熱い内にトンカツを食え
しいなここみ様主催のトンカツ企画参加作品です。
「犯人は、この中にいる」
お通夜みたいに静かな席、というか、実際お通夜の場面での厳かな刑事さんの宣言に、思い出話も止まり、沈黙がその場に満ちた。
急死したじいちゃんのお通夜。
皆、じいちゃんの好きな思い出の味ってことで、深夜なのに摂取していたトンカツの箸を置いた。
刑事さんって、本物もこんなテレビドラマみたいなことを言うんだな…。
きっとそう思ったのは僕だけじゃなくて。
姉ちゃんも、従兄弟たちも顔を見合わせあってる。
長男で、喪主の父ちゃんは困惑顔だし、母ちゃんはよろめいたばあちゃんを支えてる。血の気の多い叔父さんは、刑事さんに飛びかかろうとして、叔母ちゃんに止められてる。
そりゃ、そうだ。
家族しかいないこの場で、転倒した時に頭を打って死んだじいちゃんの犯人がこの場にいる、とか言われても。つまりは、犯人が家族の中にいるってことになる。
家族で殺人の犯人がいると言われて、喜ぶ人間なんて、いない。
ましてや、じいちゃんなんて、曾孫までいる大往生だ。
今さら。
お通夜の段階で、やっぱり事故じゃなくて殺人だって言うのかよって怒りか困惑しかわかないだろう。
殺されてたのなら、そりゃ、悲しいよ。もちろん。
でも、犯人が身内にいる方が、困るんだ。
だって、犯人が生きてるってことだろ??
ドラマみたいに逮捕して、幕じゃない。
明日から、殺人犯の身内として、生きていけってことか?
止めていた箸を無理矢理動かして、ざくり、トンカツを齧る。
「先輩!待ってくださいよ!先走らないで…!」
部屋にもう一人刑事が駆け込んできた。
ざくり、ざくり。
従兄弟たちも無言でトンカツを食べ進めてる。
俺は目の前のトンカツを食べ切ると、姉ちゃんと、母ちゃんと、ばあちゃんの皿にも手を伸ばした。
皿のトンカツを自分の皿と従兄弟たちの皿に振り分ける。
ざくり、ざくり。
皆、無言でトンカツを食べる。
「冷静に皆さんトンカツを食べてますがねー!殺人ですよ!殺人!」
先に駆け込んできた刑事がががなりたてる。
「皆さん、すみませんが、食事とお通夜は中断して…」
あとから来た若い刑事がペコペコと頭を下げているのに、溜め息をひとつ。
「トンカツは揚げたてが美味しいし、じいちゃんの好物だったんだよな」
最後の一切れを口に入れて立ち上がる。
従兄弟たちの皿も、空になったものから集めて立ち上がる。
「父ちゃん、叔父さん、叔母ちゃん。刑事さんもこう言ってるから、通夜は仕切り直そう」
じいちゃんは解剖されて、また戻ってくるらしい。
皿を洗って戻ってきた俺を待って、改めて説明をされる。
家の前で転けて頭を打ったにしては、出血が多いこと、近所の人がばあちゃんと喧嘩していたらしいと目撃証言をしたことが決め手らしい。
犯人は、ばあちゃんだと。
ばあちゃんを連れていこうとする刑事さんたちとは、ひと悶着あったが、高齢で病弱なばあちゃんを令状もなく拘置所に連れていかせないと父ちゃん達が断固拒否したので、じいちゃんの解剖が終わり、凶器が見つかるまではとりあえずばあちゃんを、父ちゃんが家で面倒を見ることにしてなんとか追い払った。
三々五々、解散となった。
お互いに目を見交わしながら、頷き合う。
凶器は、出てこないのだから、ばあちゃんを連れていかせはしない。
冷凍の豚肉の塊はトンカツになり、もう皆の胃袋の中だ。
楽しんで頂けましたら幸いです。
あ、リアルにしたら、ダメ、絶対!捕まります。