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41話 0と1の始まり

 ——メールに添付されたデータを解凍すると、画面いっぱいに大量の文字列が現れた。


 0と1の羅列。


 まるで無限に続く数字の海。

 どこまでも広がる、膨大なデータ。


「……ッ!!」


 気が遠くなりそうだった。


 だけど、すぐに理解した。


 これは——記憶配列。


 コーミルの、記憶の断片。


「……嘘だろ……。」


 手が震えた。

 もしこれが、本当に彼女の記憶データなら——


 俺は、一秒も迷わずスマホを掴んだ。


「……出ろ、出ろ、出ろ……!」


 呼び出し音が響く。


 まず、篠原。


「なんだよ、急に。」


「解析を頼む……いや、頼めるか……? 記憶データだ……コーミルの……。」


 篠原の息を呑む音が聞こえた。


「……マジかよ。」


 次に、マテリー。


 電話が繋がるや否や、俺はすぐに言った。


「おい、コーミルが……。」


「待って、どういうこと?」


「記憶データが送られてきた。何かが……まだ、残ってる。」


 一瞬の沈黙。


「……すぐにデータを送れ。」


 マテリーの声は、感情を抑えながらも、わずかに震えていた。


 俺は、画面に広がる無限の0と1を見つめながら、深く息を吸った。


 コーミルは、本当に消えたのか?


 それとも——


 まだ、どこかにいるのか。


 ——すぐに、二人はやってきた。


 半年ぶりの再会。


 だが、その顔にはまるで休息の気配がなかった。


「……お前ら、相変わらずだな。」


 玄関先に立つ篠原とマテリー。

 どちらも疲労の色が濃い。


「お前こそ、久しぶりに会ったってのに、そのツラはなんだ。」


 篠原が苦笑しながら肩をすくめる。


「どうせ俺らを呼びつけたんだから、よほどのことなんだろ?」


「……まぁな。」


 俺は室内へと招き入れる。


 すぐに目に入ったのは、機材の山。


 篠原はバックパックから、ノートPCと解析用の専用端末を取り出した。

 マテリーは細長いケースを開け、中から複雑な配線のついたモジュールを取り出す。


「……お前ら、半年経ったのに、まるで満身創痍じゃねぇか。」


「そりゃ、こっちは世界が変わっちまった後始末に追われてるんだ。」


 篠原がタブレットを操作しながら、疲れた顔をする。


「アンドロイドはもう前のルールには従わねぇ。政府も企業も後手後手で、どこも混乱してる。」


「……それに加えて、私の職場は完全に解体されたわ。」


 マテリーはため息交じりに言う。


「政府の監視下にあった私の部署は、パラスドールが責任を取る形で完全に閉鎖された。私は、もうただのエンジニアよ。」


「……マジかよ。」


「でも、それで良かったのかもね。」


 マテリーは無表情のまま、手際よくケーブルを繋いでいく。


「……で、記憶データってのはどこだ?」


 俺は、PCを指差す。


「あそこに、0と1の羅列がある。」


「……見せてみろ。」


 篠原とマテリーが、画面を覗き込む。


 膨大な数の0と1。

 無限に広がる記憶配列。


「……確かに、これは……。」


 篠原の指がキーボードを叩く。


「まるで、“再構築”されるのを待っているみたいだ。」


 マテリーも眉を寄せ、データを分析する。


「この並び……完全な消去ではなく、一度断片化されて……いや、意図的にバラバラにされた形跡がある。」


「……意図的に?」


「ええ。通常の記憶データの消失とは違う。これは……まるで、誰かが“再起動できるように”残したみたいに見えるわ。」


 俺は、画面を見つめながら、息を呑んだ。


「……コーミル……お前、まさか……。」


 胸の奥で、何かが揺れる。


 半年前、俺の目の前で落ちていったはずのアンドロイド。


 でも、もしかして——


 まだ、戻れるのか?



 マテリーは、無言でキーボードを叩き続けていた。


 記憶データの解析と集約ツールの作成。


 0と1の羅列を照合し、バラバラになったデータを一つの形に組み上げていく。


 膨大な記憶配列の断片。

 意図的に散りばめられた情報のピース。


「……完全な復元は無理かもしれない。」


 小さく呟くが、手を止めることはない。


「だが、できる限りのことはやる。」


 篠原は、別の作業に取り掛かっていた。


 コーミルが喋れるように、音声出力装置の準備。


「これがないと、せっかく記憶を戻しても、彼女はただのデータの塊でしかない。」


 篠原は端末を開き、音声合成プログラムを調整する。


「……前みたいな声、ちゃんと出せるのか?」


 俺が聞くと、彼は肩をすくめた。


「わかんねぇ。でも、最初の一言くらいは、あのままの声で聞かせてやりたいよな。」


 俺は、じっと画面を見つめた。


 コーミルのデータはそこにある。

 でも、それだけじゃダメだ。


 俺は、彼女をただのデータとして見るつもりはない。


 だから、俺にできることをやる。


 ——起動するためのメインシステムの構築。


 メモリの割り当て、データ処理の優先順位、演算シーケンスの最適化。

 すべてを、コーミルのために設計する。


 彼女が、“戻る”ために。


「……さて。」


 俺は指を組み、静かに息を吐いた。


「これで、準備は整ったか?」


 マテリーが解析ツールをセットする。

 篠原が音声システムをリンクする。

 俺は、メインシステムの最終チェックを終える。


 あとは——


「……起動させるだけ、だな。」


 部屋の空気が、張り詰める。


 誰も、言葉を発しなかった。


 モニターの中央には、一つの起動コマンドが待っている。


 指が、キーボードの上に乗る。


「……コーミル。」


 俺は、最後に彼女の名前を呼んで、


 エンターキーを押した。


 ——読み込み開始。


 画面上で、無数の0と1が流れ始める。

 処理が進むにつれ、データの断片が一つの形を成していく。


 メモリの展開、音声出力の調整、システム統合——


 三人は息を詰め、モニターを見つめていた。


「……。」


 静寂。


 処理バーがゆっくりと100%へと近づく。


 そして——


「——ただいま帰りました。」


 澄んだ声が、部屋に響いた。


 俺は、思わず息を呑んだ。


 ——聞き間違いじゃない。

 確かに、コーミルの声だった。


 モニターの中で、彼女がゆっくりと顔を上げる。


 そして、俺たちを見渡して——微笑んだ。


 今まで見たことのない、柔らかい笑顔。


「……ッ!!」


 心臓が跳ねる。


 マテリーも篠原も、何も言えずに画面を見つめていた。


 コーミルは、確かにそこにいた。


 帰ってきた。


 俺は、視界が滲むのを感じた。


 涙が、知らぬ間にこぼれていた。


「……ごめんな……ショボいのでしか作れなくて……」


 声が震える。


「でも……」


 でも、こうしてお前は帰ってきた。


 俺が絞り出すように言うと、マテリーがすぐに身を乗り出した。


「記憶は!? 違和感はない!? どこかおかしくない?」


 篠原も続ける。


「お前の体、今度はちゃんと用意するからな。」


「データの最適化もまだ途中だし、処理速度も——」


 いくつもの言葉が、画面の中のコーミルへと降り注ぐ。


 しかし——


 コーミルは、少しむすっとした表情を浮かべると、


「……せっかく帰ってきたのに、迎えの言葉がないなんて嫌です。」


 そう言って、頬を膨らませた。


 一瞬、三人とも言葉を失う。


 次の瞬間——


「……ははっ……」


 俺は、涙を拭いながら、笑った。


 マテリーも篠原も、思わず苦笑する。


 コーミルは、確かにここにいる。


 それが、何よりも確かな証拠だった。


 俺たちは顔を見合わせる。


 そして、同時に——


「おかえり。」


 コーミルは、ふわりと微笑んで——


「ただいま。」


 ……俺たちは、本当のアンドロイドの笑顔を見た気がしたんだ。

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