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アルコイリスと七色の樹液 Ⅰ4章

およそ150匹の国王軍VSおよそ100匹の革命軍の戦いに勝利したのは国王軍だが、その内容は決して平坦なものではない。国王軍は約500年前にボストークという革命家に国を乗っ取られたという歴史もあるが、今回の戦いはそれに引けを取らない程に大規模なものになった。

 この一戦は『森の守護者』と『マイルド・ソルジャー』という国王軍の二大勢力に対する革命軍との戦いだったために『トライアングルの戦い』として後世に語り継がれていくことになる。

副次的には『ファイブ・マッチ』とも呼ばれることになる。なぜならば、先程の三大勢力に加えて、ソウリュウ一家と『シャイニング』も少なからずこの戦いに影響を与えているからである。

 これは重要なことだが『トライアングルの戦い』によって鬼籍に入ったものは0名である。弔い合戦の心配は無用という訳である。国王軍はどんなに長丁場になってもやさしい心を忘れずにあくまでも革命軍を取り押さえることに徹したことがこの結果を生んだのである。ただし、理由はそれだけではない。

 大抵の革命軍も国王軍の命まで奪おうという者はいなかったし、例えどこまでも暴徒に走るものがいたとしても、国王軍は助け合って戦いを続けていたので、死者は出なかったのである。

 国王軍が勝利したことによる最も大きなエフェクトと言えば、再び国民の安全が保障されたことである。国王軍の肉親はもちろんのだが、革命が成功していれば、老若男女を問わずに厳しい境遇に置かれていたことはまず間違いない。それが革命軍の意向だったからである。国王軍の勝利という言葉は甲虫王国に住む純朴な国民達を残らずに舞い上がらせることになった。夏木立も心なしかそれを喜んでくれているみたいである。

甲虫王国はそれくらいに万遍なく喜悦の一色に包まれているということである。国王軍の主力として活躍した面々には多大な拍手が送られることになる。ショシュンは隠し玉を含めて合計21匹の革命軍を打ち取った。これは両軍合わせても最多の記録でよく考えてみれば、ショシュンはたった一人によって革命軍の5分の1をお縄にしたということになる。ショシュンには無論もう一つの勲章がある。打ち取ることこそ及ばなかったが、それはショシュンが革命軍の総裁のオウギャクを追い詰めたことである。

 惜しみのない賛辞はジュンヨンにも送られる。最後の止めはソウリュウがやったとはいっても、ジュンヨンは極悪な犯罪者であるウィライザーを追い詰めることに成功したからである。

 オーカーとジークフリードと言えば、もはや伝説レジェンド級の人物だが、今回の『トライアングルの戦い』でそれに肩を並べる甲虫王国の歴史上の重要人物も現れた。一人は国王軍のメンバーではないが、それはランギとアマギの兄弟である。ランギはショウカクとオウギャクの討伐を果たしてアマギはフィックスとキリシマの討伐を果たすことに成功した。それはただならぬ偉業でランギとアマギは『救国の兄弟』として歴史に名を刻むことになった。今まででさえも『シャイニング』と言えば、津々浦々に知れ渡っていたのだが『トライアングルの戦い』によってアマギはランギと同じく一躍に時の虫になった。ただし、アマギは甲虫王国において『シャイニング』のメンバーであってランギの弟であることは知れ渡ったが、あくまでもペン・ネームのような肩書きだけが知れ渡るようになった。人間界と違ってフォトやアニメーションはないので、アマギはこれからも行く先々で持て囃されるということはない。アマギはそもそも持て囃されたいとは思ってはいない。立場上『スリー・マウンテン』であるランギは後に凱旋パレードを行うことになるので、ただでさえも有名だったのだが、その顔は更に王国中に知れ渡ることになる。革命軍が勢力を伸ばす以前にも各地を巡回していたこともあるので、ランギは元から皆の注目の的ではあったのである。しかし『スリー・マウンテン』の人気はほぼ一律のままである。間もなく『トライアングルの戦い』のダイジェスト版は甲虫王国の中を駆け巡ることになって専らの話題はしばらくそのことだけで占められるようになる。


 現在『トライアングルの戦い』からは一夜が明けて今は早天である。城の上空には風雲が浮いている。今日は昨日とは違って実に清々しくて気持ちのいい好晴である。

 国王軍にとっては涙雨が降るようなことはなかったという訳である。ここは『妖花の間』である。外の入り口では守衛のチェリフェルネブトクワガタが番をしている。

 テンリとミヤマとヒリュウの三匹はそんな彼に挨拶をしてどやどやと『妖花の間』に入って来た。テンリとミヤマとヒリュウは今まで客人の寝泊りする『おしべの間』で一夜を過ごしていた。

 ミヤマは念のために現在もテティから貰った『魔法の枝』を体につけている。シナノとアスカの女性陣は『めしべの間』で一夜を過ごして今もそこにいる。

「それにしても、ほんまによかったな。アマちゃんはテンちゃんのおかげで一命を取り留めたんやろう?そうなればや。テンちゃんは差し詰めアマちゃんの守り神と言う所やな」ヒリュウはすっかりと上機嫌である。

 テンリはルークによって城に招待されたが、ミヤマとヒリュウは入れ違いになってしって城にやって来てからのテンリとはまともに会話をする暇は今の今までなかったのである。

「せやけど、わいもがんばったで!あたしはなんていったって天下のコンゴウを倒したのよん。うふ。おらは誇らしいだべ」ミヤマは気が狂ったような口調で言った。ヒリュウは呆気に取られている。

「今のはなんやねん!字面だけを見たならば、途中まではわいのセリフみたいやないか!ミヤちゃんはコンゴウにやられて気違いにでもなったんかいな?いや。ごめん。それは元からやったな」ヒリュウは謝った。

「って、おい!何を謝っとるんじゃい!謝る所はそこではないだろう!ふっふっふ、ヒリュウくん。君はもしかしておれに嫉妬しているんじゃないのか?おれの倒したコンゴウの方が君の倒したヒュウガよりも実力は上だからね」ミヤマは胆斗の如し口調で言った。先程のミヤマは役者としてヒリュウ→クスキ→ズイカクのものまねをしていて今のミヤマはソウリュウを完全にコピーしていたのである。もっとも、テンリはともかくとしても、ヒリュウはソウリュウに会ったことがないので、それは当然のことながらわからなかった。

「なんやて?わいは嫉妬をしとるやて?わいは老いさらばえてもヒュウガに勝利したことを自慢の種にしようと思うとったのにも関わらず、ミヤちゃんには水を差されてしもうたな。ならばや。今ここで真の最強を決めてやろうやないけ!」ヒリュウは闘志を燃やした。ただし、どうしてそういう流れになるのか、テンリにはさっぱりとその理由がわからなかった。しかし、大事になることはないだろうとテンリは確信していた。なぜならば、ミヤマとヒリュウは仲良しだからである。ヒリュウは先手を打った。

「動脈!静脈!大動脈炎症候群!どや?」ヒリュウはなぜかしたり顔になった。

「スモモもモモもモモの内!赤巻紙!青巻紙!黄巻紙!ふふふ、勝ったな」ミヤマもしたり顔である。

 ほぼやっていることは意味不明なので、テンリは放っておくことにした。しかし、そんな悠長なことは言っていられない状況になってきた。ミヤマとヒリュウは暴れ出したのである。

 ヒリュウは羽を広げて空中で『スパイラル・シューティング』を披露してミヤマは負けじと『回転木馬』を使い出した。早口言葉では決着がつかなかったので、ミヤマとヒリュウはどちらがより臨場感のある戦いだったかを勝負しているのである。そのリプレーはご丁寧にも効果音つきである。

「ちょっと待ったー!落ち着かないのはわかるけど、ぼく達は大人しくしていようよ!アマくんはかわいそうだよ!」テンリは小声でも必死に訴えた。ミヤマとヒリュウは結果として大人しくなった。

ここ『妖花の間』には確かにまだ『魔法の枝』をつけたアマギが眠っている。アマギはキリシマと戦ってからは一度も目を覚まさないので、今回のテンリ達の三匹はお見舞いに来ていたのである。昨夜はミヤマとヒリュウが騒いでいたので、アマギの容態に影響が出るということで二匹は追い出されてしまっていた。

そのため、今日はテンリが城のお医者さんに熱心に頼み込んだので、今日はミヤマとヒリュウも立ち入ることができるようになっていたのである。ミヤマとヒリュウはそこでようやく反省をした。

「悪い。テンちゃん、そうだよな。朝ご飯を食べてないからじゃないとは思うけど、おれは気が立っていたみたいだ。おれはもう大丈夫だよ。おれはここでは絶対に騒がない」ミヤマは宣言をした。

「せやな。ここは大人しく真剣な話でもしようやないけ!わいは怪談をしゃべるから、皆は聞いてくれや。それじゃあ、話すで!ああ、わいは怪談なんて話せへんのやった」ヒリュウは思い至った。

「おい!会話の内容はどんだけ雑なんだよ!おっと!いかん。ここでのおれは静かにしないといけないんだったな」ミヤマは自粛をした。ヒリュウはミヤマと同様にして反省をして怪談を考えようとしたが、特には何も思い浮かばなかった。テンリはコンゴウとヒュウガとの戦いについて水を向けてミヤマとヒリュウに騒がせないようにした。ミヤマとヒリュウはその甲斐あってひそひそ声で話をするようになった。

テンリは随分と落ち着いてくるとミヤマとヒリュウに対してルークとミラノとハヤブサについての話をした。ハヤブサの話についてはさすがのミヤマとヒリュウも息を呑んでテンリの話を聞いた。

「せやったか。がんばったのはなにもわいだけやないんやな。わいはあんなに浮かれてしもうて恥ずかしなってきたわ。わいはちょっと出しゃばりすぎやったな。わいは気を落ち着けるためにタイプ・ライターの話でもするか。それじゃあ、話すで!ああ。聞いたことはあるけど、タイプ・ライターがなんなのか、わいは知らへんのやった」ヒリュウは言った。ミヤマは口を挟もうとしたが、それは阻まれた。

「あはは、どんだけの適当さだよ。ヒリュウは昔から変わってないみたいだな」

「そら、そうやで!虫は少しずつ成長していくもんなんや。そんな急には・・・・あれ?今は誰が・・・・」

「わーい!アマくんは蘇生したー!」テンリはそう言うとアマギに抱きついた。

 先程のセリフは他でもなくアマギのものだったのである。アマギは一日ぶりにテンリと再会できて顔を綻ばせている。ミヤマとヒリュウは歓喜に沸いて男同士で手を取り合っている。

「アマ。あんたはやる子だって信じていたのよ。だけど、母さんはあんたが生き返ってくれて本当にうれしいわ!」ミヤマはなぜか変な方向へ向かって喜んでいる。今日のミヤマの気分はずっとハイなのである。

「ほんまやな。まあ、わいやったならば、そんなおかんは欲しないけどな。おかんやか、おとんだか、わいにはわからへんけど」ヒリュウはまじめな顔をしている。ミヤマはそれに対して憤慨をした。

「なんだと!今のはどう見てもおかんじゃないか!まあ、それはいいや。100歩を譲ってそれは許すとしよう。それよりも、アマ。体はもう動かせるのかい?無理はしてもらいたくないけど」ミヤマは言った。

「ああ。もちろんだ。体は動くぞ!ん?あれ?体が動かないぞ。なんでだ?」アマギは不思議そうである。

「アマくんはがんばりすぎちゃったんだよ。アマくんはお城のお医者さんによると一週間の絶対安静をしていないといけないんだよ。アマくんはぼく達のためにがんばってくれてどうもありがとう」テンリは心から感謝をした。よく見るとテンリの瞳には涙が滲んでいる。ミヤマとヒリュウは微笑んでいる。

「あはは、おれはテンちゃんにそう言ってもらえるとうれしいな。そうだ。おれはテンちゃんに謝らないといけないこともあるんだ。やばそうになったならば、逃げるって言っていたのにも関わらず、おれは引き際がわからなくて、結局は最後まで逃げる機会を逃しちゃったんだ。ごめんな」アマギは素直に謝った。アマギはテンリとの約束を守れなかったことをずっと気にかけていたのである。ヒリュウはその姿に感動をした。

「アマくんが生きていてくれたのならば、ぼくはそれだけでいいよ」テンリは不問に付した。

「そう言えば、テンちゃん達は大丈夫だったのか?おれはコンゴウとヒュウガの二人が刺客として送られたって聞いたぞ。ここはそもそもどこだ?テンちゃん達はおれがキリシマを倒したことも知っているのか?ヒリュウはどうしてここにいるんだ?ミラノさんは無事なのかな?」アマギは疑問だらけである。『トライアングルの戦い』の行方も知らないアマギには聞いておきたいことが山程ある。

 テンリは懇切丁寧に様々な説明をしてあげた。ミヤマはそれを手伝ったが、ヒリュウはそんな二人にお任せモードである。ヒリュウはあんまり論理的な説明が得意ではないのである。

 アマギはやがてランギがオウギャクを倒して国王軍は『トライアングルの戦い』に勝利したという話まで聞き終えると笑顔になった。心配事の一つは解消されたからである。

「ラン兄ちゃんも活躍をしたのか。ラン兄ちゃんはやる時はやる男だもんな。そういう意味ではヒリュウも同じだな。ヒリュウはおれの代わりにテンちゃん達を守ってくれてありがとう。ヒリュウは勇敢な虫だな。おれは一生この恩を忘れないよ」アマギは謝意を表した。アマギは土下座したいくらいの気持ちなのである。

「こちらこそ大きにありがとう。わいはテンちゃん達の友達になれたことがうれしいんや。せやけど、わいはけったいなことをした訳やないで!アマちゃんの兄貴やと言うランギさんやキリシマを倒したアマちゃんの二人と比較してもうたならば、わいのしたことは米粒みたいなもんや。わいはテンちゃん達が大好きな皆の友達なんや。友達が困っている時に手を差し伸べるのは当たり前のことや。せやから、わいは当然のことをしたまでや」ヒリュウは言い切った。気持ちはアマギも一緒である。アマギは仲間に対するこれ以上の害を阻止するために少しでも切ない想いを晴らしてキリシマに反省してもらいたいがためにキリシマと戦っていたからである。決して名声のためではない。それはテンリにもよくわかっている。

「昨日までのヒリュウとは別人みたいだな。昨日のヒリュウは滅茶苦茶ちゃらんぽらんだったじゃないか」ミヤマは指摘をした。しかし、ミヤマは茶化している訳ではない。

「そうやな。とはいっても、ついさっきまでは今日も浮ついていたけど、一晩もよう考えたならば、人生観は変わったんや。せやから、わいはある一つの重大決心をしたんやで!」ヒリュウは真剣である。

 その時『妖花の間』の入り口にいた守衛はやってきた。守衛はそしてアマギが目を覚ましたことを聞いて大急ぎで医師ドクターを呼んできてくれることになった。その間のミヤマとヒリュウはそれぞれどのようにしてコンゴウとヒュウガを打ち取ったのかを話した。テンリは目を輝かせてそれを聞いてアマギは自分の仲間の誉れを誇らしげにした。アマギは結果的にフィックスやキリシマとの戦闘についての話をしなかった。

アマギはどれだけの苦戦をしたのかをしゃべって同情を得ようとは思わなかったからである。テンリは自分の体験したハヤブサとの出来事をアマギに対して話した。

「そうか。テンちゃんはおれのことを守ってくれたんだな。どうもありがとう。となると、テンちゃんとミヤとナノちゃんとヒリュウとミラノさんとルークさん。おれは今回の戦いで色んな虫に恩ができたな。今のおれがあるのは色んな虫さんのがんばりのおかげだもんな。よーし!それじゃあ、おれはこれから皆に顔見せできなくなることがないように生きて行こう!」アマギは意気揚々である。

「アマくんはとても偉いね。だけど、それはぼくも同じだね。ぼくはこれで明るく生きていけるようになるのならば、人生には無駄な経験はないっていうことだね。どんなに回り道に思えてもきっと役に立つことはあるんだね」テンリは話をまとめた。幸せは『急がば回れ』ともいうようにして無駄に思えることの積み重ねでやってくるのかもしれない。もしも、そうだとすれば、テンリの言う通りにどんなに下らなく思える経験も見下してしまう必要はない。禍福は糾える縄の如しである。

「せやな。わいも今回の経験で学んだことがあるんやで!諦めない気持ちは大事やっていうことや。さすがのわいでもヒュウガを相手にして果たして勝てるかっていう小さな不安はあったけど、その不安はクーさんが来てくれて消し飛んだんや」ヒリュウはその時のことを思い出してうれしげである。ミヤマはこの流れからしてなにかしら言っておかなければという強迫観念に捕らわれた。

「よし!おれも今回の経験をバネにして落語家への道を歩むことを決心したよ!」ミヤマは言った。

「なんでやねん!関係性は全くあらへんやないけ!」ヒリュウは鋭いつっこみを入れた。

「それじゃあ、おれはいよいよ虫歯の治療に踏み切ろうと・・・・」ミヤマは言いかけた。

「歯がないやん!もうええわ!どうもありがとうございました!」ヒリュウは漫才師みたいなことを言っている。ヒリュウは楽しそうなので、テンリは同様にして楽しい気分になった。とても頑丈な心の持ち主であるとはいっても、ずっと戦いで緊迫状態だったので、アマギはそんなぐだぐだな場面を見せられてもむしろ気が楽になっている。束の間のミヤマとヒリュウのコントはその後も続いたが、それはドクターの到着で中断することになった。ドクターはアマギに対して問診をすると全治一週間を改めて言い渡した。

ドクターはアマギが体を動かせるようになるには明日一杯はかかると診断をしてくれた。ただし、アマギには後遺症は残らないので、その点は安心できる。短くない療養生活が必要であると聞くとアマギをかわいそうに思ったが、命には別状はなかったので、贅沢はとりあえず言わずにテンリはよしとすることにした。

 現在のテンリは明るいミヤマとヒリュウに影響されてポジティブ・シンキングで物事を捉えることができるようになっている。もっとも、普段からテンリは暗いことばかりを考えている訳ではない。

なによりも、一番につらいのはアマギに決まっているとテンリは思っている。しかし、アマギは重傷を負ったことに関しては特に否定的な感想を持ってはいない。ただし、自分のケガについては二束三文の扱いでもアルコイリスへの旅路を中断することになってしまったことはアマギも申し訳なくは思っている。

とはいっても、テンリとミヤマとシナノはそんなことを決して気にしたりはしていない。他人への気遣いはテンリ達にとっては当たり前のことなのである。アマギにとっては二六時中もじっとしているのはこの上なく退屈だが、テンリとミヤマとヒリュウは頻繁に遊びに来てくれるということを約束したので、結局はアマギも療養生活に妥協をすることにした。じっとしている事と無理をして回復を遅くする事の二者択一ならば、さすがのアマギでも前者を選ぶのである。アマギにも思いやりの気持ちは当然の如くあるのである。

 一旦はアマギとお別れをしてテンリとミヤマとヒリュウの三匹は朝食を取ることにした。城の虫はアマギのためにご飯を運んできてくれるので、アマギはそれを待つことになる。

 テンリはシナノにもアマギの目が覚めたことを報告しようと思ったが、帰り際にもう伝達をする手はずは整っているということを警備兵のスジコガネから聞いたので、結局はテンリも報告を城の虫にお任せすることにした。テンリも活躍したとはいっても、至れり尽くせりの待遇である。

 甲虫王国においてバイキン(バクテリア)のような存在だった革命軍が除去されたことは温順な市民を安心させた。それはテンリとて同じである。ましてや『アブスタクル』と呼ばれて革命軍から命を狙われていたのだから、テンリとアマギとミヤマとシナノは尚更である。

そのため、これから先のアルコイリスへの道のりはとても楽しいものになりそうだとテンリは内心で思っている。とはいっても、それはアマギの体力が回復してからの話なので、今はテンリも休暇バケーションによってまだ完全に静養をさせてもらうことにしている。


 大きな事件『トライアングルの戦い』から一夜明けても城内で宴会は開かれていない。そのため、場内は杯盤狼藉ではないし、どちらかと言えば『秘密の地』はむしろひっそりとしている。

しかし、誰も彼もが休養中という訳ではない。責任感のある『森の守護者』はすでに王国のパトロールを再開しているし、向上心の強い『マイルド・ソルジャー』はすでに『黄の広場』を中心地として特訓に励んでいる。ただし、武闘会はしばらく順延の予定である。早起きは三両。倹約は五両と言うが、アスカは早旦に目覚めて以上のような情報を仕入れた。アスカはシナノが目を覚ますとシナノに対して早速その情報を教えてあげた。シナノは精の出る国王軍に対して最上級の賛辞を送った。

ここは城内にある『めしべの間』である。この室内にはシナノとアスカの女性の二人しかいない。ここは女性用の客間だからである。この部屋には樹液がしっかりとストックがされているし、許可は昨日の時点で貰っていたので、現在のシナノとアスカは朝餉を取ることにしている。

「戦いは終わったとはいっても、事後処理には少々の時間を要するかもな。オウギャクやキリシマはどこへ収容されるかということも大きな争点となるだろう」アスカは話を切り出した。

「ええ。『ワースト・シチュエーション』事件の二の舞は避けないといけないものね。レンダイさんには私も会ったことがあるけど、レンダイさんならば、しっかりとした対応を取ってくれそうな気がする」

「そうか。レンダイの名は私もよく聞くが、シナノくんは旅をしているだけあって顔が広いんだな。だが、問題はそれだけじゃない。革命軍にも何人かの捕まっていない者達はいる。国王軍はその輩が再び悪さをしない内に早めに身柄を抑えた方がいいだろう」アスカは断言をした。

「それは相当に大変な仕事になりそう。戦いの終わるまで脱落しなかったということはそれなりに強い虫さんだっていう可能性が高い」シナノは鋭い指摘をした。シナノは相変わらずの才女ぶりである。

「ああ。そうだな。シナノくんはやはり鋭い視点を持っている。だが、今回の『トライアングルの戦い』にこそ参戦はしなかったが『森の守護者』にはスーパー・ルーキーも現れている。だとすれば、革命軍の残党が捕まるのは時間の問題かもしれない。もちろん。油断は大敵だがな」アスカは注意を促した。

 昨今はアスカの言ったルーキーを含めて次世代を担う『森の守護者』や『マイルド・ソルジャー』は『ライジング・ジェネレーション』と呼ばれている。その中にはクルビデンスも含まれている。

「それよりも、シナノくんはキリシマによって宝物のお馬さんを壊されてしまったんだったな。失ったものは大きくともこれからの旅はきっとこれまで以上に楽しいものになるだろう。不幸はそう長く続くものでは決してない。幸運は終わってしまうのと同じで必ず不幸にも終わりはあるものだ。私は少なくともそう思っている」アスカは最上級の思いやりを込めて心から言った。ようはシナノを慰めているのである。

「ええ。ありがたい言葉をありがとう。それは確かにアスカさんの言う通りみたい。私はお馬さんに負けないくらいか、もっと大切なものを手に入られた。幸運なことはもう一つある」シナノはそう言うとクルビデンスという『森の守護者』から自分の両親は城の近くに住んでいるという情報が入っているということをアスカに対して手短に話した。これはシナノにとってとても大きな意味を持っている。

 アスカは話を聞き終えると自分で植えた植物の芽が出たかのようにして喜んでくれた。現在のアスカは自分のことをテンリとアマギとミヤマとシナノの4匹の保護者プロテクターのように思っているので、喜びは従来と比べても倍増である。アスカが喜んでいると『めしべの間』の外にあるベルは鳴った。来客が来たという訳である。アスカは応対するためにドアの方に向かった。

 アスカは扉を開けた。そこにはルークがいた。ルークはすぐに用事がすむと言ったが、アスカはルークをシナノと面会させるためにルークを部屋の中に招いた。ルークは挨拶をした。

「こんにちは。ぼくはルークだよ。これは光栄だな。テンリくんとアマギくんだけではなくてシナノくんにも会えた。ぼくはずっと応援をしていた『シャイニング』のメンバーに出会えるなんてとてもうれしいよ」

「こちらこそ光栄です。ルークさんはアスカさんの・・・・」シナノの言葉を濁した。

「ああ。ルークは私の従兄妹だ。だから、一海賊の私でもルークの正体を私は知っていたんだ」アスカはシナノの話を引き継いだ。ルークはアスカよりも5歳年上だが、男気の溢れるアスカはルークのことを呼び捨てにする。その方がしっくりくるので、ルークは特に文句を言わないのである。

「ルークさんは革命軍に潜入していて大変だったでしょうね?大ボスのオウギャクさんから誰々をやっつけろって言われたならば、どうしていたのかしら?ルークさんはまさか本当に誰かをやっつけるなんてことはなかったと思うけど」シナノは予想を交えて言った。アスカは黙って聞き役に徹している。

「うーん。まあ、半分はその通りかな。オウギャクはぼくに対して尊大な態度を取らなかったから、ぼくが反論をすれば、時々はその案を採用してくれることもあったよ。敵とはいっても、オウギャクはぼくのことを信用してくれていたんだ。途中まではね。そうそう。誰かをやっつけろって命令された時は本当にやっつける時もあったよ。ただし、相手は本物の極悪人だった場合のみだけどね。それ以外は言葉で脅していれば、それですんだよ。幸いなのかはわからないけど、ぼくとオウギャクとキリシマの三人は革命軍の三強と呼ばれた時期もあったからね」ルークは少し気恥ずかしそうにしている。

「ルークは実際に強いんだ。おそらくはオウギャクやキリシマ以上にな」アスカは口を挟んだ。

「それは買い被りだよ。実際に戦っていれば、どうなっていたかはわからなかったよ。だけど、ぼくはともかくとしても、シナノくんの方は苦労しているんじゃないのかな?」ルークは疑問を呈した。

「私は確かに苦労もしたけど、テンちゃん達に比べれば、大したことはないと思う」シナノは言った。

「こんなことを言っているが『オープニングの戦い』とキリシマとの接触でシナノくんは本当につらい想いをしているはずだ。だが、それを過去のこととして振り返らない所はシナノくんのいい所だ。ルークはわかってくれるか?」アスカは物腰を柔らかに問いかけた。シナノはアスカを横目で見て微笑んでいる。

「うん。わかるよ。『シャイニング』の皆は好き好んで事件の渦中に飛び込んでいる訳じゃない。アマギくんだってキリシマから攻撃を仕掛けられなければ・・・・そうだった。ぼくは何も世間話をしに来た訳じゃないんだ。吉報だよ。アマギくんは意識を取り戻したそうなんだ。ぼくは偶然にも『妖花の間』の前を歩いていたから、小耳に挟んだんだけど、アスカくんにも会っておきたかったし、ぼくはシナノくんへの伝達係を買って出たんだよ」ルークは説明をしてくれた。シナノとアスカは同時にうれしそうな顔になった。

「本当?それはよかった。アマくんの体の強さはよく知っているけど、私は心配だったから、ルークさんは教えてくれてありがとう」シナノは律儀にお礼を言った。ルークは身振りでそれを取り成した。

「それは確かにこれ以上ない程のめでたい知らせだ。もちろん。リハビリは必要だろうけどな。私達もすぐに会いに行くか?シナノくん」アスカは聞いた。シナノはそれに対して答えた。

「私はそうしたいけど、今はアマくんも食事中かもしれないから、会いに行くのは私達も食事が終わってからにしましょう」シナノは提案をした。シナノは決して利己的ではないのである。

「シナノくんはやさしい子だ。シナノくんは他人のことを思いやることができるんだね。テンリくんもそうだったようにね。ぼくはこれからも『シャイニング』の皆を応援しているよ。ぼくはこれにてこの場を失礼するとしよう。いや。ぼくはその前に聞きたいことがあったんだ。アスカくんはいつ『浜辺の地』に帰る予定なのかな?」ルークは自分の従兄妹のアスカに対して軽い気持ちで聞いた。

「私は『西の海賊』に『シャイニング』の皆が無事だったということを報告するためにここにいたんだ。私はショシュンからはゆっくりして行くように言われているが、アマギくんが目を覚ましたのならば、これ以上の長居は無用だ。私は今日の夜には帰るつもりだ」アスカは淀みなく答えた。

「そうか。それじゃあ、この場は寂しくなるね。もっとも、ぼくは『監獄の地』の警備をランギくんと一緒に受け持つことになっているんだ。ぼくはまだランギくんと話をしたことがないから、ファースト・コンタクトはこれから取るつもりなんだよ。それじゃあ、一旦はお別れだ。アスカくんとシナノくんは元気でね」ルークはそう言うとシナノとアスカによって見送られて『めしべの間』を去って行った。

ルークは破顔一笑した。その時のルークはシナノにはとても強豪な兵士には見えなかったが、シナノはこんなにも愛ある虫がこの国の安全を守る原動力になっていることをうれしく思った。

とはいっても、ルークだけではなくて『スリー・マウンテン』を含めた『マイルド・ソルジャー』や『森の守護者』は皆が強さよりもやさしさに重点を置いて日々の活動をしている。

その後のシナノとアスカはゆっくりと食事をした。その際『トライアングルの戦い』のことばかりを話していたならば、息は詰まってしまうので、シナノはアスカと別れた後に『育児の地』とその近辺でカリーやタンバやキヨセといった個性の豊かな面々と出会ったことを話した。アスカはそれを楽しそうにして聞いた。アスカは自分もそんな生き物と出会ってみたいという感想を抱いた。

アスカは海賊事業が黒字になっているということを話した。ただし、サイジョウが『西の海賊』として名を挙げてからは赤字になったことは一度もない。ここでの赤字とは例えば、10回もの航海をしたのにも関わらず、収穫はビー玉が一つだけだったとかいう場合のことを言う。ようは収穫が少ない時を言う。

アスカとクーとソーの三匹は『秘密の地』にいたので、最近はサイジョウとクスキの二匹で海賊事業を運営していた。近況を言えば、サイジョウとクスキの二匹は針金ワイヤーやボタンやフォークといった種々雑多なものを輸入している。その中にはゴミ箱から拾ったものもあるが、サイジョウを初めとした『西の海賊』はは海賊なので、奪ったものも当然のことながらある。しかし、大抵『西の海賊』は姿を晒して身振りと手振りで持って行っていいものかどうかを確認することが多い。それは『西の海賊』の掟である。

人間界のものならば、例えどんな品物であろうとも昆虫にとっては珍しいので、先程に上げたフォークにしても使いはしないが、昆虫はそれをとても大事にする。

 シナノとアスカは食事と話を終えると『妖花の間』にいるアマギに面会を求めるために『めしべの間』を後にすることにした。アマギは元気だろうかとシナノは少し心配である。

 シナノとアスカは扉を出た。ある一人の男はちょうどこちらにやって来る所だった。ある男とは『スリー・マウンテン』の一人のジュンヨンである。ジュンヨンは少々びっこを引いている。

「はじめまして」ジュンヨンは挨拶をした。「アスカさん。そちらはシナノさんですね?行き違いにならなくてよかった。ぼくは・・・・」ジュンヨンは自己紹介をしようとした。しかし、アスカはそれを遮った。

「ああ。知っている。君はジュンヨンだろう?ジュンヨンは何かの用か?いや。シナノくんはそれとも後にしてもらった方がいいか?」アスカはシナノに気を遣って一応の確認をした。

「いいえ。私は今でもいい。アマくんの元気な姿は早く見たいけど、私は急いだからってどうなるものでもないもの。事情はわからないけど、折角のジュンヨンさんの来訪だし」シナノは答えた。ジュンヨンはそれよりもびっくりしている。なぜならば、アスカは聞きしに勝る男っぷりだったからである。

それはお淑やかなシナノやエナ王女と比べるとより一層に顕著に現れている。アスカは強いくてやさしいくて頭も悪くないが、女っぽくない所は白壁の微瑕であると言ったならば、本人に怒られることはまず間違はいない。無論。そんなことはジュンヨンも口にはしなかった。

「ぼくはお二人に会えて本当によかったよ。『西の海賊』にもお近づきになりたかったし、ぼくは『シャイニング』のメンバーにも会いたかったんだよ。ぼくは『シャイニング』のファンなんだ。ぼくはシナノさんの活躍も聞いているよ。シナノさんは『トライアングルの戦い』の渦中へ仲間のために意を決して飛び込んだらしいね。シナノさんのことは本当に尊敬するよ」ジュンヨンは感激をしている。

 ルークは父親のような視点で『シャイニング』を応援していたが、ジュンヨンの方は子供のような視点で『シャイニング』を応援していた。それが両者の性格の違いである。

「ありがとう。それはとても光栄なことだけど、ジュンヨンさんはそれよりもう歩いていいの?ジュンヨンさんは話によると大ケガをしたって聞いているけど」シナノはとても心配そうである。

「ああ。大丈夫だよ。その噂は幾分か誇張されているね。ぼくも『スリー・マウンテン』と言われるくらいならば、あれくらいでへこたれているようではダメだよ。ぼくはそもそもランくんとシュンに比べて大した仕事をしていないから、その分を取り返す仕事はしたいんだ。前置きは長くなっちゃったけど、ぼくの要件は二つだよ。一つ目はシナノさんのご両親の件だ。それは虫づてに聞いているから、シナノさんはご両親と必ず再会させてあげるよ。心配はしないでね」ジュンヨンはやさしい口調で言った。

「そうか。それはよかった。今のシナノくんのご両親はどこにいるんだ?『トライアングルの戦い』があったから、その間はどこかに避難していたという可能性も考えられそうだな」アスカは言った。

「アスカさんはご名答だよ。ぼくはとても心苦しいんだけど、今のシナノさんのご両親は『平穏の地』にいるんだよ。ごめんね。だから、すぐに会わせてあげることはできないんだ。それは『サークル・ワープ』が出ずっぱりということもあるんだけど、大きな理由は革命軍の生き残りが捨て身の覚悟でここ『秘密の地』とその近辺を急襲してくる可能性も捨てきれないからなんだよ。もちろん『マイルド・ソルジャー』がついているから、大丈夫だとは思うんだけど、なにぶん『マイルド・ソルジャー』にも負傷者が続出しているからね。防御と攻撃ならば、攻撃よりも防御の方が難しいんだよ。本当に心苦しいんだけど、少しの間はシナノさんには待っていてもらうことはできるかな?」ジュンヨンは平身低頭の体である。

「ええ。もちろん。ジュンヨンさん達(お城の虫さん)は全くの善意でパパとママとの再会の機会を作ってくれているんだもの。文句を言ったならば、罰が当たっちゃう。だけど、それにはどれくらいの間を待てばいいのかしら?私は決して急かしている訳じゃないから、勘違いはしないでね」シナノは言った。

「うん。シナノさんのやさしい気持ちはよくわかるよ。一週間以内には再会させてあげることはできると思うよ。その時は手の空いている者がシナノさんをご両親の元に案内することになると思う。本当はぼくがそれを買って出たいくらいなんだけど、ぼくにもなにぶん仕事が入っているのでね。ぼくは『監獄の地』で警備をしたり『討論の地』で革命軍の個人の量刑を話し合ったりしないといけないんだ。ぼくは特にさっきも言った通りに『トライアングルの戦い』では大した役に立たなかったから、フルに力を発揮しないと他の皆に申し訳ないんだ」ジュンヨンは少し項垂れてしまった。シナノはそれを見てジュンヨンの責任感の強さを感じた。

「高みを目指しているのはよくわかるが、ジュンヨンくんだって何もしていない訳ではない。自分を許して褒めてあげることも重要だぞ。まあ、私に言われなくても、ジュンヨンくんならば、百も承知か。そうだ。用件はもう一つあるんだったな。ジュンヨンくんはそれを聞かせてくれるか?」アスカは懇願をした。

「うん。もちろんだよ。本来ならば、これはテンリくんとアマギくんにしないといけない話なんだけど、行ってみると『おしべの間』に行っても『妖花の間』に行っても蛻の殻だったんだよ。アマギくんは重傷だって聞いていたから、ぼくはてっきりと寝たきりなのかと思っていたけど、テンリくん達はひょっとしたらアマギくんをどこかに連れ出しちゃったのかもしれないね」ジュンヨンは予想を交えて言った。

 それは十分にありうるとアスカは思った。テンリはともかくとしても、ミヤマとヒリュウに関しては普通の虫の非常識が常識であるということはよくあるからである。それはシナノも同意見である。

 それよりも、アマギの回復が早ければ、自分は両親と会えるまでテンリとアマギとミヤマの三匹に待っていてもらうようにお願いをしなければならないので、シナノはそのことも心配に思った。しかし、テンリとアマギとミヤマの三匹はそんなことを気にする訳もないから、それはシナノの杞憂である。

「ぼくの言いたかったことは『マイルド・ソルジャー』のミラノくんが辞職を申し出ているということだよ。現在のミラノくんは27歳で若いのにも関わらず『トライアングルの戦い』で自信をなくしてしまったみたいなんだ。テンリくんとアマギくんはミラノくんにお世話になったという話を聞いたから、一応は伝えておこうと思ってね。ミラノくんは奇しくもぼくの部隊の所属だったから、まずはぼくの所に情報が入ったんだ。ぼくの要件は以上だよ。外出の邪魔をしちゃってごめんね。そうそう。アマギくんには『お大事に』って伝えておいてくれるかな?無理は禁物だものね。それじゃあ、ぼくは行くよ」ジュンヨンは話を終えた。

「ええ。お話を聞かせてくれてありがとう。ジュンヨンさんこそお大事に」シナノにそう言われるとジュンヨンは照れた。確かにびっこを引いて歩いているのだから、ジュンヨンだって病人である。

 ジュンヨンは頷くと恐縮をしてこの場を立ち去った。ジュンヨンが行ってしまうと『めしべの間』の前はひっそりとしてしまった。ただし、城外では疾風が音を立てて吹いている。

「私達はそろそろアマギくんに会いに行くか。外出中らしいが、アマギくんの体力が戻ってない以上はそう長くは待たされないだろう。シナノくんはそれともしばらくここで待つか?」アスカは聞いた。

「いいえ。私達は『おしべの間』に行きましょう。ミラノさんっていう方のことも伝えないといけないし、なによりも、私はアマくんの無事な姿を少しでも早く見たい」シナノは穏やかである。

「そうだな。それじゃあ、行こうか。場所は昨日も行ったから、シナノくんも覚えているかもしれないが、一応は私が案内係を務めよう」アスカはそう言うと歩き出した。シナノはその後に続いた。

 シナノとアスカの歩いている際には何匹かの国王軍と擦れ違った。人生においては端役というものは存在しないものである。どんな虫でも一つの歴史を紡いでゆく重要な存在である。つまり、シナノとアスカが擦れ違って挨拶を交わした虫達の一人一人は『トライアングルの戦い』において大きな役割を果たしていた。シナノはそんなことに想いを馳せた。時々は自分がちっぽけな存在に思えても生きているということは一人一人が役割を持った必ず価値あるものである。現在の『シャイニング』で言えば、今は充電期間という捨てがたい役割を持っている。お休みの期間だって人生には大切であるということである。

 シナノとアスカの二匹は『おしべの間』に辿り着いた。しかし、テンリやアマギは不在だった。シナノ・サイドとテンリ・サイドはそれでも約5分後には合流することができた。

 アマギは城を見学したいと言ったが、絶対安静を言いつけられていたので、力持ちのヒリュウはアマギを持ってテンリとミヤマも連れて少々の城内の探索に出かけていたのである。

 テンリはしっかりと見張っていたので、アマギはもちろんだが、ミヤマとヒリュウも無茶なことはしなかった。もっとも、アマギはヒリュウに持ち上げてもらっている所からもわかるように体はまだ思うように動かずにできることの制約は多かった。アマギはアスカとシナノに出会うと心配をかけたり、お世話になったりしたので、すぐにお礼を言ったが、シナノは自分の方こそお礼を言うべきだと思っていたし、アスカはアスカで当然のことをしたまでだと言い切った。アスカの気の強さはいつでも健在である。

 シナノは『スリー・マウンテン』のジュンヨンがアマギくんに対して『お大事に』と言っていた旨をきちんと伝えた。ジュンヨンと会ったことはないが、ジュンヨンはきっと礼儀の正しい虫だなという印象をテンリは受けた。ジュンヨンと会う機会があれば、アマギはお礼を言おうと決心をした。

シナノは続いて二つのことをテンリとアマギとミヤマに対して報告をした。自分の両親のこととミラノの退職のことを話したのである。テンリとアマギとミヤマは前者について100年でも200年でも待っていてあげるから、心配はいらないという意見で一致した。

大げさだが、テンリとアマギとミヤマは本当に一年かかっても待つつもりである。想像していたこととはいっても、シナノは心から感動をした。アスカはそれを聞いていて感心をした。

 アマギは直接的にミラノの件に関しては話を聞きたいといったが、その役目はテンリが引き受けることにした。アマギはまだ動き回っては体に差し障りがあるからである。

 テンリならば、ミラノの心境を聞いて自分よりもミラノの気持ちを汲み取ることはできるだろうとアマギも思った。部外者のミヤマにも異論はなかった。

 アスカは今日中に帰る旨を他の皆に伝えたので、ヒリュウはそれに便乗をして同じ時に帰ってついでに『西の海賊』のメンバーと会ってみることにした。アスカはそれで納得をした。

 ミヤマは必要な話を終えると『おしべの間』においてアスカとヒリュウに対して進化したダンスを披露したり、ヒリュウは『サークル・ワープ』でフラ・フープをしたりして自由気ままに遊んだ。

 ミヤマのダンスは確かにアスカも評価したが、ヒリュウのフラ・フープは全くできていなかったので、雑なヒリュウは30秒後には『サークル・ワープ』を放り投げていた。

 今のテンリたちには盤根錯節の問題がないので、皆はリラックスすることができている。しかし、テンリとアマギとミヤマとシナノの旅は当然のことながら終わった訳ではない。

 テンリとアマギとミヤマとシナノの4匹はアルコイリスを目指してこれからも色んな楽しいことを経験することになる。今までは『アブスタクル』と呼ばれて前途多難だったが、今のテンリたちは新生して前途洋々である。テンリだけではなくて他の三匹もこれからのことを思うとこの上なく楽しみである。現在のテンリたちのいる『秘密の地』はゴールではなくてあくまでも通過地点なのである。


 甲虫王国の国王であるゴールデンは今朝になってようやく目を覚ました。ゴールデンはそして国王軍の勝利という報告を聞くと天にも昇る心地になった。ゴールデンは自分の体のことなんて二の次である。

 ゴールデンはすぐに国王軍の皆に対して労いの言葉をかけに行こうとしたが、それは医師団に止められてしまった。いわゆるドクター・ストップというやつである。少なくとも『トライアングルの戦い』から一夜を明けた今日一日は絶対安静を宣告されてしまった。ゴールデンは仕方なく『桜花の間』において大人しくしていることにした。ゴールデンはお見舞いに来てくれた警備兵に対して『スリー・マウンテン』の業績を聞いた。ゴールデンはジュンヨンとショシュンもさることながらランギの所業を知ると古強者の話でも聞いているような気分になった。ゴールデンにはもう一つ驚いたことがあった。ゴールデンはキリシマとフィックスとコンゴウを打ち取った人物たちについて驚いた。それは言わずと知れた『シャイニング』のメンバーである。テンリとシナノの働きもゴールデンの耳には入った。『シャイニング』は革命軍と反目していたので、ゴールデンは『シャイニング』を心配をしてはいたが『トライアングルの戦い』においてもそれだけのことをやって退けるとは思ってもいなかった。ゴールデンにはこれによってあたかも国民を苦しめていた黒死病ペストの治療薬を発見してもらったかのような大恩が『シャイニング』にできたことになる。

ゴールデンは『トライングルの戦い』を分枝点として決めていることがある。ゴールデンはとにかく国民のために粉骨砕身をするつもりなのである。ゴールデンはどうするのかというと『やさしく安全に住みやすく』という綱領テーゼを立ち上げるつもりである。それは大臣とも相談ずみである。

現在のゴールデンは『桜花の間』にいる。ここは仕事場ではなくて客室として使われているが、ゴールデンはショシュンのことを呼び寄せている。そのため、ショシュンはやがてやって来た。

「失礼します。ショシュンです」ショシュンは扉の外で言った。ゴールデンは入ってくるように命じた。ショシュンは銀ぴかのクッションの上に登った。ゴールデンは金ぴかのベッドの上で体を休めている。

「まずはお礼を言わせてくれ。今の我がこうしていられるのはショシュンくんのおかげだ。本当にどうもありがとう」ゴールデンはこの上なくまじめな顔をして謝意を表した。

「お褒めにあずかって恐縮です」ショシュンは素直に言った。ショシュンだって自分だけが特別でないことはわかっているが、折角のゴールデンからのお礼の言葉だし、ゴールデンにしてもショシュンだけを特別扱いをしている訳ではないので、ショシュンはあえて言葉を返さなかった。

「今日は我が目を覚ましたのを見てりんし共和国の使節は帰って行った。りんし共和国の国家代表は近々我のお見舞いに来てくれるそうだ。節足帝国の皇帝も我と国家情勢を案じて視察を兼ねて使節団を送って来てくれるという。国内は今まで不安定な状態だったが、内憂外患ではないという証だ」

「そうですね。自分も一国民として国外の昆虫が現在の甲虫王国の政府の味方だという事実はすごくうれしく思います。それに『マイルド・ソルジャー』の一人として自分も今後はオウギャクくんの組織した革命軍のような団体が現れないように今までよりも多く王国の巡回をしていこうと思っています」ショシュンは胸の内を吐露した。ショシュンはそれこそが自分の役割だと思っている。

 王国のパトロールは『森の守護者』の仕事だが『スリー・マウンテン』を初めとした何人かの『マイルド・ソルジャー』は自主的に王国の巡回をする者もいる。

「うむ。それは心強い。我もショシュンくんの言う通りに努力はしようと思っている。我は手始めに『無法の地』を整備しようと思っている。取っかかりはやはりそこだ。『無法の地』は名前からもわかるようにして悪の温床になりやすい」ゴールデンは常日頃から思っていることを口にした。

「そうですね。自分も国王様のご意見は立派なものだと思います。能天気だと笑われるかもしれませんが、自分はいつかこの国の悪を根絶やしにできたらいいなと思っています」ショシュンは言った。

「そうか。そうか。誰がショシュンくんを笑おうものか。我も同じ気持ちだ。そのくらいに強い気持ちを持って事に当たれば、その気持ちはきっと国民の皆にも伝わるだろう。誰かが夢を持つことを他人が笑う資格はないものだ。一つの物事に真摯な気持ちで取り組むということは何事にも代えられないくらいに尊いことだ。やさしさに満ち溢れたた安全な暮らしを追求したとしても、それは当たり前のことだ。口では偉そうなことを言っても、これからは我の本当の手腕が試されることになる」ゴールデンは気を引き締めた。

「ご安心下さい。国王様は一人ではありません。『スリー・マウンテン』を初めとした『マイルド・ソルジャー』や頼りになる大臣やルークさんもいます。自分も国王様を全力でサポートを致します」ショシュンは最上級の敬意を込めて言った。ショシュンは心からゴールデンのことを信頼しているのである。

「そうか。それはまた心強い限りだ。それではここでショシュンくんを呼んだ本当の理由について話さなければならない。甲虫王国の国宝はソウリュウ一家によってまんまと盗まれてしまった。ショシュンくんはその手口について考えがあると我は聞いている。もしも、よかったならば、ショシュンくんは我にそれを聞かせてはくれないか?」ゴールデンは切願をした。ショシュンは当然のことながら了解をした。

「かしこまりました。それでは順を追ってお話しさせてもらいます。無論。自分は現場にいた訳ではなくてその場にいた者達から話を聞いただけなので、至らぬ点もあるかもしれませんが、その点はご了承下さい。ソウリュウくんとドンリュウくんは『秘密の地』詳しくは『黄の広場』でケンカをして騒動を起こして国王軍の邪魔をしました。これは国王軍が城から援軍を呼ばせるための罠だったと考えて間違いありません。現に城の警備兵の5匹はそのために駆り出されました。ただし、自分はその判断を責めるつもりはありません。ここまではよろしいですか?」ショシュンはここでゴールデンに対して一応の確認をした。

「ああ。大丈夫だ。ショシュンくんの説明は実に明快だよ。我もショシュンくんと同意見で警備兵を呼んだことに異論はない。ソウリュウくんをマークしなければならないことは自明のことだ。問題はその後だ。その後は少し我も混乱をしている」ゴールデンは難しい顔をして弱ってしまった。

「そうですね。初めは自分もそうでした。城外で警備兵に追い回されているはずのソウリュウくんは城内にも侵入してきたのですから、一見しただけでは訳がわかりません。しかし、謎を解くためのヒントは『シャイニング』のテンリくんが与えてくれました。国王様はもうおわかりですよね?そうです。ソウリュウくんはパワー・ストーンを使った可能性が高いと思われます。ソウリュウくんはおそらくそれによって自分の分身を作りました。さすれば、ソウリュウくんが同じ時間に別の場所に一人ずつ存在していることの説明はつきます。ご理解はして頂けたでしょうか?」ショシュンは紳士的な口調で聞いた。

「うむ。なるほど。よく考えれば、我にも解けない謎ではなかったという訳だ。それにしても、ショシュンくんはよくぞそれを看過したものだ。褒めて使わすぞ。その後はおそらく二人目のソウリュウくんのお供をしていたトリュウくんが『花弁の間』に向かった。しかし、それは志半ばで頓挫をすることになった。我も信頼する警備兵たちのおかげだ。トリュウくんは今も『監獄の地』にいるそうだな?『花弁の間』には国宝があるのだから、トリュウくんがそこを目指していたことにも頷ける。しかし、不思議なのはソウリュウくんが『花王の間』にやって来たことだ。『花王の間』は我の后のイヨの愛用している部屋だ。ソウリュウくんは一体『花王の間』に何の用があったのか?ソウリュウくんの消息はそしてここで途絶えている。それはなぜなのか?ショシュンくんはその謎も解明していると言うのかな?」ゴールデンは聞いた。

「はい。わかっています。僭越ながら申し上げます。ソウリュウくんが『花王の間』に向かった理由は警備兵のハムレットくんの誘拐のためです」ショシュンは自信を持って言った。

 一度は話に合った通りに今はまだ昼間なので、ハムレットは行方不明のままである。しかし、ハムレットは今日の夕方には城に帰って来ることになる。ゴールデンは口を開いた。

「なるほど。我もハムレットくんが裏切り者だとは思っていなかったが、ソウリュウくんに連れ去られてしまっていたのか。確かに普段『花王の間』はハムレットくんの管轄だったから、ソウリュウくんがそれを知っていたと考えれば、辻褄は合う。ハムレットくんの素性は実際に革命軍のスパイを発見したことによって一般の大衆にもよく知られているからな。ソウリュウくんの消息が途絶えたことにも頷くことができる。ソウリュウくんはハムレットくんを連れ去ったから、城からいなくなったという訳だ。ん?いや。待ってくれ。この推理にはおかしな所があるぞ。時系列に沿って考えた時にショシュンくんの推理ではソウリュウくんとハムレットくんは同時に失踪しているが、事実はそうではない。ハムレットくんはソウリュウくんがいなくなった後も確かに城の中にいたと主張している者がいる。それでは最初から推理を組み立て直さなければならないのではないか?」ゴールデンは聞いた。しかし、ショシュンは全く動じなかった。

「いえ。ご心配には及びません。ハムレットくんの失踪は間違いなくソウリュウくんと同時期です。自分も少し考えさせられましたが、頭に入れておくべきなのはソウリュウくんがパワー・ストーンを持っているということです。その数はしかも一つではないと思われます。自分の考えではソウリュウくんは少なくとも4つのパワー・ストーンを持っていたのではないかと思っています。つまり、あの時のソウリュウくんはパワー・ストーンの分身によって三匹になっていたのです。まずは城外で警備兵から逃げ回っているソウリュウくんが一人です。次はハムレットくんを誘拐したソウリュウくんが一人です。最後は国宝を盗んだソウリュウくんが一人です。もっとも、最後の一人はパワー・ストーンの力を借りてハムレットくんの姿になっていたという訳です」ショシュンは筋道を立てて話をした。このショシュンの解説は完璧である。だから、トリュウはソウリュウに対して、『若様はおれ達の三倍もお疲れになるはずです』と言っていたのである。

フリルの飾りはハムレットを誘拐したソウリュウがつけていた。本来ならば、ソウリュウは国宝を盗みに行く係りの自分にフリルをつけたかったのだが、ハムレットに化けてフリルをつけていたならば、明らかに不自然なので、状況はそうも言っていられなかったのである。

「なるほど。そうか。ん?はて?しかし、ハムレットくんの格好をしているソウリュウくんはどうやって侵入をしたのだろうか?ハムレットくんは内勤だから、外から入ってくれば、怪しむ虫も出てくるのではないか?それなのにも関わらず、そんな情報は寄せられていない。いや。そうか。さすがの我にもわかったぞ。国宝を盗んだソウリュウくんは透明になっていたから、誰にも見咎められないですんだのだな。我のこの考えは当たっているだろうか?」ゴールデンは自信を持って発問をした。

「さすがは国王様です。おそらくは自分もそれが答えではないかと思います。ソウリュウくんは分身と変身と透明とパワー・ストーンの持てる力の全てを遺憾なく発揮したということだと自分は思っています。分身を二回と変身と透明を一回ずつで締めて4回です」ショシュンは話をまとめた。

「そういうことになるな。やれやれ。ショシュンくんのおかげでトリュウくんに尋問をする手間は省けた。トリュウくんはこれを『栄光あるイリュージョン』作戦と呼んでいるらしいが、よくもまあ、ソウリュウくんはこんな手の込んだことを考えたものだ。しかし、我はだからといっておめおめソウリュウくんに国宝を譲る訳にはいかない。とはいっても、我はこの件を穏便にすまそうと思っている。我々は折角『トライアングルの戦い』に勝利をしたのだ。我は国王軍に心酔してくれる国民の皆のためにもそれに水を差すようなことはしたくはない。ショシュンくんにはそこで我の提案を聞いてもらいたい」ゴールデンはそう言うとある考えをショシュンに対して提示をした。その考えはショシュンにとっても悪くないように思えた。元々のゴールデンは偏愛することはなかったが、ショシュンはその考えを聞くと改めてゴールデンの度量の広さに敬服をした。ソウリュウ一家についての話はやがて一段落した。しかし、ゴールデンはまじめである。

「それでは次の問題だ。昨日の今日だが、我は『シャイニング』のメンバーと会っておきたい。今『シャイニング』の皆は城にいるそうだ。『シャイニング』の皆には感謝してもしきれないが、我はかといって何も働きかけない訳にも行かない。『シャイニング』の皆はきっと逞しい少年少女なんだろうな」ゴールデンは想いを馳せた。ゴールデンは『シャイニング』のことをとても高評価している。

「ええ。アマギくんとならば、自分は言葉を交わしましたが、アマギくんはとても素直な少年でした。『シャイニング』は色んな困難を乗り越えてきているので、逞しいという国王様のご評価は外れてはいないものかと思われます。早速『シャイニング』のメンバーとの面会を申し込みましょう」ショシュンはそう言うと歩き出そうとした。ゴールデンはそれを見送ろうとしたが、ショシュンは足を止めて口を開いた。

「そうでした。自分は一番に肝心なことを言い忘れていました。もしも、自分のこの考えが当たっているとするならば、大変なニュースが王国中を駆け巡ることになります」ショシュンは真剣である。

「ほほう。それはぜひとも聞いておきたいな。ショシュンくんはいつも的を射た指摘をしてくれる。その話には我も興味がある。話してくれるかな?」ゴールデンは笑顔である。ショシュンは『御意』と言うと唐突にとんでもない考えを口にした。滅多なことでは驚かずに動じないはずのゴールデンも思わず仰天してしまったくらいである。ゴールデンはそれでもその可能性を否定せずにむしろその意見に同意せざるを得なかった。

ショシュンの意見はそれ程にしっかりとしたものだった。ゴールデンはそのためにソウリュウ一家の件についてはショシュンに一任をすることにした。ショシュンはそれを喜んで引き受けた。

ショシュンはやがて弁説を終えると『シャイニング』を呼んでくれるように守衛に対してお願いをした。その後のゴールデンは体を休めた。ショシュンはブラインドを上げて外の景色を眺めた。


 その頃のテンリたちの4匹はヒリュウとアスカと共にまだ『おしべの間』にいた。ミヤマはダンプカーを熱演してヒリュウは飛べるようになったので、昇天するクワガタをまねてみたりしている。

 アマギはそれを囃し立ててテンリは完全に見学者になっている。しかし、アスカはそれを無視して部屋にあったクリーナーで窓の掃除をしている。律儀にも城に招待させてもらったお礼として掃除をしているので、アスカはあながちミヤマとヒリュウを軽蔑している訳ではない。シナノは乱痴気騒ぎに巻き込まれてミヤマとヒリュウのコーチに認定されてしまっている。ただし、ミヤマとヒリュウは自主的に技を磨いているので、実質はシナノも見学者と変わりがない。つい先日は命をかけて戦っていた男達がこの様では端から見れば、緊張が切れて気でもおかしくなったのかと思うかもしれないが、ミヤマとヒリュウは苦難を乗り越えてつらかった過去を忘れて今日からは楽しく過ごそうという願いを込めてバカ騒ぎをしているのである。

もちろん『トライアングルの戦い』における経験を全て消去してしまう訳ではない。つらい経験を乗り越えたという事実はその虫の自信に連結するからである。

もしも、苦しいことがあったならば、いつもはそれを忘れていても次に苦難に直面した時にそのことを思い出せばいいのである。その上で自分ならば、次もやり抜けるという自信にすれば、それでいいのである。

 『おしべの間』の雰囲気は変調してきた。アマギは目を覚ましたので、ヒリュウとアスカはいよいよ帰宅することになった。ヒリュウとアスカはテンリたち4匹とのお別れの時である。

「アスカさん。ヒリュウ。お疲れさまでした。アスカさんとヒリュウの所業は未来永劫において語り継がれることになるでしょう。その所業はそして万人から感謝されることになることは間違いはない。我々一同もそれを決して忘れることはないと思う。以上です」ミヤマはそう言うと格好をつけて敬礼をしている。

「この訓示はなんだ?格好はつけているけど、ミヤのセリフだと思うと全くありがたみはないぞ。まあ、なんにせよ。アスカさんとヒリュウはありがとうな」アマギはしれっとした顔のままお礼を言った。

 さっき同じようなことを言っていたミヤマは形なしである。しかし、それについては誰もコメントをしなかった。ミヤマが三枚目を演じるのはいつものことである。ミヤマもそれに納得している。ただし、ミヤマは落胆していないかとテンリは普段から目を光らせている。

「そう言えば、アスカさんはぼく達を助けに来てくれる前にも困難に直面していたんだよね?確か『ローレスの戦い』って言ったかな?」テンリは新しい話題を提示した。

これは以前『玩具の地』においてテンリがペリカンのキヨセから仕入れていた情報である。テンリはこのことをアマギとミヤマとシナノの三匹にも話をしていた。

「ああ。あの一件か。あの時はノートンを初めとした海賊共が腹いせとして私達『西の海賊』の壊滅を狙って襲撃してきたんだが、戦闘は確かにそれ程に楽ではなかった。だが、これに勝てば、悪者を成敗できるのだと思って皆は必死に戦った。私達はそして勝利を手にすることができた。『無法の地』の支配者はこれによって空になった訳だ。ゴールデン国王は今の『無法の地』を放ってはおかないだろう。再び悪が蔓延る前になんらかの整備はなされるはずだ。時間はかかったとしても必ず今よりもっともっと甲虫王国は住みやすい国になるはずだ。テンリくん達にとっては尚更だ。だが、油断はしない方がいい。革命軍にも逮捕を免れた輩がいるからだ。いや。すまない。私は別にテンリくん達を脅そうと思って言った訳ではないんだ」アスカは慌てて弁解をした。アスカはあくまでもテンリたちのことを思いやってくれているのである。

「ええ。わかっている。アスカさんの忠告はいつも正しいから、私達はしばらくある程度の緊張感を持って旅を続けることにする」シナノはとても素直な受け答えをした。

「ああ。それはいい考えだ。そうそう。もしも、シナノくんの両親との再会が遅れてしまって先にアマギくんの体が回復したならば『運動の地』に行ってみるといいぞ。『運動の地』は中々おもしろい所だ。ここ『秘密の地』からも近いから、お城の虫に聞けば、おそらくは道を教えてくれるだろう。もちろん、アマギくんの体が回復したらの話だ」アスカは念を押した。無理は禁物だからである。

「うん。わかった。耳寄りな情報をありがとう。そう言えば、ヒリュウはさっき重大な決心をしたとか言っていたな。あれは何のことを言っていたんだ?ん?わかったぞ!まさかとは思うけど、ヒリュウはミヤマに弟子入りしたいとか言い出すんじゃないだろうな?」アマギは不吉な予想を口にした。

「ほほう。ようわかったな。アマちゃんは『トライアングルの戦い』を乗り越えて頭脳も明晰になったみたいやな。わいはミヤちゃんのダンプカーの物真似を見てこの男こそわいの生涯の老師にふさわしい思うとったんや。プップー!危ないでー!ダンプカーは通るでー!って、アホか!こないなことやっとたならば、わいは皆に嫌われてまうわ!」ヒリュウは動きを交えながら最後は乗りつっこみを決めた。

「ご本人もいるけど、彼は嫌われ者なのかしら?」シナノは戯言を言った。

「おれは確かにそんなバカなことをやっている虫とはお近づきになりたいとは思わないな。って、おれのことかよ!他人に迷惑をかけずに自分のやりたいことをやってそれで嫌われ者になるなのだとしたならば、間違っているのは世の中の方だ!」ミヤマは不意に名言を口にし始めた。

「おお。ミヤちゃんはさすがやな。なんや知らんけど、急に名言が飛び出したやないけ。わいは前言を撤回するで!わいはほんまに感動させられてしもうたわ。よーし!その心意気に心を打たれた所でわいの野望を発表するで!実はわいもアルコイリスを目指すことにしたんや。とはいっても、テンちゃんたちと同行はできへんのやけどな。わいは骨休めをしたならば『石油の地』から旅をスタートしよう思うとるんや。テンちゃんたちの数々の業績を見聞きしたならば、わいは居ても立ってもいられなくなってしもうたんや。わいもきっとすばらしい旅路を超えてアルコイリスに到達することになるやろうな。その時はアスカさんもわいの話を聞いてくれるか?」ヒリュウはアスカに対して恐る恐るといった感じで聞いた。

「ああ。私は喜んで聞こう。夢を持つということはとてもいいことだ。その目標に向かって突き進む虫の姿はとても眩い輝きを放つものだ。例え誰にバカにされようとも夢というものを捨てる必要はない。少し気は早いが、これは私からヒリュウくんへの餞の言葉だ」アスカは言い切った。

「よし!それじゃあ、おれは一同を代表して送辞の言葉を送らせてもらうことにしよう!」ミヤマはきっぱりと言っ。ミヤマはまたふざけたことを言うのかなとシナノは予測をした。

「いや。いらへん。ミヤちゃんの言いたいことはわかっとるわ。送辞だけに出発前に大掃除をすますとええとか言い出すんやろう?」ヒリュウは自分で言いながらもおもしろくなさそうである。

「違うよ。ヒリュウは失敬だな。おれが言いたかったのは道に迷ったならば、誰かに聞くんだよ。もしも、それでも、わからなかった時は『ワン!ワン!ワン!』と言うんだよっていうセリフだよ。ヒリュウの言った事とは天と地の差がある」ミヤマはいけしゃあしゃあと言って退けた。あまりにもつまらないので、シナノは白けている。それはヒリュウも同様である。アスカは呆れている。

「うーん。前半はいいことを言っていたのにも関わらず、後半はヒリュウくんの想像したものと五十歩百歩だったね」テンリによってそう言われると確かにそうだとミヤマは自分の否を認めた。

「まあ、なんにせよ。わいは旅の出発時期を待つことにする。そうすれば、わいはテンちゃんたちみたいにして立派な旅ができるようになるかもわからへん。それじゃあ、皆は元気でな」ヒリュウはそう言うと早速『サークル・ワープ』の行き先を『浜辺の地』に設定した。テンリはそれを珍しそうにして見ている。

「また会おう。私は皆のことを応援している。もしも、なにかの心配事があれば『浜辺の地』に『サークル・ワープ』を使って戻ってくるといい。私達『西の海賊』は皆のことを全力でバック・アップする。テンリくんたちはなんといっても私達の戦友だ。逆走は嫌かもしれないから、テンリくんたちの味方はこれからもいるのだということを忘れないでほしい。だが『トライアングルの戦い』を切り抜けた実績があれば、皆はこれからも困難にぶつかったとしても先に進めるだろう。私はそう信じている。皆は自信を持っていいんだぞ」アスカは激励をした。アスカは最後の最後まで面倒見のいい姉御ぶりを見せている。

「へへへ、ありがとう。アスカさんのその言葉は忘れないよ。おれからは最後にプレゼントだ」ミヤマはそう言うとお尻の方に手をやってヒリュウとアスカに向かって気を投げた。

 ミヤマはどうやら握りっ屁をくれたみたいである。しかし、なんだかよくわからなかったが、アスカとヒリュウはそれを避けることにした。ミヤマはするとがっくりときてしまった。

「感動的なムードは台無しね。アスカさんとヒリュウくんも元気でね。また会おうね」シナノは言った。

「おう。そうだな。必ずまた会おう。その時におれ達はもっと男らしくなっているぞ。あはは、ナノちゃんだけは女らしくだな。それじゃあな」アマギは最後のお別れの言葉を口にした。

「ぼく達は今回の恩も決して忘れないよ。ぼくはアスカさんとヒリュウくんが幸せな生活を送れるように細やかながらもお祈りをするよ。体に気をつけてね。バイバーイ」テンリは恒例の挨拶をした。アスカとヒリュウはいよいよ『サークル・ワープ』を潜って『浜辺の地』に行ってしまった。

 ヒリュウの『サークル・ワープ』は消えてしまった。後にはテンリたちの4匹が残っているだけである。テンリは毎度のことながらお別れの感傷に浸っている。ところで『サークル・ワープ』を使えば、アルコイリスに簡単に行くことができるのではないだろうかと当然のことのながらそのような疑問は沸いてくる。それは確かに可能である。しかし、外道とまでは言わないが、旅の醍醐味を味わってこそアルコイリスの樹液のありがたみがわかるとテンリたちは思っている。つらいこともあるが、旅にはうれしいことを体験することもあるから、テンリたちにとっては旅こそがベストな選択なのである。

 その後は程なくしてゴールデンはテンリたち『シャイニング』のことを呼んでいるという連絡が入った。ミヤマはいよいよかと思った。ミヤマは薄々とこうなるであろうことに感づいてはいたのである。

 ミヤマはという訳でなぜか張り切っているが、国王様はどんな虫さんなんだろうとテンリは不安げに想像力を働かせている。シナノは割と平常心のままである。

 テンリたちの三匹はそんな感じで『桜花の間』に向かった。どうして三匹なのかと言うと、アマギはその中に入ってはいないからである。アマギとゴールデンは絶対安静をしていないといけないので、アマギとゴールデンの両者の面会は残念ながら明日以降への持ち越しという訳である。


ゴールデンは『桜花の間』において『シャイニング』の到着を心待ちにしている。ゴールデンは『シャイニング』に対してプレゼントを用意している。ショシュンはまだこの部屋にいる。ショシュンもまた『シャイニング』に対して用事があるのである。現在のショシュンは程よい日差しを浴びて日向ぼっこをしている。

 ショシュンは訓練で刻苦勉励している時もあるいは実践を行っている時も普段の日常生活を送っている時もいつでもやさしさを持ち続けていることに変わりはない。ショシュンはただ一つ戦闘モードに入ると群を抜いた集中力を発揮する。ショシュンはそしてどんな凶悪犯に対しても慈悲の深い仏心を持って接することができる。とはいっても、その点については『スリー・マウンテン』の全員に当てはまる。しかし、ランギの場合は日常と戦闘で切り替えは行われない。なぜならば、ランギは普段から隙を見せないようにしているからである。だから、ランギに対しては奇襲を行ったとしても成功する確率は低いということになる。

 ジュンヨンはショシュンと同様にしてオンとオフの切り替えを行う。ただし、ショシュンとジュンヨンにも違う所はある。ショシュンは戦闘中でも多少のリラックスをしているが、ジュンヨンは戦闘になると心中の大半は無意識の内に緊張で支配されてしまう。ようするに『スリー・マウンテン』にはそれぞれのカラーがあるという訳である。『スリー・マウンテン』の個性はご多分に漏れずに十人十色である。

話を元に戻すことにする。ゴールデンとショシュンが待っているとやがては『シャイニング』の三匹はやって来た。首を長くして待っていたゴールデンは喜びを露わにした。

ショシュンは初めて会うテンリたちに対してテンリたちの緊張を和らげるために挨拶をした。ショシュンは当たり障りもなく『こんにちは』と言った。テンリたちの三匹はショシュンに対して挨拶を返した。その時のテンリは自分達に挨拶をしてくれた虫がショシュンであるということに思い至って羨望の眼差しをショシュンに対して贈った。一度は話に出た通りにテンリはショシュンのことを尊敬しているのである。

「ようこそ」ゴールデンはテンリ達の三匹を歓迎した。「わざわざ足を運んでくれてありがとう。我はなにぶん体の自由が利かないのでな。いや。恥ずかしい限りだ。アマギくんも我と同じ状態だと聞いている。アマギくんの場合は我と違って勲章の疲労だがな。我はとにかく自分の足で会いに行けなくてすまなかった。我は謝っていたと後でアマギくんにも伝えておいてくれるかな?」ゴールデンは低姿勢のまま聞いた。

「かしこまりました。お父さま」ミヤマはそう言うと二本足で立って慇懃にお辞儀をした。ゴールデンとショシュンはそれを見て当然のことながら不可解そうにしている。

「解説を加えると、ミヤくんは自分のことを王子様だと勘違いしているみたいです。となると、ゴールデン国王様はミヤくんのお父さまになりますが、戯言なので、笑い飛ばして下さい」シナノは説明をした。

「わはは、そうか。そうか。我を笑わせようとしてくれたのだな。それは大変に結構なことだ。君はミヤマくんだな?気を使ってくれてありがとう」ゴールデンは素直にお礼を言った。

「とほほ、本気で王子の座を狙っていたんだけどな。そう安々と事が運ぶ訳はないか」ミヤマは言った。

「これも戯言なので、お笑い下さい」シナノは茶々を入れた。ゴールデンとショシュンは笑みを浮かべた。よかった事と言えば、少しはミヤマのおかげでテンリもリラックスすることができるようになったことくらいである。今までのテンリは緊張のせいでかちんこちんだったのである。

「それでは場が和んだ所で本題に入らせてもらおう。我はファルコン海賊団の壊滅とクラーツの一味の撃破と『トライアングルの戦い』での活躍の一つ一つに対してとてもとても大きな感謝の念を持っている。言葉だけでは足りないが、本当にどうもありがとう」ゴールデンは心からのお礼を言った。当然と言うべきか、今回ばかりはさすがのミヤマも茶化すようなまねはしなかった。

「どういたしまして」テンリは答えた。「だけど、ぼくは大したことをしていないよ。だから、国王様はぼくにはお礼を言わなくてもいいんだよ」テンリはとても低姿勢である。ゴールデンにでさえも敬語を使ってはいないが、テンリは当然のことながらゴールデンに対して敬意を持っていない訳ではない。

 皆と仲良しになりたいから、テンリはとてもフレンドリーなだけである。アマギはテンリと同様にしてゴールデンに対してため口を利くことは間違いはない。理由はテンリと一緒である。

「いやいや。そんなことはない。我は知っている。『無法の地』でセトくんとニシよくんと言う囚われの身になっていた少年達を救うのに一役買ってくれたのは紛れもなくテンリくんだったと聞いている。テンリくんはそれに『トライアングルの戦い』でも内のルークと一緒にアマギくんを助けようとしてくれた。ミヤマくんはホーキンスとコンゴウを倒してくれた。シナノくんは勇敢にも戦場に入ってアスカくんたちを呼びに行った。『シャイニング』のメンバーは皆がそれぞれの活躍をしている。おや?皆は少し驚いた顔をしているようだな?我は君達の動向を知りすぎているからだな?我は国王だから、なによりも、国民を大事にする。もちろん『シャイニング』の君達も国民だし、君達が今まで助けてきた者達も国民だ。こんなことを言うと、笑われるかもしれないが、我は甲虫王国の国民を我の家族だと思ってとても大事にしている。だから、家族の近況を知ることは当たり前のことだ。君達はそして我の家族でもあって我の家族を助けてくれた大恩人でもある。君達はアルコイリスを目指しているそうだから、これからも困難に直面することはあるかもしれない。その時は我の家族を頼ってほしい。きっと『森の守護者』や『マイルド・ソルジャー』は君達のことを助けてくれるだろう。いや。君達が帰宅するまではできるだけ危険な目に合わないように我々(国王軍)は君達のことをバック・アップをする。これは我の君達に対する恩返しの一つだ。苦しくなったならば、今の我が言ったことを思い出してほしい」ゴールデンは言葉を切った。今の所のショシュンは黙っている。

「とてもうれしいお言葉です。特に私に関して言わせてもらえるならば、私の両親との再会も取り計らってもらえて本当に感謝をしています」シナノは言った。テンリはすると自分もお礼を言った。ミヤマは同様にしてお礼を言った。テンリとミヤマは自分のことのようにして事態を捉えているのである。

「いやいや。感謝しているのは我の方だ。これでは立場が逆転してしまう。しかし、君達がとてもやさしい心の持ち主であるということはよくわかった。我は恩を受けたのだ。そのお返しをするのは当然のことだ。そうだ。ショシュンくん。例の物を持ってきてくれ」ゴールデンは指示を出した。

「かしこまりました」ショシュンはそう言うといくらかの装飾品の入った籠を持って来た。ショシュンはテンリとミヤマに対して超ミニ・サイズのブレスレットを渡した。ショシュンはそしてシナノにはデコレーション・シールを手渡した。テンリのブレスレットの色はスカイ・ブルーでミヤマのそれはモス・グリーンでシナノのシールはレモン・イエローである。一応の説明しておくと、これらは節足帝国が原産地である。

「それらは我からのお礼の印だ。いらなければ、返してくれても構わないが、もしも、気に入ってくれたのならば、身に着けてくれると我もうれしく思う」ゴールデンは内心を打ち明けた。

「ぼくは気に入ったよ。ありがとう。国王様。格好のいい装飾だね」テンリはそう言うとブレスレットを装着した。ミヤマとシナノもゴールデンのプレゼントを気に入った。シナノはハート・マークのシールをテンリの助けを借りて背中に貼ってもらった。シールは付箋みたいにして粘着力がそれ程には強くないので、取り外しは容易ではあるが、それでいてしっかりと防水の加工はなされている。さすがは物作りでも有名な節足帝国の品物である。もちろん。アマギの分もあるので、今はミヤマがアマギの分も装着をして『おしべの間』に持ち帰ることになった。アマギの腕輪の色はワイン・レッドである。

「喜んでくれたみたいなので、我はほっとしたよ。我は君達には感謝の気持ちしかない。君達はここに来るまでにいかような苦労をしてきたのか、それは想像に余りある。その話をちと聞かせてくれはしないかな?」ゴールデンは興味津々である。これもゴールデンが『シャイニング』を呼んだ理由の一つである。

「話しましょう。とはいっても、国王様は話の大半を知っているみたいなので、退屈かもしれませんがね」ミヤマはそう言うと少々の話を披露した。シナノはまたミヤマの手柄話が始まるのかなと思ったが、実際はそんなことはなかった。テンリは黙ってミヤマの話に耳を傾けている。

 ミヤマは『西の海賊』に世話になったことやホーキンスを倒す時にソウリュウは一肌を脱いでくれたことや自分以外のテンリたちがどんな心境で問題に立ち向かったのかを話した。

 ミヤマはおしゃべりのうまい男なので、ゴールデンはその話を聞いて大いに感動をした。ショシュンはそばその話を聞いていてアマギの話から欠落していた部分も耳に入れることができたので『シャイニング』のメンバーの思いやりの強さを身に染みて感じ取ることができた。

 ミヤマはやがて話を終えた。テンリは自分達の武勇伝を聞いて少し面映ゆかった。シナノはテンリと同様にしてちょっと照れくさかったが、ミヤマは堂々としている。

 今回に限って言えば、ミヤマは珍しく自分以外の者の話を中心にしていたが、仮に自分の手柄話をしていたとしても堂々としている。ミヤマとはそういう男なのである。

 アマギだったならば、自分の手柄話をべらべらとしゃべったりはしないが、ミヤマはその代わりとしてアマギの手柄話をしたとしても、アマギは特になんとも思わない。アマギは無我の境地である。

「そうであったか。君達『シャイニング』はやはり多大な苦労をして今に至るのだな。しかし、困った時は誰かが手を差し伸べてくれたのだな?それはきっと普段の君達の行いが正しいからだ。神様はちゃんと我らのことを見ているから、善行をしていれば、他の虫からは必ずやさしくしてもらえるものだ。我からの要件はこれくらいだ。我はご足労を願って申し訳なかったな。それじゃあ、ショシュンくんからもなにかの話があるのだろう?」ゴールデンはショシュンに向かって話の主導権を受け渡した。

「はい。申し遅れました。自分はショシュンです。自分は好きな虫さんを選り好みしないけど、やさしい虫さんは特に大好きなんだ。『シャイニング』の皆はとてもやさしい。だから、話したことはなくても、自分は皆の役に立ちたい。皆はなにかで困ったことがあったり、散歩でもしたくなったりしたならば、遠慮をせずに自分に言ってほしい。自分は基本的に『おしべの間』の上の階(三階)にいることが多いから、いつでも力になるよ。自分がどこかへ行く時は皆に声をかけてから行くようにするね。あれ?やりすぎかな?余計なお世話だったならば、皆は言ってくれてもいいよ」ショシュンは年少者に対して申し出た。

「余計なお世話でなんかではございません。あたくしは『スリー・マウンテン』の一角にそうまで言ってもらえるなんてうれしゅうございます」ミヤマは不意にピフィの役を演じ始めた。

「下らない小言でごめんなさい」シナノはなぜかミヤマの尻拭いをしている。

「ははは、ミヤマくんとシナノちゃんはまるで夫婦漫才みたいだね」ショシュンは軽口を叩いた。

 意外とうぶなミヤマは所在なげにしてシナノから目を反らしたが、一方のシナノは漫才師にされてもあんまりうれしくはなさそうである。テンリは楽しそうにしてそれを見つめている。

 テンリたちの三匹はやがてこの場を去ることになった。ゴールデンは伝えきれない感謝の気持ちを込めてテンリたちに対して重ねてお礼を言った。ミヤマとシナノは出口に向かった。

「ショシュンさん。ぼくはリクエストをしてもいいかなあ?」テンリは立ち止ったまま聞いた。

「うん。もちろんだよ。なんでも言ってね」ショシュンは快諾をした。テンリは要望を口にした。そのために用事ができたショシュンはゴールデンに対して挨拶をしてテンリと共に『桜花の間』を辞した。

ミヤマとシナノは『おしべの間』へ向かうことにしたが、テンリとショシュンの二匹は用事をすますために城の外に向かうことになった。『桜花の間』に残ったのはゴールデンだけである。

ゴールデンは今まで国民に対して完全な安全を提供することができなかったので、今からは具体的にその弁償を実行することにした。それは多くの被害を被った張本人であるテンリたちの三匹の『シャイニング』に話を聞いたこともゴールデンの決意を固くしている。テンリたちは国王にさえも影響を与えたのである。


 剛毅朴訥なランギはとても偉大な戦果を上げても今までと変わりないマディスティなままである。現在のランギは『実る程に頭の下がる稲穂かな』を地で行っている。

 アマギは内面の屈強さと外面のやさしさを合わせ持った最強の兄を持っていることになる。アマギはそのような性格の高みを目指してもいる。ランギはとても無口なので、余程のことがない限りは自分の業績を他人に話すようなことはしない。例えば、ランギに子供ができたとしても、ランギはその子供に対しても自分の過去を話すとは思えない。そこには自慢をしないというランギのポリシーも含まれている。

 ランギはもちろん今回の『トライアングルの戦い』においても名を上げるためではなくて甲虫王国の平和を維持してくれると信じてくれる国民に対して報恩をしたにすぎない。

 ただし、ランギは心のないロボットではない。ランギはその証拠として対オウギャク戦でも戦いはおもしろいものではないと明言をしていた。これはランギの本心である。本当はランギも争いをせずに皆と仲良くしていたいのである。ランギはしかも無口だからと言って仲間内だけで仲良くするのではなくて見ず知らずの他人とも垣根を越えて仲良くしたいという考えを持っている。

その想いはちなみにテンリも同じである。だから、テンリはあまり多くはない接触の機会の中でランギのそういう一面に気づいてアマギの兄だからというだけではなくて一匹の虫としてランギのことをとても尊敬している。現在のランギは『おしべの間』にやってきてアマギと兄弟で会談をしている。

「アマはキリシマをやっつけたらしいな?そのニュースについてはさすがのおれも耳を疑った。『青は藍より出でて藍より青し』だな。といっても、アマにはわからないか?アマはようするにおれよりも強くなったなったということだ」やはりやさしいランギは平素の口調でアマギを持ち上げて見せた。ランギの言ったことわざには類句がある。『氷は水より出でて水よりも寒し』というものである。

「あはは、ラン兄ちゃんは冗談を言うようになったのか?おれは確かに強さに自信を持っているけど、ラン兄ちゃん程に強くなったとは思わないよ。ラン兄ちゃんだって王国における史上最強のオウギャクを倒したじゃないか」アマギは当然の如く実兄に対して謙虚である。

それもそのはずである。『ダブル・ハート』は一つしか使えないし、アマギはそもそもランギと実践に模した稽古においてさえも一度も勝ったことはないのである。

「まあ、大したことじゃない。オウギャクは確かに強かったけどな。アマはどうやってキリシマに勝ったんだ?おれは少し気になっていたんだ」ランギは聞きたかったことを口にした。

「ああ。そのことか。実はおれにもよくわからないんだよ。『進撃のブロー』を二つともう一つ炎の刃が角から出てきたんだ。あれは何だったのかな?ラン兄ちゃんは知っているか?」アマギは聞いた。

「ああ。知っている。それは『レンクス・ファイア』だ。アマはキリシマとの戦闘中に眠っていた力が目覚めたみたいだな。たまにあることだ。アマのことだから、向上心はあるだろう?まずは『迎撃のブレイズ』を遠くに放とうという思いで練習するといい。その内にマスターすることはできるだろう。アマはそれとも昔みたいにしておれがコーチをした方がいいか?」ランギは親切な申し出をした。

「いや。それはいいよ。おれは体が動くようになったならば、テンちゃんたちとすぐに旅を続けることにするんだ。だから、コーチはまたの機会に頼む。そうだ。おれはもう一つ技を覚えたんだった。おれは『急撃のスペクトル』を使えるようになったんだぞ。残像は一つきりしか見せられないけどな」アマギは告白をした。

「そうか。アマはそれでも十分に大したものだ。暇があれば、それも練習してみるといい。話は変わるが、テンリくんたちはどうした?おれは会ったことがないから、ミヤマくんとシナノくんというアマの新しい友達とも会っておきたい。おれは大した話はできないけどな」ランギは自虐的である。

「テンちゃんたちは国王様に呼ばれて行っちゃったんだ。だけど、皆はもうすぐに帰ってくるんじゃないかな?ミヤは特におれの家来だから、呼ぶとすぐに来るぞ!おーい!おれが呼んでいるぞ!」アマギは放言をした。ミヤマはすると本当に部屋に入って来た。後ろにはシナノの姿もある。

「ほらな?来ただろう?ミヤはおれのことを尊敬しているんだ」アマギは自画自賛をした。

「しょせんはインチキじゃないか。そんなことはおれにでもできる」ランギは動じていない。実は外でかすかに話し声が聞こえてきたので、アマギはミヤマがやって来たのであろうと見当をつけて話をしていたのである。いつも隙を見せることがないランギもそれに気づくことはできた。

「おれがアマを尊敬しているって?まあ、当たらずと言えども遠からずだな。前向きな所は尊敬しているけれども、虫の話を碌に聞いていない所なんかは尊敬できないもんな。ん?まさか、あなたは・・・・」ミヤマは言葉を切った。ミヤマはランギに対して目を止めている。

「はじめまして」ランギは言った。「おれはアマの兄のランギだ。いつもアマが世話になっています」ランギはとても礼儀正しい。ランギは長話が不得意でも挨拶はしっかりとできるのである。

「こちらこそお世話になっています。ランギさんはそれにしてもすごいな。アマのお兄さんはどんな虫かと思っていたけど、ランギさんは大きくて強そうだ。さすがは大物だ。やさしい虫だっていうことも聞いているから、ランギさんはまさに完全無欠だな。その上『トライアングルの戦い』ではとんでもない戦果を上げたなんて男のおれでも惚れちゃいそうだよ」ミヤマは最高の褒め言葉を贈った。ミヤマは心から感動をしている。

「おいおい。ラン兄ちゃんを褒めたって何も出ないぞ。それよりも、テンちゃんはどこに行ったんだ?」アマギは相棒の不在について当然の疑問を口にした。シナノはそれに対して答えた。

「テンちゃんはミラノさんっていう虫さんの所に行ったの。アマくんとテンちゃんはミラノさんにお世話になったみたいだから、テンちゃんは改めてお礼を言いに行ったんじゃないかしら?ランギさんはルークさんと会えましたか?」シナノは気を遣ってランギの方に話題を振った。

「ああ。そのことを知っているのか。ルークさんとは会えたよ。一応はアマにも教えておくと、おれはしばしの間『監獄の地』で仕事をすることになっている。テンリくんに会えなかったのは残念だが、おれはミヤマくんとシナノくんに出会えてとてもうれしい。アマたちが出発する際はおれも見送れるようにできるだけの努力はしよう。そうすれば、おれはテンリくんにも会えるからな。おれはそろそろ行こう。これからもアマのことをよろしくお願いします。それじゃあ」ランギはそう言うと歩き出した。

「さようなら。またお会いしましょう」シナノは言った。ランギはすると少し照れた。

 ランギは男ばかりに囲まれて生活しているので、女性に対しては奥手なのである。それはともかくとして自分でも言っていた通りにこれからはルークと共にランギは『監獄の地』に行く予定である。

 ランギにはオウギャクに言っておかなければならないことがあるので『監獄の地』に赴くことは重要な任務なのである。つまり、この仕事はランギにとっても意義がある。

 現在のランギにとって『トライアングルの戦い』での激しい戦闘は忘却の彼方である。なぜならば、誰かにしてあげたことは忘れて誰かに何かをしてもらった時にだけ覚えておけば、それでいいからである。それは体の強さだけではなくて心の強さを追及しているランギのモットーである。


 尊敬している虫は誰ですかとテンリに聞くと地球上の全ての虫であるという答えが返ってくる。自分以外の全ての虫には自分には持っていない。いい所があると確信をしているので、テンリは色々な虫を尊敬の対象にしている。例えそれがごく些細なことだったとしてもである。

 しかし、中には暴力を振るって相手を屈服させるような輩もいる。そういう虫までも尊敬するというのは考え物かもしれない。それでも、そんな時はその虫の全てを尊敬するのではなくていい所を見つけて普段からテンリはそういう所を見習うようにしている。それこそはテンリのやさしさであっていい所でもある。例えどんな邪悪な虫にも探せば、一つくらいはいい所だって必ずあるはずなのである。

 テンリはそんな中で特に尊敬している虫がいる。それは今のテンリが一緒にいるショシュンである。ショシュンは誰に対しても敬意を示す紳士なので、テンリとは少し考え方のタイプが似ている。

「ねえ。小学生の頃のショシュンさんは不良の虫さんを言葉だけで更生させたんでしょう?ぼくは皆と仲良くしたいけど、相手の挙措を直すなんて芸当はできそうにないよ。ショシュンさんはすごいね。その時のショシュンさんは怖くはなかったの?」テンリは聞いた。テンリは憧れの虫と話ができてうれしそうである。現在のテンリとショシュンは目的地に向けて城内を歩いている。

「いやー!そんなことはないよ。称賛してくれることはうれしいけどね。あの時は自分もでしゃばりすぎたかなって思ったんだけど、皆には感謝されたから、今ではきっといいことをしたのかなって思うようになったけどね。怖くなかったかと聞かれると自分はすごく怖かったよ。自分は当時から確かに体を鍛えていたから、5匹や6匹を相手にしても勝てないことはなかったと思うけど、それはしょせん憶測に過ぎないからね。自分はそもそも戦いで敗れてしまうことよりもっと怖かったことがあったんだ」ショシュンはそう言うと扉を開けてテンリと共に城外に出た。外の空気はとても新鮮だった。

「虫の人格を勝手に左右してもいいのか、ショシュンさんはさっき『でしゃばりすぎたかな』って言っていたから、そう言いたいのかなあ?もしも、そうならば、ぼくも同じだよ。虫の行いを是正するっていうことは直してあげる虫が自分自身で正しいことをしているんだっていう確信がないとできないものね。だけど、それだけの技量があるっていうことはやっぱりショシュンさんはすごい虫さんだね」テンリは言った。

「どうもありがとう。しかし、自分は驚いたよ。テンリくんは他人の気持ちを考えてあげることに長けているみたいだ。自分が言いたかったことはまさにそのことなんだよ。テンリくんは自分のことを褒めてくれたけれども、テンリくんだってとてもすばらしい能力を持っているよ。テンリくんは自分に褒められたってうれしくないかな?」ショシュンは悪戯っ子のような視線をテンリに対して投げかけた。

「ぼくはうれしいよ。ぼくはだってショシュンさんのことは好きだもの」テンリは断言をした。

「そっか。ありがとう。ぼくもテンリくんは好きだよ。話を元に戻すけど、自分は不良生徒に対して暴力を使わずに更生させることに成功したかもしれない。今の自分はそれが間違っていなかったと思うし、それを誇りにも思っている。テンリくんはなぜだと思うかな?テンリくんならば、答えはきっとわかるんじゃないのかな?つらい思いや苦しい思いをしていた虫さんはそれによって救われたからだよ。自分は昨日もたくさんの革命軍を倒したけど、それは間違っていなかったと思う。暴力を振るってしまったことはとても悪いことだけど、それよりも、優先されることはあるからだよ。ちょっと照れくさいけど、それは万人の幸せというやつだよ。誰かはいい思いをしていても、それによって苦しむ虫さんがいるのならば、いい思いをしている虫さんは我慢をしてもらわないといけない。虫は苦しむために生まれてきた訳ではないからね。夢を叶えるためや平和に生きるためといったようにして虫にはそれぞれに色々な思いはあっても誰もつらい思いをして生きていこうとは思わない。自分は何が言いたいのかというと、虫は必ずしもやりたい放題をしていい訳ではないということだよ。もしも、皆が好き勝手に他の虫に対して暴力を振るったり、怒鳴り散らしたりすれば、つらい思いをしてしまう虫さんは出てくるからね。自分は少し偉そうなことを言っちゃったね。ごめんね。ともあれ。これは自分の日頃から心がけていることなんだけど、テンリくんはどう思うかな?」自己中心的ではないショシュンはちゃんとテンリの意見を聞いた。気配りがしっかりとできるのもショシュンの魅力の一つである。

「ぼくも同意見だよ。ダメなことはダメと言ってもいいし、苦しんでいる虫さんがいて苦しませている虫さんがいたならば、ダメだよって言ってあげないといけないんだね。だけど、ダメだよって言う勇気は必要だよね?ぼくはその勇気を持てるようにするよ」テンリは抱負を語った。

例えば、テンリはシーサーという変質者がシナノのことを襲おうとした時にそれを阻止しようとしていたので、その勇気は今でも身についてはいる。ダメなことはダメとはっきりと言うことのできるアマギがいつもそばにいることもテンリには大きな影響を与えている。

 その後のテンリとショシュンは『秘密の地』の受付け窓口に向かった。『マイルド・ソルジャー』は『スリー・マウンテン』のいずれかの部隊に属しているのだが、ミラノはショシュンの部隊ではないので、現在のミラノがどこにいるのか、それはショシュンにもわからなかったのである。

 テンリとショシュンは情報案内所インフォメーション・サービスにおいてミラノの居場所を聞き終えると受付嬢にお礼を言ってミラノの元に向かうことにした。

得られた情報によれば、現在のミラノは『秘密の地』でトレーニング中とのことだった。大抵のトレーニングの機械は『黄の広場』の外にあるので、現在のミラノがいる所も『黄の広場』の外だった。ショシュンはミラノの元に行く途中にテンリからテンリとミラノとの詳しい関係を教えてもらった。

「なるほどね。結果的に空回りしてしまったとはいっても『マイルド・ソルジャー』としてミラノくんは最高の働きをした訳だ。だから、テンリくんはお礼が言いたい。いや。テンリくんはそれ以上のことを考えているんじゃないのかな?」ショシュンは心を見透かすようにして聞いた。

「うん。ショシュンさんはさすがに他の虫の考えていることがよくわかるね」テンリは感心をしている。

 テンリとショシュンはやがてミラノの元にやって来た。ミラノには緑色の水玉模様ができている。なぜかというと、ミラノはインクの入った玉を『急撃のスペクトル』で避ける訓練をしていたのだが、これは相当にハードなので、ミラノはいくつか被弾をしてしまっていたのである。

「こんにちは」ミラノは挨拶をした。「テンリくん。ショシュンさん。お二人は遥々ぼくなんかの練習風景を身に来てくれたのですか?ぼくはショシュンさんに見られていると少し恥ずかしいな。折角だから、ショシュンさんはぼくに最後の稽古をつけて下さいませんか?」ミラノは気恥ずかしそうにして願い出た。

「ああ。もちろんだよ。だけど、最後かどうかはテンリくんの話を聞いてから決めてね」ショシュンはそう言うとテンリの方を見た。とりあえず、差し当たりのショシュンは聞き役に徹することにした。

「ミラノさんはアマくんに『セブン・ハート』の極意を教えてくれたり、傷ついた体でアマくんを助けてくれようとしてくれたりして本当にどうもありがとう」テンリは心からのお礼を言った。

「どういたしまして」ミラノは謙遜をした。「ぼくは『マイルド・ソルジャー』としての最低限の仕事しかできなかったんだけどね。いや。それ以下かもしれない。だから、本当はお礼を言われる程のことでもないんだよ。とはいっても、ぼくはテンリくんがお礼を言いに来てくれてとてもうれしく思っているよ」ミラノは言明をした。ショシュンはミラノのその言葉には嘘偽りがないように感じられた。

「うん。アマくんも『ありがとう』って言っていたよ。ミラノさんはどうして『マイルド・ソルジャー』を辞めちゃうの?ミラノさんは戦うことが嫌になっちゃったの?」テンリは本懐を聞いた。

「ううん。ぼくは別に臆病風に吹かれた訳ではないんだよ。ただ単に誰も守れないような虫は『マイルド・ソルジャー』をやっていく資格はないんじゃないかと思ってね。アマギくんの護送も満足にできず、危険に晒されていたテンリくんの救助にも間に合わず、結局のぼくはダメな虫なんだよ」ミラノは悲しげである。

「そうかなあ?ぼくにはそうは思えないよ。だって『マイルド・ソルジャー』にとってなによりも大切なことは守ろうとする気持ちなんじゃないのかなあ?ぼくは『マイルド・ソルジャー』ではないから、わからないけど、甲虫王国に必要な虫さんはミラノさんみたいな虫さんなんじゃないのかなあ?なにかの報酬が得られる訳ではないのにも関わらず『マイルド・ソルジャー』になってミラノさんは辞めることになっても最後まで訓練を続けているよね?ミラノさんは自分に対して厳しすぎるんじゃないかなあ?だから、肩の荷を下ろそうよ。ミラノさんはもっと自由に生きていいんだよ。ミラノさんはがんばりすぎちゃったんだよ。過去のことは気にしないでいいんだよ。大切なのは未来だもの。ぼくとアマくんはミラノさんのことを恨んでいないし、ミラノさんのことはむしろ尊敬をしているんだよ。本当は物腰の低い虫さんこそ崇められる対象になるんだものね?ぼくの言っていることはきれい事に聞こえるかもしれないけど、これはぼくの本心だよ。もちろん『マイルド・ソルジャー』を辞めたいっていう気持ちが強いのならば、ぼくはミラノさんを引き留めないよ」テンリはゆっくりと言った。ショシュンはミラノの方をちらりと見た。

「うん。わかったよ。どうもありがとう」ミラノはそれしか言えなかった。とても敏感な感性の持ち主のショシュンはミラノの言葉が震えていることに気がついた。ミラノは瞳を潤ませている。それはテンリとアマギがミラノを恨んでいないからではなくて自分のことをそんなにまで思いやってくれるテンリのやさしさに対してミラノは心を打たれたのである。言葉は満艦飾でなくてもとても大きな力を持っている。

 その後はそばにあったスポンジでミラノの汚れを拭いてあげると、テンリは早々にこの場を後にすることにした。ショシュンはテンリに付き添うと言ってくれたが、テンリは一人でも大丈夫だと答えた。

 しかし、ミラノは確かにショシュンに対して特訓を教えてもらいたいとは言ったが、それは別に急ぎではないので、テンリはミラノによって押し切られて結局はショシュンに付き添ってもらって城に帰ることになった。テンリは尊敬するショシュンと一緒にいられてとてもうれしそうである。テンリは会ったことのないショシュンを敬愛していたが、その期待は実際に会ってみると裏切られはしなかった。

ショシュンのやさしさは見かけ倒しなんかではないのである。小学生の時のショシュンは不良生徒の人格を変えてしまったことに苦悩をしたが、今のテンリは同じような状況に立たされている。テンリの場合はミラノの気持ちを翻意させようとしてしまったのである。テンリは歩きながらそれを相談したが、経験者のショシュンは問題はないという返答を寄こした。なぜならば、ショシュンは引退を決めてもトレーニングを続けていることからもわかる通りにミラノの心の中には『マイルド・ソルジャー』を辞めたくないという気持ちが内在していることを見抜いたからである。どちらにしても、テンリはミラノに辞めるなという押しつけがましい態度を取らなかったので、その点はあまり心配はしなくてもいいのかもしれない。ミラノに対しては事実『マイルド・ソルジャー』を辞めてほしくはないが、テンリは最終的な決定をミラノ自身に委ねている。

 テンリはやがて城に到着するとお礼を言ってショシュンと別れた。それからのテンリは残りの今日一日を大人しくして過ごした。何を置いても『トライアングルの戦い』から興奮冷めやらぬ今日という日はテンリだけではなくて多くの虫達にとって休息は必要だった。傍若無人だった革命軍は解体されてこの上なく甲虫王国は穏やかである。革命軍のわずかな生き残りにとっても受けた衝撃は小さくないので、革命軍の残党は次に動きを見せるとしても、それはまだ先の話である。甲虫王国において激動していた時代のうねりは沈静化へと向かって行った。それは時代の変遷でもあって甲虫王国にとっては大きな意味を持つことである。


 翌日である。この日は特別な日である。なぜならば、今日は皆既日食の起きる日だからである。皆既日食とは月によって太陽の全体が隠される場合を言う。金環日食とは月の外側に太陽がはみ出して細い光輪状に見える場合を言う。今日の甲虫王国において起きる方は前者の皆既日食である。皆既日食の際に太陽の四方にぼやけて見える真珠色の淡光はコロナと呼ばれる。そのコロナを観測するために人間界や節足帝国にはコロナ・グラフと言うものも存在する。コロナはX線や電波を含んでもいる。日食とはそもそも月と太陽の黄経が等しい時(新月の時)に地球の周囲を公転する月が地球と太陽の間に来ることによって起きる。日食や月食において月か太陽の一部分だけが欠けて見える現象のことは部分食(分食)と言う。

 この日のテンリたちの4匹は城の屋上で皆既日食を見学した。アマギはまだ完全に回復した訳ではないので、時々はミヤマに持ち上げてもらって外に出た。ミヤマはやたらとビューティーやビューティフルという言葉を連発していたが、結局の所はテンリたちの他の三匹とこうしていられることについて和やかな気持ちになっている。テンリはファンタスティックな光景を見てまるで絵みたいだなという感想を抱いた。昆虫界でも人間界では考えられないような現象を見てきたが、皆既日食はテンリにとってそれと同じくらいに不思議な出来事であると感じた。テンリは物心がついてから初めて皆既日食を見たのである。

 アマギは皆既日食を見てもなにがなんだかよくわからなかったので、シナノに対して説明を求めたが、さすがはシナノというべきか、シナノはその質問に対してすらすらと答えることができた。

 その後のテンリたちの4匹は『おしべの間』でくつろいでいた。城内はとにかくピカピカなので、八面玲瓏という言葉はぴったりである。特に王子の座を狙っていたミヤマに関してはまるで王族になったような気分である。甲虫王国の城の絢爛さたるやまさしく天下一品である。

話は変わるが、この日のテンリたちの4匹を訪れてきた虫は三匹いた。最初に訪れてきたのはショシュンである。ショシュンが大好きなのテンリは当然のことながら大いに喜んだ。

ショシュンが伝えたかったのは『今日は少し城を留守にする』という話だった。ショシュンもテンリのことはお気に入りなので、断腸の思いまでは行かずとも本当に申し訳なく思ってなにかの用事があったならば、とりあえず、その間は警備兵に言うようにとショシュンは伝えておいた。

アマギに対しては『トライアングルの戦い』での活躍についての労いの言葉をかけてテンリには再会の約束をしてショシュンは『おしべの間』を去って行ってしまった。

この日のゴールデンの健康状態は快方に向かっていたので『おしべの間』にやって来てゴールデンはテンリたちの4匹に対して改めてお礼を言った。昨日は自分の足を運んで『おしべの間』にやってこられなかったので、律儀なゴールデンはそれを申し訳なく思っていたのである。

 特に昨日は会えなかったアマギに対してゴールデンは切実な感謝の想いを伝えた。しかし、アマギは決して傲慢な態度を取らずに貰い受けた多くの感謝の気持ちを素直に受け止めた。

 それどころか、アマギはゴールデンから貰ったテンリたちの他の三匹とお揃いのブレスレットを気に入っていたので、アマギの方こそむしろゴールデンに対して感謝の言葉を述べた。

 ゴールデンはそれを受けて甲虫王国の行く末に安心をすることができた。これは決して大げさではない。ゴールデンは『シャイニング』を希望の星として捉えているが、甲虫王国には悪者よりも性格のいい虫の方が一目瞭然で圧倒的に多いからである。悪人は事件を起こすから、目立つことになる。一方の善人は基本的に暴力を振るわないから、泡沫のように見えるが、これからの甲虫王国をしょって立つのは間違いなく善人の方である。それは悪人によって組織されていた革命軍が敗北したことでも裏づけられている。

 上記した通りにテンリたちの4匹を訪ねてきたのはショシュンとゴールデンだけではない。そのもう一人であるミラノは自分の昼休みにテンリたちの4匹の元にてくてくとやって来た。

 ミラノはやってくると用件を切り出した。ミラノは結局『マイルド・ソルジャー』を続投することに決定をした。それはテンリの影響がとても大きかったので、ミラノは報告とお礼を言いにきたのである。ミラノと面識はなかったが、事情を知っていたミヤマとシナノはそれを祝福した。

 アマギは当然だという顔をしている。それにはミラノが『マイルド・ソルジャー』を辞めないことだけではなかった。テンリならば、アマギはミラノに対して大きな影響を及ぼせると信頼をしていたのである。

 昨日のテンリはショシュンに対して相談を聞いてもらったので、ミラノの考えを覆す結果になっても動じたりはしなかった。テンリはミラノに対して影響を与えてショシュンはテンリに対して影響を与えたのである。本来ならば、明日のミラノは現役を引退するつもりだったのだが、もうすっかりと気持ちの切り替えはできている。ミラノはそれでもテンリたちと言葉を交わして更に気持ちを引き締めることができた。そんなミラノはテンリから見るととても輝いているようにして見えた。

この世には絶対に失敗をしない虫はいない。テンリだってハヤブサにアマギを発見されるというミスを犯した。気の弱いテンリはそのことをアマギに話して今もその心の傷は残っている。

アマギはそのくらいのことはどうでもいいと言ったが、テンリにとってはやはり大きな失敗だった。もっとも、そんなテンリとミラノにとって大切なのは現在である。

過去に戻って何かをやり直すことは誰にもできない。だから、亡羊補牢という言葉がある通りに失敗してしまった者にとってなによりも大切なのは現在なのである。

人や虫は失敗を失敗と認めることができた時点でワン・ランクは成長ができている。失敗してしまった者はそれをバネにして前を向いて歩き続ければいいのである。

その失敗によって他人に迷惑をかけてしまったのだとしたのならば、尚更の話である。、その人や虫は前を見てその失敗の帳消しに取り組むことが大切である。何もしないよりは少なくともましだからである。


 甲虫王国では基本的に現行犯だけが身柄を拘束されることになる。ただし、安全はそれだけでは保障されないので、時に人民から訴えがあって確かな証言が集まれば、その話題になっている虫は被告人となることもある。その捜査は『森の守護者』の仕事である。捜査の段階で有罪か無罪かを決定するので、現時点では甲虫王国において裁判と呼ばれるような大それたものは開かれることがない。甲虫王国にはよって、弁護士や検察官は存在しないということになる。しかし、裁判の代わりは存在する。

 『監獄の地』の南に存在する『討論の地』において『森の守護者』と『マイルド・ソルジャー』は各三匹ずつと一人の議長が討論に出席をして検非違使のような役割を果たすことになる。『討論の地』では最終的には多数決の制度が適用されている。議長以外の計6匹はくじ引きによって無作為ランダムに選ばれることになる。そのくじを引くのは右大臣と左大臣の役目というのが昔からの慣習になっている。

 オウギャクとキリシマについての量刑を決める裁判において『マイルド・ソルジャー』の出席枠はくじ引きではなくて『スリー・マウンテン』が召喚されることになっている。甲虫王国では斬首される者はいない。つまり、死刑はない。それは後にも先にも変わることは決してない。甲虫王国は死刑を残忍無比として嫌っているのである。現在は『マイルド・ソルジャー』のエース級の虫が『監獄の地』にやって来ている。何度かは話に出てきたが、それはランギとルークの二人のことである。

 『トライアングルの戦い』によって多数の凶悪な囚人は『監獄の地』に集結しているので、現在の『監獄の地』では厳戒態勢が取られている。ランギとルークの訪問の理由はその一つである。

皮肉なことにも『ワースト・シチュエーション』事件におけるキリシマやウィラザーやクラーツやフィックスといった面々の脱獄は『監獄の地』の強化に繋がっている。

 ランギとルークは『監獄の地』にやって来ると看守長のシラキと副看守長のレンダイから歓迎の言葉を受けた。レンダイはランギとルークへの今回の事態における簡単な説明を買って出てくれた。

 シラキは見回りの仕事に戻って行った。ランギとルークの二人はレンダイによって看守室へ案内された。この看守室はハイ・テクノロジーの凝らされた建物である。

 なぜならば、監視カメラから伝達されたモニターや囚人の名簿や収容日数を管理したデータといったものがコンピューターによって管理されているからである。これらは節足帝国の国民の協力の下で作られたものなので、節足帝国の国民は定期的に甲虫王国の『監獄の地』にはメンテナンスのために出入りしている。甲虫王国の国民に対して、節足帝国の国民はとても好意的である。初めて看守室にやってきたランギとルークはともかくとても驚かされることになった。ただし、ランギはそれを口には出さなかった。

「それでは『監獄の地』のいくつかの実情についてを私からお話をさせて頂きます。『監獄の地』で収容している罪人の数は『トライアングルの戦い』以前に21匹でした。それ以降ででは89匹で計110匹です。しかし、その数は一週間後に三分の一(約36匹)が『過疎の地』を初めとした各地に点々と存在する獄舎に繋がれることになると思います」レンダイはランギとルークに対して丁寧に説明をした。

「最後はあのボストークも確か『監獄の地』ではなくて『過疎の地』に収容されていましたね。A級戦犯のオウギャクとキリシマは同じ結果になりそうですか?」ルークは聞いた。

「うーん。それは微妙ですね。ルークさんのおっしゃる通りにオウギャクくんとキリシマくんのどちらかはそうなる公算はあると思います。しかし、両者共にということは判例を鑑みても、可能性は少ないかもしれません。『魔法の粉』を使うかどうかも大きな争点になるかもしれません」レンダイは丁寧に説明をした。

「そうですね。『魔法の粉』と言えば、戦意を喪失することはできるけど、同時に意欲まで減少させてしまう厄介な代物でしたね。ぼくは直接的にオウギャクやキリシマの身柄を移転させることになるかどうか、今の所はわかりませんが、ぼくはその二人には会わせてもらえるのですか?」ルークは落ち着いている。

「もちろんです。ご要望とあれば、私は喜んでご案内を致します。ルークさんとランギさんにはウィライザーやショウカクといった重要囚人が他に移される時も付き添ってもらうことになると思いますので、それはご了承下さい。それから『ワースト・シチュエーション』事件のような暴動が起きるとは思えませんが、油断はできませんので『監獄の地』の治安が落ち着くまでは何卒よろしくお願いします。他にはなにかのご質問はありますか?」レンダイはランギとルークの顔色を窺って親切な口調で訊ねた。

「もしも、侵入者の襲来や脱獄囚の出現が起きた時にぼくやランギくんが離れた場所にいたならば、ぼく達はどのようにして連絡をもらえるのですか?」ルークは肝心なことを聞いた。

「すみません。言い忘れていましたが、ランギさんとルークさんには『魔法の石』を携行してもらうことになります。必要な時は私から『魔法の石』で呼び出しをさせてもらいます。その時は個々の事務所まで来て下さいますか?事務所に向かっていたならば、遅い時は伝言ゲームのようにして口づてに連絡を入れさせてもらいます。『監獄の地』は厳戒態勢が取られているので、看守は至る所におります。そのため、お二人の元に連絡が行くまでの時間は然程にかからないと思います。ランギさんには他にご質問はありますか?」レンダイは恐縮そうにして質問をした。ランギはレンダイが説明に入ってからまだ一度も口を開いていないので、レンダイは少しそれを気にしていた。レンダイは神経の細やかな性格なのである。

「いや。今の所はおれからは何もありません。ご説明は大変よくわかりました」ランギは言った。

「恐縮です。それではまずキリシマくんの元に向かいましょう。連絡の方法は先程にお話しさせてもらいましたが、何分『監獄の地』は広いので、キリシマくんとオウギャクくんの元へ向かったならば、一旦はランギさんとルークさんには別行動をとって頂くことになります。お二人はそれでもよろしいですか?」レンダイは問うた。ランギとルークの仕事はいよいよ本格的に始まって行くのである。

「それは構いません。ランギくんの戦闘シーンはひょっとしたら見られるのかと思っていたけど、それはお預けになりそうだ。まあ、その機会は『秘密の地』へ帰ったならば、いくらでもあるだろう。ランギくんはなんといっても王国一の強者だからね。ぼくはランギくんの戦闘を見ることを楽しみにしているんだよ」ルークはこんな時でもマイ・ペースな発言をした。ルークはゆったりと構えている。

「ルークさん。それは言い過ぎですよ。しかし、おれもルークさんの戦闘法を拝みたいという点では全く以って同意見です」ランギは気取らずに余裕たっぷりの様子で答えた。

 ランギたちの三匹はレンダイを先頭にしてキリシマの元に歩き始めた。レンダイはそうしながらもランギとルークに対して思わず圧倒されてしまっていた。ランギは無口でもそれ故に迫力があるし、ルークのさばさばとした態度は大物を思わせるものがある。ランギとルークの二人さえいれば『監獄の地』が陥落することはないだろうなとレンダイは確信をしている。ランギとルークは強さを持っているのにも関わらず、高慢ではなくてて木人石心でもない所もレンダイにとっては尊敬に値するランギとルークのいい所である。

 レンダイは歩きながら以前『シャイニング』はシーサーというお尋ね者を連行してくれたとのだいう話をした。ランギはそれを聞くと全く話題には事欠かないものだなと苦笑混じりに感心をした。

 ルークはその話を聞いて『シャイニング』とは本当に甲虫王国に光をもたらしてくれるのだなと感慨に耽った。レンダイはルークとランギの反応を見て満足に思った。

 レンダイたちの三匹はやがてキリシマの入っている檻に到着した。キリシマは腹立ち紛れに『セブン・ハート』を使って暴れていたので、昨日までは誰も近寄れなかったのだが、ようやく今日になって落ち着きを取り戻した所だった。キリシマはそれ程に敗北が悔しかったのである。

 



檻の中のキリシマはルークに目を止めて言葉を失った。ルークはキリシマに対して自分が革命軍ではなくて国王軍であるという話をした。キリシマはすると落胆してしまった。

「そうか。ルークとおれは気の合う仲間だと思っていたが、それはおれだけだったか。ただし、怒りは感じない。騙されていたおれが悪かったんだ。だが、おれはもう誰も信じない」キリシマは言い放った。

「それはよくないことだね。他人を信じない者は他人からも信じてもらえなくなってしまう可能性がある。だけど、キリシマは安心するといいよ。甲虫王国の国民は皆がやさしい虫ばかりだ。だから、君のことを見捨てたりはしない。どんな悪人でもこの国に生まれた以上は全員が家族も同然なんだ。ぼくはともかとしても、君の相棒であるオウギャクはどうなのかな?君はオウギャクのことも信じられないというのかい?」ルークは問いかけた。ルークはキリシマを裏切っていたことについて心を痛めている。

「そうだな。おれがこの国で最も気を許せるのはオウだけだ。おれだって戦いに敗れたんだ。オウのことを責める権利はおれにもないのかもしれない。オウはそこにいるランギに倒されたらしいな。オウは強かっただろう?ランギはオウををよく倒せたものだ」キリシマは一応の敬意を払った。

「まあな。心掛けはよくないが、あれ程の実力者は数少ないはずだ。おれが勝てたのも多少はつきがあったからなのかもしれない。キリシマにはおれの弟が随分と世話になったみたいだな」ランギはさらりと言った。ランギは珍しく少々の皮肉を込めている。ただし、ルークとレンダイはそれには気づかなかった。

「キリシマくんは知らないかもしれませんが『シャイニング』のアマギくんはランギさんの弟さんです。アマギくんはランギさんからも修行を受けていたという情報も入っています。オウギャクくんとキリシマくんという革命軍の二大トップを倒したランギさんとアマギくんは世に『救国の兄弟』と呼ばれています」レンダイは親切にも自分から進んで説明役を買って出た。その間のルークは黙っていた。

「なんだと?次から次へと突拍子もない情報が飛び出してきたな。アマギはどこの馬の骨とも知れないやつだと思っていたが『スリー・マウンテン』と繋がりがあったとは驚きだ。しかし、あの戦いの結果は単なる紛れだ。おれは実際にアマギに対して二勝一敗と勝ち越している。再戦すれば、負けるはずはない。だが、ランギは安心をしろ。おれもアマギに復讐しようとは思っていない。おれはわかっているんだ。誰が悪いのか、それはおれ自身だ。思想の良否はともかく修行不足も含めてもっとおれは強い信念を持って事に当たるべきだった」キリシマは赤裸々に胸の内を明かした。それこそは昨日の一日をかけてキリシマが辿り着いた最終的な結論である。キリシマはそれが事実だと確信をしている。ランギは無言である。

「人生訓としては合っているのかもしれないね。ただし、思想はともかくと君は言ったが、肝心なのは思想だよ。考え直しさえすれば、君はもっと多くの虫から賛同と援助をしてもらえるようになる。少なくとも、ぼくはそう思うよ。君には『魔法の粉』を使うことになるかもしれないけど、それは覚えておくといい。ぼくは君の考えが平和を愛するように心変わりすることを祈っているよ」ルークは言った。

「どうだかな。虫の心はそう簡単には変わらないことだってある」キリシマは口答えしてきた。しかし、ルークは特に何も言わなかった。ランギも特に言うことはなかったので、レンダイはそれについて敏感に気づくとランギとルークを促してオウギャクの元に向かうことにした。

 レンダイはその途中にランギとルークに対して『監獄の地』にやって来てからのオウギャクの状態を教えてくれた。レンダイが話してくれた内容は大まかに以下の通りである。

キリシマは暴れていたが、オウギャクはそれとは対照的にしてほとんど口を利かずに暴れもせずにとても落ち着いていた。それもそれで相当に不気味だが、看守長のシラキはオウギャクに対して革命軍の幹部は倒されたということやルークとアマギの素性についての情報を話していた。看守長のシラキは念のために無駄な抵抗は寄すようにとオウギャクに対して注意をしておいた。それを受けたオウギャクの反応はとても淡白なものだった。まさか、オウギャクは助けが来て自分は脱獄できるという確信を持っているのかなとルークは思った。しかし、それはあまりにも不吉な想像なので、ルークはすぐにその考えを打ち消すことにした。

そうした話を聞いている間のランギはずっと無言のままだった。ランギには考え事があったのである。囚人が反抗的でないのならば、看守にとっては骨仕事が減って好都合だが、あれだけの意気軒高だったオウギャクが一気に意気阻喪してしまったことは看守の皆も俄かには信じ難い事実である。

キリシマの元を離れてから5分後のランギたちの三匹はオウギャクの入っている檻にやって来た。じっとして目を閉じていたが、オウギャクは別に眠っていた訳ではない。

「オウギャクくん。少しの間『監獄の地』にはこちらのランギさんとルークさんに見回りをして頂くことになっています。少し話をさせてもらえますか?体調はどうですか?体力はもう回復しましたか?」レンダイは例え囚人のオウギャクに対しても心配りを忘れることもなく聞いた。

「ああ。体調も体力も問題は全くない。ルーク。お前にはしてやられたな。おれはお前を完全に信じ切っていた。おれはお前に疑いを挟もうとしてもお前の忠実な態度を完全に信じてしまっていた。だが、おれはお前を恨んではいない。例え敵だと判明してもルークは優秀な部下だった」オウギャクはゆっくりと言った。

「ぼくはキリシマにも同じようなことを言われたよ。騙していたことは謝るよ。ごめん。ぼくは革命軍として悪人を捕まえる仕事をしている時は君達のことを仲間だと思っていた。自分達の王国を作るためとはいっても、邪悪な人物を淘汰していたことは悪いことではない。『シャイニング』のメンバーまで巻き込んで『アブスタクル』と呼んで邪魔者扱いをしていたことには賛成できないけどね」ルークはとても落ち着いた趣で言った。この場は妙に厳粛なムードに包まれている。レンダイはそれに気圧されないようにしている。

「そうかもな。だが、おれだって急に意見を変えることはできない。しかし、フィックスやコンゴウやヒュウガやハヤブサといった面々を撃破されておれの組織した軍隊が完全に解体されてしまった今はおれの中で絶望という言葉が大きな意味を持っているのも事実だ」オウギャクは落胆して低い声で言った。

ルークはもう新たな組織を編成することが適わないということだけではなくて『トライアングルの戦い』によってオウギャクの心の中にはなんらかの変化が生まれているのだなと思った。

ランギはルークと同様にしてオウギャクの心境の変化には気づいた。ランギはずっと言いたくてちゃんとセリフまで用意していたことを口に出すことにした。ランギは珍しく立て板に水である。

「おれはオウギャクには言っておかないといけないことがある。オウギャクは『トライアングルの戦い』で戦うことを恐れる者をバカにするような発言をしていたな?闘争本能という言葉もあるし、オウギャクはましてや国力とは武力だと考えている節がある。しかし、本当にそうだろうか?オウギャクは本当にそれが正しいのだと思っているのか?例え虫が生まれながらにして闘争本能を持っていたとしてもそれを使うかどうかを決めていいのは本人だけだ。一口に戦いと言ってもいくつかの種類がある。体を動かす戦いや夢を追いかける心の戦いや議論による口の戦いもそうかもしれない。戦いをするのは個人の自由だ。しかし、それは必ずしも必要なことではない。オウギャクはなぜだかわかるか?」ランギは聞いた。

「わからんな。ランギは何が言いたい?」オウギャクは落ち着き払って聞き返した。

「差し出がましいけど、ぼくは答えさせてもらってもいいかな?虫は戦わずに助け合うことができるから、虫は助け合うべきだからだ。間違っていたならば、ぼくは恥ずかしいけど、答えは合っているかな?」ルークは聞いた。ルークは絶妙な合いの手を入れた。レンダイはじっとその話に耳を傾けている。

「ああ。合っています。さすがはルークさんだ。おれが言いたかったのは『戦う勇気がないからと言って虫の価値が損なわれることはない』ということだ。ルークさんの言った通りに戦う勇気のない者は他の虫がカバーをしてあげるべきだからだ。虫は戦うことよりもむしろ他の虫と手を取り合って戦わなくてすむようにするべきなんだ。ゴールデン国王を筆頭にした甲虫王国はそんな国を目指している。今は無理でもいつかはオウギャクもそんな国がすばらしいと思える日が来るといいな」ランギは言った。オウギャクは身動きをせずに無言のままである。しかし、それはオウギャクがランギを無視しているのではない。オウギャクはむしろ熟考をしてランギの言葉の重みを計っている。ルークはそれに気づくとオウギャクは本当に生まれ変わるかもしれないと期待を持った。オウギャクは全てを失ったことによって自分の中の世界観がひっくり返った。

「オウギャクくん。私達はもう行きます。あなたならば、自分の行く末を案じてびくびくしたりはしないと思いますが、急用でもあったならば、オウギャクくんは遠慮なく言って下さい。あなたは囚人ですが、私達は最低限の便宜は計ります。『監獄の地』の看守は例え囚人であっても人権を最大限に尊重するように教育されています」レンダイはすこぶるやさしい口調になって言った。

「君とはまた顔を合わせる機会もあるだろうけど、これだけは言っておくよ。もしも、オウギャクが心を入れ替えて甲虫王国の平和を愛するようになったならば、ぼく達は君のことを歓迎する。そうなれば、ぼくは再び君の味方になってあげることができる」ルークは言い聞かせるようにして言った。

「それは余計なお世話だ。おれはどうせ二度と檻の中から出られることはない」オウギャクは言った。

「そんなことはありませんよ。それはあなたの心がけ次第です。例え終身刑が出ても甲虫王国では囚人の心の変化によって仮釈放させてもらえる場合もあります。無論。見せかけだけではいけませんがね。それではまた来ます」レンダイはそう言うとランギとルークを連れてオウギャクの元を去って行った。

 最悪の事件(殺害事件)は起こしていないが、オウギャクは数々の傷害事件を起こしている。そのため、オウギャクにとってその償いをするためにはそれなりの日数が必要になってくる。

 しかし、もしも、オウギャクは本当に心変わりをすれば、甲虫王国の国民はランギたちの三匹がそうであったようにして大きな愛の下でオウギャクが受け入れてもらえることは間違いはない。

 自分に厳しく他人にやさしくは甲虫王国の不文律である。つまり、自分の失敗は深く反省しても他人の犯した失敗は大きな心で許してあげる。それこそは甲虫王国の国民性の一つなのある。

 その後のランギとルークは二手に分かれて『監獄の地』を巡回することになった。ルークのこの仕事は6日間が予定されているが、ランギのこの仕事は三日間で終了する予定になっている。残りの三日間のルークの相方はジュンヨンが受け持つことになっている。そうなれば『監獄の地』も少しは落ち着きを取り戻すことになる。ルークにはショウカクを初めとした顔見知りの虫が多くいるので、ルークは囚人たちと積極的にコミュニケーションを取った。ルークはそうすることによって興奮冷めやらぬ元革命軍の面々を鎮静化させることにも意欲的な姿勢を見せた。ランギはかのオウギャクを倒したということで囚人たちに恐れられていたが、ランギ自身はとても穏やかな気持ちで見回りを続けた。ウィライザーは特に甲虫王国の実権を握れずに初めは悔し紛れにランギのことを非難していたが、無口なランギは完全にそれを無視することにしていた。

 ウィライザーはすると張り合いをなくして大人しくなった。ランギはたまにウィライザーに対して平和のすばらしさを謳ったが、ウィライザーはオウギャクほどにはその心を理解できていなかった。

 しかし、物事には順序というものもあるので、ランギはそれでも構わなかった。今まではシャバにおいて悪人で通っていた者たちもここ『監獄の地』では自由を束縛された囚人である。

 今までは暴力を善とする者たちに囲まれていた悪人もここでは平和を愛する看守達に囲まれることになっている。甲虫王国の特徴として『マイルド・ソルジャー』や『森の守護者』にはやさしい者がなるという話は出たが、それだけではなくて『監獄の地』の看守達もそれに負けず劣らずに心やさしき者たちが勢ぞろいしている。それは看守長のシラキや副看守長のレンダイも然りである。

 囚人は今までとは違う立ち位置に移ることによってこの甲虫王国ではやさしさを取り戻す者も少なくはない。つまり、誰にとっても見ている場所や立場を変えれば、見える景色は変わってくるという訳である。だから、別の立場にいる他人の助言は苦しい時に力になってくれることがある。物事は考え方一つで捉え方が変わってくるという訳である。甲虫王国の『監獄の地』は囚人が反省をするだけではなくて心を入れ変える場所でもある。短期間とはいっても、ランギとルークはそれに一役を買うことになった。


 同日のソウリュウは本拠地でずっとうろうろとしていた。ソウリュウはもはやパニック状態である。なぜならば、ソウリュウの弟子のトリュウは捕縛をされてしまったからである。

 昨日はまだトリュウがソウリュウとドンリュウをびっくりさせるためにサプライズ作戦として帰って来ないだけという可能性も考えられたが、今日になっても帰ってこないということはトリュウが逮捕されたことはいよいよ間違いないとソウリュウとドンリュウは判断を下した。

 ソウリュウは歩き回っていると言ったが、一方のドンリュウはそばでしくしくと泣いている。ドンリュウはでっかい体に似合わずに相当にセンチメンタルな性格をしている。

 ソウリュウはうろちょろしながらも何度も心の中で謝っている。ソウリュウはトリュウはやトリュウの親御さんに対してこんなことになってしまったことについて謝っている。

 元々『栄光あるイリュージョン』作戦は危険を伴うものだったが、ソウリュウは並外れた幸運の持ち主なので、まさか、本当にソウリュウ一家に逮捕者が出るとは思いもしていなかった。

 ソウリュウはその読みの浅さを今になって悔やんでいる。ソウリュウにしてみれば、トリュウの逮捕という失態は悔やんでも悔やみきれない過ちである。ソウリュウは不意に立ち止まった。

「よし!決めた!おれは行くぞ!『監獄の地』に乗り込んでやる!『ワースト・シチュエーション』事件の再来だ!無論。助け出すのはトリュウだけだけどな!」ソウリュウは決心を口にした。切羽つまった状況とは裏腹にして現在のソウリュウはゴージャスなフリルを身に着けている。

「しかしでごわす!若様!トリュウ閣下は『監獄の地』にいるという保証はないでごわす!そんなことをすれば、最悪の場合は若様が捕まって実はトリュウが他の場所にいたということもあり得るでごわす。いや。おいどんは若様の実力を信じていない訳ではないのでごわす。しかし、若様はお城で何匹かの警備兵を攻撃してしまったことを後悔しているのだから『監獄の地』の看守を攻撃する時もその影響で攻撃に身が入らない可能性もあるでごわす。いや。可能性ではなくてやさしい若様のことだから、罪のない看守たちに手を上げるなんてことはきっと若様にはできないでごわす」ドンリュウは言い切った。 ドンリュウはさっきトリュウのことを閣下と呼んでいたが、殉職した警察官の階級が上がるのと同じ乗りでそう言ったのである。とはいっても、トリュウは好きなので、ドンリュウはふざけているのではなくてまじめもまじめ大まじめで言っている。

ソウリュウはともかくドンリュウによって論破されてぐうの音も出なくなってしまった。ソウリュウは『魂のハイパー・レスキュー』大作戦という格好いい作戦名も考えていたのだが、さすがの鯔背なソウリュウでも止むを得ずにドンリュウによって感化をされて作戦の取り下げを決定した。

 しかし、ソウリュウは意外と余裕じゃないかという感想は間違っている。なぜならば、ソウリュウには余裕はないが、その代わりに性格は一風変わっているだけだからである。ただし、ドンリュウはどこへでもソウリュウに扈従する覚悟はできている。ソウリュウ一家の絆はそれ程に強い者で結ばれている。

「しかし、おれはそれにしたってトリュウをこのまま放って多く訳にも行くまい。かくなる上は誘拐か?おれは再びハムレットくんをここに連れてきて返してほしければ、トリュウを解放しろってか?ああ。なんてことだ。こうなるとわかっていれば、おれはハムレットくんを解放しなかったのに!いや。どちらにしろ、この作戦はダメだ。仮に成功したとしてもその後のおれ達は最悪の逃亡生活を送らなければならなくなる。おれ達はただでさえ国宝を盗んだ重罪人だっていうのにも関わらず、更に罪を重ねたならば、目も当てられない。おれとしてはしかも二回も誘拐をしてしまうなんてソウリュウ一家の大恥だ。世間からはそもそもそんなことをすれば、ソウリュウ一家には極悪人軍団のレッテルを張られることになる。ドンリュウにはいい案はなにかあるか?」ソウリュウは恥も外聞もなくとりあえず部下に対して問題を丸投げした。

「うーむ。これはとても難しい問題でごわす。しかし、ここはトリュウのために泣き落とし作戦なんていうのはどうでごわすか?国王軍は若様の潤んだ瞳で一ころでごわす。ん?誰かは来たみたいでごわす」ドンリュウは指摘をした。ソウリュウはドンリュウに対してつっこみを入れようとしていたが、自分もドンリュウの視線の先に目をやることにした。ドンリュウはとてもまじめな顔をしている。この場に現れたのはショシュンとジュンヨンとトリュウの三匹である。ソウリュウとドンリュウにとっては思わぬ展開である。

「うわー!本物か?本物のトリュウか?おれのかわいい愛弟子よ!」ソウリュウはそう言うとトリュウに駆け寄った。ドンリュウはそれに続いたが、ショシュンとジュンヨンは無言でそれを見つめている。

「トリュウ閣下!会いたかったでごわす!ケガはしていないでごわすか?ご飯はちゃんと食べていたでごわすか?」ドンリュウは喜びの余りに暑苦しい程の質問攻めをした。

「ああ。もちろんだよ。おれは幸いにもケガもない。しかし、閣下って何のことだよ。おれはドンリュウには心配をかけたな。ごめん。もちろん。若様にもです。どうもすみませんでした」トリュウは詫びた。

「へへへ、トリュウが帰ってきてくれたならば、それでいいんだよ。ん?だけど、トリュウは本当に帰って来たのか?そこの所はどうなんだ?ええと、ジュンヨンくん」ソウリュウは説明を求めた。

「ああ。その通りだよ。トリュウくんは解放されたんだ。でも、ぼくは単なるシュンの付き添いなんだ。だから、詳しくはシュンから聞いてくれるかな?」ジュンヨンは下手に申し出た。

「はじめまして」ショシュンは言った。「自分はショシュンだ。ジェットの要件は少し保留にしてもらうとしてソウリュウくんには渡したいものがあるんだよ。ああ。ジェットはジュンヨンの愛称だよ。とにかく」ショシュンはそう言うと帯に根付けをつけて持ってきていた印籠をソウリュウに対して手渡した。この印籠は甲虫王国のオフィシャル・グッズである。ドンリュウは不思議そうにしてそれを見守っている。

「ありがとう。しかし、これはどういう風の吹き回しだ?トリュウは帰ってくるし、こんな立派なものは貰えるし、おれは逮捕しようとはされないし、ショシュンさんはなにかを企んでいるな?おれは先程『スリー・マウンテン』が二人も目に入った時に内心でここまでかと諦めた程だよ。ん?ふっふっふ、おれは読めたぞ。ショシュンさんはおれに『マイルド・ソルジャー』か『スリー・マウンテン』の一角を務めてもらいたいと言うんじゃないだろうな?当たっているだろう?おれは鋭いんだ」ソウリュウは厚かましい。

「それは大した自信だね。それは惜しいけど、少し違うよ。印籠はジェットを助けてくれたお礼だよ。トリュウくんの返還は国王様のご意向と国宝を返してもらうための取引だよ」ショシュンは落ち着いている。

「ふーん。そういう魂胆か。全ておれにはお見通しだよ。結局はおれの言った通りじゃないか」ソウリュウは胸を張った。ソウリュウはたまに自意識過剰の時がある。

「よっ!若様!男前!さすがは千里眼の持ち主です!」トリュウは当然の如く囃し立てた。

 ショシュンとジュンヨンはやさしいので『どこが当たっていたんだよ!』とは言わなかった。ドンリュウはトリュウに続けてソウリュウを褒めたので、ソウリュウは気をよくした。

「まあ、ソウリュウくんはとにかくハムレットくんをしっかりと返してくれたからね。この場所はそのおかげでわかったんだ。概ねはトリュウくんに聞かずとも君達の使ったトリックも判明したよ。残る問題はソウリュウくんが自分達に国宝を返してくれるかどうかの一点だけだよ」ショシュンは理路整然と述べた。ソウリュウは自分達の使ったトリックが暴かれたことについて衝撃を受けたが、ハムレットの無実はちゃんと実証されるかと心配をしていたので、その点については安心をした。

「どうするでごわすか?若様はもう母君の墓前に国宝を見せたとはいっても、国宝を返してしまうには些か早いのではないでごわすか?」ドンリュウは少し心配そうにしている。

「ん?その話はちょっと待ってくれ。若様のお墓は『偉人の地』にあるはずだ。若様とドンリュウはどのようにしてそんな遠くへ行ってきたのですか?」トリュウは不思議そうにしている。

「それは簡単な話だよ。ドンリュウは『トライアングルの戦い』から帰る時に一つの『サークル・ワープ』を拝借してきてくれたんだ。だから、昨日のおれはそれでおれの生まれ故郷『偉人の地』に行ってきた。帰る時はショシュンさんにはその『サークル・ワープ』も持って帰ってもらわないとね。無断で借用をしたことは謝るよ。ごめん。国宝はもちろん返すよ。ただし、おれはショシュンさんから聞きたいこともある。おれは『栄光あるイリュージョン』作戦によってどのようにして盗みを成功させたのか、ショシュンさんはそれを知っているというのならば、それを話してはくれないかな?興味はあるし、これからの話の流れを考えてみてもその方が順当だと思うからね」ソウリュウは提案をした。それはドンリュウにとっても興味深い話である。

「それはお安いご用だよ。もしも、自分の答えに間違っているところがあれば、ソウリュウくんは訂正をして欲しい」ショシュンはそう言うとゴールデンに対して話していたソウリュウ一家の手際を懇切丁寧に話し始めた。ソウリュウはショシュンがはったりを使って訳知り顔でいるとは思っていなかったから、心の準備はできていたが、トリュウとドンリュウはショシュンの話について大いに驚いた。ソウリュウ一家の大抵の行動はショシュンによって言い当てられてしまったのである。ここに来る途中にすでに聞いていた話だったとはいっても、ジュンヨンはトリュウとドンリュウの反応を見て改めてショシュンはすごいなと素直な心で感心をしている。ソウリュウはショシュンが話し終えると仰々しく言った。

「ワンダフルだ。訂正する箇所は一カ所しかない。いや。ショシュンさんはそれともそれすらも見抜いているのかな?だとしたならば、それは本当に驚くべきことだ」ソウリュウは余裕の態度である。

「やっぱりか。真実はそうだったんだね。自分の考えはこうだよ。ソウリュウくんが使用したのはパワー・ストーンではなくて『マジカル・ストーン』だったのではないかというものだよ」ショシュンはソウリュウの種を明かした。ソウリュウ一家は絶句した。まさか、言い当てられるとはソウリュウも思っていなかった。だから、さっきまでのソウリュウは余裕の態度で優越感に浸かっているつもりだったのである。

 『マジカル・ストーン』とはパワー・ストーンの進化系であってたった一つで驚くべきことにも100個のパワー・ストーンの役目を果たすという優れものである。

「なぜだ?ショシュンさんはなぜ『マジカル・ストーン』の存在を知っているんだ?あれは世の中に無暗やたらと転がっているものではないはずだ。いや。それどころか、おれの母さんの話によれば『マジカル・ストーン』は昆虫界にただ一つしかないらしい。それは嘘だったのか?」ソウリュウは疑問符をつけた。

「おそらくは嘘じゃないと思うよ。自分も『マジカル・ストーン』を見たことはない。当然だけど、『マジカル・ストーン』はソウリュウくんが隠し持っているのだからね。でも、その名だけは聞いたことがあったんだよ。自分はちゃんと説明をするから、まずは国宝を返してくれるかな?自分は別にソウリュウくんを信じていない訳ではないけど、話を円滑にするためにね」ショシュンはきちんと理由も述べてソウリュウに対して気を使っている。ショシュンはどんな時でもジェントル・マンなのである。

「ああ。わかった。おれもショシュンさんの噂は聞いている。おれは別に不快になったりはしないよ」ソウリュウはそう言うと身に着けていたゴージャスなフリルを外してショシュンに対して手渡した。

「え?若様!それは違います。ショシュンさんが言ったのは国宝です。若様の家宝ではありません。いや。これはそれともギャグですか?」トリュウはへらへらして聞いた。

「トリュウがそう思うのも無理はない。おれだってこれを目にした時は目を疑ったよ。しかし、これは事実なんだ。甲虫王国の国宝とはフリルの飾りのことだったんだ」ソウリュウは打ち明けた。

 ショシュンは確かに何も言わずにフリルの飾りを受け取っている。トリュウはそれを受けてきょとんと目を丸くして驚きのあまりに体が硬直してしまっている。

そもそもはドンリュウにしたってソウリュウがフリルの飾りを持って帰ってきた時は作戦が失敗してソウリュウはそれをごまかそうとしているのではないかと思ったくらいである。

ウィライザーに倒されそうになった時のジュンヨンはソウリュウが国宝のフリルをつけているのを目撃していたのだが、あの時点では意識が朦朧としていたので、そのことには気づかなかったのである。

「若様のおっしゃりたかったことはどうして国宝が若様の家宝と同じなのかということでごわす。ショシュンさんならば、その答えを知っているのではないかということでごわす。間違いないでごわすな?若様」ドンリュウは忠実な部下として気を利かせてソウリュウの先回りをした。

「ああ。その通りだ。ドンリュウはそれにしても意外とおいしい所を持って行くね。まあ、おれは別にいいんだけど、それで?フリルは一体どういう経緯を経て国宝に指定されたのか、ショシュンさんは知っているはずだよね?」ソウリュウはちゃっかりと言い直した。ドンリュウはそれに気づいていない。

「うん。自分は知っているよ。まずは何から話したらいいだろう?そうだね。肝心なことはいくつかもあるけど、第一に国宝のフリルの元々の持ち主はあのオーカーだということだよ」ショシュンは言った。

「オーカー?そう言えば、ジュンヨンも確かおれに対して国宝はオーカーとボストークの時代にやって来てそれは重要なことだと言っていたな。ああ。これはオフ・レコって言われていたのにも関わらず、おれは話しちゃったよ。この場ならば、それは許されるかな?」トリュウは差し出がましい態度にならないようにして謙虚に聞いた。トリュウはあくまでもこの場の主役をソウリュウとショシュンだと考えている。

「うん。この場でならば、差し支えはないよ。トリュウくんの言う通りだよ。当時の国王は国を窮地から救ったというオーカーの功績を称えてオーカーに対して『マジカル・ストーン』を授与した。オーカーはそのお礼としてフリルの飾りを国家に対して献上した。当時の国王は次にそれを国宝に指定をした。しかし、オーカーは恥ずかしいからと言って辞退をしようとした。これこそは甲虫王国の国宝が世間に公表されていない理由だよ。つまり、公表はせずにフリルは国宝にする。オーカーはそれで納得をしたという訳だよ」ショシュンはゆっくりと言った。トリュウはしかつめらしい顔をしてそれを聞いている。

「なるほどでごわす。しかし、若様はどうしてオーカーに渡されたはずの『マジカル・ストーン』を持っているのでごわすか?なんらかのドラマはそこにもまたあるのでごわすか?」ドンリュウは聞いた。

「いや。その話はちょっと待ってくれ。ドンリュウの疑問は簡単に答えることができる。ショシュンさんから与えられた情報を頼りにして推測すると、つまり、おれはオーカーの末裔だということになる。しかし、問題はある。オーカーはカブトムシだが、おれはクワガタだ。ということはおれとオーカには血の繋がりはないはずだ。となると、おれのこの考えは外れているのかな?」ソウリュウは疑問を呈した。

「いや。ソウリュウくんの考えは当たっているよ。ソウリュウくんは中々鋭いね。オーカーの子孫は間違いなくソウリュウくんだよ。オーカーは確かにカブトムシだけど、クワガタのメスと結婚をしてその後はクワガタの養子をもらい受けているからね。そうなると、合点はなにもかもに行くことになる。国王様は自分がこの考えを話すと同意見だとおっしゃってくれた。この取引内容はソウリュウ一家を逮捕しないということも含めて国王様のご意向によるものだよ。ソウリュウくんにまつわる以上の話は納得してくれたかな?」ショシュンは聞いた。トリュウとドンリュウはショシュンの話を聞いて唖然としている。

「ああ。すごく驚かされたが、おれは立ち直りが早いんだ。話の内容は全て呑み込めた。おれは国王様の判断に関しても大いに感謝している。しかし、国宝はなんなのか、おれ達の三人はそれを知ってしまった。国王様やショシュンさんはそれについてはどう思っているんだ?まさかとは思うけど、乱暴な手段によって口止めしようとは考えていないよな?」ソウリュウは動じた様子もなく聞いた。

「それはもちろんだよ。オーカーと甲虫王国との約束は遥か昔の話だから、今ならば、秘密はひょっとすると明かしてしまってもいいのかもしれない。口外するかどうかはソウリュウくんたちが決めればいいと自分たち(国王軍)は思っている。さてと、話に区切りはついたね。随分と待たせちゃってごめんね。ジェット。今度はジェットの話を聞いてあげてくれるかな?」ショシュンは申し出た。ソウリュウ一家の三匹はそれを肯定して神妙な顔をして話を聞く構えに入った。ジュンヨンはすると前に進み出た。

「ぼくが言っておきたいことは大げさではなくてとても重要なことだよ。ソウリュウくん。迷惑をかけてごめん。ソウリュウくんはそしてぼくをウィライザーの攻撃から助けてくれて本当にありがとう。この恩は忘れないよ。もしも、ソウリュウくんたちが国宝を盗もうとしていなければ、今のぼくはここにいられなかったかもしれない。ぼくは恩返しをしたいから、なんらかの困ったことがあれば、ソウリュウくんたちはなんでもぼくに言ってほしい。ぼくはソウリュウ一家の雑用係でもやる覚悟だよ」ジュンヨンは気負っている。

「へへへ、それは大したものだ。トリュウはいい友達を持っているな。ジュンヨンくんは恩返しをしたいって?でも、その必要はないよ。ジュンヨンくんはおれの大切なトリュウと友達でいてくれている。おれはただそれだけでいいんだよ。まあ、責任感の強いジュンヨンくんならば、それじゃあ、納得はしないかもしれないな。だから、おれは少し偉そうなことを言わせてもらうよ。もしも、困っている虫さんや苦しんでいる虫さんがいて自分にその虫を助けることができるのならば、その虫を助けることは当然のことだよ。ジュンヨンくんはそういう虫さんを見つけたならば、例え、どんな時でもどんな状況でも必ず助けるようにすればいい。そうすれば、助け合いの心は虫から虫へ伝わって行くことになる。そんな甲虫王国の姿を見ることは結果的におれの夢でもあるんだ。ジュンヨンくんはわかってくれたかな?」ソウリュウは確認をした。

「ああ。わかったよ。ぼくはソウリュウくんの想いを受け継ぐことにしよう。ソウリュウくんは実に偉大な虫だね。トリュウはいつも言っていたけど、ぼくは今回の件で改めてそれを実感したよ」ジュンヨンはしみじみと言った。トリュウはそれを受けると自分のことのようにして昂然たる態度で頷いた。

「全てはこれにてパン・パカ・パーンだ。色々とあったけど、今回はおれもいい経験をさせてもらったよ。ショシュンさんたち(国王軍)には迷惑をかけてすまなかったね。おれは城でおれが気絶させてしまった虫さんたちにも悪いことをしてしまった。もしも、よければ、ショシュンさんはおれが謝っていたと伝えてくれるかな?」ソウリュウは低姿勢になって聞いた。ドンリュウはソウリュウと同様にして神妙な顔をしている。

「わかった。伝えておこう。それでは自分たちからの要件は以上だよ」ショシュンは言った。

 ショシュンとジュンヨンの二匹は帰ることになったので、ドンリュウは『秘密の地』から勝手に持ってきてしまった『サークル・ワープ』を持って来た。『サークル・ワープ』があるのならば、ショシュンはそれを有効活用しようと言ってショシュンとジュンヨンの二匹はワープをして帰ることにした。

「自分たち(国王軍)は『トライアングルの戦い』までソウリュウ一家と反目していたが、今となっては言ってみれば、和解をした訳だね?だから、自分はソウリュウ一家の今後の活躍を期待しているよ。それではさようなら。元気でね」ショシュンはそう言うとジュンヨンと一緒にこの場を後にした。ドンリュウはその際にショシュンに対して陳謝をした。トリュウはジュンヨンに対してまた会おうと言って再会を約束した。

 ショシュンだってミスをすることは間々あるが、今回はノー・ミスだったので、ほっとしている。一方のジュンヨンはショシュンの完璧な推理やソウリュウのあたたかい言葉を受けて新鮮な気持ちでこれからの生活を送って行こうと密かに決心をした。ただし、ジュンヨンはショシュンに対して少しもライバル意識を持ってはいない。それはなにもジュンヨンに限らずに『スリー・マウンテン』は皆が対抗意識は持たずにそれぞれを尊敬して自分の持っていないものをそれぞれから学び取って自分を進化させるために役立てている。

 この場にはソウリュウ一家の三匹だけが残った。いつもはどっしりと構えているので、ソウリュウは衝撃の事実が露見しても自分でも言っていた通りにすでに立ち直っている。

 ドンリュウは同様にしてどっしりと構えていそうだが、今の所は夢でも見ていたかのような心地のままである。ドンリュウほどではないが、トリュウは同じく少しばかり混乱をしている。

「若様はやはり只者ではありませんでしたね。若様は血筋からして大物だった訳です。おれはそれにしてもよかったです。もしも、おれが捕まったままだったならば、若様のことだから、若様はおれを助けてくれようとして無茶をしていたのでしょう?」トリュウは絶対的な信頼感の下で問いかけた。

「ああ。もちろんだ。トリュウはおれの命に代えても取り返す予定だった。作戦はまだ考えている段階だったんだけどな。よしよし。なんにせよ。皆が無事ならば、おれはなんだっていい。今までのおれ達は大泥棒だったけど、今となってはそれもお仕舞いだ。しかし、ソウリュウ一家は解散しない。となると、今日からのソウリュウ一家は何者になろうか?」ソウリュウは二人の部下に対して意見を求めた。

 そのため、トリュウは考えを巡らせた。しかし、その前にソウリュウがオーカーの子孫であるという情報に関してようやく現実を受け止めることに成功したドンリュウは先に口を開いた。

「おいどんはいいことを考えたでごわす。おいどんたち(ソウリュウ一家は)今日をもって冒険家になるというのはどうでごわすか?冒険家はロマンがあってなによりも響きが格好いいでごわす」

「おお。それはいいね。よし。おれはそれを採用しよう。これからのおれ達(ソウリュウ一家)は冒険家として手始めに甲虫王国を隅々まで旅することにしよう。行く行くはそして昆虫界を一周しよう。うん。これは中々の名案だ。異論はあるかな?」ソウリュウは聞いた。異論はトリュウにもドンリュウにもなかった。ソウリュウ一家はというわけで大泥棒を改めて冒険家の一味になった。

 話はまとまった。ソウリュウ一家はトリュウの復帰について改めて祝言を上げることにした。ただし、ソウリュウ一家には冒険家としての仕事を今すぐに始めるつもりはなかった。

 まずは大泥棒としての働きを皆で慰労して疲れを取ることが先決だからである。この日のソウリュウ一家は大いに浮かれて夜にはどんちゃん騒ぎをすることになる。それだけでは満足をせずにソウリュウ一家は『パーッ!』と遊んでから次の仕事に取り組むことを決定した。トリュウとドンリュウはそれについては大いに賛成をした。重要なことはもう一つある。ソウリュウ一家の元には次の日『トライアングルの戦い』から三日後にある一人の人物は姿を現すことになる。ソウリュウはその人物の出現によって大いに気をよくした。トリュウとドンリュウはそうなると当然のことながらその人物を大歓迎した。

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