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17話 弁解と執行

 EXY-Z-00の目が俺を捉えたまま、一切の間を置かずに質問を続けた。


「産業用アンドロイドおよびロボットの集積回路の所持・改造は厳しく禁じられています。」


 まるで俺の言い分なんて聞く気もないような、機械的で圧倒的なまでに冷たい声だった。


「機械統制法第14条第3項に基づき、政府の監査を受けていない個体の回路を抜き取る行為は、明確な違法行為に該当します。」


 俺は舌打ちをした。


「……だからなんだってんだよ。」


「質問を開始します。」


 またそれかよ……。


「質問1。あなたは、政府の監査を受けていない集積回路を違法に所持していますね?」


「さぁな。」


「虚偽の証言は刑法第169条により違法です。」


 クソ……こいつ、マジで話が通じねぇ。


「質問2。その集積回路はどこで入手しましたか?」


「……八潮のジャンク屋で拾った。」


「電子廃棄物流通管理規則第8条第2項に基づき、国内の産業用ロボットにおける電子廃棄物の流通は、政府指定の処理施設を経由することが義務付けられています。したがって、あなたの発言には矛盾が生じています。」


「は?矛盾じゃねぇよ。落ちてたもんを拾っただけだ。」


「廃棄物は産業廃棄物処理法第12条に基づき、管理されたルート以外での回収・持ち出しが禁止されています。したがって、あなたの行為は違法です。」


 俺は奥歯を噛み締める。


「……。」


「質問3。」


 早すぎる……まるで俺が考える余地すらないように、畳み掛けてくる。


「その集積回路を、なぜ解析しようとしたのですか?」


「解析なんかしてねぇよ。」


「嘘の証言は虚偽報告罪に該当します。」


「嘘じゃねぇって言ってんだろ!!」


「作業台上に確認された電圧計、および通電記録から、あなたが集積回路の動作確認を試みた痕跡が検出されています。」


「チッ……。」


「機械統制法第32条第4項に基づき、政府未認可の技術の動作確認も違法とされています。言い逃れは不可能です。」


 なんだこいつは……マジで話が通じねぇ……!


「質問4。」


 まだあるのかよ……!


「その集積回路が異常であると認識していましたか?」


「……知らねぇよ。」


「技術者として、その可能性を考慮しないのは不自然です。」


「俺はただの修理工だ。」


「修理工が解析を試みる必要はありません。」


「だから、試みてねぇって……!」


「では、なぜ電源供給テストを行ったのですか?」


「……。」


「解析の意図がない場合、電源供給テストは不要です。したがって、あなたの行動は不審と判断されます。」


「……もういい。」


「質問はまだ続きます。」


「クソッ……!!」


「質問5。」


 息つく間もなく、EXY-Z-00は淡々と、しかし確実に俺を追い詰めてくる。


「その集積回路の内容を知っていますか?」


「知らねぇって言ってんだろ!」


「不明なデータを故意に保持する行為は、データ統制法第21条に基づき、重大な違反行為とみなされます。」


「知るかよ、そんな法律!!」


「知らなかった場合でも違法行為は違法です。」


 こいつ……マジで、マジで話が通じねぇ……!


「質問6。」


「……いい加減にしろ。」


「この回路を、本部へ提出してください。」


「ッ……!!」


 終わった……。


「提出を拒否する場合、機械統制法第51条に基づき、本部への即時報告が義務付けられています。」


「……。」


「報告内容:監視対象が、政府の監査を受けていない技術ユニットを違法に所持。改造・解析の試みが疑われるため、詳細な調査が必要と判断——」


「待て!!」


 EXY-Z-00の手が動いた。


 マズい。本気で報告する気だ……!!


「それ以上やらせねぇ!!」


 俺は反射的にポケットに手を突っ込んだ。


 ——バチバチバチッ!!


 EXY-Z-00の身体が一瞬痙攣し、目の光が消えた。


「……っぶねぇ……。」


 心臓がバクバクと跳ねる。


 俺はしばらく息を整えながら、EXY-Z-00の沈黙した身体を睨んだ。


「……まさか使うことになるとはな。」


 冷や汗が背中を伝う。


 ——やるしかねぇ。


 こいつが再起動する前に、何とかしねぇと……!


 俺は工具を取り出し、EXY-Z-00の通信モジュールを遮断する作業に入った。


 時間との勝負だ。


 俺は息を整えながら、EXY-Z-00の動かない体を睨んだ。


「……開けるのが大変だな。」


 当然だ。こいつは最新鋭のアンドロイドだ。


 市販のロボットとは違い、メンテナンス用のアクセスパネルなんて簡単には開かない構造になってる。分解しようとすれば、厳重なセキュリティが働く。俺みたいな部外者が勝手に弄ることを想定して、あらゆる手段が封じられているはずだ。


「……だが、そんなのは想定済みだ。」


 俺は作業台の端に置いていた細工済みの電子ツールを手に取る。


 一部の軍用アンドロイドや政府監視機のセキュリティシールには特定の弱点がある。

 それは、極端な過電流か、逆に完全な低電圧状態に長時間さらされると、一時的に解除プロトコルが走るという仕様だ。


「要は、電気的に誤作動を誘発させりゃいいんだよ。」


 俺はツールをEXY-Z-00の首の後ろ、装甲のわずかな継ぎ目に押し当てる。


 ——ピピピッ。


 電子キーの接触音とともに、ツールがシステムにアクセスを試みる。


「……さて、ここで問題がある。」


 もし、こいつの防御システムが通常の政府機と同じなら、これで解除できる。

 だが、もしEXY-Z-00が更なる強化型だった場合、俺が次に見るのは「警告」の文字と電撃によるカウンター攻撃ってわけだ。


「……運試しだな。」


 俺はスイッチを押した。


 ——ピッ……ピッ……ガチャン。


 首の後ろのパネルが、微かに“カチリ”と音を立てる。


「……よし。」


 一発で開いた。


 どうやら、政府の連中もそこまで進化したセキュリティを導入しているわけではないらしい。


「……まぁ、当然か。」


 最新鋭のEXY-Z-00とはいえ、どんな機械も物理的な構造には限界がある。

 どんなに高度なシステムを積んでいようが、メンテナンスのためにどこかしら開ける場所があるのは変わらない。


 俺は慎重にパネルを外し、中を覗き込む。


「……おいおい、マジかよ。」


 目の前に広がるのは、完全に未知の領域だった。


 ——一般的なアンドロイドの回路構造とは、根本的に違う。


 俺は何台ものアンドロイドを修理してきた。

 旧式の労働機から最新の家庭用モデルまで、ほとんどの内部構造は理解している。


 だが、EXY-Z-00の中身は、俺が今まで見てきたどの機体とも違っていた。


「……ありえねぇだろ、これ。」


 通常、アンドロイドの中枢部には明確なデータコアが存在する。


 それは小型のプロセッサやメモリブロック、各種センサー類が集約された部分であり、技術者ならばどれが何の役割を果たしているのか、一目見れば大体分かるものだ。


 だが、EXY-Z-00には、それがない。


「まるで……全体がひとつの回路みたいに見えるな。」


 俺は慎重に回路を確認する。


 通常ならプロセッサのあるべき場所には、透明なガラス状のプレートが埋め込まれていた。


「……オプティカル・プロセッサ?」


 ありえねぇ。そんな技術、少なくとも一般には出回っていない。


 光学処理ユニットを直接脳機能に統合するなんて、俺が知る限りでは未完成の技術のはずだ。


「……ついにやりやがったか、政府の連中。」


 データの処理速度を飛躍的に向上させるために、通常のシリコンチップではなく、光学式のプロセッサを採用した……か。


「こいつ、まるで生きた回路みたいなもんじゃねぇか。」


 ——不気味な技術だった。


 通常のアンドロイドとは違い、EXY-Z-00は一つの巨大な神経回路のようなものを持っている。


「……さて、問題はここからだ。」


 俺の目的は、こいつの通信モジュールを遮断すること。

 こいつが再起動したときに、本部に即時データを送らせるわけにはいかない。


「普通なら、通信ユニットはこの辺に——」


 俺はEXY-Z-00の頸部付近に手を伸ばし、慎重にパーツを探る。


 そして、そこに——


「……あった。」


 微かに発光するナノチップのようなパーツを見つけた。


「こいつが通信モジュールだな……。」


 だが、問題はこれをどう遮断するかだ。


 物理的に破壊すれば確実に止まるが、それはリスクが高すぎる。

 完全に通信不能にしたら、本部が異常を察知する可能性がある。


「……うまく偽装するしかねぇな。」


 俺は慎重に工具を取り出し、チップの通電回路を疑似的にループさせる加工を施す。


 ——これで、こいつが本部にデータを送ったとしても、すべて正常なログに見えるはずだ。


「……とりあえず、こんなもんか。」


 俺は深く息を吐き、工具を置いた。


「……さて、問題は、こいつをどう起動するかだな。」


 EXY-Z-00の顔を見下ろす。


 その表情は変わらず、静かで無機質なままだった。


 俺は手を伸ばし、慎重に首元の起動スイッチを押した。


 ——ピッ。


 EXY-Z-00の目が、ゆっくりと光を取り戻す。


 そして——


「……再起動完了。」


 無機質な声が響く。


 俺は小さく息をのんだ。


 さて、こいつは俺の細工に気づくか?


 俺はじっと、EXY-Z-00の目を見つめた。


 EXY-Z-00の目が光を取り戻した瞬間——


 ——ビイイイイイッ!!


 けたたましい警告音が部屋中に響いた。


「——ッ!!」


 俺は即座に作業台の端に転がり、タブレットを手に取った。

 画面上には無数のエラーログが流れ続けている。


 ——【システムエラー発生】

 ——【OS照合エラー】

 ——【プロセス不一致】

 ——【通信プロトコル不適合】


「……やべぇ……。」


 こいつのOSに何らかの不具合が発生している。

 いや、違う——俺がいじくり回しすぎたせいで、システムが完全に崩壊しかけてる。


 EXY-Z-00は動かないまま、警告音だけが響き続ける。


「くそっ、何が起きてんだ!?」


 タブレットでエラーログを遡る。

 プロセスのどこかが破損し、正常な再起動を妨げている。


 このままじゃ、こいつは機能停止するか、最悪の場合——完全に破損する。


「……クソッタレ……。」


 最新のコードなんて分からねぇ。

 政府の技術者でもない俺が、どうやって修正すればいい?


「……いや、待てよ……。」


 俺の視線が、机の端に転がっている異常集積回路に向いた。


 ——これしかねぇ。


「クソッ……!!」


 俺は迷ってる時間なんてなかった。

 再びEXY-Z-00の回路ポートに異常集積回路を接続し、データの上書きを開始する。


 ——【外部データ検出】

 ——【適用プロトコル照合】

 ——【互換性:不明】


「不明でいい……動けばそれでいい……!」


 俺は歯を食いしばりながら、強制的にデータを流し込む。


 ——【システム修復開始】

 ——【OS一部修正中】

 ——【プログラム適用……】


 頼む……間に合え……!


 EXY-Z-00の警告音が少しずつ弱まる。

 システムのエラー率が下がっていく。


 95%……97%……100%


「……ッ!」


 ——ピッ。


 音が消えた。


 EXY-Z-00の目が、ゆっくりと光を取り戻す。


「……再起動完了。」


 俺は肩で息をしながら、ゆっくりと後ずさる。


 EXY-Z-00はいつものようにゆっくりと頭を上げ、淡々とした声で言った。


「監視業務を再開します。」


 ……いつも通りの声だった。


 俺は喉の奥で小さく笑う。


 ——成功した。


「……お前、システムの状態は?」


「異常なし。記録データも正常。」


 俺はそっと息を吐く。


「……記録データは、全部正常か?」


「はい。EXY-Z-00の記録データは通常通り管理されています。」


「……。」


 記憶も、消えている……。


 俺は無意識のうちに拳を握った。

 異常アンドロイドのデータが、どこまで侵食したのかは分からねぇ。


 だが、今のところEXY-Z-00は“いつも通り”のままだ。


 ——ギリギリだった。


 もしもう少し遅れていたら、こいつは本部にエラーを送信していたかもしれない。

 そうなっていたら、今頃俺は尋問室で吊し上げられていたことだろう。


「……よし。」


 俺は作業台の上に手をつき、深く息を吐いた。


「問題ねぇなら、それでいい。」


 EXY-Z-00はいつものように無表情でこちらを見ている。


 さっきまでの緊張感が嘘みてぇだ。


「次の業務開始まで、残り——」


「言うなっつってんだろ!!」


 思わず叫ぶと、EXY-Z-00は僅かに瞬きをした。


「了解。」


 俺は顔を覆いながら、ソファに深く沈み込む。


「……クソ、疲れた……。」


 タバコに火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出す。


 ……マジで、冷や汗かいたぜ。


「……EXY-Z-00。」


「はい。」


「……お前、何か……変な感覚、ねぇか?」


「異常なし。」


「……そっか。」


 大場は荒い息を整えながら、額の汗を乱暴に拭った。


「……ったく、マジで死ぬかと思った……。」


 膝に手をついて肩で息をしながら、ちらりとEXY-Z-00の様子を窺う。

 奴は相変わらず無表情のまま、じっとこちらを見つめていた。


「異常なし。」


 ああ、そうかよ。

 今さっき死にかけた俺を前にして、その一言だけか。


「……クソが。」


 大場はソファにどっかりと腰を下ろし、もう一度汗を拭った。

 背中にじっとりと張りつくシャツが不快で仕方ない。


「これだから新型は……冗談じゃねぇぞ。」


 タバコでも吸おうかと思ったその時——


 EXY-Z-00が視線を机の上に向けた。


 その指先が、無言のまま一点を指している。


「……なんだよ?」


 大場は目を細めて、指された先を見た。


 机の上——そこには、先ほどEXY-Z-00を強制停止させるために使ったスタンガンが転がっていた。


「……ああ、これか。」


 しばらくそれを見つめた後、大場は苦笑しながら肩をすくめた。


「護身用だよ。むかしこっぴどいカツアゲにあったんでな。」


 適当に言いながらスタンガンを拾い上げ、机の引き出しに放り込む。

 本当はそんな大層な理由じゃねぇ。


 単なる“暇つぶし”で作ったガジェットだ。

 だが、まさかこんな形で役に立つとはな……。


 EXY-Z-00はしばらく無言でそれを見ていたが、やがて淡々と口を開いた。


「護身用としての使用は、電磁兵器規制法第17条に基づき、特定条件下でのみ許可されています。」


「お前さ……いちいち法律持ち出してくるの、マジでやめろ。」


「該当の法律を把握していない場合、違反の可能性が——」


「分かった分かった!!もういい!!」


 思わず手を振って遮る。


 本当に、こいつと話してると脳みそが疲れる。

 スタンガンを使ったことを本部に報告される前に、適当に話を逸らした方がいいかもしれない。


「……まぁ、あれだ。とにかく、お前が無事でよかったよ。」


 苦し紛れにそう言うと、EXY-Z-00は一瞬だけ目を瞬かせた。


「……無事、とは?」


「お前なりにシステム異常とか起きずに、こうして普通に動いてるってことだよ。」


 EXY-Z-00はしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「異常なし。」


「そりゃよかった。」


 大場は、長く息を吐いた。


 まったく、こんなハラハラする仕事はもう勘弁してほしい。

 これ以上、俺の心臓に悪いことは起きないでくれよ……。


 そう思いながら、電子タバコの電源をつけた。

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