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No.87 灰色の悪夢


 イヴのいない隙にヴァ―リはダイキを利用してグレイボットを見つけ出し、それを使用するための準備を進めていた。


「この【グレイボット】は特定の標的のみを殺せる、遺伝子情報を利用するのですよね?なら特定の遺伝子を持った者のみ殺さないという事も出来るでしょう……」


 ヴァ―リは2つの試験管を取り出す。中には血が入っていた。


「それは!」


「これにはダイキくんとあなたの血液が入っています。あなた達二人は生き残ります。それにグレイボットは不完全、標的設定の精度もそこまでではないでしょうからもう少し生き残る事でしょう」

 彼の笑みは消えない。


「そんなことしたらあなたも死ぬかもしれない!」

 イヴが怒鳴る。


 彼女の激情などヴァーリには響く事など無かった。彼はその歪んだ笑みを崩す事なく彼女の問に返答をする。


「確かに、私は死ぬかもしれない。しかしそれは肉体の話です」

「まさかっ!!」


 イヴの反応をみてヴァーリは口角を歪めて更に釣り上げた。そして彼は手をパンッと叩く。


「お話はここらへんにしましょうか。お付き合い頂きどうもありがとうございます。お陰で準備が完了しました」


「グレイボットの散布開始」

 機械音声のアナウンスが流れた。


「散布?!じゃあその手に持っているのは、その装置は?」

 イヴは彼が持つ瓶に目を向ける。


「それっぽく見えるようにしたハリボテですよ、両方ともね、これもダイキくんに作ってもらいました。よく観たらすぐに分かるでしょうが、こういう切迫した状況だと気づかないものでしょう?随分とあのダイキ少年に入れ込んでいるようだ」

 瓶を掲げて話す。


「既にグレイボットは調整済み、この血液も施設にあった輸血用のものから拝借しただけです」

 血液の入った瓶を揺らすヴァーリ。


「散布の為の装置の起動には準備がかかりましてね。あの少年に手伝って貰えばよかったのでしょうが。あなたにバレる可能性が高いですからね。彼にはグレイボットに自己増殖機能を追加してもらうだけにしておきました」


「自己増殖?!なんて事を!」

 怒りに身体を突き動かされたイヴ。

 彼を取り押さえようと駆け出したその瞬間。


 何か叩きつけられたような衝撃が身体を走り、彼女は膝から崩れ落ちた。直後に乾いた破裂音が響く。


 彼女は強烈な熱を右腕に感じた。その熱に導かれるように視線を動かす。


「え?」

 彼女の右腕から血が溢れだしていた。


 これは自分の血か?だとしたら何故こんなにも流れ出しているのか?


 痛みよりは焼かれたような熱さが圧倒的に勝った。自分の腕はこのまま焼け落ちるのではないかと思える程だ。



「お逃げください、あなたにはまだ役目がある」


 ヴァーリの右手には銃が、それで撃たれたのかと熱に苦しみながらイヴは気づいた。


 3メートルもない距離、銃の細部までよくみえる。鈍い銀色の光を放つ無機質な塊、底まで見えない真っ黒な銃口、それがうっすらと煙を上げたまま彼女を真っ直ぐ捉えていた。


 銃を構える手の下に瓶を持った手を配置する。より確実に狙えるように。


 彼の目は何よりも冷たく、まるで目が鉄にでもなったのかと思える程だ。人を殺す事に何の躊躇もない、ましてやそれで後悔することなどありえない。


 イヴはまだ固まったままだ。


 初めて向けられた明確な殺意、そして兵器。そうだ、これが兵器。誰が何を言おうと兵器とは人類を殺すためのもの、苦しめる為のもの。


 彼女はそんなことを考えていた。


 自身の才能が活かせる場所ならどこでもいい、そう思って始めた兵器開発の研究。そこからダイキと出会い、人々の為に、より良い世界の為にと考えが変わった。そうだ、私は人のために……。


 しかしそんなことは所詮、自分を騙す為の言い訳に過ぎなかった。どんな綺麗な言葉を並べた所で自分が研究しているものは人を傷つける為に人が使うものだ。


 彼女の目から涙が溢れ始める。


「おや、貴女が泣くなんて随分と珍しい事もあるものですね」

 ヴァーリは銃を構えたまま話す。



 彼の背後で物音が。


「っ!」

 彼が咄嗟に音の方向に銃を向けた。


 しかし、彼が発砲するよりも早く物音の正体が飛びかかった。


「グッ!?なんだこいつは!」

 彼の右腕に全身金属で構成された犬が噛みつく。


「タロー!」


「例の犬かッ!ガラクタめ!」


 完全に不意を突かれたヴァーリはタローを振りほどこうとする、しかしタローの顎は簡単には外れない。


 無理やり引き離しタローを突き飛ばすヴァーリ。彼の腕から大量の血が。


「ーーーッ!クソッ!」

 彼は腕を抑えて部屋から飛び出す。


 タローは特に怪我はなく、イヴに駆け寄った。


「タロー、ありがとう」

 イヴはタローを撫でて立ち上がる。シドーが部屋に駆け込んできた。


「先生!撃たれたのか!?なるほど弾がかすったんだな、この傷なら適切な処置をすれば問題ない。すぐに処置を」

 銃傷を一目見て彼は何が起きたのかをおおよそ把握した。


「止血だけで良い、それよりも早くヴァーリを追わないと」

「ヴァーリさんを?もしかしてこれを撃ったのは……!すぐに止血する、タロー!」


 シドーはタローを呼び寄せる。タローは小さなカバンを背負っていた。


「ダイキとかが怪我した時に備えて救急箱をタローに持たせてるんだ」

 そう言って彼は手際よくタローの鞄から救急箱を取り出し、止血の応急処置をした。




「まさかあの実験体のガラクタ犬が来るとは。まあいい、時間は稼げた。損傷は想定リスクの範囲内だ」


 ヴァーリは自身の右腕をロープで縛り止血していた。だがまだ腕からは血が垂れている。


 息を切らしながら、彼は部屋のセキュリティを解除する。


「ハハハッ、痛みよりも強いこの感情はなんだ!随分といい気分だッ!!」


 彼は二つの試験管が設置された装置と半透明のケースの前に立つ。二つの試験管には人の血液らしきものが入っている、おそらくグレイボットの制御装置だろう。隣のケースの中にはダイキが眠っていた。


「魂を別の肉体に……聞いただけでは信じがたい話だが、先ほどのガラクタとこの怪我が何より証明してくれた」

 ケースに触れて呟くヴァ―リ。


 部屋の外から複数人が走る音と犬が吠える声が聞こえてくる。


「設定に時間がかかっているな、これぐらいは改良して貰うべきだったか。まあいい、この身体にももう少し働いて貰うとしよう」

 ヴァ―リが振り向く。


 シドー、タローそしてイヴが部屋に入って来た。


「ダイキッ!ダイキに何をした!」

 シドーが最初に彼に向かって怒鳴った。


「彼にはこれから重大な役目があるのでね」

 ヴァ―リは歪んだ笑みを浮かべて銃を向ける。シドーはイヴとタローを連れ物陰に隠れる。



「ヴァ―リの後ろにあるのが制御装置……。動作しているから完全停止はできない、だけど設定の変更はまだできる!あそこまで行くのを手伝って!」


「任せろ!」

 シドーは救急箱を投げる。


「ッ!」

 ヴァ―リはそれに反応し発砲する。相手の注意がそれた隙をついてシドーは物陰から飛び出す。


「ダイキを返せっ!」

 シドーの拳がヴァ―リの顔面を弾く。


 この隙をついてヴァ―リの顔に噛みつくタロー、金属で出来た牙が彼は顔面に深く食い込む。ヴァ―リはうめき声を上げながらそれを引き離す。


「がああああッ!!」

 顔の皮膚を引きはがされたヴァ―リは地面に倒れのたうち回った。



 投げ飛ばされたタローはその勢いで壁を飛び跳ね装置へと跳んでいく。タローが跳んだ先で何かが壊される音がした。


 壊されたのは装置に設置されていたガラス管だった。その中に入っていた血液があたりに散らばる。


「よくやったぞタローッ!!」

「ワンッ!」

 タローが元気よく吠えた。



「タローのお陰で私を元にした遺伝子特定が途中で止まってる!散布するのを優先したから、標的の特定が完全に終わってなかったんだ」


「今割れたのは恐らく私の血液が入ってたもの、まだ性別しか特定できてない。これは非対象の設定だから、私と同じX染色体が二つあるものは対象から外れる!残ってるのはダイキの遺伝子情報、間違いない。設定を変更すればY染色体を持つ人も標的から外せる!想定より指示に時間がかかって良かった……」


 嬉しそうにするイヴ。シドーは彼女が言っている事は理解できなかったが、事はいい方向に向かっているとは分かった。


「ダイキ、今そこから出してやるからな!」

 シドーはダイキを内包しているケースをこじ開ける。すると背後から凄まじい衝撃が彼を襲う。直後に大きな破裂音が、シドーは膝を崩し倒れた。


「シドー……?」


「私の道を邪魔する者たちめ……」



ここまで読んで頂きありがとうございました!


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