No.85 深く刺さった槍
ダイキとシドーが施設から村に帰るのを見送るのが、いつしかイヴの日課になっていた。この日は帰り道の途中にある砂浜にいた、ダイキが少し遊びたいというからシドーと二人で砂浜に座り見守っていた。
「シドーは軍人だったんだ。大丈夫なの?その私達と働いてて、こちらとしては今のみんなのリーダー的な存在としてコミュニケーションとってくれて、凄く助かってはいるんだけど……その」
イヴは隣に座るシドーに少し気まずそうな顔をして聞く。
そんな顔をするくらいなら聞かなくても良いのであろうが好奇心には抗えなかったのだろうか。それとも罪悪感からだろうか。
「そんな顔しないでくれ先生、おれは別に米人を恨んじゃいないよ」
「そうなんだ……珍しいね」
少しホッとしたような表情をするイヴ。
「そうか?まあそうかもな。軍に入って間もない頃は訓練されてそんな感情をもたされてたが、ある時に結局相手も同じ人間なんだって気付いたんだ。そしたらもうバカらしく思えてきてな」
「バカらしいか……なんか分かるよ。私も今の仕事、なんの為にしているんだろうって思うばかりだよ」
「先生でも分からない事があるんだな」
イヴの話を聞いて驚くシドー。
「まあね。自分の研究は誰のためにもならない。みんなみたいに農作物を育ててる方が何億倍も世の中の為になってるよ」
「随分と過小評価するんだな。先生なら凄い事できるさ!」
シドーが笑顔でそう言う、その笑顔に偽りはなかった。
「ありがと、そう言えばどうしてアメリカ人を憎まなくなったの?」
イヴも笑ってかえす。
「別に大した話じゃないさ。戦争の時、戦闘中に弾薬が無くなって砲撃や爆発から逃げるために塹壕に逃げ込んだんだ。そこには同じように米兵がいた、銃は持ってなかった。早く走る為に捨てたんだろうな、すぐに分かったよおれも同じだったから」
「本来の軍人なら石でも拾って殴りかかるべきだったんだろうけど。もうどうでもよくなってな……」
シドーはダイキを見ながら話す。
二人の兵士はドロドロだった、もう元の軍服の色が分からない程だ。
「そしたら相手も同じ事考えてたんだろうな、お互いに殴りかからずに座り込んだ」
「それで?」
「外の爆撃や銃撃がやむまでサボる事にした。そういえばあの時アイツが茶色くて甘い菓子をくれたんだ、”ちよこれえと”っていうんだろ?あんなに甘いもんは食ったことが無かった。ちょうどアイツがそれを出して来た時におれも酒を差し出してた、上官が隠し持ってたのをくすねてきたんだ。二人で酒と”ちよこれえと”を食べてた」
それから二人は空間の両端に座って静かに酒と”ちよこれえと”を楽しんだ。
「話はしなかった、まあ話したところで分からねぇけど。アイツは生き残れたのかな、ってたまに思い出すよ」
シドーは遠くを見つめるような目をしている。
「おれさ、その日に同じ隊の連中失っちまったんだ」
「……」
「それも敵に殺されたんじゃなくて、味方の砲撃だか爆撃に巻き込まれたんだ。後ろを走ってた連中が、一瞬でもうどれがどいつの肉かも分からないぐらいに木端微塵のカスになっちまった。朝一緒にメシを食ってたんだぜ?それが一瞬で」
「戦争が終わってから実家に帰った、でも家族はみんな死んでた。空襲をなんとか生き延びて祖父母がいる広島に行った時にもっとでかい爆発で消えちまったって。友達にも戻って来た奴はいなかった。”最新の兵器で国の為に闘う!”って意気込んでた奴は、最後には相手の戦艦に特攻して死んだし。”戦艦に乗るんだ”って自慢してた奴も魚に喰われて今じゃ海の一部だろうな」
イヴは何も言う事が出来なかった。
「だから俺が思い出せるやつで、生きている可能性がある相手がその米兵しかいなかった。戦争の後に働いてた工場の連中も、心ここにあらずな奴らばかりでさ。まぁ今じゃダイキがいるからな、魂の抜けた連中から一抜けだ!」
海に入って遊ぶダイキをみて高らかに笑うシドー。
「なぁ……先生よ。なんで人間ってのはこんな悪知恵ばっかり働いちまうんだろうな。アンタらみたいな頭いい人がどれだけ良い物を作っても、それをバカな俺たちがどうでもいい事に使っちまう」
「……」
イヴは答える事が出来なかった。
「意地悪な事きいちまったな。わりぃわりぃ」
「ほらダイキー!そろそろ上がって来ーい、昼飯にするぞ!」
「お昼ごはん!」
ダイキが海から上がって来る。
「先生もどうですか?村のみんなと一緒に!」
「ありがとう。……そのごめんなさい、辛い事を思い出させて」
「良いんだよ、今思えばあの地獄があるから今の幸せを噛み締められるんだ。でもその過程をみんなが通る必要は無いってだけだ」
シドーはそう言って笑う。
「今の俺なんかより、先生の方がやっぽど辛そうだけどな。働きすぎも良くないですよ。時にはしっかり休むのも、じゃないと体壊しますよ」
「そうだね……休むか、下手くそなんだよね」
ある日ダイキは犬と遊んでいた。
「タロー!」
タローと名付けられたその犬はダイキの呼びかけに反応し、彼の顔をペロペロと舐める。
「最近ずっと一緒にいるけど、何か目的でもあるの?何かの実験?」
イヴは後ろからその様子を観察していた。
「ともだちだよ、タローは少し体が弱いんだ」
ダイキはタローを抱きしめながらそういった。タローはダイキに頭をこすりつけた後、イヴの方をみる。
「イヴもおいでよ、ほら」
ダイキはイヴに手招きする。
「うーん、あまり生物は得意でないんだよね」
イヴはタローとダイキに近づく。警戒心が拭えない様子で手を伸ばすイヴ。
ゆっくりとタローの頭に手を置く。タローは目を閉じ、穏やかな表情になる。おとなしいタローに安心したのか、イヴはもう片方の手をタローの顎下にやりゆっくりと撫でた。
「クゥーン」
嬉しそうにタローが鳴く。
「タローがありがとうって。イヴ、生物得意!」
ダイキが笑う。
「そ、そうかな」
イヴは少し照れくさそうに笑った。
「イヴさんって昔と今じゃ全然違うんですね」
「昔の話をするのは思ったより小っ恥ずかしいね。本当に張り詰めてたから」
ジーナにそう言われて、イヴはクスッと笑う。
「本当に彼には助けられたわ」
「おれもあいつには相当助けられたもんだ」
シドーとイヴは嬉しそうにそう話す。
「タローは気付けばダイキと仲良くなってたね」
「まあ、多分山の中で会ったんだろうな」
二人はタローの話をした。
「そのタローってワンちゃんは体が弱いって、どうだったんですか?」
シャーロットが質問する。
「最初はそんなことなかったんだけどな。でもある日突然、具合が悪化してな」
「心臓が悪かったの、最初からその事に気づいていたのは彼だけだった」
「そのときに彼が私に話してくれたのが【ソウルパッチ】なの」
「魂を他の体にうつす?」
ダイキからその話を聞いたイヴは興味深そうに頷く。
「なるほど魂を人が持つ未知のエネルギー体だと仮説すると、それを捕捉し他の身体に移すのか」
「これでタローに元気な体プレゼントするの!」
二人はそれからソウルパッチの研究開発に没頭した。
それから数ヶ月後、そこには新しい身体を手に入れたタローの姿があった。タローは全身機械で出来た身体を与えられていた。しかしその仕草は完全に犬のそれと全く同じだ。
「タロー!」
ガシャガシャと音を立てながらタローはダイキに駆け寄っていく。彼らが遊んでいるとシドーがやってくる。
「ダイキー!タロー!メシの時間だぞー」
「にしても本当にタローがこうなるとはな。もうおれの理解はとっくに通り越した世界だ。というかその体でもエサはちゃんと食べられるのな」
シドー達は自宅で食卓を囲み夕飯を食べていた。
「どうだ、仕事の方は楽しいか?」
「うん!面白いこといっぱいだよ!」
嬉しそうなダイキをみて、シドーもニッコリと笑う。タローもワンッと吠えた。
「タローも同じだってよ!」
シドーはタローを撫でておおいに笑った。
その様子を少し離れた所から観るイヴ、久しぶりに自分が関わった物で人が喜んでくれるのを見た気がした。幸せな日々だと思った。しかしそう思うたびに、彼女の胸の内にある感情が強まる。
「果たして自分はこのまま進むべきなのだろうか」
まるで重たく冷たい金属の槍が心臓に突き刺さっているような感覚だった。
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