致し方ありません。黄色は5つ必要ですので、とりあえずはそれだけを持って行きましょう。無理は禁物なので、ミヤマ様は持てたらの話ですが」エナはしっかりとミヤマのことを気遣いながらサポーターの役目を果たしている。

「おお。エナ王女はちゃんと記憶しておいてくれたのか。それじゃあ、おれはがんばって5つのブロックを運ぶことにしよう。ブロックをくっつければ、無理ではないはずだ」ミヤマはそう言うとさっきのソウリュウと同様にして5つのブロックを持って羽を広げた。ミヤマにはガッツがある証拠である。

「私には少し意地悪な作戦が頭をよぎったのですが、もしも、よろしければ、ミヤマ様は聞いては下さいませんか?」手ぶらのエナはミヤマと一緒に飛行をしながら問いかけた。

「ああ。おれはもちろん聞くよ。さっきの恩もあるし、エナ王女は今までのやり取りから行っても信じてもいいっていうことがおれにはわかっているからな。それで?その作戦っていうのは何のことだい?」ミヤマは興味が津々である。エナはもったいぶることなく自分の考え出した作戦を口に出した。ミヤマはそれを聞き終えると大いに驚くことになった。エナは中々の妙案を考え出していたのである。

 もしも、それを成功させることができれば、この戦いには必ず勝てるとミヤマは確信をした。ミヤマは今の内にその作戦のための重要な伏線を張っておくことにした。

時間はここで早送りすることにする。ミヤマとソウリュウの二人はすでに作業場に必要なブロックを持ってきているので、あとはそれを組み立てればいいだけの状態になっている。

「おりゃりゃりゃー!熱血漢のミヤ太郎!燃えてきたぜー!この勝負は負ける訳にはいかないんだー!」ミヤマは相も変わらずに暑苦しい程にテンションがマックスである。今回の勝負はそんなミヤマとは裏腹にしてソウリュウが冷酷な形で勝利の宣言をすることになった。ソウリュウは壮快な心地で声を上げた。

「よっしゃ!一丁!上がり!おれは終わったよ。残念だったね。ミヤマくん。ミヤマくんは口よりも手を動かすべきだったね。おれのようにしてね。なんにせよ。勝ちは勝ちだ。ミヤマくんには悪いが、おれは先に二勝をしたから、この第三回戦はおれの勝ちとして『ライフ・ライン』と『チーム』の対戦成績は二勝一敗だ。トリュウは次を取れば『ライフ・ライン』の勝ちが決定するという訳だよ」ソウリュウは得意げにして話している。ミヤマはそうしている間にも真剣な様子で自分のブロックを組み立てて『上』という文字をブロックで完成させることに成功した。ミヤマはようやくここでほっと一息をつくことができるようになった。

「お言葉ですが、勝負はまだ決まっておりません。ソウリュウ様は確かにミヤマ様よりも早くブロックを組立になられましたが、その組み合わせはあっていないと意味はありません」エナは上品に指摘をした。ミヤマは最もらしくエナの話に頷いている。ミヤマとエナには腹に一物がある様子である。

「それは確かにそうですね。それじゃあ、おれは若様に代わって点検をして差し上げましょう。ええと、まずはここが赤で次が緑でそして・・・・まさか」トリュウは思わず目を見張った。

 ソウリュウは不思議そうにしてトリュウの視線の先を見てみいるとトリュウと同様にして息をのむことになった。本来ならば、完成図にのっとって赤でないといけないにも関わらず、ソウリュウの組立てたブロックには一カ所だけ黄色が使われている部分があった。それこそはエナの考え出した作戦だった。バレたら、それまでだから、多少の運は必要になってくるが、エナはミヤマに対してソウリュウのブロックにわざと間違ったものを間に入れるように指示を出した。ミヤマはソウリュウがブロックを置いている間にその通りの小細工をしていた。ミヤマとエナの作戦は結果的に大成功を果たした訳である。

 ソウリュウとトリュウの二人は念のためにミヤマの作り上げたブロックの組み合わせに間違いがないかどうかを確かめてみたが、間違いはどこにも見当たらなかった。第三試合の第二ラウンドはミヤマの大逆転による勝利である。第三試合の結果はミヤマとソウリュウのタイになったので、次の第三ラウンドを取ったチームはこの戦いに勝利することができる。第三試合は熾烈な戦いになっている。

 ミヤマたちの4匹はテンリを初めとしたギャラリーの4匹に対して結果の報告をした。テンリはミヤマとエナのことを持ち上げた。アマギはエナのことだけを持ち上げた。アマギによって邪険にされてしまったミヤマはすねてしまったので、アマギは仕方なくミヤマのこともちゃんと褒めてあげることにした。アマギとミヤマの二人はふざけあっているだけである。だから、テンリは口を挟むことをしなかった。

 『ライフ・ライン』のドンリュウとナイはソウリュウのことを責めるようなことをせずにただただソウリュウの労を労った。ドンリュウとナイはサポーターのトリュウに対してもやさしい言葉をかけたので、少しはトリュウも気が楽になった。尊敬するソウリュウに対して黒星をつけてしまったトリュウの内面には次の戦いに対する熱き思いが宿っている。トリュウは敗北してもクールなままのソウリュウとはそこが違っている。

 ミヤマとソウリュウの二人は『チーム』と『ライフ・ライン』のギャラリーによる激励を受けてサポーターと一緒に次なる戦いに挑むことになった。ミヤマとソウリュウとサポーターの二人はルールを再確認すると試合の行われる場所にやってきた。第三試合の第三戦のルールを説明しておくことにする。

これは綱引きだから、選手のミヤマとソウリュウの二人は小さくて軽い鉄球を網で包んだ縄を引っ張ってこれからの行動をすることになる。何をするのかというと、選手は壁につっこんで部屋の中に入る。大抵の壁は紙でできているので、入室はすんなりとできるようになっている。

部屋の中で何が起きるのかは入ってからのお楽しみという訳である。用事がすんだならば、選手はすぐさまドアを開けて部屋を出て次の部屋に突入すればいいという訳である。

 選手のミヤマとソウリュウはスタートの時点でお別れをしてしまうので、戦況は空を飛んでいるサポーターのエナとトリュウにしかわからないようになっている。AコースとBコースでは内容が違うので、どちらを選ぶかは重要になってくる。ただし、どちらか一つは楽でもう一つは難関だとは限らない。

「さてはて?ソウリュウのことだから、男たるものは大きな心を持っていないといけない。おれはよってミヤマくんにどちらのコースを選ぶかを決めさせてあげようって言うだろう?それならば、おれはそれぞれの壁の前で寝てみて寝起きのよかった方に決めようかと・・・・」ミヤマは言いかけた。

「って、長ー!ミヤマくん。それはどんだけの気の長い話だよ!しゃーない!ミヤマくんが決められないのならば、おれが決めてやろう。エナ王女。決めて下さい」ソウリュウはお願いをした。

「あれ?若様が決めるんじゃなかったんですか?ああ。なるほど。若様はエナ王女に決めてもらうことを決めた訳ですね。若様はさすがに深遠なお考えをなさります」トリュウは感心をしている。

「それではミヤマ様とソウリュウ様に問題です。体は平らでほぼひし形をしていて細長い尾を持つ魚類といえば、なんでしょう?」エナは不意にクイズを出題した。ソウリュウは即座に『エイ』と答えた。

 ミヤマは早押しクイズに負けて悔しそうである。エナはソウリュウがAコースを進むように言った。ソウリュウは『A』に縁があったからである。エナは中々のユーモラスな感性の持ち主なのである。

 ミヤマやソウリュウやトリュウの三匹はこの凝った選択方法に対して感嘆の声を漏らした。ミヤマは体に網を括りつけて鉄球を引っ張りながらもBコースに進むことになった。ソウリュウはAコースに進むことになった。異論はミヤマとソウリュウにもなかった。第三試合の最終戦はミヤマによる『よーい・ぴょん!』というよくわからないかけ声によって幕を開けることになった。ミヤマは張り切っている。

まずはソウリュウの方の話である。ソウリュウは羽を広げて勢いよく紙を破って部屋の中に突入をした。部屋の下の方には剣山が敷きつめらていた。ここは初っ端からデンジャラスな部屋である。

「なんだか、不気味ですね。でも、落下しなければ、ただ、それだけでいいんですから、抜け目のない若様ならば、この部屋はちょろいものです」部屋の上空にいるトリュウはコメントをした。

「ああ。それもそうだな。しかし、気になるのはこの部屋の両サイドにある機械装置メカだ。どういう意味なのか、まあ、そんなことは気にせずに先へ進んで・・・・うお!」ソウリュウは思わず声を上げた。

 今のソウリュウが言っていたメカというのはアームつきのハエ叩きとしゃもじだったのだが、それは始動をしてソウリュウのことを下に叩き落とそうとし始めた。ソウリュウは間一髪でそれを避けた。

「にゃろう!恐れ多くも若様と呼ばれるこのおれに勝負を挑んだことを後悔させて・・・・うえ!」ソウリュウはそう言うとしゃもじに叩かれて剣山の待つ地上へ落下して行った。意気込みはよかったのだが、ソウリュウには鉄球がついているので、ソウリュウはその重みもあって対応しきれなかった。

 トリュウはそれを見るとルールを忘れてソウリュウのことを助けようとしが、部屋の上部はガラスで仕切られているので、トリュウはそれに間に合わなかった。トリュウはガラスを叩いたが、手の施しようはなかった。ソウリュウは剣山の餌食になった。トリュウは串刺しになるソウリュウを想像して目を背けた。

 一方のミヤマは勢いよく壁にぶつかっていた。ミヤマは文字の通りに壁にぶつかった。ミヤマは紙ではない本当の壁にぶつかって『ふげ!』というまぬけな声を上げることになった。

「これはなんだい?どういうことだい?おれは先に進むこともできずにリタイアしろっていうことなのかい?オー・マイー・ガー!おれはそんなコースを進むことになったのか?おれはなんて運がないんだ」ミヤマは壁にぶつかった痛みも忘れて絶望的な気分になっている。今のミヤマは悲壮感に囚われている。

「急いては事を仕損じます。上から見てみると、ミヤマ様の激突した壁の向こう側にはルームが見当たりません。私は最初から気になっていたのですが、壁の左側にはドアがあります。つまり、このステージはドアを開けて先へ進んでもいいのだと思います。気づくのが遅れてしまって申し訳ありません。ミヤマ様は気持ちを切り替えて・・・・まあ、なんということでしょう!ソウリュウ様は剣山の上に落ちて行ってしまいました!」エナは隣にある部屋を上空から眺めて言った。エナからはソウリュウの様子が見られるのである。

「なんだって?この戦いはそんなに危険なのかい?一番にハードなのはアマが出場した障害物競走なのかと思っていたけど、この綱引きの方がよっぽどきついのかもしれないな。怖いけど、おれは気を引き締めて行こう。おれは心してかからないと、命の保証はないみたいだ」ミヤマはそう言いながらもすでにドアを開けて先に進んでいる。第一の部屋はミヤマの方がわずかにリードするという結果になった。

 気はやさしいので、ミヤマは第二の部屋に向かいながらもソウリュウのことを心配してエナからその後のソウリュウの状況をきちんと聞いておくことにした。ミヤマは薄情者ではないのである。

 そのソウリュウはと言えば、五体満足で無事である。自力ではないが、ソウリュウは絶体絶命の中でどうにかこうにかしてピンチを切り抜けることに成功していた。ソウリュウは怒髪が天を衝いている。

「あんにゃろう!若様とも呼ばれるこのおれをバカにしやがって!しかし、この戦いは思った以上に過酷なものらしいな。この戦はしかも心臓に悪い。おれはこの調子で行くといくつ心臓があっても足りないぞ」ソウリュウはミヤマと同様にして第二の部屋に向かいながらも一人でぼやいている。

 ソウリュウはあの剣山が敷きつめられた部屋において結果的に地面まで降下してしまった。しかし、串刺しにはならず、今のソウリュウはこうして次の部屋に向かっている。

 下に敷かれていた剣はよくできたプラスチックでその上にソウリュウが落ちてくるとその重みで剣が中に引っ込むようにできていたからである。トリュウは肝を冷やしたが、ソウリュウは無事に退室することができた。しゃもじとハエ叩きはソウリュウが『突撃のウェーブ』でけちらして見せた。

ソウリュウは次の部屋の壁紙を突き破った。そうかと思うと、ソウリュウは不意にこの場から消えてしまった。何が起きるか、わからないのがこの戦いである。サポーターのナイは困惑をしている。

「えー!若様はいずこへ?おれは一体どうすればいいんだ?一つ目の部屋ではあんなことがあったから、おれは若様にはついていないといけないっていうのに!くそー!おれはどうしたらいいんだ!」パニック状態のトリュウは一人で大声を出している。それはトリュウらしくないことである。

 一方のミヤマの状況である。ミヤマは勢いよく第二の部屋に突っ込んだ。そこでは不思議な光景が待っていた。この第二の部屋は浴室になっていた。そこはユニット・バスだったので、洗面台があった。その洗面台には一匹のおっさんのシバエビが佇んでいた。シバエビはクルマエビにも似ているが、体長は約10センチなので、やや小型である。エビは海の翁や海の老とも言われて約3000種が知られている。

「おお。兄ちゃん。おじさんの背中をちょっと洗ってくれないか?」シバエビは聞いた。

「はあ。それでは洗いましょう」ミヤマはそう言うとタオルを熱湯に浸した。郷に入っては郷に従えとは言うものの、エナは上空でそれを穏やかな気持ちで見つめている。

 ミヤマはタオルでシバエビのおっさんの背中をごしごしやり、今度はそのお礼としてエビのおっさんもミヤマの背中をタオルでごしごしとやってくれた。これはギブ・アンド・テイクの一種である。

 ミヤマはそれが終わるとシバエビのおっさんの『ありがとう』という言葉を受けて部屋の外に出て行くことにした。ミヤマは第二の部屋を通過できた。エナはとてもうれしそうである。

「というか、怖っ!今のはなんだったんだい?謎だらけの部屋だな!結局は杞憂だったけど、おれはいつエビのおっさんが襲いかかってくるのかと思って怖かったよ」ミヤマは開口一番に言った。

「まあ、たまにはいいではありませんか。エビのおじさまは背中が綺麗になったことですし、一日一善をするのならば、ミヤマ様は今の部屋で目的を達成できたではありませんか。Bコースを進むことになったミヤマ様はきっとラッキーなんです」エナはミヤマを気遣って前向きな言葉を口にした。

「それは確かにエナ王女の言う通りなのかもな。よし!気持ちを切り替えるとしよう!」ミヤマはそう言うと次の部屋に向かうために飛行のスピードをぐんと上げることにした。ソウリュウは消失してしまっているので、二つ目の部屋はミヤマの方が早くクリアすることができた。ミヤマの立ち上がりは上々である。

 一方のソウリュウの行方についてである。簡潔に言えば、ソウリュウはスタート地点に戻った。ソウリュウが突入した二つ目の部屋の入り口には超特大の『サークル・ワープ』があったので、ソウリュウはそれでスタートまでワープしてしまった。ソウリュウはこれによってヒート・アップした。ソウリュウは一つ目の部屋において迫りくるハエ叩きとしゃもじに対して再び『突撃のウェーブ』でけちらして高速で一つ目の部屋をクリアすると二つ目の部屋の前でトリュウと合流している。トリュウは生気を取り戻している。

「ああ。よかった。若様はご無事でなによりです。おれは先程に若様が消えてしまって寿命が縮む思いでしたよ」トリュウはソウリュウから一通りの事情を説明されると安堵している。

「心配をかけた。ごめんよ。トリュウ。だが、このレースはやはり何が起きても不思議ではないということがわかった。おれはこの部屋の攻略法もわかったしな」ソウリュウは断言をした。

ソウリュウはさっきみたいにして部屋に突っ込まずにドアの方に向かって行った。ソウリュウは部屋の横にある通路を歩くと第二の部屋を脱出することに成功した。この部屋は解決法がわかると妙にあっさりとしているが、このステージはこれでクリアしたことになる。ソウリュウは颯爽としている。

「さすがは若様です。若様は聡明でいらっしゃる。次はおれもなんらかの形で役に立つようにしますので、どうか、若様はおれを見捨てないで下さい」トリュウは次の部屋へと飛行をしながら言った。

「ああ。もちろんだ。トリュウはおれのそばにいてくれるだけでもいいんだからな。さあ!次の部屋に着いた!いざ!突撃の時だ!」ソウリュウはそう言うと紙を突き破って部屋に侵入をした。

そこにはメカのカバがいた。部屋の奥行きは一メートル30センチあり、そのカバは全長が60センチもある。体長は約14センチのソウリュウからしてみれば、このカバはとてつもなく巨大である。しかし、ソウリュウは全くひるんでいない。ソウリュウはいかなる時も臆病風に吹かれることはないのである。

 カバはまだアクションを取らないので、ソウリュウはそうっとカバの横を通過しようとした。カバはその時に大きな口を開けてソウリュウを食べようとした。カバのそういう行動は予想ができたので、反射神経のいいソウリュウは寸前でそれを避けることに成功した。トリュウはしきりに感心をしている。

「さすがは若様ですね。お見事です。このルームはどうやらこのカバを倒さないといけないようですね。作戦は色々と考えられますね。『突撃のウェーブ』を使うもよし、カバの隙をついて部屋を出るもよし、スイッチがあれば、それを切ってしまうのもよしです」トリュウは思いついたことを次々と口にした。ソウリュウは今の案を全て試みたが、結局は全部が無駄に終わった。トリュウはがっかりとしてしまっている。

 『セブン・ハート』はカバには利かないし、カバは梃子でも出口から離れようとしないし、ソウリュウは探してみたが、パワーをオフにするスイッチはどこにも見当たらなかった。この部屋を出るのはどうにかこうにかして新しい作戦を考え出さないと難しそうである。ソウリュウはそれでも全く動じていない。

「うぐぐ」トリュウは唸っている。「こうなると、サポーターであるおれの腕の見せ所ですが、おれはどうすればいいのでしょうか?普通に戦って『セブン・ハート』すらも効果のないカバに勝つことはさすがの若様でも・・・・ん?そうか!普通に考えるから、おれはいけないんです!ここは逆転の発想でカバに食われてみるというのはどうですか?カバの体内にはいれば、この部屋を脱出するいい方法は判明するかもしれません」

「なるほど。トリュウはさすがにおれの弟子だ。とはいっても、カバに食われるのは勇気がいることだな。しかしだ。他でもないこのおれにできないことはない!」ソウリュウはそう言うとカバに向かって飛んで行っってしまった。カバは大口を開けてソウリュウのことを『ガブッ!』と食べてしまった。

 自分で提案したとはいっても、この後は一体どうなるのかとトリュウは上空で気を揉んでいる。ソウリュウを食べたカバは少し前進をしたので、カバと出口の間にはスペースができた。

 ソウリュウはそこに転がり出てきた。ソウリュウはカバのケツから『ぶりっ!』と出てきたのである。トリュウはあまりにも奇々怪々な事態に直面して思わず絶句をしてしまっている。

「なんだ?何が起きたんだ?臭い!これはガスの臭いか?まさかとは思うが、おれは排泄物としてカバの体内から出てきたのか?なんということだ!なんという絵だ!この若様とも呼ばれるこのおれがカバのケツから排泄されなんて!にゃろう!」ソウリュウはそう言うとカバに対して悔し紛れに特に効果はないとわかっている『突撃のウェーブ』を使った。ソウリュウはもはや怒りの化身と化している。

 とんでもない事態はすると起きた。回転台ターン・テーブルに乗っていたカバは反転をしてソウリュウのことを『バクッ!』と食べて再び反対側に排泄をした。あろうことか、カバは反転をして出口のドアをお尻で塞いでしまった。初期の状態に戻った訳である。となると、ソウリュウは再びカバに食われないとこの部屋を脱出することはできなくなってしまった訳である。これはまさしく最悪の状況である。

 空から逃げることは不可能である。サポーターのトリュウは確かにソウリュウの様子を見ることができているが、一度は話に合った通りにそれは屋根が厚いガラスでできているからである。

 再びカバの排泄物になるか、それとも『ライフ・ライン』に黒星をつけるかという葛藤の末にここは若様として再びソウリュウはカバに食われるという道を選んだ。ソウリュウはやはり一家の頭である。

 一方のミヤマである。ミヤマはすでに三つ目の部屋に入っていたのだが、大苦戦を強いられていた。この部屋は有刺鉄線のジャングル・ジムになっているので、ミヤマはその有刺鉄線を避けながらゴールに向かわなければならない。有刺鉄線はとても鋭利で虫を傷つけるには十分な鋭さを持っている。

「よくも、まあ、次から次へと危険な仕かけが飛び出してくるものだな。だが、大丈夫だ。このおれは柔軟性のあるソフトな男だからな。おれにかかれば、こんなものはお茶の子さいさいよ。よーし!半分はこれで行ったな?この調子で・・・・うわ!」ミヤマは不意に声を上げた。エナはびっくりしている。

 それもそのはずである。ミヤマは部屋の半分に至ると不意に警報機が鳴り出してこの部屋にだけ地震が発生した。周りは有刺鉄線だらけなので、ミヤマにとってみれば、この事態は大ピンチである。

「まあ、なんということでしょう。このお部屋はただでさえも難易度の高い部屋だというのにも関わらず、揺れも加わってしまったら、ミヤマ様の身の危険は倍増してしまいます。どうにか、致しませんと」エナは困惑しながらも必死になって作戦を考えている。その間のミヤマは完全に怖気づいてしまって一歩も動けなくなっている。ミヤマはとりあえずサポーターのエナの妙案に賭けることにした。

「物は試しなので、私は一つ提案をさせて頂きますが、ミヤマ様は一旦お下がりになって下さい。今度は足を地面につけずに上の方にあるジャングル・ジムを使ってみてはいかがでしょうか?」エナは提案をした。ミヤマはよく意味のわからないままエナの言う通りの行動に移ることにした。ミヤマはそうっと後ろに下がっていった。警報は鳴り止んで部屋の震動も収まった。部屋はまた揺れ出すのではないかとミヤマはびくびくしながらもジャングル・ジムの上の方まで登って再び前進を始めた。今度は揺れが発生することはなかった。

「おお。これなら、この部屋はクリアできそうだ。エナ王女はさすがに冷静だな。部屋の半分に足を踏み入れると、震動はくるけど、それはあくまでも床に足をつけていた時だけの話であって上の方のジャングル・ジムを使っていれば、センサーに反応することはないっていう訳だな。よっしゃ!このステージはもう終わったも同然だ!ありがとう!エナ王女!」ミヤマは晴れやかな顔をしてお礼を言った。

「いいえ。このくらいはなんでもありません。お役に立てたようなので、私はうれしい限りです。ミヤマ様は最後まで有刺鉄線でケガをしないようにお気をつけ下さい」エナは言った。ミヤマは素直に頷いた。

ミヤマはエナのファイン・プレーによって無傷の状態でこの部屋を抜け出すことに成功した。鉄球は邪魔だったので、時間はミヤマも食ってしまった。ソウリュウは何回もカバに食われていたので、この三つ目の部屋はミヤマの方が早く脱出している。ミヤマはこの第三戦が始まってからずっとソウリュウのことをリードしている。ソウリュウはそれでもしゃもじやメカのカバによって屈辱を受けて闘魂を燃やしているので、ここからソウリュウの追い上げが始まる可能性は大いにあり得ることである。

 こちらはソウリュウ・サイドである。ソウリュウは4つ目の部屋に入るとすぐ目の前に正体不明のドアを発見した。ソウリュウはその狭い部屋において微かにガソリンのような匂いをかぎ取った。まさか、引火されるのではないだろうかとソウリュウは一様の不安を覚えながらも室内の様子を窺った。しかし、異変はなかったので、ソウリュウは次のドアを開けて中に入ることにした。警戒心は解いていない。

 部屋の床には多くの氷が転がっていた。それはどういう意味なのか、よくわからなかったが、ソウリュウは出口へ向かった。異変が起きたのはその時である。ソウリュウはそれを敏感に察知した。

 部屋の両サイドからは大量の冷水が流れ込んできた。ソウリュウはそれを無視して出口のドアのノブを回したが、そのドアは施錠されていて恐るべきことに開かなかった。つまり、この部屋は密室である。

「くっ!この部屋の攻略法はなんだ?直に水が一杯になれば、おれは溺れ死ぬぞ!おれはこんな所で溺死するつもりはないぞ!この水は相当に溜まるのが早いな!どうする?トリュウにはなんらかのいい案はあるか?」ソウリュウは部屋の上空を飛びながら早急に助けを求めた。トリュウはアドバイスをした。

「ご安心下さい。今までのパターンを冷静に分析して下さい。剣山は偽物でした。消えたと思ったら、ワープをしただけでした。若様はカバに食われてもすぐに出てくることができました。おそらくはこの氷水も一杯になる直前で排水溝が開いて出て行ってしまうはずです」トリュウは早口になりながらも言った。

「そうか。それは確かにそうかもな。おれはパニック状態になっていたから、冷静な判断を下せなくなっていたみたいだ。トリュウはいいアドバイスをありがとう。ドアの錠はその内に開くだろう。鉄球はもう水に浸かってきたな」ソウリュウは部屋の上空を飛びながらも状況を把握した。トリュウの言葉を信じているソウリュウは水位が上がってきても余裕である。しかし、流し込まれる水の勢いは留まることを知らなかった。ソウリュウはどっぷりと水に浸かって大量の水に呑み込まれてしまった。虫は泳げないし、泳げたとしても、天井はガラスで塞がっているので、ソウリュウは逃げることができずにもがき苦しむことになった。水は満タンになっても少しも減ることがなくてソウリュウは水中で意識を失ってしまった。

 一方のミヤマ・サイドである。これからのミヤマはこの4つ目の部屋で束の間の壮絶な戦いを経験することになる。ミヤマは4つ目の部屋の壁紙を突き破った。そこにはボクサーのグローブをつけた二つの握り拳を見受けることができた。エナは早くも不穏な空気を察した。ミヤマは臆することなく出口に向かうと右ストレートからの左フックをもろにくらうことになった。エナはミヤマの不注意さを嘆いた。

「まあ、こうなることは最初から予測できたのにも関わらず、ミヤマ様はどうして正面から飛び込まれたのですか?これはもしかするとパンチをすり抜けて出口へ向かうものなのかもしれません。それよりも、おケガはありませんか?」エナはサポーターとしてしっかりとミヤマのことを気遣った。

「ああ。おれは無事だよ。あの程度の攻撃は屁でもないね。おれはどうして逃げなかったのかって?強者からの挑戦状を受けて引き下がるなんてこと、へへへ、おれにはできないのさ。生憎だが、おれは大人じゃないんでね。おれのモットーは『強きを挫いて弱きを助く』なんだー!」完全に行っちゃっているミヤマはそう言うとパンチ・マシンに向かって勇敢にも突撃をした。ミヤマは呆気なくジャブを受けて弾き返された。エナは不安そうだが、完全にボクサー気取りのミヤマは『やるじゃないか』と言って笑みを浮かべている。エナはミヤマのことが心配そうである。エナはもちろんミヤマの心と体の両方が心配なのである。

 その後のエナはミヤマに対して無理に戦いを挑まずに逃げてしまえばいいと説得をしようとしたが、ミヤマはすぐに蹴りをつけると言ってエナの助言に対して聞く耳を持ってくれなかった。

熱意は格好いいのだが、実際のミヤマはボコボコに殴られてばかりである。エナはそれでも立ち向かって行くミヤマの姿に感動するようになった。ミヤマVSパンチ・マシンの一戦は白熱したが、ミヤマは鉄球をぶら下げているというハンデがあるので、決め手はミヤマも欠いていた。

「あの、今更ですが、ミヤマ様の顎による打撃はどうやらグローブに大したダメージを与えていないようですので、ここは鉄球を有効的に活用してみてはいかがでしょうか?つまり、ミヤマ様は鉄球をグローブにぶつけてしまうのです。野蛮な作戦ですが、試してみる価値はあるのではないでしょうか?」エナは聞いた。

「はあ。はあ。それはナイスな作戦だ。おれはエナ王女がいてくれて助かったよ。それじゃあ、この戦いはこれで終わりだ。くらえ!アイアン・ボール!」ミヤマはそう言って即席の技名を叫ぶと尻尾のようにして全力で鉄球を二つのグローブに続け様にぶつけて見せた。エナは緊張をしてそれを見守っている。

 それは功を奏して二つのグローブは機能を停止した。ミヤマは快哉を叫んでエナに対してお礼を言うと格好をつけてこの部屋を辞した。ミヤマは晴々として充実した顔をしている。

 無駄な戦いだったような気もするが、男・ミヤマは自己満足に浸って幸福感に満ちている。ミヤマがそれでいいのならば、とりあえずはエナの方もそれで納得をしている。

 もう一つの修羅場の話である。氷水で一杯になった部屋に閉じ込められてしまったその後のソウリュウはどうなったのかというと、ソウリュウは何もない殺風景な部屋において『うわー!』という叫び声を上げていた。部屋の上空を飛んでいるトリュウは必死に声をかけているが、それは一向にソウリュウには伝わっていない。ソウリュウの叫び声が止むと、ソウリュウ本人はようやく目を覚ました。

「よかった。よくはわかりませんが、若様は苦しそうだったので、おれは気が気ではありませんでしたよ。若様はよっぽどの悪夢を見ておられたのですね?」トリュウは問いかけた。

「悪夢?そうか。おれが水死体になるあの場面は夢だったのか。しかし、これはおかしいな。おれはどうして急に眠ったんだ?別に寝不足という訳でもないんだが、そう言えば、おれはここに来る前に狭い部屋を一つ通過したな。悪夢はあれと何か関係があるのか?」ソウリュウは推理能力を働かせている。

「それはどうやら大当たりみたいですね。今の若様がいらっしゃる部屋と壁の間をよく見てみると壺があります。あれは間違いなく『魔法の壺』です。若様は今まで幻覚を見せられていたんです。おれは気づくのが遅れてしまいました。どうもすみません」トリュウは悲しげにしてきちんと謝った。

「いや。それくらいはいいよ。おれとしたことが、そんな単純な罠で醜態をさらしてしまうとは情けない。しかし、それはよしとしよう。おれはどんなに無様でも勝利をすればいいだけだ!最後に笑うのはおれだ!さあ!次へ行くぞ!」ソウリュウはそう言うとこの4つ目の部屋を出ることにした。柔軟性があるから、ソウリュウは恥をかいてもすぐに気持ちを切り替えることができる男なのである。

 ミヤマはしばらくグー・パンチと戦っていたので、4つ目の部屋を出たのはソウリュウとミヤマでほぼ同時だった。ただし、わずかにリードをしているのはまだミヤマの方である。

 ミヤマ・サイドである。ミヤマはすでに壁紙を突き破って5つ目の部屋に入っている。しかし、その部屋には何もなかった。つまり、部屋の中はがらんどうだった。エナはそれでも警戒をした。

「一応は気をつけて下さい。トラップが発動するかもしれないので、逃げる準備をしておくことに越したことはありません」エナは助言をした。ミヤマはするとそのエナの助言に対して素直に頷いた。

 ミヤマは恐る恐るといった感じで部屋の真ん中あたりまでやってきた。左右の壁のスピーカーからはその時『ピン・ポン・パン・ポーン!』という音声が聞こえてきた。神経を張りつめていたミヤマは思わず飛び上がってしまったが、ミヤマの身には特に危険が及ぶようなことはなかった。

「それでは問題です。人間界においてフリー・エージェント(FA)とは何のスポーツの用語でしょう?」壁に備えつけられたスピーカーからは不意に女性の澄んだ声でアナウンスが流れてきた。

 エナはひょっとするとこの問題に間違えるとミヤマにはきついお仕置きが待っているのかもしれないと思った。しかし、それは思っただけである。ミヤマは暴走を始めたからである。

「出題者はこの頭脳明晰なおれに対して知能で挑んだことを後悔するがいい。答えは言わずと知れたハッシュド・ビーフだ!」ミヤマはそう言うとスピーカーに向かって格好のいいポーズを決めた。

 よく『ハッシュド・ビーフ』という言葉を知っているなという感想はともかくとしても、エナは絶望的な気分になってしまった。ミヤマはどうしてふざけているのかというと、問題の答えはさっぱりわからなかったので、いっそのこと、笑いを取ればいいんじゃないのかと思ったからである。

 エナに相談したり、知っているスポーツの名を上げたりすればよさそうだが、ミヤマの芸人魂はそれをさせなかった。見事なまでのミヤマの暴走っぷりは相変わらずである。

「不正解です。正解はベース・ボールです。それでは先へお進み下さい」女性の声は言った。

「くそー!間違ったか!まあ、かすっては確かにいたんだけどな。残念だったよ。って、答えは間違っていても通っていいんかい!それじゃあ、問題は無視しても一向に差し支えなかったのかよ!まあ、いいや。おれは遠慮なく先へ進ませてもらおう」ミヤマはそう言うと堂々と前に歩き始めた。

「ミヤマ様はどうやらラッキー・ボーイのようですね。ただし、部屋を出るまでは緊張感を解かない方がよろしいかと思います」エナはしっかりとサポーターの役目を果たした。

 しかし、ミヤマは結果的にすんなりと部屋を出ることに成功した。つまり、この部屋は割とラッキーな部屋だった。ただし、今の所はという条件つきである。その後のミヤマは恐怖の体験をすることになる。

 ソウリュウ・サイドの話である。ソウリュウの入った5つ目の部屋は極寒になっていた。部屋の中にはそこかしこにドライアイスが設置されていたからである。ソウリュウは『寒い!寒い!』と言いながらも出口を目指している。いくらなんでも、しょせんは常夏に住む虫なので、ソウリュウは寒さに弱いのである。

「こういう時は暖かいお話をして体の中を温めましょうか。若様はおれが体調を崩してしまった時にはずっとそばにいてくれましたね?若様はそして『トリュウが元気がないと、おれもしょんぼりしてしまうが、おれはあえてそういう時でも元気でいたい。おれが元気でいれば、トリュウにもきっと元気をわけ与えることができるからだ』と言っておれのことをいつでも一番に考えて・・・・ん?なんだ?右の前方に何かはいますよ」トリュウはソウリュウのいる部屋を覗き込みながら不審そうにしている。

「折角のトリュウのいい話は頓挫かよ。おれは暖かい話を聞かないと本当にここで投資をするぞ。なんだ?うわ!」ソウリュウは飛んできたドライアイスの塊を避けた。トリュウの言う『何か』は姿を現した。

 それは体長が15センチの雪男のアンドロイドである。カバの次は雪男かと思いながらも、この雪男は倒すべきかどうかをソウリュウは考えた。しかし、結局は逃げることにした。

「さすがは若様ですね。若様は中々の賢明なご判断をしたと・・・・え?うわ!」部屋の外の上空を飛んでいるトリュウは驚いた。雪男はトリュウにまでドライアイスを投げつけてきたのである。

 ソウリュウはその出来事によって一つの可能性に気づいた。雪男はひょっとするとあんまり目がよくない代わりに音には敏感なのかもしれないとソウリュウは思ったのである。

 ソウリュウはそろりと動いて出口を目指すことにした。それは正解だった。雪男はソウリュウのことを見失ってそこらを当てもなく徘徊し出したからである。トリュウはまだソウリュウの作戦に気づいていない。

 ソウリュウが部屋の三分の二を超えた辺りでソウリュウの作戦に気づいたので、トリュウはわざと大声を出した。トリュウはそうすることによって雪男の注意を自分に向けたのである。

 ソウリュウはこの部屋を制覇したかに思われた。あくまでも思われただけなので、最後にはどんでん返しが待っていた。ソウリュウは勢いよく出口のドアを手前に引いた。ドアはするとゴムがついていたので『バタン!』という大きな音を立ててしまってしまった。ソウリュウは慌てたが、それは後の祭りである。

 今度はドライアイスを投下せずに雪男は尋常ではない速さでソウリュウの所までやってきた。ゴリラのような雪男はそうかと思うと両手を上に上げてソウリュウに覆い被さった。ソウリュウはその結果として『ぐえっ!』という哀れな声を出した。ソウリュウはまたしても大ピンチである。

「くそっ!寒いし、重いし、おれは最悪だ!なんという重さだ!この雪男め!食いすぎだぞ!少しは減量をしろ!」ソウリュウはそう言いながらも必死になってじたばたとしている。雪男は確かにソウリュウの言う通りにかなりの体重の持ち主なので、ソウリュウだけの力では雪男を払い退けることはできない。

 雪男はソウリュウのことを殴るために右手を上げた。しかし、そこはなんとかなった。トリュウは機転を利かせて上空から『ウホ!ウホ!』というゴリラ語をしゃべったら、雪男はソウリュウの上をどいてクレイジーな怪力を発揮して上に向かってドライアイスを放り出したからである。

 バタバタしていたが、ソウリュウはその間に5つ目の部屋を突破することができた。ソウリュウは相当に手間を取ったので、5つ目の部屋はミヤマの方が早く先に進むことに成功している。ソウリュウに追いつかれそうだったが、ミヤマはまたリードを広げた。トリュウは上空からそれをちらりと確認した。

 ミヤマは続いて6つ目の部屋に突入していた。部屋はまたしてもがらんどうだった。ミヤマはそれでも警戒心を解くことなくこの部屋を慎重に歩いて行った。エナは周囲に気を配っている。

 異変はそしてミヤマが部屋の半分まできた時に起きた。壁に備えつけられていた左右のスピーカーからは先程と同様にして『ピン・ポン・パン・ポーン!』という音声が聞こえてきた。

「続いては七五三についての問題です。三才は男の子と女の子の両方です。男の子だけは5才と7才のどちらでしょう?」先程と同じ女性の声はミヤマに対して問題を出してきた。

「よし!今回もどうやらおれの得意分野みたいだ!だけど、おれはよく考えてから答えを口にしよう!七五三と言えば、人間の子供だ。人間の子供と言えば、肉が好きだ。答えはよってロースト・ビーフだ!」ミヤマはそう言うとまたしてもびしっというような擬声語オノマトペでポーズを決めた。

 ミヤマは全く以って意味不明な論理を展開しているが、サポーターのエナはとりあえず黙認をしておくことにした。さっきは問題に不正解でも何も悪いことはなかったからである。

 ただし、思慮深いエナは今回も果たしてそれですむだろうかという一抹の不安もあった。エナのその考えはそして正解だった。装置はミヤマに向かって次の瞬間には作動していた。

 どうなったのかというと、ミヤマは不意に現れた機械のアームによって掴まれたブラシや雑巾によってしっちゃかめっちゃかにされてしまった。ミヤマは6本ものアームに覆われて身動きが取れないように固定されて大声で『ぎゃー!』というまるで断末魔のような切ない悲鳴を轟かせている。

「まあ、何が起こっているのかはよくわかりませんが、私はどうしたことでしょう?ただ、私はこの状態が終わるのを待つことしかできないのでしょうか?」エナはすっかりとおろおろしてしまっている。

 ミヤマは上記の通りにアームによってがっしりと体を掴まれていて身動きが取れないので、現状は残念ながらエナにはミヤマを助けてあげることはできそうにもない。

 無数のアームは作業が終わるとミヤマを出口に前にきちっと立たせた。ミヤマは自分でドアを開けて部屋の外に出てきた。エナは目を瞠ることになった。つまり、ミヤマは身体的には無傷だった。

 ミヤマは髪の毛を生やしてマントをして体がピカピカになっていた。これはミヤマに近づけばわかることだが、香水という名のおまけつきである。ミヤマはすっかりと優男である。

「ふふん。ぼくはこうして生まれ変わることができてよかったと思っているよ。確かに虫を見かけで判断することはよくないことだけど、たまにはハンサムになるっていうのも悪くはない。この世で一番のハンサムはだれかって?そりゃあ、ぼくでしょう。エナ王女。君の瞳にチェック・メイト!」ミヤマは言った。

「それでは次のお部屋に参上しましょう」エナはそう言うと飛行を開始した。

「って、スルーされた!まあ、折角だから、このかつらはもらっておくことにしよう。おれはきっとこれを見せたら、テンちゃんとアマからは大好評だろうな」ミヤマはそう言うと先に行ってしまったエナのことを追いかけた。なんだかんだいっても、ミヤマはイメージ・チェンジができて大満足である。

 先程の部屋において無数のアームが出てきた時はミヤマもどうなることかと肝を冷やしたが、結局はお笑い系のミヤマにぴったりの結末に終わった。ミヤマはこうして6つ目の部屋を後にした。

 ソウリュウ・サイドの話である。この戦いでは散々にひどい目にあってるので、ソウリュウは恐る恐るといった感じで6つ目の部屋に突入をした。そこではゼリー状のゼラチンで部屋が埋め尽くされているということが判明した。そこは見るからにしてところてんのような『プルン!プルン!』の部屋である。

「なんだ?まさか、企画者はこれを全て食べろというんじゃないだろうな?これを全て食べるということは体もこの大きさになるっていうことだぞ。それは絶対に無理だろう」ソウリュウはぼやいた。

「おれも確かに若様の意見に同意します。この部屋はとなると隙間を縫って徐々に出口を目指すというのが正解なのではないでしょうか?」トリュウは最もなことを口にした。

「だろうな。それでは早急に行動を開始だ!」ソウリュウはそう言うといそいそとゼラチンの中に入り込んでいった。ソウリュウは『プルン!プルン!』と妙な圧迫感を覚えながらも着実に前に進んで行った。

 異変はこのステージにはゼラチン以外に特別な仕かけはないのかもしれないとソウリュウが思い始めていた時に起きた。ソウリュウの顎には何かが当たった。それはごつごつしたものだった。

 この謎の物体はどうしようかと迷ったが、ソウリュウはそれを持って出口まで向かうことにした。ソウリュウは見事にこの6つ目の部屋を出ることに成功した。トリュウはすると驚愕をした。

「うわ!若様は何を持っていらっしゃるのかと思えば、そんなにも物騒なものを一体いつ手に入れたのですか?」上空のトリュウはソウリュウが部屋から出てくると問いかけた。

「ああ。これか。これはゼラチンの中に入っていて何かの役に立つものかと思ったから、一応は持ってきたんだよ。結局はおれの考えすぎだったみたいだけどな。となると、おれは何を持ってきた・・・・」ソウリュウは自分の持っているものに目を向けると思わず絶句してしまった。

 今の部屋でソウリュウが手に入れたのは小型の手榴弾だった。小型というのは人間にとってではなくて虫が手軽に持てるくらいに小さいという意味である。ソウリュウは逡巡している。

「どういうことだ?どうしてこんなものがゼラチンに混じっていたんだ?今更になって引き返して戻しておくのも面倒だし、これはかといってここに置きっぱなしにして悪用されても困るから、今はとりあえずトリュウが持っていてくれるか?あとでシラツユさんに渡しておけば、問題は多分ないだろう」ソウリュウは即断即決をした。トリュウはその意見に同意をして手榴弾を受け取った。

 正直に言ってこんなに危なっかしいものを取り扱うのは初めてなので、トリュウはいつも以上に神経質になっている。トリュウはそれでも悪戯として悪者かなんかが今の6つ目の部屋に置いて行ったのでないのならば、この手榴弾にも何かしらの意味があるのかもしれないとソウリュウと同じことを考えた。

 6つ目の部屋はややミヤマの方が早く通過することができたので、今は必然的にミヤマがソウリュウのことをリードしている。残る部屋はあと一つである。エナとトリュウはそれを認識している。

 泣いても笑ってもこの次の部屋を早く抜け出した方が勝負をより有利に進めることができるという訳である。第三試合のフィナーレはいよいよ近づいてきている。


 ここではこの戦いのゴールで待っているテンリたちの様子を見てみることにする。テンリは厳粛な気持ちで佇んでいた。ただし、それは途中までの話である。それには当然のことながら事情がある。

 ミヤマとソウリュウを待っている内に暇だから、アマギはなにかをしたいと言ったので、テンリはアマギの上に乗りたいと言った。テンリは久しぶりのアマル号だったし、アマギは無論その通りにしてくれた。

 それを見ていたドンリュウは自分もナイを乗せていきなりだが、騎馬戦は勃発することになった。最初の内はなんとかしてテンリも落とされないようにがんばっていたが、テンリはその内にドンリュウの体当たりとその上に乗っているナイのタックルのせいでピンチに陥ることになった。

 しかし、相棒のアマギはそうなると黙っている訳はなくてテンリに対してしっかりと掴まっているように言った。アマギはそしてドンリュウが体当たりをしようとした時に『急撃のスペクトル』でそれを見事にかわして『進撃のブロー』でドンリュウとナイに引導を渡すことに成功した。

 アマギは直接的に鎌風を当てた訳ではなくて鎌風の余波でナイをソンリュウの上から落とした。それを騎馬戦と言ってしまっていいのかどうかは微妙だが、テンリとアマギは二人の愛の力でこの知られざるもう一つの運動会の競技で勝利を収めた。テンリはこのことでアマギを大絶賛した。

「やれやれ。『トライアングルの戦い』でのまさかの活躍といい。アマギどんはとんでもなく奇想天外でごわす。それでは毎回の恒例のどっちが勝つかの予想でもするでごわす。とはいっても、おいどんは言うまでもなく若様が勝つと思うでごわす。なにしろ、若様だけでも強力なのにも関わらず、今回はソウリュウ一家のナンバー・ツーであるトリュウまでついているでごわす。ソウリュウ一家としてはとなるとこれ以上ない程の鉄壁の布陣でごわす。おいどんの予想はこれ程の強大な戦力が負けるはずがないというものでごわす」ドンリュウは胸を張って言った。アマギはどうでもよさそうだが、テンリは真剣な顔で頷いている。

「おれもソウリュウさんはきっと勝つと思います。ソウリュウさんは第一試合でおれを勝たせてくれたようにしていざという時には秘策を使うことができます。ソウリュウさんはあの度量の広さです。ソウリュウさんならば、おれはどんな試練も余裕たっぷりで乗り越えていくのではないかと思います」ナイは言った。

「まあ、それはもしかするとナイくんの言う通りかもな。ソウリュウの問題の対処能力はおれも認めるよ。だけど、やる時はミヤだってやる男だぞ。ミヤは『シンフォニーの戦い』と『トライアングルの戦い』でもそうだったもんな。ミヤマはしかもおれの友達だ。あれ? そう言えば、ソウリュウもおれの友達なんだっけ?となると、これは難しい問題になるけど、おれはチーム・メイトとしてミヤを信じよう!ミヤはソウリュウに勝つと思う!」アマギは中々男気のある所を見せた。テンリはここでもアマギのことをよいしょした。

「アマくんはさすがに思い切りがいいね。ぼくの予想はアマくんと同じだよ。ソウリュウくんは確かに強敵だけど、ミヤくんは今までぼく達と一緒に色々な困難に立ち向かっていったから、その経験は今になって生きているんじゃないかなあ?今回はエナ王女もいいアドバイスをしてくれそうだものね」テンリはやさしく言った。テンリはミヤマだけではなくてすっかりとエナのことも信頼をしている。

 第三試合の結果はチーム・メイトごとにすっぱりと別れた。勝負は最後までどちらが勝つのか、わからないと、普通はドキドキするが、それは同時にエキサイトをさせてもくれる。

 ソウリュウとミヤマの二人は今も一生懸命にがんばっているはずだから、これから先は試合の結果を待っているテンリたちも真剣になって選手を応援することにした。テンリは特にである。

 最後の7つ目の部屋からはその時に誰かが出てきた。より早く出てきたのはミヤマである。テンリとアマギの二人は歓声を上げた。ミヤマは7つ目の部屋において臭いガスと大量のフラッシュを乗り越えた。ミヤマの足取りはまだまだしっかりとしたものである。テンリとアマギは期待を大にしている。

 ソウリュウはミヤマが部屋を出てから7秒後に7つ目の部屋から出てきた。ソウリュウの方は7つ目の部屋においていきなり泥水を浴びせられて次はホースからの水を四方八方から浴びせられることになった。そのおかげというべきか、部屋から出てきたソウリュウの体はピカピカである。とはいっても、ソウリュウにとっては鬱陶しいことこの上なしである。トリュウはソウリュウの想いを斟酌している。

 話を戻すと、あとのミヤマとソウリュウは直線を走り抜けるだけである。ゴール・テープを先に突っ切るのはどちらか、サポーターのエナとトリュウは声援を送りながらも固唾をのんで見守っている。小さな鉄球をくっつけているので、ミヤマとソウリュウはその鉄球を引きずりながら飛行をしている。後続のソウリュウはミヤマとの距離をどんどんと縮めているが、このまま行けば、ミヤマはギリギリで勝負に勝ちそうな雰囲気である。ただし、油断は禁物である。ソウリュウは予てからの秘策を持ち出すことにした。

「よし!やるぞ!作戦Sだ!トリュウ!頼む!この勝負には負ける訳には行かないんだー!」ソウリュウは闘志を燃やしている。トリュウはミヤマがゴールの15センチ手前にきた時に行動に出た。

 前方のミヤマと後方のソウリュウの差は10センチである。あろうことか、トリュウはゼラチンの部屋で手に入れた手榴弾をソウリュウの後ろに投入した。この場ではその結果として『ドカン!』という爆音を響かせて大爆発が起きた。ソウリュウはその爆風でゴールに向かって一直線に吹き飛んだ。

 ミヤマはソウリュウに自分よりも先にゴールされてしまって呆然としている。ミヤマとソウリュウの差は確かに10センチだったが、ミヤマとソウリュウの二人は一メートル以上も離れたレーンを飛行していたので、ミヤマの方は手榴弾の影響を全く受けることがなかったのである。エナはびっくりしている

「やったでごわす!なんだか、おいどんにはよくわからないでごわすが、若様の大逆転によって『ライフ・ライン』の勝利でごわす。それにしても、若様はご無事でごわすか?」ドンリュウはそう言うとソウリュウの所に駆け寄った。トリュウとナイとテンリはドンリュウと同様にしてソウリュウの所にやってきた。

「ふっふっふ、このおれがあれごときの爆発でやられたと思っているのならば、ドンリュウは甘いな。心配してくれるのはもちろんありがたいけど、おれにとってはゴールにやってくるまでの苦難に比べれば、あれくらいは屁でもないね。トリュウはそれを見ていたから、それはよくわかるだろう?」ソウリュウは聞いた。

「はい。その通りです。それでも、部屋で見つけた手榴弾をあのように使うという発想力と実際にやってみる勇気の二つは若様だからこそ実現できたのだと思います。ゴールまでの道はもちろん山あり谷ありで若様だからこそあれ程のハイ・スピードでクリアし続けていられたのだとおれは思います」トリュウはソウリュウのことをベタ褒めである。ソウリュウはゴールに至るまでにどれ程にすばらしい働きをしたのか、トリュウはあとで自分の口から皆に話してあげるつもりである。ソウリュウは『作戦S』という言葉を口にしていたが、あれは手榴弾のイニシャルのSだったのである。ソウリュウはしてやったりという顔をしている。

「なんにしても、ソウリュウくんにはケガはなくてよかったね?ソウリュウくんはよくがんばったと思うけど、ぼく達はミヤくんにもスポット・ライトを当ててあげないとね。ぼくは見ていた訳じゃないけど、ミヤくんはきっと一生懸命にがんばったんだよね?それはゴールの手前までソウリュウくんをリードしていたことからも裏づけされているものね?」テンリはいつも通りのやさしさを見せた。

「さすがはテンちゃんだ。テンちゃんはおれのことをカバーしてくれるなんて涙が出てくるよ。おれは文字の通りに壁にぶち当たったり、有刺鉄線を潜り抜けたりと色々な苦労をしたよ。それでも『チーム』の皆のことを思って死にもの狂いで・・・・」ミヤマは途中までしか言えなかった。アマギは話の腰を折った。

「くさー!え?どういうことだ?この臭いは一体どこからやってきたんだ?この臭いはどうやらミヤからだな?ミヤが近づいてきたから、臭ったということは間違いない!ミヤはお尻にうんこがついているんじゃないのか?」ストレート勝負しか知らないアマギは相変わらずである。ナイはつっこみを入れた。

「アマギさんは滅茶苦茶に下品ですね!ここにはエナ王女というレディーがいらっしゃるんですよ!どれどれ?ミヤマさんはどのくらいに臭いのかな?くさー!おれは怖いもの見たさみたいにして臭いを嗅ぎに来ましたが、これは臭いですね!ミヤマさんはしかもなぜかマントをしているし、ミヤマさんの体はよく見るとピカピカじゃないですか!そのウィッグはそもそもどうされたんですか?虫の頭がふさふさっていうのは新しいファッションですか?」ナイはミヤマのことを直視しながら気になることをずばりと聞いた。

「ここは僭越ながら私がご説明をさせて頂きます。ミヤマ様が匂うのはミヤマ様のせいではありません。最後の部屋はガスが充満した部屋だったので、ミヤマ様にはその匂いがついてしまったのです。ミヤマ様がマントをしてミヤマ様の体がピカピカな上に頭にかつらが乗っているのは途中の部屋で問題に不正解だったためにそうなってしまったのです」エナはミヤマを庇ってくれた。ミヤマの苦労の片鱗は掴めたので、テンリは感心をした。ちょっとはアマギも感心をしている。ミヤマはその後『チーム』のメンバーに対して自分の不甲斐なさを謝った。しかし、誰もミヤマのことを責めるようなことはしなかった。性格はやさしいので、テンリとアマギは他の虫のことを批判することを滅多にしないのである。ミヤマはそれに随分と救われている。

エナにしても勝負に負けて残念には思っても絶対に勝負事で勝たないと気がすまないというような勝気な性格はしていない。言ってみれば、それはエナの王女としての品格のようなものである。それはエナの母親であるイヨ王妃の影響である。『チーム』のメンバーはという訳でミヤマのことをやさしく受け入れた。

『ライフ・ライン』のメンバーはこぞってソウリュウのことを持ち上げた。ただでさえ高かったソウリュウの評価はこれによってもっと高くなった。ソウリュウは一家の頭として誇らしげである。

第二試合で黒星だったドンリュウは特に何度もソウリュウを崇めた。ソウリュウはそれでも天狗にはならなかった。激しい修羅場を潜り抜けたのは事実だが、今回の勝利には運も大いに関わっていたので、ソウリュウは謙虚な気持ちを忘れなかった。試合の結果はこれで『チーム』が一勝で『ライフ・ライン』は二勝になった訳である。試合は中々の接戦である。『ライフ・ライン』にしてみると、次を取れば、勝利はその時点で決定するので『チーム』にはもう後がない。次の試合では『ライフ・ライン』が勝利を収めるか、はたまた『チーム』が延長戦に繋げるかのどちらかしか選択肢はない。全ては次の第4試合の結果に委ねられた。

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