14話 修理地獄
俺は休憩所には向かわず、背中の汗を雑に拭いながらトラックへと向かった。
「……ったく、部品交換じゃラチがあかねぇ。」
修理とは何か。
部品を取り替えて動かせば、それでいいのか?
違う。
部品そのものがダメなら、直せばいい。
政府の指定パーツがクソみたいな品質なら、俺が手を入れればいい。
修理工ってのは、そういうもんだろ。
俺はトラックの荷台を開け、工具ケースを取り出す。
並べられた精密ドライバー、半田ごて、ポリマー充填剤。
シリコンシール、手製の回路保護カバー——
「……よし、やるか。」
トラックから工具を抱え、俺は再びアンドロイドの死骸が転がる作業エリアへ戻る。
作業員たちは休憩に入ったのか、辺りには誰もいない。
今は俺一人。
それでいい。
他の連中に「もう無理だ」と言われたって、俺にはまだやれることがある。
——部品がへたってるなら、補強すればいい。
——放射線で焼けるなら、保護層を強化すればいい。
「お前らは所詮使い捨ての機械だ……だけど、動けるうちは働いてもらわねぇと困るんだよ。」
目の前のNC-34Aの頭部を開き、基板を慎重に取り出す。
すでにパターンが歪み、チップのいくつかは機能不全を起こしていた。
新品と交換するのが最も早い方法。
だが、それじゃまたすぐに壊れる。
なら——修理するしかない。
俺は工具ケースから極細のワイヤーを取り出し、基板上の切れたパターンを繋ぐ。
「……ふん、これくらいならなんとでもなる。」
放射線対策の保護シートを基板に貼り、電磁シールドスプレーを吹き付ける。
これで少しは延命できる。
次に、関節部の動作不良。
作業中に負荷がかかるせいで、ギアが摩耗しやすい。
俺はポリマー樹脂を使い、関節部の摩耗した部分を補修する。
「……ほれ、これで動けるだろ?」
配線をつなぎ、電源を入れる。
——ピピッ。
「NC-34A、システムオンライン。」
青い光が灯る。
関節が滑らかに動くのを確認し、俺は満足げに頷いた。
「な? まだいけるだろ。」
俺は汗を拭いながら、次のアンドロイドへと向かう。
まだ終わらない。
部品交換だけじゃどうにもならないなら、俺が手を加えればいい。
これが、修理工の矜持だ。
「俺を誰だと思ってる。」
俺は次の機体を分解しながら、ほくそ笑んだ。
すぐに俺の行動は目立ち始めた。
今まで治せないと諦められていたアンドロイドたちが、一台、また一台と復旧していく。
作業員たちは最初こそ胡散臭そうに見ていたが、俺が手を加えた機体が次々と動き出すにつれて、ざわめきが広がった。
「おい、アレ……本当に動いてるぞ……?」
「NC-34A、もう廃棄予定だったはずじゃ……?」
「……マジかよ……。」
作業員の一人が、恐る恐る俺が修理した機体の動作テストを始めた。
——問題なし。
関節の動きはスムーズ、歩行モジュールも正常。
作業員は呆然としながら、それでも半信半疑で次の機体を持ってくる。
「これも……直せるか?」
「やるだけやってみるさ。」
俺は無言で受け取り、手際よく修理を始めた。
カーボン製のアクチュエーターは劣化して軋み、関節のシールは完全に破れていた。
「……ったく、こんなもんで動かそうとしてたのかよ。」
俺は補強材を注入し、関節のベアリングを交換する。
「試せ。」
修理を終えた機体を作業員に渡すと、そいつは恐る恐る起動スイッチを押した。
——ピピッ。
「システム、オンライン。」
青白い光が灯る。
機体はゆっくりと立ち上がり、関節を動かしながら自己診断を始めた。
「……動いた。」
「……おい、スゲェな。」
「あの機体、もう廃棄処分が決まってたんじゃ……?」
周囲がざわめき始める。
作業員の一人が、興味津々に俺の手元を覗き込んできた。
「なぁ、どうやって修理してるんだ?」
「どうもこうもねぇよ。お前らが諦めるのが早すぎんだ。」
俺が軽く鼻で笑った、その時——
「——おい!!」
怒鳴り声が響く。
現場監督が真っ赤な顔でこちらへ向かってきた。
「何やってる! 何勝手なことしてんだ!!」
作業員たちはビクリと肩をすくめ、俺も一応、手を止めた。
「お前、指定の工具と部品以外使ってるだろ!」
「ああ。」
俺はあっさりと認めた。
「マニュアル通りに修理しろって言ったよな!? 指定の部品を使え! 余計なことするな!!」
「マニュアル通り?」
俺は鼻で笑った。
「……おい監督さんよ、そもそも、そのマニュアルで今まで何体修理できたんだ?」
「っ……。」
監督は言葉に詰まる。
「言っとくがな、指定の工具と部品だけで直せるなら、とっくに誰かがやってるんだよ。」
俺は工具を放り投げ、腕を組んだ。
「それがダメだから、俺がやってんだ。」
「ダメでも、規則は規則だ!!」
「はぁ?」
俺は心底呆れた顔をした。
「規則ってのはな、”動かすため”にあるもんだろ? それともお前ら、”壊れたままでも規則通りなら満足”って連中か?」
監督は俺を睨みつけるが、反論できない。
だが、口を開く前に、作業員の一人がぽつりと言った。
「……でも、実際に動いてるんですよね……?」
その言葉に、監督が一瞬ギクリとする。
別の作業員も、恐る恐る続けた。
「その……俺たち、ずっと”無理だ”って思ってた機体、あっさり復旧しちゃってるし……。」
「今まで、指定のやり方で修理してたけど、成功率は……その……。」
作業員たちが、監督の目を避けながら互いに顔を見合わせる。
「……。」
監督はぐっと拳を握るが、ついに何も言わなくなった。
俺は肩をすくめ、軽く笑う。
「まぁ、ルールは大事だが……動かすことの方がもっと大事だろ?」
監督は、歯噛みしながら俺を睨むが、結局、何も言わずに踵を返していった。
作業員たちがほっと息をつく。
俺は小さくため息をつきながら、手を伸ばして次の機体を掴んだ。
「……さ、次の修理に取り掛かるぞ。」
作業員たちは一瞬戸惑ったが、やがて一人が小さく笑って言った。
「……はい、お願いします!」
こうして、俺の”勝手な修理”は続いていく。
最後のアンドロイドを起動させた時だった。
静まり返る作業場の中、妙な違和感があった。
「……おい、なんだ?」
作業員の一人が小声で呟く。
異質な気配が漂っていた。
振り向くと、防護服を着ていない女がこちらに向かって歩いてきていた。
——防護服なし?
ここは旧第3区、放射線管理区域だ。
作業員はもちろん、俺だってフル装備の防護服を着ている。
それなのに、目の前の女はまるでここが安全地帯であるかのように、何の装備もなく歩いてくる。
人間か? それとも……
だが、その疑問が頭をよぎった瞬間、彼女の行動がそれを否定した。
修理したばかりのアンドロイドが彼女の横を通り過ぎる——その瞬間。
「耐久基準未達。想定上、現場環境に耐えきれない。」
女は静かにそう言うと、ためらいなくアンドロイドの頭部を掴み、次の瞬間——
ゴキンッ!
鈍い音が響き、修理したばかりのアンドロイドが粉々に砕け散った。
「……ッ!?」
「な、何やってんだお前!!」
俺は思わず叫んだ。
作業員たちは騒然とし、誰もがその異様な光景を見つめている。
彼女はただ淡々と、壊れたアンドロイドの残骸を見下ろしていた。
「この個体は、作業継続が不可能と判断。排除。」
冷たい声——まるで、それが当然のことのように。
「ふざけんな……!」
俺は思わず駆け寄ろうとしたが、その時、周囲の作業員の反応で理解した。
——こいつを知ってるやつがいる。
監督が、一歩前に出て声を張る。
「……こいつは政府の監査アンドロイドだ。EXY-Z-00……わかったか?俺らは勝手な事はできないんだ。」
「……あぁ?」
監査アンドロイド?
そうか、俺を監視するために送り込まれたってわけか。
「……お前、俺の監視役か?」
女は無表情のまま頷く。
「本日より、監査対象に随行。修理作業の精査を行う。」
言い切ると、静かに俺の方を見た。
「大場修理株式会社 代表 大場カイ 。あなたの業務を、監査する。」
俺は舌打ちをしながら、壊されたアンドロイドの残骸を見つめる。
「……最悪な仕事になりそうだな。」
夏の空が、じりじりと照りつけていた。
そして俺が次のアンドロイドに手を伸ばした瞬間——
「作業の停止を要求。」
EXY-Z-00の冷たい声が響いた。
「は?」
俺がアンドロイドの修理に手をつけようとした瞬間、そいつは俺の腕を掴んできた。
「所定の工具と所定の手順で作業を実施してください。」
「なんだよ、いきなり。」
EXY-Z-00は表情一つ変えず、淡々と続ける。
「契約書第23条2項に基づき、すべての修理作業は指定された手順書に従う義務があります。適切な工具を使用し、適切な部品交換を実施してください。」
「適切な工具と手順で?」
俺は鼻で笑う。
「お前、見りゃわかるだろ。適切な部品がねぇんだよ。」
「不足している場合は、交換部品の申請を行い、補充されるまで待機してください。」
「……お前、頭固すぎねぇか?」
「私は契約を遵守するようプログラムされています。」
EXY-Z-00は一歩も引かない。
「この作業場における修理は、規定通りに行う必要があります。マニュアルに記載されていない方法は認められません。」
「認められない?」
俺は苛立ちを隠さず、EXY-Z-00を睨んだ。
「だったらお前がやってみろよ。」
「それは不可能です。私は監視ユニットであり、修理作業を行う役割ではありません。」
「じゃあ俺がやるしかねぇだろ。」
「いいえ。」
EXY-Z-00は俺の前に立ちふさがる。
「あなたの作業方法は、契約違反に該当します。」
「契約、契約って……!」
俺は思わず拳を握りしめる。
「……お前さぁ、仮にこの修理ができなかったら、どうするつもりだ?」
「その場合、対象アンドロイドは修理不能と判断し、交換対象となります。」
「交換対象って、お前……どれだけのアンドロイドがこの現場で“修理不能”のまま転がってるか知ってんのか?」
EXY-Z-00は一瞬沈黙した。
だが、すぐに規定通りの回答を返してくる。
「交換手続きが完了するまで、作業は一時中断となります。」
「……はぁ。」
俺は深く息をつき、帽子を目深に被り直す。
「要するに、お前の言う『適切な作業』ってのは、使えなくなったアンドロイドをただ処分することだってわけか。」
EXY-Z-00は何の表情も見せず、機械のように答えた。
「適切な部品がない場合、修理作業の継続は不可能です。」
「……なら、こうしよう。」
俺は目の前のアンドロイドに再び手を伸ばす。
「マニュアル通りにやると復旧しねぇなら、俺流でやる。それで直ったら、お前はもう黙ってろ。」
EXY-Z-00は即座に反応した。
「作業の停止を——」
「うるせぇ!!」
俺はEXY-Z-00の肩を強引に押しのける。
「俺は“修理”をしにきたんだ。お前のクソみたいなルールを守るために来たわけじゃねぇ!」
EXY-Z-00の目が淡く光る。
「規約違反行為が続く場合、あなたの作業権限は剥奪されます。」
「へぇ……それで?」
俺はふてぶてしく笑いながら、ポケットからペンライトを取り出し、アンドロイドの内部を照らした。
「だったら俺が直せなかった場合、誰がこの現場のアンドロイドを修理するんだ?」
EXY-Z-00は答えない。
俺は続ける。
「部品を待ってる間、この現場はどうすんだ? 政府の連中が手を動かすのか? お前がやるのか? それとも誰もやらずに、“修理不能”の札つけて全部廃棄すんのか?」
EXY-Z-00はじっと俺を見つめたまま、何も言わなかった。
「……お前、理解はしてるんだろ?」
俺はため息をつき、ふっと肩をすくめた。
「“合理的な判断”ってやつをするんならよ、俺のやり方が一番早くて確実だってことくらい、わかるよな?」
EXY-Z-00の指先が僅かに動く。
だが、その瞳にはまだ警戒の色が浮かんでいた。
「それでも——」
「おい。」
俺はEXY-Z-00の言葉を遮り、静かに言った。
「どれだけルールが大事でもな、“現場”ってのは、そういうもんじゃねぇんだよ。」
EXY-Z-00は何かを言いかけたが、結局言葉を発しなかった。
俺は黙って工具を手に取り、目の前のアンドロイドの修理を再開した。
EXY-Z-00は依然として俺のそばに立ち、じっと見ている。
——こいつが納得しなくても構わない。
俺は、俺のやり方でやる。
それだけだ。
俺は休憩所の建屋に入り、防護服のフードを乱暴に脱ぎ捨てた。
「はぁ……クソ、蒸し暑ぃ。」
視界を覆っていた曇ったバイザーを外しながら、自分の顔にべったりと汗が張り付いているのを感じる。
「よくもまぁ、こんな状態で作業できたもんだな……我ながらあっぱれだよ。」
暑さで火照った顔をタオルで拭きながら、休憩所の椅子に腰を下ろす。
建屋の中は、外よりは多少マシだが、それでも蒸し暑い。エアコンはあるはずなのに、まるで役に立っていない。
「ったく、こんな環境で“適切な作業”なんて言われてもな……。」
そう呟きながら、水を口に含み、一息つく。
——ふと、視線を上げると。
EXY-Z-00が目の前に立っていた。
「……なんでそこにいんだよ。」
水を飲みかけたまま、俺は思わず眉をひそめる。
「あなたは監視対象です。」
EXY-Z-00は一切の感情を見せずに淡々と言い放った。
「監視対象?」
「はい。」
「……それが、なんで休憩所までついてくる理由になるんだよ。」
「環境再生事業において、政府指定の監視ユニットは、現場作業員の行動を記録し、契約遵守を監視する義務を負います。」
EXY-Z-00は寸分の狂いもない口調で続ける。
「契約書第12条第4項に基づき、作業員の行動は常時監視されるものとし、これには作業時間外の行動も含まれます。」
俺は、はぁ? と呆れたように息をついた。
「ちょっと待てよ……休憩中まで見張られるってことか?」
「はい。」
「……なんだよそれ、俺にはプライバシーも何もねぇのか?」
「作業区域内における監視権限は、事前に同意された契約に基づいています。」
EXY-Z-00は俺の言葉をまるで意に介さず、まっすぐな瞳でこちらを見つめている。
「なお、本監視はあなたの安全を確保する目的も含まれます。」
「安全ねぇ……」
俺は皮肉っぽく笑いながら、テーブルに肘をついた。
「それで? 俺が休憩所でコーヒー飲んでる間も、“契約”ってやつの名目で監視してるってわけか?」
「はい。」
「……やれやれ。」
俺は肩をすくめ、疲れたように椅子にもたれかかる。
「お前さ、プライバシーって概念、知らねぇのか?」
「理解はしています。」
「なら少しは遠慮しろよ。」
「しかし、あなたは監視対象です。」
またそれかよ。
「……俺が何かやらかすとでも思ってんのか?」
EXY-Z-00は答えない。ただ、静かに俺を見ている。
まるで、「ルールだから」と言わんばかりの無機質な沈黙。
「はぁ……。」
俺は額を軽く押さえ、目を閉じる。
こいつがどれだけ理屈を並べようが、俺の自由は最初から存在していないってことか。
「……好きにしろ。」
そう吐き捨て、俺は再び水を飲んだ。
EXY-Z-00の監視の視線を感じながらも、俺は無理やり気にしないようにし、深く息をついた。
——明日もまた、クソみてぇな作業が待ってる。
少しでも体力を回復させねぇと。
俺は額を軽く押さえながら、EXY-Z-00をじっと見た。
今まで作業中にこいつの顔をまともに見たことはなかった。いつも防護服のバイザー越しか、遠目からだったし、こっちも作業で手一杯だったからな。
けど、こうして至近距離で向き合うと、改めて妙な違和感を覚える。
——アンドロイド。
EXY-Z-00は、当然ながら人間じゃない。だが、それにしても。
あまりにも“人間らしすぎる”。
シルバーグレーのショートヘア。
人工繊維でできた髪は光を受けてほんのりと艶を帯び、まるで本物の髪のように揺れていた。
無機質なブルーグレーの瞳。
光の反射が抑えられているのか、どこか落ち着いた深みを感じる。
肌は、陶磁器のように滑らかな人工皮膚。
機械的な精度の高さが生む“完璧な整い”が、逆に人間らしさを突き抜けた不気味さを醸し出している。
無駄のないスリムな体躯。
どこまでも計算され尽くした曲線と直線。余計な贅肉もなければ、無駄な部分もない。均整の取れた体型は、ある意味で“理想的”と言えるのかもしれない。
ただ、それがどこか“行き過ぎている”のもまた事実だった。
人間のようでいて、決定的に違う。
違うのに、妙にリアルすぎる。
その違和感が、妙に気に障った。
「……お前、なんでそんな顔してんだ?」
つい、そんな言葉が口をついた。
EXY-Z-00は微動だにせず、淡々と答える。
「この顔は、標準モデルのデザインです。」
「そうかよ……。」
冷たいな、とは思わなかった。そもそもこいつはアンドロイドだ。感情なんてあるわけがない。
けど、ここまで完璧に整った外見が、無機質な口調と相まって、どこか異様なものに見えてくる。
——機械なのに、限りなく人間に近づけられた存在。
本来なら、人間に寄せれば寄せるほど、親しみやすく感じるはずだ。
けど、こいつを見ていると、逆に背筋が寒くなる。
完璧すぎるがゆえの違和感。
限りなく人間に近づいているのに、決して人間にはなれない境界線。
「……まぁ、別にいいけどな。」
俺はタオルで汗を拭き、乱暴に肩を回した。
「で? ずっと突っ立って見張ってんのか?」
「はい。監視対象である以上、あなたの行動を記録します。」
「……はぁ。」
俺は呆れたように頭を掻き、視線をそらした。
「せめて、もう少し普通にしろよ。」
「私は正常です。」
「……だよなぁ。」
俺は深くため息をつき、椅子の背にもたれた。
EXY-Z-00。
最新鋭の監視アンドロイド。
政府直属の機械仕掛けの目。
こいつがどこまで“人間らしい”のか。
それとも、どこまで“機械らしい”のか。
俺にはまだ、その境界が見えなかった。