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27話 保全責任者

 保全責任者になってから、俺の権限はぐっと増えた。


 まず、その一端として作業員たちに「効率的な修理方法」について講義をすることになった。


 休憩室の片隅に集まった男たちは、皆、油と埃にまみれた分厚い作業着を着ている。


「いいか、お前ら、アクチュエーターが壊れたからって、すぐに新品と交換しようなんて考えるな。」


 俺は手元の古いアンドロイドの腕を持ち上げ、関節部分を指差す。


「この関節ユニットの構造を見ろ。問題は可動部分の劣化じゃなくて、内部のセンサーが誤検知してるだけだ。」


 分解して見せると、中の細い配線が断線しかけていた。


「つまり、こいつのセンサーを補正するだけで、十分使えるようになるってことだ。」


 作業員たちは、興味深そうに頷く。


「新品に交換すりゃ確かに楽だが、そもそもこの現場じゃそんな余裕ねぇ。だったら、使えるもんは全部使い切る。それが技術屋ってもんだ。」


「なるほどな……。」


「確かに、交換する前に試してみた方がいいですね。」


 周囲の作業員たちも、次々と頷きながら話し合いを始める。


 その後、俺は新しいマニュアルを作成することにした。


 修理不可能なアンドロイドを無理に動かしても意味がない。


 なら、壊れたアンドロイド同士で、まだ使える部品を組み合わせて動かせる機体を作る方がずっと効率的だ。


「動く可能性がある限り、どんなパーツでも無駄にしない。」


 休憩室に響く俺の声に、作業員たちは真剣な表情で耳を傾けていた。


「ですが……メーカーのマニュアルによると、アクチュエーターが一定の使用回数を超えた場合、交換が推奨されています。」


 そう言ってきたのは、真面目な顔をした若い作業員だった。


 俺は鼻で笑いながら、修理中のアンドロイドの関節部分を軽く叩いた。


「お前さ、マニュアル通りの修理しかできねぇなら、ただの作業員で終わるぞ。」


 若い作業員は、口を開きかけたが、俺は続ける。


「そもそも、メーカーのマニュアルは“理想的な環境”での運用を前提にしてる。だが、現場はどうだ?」


 周囲を見回すと、傷だらけでボロボロのアンドロイドたちが並んでいる。


「こんな環境でいちいちマニュアル通りにやってたら、予算も時間も足りねぇ。そもそも、マニュアル通りに直せるなら、技術者なんていらねぇんだよ。」


 若い作業員は黙った。


「大事なのは、使えるものをどう活かすかだ。動くなら使え。使えないなら再利用する。それだけだ。」


 周囲の作業員たちが、次々と頷く。


「まぁ、お前も、何かあったらマニュアルじゃなくて自分の頭で考えてみろ。」


 そう言って、俺はアンドロイドの関節を締め直し、動作確認を始めた。


 動き出したアンドロイドを見て、若い作業員は悔しそうにしながらも、納得したように頷いていた。


 作業効率を上げるために、新機材の導入が進んだ。


 今まで電子測定器具ですら放射線の影響でダメになっていたが、今度の機材ならその心配もない。


「ようやく、まともな環境になったな……」


 作業台に腰を下ろしながら、俺は新しい測定器を手に取る。


 これまで使っていたものとは比べ物にならないほど精度が高く、耐久性も格段に向上している。


「これなら、いちいち計測値を疑わなくて済む。」


 周囲では、作業員たちが新しい機材を試しながら、効率的な修理方法を模索していた。


 誰もが以前とは違う余裕を持って作業に取り組んでいる。


「保全責任者ってのも、案外悪くねぇな。」


 ぼそっと呟くと、そばにいたコーミルが静かに顔を上げた。


「順調そうですね。」


「ああ、今のところはな。」


 工具を片付けながら、俺はふっと笑った。


「こういうのが続けばいいんだがな……」


 そう呟いた時だった――遠くで地鳴りのような低い振動が響いた。


 作業場にいた大場は、無意識に工具を握りしめる。


「……なんだ?」


 周囲の作業員たちも顔を上げる。


 次の瞬間、耳をつんざくようなサイレンが鳴り響いた。


 緊急警報——原子炉建屋に異常発生。


 赤い警告灯が回転し、作業場全体がざわつく。


「おい、何があった!?」


 大場が声を上げると、工事監督の男が防護服を着たまま駆け込んできた。


「原子炉建屋で異常発生! 内部にいた作業員の安否が確認できねぇ!」


 大場の心臓がドクンと跳ねた。


「……何人だ?」


「人間は一名! それと、アンドロイドが10体!」


 周囲の作業員たちが息をのむ。


「確認できてるか? 生きてるのか?」


「まだだ! 建屋内部の放射線量が急上昇していて、まともに通信ができねぇ!」


 大場は奥歯を噛みしめる。


 作業員がひとり、原子炉建屋の中で孤立。


 それだけでも最悪の事態だというのに、そこにいるはずのアンドロイドたちはどうしている?


 救助行動に移ったか? それとも——


 大場は冷静に状況を整理する。


 もしアンドロイドが動いていないとしたら?


 考えたくない可能性が脳裏をよぎる。


 アンドロイドが自己判断をせず、ただ立ち尽くしている可能性——。


 それは十分あり得ることだった。


 命令を待っているだけなら、人間が意識を失っていても動かない。


「……クソッ」


 大場は顔をしかめる。


「どっちにしろ、まずは状況を確認しないと話にならねぇ。」


 本部には、建屋内部を監視するカメラの映像があるはずだ。


 現場に行けないなら、せめてそこから情報を得るしかない。


「コーミル、ついてこい!」


「了解しました。」


 コーミルが即座に後を追う。


 大場は作業場を飛び出し、本部棟へ向かって全力で駆けた。


 頭の中は、既に次の行動を考えている。


 10体のアンドロイドがいる。


 彼らをどう動かすかが、作業員の生死を決める。


 ただし、その前に——まずは状況の把握だ。


 走りながら、胸の奥が妙に冷えていくのを感じた。


 本部棟に駆け込むと、すでに緊迫した空気が支配していた。


 赤色灯が点滅し、警報の電子音が室内に響き渡る。


 監視オペレーターたちは慌ただしく端末を叩き、次々と通信を試みている。


「緊急事態だ、至急内部映像を確認しろ!」


「だめです! 建屋内の通信が不安定で、カメラの映像が途切れがちです!」


「くそっ、アンドロイドの位置は?」


「信号が遮断されています! 送信できません!」


 混乱する本部の中央で、マテリーがモニターに向かい、無言で端末を操作していた。


 その横顔には、焦燥の色が見え隠れしている。


「遠隔操作はどうなりましたか?」


 オペレーターが彼女に問いかける。


「試みている。でも……ダメね。分厚い遮蔽壁のせいで電波が通らない。」


 マテリーはキーボードを叩きながら、険しい顔をする。


「通常の通信じゃ、建屋の内部に指令を送れない。」


 その言葉を聞いて、大場は悪態をつきながらモニターを覗き込んだ。


 画面には断続的なノイズが走り、原子炉建屋の内部映像が不鮮明に映し出され。


 ——中央に人間の作業員が倒れている。


 防護服を着た作業員は、意識を失ったまま動かない。


 そして、その周囲に、10体のアンドロイドが立ち尽くしていた。


 大場の目が鋭くなる。


「……やっぱりな。」


 彼らは、何もしていない。


 命令待ちの状態だ。


 人間が倒れていようと、彼らは自己判断をしない。


 ただプログラム通りに動くだけの機械——。


 大場は奥歯を噛んだ。


「このままじゃ、作業員が死ぬぞ。」


 マテリーが端末を睨みつけながら、指を組む。


「どうにかして、内部に指令を送らないと……。」


 本部内の空気が、ますます張り詰める。


 焦燥が滲む沈黙の中、大場は息を吐き、冷静に言った。


「……なら、電波なんかに頼るな。」


 マテリーが鋭く顔を上げる。


「何か策があるの?」


 大場はモニターに映るアンドロイドたちを見据えながら、指を鳴らした。


「……あいつらを、直接動かすしかねぇ。」


 本部内の喧騒が、張り詰めた静寂へと変わった。


 マテリーが端末から顔を上げ、大場を鋭く睨む。


「直接動かす? どうやって?」


 大場は腕を組みながら、モニターに映る作業アンドロイドを見つめる。


「こいつらは命令待ちの状態だ。外部からのコマンドが遮断されてる以上、自律行動はできない。」


「……だから?」


 マテリーの声には、苛立ちが滲んでいた。


「EXY-Z-00を使うしかないわね。」


 一瞬、本部内が静まり返る。


 オペレーターたちがざわめき、誰もがマテリーを振り返る。


 大場はその言葉に目を細めると、低く唸った。


「……冗談じゃねえ。」


 マテリーは冷静な視線を向ける。


「他に方法がある?」


「アイツをこんなことで使うわけにはいかねぇ。」


 大場は腕を組み、険しい表情でモニターを睨みつけた。


「EXY-Z-00なら、建屋内部のアンドロイドに直接指示を出せる可能性があるわ。」


「どうして、そんなことができるって言い切れる?」


 オペレーターの一人が、疑問を口にした。


「EXY-Z-00の制御システムは他の機体とは違う。通常のアンドロイドが中央サーバーからの指示を待つのに対し、彼女は独立したネットワーク制御を持っている。」


 マテリーは指を組みながら続ける。


「つまり、電波が遮断されていても、近距離なら直接命令を送れる。」


「……おい、待てよ。」


 大場がマテリーを睨んだ。


「お前、アイツにそんな機能を持たせてたのか?」


 マテリーは静かに息を吐くと、端末を操作しながら答えた。


「当然よ。EXY-Z-00は、単なる監視機じゃない。状況に応じた現場判断が可能な最新型アンドロイド。」


「だからって、わざわざアイツを突っ込ませることはねぇだろ。」


 大場は拳を握り、歯を食いしばる。


「アイツを……こんなことで使うな。」


「こんなこと?」


 マテリーが眉をひそめる。


「救助活動が”こんなこと”?」


「……ッ!」


 大場は言葉を詰まらせる。


「EXY-Z-00が最適解なのは明らかよ。時間がないわ。」


 マテリーは静かにEXY-Z-00を見た。


「EXY-Z-00、建屋の入り口まで行きなさい。」


 コーミルはわずかに瞬きをしてから、静かに頷いた。


「了解しました。」


 大場は、思わず舌打ちをする。


「……おい、マテリー。」


「何?」


「お前、絶対にアイツを壊すんじゃねぇぞ。」


 マテリーは、その言葉には答えず、ただ端末を操作し続けた。


 本部の扉が開き、コーミルが静かに歩き出す。


 その後ろ姿を見送る大場の顔は、険しくこわばっていた。


 彼女は、本当に他のアンドロイドとは違うのか。


 それを、試される時が来た。



 防護服に身を包むEXY-Z-00。


 彼女の細い体に合わせて調整された防護服は、白い生地に遮蔽材が織り込まれたものだった。ヘルメットのバイザー越しに見える彼女の表情は、いつも通り無機質で、微塵の迷いも感じさせない。


 時間がない。


 マテリーは端末を操作しながら、冷静な声で指示を出す。


「EXY-Z-00、建屋内部のアンドロイドに優先指示を与える。まず、作業員の正確な位置を確認し、最も安全な経路で搬送させること。二体のアンドロイドを担架代わりに使い、四体を護衛に回し、残りの四体は周囲の安全を確保。崩落の兆候があれば即時退避。」


 EXY-Z-00はマテリーの言葉を一語一句正確に聞き取り、短く頷く。


「了解しました。」


 すぐに、彼女のシステムに指示内容がアップロードされる。


 大場は黙っていた。


 コーミルがこの任務に最適なのは理解している。だが、理屈では割り切れない何かが胸に引っかかる。


 ほんの10分前、コーミルに防護服を着せたのは、他でもない大場自身だった。


 コーミルは、防護服を手に取ったまま動かなかった。


 指先がかすかに震えているのが、大場には分かった。


「……どうした?」


 彼が問いかけると、コーミルは防護服を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「……これを着て、建屋に入るのですね?」


「そうだ。」


 コーミルは、一瞬目を閉じた後、大場をまっすぐに見た。


 その瞳の奥に、わずかな迷いがあることを、大場は見逃さなかった。


「……怖いです。」


 かすれるような声だった。


 大場は息をのむ。


「……今、なんつった?」


「……怖い、です。」


 今度は、はっきりと聞こえた。


 コーミルの指が、防護服の袖をぎゅっと握る。


 大場は数秒間、黙ったまま彼女を見つめた。


「お前……そんなこと言う機械だったか?」


 コーミルは、小さく首を振る。


「EXY-Z-00のシステムには、恐怖の概念は存在しません。」


 それは、いつも通りの冷静な声だった。


 だが、大場には分かる。


 今の彼女は、自分でそれを信じ込もうとしているだけだ。


「なら、なんで怖がってるんだよ。」


 コーミルは答えない。


 ただ、視線を落とし、小さく息を吐いた。


 ——まるで、本当に「怖い」という感情を理解してしまったみたいに。


「……コーミル。」


 大場はゆっくりと、彼女の肩に手を置いた。


「大丈夫だ。」


 優しく、言い聞かせるように。


「お前は、一人じゃない。俺がここで見てるし、何かあればすぐに手を打つ。」


 コーミルは、かすかに瞳を揺らした。


「……私が……もし、戻れなかったら?」


 大場の指が、一瞬だけ強く肩を握る。


「戻れなかったら?」


「……私は、私でなくなってしまうのでしょうか?」


 コーミルはまっすぐに彼を見ていた。


 その目には、確かに”不安”が宿っていた。


「そんなこと……あるわけねぇだろ。」


 大場は静かに笑った。


「お前は、お前だよ。何があったって、変わりやしねぇ。」


 コーミルの唇が、わずかに震える。


 大場は、そっと彼女の頭を撫でた。


「怖くてもいい。それをお前が感じてるなら、それはもう“お前自身”のもんだろ。」


 コーミルは、ゆっくりと瞬きをした。


「……私は……」


「お前は、絶対に戻ってくる。俺が、そうさせる。」


「……カイ……。」


 彼女は小さく、大場の名を呼んだ。


 その声には、ほんの少しの安堵が滲んでいた。


「さぁ、行け。」


 大場は、優しく微笑んだ。


 コーミルは、小さく頷いた。


 そして、防護服のチャックをゆっくりと上げる。


 彼女の指先の震えは、もうほとんど感じられなかった。


 それでも、大場はその背中を見送りながら、心の奥にわずかな痛みを感じていた。


 ——本当は、行かせたくなかった。


 だが、今の彼女には、もう止める理由はなかった。

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