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13話 絶対領域

 家に帰ると、部屋の空気はひんやりとしていた。

 昼間の喧騒とは違い、静寂が支配する空間。玄関のドアを閉めると、微かな電子音が響き、空気清浄機が作動を再開する。


「……やれやれ。」


 靴を適当に脱ぎ散らかし、ソファに腰を下ろす。疲れがどっと押し寄せてきた。篠原とのやり取り、マテリーとの再会、環境庁の説明会……。どれも面倒なことばかりだ。


 壁に寄りかかりながら天井を見上げる。


 これから始まる仕事のことを考えると、少しだけ気が重い。公的機関の仕事なんて、書類とルールと無駄な手順が山積みで、合理性とは程遠い。だけど、それを承知で引き受けたんだ。


「……まぁ、今さら文句言っても仕方ねぇか。」


 電子タバコを取り出し、一口吸う。薄く立ち上る蒸気が、天井のライトに照らされて揺らめいた。


 デスクの上には、環境庁から送られてきた契約書類の束がある。まだちゃんと目を通してもいない。


「明日から忙しくなるぞ。」


 ぼそっと独り言を呟きながら、俺はデスクの書類を軽く手に取る。



「はぁ……」


 天井を仰ぎ、ため息をついた。


 休みは日曜日だけ。

 隔週で土曜日が休めるって話だが、それでも週6勤務が基本。


 しかも、仕事内容は過酷そのもの。政府が用意した環境再生プロジェクトとかいう名目の除染作業は、実際のところ現場任せ。アンドロイドを運用しながら、放射線の影響でダメになった機材を逐一交換して、データ管理、トラブル対応、作業員のバックアップ——全部やらされる。


「それでいて……委託金は800万ぽっち、かよ。」


 電子タバコをくわえ、軽く吸い込む。


 800万と聞くと、一見それなりの額に思えるが、これは年間契約の話だ。つまり、月に換算すれば約66万。


 そこから設備費や維持費、各種手続きの手間を考えれば、手元に残るのは高が知れてる。何より、除染作業に関わる仕事は、リスクが段違いだ。


「割に合わねぇ……」


 頭を掻きながら、テーブルの上に積まれた資料に目をやる。


「契約条件:年間800万円」


 そう大きく書かれた書類を見て、もう一度ため息が出た。


 そもそも、これが大手企業なら別だ。設備も人員も整ってるし、運用もスムーズに進む。だが、俺のような個人修理工が請け負うには、あまりにも労力と負担が大きすぎる。


「ま、今さら後には引けねぇけどな。」


 そう言いながら、俺は書類の一部をめくり、仕事内容を改めて確認する。


 環境再生プロジェクト 参加要項

 •作業区域:旧第3区(政府指定区域内)

 •業務内容:除染作業補助、機材メンテナンス、アンドロイドの修理・管理

 •稼働時間:月〜土 8:00〜18:00(変動あり)

 •休暇:日曜(隔週で土曜休み)

 •委託費:年間800万円


 ……書いてあることを見れば見るほど、クソみてぇな条件だ。


「お役所仕事なんて、こんなもんか……」


 説明会では、環境庁の担当者が淡々とスライドを進めながら、「政府としても予算の都合がありまして」とか言い訳がましい説明をしていたっけな。


 結局のところ、こっちに金を出す気はない。

 それでいて「国の未来のため」とか「持続可能な環境改善を目指す」なんてご立派なことばかり言いやがる。


「理想だけで仕事が回るなら、苦労しねぇよ。」


 俺はテーブルの上の書類を乱雑にまとめ、電子タバコの蒸気を吐き出した。


 さて、これを本当にやるのか。

 それとも、早々にバックレるか。


「……ま、どうせやるしかねぇんだろうけどな。」


 最後にそう呟き、俺は書類の束を無造作に置いた。


 明日から忙しくなる。

 そう覚悟しながら、俺は眠ることにした。



 早朝、まだ日が昇りきる前の時間帯。


 常磐自動車道を北へ。


 窓を少し開けると、ひんやりとした風が入り込む。夏とはいえ、朝の空気はどこか澄んでいて心地よい。


 エンジンの低い唸りと、タイヤがアスファルトを踏みしめる音だけが静かに響く。


 遠くの空がじわじわと明るくなり始めている。


 ——今日も暑くなるだろう。


 車内の温度計はすでに26度を指している。


「……涼しいのも今のうちか。」


 そうぼやきながら、電子タバコをくわえる。


 この静けさも、日が昇ればすぐに消えてしまう。


 昼になれば、アスファルトは熱を持ち、湿気と排気ガスが混じった重たい空気が車内に入り込んでくる。


 夏の現場は最悪だ。


 それでも、今だけはこの涼しさを味わっておこう。


 そう思いながらラジオのスイッチを入れた、その瞬間——


「……ザザッ……ピーーーッ……ザザザ……!」


 スピーカーから耳障りなノイズが流れ、画面には「電波干渉」の文字。


「……っと、また来やがったか。」


 バックミラー越しに、後方から重厚な装甲車両の一団が接近してくるのが見えた。


 “JGSDF 電磁作戦車両”


 車体には“EWS-04 ‘Aegis Howl’”のマーキング。


 ——“イージス・ハウル”。


 要するに、対サイバー攻撃用の電子戦車両だ。


 搭載されたパラボラアンテナが、周囲に強力な電磁波を撒き散らしながら走行している。


 おかげでラジオは完全に沈黙。


 スマホの電波も圏外になり、ナビのGPSすら一瞬フリーズする。


「おいおい……やりすぎだろ。」


 苦笑しながら、電子タバコの蒸気を吐き出す。


 この車両が走るってことは、どこかで“見えない戦争”が起きてるってことだ。


 政府は何も公表してないが、こういう動きを見てると、裏じゃ何か起こってるんだろうな。


 ——ま、俺には関係ねぇけど。


 装甲車両の車列が通過すると、ラジオのノイズが徐々に消え、スマホの電波も回復する。


「……さて、そろそろ本題だな。」


 俺はアクセルを踏み込み、再び常磐道をまっすぐ北へと走り出した。


 しばらく進んで、東北地方に入ったところで最初のインターチェンジを降りる。


 道は国道へと切り替わり、周囲の景色も都市部のそれとは違い、少しずつ寂れていく。


 コンビニやガソリンスタンドがポツポツと点在するものの、どこか活気がない。


 そして、さらに海沿いへと向かう。


 道の両側には、かつて住宅地だったと思われる廃墟がぽつぽつと残り、無人の建物が海風に晒されている。


 ——気づけば、時間は昼を回っていた。


 車内の温度計はすでに35度を指している。


「……クソ暑い。」


 日差しが強く、アスファルトがじりじりと熱を持つ。


 俺は窓を開けたが、海風も熱を帯びていて、むしろ息苦しさが増しただけだった。


 前方の視界が開け、目の前には太平洋が広がる。


 空と海の境目がぼんやりと滲んで見えるほどの陽炎。


 どこまでも続く水平線。


 それは、一見すると穏やかな風景だった。


 ——が。


 その静けさの中に、異様なものが紛れ込んでいた。


「注意:この先、特別管理区域」

「環境省・防衛省共同管理区域」

「放射線量警戒レベル区域」


 無機質な警告が並ぶ。


 黄色と黒のストライプが入ったバリケード、そこに貼られた劣化した警告ステッカー。


「関係者以外 立入禁止」

「自己責任区域」

「この先、管理外区域」


 どれも、脅すような文言ばかり。


 さらにその奥、草むらの向こうには、朽ちた鉄塔と、ひび割れたコンクリートの建造物が見えた。


 かつてここに人々が住み、働いていたことを物語る無人の街。


 ——それが、東北旧第3区の現実だった。


 俺はトラックを止め、警告板の前でしばし海を見やる。


 どこか遠くの海面で、鳥が一羽旋回していた。


 その先に、何があるのか。


 俺はもう知っている。


 そして——


「……さぁ、行くか。」


 アクセルを踏み込み、バリケードの向こうへとトラックを進めた。


 道の先に、白い防護服を着た男たちが立っていた。


 金網で囲まれたゲート、厳重なセキュリティ、そして無機質な監視カメラのレンズがこちらを睨んでいる。


 その向こう側には、かつて街だった場所。


 今はもう、人が住めない「管理区域」。


 俺はトラックのエンジンを切り、ゆっくりとドアを開けた。


 すると、すぐに二人の防護服の男が俺の前に歩み寄る。


 顔は全面マスクで覆われ、ゴム手袋をはめた手が無駄のない動きで検査用のスキャナーを持つ。


「立ち入りの目的を。」


 機械越しのくぐもった声。


「大場修理だ。公共事業の件で来た。」


 そう言いながら、ポケットから書類を取り出し、男に手渡す。


 男は無言でそれを受け取り、もう一人の隊員に渡した。


 後ろでは、もう一人がトラックの周囲を回りながら、放射線測定器を動かしている。


 ピッ、ピッ、ピッ——


 間隔の短い電子音が、ここが普通の場所じゃないことを思い知らせる。


「書類を確認する。少々待て。」


 男はゲート横の小さな建物の中へと入り、俺はその場で待つことになった。


 周囲にはほぼ何もない。


 あるのは、荒れ果てた道路と、管理区域のバリケード、そして遠くに見える崩れかけたビルの残骸。


 ——何年も放置された廃墟の匂い。


 風が吹くたびに、土埃が舞い上がり、防護服の男たちは何事もなかったように立ち続ける。


「……おい。」


 ふと、俺の方を見た男がスキャナーを向けた。


「念のため、外部被曝の簡易チェックをする。」


「……はいよ。」


 腕を出すと、男は無言でスキャナーを走らせた。


 ピッ。


 問題なし、の緑色の表示。


「お前、防護服は?」


「俺は作業員じゃねぇ、修理工だ。放射線量がやばいなら中での作業は短時間で終わらせる。」


 男は一瞬沈黙し、やがて淡々と頷いた。


「書類確認が終わった。通れ。」


 奥の隊員が無線を飛ばし、ゲートがゆっくりと開いた。


 ギィィィ……


 錆びた金属音が響く。


 俺はトラックに戻り、ドアを閉めた。


「ご苦労さん。」


 防護服の男たちは何も言わずに、その場で俺を見送る。


 アクセルを踏み込む。


 ——ゲートを越えた先。


 そこは、人の住まない街。


 俺の仕事が始まる場所だった。


 東北第3原子力発電所——


 トラックのフロントガラス越しに、それが見えた。


 かつて東北第3原子力発電所の建屋だったもの。


 今は、100年以上前の遺物。


 巨大なコンクリートの塊が崩れかけ、未だ放射線を撒き散らす“負の遺産”。


 周囲は封鎖され、立ち入り禁止の警告が無数の看板として打ち付けられている。


『⚠ 高線量区域 立入厳禁』

『⚠ 長時間の滞在は危険です』

『⚠ 作業者は防護装備を厳守』


 風に吹かれた錆びた看板が、カラカラと虚しく音を立てた。


「……ご先祖様も、大変なものを残していきやがったな。」


 俺はぼんやりと呟き、トラックのギアを落とす。


 ——すでに工事は始まっていた。


 建屋の周囲には重機が並び、遠くでは耐放射線仕様の作業ロボットが動いているのが見える。


 数十年放置されていた廃墟が、ようやく撤去される。


 ——俺の仕事も、ここからだ。




 安全圏内に指定された建屋の前で、俺はトラックを降りた。


 暑い。


 すでに気温は30℃を超えている。


 陽炎が立ち、焼けたアスファルトの上に靴が張りつくような感覚。


 俺は工具箱を片手に、指定された作業エリアへ向かう。


 すると、すぐに現場監督がこちらへ向かってきた。


 防護服を着た男——俺と同じくらいの年齢か、それとも少し上か。


 顔の半分はゴーグルと防塵マスクで覆われ、背中には『環境庁 公共工事 監督』と書かれたワッペン。


「おい、大場だな。」


「あぁ。」


「まずはこれを着ろ。」


 そう言って、俺の前に無造作に投げられたのは、フルカバーの防護服。


 ——検問の男たちが着ていた、あの物々しい防護服。


 俺は思わず眉をひそめた。


「……は?」


「作業区域は放射線レベルが高い。装備なしでの滞在は禁止だ。」


「ちょっと待て。ここは安全圏内じゃなかったのか?」


「安全圏内だが、“長時間作業するなら”防護服必須だ。」


「おいおい、気温30℃超えてんだぞ!? こんなモン着て作業しろってのか!?」


 俺は防護服を手に取り、暑苦しさを想像して思わず悪態をつく。


 夏の炎天下で、こんな全身密閉のスーツを着たら……


 死ぬぞ。


「いいから早くしろ。」


 監督は無表情で言った。


「死ぬのは、お前じゃなく“細胞”の方だ。」


「……っ。」


 俺は防護服を見下ろす。


 生地の内側には鉛シールドの裏打ち。


 耐放射線仕様の特殊素材でできた、一種の“鎧”。


「……クソが。」


 俺は舌打ちし、しぶしぶ作業着の上から防護服に袖を通す。


 ゴーグル、マスク、手袋。


 完全装備。


 暑い。


 だが、これがこの仕事のルールってわけだ。


「準備完了だ。」


 俺は手のひらでマスクを押さえながら言った。


 監督は短く頷き、放射線測定器を俺の体にかざす。


 ピッ、ピッ、ピッ……


「——よし。線量基準クリア。問題なし。」


 そう言って、監督は腕時計を確認する。


「作業時間は最大で1日8時間。それ以上の滞在は禁止だ。」


「8時間か。」


「それ以上いると、いくら低線量でも被曝量が積み重なる。自分の体を大事にしたいなら、時間は守れ。」


「へいへい、了解。」


 俺は軽く肩をすくめた。


「じゃあ、仕事に取り掛かるとするか。」


 防護服を着た男たちが行き交う現場。


 今から俺は、この“負の遺産”と向き合うことになる。


 防護服の中は、まるで蒸し風呂だった。


 いや、まだ午前中だってのに、この暑さはなんだ。


 鉛シールドのせいで空気が全く抜けない。


 汗はすぐに噴き出し、呼吸するたびにマスクの内側が蒸れる。


「……クソが。」


 俺は首を回し、視界を確保する。


 眼の前にあるのは、倒れたまま動かないアンドロイド。


 除染作業用モデルの「NC-34A」。


 政府が投じた最新型のアンドロイドだが、放射線を浴びる環境じゃ、どんなに高性能でもただの消耗品だ。


 ——バッテリー切れじゃない。


 制御ユニットが焼けてやがる。


「やっぱりな……。」


 俺は工具を取り出し、手早く頭部のカバーを外した。


 中にあるメインボードをチェックする。


 案の定、放射線焼け。


 半導体は放射線に弱い。


 強い線量を浴びると、内部のトランジスタが誤作動を起こし、最悪の場合、物理的に回路が壊れる。


「ふざけんな……こんなもんで、除染作業をやろうってのかよ。」


 俺はため息をつきながら、新品の制御ユニットを取り出し、焼けた基板と交換する。


 暑い。


 俺は息を整えながら、手早く配線をつなぎ直す。


 カチッ、カチッ——ピッ。


 LEDが点灯し、起動音が鳴る。


「NC-34A、システムオンライン。」


 アンドロイドの目が青く光る。


「作業再開許可を……確認。」


「はいはい、動けるなら勝手にやってろ。」


 俺は手を振り、次の修理へ向かう。


 終わりのない修理作業の始まりだ。


 次に待っていたのは、さらに悪化した光景。


 作業エリアの奥——そこには、動かなくなったアンドロイドが山積みになっていた。


「おい……マジかよ。」


 10体? いや、20体か?


 バッテリー切れ、焼損、フレーム破損、通信異常……。


 どれも高線量エリアで故障した個体。


 まるで廃棄場だ。


 放射線防護服を着た作業員が、俺に向かって手を振る。


「大場さん、頼みますよ! こっち、動くやつから直して!」


「……クソが。」


 俺は汗を拭う間もなく、次のアンドロイドへ取り掛かった。


 まずは、一番マシそうなやつからだ。


 ボディに放射線警告マークが貼られたNC-32B型。


 作業用の旧型モデルだが、まだ動く可能性がある。


 俺はしゃがみ込み、端末をつなぐ。


『ERROR:メインプロセッサ異常』


「……はぁ。」


 またかよ。


 こいつも脳みそが死んでる。


「おい、これ、制御ボードの予備あるのか?」


 作業員が慌てて首を振る。


「昨日の段階で全部使い切りました! 予備待ちです!」


「マジかよ……。」


 俺は奥歯を噛み締め、次の個体へ移る。


 ダメ。


 次も、また次も、制御ユニットが死んでいる。


 放射線の影響で、まともに動くやつがほとんどいねぇ。


「……どうしろってんだよ、これ。」


 政府は「耐放射線仕様」を謳ってるが、実際のところ、たった数週間で機体はボロボロ。


 結局は、修理前提の使い捨て。


 これで除染作業が進むとか、冗談だろ。


「はい、大場さん! 次!」


「……チッ。」


 俺は次のアンドロイドのカバーを開き、地獄の修理を続けた。


 それから、俺はひたすら修理を繰り返した。


 時間の感覚が消える。


 ただ、壊れたアンドロイドを分解し、使えるパーツを移植し、動かせるようにする。


 カバーを外し、焦げた基盤を取り換え、接続を確認し、電源を入れる。


 起動確認、動作チェック、再起動。


 次。


 次。


 次。


「……ふぅ。」


 腕の時計を見ると、もう4時間が経っていた。


「まだ半分か……。」


 防護服の中は、汗でびっしょりだった。


 ゴーグルの内側も曇り、マスクの内側は蒸れきっている。


 一度、防護服を脱いで休憩したい——だが、そんな暇はない。


「……クソ。」


 俺は水筒のストローを口元に差し込み、少しだけ水を飲む。


 気休めにしかならねぇ。


 だが、やるしかない。


 この地獄は、あと4時間続く。


 放射線に焼かれたアンドロイドの死骸。


 それを、俺はひたすら直す。


 バラし、組み立て、コードを書き換え、再起動。


 少しでも延命できるよう、できる限りの修理をする。


 だが、根本的な解決にはならない。


 放射線は機械に致命的なダメージを与える。


 それは、技術者なら誰もが知る常識。


 本来、こんな環境で使われるべきじゃない。


「……ふざけやがって。」


 俺は目の前のアンドロイドを睨みつける。


 修理しても、またすぐに壊れる。


 動かせるようにしても、また数日後にはダメになる。


 それが、この現場の“現実”だった。


「……ったく、地獄だな。」


 俺は手を止めずに、次の機体の修理を続けた。


「——時間です!!」


 遠くから監督の声が響く。


 作業を終えた者から、防護服を脱いで休憩所へ向かう。


 俺もようやく手を止め、防護マスクを外した。


「……くそ、息苦しい……。」


 ゴーグルを取ると、視界がクリアになる。


 タオルで汗を拭い、俺は空を見上げた。


 空は、濁ったグレー。


 大気に舞う放射性物質の影響で、青空なんてどこにもない。


「……ご先祖様も、本当にロクでもねぇもん残してくれたな。」


 俺はそうぼやきながら、ようやく一息ついた。


 だが、これで終わりじゃない。


 この地獄は続く。

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