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アルコイリスと七色の樹液 13章

これまでの戦いにおけるショシュンの戦歴には凄いものがある。倒した敵の数は19匹でその内の9匹は一筋縄では行かない『セブン・ハート』の使い手なのである。ショシュンは驚くべきことにもそれだけの戦いを潜り抜けておきながら大して疲弊していない。ショシュンはアマギにも伝授した柔の心得で相手の攻撃を全てかわし続けていたのである。ショシュンの圧巻の戦闘能力は甲虫王国でも中々並ぶ者がいない位にすばらしいものである。ショシュンは我むしゃらに戦いを続けていた訳ではない。ショシュンはゴールデンを打ち取ったというオウギャクを目指して突き進んでいた。痛い思いをしたくない。怖い思いをしたくない。ショシュンはそのような邪念を持ち合わせていないのである。しかし、手柄を立ててやろうという我欲に支配されている訳でもない。ショシュンはようするに男の中の男なのである。

 ショシュンは何よりも純粋にこの王国を守りたいだけなのである。オウギャクはまだフォレスト・タワーの近くにいたので、ショシュンはオウギャクを発見することができた。ここから先は軽はずみな言動を慎むべきだとショシュンは気を引き締めて自戒をした。オウギャクは『スリー・マウンテン』であるショシュンに気づくと権謀術数が成就したことについて内心でほくそ笑んだ。オウギャクは無表情のまま言った。

「やはり現れたか。三強の内の誰かしらはやって来るだろうと思っていた。おれも探す手間が省けた。ゴールデンは聞いての通りにおれが打ち取った。次はお前の番だ。ショシュン」

「そうはいかない。自分は『スリー・マウンテン』として皆に認められているんだ。だから、自分はその名に恥じない戦いをするつもりだ。だけど、自分はその前に聞きたいことがある。オウギャクくんはどうしてこの国の実権を欲しがるんだ?今の国情の何が不満なんだ?」ショシュンは問いかけた。

「不満か。おれはこの国が平和すぎると思っているんだ。もしも、危難が起きた時はそれにどう対処するつもりなんだ?おれは国家総動員法を施行して国民一人一人を喚起したいと思っている」

「その必要はないと思うよ。平和が乱れるという可能性は低い。ただし、平穏は現に君達のおかげで乱れているね。だけど、危難が嫌ならば、君達が大人しくしていればいいだけの話じゃないか」

「違うな。危難が起きる可能性は低くない。国外に目を向けてみても節足帝国は科学兵器をようしている。りんし共和国には強靭な魔法使いが蠢いている。今は何とかなっていても100年後や200年後の世界がどうなっているかはわからない。おれはそれに対処するための国作りが必要だと考えている。そのためには甘えは許されない。だから、おれは恐怖政治を実行するつもりなんだ」オウギャクは決意に満ちた口調で言った。オウギャクには一朝一夕で国を変革させるつもりは毛頭ない。

「危険な思想の持ち主だな。この王国が他国と戦争をするとは思えない。だけど、今ここでオウギャクくんを止めないといけないんだということはよくわかったよ。そうだどしたならば、自分は最初から全力で行くつもりだ!」ショシュンはそう言うと『急撃のスペクトル』で5匹に増えてオウギャクを取り囲んだ。

 オウギャクのいた所ではあっという間に大爆発が起きた。ショシュンは『追撃のクラック』を使ったからである。これは『メニー・バースト』という立派な『ダブル・ハート』である。

 しかし、先程『オウギャクのいた所』と言った通りにオウギャクは上空に飛んで攻撃を避けていた。ショシュンはそれでもオウギャクの避けた所に『進撃のブロー』を放っていた。

 ショシュンはそれだけに留まらずに『衝撃のスタッブ』で追い打ちをかけた。対するオウギャクはショシュンの最初の攻撃を同じく『進撃のブロー』で対抗をして次の攻撃を『進撃のブロー』と『追撃のクラック』のコンボで対抗した。まさか、オウギャクがそうくるとは思っていなかったが、ショシュンは柔の心得で下からの斬撃を避けて自分の攻撃は依然として続行した。しかし、一方のオウギャクはとんでもない防御法を使って来た。オウギャクは空中で『迎撃のブレイズ』を使ったのである。本来ならば、この奥義は地面で角や顎をこすってその摩擦を使って炎を出すものなのにも関わらず、オウギャクはそれを何もない空中でやって見せたのである。これは『ダイレクト・フレイム』という技である。

それはショシュンにとってノー・マークだったので、ショシュンは体に引火してしまった。ショシュンはそれでも『衝撃のスタッブ』をオウギャクにかすめさせてから落下して行った。

 ショシュンは『スリー・マウンテン』の一角である。ショシュンはこれだけではやられなかった。ショシュンは炎が静まると平気そうにして再び戦闘態勢に入って少し呟いた。

「やれやれ。オウギャクくんを舐めていた訳ではないが、オウギャクくんはとんでもない技を持っているものだ。これだけの実力者と戦ったのならば、国王様もさぞかし苦戦されたことだろう。そうだ。自分は国民のためにも国王様のためにも絶対にオウギャクくんに勝利しなくちゃならない」

「水を差すようで悪いが、おれには負ける気がしない。キリもそうだ。キリが誰かに負けるとも思えない。おれ達はこの王国をもらうために精魂が尽き果てるまで戦う覚悟だ!」

「それは自分も同じだよ!」ショシュンはそう言うと上空から襲いくるオウギャクに向かって羽を広げて立ち向かった。オウギャクはその途中で『電撃のサンダーボルト』を使おうとしているということに気づいたので、ショシュンはそれをやられる前にぐんと加速をしてオウギャクの懐に入った。

 ショシュンはそうかと思うとオウギャクを顎で右に払って均衡を崩したオウギャクに対して『進撃のブロー』を放った。オウギャクはするとぐるんと体を回して『進撃のブロー』を二発も放った。一発はショシュンのそれを相殺して二発目はショシュン本人を襲った。しかし、ショシュンは全く動じることなくオウギャクの放った大きな鎌風を下降してひょいと避けた。ショシュンにはそれでも余裕をかましている暇はない。オウギャクは『急撃のスペクトル』と『突撃のウェーブ』のコンボでショシュンに対して攻撃を仕かけて来た。

 ショシュンは相当にトリッキーな防御法を披露した。ショシュンは『進撃のブロー』を使ったままくるくると回転し続けて380度のどこからの攻撃にも耐えられるように鎌風を放ち続けた。

これは『アイアン・ブレード』という技である。ショシュンは回転していても目が回らない。それは人間のスケート選手がスピンをしても目が回らないのと同じ原理である。

 ショシュンはカッターのようによく切れるこの技を使ったままオウギャクに向かって攻め入った。オウギャクの残像はやがて全て消えて『突撃のウェーブ』も無効化された。

 ショシュンは尚も回転を始めて再びオウギャクに挑んだ。オウギャクはたった一発『進撃のブロー』を放つだけでその回転を止めて見せた。オウギャクの『進撃のブロー』はキリシマと同様にして並みの虫が使うそれとは一回りも大きさに違いがある。オウギャクはショシュンの動きを止めると角を振り切ってショシュンを地面に叩き落とそうとした。しかし、それはただのスイングになってしまった。

ショシュンは芸術的な柔の心得でそれをかわして逆にオウギャクのことを地面に墜落させた。オウギャクの元にはそうかと思うとショシュンから三本の鎌風がやって来た。その後ろからはショシュン自身が『突撃のウェーブ』でやって来ている。オウギャクはそれを避けきれないと悟るとショシュンの鎌風を巨大な『進撃のブロー』で防いだ。ただし、最後の一発だけは奥義を出せる程に時間がなかった。オウギャクはそのために奥義を体にかすらせた。その後のオウギャクはすぐにぐっと体を沈ませた。オウギャクはそしてショシュンが『突撃のウェーブ』でやって来ると下から上に向かって『突撃のウェーブ』を繰り出した。これによって波動の柱ができ上がった訳である。オウギャクの通り道とその周りは目に見えて空気が歪んでいる。

ショシュンはそれでもなんとそれを回避した。ショシュンは奥義の最中でオウギャクに猛進していたにも関わらずである。柔の心得を極限にまで研ぎ澄ませていることが今のような技術を可能にしている。

『突撃のウェーブ』は真横からの攻撃には強いが、下から掬い上げるような攻撃を食らうと直接的なダメージを受けることになるので、ショシュンの判断は正しかった。ショシュンVSオウギャクの一戦は美技と妙技の嵐の中で行われた。そばにいる国王軍と革命軍のメンバーはそれを横目に見てただただ息を呑むばかりである。現時点でも19匹の革命軍を打ち取っているショシュンが激賞を浴びることは間違いない。それにも関わらず、ショシュンは勇敢にオウギャクと戦っているので、周りにいる国王軍の士気はそのためにより一層に高ぶっている。オウギャクの桁違いの戦闘能力を目の当たりにしている革命軍もオウギャクにに続けと言わんばかりにして激越している。両軍の戦闘員は減少しても戦いの激しさは今も変わらない。


 あの男達は時を同じくしてついに腰を上げていた。あの男達とはソウリュウ一家のことである。ソウリュウ一家はすでに国宝を狙って『秘密の地』に侵入している。

 ソウリュウが名付けた国宝奪取のための作戦名は『栄光あるイリュージョン』である。ソウリュウはかねてからの宣告の通りに皆があっと驚くすごい方法で国宝を盗みにやって来た。

 今のソウリュウとドンリュウは『黄の広場』をずんずんと歩いている。何匹かの国王軍はそれに気づいているが、国王軍の皆は革命軍との交戦で手一杯なので、今の所は誰もソウリュウとドンリュウに対して働きかけてはいない。ソウリュウはフリルの飾りをつけると宣告していたのにも関わらず、今は装着をしていない。これには深い訳がある。別行動をしているトリュウはここにはいない。

ソウリュウとドンリュウはやがてフォレスト・タワーが見えて来ると立ち止った。ショシュンとオウギャクが対決している場所はもう目と鼻の先である。ソウリュウは大声を出した。

「あ、皆!戦っている場合じゃない!空を見ろ!隕石?いや!違う!あれは下界で有名な原子爆弾だ!ここに落ちてくるぞ!逃げろー!もう間に合わない!もうダメだ!何もかもお仕舞だ!」

ドンリュウは『ドカーン!ボカーン!ズゴーン!』と効果音をわめき出した。周りの虫は完全にソウリュウとドンリュウのことを白い目で見ている。相変わらず、天気は曇天ではあっても空には入道雲が浮いているだけで何の異常も見られない。ドンリュウはやがて第二のプロジェクトを実行するべく囁いた。

「若様。第一のプロジェクトはやはりダメだったでごわす。おいどんは残念でならないでごわす。しかし、それならば、次の作戦でごわす」ドンリュウには腹に一物がある様子である。

「よし!任せておけ!それじゃあ、ドンリュウはけしかけてくれ!」ソウリュウは小声でお願いをした。

「若様!おいどんは前々から思っていたのでごわす!実際に戦ったならば、おいどんと若様はどちらの方が強いのか、おいどんは不遜ながら白黒つけさせてもらいたいでごわす!」ドンリュウは大声を出した。

「なるほどね。実に興味深い問題だ。ああ。いいだろう。ここは丁度いいことにも戦場だ。思う存分にやってやろう!ただし、おれは強いから、ドンリュウは覚悟をしてくれよ!受けて立つ!うおー!」ソウリュウはそう言うとドンリュウにがっぷりと組みついた。ソウリュウVSドンリュウの手合せはこうして始まった。

周りの国王軍の思っている気持ちを代弁すると『そんなことをわざわざここでするな!』である。ドンリュウは巨大とは言ってもソウリュウも負けずに巨大なので、体長はソウリュウの方が4ミリだけ大きい。体格差について言えば、ほぼハンデはなしである。ソウリュウに投げ飛ばされたドンリュウはすると革命軍と戦っていた国王軍のオスのクーランネブトクワガタの上に乗っかってきた。全く以って端迷惑である。

「ぶっ!ちょっと!百歩を譲って君達がここにいることは許してあげるとしても、ぼく達(国王軍)の邪魔だけはしないでくれるかな?君達は迷惑にならないようにひっそりとやってくれないかい?」

「おお。すまないでごわす。以後は気をつけるでごわす」ドンリュウは非礼を詫びた。

ソウリュウも律儀に謝った。しかし、それは口だけだった。ソウリュウとドンリュウは悉く国王軍の邪魔ばかりをした。それらは無論わざとやっている。国王軍には邪魔をすること7回に及ぶとその内に当然のことながらソウリュウとドンリュウに対する不満感が募ってきた。

「ええい!ソウリュウくんもドンリュウくんも邪魔ばかりしやがって!一旦は身柄を取り押さえさせてもらう!」国王軍のプラティオドンネブトクワガタは痺れを切らしてそう言うと近くにある『魔法の石』に手を触れて『肌色』と言った。彼はそうすることによって城から援軍に来てもらうことにしたのである。

ソウリュウが国宝を狙っているということは国王軍にもわかっているので、監視をしてくれる誰かがいてくれれば、それは一挙両得になる。しかし、ソウリュウはそれを知るとにやりとした。

 ソウリュウとドンリュウは国王軍の援軍が来るまでも国王軍の邪魔ばかりをした。ソウリュウとドンリュウはその上に革命軍にもケンカを売ってもはやこの場は三つ巴の大乱闘になってしまった。ソウリュウとドンリュウは国王軍の援軍がやって来ると逃げ出して5匹の援軍と追い駆けっこを始めた。初めからいた国王軍はそれを見てソウリュウとドンリュウは何がしたいのだろうかと不思議に思ってアホらしくなってしまった。ソウリュウとドンリュウの二匹はそれだけではなくて革命軍にも恨みを買って追いかけられるという始末である。ソウリュウの中ではそれでも革命軍にケンカを売ったことには歴然とした理由がある。

ソウリュウは元々国王軍を応援しているので、一方だけを邪魔していてはフェアじゃないと思ったのである。ここまでの『栄光あるイリュージョン』作戦は順調である。

ドンリュウは逃げ回りながらトリュウの武運を祈った。ドンリュウはトリュウのことを信じているが、それとトリュウの身を心配することは別問題である。ソウリュウ一家は今この最も大切な時期に心を一つにして結託している。ソウリュウ一家はどんなに離れていても、想いは共有しているということである。


 トリュウは緊張をしていた。もしも、ドンリュウの所に向かった援軍の中にハムレットが入っているようなことがあれば、この作戦はおじゃんになってしまうからである。

ソウリュウが一緒ならば、さらし者になろうが、笑われ者になろうが、トリュウはどちらも構わない。しかし、トリュウはソウリュウにとってふつつか者になるという訳には行かないのである。

ここにはドンリュウの所にいた者とは別のソウリュウがいる。あちらのソウリュウはフリルをつけていなかったが、こちらのソウリュウはフリルをつけている。そのソウリュウはトリュウを励ました。

「心配することはない。おれ達は強い運勢の持ち主だ。ハムレットくんはこの先にいる。ハムレットくんは必ずいると信じよう。だから、今のおれ達はやるべきことをしっかりやってベストを尽くす。それだけを考えて事に当たるとしよう。大丈夫だ。福の神は必ずおれ達に微笑みを見せてくれる」

「わかりました。もしも、おれが捕まるようなことがあっても、若様はおれのことを踏み越えて先にお進み下さい。これはもちろん上辺だけのセリフではありません」トリュウは力強く言った。

「ありがとう。しかし、できれば、おれはそうならないように願っているよ」ソウリュウは悲しげにして言った。トリュウの言葉には確かにソウリュウに対する賛助の気持ちがありありと滲み出ている。

 ソウリュウとトリュウは目的地である城に辿り着いた。城は紺碧色をしていて森厳な外観をしている。甲虫王国のこの城には防衛機能として籠城することもできるようになっている。城壁はそのために城を囲っている。城は君主であるゴールデンとその家族の住まいとしても使われている。城はそれから領地の支配の象徴としても機能をしている。この城の中の『花弁の間』には国宝が眠っている。

 しかし、城の前にはドンリュウが幾人か呼び寄せて数を減らしたとは言っても警備兵が三匹も待機している。革命軍の決起がなければ、城の周りにはもっと多くの警備兵が巡回している。

「出た!お主達はソウリュウとトリュウだな?ここから先は一歩も中へは入らせないぞ!」歩哨の一人であるオスのコンゴサイカブトは意気込んだ。彼はソウリュウ一家を阻止する気が満々である。

口には出さなくとも他の二匹の警備兵も気持ちは同じである。彼等にはまだ国宝が何なのか知らされていないが、国王軍が革命軍に打ち勝ちってソウリュウ一家のことも押さえ付けることができたならば、彼等は特別に国宝を拝めることになっている。となると、彼等の気の入りようは違ってくる。

「いや。中には入らせてもらう!おれ達はそのためにここにやって来たんだ!食らえ!」トリュウはそう言うと銃をぶっ放した。ただし、トリュウは何も散弾銃や猟銃を使った訳ではない。トリュウは催涙ガスを放ったのである。催涙ガスと言えば、スプレーが一般的だが、トリュウの持っているものは拳銃型で機関銃のようにして引き金を引いていれば、発射し続けるタイプの銃なのである。銃はその上に製作者のこだわりによってなんとサイレンサーつきである。この銃はソウリュウがこの時のために節足帝国で手に入れた代物である。三匹の警備兵はこうして目の前のものも見えなくなってしまった。ソウリュウとトリュウはその隙に城塞の扉を開けることにした。その際の二匹は落ち着いて性急にならないように行動をした。

「君はちょっとどいてくれるかな?ごめんよ」ソウリュウはそう言うと一匹の警備兵の場所を移動させた。扉は外開きなので、扉は彼がいると開けることができなかったのである。

「くそー!なんてこった!」場所を移されたオスのミイロオオツノカナブンは屈辱的な気持ちになってしまった。彼は涙を流しながらもソウリュウとトリュウを捕まえようとしたが、見当違いな方角に進んで行ってしまっている。ソウリュウはそれを見ると少し心が痛んだ。ソウリュウとトリュウは城の中に入った。

扉が閉まる前にはもう一人の男がすっと城の中に侵入をした。この男も後々なくてはならない重要な役割を果たすことになる。ただし、彼はドンリュウではない。なぜならば、ドンリュウは今も警備兵と一緒に追い駆けっこをしているからである。ソウリュウとトリュウが中へ入るとそこはホールになっていた。そこには5匹の警備兵が彼等のことを今か今かと待ち構えていた。ソウリュウはこの日に盗みを働くということを公共の場において自分で宣伝していたので、これは当然である。トリュウは身構えた。

「やあ!こんにちは!おれはソウリュウだ!国宝を頂きに来た!行くぞ!トリュウ!」ソウリュウは掛け声を出した。トリュウは催涙ガスの噴射でそれに応じた。5匹いた警備兵はそれによって三匹も泣き出してしまった。ソウリュウとトリュウは計画の通りに二手にわかれることにした。

 ソウリュウが向かったのは『花王の間』という所である。そこには牡丹が飾られていてそこは同時にイヨ王妃が愛用している個室でもある。ただし、イヨ王妃の寝室は別にある。イヨの寝室は『睡蓮の間』という所でそこには瓶の中にスイレンという水草が飾られている。


一方のトリュウが向かったのは国宝がある『花弁の間』である。ソウリュウの偵察によって『花弁の間』は最上階である5階に存在しているということがわかっているので、トリュウは城の見取り図を思い浮かべながら上階に向けて勢いよく羽を広げた。トリュウは全速力で飛行をした。

しかし、甲虫王国の城の構造は相当に難しくなっている。例えば、二階に上がるための空間と三階に上がるための空間は違うのである。今のトリュウは追っ手を振り切って二階に上がってきた所である。

 トリュウの元にはすると前からも後ろからも警備兵がやって来た。トリュウにとってはまさしく八方塞がりである。トリュウはそれでも前方の警備兵に対して催涙ガスを放出して強行突破をした。前進あるのみである。トリュウの後ろからはとはいっても依然として4匹の警備兵がついて来ている。警備兵は三階へのスロープが見えてきた時に再び押し寄せてきた。トリュウは問答無用でガスを放出した。

 しかし、銃は三匹を眠らせた所で弾切れになってしまった。トリュウはそのために銃を捨てて目の前にいる一匹の警備兵に体当たりをして先に進んだ。トリュウは三階にやって来たが、そこでは絶望的な光景が待ち構えていた。そこには警備兵が7匹も待ち構えていたのである。トリュウは激しい戦闘を覚悟した。

「大人しく捕まるんだ!トリュウ!今ならば、トリュウはまだ窃盗未遂だ!刑は軽くてすむ!」警備兵の一人のミスジサスマタカナブンは教え諭すようにして言った。周りの警備兵も頷いている。

「それは確かに魅力的な提案だ。しかし、おれはやるだけのことをやっておれのことを寵愛してくれる若様のために少しでも役に立ちたいんだ!うおー!」トリュウはそう言うと1対7の戦を開始した。

 しかし、その後のトリュウは犯罪者として身柄を取り押さえられることになる。ソウリュウの役には立てたので、トリュウはそれでも本望である。ソウリュウは嘆くことになるにも関わらずである。


 ソウリュウは二階にある『花王の間』に到着していた。トリュウが囮になってくれていたので、割かし、ソウリュウはここにスムーズに来ることができた。こうなっては清雅なことばかり言っていられないが、本当はソウリュウもトリュウに対して申し訳なく思っているのである。

 しかし、ソウリュウが一人でいられるのも少しの間だけだった。ソウリュウの両サイドからは警備兵が挟み撃ちでやって来た。数は右が二匹で左は三匹である。

「くそっ!やっぱりそううまくは行かないか。これだけはやりたくなかったが、こうなってしまった以上は仕方がない。本当はやりたくないんだ。だけど、おれは念願を叶えたい。警備兵の皆!ごめんよ」ソウリュウはそう言うと『突撃のウェーブ』で両サイドの敵を一蹴して見せた。

 警備兵はバタバタと倒れて計5匹がその場で意識を失った。倒された彼等は皆がそんな中でこのようにして同じことを考えていた。ソウリュウは一体この部屋に何の用事があるのだろうか?

 この謎はソウリュウ一家による全ての仕事が終わらない限りは解明することは難しい。この謎の全貌はそれでもその後にある男によって明かされることになる。

 これではやっていることが極悪人なので、ソウリュウは自己嫌悪に陥った。ソウリュウはそれでも気を取り直して『花王の間』に入った。そこにはイヨ王妃ではなくて一人の男が待ち構えていた。

 警備兵によるソウリュウの目撃情報はここでぷっつりと途絶える。ソウリュウはようとして行方がわからなくなったのである。ただし、ジュンヨンだけはその後のソウリュウを発見することになる。


その頃のハムレットは『花弁の間』の前にやって来ていた。ハムレットは体長50ミリ程のハムジャツヤクワガタである。最近のハムレットは国王軍からの支持を上昇させている。

ハムレットは『マイルド・ソルジャー』に潜んでいた革命軍の密偵を炙り出すことに成功したのである。ハムレットはそれ故に愛らしいキャラクターも伴ってちょっとした人気者なのである。

 そんなハムレットは『花弁の間』の前を一人で守ると言い出した。だから、そこにいた二匹の警備兵は戸惑った。その二匹は少し話し合いをした結果としてそれを認めなかった。別にハムレットを信用していない訳ではないが、持ち場を離れたとなると色々とまずいことになるからである。

「それではこういうのはどうですか?ぼくは『花弁の間』の中にいて最後の砦となります。もしも、ソウリュウさんやトリュウさんがここに入ってくるようなことがあったとしてもしめしめと思っている内にぼくが彼等を捕獲するという作戦です」ハムレットは提案をした。二匹の警備兵はすると難渋をした。しかし、二匹の警備兵は鳩首の結果としてハムレットの案を採用することにした。ハムレットはゴールデン国王からも信頼されていて咄嗟の気転も利くので、二匹の警備兵はハムレットを信用する気になったのである。

ハムレットはこうして『花弁の間』で一人きりになった。ハムレットはにやりとすると国宝に近づいて国宝に手を伸ばした。それを制止する者は誰もいなかった。ハムレットはやがてソウリュウと同じようにして行方不明となる。ハムレットが公衆の面前に姿を現すのは明日の夕方になる。短い間だが、国王軍はハムレットこそがソウリュウ一家の間諜なのではないかと噂をされるようになる。

しかし、それは根本的に間違っている。城内には総勢15匹の警備兵がいたにも関わらず、ソウリュウはもっと手の込んだ巧妙なトリックを使って国宝を盗んで見せた。つまり『栄光あるイリュージョン』作戦は成功したのである。ソウリュウ一家VS国王軍の国宝争奪戦はソウリュウ一家の勝利である。


 ジュンヨンVSウィライザーの一戦は持久力を要する長期戦にもつれ込んでいた。ウィライザーは縦横無尽に空を飛び回ってジュンヨンに対して『春雷の波動』を二回もかすらせていた。

 ウィライザーは次の戦略について計算せずに場当たり的な戦法を取っている。しかし、ウィライザーはそれでもジュンヨンにとっては十分に手強い相手なのである。それでは無防備になる時もあるが、ウィライザーにとってはむしろ縦恣に振舞っている方が思い切りのいい戦術を取れるというメリットもある。

 一度はウィライザーに対してジュンヨンは『追撃のクラック』を直撃させている。ウィライザーとは打って変わってジュンヨンは周密な行動を取って着実にウィライザーを追いつめようとしている。ジュンヨンの性状はこの戦闘においてもよく表れている。ただし、ジュンヨンとウィライザーは奥義によるダメージを受けながらも生き生きと戦闘を続行させることができている辺りはさすがと言うべきである。ジュンヨンとウィライザーの二匹は生まれ持った頑健な体に鍛錬を重ねることによってそれを可能にしている。

 上空にいたジュンヨンはウィライザーのことを立派な角で地上に投げ飛ばした。ジュンヨンは裏返しになっているウィライザーに対して突撃をした。やがてはウィライザーのことを稲光が襲った。ジュンヨンは『電撃のサンダーボルト』を使ったのである。三匹共『スリー・マウンテン』は全ての『セブン・ハート』を体得している。そう考えてみれば、我流のもの以外に一つの奥義も使えないウィライザーが甲虫王国における伝来の奥義を全て使用できるジュンヨンと対等に戦っているのはすごいことである。それはもちろんジュンヨンが弱いからではなくてウィライザーの身体能力があまりにも高すぎるのである。ウィライザーは跳ね起きてジュンヨンの雷を避けた。ウィライザーそれだけに留まらずに羽を広げて地上に降り立ったジュンヨンに対しては『春雷の波動』を使用した。ジュンヨンは羽を広げて大きく右に避けた。

その時にすぐに振り向いたウィライザーから見れば、ジュンヨンは後ろ向きになっているのだが、ウィライザーは大至急この場を離れた。その判断は正しかった。ジュンヨンは『追撃のクラック』を使ってなんと自分を円心として四方八方に大爆発を引き起こしたのである。これは『ラウンド・リスト』という技である。

これでは地上でジュンヨンの後ろに立ったからと言ってウィライザーは迂闊に近寄ることができない。ウィライザーが受けた『セブン・ハート』とは今の攻撃と同じものだったから、ウィライザーはそれを予測できたのである。ジュンヨンは振り向くと上空のウィライザーに対して話しかけた。

「簡単に打ち取ることはできないと思っていたけど、ウィライザーくんはここまでやるとはね。驚いたよ。ぼくは随分と場慣れをしてきたけど、これならば、君が『監獄の地』に収容される際に17名の虫さんに重傷を負ったという話にも頷ける。それよりも、ウィライザーくん。君は革命軍の新参者だ。君の意見とオウギャクの意見は合致しているのかい?君はオウギャクの性格をどれだけ知っているんだい?」

「くくく、バカにしないでもらいたいな。おれだってヘッドの傀儡になっている訳じゃない。まさか、オウギャク公がおれのヘッドになるとは思っていなかったが、噂は予々聞いていた。これは自分でもわかっていることだが、おれは虫の上に立つような玉じゃない。おれは一人で行動するのが好きなんだ。ゴールデンは討ち取れなかったが、その点、ヘッドはおれにできるだけ自由に動けるように配慮してくれている。ヘッドは何よりもおれと同じにおいがする。脱獄させてもらった恩もあるが、おれとヘッドは同じ穴のムジナだということを悟ったんだ。だから、おれはヘッドに忠誠を誓った」ウィライザーは主義主張を語った。

「そうか。確かに端から見ていても組合せとしては悪くないのかもしれないね。だけど、オウギャクのやろうとしていることについてはどうなんだい?彼はこの国だけではなくて他国までも自分の手中に収めようとしている。それについてはあまりにも無様だとは思わないのかな?」ジュンヨンは聞いた。

「くくく、それはいらぬ心配だ。おれはこの国の行く末をヘッドに委ねている。どちらにしても、他国の虫にもでかい面をできるのであれば、おれは歓迎をする。自分の思い通のりに何もかもうまく運べるようになるのならば、それは儲け物だ。しかし、今の状態ではそれを完璧に遂行することは難しい」

「なるほど。よくわかったよ。ウィライザーくんにはどこか納得をしていないで革命軍の仲間入りを果たしたんじゃないかとぼくは一縷の望みを抱いていたが、そんなことはどうやらないようだね。やれやれ。それならば、ウィライザーくんは今ここで捕縛されても、文句は言えないよね?」ジュンヨンはそう言うと上空に飛んでウィライザーに突っ込んだ。今の所のジュンヨンは奥義を使ってはいない。

「くくく、この戦いは序章に過ぎない。おれはこの国で正当な名誉と地位を得る。ただそれだけの話だ!」ウィライザーはそう言うと向かってくるジュンヨンを迎え撃って顎でジュンヨンの角を払った。ウィライザーはよろけたジュンヨンに向かって『春雷の波動』を発動した。

しかし、ジュンヨンはアクロバットな動きでひらりと身をかわしてウィライザーの背中を角で挟むとくるりと一回転をして地上に投げ捨てて『進撃のブロー』でダメを押した。

これは全くの無駄のない動きである。現国王軍の殲滅を狙う凶暴な戦士のウィライザーは盲滅法にジュンヨンの攻撃を避けたが、地面には不時着をした。しかし、ウィライザーはそこからとんでもないことをした。

ウィライザーは起き上がると再び目の前にジュンヨンからの『進撃のブロー』が向かってきていることに気づいたので『春雷の波動』を放った。その波動は強烈な傘状の空気砲となってジュンヨンの奥義を打ち破ってジュンヨン本人を襲った。ただし、威力と速度は半減していたので、ジュンヨンはそれを軽々と回避することができた。ジュンヨンは空中に浮いたまま口を開いた。

「ウィライザーくんは恐ろしい技を持っているものだ。ぼくはすでにある奥義をアレンジしているだけなのにも関わらず、ウィライザーくんはゼロからここまでの奥義を作り上げたということか。だけど、ぼくはどんな技を使う敵が相手でも負ける訳には行かない!ぼくは『スリー・マウンテン』の一角なんだ!」

「くくく、その意気込みはこっちも同じだ。おれ達は現国王軍を撃滅して新政権を樹立する!」ウィライザーはそう言うと勘を働かせて早急にその場を離れることにした。

 ジュンヨンはウィライザーの予想の通りに地上にやって来て『追撃のクラック』を使った。それはサークル上に爆発を発生させるタイプのものである。しかし、ジュンヨンは攻撃をかわされたことに気づくと『急撃のスペクトル』を使った。ジュンヨンはウィライザーを惑わせようとしたのである。

「無駄なことだ!」ウィライザーはそう言うと本物のジュンヨンを瞬時に見分けて顎でジュンヨンを弾き飛ばした。ジュンヨンはそれによって30センチも吹き飛ばされてしまった。ウィライザーは火事場の馬鹿力を発揮したのである。その上に普通では考えられない程の動体視力を持っているので、ウィライザーはジュンヨンの残像とジュンヨンの本体との違いを見分けることができたのである。

「下手な小手調べは命取りになりそうだ。それならば、これはどうだ!」ジュンヨンはそう言うとその場でトンボ返りをして『衝撃のスタッブ』を放った。これはエア・ガンの弾のようにして空気砲が発射されるタイプのもので『マグナム・キャノン』という技である。本来の『マグナム・キャノン』は自分で体当たりをしなければならないのにも関わらず、ジュンヨンはそれを空気砲の形で打ち込めるように厳しい修行をしたのである。ウィライザーは発射式の『春雷の波動』を放った。

二つの空気砲はやがてぶつかり合ってミサイルが爆発したかのような衝撃が周りの大気を震わせた。ジュンヨンとウィライザーは堪えきれずに少し後退した。しかし、それはほんのちょっとの間だけである。わずかな隙も逃さずに戦闘を行っているので、ジュンヨンとウィライザーの二匹はすぐに次の行動に出た。

「これで決める!」ジュンヨンはそう言うと『突撃のウェーブ』を使いながら『進撃のブロー』を放った。『メイク・ウェーブズ』という『ダブル・ハート』である。最高峰と言ってもいい程のコンボである。

「望む所だ!」ウィライザーはそう言うと『春雷の波動』を使って突進しながら空気砲を放った。ジュンヨンとウィライザーの両者はこれによって二重構造の攻撃に出たという訳である。

 第一の攻撃であるジュンヨンの『進撃のブロー』とウィライザーの発射式『春雷の波動』は相殺した。その時にはものすごい反動が発生したが、ジュンヨンとウィライザーは全く微動だにしなかった。

 第二の攻撃であるジュンヨンの『突撃のウェーブ』とウィライザーの突撃式の『春雷の波動』は激しくぶつかった。空気は再び大きく震えた。しかし、お互いに擦れ違うことはなかった。

 ジュンヨンは一メートル後方に弾け飛んで行った。ウィライザーは80センチ後方に猛スピードで弾け飛んで行った。ジュンヨンの意識はこれによって混濁してしまった。

 ウィライザーは裏返しになったまま動かない。この勝負はドローにて終了するかと思われた。しかし、あろうことか、ウィライザーはむくりと起き上がった。ウィライザーは『追撃のクラック』と『突撃のウェーブ』という二つの奥義を受けていながら尚も身動きが取れているのである。

「ジュンヨンもまだ意識はあるようだな。それならば、次で本当の止めだ!」ウィライザーはジュンヨンのかすかな動きを見てそう言うとジュンヨンに向かって歩き出した。奥義を使うどころか、ジュンヨンはもはや歩くこともままならない。この戦いの序盤は他の国王軍と革命軍による衆人環視の下で行われていたが、今はかなり数が減っているので、ジュンヨンを助けることのできる国王軍はいなくなってしまっている。ジュンヨンは絶体絶命である。しかし、あの男だけは偶然にもこのシーンを見つけることになった。

あの男とはソウリュウのことである。ソウリュウはてくてくとこちらに歩いて来ていた。今のソウリュウはフリルをつけている。ソウリュウは一人でぼやいている。

「やれやれ。おれはこの戦いに参戦する程に興味はなかったが、トリュウの友人がやられているのを見て素通りする訳にも行くまい。やる気を出して一丁やってやるか!」ソウリュウは男気を見せることにした。ソウリュウはウィライザーが『春雷の波動』でジュンヨンに向かっている所を自分が使える唯一の奥義である『突撃のウェーブ』で阻止をした。注意力が散漫になっていたウィライザーは避けることもできずにあっけなく吹き飛ばされて意識を失ってしまった。ソウリュウも『セブン・ハート』の使い手だったのか、ジュンヨンは薄れ行く意識の中でぼんやりとそのようなことを考えていた。ジュンヨンはそして意識を失ってしまった。ソウリュウはジュンヨンの元に駆け寄った。ソウリュウはジュンヨンに向かって話しかけた。

「大丈夫か?ジュンヨンくん。誰にやられた?そりゃあ、ウィライザーだろうって?ふっふっふ、ソウリュウ一家ともなれば、この位の冗談は言えないといけないのだよ。というか、ジュンヨンくん。君は聞いてないよね?意識を失っているよね?まさかとは思うけど、死んじゃったんじゃないだろうな?本当に大丈夫か?まあ、死にはしないか。それじゃあ、さようなら。国王軍の誰かは迎えに来てくれるだろう。それまではぐっすりと休んでいればいい。楽に行こう」ソウリュウはそう言うとすたこらさっさとこの場を離れた。しかし、自分は革命軍の主力を倒したのだから、こそこそする必要はないのではあるまいかと思ったので、ソウリュウは泥棒のくせになぜか堂々と『秘密の地』を歩くことにした。

 ソウリュウはこの時点ではまだ門弟のトリュウが逮捕されたということに気づいていない。もしも、それに気づいていれば、ソウリュウが暗い気持ちになっていることは間違いない。

だから、時々は鈍臭い所も見せるソウリュウだが、現時点では自分の犯した泥棒の手捌きは100点満点だと思っている。しかし、この考えは当然のことながら後にひっくり返ることになる。

 『秘密の地』における戦いは闌に入っている。国王軍ではゴールデンやジュンヨンが脱落して革命軍ではショウカクやウィライザーといった主力が脱落している。そればかりか、両軍の勢力は半分以下となっている。勝負の行方は直に判明する。ただし、この時点ではどちらが勝ってどちらが負けてもおかしくはない。勝負はそれ程までにも未だに白熱した状態だということである。


 コンゴウはミヤマの予想以上のしぶとさに手を焼いていた。コンゴウとヒュウガは元々オウギャクから『アブスタクル』の抹殺という指令が出るまで『秘密の地』で戦線に加わっていたのだが、予定では『アブスタクル』の始末という用事をすませたならば、さっさと元の場所に帰って来るつもりだったのである。

 だから、コンゴウはこんな所で燻ぶっていては行けない。コンゴウは国王軍を衰滅させることばかりが気になってそれを果たせないでいる自分に対して憤りを感じている。

 もっとも、コンゴウの相方であるヒュウガはそうではない。ヒュウガはコンゴウよりも沈着な判断を下すことができるのである。コンゴウは体育会系でヒュウガは文科系のようなものなのである。

「どうやら『アブスタクル』のミヤマはおれが思っていた程に華奢ではないようだな。粘り強さではかなり高いランクに分類されそうだ。そうだとしたならば、おれはどでかい大技で一気に畳みかける!」コンゴウはそう言うと『進撃のブロー』を放ちながらミヤマに向かって突撃をした。

 羽を広げてコンゴウの奥義を避けたミヤマはよろけてしまった。コンゴウはそこにやって来ると立派な三本の角でミヤマに打撃を加えた。ミヤマはそれによって落下をした。

 ミヤマは正直に言ってもうしんどいのである。ミヤマにはもう体力が残っていない。しかし、コンゴウの方はそんなミヤマに対しても少しも容赦をしなかった。コンゴウは地面を転がっているミヤマに向かってすぐさま『追撃のクラック』を放った。これ以上ない程のパーフェクトな追い込みである。地面はあっという間にミヤマに向かって罅が入った。ミヤマにはもはやそれを自力で回避する力を失っていた。

 コンゴウはそれによってようやく満足をした。これ以上は『セブン・ハート』を受けてミヤマが戦闘を続けることはできないと確信していたからである。コンゴウはヒュウガの加勢に行こうとした。コンゴウは『秘密の地』に戻れることに安堵をした。しかし、コンゴウはヒュウガを助けることはできなかった。


 ヒリュウは途方に暮れていた。ヒュウガはいくらダメージを与えても全く疲れを見せずに涼しい顔をして立ち向かってくるからである。『セブン・ハート』を使えるだけではなくて戦闘能力も高レベルなヒュウガはいよいよ本領を発揮し始めた。テンリは時々ヒリュウに声援を送っているが、ヒュウガは全然それを気にしていない。しかし、性格が雑なヒリュウはテンリの声援を聞くと益々勢いづいている。

 もっとも、ヒリュウの攻撃は既述した通りに全くヒュウガに利いていないという大問題も存在している。今のヒリュウは必殺技を使うことにした。ヒリュウはヒュウガの体を顎で挟んだまま敏速な動きで地面を一周りしてヒュウガを木の幹に叩きつけた。これはヒリュウの『フリクション』という技である。

「すごい!ヒリュウくんの勝ちだ!ヒリュウくんは力持ちだね?」テンリは褒めた。ヒュウガは動かなくなったので、テンリはヒリュウが凱歌を奏したと思った。ヒリュウは鼻高々である。

「どんなもんや!テンちゃんの声援があれば、わいは百人力なんや!はっはっは、ヒュウガ言うのも大したことなかったな!さてと、ミヤちゃんの方も助けてやらなあかんな。ミヤちゃん!今すぐに行ったるで!ちょっと待っていて・・・・うっ!」ヒリュウは何とかして攻撃を避けた。ヒリュウの元にはヒュウガが『衝撃のスタッブ』を使って邁進してきたのである。ヒリュウとテンリはびっくりした。ヒリュウによって散々の攻撃を受けていたのにも関わらず、ヒュウガはまだすこぶる元気がいいからである。

 ヒュウガは奥義をかわされたとわかると振り返ってヒリュウに対してガトリング・ガンのような連打の応酬を浴びせた。ヒリュウは必死になってガードをしているが、それは間に合ってはいない。

「おれが大したことがないって?バカを言っちゃいけないな。言ったはずだぞ。ヒリュウ。お前は単なる駒にすぎないんだ。おれはオウギャクさんの下で直にヒリュウを生かすも殺すも自由にできるようになるんだ。いいや。ヒリュウだけじゃない。この王国における市民全ての虫の生殺与奪の権利はおれの手中に入る。だとしたならば、お前は今の内に少しでも謙虚にしていた方が身のためだ。おれの前に跪け!」ヒュウガはそう言うと勢いよくヒリュウを空中に投げ飛ばした。ヒリュウは成す術もなく『うっ!』といってボロボロになって宙を浮いている。ヒュウガは上空に飛んでヒリュウの上から『衝撃のスタッブ』を使った。ヒュウガはこれによって自身の勝利を確信した。テンリは『ヒリュウくん!』と言うとヒュウガにむさぶりついてヒリュウに対する攻撃を阻止しようとしたが、それはあまりにも遅すぎた。というよりも、ヒュウガの速度は速すぎた。

 テンリの助けは結果として間に合わなかった。いつもは陽気なヒリュウもさすがにこの事態には絶望をした。ヒュウガはやがてヒリュウの背中に穴をあける程の力を込めた。しかし、それは阻止された。

 横からは突如としてクワガタが現われてヒュウガのことを弾き飛ばしたのである。ヒリュウは重力によって体裁が悪くも地面に落下していたが、アスカはそんなヒリュウをキャッチしてくれた。

 突如として現れたクワガタの救世主の名はクーである。クーは以前にテンリ達と一緒にファルコン海賊団と戦った同士の一人である。ヒリュウを助けようとして飛んでいたテンリは速度を緩めた。

「ありがとう。ぼくはヒリュウくんが死んじゃうんじゃないのかと思って怖かったよ。来てくれて本当にありがとう。ええと、君は・・・・・・」テンリは地面に着地しながら言い淀んだ。

「ぼくはクーの方だよ。背中の右側に空色のペンキがついているんだけど、テンリくんには見えるかな?ぼくとソーとの見分け方だよ。ソーはこれが左側についているんだ」クーは説明してくれた。

 この戦いにおいて『西の海賊』や『東の海賊』や忍者教室の忍者といった国王軍の陣営についている虫は空色のペンキをつけている。クーとソーはそれを他の虫が見分けられるように右と左で別々の場所につけているのである。オシャレにもなるので、クーとソーはこの戦いが終わってもそれをつけておく予定である。

「テンちゃん。無事だった?」そう言って現れたのはシナノである。テンリはシナノの無事な姿を確認するととても喜んだ。テンリはそしてシナノの活躍について大いに感動をした。

「なるほど。援軍の到着ときたか。タイム・リミットが近づいてきていることには気づいていたが、ヒリュウはもはや虫の息だ。『西の海賊』のクーもおれの勝てない相手じゃない。何にしても『アブスタクル』の破滅は時間の問題だ。色々とあったが、全てはこれにて終了だ!」ヒュウガはクーを襲撃した。

「テンリくん達の『シャイニング』を終わらせはしない。それを阻止するためならば、ぼくはヒュウガを打ち取って見せる!」クーはそう言うとヒュウガに対して必殺技を繰り出した。クー自身が独自に生み出した『チャップ』という技である。それはアッパーをしたかと思えば、横から打撃を加えるというもので微塵切りをモデルにした技を使っている。さすがのヒュウガもそのクーのトリッキーな猛攻に対しては梃子摺っている。ヒリュウはアスカに付き添われて面目なさそうにしてその戦況を見つめている。


 ミヤマはコンゴウによる『追撃のクラック』を自力では避けられなかったので、完全な敗北を決意していたが、ソーはその時にコンゴウの体を持ち上げてミヤマに対する攻撃を回避させてくれていた。ソーは独自の技でコンゴウを圧倒している。ソーの場合は『ジュリエンヌ』というものである。これは千切りの要領で上下に顎を動かして小刻みに鋭いジャブを加えるというものである。今のクーとソーは27歳だが、二人は20歳の時から何度も人間界に行っているので、そのような技を生み出すことができたのである。クーとソーはなんと言葉は通じなくともある一人の人間のマダムと仲がよくなって台所に侵入しても叩き出されることがなくなっている。クーの『チャップ』とソーの『ジュリエンヌ』はそれをヒントにして考え出されたのである。

「ふん。『西の海賊』のソーか。威勢は確かにいいな。しかし、まさかとは思うが、ソーとやらはこのおれに勝てるとは思っていないよな?おれはオウギャクさんからも戦闘法の教えを受けている。おれはそこいらの体の大きいだけのカブトムシとは格が違う。生兵法はケガの元だぞ!」コンゴウはそう言うと角を大きく振るってソーの『ジュリエンヌ』を打ち破ってソーの至近距離から『進撃のブロー』を放った。

 しかし、ソーはそれを先読みしてなんとコンゴウの角の角度を変えて奥義が自分に当たらないようにして見せた。これは口で言うのは簡単だが、かなりの高等技術を要する芸当である。

「革命軍のコンゴウは確かに有名だし、その強さはよく知られている。だけど、今はそんな評判に踊らされている場合じゃない。おれとクーとアスカはこの戦いのために血の滲むような特訓をしてここにいるんだ!」ソーはそう言うとコンゴウのことを顎で突き飛ばした。コンゴウはひっくり返って吹き飛んでしまった。コウゴウは苦虫を噛み潰したような気分である。ミヤマはそれを見ると非常に感心をした。

「おお!強い!おれはソーさんが来てくれて本当に助かったよ。おれは体力が回復すれば、また参戦をするから、それまでは待っていてくれるかい?もちろん。決着をつけられるのであれば、待たなくていいけど」

「わかった。ミヤマくんはそれまで観戦をしていてくれ。大丈夫だ。おれは決して負けないよ。そうそう。お礼はおれじゃなくて後でシナノくんに言ってあげるといいよ。『秘密の地』に不案内なおれ達がここまで一度も道に迷うことなくやって来られたのは彼女のおかげだ。シナノくんは頭がいいんだな」

「そうだったのか。さすがはナノちゃんだ」ミヤマは言った。コンゴウは不意にソーに向かって『追撃のクラック』を使った。ソーは爆発が起こる前に宙に飛んだが、そこには『進撃のブロー』が飛んできた。ソーは逃げずにそれを受け流した。『進撃のブロー』は鎌風といっても、しょせんは風なので、斬撃ではない所の核に身を置いてそれに体を任せれば、ダメージは追わずにすむのである。そんな対処法は初めて見たので、ミヤマは思わず目を見張ってしまった。ソーは『進撃のブロー』についての完璧な対応が取れるように必死に努力をしたのである。コンゴウはすると空中にいたソーの目の前にやってきたが、ソーは慌てずに騒がずに再び『ジュリエンヌ』という技で攻勢に出た。一方のコンゴウは奥義を見切られても動揺は見られない。


テンリはヒリュウを介護しながらアスカから話を聞いていた。アスカはショシュンから『シャイニング』の護衛を任されたのだが、革命軍の邪魔とクーとソーの捜索ともう一つの用事によってここまでにやって来るのに予想以上に時間がかかってしまっていたのである。アスカはそのことについて謝ったが、アスカ達が来てくれただけでもうれしかったので、テンリはもちろん文句を言わなかった。

 アスカとクーとソーの三匹はゴールデンの銅像がある場所に向けて不確かな記憶に基づいて飛行をしているとシナノが救助を求めていた。だから、アスカとクーとソーはシナノに従ってここまでやって来れたのである。テンリはヒリュウがやって来てくれた経緯についての話をした。シナノとヒリュウは初対面だが、アスカはヒリュウのことを知っていたので、テンリは少し驚いた。

ヒリュウはどのようにしてやってきたのか、アスカはテンリの話を聞くとその謎を解いてくれた。ヒリュウは革命軍による決起の知らせを受けると『サークル・ワープ』という機械によって念力によるテレポーテーションのようにして瞬間移動をしていたのである。このアイテムはセンダイも使っていた。

センダイは『芸術の地』から『玩具の地』にワープをしていてテンリ達を驚かせていたのである。テンリは言われてみると以前にヒリュウが『サークル・ワープ』について話していたのを思い出すことができた。

ヒリュウはそもそもアマギとミヤマがヒリュウと初めて会った時にウルスとロングという不所存な男達にケンカを売られていたが、あれはヒリュウも言っていた通りに『サークル・ワープ』欲しさに起こした暴挙だったのである。ウルスとロングはそれによって苦労をせずにアルコイリスに行こうとしていたのである。テンリ達の話はやがて一段落した。テンリは開口一番に気になっていたことを口にした。

「それはもしかして『魔法の杖』?違うかなあ?」テンリは聞いた。テンリはアスカの持っているものを指して言ったのである。アスカは正確には二本の杖をベルトでぶら下げている。

「いや。その通りだ。テンリくんは物知りだな」アスカは受け答えをした。ヒリュウは反応をした。

「そらそうや。テンちゃんは元々『魔法の杖』を持っていたことがあるんや。テンちゃんはそれをつこうてわいのケガを直してくれたんや。テンちゃんはほんまにええ子やなあ」ヒリュウは感傷に浸っている。

「そうだったのか。テンリくん達は私と会う前から色々と冒険をしていたんだな。テンリくんが『魔法の杖』について指摘したことに何か意味はあるのか?」アスカは聞いた。テンリは答えた。

「うん。意味はあるよ。アスカさんは二つの『魔法の杖』を持っているから、よければ、ぼくに一つくれないかなあ?ぼくにはやりたいことがあるんだよ。もちろん。無理にとは言わないよ」

「ああ。それは構わない。しかし、テンリくんは『魔法の杖』を何に使うんだ?ミヤマくんとヒリュウくんとテンリくんにも外傷は見当たらない。ん?そう言えば、アマギくんはいないが、それと関係はあるのか?」

「さすがはアスカさんだね。アスカさんは頭がいいね。その通りだよ。今のアマくんは『秘密の地』にいるんだよ。アマくんはそうするとケガをしちゃっているかもしれないでしょう?だから、ぼくは『魔法の杖』を持ってお見舞いに行ってあげたいんだよ」テンリはそよ風に吹かれながら言った。

「テンちゃんの気持ちはよくわかるから、できれば、私も賛成してあげたい。だけど、それは危険すぎる。私は運よく無事に帰ってこられたけど、アマくんはキリシマさんを探している公算が高いでしょう?つまり、それはテンちゃんも戦いの最前線に向かうことになる」シナノは心配そうである。

「心配してくれてありがとう。ナノちゃんはやさしいね。だけど、安心してね。ぼくには一つだけ案があるんだよ」テンリはそう言うと背中のポシェットを外して中をごそごそと探り出した。テンリは皆が見守っている中でパワー・ストーンを取り出した。シナノはそれで全ての事情を理解した。

「そうか。パワー・ストーンで誰かに変装するか、透明になるか、分身を作ってその分身に行ってもらうかのどれかをすればいいのね。私は今までそれを忘れていたなんておバカさんね」シナノは言った。

「そんなことはないよ。ナノちゃんは色んなことを知っていて頭がいいもんね。これはアマくんが取って来てくれたものだけど、ぼくは今ここで使っちゃってもいいかなあ?」テンリは重要なことを聞いた。

「ええ。私はいいと思う。アマくんとミヤくんも反対はしないことは確実だと思う」シナノは断言をした。

「うん。それじゃあ、ぼくは透明になって行ってくるよ。ぼくは分身に任せると少し落ち着かないし、変化しても戦いに巻き込まれるかもしれないからね。アスカさん。ナノちゃんのことを頼んでもいい?」

「ああ。もちろんだ。私がいる限りはコンゴウとヒュウガにはシナノくんのことを指の一本も触れさせはしない。テンリくんは安心をしてくれ。これが『魔法の杖』だ。パワー・ストーンのことはよく知らないが、おそらくは効力を発揮する時に持っていたものも透明になるのかもしれない」アスカは推測を述べた。テンリは礼を言って『魔法の杖』を受け取った。テンリは『魔法の杖』を持ったままパワー・ストーンに触れた。

「石さん。透明にして下さい」テンリ願い事を口にした。テンリの体はするとスケルトンになった。『魔法の杖』はアスカの予想の通りに透明になった。一つだけ訂正をしておくと、透明になる時点で物を持っていなくても、透明の状態で触れたものは自分の体と同じようにして透明にすることができるのである。

 パワー・ストーンはこうしてもはやその辺に落ちている石と同じになってしまった。テンリはポシェットをアスカとシナノに任せて飛び立とうとした。ヒリュウはするとテンリを激励をした。

「テンちゃん。周りにはよく注意しておくことや。何もせんのやから、わいは偉そうなことは言えへんのけれども、流れ弾いうんもありうる。今はなんせ『秘密の地』には『セブン・ハート』の使い手が仰山おるはずやからな。というか、テンちゃんはまだここにおるんやろうか?」ヒリュウは不安を口にした。

「うん。ぼくはまだここにいるよ。ぼくはヒリュウくんのアドバイスを参考にして安全確認をして空を飛ぶことにするよ。それじゃあ、ぼくは行ってくるね。バイバイ」テンリはそう言うと『秘密の地』に向かって飛んで行った。残りのシナノ達はテンリの無事を祈って見えないテンリを見送った。この場ではその時に清風が吹いた。それに触発されてか、ヒリュウはもう一度だけ気合を入れ直すことにした。

「よっしゃ!テンちゃんはがんばっとることやし、わいはやったるで!戦線復帰や!」

「行くのか?無理をする必要は別にないんだぞ。クーは今もヒュウガと互角に戦っているから、心配はいらない」アスカは気遣ってくれた。しかし、ヒリュウの方はもう気力を漲らせている。

「せやな。しかしや。わいは生まれつき丈夫にできとるんや。わいはあの位でへばるような玉じゃあらへんのや。わいはいい加減な所もあるけど、ヒュウガとは決着をつけな、腹の虫が収まらへんのや。そないな訳やから、わいは行ったるでー!」ヒリュウはそう言うとクーの元に惜しまずに助力をしに行った。

 ここに残ったのはシナノとアスカだけである。皆は勢力に満ち溢れたパワフルな活躍をしているのにも関わらず、自分は何もできないなとシナノは無力感を感じた。しかし、シナノはそう思った時にあることを思い出した。シナノはアウリーが話してくれた『精一杯のがんばり』という作品を思い出したのである。

 自分のできることを一生懸命にやれば、その姿はかけがえのない程にうつくしい。それがあの作品に込められたメッセージである。だから、シナノはそれを思い出すと気持ちが楽になった。

 例えどんな経験であっても今すぐには役に立ちそうになくても見たり、聞いたり、体験したりしたことはその虫の財産となって直接的にしても間接的にしても必ず役に立つことはある。

 シナノは事実『精一杯のがんばり』を見聞きした時に感銘は受けたが、シナノ自身はキリシマと戦った訳ではないので、今になって話の本当の意図を理解することができるようになった。

つかぬ話だが、アスカは声望が高い。アスカは女性としての戦闘力もさることながら人望がとにかく厚いのである。アスカ以外の『西の海賊』からの信頼度やテンリ達を人間界へ連れて行ってくれたやさしさやファルコン海賊団に誘拐されたシナノを救い出す時に一瞬の躊躇も見せなかった正義感といったことからもその名望の高さの片鱗を窺うことはできる。アスカは戦況を見つめながらも口を開いた。

「シナノくんはよくがんばったな。そのがんばりはソーやクー達が確実に受け継いでくれる。シナノくんはもう安心して大丈夫だ。テンリくんは気配りのできる子だから、そう簡単に流れ弾に当たるとは思えない。アマギくんは強い。アマギくんは仮にケガをしてしまっていても、テンリくんは『魔法の杖』でアマギくんのケガを治してくれる。気休めてはなくもうすぐ暗いトンネルは終わるだろう。平穏な日常はまた取り戻すことができる」アスカは飛び切りのやさしい口調で言った。アスカはシナノを安心させてくれようとしている。

「ええ。私もそう信じている。私はまだこの甲虫王国ではニュー・フェイスだから、詳しくは知らないのだけど、アマくんのお兄さんを含めた『スリー・マウンテン』と呼ばれる虫さんはどれ位に強いのかしら?」シナノは聞いた。革命軍が強いという噂ばかり耳にしているので、シナノは少しばかり不安なのである。

「強さで言えば、『スリー・マウンテン』はあの有名なオーカーと比肩する程に強い。私には正直に言って『スリー・マウンテン』が革命軍に負ける姿を想像できない程だ。私は特にショシュンと懇意にさせてもらっているが、修行風景を見た限りではそんな感想を抱きたくなる。それよりも、そうだったのか。名前から言って『スリー・マウンテン』のランギくんはアマギくんの実兄だったか。ランギくんの教えを受けているということを前提にすれば、アマギくんの強さにも合点は確かに行くことになる。そう言えば、アマギくんはどうしてこの時期に『秘密の地』になんか入っているんだ?」アスカは素朴な疑問を口にした。

「アマくんは元々お兄さんに会いに行くのが目的だったんだけど、革命軍が蜂起してからはそうじゃなくなったんだと思う。それは私達のためでもあると思う」シナノはそう言うと自分達とキリシマとの因縁について話をした。アスカはそんなことがあったということについて驚いたが、アマギは敵討ちをしようとしているということを聞くともっと驚くことになった。アマギの精神力の強さは知っているつもりだが、それはあまりにも無茶だとアスカは思った。キリシマが『ワースト・シチュエーション』事件において『監獄の地』の看守長であるシラキを倒した技は『スリー・マウンテン』でさえも翻弄させると言われているからである。

しかし、負けると思えば、逃げる。アマギはテンリにお願いされてそのように言った。アスカはシナノからその話を聞くと少しだけ安堵をした。テンリは見事な対案を出したのである。

その時のヒュウガはクーとヒリュウを圧倒して二匹のことを『衝撃のスタッブ』の余波で薙ぎ倒した。クーとソーにもしものことがあれば、次は自分が戦うことになるのだとアスカは気を引き締めた。『男は度胸で女は愛嬌』というが、アスカは男性のようにして度胸がある女性なのである。


 ソーVSコンゴウの戦いは接戦である。コンゴウは『セブン・ハート』を二つも使えるが、ソーはそれでもその一つである『進撃のブロー』を無効化させる術を知っているので、今の所は互角に渡り合っている。ソーは清涼な顔をしているが、対するコンゴウは相当に苛立って来ている。

 革命軍が勝利を収めたとしても、このままでは自分は碌な戦歴を残せいないとコンゴウは思っているからである。『ジュリエンヌ』によって押し気味のソーは痛烈な一撃でコンゴウを弾き飛ばした。

 ソーの元にはその途端に『追撃のクラック』が放たれた。コンゴウはひっくり返っていたのだが、その時に角を地面に触れさせたので、ついでに奥義を発動させていたのである。コンゴウの焦りはここからも見て取れる。しかし、さすがに『進撃のブロー』を選択しないだけの分別は持ち合わせている。不意を突かれたソーは爆風で少しよろけたが、直撃は免れた。ソーは体勢をなんとかして立て直した。

「コンゴウは早く勝負を終わりにしたいみたいだけど、そうはいかないよ。おれはじっくりと戦うのが基本的なスタンスなんだ。慌てる乞食は貰いが少ない。焦って冷静な判断力を失う位ならば、少し位はハラハラしてもじっくりとことに当たる方が余程いい」ソーはコンゴウの焦りを見抜いている。

「ふん。余計なお世話だ。おれは基本的にオウギャクさんの指示にしか従わない」コンゴウはそう言うと地面を蹴ってソーに組みついた。コンゴウは下手に『進撃のブロー』を使っても体力を使うだけで無駄なことだということにとっくに気づいているのである。コンゴウにはそして光明が差していた。

 ソーはじっくりとことに当たる方が余程いいと言ったが、それはコンゴウの脳味噌を刺激した。それはこの戦いの大局を大きく変えるだけの意味を持っていた。

 戦闘が長引いている時に最もよくないことは焦ることである。更に大切なことは集中力を切らさないことである。なぜならば、戦いが長引けば長引く程に自分も相手も体力だけではなくて精神力と思考力は奪われていくからである。とすれば、長期戦は短期決戦よりも相手の隙が見つけやすいことになる。

 だから、自分は相手の隙を見逃さずに隙を見せないようにすることが必勝法の一つとなる。以上はコンゴウがオウギャクから教えてもらった軍略である。コンゴウはそれを思い出すと頭を冷やすことにした。コンゴウはするとソーの技『ジュリエンヌ』の隙を見つけることに成功した。ソーは細かく顎を動かしているが、それは決して均一ではない。5回に一回の割合レートで振り幅には広い時がある。

 コンゴウはその時が狙い目だと確信をした。コンゴウはソーがわずかな隙を見せた時に抜け目なく下から上へと角を振るった。ソーはその結果として勢いよく後方に投げ出されてしまった。

「ソーとやら。おれはあんたのおかげで冷徹な目で戦況を把握できるようになった。これでは恩を仇で返すようだが、あんたはもうお仕舞だ。食らえ!」コンゴウはそう言うと『追撃のクラック』を使った。

 しかし、ソーは苦しい体勢から片手を地面について羽を広げて空に逃げた。コンゴウは無論それを想定していた。コンゴウはすでに物事を長い目で見られるようになっている。

 コンゴウはソーに照準を合わせて『進撃のブロー』を放った。ソーはこれによって戦闘不能になることが必至かと思われた。なぜならば、ソーはコンゴウの動きがあまりにも早すぎて回避する時間がなかったからである。しかし、結果的にはソーが倒れるようなことはなかった。

 回復リカバリーを果たした戦士のミヤマはコンゴウの背中を顎で挟むと二回もくるりとバク転するように回転させてコンゴウを木の幹に大激突させたのである。全く無駄のない攻撃である。

コンゴウは『ぐっ!』と言うと少なからぬダメージを受けた。ミヤマはアクロバティックな『大車輪』を成功させたのである。コンゴウがソーに放とうとしていた鎌風はソーとは見当違いの方角に飛んで行ってしまった。コンゴウは起き上がるとのそのそとこちらに戻って来た。

「くっ!バカな!『アブスタクル』のミヤマはもう戦えないはずじゃなかったのか?ミヤマには一体どこにそんな力が残っていたんだ?」コンゴウには状況を大観しても納得が行っていない様子である。

「おれは確かにスタミナが限界に近づいていたよ。だけど、おれにはテティくんっていう男の子から譲り受けた『魔法の枝』がある。おれはこれのおかげで体力を全快させることができたんだ。コンゴウにはもう負けない。選手のチェンジだ。ソーさんは休んでいてくれて構わないよ」ミヤマは提案をした。

「ああ。ありがとう。ミヤマくんは以前よりも随分と逞しくなったな」ソーは感心をしている。

「逞しいと言ったってドーピングのおかげだろう?おれはその程度でひるむ程に軟弱じゃない。革命の成功後のおれはオウギャクさんの次の世代としていずれはこの国をしょって立つ男だ!」コンゴウはそう言うとミヤマに向かって『進撃のブロー』を放った。ソーではなくて相手がミヤマならば、有効であるということはコンゴウにはわかっている。しかし、ミヤマはあたかも不死身であるかのようにしてタフ・ガイとして羽を広げて鎌風を悠々避けて見せた。鎌風の速度は決して遅くないので、ミヤマはさすがのアマギもたじたじになりそうな俊敏性である。ミヤマは奥義を警戒しながらもコンゴウに近づいて口を開いた。

「第二ラウンドは前回のようにはいかないはずだ。おれはコンゴウを撃破する作戦を一つ編み出している。当たりさえすれば、さすがのコンゴウでも起き上がれなくなる程の大技だ。勝者はおれだ!」

「とっておきならば、おれにもある。余裕をかましていられるのは今の内だ!」コンゴウはそう言うと向って来たミヤマを空中で応戦してミヤマの顎を自分の角で振り払った。ガキン!

 生来せっかちなコンゴウはオウギャクの元で戦いの教えを受けた甲斐があって今は落ち着きを取り戻している。ミヤマからすれば、コンゴウはそれによって益々手強い敵となっている。

 ミヤマとコンゴウはそれでも実力伯仲である。なぜならば、コンゴウはここに来るまでにも戦闘を行っていたし、ミヤマとソーとも一度ずつ戦っているからである。ミヤマは尚且つ『魔法の枝』のおかげで疲れが癒えている。ミヤマにとっては追い風を受けている訳である。ただし、コンゴウが『セブン・ハート』を二つも使えるということは大きな強みである。ミヤマが戦ってソウリュウがこなければ、勝利を手にすることが叶わなかったホーキンスと比べてみても、コンゴウはホーキンスよりも遥かに実力で上回っている。

 ソーはミヤマが戦ってくれている間に寂然として休ませてもらっている。ソーは危ない所をミヤマに助けてもらったとは言ってもすでに戦えない訳ではない。だから、ソーはミヤマが致命的なダメージを受けることがないように目を光らせている。ソーはいつでもスタンバイがOKである。


 ヒュウガはどんな時でも平静を乱さない。だから、ヒュウガは次の行動を計算ずくで取ることができる。それはヒリュウとクーを嘲笑うかのようにして苦しめている。ヒリュウはヒュウガとクーが組みついている時にヒュウガに横から打撃を与えようとした。今はもはや卑怯がどうのこうのと言っていられる状況では決してない。しかし、ヒュウガはそれを見越してクーから離れたので、ヒリュウは空振りをした。

ヒュウガはそこにクーを上から顎で挟んでスライドのようにしてヒリュウの方に投げ飛ばした。ヒリュウとクーはその結果として激突をして同仕打ちをしてしまった。

 ヒリュウはやがてヒュウガのことを中傷することにした。ヒリュウは言葉の攻撃よって勢子のようにしてヒュウガの冷静さを失わせようという作戦である。ヒリュウは起き上がると毒言を吐いた。

「ヒュウガはわいみたいな戦闘のど素人一人倒すのにこんな時間をかけるなんてちょっとレベルが低すぎるんとちゃうか?ヒュウガは革命軍の面汚しにならへんようにそろそろ蹴りをつけた方がよさそうやで!この提案はどや?ちっとは他にも国王軍を討ち取らなあかんのやから、早よせなあかんやろう?」

「勝負を急いで得をすることはない。おれはオウギャクさんの言いつけを忠実に守るだけど。生憎だが、おれには時間の制限は付加されていない!」ヒュウガはそう言うと空中からクーを突き落した。

「そうかいな。そんならば、わいは悪いことを言うてしもうたな。ごめん。謝るよ。しかしや。ヒュウガも本気を出してきているのはようわかっとるけど、わいとクーさんでも十分に互角に渡り合えとるな。ということはや。わいらにも全く勝機がないということでもなさそうやな」ヒリュウは地上において言った。

「本気か。それならば、おれの取って置きの攻撃を見せてやろう」ヒュウガは空中において次の攻撃の構えに入った。ヒリュウはその間に地上においてクーと一緒に短い打ち合わせをしていた。

「よし!ぼくもヒリュウくんの案に賛成だ!共に行こう!」クーはそう言うとヒリュウと共に宙を飛んだ。ヒリュウとクーの二匹は新たなフォーメーションを組んでいる。ヒリュウとクーの二匹は蛇行をしてヒュウガに攻撃の的を絞らせないようにした。単なるその場の思いつきだが、有効なヒリュウの発案である。ヒュウガは入り乱れて突撃するヒリュウとクーに対していよいよ次の一手に出た。

「え?どないしたん?ヒュウガは消えたで!そんなバカなことが・・・・ぐっ!」ヒリュウはそう言うと落下して行った。ヒリュウはヒュウガの攻撃にかすったのである。ただし、ヒリュウの肉眼ではヒュウガの姿は全く見えなかった。ヒリュウは地面に体を横たえてできるだけ小さくなって更なる攻撃に備えた。

 クーは空中において神経を尖らせた。ヒリュウはそしてヒュウガの動きを追った。しかし、クーはヒュウガの攻撃の餌食にった。クーにもヒュウガの姿は全く見えなかった。クーは『ぐわっ!』と言うと地上に落下してしまった。ただし、クーもかろうじて直撃ではなかった。

 ヒュウガはやがて元いた場所に戻って来た。ヒュウガは『衝撃のスタッブ』の進化形である『インビジブル・スラスト』という技を使ったのである。それは文字の通りに目にも止まらぬ速さで空中を駆け抜けてそれを行ったり来たりするという技である。あまりの早さに技の使用者が見えない程である。

「なんでやねん!互角に戦っていた思うとったのにも関わらず、ここに来てこないな大技を出されてしもうたならば、わいはどないすればええのや!ええい!小言を言うとっても始まらへんな!こんちくしょう!わいはもうヒュウガが何をしようがやったるわい!」ヒリュウはそう言うとよろよろしながらもヒュウガを見据えた。ヒリュウは神経を尖らせてヒュウガのことを射抜くようにして睨み続けている。

「ふふふ、やけになれば、勝負は終わりだ。負けを認めるのならば、今の内だぞ!」ヒュウガはそう言うと比較的に近くにいたクーに向かって襲いかかって来た。ヒリュウはまた先程の技をやるのではないだろうかと身構えたが、実際はそうではなかった。クーはヒュウガと単純な白兵戦を展開している。

 ヒリュウは学習をしたので、下手に手出しをすることはできなかった。クーは得意の『チャップ』を使っているが、どちらかと言えば、受けてばかりで押され気味である。しかし、クーにはある一つの考えが思い浮かんでいた。それはしかもこの戦いを終わらせる可能性を秘めたものである。

「よし!ヒュウガは奥の手を使こうたんならば、わいも秘技を見せたるで!うわっ!大丈夫かいな?クーさん!」ヒリュウはクーを気遣った。クーはヒュウガによって投げ飛ばされたのである。

「ああ。ぼくは大丈夫だよ。ヒリュウくんはちょっとだけこっちに来てくれるかな?」クーはそう言うと上空に飛んだ。ヒリュウは言われた通りに興味深げにしてその後に続いた。

「おいおい。まさか、戦闘中にミーティングか?それをおれが許すと思うなよ!」ヒュウガはそう言うと羽を広げてクーのことを顎で叩いた。しかし、クーはなんとかして持ち堪えて空中で『チャップ』を使った。ヒュウガは猪突猛進することなくうまい駆け引きによって対応をしている。

「ほんまかいな。クーさんはえらいことを考えるな」ヒリュウは弱り果てている。ヒリュウは先程の短いミーティングで聞いたことについて言っている。しかし、ヒリュウはその間にも指を銜えていただけではなくてヒュウガに立ち向かうことにしていた。ヒリュウは隙を見つけると下からヒュウガを挟んですぐに地面に投げ捨てた。ヒュウガは地面で起き上がると殺気を見せた。

「これでは切りがないな。長引くのは構わないが、ここで体力を使い果たすことはできない。おれはヒリュウ達との戦いが終わってもまだ戦わなくてはならないんだ。次で決めさせてもらう!」ヒュウガはそう言うと『インビジブル・スラスト』の構えに入った。ヒリュウとクーは依然として空を飛んでいる。ヒリュウはいよいよかと思った。クーは先程の短い会合で『ヒュウガにさっきの大技をもう一度やらせよう』と言っていたのである。それではヒリュウが驚くのも無理はない。しかし、クーにとっては願ってもない状況である。ヒュウガは地面から消えた。ヒュウガの『インビジブル・スラスト』すでには始まっている。

「ヒリュウくん!蛇行だ!奥の手の準備を頼む!」クーは叫んだ。ヒリュウは空中でそれに従った。クーがヒュウガに『インビジブル・スラスト』をやらせた理由は二つある。

 第一にさっきがそうであったようにしてヒリュウとクーがくねくねと飛行していれば、ヒュウガは的を絞りづらいはずだからである。ヒュウガは現に自身のスピードを完全には制御できてはいない。

 第二にさすがのヒュウガでも『インビジブル・スラスト』を使うと体力を消耗する。ヒュウガは現にその技を使ってからは一度も単体の『衝撃のスタッブ』を使わなかったので、それだけでも十分な証拠にはなる。

そこから導き出される答えは次に『インビジブル・スラスト』を使用した時には確実に以前よりもスピードが落ちているということである。クーは曲がりくねって飛んでいるとヒュウガの気配を捕らえた。クーは目に見えないヒュウガに対して顎で打撃を加えることに成功したのである。ヒュウガはそれによって完全に正体を現した。つまり、ヒュウガは誰の目にも見えるようになったということである。

「こしゃくなことをしやがって!これ位でいい気になるなよ!」ヒュウガはそう言うとクーを地面に撃墜させた。技を破られても平常心のまま冷静な対応ができるヒュウガはさすがである。

「くっ!ヒリュウくん!今だ!」クーは多事多難だった戦闘を終えるために大声で叫んだ。

「任せてくれや!わいの持てる全ての技術を使った最高峰の技や!食らえ!」ヒリュウは戦闘の態勢に入った。ヒリュウは自分を信頼してくれるクーのためにも次の攻撃で全ての力を出し切るつもりである。

「ヒリュウごときの虫に何ができる?」空中のヒュウガはそう言うとヒリュウに向かって突撃をした。ヒリュウはヒュウガの問いに対して行動で答えた。ヒリュウはヒュウガに激突すると見せかけて寸前でヒュウガの横に移動をした。ヒュウガの打撃はそれによって空振りになった。ヒリュウは上方に頭を振ると顎を閉じて一点集中でヒュウガの体に強烈な打撃を加えた。その激しさは『衝撃のスタッブ』に準ずるものだった。

「わいの全力はどや!」ヒリュウはそう言うと力を入れすぎて自分まで下降してしまった。ヒュウガはそれによって地面に不時着陸した。クーは地上において身構えたが、その必要はなかった。ヒュウガはヒリュウの新技である『スパイラル・シューティング』によって意識を完全に失っていた。

 クーはそれに気づくとヒリュウの勇気を賛辞した。ヒリュウはそれを受けて少し照れた。世に名高き強さを持つヒュウガとの一戦はヒリュウ&クーの快勝で幕を閉じた。


 ミヤマVSコンゴウの戦いは佳境に入っている。今では『魔法の枝』で体力を回復したミヤマもすっかりと疲弊している。コンゴウの底力はそれ程にすさまじいものなのである。

 しかし、ミヤマは何度も倒されてもその度に起き上がって果断にコンゴウに戦いを挑んでいる。ミヤマは『アブスタクル』として命を狙われているから渋々と戦っているのではなくて今では自分もこの国の危険分子であるコンゴウを撃退しようと猛々しくも決心をしている。キリシマに立ち向っているであろうアマギ・話を聞いていた訳ではなくとも見た所によるとそんなアマギを救出しようとしているテンリ・危険を顧みずに助けを呼びに行ってくれたシナノといった仲間達の勇気あるがんばりが『男ミヤマ』を奮い立たせている。

「この戦いに勝てば、恐怖で震えている何匹もの虫さんを救うことができる。だから、おれはコンゴウを倒す!」ミヤマはそう言うと空中のコンゴウに向かって行った。

「笑わせてくれる!それは『アブスタクル』のミヤマ程度には身に余る挙動だ!何度でも向かってきても何度でも叩き潰してやる!100回やっても結果は同じだ!」コンゴウはそう言うと言葉の通りに角でミヤマを上方に弾いた。コンゴウはそして『ゴッド・オブ・ウィンド』を使った。キリシマも使っていた『ダブル・ハート』である。コンゴウが言っていた奥の手とはこのことだったのである。

 ミヤマには瞬時に地面からよく切れる巨大な旋風が襲った。ミヤマはさすがに避けきれずにそれを体にかすらせた。痛手を負ったが、ミヤマは決して勝負を諦めるようなことをしなかった。

コンゴウは『進撃のブロー』でミヤマを打ち沈めようとしたが、その攻撃はソーが飛びついてきてコンゴウの角の角度を変えてくれたので、ミヤマには当たらなかった。ミヤマはソーの加勢をありがたく思った。それがなければ、ミヤマはやられていたからである。ミヤマはど根性を見せた。

「この技で戦いは終わりだ!食らえ!」ミヤマはそう言うとコンゴウを上から挟み込んでそのままくるくると回転を始めた。コンゴウは逃れようとしてじたばたしたが、ミヤマは決して顎の力を緩めなかった。ミヤマはそのままの状態で回転の勢いも利用してコンゴウを木の幹に大激突させた。

 これは完全な一本である。いかに強靭な体を持つコンゴウもこれによって失神をしてしまった。ミヤマの新技である『回転木馬』は体力の消耗も激しいが、威力は十分なのである。ミヤマはそのために地面に着地するとしおしおとなってしまった。ソーはミヤマの元に駆けつけた。

「ミヤマくん!大丈夫か?すごい!ミヤマくんはあの有名なコンゴウに勝ったんだ!おれはこれ程の栄誉を手にすることができたなんてびっくりしたよ!ミヤマくんはゆっくりと休んでいるといいよ」ソーの口調は温柔である。だから、ミヤマは心から感激をしてしまった。

「ああ。ありがとう。だけど、おれ一人の手柄ではないよ。ソーさんあってのこの結果だよ。おれは最後にこんなに華々しい偉業を達成することができてうれしいよ。これで今生に思い残すことはない。皆にはよろしく頼むよ。それじゃあ、さようなら」ミヤマはそう言うと精気を失くしてしまった。

「なんだって?おい!ミヤマくん!死んじゃダメだ!はっ!この顔はよく見ると冥土への道を歩き出している顔だ!いやいや!例え三途の川が見えてきても渡っちゃダメだよ!起きるんだ!ミヤマくん!」

「なーんちゃって!私はアルコイリスに到着するまでは死にはせんよ。いや。ごめんよ。ソーさん。おれの演技はすばらし過ぎたみたいだな」ミヤマは弁解の余地もない程に恐縮をした。

ミヤマは完全にふざけているだけだったのだが、ソーは本当に悲しそうにしていたからである。ソーは根がまじめなのである。ミヤマはソーのほっとした顔を見ながらまじめな話をすることにした。

「そう言えば、ソーさんはさっき『ミヤマくんは休んでいていい』って言っていたけど、ソーさんには用事でもあるのかい?もしも、そうならば、おれも手伝うよ。まあ、こんな状態じゃ役に立つかわからないけど」

「ありがとう。だけど、おれは一人でも大丈夫だよ。おれは目を覚まさない内にコンゴウを『監獄の地』に連行しようと思っているんだ。まあ『秘密の地』には『サークル・ワープ』があるから、大した道程ではないけどね。戦いはどうやらあっちも終わっているみたいだ」ソーはヒリュウとクーを指さして言った。顔を向けると確かにヒリュウとクーは落ち着きを取り戻しているので、ミヤマは安心をした。

アマギとテンリの無事はまだ確認されていないので、二人も無事でいてほしいという追願を忘れている訳ではないが、とりあえず、自分にできることはやったので、ミヤマは少しだけ気が楽になった。


 アマギは国王軍の『マイルド・ソルジャー』に持ち上げられて城に移動中である。国王軍の彼の名はミラノである。ミラノは体長55ミリのパラレルスネブトクワガタである。

 アマギの意識はまだ戻っていない。ミラノは『これ以上は戦いに巻き込まれないように』とのお偉方の命令でアマギのことを戦場から連れ出してくれている最中なのである。

 他力本願ではなくてアマギがキリシマを打ち取ろうとしたことは道理の上では間違っていなかったかもしれない。なぜならば、アマギは多謀善断をしたと自分でも考えているからである。

 誤算だったのはキリシマの強さである。キリシマは戦闘において『スリー・マウンテン』と肩を並べることができる程の最強クラスの虫なのである。後は誰がキリシマの勇往邁進を止めるのかという問題が残っている。アマギのことを運搬しているミラノの心配事は専らそのことに集中している。

 ミラノの本命はランギで対抗馬はジュンヨンである。もっとも、ジュンヨンは致命傷を受けたという情報はミラノにも入っているので、ジュンヨンには無理をしてほしくないとミラノは思っている。

だから、ジュンヨンに関してはできればの話である。ゴールデンとジュンヨンが話していたが、ミラノはその国王軍にいるもう一人の主力については全く話を聞かされていない。ミラノが物思いに沈んで飛行をしていると突然とんでもないハプニングが発生した。飛行中のミラノに『進撃のブロー』の流れ弾が当たってしまったのである。ミラノは『うっ!』と言うと地面に落下してしまった。アマギのことを守ろうとして自分がクッションになったので、ミラノはしたたかに地面に体を打ちつけてしまった。

「すまない。アマギくん。ぼくとしたことが、大変な不始末をしてしまった。情けないけど、ぼくは体が動かない。どうしよう?」ミラノは独り言を呟いたつもりだっだ。しかし、あろうことか、答えは返ってきた。

「ああ。そのことならば、おれは別にいいよ。おれはもう自分で動けるから」アマギはさらりと答えた。ミラノはアマギが意識を取り戻しているということについて喫驚をした。アマギVSキリシマの一戦は目撃者の証言によるとすさまじいものだと聞いていたので、ミラノの驚きはより一層に大きなものだった。アマギは落下した衝撃で目を覚ましたのである。とりあえず、ミラノはアマギに対して話しかけた。

「はじめまして」ミラノは言った。「ぼくは国王軍のミラノだよ。申し訳ないんだけど、アマギくんは一人でお城に向かってくれるかな?ああ。もちろん。ぼくのことは気にしないでいいよ。自業自得だものね」

「お城に向かう?なんで?おれはキリシマと戦わないといけないんだ。寄り道している暇はないんだよ。それとも、キリシマはおれが寝ている間にもう誰かに打ち取られたのかな?」アマギは聞いた。

「まさか、アマギくんはまだやる気なのかい?そりゃあ、キリシマが倒されたという情報は入っていないけど・・・・」ミラノは絶句した。ミラノは言ってはならないことを言ってしまったと悔やんでいる。しかし、後悔は先に立たずである。アマギはそれを聞くと目の色を変えてしまった。

「よし!それじゃあ、おれは行ってくる!だけど、ミラノさんは話の流れからしておれのことを安全な所に避難させてくれようとしていたんだよな?それならば、今度はおれがミラノさんを助けるよ。よっ!」アマギはそう言うとミラノのことを持ち上げた。ここの周りでは6匹の虫達が入り乱れて戦闘をしている。アマギの飛行中は申し訳なく思ってミラノはしきりに詫び言を述べた。アマギとミラノはやがて『黄の広場』を抜けて戦場から離れた所にまでやって来た。アマギはするとミラノを地面に下ろした。

「アマギくん。最後に言わせてくれるかい?」ミラノは問いかけた。アマギは身を固くした。

「まさか、遺言じゃないだろうな。悪いけど、それだけは嫌だぞ。おれはミラノさんに生きていてほしいからな」アマギは澄んだ瞳で言った。ミラノはそれに対して応えた。

「それはうれしいよ。だけど、今はそんなことを言っている場合じゃない。どうか、無理はしないでほしい。アマギくんはキリシマと無理に戦う必要はないんだよ。ましてやヒーローになる必要もない」

「ああ。それはわかっているよ。さっきは確かに失敗したけど、負けそうになったれば、逃げるって相棒のテンちゃんとも約束をしているんだ。だから、無理はきっとしないと思う」

「わかったよ。アマギくんの熱意は揺るぎないみたいだね。それじゃあ、ぼくは一つだけアマギくんに極意を伝授させてくれないかな?アマギくんの身体能力はずば抜けているそうだから、おそらくは使いこなせるかもしれない」ミラノはそう言うと今のアマギにはそれができないということを確認して簡単なレクチャーを行った。アマギはやがてそれを皆伝するとミラノにお礼を言った。アマギはそしてミラノを城まで連れて行ってあげられないことを謝った。城まではまだ距離があったので、ミラノにはこの場所で我慢してもらわなければならなかったからである。もっとも、それに関してはミラノの方も謝った。

 アマギはミラノにお別れを言うとキリシマの元へと飛び立って行った。今のアマギには疲れというものが全く見られない。アマギはそもそも『セブン・ハート』の一発を受けた位でやっつけられてしまうような柄ではない。アマギはキリシマの探求をノミ取り眼で行うことにした。


 シナノとアスカとヒリュウとクーの4匹はミヤマとソーの所へと合流をした。クーはヒュウガを抱えて来ている。皆は互いの戦勝について称揚し合った。シナノは戦闘員となっていた男達に対して最上級の賞詞を送った。その際のミヤマとヒリュウは実にふてぶてしい振る舞いをした。クーとソーはそれが終るとコンゴウとヒュウガの身柄を結局『監獄の地』に移すことになった。安全はまだ完全に保障された訳ではないので、アスカはこの場に残ることにした。ソーが提案したその案にはこの場の全員が賛成をした。

とりあえず、最悪の危機的な状況はこれによって打破できたのかと思うとシナノは肩の荷が降りてほっとした。ヒリュウは去り行くクーとソーに対してお別れの言葉を述べることにした。

「一旦はこれで二人とはお別れやけど、わいは一生この恩は忘れへんで!ナノちゃんが助けを呼びに行っとるいう話を聞いた時はわいの立つ瀬がなくなってしまう思うとったけど、それは独りよがりやった。わいはクーさんとソーさんが来てくれて感無量や。幸いかどうかはわからへんけど『西の海賊』の本拠地はわいの住まいと近いねん。わいは今度また遊びに行っても構わへんやうろか?無論。迷惑ならば、行かへんけど」

「おれ達は全く迷惑じゃないよ。もちろん。大歓迎だ」ソーは喜んで契約を締結した。

「うん。ぼくとヒリュウくんは一緒に戦った戦友のよきパートナーだ。また会おう。その時はクッちゃんっていう強烈な仲間と絵に描いたような篤実なサイジョウっていう仲間を紹介する。もちろん。ミヤマくんとシナノくんのことも歓迎するから、アルコイリスの帰り道にでもまた寄ってくれるとうれしいよ。それじゃあ、ぼく達はそろそろ行くとしよう。さようなら」クーはそう言うとヒュウガを抱えて飛び立った。ソーはコンゴウを抱えるとその後に続いて羽を広げた。ミヤマとシナノは無言である。

「私も同行できなくてすまない。二人は気をつけて行ってくるんだぞ」アスカは言った。クーとソーは一度だけ振り向いて片手を上げた。その際のミヤマとシナノは手を振ってあげた。

 その後のミヤマとヒリュウは矯めつ眇めつ体をチェックし合った。生傷は普通にしていると見られなかったが、ミヤマは羽を広げると内側の羽に穴が開いていることが判明した。ミヤマは飛行する時に違和感を覚えていた。その傷はまだヒリュウが来る前にコンゴウによってつけられたものである。

しかし、アスカは『魔法の杖』を持っていたので、ミヤマはそれで傷を完全に治癒させてもらうことができた。ヒリュウの方には特にケガは見られなかった。『秘密の地』から聞こえてくる鯨波は随分と鎮まってきている。『西の海賊』において副船長の肩書きを持つアスカは選択に迫られていた。この場に留まっているとコンゴウとヒュウガの帰りが遅いことを不審に思って他の革命軍の隊員がやって来る可能性はある。しかし、アスカ達はこの場を離れてしまうと今度はテンリが迷子になってしまう。アスカはやがてその相克に関する解決法を生み出した。アスカはシナノとミヤマとヒリュウの三匹に対して口を開いた。

「皆は私の話を聞いてくれ!私達はこれからお城に向かおうと思う。ここにいれば、私達は再び刺客に命を狙われることになりかねない。この場はどう考えても離れた方がいい」アスカは提案をした。ミヤマとヒリュウはなんとなくそれに同意をしようとしている。シナノはすると聞いた。

「アスカさんのことは信頼しているけど、テンちゃんとアマくんのことはどうするつもりなのかしら?二人は私達と同じようにしてお城に連れて行ってもらえる可能性があるっていうことかしら?」

「その通りだ。国王軍は君達『シャイニング』のことを大事に思っている。無下な対応を取ることはあり得ないし、もしも、アマギくんが負傷していたとしたならば、尚更のことだ。アマギくんのことを放っておくとは思えない。つまり、テンリくんとアマギくんもほぼ間違いなくお城に招待されることになるはずだ」アスカは提唱をした。大雑把なヒリュウはすでに納得をしている。

「あの、おれは別に反論したい訳じゃないんだけど、革命軍が国王軍に勝つようなことがあったならば、どうするんだい?その場合のおれ達はお城の占拠を目指す革命軍とそれを守ろうとする国王軍との抗争に巻き込まれるんじゃないのかい?」ミヤマは聞いた。しかし、アスカは狼狽しなかった。

「それは心配ない。国王軍は勝つ!よしんば、国王軍は押され気味になって革命軍がお城に侵入しようとしても城壁はそれを阻止する。城の中と外にはそもそも警備兵がいる。それでも、心配ならば、ヒリュウくんの持っているものか、城内にある『サークル・ワープ』のどちらかでどこか遠くに避難すればいい」

「そら魅力的な意見やな。ここにもわいの『サークル・ワープ』があるんやから、これで城の近くまで行けばええ。そうすれば、大して危険もあらへん。それにしても一生の内でお城に入る機会があるとは思わへんかったな。ナノちゃんとミヤちゃんもそれでええんかいな?」ヒリュウは聞いた。シナノとミヤマの二匹はすると首肯した。ミヤマとシナノの二匹はようやく完全に納得をしたのである。

 ミヤマ達の4匹はこうして城の前にワープをした。シナノはテンリが残していったポシェットを背負うことを忘れなかった。合戦の最中というこの状況はただ事ではないが、ミヤマは城に入場するということで柄にもなく緊張してしまっている。ミヤマは疲労のせいでよたよたとしている。

シナノはミヤマとは別の意味で緊張をしている。完全な安全はまだ保障された訳ではないので、シナノは気を緩めることができないのである。シナノはまさかの敵襲にも気を配っている。

 ヒリュウはうはうはである。ヒリュウには全く緊張感がない。ヒリュウは革命軍のことなんてそっちのけで城の外観を見学している。ヒリュウはそして仕切りに感嘆の声を上げている。一行の先頭にいるアスカは城に入りたいという理由と事情を伝えた。門の前にいた警備兵は案の如く快く中に引き入れてくれた。

アスカの威厳も手伝っているが、なによりも『シャイニング』の二人に対する畏敬の念がそうさせているのである。ヒリュウはそのおこぼれを預かった形である。ミヤマ達の一行はやがて城の一階にある『草花の間』に落ち着いた。ここの窓はステンド・グラスになっていて金色を基調にしている室内は眩いばかりである。

「ほほう。これは神聖な場所やなあ」ヒリュウは相も変わらずに嘆息の声を漏らしている。

そこでは様々な戦況報告を知ることができた。ゴールデン国王はオウギャクに倒されて意識を失っているが、すでにゴールデン自身の寝室である『桜花の間』で横になっているということや現在は同じようにしてジュンヨンの救出も行われているということ等をミヤマ達の一行は知ることができた。

国王軍はかなり苦戦しているという実情に関してシナノはとても驚いた。しかし、皆が一番に知りたかったアマギについての話は穏やかではなかった。アマギはキリシマに倒されて未だに意識が戻らないということがわかったのである。ただし、アマギにも救護の手は差し伸べられているので、現在はこの城に搬送中であるということもわかった。 テンリはそれだと行き違いになってしまうが、アマギを見つけられなければ、テンリも諦めるだろうし、透明でなくなれば、国王軍はアスカの願い出によってテンリを見つけ次第に城に急行させるように手配がなされることになった。ミラノを襲ったアクシデントとアマギの戦線復帰についてはまだ城には情報が入っていないのである。それは人手が足りていないからである。

 アマギについての最新情報を除いたそれだけのニュースを聞くと少しだが、シナノもようやく安心することができた。アマギのケガについては心配だが、アマギの丈夫さはアスカもよく知っているからである。それについてはミヤマも太鼓判を押してくれた。根拠はないが、ヒリュウはそれに同意をした。

 後の心配事は国王軍が革命軍に勝つかどうかである。大雑把なヒリュウは絶対に勝つだろうと保証をしている。対するアスカは冷静な目で事態を捕らえた上で厳しい戦いになったとしても国王軍は勝利するだろうと予測をした。現在の敵側の主力はオウギャクとキリシマである。対する国王軍の主力はランギとショシュンである。しかし、それはあくまでも表向きであって国王軍にはもう一人の主力が存在する。ミヤマ達の三匹はアスカからその男についての驚くべき話を聞くことになった。


 キリシマは少し戸惑っていた。オウギャクがショシュンとぶつかったという情報は入っていたのだが、ランギの行方は冥々としてわからないのである。それもそのはずである。

 ランギは内偵にやって来る革命軍を全て戦闘不能にしているからである。キリシマはそういう点で一種の不気味さを感じている。キリシマはかといってびくびくしている訳ではない。

 キリシマは手腕アビリティーもメンタルも上級レベルなのである。ランギの行方がわからない以上はここで燻ぶっていても仕方がないので、キリシマはオウギャクの元に力添えをしに行くかなと考えた。

 今のキリシマはそうしながらも国王軍のタウルスヒラタクワガタを『突撃のウェーブ』で打ちのめした所である。キリシマが倒した国王軍の数はそれによって17匹になった。その数はアマギも入れると18匹にもなる。どんな激しい戦闘を繰り返しても次々と敵を薙ぎ倒すキリシマのその姿はまるで怪物である。

 キリシマはそしてオウギャクの所に行くためにひっくり返っている国王軍のゴライアスオオツノハナムグリに『進撃のブロー』を放って止めを刺そうとした。キリシマが倒した国王軍の数はこれによって18匹になるかと思われた。しかし、そうはならなかった。横からは別の『進撃のブロー』が飛んで来てキリシマの攻撃を阻止したのである。キリシマは意外に思って目線を上げると思わず瞠目をしてしまった。

「よし!間に合った!負傷者はできるだけ少ない方がいいもんな。それにしても、随分な数の国王軍がやられているな。これはキリシマが皆やったのか?」突如として現れたアマギは聞いた。

アマギはそうしながらも地面に着地をした。アマギがこんなにも早くキリシマの元に到着したのは単なる偶然である。ただし、ミラノから『黄の広場』への行き方は聞いていたので、さすがのアマギでもそこはとくと考えていた。キリシマは先程のアマギの問いに対して答えた。

「まあな。おれの実力はざっとこんなものだ。アマギはこれを見てもまだわからないのか?『アブスタクル』のアマギごときではおれには勝てないんだ。ただし、おれの奥義を受けて立ち上がってあまさえも尚も立ち向かってくる精神力は大したものだ。アマギは確か『セブン・ハート』を一回のみ受けただけでは倒れないんだったな?だとすれば、おれには手抜かりがあった訳だ。それならば、相手をしてやろう。アマギはそのためにここに来たんだろう?アマギはそれとも革命軍に入隊する気にでもなったか?」

「まさか、そんなはずないだろう。おれの人道は揺るぎない。おれはキリシマと再戦をしてキリシマを倒しに来たんだ!」アマギはキリシマを見据えて言った。今のアマギは敵愾心で満ち溢れている。

「やはりそうか。だとしたならば、勝負は速攻で終わりにしてやる。おれにはやるべきことがあるんだ!」キリシマはそう言うと『突撃のウェーブ』でアマギに向かって突っ込んだ。

 アマギはキリシマに対して『進撃のブロー』を放った。キリシマは高度を上げてそれを避けると奥義を続行したままアマギと擦れ違おうとした。しかし、アマギは先程いた場所にもういなかった。

 アマギはキリシマの真横に移動していた。アマギはそしてがら空きのまま無防備になっているキリシマの横腹に向かってここぞとばかりに『進撃のブロー』を放った。キリシマはそれに対して『突撃のウェーブ』を止めて『急撃のスペクトル』を使った。アマギの鎌風はキリシマの残像にしか当たらなかった。

キリシマはすぐに『衝撃のスタッブ』を使って右斜め上からアマギのことを襲った。これはアマギの背中に穴をあけた因縁の技である。しかし、アマギはびくついたりするようなことをしなかった。アマギは柔の心得でそれをかわすとキリシマのことを角で叩いてキリシマを地面に叩き落した。

アマギは更にキリシマの背中に向かって『進撃のブロー』で追い打ちをかけようとしたが、それはできなかった。キリシマの方が一瞬だけ早く『ゴッド・オブ・ウィンド』を使ったのである。

キリシマが放った鎌風は地面で反射してアマギの所にやって来た。アマギはそれを避けきれないと悟ると『進撃のブロー』でそれを相殺した。落下していたはずのキリシマはなんとアマギの目の前にやって来ていた。キリシマははそして『ダイレクト・フレイム』を使った。キリシマは地面での摩擦なしで角から炎を出したのである。アマギはそれによって二つ目の『セブン・ハート』を受けたかに見えた。

「今度こそ終わりか。復活した割には他愛も・・・・うっ!」キリシマは『進撃のブロー』を体にかすらせてしまった。その鎌風はキリシマの後方からやって来た。キリシマは振り向いた。

「まさか、今のアマギが使ったのは『急撃のスペクトル』か?アマギが使える『セブン・ハート』は二つだけだったはずだ。この短期間に成長したという訳か?」キリシマの言葉は言い得て妙である。

「ああ。キリシマはよく観察をしているな。だけど、おれは三つ目も使えるようになったんだ。おれはこれでもっと強くなれた。おりゃあ!」アマギはそう言うとキリシマを地面に叩き落とした。アマギはそして一時の猶予も与えないようにしてキリシマの後を追った。アマギは鉄心を持って勝負に挑んでいる。

 ミラノから助言されたのは『急撃のスペクトル』の使い方だったのである。コツはスピードを上げるだけではなくて無重力状態になったかのようにして体を軽快に動かすことである。ただし、今のアマギには一つの残像しか見せることはできない。つまり、本体を入れても二匹にしか増えることはできない。

 アマギは地面に着地すると転がっているキリシマに対して『迎撃のブレイズ』を使おうとした。アマギの行動はまさしく疾風迅雷である。しかし、キリシマはその上を行った。

 キリシマは超高速で角を振った。火の玉はアマギのことを襲った。それを体にかすらせたが、こういうこともあろうかと用心していたので、アマギは危険を察知してキリシマから離れた。

 キリシマはやがて地面に向かってもテニスのストロークのようにして力強い火の玉を飛ばした。アマギは不審に思った刹那だった。そこからは勢いよく火柱が上がった。その火柱はそれ程に太くないが、アマギをびっくりさせるには十分だった。アマギは『うわっ!』と言うと緊急回避をした。

キリシマのこの技は『迎撃のブレイズ』の応用で『バーニング・ショット』というものである。この技の難易度は最高レベルにまで達するので、キリシマは才能だけではなくて厳しい修練の末にこの技を体得することができたのである。キリシマがそんな技を出したということはアマギがキリシマを本気にさせたという意味でもある。その判断力は天下無双のオウギャクと同格であると言わしめる由縁である。

「キリシマと戦うと初めて見る戦闘法ばっかりだ。明らかに今まで戦ってきた虫達とレベルが違う。だけど、おれは絶対に負けない!」アマギは地上において気勢を見せつけた。

「負けないとは根拠のない話だ。アマギにとってこのステージは早すぎる。オウギャクも『スリー・マウンテン』も『セブン・ハート』を進化させて『ダブル・ハート』を完全に習得している。おれ達のレベルはそれを当たり前のことにして戦いに挑んでいるんだ。それに対して『ダブル・ハート』どころか『セブン・ハート』すらも満足に使えないアマギごときが首を突っ込むということは出しゃばりというものだ。身の程を知れ!」キリシマはそう言うと再び『バーニング・ショット』を使った。しかし、アマギは『急撃のスペクトル』でその全てをかわしてキリシマの目の前にやって来た。

「おれは誰になんと言われようが、自分の力を信じているんだ!やれるだけのことを全てやるまでおれは絶対に諦めない!うおー!」アマギはそう言うと単体の『迎撃のブレイズ』を使った。

 キリシマはアマギのあまりの敏捷性に追いつかずに少しだけ引火した。しかし、キリシマは体を振ってアマギから距離を取った。そんなキリシマの内心は全く以って動じてはいない。

「だとしたならば、全力を出してみることだ。全ては無駄なことだということをわからせてやる!」キリシマはそう言うと『バーニング・ショット』の火柱と『ゴッド・オブ・ウィンド』による下からの斬撃でアマギを寄せつけないようにした。アマギは『急撃のスペクトル』で全ての技を擦れ擦れで避けている。

 それどころか、アマギはその合間合間にキリシマに向かって『進撃のブロー』を放っている。しかし、キリシマの方もアマギの攻撃を避け続けている。アマギはそしてついにキリシマの懐に飛び込んだ。アマギは間髪を入れずにキリシマの至近距離から『進撃のブロー』を放つ構えに入った。

「勝負はこれで終わりだー!」アマギはそう言うと巨大な鎌風を放った。アマギがこんなにも大きな鎌風を放つのは初めてである。しかし、キリシマは泰然自若としている。

「終わるのはお前だ!アマギ!」キリシマはそう言うと三本の角から一つずつ計三本の雷を放った。その速さたるや目にも止まらぬもでのある。雷鳴は『バリバリ!』と轟いた。アマギの鎌風はやがて押し戻されてその隙間から一本の雷がアマギの体に迸った。空中にいたアマギは『うわー!』と悲鳴を上げて落下してしまった。キリシマは勝利を確信した。先程の技は『トリプル・スパーク』というものである。雷神をイメージしているので、またの名を『ゴッド・オブ・エレクトリック』とも言う。そういう点で風神をイメージした『ゴッド・オブ・ウィンド』と対比される。この『トリプル・スパーク』という技は『監獄の地』の看守長であるシラキを撃破した技でもある。キリシマは程なくこの場を立ち去ろうとした。

しかし、キリシマはただならぬ気配を感じて空中から地面を見下ろした。アマギはなんと『セブン・ハート』を二回も受けていながらまだ戦闘を続けようとしている。しかし、体力は限界を迎えているので、アマギの足元はふらふらとしてしまっている。キリシマは呆れてしまった。

「お前はまだやるつもりか?おれはアマギから一度も『セブン・ハート』を受けていない。しかし、アマギはもう二度も受けている。実力差は歴然としている。今のお前にはどう考えてもおれは倒せない。それでなくとも、その状態でアマギが勝てるとは思えない。大人しく敗北を認るんだ。そうすれば、おれはこれ以上の手出しをしない。悪い提案ではないはずだ。お前はなぜそれ程までにおれを倒したい?」

「おれがキリシマに勝てないかどうか、それはまだわからない。おれは知っているんだ。ナノちゃんはお馬さんが壊されて人知れず泣いていた。あの事件以来のテンちゃんはおれのことを心配してくれて平常心ではいられなくなっている。本当は怖くてあの日以来のミヤは夜も碌に眠っていない。だから、キリシマはおれの手で牢獄に入れる。おれはテンちゃん達のことが大好きなんだ!」アマギは言葉を結んだ。

「なんだ?お前はもはや耄碌しているだけだ。何をしゃべっているのか、アマギは自分でもわかっていないんだろう?どんなに粋がっても実力がなければ、負け犬の遠吠えに過ぎない。おれ達(革命軍)の雄大な計画は『アブスタクル』なんかに阻止されたりはしない。今もコンゴウとヒュウガの二人は現に残りの『アブスタクル』を始末している頃だ。もう一度だけ言う。大人しく勝負を諦めろ。お前の負けだ!」キリシマはそう言うと空中において『トリプル・スパーク』を使った。キリシマの三本の角からは再び三つもの電撃が迸った。キリシマはこれで本当に勝負を終わらせようとしている。

「おれは最後の最後まで諦めない!うおー!」アマギはそう言うと次の攻撃に全てを賭した。アマギは地上から二本の巨大な鎌風を放って最後の三度目に振った角は地面にこする形になった。その最後に放った一本は炎の刃となってキリシマの奥義とぶつかった。アマギの奥義はマッハの速さである。

 キリシマの電気の奥義は光速である。つまりは音速VS光速である。速さの上ではキリシマの方に分があるが、勝利したのはアマギの方だった。キリシマの三本の電撃は烈風と炎の刃に飲み込まれてキリシマ本人を襲った。さすがのキリシマにも音速で繰り出されたアマギの技を避けることはできなかった。

キリシマは『なんだと?』と言うと上記の通りに避ける暇もなく三つの攻撃の全てを一斉に浴びることになった。キリシマは地上に『ドサッ!』と倒れこんで昏睡状態に陥った。

 さすがのキリシマでもあれだけの奥義を受けると勝負を続けることはできなくなってしまった。アマギは二度もキリシマと戦って二戦二敗という成績だったが、最後の最後の土壇場の三度目の戦いで諦めない気持ちは報われてついに初勝利を手にすることができた。アマギの皆に対する愛の力は勝利を呼び込んだ。

キリシマにしてみれば、たった一度だけ犯した非道な振る舞いが高くついた形である。言ってみれば『悪事は身に返る』の典型という訳である。しかし、アマギの胸中は穏やかではない。

なぜならば、テンリ達はコンゴウとヒュウガによって危険な目に合っているということをキリシマから聞かされているからである。アマギはキリシマを置き去りにして羽を広げると空を飛んだ。

「今すぐに行くぞ!おれが行くまでどうか持ち堪えて・・・・」アマギはそこまで言うと力尽きてしまった。アマギは地表に倒れこんでキリシマと同様にして意識を失ってしまった。

 これでは例えアマギがテンリ達の元に辿り着けたとしても戦闘を行うことは不可能である。テンリ達を助けることができなくなってしまったアマギの心中は筆舌に尽くし難い。

 ただし、アマギのやってのけたことはものすごいことである。アマギは革命軍のナンバー・ツーを倒したので、革命軍に残っている主力はオウギャクのただ一人のみになった。

 国王軍にはそれに対してランギとショシュンともう一人の主力が存在する。ただし、オウギャクの実力はキリシマ以上であるということが後に判明する。一筋縄では行かないという訳である。

 キリシマの敗北というニュースは直に『秘密の地』を駆け巡るが、それはこれ以上ない程の追い風となって国王軍のことを後押しすることになる。流れは国王軍よりになるという訳である。


 人間界においては兵站ロジスティックスというものがある。それは作戦軍のために後方にあって連絡や交通を確保する任務のことである。しかし、甲虫王国の戦いでは無論そのような器用なことは行われない。現在の戦いは両軍入り乱れた攻防だからである。当初は戦闘コンバットを通覧できるようにオウギャクの使い走りは自由自在に『秘密の地』を駆け巡っていた。しかし、現在は革命軍の数が減少しているので、その役目を果たしていた者も戦いに参入をしている。情報源ニュース・ソースは各地に点々としているので、革命軍の親玉であるオウギャクでさえもはや現在の戦況を完全に把握している訳ではない。

 ただし、ショウカクがランギに打ち取られたという話はオウギャクも聞いている。だから、それ以外の仲間達は今も活躍をしているはずだとオウギャクは信じている。今のオウギャクはショシュンとの戦いで勝機を見出している。どちらかと言えば、オウギャクはショシュンよりも押している。

しかし、ショシュンだってそうはいっても大人しくやられるような男では決してない。普段は恬然としているが、ショシュンは相当な実力の持ち主なのである。ショシュンは空中においてオウギャクによる『衝撃のスタッブ』を回避すると至近距離から『進撃のブロー』を放った。

しかし、オウギャクはショシュンの顎の角度を変えて攻撃を阻止することに成功した。ショシュンはそれでも動じない。ショシュンは柔の心得による柔らかな体の動きによってオウギャクを地面に叩きつけた。ショシュンはそして『進撃のブロー』を三発も連続で放った。オウギャクは落下しながらも当然のようにしてそれを同じ技で全て相殺して見せた。しかし、これは全てショシュンの作った囮だった。

オウギャクが地面に着地した瞬間にオウギャクのの運命は決まっていた。ショシュンはオウギャクの真横にいて体を回転させて竜巻を引き起こしていた。それを避けようとしたが、オウギャクは叶わずに竜巻の渦に巻き込まれて再び地面に投げ出された。これは『突撃のウェーブ』の応用版で『トルネード・ブレスト』という技である。これこそはショシュンの究極奥義である。しかし、ショシュンはオウギャクがこれでやられるとはさらさら思ってはいなかった。ショシュンはそのために次の反撃の用意をしていた。

 ただし、ショシュンとオウギャクはこれによって一度ずつ奥義を受けたことにはなる。オウギャクは当然のようにしてダメージを受けても平然としている。オウギャクは口を開いた。

「一筋縄では行かないということはわかっていた。どんな困難が待っているか、予想していなかった訳じゃない。部下達にも不屈の闘志で戦うようには言ってある。だから、それを唱道したおれ自身は一歩も後ろに退く訳には行かない。おれ達(革命軍)は最後の最後まで戦いの結果を諦めない」

「なるほど。戦闘の秘訣をよく心得ているみたいだね。ただし、言葉を返すようだけど、自分達(国王軍)だって背水の陣を敷いて事に当たっているんだよ。勝負はその鬩ぎ合いの中で決まる。自分はオウギャクくんに勝つつもりだけど、他の仲間達のことも信じている。だから、オウギャクくんにはどう転んだとしても就縛されるしか道はないと自分は思っている」ショシュンは平気の平左で言った。

「口ではなんとでも言える。捕まるのはショシュンだ。お前達の方だ。おれだって同士の力を信用していない訳じゃない。いつまでもその豪勢なイスに座っていられると思うなよ!」オウギャクはそう言うと『進撃のブロー』を放った。ショシュンはそれに対して『トルネード・ブレスト』で対抗をした。ショシュンの旋風はオウギャクの鎌風を呑み込んでオウギャク自身を襲うことになった。しかし、オウギャクはすでにそれに対する対応策を生み出していた。オウギャクは横に角を振って大気が歪む程の波動を起こした。本来『突撃のウェーブ』は自らも相手の陣地に出撃しないければならないのだが、オウギャクはその過程プロセスを省いて直接に技だけをやって見せた。これは『ホワイト・シー』という技である。ショシュンの竜巻とオウギャクの波動はぶつかり合ったが、どちらも譲らずにお互いを無効化させる結果に終わった。

オウギャクはでかい攻撃が終ると再び『ホワイト・シー』を放った。ショシュンは『アイアン・ブレード』によってその中に飛び込んだ。ショシュンはしかもその中を無傷で生還してオウギャク本人を襲った。

 オウギャクは『ダイレクト・フレイム』によってショシュンの動きを止めた。オウギャクの角からは燃え上がる炎が出てきたが、ショシュンは全く火傷をしなかった。

 ショシュンは高速で回転していたので、それが火消しの役割を果たしたのである。もうこれ以上ない程に接近していた両者は次の攻撃に出た。オウギャクの『ダイレクト・フレイム』をマークしていたショシュンは『進撃のブロー』を使ったが、オウギャクはそれを『急撃のスペクトル』でかわした。

「残念だったな。読み違いだ!」オウギャクはそう言うと地面に『進撃のブロー』を放っていた。これは『ゴッド・オブ・ウィンド』である。ショシュンは不意打ちを食らった。しかし、さすがは柔の心得の第一人者である。ショシュンは簡単にひらりと退避して見せた。無駄のない滑らかな動きである。

 ただし、そこにはオウギャクが待ち構えていたので、ショシュンはオウギャクの打撃によって地面に落下して行ってしまった。オウギャクはそんなショシュンに対して『電撃のサンダーボルト』を発動して降下して行った。ショシュンはオウギャクの電撃に対して空気砲を放った。

 これはジュンヨンも使っていた『マグナム・キャノン』という技である。オウギャクの雷はショシュンの空気砲によって、弾かれてしまった。しかし、勝負に勝ったのはオウギャクだった。

「また読み違いをしたな」オウギャクはそう言うと角で地面を叩いた。ショシュンは見当違いについて今の自分はすかたんだったと後悔をしている。しかし、それは後の祭りというものである。オウギャクはショシュンのミスを見逃してはくれない。『迎撃のブレイズ』の炎はサークル上に広がってショシュンもその炎に呑み込まれてしまった。ショシュンは一刻も早く地面を離れるべきだったのである。

ショシュンは『ぐわっ!』と悲愴な声を上げた。オウギャクが使ったのは『バーン・ストーム』という技でその前に使っていた『電撃のサンダーボルト』はそれを使うための伏線にすぎなかったのである。

オウギャクから二つの『セブン・ハート』を受けたのだから、ショシュンはもはや立ち上がれないかと思われた。しかし、ショシュンの精神力は並大抵のものではなかった。ショシュンはすぐ隣にいるオウギャクに向かって『トルネード・ブレスト』を使った。しかし、オウギャクは無情にもショシュンの必死の奥義を『急撃のスペクトル』で軽々と避けて『ホワイト・シー』でショシュンに攻撃を仕掛けた。ボロボロのショシュンは柔の心得で避けようとしたが、ギリギリで攻撃にかすってしってついに地面に倒れこんでしまった。

「くそっ!ここまでか!」ショシュンは弱音を吐いてしまった。オウギャクはそれに応えた。

「どうやらそのようだな。ゲーム・セットだ。おれはこの国の王になる!」オウギャクはそう言うと『電撃のサンダーボルト』でショシュンに止めを刺そうとした。そばにいた国王軍のヒルスシロカブトは目ざとくそれを阻止しようとした。しかし、その必要はなかった。オウギャクはある一匹のカブトムシによって横から打撃を受けて奥義の中断を余儀なくされた。オウギャクは起き上がりながら『誰だ?』と誰何をした。攻撃の主は問いに答えなかったが、ショシュンは代わりに彼の渾名を口にした。

「ロッキー!なんて君ってやつはいかした男なんだ!助かったよ。どうもありがとう。本当に恥ずべきことだけど、自分はもう体力が残り少ないんだ」ショシュンは項垂れてしまった。

「そうか。それならば、ショシュンはゆっくりしているといい。オウギャクはおれが討ち取る。相手にとって不足はない。オウギャクはそれとも腰が抜けたか?」ランギは聞いた。ランギは自信に満ち溢れている。

「つまり『スリー・マウンテン』との連戦で気力が挫けたんじゃないか、ランギはそう言いたい訳か?生憎だが、おれは『スリー・マウンテン』の全員と戦っても全勝するつもりでいる。国を乗っ取るということはそれ位に難儀なことだ。キリだってそもそもここに向かっているかもしれん!」オウギャクはそう言うと角で地面をぶっ叩いた。地面にはすると亀裂が入ることなくランギのいた所には直接に大爆発が起きた。地面に裂け目ができない分だけただの『追撃のクラック』よりもスピードが倍増している。これはオウギャクのオリジナルの奥義であり『フラッシュ・ブラスト』というものである。しかし、ランギは超高速で繰り出されるこの技を避けていた。そればかりか、ランギは避けると同時にして『進撃のブロー』を放っていた。オウギャクはすばやく上空に逃れていたが、今度は真下から鎌風がやってきた。ランギは『ゴッド・オブ・ウィンド』を使ったていたのである。オウギャクは『急撃のスペクトル』でそれを避けた。

しかし、次の瞬間のオウギャクは背中にものすごい衝撃を受けていた。ランギはオウギャクの後ろに回り込んでいた訳ではない。ランギはオウギャクが幻像を見せている時にわざとオウギャクの後ろ側に『進撃のブロー』を放っていたのである。あろうことか、その鎌風はバックをしてオウギャクの後ろ姿に向かって襲いかかってきた。これは『ブーメラン・ブリーズ』という技である。

オウギャクはこれによって二つ目の『セブン・ハート』を受けたので、戦闘不能に陥るかと思われたが、そんなことはなかった。そればかりか、オウギャクの総攻撃はここから始まることになる。

「くっ!『スリー・マウンテン』のランギはとんでもない技を持っているものだ」オウギャクは何が起きたのかを直感で察している。ランギはそれに対して落ち着き払って応えた。

「それはお互い様だろう。おれだってオウギャクに使えておれに使えない技はあるはずだ。しかし、ショシュンとの戦いでオウギャクは鈍化していると思っていたが、それ程ではないようだな。オウギャクは今の技を受けていながら倒れないというのもさすがだ。オウギャクの強さは噂よりも上だな」

「嫌に余裕じゃないか。だが、その精神的なゆとりは直に崩れる。おれの真髄を見せてやる!」オウギャクはそう言うと同じく空中にいるランギに向かって『進撃のブロー』を放った。オウギャクはそして『ホワイト・シー』で追い打ちをかけた。斬撃と波動というこれ以上ない程の究極の技である。

 しかし、ランギは大人しくしている訳もない。斬撃は『急撃のスペクトル』で避けてランギは角で半円を描いた。ランギの前にはすると扇子のような形の膜ができ上がった。これは『クリスタリン・ファン』という『セブン・ハート』ではなくてランギの独特の奥義である。この膜はガラスのように透明な堅いシールドで構成されている。オウギャクの波動はランギの奥義に阻まれてしまった。しかし、ランギに油断をしている暇はなかった。オウギャクはランギの真横から再び『ホワイト・シー』を使った。

 ランギは同じ手順で『クリスタリン・ファン』を使ったが、防戦の一方ではいつまでたっても切りがなく堂々巡りのままなので、一瞬も無駄のないスマートな行動で鎌風を放って『ゴッド・オブ・ウィンド』を発動して見せた。ランギはそれでもこれで安心している場合ではなかった。

 同じことを考えていたオウギャクは『ゴッド・オブ・ウィンド』を発動ずみだったのである。虎穴に入らずんば、虎子を得ず。ランギはオウギャクの至近距離から避けようのない『セブン・ハート』を当てるために『急撃のスペクトル』で下からの鎌風を避けるとオウギャクに近寄ろうとした。

 ランギはこれを楽々とやっているが『ゴッド・オブ・ウィンド』は発動者の意のままに攻撃の方向を変えることができるので、本来はかなりの高等技術を要するのものなのである。

 ランギはすばやくオウギャクに近寄ろうとしたが、その必要はなかった。オウギャクはすでにランギの目の前までやって来ていた。そうかと思えば、オウギャクは不意に角から炎を出した。これは『ダイレクト・フレイム』である。それに対して『クリステル・ファン』を使うにしてはあまりにも近すぎたので、ランギはそれを『進撃のブロー』であっという間に消火して見せた。

ランギは尚も『進撃のブロー』を放ったが、オウギャクはそれをかわした。オウギャクは直接的にランギに対して打撃を加えてくるりと後ろを振り返った。先程のランギの鎌風は『ブーメラン・ブリーズ』だったので、何もしなければ、斬撃は再びオウギャクを襲うことになるからである。

オウギャクは結局それを『進撃のブロー』で相殺して芽を摘んでおいた。その時のランギは一回転をしてオウギャクに傘状の空気砲を放っていた。これは『マグナム・キャノン』である。

一方のオウギャクはランギに向き直るとすばやく『ホワイト・シー』を使った。オウギャクの波動はやがて勝ってランギはその余波で空中を落下しそうになった。オウギャクはそれでもなんとかして踏みとどまったランギに対して思いっきり角を振って打撃によってランギのことを墜落させた。ランギは墜落しながらも『ゴッド・オブ・ウィンド』を放った。オウギャクはすると角を十字の形に振った。オウギャクの角からはその結果として巨大な十字架の炎が出現した。この『クロス・ファイア』という技はランギの奥義を破ってランギ自身を襲った。全ては無駄のない完璧な構築だったので、一瞬の内にそれだけのことが起きた。ランギはそのために地面に倒れて約三秒間もメラメラと燃えてしまった。

「今の技はなんだ?なんて破壊力なんだ。大丈夫か?ロッキー!」ショシュンは聞いた。

「ああ。心配ない。この程度じゃあ、おれには勝てない。オウギャクもそれは肝に銘じておくんだな」ランギを包んでいた炎は消えた。ランギは早くも普段の通りの心境になっている。

「おれには負け犬の遠吠えにしかどうも聞こえないが、まあ、確かにおれの究極奥義を受けていながらそれだけの減らず口を叩けるのは大したものだ。ランギは『スリー・マウンテン』の中で最も強いと言われるだけのことはある」オウギャクは負けず劣らずに平常心を維持している。

「おれはランキングを付けるのは好きじゃない。仲間内で争う必要はない。だから、そんなこととは関係なくオウギャクには勝たせてもらう!」ランギはそう言うと『突撃のウェーブ』で出撃をした。対するオウギャクは『ホワイト・シー』を使った。両者の奥義はやがて相殺した。

 ランギはショウカク戦も含めて初めてこの日『セブン・ハート』によるダメージを負ったが、金輪際、気持ちの上では一歩も後ろに下がらないネバー・ギブ・アップの精神で戦いに挑んでいる。

 出ずっぱりのオウギャクは全く衰えを見せていない。オウギャクは最強というにふさわしい。尋常ではない実力の持ち主なのである。オウギャクの気性は抜山蓋世という形容が当てはまるものである。

国王軍VS革命軍の戦いにおいてランギVSオウギャクの一戦は頂上決戦というにふさわしい最高峰の戦いである。国王軍は今も撥乱反正を目指して革命軍は実権の略取を狙っている。ランギ達の周りには三匹の国王軍と二匹の革命軍がいるが、彼等は皆がそれを横目で固唾を呑んで見守っている。


 テンリは『黄の広場』を飛行していた。テンリはアマギのことを血眼になって探している。現在のテンリは透明なので、攻撃の対象にされることはない。目的はそのために達成はしていないとはいっても、遮る者がいないので、テンリによるアマギの捜索はこの上なく順調である。

 いよいよまだ戦えるという意味での生き残りは少なくなってきている。しかし、このサバイバル・ゲームにおいてアマギは今も必死になって戦っているとテンリは信じている。キリシマと戦っているにせよ。逃げることに徹しているにせよという意味である。フグは食いたし、命は惜ししというが、今のテンリにとってそんなことわざはなんのそのである。アマギはがんばっていのならば、自分もがんばるのは当然だとテンリは思っている。テンリはとにかく発動機のような馬力を発揮して飛び回っている。

テンリは手まめにも一度でも探した所は二度も探さないようにしている。頭脳労働をさせれば、シナノは天下一品だが、テンリは自分自身がこの戦いに首を突っ込んでしまった以上は危殆に瀕しているということを自覚しているので、自分の身の安全の確保も怠らないようにして無駄のない動きをするように心がけている。テンリのその努力はそしてついに報われることになった。

「あ!いた!アマくんだ!」テンリはそう言うと高度を下げた。確かにアマギの姿を発見することはできたのだが、隣にはキリシマの姿も見受けられたので、テンリは怖くなった。

 しかし、キリシマは依然として意識を失ったままである。テンリはそれに気づくと安心してアマギに駆け寄った。しかし、テンリはほんの一瞬しか安心することができなかった。

 テンリはアマギも意識を失っているということに気づいたのである。同時にアマギの背中には穴が開いていることは上空を飛んでいる時から気づいていたので『魔法の杖』を使ってテンリはアマギの傷を完治させることに成功した。つくづく『マジック・アイテム』は便利な代物である。

「アマくん。アマくんはいつもぼくのことを守ってくれるから、今日はぼくがアマくんを救うね。キリシマさんを倒してくれてありがとう。キリシマさんが捕まることはぼく達だけじゃなくて皆のためにもなるものね。アマくんはこれからの甲虫王国を救ったんだよ。それじゃあ、安全な所に連れて行ってあげるね。うーん」テンリはそう言うとアマギを背中におぶろうとした。

 しかし、アマギはテンリよりも40ミリも大きいので、テンリは運搬に苦戦をしている。テンリは約30センチもアマギを運ぶと一息をついた。今の所は順調だとテンリは満足をしている。

 テンリとアマギの体格差を考えれば、端から和尚はない。しかし、テンリはその時に重大な過ちをしてしまった。テンリは油断をしてアマギから離れてしまったのである。

「おー!おー!キリシマさんをのすやつがいるなんて大番狂わせだ!この代償はしかと払ってもらわにゃーならんな!」ある一人の男はそう言って『マイルド・ソルジャー』のセネガルノコギリクワガタを薙ぎ倒してこちらに向かってきた。その男とは元ファルコン海賊団の船長・現革命軍の幹部のハヤブサである。テンリは無言のままアマギに手を触れた。アマギは再び透明になった。

「なんだー?消えたぞ」ハヤブサはそう言いながらもアマギがいたはずの辺りを探すことにした。ハヤブサはアマギがまだそれ程に遠くには行ってないのではないかと思ったのである。

テンリはハヤブサの予想の通りに然程にアマギのことを遠くに運べなかったので、ハヤブサはやがてアマギに触れてここぞとばかりに自分の角を振るった。テンリは『うわー!』と言うと突き飛ばされて再びアマギは姿を現してしまった。テンリとアマギはここに来て大ピンチである。

「どういうシステムなのかはよくわからんが、誰かはいるらしいな。『アブスタクル』のアマギが消えたのはお前の仕業か?」ハヤブサの問いかけた。テンリはそれには答えずにアマギと共に逃亡を試みた。

 ところが、ハヤブサはすばやく打撃を加えた。テンリは再び投げ出されてアマギは姿を現した。これでは埒が明かずにアマギはかわいそうなので、テンリは腹を据えた。今は天下泰平まで少し時間がいるのだとテンリは悟ったのである。つまり、テンリも戦わずにはいられないという意味である。

「もう戦えないのにも関わらず、アマくんをどうするつもりなの?」テンリは質問をした。

「んー?どうするかって?息の根を止めるに決まーてるだろう」ハヤブサは無情である。

「待って!アマくんはもう動けないから、これ以上は傷つけないで!」テンリは懇願をした。

「おー!おー!涙ぐましい。命乞いか。だが、それで『はい。わかりました』と引き下がる相手だと思うているんならば、それは大きな間違いだなー。おれにはなんとしてでもやらなければならない理由があるんだ。おれだって切羽詰まっているんだよ!」ハヤブサはそう言うとアマギに向かって突っ込んだ。

 海賊を止めた時に自分を拾ってくれたオウギャクに対して恩返しをしなければならないので、ハヤブサはなんとしてでも手柄を立ててオウギャクの役に立たなければならない。しかし、テンリはアマギとハヤブサの間に割って入ってハヤブサの角を自分の顎で弾いた。『ガキン!』という音が鳴り響いた。

 テンリは例え無駄死にするとわかっていても戦う決意をした。ケンカの極意は一歩も後に退かない気持ちである。テンリはなによりもアマギと最初に会った時のことを思い出していた。

自分のことを守るために戦ってくれたのならば、いつかは自分も命を賭けてでもアマギを守らなければならない。その覚悟はとうにしていたのである。アマギが困っていたならば、自分は助けてあげる。それは旅に出る前にテンリが父親のテンリュウと約束したことでもある。テンリとハヤブサの想いは錯綜する。透明になっているから、テンリは少し有利である。しかし、戦闘の経験値は違うので、ハヤブサは難なくテンリを投げ飛ばした。『うっ!』と言って体を横たえたが、テンリは再び攻勢に出るために起き上がった。

「ははあ、どこにいるのかは知らないが、お前は察するに『アブスタクル』のメンバーだろう?国王軍の兵士にしては骨がなさすぎる。だが、それはおれにとっては好都合だ。お前を倒せば、おれには箔がつくことになる。まずはお前から始末をしてやろう!」ハヤブサはそう言うとやや悠長な動きをした。テンリはどこにいるかわからないので、ハヤブサは次の一手が打ちづらいのである。

テンリはその隙を逃さずに性急にハヤブサのことを下から顎で挟んだ。テンリはそしてハヤブサを持ち上げようとしたが、ハヤブサは頭を振ってテンリのことを投げ飛ばした。テンリは『ドサッ!』と倒れた。

ハヤブサはなおかつ一気に『迎撃のブレイズ』で勝負をつけようとした。『セブン・ハート』の使い手と戦ったことのないテンリは一瞬の隙が命取りになるということを知らなかった。

ハヤブサはやがてテンリのいるであろう場所に狙いをつけて角を振ろうとした。その場所は見事にピン・ポイントである。テンリはハヤブサのただならぬ気配を感じたが、避けることはできなかった。テンリの敗北はそれによって確実かと思われた。しかし、そうはならなかった。

あるクワガタは猛スピードでこちらにやってくると『待て!』と言いながらハヤブサの角から炎が出る前にハヤブサの角を自分の顎で突き飛ばした。ハヤブサ自身もすると吹き飛んだ。

「くっ!何者だ?」ハヤブサはごろごろと転がって起き上がると言った。ハヤブサは攻撃の主を見ると思わず言葉を失った。唐突に表れたクワガタとは死亡説の流れていた革命軍の最高幹部の一人・ルークだったのである。テンリも自分を助けてくれたクワガタはルークであることを認識したが、ルークは革命軍の幹部のはずなので、どうして自分を助けてくれたのか、テンリは訳がわからない状態である。ハヤブサは口を開いた。

「なんだと?ルークさんは生きていたのか?亡霊か?いや。ルークさんはそもそもなぜ『アブスタクル』の味方をする?ルークさんはひょっとして来たばかりだから、この場の状況をわかっていないのか?」

「この場の状況?ぼくはわかりすぎる程にわかっているさ。ぼくが来たからにはもう安心だよ。君は『シャイニング』のテンリくんだね?ぼくは君達のことをよく知っている。ぼくは『シャイニング』の味方だよ。ぼくは影ながらずっと君達のことを応援していたんだ」ルークの声音はやさしい。

「ありがとう。だけど、ルークさんは革命軍のメンバーのはずじゃないの?」テンリは聞いた。

「表向きはね。ぼくは革命軍に潜入をしてスパイをしていたんだ」ルークは事情を明かした。

「なんだと?ルークさんは今までおれ達のことを騙していたのか?まさかとは思うが『ワースト・シチュエーション』事件の情報が漏れていたのはあんたの仕業だったのか?後で聞いた話によると首謀者のオウギャクさんもそれを疑っていたらしいが、長く苦楽を共にした同士を疑うのはあまりにも無礼すぎるということで考えないようにしていたらしい。しかし、漏洩の原因はやはりルークさんだった。それが事の真相という訳か?」ハヤブサは突き刺すようにして鋭い口調でルークに向かって聞いた。

「もう隠す意味もないだろう。その通りだよ。ぼくのミスでその時期がいつかまでは突き止められなかったんだけどね。現在のぼくはそしてキリシマの行方を追っていたが、まさか、倒されて発見することになるとは思ってもいなかったよ」ルークは悔しさを滲ませた。後者はともかくとしても、前者に関して言えば『ワースト・シチュエーション』事件の前に身を隠す必要性にかられてしまったからである。

 ルークの正体は国王を筆頭にして太政大臣・左大臣・右大臣・側近のジュンヨン・アスカといった者達にしか知らされていなかった。もちろん。アスカがその中に入っているのにはそれなりの理由がある。つまり、ゴールデンとジュンヨンの二人は『名花の間』で話していた最高戦力やアスカは『草花の間』でミヤマ達に話していた国王軍のもう一人の最高戦力とはルークのことだったのである。

口を滑らせるとは思えないので、ランギとショシュンにも教えようとは思ってはいたが、どちらでもいいのならば、ゴールデンはランギとショシュンにもこのことは念のために秘しておいたのである。

「おれはオウギャクさんとキリシマさんと肩を並べるルークさんのことを尊敬していたんだ。しかし、あんたはとんでもない食わせものだったらしいな。オウギャクさんと一緒にいてわからなかったのか?オウギャクさんを旗手とした新時代はもう直やって来る。おれ達(革命軍)は甲虫王国の黎明期を作り上げるのにふさわしい」ハヤブサは自分の言葉に陶酔している。ルークはそれに水を差した。

「国民はそして虐げられて他国民とは対立する訳だ。ぼくはお払い箱になった訳じゃないから、充分に革命軍の内部事情はよく知っているが、オウギャクがこの国で統治し続けることは無理だろうね。革命が成功した所で君達(革命軍)にはこの国を治めることは適わないだろう。ぼく達(国王軍)は無論それ以前にこの国の主導権を奪われる訳もない」ルークは落ち着き払ってゆっくりと言った。

「ルークさんはどうやら本当に革命軍のことを内心では冷めた目で見ていたらしいな。もしも、そうだとしたならば、ルークさん。おれは国王軍の回し者であるあんたを打ち取る!さすれば、オウギャクさんからのおれの評価も跳ね上がるはずだ!おれのことを昔のおれだと思っていると火傷をすることになるぜ!おれは『アブスタクル』のアマギに負けてから死にもの狂いで体を鍛えて技を研ぎ澄ましたんだ!行く行くのおれは天下無双の男になる!ルークさん!あんたとの戦いはその前哨戦だ!食らえ!」ハヤブサはそう言うと『進撃のブロー』のように縦一線の炎を放った。これは『レンクス・ファイア』というもので偶然にもアマギは最終決戦で発動したものと同じものである。これはオウギャクの使っていた『クロス・ファイア』の前段階のものである。ただし、炎はオウギャクの方がハヤブサのものよりも二倍は大きい。

 ルークは悠々閑々と構えて『急撃のスペクトル』でそれを楽々とかわした。ハヤブサはそこに体をぐるぐると回転させて鋭い角を向けてルークに対して襲いかかって来た。

 これはハヤブサが独自に編み出した自慢の新技『ローリング・スピア』である。しかし、ルークはそれさえも『急撃のスペクトル』で楽々と避けた。とはいっても、ハヤブサはそれで黙ってはいなかった。

「はっ!笑わせてくれる!逃げることに必死になっていやがる!ルークさんっていうのもこの程度か!いいや。おれはもしかすると強くなりすぎたのかもしれないな!なんにしても、勝負はこれで終わりだ!」ハヤブサはそう言うと『ローリング・スピア』を避けられた後はすぐに反転をしてルークの至近距離から『迎撃のブレイズ』を使った。ルークは噂の通りに本当に強いのか、実力は未知数なので、テンリはハラハラして戦況を見つめている。ハヤブサの『迎撃のブレイズ』は無効化された。ルークは小さな『進撃のブロー』で炎をかき消したのである。ハヤブサはそれでもルークに対して悔し紛れに打撃を加えた。

 ハヤブサは少し離れた所から再び『レンクス・ファイア』を放った。ルークは少しもその場を動く気配を見せなかった。その瞬間にルークはおじけつきやがったなとハヤブサは勝利を確信した。

「危ないよ!逃げて!ルークさん!」テンリはそう言うとルークを助けに行こうとしたが、高速で放たれた炎に追いつくことはできなかった。しかし、どちらにしてもその必要はなかった。ハヤブサの炎は空振りに終わった。それと同時にルークVSハヤブサの戦いも終わっていた。

ルークはハヤブサの後ろに回り込んですでにテンリが気づいた時にはハヤブサは気絶をしていた。それはあまりにも早すぎてテンリには何が起きたのかはよくわからなかった。

「君じゃあ、ぼくの相手にはならないよ。ハヤブサくん。ぼくは全ての『セブン・ハート』と5つの『ダブル・ハート』を習得しているんだ。もっとも、ハヤブサくんが相手では『ダブル・ハート』を使う必要さえもなかったけどね」ルークは事実これでも全く本気を出してはいないのである。それもそのはずである。大物のキリシマを倒すのだったならば、それ位に強くないとどだい無理な相談なのである。

元々のルークはキリシマを倒すつもりだったのだから、少しばかり名を上げているだけのハヤブサ程度では歯が立たないのも当然の話である。ハヤブサの名誉のために言っておくと決してハヤブサの努力が不足していた訳ではないのである。あの一瞬ではなにが起きたいたのかというと、ルークはハヤブサの後ろに回り込んではいたが『突撃のウェーブ』を使っていた訳ではなかった。ルークは『急撃のスペクトル』の応用版の『エクスプレス・シャフト』という技によってハイ・スピードでハヤブサの炎を避けてそのままハヤブサに対して超強力な打撃を加えていたのである。ルークは結果として瞬く間にハヤブサの後ろに回り込んでいたのである。目にも止まらぬそのすばやさたるやまるでレーシング・カーの如しである。

「ハヤブサさんは少しかわいそうだけど、ぼく達はもうこれで安心だね。ルークさんがいてくれれば、ぼくはうれしいな。ルークさんはぼく達のそばにいてくれる?」テンリは聞いた。とりあえず、理屈はわからなくともなんとかしてアマギの危険は回避できたみたいなので、テンリは大いに喜んでいる。

「ああ、もちろんだよ。ぼくは『シャイニング』のメンバーと会うのは初めてだけど、君達のことはいつも応援をしていたんだよ。それよりも、テンリくんはどうして透明なのかな?それどころか、今ここにいるのは本当にテンリくんで間違いないのかな?」ルークは不思議そうにしている。

「うん。そうだよ。ぼくはテンリだよ。よろしくね。ぼくはパワー・ストーンの力を借りているから、今は透明なんだよ。ん?誰かはまた来たよ。あのクワガタさんはもしかして敵かな?」テンリはそう言うとすばやく行動に出た。テンリはアマギに手を触れてアマギを透明にした。テンリはちゃんと学習をしている。

こちらにやってきたのはミラノであることが判明した。とはいっても、ミラノはテンリとルークと面識がないので、テンリとルークにはミラノは国王軍であるということしかわからなかった。

「革命軍の三強の一人・ルーク!生きていたのか!ぼくにはもう怖いものなんてない!問答無用で打ち取らせてもらう!」ミラノはそう言うと『進撃のブロー』を放とうとした。ミラノは完全に興奮をしている。

 ミラノは一度『セブン・ハート』を受けはしたが、日頃のトレーニングのおかげで気息奄々という訳ではなかったのである。しかし、ルークは当然のことながらミラノには奥義を使わせなかった。ルークは急いでミラノに飛びついてミラノの顎を自分の顎で挟んだ。テンリは緊張をしている。

「落ち着いてくれ!君には興奮をしないでぼくの話を聞いてもらいたい!」ルークはそう言うとミラノに対して順を追って自分は国王軍のメンバーであるということを懇切丁寧に説明をした。

 最初は証拠がないので、ミラノは信疑の入り混じった目でルークを見ていたが、よく考えてみれば、ルーク程の実力の持ち主が高々一兵卒の自分にそんなことを信じさせても意味はないと最後にはミラノも納得をした。ミラノは上気していた自分を恥じて少し落ち着くと口を開いた。

「ぼくはミラノと言います。ぼくは何をすればいいですか?ルークさんはどうか上官として命令をして下さい。ぼくはどんなことであってもそれに従います」ミラノは職務に忠実である。

「ありがとう。それじゃあ、ミラノくんには何よりも大切な任務をお願いする。ミラノくんはキリシマを『監獄の地』に連行をしてくれ。キリシマはまだ目を覚ますようなことはないと思うけど、これはとても重要な任務だ。わかってくれるかな?」ルークは切実な思いを込めて聞いた。

「はい。わかります。キリシマはやっぱりルークさんが倒したのですか?」ミラノは聞いた。

「いや。それは違う。ぼくはそのつもりだったんだけど『シャイニング』のアマギくんに先を越されてしまった。ぼく達(国王軍)一同はアマギくんに大変な恩ができたことになる」ルークはしみじみと言った。

「そうだったのですか。そういえば、ぼくは先程にアマギくんのことを目撃したような気がしたのにも関わらず、アマギくんはここにはいませんね。ぼくの目の錯覚だったのかな?」ミラノは摩訶不思議といった感じである。テンリはすると未だに透明なままミラノに対して話しかけた。

「それは違うよ。ミラノさん。アマくんはここにいるよ。ほら」テンリはそう言うとアマギの体から離れた。アマギはすると出現して少々びっくりしたが、ミラノはテンリに説明をしてもらうとこれにも納得をすることができた。ミラノはやがてキリシマの大きな体を掴んで羽を広げた。

「それでは行って参ります。ルークさんもくれぐれもお気をつけ下さい。もちろん。テンリくんもね。テンリくんのアマギくんを守ろうとする気持ちには感動をしたよ。ぼくは何もしてあげられなかったね。本当にごめんね。許してくれるかな?」ミラノは悲しげな口調になって聞いた。

「ミラノさんは許すも許さないもアマくんのことを思ってここにやって来てくれたんだから、ぼくはミラノさんのことを尊敬をするし、大好きだよ」テンリにそう言われるとミラノはテンリのやさしさを心から痛感した。今はそれを聞いているルークも笑顔である。このような心の持ち主の集まりなのだとしたならば『シャイニング』は本当にいいチームなのだなとミラノはまたもやひとしきり感動をした。

 他の虫のことを思って行動することはやさしさがあって初めてできるのである。そのやさしさはテンリがそうだったようにしてやさしくしてもらった虫にもきっと伝わるようになっている。だから、やさしさは虫から虫へ伝えて行くことができるのである。ミラノはテンリとルークに見送られてこの場を後にした。

「さてと、残ったのはぼくの仕事だ。ぼくはテンリくんとアマギくんをお城へ招待しようと思っている。キリシマを倒してくれたお礼をしたいっていう理由もあるけど、なによりも、今のここは危険だ。だから、テンリくんはぼくについて来てくれるかな?安全は保証する。ぼくは何に変えてもテンリくんとアマギくんを守って見せる。テンリくんはぼくのことを信じてくれるかな?」ルークは真っすぐな姿勢で聞いた。

「うん。ぼくは信じるよ。ルークさんがすごく強いっていうことは実証ずみだもんね。ぼくにはルークさんに親切にしてもらう謂れはないのにも関わらず、手取り足取りどうもありがとう。わっ!危ない!」テンリは声を上げた。革命軍のプラティオドンネブトクワガタはアマギに向かって『追撃のクラック』を使ったのである。彼もハヤブサと同じようにしてキリシマの敵打ちをしようとしてこちらにやってきたのである。

 しかし、ルークはすばやくアマギを持ち上げて攻撃の主に対して『進撃のブロー』を放った。とはいっても、それは避けられた。ここまで生き残っている虫は皆が只者ではないのである。

 ルークはそれでもその遥か上を行っている。ルークの放った鎌風は戻ってきて先程の革命軍を打ち沈めて見せた。これはランギも使っていた『ブーメラン・ブリーズ』という技である。

「さあ!長居は無用だ!急ごう!」ルークはそう言うとアマギを持ち上げたまま飛行をした。テンリはその後に続いた。テンリはまだ透明のままである。パワー・ストーンで透明になれるのは最大で一時間ということになっている。最大ということは自分の意思で透明を解除することも可能である。しかし、今のテンリはもちろん解除する訳には行かない。テンリは飛行しながらもルークの当意即妙な対応に感心をしてその後ろ姿を頼もしく思った。油断はまだまだできないが、ルークがいれば、国王軍の敗北はないかもしれないとテンリはそこまで考えている。ルークの強さをアマギと同じか、あるいはそれ以上であるとテンリは評価をしている。ルークは実際にキリシマと戦っていれば、勝利していた可能性は高い。ただし、しょせんは『たら』や『れば』の話なので、決してアマギの功績の品位が落ちる訳ではない。

 その後のテンリは透明なので、攻撃のターゲットにされることはなかったが、ルークとアマギは三回も攻撃の的になった。あろうことか、ルークはしかも国王軍からも攻撃をされた。

 ルークが国王軍のメンバーであるということは知らない虫の方が圧倒的に多い。テンリはそれを見ていると再びハラハラしてしまったが、当のルークは楽勝で攻撃を往なしている。

 ルークは革命軍には反撃をして国王軍からは更なる追い打ちを受けないようにジャンボ機のような速さで逃げることにしている。ルークは一々説明をしているのも面倒だと考えたからである。

 ルークは先走ってしまうと少し先でテンリのことを待っていてくれた。テンリはとてもルークのアシスタントを務めることはできなかったが、ルークはむしろテンリとアマギをこんな目に合わせてしまっていることを心から深く詫びた。ルークはそれを自分の責任だと思っているのである。

結論を先に言えば、テンリ達の三匹は無事に城に到着することができた。集中治療室なんかある訳はないが、アマギは三階の『妖花の間』に連れて行かれた。

場違いにも城はフラワーを基調にしているのだなとテンリは思った。ただし、それはテンリが落ち着いているからではなくて神経質な性格をしているから、テンリは何事にも敏感なのである。

 本来『妖花の間』は仮眠室として使われているのだが、アマギは『魔法の枝』をつけられて体力の回復を計らせてもらうことになった。少し大袈裟だが、甲虫王国ではこれが手術みたいなものなのである。

相当に描写をすっ飛ばしていたが、当然のことながらルークが国王軍であることやテンリが透明であることの二つの説明にはかなりの時間を要することになった。

 テンリはやがてアマギの付き添いをすることになったが、ルークは戦場に返り咲いた。ルークの投入は国王軍にとって有利に思えるが、あろうことか、ルークの正体を知らない仲間達はルークに戦いを挑もうとすることもあった。とはいっても、そんな時のルークは革命軍に対して戦いを挑んでそれによって自分は国王軍の味方であるということを身をもって知らせることにした。

 国王軍は甲虫王国の統治権を死守すべく今も奮闘をしている。なおかつルークの知らせとアマギはキリシマの討伐に成功したという知らせは国王軍の者達を舞い上がらせた。

 それを聞いた大抵の革命軍はその事実を鵜呑みにはしなかった。仮にキリシマがやられたのであれば、革命軍の兵士は自分がその穴を埋めてやると士気を下げることはしなかった。それは革命軍の隊員が統帥のオウギャクのことを信頼していることにも起因している。


 ショシュンはランギVSオウギャクの一戦について観戦を決め込んでいた。オウギャクからはすでに『ダイレクト・フレイム』と『バーン・ストーム』という二つの技を受けて体が疲れきっているからという理由もあるが、二対一で戦うのはオウギャクに申し訳ないとショシュンは思っているのである。

 ランギはショシュンと同じことを考えているので、その点は問題ない。『スリー・マウンテン』はあたかもスポーツ・マン・シップに乗っ取るようにして悪人が相手でもフェア・プレーをするくらいの気高さをきちんと兼ね備えているのである。それはジュンヨンとて同様である。

もしも、ランギはオウギャクによって痛恨の一撃を受けそうになれば、さすがのショシュンも黙っている予定はない。その時は体の疲れを押してでもショシュンはランギのことを守るつもりである。

 ただし、ランギはどんな状態になってもショシュンに助けてもらおうとは思ってはいない。助けてもらえるのならば、喜ぶとはいっても、孤独な性格をしているランギはなんでも一人でやり抜こうとする悪癖がついてしまっている。ランギとショシュンはそういう点で同床異夢なのである。

 『黄の広場』を中心とした『秘密の地』で行われていた戦いは続々と終結してさしずめランギVSオウギャクの一戦は最終決戦の様相を呈している。待ったなしの戦いは今も過熱している。

 オウギャクは空中においてランギからの二つの『進撃のブロー』を『急撃のスペクトル』でかわしている。ランギはもはや余すことなく全力を出し切ってこの戦いで体力を使いきってもいいと思っている。それはこのバトルにかけるランギの熱き想いである。

 先程に放ったランギの二つの鎌風は180度進路を変えて的確にオウギャクに向かって帰って来た。しかし、オウギャクはそれも『急撃のスペクトル』で回避をした。目にも止まらぬ早業である。

 オウギャクはそれと同時に『ホワイト・シー』を使った。つまり『突撃のウェーブ』の衝撃波だけをランギに送ったのである。とはいっても、ランギはぐずぐずしている訳もなくすでにランギの方も『ゴッド・オブ・ウィンド』を放っていた。そのすばやさたるやどちらも甲乙付けがたい程に無駄がなくて切れのある動きである。ショシュンも思わず惚れ惚れする程に完璧な動きである。

 ランギはオウギャクの衝撃波を避けきれないことを悟ると襲い来る衝撃波の波に対して角を振って球体の防壁を作った。ランギはそれによって攻撃を免れることに成功した。

これは『セブン・ハート』ではなくてランギの自己流の『ドロップ・ウォール』という技である。ランギは先程も防御の技である『クリスタリン・ファン』を使っていたが、こちらは扇子状のシールドであって最前の『ドッロプ・ウォール』はドーム状のシールドであるという点で微妙に違いがある。ショシュンはよく知っているが、ランギの引き出しの数は計り知れない。

オウギャクはまたもやランギの鎌風を『急撃のスペクトル』で回避した。『急撃のスペクトル』といえば、甲虫王国ではショウカクの得意技として有名だが、その実力はオウギャクの方が上回っている。

オウギャクは全ての技が一級品なので、ただ単にそれが目立たないだけなのである。オウギャクのすごい所はなんといってもどんな窮地に陥っても動じない所やどれ程に『セブン・ハート』を使っても技の切れ味が全く衰えないというその二点である。オウギャクはそのためにランギが自分の目の前まで接近していても動じずに『ダイレクト・フレイム』を発動した。しかし、ランギは先程の障壁『ドロップ・ウォール』で対応をした。ただし、ランギはこれによって空中で押し戻されて再びオウギャクとの距離は離されれてしまった。ランギはそれでもオウギャクが角を振った所に超高速の『進撃のブロー』を放った。オウギャクはこれによって撃ち抜かれたかと思われたが、オウギャクはそれでも負けてはいなかった。

オウギャクは目にも止まらぬ速さで角によって十字を切って『クロス・ファイア』を使った。オウギャクの圧巻の大きな炎はさすがに究極の奥義だけあってランギの鎌風を押し戻した。

 そればかりか、十字架の炎はランギ自身も襲ったが、ランギは『ドロップ・ウォール』でバリアーをして見せた。しかし、ランギにはそのバリアーが解けた時にほんの一瞬だけ隙が生まれた。

 オウギャクはその隙を見逃さずに『衝撃のスタッブ』で木に穴をあける程の突きを繰り出した。ランギは急遽『急撃のスペクトル』でそれを避けた。しかし、ランギはオウギャクによる素手の一撃までは対応できずに地上へ落下して行ってしまった。ただし、ランギはちゃんと自分の足で地面に着地した。

「やれやれ。いい所までは行くんだが、その先はダメだな。だが、今更になって修行不足を理由にして敗北する訳にはいかない。おれにも考えはある。後はそれをどう使えばいいかという問題だけだ」ランギは相も変わらずに落ち着いている。ショシュンはランギの言っている意味を理解している。

「なんのことを言っているのかは知らないが、なにをしようと無駄なことだ。ランギは未だにおれの最終の奥義を破ってはいない。それはこれから先も同じことだ。それにしても、この現国王軍の無力感はなんなんだ?『スリー・マウンテン』の二人がかりでもおれを止めることはできないのか?だとしたならば、これからの荒れ狂う新時代にはついてこられないはずだ。これから幕を上げる新世界はこんな甘っちょろいものじゃないぞ!」オウギャクは空中において俗世界を嘆いた。ショシュンはそれに応じた。

「オウギャクくん。言ったはずだよ。甲虫王国は例え300年後だろうと500年後だろうと平和だよ。今のロッキーは君の暴走を止めてそれによって他国は自分達(国王軍)に改めて信頼を寄せてくれるようになる、ただそれだけの話だよ。それ以上でもそれ以下でもない」ショシュンは断言をした。

「ショシュン。腰抜けのようなセリフを後で後悔するなよ。いずれはお前もおれ達(革命軍)に国を任せて正解だったと思う日がやって来る。新時代の旗手はこのおれにこそふさわしい!」オウギャクはそう言うと地上のランギに向かって渾身の力で『クロス・ファイア』を繰り出した。

 ランギはそれを『急撃のスペクトル』で回避しながら考えを巡らせた。ランギには当たりさえすれば、確実にオウギャクを仕留めることのできる最高峰の大技を持っているのだが、それをオウギャクに避けられてしまったならば、まずいのである。だから、ランギは確実な機会を作ることにした。ランギはオウギャクからの攻撃で防戦一方になっているとオウギャクには少々のゆとりが生まれた。

「どうした?まさか、ショシュンだけではなくてランギまでも腰が抜けたか?だとしたならば、現国王軍も底が見えたな」オウギャクは言った。ランギは不意にオウギャクの目の前にやって来た。

 ランギはしかもルークも使っていた『エクスプレス・シャフト』でやって来た。オウギャクはその攻撃にかすってランギの打撃で地面に落下して行った。ランギの計算の通りである。

「戦いなんておもしろいものではない。勝負はもう終わりにさせてもらう!」ランギはそう言うと攻撃の構えに入った。オウギャクは尚も落下の途中である。ランギにとっては好都合である。

「くっ!この国を治めるには恐怖で抑え込むのが一番だ!おれはこの国の王となって全ての愚かな人民共に戦いというものを教え込む!戦うことを恐れるようなやつにおれが負けると思うなよ!」オウギャクはそう言うといまだかつてない超巨大な炎の十字架を放った。『クロス・ファイア』である。

 オウギャクはこの技によって勝負を終わらせるつもりである。ランギは時を同じくして目一杯の力を込めて角を振った。ランギの角からはすると雷の刃と炎の体を持つ竜が現われた。

オウギャクは『まさか!』と驚きの声を上げた。竜はやがて十字架の炎を呑み込んで口を開けてオウギャクさえも包みこんだ。オウギャクはそれによって気絶をしてしまった。

 ランギの最強の奥義とはこの『ギャラクシー・ソウル』のことだったのである。さすがのランギでもこの奥義を使うことは体力の消耗が激しいので、ランギは絶対に決められるという時を狙っていた。

 ランギはそれがオウギャクの落下途中である時でなおかつオウギャクの奥義の発動直後だと判断したのである。ショシュンはオウギャクが体を横たえると感慨に耽った。

「うおー!すげー!ランギさーん!」そばにいた国王軍のクロオオクワガタコガネは箍が外れてしまっている。彼と対峙していた革命軍のトレスノコギリクワガタはがっくりとしてしまった。

「やったよ!ロッキー!君はナンバー・ワンの超人だ!」ショシュンはそう言うとランギに向かって駆け寄った。ショシュンは心からランギの勝利を喜んでいる。

「おいおい!ショシュン!体は大丈夫なのか?」ランギは顧慮を忘れなかった。

「ああ。そのことか。自分はもう平気だよ。自分はロッキーが来てくれたおかげで体力は充電できた。自分は今すぐにでも職場が復帰できるよ」ショシュンは考えられない程の体力を持っている。

「やれやれ。ショシュンの鼻っ柱の強さにはさすがのおれも敬服するよ。オウギャクを『監獄の地』に連行しよう。この場はショシュンに任せてもいいか?」ランギは確認した。

「もちろんだ」ショシュンにそう言われるとランギは軽々と巨体のオウギャクを持ち上げた。ランギは腕力も鍛えているので、これくらいはどうってことないのである。喚声はその時に聞こえてきた。

「おのれ!国王軍!オウギャクさんを連行させはしないぞ!」革命軍のパチェマヒメゾウカブトはそう言うとランギに向かって『進撃のブロー』を放った。ランギは両手が塞がっている。しかし、ショシュンは横から同じ技でそれを相殺した。ランギはショシュンを信用していたのである。

「問題は何もないよ。彼の相手は自分がする。ロッキーは行ってくれ」ショシュンは言った。

「ああ。悪いな」ランギはそう言うと今度こそ本当に飛び立った。先程の革命軍は『衝撃のスタッブ』をランギに使おうとしていたが、ショシュンは早技の『迎撃のブレイズ』で彼を撃破した。

 オウギャクとキリシマの二強を打ち沈められた革命軍の怨念はすさまじいものだった。ランギの一撃は国王軍の勝利を事実上では決したが、戦い事態にはピリオドを打つことにはならなかった。

 ショシュンはそれでもあと一匹の敵を討ち取ると革命軍の勢いは急速にしぼんで行った。革命軍はオウギャクとキリシマの共倒れによってやがて自分達の根城に引き返して行った。その数は12匹である。革命軍はざっと90匹が捕縛されたという訳である。国王軍の中でまだ元気な者はランギやショシュンを入れて39匹である。そのため、全ての革命軍の身柄を『監獄の地』に送り込むには少々の時間を要した。

 ただし、看守長のシラキを初めとした『監獄の地』の職員もそれを手伝ったので、日付が変わるまでには全ての仕事は終了していた。その際は無論『サークル・ワープ』を使ったのである。

甲虫王国の歴史においても稀に見る激戦は国王軍の勝利となって停戦することなく白昼ぶっ続けで行われた戦いは夕焼けの到来と共に完結をした。国王軍にとっての歓喜の瞬間である。

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