アルコイリスと七色の樹液 12章
アマギは地上において羽を広げたロボットの攻撃に対して羽を広げてそれをかわした。アマギは一気に加速をしてロボットの横っ腹を角で思いっきり払おうとした。しかし、それはロボットの強靭な角で素早く対抗された。アマギとロボットの両者はかくて地上で組み付いた。しばらくはどちらも譲らなかったが、先に根を上げたのはアマギだった。アマギはロボットの角によって上空に投げ飛ばされてしまった。ロボットは追い打ちをかけるべく再び突撃をしてきたが、アマギはそれを更に上空に向かってひらりと避けた。ショシュンから教わった柔の極意である。地上のショシュンはそれを見ると納得の表情をした。
アマギは『もらったー!』と言うとノー・ガードのロボットの背中を思いっきり角でぶっ叩いた。ロボットはその結果として重力も手伝ってものすごい勢いで地面に叩き付けられた。ドカン!
地面に転がったロボットはショシュン教官の手によって機能をシャット・ダウンされた。ショシュンは二本足で立ったままアマギに対して惜しみのない拍手を送った。ショシュンは言った。
「おめでとう!このロボットでの肉体強化は卒業だ!かなりの短期間ではあったけど、アマギくんはついにレベル10も倒すことができるようになったね?自分はアマギくんに教えを説いた甲斐があったよ。アマギくんはそれにしても驚異的な成長スピードだ。こんなにも早く成長できる虫はそうはいないよ」
「そうか?ありがとう!これも一重にショシュンさんのおかげだよ。ショシュンさんは教え方が上手だもんな。おれはラン兄ちゃんからしか、修行は受けたことがなかったけど、ショシュンさんの教えはすごくわかりやすかったよ」アマギは最上級の敬意を払った。アマギの言う通りに必要最低限のことしか、ランギは喋らない。後は見て学べというのがランギの教育方針なのである。
「そうなんだ。内の軍隊にもランギっていうロッキーはいるけど、そのランギさんはさぞかし強いんだろうね?自分は是非一度お会いしてみたいものだよ」ショシュンは戦闘の達人に想いを馳せた。
「ああ。いや。そのランギっていうのはおれの兄貴のラン兄ちゃんだよ。ラン兄ちゃんはここで国の平和を守っているんだ。ショシュンさんはラン兄ちゃんと親しいのか?」アマギは聞いた。
「うん。自分はロッキーと仲良くさせてもらっているよ。そうか。アマギくんはロッキーの弟さんだったんだね?アマギくんは道理で強い訳だ。ロッキーには弟がいたなんて知らなかったな。『シャイニング』のメンバーだったなんてことは自分ならば、自慢したくてしょうがないだろう。まあ、ご家族の前で言うのもなんだけど、ロッキーはお地蔵さんのようにいつも黙り込んでいるものね?」ショシュンは控えめに言った。
「そうだろうな。しかし、ショシュンさんの言うロッキーって言うのは何だ?ラン兄ちゃんは改名をしたのか?おれはそれを知らなかったぞ。ラン兄ちゃんはロッキー兄ちゃんになったのか?おれは別にどうでもいいけど、名前はウッキーみたいだな」アマギは心から面白そうにしている。
「アマギくんは受け入れるのが早いね?いや。ランギは改名をしたんじゃないんだよ。ロッキーはランギの愛称だよ。自分はさっきお地蔵さんって言ったけど、ランギは無口で岩みたいだから、ランギの愛称はロッキーなんだよ。だけど、勘違いはしないでね。これは愛称であって決して蔑称なんかではない。本人には確認をしたら承諾をしてくれたし、ロッキーは何なら『岩・石男』でもいいなんて柄にもなく面白いジョークも言ってくれたんだよ。ロッキー(ランギ)はアマギくんと同じようにしてとてもやさしい性格をしているんだね?ただし、ロッキーと呼んでいるのは自分だけなんだよ。ジュンヨンはロッキーのことを普段『ランくん』って呼ぶんだ。ランギっていう名前は格好いいもんね?自分は渾名をつけるのが好きなんだよ。アマギくんに渾名をつけるとしたらレッド・グリフィンかな。アマギくんは気を害したかな?」ショシュンは清爽として聞いた。ショシュンはどんな時でも相手の気持ちを尊重できるのである。
「いや。そんなことはないぞ。おれは別にどんな呼び名でもいいと思っているからな。ただ少し気になるんだけど、グリフィンって何だ?」アマギは生徒のようにして訊ねた。
「ワシの頭と翼・ライオンの胴体を持つ想像上の生き物だよ。ジュンヨンのことはブラウン・ジェットっていう名前で呼んでいるんだよ。ジョンヨンは動きが素早いんだよ。正確には『ブラウン』を略して呼んでいるんだけどね。だから、自分の中ではランギもイエロー・ロッキーっていう名前にしているんだよ。自分はちょっと下らない話をしちゃったね?ごめん」ショシュンは謝った。
「いや。そんなことはないぞ。ショシュンさんの話は面白いぞ。ショシュンさんは命名がうまいな」
「ありがとう。そうか。アマギくんはここに来た目的が修行以外にもあるようなことを言っていたけど、お兄さんに会いに来た訳なんだね?それじゃあ、自分はロッキーの所まで案内をしてあげるよ」
「本当か?それは助かる。ショシュンさんは本当にいい奴だな。ラン兄ちゃんは立派な虫さんと友達になれて幸せ者だな。ラン兄ちゃんはきっとショシュンさんのことを気に入っているんだろうな」
「そうだといいね。自分は少なくともロッキーのことが好きだよ。ロッキーは無口だけど、実力は本物な上に何よりもマディストだ。アマギくんはマディストってわかるかな?慎み深い虫さんっていう意味だよ」ショシュンはそう言いながらもすでに歩き出している。アマギはその後にてくてくと続いている。時刻は8時を少し過ぎている。いつもは9時頃に眠りに就くアマギの消灯時刻はもうすぐである。
しかし、甲虫王国には腕時計もなければ、目覚まし時計もないので、普段のアマギは体内時計を重宝している。アマギはぐっすりと眠らないとパワーが十分に発揮されない性分なのである。これはテンリも同じである。ただし、ミヤマとシナノは割と夜更かしが行ける口である。
アマギの兄であるランギは一日の睡眠時間が二時間で事足りるという超人である。『マイルド・ソルジャー』を初めとした他の虫はそれを知るとランギのことをよく鉄人だと称賛をしている。
「もしも、自分は歩くのが早かったら言ってね?アマギくんはそれにしてもよくがんばったね?疲れちゃったよね?今日はよく休むんだよ。あるいは明日まで疲労が残っちゃうかもしれないね?いや。アマギくんは見た所そんなに柔じゃないかな?」ショシュンは歩きながらアマギのことを気遣った。
「うん。今日しっかりと休めば、明日は体力がリセットされていると思うぞ。おれは生まれつき体が頑丈にできているんだ。おれはそれよりもここに来るために残してきちゃった他の皆のことが少しだけ心配だ。だけど、トラブルにはそうそう巻き込まれていないだろうから、皆は暇を持て余しているかもな。ミヤがいれば、そんなことはないのかな?ああ。ごめん。ショシュンさんにはよくわからない話だったな」
「いや。自分は多分ほぼ全部の内容を理解できたよ。アマギくんは友達想いなんだね?誰かと会えない時には空を見上げてみるといいよ。その虫さんもその同じ空を眺めていれば、その想いはもしかしたら届くかもしれないからね。いや。『かもしれない』なんて適当なことを言ってごめん。自分はやっぱり少しばかり感傷的なんだな。『マイルド・ソルジャー』の皆からはよくそう言われるんだよ。ん?」ショシュンは後ろを見て不思議そうにした。アマギは歩くのを止めてその場で立ち止まっている。
「おーい!皆!元気にしているかー?おれはショシュンさんっていうやさしい虫さんと出会えたぞ!テンちゃん!念願のアルコイリスまで寄り道してごめんな!ミヤ!皆を笑わせているか?ナノちゃん!つらい時はテンちゃんとミヤに相談するんだぞ!よし!これで通じたのかな?」アマギは夜空からショシュンに視線を向けた。アマギはすっかりとショシュンの話を信じ込んでしまってショシュンの以心伝心を目標とする講座の初心者となっている。アマギはテンリと同様にして信じやすい性格なのである。少しばかりきょとんとしていたショシュンはアマギの澄んだ心に触れて笑顔になった。
「そうだね。自分はきっとそれでいいと思うよ。大切なのは想いの強さだよ。アマギくん達ならば、皆は離れていても気持ちを共有することができる。自分はそんな気がするよ」ショシュンはやさしく言った。大切な虫とはどんなに離れていても互いを気遣うことができれば、その想いは相手に通じることがあるのかもしれない。生きて行く上で重要なものはいくつもある。IQやウィットといった頭脳・心や体の強さというものある。そんな中でも別格に位置するのはやさしさかもしれない。やさしさは相手を穏やかな気持ちにさせてあげることができる決してなくてはならないものだからである。
その後のアマギとショシュンは約30分をゆっくりと歩いた。二人がやってきた所にはボーリングのピンのようなものが一つ置かれていた。その色は無色透明である。そのピンは少し小さいが、これは一種のトレーニング・マシンである。しかし、アマギのお目当てはそれではない。
そのそばにはランギが佇んでいる。当然『マイルド・ソルジャー』の一人のランギには背中に青のペンキがついている。アマギはランギの姿を認めると俄かに活気づいた。
「ラン兄ちゃん!久しぶりだな!一年ぶりか?あはは、それはちょっと大げさだな。元気だったか?おれは元気だったぞ!今はもう夜遅くだから、おれはちょっと眠いけどな」アマギは言った。
「そうか。おれも元気だ。おれはアマも知っての通りに病気もケガもしたことがない。その記録は今も更新中だ。ここまではどうやってきたんだ?アマはどうやってショシュンを説き伏せた?」ランギは聞いた。ランギはやはり『秘密の地』に部外者のアマギがいても全く驚いてはいない。
「いや。説き伏せたりはしてないぞ。ショシュンさんはやさしいから、ここまでは何となく連れてきてくれたんだ。そうだ。ショシュンさんにはお礼を言わなくいとな。どうもありがとう」アマギは言った。ショシュンは大したことはしていないと言わんばかりにして言った。
「どういたしまして。これ位はお安いご用だよ。久しぶりの再会だ。積もる話はロッキーにもあるんじゃないか?自分は何だったら席を外しても構わないよ。話は兄弟で水入らずの方がいいだろう?」
「いや。話は特にない。おれはアマの元気な姿を見れて満足だ。アマはこれからも元気でな。テンリくんとは仲良くするんだぞ。以上」ランギは一方的に話を打ち切った。ショシュンはつっこみを入れた。
「って、早っ!ロッキー!それは少し冷たすぎるよ!君には話がなくても弟のアマギくんにはあるかもしれないじゃないか!ねえ?」ショシュンは聞いた。アマギは微妙な反応を示した。
「うーん。そうだな。積もる話って言う程ではないかもしれないけど、話はあるよ。おれは『平穏の地』から遠路遥々ここまでやって来たんだ。おれはもう少しだけもここにいさせてくれ。ダメかな?」
「いや。よかろう。アマには話があるというのならば、おれは聞いてみたい。ここに来るのにはかなり苦労をしたんだろうな?その努力は立派だ」ランギは褒めた。ショシュンは言った。
「そうそう。話はやっぱりそうこないといけないよ。アマギくんはそれにしても『平穏の地』から遥々来たって?アマギくんはさっきアルコイリスへの旅路の途中でここに寄ったっていうようなことを言っていたけど、それは確かに大変だったろうね?その話は自分も一緒に聞いてもいいのかな?」
「うん。いいぞ。おれは頭がよくないから、上手にはあんまり喋れないと思うけど、折角だから、ショシュンさんも一緒に聞いてくれ」アマギはそう言うと様々なことを喋り出した。トグラと言う喋る栗やピフィと言う喋る花と出会ったこと・忍者教室に通って『下忍の下』になれたこと・海賊船に乗って人間界を旅したこと・ハヤブサやセリケウスやキリシマといった屈強な革命軍と渡り合ったこと・テンリだけではなくてミヤマとシナノという大切な仲間が旅に加わったこと等をアマギは喋った。アマギは結果として積もる話を披露した訳である。寡言なランギはアマギによる全てのドキュメンタリーの冒険譚を聞き終えても例によって何も言わなかった。しかし、ショシュンの方はそれに対して自分の見解を述べてくれた。
「すごいなあ!うらやましいなあ!自分はアマギくんみたいにして男のロマンを追い求めてそんな大冒険をしてみたいよ。だけど、自分は話を聞かせてもらっただけでもアマギくんのおかげで冒険をしたような気になれたよ。自分にも話を聞かせてくれてありがとう。今の話にはさすがのロッキーも嫉妬をしちゃったんじゃないのかな?」ショシュンはさり気なくランギにもコメントを求めた。
「そうだな。いつかはおれも一人でそんな旅に出たいものだ。おれも革命軍との確執問題が解消されたら放浪の旅にでも出てみるか。アマはそれにしても偉いぞ。アマは以前におれと会った時よりも一回り大きくなったな?見かけではなくてもちろん心だ」ランギは言った。アマギは次のように切り返した。
「そうか?それはうれしいな。おれは成長していたのか。そう言えば、この太い棒は何なんだ?おれはここに来た時から気になっていたんだけど、特に意味はないっていうことはないよな?」
「ああ。これね。これは・・・・」ショシュンはそこで言葉を途切らせた。ランギはその装置に近づいたからである。ショシュンはランギに説明をしてもらおうと思ったのである。しかし、当のランギは何も口にしなかった。ランギはいつでも不言実行をポリシーにしているのである。弟のアマギの方は有言実行のタイプである。この兄弟はその点で真逆な性格をしている。ランギとアマギはそれでもよく気が合う方である。
ピンはランギが装置のスイッチを入れるとかなりのスピードで左右に動き出した。ピンの大きさは約7センチである。ランギはそれに向かって離れた場所から『進撃のブロー』を放った。そのランギによる攻撃は結果としてクレー射撃の成功例のようにして見事にピンの真ん中に直撃をした。
無色だったピンはチカチカと群青色に点滅した。ランギはアマギを見て『こういうことだ』と言った。ショシュンはそれを受けて解説をした。
「これは『セブン・ハート』の練習用の装置なんだよ。レベルはさっきのロボットと同じようにして10段階ある。レベルは上がるにつれて左右の動きがより高速になる。今『セブン・ハート』の練習用と言った通りにこれで鍛えられるのは『進撃のブロー』だけではない。ロッキーはレベル10だったから、とりあえずは自分もそれで行こう。アマギくんは見ていてね?」ショシュンはそう言うと指導員となって使い方の説明をしてくれることになった。ショシュンは機械のスイッチを入れてそこから離れた所まで行った。ショシュンは狙いを定めて羽を広げて少し宙に浮くと勢いよく地面を顎で叩いた。これは『追撃のクラック』である。ショシュンの叩いた所からは少しずつ地面に罅が入って程なくピンの所で大爆発が起こった。これもまた大当たりである。ピンは最も堅い石である金剛石でできているので、壊れてしまうようなことはない。これは甲虫王国で取れた石を節足帝国で加工してもらった輸入品なのである。
「自分の実力はこんな所かな。自分のこのレベルでの成功率は95パーセント位だよ。自分はまだまだ修行が足りないね?ロッキーに師事していたアマギくんは『セブン・ハート』を使えるんだよね?アマギくんも一度やってみる?ん?」ショシュンは訝しんだ。アマギからは何の反応も返ってこないからである。それもそのはずである。就寝時刻はもう過ぎてしまったので、アマギはすでにショシュンの実演の途中から安眠してしまっていたのである。『百聞は一見に如かず』と言えば、聞こえはいいが、何も言わずに説明しようとするランギと自分で聞いておいてちゃんと聞いていないアマギとは随分と自由奔放な兄弟だなとショシュンは思った。しかし、ショシュンは同時にそれを好ましくも感じた。二人はどちらも悪気があってやっている訳ではないからである。アマギの奇想天外な行動には慣れているランギは別に何とも思ってはいない。ショシュンは結局の所はアマギを起こさずにここで眠らせておいてあげることにした。ただし、革命軍は夜襲をしてくるかもしれないので、ショシュンはアマギのそばに付き添ってあげることを忘れなかった。
ランギはアマギに木の葉のふとんをかけてあげた。これはランギが昔からよくやってあげていることである。ショシュンはそれを見るとランギに対して眠る前に話しかけた。
「兄弟っていうものはいいものだね?ジュンヨンは三男で兄と姉がいるし、自分はそれが羨ましいよ。アマギくんのことはロッキーもかわいいだろう?」ショシュンは問いかけた。
「ああ。そうだな。昔はちょろちょろしていておれが見張っていないと何をしでかすか、アマはわからなかったが、今は随分と自制心がついたみたいだ。立ち入り禁止のこの地に入ってきている通りに完全には直っていないけどな。ショシュンは羨ましいというが、おれとショシュンだって兄弟みたいなものだ。年は5つ下だから、おれはショシュンの弟だ。性には合わないけどな」ランギは言った。
「そうか。ロッキーはそう言ってくれるか。そう考えてもいいのならば、自分はとても心が休まるよ。ありがとう。国家の危機はいつ迫ってくるかはわからない。今日はもう寝ようか。おやすみ。ロッキー」
「ああ。おやすみ」ランギもそう言うと今日は体を休めることにした。体調を万全にしておくに越したことはないからである。ショシュンやランギの二人だけではなくてエックス・デーが近いことは『マイルド・ソルジャー』の誰もが予見していることである。曲者の三匹はこうして次の日までぐっすりと眠ることになった。異変があれば、ショシュンとランギはすぐに起きるつもりだった。
しかし、革命軍の決起は幸いにもこの夜には起こらなかった。それは幸甚の至りである。今までのやり取りからもわかる通りに大切な者を守るために訓練をしてはいるが、ここにいるショシュンやランギといった『マイルド・ソルジャー』は暴力が好きな訳ではないのである。
キリシマがテンリ達の4匹を殺害しなかった理由を簡単に言えば、それは同情である。テンリ達は確かにオウギャクを初めとした革命軍の邪魔立てをする存在である。しかし、それは積極的なものではなくて半ば強制的にそうなってしまっているという側面がない訳ではない。キリシマからとって見れば、テンリ達はそもそも実にか弱い哀れな存在に思えたのである。それはキリシマの圧倒的な力の前で呆気なく捻じ伏せられたという事実を鑑みても明々白々である。キリシマの考え方はオウギャクと同様にして少しばかり崇高な所もあるので、自分と相手の力量を見て明らかに自分の方が優れていると思えば、キリシマは敵を敵として扱わないのである。これを美化して言えば、弱い者苛めは絶対にせずにましてや弱者の反乱にも自分達では一切の手を下さずに全部そういったことは部下に任せるという主義の持ち主なのである。
オウギャクはその点において特に他の虫をうまく懐柔することに並外れて長けている。それこそは王者の風格と言えそうなオウギャクが革命軍のリーダでいられる由縁である。
この日の朝から昼過ぎまではショウカクとウィライザーの二人がオウギャクの元を訪ねて来ていた。夜中である今はキリシマがオウギャクの根城を訪れている。そよ風は吹いているが、今はとても森閑とした夜である。この場所はオウギャクが根城にしている僻地である。堂々たる風格と覇気を兼ね揃えたキリシマは一向に眠そうな素振りを見せていないオウギャクに対して落ち着いた口調で聞いた。
「おれの判断を否定するか?おそらくはオウがあの場にいたとしてもおれと同じ判断を下したはずだ。おれはそう思うが、オウはどんな意見なんだ?」現在のキリシマは無表情である。
「同意見だ。異論はない。キリの話を聞いた限りではアマギだけは要注意しておいた方がいいと思うが、話はただそれだけだ。殺す程の価値とその必要性があったとはおれも思ってはいない。革命の時は近付いているから、おれはキリに意見を合わせているんじゃない。キリとは昔から気が合う仲だ。そこは勘違いをするなよ」オウギャクは力強く言った。しかし、オウギャクは怒っている訳ではない。
「わかっている。今は大事な時だ。オウと仲違いはそうでなくてもしたくない。しかし、そうだな。この王国は直にオウの手中に落ちる。心臓の高鳴りはあるか?おれには全くない。いつもと変わりのない平常心のままだ。この位ではオウだって動じはしないよな?」キリシマは同意を求めた。
「それもまた然りだ。おそらくは現実感がないからではないだろう。運命はいずれこうなると決まっているからだ。ここに来るまでは決して平坦な道ではなかった。ルークの失踪やクラーツとセリケウスの離脱はでかい痛手だった。しかし、それを逆転させることができたのも事実だ。それはキリがおれの右腕でいてくれたおかげだ」オウギャクは真剣な顔をして言った。キリシマは笑った。
「オウはやっぱり気が高ぶっているだろう?オウは普段そんなことを言ったりしない。いや。真面目な話をしているんだったな?逆転とはウィライザーとフィックスの加入のことだな?」
「そうだ。フィックスは妙な奴だし、ウィライザーはそれに輪をかけて妙な奴だ。しかし、奴らのおれに対する忠誠心は十分に信頼するに足る。その点については問題ない」オウギャクは言った。
「オウの鑑識眼は確かだ。それについてはおれも信用をしている。オウのことだ。オウはウィライザーにも成すべき事を十分に伝えたんだろう?奴の実力は本物だ。奴は王国の三強の一角を落としてくれることだろう。そうすれば、おれ達の仕事は随分と楽になる。不測の事態への対処はどうするつもりだ?」
「その時はおれが動くことにする。おれは『アブスタクル』の動きにも細心の注意を払うつもりだ。場合によってはコンゴウとヒュウガをぶつける。事はそれで足りるはずだ。楽観している訳ではない。『アブスタクル』についてはキリから聞いた情報と今までの所業を勘案してそう結論を出した。おそらくは奴らも自分からはこの戦いに参戦してはこないだろう。今までの動きを見ていれば、そういう結論にも達する」オウギャクは言葉を切った。キリシマはしばらく黙っていた。両者の間には一陣の風が吹いた。
上空には満月が浮かんでいる。オウギャクとキリシマの二人の影は月光に照らされて力強く存在を誇示している。キリシマの影法師は揺らめいた。キリシマは夜空を見上げて再び口を開いた。
「明日は晴れるといいな?天気予報は得意じゃないが、雨は降らないような気がする。ここ最近は天気が安定しているからだ。おれ達のやることはいずれにしろ変わらない。そうだろう?」
「もちろんだ。革命の決起は明日だ。ベストなコンディションで挑もう。この王国の歴史は明日ひっくり返ることになる。采は投げられた。次にキリと会う時は王宮を支配した時だ」オウギャクは言った。
「ああ。おそらくはそうなるだろう。それじゃあな。オウよ。しっかりと休めよ」キリシマはそう言うとこの場を去って行った。オウギャクの方はキリシマを無言で見送った。革命軍にとってのアレルギーは『スリー・マウンテン』である。この三匹を崩さないことにはオウギャクやキリシマ達はこの国を完全に収めることにはならない。だから、オウギャクはキリシマとウィラーザーの二人に『スリー・マウンテン』を倒してもらう予定なのである。ただし、明日はオウギャクにしても何もしない訳ではない。
オウギャクはある用事をすませたら自分でも『スリー・マウンテン』を打ち取るつもりである。オウギャクとキリシマとウィライザーの三匹は『スリー・マウンテン』を倒すことになっている。機会があれば、ショウカクやハヤブサやフィックスには『スリー・マウンテン』を弱らせてもらうつもりなのである。
翌日は雨天でも晴天でもなくて曇天だった。テンリ達は革命軍による蜂起が決議されたこの日もいつもと変わりなく目覚めた。テンリ達は食事を終えると目的地に向けて歩き出した。
『マイルド・ソルジャー』及び『森の守護者』に対する面会や差し入れをすることのできる窓口は持っていた『魔法の地図』によって武闘会よりも近いということがテンリ達にはわかっていた。
しかし、折角ここまでやって来たテティは用事がすんでも武闘会に顔を出しておくことにしていた。テンリはそれを聞くと大喜びをした。テンリはその道々に話を始めた。
「目的地に着けば、ぼく達はテティくんのパパに会えるの?テティくんはそれとも手渡しじゃなくて誰か別の虫さんに渡してもらうように頼むのかな?」テンリは問いかけた。テティは答えた。
「話によれば、ぼくちゃんは他の虫さんに頼むみたいだよ。パパは忙しいから、ぼくちゃんの訪ねた時は遠くにいる可能性もあるからね。本当はパパに会いたいんだけれども、パパは定期的にお家に帰ってきてくれるから、ぼくちゃんは我慢することに決めているんだ。てへ、以前はパパが帰ってこないとぐずっていたんだけど、ぼくちゃんは成長したんだ」テティは誇らしげにしている。
「鮮麗な虫の心はガラス玉と言った所か。うーん。しみじみと味わい深い。いいねえ。今のテティくんのようにして美しい虫の言動は見ていて心が休まるよ」ミヤマは一人で勝手に風流を解している。
「あら、ミヤくんには川柳の分野にも嗜みがあったの?ミヤくんは自画自賛するだけあってそれなりにいいことを言うのね?」シナノは冷静に評価をした。それはテンリも同意見である。俳句には季語と切れ字が含まれている。一方の川柳にはそれがなくて滑稽や風刺といったものを特色としている。
俳句と川柳の大きな違いはそこにある。短歌は五・七・五・七・七である。和歌には短歌の他にも長歌や旋頭歌や返歌といったものも存在する。ミヤマは急に張り切り出した。
「そうだよ。おれにはそんな特技もあったんだよ。爆ぜるミヤ 裸一貫の優男!ミヤちゃんと風光明媚 いい勝負。我勝ちに 会いたい男 ミヤ様だ!」ミヤマは毎度のことながら調子に乗り出した。
「自分を愛しているっていう点はカリーくんにそっくりだね?ミヤくんは自分のことが大好きだから、ぼくはうらやましいな」テンリは言った。テティは師匠を見習って男気を見せた。
「よし!わかった!ぼくちゃんはテンリっちのいい所を川柳で考えてあげるよ。そうだなあ。ぼくちゃんはテンリっちと会ったばかりだから、的を射ているかどうかはわからないけど、こんなのはどうかな?受け入れる 受け流すこと 内容美」テティは中々凝った川柳を口にした。
「なるほど。テティくんはテンちゃんのやさしさを芸術に準えたのね?テティくんは川柳を作るのがとても上手ね?」シナノは褒め称えた。知識が豊富なシナノはすぐにテティの川柳の意味を悟った。
「てへ、うれしいな。だけど、ぼくちゃんには今一つ納得が行かないんだよ。これだけじゃあ、テンリっちのやさしさは表現できていないみたい。それじゃあ、もう一丁!君がいる。やさしさがある。同じこと」テティは出せる力を全て使って言った。テンリはそれを聞いてとてもうれしそうである。
「ミヤくんとテティくんはよく考えられるものね?川柳を作るのは意外と難しそうだけど、私も作ってみようかしら?」シナノは言った。皆はするとシナノにシンキング・タイムを与えるためにしばらく黙々と歩くことにした。テンリとミヤマは一緒になって川柳を考えている。ここではちょっとした品評会が催されている訳である。テティはすこぶる機嫌がよさそうにして風を切って歩いている。
「こんな川柳はどうかしら?『精彩な心は皆を晴れやかに』私の作品はあんまり上手じゃなくて恥ずかしいけど、私はテティくんの元気印を川柳にしてみたの。テティくんはいつも明るくて元気だから、それを見ている私達はテティくんから元気をもらえるような気がするものね?」シナノは穏やかな性質そのままにして言った。テンリとミヤマはそれに賛同をした。テティは照れた。
「てへ、ぼくちゃんはうれしすぎて顔が赤くなっちゃいそうだよ。シナノっちはお世辞の達人だね?ぼくちゃんもシナノっちと一緒にいるとやさしい気持ちになれるよ。これはもちろんミヤマっち師匠とテンリっちにも言えることなんだけどね」やさしい性格のテティはきちんと気を配っている。
「テティくんも褒め上手だね?ぼくはミヤくんの川柳を考えたよ。さっきのミヤくんは散々自己アピールをしていたけど、ぼくからも改めて言わせてね?楼上の絵になる彼はおもしろい。これはちょっと難しいけれども、どうかなあ?楼上は高い建物の上っていう意味だよ」テンリは言った。
「おお!いいね!おれの人相風体と性格を実によく捕らえているよ。おもしろいっていうおれの生命線を取り入れてくれた辺りはテンちゃんの抜け目なさが窺われるな。それじゃあ、おれは最後にこの流れから言ってナノちゃんの川柳を披露しよう。おれはさっきナノちゃんのものも考えておいたんだよ。クオリティは低いような気がするけど、量だけは湯水のように出てくるんだよ。矛盾するけど、真打の作品はこれだ!石清水 才気煥発 優女。どうだ?」ミヤマは自信満々に言った。テティはつっこみを入れた。
「って、ちょっと待った!今のは何?川柳というか、それはただの単語の羅列だよ!石清水はどこから出てきたの?シナノっちとは全く関係がないよ!ああ!そうか!ミヤマっちはつっこみ所の満載のボケをかましたんだね?ぼくちゃんは圧倒されちゃったよ。ミヤマっちはやっぱりでっかい男だね?ぼくちゃんの憧れの虫さんなだけはあるよ。ミヤマっちのお笑いセンスは伊達じゃないね?」
「テティくんは何だか盛り上がっているね?テティくんはミヤくんが大好きなんだね?ぼくは一応の関係者としてうれしいな。そうだ。ナノちゃんはミヤくんの川柳を気に入った?今の作品を川柳と呼んでいいのならの話だけど」テンリは確認をした。シナノは大らかに答えた。
「ええ。私のことを持ち上げてくれたっていうことはよくわかったから、私はとてもうれしい。短詩は作る方も話題にされる方もよく個性が出ていてよかった。川柳は少し難しかったけど、思っていることは私も言葉にできたから、それは本当によかった」シナノは話を纏めるようにして言った。
「そうだな。いつもはバカなことばっかりを言っているおれも少しは役に立つことがあるっていうことの証明だよ。川柳はおれが始めたことだから、おれはそう言うんだよ。手前味噌にはなっちゃうけれどもな。さあ!行こう!武闘会まで あと少し」ミヤマは気合いを入れ直した。テンリはミヤマの言葉尻を捉えた。
「そうか。一応はそれも川柳になっているんだね?それから『少しは役に立つ』じゃなくてミヤくんはいつも大活躍をしているよ。ミヤくんは場を盛り上げるのが上手だものね?」
「えへへ、そうかい?テンちゃんに評価してもらえるのうれしいよ」ミヤマは照れている。テンリに限らずにこの一行は相手に対するリスペクトの気持ちを大事にしている。そうすれば、自然にやさしい言葉が出てきたり、思いやりのある行動を取れたりするからである。
その後のテンリ達の一行は『秘密の地』に取り次いでくれる窓口に到着した。そこは派出所のような建物がある所である。しかし、材質は丸太なので、一応はログ・ハウスの一種である。そこにはメスのプリオノイデスシワバネクワガタとオスのコフキホソクワガタの二匹がいた。
前者はオフィス・レディー(OL)である。後者の用心棒は体長が約52ミリでかなりの強面でむっつりとしている。彼を人間で例えるならば、頭はスキン・ヘッドか、あるいはパンチ・パーマで目つきは悪くてまゆ毛はなくてポケットに両手を突っ込んでいるような感じである。用心棒は怖そうなので、テティは女性の事務員に事情を説明した。彼女はよく話を聞いてくれて必ずテティの父であるエドウィンに渡すことを約して一本の『魔法の枝』を受け取ってくれた。その際のテンリは自分のことのようにしてテティと一緒にお礼を言った。帰りしなはアマギの不在を思わせないような行動に出る男がいた。ある男はトラブルを引き起こそうとした。その男は用心棒に対して次のように放言をしたのである。
「最後はおれと睨めっこをしないかい?あっぷっぷ!コンドルがケツに食い込んどる!ははは!これは反則だよな?って、笑っちゃったよ。君はそれにしても能面みたいなおもしろい顔をしているな?」
シナノはそれを言ったらお仕舞いだろうと心の中でつっこみを入れた。シナノは同時にこれで一悶着あるのだろうかと冷や汗をかいた。テティは師匠のミヤマと一緒になって大笑いをしている。
この場の雰囲気はそれでもやや険悪なので、テンリはそれを察して無表情である。渦中の男である用心棒はテンリとシナノが不安になっている中でやがて次のように口を開いた。
「いやー!そうですよね?自分でもわかってはいるんですけど、こればっかりは直らないんですよ。強面の自分はずっと和やかにしているのも変でしょう?まあ、今回は大目に見て下さい。皆さんはお疲れさまでした。ご足労をありがとうございました。気をつけてお帰り下さい」用心棒は笑顔である。
実はこの用心棒はそういう性格だったのかとシナノは密かに一本を取られた。テンリ達の4匹は何はともあれこうして用心棒に見送られて武闘会に足を向けることになった。
テンリとシナノは先程の用心棒が怖い性格のクワガタかと思っていたのにも関わらず、ミヤマはどうしてそうでないと見破ったのかとシナノは代表して聞いてみた。それに対するミヤマの答えは勘だというものだった。テティに至ってはいつもの通りに誰とでも仲良くなろうとする心構えがあってのことである。テティは人間関係ならぬ昆虫関係においては怖いもの知らずなのである。ミヤマは弟子のテティに対して本物の冒険というものを教えてあげようとしたのである。しかし、テティには全然その意思を意に解している様子はない。もしも、先程の用心棒が見かけの通りに怖い性格の持ち主であったならば、ミヤマはテンリ達を伴って敵前逃亡するつもりだった。ミヤマは賭けをしていたのである。
ただし『マイルド・ソルジャー』と『森の守護者』に悪い虫はいないはずである。偶然にもその両者に志願していないる者もいなかったテンリ達の4匹はそれを知らなかったが、両者は入隊する時にやさしさを基準にして篩にかけられるのである。両者の志願者は面談をするのではなくて一か月の共同生活による実習を受けて晴れてそれぞれの道を歩めるシステムになっているのである。ネコをかぶっていても一か月も一緒にいれば、大抵の虫は化けの皮が剥がれる。その実習の最後にはもちろん実技試験もある。
身体能力を計るというその実技試験は『森の守護者』よりも『マイルド・ソルジャー』の方がより難易度が高く設定されている。軍隊は警察よりも強くなければならないのである。
テンリ達の4匹は程なくして武闘会にやって来た。そこでは一般人の参加が不可とされている。参加資格があるのは『マイルド・ソルジャー』だけである。普段は勝ち抜き制で行われるという話は出たが、その参加者は全部で16匹である。この中で王者を決するという訳である。
革命軍の存在がなければ、普段は午前の部と午後の部で一日に二回行われる。しかし、今は午前の部だけしかやっていない。今は成るべく負傷者を出さないようにしようという配慮からである。
ただし、一日に二回行われる場合でもダブル・ヘッダーのようにして同じ日に同じ選手が二回続けて試合に参加することはない。大会において『セブン・ハート』の使用は禁止されている。
武闘会には『マイルド・ソルジャー』が帰郷するためにシーズン・オフもあるにはある。しかし、ほぼそれ以外は年中無休で開催されている。需要と供給の関係に基づいているのである。
テンリ達がやってきた時はすでに今日の決勝戦が行われようとする所だった。顔合わせは体長66ミリ程のイグジミウスホソアカクワガタと体長70ミリ程のオオヒサシカブトである。前者はグレイシーと言って後者はオサートと言う名である。グレイシーは5度も決勝戦に出場したことがあるが、優勝経験は未だにない選手である。オサートの方は三度の優勝経験があって今大会はシード権を有していた。
今回はたまたま似たような体格の選手同士の戦いだが、この武闘会では重量や体長の違いで選別をしないことになっている。小さくて軽い虫はこれだと不利のようだが『マイルド・ソルジャー』に選ばれる位の虫ならば、それ位のハンディキャップはものともしないのである。テティとミヤマはグレイシーとオサートの紹介を受けると賭博をすることにした。テティは初優勝を狙うグレイシーに賭けた。
ミヤマは必然的に経験豊富なオサートに賭けることになった。賭けるものはテティが『魔法の枝』でミヤマはクナイである。テンリとシナノは静かに観戦をすることにしている。
試合は審判員によるゴングの代わりのかけ声によってオン・タイムで開始した。オサートは羽を広げてグレイシーに襲いかかった。グレイシーはそれを正面から受け止めてのこったの状態になった。しかし、それはすぐに解けてグレイシーはオサートによって宙に投げ出された。
グレイシーはそれでも踏み留まって上空から地上にいるオサートを顎で横に払った。群衆からは歓声が上がった。テティとミヤマは同様にして声を張り上げた。見所は初回から満載である。
闘技場は直径85センチ・メートルある。ルールはこのフィールドから相手を叩き出すか、審判員に大技が決まったと判断されるか、あるいはどちらかの選手が参ったと言えば、勝ちはそれで決まる。
ルールは至って簡単である。だから、テンリ達の一行はすぐに理解することができた。観客は約50匹もいる。観覧席はフィールドを囲むようにして段々になっている。中には常連客もいるし『マイルド・ソルジャー』の姿も見受けられる。『スリー・マウンテン』が出場する時は100匹近くの観客が集まって大盛況となる。観客の一匹でミヤマの隣にいたオスのジャマイカイッカクカブトはこんなことを言い出した。
「私はさっきから気になっていたんだが、君達はクラーツの一団を打ち取った英雄じゃないのかな?あの有名な『シャイニング』だ。そうだよね?噂に聞いているメンバーとそっくり同じだもの」
謙虚なテンリとシナノはそれぞれ『うん。そうだけど、ぼくは何もしていないんだよ』とか『いいえ。虫違いです』と言おうとした。ミヤマはその前にこんなことを口走ってしまった。
「ああ。そうだよ。このおれは何を隠そうあの有名なホーキンスを打ち取ったんだ。いやー!あれは波乱万丈な戦いだったな。知っているそれにしても虫は知っているものだな」
それを聞くとあちこちから『ぼくも知っているよ』とか『私もよ』という声が聞こえてきた。ミヤマの近くにいた虫達はこうして試合をそっちのけでテンリ達の所に群がって来た。ただし、ミヤマの弟子のテティは師匠の晴れ姿も何のそので試合を食い入るように見つめている。
「それ!そこだ!違う!そうじゃない!危ない!避けた!よし!次だ!切りかえて行こう!」テティは必死になって応援をしている。気のやさしいテティは野次を飛ばすことはしない。道化師のミヤマの暴走はそうこうしている内についに始まった。ミヤマは演説をしながらもなぜかダンスを踊り出そうとしている。テンリはミヤマの目立ちたがり屋の性質を輝いているようにして認識している。
シナノはもはやミヤマの行動を制御できないと放任することにしている。テティは皆の注目を集めてミヤマが躍り出した時とんでもない事をやり出した。それはまさしく誰にも様子できない行動である。
「ああ!ぼくちゃんはもう見ていられなーい!」テティはそう言うとフィールドに乱入をした。テティはやがてグレイシーに投げ飛ばされたオサートに覆い被さってフィールド外に帰ってきた。テティは『きゃん!』と言ってオサートの下敷きになった。観衆は『おー!』と大歓声を上げた。
「ガーン!誰一人としておれのダンスを見とらん!」ミヤマは一人寂しく踊りながら言った。ミヤマに注目していた虫はテティの奇行と試合の決着によって目を移してしまっていたのである。
今日の大会は何はともあれ優勝候補のオサートを抑えてグレイシーが初優勝を果たした。テンリ達の4匹は皆がめでたい周囲に比べて暗い顔をしている。それは各々に心配事があるからである。
テンリとシナノだけではなくてやさしい虫やテティの上に乗っかっていたオサートはテティのことを気使った。しかし、その心配は無用だった。テティは持ち前の元気さを発揮したからである。
「やったー!ぼくちゃんは賭けに勝った!おめでとう!グレイシーさん!ぼくちゃんは実はクナイが欲しかったんだ!ああ。ケガ?大丈夫だよ!昨日も言ったけど、ぼくちゃんは打たれ強いんだよ。ミヤマっちは残念だったね?だけど、ぼくちゃんはミヤマっちに『魔法の枝』を上げるよ。よかったね?」
「よかったって?おお!そうさ!おれは無視をされても邪険にされても決してへこたれはしない。私は愛されているから!」ミヤマは悲劇のヒロインを演じている。シナノはそれを冷静に分析した。
「9割9分はもはや自棄くそね」シナノはしれっとしている。シナノのつっこみはミヤマに鍛えられて冴えている。優勝したグレイシーはミヤマとシナノがそんなことを言っているとテティの所に謝りに来た。
過失は乱入してきたテティの方にあった。しかし、グレイシーは律儀な男なのである。観衆はやがてそれぞれの行く先に散って行った。ミヤマはテンリ達の4匹だけになるとテティに対してクナイを渡してしかと『魔法の枝』をテティから受け取った。テティは賭けには勝ってもお世話になっているミヤマには自分の品物をプレゼントしたのである。アマギはドンリュウを通じてソウリュウにクナイを譲渡しているので、テンリ達のポシェットに入っているクナイはこれによってテンリの分の一つだけになった。
あまりにも帰りが遅くなると母が身を案じてしまうので、テティはここでテンリ達の三匹とお別れをすることになった。しかし、テティはしょんぼりとはしていない。
「それじゃあね。ぼくちゃんは皆に会えてうれしかったよ。皆はまた会えたならば、ぼくちゃんと遊んでね?遊んでくれる?」テティは問いかけた。テンリはもちろん快諾をした。
「うん。また遊ぼうね。できれば、ぼく達はアルコイリスの帰りにテティくんに会いに行くからね。テティくんはそしたらアマくんともお友達になってあげてね。テティくんは元気でね。バイバイ」
「さようなら。あら、ミヤくんは何も言ってあげないの?」シナノは聞いた。テティはすでに元気よく歩き出してしまっている。しかし、テティはミヤマからもお言葉を給えるのかと思って立ち止まった。
ミヤマはもったいぶるようにして少し間を開けた。これはミヤマにしてみれば『アテンション・プリーズ』という意味である。ミヤマは感情を交えずに言った。
「テティくん。死ぬなよ。おれが言いたいのはそれだけだ。後は君の自由裁量に任せる」
「って、どこぞの特攻隊気取り?」シナノはつっこんだ。テティは二本足で立つとテンリ達の三匹に対して敬礼をして怖い顔をして去って行った。シナノは苦笑をしている。テティは生死をかけた戦いに赴くような気がしている。それはあくまでもテティが勝手にそんな気になっているだけである。
実際はそんなことはない。テンリは息のつまるような緊迫したシーンから解放されるとようやく吐息をついた。ただし、本当の意味であれを緊迫したシーンにカウントしているのはテンリだけである。ミヤマはすぐに野放図なダンスを踊り出してテティは少しすると鼻歌を歌い出したからである。
素直なテンリはミヤマを見て軽い気持ちになってアマギとの待ち合わせ場所に嬉々として足を向けることにした。シナノは何となく満足げな顔をしている。しかし、この時点ではまだテンリとミヤマとシナノの三匹は自分達が激戦地に近づいて行っているとは夢にも思っていなかった。
この日の朝は兄のランギによってしょっちゅう朝寝坊をしてしまうアマギは揺り起こされた。間もなくしてここでの使命は果たしたアマギは帰宅をすることにした。ランギは気楽なアマギに対してまた来るようにと伝えた。それはあまりいいことではないが、そばにいたショシュンはそれを黙認しておいた。
どちらにしても革命軍が壊滅すれば、少しはここ『秘密の地』における立ち入り禁止の規制も緩和されることになるからである。アマギはともかくあっさりとランギとお別れをした。ショシュンは途中までアマギを送ってあげることにした。お城での警護をジュンヨンと交代しなければならなかったショシュンはついでのことでもあったのである。アマギはそれでも十分にうれしそうである。
後は直進するだけでいい道まで案内されるとショシュンに対して厚くお礼を述べてアマギはショシュンともお別れをすることにした。現在のアマギはつかつかと地上を歩いている。目的地までの到着には約20分かかる。何にも考えていないアマギは全く時間のことも気にしてはいない。
ただし、アマギは早くテンリ達に会いたくて無意識の内に早歩きにはなっている。アマギの左側からは不意に大人数の怒声が聞こえて来た。やって来たオスのカブトムシとクワガタとコガネムシの数は約20匹である。彼等は背中に赤色のペンキを塗っている。これは革命軍であるという証である。
つまり『マイルド・ソルジャー』は青で『森の守護者』は緑で革命軍は赤のペンキをつけているという訳である。甲虫王国の虫はそれを見て敵味方の区別を行うのである。
現れた軍団のリーダーはフィックスである。フィックスは体長78ミリ程のマグニフィクスホソアカクワガタである。フィックスは元々『マイルド・ソルジャー』として22年も勤続していた。しかし、フィックスはテロリズムを奉じようとして失敗したという経歴の持ち主である。現在のフィックスの年齢は34歳である。フィックスは今の国王軍に不信感を持っている。当時のフィックスという名のテロリストもどきは『監獄の地』に投獄されることになった。しかし、フィックスはやがてオウギャク達による『ワースト・シチュエーション』事件によって脱獄を果たして強大な即戦力としてオウギャクに付き従うことになった。空を飛んでこちらにやって来る革命軍の中の一人であるインカツノコガネはするとアマギの存在に気づいた。
「あれは!フィックスさん!奴は『アブスタクル』のアマギです!もしも、見つければ、オウギャクさんからは即刻に始末するようにと指令が出ています!一気に畳みかけますか?」
「いんや。その必要はないでやんす。高々あのようなザコの一匹に全員で立ち止まるのはバカらしいでやんす。私が消しておくでやんす。皆さんは先に『黄の広場』へ急行していてくれ!」フィックスは命じた。
オスのタランドゥスオオツヤクワガタは代表して『はっ!了解しました!』と返事をした。フィックス以外の面々はアマギの横を通過して行った。残ったのはアマギとフィックスだけである。
しかし、アマギは何事もなかったかのようにして一心不乱に道を歩いている。鈍いアマギはまだ事態をちゃんと飲み込んでいないのである。フィックスは当然のことながらアマギを呼び止めた。
「やい!やい!ザコちゃんよ!私の名はフィックスでやんす。あんたは私のことを知っているかい?一時期は『暴虐のジャック・ナイフ』として騒がれた男でやんす。あれは私のことでやんす」
アマギはここにきてようやく足を止めた。アマギはフィックスに目を止めた。フィックスは今までアマギに合わせて漫ろ歩きをしていたのである。フィックスは変なところが礼儀正しいのである。
「さあ?おれは知らないな。だけど、フィックスは名前からして悪いやつだろう?おれは知らないけど、悪いことはしない方がいいぞ。いつかは必ず天罰が下ることになるからな」アマギは少し思案して言った。
「それもそうだな。って、私はどうしてザコのあんたに説教されにゃあならんのでやんす!あなたは気づいてないようだから、私は教えてやるでやんす。私は革命軍でやんす」フィックスは胸を張った。
「ふーん。それで?革命軍のフィックスは国王軍の敷地でなにをやっているんだ?フィックスは投降でもしに来たのか?まあ、おれはなんでもいいけど、話は手短に頼むぞ。今のおれは忙しいんだ」アマギは面倒くさそうである。フッィクスはそれでもまだ堪忍袋の緒が切れるということはなかった。
「あんたは本当に鈍いなあ。ザコはこれだから、わたしは困るのでやんす。先程の軍勢と革命軍の私と『秘密の地』という場所だけでもわかるだろう?革命軍は決起をしたのでやんす。私はあんたの抹殺を上役から受けている。私はザコにも容赦はしないでやんす!」フィックスはそう言うと羽を広げて顎を横に払ってアマギを一撃しようとした。しかし、アマギはショシュン直伝の柔の心得で簡単にそれをかわした。
「うわっ!危ないな!おれは革命軍に恨まれているみたいだな。まあ、知ってはいたけど。それより、フィックスは急に攻撃してくるなんて卑怯だぞ!その上にさっきから聞いていれば『ザコだ!ザコだ!』とフィックスは虫を見下しすぎだ。一度はフィックスも痛い目に合った方がいいかもな。おれはそっちがやる気ならば、反撃をするぞ!」アマギはそう言うと向かってくるフィックスに組みついた。アマギはすぐにフィックスを投げ飛ばした。アマギは尚も宙を浮くフィックスに追い打ちをかけようとした。しかし、フィックスはさすがにそれを避けて今回はフィックスの方も反撃に転じた。フィックスは空を飛んでいるアマギに対して次から次へと突撃して猛攻撃を仕掛けた。フィックスの気迫は凄まじいものである。
「ザコさんよ。私はかつてクーデターを起こして10匹もの国王軍を打ちのめしたのでやんす。仲間はわたしにもいた。しかし、それに関してはたった一人でやったのでやんす。私は特別な虫でやんす。あんたのようなザコとは格が違うのでやんす。くそっ!私の攻撃はどうして一度も当らないのでやんす」フィックスは動揺をしている。フィックスの攻撃は確かにアマギ柔の心得で簡単に避けられ続けている。
「あはは!楽勝!楽勝!この位はちょろいよ。こういうことはあんまり言いたくないけど、フィックスは口だけだな」今のアマギは余裕を通り越してもはや完全に楽しんでいる。
それもそのはずである。さっきからアマギに攻撃をかわされ続けているフィックスは空中を行ったり来たりしているだけなのである。フィックスはまるで舞を舞っているかのようである。
「ザコのくせに侮辱をしてくれるでやんす。それならば、私も・・・・ぶべ!」フィックスはそう言うと地上に落下した。威勢はよかったのだが、フィックスはアマギの角で地面に叩き落されたのである。
「降りてこい!上空の借りは地上で返してやるでやんす!」フィックスは豪語した。アマギは素直に地面に着地をした。フィックスはするとにやりとした。フィックスは途端に素早く地面を顎で叩いて『追撃のクラック』を発動した。アマギのいる所ではあっという間に大爆発が起きた。
「ふん!消し飛んだでやんす!ザコの分際で手こずらせやがって!私の恐ろしさに気づくのはちと遅かったでやんす。私も『黄の広場』に・・・・うお!」フィックスは大いに驚いた。
アマギは先程の攻撃を動物的な本能で避けて再びフィックスの前に立ちはだかったのである。フィックスは再び奥義を使おうとした。しかし、アマギはその前に空中に浮かんだ。
「悪いけど、二度はさすがのおれも同じ手を食わないぞ。もう『降りてこい』って言われても降りてあげないから、以後はよろしく!ん?おっとっと!」アマギはそう言うとすんでの所でフィックスの『突撃のウェーブ』をかわした。空中戦はこれによってまた再開した訳である。
「あんたは私のことを嫌という程に虚仮にしてくれたな?怒った私はもう誰にも止められないでやんす!本当の戦いはこれからでやんす!私の真骨頂を見せてやるでやんす!」フィックスはそう言うと再び『突撃のウェーブ』を繰り出した。アマギはそれをギリギリで避けた。アマギは奥義の射程範囲内に入らなかったのである。アマギは後ろ向きになっているフィックスに向かって『進撃のブロー』を使った。
しかし、フィックスはわざと羽をしまって少し落下してそれを避けた。フィックスにはまるで後ろに目があるかのようである。フィックスはそのアマギの鎌風を気配だけで察知したのである。
「フィックスはもっと弱い奴だと思っていたけど、思っていたよりは結構やるじゃん。お見それしたよ。ここからはおれも本気を出すから、フィックスは覚悟をしてくれよ」アマギは真面目な口調になった。
「ザコは何をしようと無駄なことでやんす!」フィックスはそう言うと三度目の『突撃のウェーブ』を使おうとした。しかし、アマギはそれを見越した上でそうさせなかった。アマギは奥義を使われる前にフィックスの懐に飛び込んだ。『突撃のウェーブ』はここまで近すぎると使えない。フィックスはすぐにそれに対処をしてアマギの角を自分の顎で払った。その強度は凄まじいものだった。アマギは地面に叩きつけられた。
フィックスはすぐに地上に降りてすかさずに地面を叩いた。しかし、アマギにその『追撃のクラック』はかすりもしなかった。地面に着地後のアマギはすぐにまた空を飛んだからである。スロー・スターターのアマギにはエンジンがフル活動を始めていよいよトップ・ギアで対処できるようになってきた。
「ダメだ。おれはこんな所で燻ぶっていたらダメなんだ。おれはテンちゃん達をひどい目に合わせたキリシマに勝つんだ!おれはフィックスには絶対に負けない!」アマギは意気込んだ。
「威勢はいいことでやんす。しかしでやんす。あんたはキリシマさんには勝てないでやんす。あんたは今ここで私に消される運命にあるからでやんす。うおー!」フィックスはそう言うと『突撃のウェーブ』の構えに入って宙を飛んでいるアマギに狙いを定めた。しかし、フィックスはそれをフェイクとして奥義を使わずにアマギの所まで飛んで陸上戦に持ち込むためにアマギの体を挟み込もうとした。
アマギはそれを軽やかにかわすとフィックスを地面に叩き落とした。アマギは地面を転がるフィックスをわざわざ地上に降りて追ってきた。フィックスはキツネにつままれたような顔をしている。
「あんたはバカか?私は地上での戦いを得意としているのでやんす。あんたが下に降りてきてくれりゃあ、私は自分の土俵で戦えるということでやんす」フィックスはそう言うと地上にいるアマギに向かって『追撃のクラック』を使った。地面にはすぐに罅が入って一秒後には大爆発が起きた。アマギは爆心地から大きく避けることをしなかった。アマギはしっかりとその攻撃をかわしてフィックスの目前に突っ込んだ。
フィックスは『なにを・・・・・』と言うとその時にはもう決着はついていた。突っ込んで来たアマギによる全力の『迎撃のブレイズ』はフィックスに直撃した。フィックスは炎に包まれると意識を失ってしまった。
ショシュンの助力もあってアマギの身体能力は向上していた。今までは不完全だったアマギの『迎撃のブレイズ』も洗練された一級品に様変わりしていたのである。
「残念だったな。フィックスは確かに地上で戦うと強いかもしれないけど、それなりの戦いはおれにもできるんだ。フィックスは誰かに運搬してもらうとしよう。おれはどうするか?フィックスは『黄の広場』がどうとか言っていたけど、キリシマはそこにいるのかな?とりあえず、行ってみよう。テンちゃん。ミヤ。ナノちゃん。悪いけど、おれは寄り道をするよ。絶対に死にはしないから、おれ達はまたすぐに会えると思う。それじゃあ、行ってくる」アマギは空を見上げると気持ち通じることを信じて言った。
本来ならば、革命軍の鎮撫というのは『マイルド・ソルジャー』の役目のはずである。しかし、アマギは間もなく猪武者のようにして内乱の渦中に突撃することになる。革命か、鎮圧か、雌雄を決する戦いの火蓋は切って落とされた。この戦いはすでにアマギVSフィックスで幕を開けている。
動き出した歯車はもはや誰にも止めることはできない。それは明々白々の事実である。天下分け目の関ヶ原である国王軍VS革命軍の戦いはこれから更に過熱して行くことになる。
甲虫王国のお城は『秘密の地』から約10メートル離れた場所に建立されている。大きさは人間界の一戸建て住宅と同じ位である。ただし、人にとってはただの家でも虫にとっては立派なお城である。城の中は虫にとって巨大迷路さながらである。この国の城は5階建てである。
城に階段がないという話はすでに出ている。その代わりにはバリアフリーで見られるようなスロープが存在する。柱は加工されていない木がそのまま使われている。だから、城の柱はよじ登ることもできる。この城は500年前のボストークの決起の15年前に完成したものである。ここは『名花の間』と名づけられた大広間である。城の部屋にはそれぞれ花に関連した名前がつけられている。
ただし、部屋には必ず花がある訳ではない。例えば、この『名花の間』には名花がある訳ではなくて入り口の両サイドにシクラメンとポインセチアが描かれている。だから『名花の間』はそう呼ばれている。これは蛇足である。お花マニアのアイラはいつかこの城に行ってみたいと思っている。国王であるゴールデンは今この大広間において忠臣のジュンヨンと二人きりで話をしている。
「来たるべき時はついに来た。『マイルド・ソルジャー』はすでに決戦の舞台に出ている。この国の命運はその皆のがんばりにかかっている。ジュンヨンよ。我々の勝率はどの位だと思う?」
「物事に絶対というものはないものです。しかし、ぼくは95パーセント以上の確率で国王軍が勝利を収めることができると思います。ただし、それは兵士達の皆がベストを尽くせばの話です。革命軍の実力も侮ることはできません。ぼく達はそれでもイヨ王妃やエナ王女に危害が及ぶようなことは決して致しません。それだけは『マイルド・ソルジャー』一同の思いです」ジュンヨンは言い切った。
「うむ。それは心強い。しかし、一番に大事なのは国民の皆の暮らしだ。これだけは何があっても死守せねばならない。朕は国家なり。我はそんなことは言わない。我は兵士達に混じって一緒に戦うぞ」
「国王様の強さはよく存じ上げております。国王様がそうおっしゃるのならば、ぼくも止めは致しません。しかし、ご無理は決してなさらないようにお願い申し上げます。国王様はこの国の泰平を守ってこの国の象徴でもあります。ぼくだけではなくてこの願いは自国民や他国民の皆からのものでもあります。ぼく達(兵士)も気を配ります。しかし、国王様はくれぐれもご用心下さい」ジュンヨンは釘を刺した。
「そう言ってくれることはうれしい。しかし、我は言ったはずだぞ。我は国家ではない。国家は我が戦いに敗れたとしても滅びない。ようは『マイルド・ソルジャー』と『森の守護者』による国王軍が勝利さえすればいいのだ。しかし、我もバカではない。見す見す玉砕しようとは思わない。ランギくんとショシュンくんはすでに戦線に加わっているのか?兵士達の皆は頼もしくは思う。しかし、君と彼等には特に多大な信頼を我は置いている」ゴールデンは『スリー・マウンテン』に対する評価をここで口にした。
「ありがたきお言葉です。質問の答えは『イエス』です。確実ではありません。しかし、おそらくはそう思われます。シュンは時間的に『黄の広場』にいるのではないかと思われます。ランくんも頼りになる男です。自分の役割を果たしていると考えて間違いありません。ここにいてもかすかに騒ぎは聞こえてきます。この事態は素人のレポーターと口コミによって王国全土に報告されるのも時間の問題かと思われます」
「そうか。しかし、国の隅々にまで情報が届く頃にはこの戦いも終結しているだろう。国民の皆に不安を感じさせてしまうのは難儀だ。国民の皆が知る情報は我々の勝利という情報だけでいい。あの男が加入すれば、こちらの戦力は格段に上がる。彼は我も多大な信頼を寄せる男の一人だ」ゴールデンは言った。
「ええ。彼の到着は確かにぼくも待ち遠しいです。戦況は刻一刻と変わります。こちらに隠しておいた切り札があることはかなりの強みになるかと思われます」ジュンヨンは恭しくもきちんと意見を述べた。
「その通りだ。ジュンヨンはさすがにいいことを言ってくれる。我も自信になった。さて、我々もそろそろ前線に赴こう。そのことはすでに戦っている者達の士気を上げることにも繋がる」
「全く以ってその通りです。しかし、ぼくだけでも前線に行くのは結構かと存じます。国王様にもしものことがあったらならば、ぼく達(兵士)は国民に顔見せできなくなってしまいます。誠に恐縮ですが、国王様は後方支援にあたって下さい。本当は国王様のお気持ちを知っている立場としてぼくもこのようなことを申し上げるのは心苦しいのです。申し訳ありません。しかし、国王様はご理解を願います」
「わかった。わかった。心配してくれてありがとう。実はランギくんとショシュンくんにもうるさく言われているんだ。我は何度も言うように自分から戦いを挑むようなことはしない。どうか、ジュンヨンも安心してくれ。我がこの戦いで死ぬようなことはありえない」ゴールデンは断言をした。
「御意にございます。ぼくも出せる力は全て出し切ります。ぼくは負傷者を最低限に抑えるためにも一人でも多くの革命軍を取り押さえるように努めます」ジュンヨンは誠心誠意を込めて言った。
「わかった。この戦いは我の治世におけるどでかい山だ。この戦いを終えれば、泰平の世はもう約束されたようなものだ。いや。我はもっといい国作りに努めるつもりだ」ゴールデンは決意を口にした。
「そうですね。ぼくも今はそれだけを願います」ジュンヨンはそう言うと歩き出していたゴールデンの後を追うことにした。ゴールデンは忠実な近臣であるランギとショシュンには『くん』をつける。しかし、ジュンヨンにはそうしない。それはゴールデンとジュンヨンの関係が密なものであることを表す証拠である。
二匹の目的地は『黄の広場』である。ゴールデンとジュンヨンの参戦は革命軍よりだった戦況を少し押し戻すことになる。『秘密の地』ではすでに方々で激戦が繰り広げられている。
ランギはアマギとショシュンを見送って食事を終えると一匹だけでぽつんとしていた。ランギは常々一人では寂しいと思っている。しかし、シャイで無口な性格のランギはどうやって皆に話しかければいいのかわからない。ランギは結果として皆の輪の中に入れないことが多い。しかし、ショシュンだけは別である。ランギのことを気に入っているショシュンは毎日のようにしてランギに会いに来る。ショシュンのことはランギも好きなので、ランギはそれをとてもうれしく思ってショシュンとは気楽に話ができる。しかし、ランギは実力に溺れることもないし、髀肉の嘆をかこつ性格でもない。やさしい性格の持ち主でもあるランギを嫌っている虫はいない。ランギの実力を見込んで訓練の監視を頼みに来る兵士も少なからずいる。
ランギはそろそろ特訓でも始めるかと思っていると不意に怒声が聞こえてきた。つまり、ランギは先程のアマギと同じ状態に立たされた訳である。しかし、当然の事ながら違う所もある。その軍団を率いていたのはフィックスではなくてショウカクだった。ショウカクは部下を先に行かせるとランギに対峙した。
「王国の三強の一人のランギさんだな?その強さは化け物じみていると聞いている。お手合わせを願いたいものだ」ショウカクは『スリー・マウンテン』を目前にしても超然としている。
「ショウカクか。君の噂はおれもよく聞いている。ショウカクは非常にすばしっこいクワガタだそうだな。今日はどうやら革命軍の最後の日みたいだな」ランギはゆっくりと言った。ランギはそうしながらもアマギの身を案じた。戦いに巻き込まれていなければいいのだがと思ったのである。ショウカクは応えた。
「最後の日?物は言いようだ。確かに革命が成功すれば、おれっち達はもう革命軍ではなくなる。まあ、ランギさんはそういう意味で言ったのではないのだろうけれどもな」
「先程から気づいてはいたが『さん』づけか。その心掛けは気に入った。しかし、おれは生憎にも口下手なんだ。ショウカクが平穏を乱そうとするのならば、おれはこの国を守るために無駄口を叩かずにショウカクの相手をしてやろう。ただし、おれとやりあって勝てるとは思わない方がいい」ランギは英気を見せた。
「話が早い。おれっちはそろそろ役目を果たそうと思っていた所だ。おれっちは遠慮なくやらせてもらいやすぜ!」ショウカクはそう言うと気力を漲らせて戦闘態勢に入った。
ショウカクは羽を広げて宙に浮かんだ。ランギは飛んでいるショウカクに対して先手を取って弾丸の如く突撃をした。しかし、ショウカクはそれを避けると高速の動きで残像を見せて5匹に増えた。
「おれっちの得意技だ!」ショウカクはそう言うと『急撃のスペクトル』でランギに向かって驀進をした。普通はこの技を使うとかすかに残像は薄くなって本物は濃くなる。
だから、目のいい虫はそれを見破ることができる。しかし、ショウカクのそれはどの残像も濃く表れる。だから、目視で本物と偽物を分別することは不可能である。しかし、ランギは負けずに対応して見せた。
ランギは大きな体に似合わぬ敏速な動きで全ての残像を消して見せた。しかし、ショウカクはその上を行った。本物のショウカクはランギの後ろにいた。ショウカクは『やっほー!もらったー!』と言うと『進撃のブロー』によってランギの後ろを捕らえられたかと思われた。しかし、その瞬間のランギはタッチの差で羽をしまってその攻撃を避けた。ランギはそれだけでは終わらせなかった。ランギはそのまま振り返るとショウカクを地面に叩きつけた。全ては目にも止まらぬ一瞬の出来事だった。ドシン!
ショウカクは激しく体を地面に叩きつけた。しかし、ショウカクはそれでも全く平気な顔でむくりと起き上がった。ショウカクは相当に頑丈な体の持ち主なのである。
「な~るほど。さすがのおれっちでも本気を出さなきゃ勝てない相手のようだな。強さは本物だ。王国の三強と謳われている理由もよくわかる」ショウカクはゆっくりと言った。ランギは切り返した。
「ショウカクはまだまだ青二才だ。もっと修行をすれば、ショウカクはもっと強くなれるはずだ。妙なことを聞くが、ショウカクはその力を虫助けに使おうとは思わないのか?」
「おいおい!ランギさんはスカウト・マンかよ。ランギさんはその上に上から目線だ。まあ、おれっちにはとにかくそんな気はないね。力があるということは虫の上に立てるという意味だ。ランギさんにはそれを有効に活用して何か悪いことがあると思うかい?この世の中は元々平等ではないんだ。下等な存在というものはどうしたって生まれてくる。それは誰にも止められない。神でさえもう歯止めは利かなくなっているのかもしれない。そう考えれば、おれっちのやっていることは正当化されるだろう?」
「正論かもな。しかし、正当化はされていない。ショウカクとおれは意見が合わないらしい」
「それは残念だ」ショウカクはそう言ってランギに突撃をした。しかし、ショウカクは組みつく前に弾き返された。今のランギからは内に秘めた闘魂がメラメラと燃え滾っている。
「言葉は悪いが、下等な存在というものがあったとしても彼等を蔑んでいいことにはならない。生まれながらに平等でなければ、おれ達は生まれた後に平等になるように努力をすればいいだけの話だ。それは一匹一匹のちょっとした心がけで是正することはできる。ショウカクはそれをしようとしないだけだ。おれ達はその気になれば、そんなことは簡単にできる」ランギは言った。ショウカクはのらりくらりと応えた。
「そうかねえ。しかし、おれっちはもうそういう考えを捨てて生きているんだ。我が身はかわいいからな。我の強い虫に考えを改めてもらうように説得することは容易じゃない。そうだろう?」
「そうかもな。ただし、それによって悪事をされたならば、おれは強硬手段に出るしかない。ショウカクはおれに倒されて牢屋に入ってもらう」ランギはそう言うと地面を角で叩いて『追撃のクラック』を使った。ショウカクは同じように『追撃のクラック』を使って両者の間では大爆発が起こった。
二つの爆発は合わさっているので、一つ分との比ではない。ショウカクは爆炎から出てきたランギによって角で弾き飛ばされた。しかし、ショウカクはすぐに身を翻すと空を飛んだままの状態で『突撃のウェーブ』を使用した。ランギはそれをギリギリの所でかわして次の攻撃を放とうとした。しかし、ランギは一瞬だけ考えるためにそうしなかった。ショウカクは『急撃のスペクトル』で5匹に増えていた。
ショウカクは『進撃のブロー』を放った。一つは本物である。しかし、残りの4つの奥義は残像である。ランギはその間にくるりと一回転してから5つの『進撃のブロー』で全てのショウカクの攻撃を破って本物のショウカクにも攻撃をかすらせることに成功した。ランギが一回転したのは本物のショウカクが後ろにいる可能性を鑑みたからである。しかし、ショウカクは見当たらなかった。だから、ランギは攻撃の手を緩めなかった。ショウカクはバランスを崩して地面に落ちた。ランギはそこに急行して『迎撃のブレイズ』を使った。ショウカクはそれを飛び跳ねてかわそうとした。しかし、ショウカクは少しこれも受けた。ショウカクはそれでもランギに組みついて少しランギを放り投げた。ショウカクは平均よりも大きいとは言ってもランギよりも30ミリも小さいのである。ショウカクはそれでもあまり疲れを感じさせない口調で言った。
「この仕事はおれっちが思っていた程に甘っちょろくはないな。しかし、おれっちはランギさんを本気にさせたか?ランギさんは随分と『セブン・ハート』を使っていたもんな」
「おれの本気はまだまだこんなものではない。おれはこれでも力をセーブしている。おれは実力の七割ほどしか出していない」ランギは無表情で言った。7時間も眠れば、ランギは疲れがリセットされて『セブン・ハート』をほぼエンド・レスに使用できるのである。就寝時間と起床時間をアマギに合わせている今日のランギは丁度その躁の状態に相当している。ランギはまさしく無双の状態でもある。
「おれっちは随分と舐められたもんだ。おれっちのパワーだって侮っちゃいけないぜ!」ショウカクはそう言うとランギに組みついてランギを上空に投げ飛ばした。ショウカクは更に近距離から『進撃のブロー』を使った。ランギはこれを避けられないと悟ると同じく『進撃のブロー』で対抗した。両者の間には再び破壊的で壮絶な衝突が起きた。それはまたも激しい斬撃と斬撃のぶつかり合いである。バシュッ!
ショウカクはその中から宙を浮くランギに向かって『突撃のウェーブ』を繰り出した。それを予測していたランギは大きくその射程範囲から外れた。ランギは超然とした心持ちで戦いを続けた。
無論『黄の広場』は『秘密の地』にある。普段の『黄の広場』は主に『マイルド・ソルジャー』の溜まり場や憩いの場として使われている。色のついたイチョウの木が密集しているから『黄の広場』と呼ばれるのである。ジュンヨンと城の警護を交代するために歩いていたショシュンはここにやってきた時に戦に参入する事になった。ショシュンはこれまでに9匹もの敵をノック・アウトしている。
その中には『セブン・ハート』の使い手が三匹も含まれていた。ショシュンには周りで戦っている同志から撃墜王として尊敬の眼差しが送られている。ショシュンは王国の三強『スリー・マウンテン』と呼ばれるだけあって類まれな実力の持ち主なのである。しかし、今のショシュンの前には革命軍の更なる強敵が立ちはだかっていた。彼女の名はアヤナミである。アヤナミは体長64ミリのセスジドウナガコガネである。アヤナミの背中には名前の通りに縦に縞模様が入っている。アヤナミは『上忍の上』の最高レベルの忍者でもある。
「あなたはさっきから受けてばかりね。『スリー・マウンテン』というのも大したことなさそう。言っておくけど、私のことは女だと思って甘く見ない方が身のためよ」アヤナミは忠告した。
「心遣いはうれしいよ。しかし、自分は国民の皆から信頼されているんだ。その期待を裏切るようなことは断じてできない。君も自分を甘く見ない方がいい」ショシュンは男気を見せた。
「そう。それなら、あなたは私に勝つことね。あなたには果たしてそれができるかしら?」アヤナミはそう言うとショシュンに向かって手裏剣を投げた。当然というべきか、ショシュンはそれを楽々と避けた。
アヤナミはショシュンが避けたところに『火炎の術』を使った。ショシュンはというと『進撃のブロー』で炎をかき消した。『火炎の術』の炎はマッチ程度なので、その炎はそれで十分に消えるのである。ショシュンの奥義はアヤナミのわずか三ミリ横を通過した。しかし、アヤナミは風圧を受けても動じなかった。
ショシュンは後ろを振り返りアヤナミが先程に投げた手裏剣を顎で払った。アヤナミは投げた手裏剣がブーメランのように帰ってくる『飛剣の術』を使っていたのである。ショシュンには邪魔をされてもちゃんと手裏剣はアヤナミのところに帰ってきた。しかし、アヤナミは不機嫌である。
「あなたは戦いに手を抜いていない? さっきの『セブン・ハート』も当てようと思えば、当てられたのにも関わらず、あなたはそうしなかった。女だからって私のことを舐めないでよ」アヤナミは言った。ショシュンは何も言わなかった。ショシュンはアヤナミを舐めている訳ではない。ショシュンは女子供に暴力は振るわないという心情を持っているだけである。しかし、アヤナミの言うことは妥当である。
だから、ショシュンの頭の中ではその考えを改めるかどうかの議論がなされている。アヤナミはショシュンがそうこうしている内に『分身の術』を使ってショシュンの事を取り囲んだ。アヤナミは『火炎の術』を使った。アヤナミは8匹もいるので、それはかなりの火力になった。しかし、ショシュンはそれを上空に飛んで避けた。ショシュンはこれで攻撃が終わるとは思っていなかった。しかし、ショシュンは考え事をしていたせいで対処が遅れた。ショシュンは気づいた時には『がくん』となって地上に落下していた。
「そうか!『影縫いの術』か!自分としたことが!」ショシュンの動きは止まった。「これはとんでもなく初歩的な失敗だ。忍者と戦う時は最もマークしておかないといけないものだ」ショシュンは悔やんでいる。
「ふふふ、あなたは今更になって後悔しても手遅れよ。うれしい。私は王国の三強の一角を崩せるのね?それじゃあ、さようなら」アヤナミはそう言うと『火炎の術』の構えに入った。ショシュンは約5メートル離れた所にいる『マイルド・ソルジャー』に声をかけようとした。しかし、その時にはこちらに向かって来るメスのカブトムシがいた。彼女は太い木の棒でアヤナミを打ってアヤナミを吹き飛ばした。ドカン!
アヤナミは不意打ちを受けて『きゃー!』と悲鳴を上げた。やって来たのはアスカである。アスカとはテンリ達を人間界に連れて行ってくれた女海賊である。アスカはすたすたと歩み寄ってショシュンの影に刺さっている手裏剣を抜いた。『西の海賊』のメンバーはすでにこの戦いに参戦していたのである。
「ショシュンは相も変わらずにジェントル・マンだな。しかし、ショシュンはそうやって自分ばかりに厳しくする必要はないぞ。ショシュンは自分が逃げるような真似をすれば、彼女に対して失礼だと思ったのかもしれないが、それはやさしすぎだ。戦いたくないと思ったのならば、その時は逃げればいいだけの話だ。逃げることだって立派な戦術だ。違うか?」アスカは男勝りな口調で聞いた。ショシュンは従順に答えた。
「ああ。そうかもしれない。以後は気をつけるよ。とにかくは助けてくれてどうもありがとう」
「いいんだ。気にするな。世の中は持ちつ持たれつだ。彼女は私が相手をする。ショシュンは向こうへ行ってやってくれ。国王軍の皆は『セブン・ハート』の使い手の革命軍がいて随分と手こずっている」
「そうか。わかった。自分はアスカさんのおかげで大したダメージを受けてない。その点は大丈夫だ。アスカさんもがんばってくれ。健闘を祈る」ショシュンはそう言うと苦戦している仲間達の元に飛んで行った。ジュンヨンはトウジョウ達の『東の海賊』と懇意である。ショシュンはサイジョウ達の『西の海賊』と懇意なのである。だから、ショシュンはアスカの事を十分に信頼している。アヤナミはこちらに戻って来た。
「あなたは『西の女海賊』のアスカね?あなたのことは私も知っている。だげど、私は正直に言ってあなたが私に勝てるとは思えない。あなたは折角やって来たのにも関わらず、残念な結果ね?」アヤナミは不敵な笑みを浮かべている。アヤナミはそれでも内心ではショシュンを討伐し損ねたことを悔しく思っている。
「そんなことはやってみないとわからない。選手交代を認めてもらえるのならば、私は存分にやらせてもらうぞ。私はショシュンのようにして手加減はしない」アスカは張りのある声で言った。
「ふふふ、おかしい。さっきも言ったけど、私とあなたではレベル違いだということに気づかないの?私は今からそれを理解させてあげる。あなたは覚悟しなさい!」アヤナミはそう言うと『分身の術』を使って手裏剣を投げた。その数は4つである。アスカはその内の二つを避けて残りの二つを棒で叩き落とした。
アスカは羽を広げて二匹のアヤナミを棒で叩いた。その二匹はいなくなった。アスカは本体のアヤナミの後ろに回り込んだ。アスカはアヤナミを捕らえたかと思われた。
しかし、アヤナミは『変わり身の術』でそばにあった木の棒と位置を変えて攻撃をかわした。帰ってきた手裏剣をキャッチした分身のアヤナミはその隙をついてアスカの影に向かって手裏剣を投げた。しかし、アスカはそれに気づくとタッチの差で棒を使ってそれを跳ね除けた。アスカはそうかと思うとアヤナミの分身に向かって突撃をした。分身のアヤナミは『火炎の術』を使った。しかし、アスカはそれを軽やかに避けて強烈な突きを食らわせた。分身のアヤナミはその結果として全て消えて残ったのはアヤナミ本人だけになった。
「あなたはオカマのくせして結構がんばっているじゃない。だけど、それはいつまで続くのかしら?それはちょっとした見ものね」アヤナミはそう言うと空を飛んで上空から手裏剣と炎を同時に放とうとした。
しかし、それはできなかった。アスカは超高速スピードでアヤナミの少し上空まで来てアヤナミのことを上から棒で思いっ切り叩きつけた。その力強さはまさに男勝りである。アヤナミはものすごい衝撃を受けて『きゃー!』と言いながら地面に転がった。アスカは更に棒でアヤナミを突き刺そうとした。
しかし、アヤナミはさすがにそれは避けて『火炎の術』で応戦をした。アスカはするとそんなことにもお構いなく棒を横に払ってアヤナミに打撃を与えた。アスカは炎のついてしまった棒をぶんぶんと振り回して鎮火させた。アスカはぷんぷんしている。アスカは土器を含んだ声で言った。
「言わせておけば、アヤナミは好き勝手なことを言いやがって!私のことをオカマと言うな!女が男っぽくて何が悪いんだ?私は積極的なフェミニストなだけだ!」アスカは断固として主張をしている。
「えー!あなたは急に強くなったと思ったらそれについて怒っていただけだったの?まあ、そんな事はどうでもいいけど、決着はそろそろつけましょう。だらだらと戦うのは私の趣味じゃないのよ」
「アヤナミは気が短いんだな。短気は損気だ。しかし、それならば、私はそれでも一向に構わない」アスカはそう言うと羽を広げてアヤナミに向かって突撃をした。アヤナミの方は『火炎の術』で応戦をした。アスカはあえて熱い思いをして少し炎に飛び込んでアヤナミを棒で叩いた。アヤナミは少し吹き飛ばされたてもすぐに仕切り直すことにした。アスカはその時にアヤナミの上空を飛んでいた。アスカはアヤナミに向かって下降して棒を突き出した、アヤナミは負けずに羽を広げて『火炎の術』を使ってアスカと擦れ違った。アヤナミは攻撃を掻い潜った。しかし、アスカはダメージを受けて地上で動かなくなってしまった。
「ふふふ、勝負は私の勝ちね。まあ、結果はやる前から見えていたけど、あなたはよくがんばった方よ」アヤナミはそう言うとここぞとばかりにいきり熱り立った。アヤナミは上空から手裏剣を投げた。
アスカはすると致命傷を受けているとは思えないような敏速な動きでそれを避けた。アスカは無傷ではなかったとは言っても動けなくなる程のダメージは受けていなかったのである。自分の影に手裏剣を突き刺してしまったアヤナミは落下して身動きが取れなくなってしまった。
アヤナミは自分で自分に対して『影縫いの術』を使ってしまって自滅をしてしまったのである。これは『勝って兜の緒を締めよ』という教訓の大事さのよくわかる事例である。自らの勝利を悟ったアスカはこの場を立ち去ろうとした。アヤナミはその時に立ち去ろうとするアスカに対して悪態をついた。
「ちょっと待ちなさい!あなたはこんなことで勝利したと思っているの?私はまだ負けていない!いずれは私の仲間が手裏剣を引き抜いてくれるに決まっているもの。私はそしたら今度こそあなたのことをけちょんけちょんにしてやるんだからね!覚悟しなさい!この弱虫!何よ?私はそんな目で睨まれたって全く怖くなんて・・・・痛い!」アヤナミは悲鳴を上げた。アスカは持っていた棒を放り投げてアヤナミの頭に落下させたのである。棒は糸のようには細くない。だから、その攻撃は割と痛かったのである。これまでにもアスカから何度も攻撃されて弱っていたアヤナミはとうとう大人しくなってしまった。
「私はお望み通りに止めを刺してやったんだ。アヤナミはこれで満足か?正義は勝つと相場ではきちんと決まっている。アヤナミは頭を冷やして更生するんだな。もしも、そうするのならば、私は応援をする。それじゃあな」アスカはそう言うと棒を拾い上げて今度こそ本当にこの場を立ち去った。時には魔が差すということもある。しかし、アスカは悪木盗泉の戒めを肝に銘じて生きているのである。アスカVSアヤナミの一戦はアスカの完勝である。その後のアスカはショシュンを助けに行った。しかし、その必要はなかった。ショシュンは手強い『セブン・ハート』の使い手との戦いを『追撃のクラック』で終わらせていた所だったのである。ショシュンは敵の敗北を確認するとそばにやってきたアスカに話しかけた。
「アスカさんは敵を倒したみたいだね?アスカさんはさすがだ。自分はアスカさんと同様にして見ての通りに戦いを終わらせた所だよ。アスカさんは『シャイニング』の皆と面識があるよね?アマギくんとは自分も知り合いになったんだ。その皆は今この近くにいるという情報が入ったんだ。アマギくんはあの性格からするとキリシマくんを探しているかもしれない。だけど、それ以外の皆は国王様の銅像の所にいるらしいんだ。アスカさんは自分の代わりに『シャイニング』の皆を見に行ってくれないかな?アスカさんはわかってくれると思うけど、自分は立場上この『黄の広場』から離れることができないんだ」ショシュンは言った。
「ああ。それはそうだな。わかった。もしも、革命軍がテンリくん達を狙っているのならば、私はテンリくん達を加勢する事にしよう。あるいはまだ敵に見つかっていないようならば、私は即刻その場を離れるように皆に通達をする。用件はそれでいいか?」アスカは最終の確認をした。
「うん。万事はそれでOKだよ。ありがとう。それじゃあ、アスカさん。そちらは頼んだよ」ショシュンはそう言うと再び戦場の最前線に向かって行った。アスカは確固たる信念を持ってテンリ達の所に向かった。アスカはその途中で少し寄り道することも必要かもしれないと冷静な頭で考えた。
ソウリュウ一家の本拠地はよく変わる。それは若頭のソウリュウが一つの所に留まっているのを嫌うからである。その理由は一つの場所に留まっていると『さすらいの男ソウリュウ』と言えなくなってしまうからである。それはとても下らない理由である。ようは格好をつけたいだけである。部下のトリュウとドンリュウはそれを何とも思ってはいない。ソウリュウに対するトリュウとドンリュウの忠誠心は絶大なのである。ソウリュウ一家の結束力の強さはこういう所からも窺う事ができる。
ただし、直近の二週間はそんなソウリュウ一家も全く居場所を変えていない。その理由はもちろん革命軍が決起した時に備えて『秘密の地』の境界線の近くに陣取っているからである。だから、ソウリュウ一家は今もその場所にいる。現在のソウリュウは必死になってクナイを的に当てる練習をしている。
「うむ。若様はやはり通才でごわす。若様はすぐに何にでも馴染んでしまうでごわす。おいどんには集中力の一つを取ってみてもとても真似はできないでごわす」ドンリュウは感心をしている。ドンリュウはじっとソウリュウの練習をそばで見つめている。トリュウはすると不意にこちらに駆け込んで来た。
「若様!おっと!若様は取り込み中か!失礼しました。さすがは若様です。クナイの使い方は見る見ると上達していますね?これは大泥棒の役目の一つなのですね?つまりは盗みを働く時に有効活用する訳だ」
「ありがとう。二人は褒め上手だな。これはアマギくんから譲り受けた魂の一品なんだ。だから、おれはこれを重宝しているんだよ。おれはこのクナイを国宝の奪取の時に使うって?いや。そんな予定はないよ。このクナイは邪魔になる。その時は置いていくつもりなんだよ」ソウリュウは葉桜のようにして初な口調で言って退けた。失礼になるので『持っていかんのかい!』とは誰も言わなかった。
トリュウとドンリュウはソウリュウのクナイ投げを絶賛しているが、実際はそうではない。10回やって一回当たればそれはいい方に該当する。つまり、的中率は一割よりも下なのである。実は剣玉やビー・ビー弾でもそうだった通りにソウリュウは相当に不器用なのである。ソウリュウは部下に甘やかされて日々の生活を送っている。トリュウはクナイに関するソウリュウの発言を受け流して言った。
「そうですか。持っていかないとおっしゃるのならば、おれは仰せの通りに致しましょう。それより、大変なのです!革命軍はついに暴れ出しました。おれ達はすぐに覇権を握っちゃいましょう!」
「おいおい!トリュウは大げさだな。そんなことは言われなくてもわかっているよ。この場はこんなにも騒がしいんだ。これが革命軍の決起でなければ、おれのプロポーションの取れた体のお披露目会か、おれの大泥棒大作戦の成功を祝うパレードのどちらか、しょせんはそれ位のものだ。おれはここにいるし、国宝の奪取はまだこれからだ。ふっふっふ、しかし、トリュウは安心をしろ。おれには考えがあってこうしてぐうたらしているんだ。『急がば回れ』と言うだろう?国王軍は時が経てば経つ程に疲れてくる。狙い目はその疲れて来た時なんだ。待ちすぎて戦いが終わってしまってはもちろん元も子もない。そんなへま当然おれだってしたくはない。今は慎重に時が満ちるのを待っているんだよ。わかってくれたかな?諸君」ソウリュウは言った。
「うむ。おいどんはよくわかったでごわす。若様はさすがに深遠なるお考えをお持ちでごわす。トリュウはそれにしてももう少しジュンヨンどんから情報をリークしてもらえばよかったものでごわす」ドンリュウは不平を述べた。トリュウとジュンヨンの密会の事はドンリュウも知っているのである。
「それは悪かったな。それはおれだって後悔しているんだよ。しれし、ドンリュウはどんと居座っているだけで何もしていないじゃないか。そういうことはせめて自分もそれなりのことをやっている虫に言ってもらいたいな」トリュウは口答えをした。ドンリュウはすると負けじと反論をした。
「トリュウは何を言うでごわす。おいどんは確かに里帰りをしたでごわす。しかし、おいどんはずっと若様のそばで安心感を与えていたでごわす。トリュウはそれを・・・・」ドンリュウの言葉は遮られた。
「ああ!もういい!おれはファミリー同士のケンカなんて見ていたくない!止めてくれ!二人はついに盗みの本番の時期がやって来て気が高ぶっているんだ。それはそうだろう。おれ達は大泥棒を自認している。しかし、今までは何も取ったことがないんだからな。今はトリュウもドンリュウもおれの顔を立てて仲直りをしてくれ。後生だ。頼むよ!」ソウリュウは言った。トリュウとドンリュウはするとショックを受けた。
「申し訳ありません。おれは若様にそこまで言わせてしまうなんてとんだ愚か者だ。おれは恥ずかしい。おれはミジンコのような小さな存在になりたい」トリュウは簡単に宥めすかされている。トリュウはその上にポロポロと涙まで流し始めた。ドンリュウは男泣きを始めた。ソウリュウは落ち着き払っている。
「おお!おいどんはおいどんの若様に気を使わせてしまったでごわす。これはおいどんの一生の不覚でごわす。おいどんは悔やんでも悔やみきれないでごわす。この失態は来世にも尾を引いてしまうでごわす」
「わかった。わかった。おれに対する二人の忠誠心は十分すぎる程にわかっているよ。とにかくは仲直りをしてくれ。おれはそうしないとソウリュウ一家の頭領として面目ない。おれ達は皆でハグをしよう」ソウリュウは言った。ソウリュウ達の三匹は体を寄せ合った。トリュウは不意に朗唱し出した。
「おれ達は~♪若様の下で~♪一生を~♪仲良く暮らすと~♪それを誓ったかけがえのない家族~♪ごめんよ。ドンリュウ。ドンリュウはただ一緒にいるだけで若様の心を癒してくれる大切な存在だ。言うなれば、ドンリュウはおれ達のゆるキャラだ。いや。それだけではない。ドンリュウはおれの大切な大切な家族でもあるんだ。おれはもう二度とあんなひどいことは言わないよ。ドンリュウはおれの事を許しておくれ」トリュウ涙を拭いながらは言った。ドンリュウは同様にして涙を拭いながら応えた。
「おいどんの方こそごめんでごわす。トリュウは若様のために精一杯に尽くしているでごわす。そんなことは身近にいるおいどんがよくわかっていたでごわす。それなのにも関わらず、おいどんは緊張してしまってとんでもないことを口走ってしまったでごわす。おいどんはトリュウのことが本当は大好きでごわす」
「よし!よし!虫は仲良しこよしが一番だ。ソウリュウ一家はこうでなくちゃいかん。おれ達(ソウリュウ一家)はこれから一致団結して前代未聞の大事件を引き起こす。それは皆の心がバラバラではできる事ではないんだ。トリュウとドンリュウはもうケンカをしたらダメだぞ。それではキャプテンでもあり、参謀総長でもあるおれからの最後の確認だ。トリュウは銃を持っておれと一緒に城内に侵入をする。ドンリュウは丸腰のまま城外にて皆の気を引くんだ。ドンリュウは比較的やりやすいと思う。しかし、トリュウは捕まる可能性も相当に高い。それはおれ達(ソウリュウ一家)のナンバー・ツーの実力を見込んでのことだ。トリュウは必ずそれをやり遂げて皆が無事な姿で我が家に帰ってこよう」ソウリュウは冷静に言った。
「わかっています。おれはへまをやらかさないように一時も緊張を緩めません。しかし、問題はない訳ではありませんね?それはこの一世一代の大勝負においてキーを握る虫についてです」トリュウは言った。
「うむ。それはおいどんも考えていたでごわす。もしも、警備兵のハムレットが不在だった場合はどうするでごわす?若様には何かいいお考えはあるのでごわすか?」ドンリュウは聞いた。
「お考えねえ。おれは二人の敬う若様だ。おれには何かいい考えがあると思うだろう?ところがどっこい、おれには何にも考えはないんだ。まあ、無理にでも作るとすれば、ハムレットくんがいなかった時はもう一回そこまでにやってきたことを繰り返すしかないだろう。うん。そういうことにしよう。異論はあるかい?」ソウリュウは聞いた。トリュウとドンリュウは何も言わなかった。
つまり、二人には若様のご高説に異議はないという意味である。ただし、ソウリュウ一家は国家という大敵を前にして混乱してしまっている部分もない訳ではない。未知なる経験をすることになるこの三匹は首領のソウリュウでさえも急難に上手く対処できるという自信はないのである。しかし、ソウリュウはそんなことを噯にも出さずに表向きはゆったりと構えている。トリュウは不意に謎めいたことを言った。
「若様はおれ達の三倍お疲れになるはずです。若様はせめて今だけでも心と体を休めておいて下さい。『秘密の地』の戦況はおれとドンリュウが見守っておきます。おれ達は頃合を見計らって出陣しましょう」
「そうだな。おれはその間に盗みのシュミレーションでもしていよう。それじゃあ、監視の役目はよろしく頼むよ。おれ達は戦いの中盤に差しかかるかなと思った辺りで出撃しよう。二人は決して機会を逸しないように注意してくれよ。国宝はおれ達が遅刻をすると逃げて行っちゃうからね」ソウリュウは余裕である。
「お任せ下さいでごわす。おいどんは若様の希望に沿うタイミングのどんぴしゃりで若様をお呼びするでごわす。それでは行ってきますでごわす」ドンリュウはそう言うとトリュウと共に戦場を偵察しに行った。心から仲直りをしたトリュウとドンリュウの二匹はもうケンカをすることはない。
ここに残ったのはソウリュウだけである。ソウリュウは気合を入れてドレス・アップに取りかかった。ただし、実際は服を着た訳ではなくてソウリュウは自分の母の形見であるゴムつきフリルの飾りを着用しただけの話である。それならば、アマギからもらったクナイの方が役に立ちそうである。しかし、ソウリュウはそのクナイではなくてフリルの飾りを正念場に持参するつもりである。これはソウリュウの母のためにやる盗みである。だから、フリルの飾りを装着する事は勇気をもらえるような気がするのである。
ただし、亡くなったソウリュウの母はこのことを納得ずくではない。ソウリュウの母がこのことを知ったならば、天変地異が起こった位に驚くであろうことは想像に余りある。あるいは天国からソウリュウのことを見守っていてソウリュウの母親は現にびっくりしているのかもしれない。
「母さん。おれはやるよ。おれには優秀で信頼できる部下もいる。しくじることはありえない。本当は母さんが生きている内に国宝をその目に焼きつけてほしかった。だけど、母さんは天国から見守っていてくれ。おれは必ずやり遂げて見せる」ソウリュウはフリルに手を触れて呟いた。ソウリュウと間遠の部下達の戦いはすでに始まっている。ソウリュウは万年の時を超えてこれから一世一代の勝負をかけることになる。結果は吉と出るのか、凶と出るのか、その答えは遅かれ早かれ今日中に判明することになる。
例えば『マイルド・ソルジャー』のいい所は愚挙を考えまいとしている所である。誰もが聖人君子のようには行かない。しかし『マイルド・ソルジャー』は少なくともそれに近づこうと努力することを怠らない。
そんな中『マイルド・ソルジャー』は例え魔が差してしまっても贖罪するだけの分別をきちんと持ち合わせている。それはジュンヨンとて同じである。ジュンヨンは力を持っているだけにいい方へいい方へとその力を使いたいと思い続けている。そんなジュンヨンにの前には『黄の広場』において立ちはだかる強敵が姿を現した。彼の名はウィライザーである。ウィライザーの所懐はジュンヨンと違ってどす黒い面が多いにある。
ウィライザーは自分の間違った行いを反省しないだけではなくて政府にも楯突こうとする立派な無政府主義者なのである。ジュンヨンはウィライザーよりも32ミリも小さいくても国を守るために挑んでくるウィライザーに対して勇敢に立ち向かっている。両者はすでに戦闘を開始している。
ジュンヨンは空中において『急撃のスペクトル』で三匹に増えて同じく空を浮いているウィライザーに向かって一斉攻撃を開始した。ウィライザーは逸早く本体を見破ってジュンヨンを顎で挟んですぐに地面に叩きつけた。ジュンヨンは地面を転がった。ウィライザーはこの一瞬の隙をついた。
ウィライザーは我流の奥義である『春雷の波動』を繰り出した。ジュンヨンは慌ててそれを回避した。攻撃を避けられたウィライザーは顎を地面に突き刺したまま静止している。
ウィライザーの突き刺さっている辺りの地面は恐るべきことにも歪んでしまっている。これこそはウィライザーの独自の奥義が『突撃のウェーブ』と『衝撃のスタッブ』を足して二で割ったような技だと言われる由縁である。今の所はウィライザーにしかこの技は甲虫王国でも扱えない代物である。
ジュンヨンはまだ地面に突き刺さったままのウィライザーに『迎撃のブレイズ』で対抗をした。しかし、ウィライザーはジュンヨンの炎が出し切られる前に顎でジュンヨンを殴りつけた。ジュンヨンは何とかして踏み止まった。しかし、一方のウィライザーは納得が行かない様子である。
「弱い!弱すぎる!もっと強い奴はいないのか?これが王国の三強の実力だって?笑わせる。いや。そうか。くくく、おれはこんな噂を聞いたことがある。三強の中にも実力差はあってジュンヨンはその中でも最弱だと言われていた。その噂は本当だっていうことなのかもしれないな。火のない所に煙は立たないものだ。だとしたならば、おれはハズレくじを引いたことになる」ウィライザーは薄気味の悪い笑みを浮かべている。
「生憎だけれども、そんなことは言われなくたって自覚をしているよ。ランくんは王国一と言ってもいい程の正真正銘の天才だ。シュンは独自の戦闘法を確立しているアイディア・マンだ。ぼくはそれでも日々の努力をしている。ぼくは誰になんと言われようとぼくなりの世界観を持っているんだ」
「くくく、その世界観って奴はどれ程に役に立つものなのか、そんなものは高が知れている。手を抜いて戦っているおれに押され気味ならば、大した実力じゃないということは明白だ」
「わかったよ。それならば、ぼくは今まで以上に気合いを入れる。ぼくにも君が本当の実力を出さざるを得なくすることは簡単にできる。おお!」ジュンヨンはそう言うと『突撃のウェーブ』を使った。ジュンヨンには確かに多大なプレッシャーが重く伸しかかっていることは事実である。ウィライザーはジュンヨンの奥義を上空に飛んで避けると今度は『進撃のブロー』が飛んできた。ジュンヨンはそうなることを先読みしていたのである。ウィライザーは地面に這いつくばるようにして下降をした。しかし、ウィライザーは少しのダメージを受けた。結局はウィライザーが地面に着地すると次はジュンヨンから『追撃のクラック』が放たれた。ジュンヨンによる奥義と奥義の応酬である。遠隔能力による対決ならば、ウィライザーよりもジュンヨンの方が遥かに上回っている。しかし、ウィライザーはそれでも怯まなかった。ウィライザーは『春雷の波動』を繰り出してジュンヨンに攻め入って来た。ウィライザーの後ろでは先程のジュンヨンによる『追撃のクラック』によって大爆発が起きた。ジュンヨンは上空に飛んでウィライザーの攻撃を掻い潜って至近距離から『進撃のブロー』を放とうとした。全くの無防備だったウィライザーは直撃は免れないと思われた。
しかし、ウィライザー側からはジュンヨンに向けて援護射撃が加えられた。ジュンヨンには突然『進撃のブロー』が飛んできたのである。敵はウィライザーだけだと油断をしていたジュンヨンは完全なる不意打ちになった。ジュンヨンはそれでもさすがに『スリー・マウンテン』と呼ばれるだけあってそれを同じく『進撃のブロー』で相殺した。ジュンヨンはウィライザーに使おうとしていた奥義を急いで場所を変更したのである。
ジュンヨンに対して攻撃をしてきたのは革命軍のシューンヘルヒサシカブトだった。戦場はすでに乱戦の模様を呈している。だから、攻撃はどこから飛んできてもおかしくはないのである。
ただし、今のは流れ弾ではなかった。今の攻撃はジュンヨンに向かって意図的に放たれた攻撃である。革命軍の乱入者は更なる追い打ちをかけようとした。しかし、それを阻止する者が現れた。国王軍のシエンクリンオオクワガタは彼に組みついて彼を放り投げた。国王軍の救世主は次のようにして言った。
「あやつの相手は私が致します。私はジュンヨン様の邪魔が入らないように注意を払います。どうか、ジュンヨン様はウィライザーめを取り押さえて下さい」国王軍の兵士は忠実に言った。
「うん。わかった。任せてくれ。助かったよ」ジュンヨンはそう言って味方を見送った。これにより、スポーツ競技で言う所のマンツー・マン・ディフェンスは成立した。
「ぼくはこれで心置きなく戦うことができるようになった。ぼくにとってはとんだ邪魔が入ったものだ。ウィライザーくんにとってはお助けマンが制止されて残念だったね?」ジュンヨンは笑顔である。ジュンヨンはようやくこの場の雰囲気に慣れて余裕が出てきた。しかし、ウィライザーは冷酷である。
「くくく、おれは元より有象無象の助け等は期待をしていないし、その必要もない。しかし、ジュンヨンの実力が予想以上のものだということはわかった。それでなければ、おれにはジュンヨンの倒し甲斐はなくなるというものだ。おれもこの力を遺憾なく発揮させてもらう!おれはこの王国で勝ち組になる!」
「勝ち組?国民をひどい目に合わせておいて自分だけはのうのうとのさばっていても切ないだけだと思うけどね。まあ、今はぼくがウィライザーくんに言っただけでは理解してくれないだろうね。君達のような輩にはどの道この国を任せることはできない!」ジュンヨンはそう言うとウィライザーに対して組みついた。ジュンヨンは三本の角でウィライザーを挟むとすぐにウィライザーを投げ飛ばした。
体長差はレベルの高いカブトムシともなると関係ないのである。ジュンヨンは地面に落下途中のウィライザーに対して『追撃のクラック』を使った。ウィライザーはそれを俊敏な動きで後方に避けて大爆発はウィライザーの目前で起きた。しかし、ウジライザーには休んでいる暇はなかった。
ウィライザーに対してはジュンヨンから放たれた『進撃のブロー』が襲いかかって来た。ウィライザーは『うおー!』と雄叫びを上げるとなんと『進撃のブロー』の鎌風に突っ込んで来た。
少しのダメージを負っても『春雷の波動』を使っていたウィライザーはほとんどの斬撃を無効化していた。ウィライザーはそれだけに留まらずに奥義を使ったままジュンヨンに対して突撃をした。ジュンヨンは『衝撃のスタッブ』で対抗をした。奥義と奥義の激しいぶつかり合いである。ドカン!
ジュンヨンとウィライザーの両者はやがて二転三転して後方に吹き飛んだ。ウィライザーはそれでもすぐに起き上がった。ウィライザーの最大の強みは体力なのである。
「くくく、ジュンヨンはおれもやっと本気を出せる位に手強くなったな。しかし、この程度ならば、戦闘力はおれの方が遥かに上だ」ウィライザーは相当に余裕の表情で嘲笑をしている。
ジュンヨンはむくりと起き上った。ジュンヨンは何も言い返さなかった。ただし、気後れをした訳でもなければ、ジュンヨンはウィライザーを相手にする価値がないと諦観している訳でもなかった。
ウィライザーに勝つためにはどうすればいいのか、ジュンヨンはそれを必死になって思案している。錯乱する戦闘において秩序だったものを見つけようとすることはジュンヨンのいつものスタイルである。ジュンヨンVSウィライザーの激戦はその後も一切の予断も許されることなく続いて行くことになる。
ミヤマとシナノはパイロットのテンリによる先導によってアマギとの待ち合わせ場所に到着していた。その場所にはとてもわかりやすい目印になるものがある。現国王であるゴールデンの銅像が聳え立っているのである。その大きさは30センチもある。それは人間にとってもインパクトのある大きさである。
虫にとってみれば、それはもっとインパクトがある。これはまくし公国で取れた銅を使って節足帝国で加工されたものである。これは他国との友好の印なのである。これを見るために遠路遥々やって来る観光客もいる位のここは有名な観光スポットでもある。テンリはパイロットだと言った。
それはテンリが早くアマギに会いたくてミヤマとシナノに飛んで行こうと提案をして飛行船のようにして三匹は今いる所までやって来たからである。テンリは少し落ち着くと浮遊をしながら言った。
「アマくんはいないね。アマくんはきっとランギお兄ちゃんと長話をしているんだね。それより、ミヤくんとナノちゃんは疲れちゃったかな?アマくんは結局いなかったのに急がせちゃってごめんね」
「いいえ。私は運動不足だから、むしろ健康増進になってよかった位よ。テンちゃんの言う通りに早くアマくんと会えるといいね」シナノは言った。ミヤマは同意をした。
「そうだな。おれは全く疲れていないから、その点の心配はいらないよ。それより、おれはさっきから気になっていたんだけど、なんだか『秘密の地』が騒がしくないかい?さてはまたアマが問題でも引き起こしたかな?まさかとは思うけど・・・・・・」ミヤマは何者かによってセリフを遮られてしまった。
「そのまさかだ。今日は革命軍の決起の日だ。そして『アブスタクル』の最後の日でもある」そう言ってこちらにやってきたのはヒュウガである。その後ろにはコンゴウも控えている。
テンリはそれを確認すると飛行を止めてミヤマのそばまで近づいた。テンリはコンゴウとヒュウガの出現が自分達にとって不幸の元になるのではないかと察している。それはシナノとて同じである。だから、シナノはいつでも逃げられるように準備をしている。とりあえず、ミヤマは話し合ってみることにした。
「久しぶりだな。会ったのはこれで三回目だな。今のヒュウガは物騒なことを言っていたな?あれはどういう意味だい?おれ達の最後の日とか、ヒュウガは言っていたよな?」ミヤマは聞いた。
「言葉の通りの意味だ。オウギャクさんは高々三匹のためにおれ達を派遣するなんて大げさだとは思った。しかし、おれ達は『アブスタクル』を消しに来た」コンゴウは言った。ミヤマはすると声の限り叫んだ。
「テンちゃん!ナノちゃん!逃げろ!アマとの約束は・・・・うわ!」ミヤマはそう言うと何とかして攻撃を避けた。コンゴウは地面を叩いてミヤマに対して『追撃のクラック』を使っていたのである。コンゴウは二つの『セブン・ハート』を使える強者なのである。コンゴウは紛れもなくオウギャクの信頼を勝ち得ている部下の一人である。コンゴウから放たれた攻撃はやがてミヤマのわずか一センチ横で炸裂した。バーン!
国王軍と革命軍の戦力は約150VS100である。となると国王軍の方が優勢に見える。しかし、それはあくまでも数の上での計算である。主力と呼ばれる虫は革命軍の方が多い。
だから、実際は国王軍の方が有利であると決めつけてしまうのは早計である。その革命軍の主力と呼ばれている虫はここにもいる。それはコンゴウとヒュウガである。主力といわれる以上はコンゴウだけではなくて当然のようにしてヒュウガも『セブン・ハート』の使い手である。
ミヤマはコンゴウに突撃されても何とかして踏み留まってコンゴウに対して組みついた。それを見たテンリとシナノは逃げるのを止めた。ミヤマを置き去りにして逃げる訳には行かないからである。
ここで逃げてミヤマが命を落とすようなことになったならば、テンリとシナノには死ぬ程に後で後悔をする事は目に見えている。ミヤマはコンゴウに投げ飛ばされて更なる打撃を加えられた。
しかし、ミヤマは体勢を立て直すと再びコンゴウと対峙をした。コンゴウはそう簡単に自分を逃がしてはくれないとミヤマは気づいた。男一匹のテンリはそんなミヤマを見てある決心をした。
「ナノちゃんは逃げて!ぼくはミヤくんと一緒に戦うよ!うわ!」テンリにはヒュウガの方から『衝撃のスタッブ』が飛んできた。しかし、テンリは間一髪の所でそれを避けた。
「戦う覚悟を決めたか。利口じゃないか。いつかはどうせ逃げても追いつかれて消される運命なんだ。おれも追いかける手間が省けてよかったよ。ん?待て!」ヒュウガは声を荒げた。シナノは羽を広げて逃走を計ったからである。しかし、テンリはヒュウガにむしゃぶりついた。テンリは声を張り上げた。
「逃げて!ナノちゃん!ぼくは抑えているから、ナノちゃんは今の内に逃げて!」
「うん。わかった。だけど、私は必ず帰って来る。ここには国王軍の味方に来てもらう。だから、テンちゃん達はそれまでがんばっていてくれる?。私はすぐに帰ってくるからね。ごめんね」シナノはそう言うと『秘密の地』に突入をした。こうなってはもはや規制がどうのこうのと言っていられる程の余裕はない。
とは言っても『マイルド・ソルジャー』もそれ程までに頭は固くない。だから、シナノは立ち入り禁止の法令を破っってしまってもそれを許してもらえることはまず間違いはない。
「くそっ!逃がしたか!しかし、奴は帰って来ると言っていたな。それならば、ここで待つとしよう。誰を呼んで来たっとしても状況は変わらない。お前はうっとうしい!」ヒュウガはそう言うとテンリを体から引き離した。ヒュウガはそのままテンリに組みついて手近の木に思いっきり叩きつけた。ドカン!
「テンちゃん!くそっ!おれは一体どうすればいいんだ?テンちゃんには戦いに巻き込まれて欲しくないのに」ミヤマは嘆いている。コンゴウは激しい突きの応酬を繰り広げながら毒づいた。
「お前は他人の身を案じている場合じゃない。まずは自分の身の危険に気づくべきだ。おれは情け容赦をしない。オウギャクさんの命令に忠実に従うだけだ!」コンゴウはより一層の覇気を見せた。『コンゴウは操り人形じゃあるまいし』と言おうとしたミヤマにはそんな余裕はなかった。
ミヤマはコンゴウの突きを避けながら羽を広げて体操選手のようにしてひらりと舞ったかと思うとコンゴウの背中を顎で挟んで一回転をしてコンゴウを地面に叩きつけた。ドシン!
ミヤマは相当に強烈な技を決めた。しかし、頑丈なコンゴウはすぐに起き上がると三本の角でミヤマを引っ掻いた。ミヤマはその結果として無様にも地面に投げ出された。ミヤマの大きさはコンゴウよりも30ミリも小さい。ミヤマはこの事態を絶望的な思いで捉えていた。相手が『セブン・ハート』の使い手である以上はテンリだけではなくてミヤマ自身だって敗北の可能性は大いにあり得る。それに『秘密の地』に行ったシナノにしても凶悪な革命軍に命を狙われないという保証はどこにもないのである。
つい数分前のテンリ達は楽しく過ごしていたにも関わらず、今は最悪の事態に直面している。一寸先は闇とはよく言ったものである。テンリ達はそれでも真っ向から問題に立ち向かって必死に今できることをやる。
さすれば、未曾有の逆転のチャンスは到来するかもしれないからである。勇敢なるテンリとミヤマの二匹はシナノの生還を待って死力を尽くして戦い続けることになった。
さて『秘密の地』の『黄の広場』にはフォレスト・タワーというものがある。それには地面の両サイドに魔よけとして唐獅子が対置されている。タワーと呼ばれていてもそれはさ程に大きくはない。縦と横は60センチで高さは160センチである。これはそもそも『マイルド・ソルジャー』が訓練を行う時に監察官が全体を見下ろすために作られたものである。今そのフォレスト・タワーの屋上には国王であるゴールデンが聳え立っている。ゴールデンは国王軍の戦況が苦しくなった時にいつでも出陣できるようにスタンバイをしている。
しかし、国王軍は革命軍に対して互角以上の戦いをしている。だから、ゴールデンはまだ出番を待っている状態である。ゴールデンの年齢は48歳である。自分では戦闘においてまだまだ現役バリバリであるとゴールデンは思っている。王子の時から厳しくしごかれていたゴールデンはとても強い。ゴールデンは更に国民に対する思いやりの気持ちが誰よりも強い。ただし、ゴールデンも死線を乗り越えるような激しい戦いに身を投じたことはない。ゴールデンにはそれでも今回の戦での自信はある。
しかし、普段は自分を慕ってくれる『マイルド・ソルジャー』や『森の守護者』が革命軍に倒されている所を見るとゴールデンは漫然と気分が悪くなって焦燥感にかられてしまっている。
国王軍のウムハンノコクワガタは『国王様!ぐっ!』と言うとゴールデンの目前で落下して行った。彼はゴールデンの近くを飛行していたのだが『進撃のブロー』に直撃してしまったのである。
ゴールデンは急に同胞がやられてしまって悲しい気持ちになった。しかし、そんな悠長なことは言っていられない状況になった。ゴールデン自身も黒い影に覆われてタワーから落下していったからである。ゴールデンはそれでもすぐに体勢を立て直すとしっかりと地面に着地をした。先程の兵士を倒してゴールデンをタワーから落下させたカブトムシは向き合う形でゴールデンと正対をした。その男とは革命軍の司令塔で領袖でもあるオウギャクである。両軍のトップはここに顔を突き合わせた訳である。ゴールデンの体長は約170ミリである。ゴールデンはオウギャクよりも10ミリ大きい。オウギャクは緩々と口を開いた。
「ゴールデン。おれはお前を倒してこの王国を我が物にする。おれの部下達も現国王軍と対等に張り合っている。組織力・軍事力・支配力・おれの統率力はどれをとっても国を治めるにふさわしい。おれ達はすぐにでもこの国を導いてやることができる。ゴールデン。おれ達の決起がお前の治世中だったということにはおれもシンパシーを抱いている。しかし、それは余生に好きなだけ嘆いていればいい」
「若造が口先だけは立派なことを言うんだな。オウギャクくん。確かに我の信頼する精鋭の部隊を潜り抜けてきた君の実力は認めよう。しかし、この国は君にはやれない。我は王位継承権に基づいて先代国王から王位を引き継いで国王に即位した時からこの国の平和を守り抜くと決めている。君がどんな青写真を描いているのか、それは噂でしか聞いたことはない。しかし、国民の皆を危険に晒す可能性があるのならば、我はこの力を出し惜しみしないつもりだ!」ゴールデンは意気込みをしっかりと主張をした。
「ああ。わかっている。おれ達の意見は絶対に交じることはない。それはあまりにも明快すぎる。水と油の関係と同じだ。ゴールデンは平和を望んでいる。しかし、おれ達(革命軍)は戦争を望んでいる。だから、おれ達は武装蜂起をしたんだ。行くぞ!」オウギャクはそう言うとゴールデンに突っ込んで来た。オウギャクはそうしながら『進撃のブロー』を放った。ゴールデンは見かけによらぬ敏速な動きでそれを避けた。
しかし、ゴールデンはすぐにオウギャクに角で弾き飛ばされた。オウギャクはそこに『突撃のウェーブ』でやって来た。ゴールデンはそれもまた避けて上空で一回転をするとオウギャクに向かって急降下して寸前でオウギャクとぶつかるのを回避した。小さな雷はオウギャクを襲った。これは『電撃のサンダーボルト』である。これはゴールデンの使用できる唯一の『セブン・ハート』である。
しかし、オウギャクはそれを見越して雷を避けて角で地面を擦って着地していたゴールデンに対して『迎撃のブレイズ』を使おうとした。ゴールデンはそれでも粘ってそれをやられる前にオウギャクに組みついた。ゴールデンVSオウギャクの一戦は序盤から片時も油断できないような凌ぎを削った戦いである。
「むう。オウギャクくんは中々やるのう。しかし、我はひよっこに打ち取られるような玉ではない。若い者にはまだまだ負けていない!」ゴールデンは音吐朗々にして言った。
「そうかい。それならば、おれはぼちぼちとギアを入れ直させてもらうとしよう!」オウギャクはそう言うと角でゴールデンを弾いて再びゴールデンに組みついた。オウギャクはゴールデンを投げ飛ばしてあっという間にゴールデンに向けて『進撃のブロー』を放った。それはキリシマと同様にしてどでかい鎌風だった。
しかし、ゴールデンは航空機のように旋回してそれを避けた。ゴールデンは畳みかけるようにして『電撃のサンダーボルト』を浴びせるべくオウギャクに立ち向かった。しかし、オウギャクはその攻撃をひょいと避けて地面に着地したゴールデンに対して強烈な打撃を与えた。ゴールデンには休んでいる暇は与えられなかった。オウギャクは『突撃のウェーブ』でこちらにやってきた。ゴールデンは少し足をすくませても羽を広げて何とかしてそれをかわした。劣勢に立たされているゴールデンはそれでも反撃に出ようとした。
しかし、オウギャクはゴールデンの予想に反してゴールデンのすぐ目の前にやって来る所だった。オウギャクは『迎撃のブレイズ』を使った。さんざっぱら回避ばかりしていたゴールデンはついに捕らえられた。
ただし、直撃ではなかった。ゴールデンは炎にかすってしまっただけである。ゴールデンは羽を広げて角でオウギャクに逆襲しようとした。しかし、オウギャクは体を引いてそれを避けて思いっきり溜めてからゴールデンに対して痛撃な一撃を食らわせた。ゴールデンは地面を二転三転した。ゴールデンは息を切らしながらも気合いで起き上がって見せた。ゴールデンは口を開いた。
「やはり、君は強い。しかし、我も引き下がる訳にはいかぬのだ。おそらくは普通に戦えば、に実力は君の方が遥か上だろう。我はそれでも背水の陣になればなる程に闘志を燃やすことができるのだ」
「ふん。戦闘はもっとクールにやるものだ。頭に血が上った勇者に行く末は死しかない。どんなにがんばったって誰もが金メダリストになれる訳じゃない。もうすでに潮時だな。おれはこの戦いに決着をつけることにする。おれは今この国の王を打ち取る。この王国はおれのものだ!」オウギャクはそう言うと羽を広げて前に突っ込んだ。オウギャクは次の一撃で勝負を決めるつもりである。
「我は負けない。大事な国民の皆を守るためにも負けるわけには行かないのだ!おー!」ゴールデンはそう言うとオウギャクに向かって飛んだ。両者は共に『電撃のサンダーボルト』を使ってかなりのハイ・スピードで擦れ違った。両者は互いに背を向けて地面に着地した。ゴールデンは『ぐわー!』と言うと落雷に遭ったような痺れを感じて卒倒してしまった。一方のオウギャクは無傷である。
オウギャクはゴールデンによる渾身の攻撃を予測してわざとその攻撃のやって来る場所に行かないようにしてその直前に飛行している位置を変えていたのである。ゴールデンによる乾坤一擲の攻撃はこのような高等技術によって掻い潜られてしまっていたのである。オウギャクVSゴールデンの戦いはオウギャクの圧勝で終幕した。オウギャクはゆっくりと乱闘の行われている場所に足を向けた。今の戦いの一部始終を知っている国王軍は4匹いた。しかし、彼等は全員がオウギャクのしもべによって足止めされていたのである。
その中の一匹である国王軍のミラビリスノコギリクワガタは間もなく解放されてオウギャクに向かって『迎撃のブレイズ』を使って果敢に挑んだ。しかし、それはオウギャクによってかわされて彼は角で思いっきり弾き飛ばされた。彼はそれでもゴールデンの無念を晴らすべくオウギャクに立ち向かった。
しかし、そんな彼もオウギャクによって捻じ伏せられた。オウギャクにとってはもはや向かう所には敵なしの状態である。オウギャクには怨霊のような不気味な力が備わっている。
甲虫王国にとっての聖域ともいえる『秘密の地』における戦いはまだ続いて行くことになる。依然としてどちらが勝利を収めるのかはわからない。ゴールデン国王を打ち取られた国王軍と『スリー・マウンテン』を打ち取ろうとする革命軍の思いは交錯して敵に対する打倒の思いは深甚に値する。
シナノはテンリとミヤマの元に依然として姿を現さないでいた。大役を仰せつかったシナノとしてもそう安々と難関を突破することは難しい。もはや『秘密の地』は空前の戦場となって手の空いている国王軍を探すことは難しいからである。テンリとミヤマにはそれによって暗幕が下りることになった。
コンゴウとヒュウガはそもそもオウギャクの指示の下でコンビで行動をして今までも革命軍としての邪魔者や裏切り者を脅しや暴力によって震え上がらせていたのである。コンゴウとヒュウガはそのようにして暗中飛躍していた。だから、裏社会では二匹を知らない者はいない程の凶漢なのである。
実力はコンゴウの方が上と言われている。しかし、ヒュウガにはよく切れる頭脳があるためにオウギャクからは同等の評価を得ている。ただし、両者にはライバル意識はない。幼なじみの二匹の仲はいいのである。今のミヤマは上空に高く高く飛行している。それは宇宙まで飛んで行くかのような勢いである。
「なんだ?逃げたのか?」コンゴウはそう言うとワン・テンポ遅れてミヤマの後を追った。
しかし、コンゴウは木の天辺まで来てみてもミヤマの姿はどこにも見当たらなかった。コンゴウは不可解ながらも目を光らせながらその周辺を隈なく探してみることにした。
こちらはテンリVSヒュウガである。テンリは飛行をして逃げながら時には小石を拾っては自分を追いかけてくるヒュウガに対して投げ込んでいた。これは今のテンリにできる精一杯の攻撃である。
「ふん。ちょこざいな。そんなことをしていてもやがては疲れておれに捉えられるだけだ。無駄な事だとわからないのならば、今すぐに思い知らせてやるよ!」ヒュウガはそう言うと投げ込まれた石を豪快に顎で振り払ってテンリに向かって突撃をした。しかし、ヒュウガはテンリに触れることすらもできなかった。ミヤマはヒュウガを上から挟み込んでくるっと一回転するとヒュウガを木の幹に突き飛ばしたからである。
「ミヤくん。ありがとう。もう一匹のコンゴウさんは倒したの?」テンリは聞いた。
「いや。それはまだだよ。だけど、テンちゃんの事も心配だから。おれはこっちを見にきた。おそらくは少しの間ならば、おれはここにいられるよ」ミヤマは言った。ヒュウガはするとミヤマの方に向かって勢いよくやって来た。ミヤマは相撲で言う所の肩透かしを食らわせて先程と同じようにして上から顎でヒュウガを挟もうとした。しかし、ヒュウガはそれに素早く対応をしてミヤマと激しい打ち合いを始めた。ヒュウガはやがて大きく左にミヤマの事をを弾き飛ばした。ミヤマにはそこに隙が生まれた。
「コンゴウをうまく巻いたのは褒めてやる。しかし、お前達の悪い状況は変わらない。これで終わりだ!」ヒュウガはそう言うとよろけて無防備になったミヤマに対して『衝撃のスタッブ』を使おうとした。
しかし、テンリはミヤマVSヒュウガの一戦を指を銜えて見ていた訳ではなかった。葉っぱにたくさんの砂をつめていたテンリはその砂をヒュウガの目に向かってばらまいた。ヒュウガはすると目つぶしを食らってしまって攻撃ができなくなってしまった。ミヤマは歓喜の声を上げた。
「よっしゃー!ナイスだ!さすがはテンちゃんだ!助かったよ!よーし!こっからはおれ達の必殺コンボで打ちのめして・・・・うお!」ミヤマはそう言って大きく左へ飛びすさった。コンゴウはミヤマの上から不意にやって来たのである。コンゴウは三本の角を地面に突き刺している。ミヤマはその鋭利な角で刺された時の事を思うと空恐ろしくなってしまった。テンリは同様にしてその事を案じている。
「悪かったな。ヒューの邪魔はもうしない」コンゴウは言った。ヒュウガは応えた。
「まあ、そんなことは別にいいさ。大して差し障りがある訳でもない。コンは自由にやればいい」
テンリとミヤマは再び別々に戦闘をすることになった。それは戦闘に慣れていないテンリにとって末恐ろしい事である。しかし、テンリはいよいよ腹を据えることにした。
戦い方は一つを取って見ても各人各様である。ミヤマはテンリのようにしてアイディアを出すのは得意ではない。しかし、ミヤマは先例に基づいてそれを参考にすることはできる。ミヤマはその結果として少しでもコンゴウから離れてテンリを助けるための策を一つだけ思いつくことができた。ミヤマはそれによって再び上空に高く飛んだ。コンゴウは躊躇することなくすぐに今度はミヤマを追った。
「二度も同じ手を食うと思うなよ。おれは地獄の果てまでお前を追いかける。おれからは逃げられねえ」コンゴウは言った。ミヤマは木の枝が生い茂っている辺りまで来ると動きを止めてコンゴウも静止をした。ミヤマはここで以前にカラスを惑わせた作戦に出た。ミヤマはコンゴウの後ろに回ってコンゴウが振り向くとコンゴウの死角を通って元の場所に戻って来た。後はテンリの元に向かうだけである。作戦は成功したかに思われた。しかし、コンゴウは敏感にもミヤマの羽音に気づいた。コンゴウはさっと振り向いて同時にミヤマを引っ掴むとミヤマを挟んだまま上から下へと勢いよく振り切った。その時にはそばの木の枝も『ボキッ!』と折れた。ミヤマはそれ程の勢いで木の枝と共に地上に落下して行った。コンゴウはその後を追った。
一方のテンリはヒュウガに投げ飛ばされてしまっていた。しかし、テンリはすぐに場所を移動した。ヒュウガはそこに『衝撃のスタッブ』を繰り出してきた。テンリは羽を出して全力で空に飛んだ。
テンリはその結果として攻撃を掻い潜る事に成功した。テンリはそれだけで終わらせなかった。テンリはわざと木の前へ逃げていた。ヒュウガはそのために木の幹に顎をぶつけてしまった。
確かにただぶつけただけならば、ヒュウガは顎が外れる程の衝撃を受けたかもしない。しかし、ヒュウガは奥義を使っていた。だから、無傷であるばかりか、ヒュウガは木の幹にぽっかりと穴を空けていた。テンリは再び背を向けて逃げの態勢に入った。しかし、ヒュウガは滑空するようなスピードでテンリに追いついて激しく顎でテンリを横に引っ叩いた。テンリはごろごろと地面を転がった。
「今までは手加減してやっていたが、お前達に付き合うのにも疲れた。早々に蹴りをつけさせてもらう。おれ達は戦場に戻らなきゃならないんだ。今度こそ本当に終わりだ!」ヒュウガはそう言うと裏返しになっているテンリに向かって『衝撃のスタッブ』を食らわせる構えに入った。ミヤマは『しまった!テンちゃん!』と叫んだ。ミヤマは何とかして助かっていたのである。しかし、コンゴウと組みついているミヤマはテンリを助けに行くことができなかった。テンリは木に空いた穴を想像して目を逸らしたい衝動にかられた。ヒュウガの攻撃はやがてテンリを捉えたかと思われた。しかし、奇跡はその時に起きた。ヒュウガの体の下にある地面からはなんとクワガタが出現して彼はヒュウガを下から挟んだかと思うとそのまま上空に飛んで反転をしてヒュウガを地面に叩きつけた。これにはさすがのヒュウガも相当のダメージを負わされることになった。
「どうや!わいにかかれば、こんなもんや!正義の味方!テンちゃんとミヤちゃんの親友!ただいまここに参上や!」突如として現れたクワガタはそのようにして豪語をした。テンリの薄氷を踏むが如し状況に颯爽と現れてくれたのはヒリュウである。ミヤマはそれに気づくとほっとした。
「ヒリュウくん!ありがとう!だけど、ヒリュウくんはどこからやって来たの?ヒリュウくんは植物みたいにして地面から生えて来る習性なの?」テンリは聞いた。ヒリュウはそれに賛同した。
「せやで!ようわかったな。わいは困った虫さんのいる所に『にょきっ!』と生えるようにセットされとるんや。って、ちゃうわい!いや。ごめん。わいは一人で盛り上がっているだけや。テンちゃんは何も悪くあらへん。説明は抜きや。先方はそんなに長く待ってくれへんやろうからな」ヒリュウはヒュウガを見据えた。
「情けないけど、ぼくは疲れちゃったんだ。だから、ぼくは少し休ませてもらってもいい?本当は皆と一緒に戦えればいいんだけど、ぼくは足手まといになるのも嫌だからね。ぼくにはやらないとならないこともあるしね」テンリは秘密めかして言った。テンリのやらなければならないことはなんなのか、ミヤマには聞こえなかった。だから、ミヤマはしょうがないとしても雑な性格のヒリュウはそれを気にも止めずに納得をした。
「おお。わいはもちろんそれでも構わんさかいテンちゃんはゆっくりと休んどればええ。後はわいが何とかするさかいな。よっ!威勢がええな!」ヒリュウはヒュウガの突きを軽い身のこなしで回避をした。
「どこの馬の骨だかは知らないが『アブスタクル』の仲間らしいな。それならば、排除する。軽い気持ちでやってきたのならば、後悔をするぞ。お前達の援軍が来ても負ける気はしない。しかし、できれば、おれは援軍を呼ばれる前にこの場の者を始末しておきたいんだ」ヒュウガは突きを繰り出しながら言った。
「そら、ええ心がけやな。わい一人でも苦労をするのにも関わらず、その上に更に敵が増えれば、あんたの勝率は限りなくゼロに近くなるやろうな。わいは軽い気持ちでここに来たって?わいは決死の覚悟でここに来たんや!」ヒリュウはそう言うとヒュウガを投げ飛ばして更なる攻撃を加えた。
ヒリュウはやがて空中でヒュウガと激しい打ち合いを始めた。テンリはやはり自分とはレベルが違うなとヒリュウを頼もしく思った。テンリはそれでも鶴首たる思いでシナノのことを待ち侘びた。助けが来ることもさることながらそれはシナノ自身が無事であるという証拠にもなるからである。
一方のミヤマは修羅場である。地面にいると『迎撃のブレイズ』をやられてしまうと学習したミヤマはできるだけ空を飛ぶようにしていた。しかし、その努力は報われなかった。コンゴウは地上から『進撃のブロー』をお見舞いしてきた。ミヤマはびっくり仰天してギリギリの所でそれを避けた。しかし、次の瞬間にはコンゴウが目の前まで来ていて三本の角でミヤマは地面に叩き落とされていた。
ミヤマが起き上がると今度は上空から『進撃のブロー』が飛んできた。ミヤマは『うわっ!』と言いながら慌てふためいて場所を移動した。ミヤマはその時にコンゴウがこちらにやって来るのが見えたので『迎撃のブレイズ』をやられる前にコンゴウに向かって接近をして顎で強烈な打撃をお見舞いした。
しかし、コンゴウは大して痛そうな素振りも見せずにミヤマを角で叩いて逆に力で捻じ伏せた。ミヤマは地面をゴロゴロと転がった。コンゴウは地面に着地すると言った。
「ふん。実力は噂よりも下だな。『アブスタクル』のミヤマは革命軍の傘下の海賊を大勢討ち取ってホーキンスに大勝したときいていた。だから、どれ位に強いのかと思えば、しょせんはこの程度だ。おれは拍子抜けしたよ。おれ達への反乱因子がこの程度ならば、力で捻じ伏せることは容易だ。オウギャクさんがこの国の実権を握ったとしても簡単に国民を隷属させることができる。古往今来おれは革命軍を最低でも10匹は討ち取るつもりだったんだ。おれにとってはミヤマに助けが入ったとしても全く無意味なことだ」
「それはわからない。おれはナノちゃんを信じて助けにきてくれる虫さんを待っているんだ。その虫さんはきっとコンゴウを倒してくれる。いや。他人に任せているだけじゃダメだな。おれも一緒に戦ってコンゴウを倒す。だから、おれはそれまでなんとしてでも持ちこたえなくちゃならないんだ。それはヒリュウが来てくれたおかげで随分と楽になった。地獄に仏とはこのことだ」ミヤマはそう言うとこちらに向かって来るコンゴウとは正反対の方向を向いて羽を広げて飛んだ。コンゴウは不思議そうにした。しかし、コンゴウはこれ幸いと後ろ向きのミヤマに向かって『進撃のブロー』を放った。ミヤマはすると後ろ向きのままコンゴウに向かって半円を描いてそれを避けてコンゴウの背中を顎で挟むともう半回転してコンゴウを地面に叩きつけた。
ヒリュウがくる前にヒュウガにも使っていたこの技はミヤマの一本槍である必殺技『大車輪』である。これはダンスをしている時に何の脈絡もなくミヤマは偶然に思いついたのである。コンゴウは『げふっ!』と言って少なからぬダメージを負った。しかし、それはコンゴウの顰蹙を買った。
コンゴウはミヤマに向かって突撃をして至近距離から『進撃のブロー』を放った。それはさすがのミヤマも避けきれずに少し攻撃をかすらせた。ミヤマVSコンゴウの戦いはまだ続いて行くことになる。
その頃のヒリュウは空中戦で行け行けのムードだった。ヒリュウはヒュウガの攻撃を避けては反撃して避けては反撃するということを繰り返してヒュウガに対して着実にダメージを追わせていた。
ヒリュウはテンリも気づいていた通りに高所恐怖症をすでに克服して自由に大空を飛行できるようになっていた。それはテンリ達を助けるために追い込みをかけて練習していたおかげである。
ヒリュウはその内にヒュウガを地面に墜落させた。ヒリュウはヒュウガに止めをさすべく地面に急降下をしようとした。ヒュウガはその時に羽を広げてヒリュウに対して『衝撃のスタッブ』を使った。
ヒリュウは体を仰け反らせてそれを避けた。しかし、ヒリュウは地面に不時着をしてしまった。ヒュウガは顎を地面に打ち付けて哀れにも裏返しになっているヒリュウを見て冷笑をした。
「今までの攻撃は効いていると思ったか?おれはあの程度でやられる程に柔じゃない。あんなのは蚊に刺された程度だ。だが『セブン・ハート』を避けた反射神経だけは大したものだ。どこの誰だかは知らんが、少しは見直した」ヒュウガは各戦の思いを込めてヒリュウに対して言った。
「わいの名はヒリュウや!この名前は覚えておくとええで!ヒュウガの一生を大きく左右するキー・ビートルになる男や!というか、ヒュウガは『セブン・ハート』を使えるんかいな!わいはなんもできへんのにも関わらず、そら反則とちゃうか?まあ、文句を言うたってヒュウガは手加減してくれるとも思えへんさかい。わいはやっちゃるけどな。さっきも言ったけど、わいは命をかけてテンちゃん達を救いにきたんや!」
「ふふふ、潔はいいな。しかし、実力差は歴然だ。おれはオウギャクさんの下でこの国で重臣になる男だ。ヒリュウのような愚民とは格が違う。さあ?どうするつもりだ?」ヒュウガは問いかけた。
「あれ?そう言えば、アマちゃんはおらへんな。アスカさんはシナノちゃんっていう仲間も増えたって言うとったけど、彼女もおらへん。どうしたんやろ?」ヒリュウは言った。ヒュウガはすると怒った。
「おい!ヒリュウはおれの話を聞いているのか?今は明らかに無視をしただろう!」
「ん?いや。わいはちゃんと聞いとるさかい安心せいや。最近の経済の事情についてやろう?しかし、そないなことを聞かれてもわいは頭が悪いくてようわからへんのや」ヒリュウは本気で惚けている。
「いや!そんなことは聞いていないだろう!ふざけやがって!お遊びはここまでだ!」ヒュウガはそう言うとヒリュウに向かって突進をした。ヒリュウはそれを空中に飛んで回避して上から打撃を与えようとした。しかし、ヒュウガはそれを顎で払った。テンリはするとここで口を挟むことにした。
「アマくんとナノちゃんは『秘密の地』にいるんだよ。アマくんは今どうしているか、それはわからないんだけど、ナノちゃんは助けを呼びに行ってくれているんだよ」テンリは説明をした。ヒリュウはそのおかげで状況を把握することができた。先程のヒュウガは援軍が来ると言っていた。だから、それにはきちんとした根拠のある話だったのだなとヒリュウは思った。テンリは続けて言った。
「それより、ヒュウガくん。戦うのはもう止めようよ。ぼく達は『アブスタクル』って呼ばれているけど、暴力は好きじゃないんだよ。ヒリュウくんは心の強い虫さんなんだよ。だから、ヒリュウくんはぼく達のために戦ってくれるんだよ。だけど、本当はやさしい性格の虫さんなんだよ。問題は話し合いで解決をしようよ。そうすれば、ぼく達は誰も傷つかずにきっと仲良くなれるよ。それはダメかなあ?」
ヒリュウはテンリを見た。テンリはとても悲しそうにしていた。テンリはミヤマとヒリュウが傷つくのが居た堪れなくなってしまったのである。ヒュウガはヒリュウを投げ飛ばすと反論をした。
「それはできない相談だよ。『アブスタクル』のテンリくん。わかっているだろう?オウギャクさんが現国王のゴールデンに対して『この国をくれ』と言ってゴールデンは『イエス』というか?そんなことは絶対にあり得ない。だから、おれ達(革命軍)は実力行使に出たんだ。おれとコンが今『アブスタクル』とヒリュウを見逃したとしてもおれ達は国王軍を討ち取らないとならない。どう転んでも誰かが傷つかないとならないようになっているんだ。言ってみれば、革命軍の決起とはブレーキのない車と同じだ。一度でも高速を出してしまたならば、後は事故を起こすまでは止まることはない。革命軍の皆は国王軍と同様にして初志貫徹の想いを胸に戦っているんだ」ヒュウガは確固たる信念を胸に秘めている。テンリはするとしょんぼりして黙りこんでしまった。ヒリュウは上空からヒュウガに仕返しの打撃を加えると言った。
「テンちゃんはええことを言うとるさかい気にすることはないはずや。本来は自分勝手な理由での暴力と言うもんはどんな時にも絶対に振るってはあかんもんや。せやけど、それがわからへん者には暴力で応えることしかできへん時もある。せやからと言ってこの世から暴力を廃絶することができへんというのも間違った考え方や。この戦いが終われば、ゴールデン国王様はより一層に暴力反対の虫達が暮らしやすい国を作ってくれるさかい何も心配はいらへん。だから、テンちゃんは今のわいの行為が醜く見えたとしても後ちょっとだけ我慢してくれや」ヒリュウはお喋りを続けている。ヒュウガはそんなヒリュウを内心で快くは思っていない。
「ヒリュウくんは醜くなんてないよ。ヒリュウくんはとっても輝いているよ」テンリはそう言うとヒリュウに向かってにっこりとした。ヒリュウはそれ受けて少し心に余裕が生まれた。
「お喋りはこれまでだ!邪魔者は消す!」ヒュウガはそう言うとヒリュウに対して『衝撃のスタッブ』を使った。ヒリュウは紙のようにしてひらりとそれを避けてから一回転して強烈な打撃をヒュウガに加えようとした。ヒュウガはそれに対抗して顎を横に払った。嵐のような打ち合いは再び始まった。
テンリは縮こまって戦況を見つめている。手加減をした戯れのケンカならば、テンリとて気楽に見ていられる。しかし、啀み合いによる生死をかけた戦いはとても見てはいられないのである。
テンリにとっては『秘密の地』における戦いを含めた革命軍の決起は地獄絵図のように見えてしまう。しかし、テンリは悲しくても生き地獄のように感じてもミヤマとヒリュウから目を逸らさなかった。戦いは怖くていけないことでも戦闘員の決死の覚悟は尊重されるべきだと思ったからである。意に反しながらも偉功を狙うミヤマと勇み肌のヒリュウは苦戦をしいられながらも戦いを続けた。
無論『セブン・ハート』を使える者同士の高レベルな戦いともなると奥義と奥義の応酬で目まぐるしく事態は展開されて息つく暇もない。そんな中では相手の攻撃をかわしつつもいかにして相手の隙をつくのか、それが勝利を手にするためのポイントになる。ランギはパワーとスピードとテクニックのいずれもが最高レベルにまで研ぎ澄まされている。対するショウカクは意想外な発想とハイ・レベルなスピード感の溢れる攻撃を武器にしている。ランギは地上からショウカクに向かって『進撃のブロー』を放った。ランギの奥義は普通のものよりもかなり大きい。だから、砂ぼこりが起きて石榑は弾け飛んだ。
間合いを取っていたショウカクは同じく『進撃のブロー』でそれを相殺しようとした。しかし、ショウカクはそれを完全に打ち消すことは叶わずに風圧で宙を舞っうことになった。
ランギはそこに先回りをしていた。ランギはそして至近距離から『進撃のブロー』を使った。ショウカクは体をよじってよけようとした。しかし、ショウカクはこれもまた少し受けた。
ショウカクは得意技である『急撃のスペクタル』でランギを惑わせようとした。しかし、ランギは『突撃のウェーブ』で全ての残像を打ち消した。ショウカクの本体はその時にランギの後ろに回り込んでいた。ショウカクはランギに対して『進撃のブロー』を使おうとした。ランギはこれによって初めて奥義によるダメージを負うことになるかと思われた。しかし、そうはならなかった。ランギはショウカクを射すくめる眼光で睨んだかと思うとショウカクが奥義を使う前に『衝撃のスタッブ』で突っ込んで来た。
ショウカクは『くっ!』と言うとおっとり刀で奥義を使うのを止めて上空にひらりと避けた。今はショウカクが何をしてもランギによって先手・先手を取られている状況である。ショウカクはそれでも奥義を避けると同時に顎でランギを地面に向って全力で投げ飛ばした。ドスン!
しかし、体が頑丈なランギは平気そうにして再び体を起き上がらせた。ランギは『セブン・ハート』でも受けない限りは痛くも痒くもないのである。ショウカクは上空で口を開いた。
「ランギさんは化け物か?ランギさんは常におれっちのやろうとしていることを先読みしている。オウさんとキリさんは同様にして天才的な戦闘能力を持っているとてっきりと思っていた。しかし、ランギさんはそれに匹敵するかもしれない。おれっちは考え方を変えよう。おれっちにはもしかするとランギさんは倒せないのかもしれない。それならば、おれっちはランギさんに少しでも多くダメージを負わせることに専念するとしよう。おれっちはこのままランギさんに大きなダメージを負わせようとしていてもイタチごっこの末にやられる公算が高そうだ。自己犠牲の精神だって一概に悪いとは言えないだろう。まさかとは思うが、ランギさんはそんなおれっちのことを笑うかい?」ショウカクは妙に素直になって質問を発した。
「いや。それも一見識だ。おれはそもそも革命軍ではない。だから、おれは君達の作戦にとやかく言える立場ではない。しかし、おれにも一つだけ言わせてもらえおう。敗北を決意するのならば、おれはショウカクに大人しく捕縛されることをオススメしたい。そうすれば、ショウカクは痛い思いをせずにすむことになる」
「それはできない相談だ。おれっちは確かにランギさんに負けるかもしれない。しかし、おれっちは革命の成功を諦めた訳じゃない。おれっちはオウさんを尊敬しているし、信頼しているんだ」
「そうか。その忠誠心は立派だな。しかしだ。おれも国王様を尊敬しているし、この王国の国民の安全も守りたいと考えている。ショウカクにも戦意が少しでもあるのならば、おれはショウカクを反乱因子とみなして取り押さえさせてもらう!」ランギはそう言うと勢いよく地面を蹴った。
「望むところだ!」ショウカクはそう言うと『急撃のスペクトル』で4匹に増えて『突撃のウェーブ』で前進をした。ショウカクの攻撃はどこから来るのかわからない。だから、ランギは少し戸惑った。ショウカクの奥義は事程さように完璧なものだった。しかし、ランギが動きを止めたのはほんの一瞬である。
ランギは同じく『突撃のウェーブ』で対抗をした。ランギとショウカクはこうして擦れ違った。結果として奥義を無効化されたという意味ではお互い痛み分けに終わった。
ショウカクは振り向いた。ランギはするとショウカクのすぐ目の前にいた。ランギは空中にいたショウカクを角で落下させようとした。しかし、ショウカクは顎で対抗して互いに強力な打ち合いが始まった。
勝利したのはショウカクの方だった。ランギは地面に落下してしまった。ショウカクはそんなランギを追って地面を顎でこすって『迎撃のブレイズ』で炎を出した。しかし、ランギは後方に退去をして至近距離からショウカクに対して『進撃のブロー』を放った。ショウカクは負けずに『進撃のブロー』を放った。
総力を上げて放たれたランギとショウカクの二つの鎌風は激突して爆発的な衝撃と共に相殺された。ランギはそれでも動じなかった。しかし、ショウカクは風圧で後方に激しく吹き飛んだ。
「くっ!ダメージを与えると言ったって相手がランギさんでは一筋縄ではいかないな。しかし、どうしたことだ?ランギさんの動きは少し緩慢になっていないか?おれっちの考え違いかい?」ショウカクは独り言のようにして呟いた。ランギは少し黙った。本当は勝利を捨てて向かってくるショウカクに対してランギは同情してしまって手を抜いて戦っていたのである。しかし、ランギはそれを口に出さなかった。
「それは気のせいだろう。でなければ、ショウカクの戦闘能力は進化しているのかもな。野暮なことを聞くようだが、ショウカクは革命が成功した時に何を望んでいるんだ?」ランギは興味を示した。
「なんだ?抜き打ちの小テストかい?まあ、なんでもいいか。おれっちは実力のある者が発言権を有して力なき者はそれに従う。おれっちはそんな王国に住みたいと思っているんだ。それはオウさんの描いている国作りとよく合致している。実際は理に適っていると思うよ。浮動的な民衆の意見を積極的に取り入れていては衆愚政治に陥りかねない。ランギさんから同意が得られるとは思わないけどな」
「そうだな。一度は言った通りに力のない者だろうが、ある者だろうが、皆を受け入れてあげるだけの度量とやさしさがなければ、国は退廃して行く一方だ。おれはそう思っている」
「やさしさねえ。しかし、何もかもを受け入れる訳には行かないだろう?ランギさん達(国王軍)は現におれっち達(革命軍)を打ち取ろうとしている。それはやさしさが・・・・ん?まさか、ランギさんはおれっちが敵わないとわかって挑んでくると知って手加減して戦っていたのかい?もしも、そうだとしたならば、ランギさんはとんだ腑抜けだな。それはやさしさというものか?それならば、おれっちはランギさんを討ち取ってしまうぜよ!」ショウカクはそう言うと『急撃のスペクトル』を使った。ショウカクはそのまま『進撃のブロー』も使おうとした。しかし、ランギはその前に『突撃のウェーブ』で全てのショウカクの残像を消した。
「危ない!ランギさんはなんてスピードだ!その巨体の破壊力と奥義を併用されるとさすがにきついな。しかし、おれっちはまだ負けてはいられない!」ショウカクはランギの『突撃のウェーブ』を体にかすらせていた。ショウカクはそれでも次の反撃に出た。ショウカクは『急撃のスペクトル』と『突撃のウェーブ』のコンボでランギに挑んだ。ランギは『突撃のウェーブ』を使ってショウカクと擦れ違った。一度はやり合ったことのあるバトルである。しかし、結果は違った。ショウカクの方は逆に押し戻されて後方に飛んで行った。
ショウカクはこれもまたダメージを受けてしまったのである。ショウカクの疲れは度重なるランギの猛攻によってピークに達してきている。一応は空を飛んでいるショウカクはフラフラとしながらも振り向こうとした。しかし、それはできなかった。ショウカクは後ろから衝撃を受けて地面に落下してしまった。ランギはショウカクの後ろに回り込んだと同時にくるりと反転して『進撃のブロー』をショウカクの後ろ姿に向かって放っていたのである。ショウカクはその結果として気絶してしまった。ランギVSショウカクの戦いはランギの圧勝である。ランギは眠っているショウカクに向かって声をかけた。
「ショウカクには悪かったな。しかし、この国はショウカクの暴走を止めないと乗っ取られることになる。ショウカクはそもそも『森の守護者』に対して幾度かの暴力を振るっている。だとすれば、罪は償うべきだ。今のおれにできるやさしさはショウカクに反省をさせることだ。おれはそれに気づいた時に吹っ切れたよ。それじゃあな」ランギはそう言うと『黄の広場』に向かって歩き出した。ショウカクによる『森の守護者』に対する暴行とはテティの父に対するものも含まれている。仮に負けるとわかっていて挑んでくる相手であったとしてもそれまでに悪行をしていれば、その罪を償ってもらうことが先行する。それは異端邪説だという者もいるかもしれない。しかし、ランギはその痛し痒しの問題に自問自答の末にそのような答えに辿り着くことができたのである。ランギの勝利はとにかく国王軍にとっては大きな意味がある。
ショウカクは革命軍の強大な戦力だからである。しかし、全ての戦いはもちろんまだまだ終わった訳ではない。それでも『黄の広場』に遅れてやってきたランギという逸物は戦況を動かすことになる。
アマギは空を飛びながら一喜一憂をしていた。国王軍を応援しているアマギは国王軍が優勢になると喜んで劣勢になるとしょんぼりとしてしまっているのである。しかし、アマギは自分のやるべきことを忘れている訳ではない。アマギはキリシマの居所は知らないくてもフィックスに勝利してからずっと『秘密の地』のあちこちを飛び回っている。時には流れ弾が飛んでくる時もある。
しかし、アマギはそれでも恐れずに怒らずに無視をすることにしている。運がいいのか、運が悪いのか、アマギはその結果としてキリシマを発見することになった。キリシマは威風堂々と三匹の国王軍を相手にして最後の一匹による『電撃のサンダーボルト』の稲妻を回避してその彼を『進撃のブロー』で撃破している所だった。キリシマは次の相手を探そうとしている時にアマギはキリシマの前にどんと立ちはだかった。
「これは驚いた。『アブスタクル』のアマギがこんな所で何をやっているんだ?今ここが戦場と化しているということがわからない訳ではあるまい。今までの行動とは合致しないが、国王軍の味方として戦線にでも加わっているのか?国王軍には『シャイニング』と呼ばれているらしいから、アマギは国王軍からスカウトでもされたか?」キリシマは聞きながらも驚きのあまり目を見張っている。
「スカウトはされてない。だけど、フィックスは倒したから、国王軍の味方にはなっているな。おれは自分の意思でここにいるんだ」アマギはキリシマにも臆することなく言った。
「フィックスを倒したって?おれはこっち側の重要な戦力を部外者に倒されるとは思いもしていなかった。オウはこれを聞いたらなんと言うか。全く以っての予想外だ。アマギは一体ここで何がしたい?」
「キリシマを倒したい。テンちゃん達をひどい目にあわせてナノちゃんの宝物まで壊されたんだ。おれは性格的に黙っていられないんだ。おれは国王軍に勝ってほしいから、おれの行動は一石二鳥だ」
「そうか。しかし、メリットは他にもある。おれも戦いを望んでいるからだ。おれ達(革命軍)にとってはハヤブサとセリケウスに続いてフィックスまで倒されたとなると沽券に関わる。革命が成功したとしても『アブスタクル』は強大な反乱因子になりそうだ。それならば、おれは今ここでその危険を食い止める!」キリシマはそう言うと羽を広げてアマギの方に突っ込んだ。アマギはそれを顎で左に払った。
しかし、キリシマはすぐに顎でアマギを振り払った。やがては激しい打ち合いが始まるかと思われたが、キリシマの角は空を切った。アマギはキリシマの背中の方に迅速に移動していたのである。アマギはダイナミックに顎を左に払ってキリシマの巨体を投げ飛ばした。その力は凄まじいものだった。
キリシマは『くっ!』と言うと少し転がった。しかし、キリシマはすぐに体勢を立て直した。アマギからはそこに『進撃のブロー』が飛んできた。キリシマはそれを避けると避けた所にも『進撃のブロー』が飛んで来た。キリシマはそれを避けることを諦めると同じく『進撃のブロー』でアマギの奥義を相殺した。
キリシマの体はすると宙に浮いた。キリシマはそうかと思うとアマギによって次の瞬間には投げ飛ばされて木に衝突した。アマギはそれでも気を緩めなかった。キリシマからはすぐに『進撃のブロー』が三発も飛んできた。アマギはショシュン直伝の心得でそれを軽快にかわそうとした。
キリシマは簡単に避けられるような攻撃はしていなかったので、アマギは攻撃がかすりそうになるとライト版の『進撃のブロー』でそれに対処をした。キリシマはゆっくりとこちらにやって来た。
「ダメージはおれも大した食らっていないが、少しはアマギも強くなったらしいな。しかし、この程度の実力の虫は掃いて捨てる程にいる。革命軍の中にも『セブン・ハート』の使い手は30匹を超えている。ただ単に奥義を使えるだけでは意味はない。アマギには本当の奥義という奴を見せてやろう」
「そうか。それはありがたい。おれもパワー・アップできそうだ。だけど、負ける気なんか、おれはさらさらないけどな」アマギは自信満々である。以前にアマギがキリシマと戦った時は自分の他にも仲間が三匹もいたので、アマギはそのテンリ達を守るために気を使っていたのである。
アマギはその結果として本気を出せず仕舞いだった。ただし、ショシュンに鍛えてもらったこともアマギの自信になっている。キリシマは『迎撃のブレイズ』を使って当然の如くアマギはそれを避けた。爆発はアマギの下方で起きた。キリシマは飛んでいるアマギに向かって『突撃のウェーブ』で突っ込んで来た。
アマギはそれも避けてくるりと振り返ると『進撃のブロー』を放った。後ろ向きだったキリシマは音だけを頼りにしてそれを避けた。キリシマはここで宣告の通りに本気のスイッチをオンにすることにした。キリシマは地面に向かって『進撃のブロー』を使った。空中において何をしているんだと不思議に思ったが、アマギはこの際に攻撃を加えるべく『進撃のブロー』を放とうとした。
地面はその時に爆発をしてアマギに向かって鋭い斬撃が飛んできた。抜群の運動神経を持つさすがのアマギも何が何だかわからずにほんの少しそれを体にかすらせてしまった。
「くっ!今のは何だ?おれは聞いたことも見たこともない技だ」アマギは驚愕している。キリシマはアマギがバランスを崩しているとこちらにやって来た。キリシマは大きく振りかぶって角でアマギを地面に叩き落とした。一度はバウンドしたが、アマギはすぐに起き上がった。
キリシマが先程に地面に向けて放った『進撃のブロー』の直撃点からはアマギのいた下の方に渡って罅が入っていた。アマギにはこれで朧気ながら何が起きたのかを理解することができた。
キリシマは『進撃のブロー』を地面に当ててそれが『追撃のクラック』を呼び出す役割を果たしていたのである。つまりは奥義と奥義のコンボでこれは俗に『ダブル・ハート』と呼ばれるものである。『ダブル・ハート』はランギも使うことができるが、ランギはアマギには教えていなかったのである。
先程のキリシマの技は『ダブル・ハート』の中の『ゴッド・オブ・ウィンド』というもので『アンダー・アックス』という別名も存在する。キリシマはアマギとの初戦でもこの『ダブル・ハート』を使っていた。キリシマは残像を見せてその残像の全てから大きな鎌風を放っていたが、あれは『進撃のブロー』と『急撃のスペクトル』によって構成された『メニー・ウィンド』という『ダブル・ハート』だったのである。
『ダブル・ハート』はこれだけを見てもわかるようにして『進撃のブロー』をベースにすることが多い。それは『進撃のブロー』が『セブン・ハート』の基礎であって最も使い勝手のいい奥義だからである。
とはいえ『進撃のブロー』を使わない『ダブル・ハート』はショウカクが使っていた。ショウカクは『急撃のスペクトル』と『突撃のウェーブ』を組み合わせて攻撃をしていたのである。
キリシマは再び『ダブル・ハート』を使おうとしたが、それの危険性についてよくわかったのでアマギはそれを使われないようにキリシマに向かって急接近をした。
キリシマはそれに対して『突撃のウェーブ』で対抗をした。キリシマはアマギと擦れ違ったが、アマギは倒れなかった。アマギは卓越した運動能力で瞬時に『突撃のウェーブ』をかわしていた。
アマギはキリシマの後ろ姿に向かって『進撃のブロー』を放った。キリシマはくるりと振り向くと同じく『進撃のブロー』で対処をした。しかし、キリシマの奥義はアマギのそれを打ち破って少し威力は衰えても尚もアマギに向かって飛んで行った。アマギは止むを得ずに空中においてそれを回避した。その後のキリシマの放った鎌風は木の幹まで飛んでいった。アマギはそうかと思うとキリシマのすぐ上方を飛んでいた。アマギは馬力のある打撃でキリシマを地面に叩き落とした。アマギは更に『進撃のブロー』で追い打ちをかけた。
キリシマは地面に着地すると反転して攻撃を回避しようとした。しかし、キリシマは間に合わずに少し攻撃にかすった。アマギVSキリシマの一戦において奥義によるダメージを先に受けたのはなんとキリシマの方だったのである。キリシマにはそれでも休んでいる暇は与えられなかった。
アマギはキリシマのそばまで下降をして『迎撃のブレイズ』を使ったからである。キリシマは同じ技で対抗をして火力も同じ位だった為に勝負は引き分けた。キリシマはすぐに羽を広げて炎を通り抜けてアマギの横から痛烈な打撃を与えた。アマギは少し転りはしても何とかして踏ん張った。今の所のアマギとキリシマはこれによって痛み分けの状態である。キリシマは口を開いた。
「アマギがレベル・アップしていることは確かにおれも認めよう。しかし、才能はまだ開花しきっていないという嫌いはある。アマギの筋はかなりいい。革命軍にとっては益々惜しい人材だ。どうだ?革命軍に肩入れする気にはまだなれないのか?」キリシマは聞いた。アマギは拳闘家のようにして隙のない口調で答えた。
「ああ。そんなことは言語道断だ。おれは知っているぞ。革命軍は革命を成功させた後に他国に侵略するつもりなんだろう?おれは第一にそれが嫌なんだ。おれは戦えるけど、戦争は嫌いなんだ」
「そうか。それは残念だ。おれ達は確かに王国を完全に支配した時に領土の拡大を狙っている。手始めに雑虫合衆国を支配するのも悪くはない。りんし共和国と節足帝国の支配はそれでもかなりの困難を伴うだろう。しかし、おれ達も世の中を舐めきっている訳じゃない。弁解をさせてもらえれば、おれ達(革命軍)は安っぽい仮構の物語と違って世界征服を目論んでいる訳じゃないんだ」キリシマは主張をした。
「そうか。まあ、おれに言わせれば、革命軍は十分に世の中を舐めきっていると思うけどな。多分だけど、この国の国民はキリシマが思う程にか弱くはないと思うぞ」アマギは立てついた。
「青二才の割には言うじゃないか。そういうでかい口を叩くのならば、アマギは今ここでそれだけの気概を見せてみろ!」キリシマはそう言うと問答無用で『追撃のクラック』を使った。
アマギは当然の如くそれを避けて向ってくるキリシマに対して角を払った。しかし、それは空振りに終わった。キリシマは臆することなく『急撃のスペクタル』を使ってアマギを取り囲んだ。
キリシマは一斉に『迎撃のブレイズ』を使った。これは『メニー・ファイア』という『ダブル・ハート』の一種である。キリシマの囲んでいる所は大炎上した。しかし、アマギはそれを避けていた。
逃げ場はもちろん限られているので、アマギは上空に逃げていた。アマギにはそれでも息をついている暇は与えられなかった。キリシマはアマギが逃げてきた所に待ち受けていて上から『衝撃のスタッブ』でアマギを串刺しにしようとしていた。アマギは『うっ!』と言ってほんの三ミリの差で攻撃をかわした。
そのまま下降して行ったキリシマはちゃんと足で地面に着地をした。アマギはそれをきちんと確認をすると角で地面をこすって『迎撃のブレイズ』を使った。しかし、キリシマは居合抜きのような敏捷性で小さな『進撃のブロー』を使ってあっという間に炎を沈下させて見せた。
「よくわかったよ。この間みたいにして手を抜いていては勝てないようだな。おれはそれにしても残念でならない。意見さえ合致すれば、アマギは優秀な部下になれたはずだ。しかし、それは諦めるとしよう。この勝負はこれまでだ」キリシマは堅塁さながらの構えを解かずに言った。
「ああ。そうだな。そうしよう。勝つのはもちろんおれだけどな!」アマギはそう言うとキリシマに組みつこうとした。しかし、キリシマはアマギに背を向けて後方に飛んで行った。アマギはそれを追いかけようとしたが、それはできなかった。キリシマは地面に『進撃のブロー』を放ってアマギには下からの鎌風に対処する必要があったからである。アマギはそれでも器用にも『ダブル・ハート』を避けながらキリシマに対して『進撃のブロー』を放った。その時のキリシマはアマギの目の前にいたので、アマギの技は間違いなくキリシマに当たった。だから、その瞬間のアマギは『やった!』と喜んだ。
しかし、事態は急転直下に進んだ。キリシマは『急撃のスペクタル』でアマギの背中の方にいた。アマギが攻撃を的中させたと思っていたキリシマは残像だったのである。キリシマはアマギの隙だらけの背中に向かって『衝撃のスタッブ』を繰り出した。それは見事に直撃してアマギの背中には小さな穴が開いた。
アマギはもの凄い勢いで地面に落下して行った。これにて勝負ありである。アマギは地面に倒れたままぴくりとも動かなくなってしまった。キリシマはその横に降り立った。
「格上の相手にも臆することなく挑んで来るその勇気には敬意を表するが、戦闘はそれだけで何とかなるものではない。勇ましさが仇となったな。『セブン・ハート』は使い方次第でどこまでも強力な技を生み出すことができる。『ダブル・ハート』を囮に使うというのもその一例だ。後で内の部下がやってくるだろう。アマギは大人しく牢屋での生活に甘んじるんだな」キリシマはそう言うと歩き出した。キリシマはやがて次の敵を迎え撃つことになった。アマギは深い眠りについたままである。
その後すぐにキリシマの元にもオウギャクがゴールデンを打ち取ったという情報が入ってきた。キリシマはそれによってにやりとした。それはオウギャクが役目を果たしたからではない。
キリシマはオウギャクの実力を知っているので、その位は当然だと思っている。それよりもっと重要なことは敵のトップが陥落したとなれば、革命軍の士気は高揚するということである。そのようにして我田引水を計ることは用意周到にオウギャクが以前から決めていたことである。狙いはもう一つある。自分達のトップが倒されたと知った時の国王軍は逆に士気を下げてしまうからである。ただし、国王軍はそのような情報を聞かされて残念無念には思ってもゴールデンの分までがんばろうと考える者の方が圧倒的に多い。それは国王軍には絶対的な信頼感を寄せることのできる『スリー・マウンテン』がいるからである。ただし、そのことはオウギャクも知っているので『スリー・マウンテン』を倒した後はゴールデンの時と同様にして早急に情報を流すように手はずは整っている。依然『秘密の地』は喚声に溢れている。戦いは過熱する一方である。