No.86 歪んだ本性
イヴはダイキと共に仕事をしていたが常にその顔はどこか曇っていた。
「ねぇ、イヴは楽しくないの?」
彼女の顔を覗き込み、大樹は尋ねる。
「え?いいや、そんなことないよ」
笑顔を見せるイヴだが、それは無理やりのものだった。
「うーん、なんで笑ってるのにつらいなの?」
当然のように彼はそれを見抜く。
「っ、敵わないな」
イヴはうつむく。
「たいへんなら僕に言ってね」
ダイキは彼女にハグをした。
「ありがとう……でももう大丈夫。さ、お仕事に戻りましょ」
ダイキの頭を撫でて微笑むイヴ。
その後、彼女は部屋で資料をみていた。
(こんな素敵な人達を巻き込むわけには行かない。やはりこの研究は……)
「やはり完成していましたか、イヴ博士」
突然、ヴァーリが後ろから声をかける。
「ッ!!ヴァーリッ!!」
不意を突かれた彼女は思わずその資料を落としてしまう。
「報告書の内容を見ればあなたがワザと計画を止めている事はすぐに分かりましたよ。あなたのような天才にとって、凡人のようにミスをするのは逆に難しいようですね。本当に天才とは苦労が多いようだ」
ヴァ―リはそう言って資料を拾い上げた。
「これが核を超える兵器、ナノマシン【グレイボット】ですか」
「グレイボット……?」
「そのナノマシンってのは何なんだ」
ジーナとキビが質問した。
「ナノマシンっていうのは細胞よりも小さい機械のこと。例えばそれをお薬みたいに服用すれば体内を24時間パトロールして、不具合があればすぐに治してくれる事も可能なの。もちろんそんなのは理論だけで色々な課題はあるんだけど」
シャーロットが説明する。
「そう、ナノマシンは私達が研究をはじめる10年ほど前に発表されたものでね。私はこれを実現させれば最高の兵器が開発できると思ったの」
イヴが自身の研究について話す。
「私達が開発した【グレイボット】は特定の相手のみを消滅させる兵器」
「消滅ってそれじゃあまるで50年前の……」
ジーナの発言にイヴは頷いた。
「あれは【グレイボット】が起こした事。つまり全て私の責任」
膝に置いた手を握りしめるイヴ。
「……」
みんなが黙る。
「先生のせいじゃない!ヴァーリだ!」
シドーが声を上げた。
「あいつは本性を隠して裏でみんなを裏切る算段つけてたような奴だ!」
「その裏切るというのは?」
ウルルが尋ねる。
「イヴ博士、どういうことですか」
「っ……」
ヴァーリ・ジョーンズはイヴの研究記録をみて話す。
「ヴァーリッ!その研究は世に出てはならない!今は早すぎる!成果なら他の研究で十分だよ!もう少し、このグレイボットを有効活用できる段取りが出来れば!」
イヴはそう訴える。
「貴方がた天才はいつもそうだ。先を観すぎている、愚か者はずっと視野が狭いことを知ったほうが良い。だから私達みたいな愚か者に足元をすくわれるんですよ」
ヴァーリは静かにそういった。
「私達はね、あなた達程先を見据えていない。そんな事出来れば戦争なんて愚かな事はしない。核分裂もその圧倒的エネルギーを別の道に使えば世界は変わっていただろう。だが愚か者である私達はそれで何かをぶっ壊すことしか考えなかった」
目付きが鋭くなるヴァーリ。
「私達はそういう生き物だ。短絡的、自身のちっぽけな利益の為に動きつづける」
「そういうあなたは何が目的?」
「私ですか?」
イヴに質問され彼女の方に顔を向ける。
「金や名誉を求めているように思えない。淡々と仕事をこなしている人」
「思っていたよりも評価されていたんですね。私が何を求めているかですか」
ヴァーリは書類を机の上に置く。
「何も……いつからか物欲がからっきしで。ここで貰った給料も殆ど手つかずでして、今はいかほど貯まっているのでしょうか」
顎をなぞるヴァーリ。
すると彼の手に光るものが、指輪だ。この時イヴは初めてヴァ―リが左薬指に指輪をはめている事を知ったのだ。
「それは?」
イヴが思わず尋ねた。
「ああ、話したことありませんでしたね。私、こう見えて結婚してたんです。仕事中は外しているのですが。婚約指輪という役目だけを求めた無駄な装飾のない、美しいフォルムでしょう?」
指輪に視線を移しそう言ったヴァ―リ。
一瞬間をおき、彼は時計へ目をやる。
「おっと、もうこんな時間ですか。そろそろ寝ましょうか」
彼はわざとらしいあくびをした。
「お話はまた今度にでもしますか。それでは博士、おやすみなさい。ご安心をこの件を上に報告することなんてさらさらありませんから」
ヴァーリは踵を返し部屋を出る。
それから幾日か経過した。この間イヴは生きた心地がしなかった。常に喉元へ刃物をつきつけられているような感覚がつき纏う。
その感覚はダイキ達といるときは和らぐ。
ある日いつものようにダイキに会いに来たイヴ。
「おおー!先生!あれ?顔色が優れませんが」
イヴの顔を見てシドーは言った。
「最近ちょっと寝付きが悪くて、気にかけてくれてありがとう」
そう言った彼女の顔は疲れ果てていた。彼女にとって研究で徹夜をすること自体はよくあることだ、つい熱が入り気付けば朝になってる事はよくあった。そんな時でも彼女はエネルギーに溢れていた。
だが今の彼女は疲れ果てており、心のエネルギーも枯渇している。
「そうですか?根詰め過ぎるのはだめですよ」
彼にそう言われ頭をかくイヴ。ふとダイキの事が気になった、いつもなら彼と一緒にいるはずのダイキがいない。
「そういえばダイキは?」
「あーそういえば、ダイキはヴァーリさんと……」
ヴァーリ、今一番イヴが聞きたくない名前。
イヴはそれに反応しないという選択肢など無かった。彼女はシドーの肩を掴む。
「ヴァーリ?!ダイキはどこ!」
彼女は必死にシドーの肩を掴みゆする。
「おお、ちょっ、ちょっと」
目が回るほど揺らされたシドー。
「施設ですよ、今朝の話です。先生の失せ物を探しに」
頭を揺らしながら彼は答える。
「私の無くしもの?私は今の今まで自分の持ち物を無くした事なんて……」
彼女は思考を巡らせる。
すぐに最悪の事態が彼女の脳に浮かび上がる。
「まさか……そんなッ!!!」
「先生!」
血相を変えて彼女はその場から飛ぶように去って行った。
例え肺が張り裂けたとしても彼女はそれに気付かず走り続けるだろう。
施設の扉を勢いよく開け、こけそうになりながら走り続ける。
「ヴァーリ!!」
「おや、思ったより早いですね」
ヴァーリは装置の前に立ち、何かを手にしていた。
「それはッ!」
「ナノマシン……【グレイボット】細胞よりも小さいという話でしたがこれはそれよりも小さい、ウィルスよりも小さいとは驚きです。そんな兵器があれば防ぐすべなどありはしないでしょう」
彼は手に持っている瓶に目を向ける。
瓶の中には、灰色のうごめく物体が入っていた。
まるで意思を持った液体のようだが違う、超微細な機械が集団で動いているのだ。
「核爆弾を超えた究極の兵器……」
ヴァ―リは口元を歪ませた。
「ようやく私の悲願が達成されるッ!!」
「ヴァーリッ!!ダイキをどうしたの!」
イヴが敵意に満ちた眼差しを向ける。
「彼は本当に純粋そのものだ。この眼鏡も作ってくれたんですよ、これは目視困難な程に小さいカメラが取り付けられていて、撮影出来るのです」
彼は眼鏡をトントンと叩く。
「最初は、これで撮った資料を少年にみせ、この兵器を作って貰おうかと。でも思ったんですよ」
彼は嫌に流暢に話す。
「あなた程の人だ、この設計が頭に浮かんで実験しない訳が無い。一度作ったのではないかと思いましてね」
この推理は正しかった、現に彼はイヴが開発し隠蔽していたナノマシンを手にしている。
「ああ!そういえば私が何を求めているか、まだ答えていませんでしたね。私には物欲がない話はしましたよね。代わりに私にはある強い感情があるんですよ」
瓶から目を背けずに彼は話す。
「憎悪ですよ、私は酷くこの世界を憎んでいる。死んでしまえば楽なのでしょうが、不思議とそんな考えはすぐに頭から消えるんです」
「私の役目が終わっていないからでしょう。そして探したんです、自分の役目を」
彼はイヴの方をみて瓶をかざした。
「私は【私を含めた愚か者に復讐をする】。この濁りきった醜い憎悪……これだけは私だけのものだッ!他の誰ものでもない」
彼は口元を歪ませ、笑みを浮かべる。
まるで悪鬼のような、極めて歪んだ笑みだ。
「そのナノマシンで全人類を滅ぼすつもり?」
イヴの問いにヴァーリは鼻で笑う。
「あの天才のイヴ博士からそんな稚拙な台詞が出るなんて!それこそ核を使えばいい、私は私を含めた愚か者に復讐したいのですよ?」
「じゃあ何をするつもり?」
彼は再びあの歪んだ笑みを浮かべた。
「愚か者を消し去り、そして残った者達が新しい世界を作る。これを実現させる……あなた達の力を借りてね」
「まずはその為の下準備。まだこのグレイボットはターゲットの特定範囲が些か広すぎますからね。あなたとダイキ少年が行った研究は私が大事に使います。きっと次の時代の人々は感謝するでしょう」
笑うヴァ―リ。
「このグレイボットはいずれ審判者となる。新人類となるべき者を選び導いてくれる!私はその審判者が目覚める日まで場を整えるだけ。それが私の役目なんです」
「あなたがそんな選民思想だなんてね、今は流行らないよそれ」
ため息をつくイヴ。
「はっ!鉤十字を掲げた連中と一緒にしないで頂きたい、国を動かすためにそれを利用したに過ぎない。人種などというくだらない差別じゃない!真に選ばれるべき存在をグレイボットが選定する!そこには差別などくだらないものは介入しない」
「そこにあなたは含まれてるの?」
イヴの質問を聞いてきょとんとするヴァ―リ。
「そんな訳無いでしょう、先程も申した通り私の役目はその御膳立をすること。私のような愚か者は新人類に相応しくはない、他の大多数と同じでね」
「聞けば聞くほどイカれてる」
「何を言いますか。私は、誰よりも正常ですよ」
ヴァ―リはそう言ってその歪んだ笑みをイヴに再度向けた。
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