アルコイリスと七色の樹液 10章
テンリは『魔法の地図』を持って二本足で歩いている。テンリ・サイドの三匹はフィートからリンリンの居場所を聞いているので『魔法の地図』を参与にして歩いている。この『魔法の地図』は現在地が点滅して目的地を指定すれば、そのルートも表示されるので、それに沿って歩いていけばいいだけという便利グッズなのである。ソウリュウ・サイドも責任は重大だが、リンリンの所にも刺客が送られてくる可能性は十分にあり得るので、テンリ・サイドの三匹も皆が責任感を持っている。
「テンちゃん。道は合っているかな?」アマギは歩きながら問いかけた。
「うん。合っているよ。『魔法の地図』によるともうちょっと、歩くみたいだけどね。だけど、もっと心配なことがあるよね?クラーツとセリケウスっていう虫さん達はとんでもなく強いらしいから、ミヤくん達は本当に大丈夫かなあ?」テンリは心の底から心配そうにしている。
「ソウリュウもついていることだし大丈夫だろう。いざとなったら逃げ出せばいいんだし何とかなるよ。おれにはそんな気がする」アマギは楽天的である。シナノは口を挟んだ。
「ソウリュウくんは体が大きくて強そうだものね?彼は『セブン・ハート』も使えるのかしら?」
「それはおれにもわからないな。ソウリュウが本気を出した所は見てないからな。だけど、おれの見立てではソウリュウの戦闘能力はかなり高いと思うぞ。ソウリュウの戦闘は一回しか見てないけど」アマギはソウリュウがヤックとマターを相手にした時のことを思い出している。
「そうだ。『セブン・ハート』と言えば、クラーツとセリケウスっていう虫さん達は『セブン・ハート』を使えるって聞いたことがあるよ」テンリは新情報を提供した。アマギはさして驚かなかった。
「そうなのか?革命軍の幹部クラスならそれが当然かもな。それじゃあ、おれも参戦した方がよかったのかな?だけど、テンちゃんとナノちゃんがそしたら危険だよな?そうだ。クラーツとセリケウスのかた方はおれの所に来てくれないかな?そうすれば、ミヤ達もちょっとは楽になるもんな?あはは、そんなにうまくは行かないか」アマギは楽勝ムードである。テンリは少し緊張が解れている。
「いいえ。私はそうとは限らないと思う。フィートさんも指摘していた通りにクラーツっていう虫さんはリンリンちゃんを無理やりに連れ出しに来る可能性もあるから」シナノは冷静に分析をした。
「それもそうだな。よーし!それじゃあ、やったるぞー!」アマギは意気込んで見せた。
「アマくんならきっと負けることはないよね?」テンリは頼りになる同志を囃し立てた。
「うん。たぶんな。だけど、おれはいざ戦いになったら勝てるだろうとは思わないんだよ」
「そうなの?アマくんはそれなら何を思って戦っているの?」シナノは聞いた。
「勝ちたいって思って戦うんだよ。勝てるだろうと勝ちたいは勝利を信じる点では同じだけど、集中力を持続させるっていう点では天と地ほどの違いがあるからな」アマギは論理を展開した。
「そうかもしれないね。アマくんはやっぱり格好いいね?」テンリは褒めた。
「ありがとう。だけど、これはおれが考えたんじゃなくてラン兄ちゃんが言っていたことなんだよ。ラン兄ちゃんは『セブン・ハート』の使い方だけじゃなくて『勝って兜の緒を締めろ』みたいな戦闘に関する心構えも教えてくれたんだ。その中でもおれが覚えているのは半分ぐらいなんだけどな。おれは忘れっぽくて勉強は好きじゃないからな」アマギは大胆に言った。ここに来る途中にアマギにはランギという兄がいるということを聞いていたシナノはその点に関しては驚くことではなかった。シナノは感想を述べた。
「そのお兄ちゃんの教えを実戦で応用できるっていうことはすごく立派なことだと思う」
「アマくんは戦闘中でも頭はクールなんだね?すごいね?」テンリはまた褒めた。
「いやー!そんなことないよ。テンちゃんとナノちゃんだってそのぐらいはやろうとすれば、きっとできるよ。おれはそれよりも小腹がすいた。略奪者と戦う前に樹液を吸いたいな」アマギは言った。
「リンリンちゃんの所に着いてからでもいい?」テンリは聞いた。アマギは了承した。
「うん。いいぞ。今はそれがおれ達の第一目標だもんな?テンちゃんに異議なしだ!」
その後のテンリ達はリンリンのいるはずの木までやって来た。しかし、リンリンはすぐには見つからなかった。リンリンは木の隙間に入って隠れていたのである。リンリンは父のフィートと同じコフキホソクワガタで体長は約28ミリである。リンリンの第一発見者はシナノである。
「こんにちは!リンリンちゃん」シナノはテンリとアマギをこの場に呼んだ後に話しかけた。
「あなた達は誰?」リンリンは怯えながら聞いた。アマギは豪快に切り返した。
「フィートさんの知り合いだよ!安心してくれ!おれ達はリンリンちゃんを助けに来たんだぞ!」
「私はもうクラーツさんとは会わないって決めたんです」リンリンは反論した。
「あれ?会話が何だか噛み合っていないみたいだね?」テンリは不思議そうにしている。
「あなた達は革命軍なんでしょう?ダディーの知り合いだって言って近づいてくる虫さんはそうに決まっているってダディーは言っていました」リンリンは独特の持論を述べた。
「そうか。だけど、おれ達は例外なんだ」アマギは直球勝負によって交渉をした。
「信じていいのかは私にはわかりません」リンリンはあくまでも慎重である。
「これならば、信じてくれる?私達はソウリュウ一家なのよ」シナノは断言をした。
「ナノちゃん。おれはソウリュウ一家になるのは嫌なんだけど」アマギはこそこそ話を持ちかけた。
「今回だけだから、我慢してあげようよ」テンリは小声で言った。アマギは折れた。
「うん。わかった。我慢をしよう。だけど、そんなことでおれ達のことを信用してくれるのかな?」アマギはリンリンの方を見た。リンリンは木の隙間から這い出て来る所だった。
「はじめまして!私はリンリンです!ソウリュウ一家の方々に出会えてとても光栄に思います!とってもうれしいです!あなた達はまだ幼いみたいだけど、いくつなのですか?」リンリンは実直に聞いた。
「おれとテンちゃんは10才だ」アマギは元気よく言った。リンリンは驚いた。リンリンは同時に『ソウリュウ・キッズ』とか『ソウリュウ・ジュニア』という言葉を思い浮かべた。リンリンを含めたこの場の4匹は全員がティーン・エージャーである。今のリンリンの眼は綺麗な花を咲かせるために種蒔きをしているかのようにして爛々と輝いている。リンリンはソウリュウ一家のことを尊敬しているのである。
「とっても幼いのね?ソウリュウ一家には若年の子も多いのかしら?」リンリンは聞いた。
「さあ?おれはソウリュウ一家じゃ・・・・」正直なアマギは皆まで言わさせてもらえなかった。ここは何としてでもリンリンには騙されていてもらわないとテンリ達には困るのである。テンリは口を挟んだ。
「そうなんだよ。ソウリュウくんは心が広いからね。リンリンちゃんはいくつなのかな?」
「15歳でしょ?」答えはなぜかシナノから返ってきた。アマギは聞き返した。
「ナノちゃんはどうしてそんなことを知っているんだ?ナノちゃんはリンリンちゃんと知り合いだったのか?」アマギは意外そうにしている。それはテンリも同じである。
「いいえ。私はリンリンちゃんと今が初対面よ。フィートさんはさっき『志学の娘』って言っていたでしょう?志学っていうのは15歳のことを意味するのよ」シナノは相も変わらずに造詣が深い。
「ソウリュウ一家の虫さんは頭もいいんですね?私はあなた達のことを信用してもいいかもって思えてきました」リンリンは素直に感心をしている。アマギは無駄口を叩いた。
「ソウリュウってすごいんだな?しかし、ソウリュウって泥棒なんじゃなかったっけ?」
「え?なんですか?」リンリンは聞き返した。シナノはお茶を濁した。
「いいえ。何でもないの。繰り返しになるけど、私達はリンリンちゃんを助けに来たの。ここの場所は革命軍に知られてしまっているのかしら?」シナノは真面目な話をすることにした。
「はい。知られちゃっていると思います。何度も隠れようとしたんですけど、クラーツさんの部下は一杯いるから、その度に見つけられちゃうんです。もう疲れちゃって隠れるのを諦めちゃっていたんです。一度ここは見つけられちゃった所なんです」リンリンは悲しそうにして言った。
「そうだったんだ。リンリンちゃんは大変だね?」テンリは相槌を打った。今のアマギはややこしい話をテンリとシナノに任せて少し離れた場所で樹液を吸っている。
「だけど、これでもう安心できます!ソウリュウ一家さんがクラーツさんを検挙してくれるんですよね?ソウリュウ一家さんって最高です!」リンリンは浮き浮きしながら無邪気に喜びを表現した。
「ええ。そのつもりよ。立ち入ったことを聞かせてもらうけど、リンリンちゃんはクラーツっていう虫さんが牢屋に入れられても何とも思わないの?」シナノは慎重な態度で質問をした。
「はい。ダディーはクラーツさんがものすっごく悪い虫さんだって言っています。クラーツさんは何よりも私のことを本気で愛してなんかいなかったんですもの。私もクラーツさんの芝居に騙されてころっと好意を寄せてしまったなんて今思えば、私もバカだったなって感じ始めているんです。本当に一生の不覚です。私にはまだまだ人生経験が足りないんです」リンリンは謹厳実直である。
「そう。それならば、よかった。私達は重要なお話を持って来たのよ」シナノはそう言うとフィートとソウリュウとソウリュウの部下の三匹が今クラーツに決戦を挑んでいるという話をした。ソウリュウの部下というのはミヤマのことである。フィートは命をかけているというのにも関わらず、リンリンはそれを聞くと意外にも大喜びをした。ソウリュウがいてくれれば、リンリンはクラーツとの戦いにも勝利は確実であると信じ込んでしまっているのである。注・ソウリュウはあくまでも何も盗んだことのない単なる自称の大泥棒である。ソウリュウは罷り間違っても革命軍と対立するヒーロー等ではない。
リンリンはとにもかくにもテンションを上げた。樹液を堪能して満腹になったアマギはテンリとシナノの所に戻って来た。木の下の方から第三者の声が聞こえてきたのはその時である。
「面倒臭くって腹立たしいと思っていたらやっと見つけたよ。こちらさん何かにもちょっとはいいことがあるもんだ。これでやっと枕を高くして寝ることができる」これは男性の声である。
「誰だ?何をぶつぶつと言っているんだ?」アマギは下を覗き込んで聞いた。
「こちらさんのことか?こちらさんはセリケウスだよ。しかし、逃げ出さんでもいいよ。こちらさんはクラーツとは違う。形振り構わずに暴力を振るうようなことはしないよ。ん?」セリケウスは絶句をした。セリケウスは体長が約80ミリのセリケウスミヤマクワガタである。
「おれ達は・・・・」親切なアマギはセリケウスを先取りして名乗り出ようとした。
「言わんでもわかっているよ。アマギとテンリとシナノの『アブスタクル』だ。そうだろう?」セリケウスは聞いた。今のセリケウスにはあまり覇気が感じられない。
「だとしたらならば、ぼく達のことをどうするの?」テンリはおっかなびっくりと聞いた。
「身構える必要はないよ。こちらさんは何もしない。別に『アブスタクル』をやっつけろっていう任務がある訳でもない。こちらさんの任務はリンリンっていう小娘を連れて帰るだけだ。クラーツは脱獄したこちらさんの親友なんでね。ちっとは労わってやらにゃならんのだよ。わかるだろう?」
「いや。悪いけど、リンリンちゃんは渡せない。セリケウスの任務がリンリンちゃんの誘拐ならば、おれの任務はそれをさせないことなんだ」アマギは断固として言った。セリケウスは納得した。
「小娘と『アブスタクル』の間にどんな繋がりがあるのかは知らないが、意見の相違っていうやつか。残念だな。しかし、そうかい。わかったよ。まあ『アブスタクル』を見かけたっていうのにも関わらず、素通りしちまったなんてことがオウギャクさんに知れたならば、こちらさんもオウギャクさんにどやされるかもしれない。仕方ない。相手になってやるか」セリケウスは怠そうにして言った。
セリケウスは無気力のように見せかけて内なる闘争心を他の虫に見せつけないのが特徴である。アマギは木の幹からセリケウスの前の地面に着地した。アマギは覇気を見せつけた。
「相手になるのはおれだけだぞ」アマギはテンリとシナノを守ろうしている。
「さあ?それは保障できないね。もしも、そちらさんが死んでしまえば、次はあちらさん達だ」セリケウスはそう言うと無情にも木の幹にいるテンリとシナノの二人のことを見上げた。
「その心配はない。おれはそうはさせないからな!」アマギはそう言うと早速セリケウスに組みついた。しかし、アマギはセリケウスによってすぐに投げ飛ばされてしまった。セリケウスはすぐに次の一手を打った。セリケウスはアマギの後ろに回り込んだ。セリケウスはただ回りこんだだけではなくて触れなくても波動でダメージを与える『突撃のウェーブ』を使った。テンリとシナノは緊張して戦場を見つめている。
「うわ!危なかった!」アマギは奥義の範囲外に出て難なくセリケウスの攻撃をかわした。
そのアマギの身の熟しはさすがである。セリケウスは息つく間もなく『進撃のブロー』を使った。アマギは同じく『進撃のブロー』を使って鎌風を相殺した。バシュッ!
「セリケウスの実力はどうやら半端じゃないみたいだな」アマギは呟いた。
「そちらさんも結構なお手前で」セリケウスはそう言うとアマギに向かって突進をした。アマギの方もそれに応えた。その結果として角と顎による激しい打ち合いが始まった。アマギもセリケウスも一歩も譲らない激しい戦いである。両者はどちらも白兵戦を得意としている。最初のアマギは格の差を見せつけてセリケウスを降参させようと思っていたが、今ではその考えを完全に捨てている。アマギはこの短い間にセリケウスの強さを感じ取ったのである。セリケウスは友人のクラーツの所にリンリンを連れて行くために『アブスタクル』を排除するために今や最初にアマギ達と会った時とは別人のような覇気を見せている。
その頃のソウリュウとフィートは立ち止まっていた。フィートは緊張のあまりに動悸と息切れを訴えたので、ソウリュウはフィートが落ち着くのを待っているのである。フィートは負けなかった。
フィートは自信を持てるようにするために『自分ならできる!自分は希代の能力の持ち主だ!』と自分で自分を励ました。これはピグマリオン効果というものである。
フィートは46年の人生でそういうものもあると学んだのである。フィートはこれからのクラーツとの激戦を前にして武者震いをしている。ソウリュウはフィートをアシストすることにした。
「フィートさん。深呼吸です。吸って!吐いて!大丈夫です!おれがついています!」
「ありがとう。ソウリュウくんは何てやさしいんだろう。ずっと思っていたんだけど、ソウリュウくんはどうして悪しき革命軍と対立することになったんだい?」フィートは問いかけた。
「友人が革命軍の連中に袋叩きにされたんです」ソウリュウはさらっと嘘をついた。
フィートが自分をヒーローだと思い込んでいるのならば、とことんそれに付きあってあげようとソウリュウは腹を括ったのである。フィートはしんみりとした口調で言った。
「ソウリュウくん。もしも、私がやられて私の命が尽きるようなことがあれば、娘にはどうか私の亡骸を見せないでやっておくれ。リンリンは私のことをダディーと呼んでとても私を尊敬してくれているんだ。そんなダディーなのに娘の一人も救えなかったなんて悲しすぎて格好が悪すぎる」
「フィートさん。そういうことは考えないことです。おれ達は勝利だけを信じてそれだけを目指して突っ走りましょう!今のおれ達が考えなくちゃならないことはそれだけです。虫は迷いがあると弱くなってしまうものです。さあ!行きましょう!今頃はミヤマくんだってがんばっています。がんばってボコボコにされているはずです。おれ達だって負けてはいられません」ソウリュウは真顔で言った。
「ミヤマくんはやられてしまっているのかな?」フィートの方も真顔で聞いた。
「えへん。今のはブラック・ジョークです。笑ってくれたらいいなと思ったのですが、空前絶後の見事な空振り三振でした。失礼」ソウリュウは咳払いをして言った。
「ははは、そうだな。ソウリュウくんの言う通りだ。こんな時だからこそリラックスすることも必要だ。こちらこそ失礼したよ。これではどっちが年上なのかわからないな。うん。私はもう大丈夫だ!リンリン!行くぞ!ダディーは行くぞ!」フィートは決意を漲らせて再びソウリュウと共に歩き出した。フィートは怯んでいるが、自信に満ち溢れているソウリュウの方は未だに怯んではいない。
時は満ちた。ソウリュウとフィートはクラーツのいる所までやって来た。この場にはざっと見ただけで革命軍の面々が20匹は蠢いている。しかし、ソウリュウは特に気にしなかった。ソウリュウは三下がいくらいようが自分の相手ではないと高を括っているのである。
ソウリュウは何の気なしにちらっと横を見ると驚かされた。フィートは電動歯ブラシみたいにしてバイブレーションをしていた。フィートは恐怖で震え上がっている。
「フィートさんは本当に大丈夫ですか?」ソウリュウは話しかけた。
「うん。大丈夫だったり、大丈夫じゃなかったりするんじゃないですか?」フィートは呂律の回らない口の利き方になってしまっている。フィートはあがってしまってもはや自分でも何を言っているのかもわからなくなってしまっている。ソウリュウは困った顔をしている。
クラーツの部下の一人であるホライズンはソウリュウとフィートに気づいた。何匹かの革命軍の下っ端の虫も二匹に気づいた。ホライズンはソウリュウとフィートの二匹に対して話しかけた。
「おい!おい!ここは革命軍支部の隊長のクラーツ様とセリケウス様の縄張りだぜ!堅気がこんな所に何の用だ?よう!おじさん!」ホライズンは話を振った。フィートは意外にも啖呵を切った。
「私の目的はただ一つだ!娘をクラーツから守り抜くことだ!リンリンは渡さないぞ!リンリンを渡すぐらいならば、私はお前達を倒して全員を豚箱にぶち込んでやる!」フィートは叫んでいる。
「おお!いいね!フィートさん!」ソウリュウはそう言うと思わず光明が差したような心持ちでフィートの方を向いた。いくらかの革命軍はフィートの言葉を聞くとこちらを睨みつけた。
「って、ソウリュウくんが言っていました」フィートは縮こまってしまった。
「おい!フィートさん!おれのせいにしないで下さいよ!」ソウリュウはつっこみを入れた。
「うおー!こうなったら最初っから全開だー!」フィートはそう言うと勇猛果敢に革命軍達に向かって戦いを挑んだ。フィートはホライズンのことを挟み込むと右へ左へと気持ちだけ振り回した。
あくまでも気持ちだけなので、相手のホライズンはびくともしていない。フィートは横から来たクワガタに体の裏側を挟み込まれてぎりぎりと締めあげられてしまった。
「私はダディーだ!強いんだ!こんな所で負けてたまるかー!」口は達者なフィートはクワガタによってそのまま叩きつけられて顎で払い退けられて木に衝突してしまった。フィートは体長が約52ミリとさ程に大きいという訳ではないのである。ホライズンはせせら笑っている。
「ぐうっ!ここまでか!すまない!リンリン!私はもうダメだ!」フィートはダウンしてしまった。
「弱っ!弱すぎるよ!フィートさん!バトル開始からダウンまで約7秒ぐらいでしたよ!」しばし呆然としていたが、ソウリュウは思わず声を荒げた。ソウリュウは最も怒っている訳ではない。
「すまない!ソウリュウくん!後はよろしく頼む!」フィートはそう言うとぐったりとしてしまった。
「なるほど。後はおれが一人でやる訳か」ソウリュウはそう言うと革命軍を見渡した。ソウリュウは少しも怯んでいない。この程度の敵ならば、ソウリュウはやっつけることができる自信があるからである。
敵はフィートの決死の覚悟の戦いを笑いものにしているので、ソウリュウは闘争心に火がついている。この場には部下に呼ばれて不意に隊長のクラーツが姿を現した。
「リンリンちゃんがおれの所にやってきたならば、たんとおしゃべりをして・・・・ぐへへ」
「うわー!滅茶苦茶に気味の悪いのが出てきたな。君がクラーツか?」ソウリュウは聞いた。
「そうだ。あんたはソウリュウだな?おや?お父さんはどうしたんです?」クラーツは聞いた。
「君にお父さんといわれる筋合いはない!止めてくれ」フィートは力なく反論をした。
「照れちゃっているんですね?リンリンちゃんはまだお父さんに結婚のことを話していないのかな?それならば、おれも黙っていよう」クラーツはそう言いながらもニヤニヤとしている。
「いや。聞こえているし!気色が悪いし!革命軍であることや妻がいることの二つを差し引いてもリンリンちゃんはこんなのと結婚するのは止めた方がいいな。おい!クラーツ!ボスが直々にお出ましとはどういうこと何だ?おれと戦おうっていうのか?それならば、受けて立つぞ!元々そのつもりだったんだ!」ソウリュウは不屈の闘志を燃やしながら口を挟んだ。フィートはソウリュウを羨望の眼差しで見つめている。
「リンリンちゃーん!おれは待っているよー!」クラーツは別世界に行ってしまっている。
「っていうか、おれの話を聞け!」ソウリュウはつっこみを入れた。クラーツはきょとんとした。
「え?ソウリュウ?いたの?気づかなかったよ。ソウリュウは存在感が薄いな」
「おい!それはわざとだろう!さっきは会話をして気づいていたじゃないか!クラーツは虫を食ったような奴だな。益々いけ好かない」ソウリュウはそう言うと怨憎会苦の意味を理解した。
「部下の話によれば、ソウリュウはリンリンちゃんをおれから遠ざけるためにきたそうじゃないか。それならば、おれは相手になってやろうっていうんで直々に来てやったのよ。今はホーキンスもちょうど席を外しているんでね。元々ソウリュウを打ち取るのはオウギャクさんの本意でもあるんだ。一石二鳥だ。おれはラッキーだよ」クラーツはようやくソウリュウを敵として認めた。
「やっと本題に入ったか。そうやって余裕をかましていられるのは今の内だ」ソウリュウは言った。
「リンリンちゃんのことを考えていたらソウリュウがリンリンちゃんに見えてきた」
「こ奴は何なんだ?おれは何が悲しくてこんな変態と戦わにゃならんのだ?」
「ふん。お前の方だって変じゃないか。あやかり者のソウリュウ」クラーツは言った。
「百歩を譲ってそうだとしても君には言われたくないね」ソウリュウはそう言うと羽を広げてクラーツを上から挟み込もうとした。その素早さは天下一品だったが、クラーツは更にその上を行った。
クラーツはその攻撃を見透かした上で回転をしながら空を浮いているソウリュウに襲いかかった。ただし、クラーツはソウリュウには触れなかった。その代わりに雷がソウリュウをかすめた。
これは『電撃のサンダー・ボルト』である。ソウリュウはそれを寸での所でかわすと一連の流れのままクラーツに対して雷切りを食らわした。これは見事に決まってクラーツは地上に叩きつけられた。ホライズンは『隊長!』と心配そうな声を上げた。しかし、クラーツは平然としている。
「安心しろ!お前らは手を出すな!おれは一人で十分だ!少しはソウリュウも骨があるようだな?」クラーツは平気そうである。ソウリュウは『それはどうも』と言うと再び攻勢に出た。クラーツは少し体を浮かして『迎撃のブレイズ』で対抗した。ソウリュウはまた寸での所で奥義を避けた。ソウリュウは勘の良さもまた天下一品なのである。しかし、ソウリュウは避けた拍子に激しく体を打ちつけた。
「うおー!クラーツさん!やっちまえー!」ホライズンからは大きな声が上がった。ソウリュウにとって見れば、ここは完全なアウェーである。しかし、ソウリュウはそれぐらいでは応えない。ソウリュウは逆境を乗り越える術を知っているのである。ソウリュウは敵の言葉に耳を傾けないのである。それはとても難しいことだが、ソウリュウは外部の雑音をシャット・アウトする特殊能力を持ち合わせているのである。
クラーツに勝ったとしてもソウリュウにメリットはないが、ソウリュウはそれでもフィートとリンリンのために一生懸命である。ソウリュウは無我の境地において戦いを続けた。
ハネルニーネはミヤマの今の置かれている状況を聞きたがった。別に極秘事項という訳でもないので、ミヤマはクラーツとセリケウスの討伐の件を渋々と話してあげることにした。ハネルニーネからは『まあ!逞しいのね!』と言われて悪い気はしなかったが、ミヤマは落ち着いていられなかった。
ミヤマはこれからハネルニーネを守るために殺し屋か何かとたった一人で対峙しないといけないかもしれないからである。ただし、ミヤマには断るという選択肢はなかった。
他の皆もがんばっているのだから、ミヤマは自分もやれることを精一杯にやろうと決心しているのである。ただし、ミヤマは正直に言うと腰が引けてしまっている。
「単刀直入に聞かせてもらうけど、ハネルニーネちゃんは誰に命を狙われているんだい?」ミヤマはハネルニーネに対して一通りの話を終えると本題に入ることにした。
「私のことはハネちゃんって呼んでよ。ハネルニーネなんて長くて余所余所しいでしょう?だけど、私は自分の名前を気に入っているのよ。私達の間に遠慮なんていらないのよ。あなたもそう思うでしょう?」ハネルニーネはとても馴れ馴れしい性格をしている。ミヤマはやや押され気味である。
「さあ?そう言われても答えに困るけど、わかったよ。言い直そう。ハネちゃんは誰に殺されそうなんだい?」ミヤマは自分のペースを崩さないように心掛けながら聞いた。
「ホンキースよ。あの悪名高い悪者のことよ」ハネルニーネはようやく真相を明かした。
「ホンキースかい?なるほど。聞いたことないや。それは誰なんだい?」ミヤマは聞いた。
「知りたい~?」ハネルニーネは突然しなを作った。ミヤマはもう動揺せずに言い返した。
「ああ。知りたいよ。他の虫の命を狙うような虫ならば、察するに革命軍の一員かい?」
「私は知らないの。知~らない!」今度のハネルニーネは不機嫌そうにして剥れて見せた。そんなことで蒲魚ぶられても困ると思ったが、ミヤマは冷静に切り返した。
「革命軍ではないのかい?ホーキンスは別の組織の虫なのかい?」
「彼は革命軍よ。私は彼の手下を打っ飛ばしてホンキースに恨まれているの」
「それはすごい!ハネちゃんはものすごい凶暴なんだな?その話は本当なのかい?」
「嘘よ。そんな訳ないじゃない」ハネルニーネはさらっと打ち明けた。
「嘘かよ!ハネちゃんは命を狙われているっていうのも・・・・」ミヤマは口籠もった。ミヤマはハネルニーネによって『嘘よ』と言われると『えー!』と声を上げた。
「それも嘘なんだけどね。それじゃあ、本題に入ってあげる。ある時『マイルド・ソルジャー』だか『森の守護者』だかにホーキンスが追われていたから、私はホーキンスを匿ってあげたの。ホーキンスはもちろん大喜びよ。私はホーキンスが革命軍だったなんてその時点では思いもしなかったの。だけど、私はホーキンスと話している内にそれに気づいた。ホーキンスって結構いいやつだったの。だから、逃がしてやってもよかった。だけど・・・・」ハネルニーネは言い淀んだ。ミヤマはその先を読んだ。
「なるほど。ハネちゃんは『森の守護者』に対してホーキンスの居場所を密告した。もっと言えば、その方がホーキンスのためになると思った。違うかい?」ミヤマは確認をした。
「いいえ。違わない。その通りよ。ホーキンスは再び激しい戦いを乗り越えて逃走した。裏切り者の私はホーキンスの憎悪の対象になって命を狙われることになった。そういうことよ。ホーキンスは犯罪者よ。裏でこそこそと悪いことをしているのだから、捕まって当然のはずでしょう?それなのにも関わらず、私はこんな目にあってこんな理不尽なことってないと思うのよ。あなたもそう思うでしょう?」
「それには確かに共感できるな。具体的にはホーキンスからどんな仕打ちを受けたんだい?」
「見ての通りにまだケガはさせられていないけど、ホーキンスは私を痛めつけるために私の行きそうな所で待ち伏せをするのよ。本当に陰湿なのよ。ぷん!ぷん!」ハネルニーネはかわいこぶりっ子をした。
「今のおれ達はどこに向かっているんだい?」ミヤマはもっとつっこんだ話をした。
「ホーキンスの塒よ。ホーキンスはクラーツとセリケウスの部下だけど、一匹狼だから、普段は一人で寝起きをしているの。今のホーキンスはちょうど昼寝をしているだろうから、その寝首を掻いてやるっていう訳なの。私じゃなくてあなたがね。やられる前にやってやれっていう訳よ」
「もしも、寝込みを襲うのに失敗したり、ホーキンスが起きていたりしたら?」
「その時はあなたが戦って勝つのよ。あなたならやれる!私は信じている!」ハネルニーネはそう言うと潤んだ瞳でミヤマを見た。ミヤマの方は困ってしまった。
自分の実力を知らない虫に『信じている』と言われても大した慰めにはならないからである。しかし、ハネルニーネの熱意はミヤマも素直に受け取ることにした。ハネルニーネは話題を変えた。
「目的地に到着するまでに明るい話をしましょう!ホーキンスには悪いけど、あなたはホーキンスを生きたまま牢獄に送る。ホーキンスはそしたら死刑になるかしら?」ハネルニーネは問いかけた。
「それの一体どこをどう解釈したら明るい話になるんだい?」ミヤマは聞いた。
「ごめーん!私って過激な性格なの。だけど、私って世間知らずよね?あなたとは会って間もないのにも関わらず『私のために命をかけてよ』ってお願いしているんだもの。非常識よね?あなたは今から引き返してもいいのよ。私はそうしても別にあなたを咎め立てはしないから、安心をしていいのよ」
「うーん。やるだけはやってみるよ。勝てなかったらその時はごめん」
「ううん。あなたって本当に頼りになるのね?」ハネルニーネは至極うれしそうである。
「いや。おれは戦闘においておれなんかよりもっと頼りになる虫を知っているよ」ミヤマは遠い眼をしている。今のミヤマはアマギのことを思い浮かべている。ミヤマは事実アマギの勇気と戦闘能力の高さを尊敬している。ただし、アマギのいい加減な所にはミヤマも呆れている。
その後のハネルニーネはミヤマを先導して草むらを抜けた。ミヤマは何の疑いも持たずに『がさがさ』と草むらを掻き分けて進んで行った。ハネルニーネは草むらから抜き出るとヒステリーを起こした。ハネルニーネは突然『死になさい!アブスタクル!』と言って金切り声を上げた。
ミヤマの頭上からは同時に断頭台の刃が落下してきた。そんなことになっているとは露程も知らずにミヤマはハネルニーネの君子豹変ぶりにきょとんとしている。
例えば、アマギのようにしてそれ程に何でもかんでも信じてしまうタイプではないが、虫の良いミヤマはハネルニーネのことを完全に信用してしまっていたのである。
ミヤマはギロチンの回避のために俊敏に移動することはできなかった。ミヤマはこの緊急事態をしっかりと把握することができずにただその場に佇んでいるだけだった。
期待というものは時に重荷にもなってしまう。期待する方ならば、晴れやかなイメージだが、反対に期待される方はそれに応じようとするので、苦労してしまう時があり得る。今もアマギVSセリケウスの戦いは続いている。テンリはアマギのがんばりを自分も手に汗握る心境で見つめている。
アマギならば、クラーツでもセリケウスでも誰が相手でも勝利できるというような軽はずみな発言を先程にしてしまったことを神経質な性格のテンリは悔いていた。
確かにテンリにとってアマギには常勝のイメージがあって事実アマギのケンカの強さは一級品である。しかし、勝負事に100パーセント等ということはない。もしも、確実に言えることがあれば、それはもはや勝負事ではなくていかさまの可能性が濃厚である。
ただし、アマギの戦闘中の集中力は高度なものなので、テンリの心配は杞憂である。アマギはいつも一切余計なことを考えないで戦いに挑んでいるのである。
しかし、現在のテンリとシナノは崖っぷちに立たされているというのは事実である。もしも、アマギがセリケウスによって負ければ、テンリとシナノも負けてしまう可能性は大だからである。
「彼はすごく強いみたいですど、負けないでしょうか?」リンリンは高レベルな戦いを息を吞んで見守りながら聞いた。アマギはセリケウスの『セブン・ハート』を難なく捌いている。
「ええ。アマくんならきっと大丈夫よ。ソウリュウ一家でもアマくんは若様に次ぐナンバー・ツーの実力の持ち主だから」シナノは平気で嘘をついた。この場合は嘘も方便というやつである。
「アマくんは『セブン・ハート』を二つも使えるんだよ」テンリは付け足した。
「そうなんですか?だけど、見た感じではまだ一つしか使っていませんよね?」リンリンは聞いた。アマギは今の所『進撃のブロー』しか使用していないのである。
「うん。そうだね。アマくんにはまだ自信がないのかもしれないね?」テンリは不安そうにしている。
「だけど、今はいい感じですよね?彼は押しているみたいです。このまま行けば、勝てるかもです」
「うん。そうかなあ。リンリンちゃんは怖くないの?」テンリは聞いた。
「怖い?彼が負けるかもしれないからですか?」リンリンは不思議そうにしている。
「ううん。そうじゃなくて戦闘シーンを見ていることがだよ」テンリは言った。
「私は大丈夫です。私は神経が太いんです。あなたはダメなんですか?」リンリンは聞いた。
「うん。ちょっと怖いんだ」テンリは申し訳なさそうにして答えた。
「テンちゃんはやさしいものね?」シナノはそう言って口を挟んでくれた。
テンリは暴力的なシーンが嫌いなのである。ましてやアマギがやられている所など見たくもないテンリは怖くなってしまうのである。しかし、テンリはなるべく目を逸らさないようにした。テンリは男の端くれとしてシナノとリンリンに被害が及ばないように監視をしていないといけないからである。
その頃のアマギとセリケウスは火花が出るのではないかと思う程の激しい打ち合いをしていた。リンリンはアマギの方が優勢と言っていたが、それは身びいきであって実際の戦況は完全な五分である。
アマギはセリケウスを角で挟むと横に放り投げてすかさず『進撃のブロー』を繰り出した。アマギによるハイ・レベルな攻撃である。セリケウスは羽を広げて地面に体を叩きつけた。アマギは『決まったか?』と呟くと殺気を覚えてぞっとした。アマギの勘は正しかった。
セリケウスはほんの数ミリのギリギリの差でアマギの奥義を避けていた。そうかと思えば、セリケウスはアマギに対して襲いかかったが、それはかわされた。これは一瞬の出来事である。
「危なかった!『突撃のウェーブ』ならやられていたかもしれない」アマギは安堵した。
「しまったな。そちらさんの言う通りだ。今のはこちらさんの判断ミスだ。こちらさんの使える奥義の数も把握されてしまったようだしねえ。しかし、そう何度も『セブン・ハート』は使えない。奥義は体力を消耗するからねえ」セリケウスはしっかりと地に足をつけて冷静に分析をした。
「あんなにも奥義を使っていてまだ使えるなんて十分にセリケウスは強者に分類されるな」アマギは言った。アマギの方もセリケウスに負けず劣らずにしっかりと地に足をつけている。
「そちらさんから褒めてもらえるとは思いもよらなかったねえ。そちらさんにもまだ余裕があるっていうことだ。こちらさんの名を知っていて逃げずに挑んで来るとはこれはもう大した度胸だ」
「おれは浮世離れしているから、ここに来るまではセリケウスの名前を知らなかったけどな」
「それはこちらさんにとっては心外な話だ。しかし、こちらさんもこの程度の相手にだらだらと戦っているようじゃあ、まだまだだ。こちらさんはもっと上を狙っているのでねえ。決着をそろそろつけさせてもらいやしょうか」セリケウスは静かな口調ながらも意気込んだ。
「おれも今そう思っていたんだよ」アマギは余裕たっぷりの態度である。
「それはこちらさんも光栄だ」セリケウスはそう言うとアマギに向かって突っ込んだ。アマギは目にも止まらぬ速さで横へずれて至近距離から『進撃のブロー』を放った。これはさすがのセリケウスにも避けきれずに体をかすめた。『セブン・ハート』によるダメージは両者を通じて初めてである。
しかし、セリケウスは怯まなかった。セリケウスは顎で上空に放り投げてアマギを下から挟み込んだ。セリケウスはそのまま反転して地面にアマギを思いっきり突き刺した。
セリケウスは攻撃の手を緩めずにアマギを横に放り投げて『進撃のブロー』を使った。アマギは投げ飛ばされながらも体勢を立て直して同じく『進撃のブロー』でセリケウスの攻撃を相殺した。
しかし、気づいた時は手遅れになっていた。セリケウスは知らない内にアマギの後ろに回り込んでいたのである。セリケウスによる本気の『突撃のウェーブ』を食らったアマギは吹き飛ばされてテンリ達のいる木に勢いよく衝突した。アマギは完全にぐったりとしてしまった。
「そちらさんはこれまでだ。こちらさんの奥義を真面に食らって動ける訳はない。随分とてこずったが、勝負はどうやらあったようだねえ。次はあちらさん達だ」セリケウスは息を切らしながらも勝者の品格を漂わせてテンリとシナノの二人のいる所に飛んで行った。セリケウスはテンリとシナノに対して無情にも『突撃のウェーブ』を食らわせる準備に入った。テンリとシナノはそれに気づくと逃げようとした。
しかし、セリケウスのスピードはそれを上回った。アマギは残念ながらセリケウスの攻撃の制止に間に合わなかった。アマギはセリケウスの言う通りに体の自由が利かなくなってしまっているのである。アマギは身の毛もよ立つ思いを味わった。テンリ止むを得ずにせめてシナノの盾になるためにはセリケウスの前に躍り出ることにした。テンリの今の能力では残念ながらこれが精一杯である。
その頃のフィートはソウリュウVSクラーツの一戦を固唾を呑んで見守っていた。この一戦はフィートがちょっと目を離しただけで戦況が変わっている一進一退の緊迫した戦いである。
同時にスピード感の溢れるかなり高レベルな戦いである。もしも、自分が飛び込むようなことをしたのならば、一瞬でやられてしまうだろうなとフィートは内心で思った。
今のソウリュウは羽を広げて後退を開始した。クラーツはそれを追撃するべくソウリュウの後を追った。ソウリュウは会稽の恥にでも囚われたのかと思ってクラーツは訝しんだ。
「何だ?怖気ついたのか?ぐへへ!リンリンちゃん!おれは勝っちゃったよー!ん?うわ!」クラーツは声を上げた。ソウリュウは急に向きを変えてクラーツを上から挟み込んだのである。
「勝負はどうやらあったみたいだな」ソウリュウはそう言うとクラーツを挟んだまま空中でぐるぐると回転して最後にはクラーツを勢いよく地面に叩き付けた。ドスン!
クラーツよりも43ミリも大きいソウリュウは純粋な力勝負ならば、ソウリュウの方に初めから圧倒的な分があったのである。ソウリュウはクラーツが回生できないように今の一撃に全力を出した。
「やった!ついに終わった!これでリンリンは救われる!」フィートは思わず呟いた。
「ええ。その通りです。フィートさん。ほらね?パン・パカ・パーンの時はやってきたでしょう?この位は楽勝ですよ」ソウリュウはもうすっかりとご満悦である。
「ありがとう!ソウリュウくん!君は私とリンリンの救いの神だ!」フィートは言った。
「いやー!この位は別に何でもありませんよ。君達はまだ歯向かうようならば、おれは遠慮なく一網打尽にするよ」ソウリュウはクラーツの部下達に対して居丈高に言った。しかし、クラーツの部下達は笑い転げている。ソウリュウは当然のことながら不思議そうにした。
「何だ?何がおかしいんだ?隊長がやられてもしかして自暴自棄にでも・・・・うわ!」
ソウリュウの真横からは『電撃のサンダーボルト』が飛んで来た。ソウリュウはそれを完全には避けきれずに痺れて動けなくなってしまった。攻撃したのはクラーツである。
「うおー!隊長ー!やっちまえー!」ホライズンはクラーツのためにムードを盛り上げた。
「そんな!あれだけの大技を食らっておきながらまだそんなに動けるのか?」フィートは驚いた。
「伊達に革命軍支部の隊長を任されていないっていうことよ。うおりゃー!」クラーツはそう言うとまだ痺れて動けないソウリュウを下から挟んで力一杯に上空に放り投げた。クラーツはすかさずに落下してくるソウリュウに対して『迎撃のブレイズ』を食らわせる態勢に入った。しかし、電撃によるソウリュウの痺れは一瞬だけ早く取れた。クラーツはそれに気づくと攻撃するのを止めて横へ飛び退いた。それは紙一重の回避だった。ソウリュウはクラーツに対して『突撃のウェーブ』を繰り出したのである。
「これは驚いた!ソウリュウも『セブン・ハート』の使い手じゃないかと頭の中では思っていたが、あのタイミングで使うとはバトル・センスは並じゃないな」クラーツは逼迫した口調で言った。
「避けておいて褒めるなんて嫌味にしか聞こえないよ」そう言うソウリュウも至って冷静である。ソウリュウが使える『セブン・ハート』は先程の一つだけである。ソウリュウはどうして『突撃のウェーブ』を選んだのかというと一番ソウリュウにはそれが格好よく思えたからである。
ソウリュウはそれをトリュウの父親の知り合いから教わったのである。ソウリュウは『魔法の杖』でトリュウの父のケガを治してあげたという話があったが、あの時はそのようにしてトリュウの父はソウリュウに対してお礼をしたのである。クラーツは話し始めた。
「それにしてもわからんな。ソウリュウを打ちとれば、おれにはオウギャクさんからの評価が上がるというメリットがある。しかし、ソウリュウはおれと戦ってどんなメリットがある?ソウリュウはまさかリンリンちゃんと結婚しようっていうんじゃないだろうな?」クラーツは聞いた。
「それはお門違いだ。ナンセンスだ。おれは独身主義者だからね。おれは他の虫が不幸になるのを黙って見ていられない性分なんだよ。悪いことは悪いと白黒つけるのも好きなんだ。だから、おれはクラーツと戦わないといけないんだ」ソウリュウは落ち着いて言った。ソウリュウは困っている虫がいて自分に助けられるのなら助けるという信念にも基づいている。
「本当にクラーツが強いのならば、どちらにしてもいつかはソウリュウくんとぶつかることになるんだ。そういう意味ではこれは前哨戦みたいなものだ」フィートも行け行けの調子で口を挟んできた。
「何?お父さんは何の話をしているんだ?」クラーツには意味が呑み込めていない。
「ソウリュウくんは革命軍という勢力を根底から打っ潰すつもりなんだよ」
「は?何だって?それは本当なのか?ソウリュウ」クラーツは質問をした。
「まあね。そうかな」ソウリュウはその後に『おとぎの国でなら』と心の中で付け足しておいた。ソウリュウの心の内を知らないクラーツはそれを受けると堪えきれずに失笑してしまった。
「ソウリュウは幸せな奴だ。言っておくが、オウギャクさんとキリシマさんの実力は本物だ。お二人は『セブン・ハート』の全てマスターしている。その一つ一つは最高レベルにまで研ぎ澄まされている。ソウリュウ程度のレベルではとても太刀打ちできる訳がない。バカにするにも程がある。お二人にケンカを売ったが最後だ。ソウリュウは確実に10秒以内に死骸になるに決まっている。そんなことはやらなくても目に見えている。そのお二人をも打っ潰すだと?口にするのもおこがましい。身の程を知れというものだ」クラーツはそう言ってオウギャクとキリシマに敬意を払った。
「さあ?それはどうだかな」ソウリュウは全く気にしていない。別にオウギャクともキリシマとも戦う予定はないソウリュウは平気でいられるのである。フィートはソウリュウを頼もしく思っている。しかし、そんなことを知らないクラーツは完全に神経を逆撫でされた。
「ソウリュウっていう奴は口の減らない生意気な奴だな?だったらまずはおれに勝ってみろ!おれが世界の広さを教えてやる!おれにも勝てないようならば、問題外だ!」クラーツは言った。
「言われなくてもクラーツには勝って見せる!おれにだってその位の自信はある!」ソウリュウはそう言うとふわりと飛んでクラーツの方に向かった。クラーツはソウリュウの『突撃のウェーブ』を恐れて急いで横に飛び退いた。しかし、ソウリュウは敢て奥義を使わなかった。
「クラーツくん。逃げてばかりでは一生おれには勝てないよ」ソウリュウは振り向くと笑みを浮かべた。ソウリュウは奥義を使わずに体力を温存しているのである。
「ふん。ソウリュウだっておれの『迎撃のブレイズ』を恐れて近づけないでいるんだろう?ソウリュウにとっては『突撃のウェーブ』だけが生命線だ。おれはそれだけをマークしていればいい」
「それは最もかもな」ソウリュウは言った。クラーツは上空に飛んで『電撃のサンダーボルト』を放つべくソウリュウに対して突進をした。ソウリュウは逃げなかった。
ソウリュウは自分からクラーツの所に飛んで行った。こうすれば、クラーツも『電撃のサンダーボルト』を使う暇がないということにソウリュウは気づいたのである。
「考えたもんだろう?」ソウリュウは早口で自画自賛した。クラーツは逆に気を害した。クラーツは『こざかしい!』と言うと全力を出して顎でソウリュウを地面に叩きつけた。ソウリュウは強か地面に体を打ちつけてしまった。クラーツはこの一瞬の隙を逃さなかった。クラーツは今度こそ『電撃のサンダーボルト』を食らわせるべく攻撃を放った。しかし、ソウリュウはギリギリで雷を掻い潜った。ソウリュウはクラーツに向けて『突撃のウェーブ』を使った。地面に着地していたクラーツはそれを避けた。
次の瞬間に勝負は決した。倒されたのはクラーツだった。ソウリュウは『急撃のスペクトル』に順ずるスピードで『突撃のウェーブ』を行って帰ってきて計二回も使用をした。
ホライズンを含めた部下達は強烈な風によって弾け飛んだクラーツを見て思わず声を上げた。『クラーツ隊長!』とか『まさか!』とか『嘘だろう?』といった声が方々で聞こえてきた。
「ソウリュウくん!ついにやったな!」フィートは呼びかけた。ソウリュウは応えた。
「ええ。今度は間違いないでしょう。クラーツには今までのダメージも蓄積されています。クラーツはしばらく動けないはずです。クラーツは指一本も動かせないでしょう。『セブン・ハート』とはそういうものです」ソウリュウは勝者の品格を漂わせている。クラーツは確かに人事不省に陥っていた。こうなってしまってはしばらくは意識を取り戻せない。ソウリュウVSクラーツの一戦はソウリュウの辛勝で幕を閉じた。
娘のリンリンこれによっては救われるので、フィートは舞い上がっている。しかし、フィートはあの有名なクラーツを倒したなんて信じられないような思いも抱いている。
ソウリュウは当然といった感じである。ソウリュウは過信ではなくて自分がケンカに強いことは知っていたのである。虫助けができたソウリュウはそれでも充実感を味わっている。
ミヤマは九死に一生を得ていた。ギロチンの刃は遠隔操作によって下りてきたのだが、刃はミヤマが通過した後にミヤマのお尻ギリギリの所に落ちた。
ミヤマは音を聞いて振り向くと青くなった。鈍くはないので、ミヤマは今何が起きたのかを瞬時に把握することがすることができた。犯人がハネルニーネだということも把握することができた。
しかし、ハネルニーネはケアレス・ミスをしてくれたのかと思うとなんとか命拾いができたミヤマは奇妙にも安堵をした。ミヤマは潰走する前に勇気を出して聞いた。
「これは何だい?まさかとは思うけど、ハネちゃんはおれを殺そうとしたのかい?」
「当たり前でしょう?これを見て他に何が考えられるっていうのよ。あなたって本当におバカさんね。私の色気に騙されてのこのことこんな所までやって来るなんて本当にバカね」ハネルニーネは罵倒をした。先程まではなよなよしていたのにも関わらず、今のハネルニーネは女番長のようである。
別にハネルニーネの色気に惑わされたのではなくてハネルニーネを助けようとしてここまでやって来たのだが、ミヤマはそれはどうでもいいと判断して言った。
「それでこれからどうやってハネちゃんはおれを殺すつもりなんだい?策は尽きたのかい?」
「いいえ。あなたを殺す算段はついている。私が何者なのかは聞かないの?」
「おれもそこまで頓馬じゃないからな。ハネちゃんはさっきおれのことを『アブスタクル』って呼んでいたから、ハネちゃんは差し詰め革命軍のメンバーなんだろう?」ミヤマは落ち着き払っている。ミヤマには他にも思い当ることがあった。一つにはハネルニーネがミヤマの今の状況を知りたがったことである。ハネルニーネはそうすることによって次の一手を考えていたのである。
ただし、クラーツならば、ソウリュウを破れるという目論見はすでに外れている。しかし、それは今のハネルニーネにはわからないことである。ハネルニーネが革命軍であるというもう一つの証拠はミヤマが革命軍のことを少し悪く言った時にハネルニーネが膨れて見せていたことである。
自分の所属する団体を悪く言われたので、あの時に限ってはぶりっ子をしていたのではなくてハネルニーネは本当に拗ねていたのである。このようにしてハネルニーネが革命軍であることを匂わす事実はいくつもあったのである。ミヤマはそれでもこうなってしまった以上は仕方がないと割り切ることにした。
「こう言っちゃなんだけど、おれはハネちゃんと戦ったら負ける気がしないよ」ミヤマは言った。
「でしょうね。私だってあなたに勝てるとは思わない。出てきなさい!」ハネルニーネは何者かに対して呼びかけた。見るからに屈強そうなゴホンヅノカブトはこちらにやって来た。気怠そうにしている彼の名はホーキンスである。ホーキンスは体長が86ミリなので、ミヤマよりも16ミリも大きいことになる。
「おれの出番が回ってきたか。ハネの抜け作め!どうしてこんな弱そうな奴をすぐに殺せないんだ?おれなら三秒以内に潰せる」ホーキンスは豪語した。この状況をベース・ボールで例えるのならば、ミヤマはツー・アウトのフル・ベースで代打に送られたようなものである。
「ホーキンス。あなたは相変わらず口が悪いのね?相当に柄も悪い。彼も怯えちゃっているじゃない」ハネルニーネはミヤマを見て言った。当のミヤマは憮然としている。
「ホーキンス?なるほど。こいつがそうなのか。その部分だけは本当だったのか」
「やれやれ。ハネ。お前はなんて言ってこいつを連れて来たんだ?」ホーキンスは聞いた。
「なんだっていいじゃない。早く畳んじゃってよ。見ているだけで目障りなんだから」ハネルニーネは完全に本性を現した。ミヤマにとっては何にせよ絶体絶命のピンチである。
「せっかちな奴だ。それじゃあ、一気にけりをつけてやるよ」ホーキンスはそう言うと弾丸の如くミヤマに対して突進をした。ホーキンスはミヤマの体を上向きに角で払うとミヤマの体の裏側に角を捻じ込んだ。ホーキンスはそのまま木の所までノン・ストップで高速移動した。ミヤマはあっけなく木に激突をしてものすごい衝撃を受けた。ホーキンスは自分の仕事に満足をした。
「終わりだ。きっちりと三秒で・・・・うっ!」ホーキンスは突然に呻き声を上げた。
ミヤマはホーキンスの体を上から挟んで勢いよくホーキンスを木に叩きつけた。先程に受けた衝撃による苦痛に顔をゆがめながらもミヤマの気持ちはクールである。
「おれはアマ程に強くもなくて格好よくもないけど、頭から敵を舐めてかかっているような奴には負けないよ。三秒以内におれを倒すんじゃなかったのかい?タイム・オーバーだな」ミヤマは言った。
「格好のいいことを言うじゃない。ホーキンスに勝っちゃってもいいのよ」ハネルニーネはこの状況を楽しんでいる。ホーキンスの方は色をなして怒鳴った。
「おい!ハネ!お前はどっちの味方なんだ?『アブスタクル』の陣営になりたいのか?」
「あら!ごめんあそばせ!判官びいきをしちゃったわ。それぐらいはいいでしょう?」
「許してやってくれないかい?おれも応援がついていた方が心強い」ミヤマはふざけ半分で言った。
「ふん。生意気な奴だ」ホーキンスはそう言うと木の幹から飛び降りてミヤマを上から串刺しにしようとした。しかし、ミヤマはそれを避けてすぐさま反撃に転じた。ミヤマはホーキンスを横から挟んでバク転の要領で裏返しになりながらホーキンスを地面に叩きつけた。ミヤマは尚も攻撃の手を緩めずにホーキンスを下から挟むと力一杯にホーキンスを締めあげた。ミヤマは成す術なしのホーキンスを横に放り投げた。ミヤマは確かな手ごたえを感じた。かなりのダメージを受けたはずのホーキンスはすぐに起き上がった。
「何かをやったつもりか?まるで効果のない攻撃を加えらたようだが」ホーキンスは言った。
「ああ。そりゃあ、そうだろうな。おれは準備運動をやったつもりだから」ミヤマはそう言うと余裕を見せてにやけた。しかし、実際のミヤマは強がりを言っているだけである。ミヤマの内心を知らないホーキンスはこれで怒りのゲージがマックスになってしまった。
「こんな貧弱な奴がおれを本気にさせるとは思わなかった。お前はもう何もわからない内に負ける。あっという間だ。最後にそれだけは言っておこう」ホーキンスは宣告をした。
「そうかい?それは楽しみだな」ミヤマは言った。しかし、これは強がりである。本当はもうミヤマの体力も残りわずかなのである。ホーキンスは巨体に似合わぬスピード感の溢れる動きで残像を見せた。
これは『急撃のスペクトル』である。どれが本物なのかはわからないので、ミヤマは一番に早く自分の所にやってきたホーキンスを顎で払った。しかし、それは残像だった。本物のホーキンスはミヤマの横から思いっきり突きを食らわせた。ミヤマはあっけなくゴロゴロと弾き飛ばされてしまった。『セブン・ハート』の使い手と戦うのは始めてのミヤマはそれに対処する戦闘法がわからないのである。
ミヤマは困惑をしている。ホーキンスはミヤマの動きが止まると三度の突きを繰り返した。ミヤマは木の間近まで追い込まれるとさすがに羽を広げてホーキンスからの攻撃を回避した。攻撃をかわされたホーキンスは5本の立派な角を木の幹に突き刺した。ホーキンスは角を引き抜きながら言った。
「後もう一押しか。執念深い奴だ。少し見直した。どうだ?ギブ・アップはしなくてもいいのか?」余裕の表情のホーキンスは聞いた。ミヤマは決意を込めた瞳を返した。
「それはできない!もしも、そうすれば、ホーキンスは逃げるおれを追いかけてきてテンちゃん達にまで被害が及ぶからな。だから、おれはここでホーキンスを引き止めておかないといけないんだ」
「涙ぐましいことだな。しかし、その努力もいつまで続くものか。お前にはもう疲れと痛みが十分過ぎる程に溜まっているはずだ。そう長くは持つまい」ホーキンスは断言をした。
「そうかもしれないな。それならば、スピーディーに決着をつけるだけだ!」ミヤマはそう言うと羽を広げてホーキンスの後ろに回り込んだ。ホーキンスは一瞬『突撃のウェーブ』を食らったかと思って身をすくめたが、それは勘違いだった。ミヤマは『セブン・ハート』を一つも使えないのである。
ミヤマはホーキンスが振り返る前に後ろから巨漢のホーキンスを挟んだ。ミヤマは勢いをつけて今まで自分がいた方向にホーキンスを放り投げた。今度はホーキンスが転がる番である。
ホーキンスはそれでも態勢を立て直して再び『急撃のスペクトル』でミヤマに挑んだ。ミヤマは大急ぎでその場を離れた。ミヤマは止むを得ずに奥義に対しては逃げることにしたのである。しかし、ミヤマにはその時に天啓が下りた。それはミヤマにとってこの勝負に決着をつける最善の策のように思われた。ミヤマはそれを次の機会に全身全霊を込めて試してみることにした。ミヤマVSホーキンスの一戦はホーキンスは優勢のままで続いて行った。ハネルニーネはいつの間にかこの場から姿を消していた。ミヤマはそれに気づくとハネルニーネは柄にもなく怖くなったのかなと思った。
テンリはシナノのことをセリケウスの奥義から守ろうとし。しかし、その必要はなくなった。テンリとシナノの元には救世主が現れたのである。テンリにとってはいい方の誤算である。
そのクワガタはテンリとシナノの二匹に対してセリケウスが奥義を使う前にそれを制止してくれた。セリケウスは顎で顎を思いっきり払われて地面に落下して行った。
テンリとシナノは当然びっくりしたが、一番にびっくりしたのはセリケウスである。行き成りに敵が現れたので、実力者のセリケウスでもそのクワガタからの攻撃をかわすことはできなかった。
「あれは誰だ?誰だろうといいか。助けてくれたっていうことはきっとおれ達の味方だ。ありがたい」アマギは地上に落ちてくるセリケウスを避けると口を開いた。
「君は確か前に幼虫を助けていた・・・・」木の幹ではテンリが救世主に声をかけている。
「クルビデンスだよ。助けに来るのが遅くなってしまってごめんね」クルビデンスは謝った。
「いいえ。そんなことはない。すごく頼もしい。助けてくれてありがとう」シナノはクルビデンスに対して礼を述べた。しかし、次の瞬間にはクルビデンスも予想していなかった絶望的な事態が起こった。
セリケウスは鬼の形相でこちらにやって来るとクルビデンスに向かって『進撃のブロー』を放ってクルビデンスがそれを空中へ飛んで避けると今度はクルビデンスに対して『突撃のウェーブ』を食らわせた。
それを完全には避けきれずに風圧で吹き飛ばされてクルビデンスは地上に落下して行った。クルビデンスは早くもKOである。セリケウスはクルビデンスを見送ると言った。
「緑色のペンキですかい。あちらさんは『森の守護者』だな?そちらさん達はあちらさんと顔見知りみたいだったけど、気の毒なことをしたねえ。しかし、我々(革命軍)と敵対するということはこういう事態を招くということだ」セリケウスは元の穏やかな口調に戻っている。
「そんな!私達の希望が・・・・」シナノはこの上なく悲しそうな顔をしている。
「私はクラーツさんと無理やり結婚させられちゃう」リンリンは嘆いている。
「リンリンさんは案の定クラーツのことを快く思っていなかったか。予想はしていたけどねえ。しかし、今はその前に『アブスタクル』の排除だ!」セリケウスはそう言うとテンリとシナノに対して向き直った。セリケウスの所に『進撃のブロー』の斬撃はやって来た。
「おっとっと!危なかった!まだ『森の守護者』はいやしたか」セリケウスはそう言うと素早く攻撃の出所を見た。セリケウスは思わず絶句をした。『森の守護者』ではなくて攻撃の主は落下してくるクルビデンスをやさしくキャッチしていたアマギだったのである。セリケウスは唖然としている。
「わーい!アマくんが復活した!これでもう安心できるね!」テンリは歓声を上げた。
「うん。お待たせ!心配させて悪かったな。こっからはおれもエンジン全開で行くぞ!」アマギはそう言って闘争心を剥き出しにした。セリケウスはそれを受けてたじろいだ。
「ちょっと待っておくんなせえ。そちらさんはさっきこちらさんにやられた双子の兄弟かい?」
「いや。おれには6つ年の離れた兄ちゃんしかいないぞ。それがどうかしたか?」アマギは聞いた。
「ということは本当に復活したのか?信じられないような事態だ。さっきは間違いなくそちらさんはこちらさんの『セブン・ハート』を受けたよねえ?」セリケウスは確認をした。
「うん。受けた。だけど、戦闘前に一杯ご飯を食べたから、その位はちゃらになった。あはは、クルさんがおれを休ませてくれたおかげだな。ラッキー!ラッキー!」アマギは余裕である。
「いや。そちらさんは『あはは』って軽々しく言うが『セブン・ハート』を受けてもすぐに身動きができる虫なんてこの甲虫王国には数える程しかいないはずだ。王国の三強・オウギャクさん・キリシマさんを初めてして他にもここで名が上がるのはそうそうたる面々だ。そちらさんはそこに名を連ねていることになる」セリケウスは厳格な趣で言った。ランギ・ショシュン・ジュンヨンといった『スリー・マウンテン』とも呼ばれる王国の三強はその狷介孤高とした強さから革命軍からもその実力を認められているのである。
「そうなんだ。おれは知らなかったよ。ラン兄ちゃんはその中に入っていて当然だな。ラン兄ちゃんは途轍もなく強いからな」アマギは頓着せずに言った。アマギはこんな時でも能天気である。
「ラン兄ちゃん?そちらさんはまさかランギさんの弟か?」セリケウスは激しく動揺している。
「うん。そうだ。それがどうかしたのか?」アマギは気楽そうにしている。
「こちらさんはランギさんと戦って破れたことがあるんだ。こちらさんの部下はその時に全員がしょっぴかれたが、こちらさんだけは何とか逃げ出すことができた。ランギさんの『セブン・ハート』は幸い部下達が受けてくれたんだ。こちらさんはあの時に格の違いを見せつけられた。こちらさんも思わずあの強さには尊敬の念を抱いた程だ」セリケウスは思い出話を語った。テンリは意外そうにしている。
「そうなのか?それじゃあ、今回はセリケウスがラン兄ちゃんの弟子にしてもらうっていうことで和解するか?もしも、そうしたいのならおれから頼んであげてもいいぞ」アマギは申し出た。
「いや。その必要はございやせん。それとこれとは別の話だ。部下達の無念はここで晴らさせてもらう。あの時の恨みは弟のそちらさんに清算させてもらいやしょう」セリケウスは極論を述べた。
「なーんだ。そういう話になるのか。それはがっかりだ。セリケウスにはクルさんがやられているんだ。クルさんの敵はおれも取ってやらないといけないもんな」アマギはそう言うと改めて気を引き締め直した。アマギは向かってくるセリケウスをひょいと上空に投げ捨てた。アマギは羽を広げると裏側になって宙を浮いているセリケウスを上から角で地面に叩きつけた。アマギはその上に休むことなく『進撃のブロー』を放って追い打ちをかけた。さすがのセリケウスにもこの強烈なコンボを避けきれずに必死になって移動を開始したが、再び奥義は体をかすめた。セリケウスは鬱憤を晴らすようにして地上に降りてきたアマギを素早く顎で挟むとアマギを横に放り投げた。アマギの方はそれを受けても転がらずに踏み留まった。
「そちらさんは何だかさっきよりも体の切れがよくなってはいないかい?」セリケウスは緊迫した面持ちで言った。セリケウスはまだ状況を冷静に判断することができる余裕がある。
「そうか?おれはスロー・スターターなのかもな。だけど、セリケウスはそれ以前にケガ人だから、余計にそう思うんじゃないか?」アマギは相も変わらずに余裕たっぷりである。
「心外な話だ。本来ならば『そちらさんには言われたくはない』っていうセリフを吐く場面だ。しかし、今のそちらさんにはそんなことを言える程に草臥れてはいない。これは少々しゃくに障ることだ。これではまるでこちらさんの体力がないみたいだからねえ。全く参ったよ」セリケウスは言った。
「それならば、降参をするか?おれはそれでもいいぞ」アマギは明るく提案をした。
「バカを言っちゃいけないねえ。こちらさんはいつでもネバー・ギブ・アップの精神よ」セリケウスはそう言うと思いを新たにしてアマギに対して『突撃のウェーブ』を使った。結果的にこれが勝負を決することになった。セリケウスはうまくアマギの後ろに回り込んだ。しかし、呻き声を上げてバランスを崩したのもセリケウスだった。この場には『ぐわー!』というセリケウスの叫び声が反響した。セリケウスはじたばたとしていたが、その動きはやがて止まった。セリケウスはもはや戦闘不能の状態である。先程の攻撃に限って言えば、ポーカー・フェイスのアマギは無傷である。結果は理解できたが、あまりにも速い展開に何が起きたのかは戦況を見守っていたテンリ達にもわからなかった。セリケウスはあの時『突撃のウェーブ』を繰り出してアマギに擦れ違おうとした時にアマギから『迎撃のブレイズ』を受けて数秒だけ炎に包まれていたのである。アマギの方は更にその炎でセリケウスの『突撃のウェーブ』すらも打ち消していた。
「やったー!ソウリュウ一家の勝利ですねー!」リンリンは勝ち鬨を上げた。
「よくがんばったね!ありがとう!アマくん!」テンリはリンリンとシナノと共に地上に降りながらアマギのことを労った。シナノは言葉に出さなくてもテンリとリンリン一緒に喜んでいる。
「見守っていてくれてこちらこそありがとう!いやー!久しぶりにてこずったな。やっぱり『セブン・ハート』の使い手と戦うのは疲れるな。セリケウスは意識あるのか?」アマギは確認した。アマギはランギによって敗者に対する気遣いを忘れないように言われている。
「意識はあるよ。しかし、こちらさんはそちらさんと違って満身創痍だ。当分は動けそうにない。敵ながら天晴れだ。いい勝負だったよ」セリケウスはぎこちない笑みを浮かべた。
「そうだな。革命軍は全員が気性の荒い奴なのかと思っていたけど、セリケウスは違うな。クルさんの方も無事なのかな?」アマギは心配をした。クルビデンスは恐縮して答えた。
「ぼくは無事だよ。アマギくんのおかげだ。ぼくは何だか恥を晒しに来たようで申し訳ないよ。ぼくは『森の守護者』のイメージ・ダウンさせちゃったかな?ぼくは何もできなくてごめんよ」
「いや。そんなことはないよ。クルさんが来てくれなかったらきっと今頃は大変だったよ」アマギは労いの言葉を込めて言った。テンリとシナノもアマギと同意見である。
「そう言ってくれるとぼくもうれしいよ。しかし、ぼくはまだまだ修行が足りないな。君達の戦いを見ていたらつくづくそう思ったよ」クルビデンスは反省をしている。アマギは切り替えした。
「少しでも前進をすれば、それでよしだよ。あはは、偉そうなこと言っちゃったな。ごめん。勝利の後だから、気が高ぶっているのかな?そういえば、テンちゃんはいつクルさんと知り合いになったんだ?」アマギは戦闘モードをオフにして頭を働かせた。リンリンは傍観をしている。
「アマくんがキヨおじいちゃんと初めて会った時だよ」テンリは説明をした。
「あの時か。いや。正直に言ってよく覚えていないや。おれは記憶力がないからな」アマギは言った。
「私のパパがお城の近くにいるって教えてくれたのが彼なのよ」シナノは補足をした。
「そうか。それなら少し思い出したような気がする」アマギは納得をした。
「クルビデンスさん。クルビデンスさんの先輩の虫さんはどうしたの?」テンリは聞いた。
「アンタさんはもう引退の花道を飾ったよ」クルビデンスは打ち明けた。シナノは反応をした。
「クルビデンスさんの管轄はそれを期にして変わったっていうことなのかしら?」
「ああ。それは違うんだよ。最近はクラーツに討ち取られてしまって『森の守護者』の負傷者が相継いでいるから、ぼくは応援にかけつけたんだよ。セリケウスだけではなくてクラーツも揉め事を起こしているという連絡が入ったから、ぼく達の仲間はそっちにも向かっているはずだよ」
「そっか。ミヤくん達にとってもそれなら心強いね?」テンリは喜んでいる。
「本当です。ソウリュウ一家に加えて『森の守護者』までもダディーと共闘してくれるなんてまるで夢のようです。私は感激です。私達の完全勝利はもう確実ですよね?」リンリンは期待を込めて聞いた。
「そうかもな。おれ達はもうやることをやったから、後はミヤ達を信じるだけだ」アマギは重々しい口調で答えた。いつもは楽観的なアマギもそのことばかりはちゃんと気にかけているのである。
「そうね。皆がケガをせずに無事な姿で集合できたらいい。そういえば、アマくんは奥義の一つを最後まで温存していたけど、それはやっぱり奥の手として取っておきたかったからなのかしら?」シナノは興味本位で聞いた。テンリもアマギの話に興味を持っている。
「うん。意表をつけるから、そう言う理由もあったぞ。だけど、最大の理由は『迎撃のブレイズ』では一撃じゃ倒せないと思ったからだよ。だから『進撃のブロー』で少しダメージを与えてから使ったんだ。セリケウスにはあの時点で確か『進撃のブロー』が二回もかすったからな。何にしても今『迎撃のブレイズ』は特訓中だから、早く自分のものにしないといけないな」アマギは意外と軽い調子で言った。
「アマくんは頭脳プレーができるんだよね?アマくんは強くてやさしいから、ぼくは好きだよ」テンリは素直に言った。真っ直ぐな所はテンリの長所の一つでもある。
「あはは、うれしいな!よっしゃー!勝ったー!ソウリュウにも勝った!」アマギはテンリに褒められて一人で盛り上がっている。クルビデンスは遠慮がちにして話に割って入った。
「ぼくはそろそろセリケウスを刑務所に連れて行くとしよう」
「動ける?無理をしなくてもいいのよ」シナノは気遣った。しかし、クルビデンスは平気そうである。
「大丈夫だよ。心配をしてくれてありがとう。ぼくは別にセリケウスの『セブン・ハート』に直撃をした訳じゃないからね。ぼく達『森の守護者』はクラーツとセリケウスの逮捕にやきもきしていたんだ。今はセリケウスのみだけど、それを実現させてくれてどうもありがとう。ぼくは『森の守護者』を代表して感謝の意を表するよ。君達は『アブスタクル』と呼ばれて大変な目にあっているかもしれないけど、それもきっと後少しの辛抱だよ。君達には必ず光が差すはずだよ。だって『シャイニング』だものね?革命軍はいずれ壊滅をする。ゴールデン国王様ならば、それをやって見せてくれるはずだよ。それじゃあね。さようなら」クルビデンスはそう言うとセリケウスを持って飛び去って行ってしまった。
「バイバーイ!元気でね!クルビデンスさん」テンリはクルビデンスの後ろ姿に対して感謝の気持ちを込めて別れの挨拶をした。残りのアマギとシナノとリンリンは無言で手を振った。その後のテンリはアマギの体について心配をした。しかし、アマギはへっちゃらである。テンリはそんな頑丈なアマギに対して改めて憧憬の念を抱くことになった。セリケウスとの戦いの場面でさえも笑っていられることができるなんてアマギのメンタル面は相当に頑丈にできているので、テンリにすれば、本当に感動していたのである。
セリケウスとの先程の戦いではテンリやシナノやリンリンといったようにして自分の後ろには守るべき存在がいたこともアマギのメンタル面をより強固にしてくれていた。
強さとは自分の力を信じて疑わないことである。無駄なことを考えれば、考える程に虫や人は弱くなってしまう。だから、勝負事では無我の境地が有効なのである。強さは得てして度量の大きさにも繋がることがある。相当な強さを持ったソウリュウも度量が広いように思えるが、現在のソウリュウはせこい理由で怒っていた。二匹の『森の守護者』はソウリュウのいるこの場所にも駆けつけてくれていた。しかし、それはあまりにも遅すぎるとソウリュウは主張をしている。以下はソウリュウの言い分である。
「あのね。君達。おれは確かにクラーツを倒したよ。だけど、君達がいてくれれば、あんなにも苦労しないですんだんだよ。ああ!ダメだ!おれは体力を使い果たした!おれはもう一歩も動けない!寿命までも縮んでしまった!フィートさん。後は頼んだ」ソウリュウはぐったりとしてしまった。
「何?ということはビッグ・チャンスの到来だ!ソウリュウを討ち取れ!」クラーツの部下の一人であるホ
ライズンは色めき立った。ソウリュウは手のひらを返して食ってかかった。
「君達ぐらいならば、簡単にやっつけられるよ!やろうっていうのならば、相手になるよ」
「えー!言っていることが滅茶苦茶だ!どっちなんだよ!」革命軍の下っ端の一匹は言った。
「いや。いや。やってやろうじゃないか!おれ達だけでも一矢を報いてやろうぜ!」ホライズンはそう言うと三匹の同僚の虫と一緒にソウリュウのことを襲った。この場にいる意気軒昂な革命軍はたったの4匹だったのである。ソウリュウは腹いせとしてその4匹に対して『突撃のウェーブ』をお見舞いした。革命軍の4匹は哀れにも弾き飛ばされて戦闘不能になってしまった。
『森の守護者』の一匹はその隙に気絶しているクラーツを掴んで逃げ出した。もう一匹の『森の守護者』もその後に続いた。後から逃げ出した方の『森の守護者』はソウリュウに対して声をかけた。
「ご協力は本当に感謝する!ありがとう!ソウリュウくん!それじゃあ、そういうことで!」
「逃げたな!残りのこ奴らを全部おれに任せる気か?卑怯者!おれが『森の守護者』を嫌いになっても知らないからな!」ソウリュウは自棄っぱちになって言った。しかし、クラーツを持っていない方の『森の守護者』はクラーツの部下達と戦っていたので、ソウリュウは手助けをしてあげた。ソウリュウはふざけているだけで『森の守護者』を目の敵にしている訳ではないのである。
ナイという名のクラーツの部下はクラーツを連れた二匹の『森の守護者』がこの場からいなくなると肩を落とした。ナイは体長49ミリ程のアンプルスネブトクワガタである。
「何てことだ!クラーツ隊長がやられてしまうなんて!これ以上はない程の大失態だ!セリケウス隊長が返ってきたら一体どうやって説明をすればいいんだろう?」ナイはパニックに陥っている。
「確かにね。これだけの数がいてクラーツを救えなかったなんてちょっと周りには言えないね?」ソウリュウは同情している。ここには10匹以上も戦える革命軍のカブトムシやクワガタがいる。しかし、強さだけを言えば、平凡な革命軍の雑兵達はソウリュウに怖気づいてしまっている。
「君は今セリケウスが出かけているっていうようなことを言っていたね?それじゃあ、セリケウスは今どこにいるんだい?」体力がすっかりと回復したフィートはナイに対して話しかけた。
「リンリンの所ですよ。セリケウス隊長はリンリンを誘拐しに行っているんです。しかし、そんなことをしてもクラーツ隊長がいないのでは仕方ないです。困ったものですよ。ああ。ただし、今頃はホーキンスさんは『アブスタクル』をやっつけているかもしれませんね」ナイは敬語を使ってこびりながらぺらぺらと内部事情を口走り始めた。ナイはもはやどうでもよくなってしまっているのである。
「君は暴力的な革命家の中にあって話がわかりそうだね?今のホーキンスはどこに行っているんだ?リンリンちゃんと同じ所か?」ソウリュウは興奮気味になって聞いた。
「いや。違います。別の所です」ヒエラルヒーの最下層にいるナイは答えた。
「それじゃあ、案内をしてくれ。頼む。一刻を争うかもしれないんだ」ソウリュウは頼んだ。
「それは無理ですよ。そんなことをしたならば、他の皆に示しがつきません」ナイは言った。
「それもそうか。そういうことならば、わかった。おい!皆!聞いてくれ!おれはこれからこの子を借りて行くけど、文句のある奴はいるか?」ソウリュウは大声を出して聞いた。クラーツの部下達は顔を見合わせていたが、誰も何も言わなかった。これは即ち異議なしという意味である。言ってみれば、暗黙の了解というやつである。ここにいる皆はそれを拒否してもソウリュウに勝てるとは思っていない。
「フィートさん。寄り道をしますが、それでもいいですか?」ソウリュウは聞いた。
「もちろんだよ。私にはそれを拒否する権利なんて持ち合わせてはいないよ。私から見れば、ソウリュウくん様々だからね。もしもの時は今度こそ私も戦って役に立つよ」フィートは答えた。
「ありがとうございます。さあ!行こう!おそらくはこれで何の心配もいらないはずだ」ソウリュウはそう言うとフィート共に案内役のナイに続いて歩き出した。ナイはそれでも不安そうである。
「何の心配もいらないっておっしゃいますけど、心配は本当にいらないんですか?おれはホーキンスさんにやっつけられるかもしれませんよ。兄貴はその時に本当に助けてくれるんでしょうね?」
「大丈夫だよ。おれはその前にホーキンスをやっつけてやるよ。いや。ホーキンスはミヤマくんにもうやっつけられているかもしれないな。言っておくけど、おれは別に君の兄貴になった訳じゃないからね」ソウリュウは軽く諫めた。ナイは小心者のくせに馴れ馴れしい性格をしているのである。
「薄々は感づいていたが、そのホーキンスとやらが狙っているのはミヤマくんなのかな?ソウリュウくんは今そう言っていたよね?」フィートは真面目な話をすることにした。
「ほぼ間違いなくそうでしょうね。あのハネ何とかっていう女は大嘘つきだったんだ。おれも彼女はどこかきな臭いなとは思っていたんですよ。これでミヤマくんがおれ達を助けに来てくれなかった理由が判明した訳です。尻込みして逃げ出したという訳じゃなかったんですね?よかったです。もしも、逃げ出したのだとしたならば、おれはミヤマくんを監禁しないといけない所でした。おれはそういう約束をしてしまいましたからね。しかし、ミヤマくんならば、逆境も自分で何とかするでしょう」ソウリュウは適当に言った。
「ミヤマくんは本当に戦ったら強いのかな?」フィートは不安そうにしている。
「さあ?知りません。ミヤマくんは何分ソウリュウ一家ではない・・・・」ソウリュウはそこまで言って『しまった!』という顔をした。ソウリュウは訂正しようとした。しかし、フィートはそれを遮った。
「ソウリュウくんは何も言わなくていいよ。何かを言わないといけないのは私の方だ。すまない」
「フィートさんはどうして謝るのですか?おれはフィートさんからは何の仕打ちも受けていませんよ」
「いや。私は大変なことをしてしまった。私はソウリュウくんが革命軍と敵対してはいないということを知っていたんだ。それなのにも関わらず、私は架空のストーリーを作り上げてソウリュウくんをこんなことに巻き込んでしまった。本当に忝い」フィートは気持ちの上で深々と頭を下げた。
ソウリュウとフィートの案内役をしているナイは断片的な情報しか得られていないが、ソウリュウはどんな反応を示すのかと興味を持って見守った。かっとなったソウリュウが暴れ出すことを考えたナイは逃げる準備も怠らなかった。ソウリュウは不気味な間を開けてやっと重たい口を開いた。
「フィートさん。考えが甘いですよ。おれは誰ですか?おれは世に名高い天下のソウリュウ一家の若頭ですよ。その位のことはとっくの昔に気づいていましたよ。おれは気づいていて黙っていたんです。そうしてかって?それはもちろんフィートさんの心意気に胸を打たれたからです。フィートさんは何も謝ることはありません。おれはあくまでも自分からフィートさんとリンリンちゃんのために戦う決心をつけたんです。ノー・プロブレムというやつです」ソウリュウは豪快に言った。正直に言えば、ソウリュウの言っていることは嘘である。世間においてトリュウのせいで本当に自分は革命軍を相手にする気骨な男になってしまっているとソウリュウは今の今まで信じ込んでいたのである。ソウリュウはどうしてそのことを隠すのかというとその方がフィートの罪悪感を取り除くことができると咄嗟に考えたからである。フィートはソウリュウの心の内まではわかる訳もなくてそれを半ば信じて半ば疑いながら言った。
「ありがとう!ありがとう!ソウリュウくん。君は少なくとも私とリンリンにとっての英雄だよ。私はいつまでも君の活躍を忘れないよ。私は君にずっとずっと感謝をし続けるよ」
ただし、フィートはソウリュウに逃げるチャンスを与えていたのも事実である。フィートはソウリュウに対してクラーツとの戦闘前に『どうして、革命軍と対立するようになったのか?』と聞いた。この時のフィートは『実は・・・・』と言ってソウリュウは真実を打ち明けてくれるかと思ったのである。しかし、ソウリュウはその場しのぎの思いつきで嘘を並べ立てた。この嘘を聞いた時のフィートは胸を締めつけられるような思いに囚われていた。悪いことだとわかってはいたのにも関わらず、フィートはソウリュウを頼ることにしてしまったのである。リンリンもソウリュウのことを革命軍と戦う英雄だと思っているが、これはフィートが娘のリンリンを勇気づけるためについた嘘だったのである。ソウリュウはこざっぱりと言った。
「じめじめした話よりもっとからっとした話をしましょう。おれは夏の男なんです」
「リンリンの所に向かったというセリケウスは今どうしているだろうか?」フィートはソウリュウによって元気づけられながらも重々しい口調で話を始めた。
「ああ。そのことならば、心配は全くいりませんよ。おれの見た所によれば、アマギくんは相当に強いですからね。アマギくんは何とかセリケウスを返り討ちにしていると思います。助っ人として『森の守護者』も駆けつけているでしょうからね。ナイくん。ここからはホーキンスのいる所にまだ距離があるのかな?」ソウリュウは世間話をするような気楽な口調で聞いた。
「はい。結構まだ歩きます。ソウリュウさんはどうしておれの名前なんかを知っているんですか?おれは名のってはいませんよ。おれはそんなに有名なんですかね?」ナイは最もなことを聞いた。
「いや。ナイくんの名前は聞いたことなかったけど、そうなのか。君はナイくんっていうんだね?って、えー!本当に?これは奇想天外だ!こんな話は聞いたことがない!」ソウリュウは驚いている。
「どういうことですか?どうやっておれの名前を当てたんですか?」ナイは問いつめた。
「いや。それがね。単純に案内役の『内』から取ってナイくんってしたんだけど、こんなミラクルがあるとは今でも信じがたいよ。ナイくんは案内をするために生まれてきたんじゃないの?」
「いや。それはないと思います」ナイはつっこみのようにして即座に否定をした。
「また!またー!『それはない』なんてしゃれを言っちゃって!いやー!フィートさん。何となく行けそうな感じですよ。皆はきっと無事です。おれはそんな感じがします」ソウリュウは言った。
「そうかい?他ならぬソウリュウくんがそういうのならば、私もそれを信じられるような気がするよ。私とリンリンのために戦って皆が傷つくなんて耐えられないからね。私はなんて虫のいい話をしているのだろうか?私もそれ位は気づいているんだけどね」フィートは沈んだ気持ちで言った。ナイはそんな予感が的中する訳がないだろうと白けていた。セリケウスとホーキンスはとんでもなく強いから、ナイから見れば、その二人はまさしく雲の上の存在なのである。ナイはそれでも実際にクラーツを倒したソウリュウに見込まれた虫ならば、セリケウスとホーキンスの二匹を撃破するのもあり得るのではないだろうかと心の片隅で思っていた。その上にこれまでのやり取りから考えてこのソウリュウという男にならば、付いて行ってもいいかなと革命軍の中でも落ちこぼれのナイは心の中で密かに思っていた。
ミヤマVSホーキンスの戦いは今も続いている。ミヤマは孤独に戦いを続けていた。今のソウリュウとフィートはナイに案内されてこちらに向かっているが、そんなことはわからないミヤマはこの場を凌ぐために全力を出して戦っている。ハネルニーネは依然として姿を消したままである。
ホーキンスはクラーツとセリケウス程ではくても間違いなく強者である。ホーキンスはレベルからいったらミヤマよりも格上である。ミヤマはそれでもホーキンスと互角に渡り合っている。それを可能にしているのは根性である。しかし、いかに意気軒昂でも厳しい状況に置かれることはある。
ホーキンスは『うらー!』と言ってミヤマを勢いよく放り投げた。ミヤマは激しく体を打ち付けて横転した。ミヤマはそれでもまた起き上がってホーキンスに向き直った。
「まだまだ!負けてはいられない!おれは皆の役に立つんだ!ホーキンスだけは限界を超えてもおれがここで食い止める!」ミヤマは覚束ない足取りのまま息も絶え絶えに言った。
「しつこい野郎だ。わからないのか?お前がおれを食い止めたって直にクラーツさんとセリケウスさんは『アブスタクル』を残らず殲滅させる。どの道お前らの悪運は尽きたんだ。お前らの末路は見えている。お前らはもう何もかも終わりなんだよ」ホーキンスは教え諭すようにして言った。
「それはないな。アマはクラーツにもセリケウスにも負けない。終るのはホーキンス達の方だ。アマがついている限りはおれ達は絶対に負けない!」ミヤマは力強い口調で断定した。
「ふん。負け犬の遠吠えはもううんざりだ。ふらふらになって何を言われても説得力はない。お前は精々助けが来ることを祈るんだな。いや。負けないというのならば、おれを倒してみろ!おれは全くお前に負ける気はしないがな!」ホーキンスはそう言うと地面を蹴ってミヤマの元に突撃をした。ミヤマはそれには目もくれずに一直線に上空に飛んだ。これからのミヤマは頭脳戦を行おうとしている。
肩透かしを食らったホーキンスはミヤマを追跡した。ミヤマはその時に体の向きを変えて今度は重力も利用して顎でホーキンスを払って地面に叩き落とした。ドスン!
息を切らして疲れ切っているミヤマはゆっくりと地面に着地した。ホーキンスはすぐに5本の角でミヤマを無様にひっくり返した。ミヤマはそれでもまた起き上がった。
「ふん。わかっているぞ。お前はもう体力切れだ。後がないんだろう?しかし、安心しろ。次で完全に決めてやる。あっという間の安楽死だ。おれに感謝しろ」ホーキンスは含み笑いをしている。
「願い下げだな。だけど『セブン・ハート』でもやって見せてくれないかい?それを乗り越えて勝てれば格好いいし、おれも気分がいい。清々するだろうからな」ミヤマは言った。
「何だ?それは自分が『セブン・ハート』を使えないことへの苛立ちか?しかし、お前の言い分を聞いてやろう。ただし、勝つのはおれだ!」ホーキンスは『急撃のスペクトル』の態勢に入った。この時のミヤマは内心で緊張しながらも勝機を得た。ボロボロのミヤマが勝利を呼び込むために必要なのはホーキンスが奥義を使うことだからである。ミヤマは今こそ先程に思い浮かべた必勝法を試してみることにした。ミヤマの作戦は試してみる価値のある作戦なのである。ミヤマはこれまでの戦闘でホーキンスの使える奥義が一つだけであることを見切っていた。ミヤマは敢えて奥義を使うようにホーキンスを挑発したのである。ミヤマは次の一撃に全てを賭けることにした。もしも、ホーキンスへの次の攻撃が外れたり、決めきれなかったりした場合のミヤマは死を覚悟した。ミヤマはそれ程の決意を胸に集中して次のホーキンスの攻撃を待った。ホーキンスは次の瞬間『急撃のスペクトル』を使った。本物と残像の計6匹のホーキンスは全速力でミヤマに向かってきた。本物のホーキンスは必ず自分から見て左側にいるとミヤマは確信をしていた。
これは自分でも自覚していないホーキンスの癖である。ミヤマはホーキンスによる数回の奥義を目にすることによって密かに統計を取って確信をしたのである。ミヤマの方も羽を広げてトップ・スピードでホーキンスを迎え打った。次の攻撃がミヤマの最後の攻撃である。
ミヤマは『最後の攻撃だ!うおー!』と怒声を上げた。ミヤマは全力を出しきって特攻隊のようにして左側の一匹のホーキンスに突進をして顎でホーキンスのことを薙ぎ払った。
ミヤマの命がけの一撃は決まった。ミヤマには確かな手応えがあった。ミヤマは見事にホーキンスの実体に最高の攻撃を食らわせた。ホーキンスはまさかのカウンターを受けて吹き飛んで行った。ミヤマはホーキンスが二メートルも離れた木に衝突するのを見届けるとへなへなと地上に舞い落ちて行った。
「終わった。勝った」ミヤマはそう言うともう動けなくなってしまった。ミヤマは体力のリミットを超えてしまったのである。今までのダメージも去ることながら最後のクラッシュはミヤマにも多大な衝撃を与えていたのである。この場にはこうしてまた静寂が訪れた。ミヤマは誰か自分のことを迎えに来てくれないかなとぼんやりと考えた。信じられないことはその時に起きた。ホーキンスは巨体を揺らしてこちらに歩いてきたのである。ミヤマは目を疑った。ホーキンスはあれだけの思い切った豪放な技を受けていながらまだ身動きが取れているのである。ミヤマには現状あれよりも強力な技はできない。ミヤマには何よりもう戦うことはできない。ホーキンスはそれとは打って変わって完全に機嫌を損ねている。
「貴様!やってくれたな!おれを本気で怒らせたらどうなるかは身をもって知れ!体を真っ二つにへし折ってやる!おれを怒らせたことをあの世で後悔しろ!行くぞ!覚悟しろ!」ホーキンスはそう言うとミヤマの方へ羽を広げて飛んできた。体はもう言うことを聞かないので、ミヤマは死を覚悟した。ホーキンスは力を溜めに溜めて今出せる渾身のパワーを込めて角をミヤマの方に突き出した。
しかし、ホーキンスからはいつまで経ってもミヤマに対して攻撃は振りかかってこなかった。それもそのはずである。ソウリュウはホーキンスの体を挟んで攻撃を阻止してくれていたのである。
「こんにゃろう!君がホーキンスか?おれのミヤマくんに手を出すな!手を出すとどうなるかはおれが思い知らせてやる!」ソウリュウはそう言うと少し宙に浮いて空中から自分が回転する程に強くホーキンスを地面に減り込ませた。フィートはミヤマの前に立ってホーキンスを通せん坊をした。ミヤマは救世主の登場に心から安堵をしている。小心者な所のある案内役のナイは役目を果たしておどおどして戦況を見つめている。ソウリュウは地面に下りて来るとホーキンスを相手取って身構えた。
「来い!こっからはおれが相手をしてやる!気のすむまでおれが戦ってやる!ただし、おれは強いぞ!今だって君の上司のクラーツを叩きのめして来たんだ!負けたとしても・・・・ん?」ソウリュウは不意にファイティング・ポーズを解いて言葉を途切らせた。ホーキンスは逆さになったままでぴくりとも動かないからである。フィートは怖々とホーキンスに近寄るとほっとしてから口を開いた。
「大丈夫だ。ホーキンスとやらは気絶をしている。我々の勝利だ。いや。ミヤマくんの勝利だ」
「そのようですね。おれもあの一撃は本気じゃなかった。ミヤマくんの今までの攻撃は相当に利いていたのでしょう。よくがんばったね。ミヤマくん」ソウリュウはやさしい声を出した。ミヤマは涙ぐんだ。
「うおー!ソウリュウ!来てくれてよかった!おれはここで死ぬのかと思った!おれはソウリュウとフィートさんを助けに行って上げられなくてごめん。大切な約束を破っちゃったよ」
「いいってことよ。知らないの?約束なんていうものは破るためにあるんだよ」ソウリュウは言ってのけた。それは違うんじゃないだろうかと思ったが、フィートはそれを容認することにした。
「そうだね。大事なのはミヤマくんが無事でいてくれることだよ」フィートは言った。
「そういうことだ。おれも今そう言おうとしていたんだよ。さすがはミヤマくんもおれの部下だな」
「いや。おれはソウリュウの部下ではないし、ソウリュウはさっき『おれのミヤマくん』って言ってなかったかい?あれはちょっと気色が悪いよ」ミヤマは弱々しく指摘をした。
「あれ?おれはそんなことを言っていたっけ?格好をつけようとしていたら変な方向に張り切っちゃったみたいだ。ごめん。ごめん」ソウリュウは愉快そうな顔をして謝っている。
「よかった。ミヤマくんには疲労の色こそ多いようだが、私の見た所ではミヤマくんにはどこにも外傷はないみたいだ。ぐっすりと眠れば、疲れも取れるだろう」フィートはミヤマを安心させた。ミヤマの方にはフィートの言った『疲れ』というワードから思い出すことがあった。
「そう言えば、クラーツを倒したって言っていたけど、ソウリュウはセリケウスの方も倒したのかい?フィートさんは落ち込んでいないみたいだから、ソウリュウは倒したんだろうな?」ミヤマは聞いた。ソウリュウは掻い摘んでミヤマに対して事情を説明することにした。自分が戦ったのはクラーツだけで奴は自分が一捻りにしてやったということやセリケウスはおそらくアマギと戦っているだろうということをソウリュウは話したのである。ミヤマはそれを聞くと少しばかりしょんぼりとしてしまった。
「そうか。皆はやっぱりがんばっていたんだな?それとは引きかえにおれは惨めだな」
「そんなことはないよ。私は見ていないが、ミヤマくんの闘志は何物にも変えがたい程に煌めいていたはずだよ。今はミヤマくんがよくがんばったという事実だけを考えよう。それだけでいいんだよ」フィートは年長者としての貫録を見せてくれた。ソウリュウは話題を切り替えた。
「早い内に『森の守護者』にホーキンスを引き渡すとしよう。おれは『森の守護者』を探してくるので、フィートさんはミヤマくんのことを見守っていてあげて下さい。乗りかかった船だから、ナイくんもね。そう言えば、あのハネ何とかっていう女はどうしたんだ?」ソウリュウは不思議そうにしている。
「わからない。おれが戦っている間にいつの間にか姿を消していたんだよ」ミヤマは教えてあげた。
「あのあばずれめ!怖くなって逃げたのか?」ソウリュウは悪態をついた。ハネルニーネはその時に一匹の『森の守護者』を引き連れてソウリュウの真横で羽をしまって降り立った。
「あばずれって誰のことよ。あなたは失礼な男ね?」ハネルニーネは苦情を申し立てた。
「いや。それは何というか・・・・ごめん」ソウリュウは気弱に謝った。ソウリュウには意外にも気が弱い一面もある。ハネルニーネはミヤマのそばに行った。フィートはまた通せん坊をした。しかし、ハネルニーネは構わずに前に進んだ。ハネルニーネはミヤマに対してやさしく話しかけた。
「ごめんね。助けを呼んできたけど、間に合わなかったみたいね?私はあなたの勇気ある行動を踏み躙っちゃった。だけど、私はあなたと話してからずっと葛藤を抱えていたのよ。私は過激なシーンを見るのが好きで革命軍に所属していたの。オウギャクさんからは『アブスタクル』を消せっていう命令が下っていた。あなたは私のことを信じて会って間もない私のために命をかけて戦ってくれると誓ってくれた。だから、私にはあなたをギロチンで殺すことなんてできなかったの」ハネルニーネはしんみりとしている。ソウリュウとフィートはギロチンという単語を聞くと思わず顔を見合わせた。物騒な事この上ないので、ソウリュウとフィートの二匹は心底びっくりしてしまったのである。あの時のハネルニーネはミヤマを殺したくないと思ってわざとギロチンの刃をミヤマの通過した後に下したのである。ハネルニーネの心変わりは割と早い段階から始まっていた。ハネルニーネはミヤマに対して『あなたは今から引き返してもいいのよ』としゃべっていたが、あれは本心から言っていたのである。ただし、ミヤマはそれに気づくことはできていなかった。
「罪深い私をあなたは許してくれる?」ハネルニーネは誠実な態度で問いかけた。
「ああ。もちろんだよ。こうして『森の守護者』を連れて来てくれたっていうことはおれのことを本気で助けてくれようとしてくれた証だからな」ミヤマは寛大な所を見せた。
「ごめんなさい。本当にごめんなさい」ハネルニーネは謝った。フィートは穏やかな顔をしている。しかし、お涙ちょうだいの名場面を嫌う捻くれ者のソウリュウは話に割って入った。
「えへん。ハネ何とかちゃんはちゃんと更生するのかな?もっと言えば、ちゃんと『森の守護者』によって逮捕される覚悟はできているのかな?そこの所はどうなんだい?」ソウリュウは問い正した。
「もちろんよ。革命軍に入ることになった動機も不純だしね。あなたはそれにしてもムードをガラリと変えるのがうまいのね?」ハネルニーネはわかりやすい形で皮肉を言った。
「いやー!それ程でもないよ。おれは照れちゃうなー!」ソウリュウはシャイな所を見せた。誰も褒めていはいないのだが、ソウリュウと話をすると面倒なので、ハネルニーネは敢えて何も言わなかった。ナイは沈黙を続けている。フィートは久しぶりに話に割って入ってきた。
「ハネくんは今までどんな悪さをしてしまったのかな?」フィートは聞いた。
「大抵は傷害の手引きや犯罪の幇助よ。それじゃあ、私達はそろそろ行きましょう」ハネルニーネは自分で連れてきたネムールという名の『森の守護者』に対して微笑みかけた。ネムールは体長65ミリ程のクラビゲールタテヅノカブトである。ネムールは大変にユニークな虫である。
「よかった。本官は忘れられていなかったのでありますな?それでは失礼します。さようなら」ネムールはそう言うとホーキンスを持たずに飛び立った。ネムールは牢屋がある方とは真逆に飛び立ったのである。ハネルニーネに指示されてまごつきながらも一応『森の守護者』の資格を持つ頼りのないネムールはホンキースを連れてハネルニーネと一緒に牢屋のある方に行ってしまった。
本来のネムールはクラーツの所に赴くはずだったのにも関わらず、仲間と逸れてしまってウロウロしている所をハネルニーネに発見されていたのである。
「やれやれ。アマギくんはどうしているかはわからないが、おそらくはこれで一件落着だ。おれ達もリンリンちゃんの所に行こうか。ミヤマくんはおれが・・・・」ソウリュウは言いかけた。
「いや。ミヤマくんは私が運ぼう。それ位はせめて私にやらせてくれ」フィートは申し出た。
「わかりました。それじゃあ、よろしくお願いします」ソウリュウはそう言うとミヤマを持ったフィートと共に羽を広げて帰路に就こうとした。忘れられていたあの男はその時に声を出した。
「あの。皆さんはおれの存在を忘れていませんか?」ナイは恐る恐る聞いてみた。
「ああ。ナイくんね。そう言えば、君もいたね。君は気配を消すのがうまいから、暗殺に向いているんじゃなかな?適正な仕事が見つかってよかったね?」ソウリュウは言った。ナイは穏やかに切り返した。
「それは褒めていませんよね?絶対にバカにしていますよね?ふんだ!おれなんかどうせ誰からも相手にされない孤独な虫ですよ。さあ!おれなんかどうでもいいんでしょう?行って下さい」
「拗ねないでよ。ナイくん。おれはナイくんなら許してくれると思って冗談を言ったんだよ。しかし、おれはナイくんを傷つけてしまったようだね?ごめん。君もハネ何とかちゃんに肖ってそろそろ革命軍を止めたらどうだ?クラーツもいなくなって革命軍は将来性がないと思うよ」ソウリュウは言った。
「そんなことはありません。オウギャクさんは偉大な虫さんです。オウギャクさんはきっとこの事態も難なく乗り越えて見せます。キリシマさんとショウカクさんもいます。革命軍にはまだまだ強い虫さんは他にもいます」ナイは強気である。しかし、ナイの内心ではソウリュウの言葉にぐらついていた。
元々革命軍の中でも下っ端の下っ端のナイはいつも諂っているだけなのである。ナイはそもそも悪い仲間に誘われて有耶無耶の内に革命軍に入っていただけなのである。
「革命軍を止めるったってどうするんですか?何らかの落とし前をつけろと言われることは目に見えていますよ。おれは痛い思いをするのは嫌ですよ」ナイは低姿勢になって言った。
「それならば、簡単だよ。夜逃げをすればいいんだ。今夜辺りはどう?」ソウリュウは聞いた。
「それじゃあ、考えておきます」ナイは小声で言った。ナイはそれでもこれからは自分自身の確固たる考えを持って、自分は何をやりたいのかを探ってみるのもいいかなと思っている。ナイはソウリュウやフィートやミヤマによってここまで案内してくれた多大な感謝の気持ちを述べられて本拠地に帰って行った。
これからのナイはどんな生き方をするのか、ミヤマは楽しみだなと思った。ソウリュウは他の虫を感化するカリスマ性を持ち合わせているのである。ソウリュウ達もリンリンの所に帰宅することになった。フィートは宣言の通りにミヤマのことを持っている。ソウリュウは飛行をしながら気楽な口調で軽口を叩いた。
「ハネ何とかちゃんに続いてナイくんまで革命軍を止めるんだとしたならば、この調子でどんどんと革命軍の脱落者は出てくるのではないでしょうか?そこの所はどう思いますか?フィートさん」
「私はそう願いたいが、そう簡単には行かないだろうね。もしも、革命軍は虫手不足で解散なんてことになったのならば、世間の虫は皆が万々歳だろうけどね。しかし、冷静になって考えてみたならば、我々はとんでもないことをやってしまったのではないだろうか?オウギャクは我々のことを快く思わないだろう。ということはこれから先の我々は命を狙われることになる」フィートは悲観的になっている。
「大丈夫ですよ。フィートさんは幸い何もされていません。フィートさんとリンリンちゃんはオウギャクらしてみれば、この件にノー・タッチも同然です。お二人が命を狙われることはありませんよ。おれに関して言えば、護身術の心得もあります。本物のソウリュウ一家の二匹もおれを守ってくれます。それはいいけれど、ミヤマくんの方はどうなのかな?」ソウリュウは不安材料を口にした。
「こっちも大丈夫だよ。おれらは元々『アブスタクル』って言われて革命軍から命を狙われていた上にアマっていう用心棒がいるからな。アマは強いんだ。だから、おれ達は安心していられる」ミヤマは言った。フィートはミヤマ達が『シャイニング』だとわかって密かに驚いている。
「いいね。おれもトリュウとドンリュウからそれ位に信頼されてみたいよ」ソウリュウはしみじみとした口調で言った。それにはソウリュウのアマギに対する謙遜も含まれている。
「ソウリュウならきっとやれるさ。ソウリュウにはそれだけのポピュラリティーがある」ミヤマは真っ直ぐな気持ちで言った。虫は弱った所をやさしくされると普段よりもやさしくなれるのかなとソウリュウは思った。しかし、それはひねくれた考え方なので、ソウリュウはすぐにそれを打ち消すことにした。
「ありがとう。ミヤマくん。おれもミヤマくんの根性を尊敬しているよ」ソウリュウはミヤマの暖かい言葉をダイレクトに受け入れた。フィートはそれを微笑ましく見つめている。
何はともあれ『シャイニング』とソウリュウの連合軍はクラーツの一味に完全勝利をした訳である。このことは革命軍のトップのオウギャクには全くの予想外の出来事である。
今回の戦いは『オープニングの戦い』と後に起こる極めて大きな事件の間において重要な役割を果たすことになるので、この戦いは世に『シンフォニーの戦い』と呼ばれるようになる。
交響曲とは管弦楽のための大規模な楽曲のことだが、ソウリュウ達の戦いぶりのイメージとクラーツの一味の壊滅の意義深さからその名がつけられることになったのである。
その頃のテンリ・サイドではアマギVSセリケウスのハイライトがリピートされていた。しかし、アマギとセリケウスの戦闘はビデオ・テープ・レコーダーで隠し撮りされていた訳ではない。テンリはVTRの代わりとして体を張って再現をしているのである。残りのアマギとシナノとリンリンの三匹はそんなテンリのことを温かく見守ってくれている。今のテンリは先程の戦闘における最高潮のシーンを演じている。セリケウスの『突撃のウェーブ』に対してアマギが目にも止まらぬ速さで返り討ちにするシーンである。テンリは少し空を飛びながら『たあ!』と言って顎を格好よく払ってアマギの『迎撃のブレイズ』の真似をした。
「上手!うまくできたね?テンちゃん」やさしいシナノは手放しで褒めた。
「本当ですね?あの感動が再びっていう感じです!」リンリンは楽しそうにしている。
「うおー!格好いいー!おれもテンちゃんみたいになりたいな!」アマギは大声を上げた。
「っていうか、なっているじゃないですか!まあ、なっているっていうのも変な言い方ですけど」リンリンはつっこんだ。しかし、リンリンにもアマギの気持ちはなんとなく理解できている。
「さっきのアマくんが今のテンちゃんだったのよ」シナノは少し混ぜっ返した。
「そうか!そうだった!おれもテンちゃんだ!やったー!」アマギは喜んでいる。
「わーい!よかったね!アマくん!」テンリはなぜか一緒になってはしゃいでいる。この二匹の暴走は止め難いということを悟ったシナノとリンリンの二人はテンリとアマギを放っておくことにした。
「あれ?そう言えば、ミヤ達はどうしたんだろうな?三匹もいて一体何匹が無事に帰ってこられることやら」テンリと手を取り合っていたアマギは重要なことを思い出した。
「ダディーは無事に帰って来られるでしょうか?」リンリンは不安そうである。アマギは励ました。
「ああ、深い意味があって言った訳じゃないから、リンリンちゃんは気にしなくてもいいぞ。フィートさんは必ず勝利をして無事に帰って来るよ。セリケウスはおれが倒したから、少しはあっちも楽になったはずだもんな」アマギは楽観視をしている。シナノはそれを切に祈っている。
「ぼく達は戦勝を記念してミヤくん達のために凱旋門を作ってあげようよ」テンリは提案をした。アマギはテンリのことをかわいがっているので、大抵の場合はどんな希望でも叶えてくれる。アマギは今回もその法則に基づいてすぐにテンリに賛同をしてくれた。
「よし!そうしよう!どんな凱旋門にするか?どんな凱旋門ができあがるのか、もう今から楽しみだな?あれ?だけど、凱旋門って何だ?おれは初めて聞いたぞ」アマギは相も変わらずにとんちんかんである。シナノはそれを受けると丁寧に説明をしてあげた。凱旋門とは勝者を歓迎するために設ける門のことである。
アマギはその説明に納得をするとテンリの指示に従って門を建設し始めた。ソウリュウは大きいので、門も大きい方がいいとシナノは助言をしてリンリンは材料を調達するのを手伝った。
テンリとアマギはシナノとリンリンという女子の二人の協力の下に柱を三本の木の枝で固めてそこに二本の木の枝を渡して凱旋門らしき物を作り上げるのに成功した。
その後のテンリ達はそわそわしてミヤマ達を待つことにした。この場にいる虫は誰一人としてミヤマ達の敗戦を考えてはいない。他人を信じられるということはとても素晴しいことである。
「皆は気に入ってくれるかなあ?ミヤくん達ならきっと喜んでくれるよね?」テンリは聞いた。アマギはそれに応えようとしたらソウリュウは颯爽とこの場に現れた。ソウリュウはダウン・タウンを踏み荒らす怪獣のようにして凱旋門を踏み倒して地面に着地をした。
「あー!おれ達の汗と涙の結晶が!なんてことだ!ソウリュウめ!」アマギは大声を上げた。
「んー?何かを壊しちゃったかな?」ソウリュウは大して気にも止めていない。ミヤマを持ったフィートはその間にもこちらに着地をした。シナノはそれを見ると安堵をしている。
「おい!ソウリュウ!どうしてくれるんだよ!皆で折角苦労して作った作品なのに凱旋門がバラバラじゃないか!ソウリュウはしっかりとその責任を取ってくれ!」アマギは不平不満を口にした。
「門?所詮はアマギくんが枝を積み木のブロックに見立てて遊んでいただけなんじゃないのか?あるいは掘っ立て小屋みたいな下らないものを作っていたんだろう?」ソウリュウは無頓着である。
「違うよ。おれとテンちゃんが一緒に作ったんだぞ」アマギは断固として反論をした。
ソウリュウは『テンちゃん』というワードを聞くと目の色を変えた。覆水は盆に返らずと言うが、ソウリュウは自分で門を組み立て直してそれを晴れやかに潜って見せた。アマギはそれを受けると完全に白けきってしまった。当のソウリュウはテンリの方を向いて爽やかに微笑んだ。
「よし!通った!おれは間違いなく通ったぞ!ってな感じでいいのかな?」ソウリュウは聞いた。
「うん。いいよ」テンリは寛容である。アマギは戦況報告を聞きたがった。
「ソウリュウ達は戦いに勝ったのか?ミヤはどうしてフィートさんに担がれているんだ?」
「戦いには勝ったんだが、ミヤマくんは・・・・ついさっきまでは息があったんだけど、深手を負ってしまったミヤマくんは息を引き取った。亡骸だけでも皆に会わせてやりたくてね。フィートさんはこうしてミヤマくんを連れて来た次第だよ」ソウリュウは引きつった表情をしている。
「そんな!ミヤくんは死んじゃったの?」テンリはそう言ってミヤマの元に駆け寄った。テンリはこれが現実だと受け入れたくないのである。アマギも駆けつけてミヤマを揺すった。
「ミヤはいい奴だったのに・・・・だけど、安心しろ。ミヤの仇はおれが討つ。おれはミヤのことが・・・・」
「って、生きとるわい!」ミヤマは行き成り大声を出した。アマギは飛び退った。
「うわー!生き返ったー!ミヤには心残りがあって成仏できなかったのか?」アマギは驚いている。
「おれは生きとるわい!虫を勝手に殺すな!」ミヤマはそう言うとソウリュウのことを睨みつけた。その眼光はソウリュウを睨み殺す程に鋭かったが、ソウリュウは全く気にも止めていない。
シナノはソウリュウの話を聞いても悲しまなかった。それはシナノが冷酷だからではなくてミヤマの触角が動いていたことに気づいていたからである。
「ダディー!よかった!無事だったのね?とても心配したのよ!」何だかんだとごたごたしていたが、リンリンはそう言うとここでやっとフィートの元に駆け寄って行った。
「心配かけてごめんよ。だけど、大丈夫だ。私は強いんだ。私も戦ったんだよ」フィートは胸を張って言った。ただし、フィートは心の中で『7秒で負けたが』という言葉を付け足しておいた。自分はクラーツを倒してロード・ローラーで地面をならすようにしてその他の大勢の敵の全員も蹴散らしたとソウリュウは自慢をした。少しの誇張もあったが、フィートはそれを容認しておいた。
結果的にはセリケウスを倒したが、クルビデンスという『森の守護者』がこなければ、大惨事になっていたということをアマギは正直に話した。アマギはソウリュウと違って正直者なのである。テンリ・サイドだった虫はミヤマの体が動かない理由を聞くとこの上なく驚いた。テンリは感激した様子で言った。
「ミヤくんはすごいね?ぼくはミヤくんにはナンバー・ワンの賞をあげるね?」
「そうだな。ミヤはよくがんばった。おれは宇宙人の賞をやるよ」アマギは言った。
「それじゃあ、私は敢闘賞を贈呈させてね?心ばかりだけどね」シナノも話を合わせた。
「ありがとう。皆。ありがたくもらっておくよ。ただし、不気味だから、アマの賞はいらない」ミヤマは真顔で言った。アマギは不平たらたらだった。しかし、ソウリュウはその前に要らぬ口を挟んだ。
「おれからは最後に最も栄誉ある賞を送るとしようか。『ソウリュウの若様が大好きです大賞』だ。喜びたまえ。特別だよ。今までの苦労はこれで報われるっていう話だよ。よかったね?」
「一番にいらん」ミヤマは無情にも一言で切り捨てた。しかし、これは明らかに受けを狙ってそう言ったので、ソウリュウはミヤマのつっこみを得られて十分に満足なのである。フィートとリンリンは楽しげにしてその様子を見守っていた。テンリ達はいよいよソウリュウとお別れをする時がやってきた。ソウリュウはトリュウとドンリュウとの待ち合わせ場所に行かなければならないのである。
「ソウリュウくんがいなくなっちゃうと寂しくなっちゃうね?ソウリュウくんはずっと一緒にいられたらよかったのにね?」テンリは『魔法の地図』でソウリュウに道を教えてあげると悲しそうにしている。
「ありがとう。そうだよね?おれも同じ気持ちだよ。だけど、おれは子分達に義理を果たさないといけないんだ。つらい別れだけど、会える日はきっとまた来るはずだ。おれはむしろ会いに行くよ。テンちゃんとは何しろ『またね』って約束したもんね?フィートさんとリンリンちゃんもお元気でいて下さい。テンちゃんとナノちゃんと他二名もグッバイ!」ソウリュウは言った。
「ああ。ソウリュウもな。他二名の内の一名より」ミヤマはわざとそう言った。立ち去りかけたソウリュウは戻ってきた。何をするのかと思えば、ソウリュウは最後にテンリに抱きついてから今度こそ本当に立ち去った。アマギは変態を見るような目でソウリュウを見送った。リンリンはソウリュウの姿が見えなくなると不思議そうにした。リンリンにはよくわからないことだらけである。
「ソウリュウ一家さんは別行動を取るんですか?だけど、ソウリュウさんはさっき他にも子分がいるっていうようなことを言っていましたよね?ああ。わかりました。これからは別の部隊に分れて別の場所でも次々と革命軍を討ち取ろうとしているんですね?」リンリンは独自の解釈を述べた。
「ああ。いや。その・・・・それは違うんだよ。リンリン」フィートはそう言うとリンリンに対してソウリュウは革命軍の敵対勢力ではなくて泥棒だということやテンリ達はソウリュウ一家のメンバーではないことを細大漏らさずに話した。テンリ達の4匹はその間は黙っていた。とても信じやすい性格をしているリンリンは今まで疑いもしなかった事実が根底からひっくり返されるとものすごく驚嘆をした。
「えー!そうなの?とても信じられない!そんな気概のある虫さん達だったなんて驚きです!あなた達は何の見返りもないのにクラーツさん達と戦ってくれたんですか?」リンリンは聞いた。
「うん。そうなんだよ。ぼくは戦ってないけどね。アマくんとミヤくんの二人は慈愛の勇者なんだよ。困っている虫さんを放っておけないんだよ。格好いいよね?」テンリは煽てた。
「おれも入れてくれるのかい?うれしいよ。テンちゃんはやっぱりやさしいな?おれは何日か休まないと動けないと思うんだけど、皆はそれを待っていてくれるかい?」ミヤマは聞いた。
テンリ達の他の三匹は当然の如く了解をした。例えば、ミヤマが全治一カ月でも三カ月でもテンリ達の三匹は待つことができるのである。フィートは俄かに勢い込んだ。
「よし!私達による皆への多大な感謝の気持ちをどうか受け取ってくれ!今夜は心も体もリフレッシュしてミヤマくんが療養できるように私はうんとお持て成しをするぞ!さあ!宴だ!」
フィートとリンリンによる細やかな感謝祭は夜になると催された。フィートは太鼓を持ってきて『ポンポン!』と叩いた。リンリンは指揮をやったり、指文字で音符を作ったりした。テンリはリンリンの真似をして土に音符を書いてシナノに見てもらった。アマギは踊れないミヤマの代わりに腹踊りをした。ミヤマによるアマギの踊りの採点は8点だった。フィートはその内に太鼓を投げ出してアマギの横に来て一緒に腹踊りを始めた。ミヤマによるこちらの採点は10点満点である。ミヤマは甘口なコメンテーターなのである。しかし、ミヤマは自分自身の踊りを6点としている。ミヤマは自分に厳しくて他人にやさしいのである。
この場にはこの楽しげな祝宴の音色に誘われていつしかとんでもない珍客がやってきた。それはメダカとオタマジャクシである。二人は両方がメスである。彼女等はどうやって陸をやってきたのかというと水中に入ってやって来たのである。ただし、水中ケースに入っていたという訳ではなく、直径10センチの立方体の水の中に入っている。詳しく言えば、これはりんし共和国の魔法である。ある魔法によれば、液体の水は固体のようにして切り取ることができるのである。オタマジャクシと言えば、テンリ達は以前にカエルに食べられそうになったので、アマギは警戒をしたが、このオタマジャクシはカエルとは違うので、テンリはそう言ってアマギを安心させた。メダカはオタマジャクシのベビー・シッターであると自称した。メダカは気のいいおばさんである。テンリ達だけではなくてフィートやリンリンもメダカを見物するのは初めてだったので、メダカはあっという間に引っ張り凧の人気者になってしまった。メダカとオタマジャクシは水の中から飛び出したり、お互いの水に飛び移ったりして宴会に花を添えてくれた。それはとてもエレガントな趣の芸だった。宴も闌になると酒を飲んで酔っ払っている訳ではないのにも関わらず、リンリンはメダカの水に飛び込んでシナノに対して水遊びをしかけてきた。水がなくなってしまうと命の危機にさらされてしまうので、メダカとオタマジャクシはリンリンから逃げ回ることにした。リンリン達はシナノの周りをぐるぐると回っているので、シナノは追い駆けっこに巻き込まれてしまった。
アマギとフィートは今日のMVPであるミヤマを二回も三回も胴上げをして今度はテンリのことも胴上をした。最後にはもっとミヤマを崇めようとテンリから言われたので、アマギはミヤマにスピンを加えてミヤマを宙に放り投げた。ミヤマはアマギの手元が狂ってメダカの水の中にダイブをした。しかし、水は幸いにも少しも零れなかった。ミヤマの疲労がまた少し蓄積されただけである。ミヤマはそれでも文句を言わなかった。祝福されていることがわかっているミヤマはうれしいのである。
フィートは再び太鼓を叩き始めるとその上で4分音符になったり、8分音符になったりしてオタマジャクシの女の子は興を添えた。ミヤマはそれを見ると元気に囃し立てた。
テンリ達の皆はこうして仲良く今夜は楽しく遊んで深い眠りに就いた。メダカとオタマジャクシはテンリ達と一緒になって添い寝をした。彼女らはもうすっかりとテンリ達とお友達である。メダカとオタマジャクシは次の日に帰ってしまった。しかし、テンリ達はまだ出発をしなかった。ミヤマが全治するまでは結局この日を含めて三日もかかってしまった。テンリを初めとした他の三匹はそれでも誰も小言を言わずにむしろミヤマの全快を心から祝福した。ミヤマはそんな三匹に対して何度も感謝の意を表した。
ここはオウギャクの根城である。ここは秘境でもある。追ってから身を隠すには打って付けの場所だということも意味している。オウギャクはいつもここで采配を振るっているのである。
強さは他の革命軍達から一目を置かれているが、ウィライザーは性格が些か自己中心的すぎるためにショウカクの部下になった。ショウカクはそれでもウィライザーを持て余している。
ゴールデン国王はオウギャクが自ら討ち取る手筈になっているのにも関わらず、自己主張の強いウィライザーは自分が討ち取ると言ってショウカクのことを困らせたのである。ウィライザーは仕舞には今から革命を起こそう等と言い出す始末である。ゴールデン国王よりも王国の三強『スリー・マウンテン』の方が討ち取り甲斐はあるし、革命はそもそも主力だけで動くのではなくて多くの虫達を連れて行うものであって連絡の取り合いをしなければならないので、すぐにできるものではいとウィライザーに対してショウカクは教えた。ウィライザーは強大な勢力だが、ショウカクは一方で多大な苦労をしょい込んだという訳である。ショウカクにとってはいい迷惑である。しかし、ショウカクはその程度のことでペースを崩されるような性格ではない。ショウカクは確かに危険な思想の持ち主ではあっても一本の筋の通った虫なのである。
今のオウギャクは太い木の枝の上において実戦でのプランを頭の中で反復している。もしも、オウギャクのこの想像の通りに行けば、国はオウギャク自身の物になる。捕らぬタヌキの皮算用と言う言葉もあるが、オウギャクがその後のプランも視野に入れてしまうは一種の人情である。他国に侵略を行うとすれば、現在の王国の三強はいた方がいい。そういう意味では『スリー・マウンテン』を飼い殺しにするのは得策である。しかし、そんなことをすれば、オウギャクは逆に飼い犬に手を噛まれることにも成り兼ねない。現在の国王軍を全て亡き者にするか、そうしないのか、オウギャクはそれを決め兼ねている。キリシマは全員を死刑にした方がいいと主張をしている。オウギャクはいずれにしろ直に結論を出すつもりである。オウギャクは近い内に革命を起こすつもりだからである。オウギャクの部下の一人はこちらにやって来た。
「お休み中に失礼致します。キリシマ様がお見えになられています。キリシマ様は何かオウギャク様にご相談したいことがおありだそうです。お通し致しますか?」部下のクワガタは丁寧に聞いた。
「ああ。通してやってくれ」オウギャクは静かに言った。オウギャクは木の幹を伝って地面の上に降りて行った。キリシマはオウギャクが地面に着地すると歩いてやって来た。オウギャクとキリシマの二匹は衝突したことはない。一般的には甲虫王国において実力はオウギャクの方がわずかに上だと言われているが、戦ったことはないのである。どちらの方がより強い相手を仕留められるか、どちらの方がより強い奥義を使えるか、オウギャクとキリシマの二人はそのようにして間接的に強さを競うライバルであって固い絆で結ばれている犯罪のパートナーなのである。キリシマはナンバー・ツーの地位に特に不満は持っていない。
キリシマは野心家ではあってもトップに対するこだわりを持っていないのである。オウギャクはそのことをよく理解している。キリシマはオウギャクに対して野太い声で話しかけた。
「オウは相変わらず一人が好きだな?それでいていざとなったら群れることができる。オウは珍しいタイプの大物だ。おれにはとても真似ができない」キリシマは感心している。
「要件はなんだ?おれを褒めに来た訳ではあるまい」オウギャクは話を促した。
「いや。それも要件の一つだ。部下からは最近のオウの機嫌が悪いと聞かされているからな」
「悪いか?そう見えるのが、普段のおれの姿だ」オウギャクは表情を変えずに言った。
「ああ。長い付き合いだ。よくわかっている。部下にもそう言ってある。しかし、あんまりにも下らない話をしているとオウも本当に不機嫌になるな。本題に入ろう。オウも聞いているだろう?クラーツとセリケウスは潰された」キリシマは真剣な口調になって話を切り出した。
「ああ。知っている。どうやら『アブスタクル』とソウリュウによるみたいだな?おれはこの一件で奴らの存在を無視できなくなってきた。しかし、奴らは積極的に革命を阻止しようとはしないはずだ」
「オウにしては楽観的すぎないか?おれにはそうは思えない。奴らは早い内に消しておいた方がいい。今までの奴らの業績を見れば、それは一目瞭然だ。違うか?」キリシマは聞いた。
「要件はそれか?革命の前に奴らに刺客を送れということか?」オウギャクは問いかけた。
「いや。違う。下手に刺客を送って返り討ちになったら事だ。おれが自分で『アブスタクル』を消しに行って来る。目前に迫った革命の肩慣らしにはなるかもしれん」キリシマは決意を込めた。
「そうか。キリはおれと違って体を動かしていた方が落ち着くんだったな。しかし、おれは決して軽視をしている訳ではないが『アブスタクル』にはそれ程の価値があるかどうか」オウギャクは言った。
「わかっている。それをテストするんだ。舐めてかかるようなことはしない。奴らの足取りはわかっているんだ。おれはすぐに帰ってくることもできる。安心してくれ。しくじるようなことはしない」
「わかった。おそらくは舐めてかかっても釣りが来るはずだ。しかし、決して気は抜くな。やるからには全力だ。ここにきてキリのようなでかい勢力を失うことはできない」オウギャクは注意をした。
「ご心配をありがとうよ。ここからならば、幸いにも三日以内に奴らと出会えるはずだ。革命まで体を休ませることもできる。行ってくる。すぐに帰る」キリシマはそう言うと後ろを向いた。キリシマは気力を漲らせてのそのそと歩いて行った。見送るオウギャクには一片の心の動きもない。自分達のいるレベルとキリシマへの信頼感がそうさせているのである。オウギャクは一人になると『アブスタクル』のことを考えた。オウギャクはすでに『オープニングの戦い』と『シンフォニーの戦い』よって『アブスタクル』から邪魔をされている。この辺で『アブスタクル』を亡き者にしなければ、オウギャクは革命が成功しても国民から舐められる可能性もある。キリシマの考えは正解かもしれないとオウギャクは思った。
ここは『平穏の地』である。話したいことがあるテンリュウは自分の娘でもあってテンリの妹でもあるミナの帰りを待っていた。最近は城の近くの小学校は早引けが一般的だが、ここのようにしてずっと『宮殿の地』にある城から離れている小学校は定刻の通りに終わるのである。
革命が起きるかもしれないから、一部の地域では早引きがなされているのである。この緊迫状態はいつまで続くのかもわからないので、小学生にとってはいい迷惑である。
テンリュウはミナに対して学校では教えてくれない国王軍と革命軍のお話をしてあげようとしている。ちょっと暇なテンリュウは葉っぱを積み重ねて座ぶとんにしたり、葉っぱで船を作ってみたりしている。テンリュウには子供っぽい一面もある。今は近所の女性陣による婦人会の集まりに出ているので、テンリュウの妻(テンリとミナの母)であるミナミはここにはいないし、しばらくは帰ってはこない。
ミナはテンリュウがのんびりとしていると弾け飛んで来た。しかし、何も爆弾が爆発した訳ではない。少しはびっくりしたが、テンリュウはすぐに平静を取り戻した。元気が漲っているミナはよく飛び跳ねるのである。ここら辺の地面は葉っぱや柔らかい土ばかりなので、ミナは痛くもないのである。
「パパー!ただいまー!元気だったー?」ミナはころころと笑いながら呼びかけた。
「うん。パパは元気だよ。だけど、ミナちゃんには負けちゃうね。テンちゃんもこの位に元気だったらいいのにね?今頃のテンちゃんはどうしているかな?」テンリュウは遠い目をした。
「ねえ。ねえ。テンちゃんはもうすぐ帰ってくるのー?それなら楽しみー!」ミナは言った。
「連絡を取る方法がないから、そればっかりはわからないけど、おそらくは色んな所で寄り道をしているだろうから、時間はまだかかるかもしれないね。お城に近づきすぎなければいいんだけど・・・・」
「もしも、近づき過ぎるとテンちゃんはどうなっちゃうのー?」ミナは明るい口調で問いかけた。
「そうだ。それじゃあ、革命についてのお話をしようね。革命とは被支配階級が支配階級から国家権力を奪って社会組織を急激に変革することを言うんだよ」テンリュウは説明をした。
「えー?ミナちゃんはわからないよー!」ミナはわかりやすく不平不満を口にした。
「そうか。難しく言いすぎちゃったみたいだね?簡単に言えば、オウギャクという一般人がゴールデンという国王様から偉い虫という称号を剝脱して今の平和な世の中を怖い世の中に変えてしまうことだよ。今度はわかったかな?」テンリュウはやさしく確認を取った。
「うん。わかったー!それじゃあ、革命は悪いことなんだねー?」ミナは断定をした。
「いや。ミナちゃん。今の甲虫王国では確かにそう言えるけど、全部の革命が必ずしも悪いことだとは限らないんだよ。若造に支配される程に世界は甘くないというお年寄りもいるけど、もしも、オウギャクが革命を成功させれば、どうなるかな?成人男性は否応なしに兵隊になって他国と戦争をすることになる。小さい虫さん達は他国に追放されてしまうかもしれない。もしかしたらミナちゃんもね」
「えー!嫌だー!ミナちゃんは甲虫王国がいいー!」ミナはしっかりと主張をした。
「そうだね。だけど、もしもの時はパパがなんとかしてあげるよ。オウギャクの意見に反対する者は容赦されることもなく拷問にあったり、亡命させられたり、場合によっては殺されてしまうかもしれない。いずれにしてもあまり住みやすい世の中とも思えないよね?こんな時に革命が起きたならば、どうだろう?その革命家は今みたいな住みやすい世の中に変えてくれるのならば、革命は一概に悪いとは言えないよね?パパの言っていることはわかるかな?」テンリュウは聞いた。
「うん。わかったー!それじゃあ、二回の革命が起きたら元通りだねー?」ミナは納得をした。
「うーん。まあ、必ずしもそう簡単には行かないかもしれないけど、その可能性も確かに十分にあるね。ミナちゃんは国王軍にはどの位の虫さんがいると思うかな?」
「うーんとねー。わかったー!100匹ぐらいー!」ミナは思いつきを口にした。
「大体は正解だよ。よくできたね?国王軍には『マイルド・ソルジャー』だけではなくて『森の守護者』と合法的な海賊団がいるから、総勢は約150匹はいることになるんだよ。その中でも主力となるのは『スリー・マウンテン』と呼ばれている三匹だね。ランギくんとショシュンくんとジュンヨンくんだよ。彼等はやさしい虫さん達だから、革命騒ぎがなければ、各地をパトロールしてくれるんだよ。その時はまるでパレードのような騒ぎになるんだけど、彼等はスーパー・スターだからね。ランギくんというのはアマくんのお兄さんだよ。ミナちゃんも知っているよね?」テンリュウは確認をした。
「うん。知っているよー!アマくんはお兄ちゃんのことを師匠って言ってたよー!」ミナは発言をした。
「アマくんはランギくんから教えを受けたから、強い虫さんなんだね?」テンリュウは相槌を打った。
ゴールデン国王は世間において王者の風格を漂わせた立派なお方だと言われている。ゴールデンはとても思いやりを持って国民と接することで有名なのである。親を早くに亡くした者や天涯孤独の者やエサを自分の力で確保する自信のない者といった困っている虫や助けを求める虫には手が差し伸べられる。それが現在の甲虫王国なのである。テンリュウは別の話題についてミナに対して話を始めた。
「次の話は革命軍についてだけど、オウギャクは暴力的な性格をしているから、短気な性格だと思われがちだけど、実際のオウギャクはとても気の長い虫さんだというお話だよ。これは重要だけど、オウギャクはだからこそ革命を成功させても急激な改革をするのではなくて緩やかに自分の思い描いている青写真に近づけて行くんじゃないかと言われているんだよ。その相棒のキリシマは血統を自慢して血統だけを重視する虫さんだよ。どちらかといえば、小柄な虫さんを国に置いておきたくないというのはオウギャクよりもキリシマの持つ意見なんだね?今は行方不明になっている謎の男というのもいるね?彼の名はルークだ。生きているのだとしたならば、おそらくは革命が起きた時に何らかのアクションを起こすはずだから、ルークの動向には目が離せないね?ここまでで何かわからないことはあったかな?」テンリュウは聞いた。
「ううん。わかったよー!」ミナは納得をした。革命軍の勢力は100匹を超えている。今回の革命は一機主義の範疇を遙かに超えている。オウギャクにはそれ程のカリスマ性がある。
「国王軍と革命軍はどこで戦うのー?ここで戦うのー?そしたら怖いねー?ミナちゃんもやっつけられちゃうよー!」ミナは明るいながらも不安さを表に出した。
「それは大丈夫だよ。ここでは戦わない。確実ではないけど、決戦は多分『秘密の地』という場所で行われるはずだよ。パパはテンちゃんとアマくんがお城に近づきすぎなければいいと言ったけど、それは『秘密の地』がお城のすぐ隣にあるからなんだよ」テンリュウはしっかりと説明をした。
「そっかー!テンちゃんもアマくんも近づいたらダメだよー!」ミナは呼びかけをした。
「ミナちゃんの願いが叶うといいね?他には何か説明し忘れていることはないかな?」
「それじゃあ『アブスタクル』っていうのは何ー?」ミナは鋭い所を突いた。
「そうか。その説明はまだだったね?だけど、それはあんまり口に出しちゃいけないよ。差別用語みたいなものだからね。『アブスタクル』は邪魔者っていう意味なんだよ。あくまでも革命軍にとっての邪魔者という意味だよ。彼等は話によると4人組で止むを得ずに革命軍と敵対することになってしまった不運な虫さん達なんだよ。彼等は皆のためにも戦ってくれているとても立派な虫さん達なんだよ。彼等はその証拠に国王軍の間で『シャイニング』と言われているんだよ。彼等は光り輝いているんだね?さっき『森の守護者』が速報を伝えてくれたけど、また『シャイニング』は革命軍を討ち取ったらしいんだよ。『シャイニング』は本当にすごい虫さん達だね?」テンリュウは心の底から感心をしている。
「それじゃあ、ミナちゃんも応援してもいいのー?」ミナは明るい口調で聞いた。
「うん。負担をかけない程度に程々にね。『シャイニング』のことはよく知らないけど、『シャイニング』のことはパパも好きだよ。どうか、革命軍には負けないでほしいね?」テンリュウは厳かに言った。
「そうだねー!ファイト!ファイト!」ミナは無意識の内にテンリ達を励ました。
言葉にこそ出さないが、テンリュウも同じ気持ちである。テンリュウとミナの二人が『アブスタクル』もとい『シャイニング』の正体を知るのはまだ少し先の話である。しかし、テンリュウはテンリとアマギの旅の平穏無事を神様に遥拝していつも祈っている。テンリュウはテンリとアマギのことを忘れたことは片時もないのである。この危険な時期にテンリとアマギの二人を送り出してしまったことに罪悪感を覚えた時もあるが、テンリュウは過ぎたことは考えないでテンリとアマギの二人を応援することに徹している。
最近『忍者の地』の忍者教室には少しずつ虫が集まるようになってきている。これは忍者の一大旋風がやってきたということもある。テンリ達は更に『劇団の地』で忍者というものをPRしたおかげでもある。ユイはそんなこともあって益々溌剌としている。年も年なエンザンはてんてこ舞いである。ただし、エンザンもこの状態を喜んではいる。『忍者の地』についてのトピックスはまだまだある。
ズイカクはつい先日にテンリ達と同じく『下忍の下』のランクを手に入れることに成功した。ズイカクは至って真面目な優等生である。ズイカクは忍者になるという夢を実現させることができたのである。
サムニはいつも『隠れ身の術』ばかりをやっている。しかし、見学にくる子供達からはそろそろ飽きてきたと言われてしまったので、サムニはこれに対応するべく知恵を巡らせた。サムニは結局『五遁の術』を披露することにした。例えば、煙幕を発生させる『火遁の術』を使ったり、草を持ってきてそこに隠れる『木遁の術』を使ったりした。それはいずれも大好評だったが、一番に皆の印象に残ったのは『土遁の術』である。サムニはやって来る客人に石を投げつけたのである。そんなことをしたならば、客は来なくなりそうだが、サムニは石を投げた後『いかん!敵襲かと思ったでござる!すまないでござる!』と言ってごまかしている。サムニはちゃんと謝罪をするので、皆からはお茶目な変人としてすっかりと愛されている。サムニは多くの虫から『石投げおじさん』や『すまないおじさん』や『ござるおじさん』と呼ばれている。
しかし、それはサムニ本人の本意ではない。まだ27歳のサムニはせめて『お兄さん』と呼んでもらいたいのである。こんなにもおちゃらけているが、サムニはイバラと同じく『下忍の上』なのである。イバラは実技ではなくともついに講習の教授を受け持てるようになった。それは一週間後に迫ってきているので、イバラはとても緊張する日々を送っている。盗賊グループの脱退に力を貸してくれたテンリ達はズイカクの恩人である。自分達の代わりに『医療の地』で芸を披露してくれたイバラはテンリ達の恩人である。
だから、ズイカクは恩人の恩人であるイバラから教えを受けることに決めている。先生は指名制ではないが、イバラの教鞭を取る時期に受講を申し込めば、ズイカクは間違いなくイバラから教えを受けることができる。やさしい性格のイバラによって講義をしてもらった方がズイカクにしてもうれしいのである。
ただし、イバラは先生の中でも特にやさしいという意味であってそれは忍者教室には他にやさしい先生がいないという訳では決してない。今のイバラは地上でブレーク・タイムの最中である。イバラのそばには少しうれしそうなサムニの姿がある。イバラはそんなサムニに対して気軽に話しかけた。
「どうかしたの?『石投げお兄さん』のサムニさんは何だかうれしそうね?何かいいことでもあった?」イバラは不思議そうにしている。サムニは正直に事情を打ち明けた。
「うむ。そうなのでござる。サクラくんは先程にやって来て入会を希望してくれたのでござる。新入りは無論うれしいでござるが、リピーターがやって来てくれることはまた違ったうれしさがあるでござる。これも一重にイバラさんが教授デビューしてくれたおかげでござる。サクラくんはそれを知ってやって来てくれたそうなのでござる。私のことを目下『お兄さん』と呼んでくれるのはイバラさんだけでござる」
「サムニさんは結構それを気にしているのよね?サクラちゃんはまた入会してくれるなんて私も本当にうれしい。彼女はすごく勉強熱心だから、教え甲斐もあるものね?だけど、私はこれで益々とちれなくなっちゃった。がんばらなくちゃ!」イバラは意気込んだ。一人一人の生徒を大事にしているイバラとサムニはサクラに限らずに生徒の皆の顔は記憶に残っているのである。
サムニの現在の仕事は呼びこみと宣伝だけだが、当のサムニは特にそれを不満に思ったことはない。サムニはイバラのことを元気づけようとしてやさしく励ましの言葉を述べた。
「イバラさんは普段の通りにしていれば、大きなミスをすることはきっとないでござる。しかし、以前にサクラくんと一緒だった他の皆はアルコイリスに行ってしまっていて来られないそうでござる。それだけは心残りでござる。イバラさんはテンリくんを初めとした彼等が心配ではござらぬか?」
「そうね。凶悪な虫さん達が集まった革命軍が幅を利かせているこんなご時世だものね?テンリくん達はやさしい虫さん達だから、皆には私も平和に暮らしていてほしいと思う。それじゃあ、忍術を使う機会は中々なくなっちゃうけれどね。それは?」イバラは物珍しげに問いかけた。
サムニは唐突にゲタを持ち出して来たのである。これは虫が履くためのものではなくて単なるおもちゃで大きさは5センチ程である。サムニはイバラに対してゲタというものを紹介するとそのゲタをすぐ近くに放り投げた。サムニはその行方を見守ると思わず唸ってしまった。
「うーむ。鼻緒を下にして立つとは珍奇でござる。私はひょっとしたらゲタ投げの天才なのかもしれないでござる。これからはこれで売り出すべきだろうか?」サムニは呟いている。
「こんな形で立っているのは確かにすごいけど、これには何の意味があるの?」イバラは聞いた。
「表に倒れれば、吉でござる。裏に倒れれば、凶でござる。これは私が生み出した占いというものなのでござる。お見知り置きをよしなにでござる。的中率は55パーセント位でござる」
「それは相当に微妙ね?ゲタが立っていた場合はどんな結果になるのかしら?」
「うーむ。こうなるとは私も予想をしていなかったので、私は今から考えるでござる。うーん。よし!決めたでござる!テンリくん達は大吉ということにするでござる。彼等の前途はこれで洋々でござる」
「ふふふ、それってちょっと杜撰かも」イバラは楽しそうにしている。
「言われてみれば、確かにそうかもしれないでござる。しかし、いかんともし難い運命を先取りするにはこの位に強引でもいいのかもしれないでござる。続いては革命が成功するかどうかを占ってみるでござる。それ!」サムニはそう言うと再びゲタを放り投げてゲタを転がした。
今度は表になってしまった。革命は成功すると出たのである。この場は何とも言えない重苦しいムードになりかけた。しかし、サムニはすぐにそれを笑い飛ばした。
「こんなものは恐れるに足らずでござる。私の占いの的中率は所詮は5割5分でござる。こんなものは信用できないでござる」サムニは相当に無責任である。
「そうよね。いえ。『そうよね』なんてごめんなさい。だけど、革命が成功したら忍者教室は一体どうなってしまうのかしら?強制的に閉鎖されてしまうのかしら?」イバラは心配そうである。
「それはないでござる。大丈夫でござる。おそらくは存続できるでござる。それは私が絶対に保障するでござる。歴史と伝統あるものはそう簡単には滅びないものでござる。ご安心なされ。イバラ姫」
「姫だなんて恥ずかしい。だけど、わかった。ありがとう。石投げおじさん」
「うむ。苦しゅうないでござる。あれ?私はおじさんになっているでござる」
「あら、ごめんなさい」イバラが真面に謝った。サムニは何でもないようにして笑い飛ばした。サムニは耐性ができていて『おじさん』と呼ばれることに慣れてしまっているのである。
サムニは革命が起きても忍者教室は潰れないと言ったが、それには歴とした理由がある。オウギャクは強い甲虫を育成させるために積極的に忍術や忍法を国民に教え込もうとするはずだからである。オウギャクはその話からもわかる通りに甲虫王国の全てを崩壊させる気ではない。
忍者教室にはそうなると当然のことながらニーズというものがあることになる。しかし、その時はオウギャクの思い通りになってしまって今のような平和な忍者教室ではなくなるかもしれない。
ケガを防止してのびのびすることはできなくなるかもしれないからこそ、イバラやサムニといった『忍者の地』の虫達はより一層に革命が失敗することを強く願っているのである。
テンリ達はすでに旅を再開していた。革命が起きる可能性があるので、フィートからはあまり城に近づかない方がいいという助言を受けていた。しかし、アマギはそれを受け止めつつも行きたい所があるからと言ってそれをやんわりと否定した。強くはフィートもそれを引き止めなかった。
フィートは恩人の自由にするのが一番の得策だと思ったのである。しかし、この選択はテンリ達を更なる深みに陥れることになる。それは間もなくわかることである。
フィートは『心配だ!心配だ!』と言って三日間もテンリ達と一緒に行動を共にしていた。しかし、フィートは4日も経つとさすがにリンリンの方も心配になってきたので、テンリ達はお礼を言ってフィートとお別れをした。フィートはそれ程にテンリ達のことを思ってくれていたのである。
話は変わる。シナノは物知りである。時には先祖代々から伝わって来た話を年寄りから伝承されたり、時には冒険家が人間界のミュージアムに侵入して得た話を聞いたりすることによってシナノは豊富な知識を得ている。シナノはかといって衒学するようなことは決してしない性格をしている。
甲虫王国の小学校ではそれとは正反対にしてそういった知識をざっと授業で説明を受けるだけであんまり詳しくは勉強をしない。学ぶのはその代りとしてほとんどが暗記ものである。例えば、木と樹液の種類やカブトムシとクワガタの種類や他の国に住む昆虫の種類といったものである。
そういう意味では小学校に通っているだけあって人間界の虫よりも昆虫界の虫は知識が豊富な所があるのは確かである。昆虫界にいれば、人間界の一地点にいるだけでは出会えないような虫とも出会うこともあるので、それは間違いない。シナノの場合はそんな中でも例外なのである。
シナノの知識は歴史に関することだけには収まっていない。一緒に旅をいるオスの三匹にも薄々そのことには感づき始めた頃である。テンリはシナノの知識量を尊敬している。ミヤマはそういう背景もあって歩きながらシナノに対してこんなお願いをしてみることにした。
「ちょっと唐突な提案だけど、よかったらナノちゃんの知っていることで勉強になる話を何かしてくれないかい?テンちゃんとアマも聞きたいだろう?」ミヤマは同意を求めた。
「うん。聞きたい」テンリは言った。アマギは当然ニコニコ顔で乗り気である。
「おれも同じだ。もしも、ナノちゃんが話してくれるのならば、おれは何でも聞くぞ」
「退屈でなければ、私はいいけど、どんな話がいいかしら?私が得意なのは歴史についてなんだけど」シナノは自信がなさそうな感じで言った。ミヤマはそれでもすでに陽気である。
「おれのリクエストは甲虫王国の歴史についてだ。テンちゃんは何がいい?」
「うーん。ちょっと待ってね?考えてみるね?そうだ。これは歴史に分類されるのかはわからないけど、ぼくは世界の誕生の歴史について聞きたいな。ダメかなあ?」テンリはしばし考えた後に案を思いついた。それは中々スケールの大きいものである。シナノは答えた。
「ううん。ダメじゃない。私の知っている限りのことはちゃんと話してあげられると思う」
「すげー!ナノちゃんはやっぱり偉大だな!それじゃあ、おれは・・・・」アマギは言い淀んだ。
「いや。ナノちゃんはあんまりにも色んなことを要求をしすぎると大変だから、アマはちょっと自粛をしてくれないかい?」ミヤマは思いやりのある横槍を入れた。しかし、当のシナノは寛大である。
「ううん。アマくんのリクエストにも答えてあげないと不公平だから、私はいいのよ」
「ありがとう。おれは樹液の種類について知りたいぞ!」アマギは言った。
「おいおい!それは小学校で習ったことじゃないか!」ミヤマはつっこみを入れた。
「そうだったっけ?まあ、いいんだよ。なあ?ナノちゃん」アマギは問いかけた。
「ええ。話をするのは古い話から順番でもいいのかしら?」シナノは質問をした。
「いいぞ。それじゃあ、樹液の話が一番だな」アマギは堂々と言った。しかし、ミヤマは口答えをした。
「いや。微妙だけど、テンちゃんの要望が一番でおれの要望が二番でアマの要望が三番で行こう」
「うん。おれは別にそれでもいいぞ」アマギは寛容な所を見せた。
「ぼくの要望が一番でもいいの?ありがとう。ナノちゃんはそれでもいい?」テンリは確認をした。
「ええ。それじゃあ、始めることにする。宇宙はどうして発生したか、皆は知っている?」シナノはそう言ってから少し待ってみた。しかし、この質問に対して答えられる者はいなかった。
「宇宙はビッグ・バンっていう大爆発によって誕生したとされているの。今の宇宙はそのビッグ・バンによって高温と高密度の状態から膨張して誕生したとされている。あれ?アマくん?」集中して話をしながら歩いていたので、シナノは今まで気づかなかったが、アマギの姿は見当たらなくなっていたのである。ミヤマはそれに気づくや否や急いで後方に飛んで行った。ミヤマは少しすると黙って待っていたテンリとシナノの下に申し訳なさそうなアマギを連れて戻ってきた。アマギはシナノの難しい話を聞いていて眠くなってしまってついつい居眠りをしてしまっていたのである。難しい話はアマギにとって超強力な子守歌と同じ効用を示すのである。その使用から効用までの速度はジェット機並みのスピードである。
シナノは赤面をして自分の話がつまらなかったのだろうかと聞いた。しかし、テンリとミヤマはそんなことはないと言ってシナノを宥めた。ただし、ミヤマは要注意人物として心の中でアマギをブラック・リストに付記をした。今度も眠るようなことがあれば、アマギは皆と一緒にアルコイリスに行くのを断念するということを約した。これはアマギが自分から言い出したことである。
テンリは罰が厳し過ぎないかと少し心配をしたが、アマギはこの約束でいいと突っぱねた。シナノの話はこのようにして再開することになった。以下はしばらくシナノによる話の大要である。
地球は微惑星の衝突と合体によって小さいものが大きいものに吸収されて誕生した。誕生したばかりの地球は原始地球と呼ばれるが、その後は約一億年かかって現在の大きさになったと言われている。そんな地球の歴史の中で地質学的な方法によって研究できる時代は大きく次の4つに区分される。
これはあくまでも地球に地殻ができてからの時代である。第一は先カンブリア時代である。昔は太古代と呼ばれたこともある時代である。期間は地球の創生時から約40億年間である。二酸化炭素はこの時代には大量に存在していたが、ほとんどの酸素は含まれていなかった。海水は微惑星が地球に衝突してきて蒸発を繰り返すという慌ただしい状態でもあった。最古の動物が誕生したのはこの時代であるとされている。
第二は古生代である。この時代は元々大陸が一つしかない氷河時代だったが、大陸は分裂してまた一つになって氷河時代になるという事態が起きていた。二回目の氷河時代にできた大陸は北半分をローラシア大陸と言って南半分をゴンドワナ大陸と言った。しかし、一番に注目に値するのは我らが昆虫の最も古い化石がこの時代のシルル紀に発見されたことである。その化石とはトビムシのそれである。トビムシとは体長が約一~三ミリの小さな虫で今も生きている。第三は中生代である。この時代は三畳紀とジュラ紀と白亜紀に分類されて1億8000万年の間である。恐竜やアンモナイトはこの時代に繁栄をした。ようは爬虫類の全盛期である。ただし、恐竜はこの中生代に新たに誕生したが、アンモナイトは先の古生代に誕生したものである。植物ではこの中生代においてシダ類やソテツ類が栄えることになった。第4は現代までに繋がる新生代である。人類やマンモスはこの時代に誕生したとされている。新生代は哺乳類の全盛期なのである。
アマギはしっかりと聞き耳を立てて以上のシナノの話を聞いていた。アマギはきちんと歩いていたことがその証拠である。居眠りしながら歩行するという芸当はさすがのアマギにも不可能である。シナノの話の情報源は人間界からのものなので、テンリとミヤマは人間の偉大さにとても感心をした。
「アウト・ラインだけだったけど、何となくはわかったかしら?」シナノは聞いた。
「うん。よくわかったよ。ナノちゃんは教え方が上手だね?噂によれば、節足帝国ではタイム・トラベルができるんだよ。ぼくは時間旅行をしたらプテラノドンに会いたいな。ぼくは背中に乗せてもらいたいの。プテラノドンさんは乗せてくれるかなあ?」テンリは聞いた。ミヤマはそれに答えた。
「テンちゃんならきっと乗せてもらえるよ。テンちゃんの案はよさそうだな。テンちゃんは中々マニアックな名前をよく知っているな。おれも確かに絶滅した生物と会ってみたいな。おれはテンちゃん以上にマニアックなアノマロカリスに会ってみるなんていうのも乙だと思うな」ミヤマは呟いた。
「それ何だ?新種のフルーツか?」アマギは惚けたことを言っている。シナノは訂正をした。
「いいえ。絶滅した海棲生物よ。古生代のカンブリア紀において最大にして生態系の頂点に立っていた最強の生き物よ。最大2メートルにも及ぶ大きさで頭の先端にはエビの尻尾に似た触手が下向きに曲がって生えていてそれで獲物を捕らえていたと言われているの。クラゲのような口とナマコのような胴体を持ったとても奇妙な生き物よ」シナノは正確な説明をした。ミヤマはそれを聞くと感心をした。
「ナノちゃんはさすがによく知っているな。ナノちゃんはまるで歩く図鑑だ。詳しくは正直に言っておれも知らなかったよ。それじゃあ、タイム・スリップをしたならば、アマは誰と会いたい?」
「おれはマンモスだ。ペットにするんだ。もこもこだから、マンモスはきっとかわいいぞ。まあ、テンちゃんには負けるけどな」アマギは言った。ミヤマはすかさずに必殺技のつっこみをした。
「いや。虫は大きさから言ってペットにされる側だろ!まあ、夢があるっていうのはいいことだな?それじゃあ、ナノちゃん。二つ目のリクエストに入ってもらってもいいかい?」ミヤマは確認をした。
「ええ。もちろん。次は甲虫王国の歴史についてね?昆虫界では内戦は行われても国家間で戦争が行われたことはないの。だから、これは内乱の話よ。甲虫王国では今から約500年前に唯一と言ってもいい暴動が起きた。その事件が起きる以前の王国はとても平和だった。この国は何のしがらみもなくて誰もが自由に暮らせていて犯罪もほとんど行われていなかった。当時の国王様も極めて温厚篤実な性格でいつまでもその平穏は続くかと思われていた。だけど、それは盈満の咎というもの。そんな平和な国情は一気に暗転して前代未聞の惨事へと繋がって行くことになった。その台風の目玉になるのはボストークという名のオスのヤヌスゾウカブトだった。ボストークは圧倒的なカリスマ性と戦闘力を持ち合わせていて皆の憧れの的だったんだけど、国王軍のスカウトには悉く首を横に振っていた。ボストークは体格も立派だったけど、木の縄張り争いによって父親を早くから亡くしていて暴力は大の苦手だったらしいの。そんなボストークは国家に対して木々の奪い合いを防止するために原則として一家族一本の木の私物化と特例として大家族は二本の木の私物化をするように訴えた。それは筋の通った意見だった上に国民からの支持率も高いボストークの言い分は結果的に半分だけ実現することになる」シナノは一息をついた。テンリは合いの手を入れた。
「半分だけ?ボツにされなかったのはいいけど、ボストークさんはちょっと残念だね?」
「ええ。私物化を公的にしただけでそれを違反した場合の罰則は特に設けられなかったから、違反者は後を絶たなかった。当時の国王は元々『森は皆の私有物だ』という立場を取っていた。国王は一時はそれでも家臣の意見も取り入れてボストークの意見を聞き入れるという柔軟な対応を見せた。だけど、その新しい政策は思うような成果は上げられずに一年足らずで破棄されてしまった。それは早計だという意見もあったのだけど、この国も王国である以上は国王の一言が鶴の一声だった」シナノは言った。
「ああ。微妙な問題を最終的に判断するのは国王の役目だな。だけど、ボストークはそれを聞いてどう思ったんだろうな?」ミヤマは考え込むようにして言った。シナノは話を続けた。
「ボストークはとんでもない手段を取ることにした。それは革命だった。ボストークは元々人気者だった上に国民からの指示も大きかったから、ボストークに付いてくる虫はすぐに集まった。ボストークは暴力が嫌いだったはずだったけど、この暴力を最後にすれば、諍いはもう起こらないと信じて決戦に挑んだ。この時のボストークは嘘か誠か発狂をしていたという虫さんもいるの。当時の国王軍はボストーク率いる革命軍に惨敗をした。ボストークの強さも無論それを実現させた一つの理由だけど、当時の国王軍はあまりにも平和すぎて戦闘の訓練に手を抜いていたの。国王軍には有名な英雄も現れなかった。ボストークは王位を手中に収めることになって『悪政の一週間』と呼ばれるものが始まった」シナノは言葉を切った。
「あれ?木を私物化するのが目的だったんじゃないの?それなのに悪政なの?」テンリは聞いた。
「ええ。目的は確かに変わらなかったけど、ボストークは前者の轍を踏まないような政策を考え出してそれを実際に施行したの。それは木の周りにサークルを作ってもしもその引かれた線の内側に他の家族の者を入ると入れた者は刑罰として貿易の運搬労働が課せられるというもの。家族ではない他の虫が入って来たのにも関わらず、それを黙っていた者も然りだった。この政策はここが一番に重要な所なんだけど、運搬労働というのは単なる建前にすぎなくてその実態は無益な岩運びだったり、他国に派遣されて扱き使われたりするだけだった。ボストークはそれを国民の皆に知らせることによって一罰百戒を試みた。オスもメスも小学生もお年寄りも関係はなく皆が同一の刑罰を受けるのよ。武力行使もそうだけど、目的は手段を正当化しないという悪い例ね?」シナノは何気なく話の合間に感想を挟んだ。
「そうだな。それじゃあ、本末転倒だよな」ミヤマは考え深げに言った。
「おれは自分の意見を突っぱねたいだけなら権力があっても力でねじ伏せるなんて野蛮な真似は絶対にしないぞ」アマギは久しぶりに口を挟んだ。アマギにも少しは理解できたのである。
「国民はこうしてボストークの機嫌を損ねないようにするためにいつもびくびくして暮らさないといけなくなってしまった。国王軍の主力は国外追放になっていたけど、新たな英雄はここに来て現われた。彼の名はオーカーと言う天性の戦闘センスを持ったアクティオンゾウカブトだった。オーカーはそれまで全くの無名だった。だけど、オーカーは徐々に名を上げて行った。オーカーは国民が痛めつけられている色々な所で反乱を起こして行ったの。オーカーは全ての『セブン・ハート』をマスターしていた。その強さは甲虫王国の歴史上でも5本の指に入るぐらいだったそうなの。アマくんのお兄ちゃんのランギさんと今の革命軍のボスであるオウギャクもその中に入ると言われているけどね。それなのにも関わらず、オーカーがそれまで無名だったのは戦いを好まなかったから。そういう点ではボストークと意見が一致しているの。オーカーとボストークは顔を突き合わせることになった。ボストークはオーカーの強さと言い分を見込んで自らの過激な政策を緩和させた。ボストーク国王はオーカーを最も信頼する部下として招待をしたの。だけど、それは表向きだけだった。ボストークはオーカーを油断させて闇討ちを食らわせた。ボストークは30匹の部下を引き連れてオーカーの殺害を企んだ。だけど、それは失敗した。オーカーはたった一人でその全ての国王軍を蹴散らしてしまったの。このニュースは翌日になると王国中に知れ渡った。我慢ならんという国民達はついに武装蜂起をした。ボストークの国王軍はその結果として壊滅状態に陥った。ボストークは命辛々逃げてしまった。国民はオーカーに国王となってもらいたがったけど、オーカーにはそんなつもりはなかった。オーカーは前国王とその部下達を国内に呼び戻して以前のようにしてまた実権を託した。全てはオーカーのおかげで元の通りになった」シナノはようやく長いエピソードに区切りを付けた。
ボストークによる反逆の戦いとオーカーによる復古の戦いという一連の事件は続け様に既成の体制が破壊されることになったので、世間ではこれらは『デストロイの戦い』と呼ばれるようになった。
「平和な世の中になったんだね?それはよかったね?」テンリは口を挟んだ。
「ええ。ボストークの行った政策は全て撤去されて戻ってきた国王様も国民にはやさしかった。ただ一つの心残りはボストークが逃亡中であることだった。だけど、この問題はすぐに解決した。オーカーはボストークを見つけて来て国王様の前に突き出したの。国王様はボストークの処分に頭を悩ましたけど、結局の所は島流しで国城から最も離れた『過疎の地』にボストークを幽閉することになった。ボストークは次第に反省の色を見せ始めると派遣された国王軍の監督と『魔法の粉』入りの樹液を食べさせられることを条件にしてある程度の自由は許されるようになったの」シナノは平坦な口調で言った。『魔法の粉』とは気持ちを静めて憎悪心や激情による悪意や戦意といったものを喪失させる代物である。魔法と言うからには無論りんし共和国からの貴重な輸入品である。ただし、これは人格破壊になると言って使用しない方がいいと主張する虫もいる。実際はボストーク以外にも使われているが『魔法の粉』の取り扱いについては賛否両論がある。
「その後のオーカーはどうなったんだ?」アマギは聞いた。シナノは答えた。
「どうもならなかったのよ。国王様からは勲章が贈られたけど、それからのオーカーの消息はぷっつりと途絶えているの。それは事件後に死んでしまったのではなくてあれだけの実力と人気を誇りながらもオーカーはひっそりと暮らすことを好んでいたようなの。普通は才能があれば、虫はそれを生かそうとするはずだけど、オーカーはそうしなかった。オーカーは折角の才能を埋もれさせてしまったの。そういう意味ではオーカーは変人だとも言われている。だけど『オーカーはそこがいいんだ』と言われて今でも密かに圧倒的な人気を誇っているの」シナノは真剣な口調で言った。甲虫王国の歴史上の中でも一番の人気を誇っているのはオーカーなのである。オーカーは甲虫王国の英雄なのである。
「すげー!オーカーって格好いいな!まさしく国を救うために生まれてきた申し子みたいだな!おれもオーカーが好きになったよ!テンちゃんよりは下だけどな」アマギは興奮している。
「アマくんのランギお兄ちゃんもひょっとしたら同じような英雄になれるかもしれないよ。ランギお兄ちゃんは絶対に自分が強いっていうことを自慢しないものね?」テンリは言った。
「そうなのかい?おれには今一イメージが沸かないな。いつかはおれも会ってみたい気もするけどな。アマの師匠っていうことはとんでもなく強いんだろうな?」ミヤマは楽しげにしている。
「アマくんのお兄ちゃんならきっと素敵な虫さんね?アマくんがそうなんだもの」シナノは言った。
「いやー!そう言われると照れるな。褒めてくれてありがとう。ラン兄ちゃんは確かに格好いいけど、ものすごく無口だから、おもしろい虫ではないぞ。それじゃあ、最後は樹液の出る木について教えてくれ。ナノちゃん。まあ、少しは休んでからでもいいけどな」アマギはちょっとした気遣いを見せた。シナノは一息をついてからゆっくりと様々な木を紹介した。アマギの無知蒙昧さは筋金入りなので、アマギは一々シナノの話に感心をした。ただし、テンリとミヤマもシナノの知識の豊富さには頭が上がらない思いである。
テンリ達の4匹はこんな調子で平和に旅を続けて行った。生き物はボストークが平和な国で革命を起こしたようにしていつも色々な危険にさらされて生きている。生き物はそれでも心が折れないでいられるのはその恐怖を忘れていられるからである。それはテンリ達も例外ではない。魔の手はいつ襲いかかってくるものかは予測がつかない。テンリ達にとっての悪夢は今日の夕方になると突然に訪れる。それは天壌無窮の平和を願うテンリ達にとってあまりにも残酷な仕打ちとなって後の彼等の運命を大きく変えることになる。